† Trick! †
〜Party for Bookman〜
「アレン君、飴やるさ」 「・・・・・・ありがと」 アレンの部屋のドアを開けると同時にラビが差し出した、大きなロリポップを、アレンはやや警戒気味に受け取った。 ラビは気のいい奴ではあるが、理由もなく物をくれる時は、何か魂胆があると見て間違いない。 「・・・で? なに企んでるの?」 「さっすがアレン!話が早いさ!」 先手を取って問うたアレンに、ラビは早速、ポケットからメモを取り出した。 「これを、一言一句間違えずに通信班に伝えるだけでいいんさ!」 「やら」 飴をくわえて、不鮮明になった口調ながら、きっぱりと断りを入れたアレンに、ラビが悲しげに眉を寄せる。 「なんでさ?!」 「リーバーさんに言われたんだ。 ラビに何か頼まれても、断るようにって」 「リーバーが?!なんでさ?!」 不満げに声を荒げるラビに、アレンは淡々と言った。 「もうすぐブックマンの誕生日だから、ラビが怪しい物を取り寄せるに違いないって。 だから、絶対協力するな、って言われたんだよ、僕達」 「達?!」 「うん。 僕と、神田と、リナリーとミランダさんとクロウリーさん」 「リーバー・・・なんて手回しがいいんさ・・・・・・!」 悄然とうな垂れるラビの顔を、アレンは下から覗き込んで諭す。 「ラビ・・・。 リーバーさんも忙しいんだから、あんまり手を煩わせるのはどうかと思うよ」 「そうだな・・・。 じゃあ、自分で何とかするさ」 「・・・・・・・・・全然わかってないよ、このひと」 アレンが、ロリポップをくわえたまま首を傾げると、ラビは非協力的な彼に手を振って背を向けた。 「心配しなくても、今度は怪しくないさ」 「君の常識は一般常識から外れてるって、いい加減、気づきなよ」 言いつつもアレンは、部屋を出て行くラビの後ろに、とことことついて行く。 「なにさ?監視するんさ?」 「ううん」 「飴はもう、持ってないさ」 「そうじゃなくて・・・」 言いにくそうな表情で、ずっとラビの半歩後ろをついてくるアレンに、ラビは、大きな笑みを浮かべて、振り向いた。 「俺が何をするのか見たいって、素直に言うさ」 「・・・・・・っ」 図星を突かれて、黙り込んだアレンの白い頭を、ラビはくしゃくしゃとなでる。 「協力、したいんさ?」 「・・・・・・リーバーさん、怒る?」 「怒んないさ。たぶん」 「たぶん・・・ねぇ・・・・・・?」 確実に怒られることだな、と予想しつつも、アレンは、面白そうな事件への好奇心を抑える事はできなかった。 「じゃあ、みたらしだんご100本で協力する」 「アレン、いいコさー♪」 笑みほころびながら、ラビは、アレンの頭を更にくしゃくしゃとなでてやった。 「あ!アレン君!ラビ!」 中庭の片隅で、なにやらコソコソと相談しているアレンとラビの姿を見つけたリナリーが、回廊から声をかけると、二人は、ぎくりとした表情で振り返る。 「・・・あ! 何か企んでるんでしょ?」 いたずらが見つかったと、あからさまに態度に出ている二人に問うと、案の定、二人は慌てて否定した。 「ちっ・・・違います!!」 「何も企んでなんかないさっ!!」 「そう・・・・・・」 未だ、疑わしげな目でリナリーに見つめられ、二人は居心地悪げに身じろぐ。 と、 「アレン君」 「はいっ?!」 リナリーに名を呼ばれ、アレンはビクッと顔を強張らせた。 「班長に言われたよね? ラビに協力するなって」 「・・・・・・・・・はぃ」 リナリーに睨まれ、消え入るような声で頷いたアレンは、気まずげな目線で彼女とラビを見比べる。 「なのに、協力しちゃうの?」 きゅ、と、唇を尖らせたリナリーに、今度はアレンは、頷くこともできず黙り込んだ。 と、 「いいじゃんか。 アレンは怒られんの覚悟で、協力してくれてんさ!」 文句あるか、と、不満げな口調のラビを、リナリーは下から睨み上げる。 「班長に言いつけちゃうよ?」 ぎく、と、顔を強張らせたラビに、しかし、リナリーはいたずらっぽい笑みを浮かべた。 「でも、私も仲間に入れてくれるなら、黙っててあげる」 途端、二人は脱力して、へなへなとしゃがみ込む。 「び・・・びっくりしたぁ〜・・・!」 「脅かすんじゃないさ、リナ!!」 思わず大声を上げたラビを、リナリーは軽く睨みつけた。 「なによ! ラビがいつも、私を仲間外れにするんじゃないの!」 「だって、お前に協力させたら、すぐコムイにばれるさ!」 筒抜けだ、と、断言するラビに、リナリーは気まずげに口をつぐむ。 「誰にも言わないなら、仲間に入れてやるさ」 「・・・・・・わかった」 約束する、と、誓ったリナリーに頷き、ラビは、嬉しそうに手をたたいた。 「これで、メンバーは揃ったさ!」 その後、リナリーは通信班へ行き、ラビから吹き込まれた台詞を、一言一句たがわず伝えた。 「どうだったさ?」 戻ってきたリナリーに、早速ラビが問うと、彼女はにこりと笑ってオーケーのサインを出す。 「うまく行ったわ! オークションハウスは、席を用意してくれるって」 「怪しまれませんでしたか?」 気遣わしげに問うアレンにも、リナリーはあっさりと頷いた。 「うん。 特に何も聞かれなかったわよ」 人望の差ね、と、いたずらっぽく笑う彼女に、アレンとラビは、不満げな顔を見合わせる。 「ラビはともかく、僕まで?」 「大したいたずらしてねぇのに、みんな大げささ!」 「・・・・・・みんなが大げさかどうかはともかく」 苦笑しつつ、リナリーは声を弾ませた。 「行くのね、オークションハウス!」 「あぁ。俺が召使役で、リナがお姫様役さ」 「僕は、僕の役かぁ・・・つまんないな」 アレンが不服げに言うと、ラビは彼の額を指で弾く。 「だってお前、アジア人の振り、できないさ」 「生粋の西洋人だもんね、アレン君は」 「・・・・・・インドなまりの英語なら話せるのに」 インドには長く居たんだから、と、まだブツブツと文句を言うアレンに、ラビは吹き出した。 「じゃあ今度、インド人の振りをする時は何か役を振ってやるさ」 「今度って、いつ?」 「今度は今度。 いいから、早く準備するさ」 ラビは、未だ不満げなアレンを急かして、秘密の作戦を実行すべく、動き出した。 その日の夕刻、ロンドンのオークションハウスの前に、黒の教団の紋章をつけた馬車が止まった。 素早く馬車を降りた召使がその扉を開けると、まず、教団の若い団員が出て、馬車の方へ手を差し伸べる。 「どうぞ、マイ・レディ(姫様)」 彼の呼びかけに、馬車の中から白い手が伸び、彼の手を取ると、黒地に豪奢な刺繍を施した、清国の衣装を纏う少女が馬車を降りた。 『お姫様』役の、リナリーだ。 若い団員―――― アレンは、彼女の手を取ったまま、召使を伴ってオークションハウスの中へ入っていく。 「黒の教団の者です」 さりげなく胸のエンブレムを見せつつ、アレンが名乗ると、ドアボーイが深くこうべを垂れた。 「伺っております。 ようこそ、レディ。我がオークションハウスへ」 丁重に中へと案内された三人は、こっそりと笑みを交わす。 若い彼らが、多くの紳士淑女の中に混じり、美術品のオークションに参加するには、身分を偽るしかない。 ために、リナリーを『黒の教団が保護する清国の王女』に仕立て上げ、彼女の付き添い役をアレンが、段取りを整える召使役をラビが演じたのだ。 格式の高いオークションハウスは、教団の権威だけでは若い少年達を受け入れてくれない。 しかし、『王族』であれば話は違う。 リナリーが協力を申し出る前は、アレンかラビが『王族』を演じるべく、相談していたのだが、彼女が加わったことにより、ラビの大胆な計画はまんまと成功した。 「大成功 密かに囁くと、アレンとリナリーはオークションルームへ向かい、ラビは、次なる作戦の準備に、館内のいずこかへと消えていった。 アレンとリナリーは、用意された席に就くと、他の客達の興味深げな視線を纏いつつ、オークションの開始を待つ。 本来であれば、下見会で実際に競売にかけられる品を見られるのだが、当然ながら、二人は参加する機会がなかった。 ために、他の客達がのんびりとお茶を飲みつつ談話する中で、二人は興味深くオークションのカタログをめくっていた。 と、その中の一品を、リナリーが示す。 「あら、これ素敵だわ」 清国の王女と言う触れ込みでこの場にいるため、他の客たちに言葉を聞かれてはまずい、と、リナリーは口元を絹の扇で隠し、必要以上に密やかにささやいた。 「古代ガラスのペンダントですか? リナリーには大振りすぎるんじゃ・・・」 「私がつけるんじゃないわよ」 絹の扇子で口元を隠したリナリーが、大きな目を細めて、ひっそりと微笑む。 「アレン君、オークションハウスなんて、こんなことでもない限り入れないんだから・・・」 「そっか・・・。 例のやつ、物色しましょうか」 「うん 二人はひそやかに笑みを交わし、熱心にオークションカタログをめくり始めた。 一方、召使に化けたラビは、目当ての物が確実に出品されるか確かめるため、倉庫に忍び込んでいた。 本来であれば、下見も可能なオークションハウスだが、若すぎる彼は、下見会にすら入館を断られたのだ。 だが今日は、念入りに下準備をして、まんまとオークションハウスに入り込んだ。 と、なれば、神出鬼没を誇る彼にとって、誰の目にも止まらずこの館内を巡ることは、とても容易なことだった。 「あ 嬉しげな声を上げ、ラビが思わず手に取ったものは、掌に簡単に収まる、小さな円筒形の石だ。 濃紺の艶やかな石の表面には、人物や動物の画の他、引っかき傷のような模様がいくつも刻んである。 「あんまり高くなりませんよーに」 祈ってから、石を元の場所に戻すと、ラビは、アレンとリナリーの待つオークションルームへと戻って行った。 「お目当てのものは見つかったんですか?」 アレンが、戻ってきたラビに囁くと、彼は満足そうに目を細めた。 「あぁ。 アレン、カタログ番号の13番・・・これが出てきたら、なんとしても競り落とすさ」 「いいですけど・・・予算には限りがあるでしょ?」 上限は?と尋ねるアレンに、ラビは、自信ありげに笑う。 「大丈夫さ。 底値で落とせっから」 「・・・・・・・・・・・・・犯罪はやめてよ?」 ラビの笑みに、嫌な予感を覚えたリナリーが言うと、彼は『大丈夫』と、笑みを深めた。 「人体にはあんま、影響ないさ」 「それ・・・ちゃんと人間で実験済みなんでしょうね?」 不安げな口調のアレンに、ラビは大きく頷いて見せる。 「信じるさ!コムイを!!」 その言葉にアレンとリナリーは、更に不安を漲らせた視線を交わした。 が、ラビの陰謀もおかまい無しに時は過ぎ、いよいよ、オークション開始――――。 初めてのオークションハウスに、やや緊張気味だったアレンとリナリーは、まず、客たちの静けさにそっと目を見張った。 市場の競りを想像していた彼等の周りで、上流階級の紳士淑女たちは静かに、競売人が商品の説明をするのを聞いている。 そして、彼が底値を提示すると、誰も声を発することなく、競りが始まるのだ。 競売人へのサインは、指を上げたり、目配せをするのみで、話し声はほとんどない。 だが、彼らの指が、頷きが、どんどん商品の値を上げていく。 「なんだか・・・緊張しますね」 「場違いな感じよね、私たち・・・・・・」 そっと囁きあいながら、ラビが指示した商品を待つ二人の傍らからは、いつの間にか、ラビの姿が消えていた。 と、 「あ・・・ねえ、アレン君。次、例の商品よ・・・・・・」 リナリーが、膝に乗せたカタログを示し、囁く。 「ラビがいない間に、落としちゃいましょうか」 応えて、アレンは競売人が取り出した『もの』を見遣った。 きれいではあるが、あまりにもリアルな造作であるためか、上流の人々の興味をそそるものではないらしく、アレンはほとんど底値でそれを競り落とす。 「やりましたね」 「あれ、私宛に運んでもらうわ。そしたら、当日まで隠しておけるよ」 「そうですね。よろしくお願いします」 さすがのラビも、リナリーの部屋に忍び込むなどとと言う、自殺行為をするはずはない。 そう確信して、アレンもほくそえんだ。 アレンたちが、目当ての商品が競りにかけられるのを待っていた頃、同じオークションハウスの玄関に、一人の老人が現れた。 「これは・・・!お久しぶりです、ブックマン!」 胸に手を当て、恭しく一礼する紳士に、老人は鷹揚に頷く。 「今日も盛況のようだな、支配人。何よりだ」 「おかげさまで。 本日は各国の遺跡から発掘されたものも出ておりまして、ロンドン中の収集家の方々が集まっておいでですよ」 「うむ。 それで私も、興味を引かれての。良いかな?」 オークションルームを示す老人に、支配人は大仰な仕草で頷いた。 「もちろんですとも! あなたが来て下さったおかげで、我がオークションハウスの品が、全て本物であると証明されたわけですから!」 出品される品の真贋(しんがん)は、格の高いオークションハウスでは死活問題である。 最高の鑑定人でもあるブックマンが訪れたことは、それだけで、他の客たちを安堵させる効果があった。 「さぁ、どうぞ! オークションはもう、始まっておりますが、なに、良い商品は後に出てまいりますのでね!」 上機嫌の支配人が自ら、ブックマンを案内して行く様を、偶然目にしたラビは、慌てて柱の陰に隠れる。 ―――― やっべ!!なんでジジィが?! 彼らがここにいる事を、一番知られてはまずい人間に出くわして、ラビは必死に辺りを見回した。 と、オークションルームから、ラビ以上に焦った様子で、一人の紳士が飛び出てくる。 「・・・これは館長、どうされました?」 驚いて声を掛けた支配人に、『館長』と呼ばれた紳士は駆け寄り、小声でなにかを囁くと、支配人が示した方向に猛烈な足取りで駆けて行った。 「ブックマン。 今の方は、古代の遺跡から発掘された品を中心に展示している博物館の館長で・・・子爵?どうされました?」 先ほどの館長と同じ顔色で部屋を出て来た、贅沢な身なりの紳士に、支配人は再び目を見張る。 しかし彼も、支配人にヨロヨロとした足取りで歩み寄ると、ろくに事情も話さずに、支配人の指し示す方へとよろめきつつ歩み去った。 「・・・どうされたのでしょうね、お二人とも」 「妙なものでも口にしたのではないかな」 自力で歩いている以上、重症ではないようだ、と言うブックマンに頷いて、オークションルームへと歩き出した支配人の足を、しかし、今度は彼の部下が止める。 「支配人!伯爵夫人が腹痛を訴えられて、医者と支配人を呼べと、大騒ぎしていらっしゃいます!!」 「伯爵夫人・・・!」 その名を呟いた途端、支配人の顔色が変わった。 上客であるがゆえに、凄まじいわがままを押し通す、ヒステリックな夫人の金切り声が、幻聴として彼の鼓膜の奥に響く。 「いっ・・・医者は?!」 「今、呼びに行かせます!!」 いつも冷静な支配人が、つい声を荒げる様に、驚いて踵を返した彼を、ブックマンが呼び止めた。 「医者ならここに居る。 支配人、私が診よう」 「あ・・・ありがとうございます!」 辺りに響き渡るような声を上げると、支配人は安堵の表情を浮かべ、ブックマンを別室に急がせた。 「・・・・・・ラッキー」 柱の影から、ずっと様子を伺っていたラビは、師が、オークションルームに入る前に別室に案内された事に、胸の奥から吐息する。 「危なかったさ・・・! アレンたち、うまくやってっかな?」 急に不安になったラビは、急いでオークションルームへ戻っていった。 「どうしたのかしら?」 真っ青な顔をして部屋を飛び出ていく紳士たちに、リナリーが怪訝な目を向けた。 「あの人たちだけじゃないみたいですよ」 そう言って、アレンが示した先では、いかにも身分の高そうな婦人が、顔中に脂汗を浮かべて、オークションハウスの館員に金切り声を上げている。 別室へと連れて行かれた婦人を、多くの人々が見送った後、『例のもの』は競売のテーブルに乗った。 「出品ナンバー13!メソポタミアの円筒印章です」 掌に収まるほどの、小さな青い石に、客の目が集まる。 「紀元前に、実際に使用されていたもので、材質はラピスラズリ。 粘土に押し付け、転がして使用したと考えられています」 競売人の説明に、アレンとリナリーは聞き入っていたが、他の客は、それほど関心がないらしく、それぞれにおしゃべりをしたり、手元のカタログに見入っている。 「では、競りを始めます」 底値の提示と共に、アレンがサインを送った。 が、その後に続く者がいない。 「他にいらっしゃいませんか?他に・・・・・・」 予想外の出来事なのか、競売人がやや狼狽した様子で声を上げるが、アレンの他には誰も、競売人にサインを送ろうとはしなかった。 「では・・・そちらの紳士が落札されました」 かなり不服な様子で、競売人が告げると、アレンは頷いて席を立つ。 「参りましょう、マイ・レディ」 紳士的に手を差し伸べると、リナリーは扇で顔を隠したまま、アレンの手を取り、優雅に立ち上がった。 「またのお越しを、レディ」 競売人だけでなく、客の紳士たちも立ち上がり、リナリーに恭しくこうべを垂れる。 彼らに鷹揚に頷くと、リナリーはアレンに手を引かれて、楚々と出口へ向かった。 館員が、帰る二人に恭しくドアを開けた途端、 「ふぇっ?!」 内側からいきなり開いたドアに驚いたラビが、奇妙な声を上げて飛び込んでくる。 そのままリナリーに激突しそうになったラビだったが、彼女を庇ったアレンが素早く差し出した左腕に顔面をぶつけ、悲鳴を上げてしゃがみこんだ。 「お騒がせしまして、失礼を。 落ち着きのない召使で、困っております」 呆れ顔の館員にそう言って、にっこりと微笑んだアレンを、ラビは下から睨み上げ、リナリーは扇の影で苦笑する。 と、 「・・・ミスター、お買い上げになった商品は、どちらへ?」 何事もなかったかのような館員の問いに、アレンはメモを差し出した。 「ここへ。代金は後で届けさせます」 鷹揚に言うと、アレンはリナリーをエスコートし、堂々とオークションハウスを後にした。 「・・・・・・なんとまぁ。 売れてしまったのかね、円筒印章は・・・・・・」 「ひどいわ!!あたくしが席を外している間に売るなんて!!」 「底値で売ったとは・・・貴重な発掘品を!」 狙っていた品が既に落札されたと知って、不満を漏らす客たちの中で、支配人はひたすら恐縮していた。 その彼の傍らで、ブックマンは首を傾げる。 「印章を落札した客とは、誰だったのだ?」 「そ・・・そうだ! もし、価値がわからず落札したものなら・・・・・・!」 「あちらの言い値で、あたくしが買い取りますわ!すぐに連絡を!!」 だが、支配人は断固として首を振った。 「落札されたのは、清国の王女殿下でいらっしゃいます」 途端、騒いでいた客たちが、気まずげに視線を交わす。 異国のこととはいえ・・・いや、だからこそ、『王族』の名は彼等に影響を及ぼすのだ。 「お気持ちはわかりますが、あまり、お騒ぎにはなりませんよう」 渋々、黙り込んだ客たちの様子を見比べながら、ブックマンは、そっと首を傾げた。 「やったね!」 馬車の中で手を打ち合わせて、アレンとリナリーは歓声をあげた。 しかし二人の前では、ラビが鼻を押さえて俯いている。 「ア〜レ〜ン〜〜〜! お前、ちょっとは手加減するさ!」 「だって、ラビが突進してくるから・・・」 反射ですよ、と、言い訳するアレンを、ラビは睨みつけた。 「仕方ないさ! ジジィと遭遇しちまって、かなりピンチだったんさ!!」 急いで報せに行ったのに、と、ブツブツ言うラビに、アレンは殊更に胸をそらす。 「だって!もう少しでマイ・レディにぶつかるところだったんですよ! マイ・レディに無礼を働くものを、放置しては置けませんよ!」 「ちょ・・・アレン君、もう、『マイ・レディ』って、やめて・・・・・・」 『マイ・レディ(姫様)』を連呼するアレンに、リナリーは真っ赤になって、手にした扇で顔を隠した。 が、 「いいじゃないですか ホントに似合ってますよ、お姫様の格好!」 「そ・・・そぉ?」 扇の陰から目だけを出したリナリーに、ラビが一つ手を叩く。 「あ、そうだ! 記念写真撮ろうぜ!作戦の成功を祝って!」 「ちょっと待って、ラビ・・・! それ、証拠写真になっちゃうわ・・・」 「こっそり持ってるだけなら、大丈夫ですよ!」 止めに入ったリナリーを制して、アレンは御者に行き先の変更を告げた。 そしてその日、8月5日はやってきた。 「ブックマーン!お誕生日おめでとうございますっ!!」 ハイテンションな声と共に差し出されたモノに、老人は鋭く光る目を向け、しばしの沈黙の後、その視線をほとんど真上に上げた。 「これはなんだ、室長」 褐色の薬瓶は、色鮮やかなリボンでごてごてと飾り立てられている。 しかしそれを、 「お誕生日プレゼントでっす!」 と、コムイはごく当然のように差し出した。 「そうではなく・・・・・・」 中身は、と問うブックマンに、傍らから、リーバーが囁く。 「・・・・・・室長特製の、育毛剤っす」 途端、凍りついたように硬直したブックマンに、コムイは締りのない笑みを浮かべた。 「だーぃじょうぶですよぉー 本部に出張でやってきたアジア支部長が、コムイの育毛剤で泣かされた話は、既に聞いている。 そして、傍らの班長までもが、実験台にされたことも・・・。 「・・・・・・お気持ちだけ、頂戴す」 「やぁだなぁぁぁ! ボク達の間で、遠慮はナッシングー♪さぁ!どーぞどぉぉぉぉ〜ぞ!!」 ブックマンの手に無理矢理薬瓶を押し付けて、コムイは嬉しげに哄笑した。 「・・・・・・すみません、、ブックマン。 ここは、受け取るだけ受け取ってください・・・・・・」 リーバーにひそひそと囁かれ、ブックマンは、不承不承、コムイからのプレゼントを受け取る。 「・・・・・・使わずとも、良いのだろうな?」 「もちろんっす!」 力強く拳を握って断言したリーバーだったが・・・・・・まだまだ認識が甘いと、言わざるを得ない。 「せっかくだから、使ってくださいネッ!!」 陽気な声と共に、受け取ったばかりの薬瓶が取り上げられ、大仰なリボンを解かれて、異臭のする液体が、ブックマンの頭上に降りかけられた。 「・・・っなんってことするんすか、アンタぁぁぁ!!!!」 リーバーが悲鳴を上げる間に、老人の頭は、ふさふさと白い髪に覆われていく。 「ぎゃあああああ!!鬼婆!!」 思わず絶叫した団員たちは、目にも止まらぬ速さで飛来した鍼に声帯のツボを突かれ、声を失った。 「・・・・・・・・・室長」 うっそりと生えた、長い白髪の間から、恨みがましい目で睨み上げられて、コムイがびくりと笑みを引きつらせる。 「次回から、おぬしの作った薬品は辞退しよう」 厳かな声に、コムイはやや残念そうに頷いた。 「・・・すみません、ブックマン。 うちの上司が余計なことを・・・」 管理職の悲哀を一身に纏って、リーバーがきれいにラッピングされた箱を差し出す。 「どうかここは、これでご勘弁を」 お代官様にかしずく商人のように、恭しく差し出された箱を、しかし、ブックマンは中々受け取ろうとはしなかった。 「・・・・・・安全なものだろうな?」 かなりのところ警戒している彼に、別の方向からも、箱が差し出される。 「大丈夫ですよ、ブックマン。 これと一緒に使ってくださいね」 「一緒に?」 ミランダが差し出したものをまず受け取り、開けてみると、それは、本ほどの大きさの箱だった。 皮で装飾されたそれに、ブックマンは満足げに微笑んで、リーバーが差し出したものを受け取り、その中身を箱の中に詰め替える。 「うむ。良い葉巻と、葉巻入れだ。 二人ともありがとう」 満足げに微笑んだ老人に、リーバーとミランダは嬉しげな笑みを交わした。 その時、 「じゃあ、ジジィ!本日のメインさ!」 陽気な声と共に、ラビが差し出したものに、部屋中の人間の目が集まる。 「俺と、アレンとリナからさ♪」 ラビの掌に乗った、小さな箱を、ブックマンはまじまじと見つめた。 「お前と・・・アレンとリナ嬢?」 わざわざ問う師に、一瞬、ラビはぎくりと頬を強張らせたが、すぐに陽気な笑みを浮かべて、大きく頷く。 「けっこ、苦労したんさ〜♪」 「そうか・・・・・・」 呟くと、ブックマンはラビから小さな箱を受け取り、きれいに飾ったリボンを解いて、その中身を取り出した。 「・・・・・・メソポタミアの円筒印章、か」 つい先日、ロンドンのオークションハウスで見たものと同じ印章を手にし、ブックマンはわずか、口の端を曲げる。 あの日―――― わざわざ、ロンドンにまで出向いたのは、古代の文字を刻んだ印章を、弟子の誕生日に贈ろうと思い至ったためだったのだが・・・。 ―――― まぁ、良いわ。 口の中で呟くと、ブックマンはにやりと笑った。 「材質はラピスラズリだな」 その言葉に、今度は隠しようもなく、ラビは顔を強張らせ、その背後でアレンとリナリーも凍りつく。 「良いものを頂戴した。 ありがとう・・・―――― 清国のレディ」 その、含みのある言葉に、三人は真っ青になって立ち竦んだ。 ・・・パーティ終了後、リーバーに呼び出されたラビ、アレン、リナリーの三人は、コムイ特製の下剤を持ち出し、なおかつそれを用いた上に、教団の名を使って身分を詐称したことがばれて、こってりと絞られた。 「やっぱり・・・協力するんじゃなかった・・・・・・!」 3日間の自室謹慎を申し付けられた三人は、それぞれの部屋に戻りながら、しょんぼりとうな垂れる。 「リーバーさん、すごく怖かったよぅ・・・! 僕、ラビが超強力下剤使ったことなんて、知らなかったのに・・・・・・」 「最初からライバルに目をつけて、お茶に薬を盛ってたなんて・・・兄さんを信じろ、って、そう言うことだったのね」 リナリーの、非難がましい目に見据えられたものの、一人、飄々とした様子でラビは嘯いた。 「あったり前さぁ! 俺、館長や貴族に張り合えるほどの金は持ってねぇもん」 最安値で落札するにはあの方法しかなかった、と嘯くラビに、アレンとリナリーは苦笑を見合わせる。 「・・・・・・ま、ブックマンはプレゼントを受け取ってくれましたし」 「そーそー! 俺らも楽しかったし!」 「記念写真も、撮ったしね リナリーがポケットから取り出した、同じ写真をラビとアレンも取り出して、密かな笑声を交し合う。 「とりあえずは・・・」 「大成功さ♪」 弾けるような歓声を上げて、手を打ち合わせると、3人はそれぞれ、自室へと分かれた。 「あ、リナリー!」 ラビの姿が消えた後、自室へと向かうリナリーを追って、アレンが声を掛ける。 「例のもの・・・お願いしますね!」 アレンの囁きに、リナリーは悪戯っぽい笑みを浮かべて頷いた。 「じゃあ・・・また、3日後にね 楽しげに手を打ち合わせたいたずらっ子達は、3日間は自室でおとなしく過すべく、それぞれの部屋へと帰っていった。 To be continued. |
| ブックマンお誕生日記念SSでした。 このお話を書くために、サザビーズやクリスティーズの歴史が知りたかったのですが、どうしても見つからず・・・。 仕方ないので、社名を特定せず、今、私が知っている情報のみで書きました。 なので、『19世紀当時のオークションハウス』とは、かなり違うかもしれませんが、その辺はご了承くださいませ(^^;)>でも、19世紀には確実にオークションハウスはありましたよ また、メソポタミアの円筒印章は、実際に私が欲しかった物だったりします(笑)>メソポタミア文明展で見た。 ただ、19世紀に発掘されていたかどうかは微妙です・・・;>ごめんなさい;; |