† D・O・L・LU †







 「行方不明事件?」
 兄のデスクに積み上げられた報告書を整理していたリナリーは、新たに提出されたその表題に目を留めた。
 「えぇ。
 調査は続行中ですが、ここから、割と近いところですよ。
 若い女の子ばかり、もう、13人も」
 退出しようとしたファインダーが、リナリーの声に振り向き、眉をひそめる。
 「ロンドンに近い場所ですし、もしかしたら、地方から働きに出てきた者も、多く消えているのかもしれません。
 そういった連中は、確認しにくいですからね・・・リナリーさんも、気をつけてくださいね」
 「そういう問題?」
 苦笑を返すと、彼は、『あ』と、間の抜けた声を上げた。
 「す・・・すみませんっ!」
 慌てて謝り、深々とこうべを下げる。
 リナリーを侮るわけではないのだが、その可憐な姿を見ていると、つい、彼女がエクソシストである事を忘れてしまうのだ。
 「でも・・・女の子かぁ・・・・・・。
 単なる誘拐って事は、考えられない?」
 「もちろん、考えましたとも」
 リナリーの問いに、ファインダーは即答した。
 世界でも有数の都であるロンドンは、地方から仕事を求めてやって来る者であふれている。
 だが、彼らの全てが、職にありつけるわけではなく・・・失業者であふれた町は、治安がいいとは言いがたかった。
 「ですから、消えた少女たちの行方は、可能な限り追いました。
 そこで、確実に消息を絶っているのが、今のところ13名。
 そして・・・・・・」
 彼は、リナリーが手にした報告書の、最後のページをめくるよう、促した。
 「そのうち9人が、この邸に入っています」
 「ふぅん・・・・・・」
 添付された写真には、ブルジョワ層の別館風の建物が写っていた。
 瀟洒な外装の邸には、大きな窓がいくつも設えてあるが、その全てが、厚いカーテンで覆われている。
 「・・・中を見られちゃ困るのかしらね」
 確かに怪しい、と、リナリーは報告書を最初から読み始めた。


 ―――― 数日後。
 教団の礼拝堂に、一つの棺が置かれた。
 つい先日、リナリーと行方不明事件について語った、ファインダーだった。
 「これは・・・黒だねぇ・・・」
 骸となって帰ってきた彼の、最期の報告を検分しつつ、コムイが苦々しく呟く。
 「至急、エクソシストを派遣して――――・・・」
 「私が行くわ、兄さん」
 兄の言葉を遮るように、リナリーが申し出た。
 「私以外みんな、出払っているもの。
 それに・・・・・・」
 報告書の内容を思い出しながら、リナリーは呟いた。
 「私なら、囮になれるかもしれない」
 「おとり・・・・・・」
 思わず、苦々しい顔で呟いた兄に、リナリーは微笑みかけた。
 「大丈夫よ」
 自信に満ちた声に、未だ苦々しい表情ながらも、コムイは頷いた。
 「じゃあ、調査後、確定なら排除」
 「了解」


 任務を得たその日のうちに、目的の邸の玄関に立ったリナリーは、ドアを開いた少女に微笑みかけた。
 「こんにちは」
 「なにか?」
 西洋人形のように美しい少女は、リナリーを特に怪しむ様子もなく、ただ、突然の訪問者に首を傾げる。
 「あなたが、ミカエラさん?」
 「えぇ」
 「雑貨屋のおばさんに頼まれて、お茶を届けにきたの」
 そう言うと、少女はようやく得心したとばかり、笑みを浮かべた。
 「ありがとう!
 よく来てくださったわね!」
 そう言うと、少女はどうぞ、と、軽やかに半身を翻し、リナリーを導く。
 「お邪魔します」
 にこりと笑って、リナリーは家の中に足を踏み入れた―――― 途端、全身を貫かれたような戦慄を覚え、思わず足を止める。
 「どうかなさった?」
 全身を粟立たせ、凍りついたように立ちすくむリナリーを振り返り、少女は微笑んだ。
 「遠慮なさらないで、どうぞ」
 「え・・・えぇ・・・・・・」
 少女のあでやかな笑みに、引きつった笑みを返して、リナリーはそっと、家の中の気配を探った。
 窓を厚いカーテンで覆い、外界から遮蔽している邸だが、吹き抜けになったホールの上方に設えられた窓から入る日光で、屋内は意外と明るい。
 だが、この家に満ちる空気は暗い・・・いや、もっと端的に言えば、はっきりと、この家には濃い血の臭いが満ちていた。
 ―――― やっぱり、あのひとは・・・・・・。
 リナリーは、この家に来る前に寄った雑貨屋の主人を思い出した。
 店に入ったリナリーに気さくに話しかけ、この少女・・・ミカエラが、家族を亡くし、一人淋しく暮らしている事を話して同情を引き、
 『もしよければ、あの子の話し相手になって欲しい』
 と言って、リナリーをこの家に寄越した女・・・・・・。
 ―――― あのひとが、ブローカーだったんだわ・・・。
 人間でありながら、金品その他の見返りをもらって、伯爵に味方する者たち・・・。
 彼女に導かれて、少女たちはこの家に来・・・殺されたのだろう。
 「すぐにお茶を淹れるわね!」
 リナリーを客間に通し、うれしげに言う少女の笑顔に、翳りはない。
 だが・・・アクマが、とても無邪気な『人形』であることを、リナリーは既に知っている。
 リナリーは客間を出ると、特に血の臭いの濃い方へと、歩を進めた。
 「ミカエラさん、どこ?私もお手伝いするわ」
 声を掛けつつ、血の臭いの満ちる屋内を巡り、リナリーは一際血の臭いの濃い部屋を見つけた。
 水音がする・・・どうやら、キッチンのようだ。
 そっと、中の様子を伺えば、美しい金髪を背に流した少女が、お茶の用意をしているところだった。
 「・・・・・・ミカエラさん」
 ドアを開けると、血の臭いは、益々濃くなる。
 「この臭いは・・・何?」
 少女の背を見据えたまま、あえて問うと、彼女は背を向けたまま、憂鬱そうな声音で応えた。
 「あなた・・・青ひげ候のお話をご存知?」
 低く呟きながらも、白磁のような白い手は、ティーポットに茶葉を入れ、湯を注ぐ。
 「青ひげ候は新妻に、お城の中の、ある小さな部屋だけは決して開けてはならないと言い残して、出かけて行ったの。
 だけど、新妻はどうしてもその部屋を見たくて、開けてしまった・・・・・・」
 ぱたり、と、ドアの前に佇むリナリーの目の前を何かが通り過ぎ、足元で弾けた。
 ふと目をやると、敷居を越えた彼女のつま先は、どす黒い液体を踏んでいる。
 「開けてはならないと言われた部屋には・・・・・・」
 ゆっくりと、少女は振り返った。
 憂鬱そうな青い瞳に、いくつもの黒い影が映る。
 「青ひげ候の、前妻たちが吊られていたの・・・・・・」
 「・・・っ!!」
 キッチンに飛び込んだリナリーは、天井から吊り下がる幾人もの少女たちの骸に、悲鳴を押し殺した。
 「あなた・・・・・・!!」
 ぽたり・・・ぽたりと、雨のように滴る血に濡れながら、リナリーはミカエラを睨みつける。
 「他の子達は、どうしたの?!」
 リナリーの問いに、少女は長い髪をふわりと揺らして首を傾げた。
 「他の子・・・?
 どうしてあなた、あの子達のことを知っているの?」
 むせ返るような血の臭いの中、不思議そうに問う少女に、リナリーはゆっくり歩み寄る。
 「私はエクソシストよ!」
 「エク・・・・・・」
 途端、ミカエラの喉から、凄まじい悲鳴が上がった。
 アクマへのコンバートと、次の瞬間に来る攻撃に備えて、素早く数歩を退いたリナリーは、奥の扉から逃げ出したミカエラの追跡に遅れる。
 「なぜ逃げるの・・・?!」
 アクマは、伯爵の兵器―――― エクソシストと知れば、攻撃を仕掛けるのが当然で、逃げられるなど初めてのことだ。
 リナリーは、床に溜まった血を跳ね上げ、天井から下がる少女たちの骸の間を抜けて、ミカエラの・・・アクマの後を追った。
 2階へと続く階段の踊り場に、ミカエラのドレスの裾が翻る様を猛禽の目で捉えて、一気に2階へ飛び上がる。
 途端、奥の間のドアが、大きな音を立てて閉まり、リナリーを呼び寄せた。
 リナリーは、用心深くドアに近寄り、中の様子を探ろうと、耳を澄ませる。
 が、息を殺しているのか、中の様子は掴めない。
 「円舞・・・・・・霧風!」
 待ち構えているであろうアクマに、隙を見せることはできない。
 ダークブーツを発動し、ドアを吹き飛ばしたリナリーは、一瞬の間に部屋に飛び込み、未だ人間の姿のままでいるアクマに対峙した。
 「や・・・やめ・・・・・・!!来ないで・・・・・・!!」
 怯えきった表情で震える少女を、しかし、リナリーは冷淡な目で見据える。
 「大丈夫よ・・・私があなたの魂を、救ってあげる」
 リナリーは、ミカエラだけでなく、目の端に写る多くの少女たちにも囁いた。
 綺麗なドレスを着て、優雅に微笑む少女たち・・・・・・それは、ミカエラによって殺され、血を抜かれて、人形にされた少女たちだった。
 「いや・・・!!助けて・・・!!」
 「すぐに・・・壊してあげるわ」
 声と共に、リナリーの周りに風が起こる。
 「円舞・・・霧風!!」
 鋭い風の刃に、ミカエラの身体は切り裂かれ、リナリーの眼前に血飛沫が舞った―――― アクマの血は、人間を破壊する猛毒だ。
 リナリーは風を操り、その血の一滴も浴びることなく、倒れ伏したミカエラを見下ろした。
 「・・・・・・・・・・・・?」
 違和感を覚えたのは、その時だった。
 ひゅー・・・ひゅー・・・と、風の鳴るような音が、ミカエラの喉から漏れる。
 それは、切り裂かれた『人間』が発する、死に際の音に良く似て――――・・・!
 「っ?!」
 ミカエラに駆け寄ろうとしたリナリーは、いつの間にか、身動きを封じられている事に驚愕した。
 細い糸のようなものが彼女の身体に絡み、彼女の身体の自由を奪っている。
 と、
 「その子はガブリエラ・・・人間よ」
 壁際を飾る人形の一つが、微笑を浮かべたまま、すらりと立ち上がった。
 「あなた・・・!」
 リナリーの前に倒れ伏す少女と、同じ顔をした人形に、リナリーの顔が強張る。
 「あなたをお迎えして、私はすぐにこの部屋に来たの。
 姉さんはあなたに、お茶をご馳走しようとしただけなのに・・・・・・。

 エクソシストって、酷いのね。
 私達を壊すためなら、人間だって殺すんだわ」
 「私たち・・・・・・?!」
 呆然と問い返したリナリーに、人形はふっくらと微笑んだ。
 「そう。
 アクマ・・・ミカエラは私」
 白い手を自身の胸に当て、少女は美しい笑みを浮かべる。
 「可哀想な姉さん・・・。
 やめてって、泣いたのに・・・助けてって、叫んだのに・・・・・・」
 微笑みつつ、アクマはリナリーに歩み寄り、その耳元に囁いた。

 『アナタガ殺シタ――――』

 「・・・・・・っ!!」
 途端、肉の弾ける音と共に、ミカエラの胴から太く鋭い刃が飛び出て、糸に囚われたリナリーを床に引き倒す。
 更には、鋭い牙と、怪しく光る紅い目が、リナリーの喉元に迫った。
 獲物を絡めとり、血を吸い尽くす巨大な蜘蛛・・・それが、今のミカエラの姿だった。
 『私ノ姉サンヲ殺シタ・・・!人間ダッタ姉サンヲ・・・・・・!』
 血なまぐさい息が、リナリーの頬にかかる―――― だが、その臭いや、今にも喰い殺されそうな恐怖以上に、リナリーを震わせたのは、人間を殺めてしまったという罪悪感だった。
 「私・・・が・・・・・・」
 床に押し付けられたリナリーの眼前に、自ら作り出した血の海に横たわる、少女の蒼ざめた顔がある。
 「殺し・・・・・・!」
 絶望と言う名の鎖に絡めとられ、激しく震えるリナリーの視界に、紅いエナメルの靴が現れた。
 「リーナリィ♪泣いているの?」
 場違いに陽気な声に、リナリーは、はっと視線を上げる。
 いつの間にか、巨大な蜘蛛の脚の間に、小柄な少女が立っていた。
 「あなた・・・ロード!!」
 巻き戻りの街で出会った、ノアの一族の少女に、リナリーは怒声を上げる。
 「あなたが・・・あなたが仕組んだのね?!」
 身体中を締め付ける、蜘蛛の糸に必死に抗うリナリーに、ロードは口元をほころばせた。
 「可哀想に・・・蜘蛛なんかに捕まっちゃって、本当に蝶々みたいだね?」
 リナリーの前にしゃがみ込み、わざとらしい憐憫の声を掛ける少女を、リナリーは涙の浮かんだ目で睨みつける。
 「よくも・・・!よくもこんなむごいことを!!」
 「むごい?どっちがさ?」
 猫のように目を細め、捕らえた獲物をなぶるように、ロードは笑みを深めた。
 「助けて『あげる』・・・救って『あげる』・・・そう言って、ガブリエラを殺しちゃったのは、お前だよぉ」
 「・・・!」
 反駁もできず、白い喉を引きつらせたリナリーを、ロードは満足げに見下ろす。
 「神の名において、お前は人間を殺しちゃったんだよぉ」
 大きな目に満ちた涙が、リナリーのこめかみを伝って流れた。
 その様子に、いっそ、慈愛に満ちた笑みを浮かべて、ロードは小首を傾げる。
 「むごいって、誰が?
 ねぇ・・・傲慢なのは、誰?」
 「・・・・・・・・・・・・・・っ!!」
 ロードの問いに答えられず、涙を流し続けるリナリーに微笑み、ロードはすらりと立ち上がった。
 「ふふ・・・辛いよねぇ、リナリィー?
 自分の傲慢のせいで、罪のない人間を、殺しちゃったんだもんねぇ」
 ちらりと、大蜘蛛を見遣り、ロードはすっと手を上げる。
 「可愛いお前が泣いているなんて、可哀想だよねぇ・・・。
 だから・・・哀しくないところに、連れて行ってあげるよぉ」
 ロードが手を振り下ろすと同時に、大蜘蛛の牙がリナリーの喉元に食い込んだ―――― そう見えた瞬間、
 『ギィィィィィィィィッ!!』
 刃を擦り合わせるような甲高い悲鳴を上げて、大蜘蛛がリナリーの上から吹き飛ばされた。
 その腹部からは、人間を破壊するアクマの血が、とめどなく溢れている。
 「・・・・・・甘く見ないで」
 冷静な声を上げて、リナリーがむくりと起き上がった。
 その身には、一滴の血も浴びてはいない。
 「私は、あなたの人形じゃない・・・エクソシストよ」
 冷徹な目でロードを見据えたリナリーの周りに、風が巻き起こった。
 「円舞・霧風!!」
 声と共に、風の刃が襲い掛かり、大蜘蛛を千々に切り裂く。
 「私は・・・悪魔に惑わされはしない!!」
 誰でもなく、自身に言い聞かせるかのように叫び、リナリーは脚を失って悶える蜘蛛に、止めを刺した。


 ―――― いつしか日は暮れ、全ての窓をカーテンで厚く覆った家には、真の闇が訪れていた。
 月も星もない、真の闇の中で、リナリーは、自分の荒い息遣いだけを聞いていた。
 ―――― まだ息が・・・!
 アクマ・・・ミカエラを壊してすぐに、抱き起こしたガブリエラの身体はぐったりとして、必死に押さえ続ける傷口から血が溢れるたび、胸にもたれた頭が重みを増す。
 と、
 「きゃはははは!!!
 神の使途のくせに、人一人助けられないんだね!」
 突如、闇の中に哄笑が湧いた。
 自身が犯した罪の重さに恐怖するリナリーを、あざ笑う少女に、リナリーは反論もできず、ただ、唇を噛み締める。
 「リナリー・・・・・・あの街で、初めて会った時、僕のお人形になっていたら良かったのにさぁ」
 ぽっ・・・と、床に置かれたランタンに火が灯り、リナリーと、彼女を罠にはめた少女の姿を照らし出した。
 「僕から逃げた罰だよぉ・・・。
 今、絶望と自責で、潰されそうなくらい悲しいでしょぉ?」
 満足げに笑って、ロードはゆっくりとリナリーに歩み寄る。
 「ここで、殺してやってもいいけど・・・・・・」
 にこりと、少女は無邪気な笑みを浮かべた。
 「もう少し生かしてやった方が、お前も、お前の周りの人間も、面白いことになるかな?」
 残酷な言葉に、リナリーはカッとなって口を開く・・・が、言葉は喉の奥で凍りつき、外に出て行かない。
 そんな彼女を楽しげに見下し、ロードは手を差し伸べた。
 「僕とおいでよ、リナリー。
 戦場で血にまみれるなんて、優しいお前には辛いだけだろぉ?」
 続いて湧いた哄笑に、リナリーの頬を涙が伝う。
 「おいでよ。
 悲しい事なんかない場所に、連れてって上げるよぉ」
 ロードの口から、更に高い哄笑があふれ、その手がリナリーに触れようとした瞬間・・・ランタンの明かりが消えた。
 「・・・・・・っ?!」
 哄笑は唐突に止み、少女の気配もまた、消え去る。
 闇の中、命を失いつつある者と共に残されたリナリーは、血塗れた手を握りしめ、その身体をかき抱いて慟哭した・・・・・・。



 ダークブーツを発動し、できうる限りの速さで教団本部に戻ったリナリーは、まだかすかに息のあるガブリエラを兄に託すと、死人のような顔色のまま、城内の礼拝堂に駆け込んだ。
 硬い表情で、壁一面を覆う十字架を見上げ、その前に崩れるように座り込む。
 「神様・・・・・・!」
 震える声で呟き、強張った両手を固く組み合わせて、涙に濡れた顔を俯けた。
 「どうか・・・!
 どうかガブリエラをお助けください・・・!私が傷つけてしまった人を・・・どうか・・・・・・!!」
 血を吐くような嘆きは、石の礼拝堂にいつまでも響いた。


 ―――― その日、任務から戻ったアレンは、教団内のただならぬ雰囲気に、訝しげに眉をひそめた。
 「何かあったんですか?」
 科学班の主だったメンバーが、全員出払っていたために、回収したイノセンスを直接ヘブラスカの元へ運んだアレンに、ヘブラスカは、沈痛な面持ちで事情を話してくれた。
 「リナリーが・・・・・・!」
 「誤って・・・人間を傷つけたなど・・・あの子は・・・初めてのこと・・・・・・。
 よほど・・・ショックだったのだろう・・・・・・」
 「今、リナリーは?!」
 「礼拝堂に・・・・・・」
 ヘブラスカの言葉を聞き終える前に、アレンは踵を返して礼拝堂へ向かった。
 ざわついた回廊を駆け抜け、たどり着いたそこは、冷え冷えとして、ただ、血塗れた黒衣を纏った少女の祈りが、深々と満ちている。
 「リナリー・・・・・・」
 声を掛けても、少女は微動だにせず、神の前に跪く彫像のように、頑なに顔を俯けていた。
 「リナリー!」
 リナリーの傍らに跪き、その肩を抱いて、涙に濡れた顔を気遣わしげに覗き込んだアレンに、彼女はようやく、祈りの声を止めた。
 「アレン君・・・・・・」
 「聞きました・・・。
 大変・・・でしたね・・・・・・」
 アレンの言葉に、リナリーの目から、また新たな涙が溢れ出す。
 「大丈夫です・・・大丈夫ですよ・・・・・・。
 ガブリエラさんは今、コムイさん達が手術をしてくれています。きっと、助かります」
 「・・・・・・っ!!」
 固く冷たい石の床に座り込んだまま、顔を覆って嗚咽を上げるリナリーの背を、アレンはなだめるように撫でた。
 「大丈夫・・・泣かないで、リナリー。大丈夫ですから・・・・・・」
 だが、リナリーは顔を覆ったまま、激しく首を振った。
 「リナ・・・・・・」
 「これは・・・私の罪なの・・・っ!!わ・・・私が・・・っ!傲慢だったから・・・・・・!!」
 「そんなこと・・・」
 ない、と言おうとしたアレンに、リナリーはまた、激しく首を振る。
 「私・・・あの子に、『救ってあげる』って言ったの・・・・・・!!」
 「・・・・・・・・・」
 「あの子は助けて、って言ったのに、私はアクマだと思い込んで・・・!」
 「君は・・・騙されたんですよ」
 狡猾な悪魔に、この少女は魅入られてしまったのだ。
 アクマにされた少女と、その姉と同じく・・・・・・。
 「僕も、ロードのことは知っています。
 彼女は君を、とても気に入っていた・・・。
 君は、彼女の罠にはまっただけ・・・それだけのことです」
 「違う!!」
 アレンの慰めを頑なに拒み、リナリーは涙に濡れた顔を上げた。
 「私の傲慢さが招いた事なの・・・・・・!
 救って『あげる』なんて・・・壊して『あげる』なんて・・・まるで、神様にでもなったみたいに・・・!
 私は・・・アクマを壊しているうちに、いつの間にか、自分の心も壊してしまった・・・・・・」
 「リナリー・・・」
 気遣わしげに見るアレンの目を・・・いや、正しくは左目を、リナリーの目が、まっすぐに射る。
 「私にも・・・その目があれば・・・・・・!」
 途端、アレンの目に、哀しげな光が浮かぶが、リナリーは気づくことなく、その手をアレンの左頬に添わせた。
 「私にも、アクマを視る目があれば・・・!」
 リナリーの、凄絶な光を宿す目から視線を逸らし、アレンは、自身の頬に添えられたリナリーの手を、そっと離した。
 「あなたまで、この呪いを受けることはない」
 だが、アレンはその呪いを受けたからこそ、未だその手を人の血に染めてはいないことも事実・・・。
 人の中に混じったアクマ達と戦い続けるがゆえに、人を信じられず、常に疑心暗鬼の中にいるエクソシスト達にとって、それは憧れずにはいられないものでもあった。
 「信じたいのに・・・・・・」
 呟いたリナリーの目から、また、涙が溢れる。
 人を、人間を、信じ、守りたいのに、アクマは人間の中に混じって、まず、敵であるエクソシスト達の心を蝕んでいく。
 「私はまた・・・人を殺すかもしれない・・・・・・」
 血が流れ出す度に、力を失くしていったガブリエラの身体の重みが、まだ、この両手の中に残っている。
 「怖い・・・・・・!
 もう・・・戦えない・・・・・・!」
 未だ、リナリーの身体中にまとわりつくガブリエラの血が、乾いて砂のようにぱらぱらと散らばる。
 「私は・・・人を殺してしまった・・・・・・」
 糸の切れた人形のように、自失したリナリーを、アレンは思わず抱きしめた。
 「リナリー・・・この目が欲しいと言うのなら、僕があなたの目になります」
 アレンの胸に抱かれたリナリーは、虚ろになった心に振動として響いてくる声に、ただ聞き入る。
 「あなたが戦う時は、いつも側にいます」
 抱かれたまま見上げると、アレンの銀色の瞳に、礼拝堂の灯火が映えて、金色に光った。
 「一生、貴女を守ります」
 厳かな誓いと共に、リナリーの額に、柔らかな唇が触れる。

 「アレン君・・・・・・」
 目を閉じると、涙が頬を伝う感触と共に、アレンの温もりと鼓動が、心地良くリナリーを包んだ。
 「ありがとう・・・・・・」
 気が触れるほどの絶望から、ようやく解放されたリナリーの口元に、淡い笑みが浮かぶ。
 その時、
 「リナリー!!」
 礼拝堂のドアが勢いよく開いて、ジョニーが飛び込んできた。
 「助かった!!助かったよ、あの子!!
 お前の切り口が、あんまり鮮やかだったんで、逆に縫合がうまく行ったんだ!!」
 ガブリエラの無事を報せる声に、リナリーは、本当に緊張の糸が切れて、その場で気を失ってしまった。
 「リナリー!!」
 「アレン!医務室に運んで!早く!!」
 ジョニーに急かされ、アレンは、リナリーを抱き上げて駆け出した。


 休みもせずに寒い礼拝堂にこもっていたせいで、リナリーは高熱を出し、医務室で寝込んでしまった。
 熱にうかされて、苦しそうではあったが、その寝顔は穏やかで、悪夢にうなされる様子はない。
 「あー・・・よかったぁ・・・・・・」
 リナリーが横たわるベッドの傍らに執務机を設えて、仕事にいそしみつつ、コムイが深々と吐息した。
 「ボクのリナリーは繊細だから、もし、アクマと間違えて人を殺したなんてことになったら、一生のトラウマになっただろうからねぇ」
 「助かってよかったっすね、あの子も、リナリーも」
 コムイの決済印が捺された書類を回収しつつ、リーバーも穏やかなリナリーの寝顔を覗き込む。
 「いい顔しちゃって。
 なんか、いい夢でも見てんすかね?」
 「きっと、ボクの夢だよぉ〜〜〜〜
 傍目には寒々しいことを平気で言って、コムイは機嫌よく、書類に決済印を捺して行く。
 ・・・が、もし、彼がリナリーの夢を覗く事ができたなら、その機嫌は途端に奈落まで沈んだことだろう。
 穏やかな笑みを浮かべる彼女の夢の中では、少年の穏やかな声がリフレインされていた。

 『一生、貴女を守ります』

 礼拝堂の灯火を受けて、金色に輝いた優しい瞳と共に、その声は、リナリーの夢を満たしていた・・・・・・。


 ―――― 照明の抑えられた部屋で、ロードは、ゆったりと椅子に腰掛けた一族の長と向かい合っていた。
 壁にかけられたあまたの肖像画が、全て自分を見下ろしているように思う。
 いつもならば、気にも留めないことであるが、今日はなぜか、その視線を居心地悪く感じた。
 しん・・・と、静まり返った部屋では、身じろぎしたロードの、衣擦れさえも大きな音に聞こえる。
 それが威圧的な声なら、なおさら・・・・・・。
 「ロード」
 低く響く声に、ロードは、ビクン、と身を震わせた。
 いつも傲慢な彼女らしくない、怯えた表情を、長は冷厳な目でじっと見つめる。
 「我輩ハ、完全勝利へのシナリオを書いテいマす」
 「・・・・・・・・・・・・」
 「挿話モ、ある程度なラいいデしょう」
 しかし、と、小首を傾げ、長は、俯いたロードの目を覗き込んだ。
 「アナタが我輩のシナリオに、別のストーリィを入れたのハ、これデ2度目デスネ、ロード?」
 「・・・・・・・・・・・・うん」
 長の視線を避けるように、ロードは更に項垂れる。
 その頭に、長の、大きな手が乗り、ロードは細かく震えだした。
 「次はありマせん」
 淡々とした声・・・だが、ロードは怒鳴られたように身を竦ませる。
 「いいデすね?」
 「はい・・・千年公・・・・・・」
 すかさず応じて、ロードは悄然と頷いた。





Fin.

 










D.グレSS51作目は、前作『D・O・L・L』の続編でした。
こちらは、実は、リクエスト作品15番目になります・・・;
前作がリク6番目だったので、ほとんどの番号を飛び越してしまったことに・・・ごめんなさいませ;;
できるだけ、順番通りに行きたかったのですが、前作の続きはぜひ、『一生貴女を守ります』で行きたかったものですから(^^;)
ちなみにこのお話、『ある日突然、ものすごくリナリーを泣かしたくなった』という、とんでもない思い付きからできました(^^;)
かなり酷いお話になってしまいましたが・・・書いている間中、かなり楽しかったです・・・!>をい。












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