† Lose Count・・・ †






 ・・・正直に言うと、覚えていない。
 だけど、彼が言うのだから、間違いはないのだろう。
 この教団に連れてこられたばかりの頃、私は、家族を慕って、泣いてばかりいたらしい。
 「小さかったし、無理もねぇか。それに、あん時の教団は、ホント酷いとこだったさ」
 初めて会った時のことを、『忘れた』と言った私に、ラビは一時、落胆していたけど、気を取り直すと、そう言って私の頭を撫でてくれた。
 年の近い、お兄さんみたい。
 そう言うとラビは、にっこり笑って、また私の頭を撫でてくれた。
 ―――― 酷いところ・・・。
 思い返せば、もう、随分と昔のような気がする。
 兄さんが来てくれる前の、私の記憶は、いつも、暗闇に閉ざされていた。
 暗くて、辛くて、息苦しい・・・それだけの、記憶。
 いつ抜けることができるかもわからない闇の中で、幼い私は、ただ、伸びていく髪の長さで時を計っていた。
 なぜだか・・・そうすれば、助けが来るように思っていたのだ。
 深い闇の中で、一つ、また一つ、日を重ね、年を重ね・・・・・・
 Lose count・・・いつしか、時の長さを計り損ねた私は、気が狂ってしまったのだそうだ。
 混沌とした記憶が、闇と共に晴れたのは、兄さんの笑顔を目にした瞬間から・・・!
 私の記憶は、そこから再び始まった。

 eighths・・・教団で初めての、兄さんと二人きりのお誕生日。
 『誕生日おめでとう』と言われたことに、何より驚いた。
 ―――― 私は・・・祝福されて生まれたの・・・?
 神に、呪われたとしか思えなかったのに・・・。
 ―――― 私は・・・生きていていいの・・・?
 死ぬことばかり、願っていたのに・・・。

 ninth・・・リーバー班長が加わって・・・。
 初めて、家族以外の人から『おめでとう』と言われた。
 家族以外にも、大切に思える人間がいることに、ようやく気づいた。

 tenth・・・科学班のみんなが、祝ってくれた。
 年を追うごとに、お祝いを言ってくれる人は増えていって――――
 Lose count・・・私の『世界』は、大きくなっていった。


 「―――― 今、渡さなくったって、お前、2月20日が誕生日だろう?
 プレゼントはもうちょっと待った方がいいよな?」
 お預けにしよう、と、意地悪く笑うリーバーに、15歳のリナリーは、必死に取り縋った。
 「やぁだぁ!!私にくれるって、言ったじゃない!!」
 リナリーは甲高い抗議の声を上げると、無理やりリーバーから花束を受け取って、コムイの元に駆け戻る。
 「兄さん!班長が、バレンタインのお花をくれたのよ!」
 「って、お前それ、自分で摘んできたもんだろ」
 リーバーの呆れ声は完全に無視して、花束を抱きしめる妹に、コムイが苦笑を浮かべた。
 「リナリー。そんなに花が欲しいなら、ボクがあげるから
 「それも嬉しいけど・・・私もティナ達みたいに、家族以外の人からお花をもらいたいんだもん・・・」
 そう言って、唇を尖らせるリナリーに、リーバーが吹き出す。
 「ティナかぁ・・・またあいつ、この日のためだけに戻ってくるんだろうなぁ」
 ティナ・スパークは、クラウド元帥の弟子で、教団には数少ない、女性エクソシストの一人だ。
 毎年この日―――― バレンタインデーには、彼女だけでなく、彼女の姉妹弟子であるソルやグエンも・・・いや、彼女たちの師であるクラウド元帥からして、多くの花に包まれる。
 そんな彼女たちの姿を、うらやましく思い浮かべながら、リナリーは自分で作った花束に顔を埋めた。
 「だからって、自分で摘んできたもんを俺経由で受け取るって、かえってむなしいと思わないか?」
 遠慮会釈ないリーバーの言葉に、リナリーは眉を吊り上げた・・・が、悔しい事に、リーバーの言う通りである。
 「あげるっ!」
 腹立ちまぎれに、リナリーは、無理やり受け取った花束を、再びリーバーに押し付けた。
 「そんなにふてくされんなよ。誕生日は盛大にしてやるから♪」
 押し付けられた花束を手に、まるで子供扱いでリナリーの頭を撫でるリーバーを、リナリーはきつく睨みつける。
 「・・・・・・楽しみにしてるわ!」
 「あ・・・アレ・・・?」
 「リ・・・リナリー・・・?なんで怒ってるんだい・・・?」
 彼女の意外な剣幕に、戸惑う二人には答えず、リナリーは黙って踵を返した。
 「リリリ・・・!リーバー君!リナリーを怒らせてっ!!」
 「えぇっ?!俺っスか?!」
 なんかまずいこと言った?!などと、全然、オンナノコのキモチをわかってくれない男達に背を向けて、リナリーは足音も荒く、科学班を出て行く。
 が、それはすぐに後悔に変わった。
 バレンタインデーのせいで、今日の城内は、妙に浮かれた雰囲気に満たされている。
 「・・・・・・これだけ男の人がいて・・・誰も私にくれないなんて・・・・・・っ!!」
 手に手に花を持った人々の行きかう回廊を、リナリーが泣きそうな思いで渡っていると、
 「リナ!」
 不意に、明るい声に呼び止められた。
 振り向けばそこには、懐かしい顔・・・!
 「ティナ!」
 「ひさしぶりーっ!!!」
 歓声を上げて、リナリーは黒い団服を纏った少女と抱き合った。
 「いつ帰ったの?!」
 「さっきよ!
 今日はなんとしても帰らなきゃって、無理やり片付けてきたの
 そう言って、拳を握った彼女の、もう一方の手には、すでにバラの花束が握られている―――― つまり、リーバーの予想は大当たりしたわけだ。
 「リナは?もうもらった?」
 悪気なく発せられた言葉に、リナリーは悄然と俯き、首を振った。
 「・・・アンタ、もうすぐ16でしょ?
 花束の一つや二つ、もらうのが普通よ?」
 「だって・・・誰もくれないんだもん・・・・・・」
 呆れ顔のティナに、リナリーは顔を赤らめて頬を膨らませる。
 「まぁ・・・アンタには、強力なガーディアンがいるしね」
 ふぅ、と、吐息して、ティナは科学班の方向を見遣った。
 「あたしも、アンタの兄さんのおかげで助かったクチだから、悪くは言えないけどぉ」
 「・・・グエンとソルも戻ってるの?」
 声を落としたリナリーに、ティナはあえて、陽気に笑う。
 「あったりまえじゃない!この日に戻ってこない女がいる?」
 「じゃ、クラウド元帥も戻ってきたんさ?!」
 突然、間近から声を掛けられて、少女たちは文字通り、飛び上がった。
 「ラ・・・ラビ!!」
 「なによ、アンタ!まだお師匠様に付きまとってるの?!」
 柳眉を吊り上げて言い放ったティナに、ラビは、しまりのない笑みをうかべて頷く。
 「もちろんさ ラブラブ現在進行形〜〜〜
 「なにが現在進行形よっ!!ブックマンなら、カビ臭い過去の本でも漁ってなさいよ!」
 「で?元帥は今どこさ?」
 「人の話を聞きなさいよ、アンタはぁぁぁっ!!!」
 「教えてくれないなら探しに行くさ
 「待てー!!」
 駆け去ったラビを、ものすごい剣幕で追いかけていくティナを見送って、リナリーは深く吐息した。
 「私・・・17になる前には、花束をもらえるかなぁ・・・・・・」
 あの様子じゃ、ラビもくれそうにないし・・・と、空しく呟き、リナリーはとぼとぼと、浮かれきった回廊を歩いていった。


 が、それから6日後の誕生日は、リーバーの予告通り、盛大なものになった。
 バレンタインデーにはもらえなかった花々に囲まれて、上機嫌のリナリーを、やや遠くから見やったクラウドは、ふと眉をひそめる。
 「コムイ・・・リナリーはもう、16だろう?いい加減、その過保護はやめたらどうだ?」
 リナリーがかわいそうだ、と呟いたクラウドを、しかし、コムイは鋭い目で見据えた。
 「お言葉を返して申し訳ありませんが、元帥。こんな狼だらけの教団で、ボクの可愛い子羊を解き放てるとでも?!」
 予想してはいたものの、すかさず反論されて、クラウドは苦笑する。
 「狼って・・・自分の部下を、もっと信じておやり。
 バレンタインに花を贈るくらい・・・」
 「元帥見っけー!!!!」
 可愛いものじゃないか、と続けようとしたクラウドは、突然横合いから抱きつかれ、話を遮られた。
 「ラビッ!!お前はまたっ・・・!」
 「元帥っ!あんたの弟子たちが酷いんさー!俺と元帥の恋路の邪魔をスル――――!!!」
 「恋路?!誰と誰のっ?!」
 「ふっざけんじゃないわよ、アンタ!」
 「今すぐ!お師匠様から離れなさい!」
 ラビは、クラウドの弟子三人によって、無理やり引き剥がされたかと思うと、よってたかってスマキにされ、城外の崖へと引っ立てられる。
 「・・・あんな悪い虫が湧く場所で、ボクの可愛い妹を放置しろと?」
 「・・・・・・すまん」
 再び、コムイに睨まれたクラウドは、乱れた髪を直しつつ、忌々しげに呟いた。


 「は・・・班長・・・!ブックマン!!今、ラビが・・・!」
 クラウドの弟子たちによってスマキにされ、崖下に廃棄されるラビの姿に、リナリーが青ざめたが、
 「あいつ、はしゃぎすぎだな」
 「心配ない、リナ嬢。
 私の弟子は、あの程度ではへこたれん」
 リーバーもブックマンも、大して気にした風もなく、ジェリーが切り分けたバースデーケーキをつまんだ。
 「うむ、さすがは料理長・・・。美味だな」
 「酒が入ってなくても、こんなに美味いんっすね!」
 「ほほほ お子様用のケーキに、お酒をたくさん入れるわけには行かないからねぇ」
 ブックマンとリーバーの賛辞に、ジェリーは機嫌よく笑声を上げる。
 「これなら俺も食えるっす」
 「班長、お酒が苦手だもんね・・・」
 「なんじゃ、班長。おぬし、下戸か?」
 「いや、飲めねぇワケじゃないんすけど」
 あまり好きではない、と、菓子を口に運ぶリーバーに、ブックマンは口元を緩めた。
 「仕事熱心なことだな。二日酔いはご法度か」
 「・・・ま、そういうことっす」
 全てはお見通し、と言わんばかりの老人に、リーバーは苦笑を返すと、ふと、パーティ会場となった食堂の入口を見遣る。
 「嬢ども、ラビの捨て場所を誤ったみたいだな」
 「え?」
 彼の視線の先を追うと、ずぶ濡れのラビが、盛大に水を撒き散らしながら、飛び込んできたところだった。
 「元帥〜〜〜!!!アマゾネスどもが、俺をいぢめるさー!!」
 「ちょっと!」
 「誰がアマゾネスよ?!」
 「アンタ!なに濡れたまま抱きついてんの!!」
 クラウドの周りを囲んだ弟子たちと、再び一戦を交えそうなラビに、ブックマンの容赦ない蹴りが飛ぶ。
 「いい加減にせぬか、この馬鹿弟子がっ!!」
 「いってぇな、ジジィ!!」
 水だけでなく、自らの血にも濡れながら、ラビが喚きたてた。
 「人の恋路を邪魔するヤツは、馬に蹴られて死ぬんだぞ?!老い先短い命を粗末にすんじゃないさ、ジジィ!!」
 「いかに老い先短かかろうとも、そんな死に方はせんわっ!!」
 怒声と共に鋭い爪で切り裂かれたラビは、鈍い悲鳴を上げて床に沈む。
 自身から流れる血で作られた血溜に半面を浸し、動かなくなったラビを、クラウドが気遣わしげに見下ろした。
 「ブックマン・・・何も、ここまでやらなくても・・・・・・」
 「いや、これで丁度良いくらいだ。いつも迷惑をかけてすまんな、元帥」
 監督不行き届きだ、と、こうべを垂れる老人に、クラウドは笑って手を振る。
 「そんな・・・」
 ことはない、と、続けようとした言葉は、彼女の弟子たちによって遮られた。
 「ブックマン、ありがとうございます
 「おじいちゃん、カッコいーぃ
 「このウサギ、捨ててきていいですかぁ?
 「あぁ、好きにしろ」
 うら若いエクソシスト三人娘に、同時に詰め寄られたためか、ブックマンは愛想良く、弟子の廃棄処分を承諾する。
 「ティナ、なんか錘になるもの取って!」
 「はぁい!ソル、これでいい?」
 軽やかな足取りで、ティナが運んできたのは、城内のあちらこちらに飾ってある、古い武器だった。
 「こら、ティナ・・・いくらラビでも、モーニングスターで足を固定されては、上がってこれないだろう・・・?」
 「いいんですよ、お師匠様 水底から這い上がれないようにしてやるんですから・・・
 気遣わしげな元帥に、楽しそうに笑い返しながら、ティナは、鉄球に幾つもの刺が放射状に突き出た武器の、鎖部分をラビの両脚に巻きつける。
 「ちょっ・・・!!ティナ!!やりすぎだよ!!」
 リナリーが慌てて止めに入ったが、それはグエンに遮られた。
 「リナは黙ってなさいね?これは、私たちの問題よ」
 「でもっ・・・!」
 「グエン!ウサギ狩り、完了よ
 「そう じゃあ、料理に取り掛かりましょ
 「りょっ・・・料理って!!」
 なにするの?!と、絶叫し、追いかけようとしたリナリーを、ブックマンが制する。
 「よい、リナ嬢。
 あやつには、仕置きが必要だ」
 「でも・・・・・・」
 「よい、と言っている」
 ブックマンに引き止められたリナリーは、未だ血を滴らせるラビを嬉しそうに抱え、仲良く出て行った三人を追いかけることもできず、その場に立ちすくんだ・・・。


 「ねぇ、ブックマン・・・ラビ、帰って来た?ティナ達は・・・?」
 パーティの主役だと言うのに、合間合間に尋ねては、不安げな顔をするリナリーに、さすがのブックマンも、とうとう折れてしまった。
 「元帥、すまんが、私の弟子を解放してはもらえんか」
 「えぇ、もちろん。弟子達も、いい加減、飽きた頃でしょう」
 そう言うと、クラウド元帥は、自身の通信ゴーレムを取り出し、弟子達にラビを解放するよう、命じる。
 通信回線の向こうから聞こえる声は、しかし、飽きるどころか、お楽しみの真っ最中を邪魔された不満に満ちていた。
 が、さすがに師の命に背くような彼女らではない。
 『解放はしますけどぉー廃棄してもいいですかー?』
 不満げな返事に、クラウドは苦笑して『否』と答えた。
 「パーティの主役が、ラビやお前達に会いたがっているのだよ。早く戻っておいで」
 『はぁい!』
 三人の返事と共に、通信は切れ、クラウドはリナリーに苦笑を向ける。
 「ラビが、少しは懲りているといいがな」
 「無理じゃろう。あやつは、懲りると言うことを知らん」
 私の弟子だからな、と、どこか自慢げに言う老人に、クラウドは苦笑を深めた。
 「では・・・これ以上面倒を起こさないためにも、私が退出しよう」
 「えぇっ?!元帥・・・」
 行っちゃ嫌だ、と、縋るリナリーの背に手を回し、彼女はあやすように軽く叩く。
 「心配しなくても、また会えるさ―――― 誕生日おめでとう。お前も今日から、大人の仲間入りだ」
 コムイがなんと言おうとね、と、いたずらっぽい笑みを浮かべ、クラウドはリナリーから離れた。
 「駄々をこねるのはおやめ。レディは、常に毅然としているものだよ」
 クラウドは、まるでその言葉を体現するかのように、踵を鳴らして去っていく。
 「うむ。見事な婦人だ」
 「そうね・・・ラビが夢中になるのも、仕方ない」
 彼女の後姿に憧憬するリナリーを見遣り、ブックマンは、笑みを漏らした。
 「なに・・・リナ嬢もいずれ、追いつこう」
 「そうかなぁ・・・・・・」
 毅然とした元帥に比べ、まだまだ幼い自身の気質を思い、リナリーは深く吐息する。
 と、クラウド元帥の去った室内に、彼女の弟子達が、賑やかに戻ってきた。
 「よぉ、ラビ!随分やられたなぁ!」
 「お前、ホンットに懲りねぇよなぁ!」
 酒が入って陽気になった人々が、未だ拘束を解かれないまま、引っ立てられてきたラビに喝采をあびせる。
 「うるっさいさ!!
 アマゾネスどもー!さっさと俺を解放するさー!!」
 「アマゾネスって呼ぶなっつってんでしょ!!」
 「また煮るわよ、ウサギ!!」
 「ちょっと、リナぁ!!これ、捨てていいでしょ?!」
 「だ・・・だめっ!」
 鎖でぐるぐる巻きにされ、芋虫のように床に転がるラビに、リナリーが慌てて駆け寄った。
 「ねぇ、放してあげて・・・」
 「えぇー?!」
 「リナ、コイツを放したら、またお師匠様に・・・」
 「元帥は、もう席を外してしまったから・・・」
 お願い、と、言い募るリナリーに、三人は不承不承、ラビの鎖を解く。
 しかし、
 「元帥がいないさ!!」
 解放されても、執拗にクラウドの姿を探すラビに、ティナは、忌々しげに舌打ちした。
 「ねぇ、リナ・・・まさかアンタ、アレに期待してないわよね?」
 「期待?なにを?」
 「いいえ。それならいいの」
 大きな目を見開いて、首を傾げるリナリーに、ティナは苦笑を返す。
 「まぁ・・・アンタにもいつか、王子様が現れるわよ―――― コムイにも負けず、アンタを好きだって言ってくれる人がね」
 「そうかなぁ・・・・・・」
 疑わしげに首を傾げたリナリーに、ティナは弾けるように笑い、新しいグラスをリナリーに渡した。
 「ナイショよ?」
 囁くと、ティナは辺りの大人達の目を盗んで、彼女と自分のグラスにシャンパンを注ぐ。
 「リナに早く、王子様が現れますように!乾杯♪」
 「うん・・・・・・」
 二人のグラスが重なり、澄んだ音を立てた。
 「誕生日おめでとう、リナ!
 アンタも来年は、バレンタインに花がもらえるといいわね」
 「・・・・・・うん」
 続いた言葉に、がっくりと肩を落としたリナリーに、また明るい笑声を上げつつ、ティナは再び、グラスを触れ合わせた。
 キィン・・・と、澄んだ音が、耳に心地良かった・・・。


 「リナ嬢・・・リナ嬢・・・・・・」
 ふと、目を開けると、彼女の正面に座る老人が、黒い通信ゴーレムを差し出していた。
 「あら・・・ブックマン、私、いつの間に寝ちゃったの・・・?
 ついさっきまで、ティナと・・・」
 と、呟いたリナリーは、窓の外の景色が移動していくさまに、頬を赤らめる。
 今、彼女がいるのは、東へ向かう汽車のコンパートメントの中―――― クロス元帥を追う旅の途中だった。
 「ごめんなさい・・・通信?」
 「あぁ、室長からだ」
 「兄さん・・・・・・?」
 なんだろう、と、リナリーが通信回線を開いた―――― 途端。
 『HappyBirthdayリナリィィィィ!!!!お兄ちゃんだよー!!!お兄ちゃんが一番最初に言ったからね!!』
 あふれ出した大音量に、リナリーは飛び上がった。
 「び・・・びっくりした・・・!!」
 『エ?!ナニ?!もう誰かに言われちゃった?!』
 ゴーレムから放たれる、悲鳴じみた甲高い声が、狭いコンパートメント内に満ちる。
 「え・・・言われてって・・・なにを?」
 「室長、リナ嬢は、今の今まで寝ておったのでな。状況がわかっておらぬらしい」
 『えー?!寝てたの?!ゴメンネー!!』
 「室長、こちらは今、夜中の0時だぞ」
 苦笑交じりの声に、しかし、回線の向こうのコムイは、『知ってます』と応答した。
 『ちゃーんと!ロシアとの時差は計算しましたよ!誰より早く、お祝いを言おうと思ってね!
 リナリー?!聞いてるのかい?!誕生日おめでとー!!』
 再度の祝賀に、ようやく事情を理解したリナリーは、唇をほころばせる。
 「ありがとう・・・!」
 『みんなからもー!』
 『リナリー!HappyBirthday!』
 『無事に帰って来いよ!』
 『帰ってきたら、パーティやろうなぁー!』
 『ケーキ作って、待ってるわよぉ
 次々と入れ替わる声に、リナリーは何度も何度も、『ありがとう』と返す。
 Lose count・・・・・・数え切れないくらいの声と、言葉を交わしあい、通信はようやく切れた。
 「誕生日おめでとう、リナ嬢」
 「うん・・・ありがとう・・・!」
 ブックマンに頷きを返しつつ、リナリーは、嬉しさと懐かしさに、目尻に涙を浮かべる。
 「しかし・・・城の面々は、賑やかなことだ。
 さしずめ、おぬしの誕生日を口実に、祭を開き損ねた連中が、不平を漏らしておるのだろう」
 「そうね・・・今年はこの汽車の中で、誕生日を迎えるんだね・・・」
 明るい室内に反し、外の景色は暗い・・・だが、晴れ渡った夜空に浮かぶ半月が、とても美しく見えた。
 「エクソシストになって、初めてね・・・兄さんがいない誕生日って」
 でも、と、リナリーは、つい先ほどまで繋がっていた回線と、久しぶりに聞いた、兄や城の人々の声を思い出し、笑みほころぶ。
 「すぐ、近くにいるみたい
 「そうじゃな・・・それに、次の駅に着けば、あの小童どもとも合流して、また賑やかになろう」
 そう、何気なく言った時だった。
 「噂をすれば、ハゲー!!」
 バァン!と、叩きつけるような勢いで、コンパートメントのドアが開き、件の『小僧ども』がなだれ込んで来る。
 「誰がハゲじゃ!!まだふさふさしとるわ!!」
 すかさず抗議の声を上げたブックマンを無視して、彼らは黒衣の青年をコンパートメントに押し込んだ。
 「紹介しますね、リナリー!ブックマン!」
 「俺らがゲッチュしてきた吸血鬼
 「アレイスター・クロウリーさんでっす!」
 「ヨ・・・ヨロシクである・・・!」
 「ラ・・・ラビ!アレン君!!駅で合流するんじゃなかったの?!」
 驚いて、大きな眼を見開くリナリーに、ラビとアレンはブンブンと首を振った。
 「リナ、今日が誕生日だろ?!」
 「一刻も早くお祝いしなきゃって、前の駅から、ラビのイノセンスに乗ってきました!」
 「こここここ・・・怖かったであるぅ・・・・・・!!」
 ぶるぶると、小動物のように震える『吸血鬼』を、リナリーが気遣わしげに見遣る。
 「ヤダ・・・三人とも、怪我してるじゃない・・・!」
 怪我・・・で片付けてしまっていいものかためらうほど、彼らは傷だらけで、あちこちから出血していた。
 「あはは!汽車に追いつこうとして、ダイブしたんさ!」
 「そしたら傷が開いちゃって・・・」
 「こわっ・・・怖かったであるぅ・・・!!」
 「なんっじゃ、吸血鬼のくせに不甲斐ない!しゃきっとせんか!」
 クロウリーの、あまりのか弱さに、ブックマンが苛立った声を上げる。
 「と・・・とにかく座って!傷の治療をしましょう!」
 そう言って、リナリーが自分の荷物を取ろうと立ち上がった時、
 「Happy Birthday Dear Lenalee〜〜〜♪」
 コンパートメント内に、ラビとアレンのハーモニーが満ち、大きな花束が差し出された。
 「・・・・・・!」
 目を丸くして、二人の顔と花とを見比べる彼女に、少年達はにっこりと笑う。
 「途中の駅で売ってた花、全部買ってきたんだぜ?」
 「でも、花以外はプレゼントになるようなのがなくって・・・それはまた、改めますね」
 「ううん!そんなの、いいの!ありがとう・・・すごく嬉しいっ!!」
 歓声を上げ、リナリーは、ラビとアレンを花束ごと抱きしめた。
 「最高のプレゼントだわ!」
 「そんなに喜んでくれたら、僕も嬉しいですよ」
 「ってことで、ジジィ
 食堂車で、メシおごってー
 資金、使い果たしちゃった と、悪びれずに言ったラビに、ブックマンの精確な蹴りが炸裂した。
 ―――― 彼女達も今頃は、こんな風に賑やかに、元帥を追っているのだろうか。
 抑えきれない笑声の中で、リナリーは、遠く離れた仲間達のことを想った・・・・・・。


 Lose count・・・・・・・・・
 数え切れないほど大きくなっていた私の『世界』は、ある日、一瞬にしてその大半が壊れた・・・。

 「嘘・・・・・・」
 受話器を握りしめたまま、リナリーは、掠れた声を、遠く西方へ放った。
 クラウド元帥の探索に向かった部隊が全滅したと・・・いや、彼女らだけではない、多くの死者が出たとの情報に、リナリーは激しく震えた。
 「ティナ・・・・・・」
 花をもらって、嬉しそうに笑っていた彼女の顔が、脳裏に浮かぶ。
 ―――― アンタも、来年は花がもらえるといいわね。
 「ティナ・・・・・・・・・!!」
 ―――― アンタにもいつか、王子様が現れるわよ・・・コムイにも負けず、アンタを好きだって言ってくれる人がね。
 ぽろぽろと、ただ涙だけが溢れ出す。
 『お前達の隊は・・・みんな無事で帰ってきてくれな・・・・・・』
 リーバーの、低く優しい声音に、崩れそうに震える脚は、なんとか踏みとどまった。
 「うん・・・必ず・・・・・・」
 掠れる声を振り絞って誓う・・・必ず、生きて帰ると。
 受話器を置いて、悄然とアニタの店を出たリナリーは、港へ向かう途中、天空を覆いつくすアクマの大群に驚愕した。
 Lose count・・・・・・・・・・・・!
 「なんて大群・・・!」
 空を見上げたまま、絶句した彼女に、ティムキャンピーが飛びついてくる。
 「どうしたの・・・?」
 問えば、ゴーレムは小さな指で、必死に天の一角を示した。
 「アレン君・・・・・・!!」
 アクマに捕らわれた仲間の姿に、リナリーの目が据わる。
 「これ以上・・・壊させるもんか・・・・・・!」
 地を蹴れば一瞬で天空に至る。
 ―――― 守る・・・そして・・・・・・!
 Lose count.
 新たな『世界』を作る、カウントが始まった・・・。




Fin.

 








書きも書いたり40作目!のアップは、リナリーお誕生日記念SSとなりました!
・・・すみませんが、直前にアップした、バレンタイン話とは別のもんだと思ってください(^^;)
このお話は、4万HIT記念に邑様よりリクエスト頂いた、『アレン入団前の教団』もMIXです♪
今回、『アレン入団前』と言うことで、勝手に想像したクラウド部隊3人娘も出演です;
あまり、オリジナル設定を出しすぎるのは気が進まないのですが、流れ的に出張ってしまいましたー;ゴメンナサイー;;;
彼女らのことは、あくまで捏造ですから、信じないでくださいね;
更に言えば、ラビがクラウド元帥ラブなのも捏造です;;>元帥ラブなのは、むしろ私です(笑)
最近、妙に男女カップル華やかで、出番を作ることができなかったジジィを思いっきり書けて満足でした(笑)>って、リナSSだろっ;;
あ、ティッキー達が下車したキリレンコって、ロシアの地名じゃないかなぁと思いますよ。>時差の根拠













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