† GlitterV †
*チェス用語は、最後に説明しています*





 ロンドンは、今日もお決まりの曇り空だった。
 厚い雲から、細く冷たい雨が降り注ぎ、窓の外を白く煙らせる様も、いつもの風景・・・。
 そして、彼の前に座る少年が、眉間に深い皺を寄せ、盤上を見つめたまま、長い間微動だにしないのも、いつものことだった。
 「いい加減、諦めるさ。もう逃げ道はないって」
 「・・・・・・・・・・」
 窓の外に向けていた視線を戻したラビは、苦笑しつつ言ったが、アレンは眉間に皺を寄せたまま、無言で首を振る。
 「じゃあ、どうやって逃げんさ?」
 「それを今考えてるんです!ちょっと、黙っててください!!」
 アレンのヒステリックな声に、談話室にいた人々が驚いて彼を見遣り―――― その盤上に視線を移して、苦笑する。
 チェス盤の上には、たくさんの黒駒と、数少ない白駒・・・そして、白のキングは、黒駒にすっかり囲まれていた。
 「あーぁ。こりゃ無理だ、アレン。諦めて、次のゲームでがんばれよ」
 「強い駒を取ってるって事は、負けっぱなしじゃないんでしょ?」
 横から盤上を覗き込んだリーバーとリナリーに言われ、アレンは眉間の皺を、更に深くする。
 と、ラビが、二人に陽気に笑って手を振った。
 「ちゃうちゃう!
 あんまり実力が違うから、クイーンとルークは、最初からのけてやってんさ」
 と、ラビは、盤の外によけられた黒駒を示す。
 「でも、この状況じゃあ、ビショップものけてやった方が良かったか?」
 「くっ・・・!」
 悔しげに顔をゆがめて、アレンが、ソファに深く沈んだ。
 「投了!!」
 「よっし!今日も全戦全勝さ!」
 嬉しげに指を鳴らしたラビに、リーバーが苦笑を向ける。
 「あんまりいじめんじゃねぇぞ?」
 「いじめてねーさ!」
 な?と、輝くような笑みを浮かべるラビを、アレンは忌々しく睨み返した。
 と、
 「ね?このゲーム終わったんなら、私と勝負しない?」
 リナリーが、アレンの隣に座る。
 「ん?あぁ、いいけど」
 そう言って、駒を並べ直そうとしたラビの手を制し、リナリーはにっこりと笑った。
 「いいわよ、このままで」
 「えぇ?!活路があったんですか?!」
 目を丸くして悲鳴を上げたアレンに反し、ラビは、むっとして目を眇める。
 「・・・・・・コラ、リナリー。俺をなめんじゃないさ」
 「あら?やってみなきゃわからないでしょ?」
 自信に満ちたリナリーの言葉に、ラビは無言で手を差しのべた。
 どうぞ、というジェスチャーに、リナリーは
 「では、失礼♪」
 と、陽気に言って、白の駒を持ち、白のキングにチェックをかけている黒いポーンを取り上げる。
 それは、敵陣深く切り込み、クイーンに転化したものだった。
 「ムダムダ、一個取られたくらいで、チェックは何重にもかかってんさ」
 言いながら、ラビは次のチェックをかける・・・と、リナリーは、傍らのアレンに尋ねた。
 「ね?キングが元の位置のまま、って事は、もしかして、キャスリングしてないの?」
 「うん。まだ大丈夫かなぁって思ってるうちに、機を逃しちゃって・・・」
 はは・・・と、乾いた声を上げるアレンに、ラビも言い募る。
 「今からやろうたってムダさ!もうチェックしてるし、ルークは取ったし!」
 「今からキャスリングするなんて、言ってないわよーだ」
 「じゃあなにを・・・」
 「聞かれて手を明かすわけないでしょ」
 くすくすと笑いながら、リナリーが『どうぞ』と差し伸べた手に頷き、ラビは逃げた白のキングを追った。
 「ねぇ、アレン君、これって、どのくらい長考したの?」
 「さぁ・・・?どのくらい考えてました、僕?」
 「27分」
 「え?!そんなに経ってた?!」
 ラビの答えに、アレンが驚いている内にも、既に彼が投了した駒は動いて行く。
 ややして、
 「・・・・・・リナ、お前のたくらみが読めたさ」
 「そう?」
 ラビの不満げな声に、リナリーがクスクスと笑声を上げた。
 「じゃあ、合意する?」
 「・・・・・・オッケ。ドロー!」
 「えぇ?!引き分け?!なんで?!」
 アレンには、ラビが読んだ、リナリーの手が見えない。
 憮然としたラビと、楽しそうににこにこと笑うリナリーの代わりに説明してくれたのは、リーバーだった。
 「いいか、アレン?お前がここで投了した後、リナリーがこの駒取ったろ?で、ラビは逃げたキングを追いかけて、またチェックして・・・」
 と、言いつつ、2色の駒を操って行く手は、ラビが『ドロー』を了承した盤面を過ぎても止まらず、最後まで駒の動きを見せた。
 「な?これで、3回同じ局面が出たろ?
 これを指摘すれば引き分けだし、これを見逃して続けたとしても、ここまで潰しあったら、互いにチェックメイトまでの有効手がないから、どっちにしろ引き分け。わかったか?」
 「ヘェェ――――!リナリー、すごい!!」
 アレンに尊敬のまなざしを寄せられ、リナリーが更に嬉しげに笑う。
 「・・・言っとくけど、序盤でキャスリングの機を逃すアレンにはできねぇ動きさ。絶対、お前の見逃しじゃないかんな!」
 逆転はされなかったものの、引き分けにされたのがよほど悔しかったのか、わざわざ言うラビに、アレンとリナリーが、そろって舌を出す。
 「そんなの、わざわざ言われなくったって、わかってますよっ!」
 「引き分けにされて悔しいからって、嫌味言わないでよねー!」
 「あっ!ムカツク、お前ら!二人してムカツク!!」
 「はは・・・仲良く遊べよ、お前ら」
 そう言って、部屋を出て行くリーバーを見送って、アレンは再び盤上に視線を落とした。
 「ねぇ、ラビ?以前、チェスは数学的だから、科学班の人達は大抵強いって言ってましたよね?リーバーさんも強いんですか?」
 「そりゃ、強いさ」
 「班長は、私のチェスの先生なの。兄さんが忙しい時に、遊んでくれたのよ」
 言いながら、二人は示し合わせたように、駒を並べ直していく。
 「ラビ。右か左か?」
 リナリーが、両手に白黒一つずつ、ポーンを持って問うと、
 「左」
 と、ラビが簡潔に答えた。
 「先手をどうぞ」
 リナリーが左手に包んでいた白いポーンを取り上げると、ラビはそのまま2コマ進める。
 「あら、このまま始めちゃっていいの?」
 「いいさ、別に」
 「すごい自信だけど、後悔しなければいいわね」
 くすり、と、笑みを漏らしたリナリーを、ラビの鋭い視線が貫いた。
 「・・・ムダ口叩いてないで、さっさと始めるさ」
 「はいはい・・・」
 アレンとの勝負の際は、余裕に満ちていたラビの表情が引き締まり、目つきまで変わっている。
 「・・・ったく。ホント、勝負事になると人が変わるんですから、ラビは・・・」
 かつて一度だけ、激怒状態のラビと勝負した時のことを思い出し、アレンは深々と吐息した。


 「・・・・・・ねぇ、いつまでやるの?」
 アレンは、チェス盤の置かれたテーブルに突っ伏すと、鬼気迫る表情で向き合う二人に、うんざりと話しかけた。
 ラビだけでなく、リナリーも負けず嫌いだったようで、どちらかが負ければ凄まじい剣幕で『もう一回!』という絶叫が上がり、新たなゲームが始まる・・・。
 「おなかすいたよぅ・・・晩御飯に行こうよぅ、二人ともぉ・・・・・・」
 この勝負でリナリーが勝ったら、ラビを殴ってでも食堂に行こう、と決め、アレンはぼんやりとした目で戦況を眺めた。
 と、
 「そうね、私もいい加減、飽きたわ」
 リナリーが呟き、ラビも、疲れた吐息を漏らす。
 「リナ、メイトまで読めるか?」
 「んー・・・ステイル・メイトになりそうね」
 「じゃ、合意しようぜ」
 「わかった。ドローね」
 リナリーが、手にしていた駒を置くと、二人して大きなため息をつき、ソファに沈んだ。
 「勝敗、見事に引き分けたわね」
 「最後のはお互いに、狙ったろ?」
 「まぁね・・・疲れたし。さすがラビ、強いわね」
 「お前もな」
 苦笑を交わして、健闘を称えあう二人の間で、白い頭が駄々をこねるようにテーブルの上を転がる。
 「ねぇぇぇぇー・・・ごはんー・・・・・・!!」
 「ハイハイ・・・」
 ラビはアレンの首根っこを、猫の仔のように掴んだ。
 「行くぜ、白猫、黒猫!」
 「誰が黒猫よっ!」
 置いて行かれそうになったリナリーは慌てて立ち上がり、二人と一緒に、食堂に入った。


 「きゃー アレンちゃん!今日は遅かったじゃなーい!任務に行っちゃったのかしらって、心配したのよぉー!」
 カウンターにつくや、共にいるラビとリナリーを無視して、ジェリーが真っ先にアレンに駆け寄ってくる。
 「今日はなに食べる?」
 「えっとー・・・・・・ハンバーグとキドニーパイとカルボナーラとストロガノフ・・・」
 「あら!ちょっとお待ちなさい、アレンちゃん!
 お肉類ばっかりじゃ、栄養が偏るわ!メインはそれで作ってあげるから、後はアタシに任せなさい?ね?!」
 「はい
 仲のいい母子のような会話に、ラビとリナリーは、苦笑を交わした。
 「・・・・・・愛されてんなー、アレン」
 「えへ
 「・・・・・・しかも、嬉しそうだわ」
 何気なく言ったものの―――― リナリーの、拗ねた声音に、ジェリーが笑みを返す。
 「リナリーの事だって、ちゃんと愛してるわよー もちろん、ラビもね
 で、アンタ達はなんにするの?アタシのスペシャル?」
 「うんっ!」
 リナリーとラビは揃って頷き、ややして、三人はそれぞれにトレイを持って、テーブルに着いた。
 「・・・けど、二人の対局を見ていて思いましたよ。僕、全然レベル低いですね」
 「チェスはイカサマできねぇかんな!」
 意地悪く笑うラビを睨みつけ、アレンは、温野菜を口に運ぶ。
 「・・・僕も、リーバーさんにチェスを教えてもらおうかなぁ」
 惨敗続きは哀しい、と、ぼやくアレンの傍らで、リナリーが高く食器を鳴らした。
 「あっ!失礼!!アレン君!でも!班長は忙しいから!!」
 一気にまくし立てたリナリーの、言葉の意味を図りかね、アレンが小首を傾げる。
 「リナ、オチツケ」
 どうどう、と、苦笑するラビを、キッ、と睨みつけながら、リナリーは、呼吸を整えた。
 「は・・・班長は今、忙しいから、チェスを教えてる暇はないと思うの・・・!」
 「あぁ・・・そうでしょうね。じゃあ、ブ・・・」
 「私が教えるわ!!」
 ブックマンなんかどうだろう、と言いかけたアレンの言葉を、凄まじい勢いで遮って、リナリーが宣言する。
 「リナリーが?」
 目を丸くするアレンに、リナリーは何度も頷いた。
 「そう!だって、アレン君はラビに勝ちたいんでしょ?!
 だったら、ラビにチェスを教えたブックマンに教わったんじゃ、同じ道を行ってるってことだから、いつまでも追いつけないわ!!」
 「すげーこじつけ・・・・・・」
 必ずしもそんなことはない、と、言いかけたラビの口は、リナリーの鋭い眼光で塞がれる。
 「どう、アレン君?!」
 にこ、と、必殺の笑顔でダメ押しされ、アレンは、嬉しげに笑って頷いた。
 「よろしくお願いします、リナリー」
 「うんっ!一緒に、ラビを打倒しましょうね!」
 「・・・・・・本人前にして、言うなっつーの」
 教団最強タッグの誕生に、ラビは、げんなりと吐息した。


 「やったわ、ジェリー!!!」
 食事を終えるや、ピーク時の厨房に飛び込み、料理長に飛びついたリナリーを、料理人たちが迷惑そうな顔で見やったが、生憎、今の彼女には周りが見えていない。
 「アレン君に、チェスを教えることになったの!二人で特訓なの!」
 「あらぁー それは良かったわねぇ
 ・・・・・・・・・でも、どこで特訓するの?」
 「え?それは・・・アレン君の部屋じゃないの?私の部屋でもいいけど」
 きょとん、と、純真な目で見上げられて、ジェリーは、乾いた笑声を上げた。
 「可愛い妹が男の子の部屋に入り浸ったり、アンタの部屋にアレン君が入ったりなんて・・・コムイが激怒するに決まってんでしょ」
 「あ・・・・・・!」
 それはありうる、と、眉を寄せるリナリーに、ジェリーも肩をすくめる。
 「談話室でだって、あのシスコンは邪魔しに来るでしょうねぇ」
 たとえ仕事を放り出してでも、溺愛する妹に寄り付く害虫駆除は敢行するに違いない、と、断言するジェリーに、リナリーも深々と頷いた。
 「じゃあどこで・・・こんなチャンス、逃したくないのにっ!」
 「そぉねぇ・・・」
 拳を握るリナリーから、ジェリーが苦笑して視線を外した時、
 「こんばんは、ジェリーさん。注文、いいですか?」
 カウンターに現れたミランダに、ぱん!と、両手を打ち合わせる。
 「リナリー、アンタ、ミランダにお願いしなさいよ!」
 「は・・・?」
 なにを、と、首を傾げるミランダに、リナリーは足早に歩み寄った。
 「ミランダさん、お願い!お部屋、貸してっ!!」
 「は・・・はぁっ?!」
 どういうこと?!と、目を丸くする彼女に、ジェリーまでもが詰め寄り、事情を語る。
 「はぁ・・・そういうことなら、構わないけど・・・・・・」
 「やったぁ!」
 「でも・・・その間、私はどこに・・・・・・」
 「アラ、アンタ、どうせ科学班に入り浸りじゃないの
 「そ・・・!それはそう・・・なん・・・ですけど・・・・・・・・・」
 「ミランダさん!私がいない間、班長のサポートをよろしくね!」
 「えぇ・・・って、えぇっ?!」
 強引な『お願い』に、気の弱いミランダが抗し切れるはずもなく・・・彼女は二人の『特訓』中、部屋を追い出されることになった。


 その直後、ちゃっかりとミランダの部屋に居座ったリナリーは、チェスの駒を動かしながら、対面に座るアレンに笑いかけた。
 「キャスリングは、できるだけ早いうちにやっておいた方がいいの。
 キングを安全な場所に逃がしておいたら、後で守りやすいでしょ?」
 彼女が、未だ食事を終えていないアレンに、『ミランダの部屋で特訓しましょう!』と誘った時、彼は最初、不思議そうにしていたが、すぐに事情を察したのだろう、リナリーの指示通り、ミランダの部屋に来て、彼女と盤を挟んで向かい合っている。
 「そっか・・・。先に、守りを固めておくんですね」
 顎に手を当て、真剣に盤上を見つめる彼に、リナリーは頷いた。
 「アレン君、わりと守るの苦手だよね」
 「先手必勝の猪突猛進ですから」
 「そこまで言わないけど・・・・・・」
 まじめな顔で返ってきた答えに、リナリーは苦笑する・・・が、実際の戦闘でも、彼の意識が守りに向いていないことを思い出し、ふと眉をひそめた。
 「ねぇ・・・本気で、守ることにも意識を向けたほうがいいよ・・・?」
 思わず身を乗り出した彼女に、しかし、アレンはチェスの話だと思ったらしく、深々と吐息して頷く。
 「気がついたら、いつの間にか切り込まれて、陣地を荒らされてるんですよね・・・」
 「だって、ラビの得意技よ、それ。
 一角で派手に戦って見せて、相手の気を引き付けて、出来た隙に入り込むの。
 だから、たとえそこでクイーンが取られたって、その時はポーンがクイーンに転化してるのね」
 「・・・・・・巧妙な!」
 忌々しげに舌打ちしたアレンに、リナリーが明るい笑声を上げた。
 「手品と同じなのよ、ラビの場合って。
 いかにも、『こっちを見て!』って動かし方をしている時は、誘いに乗らずに様子見して、誘導されないようにしないとね」
 「そっかぁ・・・・・・。
 それを見抜いてるなんて、リナリーはすごいですね・・・!」
 感嘆の声を上げるアレンに、リナリーが照れたように笑う。
 「じゃ、ちょっと、ラビそっくりにやってみるから、惑わされないでね
 「ハイ!」
 打倒・ラビ!と、二人は軽く駒を打ち合わせ、ゲームを始めた。


 一方、ミランダが部屋に戻れない理由を聞き出したリーバーは、忌々しげに舌打ちして、断言した。
 「・・・・・・そんなアホ娘は、部屋から放り出してください」
 「いえ、そんな・・・どうせ、私がいない間ですし・・・・・・」
 か細い声で言いつつ、ミランダはリーバーにハーブティーのカップを差し出す。
 「でも、自分の仕事をミランダさんに押し付けて・・・」
 「それは全然っ!嫌じゃないんです!!」
 トレイを抱きしめ、すかさず甲高い声を上げたミランダに、リーバーは目を丸くした。
 「はぁ・・・でも、ミランダさんも暇じゃないっしょ?」
 エクソシストとして、未だ経験の浅い彼女には、様々な訓練を受ける必要があったが、この数日間は、その合間を縫って、わざわざ科学班に出向している。
 「無理しなくていいんっすよ?」
 思わず眉根を寄せたリーバーに、しかし、ミランダは激しく首を振った。
 「ほんっとうにっ!好きでやってるんですから!気にしないで下さい!」
 「はぁ・・・・・・」
 なんでそこまで・・・と、オンナノコのキモチをさっぱり理解できないリーバーは、不思議そうに首を傾げる。
 「それと・・・この事、コムイさんには・・・・・・」
 不安げに、コムイを見遣るミランダに、リーバーはカップを掲げて頷いた。
 「トーゼン!そんな怖いこと、しませんよ」
 思わず、必要以上に声を潜めた彼に、ミランダはほっと吐息して頷く。
 「お願いしますね・・・そんなに、長い間ではないでしょうから」
 そう、気楽に予想したミランダだったが、リナリーとラビの性格をよく知るリーバーの予想は、少し違っていた。
 「いや・・・もしかしたら、しばらく帰れないかもしれませんよ・・・?」
 「え?」
 「ま・・・ラビのヤツがどう仕掛けるかで、結果は変わりますけどね」
 「ラビ君が?」
 不思議そうに首を傾げるミランダに、リーバーは頷いてハーブティをすする。
 「まぁ・・・静観しましょうか・・・・・・」
 暗に、『関わるな』と忠告する彼に、ミランダは不思議そうな顔をしながらも、頷いた。


 その頃、アレンとリナリーに打倒を宣言され、リーバーとミランダに静観を決め込まれたラビは、遊び相手をことごとく奪われ、暇をもてあましていた。
 「暇っ!暇っ!!暇さぁっ!!誰か遊んでー!!!!」
 「そんなに暇なら、図書室にでも行けばいいだろう」
 同室の師に、あっさりと言われ、ラビはソファの上で足をばたつかせる。
 「ここの図書室の本なんて、全部読んじまったさー!
 こんな時に限って、ユウもいないし・・・!!ジジィ、遊んでくれー!!」
 「お前のようなアホの相手なんぞ、しておれんわ」
 冷たく返されて、ラビはクッションに顔を埋めて泣き声を上げた。
 「ううっ・・・!みんなひどいさー・・・!俺を退屈で殺す気さぁー!!」
 「・・・マリー・アントワネットか、お前は」
 「ワタクシが何よりも恐れるのは、退屈ナノデスー!!!
 遊んでくれー!!!!」
 「子供か・・・っ!」
 忌々しげに舌打ちする師に、ラビは涙目を向ける。
 「子供でいいさ!ジジィ、なんかおもしれぇこと、ないさ?!」
 「知るか!クロウリーにでも、遊んでもらってはどうだ?」
 「クロちゃんかぁ・・・確かに、暇かも!」
 言うや、ラビは跳ねるように起き上がり、部屋を飛び出していく。
 「やれやれ・・・・・・」
 落ち着きのない弟子に、深々と吐息して、ブックマンは広げていた新聞をめくった。


 城中を巡って、クロウリーの姿を発見したラビは、その場で確保、談話室に強制連行し、チェス盤を挟んで座らせた。
 「さぁ、クロちゃん!俺と遊ぶさ!!」
 「なななな・・・何事かと思ったであるっ!!」
 事情も知らないまま、問答無用でラビのペースに引っ張り込まれたクロウリーが、抗議の声を上げるが、気弱に震えている声では、迫力のないこと甚だしい。
 「今さー、アレンとリナが結託して、俺と遊んでくれないんさ。
 暇で死にそうだから、クロちゃん、俺と遊んで
 「はぁ・・・・・・」
 強引なラビに押し切られる形で、クロウリーは結局、駒を持った。
 「しかし・・・あの二人が結託して、とは、どういうことであるか?」
 序盤、お互いの様子を見るかのように、駒の動きは穏やかだ。
 「チェスで、俺がアレンに勝ちすぎるってんで、リナがアレンにチェスの特訓してやってるんさ。
 おかげで俺は、メインの遊び相手を奪われ、リーバーに科学班出入り禁止にされ・・・散々さ」
 「遊び相手はともかく・・・科学班に出入り禁止と言うのは?」
 何の関係があるのか、と、首を傾げるクロウリーに、ラビは頬を膨らませた。
 「リナとアレンが仲良くしてるって、コムイにばれると、仕事になんねぇから」
 「さすがは班長・・・仕事熱心であるな」
 仕事の邪魔になるものは徹底的に排除する、と言わんばかりの対処に、クロウリーはもう、笑うしかない。
 「しかし、いつまでもそうやって、ごまかし通せる相手でもあるまいよ。
 その特訓とやらは、いつまで続くのであるか?」
 「アレンの上達度次第じゃねぇ?」
 俺を打倒できるようになるまで、と、言い添えたラビに、しかし、クロウリーは盤上に視線を落としたまま、首を傾げた。
 「現在のアレンのレベルがどの程度かは知らぬであるが・・・短期間でお前を打倒するまでの基礎はあるのであるか?」
 序盤ですら、そう思えるほど、ラビのレベルは高い。
 「いんや?あいつ、チェスはめちゃくちゃ素人さ。
 でも、少なくとも一勝できるだけの力はつけてもらわねぇと、俺はいつまでも遊び相手を取られたまんまなんさ・・・!」
 げっそりと吐息しながら、一手を進めたラビに、クロウリーも駒を取り上げた。
 「なるほどな・・・しかしそれならば、手はあるであろうに」
 ラビの次の手を読みつつ、駒を進めて、彼はラビのポーンを取り上げる。
 「試合に勝って勝負に負ける、と言うが、その逆もまたしかり、ではないか?」
 「試合には負けても、勝負では勝つ・・・?」
 目を丸くして、問い返したラビに、クロウリーは頷いた。
 「最後まで、言った方がよいであるか?」
 「・・・・・・いんや?」
 にやりと笑って、ラビは駒を進める。
 「逃げるが勝ち、って戦法も、確かにあるさ」
 Thank you,sir!と、ルークの駒を取り上げたラビに、クロウリーは手を差し出した。
 「本当にありがたいと思うなら、その駒、返すである」


 ―――― そして、決戦の日。
 「勝負です、ラビ!!」
 嫌に張り切ったアレンが、ラビの対面に座った。
 「勝負すんのはいいけど、お前、ちゃんとウデ上げたんさ?」
 「もちろんですよ!」
 ね!と、アレンが見遣った先には、リナリーが佇んでいる。
 微苦笑を浮かべているのは、まだ、アレンがラビにかなうとは思っていないためだろうが、そんな彼女に、ラビは意地の悪い笑みを浮かべた。
 「・・・?」
 ラビの視線に気づいたリナリーが、訝しげな表情になったが、ラビはにっこりと笑みを返して、駒を取り上げる。
 「そんじゃ、やろーぜぇ!」
 「はいっ!」
 ラビの進めた手に、アレンが応じた――――。


 「・・・・・・・・・・・・?」
 傍らで、アレンとラビの戦いを見つめていたリナリーは、試合の流れに、違和感を覚えていた。
 ラビは、いつもと同じように駒を進めて、特に、手加減をしているようには見えない・・・が、戦況はアレン優勢だ。
 ―――― こんなに簡単に、ラビが劣勢になるはずはないのに・・・。
 奇妙なのは、それだけではなかった。
 状況が悪いと見て取ると、次々に新しい手を出して、かく乱して行くのがラビのやり方なのに、今日は妙に動きが鈍い。
 ―――― このまま行くと、勝てそうね・・・・・・
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・っ?!
 ようやくラビの狙いが見えて、リナリーは唇を噛んだ。
 ―――― ラビの性格、忘れてた・・・っ!
 リナリーが思わずラビを睨みつけると、案の定、彼は意地の悪い笑みを返す。
 「さすが、リナリーの特訓の甲斐あって、腕上げたさ、アレン♪」
 「えへへ そぉですかー?」
 「いい生徒持ったな、リナ
 ――――・・・っわざとらしい!!
 リナリーの、ラビを見る目が吊り上がった。
 ラビは、いつも通りアレンを負かせば、リナリーとアレンの特訓が続く・・・つまり、彼の遊び相手をリナリーに取られたままになるだろうことを予想して、わざとこの試合に負けるつもりなのだ。
 それも、リナリーがアレンに指導しただろう、『ラビの戦術に対する傾向と対策』を見越して。
 『試合に勝って勝負に負ける・・・そのまた逆もしかり』
 クロウリーがラビに言ったことは、つまり、そういうことだった。
 「やったぁ!ビショップゲットー!」
 アレンの歓声に、リナリーは舌打ちしたい気分だ。
 このまま順調に行けば、アレンのチェック・メイトは確実・・・いや、多少まずい手を打ったところで、ラビに誘導され、僅差で勝つように仕向けられるに違いない。
 「あーぁ・・・でもまぁ、逃げるが勝ち、って戦法もあるさ」
 ビショップを取られたことに嘆く振りをしつつも・・・ラビの口元は、あからさまに嬉しげな笑みを浮かべていた。
 ―――― 試合に勝って、勝負に負けたのね、私・・・!
 唇を噛んだリナリーに、ラビの笑みが深まる。

 ―――― やーっぱ、こっちのゲームも面白いさ
 決して表面には浮上しない、水面下での戦いの勝利にほくそえみつつ、ラビはアレンのチェック・メイトを受け入れた。
 「じゃあ次・・・リナリーもやるさ?」
 勝利に歓声を上げるアレンの対面で、にんまりと笑みを浮かべたラビを、リナリーは鋭く睨み返す。
 「のぞむところよ!」
 意外にも激しい、リナリーの口調に驚くアレンを押しのけ、彼女はラビの対面に座った。
 「この勝負は負けないわ!」
 「かかってらしゃい♪」
 飄々と笑うラビに切りつけるように、リナリーは烈しい音を立てて、駒を進める。
 彼女の傍らに、ちんまりと座ったアレンは、勝利の余韻に浸る間もなく、凄まじい勢いで戦端の開かれた試合を見守った・・・。








Fin.

 




チェス用語解説
キャスリング キングを安全な地点へ移動し、ルークを活用する為、1手で両者を動かす特別な手。必要条件を満たしている場合のみ指せる。
ドロー 引き分け。
@相手の合意 Aステイル・メイトB同じ局面が三度生じた時、又は三度目の同じ局面が生じる時C50手連続駒の捕獲がない、ポーンの動きがない時、自分の手番でそれを指摘した場合、引き分けとなる。
ステイルメイト 手詰り。チェックでないのにいずれの駒も動けなくされた状態。
*†*
参照 日本チェス協会チェス英日翻訳用語集







WEB拍手で、『アレンがリナリーにチェスを教えてもらう話を書いてください』と、リクをもらいまして、書いた物です。
・・・リクもらってから、完成までに随分と時間が経ってしまい、申し訳ありません(^^;)
しかも自分的に、チェス話=Glitterになっていたので、強引に3作目にしましたよ(笑)>をい
しかし、将棋の経験があるので、似たようなもんだろ、と思っていたら、とんでもない・・・!(T▽T)
チェスってば、むーずかしーぃぞー!!!(自分のSSに、初めて用語解説なんてつけちったよ;)
でもまぁ、自分がグランドマスター(チェスの最高位)を目指すわけではないから、と、気を取り直し、基本ルールはなんとか叩き込みました(苦笑)
・・・・・・碁とそんなにかわりゃしねぇだろ、って、『黒先番』だと思い込んでいた私ってバカですね・・・;;(チェスは白先番)
所詮、超初心者ですから、↑こんな間違いは随所にあると思いますので、突っ込まないでください、マジで!!(この真摯な『お願い』視線をウケやがれっ!!)
なんだかとっても陰謀チックなお話になりましたが、ご希望通りの出来上がりになっていたら、嬉しいです(^^;)













ShortStorys