† Virus of Vampire †






 「噛まれたなぁ・・・」
 「・・・・・・噛まれちゃいました・・・・・・」
 そう言って、さめざめと泣き出したアレンの頭を、ラビは慰めるように撫でてやった。



 ルーマニア。
 黒い森。
 凍った湖と孤城。
 ・・・・・・こんな場所にふさわしいものなんて、もう、一つしかない―――― そう、吸血鬼。
 集団ヒステリーな村人一同に拉致監禁され、吸血鬼と噂されるクロウリー男爵と、無理やり対峙させられる事になったアレンとラビだったが・・・初戦はあっさり敗北。
 その上、アレンは対アクマ武器でもある左手に噛み付かれて、血を吸われてしまった・・・・・・!
 「どどどどど・・・!どうしましょう!!」
 傍らのラビにすがり付けば、彼は無責任に、アレンの心配を笑い飛ばす。
 「いいじゃないさ、別に。吸血鬼になったら、不老不死になれんだろ?
 まぁ、リナリーには絶交されっだろうけどさ!」
 途端、アレンの脳裏に、通信ゴーレムを通して送られてきた、彼女の声が蘇った。

 『吸血鬼の人に噛まれると、吸血鬼になっちゃうらしいから・・・ならないでね!』

 ・・・・・・19世紀にもなって、ありえない化け物を信じているらしいリナリーの、必死な声音に、その時はかなりのところ和んだものの、実際、噛まれた今となっては、笑い飛ばす余裕もない。
 「わぁぁぁぁんっ!!!吸血鬼ウィルスに感染しちゃったぁぁぁぁぁっ!!!」
 と、
 「・・・いい加減にするであるっ!!」
 同じコンパートメント内で、黙って二人のやり取りを見ていたクロウリーが、たまりかねて声を荒げた。
 「さっきから聞いておれば、私は蚊か!マラリア菌を媒介しているのであるか!!吸血鬼はマラリア患者であるかァァァァッ!!」
 
「あっはっは!ゴメンさ、クロちゃん
 「ゴメンで済むなら裁判所はいらないのであるっ!!」
 ラビの飄々とした言い様に、クロウリーは更に激昂する。
 が、
 「だって僕、今回はアクマを壊してないのに、レベルアップしちゃったんですよ?!
 クロウリーさんに噛まれたせいじゃないなら、なんだって言うんですかっ!」
 アレンに膝詰めされて、クロウリーが声を失った。
 「これが原因でリナリーに嫌われて、おムコに行けなくなったら、一生恨んでやりますぅぅ〜〜〜〜!!」
 「・・・って、婿入りするのであるか!!」
 すかさず突っ込んだクロウリーとは対照的に、ラビは感心して頷く。
 「リナを嫁にするのが無理なら婿入りか・・・アレン、益々策士っぷりに磨きがかかってきたさ!」
 「鬼畜のお義兄様とは、別居してやります!」
 明るい将来に向けて握った拳に、しかし、アレンは再び消沈した。
 「僕・・・本当に吸血鬼になっちゃったのかなぁ・・・!
 アクマを見ると、左手よりも牙がうずくのかなぁ・・・・・・?!」
 またもやさめざめと泣き出したアレンに、クロウリーのこめかみが引きつる。
 「アレン・・・お前は吸血鬼吸血鬼と連呼するが・・・そもそも、誰の罠であるか?!」
 「クロス元帥さ!」
 「ひぃっ!」
 クロウリーの問いとラビの答えに、アレンの声が甲高く裏返った。
 「アレン。言いたくはないが、元帥が私に対し、妙な罠さえ仕掛けなければ、我が領地は平穏無事なまま、千年伯爵の目に留まることもなかったのだが?」
 「はぅっ?!」
 「もーっと、色々思い出したいであるか?!」
 「いえ!すみません!!身に沁みています!!!」
 師の悪魔の所業が、次々と脳裏に沸き起こり、アレンがガタガタと震える。
 と、コンパートメントのドアががらりと開いて、陽気な声が入ってきた。
 「車内販売はいかが?」
 飲み物や食べ物をたくさん乗せたワゴンを押す、体格のいいおばさんを見上げて、クロウリーとアレンが声を揃える。

 「ローストビーフ。血が滴るくらいのレアで!」

 「・・・・・・それなら食堂車へどうぞ、お客様」
 思いっきり呆れ顔のおばさんの傍らで、ラビは暗示にかかりやすいアレンの台詞に、呼吸困難になるほど笑い転げた。


 一方、先行していたブックマンとリナリーは、やや大きな駅で降り、アレン達が乗った列車を待っていた。
 「リナ嬢、本当に大丈夫か?」
 駅構内のカフェで、真っ青になって俯いている彼女に、ブックマンが、気遣わしげに声を掛ける。
 と、
 「大丈夫・・・ちょっと、酔っちゃっただけ・・・・・・」
 そう言ってリナリーは、青ざめた唇に笑みを浮かべた。
 列車の中で見た悪夢が、未だ、彼女の心を縛っている・・・。
 崩れ落ちた城と骸になったアレンの姿が、生々しく胸を塞いでいた。
 が、それを口にすることはできない。
 口にすれば現実になる―――― そんな予感が、喉を締め付けるようだった。
 「そうか・・・」
 言わないと決めたら決して本音を明かしはしない。
 リナリーの、意外に強情な性格を知るブックマンは、苦笑してホームを見遣った。
 外の冷気に、曇ったガラスの向こうでは、ちょうど、列車が到着したところだった。
 「やはり、遅れたか」
 夏であればともかく、冬の東欧は雪深く、なかなか時刻表どおりには行かない。
 「まぁ、雪で立ち往生しなかっただけでも、マシと言うものか」
 言いつつ、ブックマンが席を立つと、リナリーも彼に従った。


 「やっほー!ジジィ!リナ!
 新しいエクソシストを連れてきたぜ!」
 まだ完全には止まっていない列車から飛び降りたラビが、二人を見つけて大きく手を振った。
 「降りるな、バカ者。どうせ私達も乗るのだ」
 「ラビ・・・!アレン君は?!」
 ラビに駆け寄るや、真っ青になって問うリナリーに、ラビは目を丸くした。
 「へ・・・?あいつなら、腹減ったっつって、食堂車にいるけど・・・?」
 そう言って、車両を示したラビの肩越しに、アレンの姿を探したが、列車の窓は白く曇って、中を見ることはできない。
 「平気なの?!噛まれたり、しなかった?!」
 更に問い詰めるリナリーに、ラビは、ついいたずら心が起こって、すかさず眉をひそめた。
 「リナリー・・・これは、言わないでおこうと思ったんさ・・・・・・」
 深刻な声音で、ポツリと呟けば、リナリーは必死な顔で耳をそばだてる。
 「実はあいつ・・・戦闘中に噛み付かれて・・・・・・になったかもしれないさ」
 「え・・・?なに、ラビ?!なんて言ったの?!」
 取りすがるリナリーに、ラビは、重い口調で再び言った。
 「だから・・・吸血鬼に・・・なったかもしんねぇんさ・・・・・・」
 「・・・・・・・・・っ!!」
 大きな目を見開いて、声を失ったリナリーの背後で、ブックマンもまた、眉間に皺を寄せる。
 「ラビ・・・それは本当か?」
 「あぁ。
 ジジィなら解毒できるかもしんねぇ。早く診てやって欲しいさ」
 「わかった」
 言うや、颯爽と列車内に消えたブックマンを見送り、ラビは、にんまりと口の端を歪めた。
 嘘はついていない。
 ただ、アレンが吸血鬼になるはずがないことを知っていながら、知らないふりをしているだけだ。
 ラビは、笑い出しそうになるのを必死にこらえ、ホームに立ちすくむリナリーを返り見た。
 「行こうぜ、リナ。
 ・・・・・・怖いかもしんねぇけど、あいつはまだ、アレンなんだから・・・さ?」
 青ざめた唇を噛み締め、頷いたリナリーの表情に、さすがに罪悪感を感じ、とっさに謝ろうと思ったラビだったが、小走りに列車に乗った彼女に声を掛けそびれ、その後を追って列車に乗り込む。
 「あれ?!リナ?!」
 目を離したのは一瞬だというのに、既に彼女の姿を見失ったラビは、気まずげに頭をかいた。
 「やっべぇ・・・・・・マジ、信じてんさ・・・・・・」
 とりあえず、食堂車を探してみるか、と、ラビは、動き出した列車の中を移動した。


 「アレン君っ!!」
 列車内を駆け抜け、食堂車に入ったリナリーは、黒衣の青年と握手を交わすブックマンに駆け寄った。
 「リナ嬢、こちらが新しいエクソシストのアレイスター・クロウリー・・・・・・」
 「はじめまして、リナリー・リーです!
 ブックマン!アレン君は?!」
 挨拶もそこそこに、ブックマンに詰め寄った少女を、クロウリーは目を丸くして見下ろす。
 「ア・・・アレンなら、3等車両に忘れ物をしたと言って、出て行ったであるが・・・・・・」
 「ありがとう、ミスター!ごめんなさい、また後で!」
 言うや、食堂車を3等車両の方へ、バタバタと駆け抜けて行った少女を呆然と見送り、クロウリーは首を傾げた。
 「あの・・・ブックマン・・・。
 彼女は、なにをあれほどに慌てているのであるか?」
 クロウリーの問いに、ブックマンは忌々しげに舌打ちする。
 「私の弟子が、余計なことを言いおってな・・・・・・。
 まぁ、戻ってくれば、誤解は解けるであろう」
 そう呟いた時、
 「ジジィー?リナ、こっちに来なかったさ?」
 暢気に現れた弟子を見止めるや、ブックマンは、精確で強烈な蹴りを食らわせた。


 「アレン君!!」
 バァン!と、激しい音を立てて、3等車両のドアを開けるや、見つけた少年の姿に、リナリーは飛びついた。
 「リリリリリリ・・・リナリィィィィィ――――?!なんですか?!どうしたんですかぁっ?!」
 真っ赤になってどもりつつも、彼女を抱きとめたアレンに、3等車両の乗客達から冷やかしの声が上がる。
 「と・・・とにかく、出ましょう!」
 アレンはリナリーの手を取ると、慌てて3等車両を出、2等車両の、空いているコンパートメントに入った。
 「どうしたんですか、そんなに慌て・・・てぇぇぇぇぇっ?!」
 振り向いた途端、泣き縋られて、アレンの声が裏返る。
 「アレン君・・・っ!
 あんなこと言っちゃってごめんね!
 私・・・っ!アレン君が無事だっただけで嬉しいから!!」
 「え・・・?あんなこと・・・・・・?」
 「私!アレン君なら、吸血鬼でも怖くないから!!」
 「・・・・・・・・・・・・」
 リナリーの言葉に、アレンは目を点にして絶句した。
 ――――・・・ラビ、もしかしてまた、余計なこと言った・・・・・・?
 列車が駅に入るや、真っ先に飛び出して行った彼が、彼女に余計なことを吹き込んだに違いないと確信し、アレンはげっそりと吐息する。
 ―――― そりゃあ・・・僕もちょっと、信じちゃいましたけど・・・・・・。
 リナリー達と合流する前、コンパートメントで大騒ぎしていた、ヴァンパイアウィルス感染疑惑は、彼らの間では既に解決していた。
 他ならぬ、ラビが言い出したのだ。
 『クロちゃんの歯はイノセンスだったわけだから、ヴァンパイアウィルスなんてあるわけないさ!
 第一、アクマウィルスを浄化しちまうアレンが、その手の毒にやられるわけないし、イノセンスの抗体が増えたってことはあっても、悪影響はないんじゃね?』
 と。
 だからこそ、落ち着いて食事もしていたというのに・・・。
 「あのー・・・リナリー・・・・・・?」
 ラビにどう言われたのかは知らないが、すっかり信じ込んでいる風のリナリーに呼びかけると、彼女は、涙に濡れた目でアレンを見上げた。
 「大丈夫よ、アレン君・・・!ブックマンもいるし、いざとなったら兄さんにお願いするから!」
 「は・・・はぁぁっ?!」
 ブックマンはともかく、コムイの好奇心の前に引き出されるのはごめんこうむる。
 そう言うと、彼女は、キッ、と目を尖らせ、アレンを見つめた。
 「そんなこと、言ってる場合じゃないの!
 アレン君・・・今だったらまだ、治るかもしれないんだよ?!」
 ―――― 治るも何も、感染なんかしていない。
 そう言おうとした口は、しかし、思惑と共に閉じる。
 「リナリー・・・でもやっぱり、僕が吸血鬼になったら怖いでしょう?」
 「アレン君なら怖くないって、言ったじゃない!!」
 「そう?じゃあ・・・・・・」
 にこりと笑って、アレンはリナリーの肩を覆う黒髪を、彼女の背へと流した。
 「噛み付いちゃっても?」
 「・・・・・・っ!」
 思わず息を詰めて、凍りついたリナリーの両肩を捕らえ、露わになった白い首筋に口を寄せる。
 「・・・怖いでしょ?」
 カタカタと、小刻みに震えるリナリーの耳元に囁けば、彼女は、微かに首を振った。
 「こ・・・こわくない・・・わ・・・・・・」
 「本当に?」
 笑い出しそうになるのをこらえつつ、アレンが更に、唇を寄せた・・・・・・瞬間。
 バリンッ!と、コンパートメントのガラスを突き破って飛びこんできた金の弾丸が、アレンの後頭部を直撃した。
 「ぃっっっっだぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
 一身にガラスのシャワーを浴びた上、大打撃に大出血を強いられたアレンが、悲鳴を上げてうずくまると、弾丸は天井近くでUターンし、リナリーの手の中に軟着陸する。
 「ティムキャンピー!」
 二人は異口同音に・・・というには、語弊があるか。
 リナリーは驚いて、アレンは激しい怒りと共に、同じ名を呼んだ。
 「何するんだよ、お前!!」
 いいところだったのに!と、思わず口を滑らせてしまったアレンに、リナリーが目を丸くする。
 「え?なに?どういうこと?」
 問い返す彼女の手の中で、ティムキャンピーは『姫君を守った』と言わんばかり、得意げに尻尾を揺らした。
 と、コンパートメントのドアが開き、不機嫌な顔の老人が、厳しい目でアレンを見据える。
 「小童!お前まで妙ないたずら心を、起こすでないわ!!」
 「いたずら・・・?」
 ブックマンの怒声に、亀のように首をすくめたアレンを見て、リナリーはようやく事態を悟った。
 「ひどい!!本気で信じてたのに!!」
 「ごっ・・・ゴメンナサイ!!」
 リナリーの怒声に、アレンはすかさず謝ったが、当然、そんなことで彼女の怒りが解けるわけがない。
 「ラビも!アレン君も!!もう口きいてあげない!!」
 怒りで真っ赤に染まった頬を膨らませ、踵を返すと、リナリーは足音も荒く、コンパートメントを出て行った。
 「きゃああ!!ブックマン!どうしましょう!!どうしたらいいですか?!」
 今更、自分のやらかしたことに青ざめて、悲鳴を上げるアレンを、ブックマンは冷たく振り払う。
 「知るか、馬鹿者!
 ラビと二人、リナ嬢に土下座でもして詫びるのだな」
 「口添えしてくださいよぉぉぉぉぉぉ〜〜〜〜〜〜!!!!」
 泣き縋ったものの、厳格な老人が、救いの手を差し伸べてくれるはずもなく―――― その後、アレンとラビは、リナリーの怒りが解けるまで、何時間も土下座して詫びることとなった。





Fin.

 










管理人の脳力活性のため、リクを募集したところ、『アレリナ風味吸血鬼パラレル』と言うネタを頂きまして、書かせていただきました!
『パラレルじゃねーよー』って・・・・・・だって、本物の吸血鬼がいるし・・・・・・(クロちゃんが泣くぞ;;)
ところで、私は19世紀欧州には住んでませんでしたので、見てきたわけじゃありませんが。>19世紀日本には住んでたかもよ(笑)
ホームズとか、19世紀を舞台にしたドラマなどを観る限り、停車間近の列車から飛び降りても、今ほど危険ではないと思いますよ。
そんなに速度はありませんからね。












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