† The Chain of Fate †
朝から、生暖かい風の吹く日だった。 昼になると、空は黒く厚い雲に覆われ、時折雷光が閃く。 一際大きな雷鳴を耳にして、科学班のメンバー達は、空を見上げた。 「班長!アレンの奴、今日帰ってくるんでしょ?」 問われて、リーバーも空を見上げる。 「あぁ・・・これだけ嵐がひどいってことは、ロンドンに着いたな、あいつ」 「毎度のことですけど・・・思いっきり天候に嫌われてますよね、アレンって・・・・・・」 「あ、俺ちょっと、ファインダーに電話してみまーす♪」 とても楽しそうな口調で、ジョニーが受話器を取ると、『待て!!』と、全員が声を揃えた。 「問い合わせは、賭けてからだ!」 ポケットから取り出したコインを、リーバーが音高く弾く。 「さぁ、時刻か事態か?!」 コインの、表が出れば『アレンが帰る時刻』、裏が出れば、『帰れなくなった事態』を予想するゲームだ。 ここに、『アレンが何事もなく帰って来る』という選択肢は存在しない。 「裏が出たぞ!!」 「じゃあ、『アレンに何が起こったか』予想大会〜〜〜〜!!!!」 ジョニーが受話器を掲げ、メンバー全員の名前が書き出された、『賭け用掲示板』を示した。 「なぁに?またやるの?」 リナリーが、自分のデスクでクルクルとペンを回しながら、呆れ声を上げると、それまで疲労の色の濃かったメンバー達は、生気に満ちた顔を彼女に向ける。 「あったりまえだろー!」 「アレンが帰ってくる時の、メインイベントだぜ?!」 「これがなきゃ、締まんないって言うかー?」 はしゃぎながら彼らは、自分の名前の横に、『列車脱線』『テムズ川増水』『落雷』など、次々とトラブルを書き込んでいった。 「アレン君・・・かわいそうに・・・・・・」 呟いて、リナリーは激しく窓を打つ雨に、深く吐息する。 「でも・・・・・・。 ほんとに毎回・・・嵐に遭うのね」 と、窓の外を、白く塗り替えるほどの雷光が閃き、ほぼ同時に轟音が、地を揺るがした。 「みんなー!!!!」 思わず身を竦めたメンバーの中で、一人、受話器を手にしたジョニーが、陽気な声を上げる。 「今の雷で、アレンが乗る列車が止まりましたっ!!ひゃっほぉーぃ!」 ジョニーはじめ、掲示板に『落雷』と書いたメンバーが、歓喜の声を上げた。 「アレン君・・・・・・無事に帰ってきてね・・・・・・」 またもやトラブルに巻き込まれたらしいアレンの身を思い、リナリーは、深い深いため息を漏らした。 「やっと・・・・・・帰ってきましたぁ・・・・・・」 黒の教団本部の、船着場に着いたアレンは、疲れきった表情で、がっくりと肩を落とした。 今回の任務は、珍しくアクマの関わっていない事件だったため、比較的すんなりとイノセンスの回収ができたはずなのだが・・・・・・。 「ウォーカー殿は、よほど、トラブルの神に好かれているのですねぇ・・・・・・」 控え目なトマが、ついそう漏らしてしまうほど、トラブル続きの旅だった。 何しろ、頭の上には常に雷雲。 船に乗れば波は荒れ、列車に乗れば脱線し、ようやく目的地に着いたかと思えば、イノセンスはクジラに飲まれて海の中だった・・・。 「・・・・・・クジラに飲まれるなんて経験、もう二度とごめんです・・・っ!!」 近隣の漁師達の協力を得て、捕鯨には成功したものの・・・大時化(おおしけ)の海に、慣れないアレンは足場を失い、クジラの口の中にまっ逆さまに落ちてしまったのだ。 「・・・漁師の皆さんが、手早くクジラを捌いてくださって、ようございましたね・・・・・・」 クジラの中から救出された時の、イノセンスを握りしめて泣いていたアレンの姿を思い出し、トマは、呆れたものか笑ったものか、どちらもできない、中途半端な表情を浮かべた。 と、 「アレン君、クジラに飲まれちゃったの?!」 本城へ通じる階段を下りてきたリナリーが、気遣わしげに駆け寄ってくる。 「大丈夫?!どこも怪我はしなかった?!」 「はい!大丈夫です!!」 それまでの消沈ぶりはどこへやら、いきなり元気を取り戻したアレンに、リナリーはほっと吐息した。 「よかった・・・。 中々帰ってこないから、心配したんだよ」 「ほんと?!」 嬉しそうに笑う彼に、リナリーは真摯な表情で頷く。 「だって、無事にロンドンに着いたって連絡があったのに、落雷で列車が止まっちゃうなんて・・・。 毎回毎回、大変ね」 いやにしみじみと言われ、アレンは、乾いた笑声を上げた。 「でも・・・本当に無事でよかったね。 トマも、アレン君についててくれて、ありがとう。ご苦労様」 「いえ!そんなっ!!」 リナリーに微笑みかけられて、トマは恐縮したように深々とこうべを垂れる。 「ほら!アレン君も、お礼!」 「はい。 トマ、今回もありがとうございました」 アレンにも、ぺこりと頭を下げられ、トマはますます恐縮した。 「あ!そうだ!あんまりびっくりしたから、言うのを忘れてたわ。 アレン君、トマ、おかえりなさい」 そう言って、ふわりと微笑んだリナリーに、アレンもトマも、嬉しそうに頷く。 「ただいま」 「じゃあ、アレン君!ヘブラスカの所に、イノセンスを持って行きましょ!」 「はい! じゃあ、トマ!ゆっくり休んでくださいね!」 「はい。ウォーカー殿も」 礼儀正しく一礼して、トマは、仲良く連れ立っていくアレンとリナリーを、和んだ目で見送った。 「実に・・・微笑ましいお二人でございますねぇ・・・・・・」 アレンには『休んで』と言われたものの、ファインダーであるトマには、報告の義務がある。 旅の荷を下ろすや、トマは列車が止まっている間に書き上げた報告書を携え、室長の執務室に赴いた。 「おや、お帰り、トマ。 今回も大変だったみたいだね」 時刻は既に、真夜中近かったが、コムイは煌々と明かりのともった部屋で、当然のように机に向かっている。 「イノセンスは無事に、回収を終えました」 アレンの受難にはあえて触れず、トマはコムイに、報告書を差し出した。 「ありがとー♪ キミには、アレン君が任務に就く度にお守り頼んじゃって悪いねぇ。 だけど、他のファインダーが、アレン君と行くの嫌がるんだよー。 船が難破したり、列車が脱線したりするからー」 コムイの言葉には、あえてコメントせず、トマは慎ましやかに一礼する。 「トマは、ファインダーの任務を全うしているだけでございます」 まるで、名家の執事のような物腰に、コムイは機嫌よく笑って受け取った報告書をめくった。 「ナニナニー?! 今回は、クジラに飲まれちゃったんだ、あの子! どうしてこう、不幸とトラブルに好かれるのかなぁ?!」 爆笑しつつ、報告書をめくっていたコムイは、『そういえば』と、顔を上げる。 「今回も、ロンドンに着いた途端、列車が止まっちゃったんだよね?」 「はい・・・生憎、落雷に遭いまして・・・・・・」 「その前も、嵐に遭ってたよね? あはははは!どんな因業背負ってるんだろうねぇ、あの子は!!」 楽しそうに笑っていたコムイは、ふと、笑声を止めた。 「ところで、あの子は今、どこにいるんだい?」 問われて、トマは『ヘブラスカのところへ』と答える。 「一人で?」 更なる問いに、トマは言葉を失った。 リナリーと一緒だ、などと言えば、妹を溺愛するコムイが、激怒してアレンを襲うことが、容易に想像できたのだ。 が、トマの態度は、口よりも多くを語ってしまった。 「あぁ〜のぉ〜〜マセガキィィィィィィィ〜〜〜〜〜〜〜!!!!」 地の底から湧き上がる瘴気のような、怨念にまみれた声を上げ、コムイがゆらりと立ち上がる。 「しっ・・・室長!!お待ちください!!」 トマが、慌てて制止の声を上げた。 「ウォーカー殿は、希少なエクソシストでございます!教団の戦力を、このような形で失うのは、あまりに軽率ではございませんか?!」 が、妹の危機とあっては、そんな正論を聞くコムイではない。 「報告ご苦労だったね、トマ!今日はゆっくり休むといいよ!」 ガション!と、巨大な手術用工具を装備したコムイに、『はい、それでは』と頷ける程、トマは人でなしではなかった。 「お待ち下さいぃぃぃぃっ!!!」 傍らを猛スピードで駆け抜けていったコムイを、トマは、疲れた身体に鞭打って追いかけて行った。 その頃、リナリーと共にヘブラスカの元に赴いたアレンは、彼にイノセンスを託した後、今回の体験談を、面白おかしく語っていた。 「クジラ・・・に・・・飲まれた・・・・・・?」 「大変でしたー!」 呆れ声のヘブラスカに、アレンは陽気に笑う。 「漁師さん達が、急いで鯨を解体してくれて、ようやくお腹から出られたんですよ!」 「ほんとに大変だったのね・・・!」 「ピノキオみたいですよねー」 そう言って笑うと、リナリーだけでなく、常に無表情なヘブラスカまでもが笑った。 「どこも・・・怪我は・・・ないか・・・・・・?」 「えぇ! 飲み込まれただけで、噛み付かれはしなかったですし」 平気!と、手を振るアレンに、ヘブラスカはゆっくりと頷く。 「それ・・・でも・・・・・・今日は・・・疲れている・・・だろう・・・・・・。 ゆっくり・・・休むと・・・いい・・・・・・」 「はぁい! じゃあ、おやすみなさい、ヘブラスカ!」 そう言って、清々しく踵を返したアレンは、その視界にコムイの長身を捉えて、硬直した。 「あら、兄さん。どうしたの?」 リナリーの問いには、にっこりと笑って答えず、コムイは、大股にアレンに歩み寄る。 「アレン君、今回も大変だったねぇ。 クジラに飲まれちゃうなんて、普通、ありえない体験だよ」 にこにこと笑いながら、コムイが歩み寄った分、じりじりと退いたアレンだが、その背を固い格子が阻み、それ以上の後退を防いだ。 「さーぁ♪潔く、こっちへおいで、アレン君♪」 これ見よがしに、コムイが掲げた工具に、アレンの目が釘付けになる。 「ケアしてあげようねー♪」 コムイの長い手が、まさに、アレンを捕らえようとした時、 「お逃げください、ウォーカー殿!!!」 駆けつけたトマが、コムイを背後から羽交い絞めにし、動きを止めた。 「トマ!ありがとう!!」 言うや、アレンは背後の柵を飛び越える。 「アレン君?!」 高所からの飛び降りに、リナリーが悲鳴上げて、アレンの落下した先を見下ろした。 と、 「ヘブラスカ!!」 落下途中で、アレンはヘブラスカの手に受け止められ、無事に着地する。 にこりと笑みを浮かべて、手を振るアレンに、リナリーはほっと吐息した。 が、 「ちっ!」 トマの手を振り解き、リナリーの傍らから下を見遣ったコムイは、忌々しげに舌打ちする。 「アレン君!ボクから逃げられるとでも?!」 ヒステリックなコムイの声を受けるや、アレンは慌てて踵を返し、脱兎の勢いで逃げて行った。 「逃がすもんかー!!」 こちらも、踵を返して追いかけていこうとするコムイの前に、しかし、リナリーが立ち塞がる。 「兄さん!アレン君をいじめないで!」 「いじめてないよ!治療だよ!!」 「嘘ばっかり!」 あからさまな言い訳を一刀両断し、リナリーは、両腕を広げてコムイの進路を阻んだ。 「もう!アレン君もトマも、任務から帰ったばっかりなんだから!迷惑かけちゃダメ!」 きつい目で叱られ、コムイは途端にしおしおとうな垂れた。 「トマ、疲れているのに、ごめんね。 本当にもう、休んで?」 「は・・・はい・・・・・・」 兄の手から工具を取り上げ、手馴れた様子でバッテリーを取り除いたリナリーに、トマはようやく安堵して頷く。 「そ・・・それでは、失礼いたします」 礼儀正しく一礼し、退出したトマは、リー兄妹の目が届かないところまで来ると、深々と吐息した。 「ウォーカー殿・・・・・・不幸にも、程がございます・・・・・・」 翌朝、アレンが目を覚ますと、空は、腹が立つほど晴れ渡っていた。 「・・・・・・昨日の嵐は、なんだったんだよ」 ブツブツとぼやきながら起き上がると、ノックもなしにドアが開く。 「アレン!たっだいまー♪」 「ラビ・・・・・・!」 さては、この晴天は、彼がロンドンに着いたからか、と、アレンは朝っぱらから泣きたくなった。 「お前、聞いたぜ! クジラに飲まれたんだって?!クージーラ!!ピノキオみたいさ!!」 落ち込むアレンを気遣いもせず、爆笑するラビに、アレンは、怒りがふつふつとこみ上げてくる。 「うるさいんですよ、朝から!!」 しかし、どこまでもマイペースなラビは、怒るアレンを、面白そうに見た。 「なに怒ってんさ、お前?低血圧か?」 「いいよもう、それで・・・!」 不機嫌の原因は、低血圧ではなく低気圧だったが、アレンはふてくされて再びベッドに潜り込む。 「なんだよ。起きるんじゃないさ?」 「クジラに飲み込まれたショックがまだ癒えないんで、そっとしておいてください」 明らかに言い訳がましい台詞に、ラビは、にやりと笑って、アレンの耳元に囁いた。 「じゃあ、治療してもらうか?コムイが、お前の体調を気にしてたさ」 途端、ガバッ!と、飛び起きたアレンに、ラビは、腹を抱えて笑い転げる。 「目ぇ覚めたんなら、朝メシいこーぜぇ!俺にも、クジラに飲み込まれた時の事、話してくれよ!」 わくわくと、目を輝かせながら、ラビは、未だベッドの上でうだうだするアレンを急かした。 「・・・と言うわけで、イノセンスを飲み込んだ魚を捕まえようとして、網を張った僕達でしたが、ちょうどその魚群を狙って浮上してきたザトウクジラが、網を食い破って魚を食べちゃったんです。 すぐに漁師さん達にお願いして、近くにいた捕鯨船と連絡を取ってもらい、仕留めてもらったんですが・・・。 すごい時化で船が大揺れに揺れて、僕はクジラの口腔内に落ち、食道の辺りに引っかかりました。 漁師さん達が、急ぎながらも気を遣って、僕の居場所を確認しながら解体してくれたので、溺れず窒息もせず、助かりました。 以上、報告終わり」 アレンは、リナリーやヘブラスカに語って聞かせた時とは違い、ラビには脚色を加えずに話す・・・そうしないと、『事実を話せ!』と、叱られるのだ。 アレンが、まるで報告書を口述するように話し終えると、案の定、ラビは興味津々と目を輝かせた。 「すっげーさ! アレン!今度飲まれる時は、ぜひとも俺に見せるさ!」 「二度とごめんですよ!ってか、そんなに興味があるなら、自分が飲まれればいいでしょ」 「あ!ナイスアイディアさ! 俺ちょっと、海へ・・・・・・」 「冗談でしょー!! なにバカなこといってるんですか!!」 アレンは、席を立ったラビの腕をすかさず掴んで、椅子に引き戻す。 「君がクジラに飲まれようと、サメに食われようと勝手ですけど!僕が原因になるのは絶対ごめんです!!」 そんなことになったら、ブックマンに申し訳が立たないというアレンに、しかし、ラビはひらひらと手を振った。 「あ、大丈夫大丈夫!ジジィ、あんま細かいことは気にしないさ」 「僕が気にするんですっ!!」 確かに、ブックマンならば、弟子の不手際は自己責任として、アレンを責めはしないだろう。 だが・・・・・・ 「それをネタに、コムイさんが僕をいぢめるに決まってますし!」 絶対に隙は見せられない!と、拳を握るアレンに、ラビは乾いた笑声を上げた。 「聞いたぜ・・・お前、昨日も殺されかけたって?」 「・・・こっちは希少なエクソシストだって言うのに、容赦ないんですよね、あの人」 希少価値を盾に、コムイの魔手から逃れようとするアレンも中々の曲者だと思うが・・・それを口にするほど、ラビは愚かではない。 「なんとか出し抜く方法はないかなぁ・・・・・・」 「お前・・・主目的が、リナリーから『コムイを出し抜く』に変わってね?」 「そんなことありませんよ。 まぁ、あのコムイさんを出し抜くなんて、ゲームみたいでやりがいがあるなぁとは思いますけど」 「やっぱ、目的が摩り替わってるさ」 「違いますってば。 僕だって、バカじゃないんですから、滅多なことじゃ、あの人にケンカ売ろうなんて思いませんよ」 そう言って、アレンは食後のお茶に息を吹きかける口元を、笑みの形に歪めた。 「それだけ、本気ってことです」 それは、『ライバルは抹殺する』という宣告にも等しい・・・。 アレンの銀色の目が、猫のように細まる様に、ラビの背筋が凍った。 と、ラビに恐怖を与えていた目が、いきなり和む。 「なっ・・・なにさ・・・?!」 不気味に思って、アレンの視線を追うと、食堂の注文カウンターを背に、リナリーが寄りかかり、厨房内のジェリーと歓談していた。 「リナリー、髪を切ったんですねぇ」 「え?はぁ?!」 アレンの呟きに、ラビは手を振って歩み寄ってくるリナリーを凝視したが、全くわからない。 せいぜい、いつもと違い、長い髪を背に流しているとしか・・・・・・。 だが、『隣、いい?』と、笑って座ったリナリーに、アレンがすかさず『髪、揃えたんですね』と言うと、彼女は嬉しそうに笑って頷いた。 「そうなの!前髪が長くなっちゃったから・・・でも、ちょっと切り過ぎちゃったかなぁ?」 「そんなことありませんよ。かわいいです」 そんな台詞を、臆面もなく言ってのけるアレンに、ラビは顔を引きつらせる。 「それに、リボンもよく似合ってますよ。フランドルですか?」 「わぁ!アレン君、よくわかったねぇ! そうなの 言われて見れば、リナリーの黒髪は、白いレースのリボンで軽く結われていた。 「あぁ・・・それでさっき、カウンターに寄りかかってたんさ?」 注文するには妙な姿勢だと思った、と、ラビが言うと、リナリーは嬉しそうに笑って頷く。 「そうなの!ずっと欲しくて、ブリュッセルの工房に注文していたのがようやく届いたから、ジェリーに見せてたのよ!」 「へぇ・・・さすがはブリュッセルの工房ですね。花を持った天使なんて、普通はレースで描ききれませんよ」 「アレン・・・お前、そういうことには詳しいんだな・・・・・・」 女性の装飾品に理解が深いのはナンパの基本か、と呆れるラビを、しかし、アレンはからかうように笑った。 「なんですか。 ラビがこういう事に沈黙する方が珍しいんじゃありませんか?」 そう言うと、ラビは急に真面目な顔つきになって、話し出した。 「フランドルの歴史だったら知ってるさ。 ボビンを使って編むレースは、16世紀初めにベネチア、ベルギーで作られ始めたんさ。同世紀中期以降はジェノバ、ミラノで発展。 その後ベルギーで発達し、17世紀には独自のスタイルを生み出した。 これが、18世紀には複雑で精巧な模様へと発展。ブリュッセルで盛んに作られたため、ブリュッセルレースといわれるようになった。 ちなみに、白いレースの通称をフランドルと言うのは、フランドル地方でボビンレースが発展したため。 以上、補足はあるか?」 「ない・・・」 「相変わらず、知識だけは豊富ですよね」 すごい・・・と、感心するリナリーに対し、アレンはむしろ、呆れ顔で何度も頷く。 「なにさ! じゃあ、知識だけじゃないお前は、どんな反応するんさ?!」 ラビがむっとして問い返すと、アレンは、実践とばかり、リナリーに向き直った。 「そりゃあ・・・リナリーみたいに可愛い子が、きれいなリボンを飾っているのを見れば、誉めずにはいられませんよ! リナリー、ほんとによく似合ってますよ、そのリボン」 アレンの誉め言葉に、リナリーは真っ赤になって俯く。 「そ・・・そんな風に言われたら・・・恥ずかしいよ・・・・・・」 「恥ずかしがることなんてないですよ! リナリーのきれいな黒髪に、繊細な白いレースが映えていて、とても可愛いです」 と、アレンは、はっとして笑みを深めた。 「ごめんなさい、レディに『可愛い』なんて、失礼でしたね。 とても綺麗ですよ」 歯の浮くような台詞を、次々と繰り出すアレンに、ラビの方が恥ずかしくなって、思わず耳を塞いだ。 「アレン!!もうやめるさ!!俺の方が恥ずかしい・・・!!」 「そ・・・そうよ・・・! もういいから、アレン君・・・っ!」 リナリーまでもが懇願するが、ナンパ少年の暴走は止まらない。 「僕は、さっきから本当のことしか言ってませんよ、リナリー? さっき、手を振ってくれた時には、リナリーのあまりの可憐さに、僕の心臓はキューピッドの矢に射られるところでした・・・!」 「・・・そうかい。そんなに射られたいなら、ボクが君の心臓を射て上げようね・・・・・・!」 「ひぃっ?!」 突如、背後に湧き上がった、怨念にまみれた声に、アレンの全身が粟立ち、引きつった悲鳴が漏れた。 「あら・・・兄さん、おはよう」 「おっはよーぅ、リナリィィィィー とっっってもよく似合ってる!!世界一可愛いよ 長い足で、アレンを椅子ごと蹴り飛ばしたコムイは、そのままリナリーに抱きついて、褒め称える。 「こっちもこっちで恥ずかしいさ・・・・・・」 両手で耳を覆ったまま、兄妹のスキンシップを見守っていたラビは、アレンが中々起き上がってこないことをいぶかしんで、テーブルの下を覗き込んだ。 「アレン・・・口は災いの元だって、いい加減、気づくさ」 案の定、テーブルの下では、床に転げたアレンが、身動きできないよう、コムイに踏みつけられている。 「ラビ・・・ッ!!助けて・・・っ!!」 「・・・・・・俺、バカじゃないんで、滅多なことじゃ、コムイにケンカ売りたくないんさ・・・・・・」 先ほどの、アレンの言葉を忠実になぞると、ものすごい目で睨まれた。 「コッ・・・コムイ!! リーバーが激怒って来たさ!!」 ラビの嘘に、反射的に腰が引けたコムイの足下から、すかさずアレンが逃げ出す。 「あ!しまった!!」 気づいたが、もう遅い。 アレンだけでなくラビまでも、脱兎の勢いで食堂から消えてしまった。 「全く、素早いネズミたちだね!」 忌々しげに呟くコムイの腕の中で、リナリーはやれやれと吐息した。 「あー・・・怖かったさ・・・・・・!」 背後を見て、コムイが追ってきていないことを確認すると、ラビは、胸の奥から吐息した。 「うん。さすが、恐怖の大魔王」 「怖かったのは、お前もさ・・・・・・」 アレンに脅された自身を情けなく思い、ラビは密かに涙する。 「そんなことより、本気でコムイさんを出し抜く方法を考えないといけませんよ、僕ら」 「・・・・・・はぃ? ちょっと待ちナサイ、アレン君・・・。 なんか今、複数形に聞こえましたけど・・・・・・?」 「ハイ。『僕ら』って言いましたけど?」 「言いましたけど、じゃないさ!なんで俺まで!!」 抗議の声を上げるラビに、アレンはにこりと微笑んだ。 「僕達、協力して逃げたんですよ? 君がどういうつもりだったにせよ、コムイさんから見れば共犯で同罪です」 「おっ・・・お前・・・っ!!それを知ってて・・・?!」 脅して協力させたのか、と問う前に、深まったアレンの笑みが、全てを語る。 「さぁ!一緒に知恵を絞りましょう!」 「わぁぁぁぁんっ!!鬼畜がいるさぁぁぁぁっ!!」 「人聞きの悪い!友情でしょ、友情!!」 顔を覆って泣き出したラビの襟首を掴み、アレンは、意気揚々と自室へと彼を引きずっていった。 「うっうっうっ・・・・・・! 奴隷制を強いていながら友情だなんて・・・!こんな友情のカタチ、あるわけないさ・・・・・・!!」 アレンの部屋へ強制連行されたラビは、定位置の椅子に座って、さめざめと泣き崩れた。 「人聞きが悪いったらありゃしない。僕が、いつ、奴隷制を強いましたか!」 友情です!と、言い張るアレンに、ラビは最早、逆らう気力もない。 「・・・こうなったら、一刻も早く、俺の人権を回復するさ・・・!」 溢れ出る涙を拭いつつ、ラビは、ウサギのように真っ赤になった目をアレンに向けた。 「さーぁ!何でも命じるがいいさ、魔王陛下!!」 「・・・なんっか、突っかかりますよねぇ〜」 ラビの投げやりな口調に、アレンは眉をひそめる。 「まぁいいや。 じゃあ、僕がいかにしてリナリーを強奪し、幸せを手に入れるか・・・って、やっぱりコムイさんを殺るしかないですか?」 「ちょっ・・・!! マテマテマテマテ――――――――!!!なにをイキナリ物騒な!!!」 大慌てで止めに入ったラビに、アレンは、『なーんてね』と、舌を出した。 「さすがにそれは、マズイですよね。僕が殺ったとわかった時点で、リナリーに恨まれますし」 「そ・・・そうそう!! 思いとどまってくれて、嬉しいさ、アレン・・・!」 ほっと吐息したラビに、アレンは、晴れやかな笑みを浮かべる。 「まぁ、君が下手人になって、哀しむリナリーを僕が慰めると言う手も・・・」 「どこの悪徳詐欺師さ、お前ぇぇぇっ!!」 「・・・・・・冗談ですよ」 えへ、と、笑った顔の裏に、深い闇を見た気がして、ラビは、ぶるりと震えた。 「まぁ、そんな最終手段は置いておいて」 「・・・・・・一応、その手は取っておくんさ・・・?」 虚ろな声を上げるラビを無視して、アレンは、小首を傾げる。 「リーバーさんを味方に引き入れたら、有効じゃないですかね?」 「え?リーバー?」 アレンの言葉を反芻し、ラビも深く頷いた。 「あぁ・・・確かに、コムイの唯一の天敵は、リーバーさ。 でも、味方になってくれるかは・・・・・・」 疑問だ、と呟くラビに、アレンは微笑む。 「そこは、天敵の連鎖ですよ」 「はぁ?なにさ、それ?」 眉をひそめるラビに、アレンは、クスクスと軽やかな笑声を上げた。 「コムイさんの天敵はリーバーさん。じゃあ、リーバーさんが敵わないのは?」 「・・・・・・・・・あ! そうか、ミランダ!」 「ハイ そして、ミランダさんと仲良しなジェリーさんは、僕の味方です 更にジェリーは、リナリーにも強い影響力を持つ。 「コムイさんを出し抜いて、その隙にリナリーの好感度アップ作戦!成功率は高いですよ!」 自信満々に言われると、ラビも、段々そんな気がしてきた。 「そっか・・・ジェリー姐さんが協力してくれたら、行けっかも・・・!」 「がんばりましょうね、ラビ!君の犠牲は無駄にしません!」 「って、なんで俺が犠牲?!」 聞き捨てならない言葉に、ラビが驚愕すると、アレンは慈愛に満ちた笑みを浮かべる。 「根回し役は、コムイさんにバレた時、真っ先に抹殺されるでしょうけど!僕の・・・いえ!僕達の幸せのためです!」 「アホか!!なんで俺がそこまでやんなきゃ行けないんさ!!」 思わず反駁したラビを、しかし、アレンは冷ややかな目で見据えた。 「僕はまだ・・・忘れてませんよ、クロウリー城での出来事・・・・・・」 うっすらと笑みを浮かべる口元に、ラビが息を呑む。 「食人花の罠にあっさりかかった上、必死に戦う僕を無視して、美人に見とれていたのは誰ですかっ! はいっ!ラビでーっす!」 「だぁぁぁっ!!アホな一人問答すんじゃないさー!!!」 「アホじゃありません。命の恩人ですよ、僕?」 「んなっ?!そ・・・そんなの、お互い様・・・・・・!」 「そうですか。じゃあラビは、あのままお花様に飲み込まれていた方が良かったと! んまぁぁぁ!!そーんなことを言うのは、どの口ですか――――!!」 この口かー!と、両頬を容赦なくつままれて、ラビは泣き声を上げた。 「わかったっ!!姐さんとミランダに段取りつけて、リーバーにコムイを監禁させればいいんだろ?!」 「そうそう がんばって!と、アレンは機嫌よくエールを送るが・・・ラビは、嬉しくもなんともない。 依然として、憮然とするラビに、アレンは、笑みを深めた。 「善行は必ず報われますからね 「あぁ・・・! 確かに、報復はきそうさ・・・コムイからな」 深い嘆きに満ちた声は、軽やかに無視された。 その日の夕刻、一人で食堂に現れたラビに、ジェリーは、訝しげに眉をひそめた。 「アラん?ラビ、アレンちゃんはどぉしたのぉ?」 任務?と問う彼女に、ラビはふるふると首を振る。 「んにゃ・・・昨日から、コムイがあんまりアレンをいじめるもんだから、怖くて部屋から出られないってさ」 「んまっ!! まぁたアレンちゃんをいじめてるの、コムイってバ!」 柳眉を逆立てる彼女に、ラビはうんうん、と、何度も頷いた。 「今朝のことは、姐さんも見てたろ? リナリーが絡むと、コムイはホント、容赦ないもんなぁ」 「全くねぇ・・・。まぁ、コムイがリナリーを溺愛する気持ちも・・・わからなくはないんだけどぉ・・・・・・」 頬に手を当て、ジェリーは困惑げに小首を傾げる。 「でも・・・ここだけの話よ?」 ひそひそと、声を潜めたジェリーに、ラビが耳を寄せた。 「リナリーね、あの子も・・・アレンちゃんのことは、まんざらでもないのよ」 「あぁ、そりゃわかる・・・・・・ってか、あからさまだろ、むしろ」 「隠し事ができない子だからねぇ・・・」 ラビの返答に、ジェリーは苦笑する。 「だからアタシも、アレンちゃんのことは、何とか協力してあげたいとは思うのよぉ・・・。 でもホラ、コムイだけならともかく、リナリーも相当のブラコンでしょぉ? 変に手出ししたら、後がこじれるじゃない?」 かえって険悪になるのはねぇ・・・と、気遣わしげに言うジェリーに、ラビは笑みを向けた。 「姐さん、心配しすぎさ! そんなの、本人たちの問題だろ。周りがどんなに心配したって、なるようにしかなんないさ」 「そりゃそうだけどぉ・・・他の人間ならともかく、コムイが邪魔してんのよぉ? いくらなんでも、障壁が高すぎるわよぉ・・・・・・」 なんとかしてあげたいわ、と、切なく吐息するジェリーに、ラビは、『しめた!』とばかり、笑みを浮かべる。 「じゃあさ・・・リーバーに頼んで、コムイを執務室にカンヅメにするって、どうさ?」 「リーバーにぃ? そりゃまぁ、あの子は仕事熱心だから、科学班の仕事の効率が上がるなら、大歓迎でしょうけどぉ・・・」 そう言って、ジェリーはやや考え込んだ。 「ううん。やっぱり、ダメよぉ・・・。 リーバーは、効率を重視するからこそ、コムイに無理な仕事はさせないわ。だって彼を、長く使いたいはずだもの」 つまり、『生かさず殺さず』使っているのだ、と、予想通りの台詞を吐く彼女に、ラビは笑みを深める。 「でも、ミランダが『お願い』してくれたら、協力すんじゃね?」 「はぁ・・・? お願いって、あの子がなにをお願いできるって言うのよ? アンタと違って、遠慮がちな子なのよ、ミランダは!」 「あ!ひどいさ、姐さん!まるで俺が、図々しいかのように!」 ショックだ、と言わんばかりに、顔を引きつらせたラビに、ジェリーが呆れ声を上げた。 「あらまぁ・・・!図々しくないと思ってたの・・・・・・」 「ちょっ・・・?!マジで聞き捨てなんないし!!」 ぴぃぴぃと抗議の声を上げるラビをうるさげに制して、ジェリーは、注文カウンターから身を乗り出す。 「でも・・・アンタがそこまで言うってことは、もうお膳立ては考えてるのね? アタシはミランダに、なんて言わせればいいの?」 「さすが姐さん・・・!お見通しか」 「何年、アンタのごはん作ってると思ってんの」 苦笑したジェリーの耳元に口を寄せ、ラビは、ミランダへの頼みごとを囁いた。 「オッケー。あの子が来たら、言っておくわ」 「よろしくさ、姐さん! ・・・・・・ってワケで、部屋に引きこもってるアレンから、注文の品なんだけど」 「ハイハイ」 ラビがカウンターに置いた、長い長いメニューリストを取り上げ、ジェリーはにっこりと微笑んだ。 「あ、おかえりなさい、ラビ!うまく行きました?」 大きなワゴンに、湯気の立つ料理を乗せて戻ってきたラビを、アレンは満面の笑みで迎えた。 「当たり前さ!俺を、誰だと思ってるんさ」 ややむっとしつつも、ラビは、アレンに計画の第一段階成功を告げる。 「やったぁ ちゃっかりと、おだてることも忘れないアレンに苦笑して、ラビはワゴンの上から自分の夕食を取り上げた。 「でもお前、リーバーがコムイを監禁するまで引きこもってるつもりなんさ?」 かえって辛くねぇ?と、問うラビに、アレンはふるふると首を振る。 「ラビは、コムイさんに狙われたことがないから、実感がないでしょうけど・・・あの人に遭わない為なら、引きこもるくらい、なんてことないですよ」 命の危険ですから!と、力説するアレンに、ラビは乾いた笑声を上げた。 「そうだな・・・まぁ、帰ったばっかですぐ任務ってこともないだろうし・・・」 「その間、食事運び、お願いしますね 「って、俺かい!!」 思わず突っ込むと、アレンは満面に笑みを浮かべて頷く。 「ラビが、お花様の餌にならなかったのは誰のおかげですかっ! はいっ!僕のおかげでーす!」 「だぁぁぁっ!!一人問答はもぉいいさっ!!」 「ハイハイ♪ だったら、僕の計画に協力しましょぉー♪」 ラビは、アレンが差し出したフライドチキンに噛み付いて、自分の口から溢れ出しそうな悪口雑言を、辛うじて封じた。 「はぁ・・・・・・」 困惑げなため息を耳にして、リーバーは、彼の正面に座るミランダを、訝しげに見遣った。 「どうしたんすか、さっきから?」 「あ・・・いえ・・・・・・」 控え目に笑いながら、ミランダは、朝の食堂を見渡す。 「今日も・・・アレン君、来てないのね、と思って・・・・・・」 「アレン?」 言われて見れば、いつも賑やかな少年達がいない食堂は、異様に静かだった・・・ミランダの、ため息が聞こえるほどに。 「今日も、ってことは、最近ずっと来てないんすか?」 任務じゃなかったはず・・・と、首を傾げるリーバーに、ミランダはこくりと頷いた。 「それが・・・。 私も、ジェリーさんから聞いたんですけど・・・アレン君、この間の任務から帰ってからずっと、部屋に引きこもってるんですって」 「はぁ?!アレンが、引きこもり?!」 あの打たれ強い少年が、どんな理由で、と、興味を示したリーバーに、ミランダはそれが策略とは知らないままに、アレンがコムイを恐れて部屋から出てこないことをリーバーに告げた。 「あぁ・・・そう言えば、俺もトマから聞きましたよ。 室長が、任務から帰ったばかりのアレンを追い回した上、次の日も朝からいじめてたって」 「今回は・・・よっぽど酷かったのかしら・・・・・・」 だって、と、ミランダは、怯えた目で、リーバーを上目遣いに見上げた。 「あのアレン君が、何日も引きこもってるんですよ・・・?」 「他の奴ならともかく、アレンですからね・・・・・・」 ミランダの心配に、リーバーも考え込む。 「リーバーさん・・・こんなお願いをするのは、ご迷惑だと思うんですけど・・・・・・。 リーバーさんからコムイさんに、あんまりアレン君をいじめないで下さいって、お願いできませんか?」 「え?」 「原因はリナリーちゃんのことらしいですから、完全に止めてもらうことは難しいでしょうけど・・・でも、このままじゃアレン君、可哀想です・・・・・・」 「んー・・・まぁ、確かに・・・・・・」 ミランダの、気遣わしげな言葉に、相槌は打ったものの・・・実はリーバーは、彼女ほど悲観してはいない。 なんと言っても、あのクロス元帥の元で、3年もこき使われていた弟子なのだ、アレンは。 並みの打たれ強さでないことは実証済みだし、その内、何事もなかったような顔をして出てくるだろう・・・と、楽観していたのだが、 「リーバーさんだけが、コムイさんに言うことを聞かせられるんでしょう? アレン君を、お部屋から出してあげてください・・・!」 と、ミランダに頼み込まれては、嫌とは言えない。 「わっかりました!任せてください!!」 異様に張り切って、胸を叩いた彼に、ミランダは嬉しそうに笑い―――― 厨房の奥では、こっそり状況を見守っていたジェリーとラビが、手を叩いて喜びあった。 「アレン!第二段階も成功したぜー!」 「わぁ!!順調ですね!」 部屋で食事を待っていたアレンは、ラビの報告に、諸手を上げて歓声を上げた。 「これで、リーバーさんがコムイさんを監禁してくれたら、僕も部屋から出て行けます!」 「んで、その間に、リナリーとデートか?」 呆れ顔のラビに、 「はい!がんばります!」 と、アレンは固く拳を握る。 「ったく・・・この悪党ガ」 「いえいえ、お代官様にはかないません♪」 「なにバカな事言ってんさ・・・俺は代官じゃねぇし、お前以上の悪党になった覚えもないさ」 「自覚がないって、ヤダナァ」 「それだけは自信を持って断言できるさ、この悪魔!」 しかし、自分がその悪魔の手先になってしまっていることに気づき、ラビはがっくりとうな垂れた。 「あぁもう・・・なんで俺が、こんなこと・・・・・・」 「往生際が悪いですねぇ、ラビは。 そんなことじゃ、立派な魔界の住人にはなれませんよ?」 「誰が魔界の住人・・・・・・!」 慰めるように置かれたアレンの手を、ラビは苛立たしげに肩から振り払う。 「こんな奴に狙われてるリナが、本気でかわいそうさ!」 「だって、言うじゃないですか。 人は自分にないものに憧れるって」 「・・・・・・確かに、リナの純真さは、お前にゃ欠片もないもんだな・・・」 「まぁ!まるで、自分には純真さがあるみたいな言い方!」 「だぁら!!俺はお前ほど黒くねぇさ!!」 「えー?一緒に地獄に行きましょうよ」 「イ・ヤ・さ! そもそも俺の将来の希望はブックマンだから!お前と地獄に堕ちてる場合じゃないさ!」 勢いよく踵を返し、部屋を出て行こうとするラビに、アレンは声を掛けた。 「どちらへ?」 「リーバーの首尾を確認してくるさ!」 憤然としつつも、律儀に計画を遂行しようとするラビを見送って、アレンはにこりと笑う。 「魔界の住人とは行かなくても・・・使い魔くらいにはなってるじゃないですか」 クスクスと笑声を漏らしながら、アレンは、しばらく出ていない、窓の外を見遣った。 リーバーがコムイを監禁する理由については、今まで困ったためしがない。 何しろ、仕事量が膨大なのは毎日のことだし、室長は有能なくせにすぐサボりたがる。 コムイはほとんど自分のせいで、執務室に閉じこめられた。 「リーバー君!リーバー君!! おねがいだよー!!出しておくれぇぇぇ!!!」 室内から漏れる悲鳴に、しかし、リーバーは冷ややかに応じた。 「出たかったら、積みあがった書類全てに決済印ください。 後から報告書も持ってきますんで、それも確認してくださいね」 ドア越しに言うと、室内から更なる悲鳴が上がった。 「そんなの、今日中だなんて無理だよー!!死んじゃうよー!!」 ダンダンッ!!と、扉を叩くコムイの悲鳴をうわまる大音声で、リーバーが怒鳴った。 「やかましい!! アンタが締め切り過ぎても決済出さないから、最終手段を取ったんでしょうが!! 今日中にやらないと、マジ殺りますよ?!」 リーバーの怒声に、室内の声がピタリと止んだ。 「よーし!そのまま席に着き、ハンコを持って決済してください!」 まるで、室内の状況が見えているかのように命じたリーバーは、更に室内に声を掛けた。 「65! 室長が寝ないように見張れ!あと、逃げられないように、細心の注意を払えよ!!」 「秘書ならリナリーがいいよぉぉぉ!!!」 コムイの絶叫は聞こえない振りをして、リーバーはようやく執務室を離れた。 「3日はカンヅメだな」 今、執務室内にある書類と、これから持ち込む書類の量を思い浮かべて、リーバーが呟く。 「そう伝えてくれ、ラビ」 誰もいない廊下で、独り言のように呟くと、リーバーは研究室へと帰っていった。 「やったぁー!!解放でっす!」 ラビから、計画成功の報を受けたアレンは、歓声を上げて部屋から出てきた。 「はいはい、出所おめでとさん」 ラビの言葉に、アレンは苦笑する。 「なんですか。まるで、僕が犯罪者みたいな言い方ですねぇ」 「・・・違うのかよ」 「全くもって冤罪ですね!」 憤然とするアレンの頭をぽふぽふと叩いて、ラビは、指を三本立てた。 「リーバーが稼いでくれたんは、今日から3日さ」 「了解です!」 言うや、そのまま駆け出そうとするアレンの襟首を、ラビはすかさず掴む。 「お礼は?」 「ご協力ありがとうございました、ラビ!」 「うむ。くるしゅうないさ」 大げさなほど、深々と頭を下げたアレンを放し、ラビは回廊の先を示した。 「リナは談話室で、お茶の時間さ」 「ありがとー!!」 駆けて行ったアレンを見送り、ラビはやれやれと吐息する。 「ったく・・・なんで俺が、こんなこと・・・・・・」 ブツブツとぼやきながら、自分の部屋に戻ると、ブックマンが、のんびりと新聞を読みつつ、タバコをふかしていた。 「ただいまさ」 「うむ。首尾よくいったのか」 「まーな」 そう言って、力尽きたように自分のベッドに倒れこんだ弟子に、計画の全てを知る老人は、笑みを浮かべる。 「室長殿も、班長にかかっては籠の鳥か・・・しかし、よくもあの、人間関係の連鎖を見つけたな」 「そりゃー、アレンも鎖の一部だからさ」 「しかも、これはピラミッド型のヒエラルキーではなく、まさに連環というべきだからな」 教団の構成的には、トップが室長のコムイ、その下に科学半班長と料理長が並び、実働部隊のエクソシスト達はその下、と言う形になるのだろうが、ここの人間関係は、そんなに単純な縦割り構造ではない。 「奇しくも、最末端のアレンが、見ようによっては最高位になっちまったんさ」 「見ようによっては、か」 ブックマンは、苦笑気味に言うと、くわえていたタバコを、灰皿に押し付けて消した。 「それで?お前はあの小僧のために、何日間稼いでやったのだ?」 「3日さ。 それ以上は、コムイに無理はさせられないって、リーバーの判断だろ」 なんだかんだ言って、リーバーは上司を尊敬している。 無駄に彼の身体を損なうことはしない、と言うラビに、ブックマンも頷いた。 「3日も猶予があれば、あの小僧のこと・・・有効手を打つだろうが・・・・・・」 広げていた新聞を折りたたみ、ブックマンは、ティーテーブルの上に置かれた緑茶の茶器を取る。 「あやつ・・・わかっておるのだろうか。 連環の一部である以上、今は頂上に居っても、たやすく最下位に落ちることを・・・・・・」 そう言って、茶を喫する師に、ラビは投げやりな声を上げた。 「しらねーよ。後は、奴の問題さ!」 途端、 「馬鹿者!!」 ブックマンの叱声に、ラビは慌てて身を起こす。 「一度手を出したからには、最後まで見届けろ!! この記録、まだ全てが終わってはおらん!」 厳しい声に、ラビは亀のように首を竦めた。 「ジジィ・・・大げささ・・・!」 ぼやくような呟きには、鋭い眼光が返る。 「お前がこのまま、エクソシストでいるつもりなら、それでも構わん!だがお前は、私の名を継ぎたいのではなかったか?!」 「わっ・・・わかったさ!!見届けてくる!!」 慌てて立ち上がり、脱兎の勢いで部屋を飛び出していった弟子を見送り、ブックマンは一人、満足げな笑みを漏らした。 「リナリー!久しぶりです!」 「アレン君!ようやく出てこれたのね!」 数日振りに談話室に現れたアレンに、リナリーが嬉しげに微笑む。 「ジェリーから聞いたわ。 兄さんがあんまりいじめるから、部屋から出てこれなかったんでしょう?」 ごめんね、と、眉を曇らせる彼女に、アレンはパタパタと手を振った。 「リーバーさんが、コムイさんを隔離してくれましたから! これだけの時間、お互いに顔を合わせないんですから、コムイさんが解放される頃には、いい加減、ほとぼりも冷めてますよ」 「そうね・・・。 兄さん、寄生型のエクソシストって事で、アレン君の事、人一倍構いたがってるのよ。許してあげてね」 それはコムイの、リナリーに対する言い訳であって、真の理由ではない―――― そんな事はとうに知っているアレンだが、リナリーの好感度上昇のために、決して指摘はしない。 「ミ・・・ミランダさんにも、お礼言わなきゃですね!リーバーさんに、お願いしてくれたそうですから!」 忌々しく歪みそうになった表情を、話題を変える事で素早く修正し、アレンはリナリーが手にしたままのカタログに視線を落とした。 「なにを見ていたんですか?」 尋ねつつ、ちゃっかりとリナリーの隣に座ると、彼女はあまりに自然な彼の動作に、疑問を差し挟むこともなく、カタログを開く。 「あのね、この間見せたブリュッセルレースなんだけど・・・リボンの他にも、襟飾りと袖飾りを注文していたの。 それで、ロンドンのデザイナーにドレスを注文したいって言ったら、デザインカタログをくれたのよ」 「へぇ・・・色々あるんですね」 アレンは、ぱらぱらとページをめくったが、最後まで見てしまうと、ぱたりとカタログを閉じた。 「どうしたの?」 「これ・・・どう見ても若い女性向きじゃないですよ?」 「あ・・・やっぱり、そう思う? ブリュッセルレースを使って欲しいって頼んだから、クラシカルなデザインをくれたのかしらって思ったんだけど」 「まぁ・・・女王様がずっと喪服を着てらっしゃるから、英国の女性はみんな、黒い服ばっかり着ますけど、もっと明るい色の生地だっていいんじゃありませんか?」 その方が似合いますよ、と、真顔で言われ、リナリーは照れたように笑う。 「実は・・・私も、明るい色がいいなぁって思ってたの・・・・・・」 しかし、厳格な風潮に支配された英国では、あまり浮ついた格好はできないと、特に女性は思ってしまうものらしい。 「大陸じゃ、女性はもっと華やかですよ。その方が、ブリュッセルレースにも、リナリーにも似合います」 にっこりと、魅惑的な笑みで言われ、リナリーは顔を赤らめて頷いた。 「じゃあ、僕とロンドンに行きませんか? 二人で、綺麗な生地を探しましょ!」 「え?!つきあってくれるの?」 「もちろん!喜んで!」 心中に快哉を叫びながら、アレンが笑みを深めた―――― その時。 『アレン君!忙しい君を妹の買い物につき合わせるのはしのびないねぇ!』 間近でコムイの大音声が響き渡り、アレンはビクッと身を震わせた。 「コ・・・コムイさん?!」 監禁されてるはずじゃ、と、慌てて辺りを見回したアレンは、身近に映像・音声転送用のゴーレムがはためいているのを見て、青ざめた。 『リナリー 明日には任務に行ってしまうアレン君を、引っ張りまわしちゃダメだよーん♪』 「はぁぁぁぁっ?!」 明日ですかっ!と、絶叫するアレンに、ゴーレムがいかにも楽しげなコムイの笑声を転送する。 『ざまぁ御覧なさい、アレン君!リーバー君の報告書で、イノセンスのありかを見つけたんだよーん♪ いつまでもヒエラルキーの頂点にいられると思ったら、大間違いさぁぁ♪』 悪魔の嘲笑を忠実に転送するゴーレムを、アレンは忌々しげに睨みつけた。 『睨んでもダメー 地球の裏側にまで、行くといいさ!』 「って、南米ですかっ?!」 支部があるでしょ!と、絶叫するアレンの声を、完全に無視して、回線の向こう側から悪魔は命じた。 『南米ですらありませーん♪ 海の真ん中で、サルベージしてきてね 「潜るんですか!!」 『クジラとオトモダチのキミだものー 一際高い哄笑と共に、通信は一方的に切られ、呆然とするアレンの前に、楚々とトマが現れる。 「ウォーカー殿、今回は長旅になりそうでございます。旅の準備を、お手伝いいたします」 「えぇっ?!そんな・・・ヤダァァァァ!!リナリィィィ!!!!」 泣き叫ぶアレンは、しかし、トマによって強制連行され・・・その様を、呆然と見送ったリナリーは、いつの間にか隣に座っていたラビを振り返った。 「ねぇ・・・今回は、裏でなにがあったの?」 知らず、渦中にいた少女は、陰謀の臭いを感じて問うたが、ラビは首を振って、ティーポットから勝手に茶を注いだ。 「ナイショ。 ブックマンの情報は、ブックマンにしかしゃべっちゃいけねぇんさ」 「意地悪ね!」 憤然とした声を上げるリナリーの隣で、ラビは、まだ熱いお茶を飲みつつ、今回の陰謀劇の記録を、脳内に刻んでいた。 Fin. |
| リク募集作品第4番目、『コムイVSアレン』です♪ どちらが勝ってもOK、という、寛大なリクエストでしたので、最後の最後まで勝負がつかないよう、引き伸ばしました(笑) でも結局、コムイ勝利です。えぇ、まだ、コムイ勝利でいいと思います。(個人的意見) 題名は、食物連鎖をイメージして・・・(笑) 直訳すれば、『運命の連鎖』ですけど、意訳で『こわいのだぁれ?』(児童書風)なんていかがですか。>ナニソレ。 だって・・・題名考えるの、苦手なんですよ、本当に・・・・・・。←だから、お題があると非常に楽。 レースの知識は、コチラより参照。 以前、ぼんやり『世界遺産』を見ていた時に得た知識だす。 あぁ・・・人生に無駄なことなんかないよ・・・・・・! |