† Direst †






 ―――― 俺の掌の中で、彼の心臓は、激しく脈動していた。
 「生きたまま心臓を盗られるのって、どんな感じだと思う?」
 なぶるように問えば、少年は細かに震えだす。
 「少年の仲間も、こうして死んでった」
 ―――― 命乞い・・・しろよ・・・・・・お前の仲間が、そうしたように。
 「少年も、死ぬか?」
 ―――― その顔を、恐怖に歪めて・・・純真な目に、涙を浮かべて・・・俺に、憐れを乞え。
 ・・・・・・だが、手の中に握りこんだ心臓は、徐々に鼓動を鎮めていった。
 震えが止まり、唇を固く引き結び、淡い色の瞳がわずかに濃度を増して、まっすぐに俺を見つめる。
 ―――― あぁ、ロード・・・これがお前の『獲物』か・・・・・・


 「――――・・・ねぇ、ティッキー?なんで、人間なんかが好きなのさ?」
 千年公の晩餐に招かれ、久々に会った『兄弟』の一人、ロードの問いに、ティキは笑みを浮かべた。
 「お前はなんで嫌いなんだ?」
 「質問に質問で返すなよぉ」
 そう言って口を尖らせるロードに、ティキは笑みを深める。
 と、彼女は不満げに鼻を鳴らし、両脚を行儀悪くテーブルの上に乗せた。
 「よわっちぃクセに、世界を支配したなんて思ってる。
 アクマの餌でしかないくせに、全ての生き物の頂点にいるだなんて思ってる。
 アッタマ悪ぃクセに、全てを知ったつもりでいる。そんなヘボい奴らなんて、大嫌いだ」
 彼女の言葉には、ティキだけでなく、他の兄弟達からも笑声が沸いた。
 「なんだよ!!」
 「いや、ロード、お前、カワイイよなぁ」
 「はぁっ?!」
 むっと、眉を吊り上げたロードに、ティキは笑声を収めて微笑む。
 「俺は、そんなヤツらが好きなんだよ・・・お前にはわかんないだろうけどな」
 「わかるわけないじゃん!」
 ぷぅ、と、頬を膨らませた彼女に、また、兄弟達の間から笑声が沸いて、ロードは憮然と口をつぐんだ。
 「楽しそうデすネ
 「千年公――――・・・」
 一族の長の登場に、幾人かが立ち上がって一礼したが、生憎、ティキは、そんな礼儀作法など持ち合わせてはいない。
 「ロード お行儀ガ悪いデすよ
 「はぁい」
 席に着いた千年公の言葉に、ロードがテーブルに乗せた両脚を下ろした。
 「サテ・・・久しぶりニ、一族が揃いまシタ ミナ、元気そうデなにヨリ
 彼のその言葉が合図であったかのように、テーブルに前菜が運ばれる。
 「サテ・・・ 食事を始メまショウ


 「ティッキー!」
 「ん?」
 晩餐会を終え、やれやれとネクタイを緩めたティキを、ロードが追って来る。
 「もう帰るの?!」
 「あぁ。
 お前も明日、学校だろ?さっさと帰って、早く寝ろよ」
 「僕のことは、どうでもいいだろぉ?!」
 「じゃあ、なんの用だよ?」
 面倒は早く済ませようと、ティキがロードに向き直ると、彼女は、眉をひそめて首を傾げた。
 「あのさぁ、ティッキーって、人間とつるんでんだろ?そんなんが楽しいわけ?」
 「楽しいよ」
 「人間殺すのは?」
 「楽しいねぇ」
 「じゃあ・・・つるんでる人間を、殺そうとは思わないの?」
 「思わないよ」
 やや厳しい口調で即答したティキに、ロードは眉間の皺を深くする。
 「ねぇ、わかんないよ!つるんでる奴らと、殺していい人間は違うわけ?」
 言い募るロードに、ティキは深く吐息して、彼女の頭をくしゃくしゃと撫でた。
 「学校でトモダチ作んな、ロード」
 「子供扱いすんなよぉ!」
 「ハイハイ」
 怒って、なおも取りすがってくるロードを置いて、ティキは伯爵の下を去る。
 「できれば・・・俺に声がかかるのは、後の方にして欲しいね・・・・・・」
 だが、そうはならないだろう、と言うことも、彼にはなんとなくわかっていた。
 ノアの一族の中には、ティキほどではないにしろ、人間と関わっている者達もいる・・・だが、ティキほどに、人間に好意的な者はいない。
 老獪で残酷な一族の長が、そんなティキに、一番に仕事を割り振るだろうことは、確実だった。
 「――――・・・いつになるのかねぇ」
 伯爵の晩餐会から数日後・・・身を切るような冷たい風の吹く夜空の下、一人でタバコをふかしながら、ティキが呟く。
 と、
 「そんなに遠くないと思うよ?」
 不意に声を掛けられて、ティキは顔だけ振り向いた。
 「あは!ナニ、そのカッコ!人間とつるんでる時は、そんなダッサイかっこしてんだ?」
 ボサボサの頭と、分厚いメガネをかけた彼に、ロードが笑いかける。
 「まぁ、紳士じゃないやな」
 なんか用か、と、振り返ると、彼女は足取りも軽く彼に歩み寄り、無邪気な笑みを浮かべて、自身の服にべったりと付いた血糊を示した。
 「ちょっと、遊んできた」
 にっこりと、楽しげに笑う彼女に反し、ティキは、いとわしげに眉をひそめる。
 「会って来たんだ、『アレン・ウォーカー』に!」
 これ、あいつの血だよ、と、得意げに言う彼女に、ティキは、口の端を曲げて苦笑した。
 「殺したのか?」
 「ううん。いじめただけ」
 くすくすと、無邪気に笑う彼女に、ティキは苦笑を深める。
 ロードは、とても無邪気だ・・・多くの子供が、そうであるように。
 彼らが虫をいたぶって遊ぶように、彼女は人間をいたぶって遊ぶ。
 だが、今回の彼女の行動には、また、別の意味が潜んでいた。
 伯爵が気にかけるもう一人の子供―――― 『アレン・ウォーカー』への嫉妬が。
 子供は、親の興味が、自分以外の者に移ることを、とても嫌がる生き物だ。
 ロードにとって、伯爵は親よりも慕わしい存在・・・その彼の興味が、別の誰かの上にあることに嫉妬し、その者を傷つけずにはいられなかったのだろう。
 「それで?いじめて、どうだった?」
 ロードの、子供らしい行動に呆れつつも問うと、彼女は晴れ晴れと笑った。
 「もっともーっと泣かせてやりたい。
 絶対にあいつを、僕の足元に跪かせてやるんだ!」
 だから・・・と、ロードは更にティキに歩み寄り、彼をほとんど真下から見上げる。
 「アレは僕の獲物だよ、ティッキー?
 千年公に命令されても、殺さないでね
 ロードの頼みに、しかし、ティキは頷かなかった。
 「それは、俺が決めることじゃない」
 一族の長である、伯爵の命令は絶対・・・殺せ、と命じられれば、彼に断ることはできない。
 そういうと、ロードは、不満げに唇を尖らせた。
 「なんだよ、ケチ。
 いいよ。千年公にお願いするもん」
 「ロード・・・おまえな・・・・・・」
 くるりと踵を返したロードに呼びかければ、彼女は、顔だけ振り向く。
 「ティッキー、僕に言ったよね?友達作れ、って。
 僕、あいつを友達にするよ」
 面白いし、と、明るい笑声を上げるロードに、ティキは眉根に深く皺を寄せた。
 「そんなのは、トモダチっていわねぇよ」
 「そう?でも、これが僕のやり方だよ」
 クスクスと、軽い笑声を上げつつ、ロードは闇の中に溶け込んでいく。
 「じゃあ・・・またね、ティッキー
 「あぁ・・・」
 ロードが、完全に闇の中に溶け込んだ後には、濃い血の臭いが漂っていた。
 いつまでも消えないその臭いに、どくん・・・と、鼓動が跳ねる。
 ――――・・・殺すのって・・・楽しい・・・・・・!
 しばらく忘れていた・・・いや、記憶の奥に封じ込めていた感触が手の中に蘇った。
 この冷たい掌の中に包み込む、温かい臓器―――― 『命』を握られた者達の、恐怖に引きつる顔・・・・・・。
 特に、『神の使徒』と呼ばれる奴らが、見苦しく命乞いをする様は、何度見ても楽しかった。
 と、
 「ティキ?」
 唇の両端を吊り上げて嘲(わら)いながら、ロードが闇に溶け込んだ場所を眺めていた彼に、再び、幼い声がかかる。
 「まだ戻らないの?ここは寒いよ?」
 「イーズ・・・」
 慌てて笑みを消し、振り返ると、小さな少年は彼の元に、無用心に駆けて来た。
 伸ばされた小さな手を取れば、とても暖かかい・・・・・・。
 「悪ぃ。もう戻るよ」
 ティキの冷えた手を暖めるように、小さな手が、力を込めて握り返された。
 ――――・・・失いたくない。
 我ながら矛盾している、と思いながらも、ティキは、そう思わずにはいられない。
 この手の、なにが他の人間と違うのか・・・殺していい人間と、殺せない人間の境界はなんなのか・・・・・・判然としないまま、彼は『仲間たち』の元に戻った。
 血が繋がっているわけではない。一族とも違う。だが、共にいて、心から安らげる『仲間たち』の元へ。


 「――――・・・シラけるねぇ」
 そう言いながらも、俺は、わくわくと胸躍らせていた。
 ―――― 初めてだよ、少年。俺に心臓を握られていながら、そんなに静かな目で睨み返して来た奴は。
 ロードには悪いが、この獲物、横取りしたくなってきた。
 あの時・・・千年公に任務を命じられた時、ロードが同席していたのは、いたずらが過ぎた彼女への、公なりのお仕置きだったのだろう。
 ロードの目の前で、彼女のお気に入りの『獲物』を俺に渡す―――― そしてそれは、いつまでも人間に執着する、俺への催告でもあったのだろう。
 老獪で、残酷なあの人の、やりそうなことだ。
 あの直後は、俺も反発して、適当に片付けてやろうと思っていたが・・・気が、変わった。
 ―――― ロード・・・悪ぃ。この獲物、俺がもらうよ・・・。
 「じゃあ、まず、イノセンスのヤローから逝こうかな」
 俺に腕を破壊された瞬間の、少年の顔―――― 俺を静かに見返した目を、驚愕に見開き、声を限りに叫んだ。
 ・・・確かに、イイ声で鳴く獲物だ。
 だが、ロードのように、跪かせたいとは思わんね。
 むしろ、さっきの静かな目・・・あれをもう一度、見せてくれ。
 こみ上げる笑みを抑えることもできず、俺は、ゆっくりと少年に歩み寄る。
 と、
 「ティム・・・スーマンのイノセンスを持って逃げろ」
 地に横たわった少年は、歩み寄る俺をまっすぐに見つめながら、自身のゴーレムに命じた。
 ―――― この状況で、その判断かよ・・・。
 「賢明な判断だな」
 今から俺に殺されるってぇのに、あっぱれな奴だぜ。
 半ば呆れながらも、俺は、少年の心臓に手を当てた・・・・・・失笑すべきことに、この期に及んでさえも、少年の鼓動は静かだった。
 ―――― ロード・・・お前には、わからないんだろうな、この気持ち・・・。
 人間と関わりすぎて、感傷的になったと言われれば、それまでだが・・・俺は、きれいなもんは、きれいなまま取っておきたい。そう思うんだよ。
 世界を白く覆った雪を、めちゃくちゃに蹴散らしたいと思うのが・・・ロード、おまえの子供らしい残酷さと言うなら、俺は、穢れる前にきれいなまま、殺してやった方が親切だと思うのさ。
 まぁ・・・この少年にとっては、いい迷惑には違いないだろうがな。
 「よい夢を・・・」
 心から・・・そう願うよ。
 きれいなお前は、きれいなまま、お前の神に迎えられ、天国とやらに行くがいい。
 何も、こんなところで血や泥にまみれることはないだろう?
 「少年・・・・・・」
 安らかに眠れ。
 花の代わりに、彼へ贈ったカードを撒き散らしながら、俺は、心の底から彼の冥福を祈った。







Fin.

 











このお話は、リナリーが生死不明に陥った際、彼女メインの話が書けなくなり、完成間近だった『TheNewYear'sPartyU』を放り出して書き始めたものです(・・;)>おかげで、『NewYear』は完成が締め切り30秒前という、とんでもないことに;
我が最愛のアレン君を、さっくり削除しやがった上に、多くのアレンファンを嘆かせた奴ですが、私、ティッキーのことがとても好きです。
ほんとにまぁ・・・何が罪って、ラブリーすぎるのが罪ですよ、ノアってば;;
題名は、ラルクの曲名だと思っていたんですが、勘違いだったみたいです(・▽・;)>『DirestLove』だと思っていたら、どうも、『TasteOfLove』だったらしい;;;











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