† 花の名前 †
美辞麗句V
早朝、自主訓練を終えて、身支度を整えた神田は、古びてきしむ窓を開け、空を見上げた。 ロンドンの空は、いつもと同じ曇天・・・だが、雨の落ちる気配はない。 日本は今、梅雨だろうか・・・。 6月になると、かの国の空は雨雲に覆われ、一雨ごとに夏が近づく。 なのに、『西洋化』を志した明治政府は、本来の暦を西洋のものに取り替えてしまい、毎日のように雨の降るこの月を、『水無月』と呼んでいるのだ。 ―――― こんな風に、乾いた気候なら、それもわからなくはないが・・・・・・。 が、そう思った途端、さぁぁ・・・と、霧状の細かな雨が、紗幕のように天地を繋ぎ、神田は忌々しげに舌打ちした。 この国に来て、もう何年にもなるが、未だ、この国の天気は読めない。 雨が降ったかと思えば途端に晴れ、暑いかと思えば急に冷え込む。 理解しがたい天候は、また、西洋人の気質のようにも思える。 暖かい笑みを見せるかと思えば冷淡で、弱者に憐れみを施した手で他国を蹂躙する。 そんな連中を、好きになれるはずもないが・・・と、神田は、モノクロームの室内で、唯一色彩を放つ蓮華を見つめた。 ―――― 目的を達するには、手段を選ばない・・・。 それは、彼と同じ東洋人である、コムイの発した言葉だったか・・・。 ―――― 虎穴にいらずんば虎児を得ず、だよ。 そう言って笑った彼に同調し、神田は、エクソシストとなることに同意した。 「この花が・・・」 散る前に、とは、思っても口に出さない。 口にすれば言霊となり、今にも花が散るかと思う・・・。 そんな、自身の弱気を押し殺し、神田は、砂時計に似た器の中で、羊水に浮かぶ蓮の花を改めて見つめた。 彼が持ち込んだ唯一の私物は、小さな器の中で本来の繁殖力を封じられ、その生命力のみを誇示するかのように、生き生きと咲き誇っている。 もう何年も、変わらないまま――――・・・。 毎朝、頭痛のように重くのしかかる焦慮を胸に封じ、神田は、蓮華を凝視する目を、無理やり引き剥がした。 愛刀を手に、踵を鳴らして部屋を出た・・・・・・瞬間。 『ギィィィィィィィッ!!』 金属をこすり合わせるような奇声と同時に眼前に迫ったものを、神田は一瞬の迷いもなく、一刀の元に切り伏せた。 「・・・・・・なんだ、これは」 床の上に樹液のようなものを撒き散らしながら、大きなバラに似たそれは、未だうねうねとのたうつ。 動物だか植物だか分からない『それ』に対し、神田は嫌悪を隠そうともせず眉を寄せると、床に転がった鉢の中に、ためらうことなく六幻を突き立てた。 と、根を絶たれたそれは、一度だけビクリと痙攣し、そのまま動かなくなった。 「・・・・・・あいつらか」 彼の部屋の前に、その鉢を仕掛けた者達の顔を思い浮かべ、神田は忌々しげに舌打ちする。 「ったく、なんのつもりだ!」 イライラと呟きながら、彼は、無造作に取り上げた食人花を、廊下側の窓から投げ捨てた。 神田の部屋がある階の、廊下の隅に隠れ、クスクスと笑い合いながら彼が出てくる時を待っていたアレンとラビは、彼らが仕掛けていた食人花が、問答無用で切り伏せられた衝撃的場面に、声にならない悲鳴を上げた。 「なんのつもりだ!」 苛立った声と共に、無残にも窓の外に投げ捨てられた花に、嘆きの声を上げそうになったラビの口を、アレンが慌てて塞ぐ。 「お・・・俺の、マドモアゼル・フロランス・・・・・・!!」 神田の姿が消え、ようやく口を解放されたラビは、滂沱と泣き崩れた。 「俺が育てたマドモアゼル達の中でも、一番気性のいい子だったのに!!」 「・・・・・・ためらうことなく、一刀両断でしたね」 嘆くラビを慰めながら、アレンは、神田の消えた先を忌々しく見つめる。 「せっかく、お誕生日プレゼントに間に合うように株分けしたのに・・・・・・」 ・・・神田にとっては、はっきり言って、余計なお世話だ。 いや、それ以前に、食人花を仕掛けられて、誕生日プレゼントだと思うほうが難しい。 だが、はっきりきっぱり神田を嫌うアレンは、得意の自己正当化を持ち出した。 「ラビが、神田のために、一所懸命育てたお花様なのにね!」 それを聞いて、食人花の育種に情熱を注ぐラビが、尋常でない嘆き声を上げる。 「俺のかわいいフロランス・・・!! 他の姉さん達と違って、あの子は人に懐いてたんさ!! おとなしくってはにかみ屋で、可愛い子だったのに・・・・・・!!」 「イヤ・・・なにをそんな、お花様に入れあげてんですか・・・・・・」 ラビの言葉にかなりの所退きつつ、軽く突っ込みを入れるアレンに、しかし、ラビは涙目を向けた。 「こうなったら、意地でもユウを、お花様の育種仲間にするさ!! マリー、アルベルティーヌ、ヴィクトワール、ジェルトリュド・・・・・・!! フロランスの敵討ちのためにも、必ず俺のマドモアゼルを嫁入りさせてやる!!」 「・・・・・・なんか、趣旨変わってますけど・・・・・・」 呆れ声のアレンは、しかし、その口元を意地悪げに歪める。 「面白そうですね。僕も協力しますよ」 神田が困ることなら大歓迎、と、アレンは、いかにも楽しげに笑った。 一方、朝から妙な罠を仕掛けられた神田は、不機嫌なまま、食堂に足を踏み入れた。 途端、 「HappyBirthday〜〜〜〜!!!!」 大勢の声と共に、大きな花束をいくつも押し付けられ、元々悪い目つきが更に剣呑さを増す。 「いらねぇよ」 冷酷な言葉と共に、花束を押し返そうとするが、 「いいじゃないの!みんな、アンタにお祝いしてんのよ!」 ジェリーの、大鍋を片手で操る腕力で返され、神田は渋々受け取った。 「・・・・・・なんで花だ。俺の部屋には、活ける場所なんかねぇぞ」 「だって、神田は『物』が増えるの、嫌がるじゃない」 なおも、ブツブツと言う神田に、ジェリーと共に花束を押し付けたリナリーが言う。 「お前達が物に囲まれすぎてんだよ。 衣食住足りてりゃ、他にはなんもいらねぇだろ」 まるで仏教僧のような言い様に、彼の周りに集った人々が、一様に感心の声を上げた。 「さすがは仏教国出身・・・って言いたいところだが、お前の部屋、いくらなんでも飾り気なさすぎだろ」 リーバーの言葉に、ジョニーも『うんうん』と、何度も頷く。 「そうそう。 花瓶はどっかから借りりゃいいんだし、今日からしばらくは、お前のモノクロ部屋に色を置けよ!」 「そうすれば少しは、神田君の性格も、柔らかくなるんじゃないかなー」 「うるせぇよ!余計な世話だ!!」 茶化すコムイを睨みつけたが、気の弱いものであれば心不全を起こすだろう、鋭い眼光を、彼はどこ吹く風と受け流した。 「それにさぁ、日本は世界に冠たる園芸王国で、日本人はお花大好き人種なんでしょー? 知ってるよー。桜の季節には、みんな仕事を放り出して宴会して、夏には庶民の庭先にも朝顔が咲き乱れるんだよねー?」 いいよねーと、主に『仕事を放り出す』ことに憧れを抱いて、コムイはうっとりと遠くを見遣る。 「だからって、日本人の誰もが花好きなわけじゃねぇ」 「え?でも、お前の部屋、ロータスがあるじゃん」 「あれが唯一の私物って言うから、よっぽど花が好きなんだと・・・・・・」 うっかりと、その事を口の端に乗せた者達が、刃のような目で睨まれ、竦みあがった。 「あれは違う」 なにが違うのか、と言う質問は一切受け付けないと、冷酷な態度で示し、神田は剣呑な視線をジェリーに移す。 「俺は、朝飯を食いに来たんだが?」 「ハイハーイ コムイと同じく、神田の炯眼(けいがん)を柳に風と受け流し、ジェリーが軽い足取りで厨房に戻っていった。 「お前らも、とっとと仕事に戻れよ」 冷淡に言われ、渋々と背中を向けた者達に、しかし、淡々とした声が掛かる。 「花をありがとう」 その言葉に皆、神田に背中を向けたまま苦笑を見合わせ、一様に肩をすくめた。 「HappyBirthday♪」 もう一度声をそろえて、彼らは、それぞれの職場に戻っていった。 「マルタイ(対象)、発見しました!」 「オーライ! マドモアゼル・ジェルトリュド、プレゼント作戦GO!」 食堂の入口で、戦場ごっこをして盛り上がるアレンとラビを、通りがかった人々がじろじろと見て行く。 いや、正しくは、彼らが手にする鉢植えに、か。 大輪のバラのように見える花だが、よく見れば、アレン達がじっとしている間も、生きているかのようにうねうねとのたうっていた。 物問いたげに足を止めた人々を、しかし、二人はきれいに無視して、共に食堂に足を踏み入れる。 「ユーゥ♪ ハッピーバースデーさ!」 ラビがにこやかに歩み寄り、自然な動作で隣の席に就くや、その背後に隠れていたアレンが、神田の傍らに積み上げられている花束の中に、食人花の鉢を紛れ込ませた。 見事な連係プレイで作戦行動を成功させた二人は、にんまりと笑って、会話を繋げる。 「あ!すげ! ジェリー姐さん特製の、蕎麦懐石?!」 ラビが、神田の前に置かれた、蕎麦中心のメニューに目を輝かせると、 「おいしそうですねー! いいなぁ。僕も、同じもの注文しちゃおうかなぁ」 いかにも、『たった今、やって来ました』と言わんばかりに、アレンが寄って来た。 「あ!じゃあ、俺もー!!」 自然なリアクションでラビが席を立つや、冷酷な声が掛かる。 「待て。 その気色悪い花は片付けろ」 ぎくりとして硬直した二人の背中を、まるで、物質化したような鋭い視線が貫いた。 「聞こえなかったか? 今、モヤシが、そこに置いた、食人花を片付けろ」 一言一句、区切るように言った神田を、二人は、油の切れた鉄人形のようなぎこちなさで振り返る。 「でもー・・・あのー・・・・・・」 「誕生日プレゼントなんさ、それー・・・・・・」 言い訳じみた二人の言葉に、神田の眼光が鋭さを増した。 「そうか」 低い呟きと、同時だった。 ふわっと、神田を中心に巻き起こった風が、二人の前髪を揺らしたと思った瞬間、食人花は金属的な悲鳴を上げて散華した。 「ぎゃあああああ!!!!ジェルトリュド――――!!!!!」 フロランスに続き、丹精したお花様を、二度に亘って散らされたラビが、壮絶な悲鳴を上げる。 が、神田はうちひしがれるラビの前に立ち塞がり、冷酷な目で見下ろした。 「ラビ・・・。 お前が去年、マンドリネットの花を贈ってよこしやがった時、言わなかったか? 世話に困るような希少種は、二度とよこすんじゃねぇってな!」 「マドモアゼルは、希少は希少でも世話には困んないさ!! クロちゃんにアレンに俺、3人も栽培経験者がいるんだぜ?!」 「食人花の栽培なんざ、誰がするか!!」 怒声と共に六幻の切っ先を突きつけられ、アレンとラビは震え上がって逃げ出した。 「ジェルトリュド・・・!! おてんばだけど明るくて、いい子だったのにぃぃぃぃぃ〜〜〜〜!!!!」 顔を覆って泣き崩れるラビを見下ろし、アレンは、忌々しげに舌打ちした。 「ホンットに冷酷無比ですね、あの人! 僕たちの、せっかくの好意を!!」 嫌がらせ以外の何物でもない行為をして、『好意』と言い切るアレンに、さすがのラビも、はた、と、泣き声を収める。 「こうなったら、あの人が留守の間に、部屋に置いときましょうよ!」 拳を握るアレンを、しかし、ラビが制した。 「それは無理さ。 あいつ、部屋を留守にする時はいつも、厳重に鍵を掛けて、誰も入れないようにしてるもん」 「なんでそんなこと・・・」 泥棒なんていないでしょ、と、いぶかしむアレンに、ラビは神田が唯一、私物として持ち込んだ蓮のことを話した。 「普通の花じゃねぇってことは分かるさ。 多分、なんかの呪物だと思う。 ユウは、あれに触られることをものすごく嫌がってんさ」 「む〜〜〜〜。 そんなに大事な物があるなら、部屋への侵入はやめておいた方がよさそうですね」 神田のことは、大っ嫌いなアレンだが、後々面倒なことになりそうなケンカはしない主義だ。 そう言うと、ラビは意外そうな顔をした。 「無理矢理入ろうって言わねぇんさ?」 「言いませんよ。 そんなことして、リナリーの好感度が下がったら、嫌ですもん」 「・・・・・・そっちかヨ!」 アレンらしい理由付けに、ラビが呆れ果てて肩を落とす。 「それより、次はどうやって仕掛けるか、ですよ!」 意地でも食人花をプレゼントしてやる、と、拳を握るアレンに頷き、ラビも、次なる作戦を練り始めた。 神田が部屋に戻ると、ドアに白いカードが挟んであった。 見れば、船着場の管理人からのカードだ。 『荷物が届いています。お部屋にいらっしゃらなかったので、当方でお預かりしています。戻られたら、お呼び出し下さい』 「呼び出すほどのもんじゃねぇだろ・・・」 呟くと、神田は自室のドアを開けもせず、踵を返して船着場に下りて行った。 「荷物を取りにきたぜ」 神田が呼びかけると、倉庫から慌てて管理人が出てくる。 「わざわざすみませんねぇ!!呼んでくだされば、お届けしたのに!」 大声で言いつつ、彼が神田に差し出したのは、派手にラッピングされた細長い荷物だった。 「誰からだ?」 「えーっと? あぁ、ティエドール元帥ですね。 そう言えば、今日は神田殿のお誕生日じゃありませんでしたか?」 彼の言葉に、神田が黙って頷くと、『おめでとう!』と、陽気に言われた。 「じゃあきっと、お師匠様からお誕生日のプレゼントですね!」 「あのオヤジが・・・?」 あり得ない、と呟きつつも、神田は管理人に礼を言って、荷物を運んだ。 が、 「・・・・・・動いてねぇか?」 自身の動きとは別に、手に提げた荷物が、自ら動いている気がして、神田は荷を、中庭で下ろした。 「・・・・・・」 用心しつつ、派手なリボンを取り去ると、 『ギィェェェェェェェェッ!!』 と、金属的な声を上げつつ、眼前に真紅の花が開いた。 「ちっ・・・!」 素早く一歩を退くや、六幻を閃かせ、千々に斬り裂く。 「まさか、あのオヤジもか?!」 怒声を上げつつ、花と共に地に落ちたカードを拾うと、 『HappyBirthdayユウちゃん と、旧知の文字が連ねてあった。 「あのヤロウ・・・・・・懲りるって事を知らねぇのか!!」 苛立たしげに怒鳴りながら、神田は、止めとばかり、ヴィクトワールの根に刃を突き立てた。 「きゃあああ!!!ヴィクトワールゥゥゥ――――っ!!!!」 またもや、可愛い娘を切り裂かれたラビが、悲しげな悲鳴を上げた。 その傍らで、 「・・・配達人の振りまでして荷物の偽装をしたのに!なんて容赦のない!!」 アレンが、神田にも劣らない、忌々しげな舌打ちをする。 「俺の・・・俺のヴィクトワール・・・・・・!! お茶目でいたずら好きな、俺そっくりの子だったのにィィィィィ!!」 見も世もなく泣き崩れるラビに、さすがのアレンも嫌気がさして来た。 が、ここで退いては男が廃る。 「泣くのはやめなさい、ラビ! さぁ!!意地でも神田に、食人花をプレゼントするんですよ!!」 「で・・・でも・・・・・・!」 アレンの叱咤に、しかし、ラビは涙に濡れた顔を上げもせず、呟いた。 「俺にはもう、耐えられないさ・・・! 優雅で美しいマリーや、しっかり者のアルベルティーヌまで散らされたら・・・・・・! 俺はマダムに、なんて詫びればいいんさ?!」 マダムとは、ラビが株分けした食人花の、元となった花―――― アレンがプレゼントした、マリー・アルベルティーヌ・ヴィクトワール・ジェルトリュド・フロランスの事だ。 いつの間にか、一人前の育種家として、食人花栽培のプロになっていたラビは、自室内に、彼女を長とする家長制度を作り上げていた。 本人曰く、『古代花における、社会的組織の研究』だそうだが・・・・・・そんなことをまじめに研究する辺り、さすがはブックマンの後継者だ。 ともあれ、研究対象として以上に、食人花に愛情を注ぐようになっていたラビは、これ以上の犠牲を断固として拒否した。 「仕方ないですねぇ・・・・・・。 じゃあ僕の、ローズとローザとロサとロザリーで対応しましょうか」 「・・・・・・お前も株分けしてたんさ?」 「えぇ!こんなこともあろうかと!」 生き生きとした目の輝きに反し、その身からは、『神田への嫌がらせなら何でもします!』という、黒いオーラが発散されている。 「ユウ・・・ごめんさ・・・・・・!」 アレンが本気になった以上、迷惑をこうむらないわけがない友人の安否を思い、ラビは、新たな涙で頬を濡らした。 ヴィクトワールに止めを刺した神田は、憤然とした足取りで回廊を歩んだ。 「あのヤロウ!直接シメるか!!」 気炎を揚げつつ、神田がまっすぐに向かっているのは、ラビの部屋。 策をめぐらす事に夢中で、今は部屋にいないだろうと、わかっていながらも、神田は蹴破らん勢いで、ドアを開けた。 中では、ラビの師が、のんびりと茶を喫しながら新聞をめくっている。 「何事か、騒々しい」 闖入者に対し、淡々と苦情を向けるブックマンに、神田は、つかつかと歩み寄った。 「ジジィ!てめぇの弟子が、俺に妙なもんをよこそうと、策をめぐらしやがる! 迷惑だ!やめさせろ!」 と、詰め寄る神田に、ブックマンは、にやりと笑って部屋の片隅を示す。 「妙なものとは、あれのことか?」 見れば、細長い鳥籠のような檻の中に、神田の身長ほどもある真紅の花が1輪と、それに良く似た小ぶりの花が2輪、並んで不気味にうねっていた。 「あのヤロウ・・・このでけぇのから株分けしやがったのか!」 食人花を忌々しげに見遣る神田に、ブックマンは笑みを深める。 「おぬし、フロランスとジェルトリュド、ヴィクトワールをどうしたのだ?」 ブックマンの問いかけに、神田は不機嫌な顔で振り返った。 「名前なんかしらねぇよ。全部ぶった切った」 途端、 『ギィィィィィィィィィィッ!!!!』 と、花達が、金属を擦り合わせるような奇声を放つ。 「うるせぇな!」 いとわしげに眉をひそめる神田に、ブックマンは苦笑した。 「そんなに嫌うものではない。この花は非常に珍しいものなのだ。 肉食で、凶暴な性質を持っておってな。花弁に牙があり、大きく育てば人間でも飲み込んでしまう」 「そんな花を、嫌うもんじゃねぇだと? 寝言は寝て言え、ジジィ!」 神田の、冷酷な言葉に、しかし、ブックマンは、愉快そうに笑った。 「ふふ・・・。 そうかの?おぬしなら、繁殖させて、古代花の花園でも作るかと思うたのだが」 「なんで俺が、そんなことをしなきゃなんねぇんだ?」 檻に体当たりしては、神田に対して牙を剥く花達を、冷酷な目で見つめつつ問い返すと、ブックマンはまた、愉快そうに笑う。 「なぁに・・・動かぬ木を相手の修行は、つまらぬのではないかと思うただけじゃよ」 「・・・・・・・・・・・・」 ブックマンの言葉に、しばし、考え込んだ神田は、薄い笑みを浮かべ、振り返った。 「ジジィ、知ってるなら教えろ。 この花は、戦り甲斐はあるか?」 神田の問いに、ブックマンは頷かず、ただ、笑みを浮かべる。 「アレンとラビ・・・あの二人が、この花には苦戦した」 「はっ!じゃあ、大したことねぇな!」 憎まれ口を叩いて、踵を返した神田は、ラビとブックマンの部屋を後にした。 「・・・ホントに、こんなんで受け取るんかよ・・・・・・」 フロランス散華の現場となった、神田の私室前で、呆れた声を上げるラビに、アレンは自信満々で頷いた。 「今まではそのまま渡していたから、お花様に牙を剥かれた神田が、反射的に斬っちゃったんですよ! こうしておけば、少なくとも、対面と同時にばっさり斬られることはありません!」 そう言って、アレンは大きな鳥籠の中に収めた、4輪の食人花に、魅惑の笑みを向ける。 「さーぁ、マドモアゼル達! 貴女達の美しさで、神田の凍てついたハートを溶かして下さいね アレンの言葉に、花々は機嫌よく蠢いたが、ラビは、疑わしげに首を傾げた。 「ユウのー?凍てついたハート〜?溶けっかなー??」 「溶けますよ!」 「溶けねぇよ!」 突然、背中に掛けられた冷酷な声に、アレンとラビは、揃って飛び上がる。 「てめぇらはまた、くだんねぇ罠仕掛けやがって!」 剣呑な視線に射すくめられ、蛇に睨まれたカエルのように固まった二人を、神田は無造作に押しのけた。 「今度は4株一緒かよ! ったく、めんどくせぇな!!」 「えぇっ?!神田、斬っちゃうの?!斬っちゃうの?!」 「ユウちゃん!!そんなに嫌なら持って帰るさ!だから、もうマドモアゼル達を散らすのは・・・!!」 両脇から、子犬のようにキャンキャンと騒ぎ立てる二人に、神田は、うるさげに振り払う。 「ちげーよ! 4株も同時に育てるのは面倒だっつったんだ!」 「え・・・?それじゃあ・・・・・・」 「ユウちゃん!!ようやくもらってくれる気になったんさ?!」 驚きの声を上げる二人に、神田は、無愛想に頷いた。 「じゃあじゃあ!クロちゃんの書いた栽培方法持って来るさ!!」 言うや、ラビは庭に向かって、喜び勇んで駆けて行く。 「神田! ローズとロサとローザとロザリーを、よろしくお願いしますね!!」 これが、神田に対する嫌がらせだったことも忘れ、アレンも歓声を上げて、ラビの後に続いた。 「・・・・・・どれがどれだって?」 アレンが差し出した花と名前が一致せず、神田は思わず、首を傾げる。 が、 「まぁ、いいか」 名前なんかどうでもいい、と呟いて、彼は、花の入った鳥籠を、自室に入れた。 「お前以外の花に、興味はねぇよ―――― お蓮(レン)」 砂時計のような器の中で、優雅に咲き誇る蓮華に囁き、神田は、食人花達を部屋の片隅に追いやった。 ―――― その、数ヶ月後。 「今日、あなたに来てもらったのは、他でもない!」 薬品くさい医務室に足を踏み入れた途端、目の前に仁王立ちになったドクターに、神田は眉をひそめた。 「用なら早く済ませてくれ」 無愛想に言うと、ドクターは、まさに仁王と化したかのように、怒気に顔を染め、炎を吐くようにまくし立てる。 「あんたが医者要らずだってのはわかっているよ! だが生憎、みんながみんな、あんたみたいな異常体質じゃないんだ! ただでさえ忙しいのに、あんたが裏の森に放った化け物花のせいで・・・!!」 その時、 「ドクタァァァァァァ!!!また庭師がやられたぁぁぁ!!!!」 と、ドクターの怒声を遮り、悲鳴が響き渡った。 血みどろの庭師を抱えて、医務室に飛び込んできた教団職員に、ドクターは神田に向けていた怒声そのままの、荒い声を上げる。 「ベッドに寝かせろ! ナース!止血と輸血の用意だ!早く!!」 素早く指示を出しつつ、ドクターは、そ知らぬ顔で医務室を出て行こうとした神田を呼び止めた。 「・・・見ての通り!怪我人が続出してるんだよ!! 今日明日中に、あんたの愛しいマドモアゼル達を伐採しなかったら、私があんたを伐採してやる!!」 「・・・・・・善後策を検討する」 呟くように言うと、ドクターの怒声を無視して、神田はするりと医務室を抜け出した。 修行相手に、と、神田が本城裏の森に放った食人花は、土と気候が合ったのか、数ヶ月で大繁殖してしまったのだ。 「規模を縮小するか・・・・・・」 ドクターをはじめ、教団の職員たちは、食人花の断固廃絶を訴えたが、唯我独尊の神田は、いい修行相手となった彼女達を駆除する気など、さらさらなかった。 Fin. |
| 神田お誕生会記念SSでした★ 食人花については、先に 『美辞麗句』 『烈日の頃〜Party for Lavi』 『美辞麗句U』 『Angels We have Heard On High 第21〜23話』 を読むと、より楽しめると思います。 ・・・・・・ってか、ナニ、その多大な要求;;;; さて、19世紀末、と言えば、日本は明治時代ですから、ユウちゃんが生まれた頃には、既に西洋化されていたかもしれないんですがー・・・ほんのちょっと、幕末風味でお送りしています(笑) まぁ、いいじゃないですか。ユウちゃん、未だにサムライですから(笑) 因みに、開国前の日本は約200年間、対外戦争をしていなかったためか、やたらとお花を育てることが流行したそうで、当時は世界に冠たる園芸大国だったそうですよ。 特に熱心だったのは朝顔で、色んな変種が作り出され、それらを見せ合う催しも盛んだったとか。 逆に英国は、在来種が少なく、現在あるのは『プラントハンター』と呼ばれる人々が、世界各地から採取してきたものだそうです。 お花にかける情熱は、どちらも並々ならぬものがあったようですね。 |