† Halloween Party †






 それは、10月も終わりのある朝。
 霧なのか雨なのか、白くしっとりとした水の膜に覆われた景色の中、ゴトゴトと重たげに荷台を揺らしながら、馬車が黒の教団の城門をくぐった。
 馬車はそのまま、石壁に囲まれた長い道を通り、厨房の裏口で止まる。
 馬車を繰っていた中年男は、すぐに御者台を降りると、暖かい空気が漏れ出る厨房の勝手口を開け、中の料理人達に声を掛けた。
 「おはよう!食材を持ってきたよ!」
 「はいはぁーい!」
 途端、甲高い声が返って、筋骨隆々たる偉丈夫が、早足に歩み寄って来る。
 「おっはよぉーん♪いつも、ごくろうさまぁー」
 この厨房の料理長である人物は、太い腕を伸ばし、食材リストを受け取ると、馬車の荷台に乗った、大きなカボチャに破顔した。
 「んまぁ〜!立派なカボチャが、たっくさん!よく集めてくれたわねぇ〜!大変だったでしょぉん?」
 ごつい喉仏のある声帯の、どこから出るのだろうかと思うような甘い声に、しかし、彼は動じもせず、陽気に笑う。
 「いやいや、お得意さんのためなら、こんなのはわけないさ!今日はウチらも、書き入れ時だよ!」
 機嫌よく言う彼に、検品をしていた料理長も、上品な笑声を上げた。
 「ここにも、ハロウィンを楽しみにしている子達が、たくさんいるからねぇ。
 まぁ、子供たちだけじゃないんだけどぉ!」
 「はは・・・がんばってね、料理長さん。こんなに大きな城のパーティは、大変だろうけどさ」
 カボチャの他にも、たくさんの食材を降ろし終えた男が、額に浮いた汗を拭いながら言うと、
 「まぁーかせてぇー!」
 と、逞しい二の腕に、力瘤を盛り上がらせて、料理長はにっこりと笑った。
 「ほぉら、アンタ達ぃー!手のあいてる子は、運んでちょうだーぃ!」


 同じ頃、自室で身支度を整えたアレンは、鏡の前で、いたずらっぽい笑みを浮かべた。
 黒いジャケットの肩に、キラキラとかかる銀髪を指に絡め、更ににんまりと笑う。
 「えへへ。いい出来♪」
 ね、と、自分の頭の上に乗った、金色のゴーレムに話しかけると、それは、同意するかのように、長い尻尾をゆらゆらと揺らした。
 「よーし!捜索開始ー♪」
 機嫌よく宣言すると、アレンは、スキップでも踏みそうな足取りで、部屋を出る。
 「まだ寝てるかなー?あ、でも、あの人、年寄りみたいに朝早いから、もう食堂かなー?」
 明るい口調ながら、端々に毒のにじみ出る言葉を吐きつつ、アレンは彼の姿を求めて回廊を巡った。
 と、運のいい事に、中庭を挟んだ向かいの回廊を、求める人物が歩いている。
 「ラッキー!
 神田ー!久しぶりー!」
 満面に笑みを浮かべ、大きく手を振って呼び掛けると、件の人物は、眉根をきつく寄せて振り向いた。
 途端、その目が大きく見開かれる。
 「モヤシ・・・!?」
 予想以上に驚いた様子に、彼に駆け寄ったアレンは、にやぁ・・・と、いたずらっぽい笑みを浮かべ、背中に落ちる、長い銀髪をこれ見よがしに揺らめかせた。
 「しばらく会わない間に、随分髪が伸びたんですよー♪
 ホラホラ、おそろい♪」
 神田と同じく、高い位置に結った髪は、秋の陽光を弾いてキラキラと輝いている。
 が、アレンがわざわざ自分と同じ髪型をしている様に、神田は本気で肌を粟立てた。
 「それは俺に対する嫌がらせかー!?」
 「うんっ!」
 当たり前だ、と言わんばかりの、アレンの鮮やかな笑みに、神田は黒い刃を突きつける。
 「今すぐ切れ!!イヤ、むしろ、俺が斬る!!」
 「え・・・?ちょっ・・・待って、神田!!」
 「問答無用!抜刀!!」
 怒声と共に、イノセンスを発動した神田に、アレンは慌てて背を向けた。
 「ィヤ――――――――!!!」
 「嫌じゃねぇ!!待ちやがれ、てめぇ!!」
 悲鳴を上げて逃げるアレンの後を追う、長い銀髪を、神田は背後から容赦なく引く。
 と、ズルッと、滑る感触と共に、いきなり抵抗する力がなくなった。
 「え?」
 目を丸くして手元を見ると、長い銀髪だけが、サラサラと手の中で揺れている。
 「・・・ヅラかよ、ゴラ!!」
 鋭い目つきで睨んだ先では、アレンが、引きつった笑みを浮かべていた。
 「じょ・・・冗談が通じなんだから、もう・・・・・・」


 「あれー?なんだ、もう取っちまったんかよ」
 食堂で待っていたラビは、長いウィッグの代わりに、大きなたんこぶを頭につけたアレンと、その彼を猫の仔のように摘んで連行してきた神田を見比べ、深々と吐息した。
 「せっかく俺が作ってやったのに」
 「ごめん、ラビ。取られちゃった」
 「やっぱりてめェの仕業か、ラビ!」
 バンッ、と、テーブルに叩きつけられた銀髪のウィッグに、ラビがにっこりと頷く。
 「色が違うだけで、完璧に同じ長さだったろ?」
 「そんなことはどうでもいい!!」
 「どうでもよかないさ!!
 俺がお前の髪の長さを計るのに、どんだけ苦労したと思ってんさ!」
 だんっ!と、テーブルに拳を叩きつけて反論するラビに、神田が唇をゆがめた。
 「ほぅ・・・どんな苦労をしたか、話してみろ」
 「お前が寝ている隙にこっそり忍び寄って、メジャーで計ったり、数本失敬した・・・りぃぃぃぃぃぃぃっ!?」
 「ふざけろ、キサマ――――――――!!!」
 怒号と共に、神田はテーブルを飛び越えて、ラビの首を締め上げる。
 「ユ・・・ユゥ・・・!!ホントに・・・締まってル――――・・・!」
 息も絶え絶えになりながら、自身の首に巻きつく神田の腕を必死に引き剥がそうとするラビに、
 「本気でシメてんだよッ!!」
 と、怒号が返った。
 が、嫌な力加減はしているらしく、ラビが落ちそうになると、一瞬、力が緩む。
 「ユウ・・・!もしかして、わざとやってるさ・・・・・・?!」
 何度目かに力が緩んだ瞬間、ラビが問うと、『ったりめェだろ!』と無情な言葉が返った。
 「鬼畜ぅぅぅぅぅっ!!」
 締め上げられながら、絶叫するラビの前で、しかし、アレンは止めようともせず、テーブルに放置されたウィッグを取り上げる。
 「ティムー」
 名前を呼ぶと、金色のゴーレムは心得て、小さな手で鏡を運んできた。
 「これつけるの、結構難しいんですよねー」
 言いながら、アレンは器用に髪を整え、長いウィッグを頭につける。
 「って!またつけてんじゃねェよ、モヤシ!!」
 「俺が!今!ユウに殺されそうになってる理由をおもんぱかるさ!!!」
 二人の絶叫に、しかし、アレンは晴れやかに笑った。
 「いいじゃないですか、一日くらい。きっと、仲良しに見えますよ」
 「誰がてめぇと仲良しだっ!!」
 嫌がらせじゃねぇか、と、吐き捨てた神田に、はた、と、ラビが手を打つ。
 「ユウ!俺を解放してくれたら、アレンが自分からウィッグを外す方法を教えてやるさ!」
 こそっ、と、アレンの目を盗んで囁くと、神田は、きつく眉根を寄せてラビを睨んだ。
 「ホ・・・ホントだって!
 いいか、アレンにこう言うんさ・・・!」
 こそこそと耳元に囁かれた言葉に、きつく寄っていた神田の眉間が開き、唇が邪悪に歪む。
 「モヤシ」
 「アレンですってば」
 神田の呼び掛けに、アレンがムッとして振り返った。
 「はっ!モヤシじゃねぇか。
 そうやって髪を結ってると、いつも以上に女っぽく見えっぜ?」
 その言葉にカチンと来たらしく、不機嫌な顔つきになったアレンに、神田は愉快そうに笑みを深める。
 「いっそ、アレーナとでも呼んでやろうか?
 誰も、てめぇが男だとは思わないだろうぜ」
 途端、こめかみに青筋を浮かべ、アレンは、ウィッグを引きちぎるようにして外した。
 「外しちまうのか?可愛かったのに」
 「あんたに可愛いなんて言われたくないですよ!!」
 べしっ!と、ウィッグをテーブルに叩きつけて、アレンが絶叫する。
 「俺への嫌がらせなんだろ?つけてりゃいいじゃねぇか」
 「絶対!やだね!!」
 つんっ!と、そっぽを向いたアレンに、神田は、してやったりと言わんばかりの笑みを浮かべ、ようやく解放されたラビは、死の淵から脱した安堵に、深々と吐息した。
 「・・・死ぬかと思った」


 「で?
 てめェら、朝っぱらからなんのつもりだ?」
 ひと騒ぎ終えた後の朝食を共にしつつ、神田がきつく睨みつけると、二人は、ごく当然のように声を合わせた。
 「ハロウィンのいたずら」
 「・・・俺に仕掛けても、菓子はやらんぞ」
 「だから、君には単なる嫌がらせですってば・・・いったぁぁぁ!!」
 問答無用で殴られて、アレンが悲鳴を上げる。
 「くだんねぇことに精魂傾けてんじゃねぇよ!」
 「くだんなくねぇさ!俺がお前の髪を計るのに・・・っでぇぇぇ!!」
 アレンと同じく、殴られたラビが、頭を抱えてテーブルに突っ伏した。
 「くだらねぇだろ!」
 文句あるか、と宣言されて、頭に大きなたんこぶを乗せた二人は、『ありません』と泣き声を上げる。
 そこへ、
 「あ、いたいたー!」
 と、険悪な雰囲気も吹き払うような、明るい声が上がった。
 見れば、ラベンダー色の大きな三角帽子を被り、同色のケープを着けたリナリーが、にこにこと駆け寄ってくる。
 「見て見てー!魔女っ子♪」
 言いながら、三人の目の前で、くるりと一回転したリナリーに、アレンが歓声を上げた。
 「わぁ!リナリー、可愛いー!」
 「えへへそう?」
 更にご機嫌になって、くるくると回るリナリーを、食堂に集った男性陣は、目を和ませて見ていたが、
 「あぁ、リナリー!!ものっっっすごく可愛いよ!!」
 突如現れた白い陰に、全員、慌てて目を逸らす。
 「うふふそっかなー?」
 「そうだよ!こんなにキュートな魔女が、世界に二人といるもんか!」
 言いながら、ぎゅぅっ、と、愛しい妹を抱きしめるコムイを見て、ラビと神田は、げんなりとした顔を見合わせた。
 「アブネー兄貴だよな・・・」
 「あれを普通だと思ってる、妹も妹だと思うぜ?」
 「言えてるさー・・・」
 しかし、そんな二人の囁きを、あっさりと聞き流して、リナリーはご機嫌な笑みを向ける。
 「みんなはなんの仮装するの?」
 「うーん・・・。僕はまた、ジャック・オ・ランタンの被り物でも・・・」
 言いかけたアレンの頭に、白いウィッグが放られた。
 「被り物ならもうあんだろ」
 「もうつけないって、言ってんでしょ!!」
 神田の嫌味な言い様に、アレンは弾けるように反駁して、ウィッグを投げ返す。
 「つけろよ!リナリーと揃いで、魔女でもやりゃあいいじゃねぇか!」
 言いながら、再びアレンへウィッグを投げつけた神田に、
 「なんで僕が女装しなきゃいけないんですか!!」
 甲高い声で叫びながら、アレンも再び投げ返した。
 と、
 「お前ら!俺の努力の結晶を、粗末に扱うんじゃないさ!!」
 たまりかねて、ラビが二人の間から、ウィッグを取り上げる。
 「ったく!一所懸命作ってやったのに・・・!」
 「あらじゃあそれ、私にちょうだい
 そう言うとリナリーは、切なげにウィッグに頬をすり寄せるラビから、それを受け取った。
 「どうするんですか、それ?」
 首を傾げるアレンの前で、リナリーは、白い繊維の束の感触を、確かめるように何度も撫でる。
 「うふふカラーを入れて、髪につけようと思って
 兄さん、何色がいいかしら?」
 「何色だって似合うさ、リナリーはぁ
 「やぁだ、兄さんったら!それ、答えになってなぁーぃ!」
 人目も憚らず、堂々といちゃつく兄妹に、神田が本気で鳥肌を立てつつ、吐き捨てた。
 「他でやれ、この非常識兄妹ガ!」
 「あら、兄妹の仲が良くって、何が悪いの?」
 きょとん、と、純粋な目で見返されて、神田が更に目を尖らせる。
 「常識の範囲内で仲良くしろっつってんだよ!」
 「やだなぁ、神田君!十分、常識の範囲内じゃないかぁー♪
 ねぇ、リナリー?」
 「ホントにね、兄さん」
 変な事を言うのね、と、訝しげに眉を寄せたリナリーに、神田が激しくテーブルを叩いた。
 「誰が語っても、お前らが兄妹仲の常識を語るな!!」
 「ユウ・・・キレるだけ無駄さ・・・・・・」
 憤る神田をなだめつつ、ラビが、今日何度目かの吐息を漏らす。
 「それより、ホントに何するか、考えるさ。
 アレンのウィッグを作ってやるのに夢中で、自分の仮装、考えてなかったもんな」
 「ウサ・・・いったぁぁぁぁ!!」
 「ウサギじゃねぇって、何度言ったらわかるんさ、この白ウサっ!!」
 思いっきりアレンを殴った手で、ラビが、彼の白い髪をかき回す。
 「そんなにウサギがやりたきゃ、お前がやるさ!ウサ耳作ってやっから!!」
 「なっ?!ヤ・・・!」
 ヤダ、と言おうとした口は、しかし、リナリーの歓声に塞がれた。
 「アレン君、ウサギやるの?!不思議の国のアリスみたいね!」
 期待に満ちた目に、アレンは首を振ることも、頷くこともできず、奇妙な姿勢で硬直する。
 「じゃあ私、アリスにすれば良かったなぁ・・・」
 残念、と、呟くリナリーを、コムイが更にきつく抱きしめた。
 「今のままでも、十分可愛いじゃないかぁ、リナリー
 ・・・お兄ちゃんの前で、あーんな白ウサギを追いかけて行かないでおくれ」
 ギロリと、メガネの奥で光った目に、アレンはビク、と、肩を震わせる。
 「アレンがウサギなら、イカレ帽子屋・・・チェシャ猫・・・・・・。
 本物の吸血鬼が来ちまったから、ドラキュラの仮装はできなくなったもんなぁ」
 「それ・・・クロウリーさんが聞いたら、泣いちゃいますよ・・・」
 未だ硬直が解けないまま、苦笑するアレンに、
 「事実だろ」
 と、冷酷に吐き捨て、神田が席を立った。
 「あれー?神田君、どこ行くの?」
 リナリーにべったりと抱きついたまま、問うコムイに振り返りもせず、神田は不機嫌な声を投げかける。
 「馬鹿馬鹿しい。部屋に帰る」
 「えぇっ!?ユウ、参加しねぇんさ?!」
 「めんどくせぇ」
 悲鳴じみた声を上げるラビにも冷たく返し、団服の裾を翻して立ち去ろうとした神田の背に、リナリーの、残念そうな声がかけられた。
 「みんなでやったほうが楽しいのに・・・・・・」
 途端、
 「お待ちなさい、神田君!!」
 コムイの、厳しい声が投げかけられる。
 「君にも強制参加してもらうよ!
 リナリーをがっかりさせるなんて、ボクの面子が立たないじゃぁないか!!」
 「てめぇの面子なんか、知ったことか!」
 案の定、冷酷な言葉を返した神田に、コムイがにやりと口の端を曲げた。
 「そっかー・・・。
 六幻のパワーアップ、目処がついたんだけどなぁ・・・?」
 ぼそり、と、呟かれた言葉に、早足で出口に向かっていた神田の足が止まる。
 「まぁ、神田君が今のままでいいって言うなら、無理には勧めないんだ、ボクも。
 ただ、リナリーとボクの、ささやかなお願いさえ聞いてくれたら、メンテナンスだっていつも以上に張り切っただろうと思うと、残念だねぇ」
 「・・・・・・」
 無言で、立ち止まった神田の背に、コムイは更に邪悪な笑みを深めた。
 「あぁ、そうそう、神田君。
 みんなと一緒にハロウィンパーティをやるんだったら、大元帥がインテリア用に輸入した、日本の鎧があるから。
 それ使うといいよ」
 「チッ!」
 激しく舌打ちし、神田は忌々しげに吊り上った目で、コムイを振り返る。
 「パワーアップしてなかったら、六幻のサビにしてやるからな、コムイ!」
 凄まじい捨て台詞を吐いて、神田は、烈しい歩調で食堂を出て行った。
 「すごい、兄さん!あの神田を従わせちゃうなんて!」
 感歎の声を上げ、尊敬の眼差しでコムイを見上げるリナリーに、彼は、得意げに胸を張る。
 「あーっはっは!リナリーのお願いなら、お兄ちゃんはなんだって叶えちゃうのさ〜♪
 さぁーて。こっちもそろそろ、パーティの準備をしないとね♪」
 「準備?あんたらも仮装するんさ?」
 一連の出来事を、凍りついたように見つめていたラビが、我に返って問うと、コムイは、にんまりと口の端を曲げた。
 「キミ達、お菓子をもらいに来る時は、心しておいでね♪」
 リナリーと手を繋いで、楽しそうにスキップを踏みつつ、食堂を出て行ったコムイの姿に、ラビとアレンは、不安げな目を見合わせる。
 「なんか・・・嫌な予感がするさ・・・・・・」
 「やめてよ・・・君の予感、当たるんですから・・・・・・」
 ラビの推理力を知るアレンは、ぶるりと身を震わせて、俯いた。


 「もうちょっと右?」
 「いや、そっちにずらしたら落ちちまうさ。
 折り方にもうちょっと角度つけて・・・・・・」
 わいわいと言い合いながら、未だ食堂に居座ったままのアレンとラビが、なにやら真剣にふわふわとした物を扱っている。
 二人が動く度に飛び散る白い毛を、ジェリーが厨房から見咎め、眉を吊り上げた。
 「コラ!アンタ達!!
 そういうことは他でやりなさい!毛が散ってるじゃないの!!」
 大声で叱られ、二人は慌てて片付けを始める。
 「ゴ・・・ゴメンさ、ジェリー姐さん!もう終わったから!な、アレン?」
 「うん!この角度なら、落ちないね」
 言いつつ、アレンが、ひょい、と、頭に白いウサギの耳をつけた途端、同じ場所から嬌声が上がった。
 「きゃああああん!!アレンちゃん、かっわいぃ――――!!!!」
 「か・・・可愛くないもん・・・・・・!」
 男としてのプライドが、『可愛い』という評価を受け付けず、アレンはふいっ、と、そっぽを向いたが、
 「なに言ってんのー!
 可愛いわ!ホントに可愛い!!あぁん飾っておきたいくらいよ、アレンちゃん
 怒涛の勢いで駆け寄ってきたジェリーは、問答無用に言い募って、アレンをぎゅうっと抱きしめる。
 「姐さん、俺はー?」
 抱きすくめられて、複雑な顔をするアレンに笑いつつ、ラビも赤茶けた短い耳を付けると、
 「ラビも可愛いわよなに?柴犬?」
 と、アレンの時とは全く違うテンションで、あっさりと言われた。
 「・・・・・・狼男さ」
 「迫力のない狼ねぇ・・・。いっそ、チェシャ猫の方がらしかったんじゃない?」
 「余計なお世話さ!」
 ふてくされ、毛むくじゃらの手袋をはめたラビに、はた、と、ジェリーが手を打つ。
 「アンタ、そんなに赤茶けてるから、狼に見えないのよ!どう見たって犬じゃない!」
 「ぶふっ!」
 「うっさい!!アレンも笑うな!!」
 ジェリーの言葉に、思わず吹き出したアレンに、ラビが吠えた。
 「それよりアンタ達、今、準備が終わったって言った?」
 ふてくされるラビを鮮やかにかわして、ジェリーが問うと、ウサギと狼はこくりと頷く。
 「じゃあ、ジャック・オ・ランタン作るの、手伝ってくれない?
 ウチの子達にやらせようと思ってたんだけどぉ、今日の宴会料理のおかげで、手が足りないのよぉ〜・・・」
 頬に手を当て、困惑げに身をよじるジェリーに、ウサギと狼の目が輝いた。
 「え?!ジャック・オ・ランタン作るの?!」
 「やるやるー!!俺、でっかいカボチャとーった!」
 毛むくじゃらの手で挙手するオオカミに、ウサギが噛み付く。
 「ラビずるい!!僕も被れるくらい大きいので作りたい!!」
 キャンキャンと、犬のように甲高い歓声を上げる二人に、ジェリーは楽しげに笑った。
 「ありがとぉーご褒美に、大きなパンプキンパイを作ってあげるからねぇ〜
 「うんっ!!」
 「やったさ!」
 おいでおいで、と、ジェリーに手招かれるまま、厨房について行った二人は、大きなカボチャがごろごろと転がっている様に、またもや歓声を上げた。
 「これだったら、どれも被れっさ!」
 「じゃ、僕これ取った!」
 手近にあった、大きなカボチャを抱えて、アレンが勝手口から庭に出る。
 「姐さん!ナイフと桶、借りてくさー!」
 アレンの後をラビが追いかけ、二人して大きなカボチャを、いくつも中庭に並べた。
 「どんな顔にする?!僕、恐いのがいい!!」
 嬉しそうに言いながら、早速、カボチャにナイフを突き刺そうとしたアレンに、
 「アレン、その耳、外しとくさ。白いから、カボチャがついたら染まっちまう」
 そう言って、ラビはアレンが頭につけたままのウサギ耳を外す。
 「あ、そうか。
 ラビもカボチャをくり貫くんですから、今はその手袋、外したら?」
 「そだな、作業しやすいように、着替えてくるか・・・って、なにさ、この音・・・?」
 訝しげに眉をひそめたラビに、アレンも不思議そうな顔をして、音のする方向を見遣った。
 ガシャガシャと、多くの金属が触れ合う音・・・しかし、妙にリズミカルなのが奇妙だ。
 「シェフ達が、何かやってるのかな?」
 「ちょっと見てくるか」
 そう言って、二人が今出てきたばかりの、勝手口を開けようとした瞬間、それは内側から吹き飛ばされた。
 「っでぇぇぇぇ?!」
 厚い木の扉の襲撃を受けて、慌てて飛び退った二人を、しかし、凄まじい勢いで飛び出してきた人物は逃さなかった。
 「かくまえ!」
 反対不可の命令口調で言うや、大きなカボチャの陰に隠れた彼を、二人が呆気にとられて見ていると、
 「ユ〜〜〜〜ゥ!!!待っておくれ――――!!!」
 大きなリュックを背負った中年の男が、怒涛の勢いで迫ってくる。
 「あれ?!どこに行った?!」
 勝手口を出るや、求める姿を見失った彼―――― ティエドール元帥は、木々の生い茂った庭をキョロキョロと見回していたが、愛しい弟子の姿を見失ったと知ると、立ち尽くす二人に迫った。
 「キミ達!今、ここをユウが通って行ったよね?!どこに行っちゃったんだい?!」
 少年のようにキラキラした目で問われた二人は、思わず正直に居場所を吐きそうになってしまったが、背後の猛獣の気配に、震える手を遠くへ伸ばす。
 「あ・・・あっちに行ったさ、元帥!」
 「ハイ・・・!塀を飛び越えて、逃げて行きました!」
 「そうか!ありがとう!!」
 言うや、ティエドール元帥は二人の指し示す方向に突進し、軽々と塀を飛び越えて、彼らの視界から消え去っていった。
 「・・・・・・なんだったんですか?」
 呆然と呟きつつ、アレンがそっと背後を顧みると、大きなオレンジ色のカボチャの陰から様子を伺っていた神田が、深く吐息して立ち上がる。
 「チッ!あのオヤジ、しつけーんだよ!!」
 神田の動きに沿って、ガシャ・・・と上がった、金属の触れ合う音に、ラビがはっと目を見開いた。
 「この音、お前だったんか!
 ・・・ってか、ユウ、すげー!!」
 改めて神田を見たラビは、鮮やかな緋色の鎧をまとった姿に、感嘆の声を上げる。
 「これがさっき、コムイさんが言ってた日本の鎧ですか?!僕、初めて見ました!」
 アレンですら、頬を紅潮させて、彼の姿を感嘆と共に見つめた。
 「絵描きのおっさんが追いかける気持ちもわかるさ!めっちゃカッキーもん!」
 はしゃいだ声をあげるラビに、しかし、神田は相変わらず、冷淡だった。
 「うるせぇよ!大体、なんで俺が落ち武者だ!」
 「そりゃ、ハロウィンだからさー♪」
 もっとよく見せろと、わらわらと寄って来る二人を、神田がわずらわしげに押しのける。
 「なんで英国に日本の幽霊がいんだよ・・・!いくらなんでもめちゃくちゃだろう!」
 憮然と言い募る神田に、アレンは『気にするな』と言わんばかりに笑って手を振った。
 「そんなことどうでもいいんですよ、お祭なんですから。
 ねえ、なんで胸のとこ、二つも札が下がってるんですか?」
 「左はお護りで右は・・・って、どうでもいいだろ、そんなことは!」
 「いいじゃないですか、物珍しいんですから」
 「俺も、着てるの見たのは初めてさー♪
 なぁなぁ、これ、どうやって着るんさ?」
 払っても払っても寄って来る二人を、苛立った神田が怒鳴りつけようとすると、
 「ティエのおっさーん!」
 「神田見つけましたー!」
 と、二人がわざとらしく声を上げて、神田の怒声を塞ぐ。
 「てめぇら・・・!!」
 「かくまってやったんだからさー」
 「見せてくれるくらい、いいでしょ?」
 そう言って二人は、嬉しそうに笑った。
 「チッ・・・・・・!」
 忌々しげに舌打ちして、巨大カボチャにもたれかかった神田は、カボチャの存外な柔らかさに半ば沈む。
 「?!」
 驚いて、手甲に覆われた手をつくと、更に腕が沈んだ。
 「あ!カボチャ壊しましたね!」
 「気ぃつけるさ、ユウ!お前今、いつもの体重じゃないさ!」
 金属板を連ねた鎧は、それだけで人間一人分ほどの重さがある。
 「今、お前の体重、一気に二倍になってんさ?
 いつもどおりにしてっと、ケガすんぜ?」
 「う・・・うるせぇ!!」
 ラビに引き起こされ、ようやくカボチャの中から救出された神田は、カボチャにまみれた手甲を外した。
 「ったく・・・!インテリア用だってぇから、どうせレプリカだろうと思ってたら、本物を輸入してやがんだからな!」
 「大元帥ってば、そんな貴重なものを、よく貸してくれましたねー」
 「むしろ、喜んで着せ掛けてたぜ?」
 もう一方の手甲も外しながら言う神田に、アレンは笑みを引きつらせて呟く。
 「大元帥・・・あなた達もですか・・・・・・」
 欧州に蔓延する、ジャパンブームの根強さか・・・メイドのように神田を囲み、嬉しそうに鎧を着せ掛ける大元帥達の姿を想像すると、もう、笑うしかない。
 「それより、ユウもやることねぇんだったら、一緒にジャック・オ・ランタン作るさー!
 ここなら、絵描きのオッサンも、しばらくこねぇだろうし♪」
 ラビの提案に、
 「なんで俺が・・・」
 と、反駁しようとした神田だったが、すかさずアレンが口元に手を当てた。
 「ティエドール元帥ー!神田はここにいますよー!」
 「てめぇ!!モヤシ!!」
 「ほらほら、モデルになるのがヤなんだったら、一緒にランタン作りするさ!」
 はいっ!と、ラビが明るく差し出した、カボチャの種取り用スコップを、神田は渋々受け取る。
 「じゃ、ユウが種取ったのに、俺が顔描いていくから、アレン切り抜いてな?」
 「流れ作業ですね!」
 効率的に行きましょう!と、張り切ってナイフを握ったアレンに、神田も、忌々しげに頷いた。


 「いいわね?ドアの外に、ジャック・オ・ランタンが置いてある部屋が、受け入れ態勢オッケーの部屋だからねぇ!
 それ以外の部屋に行っても、お菓子はないわよぉ!」
 わかった?と、ジェリーの指示を受けて、それぞれ仮装した子供達が、手を上げて了解の声を上げる。
 「それと、ランタンを提げたお化けも、たくさんお菓子を持ってうろついているから、見つけたら声を掛けてね!
 じゃあ、今日はいつもより暗いから、足元に気をつけて行くのよぉー!」
 ぱん!と、彼女が大きく手を打ったのが、合図だった。
 歓声を上げて、小さなお化けたちが、城中に散っていく。
 「僕たちも行きましょ、リナリー!」
 アレンの呼びかけに、リナリーは、ピンクに染めたウィッグを振って頷いた。
 「うん!
 ほらぁ!神田も行こ!」
 「なんで俺が・・・」
 事ここに至ってさえ、付き合いを拒む神田の腕を、ラビが引く。
 「ほら、早く行こうぜ、ユウ!ガキどもに、お菓子全部取られちゃうさ!」
 「どっちがガキだ・・・」
 「いいからいいから!」
 ノリの悪い神田の腕を、強引に引いて、ラビは子供達を追いかけて行った。
 「リナリー!急がなくっちゃ!!」
 先を越される!と、慌てて言ったアレンに、リナリーが吹き出す。
 「ヤダ!アレン君、ホントにアリスのウサギみたい!」
 「あはは・・・じゃあまず、どこを目指しますか?」
 思わず乾いた笑声を上げたアレンに、リナリーは、にっこりと笑って暗い廊下の先を指した。
 「科学班に行きましょ!」
 「やっぱり・・・?」
 何がいるのかな・・・と、暗い気持ちになりながら、アレンは、ラベンダー色の魔女に付き従った。


 「Trick or treat!」
 「ハイ。よく見つけたわね、お化けさん達」
 小さなジャック・オ・ランタンを提げ、魔女の仮装をして城を巡っていたミランダは、子供達の呼び掛けに、足を止めて振り返った。
 「さぁ、好きなだけ持って行きなさいね」
 色とりどりの包み紙にくるまれた、キャンディーやチョコレートを差し出すと、子供達は歓声を上げてミランダに群がる。
 「慌てなくていいわよ。たくさんあるから」
 次々と伸びる小さな手に笑いかけ、次の獲物を求めて駆け去っていくお化けたちを見送ると、彼女は、子供達が中身を持って行ってくれたおかげで、随分と軽くなったバスケットを再び取り上げた。
 「あぁ、重かった・・・。でも・・・また補充しなきゃね」
 部屋で待っているだけのメンバーと違い、彼女は城中を巡らなければならない。
 『どうせやるなら、鬼ごっこみたいなゲームも入れない?』という、コムイの提案で、『城を徘徊する魔女』の役を仰せつかったのだ。
 しかも、同じ場所にお菓子の補充に行けば、巡るルートを確定されやすい、と言う理由で、補給場所も各所に置く、という徹底振りだ。
 「あの人、お仕事よりも、こういうことを考える方が好きなのかしらね」
 クスクスと笑いながら、ミランダは、城内の地図を取り出した。
 「ここから一番近い補給所は・・・」
 「Trick or treat!」
 「あ、ハイハ・・・きゃあああああああ?!」
 掛け声に振り返ったミランダは、城中に響き渡るような悲鳴を上げてうずくまった。
 彼女が持つ、ジャック・オ・ランタンの小さな明かりでのみ照らされた暗い廊下に、獣人と、見たこともない甲冑を着た、血みどろの人間がいたのだ・・・!
 恐怖に震えていると、獣人が、より明るい方へと首を伸ばした。
 「イヤ・・・そんなに驚かなくても・・・」
 「ラ・・・ラビ君・・・?!あ・・・もう一人は・・・神田君だったのね・・・!」
 「あははー♪そんなによくできてたさ?」
 「よくも何も・・・!本物かと思ったわ・・・」
 未だ心臓が飛び跳ねているのか、胸を押さえてへたり込んだミランダに、神田が冷酷に鼻を鳴らす。
 「そんなんで、よくエクソシストになれたもんだな」
 「ホントにね・・・。私もそう思うわ。
 はい、お菓子をどうぞ」
 悪気なく返されて、神田が憮然と舌打ちした。
 「ミランダ、他の大人お化けはどこ巡ってんさ?」
 「さぁ?連絡を取り合っているわけじゃないから・・・あ、でも、クロウリーさんは、お庭の方へ行きましたよ?」
 ラビの問いに、ミランダは窓の外を指差す。
 「さっき、そこから見えたの」
 「・・・・・・クロちゃんじゃなくて」
 ラビらしくもなく、回りくどい言い様に、ミランダは目をしばたたかせ・・・ややして、にっこりと微笑んだ。
 「クラウド元帥だったら、塔の方へ行かれましたよ」
 「ありがとさ!!」
 言うや、弾けるように駆け去って行ったラビに、残された神田は忌々しげに舌打ちする。
 「まーだこだわってやがんのか、あいつは!」
 吐き捨てつつ、歩を踏み出そうとした彼は、石床に座り込んだままのミランダに、ふと足を止めた。
 「で?お前は、いつまでそこにへたってる気だ?」
 冷酷な声で問われて、ミランダは、困ったように苦笑する。
 「・・・・・・腰が・・・抜けちゃって」
 「・・・・・・・・・・・・」
 「・・・・・・ごめんなさい」
 冷酷な目で見下ろす神田を、ミランダは、おどおどとした上目遣いで見上げた。
 「・・・・・・・・・チッ!」
 忌々しげに舌打ちしながらも、神田はミランダに手を差し伸べ、彼女を小脇に抱える。
 「ちょ・・・っ?!神田君?!」
 「運んでやる。ここから一番近い補給場所はどこだ?」
 「あ・・・ありがとう・・・・・・」
 意外と優しいのね、と、心中に呟いた彼女を、神田は、荷物のように無造作に運んで行った。
 ・・・その姿は、さながら、犠牲者を冥府に引きずり込む怨霊のようだった・・・とは、不運にも、その場を目撃してしまった者達の、共通の感想だった。


 「Trick or treat!」
 歓声を上げつつ、科学班に飛び込んだ二人は、巨大な黒い影にぶつかって、足を止めた。
 「ヤァ、よく来たね!可愛い魔女と・・・ウサギ君」
 「ひぇっ!!」
 「兄さん・・・そのカッコ、なに?」
 ぶよぶよとした、黒いもので身体を覆い、顔を面のように白く塗ったコムイの異様な姿を、二人が呆然と見上げていると、
 「コレ?カオナシだよ」
 ふふふ・・・と、コムイは、不気味に笑う。
 「サァ・・・お菓子をあげようね」
 そう言って、差し出した手には、色とりどりの包み紙にくるまれたキャンディーが、たくさん乗っていた。
 ・・・が、その手がリナリーを避け、アレンにばかり向く様が、怪しすぎる。
 「ぼ・・・僕、いいです・・・」
 「えー・・・いらないの?なんで?」
 残念そうな声音に、アレンの疑惑は更に増した。
 「だってそれ・・・安全な食べ物ですか?」
 思いっきり疑わしげな声に、コムイが、にんまりと笑う。
 「安全だと思うよ、今回のは。多分」
 「多分・・・?」
 「兄さん、まさか、また変なキャンディーを発明したの?」
 「変って?!」
 リナリーの言葉に、鋭く反応したアレンを、彼女は肩をすくめて見遣った。
 「前回は、口の中で光るキャンディーだったの。
 リーバー班長が実験台にされたんだけど、口の中で発熱しちゃって、火傷しちゃったのよ」
 班長、ただでさえ固形物が食べられないのに、と、非難がましく見遣った兄は、しかし、どこ吹く風と笑っている。
 「前回のはちょっと刺激が強かったけど、今回は大丈夫!ちゃーんと、改良したからねぇ♪
 でも危ないかもしれないから、リナリーはやめておきなさい」
 「僕はいいんですか?!」
 「うん。
 少量なら、そんなに危険なことはないよ!多分ね!」
 それに、と、白い面が、キャンディーを捧げて近づいた。
 「よもや、ボクのキャンディーが食べられない、なんて事は言わないよね?」
 リナリーの目を避け、アレンの頭上に覆いかぶさって脅しをかけるコムイに、しかし、アレンも負けていなかった。
 「言いますとも!そんな危険な物を食べるなんて、絶対嫌です!!」
 きっぱりと断言した途端、コムイが、にやりと笑って指を鳴らす。
 「アレン君はいつから、そんなに反抗的な子になってしまったんだろう・・・!」
 セリフも口調も悲しげだが、邪悪な笑みを満面にたたえたコムイの腹から、にょきにょきと、何本もの腕が現れた。
 それはさながら、昆虫の脚のようにうごめいて、アレンの四肢を束縛する。
 「うわっ?!」
 「ハィ、お口あけてー♪」
 コムイの操作する腕に押さえつけられ、更には鼻をつままれて、アレンは無理矢理口を開けられた。
 「助けて、リナリ――――!!!!」
 甲高い声で絶叫すると、ぶよぶよとした黒い身体の向こうから、リナリーが顔をのぞかせる。
 「に・・・兄さん?!アレン君に何してるの!」
 「お菓子あげてるんだよーん」
 陽気に言って、リナリーが止める間もなく、コムイは件のキャンディーを、アレンの口の中にざらざらと詰め込んだ。
 「ふもっ!!」
 口の中を、キャンディーでいっぱいにされたアレンが、白目を剥いて苦しがるが、コムイは無情にもじっと観察するばかりで、助けようとはしない。
 「あれー?おっかしいなぁ・・・光らないねぇ・・・?」
 もう一個入れてみよっか、と、コムイが更にキャンディーを詰め込んだ途端、スイッチが入ったように、全てのキャンディーが輝いた。
 「あ!光った光った!
 ごらん、リナリー。これがホントの玉兎(ぎょくと)だよ♪」
 頬の内側からも光を漏らすアレンは、大きなウサギ耳をつけていることもあいまって、月に棲む兎のようだ。
 機嫌よく笑うコムイの傍らで、リナリーも思わず歓声を上げた。
 「わぁ!キレイ・・・!
 じゃなくて!!兄さん!!アレン君が窒息しちゃうよ!!」
 「もうちょっと待ちなさい、リナリー。そのうち、火を吹く様が見れるから」
 「そんなことしたら、アレン君が死んじゃうでしょ?!
 アレン君!!早く吐き出して!!」
 呼吸困難のため、遠のいていく意識の中で、アレンは、『Trick or treat』という言葉を、何度も反芻していた。


 「元帥ー!!Trick or treat
 いきなりじゃれ付いてきた狼男に、油断していたクラウド元帥は、つい、本気で反撃してしまった。
 「ラビか・・・!
 おどかすから、本気で反撃してしまったじゃないか」
 諭すような声に、床に這った狼男は、血みどろの顔を上げる。
 「えへへー・・・久しぶりさ、元帥!」
 ふやけた笑みに、彼女は苦笑して、彼の傍らにしゃがみこんだ。
 「そうだな。
 その格好はなんだ?犬か?」
 「・・・狼男さ」
 がくっと、首を落としたラビに、元帥は軽い笑声を上げる。
 「お前、赤茶けているから、犬に見えるよ?」
 「・・・元帥まで、ジェリー姐と同じ事を言う・・・!
 そう言う元帥は、ミイラ?」
 問うと、彼女は笑って、包帯に覆われた手を差し出した。
 「そうだよ。
 もっとも、私は仮装しない方が、恐ろしい姿をしているかもしれないが」
 言いながら、血みどろのラビを助け起こしてやると、彼はきゅ、と、元帥に抱きつく。
 「そーんな、アホな事を言う奴はほっとくさー
 「お前・・・子供の時ならまだしも、いい加減、笑えない年になったことを自覚おし?」
 呆れ声で言うと、
 「だから!昔から俺はマジだって!」
 と、真剣に返された。
 「飴やるから、お放し」
 笑いながら、ぐいっ!と、押しのけようとする手に、ラビは必死に抵抗する。
 「ガキ扱いしないで欲しいさっ!」
 「そう言うところがまだ・・・」
 子供だ、と、言いかけた時、
 「Trick or treat!」
 歓声と共に大勢の子供達が押し寄せて、無情にもラビを轢き潰した。
 「クラウド元帥、みーつけた!!」
 「おや、いい所に来たね、子供達」
 「なに邪魔してんさ、ジャリども――――!!!」
 全く正反対の言葉を、二人が同時に吐く。
 が、子供達は床に這ったラビのことなど、頓着する様子もなく、
 「お菓子ちょうだい、お菓子――――!!!」
 と、口々に歓声を上げた。
 「あぁ、好きなだけ持って行くといい」
 そう言うと、元帥は、機嫌よく笑ってお菓子の入ったバスケットを差し出す。
 「ついでに、そこでカーペットになっているオオカミも、連れて行っておくれ」
 「はぁい!!」
 元気良く挙手した、いくつもの小さな手がラビにかかり、意外な膂力で彼を引っぱり上げた。
 「えぇっ?!元帥、話はまだ終わってないさ?!」
 「私はもう、話すことはないよ。じゃあね、ラビ」
 「元帥――――――――!!!!」
 悲しげに絶叫しながら、引っ立てられて行くラビを、クラウド元帥は、手を振って見送った。


 「あれ・・・?ここ、どこ?」
 目を覚ましたアレンが、最初に見たものは、薄雲のたなびく夜空だった。
 半身を起こし、辺りを見回すと、どうも、塔の屋上のようだ。
 円形の石床を囲む、のこぎり状の壁の向こうに、教団本部の本城が見える。
 「僕・・・科学班でコムイさんにいじめられてたんじゃなかったっけ・・・・・・?」
 悪夢だったのか、と思ったが、それではなぜ、こんな所に寝ているのかがわからない。
 「あれー?」
 首をかしげ、頭に手をやると、ふわふわとした感触を得た。
 「まだウサ耳がついてる・・・ってことは、やっぱり、いじめられたのは現実かー・・・!」
 呼吸困難で意識を失った後、ここに捨てられたに違いない。
 「コムイさん、酷い・・・!」
 どこまで鬼畜なんだ!と、拳を握って立ち上がり、再び周りを見回して、アレンは、目を丸くした。
 「で・・・出口どこ――――?!」
 何度見回しても、360度、カミソリ一枚入る隙のない石壁だ。
 人間が出入りする隙間など、どこにもない。
 「ま・・・まさか・・・飛び降りるしかない・・・・・・?」
 真っ青になりながら、壁から身を乗り出して下を見ると―――― 何十メートルも下にあるだろう、明かりのない地面は、夜闇に慣れた目にすら、捉えることはできなかった。
 「誰か助けて――――!!ティムー!!」
 声を限りに叫ぶが、誰も答えるものはない。
 「ティムー!!ティムキャンピー!!助けて――――!!」
 人の耳には届かなくても、ゴーレムには届くはず、と、アレンが更に声を張り上げると、
 「はははっ!捕らわれのお姫みたいさ、アレン」
 陽気な声が、壁の向こうから聞こえた。
 「ラビ?!
 よかった、たすけてください!!」
 声のする方へ駆けて行くと、壁の外で、長い柄に乗ったラビが笑っている。
 「おっけーおっけー♪任せるさー♪」
 更に柄を伸ばし、アレンの頭上にまで至ったラビが手を伸ばした時―――― 鉄を擦り合わせる、鋭い音と共に、二人の頭上を格子が覆った。
 「うぞ――――?!」
 「ナニコレ――――?!」
 太い鉄棒を組み合わせた格子は、屋根のようにぴったりと屋上を覆い、淡い月光以外の、全てのものを閉じ込めてしまった。
 「誰かー!!助けてくださーい!!」
 格子に取り付き、泣き叫ぶアレンを、槌を手元に引き戻したラビがなだめる。
 「落ち着くさ、アレン。
 こんな格子、壊せばいいさ!」
 言うや、ラビは発動した大きな槌を叩きつけ・・・たが、それはびくともしなかった。
 「なっ・・・?!」
 「どいてください!」
 目を丸くするラビを押しのけ、アレンが発動した左手で銃撃するが、それでも格子には、傷一つつかない。
 「ナニコレ!!なんで出来てるんですか――――!?」
 「アクマ以上の強度さ、コンチクショー!!」
 鋭く叫びながら、二人して攻撃を仕掛けるものの、格子はこゆるぎもしなかった。
 「こうなりゃ、壁を崩すさ!」
 「ラジャ!!」
 的を代え、二人して一点集中攻撃を仕掛けるが、しかし、壁にすら、ヒビ一つ入らない。
 「なんなんだよ、ココ?!」
 「エクソシスト専用お仕置き部屋かい――――?!」
 なんでこんなとこに閉じ込められたんさ、と、泣き声を上げるラビに、アレンは泣きながらコムイの、悪魔の所業を語った。
 「なんでよりによって、リナと同行するんさ・・・。
 嫌な予感がする、って、言っといたろ」
 「逃げられなかったんですぅっ!!」
 えぐえぐと、アレンがしゃくりあげる度に、頭につけたウサギ耳がプルプルと震える。
 「狩りの獲物ってか・・・」
 さすがに気の毒になって、ぽんぽん、と、慰めるように軽く頭を叩いてやると、ウサギのように目を赤くしたアレンが、顔をあげた。
 「ラビは、なんでこんなとこを飛んでたんですか?」
 「この下の階に、クラウド元帥がいるんさ」
 問われて、ラビは下を指差す。
 「ガキどもの邪魔が入って、追い出されたから、今度は窓から入ってやろうと思ってさ」
 「・・・よかったね。
 窓から入ったら、きっと、同じ場所から捨てられてたよ」
 「ヤなコト言うんじゃないさ!」
 べしっ!と、やや力を込めてアレンを叩いたラビは、ふと、思いついたように顔をあげた。
 「そうさ!
 下の階に元帥がいんだから、俺らがここに閉じ込められてるって、気づいてもらえばいいんさ!」
 「ラビ、ナイス!
 元帥のいる部屋、わかりますか?!」
 「もちろん!」
 言うや、ラビは壁際に駆けて行き、今や窓となった、のこぎり状の隙間から下を覗こうとするが、
 「チックショ――――!!頭も出ないさ!!」
 壁の厚みは、彼の腕の長さ以上もあり、外を覗くことすら出来ない。
 「わぁぁぁぁん!!ティム――――!!」
 「泣くんじゃないさ、アレン!!」
 隙間から戻ると、ラビはアレンを厳しく叱り付けた。
 「この隙間、俺は無理だけど、お前ならなんとか、出られるんじゃねぇか?!」
 「僕・・・?」
 「そう、お前貧そ・・・イヤ!!細・・・ぇぇえっと?!」
 「・・・どうせ、貧相で細っこいですよ」
 じっとりと睨まれて、ラビが嫌な汗を浮かべる。
 「そ・・・それは今は置いておいて!
 幸い、元帥のいる部屋の窓はこの真下さ!
 お前、なんとか落ちないように、窓まで降りて、元帥に助けを求めるさ!!」
 「えぇ?!ここをですか?!」
 何十メートルあると思ってんです?!と、反駁するが、
 「それ以外に、活路はないさ!」
 と、断言され、アレンは口をつぐんだ。
 「お前も、あの断崖絶壁を登ってこの教団に辿り着いたんさ?!
 このくらいの塔、攻略できないはずがないさ!!」
 「でも!あそこは足場も手がかりもあったんですよっ!!」
 ぶんぶんと首を振るアレンを、しかし、ラビはぐいぐいと壁に押し付け、隙間に詰め込む。
 「最悪、元帥がいなくっても、窓はガラスなんだから、簡単に割れるさ・・・きっと・・・多分・・・・・・もしかしたら・・・」
 「ちょっと待ってっ!!『もしかしたら』って、割れないかもしれないなんて思ってる?!」
 ラビの、歯切れの悪い口調に不安を掻き立てられ、アレンはラビの、自分を押し出そうとする腕に必死に抵抗した。
 「この罠を仕掛けたんがコムイなら、きっと抜かりはないだろうさ。
 けど、ここは運を天に任せるさ!!」
 「僕のアンラッキーぶりは、君だって知ってるでしょー?!」
 嫌だぁぁぁ!!と、甲高い悲鳴を上げて抵抗するアレンを、しかし、ラビはぐいぐいと押し出す。
 「いいから行くさ!俺の命も、お前にかかってんだからな?!」
 「わぁぁぁぁん!!ティムー!!ティム助けて――――!!リナリィィィィ!!!!」
 「はい?」
 と、アレンの泣声に呼応するかのように、石の床が下から押し上げられ、金色のゴーレムと共に、リナリーがピンクの頭を覗かせた。
 「おわっ?!床が?!」
 意外な場所からの救援に、驚いたラビの力が緩んだ瞬間、アレンは彼を蹴飛ばして逃げる。
 「ティム!!リナリ――――!!!!」
 「いっったぁ!!なにすんさ?!」
 しかし、ラビの抗議を無視して、アレンはパタパタと飛んできたティムキャンピーを抱きしめた。
 「ティム――――!!リナリーを呼んで来てくれたんだね!!」
 その声に同意するかのように、ティムキャンピーは泣きじゃくるアレンの背を、長い尻尾の先でぽんぽん、と叩く。
 「よかった、見つかって。ティムが案内してくれたのよ」
 そう言って、石床の下で微笑むリナリーに、ラビがはたと手を打った。
 「そっか!壁と格子は無理でも、床を壊せばよかったんさ!」
 「・・・それ、なんで僕を突き落とそうとする前に気づいてくれなかったんですか?」
 「つい、我が身の安全を優先して・・・ぐはっ!!」
 途端、アレンの怒りのドロップキックが炸裂し、ラビが血反吐を吐いて倒れる。
 「・・・ともかく、ここを出ましょ」
 「はぁいっ♪」
 リナリーの提案に、アレンはラビの足を持つと、血の尾を引きながら、共に床に穿たれた穴へと滑り込んだ。
 「気をつけてね。吹き抜けになってるから」
 リナリーの声に頷くと、アレンは、円筒の壁に沿うらせん状の階段に、慎重に足を乗せる。
 「ラビ、早く起きないと落とすよ」
 「・・・お前だって鬼畜さ・・・」
 アレンの冷たい言動に涙を滲ませながら、ラビも、らせん階段に足を乗せた。
 「一体、なんなんですか、ここ?」
 「イノセンスの攻撃を跳ね返すなんて、ただ事じゃないさ!」
 急な階段を一列になって降りつつ、屋上に締め出された少年達が声を荒げる。
 と、先に立つリナリーが、その強度を確かめるように、軽く壁を叩いた。
 「アクマの襲撃に備えた、シェルター代わりの建物だったんですって。
 今は放置されてるけど、多少の攻撃じゃびくともしないから、昔は牢屋としても使われてたみたい」
 「・・・やっぱ、お仕置き部屋だったんさ」
 ラビの呟きに、アレンは、俯いて拳を握る。
 「僕が何をしたって言うんですか・・・!」
 と、ラビが、後ろからアレンの髪をかき回した。
 「コムイを怒らせるようなことはなんもしてねぇって、本気で思ってるんさ?」
 「・・・・・・・・・」
 黙りこんだアレンを、リナリーが気遣わしげに見遣る。
 「・・・ごめんね、アレン君。
 科学班になんか、行かなきゃよかったね」
 「あはは・・・リナリーが謝ること、ないですよ・・・・・・」
 引きつりそうになる口元を、なんとか笑みの形に歪めて、アレンが笑って見せると、リナリーは、更に眉を曇らせた。
 「しばらく兄さんには、近づかない方がいいわ・・・。
 なぜだか、妙にアレン君に、敵意を持っちゃってるの」
 「なぜだかって・・・リナ・・・?」
 まさか、コムイがアレンに敵意を持っている理由に気づいてないのか、と、目を丸くするラビを、階段を降りきった所で振り向き、リナリーは小首を傾げる。
 「アレン君が、クロス元帥の弟子だからかしらね?
 そんなことでアレン君を嫌うのって、どうかと思うけど」
 「・・・・・・・・・・・・マジ?」
 呆然と呟き、ラビは、前を行くアレンの肩に、手を乗せた。
 「気づいてさえもらえないって・・・お前・・・カワイソウすぎるさ・・・・・・!」
 「・・・同情よりも今は、お菓子が欲しいですね!」
 まだもらってないし、と、憮然と返して、アレンは、ラビの手を払いのける。
 「あ!じゃあ、元帥のとこに寄るさ!
 お前はお菓子をもらいに!俺は元帥に会いに!」
 口実ができた、と、喜び勇んで、再び飛び込んで行った部屋には、しかし、既にクラウド元帥の姿はなかった。
 「元帥――――!!」
 「逃げられちゃいましたね」
 がっくりと肩を落とすラビの背を、どこか嬉しそうにアレンが叩く。
 「このお菓子、もらっちゃっていいのよね?」
 残されたお菓子をバスケットごと取り上げて、リナリーはそれをアレンに渡した。
 「ハイ。お腹すいてるんでしょ?」
 「リナリー・・・!大好き!!」
 感涙しつつ、バスケットを受け取ったアレンに、リナリーは明るい笑声を上げる。
 「ふふありがと
 じゃあ、食堂に行きましょ。
 そろそろみんな、お菓子をもらい終わって、集まってる頃よ」
 「え?!もうそんな時間?!」
 アレンの声に、リナリーは苦笑を浮かべた。
 「科学班には、もう誰もいなかったわ」
 「・・・僕、そんなに長い間、捨てられてたんだ・・・・・・」
 一転して、果てしなく暗い気持ちに陥りながら、アレンは、手にしたキャンディーを握りつぶす。
 ―――― Trick or treat!
 その言葉が再び、アレンの頭の中を巡り始めた。


 「おぅ、お前ら。何してんだ、そんなとこで」
 塔を出た所で、三人は、鎧を鳴らして闊歩する神田と鉢合わせた。
 「ユウこそ・・・敵将の首でも取ったんさ・・・?」
 神田の持つ、大きな布袋に、ラビが目を丸くして問うと、彼は肩に担いでいたそれを、重たげに下ろす。
 「ミランダが腰を抜かして動けねェって言うから、補給部屋に運んでやったら、リーバーがありったけの菓子をくれたんだ」
 「へーぇ・・・リーバーが」
 にんまりと笑うラビを、リナリーが咎めるように小突いた。
 「欲しけりゃやるぜ?俺は食わねぇから」
 そう言って、袋を差し出す彼に、ラビとアレンが抱きつく。
 「やったさ!」
 「神田、いい人っ!!」
 「うぜぇっ!!抱きつくなっ!!」
 じゃれ付く獣人達を押しのけ、お菓子がたくさん入った袋を身代わりにした神田が、忌々しげに鼻を鳴らした。
 「ったく!めんどくせぇから、礼はいらねぇっつったのによ!」
 その言葉に、アレンはふと、不思議そうに首を傾げる。
 「なんでリーバーさんが、ミランダさんの代わりにお礼するんですか?」
 「なんでって、ミランダに気があんだろ」
 あまりにもあっさりと返されて、アレンは一瞬、何を言われたのか、理解できなかった。
 「・・・・・・っえぇ?!そうなんですか?!」
 しばらくして、ようやく声を上げたアレンに、ラビが、脱力してもたれかかる。
 「アレン・・・お前、鈍すぎ・・・・・・!」
 リナリーのこと、責められないさ、と、耳元に囁かれて、アレンは顔を赤らめた。
 「だっ・・・だってっ!ホントにわかんなかったし・・・!!
 へぇぇっっ!!そうなんだぁ・・・!!」
 はしゃいだ声を上げるアレンに、しかし、リナリーが眉をひそめて歩み寄る。
 「アレン君、そういうセンシティブなことは、絶対、言いふらしちゃダメよ!」
 厳しい声に、アレンが笑みを納めて、コクコクと頷くと、リナリーは次に、神田に向かった。
 「神田も、そんなにはっきりきっぱりバラさないで、もうちょっと気を使ってあげなさいよ!」
 「ガキじゃあるまいし」
 「純情って言いなさいよ、純情って!!」
 憮然と返した神田に、リナリーが目を吊り上げると、ぽんぽん、と、ラビが、なだめるように彼女の肩を叩く。
 「リナ、そんなに興奮すんじゃないさ」
 「だって、ラビ・・・!」
 「リーバーもミランダも、いい年なんだし、外野が騒いだってしょうがねえさ」
 「そりゃ・・・そうだけど・・・・・・」
 「ユウだって、別に興味津々ってわけじゃねぇから、聞かれもしねぇのに言いふらしはしねぇだろ?」
 「当たり前だ」
 「じゃあここで、リナとユウがケンカする理由はナッシングー♪
 じゃねぇ?」
 にこにこと、陽気に仲裁されて、リナリーは口をつぐんで頷いた。
 「よーし!
 じゃあ、この件は放っておいて、パーティに行くさ!
 お菓子をもらい損ねた上に、ご馳走まで食いっぱぐれたら、そこの高燃費少年が反乱起こすさ!」
 「それもそうね・・・って、あら?アレン君は?」
 ついさっきまで居た場所に、アレンの姿を見出せず、リナリーは、キョロキョロと辺りを見回す。
 「腹減りすぎて、先に行ったんじゃねぇか?」
 言うや、神田も、ガチャガチャと鎧を鳴らしながら食堂へ向かった。
 が、ラビは、不安げに眉をひそめる。
 「・・・まさか、もう反乱起こしに行っちまったんじゃ・・・・・・?」
 「やめてよ・・・。ラビの嫌な予感って、当たるんだから・・・・・・」
 笑みを引きつらせて、リナリーは、不安げに眉を寄せた。


 「いい、ティム?コムイさんの机の上にあるキャンディーだよ?」
 アレンがこっそりと言い含めると、金色のゴーレムは頷いて、パタパタと科学班実験室へ入って行った。
 アレンが、入口からこっそりと覗いた限りでは、いつも賑やかな部屋に人気はなかったが、本棚やデスクの影に、まだ誰かいるかも知れない。
 企みを確実に成功させるためには、見つかるわけには行かないのだと、アレンは、ティムキャンピーが彼の指示通り、キャンディーの入ったバスケットを持って戻ってくるのを、部屋の外でじっと気配を殺して待っていた。
 と、聴き慣れた羽音がして、ティムキャンピーが、長い尾にバスケットを提げて戻ってくる。
 「偉いぞ、ティム!」
 密やかに歓声を上げ、アレンは、バスケットの中からキャンディーを一つ取り出し、ティムキャンピーに与えた。
 「はい、ご褒美」
 あーん、と、サメのように鋭い歯が並んだ口の中に、キャンディーを放り込んでやると、金色のゴーレムは、内側から光を放つ。
 「うっわぁ!ティム、きれいだねぇ!」
 ライトみたいだ、と、歓声を上げるアレンの頭の上に、ティムキャンピーは長い尾を嬉しげに振りながら降りてきた。
 「Trick or treat・・・ご馳走してくれないなら、いたずらしなきゃね」
 いたずらっぽく・・・というにはあまりにも邪悪に微笑んで、アレンは、足取りも軽く厨房へと向かった。


 「あ!アレン君!どこ行ってたのー?」
 ようやく食堂にやってきたアレンに、リナリーが、大きく手を振って呼び掛けた。
 広い食堂には、あらゆる国の、あらゆるお化け達が集まって、歓談している。
 そんな彼らを掻き分けて、アレンは、ようやくリナリーの居る場所に到達した。
 「僕のごはん、まだ残ってますか?」
 不安げに眉根を寄せるアレンに、リナリーが笑って頷く。
 「大丈夫よ。ちゃんと、ジェリーに頼んでおいたからね」
 「とりあえず、これでも食ってるさ」
 「わぁい!!ありがとう、ラビ!!」
 ラビが差し出した、山盛りのフライドチキンを受け取りつつ、アレンは改めて部屋中を見回した。
 「すごいですねぇ、みんな。
 神田と一緒にいるフランケンシュタインなんて、本物みたいですよ」
 「マリのおっさんは、あれが素さ・・・・・・」
 しかも、仮装はフランケンシュタインではなく、吸血鬼だ、と、ラビが教えてやると、アレンは気まずげに視線をそらす。
 「今年は、吸血鬼の仮装をした人達は不利よね。
 本物の吸血鬼がいるんですもの」
 「・・・それ、クロウリーさんが聞いたら泣いちゃいますってば」
 ラビと同じ事を言っている、と指摘すると、リナリーは、いたずらっぽく舌を出した。
 「来年は、もっと凝らなきゃなぁ・・・。狼男なんて、全然目だたねぇさ!」
 憮然と呟いて、ラビは、多くの人々に興味津々と囲まれる神田を見遣る。
 「俺も、輸入すっかな、鎧」
 「神田は、嫌がると思うよ」
 フライドチキンに噛み付きながら、アレンが大きな耳を傾げると、ラビは、大きく肩を落とした。
 「嫌がるだろうなぁ・・・」
 「来年は、僕も怖そうなお化けがいいなぁ」
 「・・・肉食のウサギなんて、十分怖いさ」
 あっという間に大盛のフライドチキンを平らげてしまったアレンに、ラビが苦笑する。
 「あら、もうなくなっちゃったのね!
 ジェリー、早く次のお料理ー!アレン君が、反乱起こしちゃうよ!」
 冗談めかして言いつつ、リナリーが、厨房のカウンターへと走って行った。
 彼女が、声の届かない場所まで行くや、ラビは、眉をひそめて、アレンを見遣る。
 「・・・で?
 お前、ナニ仕掛けてきたんさ?」
 こっそりと囁かれたアレンは、にやりと口元をゆがめた。
 「なんのことですか?」
 「とぼけんじゃないさ。
 陰険な肉食ウサギのことだから、きっと、ご馳走してくれなかった大人には、すんごいイタズラを仕掛けたろうさ」
 ラビの指摘に、アレンは嬉しげな笑声を上げる。
 「なんだと思う?」
 「さっきお前、厨房の方から来たろ?
 お前がジェリー姐さんになんか仕掛けるってことはありえねぇから、食いもんに仕込んだな?」
 「ふふふふふ・・・」
 「・・・被害者は、一人にしとけよ」
 「言っておきますけど、先に仕掛けたのはあっちですよ」
 ちらりと、目の端に写ったカオナシの姿に、アレンが、邪悪な笑みを深めた。
 「いくらなんでも、殺しは・・・」
 言いかけたラビは、突如、爆音と共に吹き上がった炎の輝きを側面に受けて、声を失う。
 「なんだなんだ?!」
 「室長が火を吹いたぞ!!」
 その声に、ジェリーと話していたリナリーが、慌てて兄の元に駆け寄った。
 「兄さん?!」
 しかし、カオナシの衣装に火が燃え移って、とても近寄れたものではない。
 「しょ・・・消火――――!!」
 「医療班!早く来てくれ!!」
 騒然と、コムイを囲む人々の輪の外で、アレン一人が、嬉しそうに飛び跳ねていた。
 「ちょっ・・・!なにやったんさ、この極悪ウサギっ?!」
 我に返ったラビが詰め寄ると、アレンは、カラフルな包み紙にくるまれたキャンディーを、にこにこと笑って差し出す。
 「食べる?コムイさんが作ったキャンディー。
 口に入れると光るんだけど、運が悪いと発火するんだって」
 あんな風に、と、アレンが指し示した先では、消火剤にまみれたコムイが、黒煙を上げていた。
 「どうやって食わせたんさ?!」
 思わず、興味をひかれて問うと、アレンは、倒れたコムイの傍らで、未だ炎を上げているマグカップを指し示す。
 「キャンディーを砕いて、コーヒーに盛ったんだよ。
 砕いちゃっていいものか、いまいち自信なかったんだけど・・・効果には変わりなかったみたいだね♪」
 嬉しげに語るアレンに、ラビが、顔を引きつらせた。
 「この・・・極悪肉食ウサギが・・・・・・!」
 と、アレンは、鮮やかな笑みを浮かべて、大きなウサギの耳を揺らす。
 「僕だって、いつまでも獲物じゃありませんよ。
 それに・・・」
 にやりと、その口元が、邪悪に歪んだ。
 「Trick or treatって、最初に言いましたよ、僕は」
 ―――― ご馳走しなけりゃイタズラするぞ、という決まり文句を、律儀に実行した彼は、この場にいる、あらゆるお化け達の中で、最も恐ろしい存在であることを、行動で示したのだ。
 「来年はお前、ルシファーの仮装するといいさ・・・ってか、やれ」
 「魔王ですか・・・いいですねぇ」
 ラビの勧めに満足げに頷いて、アレンは、医務室へと運ばれていくコムイをにこやかに見送った。







Fin.

 










2005年ハロウィンのためのSSでした!
このお話は、『Psyche』全体でやっていた、ハロウィンパーティのイラストと繋がっています(笑)
ちょっと・・・いや、かなり、自分を痛めつけた企画でした;
ハロウィン用のカボチャは、食用ではなく、皮も硬くないので、結構簡単に細工できるそうですよ。
ナマ物なので、ハロウィンの直前に細工するそうな。
コムイ兄さんのキャンディーは、どこかで売ってそうですね。
『発光キャンディー』(小売希望価格10ポンド)なんて。
ただし、運が悪いと発火するので、裏商品名、『薄幸キャンディー』とか言われてるんですよ。
アレン君や、ミランダさんは、毎回発火すると思います。












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