† A cat can look at a KingU†
〜ロンドン猫ひなた通り3丁目〜





 ふわふわと暖かい陽射しが降り注ぐ窓辺に、白い仔猫が寝転んでいた。
 よほど心地よいのか、時折、ピンク色の鼻がひくひくと動く以外は身じろぎもせず、ぐっすりと寝入っている。
 仔猫の名前はアレン。
 インドからやってきた、クロス神父の飼い猫だ。
 鬼畜な飼い主による、数々の虐待を耐え抜いた彼は、最後の試練とも言うべき旅を経て、今、ようやく安穏な日々を手に入れていた。
 『俺が旅から帰るまでそこにいろ』と、送られた場所だが、飼い主が帰ってきても、彼の元に戻るかは、甚だ疑問だ・・・。
 それほどに、居心地のいい場所で―――― しかし今、金色に光る目が、彼を狙う。
 黒い影は、しなやかな動きで、細く開いたドアの間をするりと抜け、足音も立てずにアレンに忍び寄ると、一気に窓辺に飛び乗って、寝ているアレンの頭を、ぽんぽんと叩いた。
 『アレンくん あそぼ
 艶やかな長い毛並みの黒猫は、そう言って何度もアレンをつつくが、ぐっすりと眠り込んでいる彼は、うるさげに顔をしかめるだけで、目を開けようともしない。
 『アレンくーん?』
 寝顔を覗き込むように、彼女が顔を寄せた時だった。
 「きゃああああああああ!!リナリー!!なにやってるんだい?!」
 すさまじい悲鳴が起こった次の瞬間、黒猫は大きな手でがっちりとガードされ、眠っていたアレンは無残にも床に叩きつけられる。
 『にゃ?!(なに?!)』
 寝ぼけ眼を懸命に開いて、きょろきょろと辺りを見回すアレンの頭上を影が覆ったかと思うと、逃げる間もなく、大きな足に踏みつけられた。
 『ぶにっ!!』
 奇妙な声を上げ、逃げようともがく仔猫に、低く恐ろしい声が降り注ぐ。
 「・・・ちょっとそこの白猫!
 子供だからって、ボクのリナリーに近づくことは許さないよ!!」
 『なんの事ですか?!』
 寝ていたところを叩き落とされた挙句、容赦ない力で踏み潰されながら、アレンは泣き声を上げた。
 『僕、なにもしてませんっ!!』
 寝てただけなのに、と、哀れっぽく泣く猫を、しかし、自身の飼い猫のみを溺愛するコムイは、決して許しはしない。
 「今度、ボクのリナリーに近づいたら、崖から捨てるよ・・・?」
 『にゃあああああ?!』
 冗談ではない声音に、心底怯えて、アレンはじたじたともがいた。
 と、首根っこを掴まれたアレンは、ようやく重みから開放されたと思った途端に窓から捨てられる。
 『ここ2階〜〜〜!!』
 甲高い悲鳴を上げて落下する猫を一顧だにせず、コムイはリナリーを大事そうに抱いて、執務室へと帰って行った。
 「あ?室長、リナリーは見つかったんすか?」
 リーバーに問われ、コムイは白衣で大事そうにくるんだ黒猫を見せる。
 「危うく、クロスの飼い猫に襲われるところだったよ!」
 甚だしい言いがかりだと、アレンがいれば激しく抗議したことだろうが、あいにく彼は、コムイによって捨てられてしまった。
 「まぁ・・・どっちが近づいたかは、わかりませんけどね」
 「なに?!ボクのリナリーが、自分からあんな性悪猫に近づいて行ったって言うのかい?!」
 コムイの剣幕に軽く吐息し、リーバーは首を傾げる。
 「リナリーは結構、おてんばじゃないすか。今日も、勝手に部屋を抜け出して、遊びに行ってたんしょ?」
 その点、と、リーバーは自身の膝の上におとなしくうずくまる黒猫を、優しくなでた。
 「俺のミランダはおとなしいっすよー」
 リーバーの自慢げな声に、コムイは盛大にむくれる。
 「ふんっ!リナリーは元気なところが可愛いいんだいっ!」
 ねー と、コムイはリナリーに、愛しげに頬をすり寄せた。
 「・・・猫を溺愛してもいいですから、仕事してください」
 自身の愛猫家ぶりは棚に上げて、リーバーは、いつまでもリナリーにじゃれるコムイを睨んだ。
 「今度は逃げ出さないよう、ちゃんと捕まえててくださいよ」


 一方、窓から捨てられたアレンは、窓辺にまで伸びた木の枝につかまり、地面への落下は逃れたものの・・・あまりの高さに、降りれずにいた。
 『たすけてぇぇぇぇ!!だれかぁぁぁぁ!!』
 甲高い声で泣き続けるが、人気のない中庭では、誰も答えてはくれない。
 懸命に爪を立て、震える脚で枝に掴まっているが、枝は風が吹くたびにぐらぐらと揺れて、アレンを怯えさせた。
 『にゃぁぁーん!!たすけてぇぇぇぇ!!』
 声を限りに叫んでいると、不意に、枝がゆさりと揺れる。
 『どしたんさ、アレン?降りれないんさ?』
 陽気な声に、アレンが首だけ振り向くと、近所に住む茶トラが、のんびりと枝先に歩いてくる。
 『ラビッ!ラビッ!!助けて!!』
 涙目の白猫に、茶トラはにんまりと笑った。
 『降ろしてやっから、そこでじっとしてるさ』
 『う・・・うんっ!!』
 ぶるぶると震えつつ、アレンが身を縮ませていると、枝を揺らさないようにゆっくりと近寄ったラビがアレンの首根っこをくわえ、木の幹の方へ運んでくれた。
 『ほれ、泣くんじゃないさ。
 案内してやっから、まずはこっちの枝に移るさ』
 アレン達がいる枝の、すぐ下に伸びる太い枝を指し、ラビは先に移動する。
 『んで、今度はこっち』
 かさかさと葉を掻き分けて、ラビはアレンを誘導して行った。
 『はい、到着さ』
 やわらかい土の上に着地し、ラビはまた、にんまりと笑う。
 『まだガキだな。
 登って、降りれなくなったんさ?』
 愉快そうに笑うラビに、アレンはぶんぶんと首を振った。
 『違います!!コムイさんに、2階の窓から捨てられたんですぅっ!!』
 『・・・ふぅん。
 それでお前、今度はナニやったんさ?』
 呆れ顔のラビに、アレンは続けて首を振る。
 『何もしてませんよぅ!!日向ぼっこしながら、寝てただけですぅっ!!』
 『そりゃ・・・大変だったな』
 しゃくりあげて泣くアレンの頭を、ラビは、ぽんぽん、と、軽く叩いて慰めてやった。
 『あいつの鬼畜度も、だんだんヤバくなってくるさ・・・』
 『でしょう?!寝てるだけで踏みつけられた挙句、窓から捨てられるなんてっ・・・!』
 窓から放り出された時の恐怖がよみがえり、アレンはまた、ぶるぶると震えだす。
 『せっかく、安穏な場所に来れたと思ったのにぃ〜〜・・・』
 『よしよし・・・』
 さめざめと泣くアレンを慰め、ラビは、ひょい、と前脚を上げた。
 『気分直しにあそぼーぜぇ♪』
 『・・・・・・ユウと?』
 涙目で睨みつつ、憮然と言うアレンに、ラビは別の方向を指す。
 『・・・じゃあ、クロちゃんと』
 『いいですよ』
 途端に機嫌を直し、アレンは先に立って歩き出した。


 その頃、ティエドール元帥の部屋の窓辺で、ゆったりと寝そべっていた黒猫が、ぱちりと目を開けた。
 うんっ!と伸びをし、窓辺から飛び降りようとした彼の耳に、悲鳴が突き刺さる。
 「ユウ――――!!まだ動かないでおくれよっ!!」
 スケッチブックを抱えた元帥の泣き声に、しかし、猫は知らん顔で窓辺から飛び降り、すたすたと部屋を横切った。
 「ちょっと、ユウ?!ユウちゃん?!どこに行くんだいっ!!」
 行く手を阻む手をするりとくぐりぬけ、黒猫はドアに爪を立てる。
 『開けろ』と言う合図に、しかし、ティエドール元帥は首を振った。
 「絵を描き終わるまで、出てっちゃダメだよーん」
 改めてスケッチブックを抱え、猫に向かった元帥を、彼は不快げに見上げ、その膝に飛び乗る。
 次の瞬間、
 「あああああああああああああああああああ!!!!」
 城中に響き渡るほどの絶叫が、元帥の喉からほとばしった。
 「私のスケッチブックゥゥゥゥッ!!」
 残酷な獣の鋭い爪に、スケッチブックは無残に引き裂かれ、元帥が描き溜めていた絵が紙くずと化す。
 「神よ・・・っ!!」
 頭を抱えて悶絶した元帥を踏み台にし、ユウは再び窓辺に飛び移ると、細く開いた隙間から飛び出した。
 「ユウ!!」
 驚いて窓辺に駆け寄ったティエドール元帥を、木の枝に飛び移ったユウは、馬鹿にするように軽々と枝を伝って降りて行く。
 「ひどいよ〜・・・」
 窓辺にへたりこんだ元帥は、そのまま、さめざめと泣き崩れた。


 『つまんないよぅ・・・』 
 憮然とした声を耳にして、ミランダは顔を上げた。
 首を伸ばして見れば、コムイのデスクの上のものを前脚で転がしながら、リナリーがブツブツと呟いている。
 『遊びに行きたいの?』
 声を掛けると、リナリーは振り返って、こくりと頷いた。
 『じゃあ、こっちにいらっしゃい』
 そう言うと、ミランダはリーバーの膝の上から下りて、窓辺により、窓枠に飛び乗る。
 ミランダの後に続き、リナリーがデスクを飛び降りると、コムイの目がその姿を追ったが、彼女が目の届く範囲にいることに安心し、再び書類に視線を落とした。
 『しばらくここで、お昼寝しましょ』
 『えぇー・・・』
 不満げな声に、いいから、と、ミランダは長い尾を振る。
 『寝転んでごらんなさい』
 言われた通り、窓枠に飛び乗ると、上の方から、かすかに風が来る。
 見上げれば、窓ガラスの上部が換気口になっていて、そこがわずかに開いていた。
 『ね?
 ここ、開いてるのよ』
 ミランダのような成猫では通り抜けられないほどの、わずかな隙間だが、リナリーならなんとか通れそうだ。
 『ミランダ、ありがとう〜〜〜〜!!』
 感激して、頭をすり寄せるリナリーに笑って、ミランダは窓枠に寝そべった。
 『さ、コムイさんが見てるわ。
 しばらく私と、お昼寝しましょうね』
 『うん
 リナリーがミランダの隣に寝そべると、黒猫同士、一つの塊に見える。
 そのまま眠ったふりをして、リナリーは虎視眈々とコムイの意識が自分から離れる時を待った。
 そして・・・班のメンバーが、大量の決済印待ち書類を抱えて並んだ時、リナリーはするりと、換気口から外へ出て行った。


 『クロちゃーん!』
 『遊びましょー!』
 突然、茶色と白の仔猫たちに飛び乗られて、黒く大きな犬は、困惑げに長い首を回し、自身の背中を見た。
 『遊ぶ・・・であるか?』
 何をして、と言う間もなく、仔猫たちは彼の背中を這い回って遊んでいる。
 『た・・・楽しいであるか・・・?』
 『うん!』
 『クロちゃんの背中、あったかいさー!』
 彼には理解不能なことだが、楽しそうな仔猫たちには好きにさせて、クロウリーは再び日向に寝そべる。
 『・・・今日は、あの黒猫は来ないであるか?』
 のんびり寝そべっているのかと思いきや、おどおどと辺りをうかがう彼に、仔猫たちは彼の背中を滑り降り、その正面に回ると、揃って首を傾げた。
 『黒猫って、どの黒猫ですか?』
 『リナリーもミランダもユウも黒猫さ!』
 団員の趣味か、類は友を呼んでいるのか、この城にいる猫は、黒猫が多い。
 と、やはり黒い犬は、ふるふると震えながら、『凶暴な雄猫である』とぼやいた。
 『ユウとはまだ、会ってないさ』
 『クロウリーさん、あの凶暴なのにいじめられてるんですか?!』
 アレンの非難がましい声に、クロウリーはおどおどと頷く。
 『散歩していたら、縄張りに入ったと言って、襲われたであるぅ〜・・・』
 由緒正しい血統書付であるためか、クロウリーは大型犬のくせに、妙に気弱なところがある。
 鉄火肌では、小さなアレンの方が勝っているくらいだ。
 『ホントにムカつきますよね、あの性悪!おとなしく絵のモデルでもやってりゃいいのに!』
 きつい口調で吐き捨てたアレンの上方から、その時、低い声が降り注いだ。
 『性悪に性悪なんざ言われたくねぇ』
 ぎくりとして見やれば、尖った目が、高い塀の上からアレンを見下ろしている。
 『あれぇ?ユウ、ティエのおっさんのモデルやってたんじゃないさ?』
 『モデルなんかやってられっかよ、かったりぃ』
 陽気に声をかけるラビを見下ろし、黒猫はつん、とそっぽを向く。
 『なんだ、また逃げてきたんさ?』
 『逃げてねぇよ。俺が出ようとするのを邪魔しやがるから、追い払ってきた』
 『も・・・もしや、さっきの悲鳴であるか・・・?』
 血を吐くような絶叫を聞いた、と、震えるクロウリーを、ユウは冷酷な目で見下ろした。
 『うるせぇよ、犬が!』
 『あ!差別発言!』
 『犬だけど、クロちゃんはいい奴さぁ』
 『クロウリーさん、泣いちゃったじゃないですか!』
 前脚に顔をうずめて、さめざめと泣くクロウリーをかばうように立ち、アレンが非難を浴びせる。
 『はっ!
 でけぇ犬が来たって言うから、少しは戦りがいがあるかと思えば、とんだ見掛け倒しだな!』
 『ク・・・クロウリーさんは温和なんですよ!誰かと違って!!』
 『ふん!温和でなくて結構だってぇんだ!俺はここのボス猫なんだからな!』
 『誰がボス猫ですか!!いちいち上から物言って、ムカつくんですよ、あんた!!』
 全身の毛を逆立てて怒鳴りあう猫たちの間で、ラビが大きくあくびする。
 『いーっつも喧嘩して、よく飽きないもんさ』
 この城に住んではいないために、ボス争いとは無縁のラビは、どこまでものんきだ。
 『クロちゃんも、あんま気にすんなさ。
 クロちゃん、犬なんだし、猫のボス争いはカンケーないさ』
 『はぁ・・・しかし・・・・・・』
 ラビに慰められはしたものの、クロウリーはまだ、目に涙を溜めて、ぼそぼそと呟く。
 『仲良く・・・したいのである・・・・・・』
 と、
 『あら!もう仲良しでしょ、私たち?』
 塀の向こうに軽い足音がしたかと思うと、明るい声が降って来た。
 見上げれば、もう一匹の黒猫が、ユウと並んでいる。
 『や、リナリー♪』
 『はぁい、ラビ♪
 アレン君、さっきは兄さんがひどい事してごめんね!大丈夫?』
 軽やかに塀から飛び降り、アレンに歩み寄ると、リナリーは小首を傾げる。
 『だ・・・大丈夫ですよ、あれくらい!!』
 引きつる顔に何とか笑みを浮かべ、嘯いたアレンは、自分が白猫でよかったと、心底思った。
 ・・・最初から白ければ、蒼白になっている事もばれずに済む。
 が、そんな彼の心情を丸っきり無視して、塀の上から嘲笑が浴びせられた。
 『無理すんなよ。顔が引きつってるぜ?』
 『尻尾も震えてるさぁ♪』
 『うるさいんですよ、あんたたち!!』
 毛を逆立てて吼えるアレンを、クロウリーが懸命になだめる。
 『落ち着くであるよ、アレン。あの人間を恐ろしく思うのは、みな同じである』
 『えー?クロウリーさんも?』
 『なんでさ?クロちゃんは犬じゃん?』
 『あいつが目の敵にしてんのは雄猫だろ』
 意外そうな雄猫たちの声に、しかし、黒犬はしょんぼりとうなだれた。
 『あの人間・・・私が大きくて、多少の事では死なないからと言って、妙な物を食べさせるであるぅ・・・』
 『妙なもの??』
 首を傾げるリナリーに、クロウリーは大きなため息を吹きかけた。
 『新開発のドッグフードとやらなにやら・・・長寿に必要な栄養素が全て入っていると言っていたのだが・・・』
 『へぇー!それ、すごいさ!』
 『栄養豊富なごはんって、おいしいんですか?』
 食いしん坊のアレンが、目を輝かせて問うと、彼は、また深いため息をついて、首を振った。
 『・・・死ぬほどまずかったであるぅ〜・・・』
 しかも、臭いもひどくて、毒かと思った、とぼやくクロウリーに、猫たちは顔を見合わせる。
 『良薬口に苦しって奴さ?』
 『クロウリーさん、かえって元気がなくなってますけど・・・』
 『ホントは毒だったんじゃねぇか?』
 わざわざ塀から飛び降りて、まじまじとクロウリーの様子を伺うユウに、リナリーは目を吊り上げる。
 『犬は殺さないわよ、兄さんは!!』
 リナリーの反駁に、クロウリーがびくりと顔を上げた。
 『猫は殺すのであるか・・・?!』
 『殺すさ』
 『殺すな』
 『殺しますね』
 額を寄せ合い、呟く雄猫たちに、リナリーが更に目を吊り上げる。
 『違うもん!兄さんは優しいもん!!』
 懸命に抗議するが、雄猫たちは力なく首を振る。
 事実、コムイが優しいのは、リナリーと雌猫にだけで、雄猫はリナリーに近づいただけで蹴り殺されかねない。
 『僕なんか、もうすぐ毒を盛られますよ・・・』
 むなしく呟いたアレンに、ラビやクロウリーだけでなく、ユウまでもが憐憫の視線を向ける。
 『アレン・・・コムイが差し出すものは、絶対、食してはならぬであるよ』
 アレンの体長ほどもある、長い顔を寄せ、気遣わしげに言うクロウリーに、アレンはうなだれるように頷く。
 『僕、コムイさんには絶対、近づきません・・・』
 そうは言うものの、油断していると、いつの間にか傍にいるのが、彼の恐ろしいところだ。
 猫よりもうまく気配を消す人間に、仔猫であるアレンが、かなうはずもない。
 と、
 『毒か・・・』
 ふと、ラビが呟いた。
 『すぐ死ぬようなもんは食わされなくても、餌に、玉ねぎとか鶏の骨なんか混ぜられたら、きっついさ・・・』
 『そういえばモヤシ、こないだ人間用のシチューを食って死に掛けてたな』
 『えぇっ?!アレン君、たまねぎ入りのシチュー食べちゃったの?!』
 驚くリナリーに、アレンは乾いた笑声を上げる。
 『・・・あの時は、お花畑が見えました・・・』
 『それは・・・大変なことであったな・・・』
 自身の失敗にうな垂れるアレンを、気遣わしげに慰めるクロウリーに反し、雄猫たちは無情だ。
 『バーカ!あんだけ食やぁ、普通の餌だってぶっ倒れるぜ!』
 『アレン、お前、馬鹿にもほどがあるさ・・・。
 いくら玉ねぎでも、少々の量じゃぶっ倒れねぇっつーのに、どんだけ食ったんさ』
 『どれだけって・・・えー・・・・・・』
 ラビの問いに、アレンが視線を泳がせると、ユウは心底馬鹿にした口調で吐き捨てた。
 『10人前は食ってたろ』
 猫の容量ではなく、人間の容量で、と付け加えると、リナリーが大きな目を更に見開く。
 『アレン君!ダメだよ、死んじゃうよ?!』
 『仔猫のくせに、無茶をするであるなぁ・・・』
 呆れて呟いたクロウリーが、突如、びくりと身を震わせて立ち上がった。
 『どしたんさ?』
 ラビは、クロウリーの視線を追って、こちらに向かってくる白衣の青年を見止める。
 『あ。科学班の奴さ』
 途端、クロウリーは逃げ腰になり、リナリーは素早く近くの木に駆け上った。
 葉陰に隠れ、こっそりと様子を伺うリナリーの眼下で、科学班の青年はクロウリーの前にしゃがみこむ。
 「クロ!ようやく見つけた!」
 嬉しげな声に反し、クロウリーは青年が何か、不審な動きをすればすぐにでも逃げられるように、後足に力を込めた。
 と、クロウリーの警戒に反応したように、猫たちも警戒気味に青年を見上げる。
 「・・・おまえ、変な犬だなぁ。猫に懐かれてんのか?」
 犬猫の警戒には気づかない様子で、青年は怯える犬に、ためらわず手を伸ばした。
 「ごめんなぁ。室長が、妙なもの食わせちゃったんだってな?」
 怯えた上目遣いの犬をなでつつ、青年は、ポケットからジャーキーを取り出してクロウリーの鼻先に差し出す。
 「あの人は、犬派の奴らでシメといたからな。
 もう大丈夫とは思うけど・・・室長からは絶対、餌をもらうんじゃないぞ?」
 疑い深く、慎重に差し出されたジャーキーを嗅いでいたクロウリーは、再三鼻先に突きつけられて、おずおずと口にくわえた。
 「よしよし、いい子だな〜!」
 更に激しくクロウリーを撫でた青年は、ふと、自分の白衣を見下ろして、そのポケットに入り込もうとしていた白猫を摘み上げる。
 「こーら!アレン!もうジャーキーは持ってないよ!」
 『にゃー!!僕もー!!』
 「持ってないもんは持ってないの!」
 暴れるアレンをクロウリーの背中に乗せて、青年は立ち上がった。
 「じゃーなー、クロ!後で、散歩いこーな!」
 ばいばい、と、クロウリーへ振っていた青年の手が、ひょい、と木に伸び、葉に隠れていた仔猫を摘みあげる。
 『にゃあー!!放して、ジョニー!!』
 泣き声を上げて暴れる黒猫を、しかし、青年はがっちりと抱え込んだ。
 「リナリー、お前がいなくなると、室長が仕事しないんだよ。
 ホラ、おとなしくしな」
 『やぁぁぁ!!もっと遊びたいー!!もっと遊ぶのー!!』
 「イテテ!引っかくなよ!」
 激しく暴れる仔猫を、白衣にくるんで、青年は踵を返す。
 『やーだー!!放してー!!ヤダ――――!!』
 しかし、リナリーの抵抗も空しく、彼女は、科学班へと密かに運び込まれた。
 ジョニーがそっと、研究室のドアを開けると、部屋の奥ではコムイが、大量の書類と格闘している。
 どうやら、リナリーがいなくなったことには気づいていないようだと安堵して、ジョニーは窓辺に寝そべる黒猫の傍らに、何食わぬ顔でリナリーを置いた。
 『あら・・・。もう帰ってきたの、リナリーちゃん』
 顔を上げて微笑むミランダに、リナリーはむくれて首を振った。
 『自分で帰ってきたんじゃないの!ジョニーに連れ戻されたの!』
 そう言って、リナリーが憮然と見遣った先では、ジョニーが、リナリーの抜け出した換気口を閉じていた。
 『あらら・・・閉められちゃったわね』
 ミランダが、どこか暢気な口調で言うと、リナリーはふてくされて、自分の前脚に顔をうずめた。
 と、ミランダが、悪戯っぽい笑みを浮かべて、リナリーの耳に口元を寄せる。
 『・・・じゃあ、明日は別の抜け道を教えてあげるわね』
 『え?!』
 ぴくんっ!と、耳を震わせる彼女に、ミランダは笑みを深めた。
 『その代わり、教えてあげるのは明日よ。
 あなたがまた、逃げちゃったら・・・・・・』
 そう言って、ミランダは気遣わしげな視線をリーバーに寄せる。
 『あのひとが、かわいそうだもの』
 仕事が片付かないせいで、もう、随分と寝ていないのだというミランダに、リナリーは笑みを浮かべて頷いた。
 『わかったわ!
 じゃあ明日、抜け道を教えてもらうお礼に、仕事を終わらせてあげる!』
 自信ありげに言うと、リナリーは窓辺から飛び降り、室内を素早く横切って、コムイの膝の上に乗る。
 「にゃあ」
 「あぁん リナリィィィィ〜〜〜 お兄ちゃんのおひざに乗って、どうしたのぉ〜?」
 目尻を下げ、蕩けそうな猫なで声を発しつつ、コムイはリナリーの艶やかな毛並みを撫でた。
 「おやつぅ〜?お水ぅ〜?なにが欲しいのぉ〜〜〜?」
 差し出された手を、ぺろりと撫でて、リナリーはコムイの膝の上に寝そべる。
 「あぁん リナリー おねむなんだねぇ
 うんっ 甘えん坊さんっ
 いい年をした大人の言葉とは思えない台詞を、次々に吐き出すコムイに、室内の全員がうそ寒げな視線を向ける。
 が、彼は気にも留めない様子で、リナリーを撫でる手をそっと離した。
 「ふふふふふ リナリー おやすみぃー
 幸せそうな笑みは、しかし、机上の書類と、彼の執務机の前に並ぶ班員達の、鬼気迫る表情に、一瞬にして凍りついた。
 「さーぁ、室長?
 リナリーがあんたのお膝の上でねんねしたからには、もう逃げられないっすよねぇ?」
 「リナリーの眠りを邪魔されたくなければ、おとなしくハンコを捺せ!!」
 脅迫まがいの要求に、コムイは震える手で判を握る。
 「うっうっうっ・・・!
 リナリー・・・!お兄ちゃん、がんばるからね・・・!」
 滂沱と涙を滴らせながら、コムイは、膝上のリナリーを起こさないよう気を遣いつつ、次々と書類を処理して行った。


 「・・・で、今度は大丈夫じゃないかと思うんだ」
 いつの間にか、本当に眠ってしまったリナリーは、兄の声に、ふと目を覚まして見上げた。
 珍しいことに、仕事は片付いてしまったのか、コムイは班のメンバーと談笑している。
 「室長・・・仕事もしないで、そんな研究してたんすか!」
 「そんな事は、料理長にでも任せておけばいいでしょうに!」
 「そうっすよ!班長も何とか言ってやってください!!」
 しかし、いつもなら批判の急先鋒であるはずのリーバーは、メンバーの要請に黙ったままだ。
 と、
 「まさか・・・班長、室長がキャットフード作るの、賛成なんすかっ?!」
 「ありえねー!この猫キチども!!」
 メンバーたちの非難にさらされる中、コムイが目をきらきらさせてリーバーに詰め寄る。
 「リーバー君、協力してくれるかい?!
 君が手伝ってくれたら、猫用健康フードの完成も間近だよ!」
 しかし、リーバーは、コムイにも頷かなかった。
 と言うのも、
 「猫の健康食を作るのは、大いに結構っすよ。
 けど、俺のミランダを実験に使われるのはゴメンっす!」
 険しい顔で断言すると、彼は不安げに震える黒猫を抱きしめる。
 コムイが大事な大事なリナリーを、実験に使うなんて事は、絶対にありえないと見越しての発言に、コムイは『ノープレブレム!』と、鮮やかに笑った。
 「この子たちの他にも、猫はたくさんいるじゃないか!」
 その発言に、部屋はしん・・・と、静まり返る。
 「あれ?どーしたの、みんな?」
 きょとん、とした顔で首を傾げるコムイに、次の瞬間、非難が集中した。
 「どーしたの、じゃないっすよ、室長!」
 「あんた、この機会に雄猫たち、みんな殺そうとしてるでしょ!」
 「そんなこと、神が許さないから!!」
 一斉に吠え立てられて、コムイは口を尖らせる。
 「殺さないよぉー。ちょっと、試すだけじゃないかー」
 「あんたのせいで、クロがどんなひどい目に遭ったと思ってんすか!
 あいつ、白衣見て怯えてましたよっ!!」
 ジョニーの剣幕に、犬派のメンバーたちが何度も頷く。
 「体の大きなクロでさえ、死ぬほど苦しんだって言うしな・・・」
 「もう改良したってばー!
 信用ないなぁ、みんなぁ」
 苦笑するコムイに、しかし、返った視線は氷点下の冷たさだ。
 「あれ・・・?
 もしかして、信用されてない、ボク?」
 悲しげな目をするコムイに、虐げられ続けた部下たちは、同情も憐憫もためらいもなく、一斉に頷いた。
 「ひ・・・ひどいっ!
 ボクが何をしたっていうのさっ!!」
 「何もしてないと思ってんのか、あんたは!!」
 怒りの大合唱に、驚いたリナリーがコムイの膝から飛び降りる。
 「あっ!リナリー!!
 チョット君達!!リナリーがびっくりしてるじゃないか!」
 慌てて追いかけたコムイが追いつけない素早さで、各デスクの下を潜り抜け、リナリーは細く開いたドアをすり抜けた。
 そのまま、廊下の窓から外へ飛び出し、夕闇に覆われた庭を駆けていく。
 『アレン君!ユウ!!ラビ!!!』
 声を上げるが、犬の倍はある猫たちの聴覚をもってしても、彼女の声が届かない場所にいるらしい。
 『ラビは帰っちゃったのかな・・・アレン君はどこにいるかわからないし・・・!』
 ラビは、この城の猫ではなく、近所にある鍼灸院の老人の飼い猫だ。
 夜には帰ってしまうし、アレンは、飼い主であるクロス神父が帰ってこないので、城中を自由気ままにうろついている。
 居場所が特定できるのは、ティエドール元帥の飼い猫であるユウだけだった。
 闇の中で踵を返すと、リナリーは風のような速さで回廊を巡った。
 『ユウ!!』
 おそらく、飼い猫のために元帥が開けていたのだろう、ドアの隙間から入り込んで、リナリーはユウの寝そべる窓辺に飛び乗る。
 が、目測を誤り、ユウの背中に着地してしまった。
 『がふっ!!』
 避ける間もなく攻撃を喰らったユウが、血反吐を吐いて痙攣する様に、リナリーは苛立たしく彼の頬を打つ。
 『ユウ、起きて!!白目剥いてる場合じゃないの!!』
 『てめぇが俺に蹴り入れたからだろぉが、この跳ね馬が!!』
 『リナリー猫だもん!馬じゃないもん!!』
 『てめぇのじゃじゃ馬振りが、『おてんば』なんてあめぇ言葉で済むかってぇんだ!!』
 吼えられて、リナリーはムッと口元を引き結ぶ。
 『・・・なによ!そんなこと言うなら、教えてあげないよ?!』
 『あ?何がだ?』
 『ふんっ!教えてあげないもん!』
 『だったらとっとと出てけよ、てめぇ!!』
 二匹が毛を逆立てて怒鳴りあう間に、いやに暢気な声が割って入った。
 「ユーゥ ごはんだよー
 皿をささげるように持って、ティエドール元帥が足早に寄ってくる。
 が、ユウはその皿の中身を見るや、激しく吼えた。
 『やい、オヤジ!俺はドライフードは食わねぇっつったろ!!』
 不満げな声を上げるユウを、ティエドール元帥は猫なで声でなだめる。
 「そんなことを言わずに、食べてごらん?
 コムイが、猫の健康食として、わざわざ開発してくれたんだよ?」
 眉を下げ、なおも差し出すティエドール元帥を、しかし、ユウはそっぽを向いて無視した。
 『俺が食ってやってもいいと思うのは、ササミ入りカツオ&マグロ缶だけだ!それ以外は食わねぇ!』
 「えぇー・・・。
 ダメ?ダメなのかい?ユウちゃーん・・・」
 しかし、ユウは懇願する元帥に背を向け、不機嫌そうに尻尾を振っている。
 「じゃぁ・・・リナリー、食べるかい?キミの飼い主が作った健康食だよ?」
 こんもりと盛られたドライフードを差し出されたリナリーは、びくっと震えて、後ずさった。
 「おや?どうしたんだい、リナリー?」
 元帥が大きな手で撫でてやると、リナリーは抵抗せずに頭をすり寄せたが、再びドライフードを差し出すと、震えながらあとずさっていく。
 『?
 リナリー、もしかして、慌てていたのはこの事か?』
 ユウの問いに、リナリーは強張った顔で頷いた。
 『に・・・兄さんが言ってたの・・・!
 クロウリーにあげた餌を改良したから、雄猫たちに食べさせて実験するって・・・・・・』
 『ちっ・・・!あのヤロウ・・・・・・』
 忌々しげな顔で舌打ちし、ユウは、その長い尾を勢いよく振り上げた。
 「あ!」
 ユウの尾は鞭のようにしなって、元帥の持つ皿を弾き落とす。
 「あぁっ!!ユウ、何てことするんだい!!」
 床中に散らばったドライフードを悲しげに見下ろす元帥を無視して、ユウはリナリーを睨みつけた。
 『てめぇのアニキは、絶対シメる』
 『・・・・・・・・・』
 ユウを黙って睨み返すと、リナリーはドライフードの散らばった床に飛び降り、ぼやきながら掃除をする元帥の横をすり抜けて、するりと部屋を出て行った。
 『なによ!ユウなんて、おなかこわしちゃえ!!』
 ぷりぷりと怒りながら、リナリーはアレンを探しに、闇に沈んだ回廊を風のように駆け巡った。


 「アレンちゃーん!アレンちゃん、ごはんよー!」
 ジェリーの呼びかけに、小さな白猫が、跳ねるように寄ってきた。
 「きゃーん アレンちゃーん
 ジェリーは人懐こい仔猫を愛しげに抱き上げると、大きな手で優しく撫でる。
 「おなかすいたでしょぉ?さぁさぁ、たーんとおあがりなさいねぇ
 『にゃあ(はい、いただきます)』
 「あぁん いい子っ!」
 ジェリーは、直径1mはあるだろう皿にこんもりと盛ったドライフードと、同量のウェットフード、水を並べて、その前にアレンを降ろした。
 皿に歩み寄って、アレンは、ふと首を傾げる。
 『なんか・・・いつものとちがうような・・・?』
 ドライフードの匂いを嗅いで、また首を傾げ、アレンは先にウェットフードに口をつける。
 「あら、アレンちゃん、このドライフード嫌いー?」
 哀しげに眉をひそめるジェリーを見上げ、アレンは一声鳴いた。
 『だって、変な臭いがするんですよ』
 「うーん・・・やっぱり、急に種類を変えちゃうとダメなのねぇ・・・。
 でも、栄養はあるそうなのよ?」
 既にウェットフードを平らげた猫が、いつまでもドライフードに寄ってこない様子に、ジェリーは寂しげに皿を取り上げる。
 「じゃあ、いつものに戻しましょうか」
 その様子に、良心の呵責を覚えたのか、アレンはジェリーの膝に前脚を乗せた。
 『ごめんなさい、ジェリーさん。僕、食べますから』
 「あぁん、いいのよ、アレンちゃん。いきなり変えちゃったアタシも悪かったわァ」
 『でも・・・せっかく作ってくれたんですから・・・・・・』
 そのまま彼女の膝の上に乗って、ジェリーが持つ皿に首を伸ばす。
 「ううん、違うのよぉ。コレ、さっきコムイが持って来てくれたの」
 『え゛?!』
 ドライフードに食いつこうとしたアレンが、思わず凍りついた時―――― 
 『アレン君!ダメ!!』
 いずこの空からか降ってきたリナリーが、皿の上に着地して、ドライフードをすべてぶちまけてしまった。
 「リナリー!!アンタ、どっから落ちてくるのよぉぉぉっ?!」
 頭からドライフードをかぶってしまったジェリーが、激怒の声を上げるが、リナリーは聞こえない様子で、目を丸くしているアレンに詰め寄る。
 『アレン君、大丈夫?!』
 『う・・・うん・・・・・・』
 リナリーの剣幕に驚きながらも、アレンが頷くと、彼女はほっと吐息した。
 『よかった・・・!
 あのね、兄さんが、クロウリーに食べさせてたフードを、雄猫たちで実験しようとして、みんなに配ってるみたいなの!』
 『え・・・えぇっ?!』
 目を剥くアレンに、リナリーは真剣な顔で頷く。
 『だから、絶対、このドライフードは食べちゃダメだよ?』
 ぶんぶんと、首が千切れそうなほどに頷いたアレンに、リナリーはほっとして微笑んだ。
 が、
 「んもう!この子は!!」
 ジェリーに摘み上げられ、怖い目で叱られて、リナリーが哀しげにうな垂れる。
 「ご飯が欲しいのなら、コムイの所に戻りなさい!こんなに散らかして・・・!めっ!!」
 『ごめんなさぁい・・・』
 殊勝に詫びて、床に下ろしてもらうと、リナリーはくるりと踵を返して、再びアレンに駆け寄った。
 『じゃあね、アレン君。これからも、兄さんが作ったものには気をつけてね』
 『ハイ、リナリー。助けてくれて、ありがとうございました』
 『どういたしまして
 にこりと笑うと、リナリーは再び踵を返す。
 『明日もまたあそぼーね
 『ハイ
 飛ぶ様に駆けて行ったリナリーを見送り、アレンはジェリーに目を戻した。
 彼女は、まだブツブツとぼやきながら、床中に散らばったドライフードを掃除している。
 『ジェリーさぁん、おなかすいたぁー』
 「え?ハイハイ、ちょっと待ってね、アレンちゃん。コレ片付けてからね」
 足に絡みつく仔猫に、とろけるような笑みを向けつつ、ジェリーは手早く掃き集めたドライフードをちりとりに入れると、いつものフードを皿にあけてくれた。


 翌日は、朝から気持ちよく晴れていた。
 のんびりと散歩しながら、城にやってきたラビは、遊び相手を探して城内をそぞろ歩く。
 と、見知った顔の料理長が、厨房の勝手口から出てきた。
 『にゃあ(や、姐さん)』
 近づいて声を掛けると、彼女はしゃがみこんで、ラビの顎の下をかく。
 「今日も来たの、ラビ〜
 アンタ、よっぽどここが好きなのねぇ
 と、ジェリーはふと思いついて、腰を上げた。
 「ラビ、アンタ、ドライフード好き?」
 言いつつ、彼女は踵を返して厨房に戻ると、空の皿とドライフードの袋を持って戻ってくる。
 「うちの猫たち、このごはんがキライらしいのよぉー」
 困ったように笑って、ジェリーは皿の中にドライフードをいれた。
 「よかったらアンタ、食べなさい
 『ありがとさ、姐さん
 料理長のもてなしに安心しきって、ラビは、こんもりと盛られたドライフードに食いついた―――― 途端。
 「きゃああああ?!ラビ?!」
 泡を吹いて倒れた猫を、ジェリーは悲鳴を上げて抱き起こした。
 「どうしたのアンタ!!もしかして、今のドライフードなの?!ヤダ!!吐きなさい!!ホラ!!」
 逆さまに吊られ、思いっきり背中を叩かれて、ラビは血反吐と共にドライフードを吐き出す。
 「コムイ!アンタ一体、なにを盛ったの!!」
 絶叫しつつ、ジェリーは白目を剥いて、ぐったりとした茶トラを科学班に運びこんだ。
 「大変よ!」
 料理長の絶叫に、コムイは彼女と彼女が抱えた猫を見比べ、暢気に首を傾げる。
 「どうしたんだい、ジェリー?」
 コムイに抱かれたリナリーも、気遣わしげに見守る中、ジェリーは足音も荒くコムイに詰め寄った。
 「どうもこうも!アンタの作ったフードを上げたら、泡吹いて倒れたのよ!!」
 どうにかしなさい!と、絶叫する彼女から、ラビを受け取ったコムイは、完全に気絶している猫をためつすがめつ見て、再び首を傾げる。
 「あれー?そんなにまずかったかな、薬味入りフード?」
 「薬味って・・・何を混ぜたの!!」
 「んー・・・夏の食中毒防止に、生姜とねぎとわさび・・・ぃぃぃぃっ!!」
 「死ぬわよっ!!」
 ジェリーの大きな拳で殴られて、コムイが見事に吹っ飛ぶ。
 「道理で、アレンちゃんが嫌がるはずだわ!アンタ、二度と猫たちに変なもの食べさせるんじゃないわよ!!」
 床の上に伸びたコムイからラビを取り上げ、ジェリーはラビの飼い主・・・鍼灸院の主である老人のもとへと急いだ。


 『死ぬかと思ったさ・・・・・・・・・』
 数日後、城に現れたラビの、すっかり憔悴した様子に、クロウリーは気遣わしげに眉を寄せた。
 『だから、言ったである・・・・・・あの人間の作ったものは、食べてはいけないである』
 『だって、姐さんがくれたもんだから、安心してたんさ』
 前脚に顔をうずめて、げっそりと吐息するラビに、アレンも気の毒そうな目を向ける。
 『僕も・・・リナリーが止めてくれなきゃ、危うく食べちゃうところでした』
 『あのヤロウ・・・ウチのオヤジや料理長を介すたぁ、なめたマネをしやがるぜ』
 凄みのある低い声音で言うと、ユウは、くるりと踵を返した。
 『・・・なにか、するのであるか?』
 不安げなクロウリーの声に、顔だけ振り返ったユウは、尻尾をぴんと立てて、低く呟く。
 『決まってんだろ・・・シメる!!』
 びくっと、震えたクロウリーに反し、茶トラと白猫は、目を輝かせて立ち上がった。
 『俺もやるさ!!』
 『僕も!!』
 怨み骨髄に達した猫たちは、跳ねるようにユウの後に続く。
 『ひと泡吹かせてやる!』
 ユウの言葉に、普段は仲がいいとは言えないアレンまでも、同感の声を上げた。


 『それで・・・どうしたいの?』
 科学班に乗り込んできた仔猫達を、一旦廊下に出したミランダは、困ったように首を傾げた。
 『あいつの机のもの、めちゃくちゃしてやる!!』
 うなるように言ったユウに、しかし、ミランダは首を振る。
 『それはダメよ。
 コムイさんのデスクをかき回されて、本当に困るのは科学班のひとたちだもの。コムイさんはむしろ、仕事がサボれるって、喜ぶんじゃないかしら?』
 それに・・・と、仔猫達を見回し、ミランダは気弱そうに微笑んだ。
 『科学班の人たちを怒らせたら、あなたたちも困るでしょ?』
 言われて、ラビがあっさりと頷く。
 『それもそうさ。せっかく、俺らに好意的な奴らまで敵にしちゃ、ここにいづらくなるさ』
 『えぇー!!じゃあ、どうするんですか!!』
 不満げな声を上げる白猫に、ミランダは、困ったような笑みを浮かべた。
 『ここはダメよ、アレン君。どうせやるなら・・・・・・』
 思わせぶりに口をつぐむ彼女に、仔猫たちはピクリと尻尾を上げる。
 『奴の実験室か!』
 『そっかぁ・・・あそこなら、科学班の連中も怒んないさ』
 『ぶっ潰しましょう!!』
 気炎を上げて駆け去っていった仔猫達を見送り、ミランダはほっと息をついた。
 『よかった・・・。
 リーバーさん、なんとか回避しましたよ
 仔猫たちの科学班攻撃を未然に防いだミランダは、誇らしげに研究室内に戻り、一心にペンを走らせているリーバーの膝に乗った。
 『がんばってくださいね』
 目は書類から離さないまま、空いた方の手でミランダを撫でる彼に、彼女は嬉しそうに目を細めた。


 ―――― 数時間後。
 城中を揺るがす爆音に、城内は大騒ぎになった。
 「なっ・・・何事だ?!」
 「爆発だ!!」
 「コムイ室長の実験室が火元らしいぞ!!」
 黒煙が充満する回廊を、慌しく人々が行き交う。
 「消火班!!至急、火を消せ!!」
 「科学班!!消化班に危険物のサーチ&ナビ!!」
 「救護班だ!!怪我人はいないか?!」
 怒号が飛び交う中、炎に蹂躙された研究室から飛び出してきた猫たちは、駆け回る人間たちに踏み潰されないよう、廊下の窓枠に飛び乗って、お互いの姿を見合った。
 黒猫のユウはともかく、ラビもアレンも煤に汚れ、アレンなどは黒猫になってしまったようだ。
 『ひでぇカッコだな、お前ら』
 にやりと笑ったユウに、ラビとアレンは、お互いの姿を見て吹き出した。
 『ホント、ひっでぇさ!』
 『こんなに燃えるなんて、思いませんでしたねぇ』
 楽しげな笑声を上げつつ、三匹は、今か今かと、『彼』の到着を待つ。
 と、
 「ぎゃああああああ!!!!ナニコレー!!!!」
 待ちかねたコムイの絶叫に、猫たちは嬉しげに尾を振った。
 「ボクの研究室!!ボクの研究室がァァァァァ!!!!」
 コムイの悲鳴を、報復成功の狼煙とばかり、心地良く聞いて、猫たちはそれぞれに快哉を上げる。
 『やったぁ!』
 『俺を殺しかけた仕返しさ♪』
 『これでしばらくは、くだらねぇ研究はできねぇな!』
 満足げに喉を鳴らし、小さな復讐者たちは、未だ騒ぎの収まらない城から外に出た。
 『今日はどこで日向ぼっこするー?』
 『あ、俺、いいとこ見つけたんさー♪ユウも一緒に来るさ
 『はっ・・・!今日だけは付き合ってやらぁ』
 そんな会話を交わしつつ、猫たちは、今日も暢気に庭をそぞろ歩いていった・・・。




Fin.

 










リクエスト8番目、『幸せな日常』でした。
現実(原作)があまりに厳しくて、もはや、猫にする以外は幸せもほのぼのも探せなかったよ、ママン;;
『これ、幸せか・・・?』と言われそうですが、仔猫たちが戯れている姿を想像するだけで、ワタシ的にはバリバリ幸せですYO!>どんな最低基準か;
班長とミランダさんもラブラブですしね!!>コレをラブといっていいのか;
ちなみにクロちゃんの犬種は、黒のレトリバーなんてどうすか。>聞かれても・・・。












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