† C'est La Vie †
秋と呼ぶには、まだ残暑の厳しい9月のある日。 『ひと月に、せめて一日は休まないと死ぬ!!』と訴えられたコムイは、職場環境改良対策として、交代で休日を入れる事を許可した。 「気兼ねなく休める日があるって、いい事だねぇ〜」 「・・・アンタ、いつもサボってるじゃないっすか」 嬉しそうな足取りで、科学班を出て行く本日休業日のコムイの背に、恨みがましいリーバーの声が刺さる。 が、コムイは全く聞こえない様子で、陽気な笑みを浮かべ、リーバーの肩を叩いた。 「リーバー君も、明日はゆっくり休みなよ〜♪ せっかくの・・・」 言いかけて、コムイははた、と口をつぐむ。 「明日? なんかあったっすか?」 訝しげに眉をひそめるリーバーに、大げさに首を振り、コムイはいそいそとドアに向かった。 「なーんでも! じゃぁーねぇ〜〜!今日はボク、リナリーとデートなんだぁ〜〜♪」 奇声を上げつつ、コムイはドアを開けるととろけそうな顔を全員に向ける。 「みんな、がんばってねぇ〜〜〜♪」 陽気な声と共に、勢いよく閉まったドアへ、殺気のこもった視線が突き刺さった。 「室長のヤロウ〜〜〜!!」 「職場改善とか言って、あの人が一番に休んでんじゃないすか!!」 「ちっくしょ・・・! 一緒に出かける相手がいる奴はいいよなぁ・・・!」 嫉妬交じりの声を上げつつ、メンバーが書類に目を落としたままのリーバーを見やる。 「班長は、明日どうするんすか?」 「ん〜?」 問われて、リーバーはデスクに積み上げられた、膨大な書類を見上げた。 「決まってんだろ・・・・・・爆睡する!」 今日も徹夜決定だな、と、リーバーはぼそりと呟く。 「・・・色気ないなぁ」 「せっかくだから、出かけたらどうなんすか」 「湖水地方なんて言いませんから、せめてロンドンに出るとかさぁ」 「俺は気晴らしよりも、睡眠が欲しい」 自分の発言が、憐憫の目を集めたことには全く気づかず、リーバーは黙々と目の前の書類を片付けて行った。 「・・・っ班長!俺たちも手伝いますから!」 「明日はゆっくり寝てくださいねっ!!」 「へ? ・・・あぁ、サンキュ」 目にいっぱいの涙を溜めた部下達を訝しげに見上げたリーバーは、しかし、その一瞬後には再び書類に視線を戻し、ただひたすらペンを走らせた。 部下達に仕事を任せて休日を決め込んだコムイは、愛しい妹を傍らに、ロンドンへ向かう馬車に揺られていた。 「兄さん、付き合ってもらっちゃって、ゴメンね?」 小首を傾げ、コムイを見上げるリナリーに、彼はとろけそうな笑みを浮かべてかぶりを振る。 「いいんだよぉ きゅ、と、抱きしめられて、リナリーは嬉しそうに笑った。 コムイと違い、人目のある場所では自粛するリナリーだが、誰の目にも触れない馬車の中なら遠慮はいらないとばかり、大好きな兄に甘える。 「あのね、明日、班長のお誕生日でしょ?班長にプレゼントを買いたいの でね、お城から出られないみんなからも、プレゼントのリストをもらってるから、ゆっくりお買い物したいの 「うん 今日は一日中付き合ってあげられるからね 目尻を下げてリナリーの頭を撫でる兄に、リナリーも嬉しげに擦り寄った。 「それでね、それでね・・・」 「お買い物が終わったら、ティーサロンに連れてって欲しいの、でしょー?」 リナリーの言葉を先取りした兄に、彼女は目を輝かせて頷く。 「えへへ 「僕もだよー ・・・熱烈な兄妹愛の熱気にあてられたか、馬車を牽く馬が、ぶるりと震えた。 その頃、談話室では、ソファに寝転がり、読書をするラビに、アレンがまとわりついていた。 「とうとう明日ですね、ラビ!」 目をきらきらと輝かせるアレンを、ラビは気のない様子で見やる。 「んー?ナニがさ?」 「リーバーさんの誕生日!! ねぇ、また何かやるんでしょ?」 「んー?どうすっかなぁ・・・」 にんまりと笑みを浮かべて、とぼける彼を、アレンは乱暴に揺さぶった。 「教えてよぅ!! ねぇ、今度はなにやらかすんですか?!」 「別に、なんも企んでねーよー」 左右に揺さぶられながら、それでも本を手放さないラビから、アレンはそれを取り上げる。 「・・・・・・なにこれ。『大陸の毒薬一覧』って・・・誰か殺すの?」 「お前じゃあるまいし」 きっぱりと言って、ラビはようやく身を起こした。 「今年はホントに、なんも企んでねーさ」 「なんで?!」 アレンの、非難がましい声音に、ラビは気取った笑みを浮かべる。 「いやぁ・・・俺も、一つ年を取ったことだし? もうそろそろ、落ち着こうかなぁ・・・なーんて思うんさー」 「落ち着く?ラビが?」 呟くや、アレンは失礼なことに、思いっきり吹き出した。 「そんなの、ハムスターをおとなしくさせるより難しいよ!」 「誰がハムスターさ!!」 甚だ失礼なアレンの態度に、ラビが思わず声を上げる。 「夜中走り回る、騒がしいげっ歯類と一緒にすんじゃないさ!!」 ラビの抗議を、しかし、アレンはそよ風のように聞き流して、再び詰め寄った。 「ねぇねぇ、ホントは何か、企んでるんでしょ?」 「・・・しらねーよ」 「じゃあ、今考えなよ!今!!」 しつこく絡んでくるアレンを、うるさげに押しやって、ラビは、アレンの手から本を奪い返す。 「しつっこいさ、アレン! そんなにやりたいなら、お前が何か考えるさ!」 「えー・・・・・・」 ラビのアイディアに便乗しようと思っていたアレンは、そう言われて思いっきり眉根を寄せた。 しばらくして、はた、と手を叩き、アレンは顔を上げる。 「カンガルーをプレゼントするのは?!」 「去年企んで、ジジィに半殺しにされた」 「じゃあ、ワラビー」 「絶滅しそうなんでやめたさ」 「・・・コアラ?」 「去年、ミランダがやったろ」 「・・・・・・カモノハシ」 「・・・いい加減、動物から離れるさ」 呆れ顔のラビに、アレンは再び眉を寄せて、首を傾げた。 「じゃあまた、花火打ち上げてくれるの?」 「そうだなぁ・・・やりてーけど、火薬盗んだら警備班が怒るんさー」 苦笑するラビに、アレンもつられて笑う。 「じゃあ、ホントに何にも考えてないんだ?」 「まーな」 「へぇ・・・ラビにしては、珍しいねぇ」 言いつつ、アレンはラビの胸倉を掴み、乱暴に揺さぶった。 「・・・って、だまされると思ってんですか!! とっとと吐きなさい!!」 「ちょっ・・・!おまっ・・・!!疑り深すぎさ!!」 「経験に基づいた推理ですよっ!吐けー!!」 「きゃー!!いやんっ!!タスケテー!!」 気色の悪い声を上げつつ、ラビはアレンの手を振りほどき、脱兎の勢いで逃げていく。 「待てー!!」 すぐさま、アレンはラビの後を追いかけ―――― 突如始まった鬼ごっこは、随分と長い時間続いた。 夕刻、兄と仲良く連れ立って帰って来たリナリーは、大量の荷物を自室に運び入れると、すぐにミランダの部屋に向かった。 「ミランダ」 呼びかけると、ドアはすぐに内側から開く。 「あら、お帰りなさい。 お兄さんとのデートは楽しかった?」 部屋に招じ入れられたリナリーは、その問いに大きく頷いて、にこりと笑う。 「それでね、私、思いついたの」 いたずらっぽい口調で言って、リナリーはミランダを上目使いに見上げた。 「ミランダ、明日、班長とデートしない?」 「・・・・・・ええっ?!」 前触れもなく放たれた言葉に、ミランダは思わず大声を上げる。 「なななななっ!!なんでっ?!」 真っ赤になって慌てるミランダに、リナリーは小首を傾げた。 「イヤ?」 「いいいいいっ!!嫌とかそんなじゃなくてっ!!えぇっとっ・・・!!」 大慌てのミランダをニコニコと見つめて、リナリーは、必要もないのに声を潜める。 「班長、明日のお休みは、一日中爆睡するなんて言ってるんだよ? せっかくのお誕生日なのに、かわいそうだと思わない?」 リナリーはそう言うと、大げさにため息をついて見せた。 「いつも苦労してるんだから、お誕生日くらい、リフレッシュさせてあげたいの!」 途端に目を潤ませ、両手を組み合わせると、リナリーはわざとらしいほどに哀願した。 「お願い、ミランダ! 明日、班長に付き合ってあげて 「・・・・・・・・・」 真っ赤になって沈黙するミランダの、俯いた顔を覗き込んで、リナリーは止めを指す。 「セッティングは、私がやるわ その後・・・ずいぶんと長い間、リナリーは根気よく待ち続け、ようやく、ミランダを頷かせることに成功した。 「・・・どこ行った?!」 日がとっぷりと暮れてしまった後も、広大な城中を駆け回ってラビとの鬼ごっこを続けていたアレンは、とうとう彼を見失って、忌々しげに舌打ちした。 「ちぇっ・・・」 憮然と唇を尖らせ、アレンは踵を返す。 「・・・もういいや。お腹も減ったし」 すっかり拗ねてしまった口調で呟くと、アレンは食堂に向かった。 そのうち、ラビもやってくるだろうと、夕食を摂りつつ待つが、予想に反して、一向に彼が現れる様子はない。 「全く・・・どこに隠れちゃったんだろ」 アレンは憮然と呟いた。 「絶対何か、企んでるのになぁ」 と、 「だって、ラビだもの」 ごく当然のように言って、リナリーがアレンの隣に、夕食のトレイを置く。 「そう言う私も、実は、企んでいることがあって・・・・・・アレン君、協力してくれる?」 悪戯っぽい目で微笑まれ、アレンは、一も二もなく頷いた。 「喜んで!」 「ありがとう!アレン君なら、そう言ってくれると思ったわ ぱぁっと顔を輝かせて、リナリーは歓声を上げる。 「じゃあね・・・・・・」 夕食に手をつけもせず、声を潜めた彼女の口元に耳を寄せたアレンは、その『企み』に、にんまりと笑みを浮かべた。 「リナリー・・・それ、すごく楽しそう!」 「でしょ?!」 嬉しげに手を叩き、リナリーは再び声を潜める。 「絶対、気づかれないようにね、アレン君!」 「任せてください・・・!」 断言して、アレンは自信に満ちた笑みを浮かべた。 翌日、久しぶりの熟睡から醒めたリーバーは、既に日の高く昇った窓の外をぼんやりと見上げ、かなりの時間をそのまま過してから、ようやくベッドに起き上がった。 「ぅあー・・・!よく寝た」 ベッドの脇に積み上げられた本や資料を、器用によけて床に降り立つと、リーバーは部屋の冷蔵庫から炭酸の缶を取り出して、一気に飲み干す。 せっかくの休日を、ほとんど睡眠に費やしたわけだが、特に惜しいとも思わなかった。 「・・・メシに行くか」 本と本の隙間から、辛うじて服を取り出し、棚に積み上げられた資料を崩さないようにちんまりと着替えを済ますと、唯一遠慮なく、外開きにドアを開ける。 途端、 「イタッ!!」 甲高い悲鳴が沸いて、リーバーの眼下に白い頭が沈んだ。 「・・・なにやってんだ、アレン」 頭を抑えてうずくまるアレンを見下ろしたリーバーが、呆れ果てた口調で問うと、彼は涙の浮かんだ目でリーバーを見上げる。 「いきなり開けないでくださいよぅ・・・」 起きるの待ってたのに、と言うアレンに、リーバーは首を傾げた。 「待ってた?なんでだ?」 「リーバーさん、ロンドンに連れてってください リーバーの問いに、アレンは目をキラキラさせて言う。 「ロンドン?なんで俺が付き合うんだ??」 更に眉をひそめたリーバーの腕に、アレンが取りすがった。 「だって、僕一人だと馬車貸してくれないんですよぅ!!」 任務であれば、エクソシストの権限で、馬車でも船でも列車でも、使い放題のアレンだが、団服をまとっていない彼は、15歳の子供だ。 「任務じゃないなら貸せないって、みんなひどいんですぅー!! お願い、リーバーさぁん!!ロンドンに連れてってぇぇ!!」 「ったく・・・仕方ねぇなぁ・・・。 ロンドンの、どこに行くんだ?」 リーバーが呆れ果てた声で言った途端、彼の腕に縋りついていたアレンの顔に、してやったりと言わんばかりの笑みが浮かんだ。 「大英博物館!」 顔を上げたアレンが、止めとばかり提案した行き先に、リーバーは思わず頷く。 「トッテナム・コート・ロードで下ろしてくれれば、後は勝手に帰ってきますから!」 にこりと笑ったアレンに、しかし、既に彼の術中にはまったリーバーは、軽く首を振った。 「だったら俺も付き合うぜ」 大英図書館で読書三昧だ、と、嬉しげに言うリーバーに、アレンは銀色の目を猫のように細める。 ―――― 成功 腹の内に呟き、アレンは満足げにほくそえんた。 その頃、班長不在の科学班では、着々と『準備』が進められていた。 「班長、ビックリするかなぁ〜」 実験の進行を片目で見つつ、器用に色紙を切って紙細工を作っていたジョニーに、天井から金モールを下げつつ、65が頷く。 「すっかり忘れておったようじゃから、驚く顔が見ものじゃの 「慕われてるねぇ、リーバー君てば 大きなボードに、太い筆を振るいつつ、コムイもにこにこと笑った。 見事な毛書で書かれたのは、『HappyBirthday』の文字。 科学班の研究室は、今、サプライズ・パーティの準備で盛り上がっていた。 「ミランダさんとのデートを仕組むなんて、リナリーも、粋なこと考えるよなぁ」 にこにこと呟いたタップに、コムイがこれ以上ないほど目尻を下げる。 「ホントに、リナリーは頭がいいよねぇ リーバー君たちをロンドンに連れ出している間に、サプライズ・パーティの準備をしておくなんてさぁ 「あ!班長が出て来たっすよ!」 城の監視ゴーレムが転送してきた映像を示すと、みなの視線が集まった。 「あはは 「ねぇ、室長!この映像、撮っときましょうよぉ!」 「おや、いい考えだねぇ♪」 「後でからかってやろーぜぇ 録画ボタンに伸びたメンバーの手が、しかし、不意に止まる。 「あれ・・・?」 「なんでアレンが・・・・・・?」 てっきり、ミランダが現れると思っていたメンバーたちの目の前で、リーバーの後を追いかけてきたらしいアレンが、嬉しそうに馬車に乗り込んだ。 「・・・なに邪魔してんだ、アイツ?」 「それより、ミランダさんは・・・?」 呆然とする彼らの前で、馬車は二人を乗せて教団を出て行く。 「・・・・・・・・・?」 この謎のシーンに、有効な解答を見出すべく、教団の頭脳たちは、それぞれの脳を素早く回転させた。 「あ!ここで止めてください!!」 ロンドン市内を進んでいた馬車の中で、突然、アレンが御者に声をかける。 「は?アレン、博物館はまだ先だぜ?」 アレンの傍らで、リーバーは訝しげに眉根を寄せた。 馬車が止まった場所は、ピカデリー・サーカス・・・買い物客で賑わう界隈だ。 「買い物なら、一人で行けよ」 「いいから、リーバーさんもちょっと付き合ってください!」 気乗りしない様子のリーバーを無理矢理引きずりおろして、アレンは足早に広場の中央に向かった。 「天使像の下で、待ち合わせしてるんです♪」 「誰と・・・」 リーバーの問いに、アレンが答える前に、解答が金色の天使像の下で手を振っている。 「リナリー・・・と、ミランダさん?」 目を丸くするリーバーの傍らで、アレンはリナリーと笑みを交わした。 「リーバーさん、僕、リナリーと大英博物館に行って来ますね♪」 「班長、兄さんにはうまくごまかしてね 「は?!ちょっと待て、お前ら!!」 「バイバーィ♪」 仲良く声を揃え、あっという間に雑踏の中へ消えてしまった二人を、リーバーは呆然と見送る。 「・・・っまさか俺、利用された?!」 「違います・・・」 現在入手可能な情報を元に導き出された解答を叫ぶリーバーに、ミランダがすかさず口を挟んだ。 「逆ですよ、リーバーさん・・・・・・」 消え入りそうな声で言うミランダを振り返り、リーバーは解答を求めて見つめる。 と、 「実は・・・・・・」 言いにくそうに、リーバーから視線を逸らしたミランダの顔が、真っ赤に染まった。 「リナリーちゃんに・・・」 事実を話そうとして、ふと、ミランダは口をつぐむ。 「ミランダさん? あのおてんば娘が、またなんか、困ったことを言い出しましたか?」 不審げに問うリーバーに、ミランダはふるりと頭を振って、彼を見上げた。 「いいえ。私が・・・頼んだんです」 「何を?」 予想外の答えに、首を傾げるリーバーの手を、ミランダはおずおずと取る。 「・・・お誕生日、おめでとうございます。 お祝い・・・・・・させてください・・・・・・」 「やった・・・!」 姿を消したと見せかけて、リーバー達を見下ろせる建物の上で、目を皿のようにして様子を伺っていたアレンとリナリーは、二人が共に歩き出したのを見て、歓声を上げた。 「成功よ、アレン君!!」 「やりましたね、リナリー!!」 嬉しげに互いの手を打ち合わせて、二人はまた、リーバー達に視線を戻す。 「どこに行ってるんでしょう?」 「班長のことだから・・・本屋巡りよ、きっと」 呆れた口調で言ったリナリーは、しかし、すぐに口元をほころばせた。 「だけど、大丈夫 ミランダには、ロイヤル・オペラ・ハウスのチケットを渡してあるわ 「さすが・・・! ぬかりはないですね、リナリー!」 「えへへ アレンに誉められて、得意げに笑うと、リナリーは広場を示す。 「ね、もう班長達は行っちゃったから、お茶しに行かない?」 「いいですね」 にこりと笑みを返したアレンに、リナリーは悪戯っぽい笑みを深めた。 「その後、コヴェント・ガーデンに、お買い物に行きたいんだけど・・・付き合ってくれる?」 「コヴェント・・・・・・」 アレンは呟き、口元に笑みを乗せる。 コヴェント・ガーデンは、ロイヤル・オペラ・ハウスの前に広がる市場だ。 言外に、リーバー達をつけて行こう、と言った彼女に、アレンも悪戯っぽい笑みを深める。 「喜んで・・・ クスクスと、含みのある笑声を交わしながら、いたずらっ子二人は、軽やかに広場を見下ろす建物を降りていった。 「・・・今度はなにを企んでおるのだ」 床に座り込み、傍らに広げた本へちらちらと視線を移動させつつ、懸命に作業する弟子を、ブックマンは呆れた様子で見下ろした。 「ひ・み・つ でも、リーバーが絶対喜ぶことさ 老人の問いに、ラビは満面に笑みを浮かべる。 が、ブックマンはそんな弟子にこそ、危険を感じた。 じっくりと、ラビの周りを見れば、化学班から(無断)借用したらしい器具の他に、濃い緑色をした、棘のないサボテンが、ゴロゴロと転がっている。 「・・・・・・ペヨーテ」 老人の呟きに、ラビの手が、びくりと震えた。 「・・・・・・ラビ」 静かな、しかし、厳しい老人の声音に、ラビの目が泳ぐ。 「お前・・・これを誰に使う気だ?」 「・・・っリーバーじゃねぇさ・・・・・・」 完全に目を逸らし、老人の厳格な目から逃れようとしたラビの手から、精製した液体が取り上げられた。 「あぁっ!!せっかく作ったのに!!」 「アホが!!どこの世界に、幻覚剤をプレゼントする奴がいる?!」 「ここに」 応じた途端、ブックマンの鋭い蹴りが、ラビに炸裂する。 「没収じゃ、ボケが!!」 「ちょ・・・ジジィー!!」 血反吐を吐きながら、必死に追いすがるラビの鼻先で、ドアは無情に閉められた。 「ちぇーっ!!」 大声で喚くや、ラビは床に転がり、ずるずると自分のベッドに這い寄ると、その下に隠しておいたサボテンを取り出す。 「作り直しさ!」 ブツブツと、ブックマンへの文句を垂れつつ、ラビは、ペヨーテと言うサボテンに含まれる、幻覚物質を精製していった。 「ロイヤル・オペラ・ハウス・・・今夜は、『フィガロの結婚』ですか」 ティーサロンに置いてあった新聞を広げて、アレンは首を傾げる。 「これって・・・モーツアルトですよね?ドイツ語のオペラでしたっけ?」 アレンの問いに、彼の対面でお茶を飲んでいたリナリーは、ティーカップを置いて微笑んだ。 「ううん、イタリア語よ」 「イタリア語か・・・言語学者のリーバーさんはともかく、ミランダさんはわかるかな??」 「そこが狙いよ」 くすり、と、リナリーは、大きな目を猫のように細めて笑う。 「班長、オペラなんて興味ないもの。 英語やドイツ語の、ミランダも理解できる言葉のオペラだったら、隣で寝ちゃうわ」 「・・・はぁ」 リナリーの思惑が読めず、生返事をするアレンに、リナリーは笑みを深めた。 「だけどミランダが、『私、イタリア語はわからなくって・・・リーバーさん、教えていただけますか?』なーんて言ったら、どうでしょう?」 ミランダの真似のつもりか、上目遣いで、儚げな声を上げるリナリーに、アレンは思わず吹き出す。 「それは・・・寝るわけには行きませんよねぇ!」 「でしょ?! それにね・・・・・・」 クスクスと、軽やかな笑声を上げつつ、リナリーは『フィガロ』のアリエッタを口ずさんだ。 「恋って一体 どんなものかしら♪」 その続きをアレンが引き取る。 「ご婦人方よ 見てください 私の心は恋してますか♪」 有名な一節に、二人は、こらえかねたように笑い出した。 「見たい!!これを訳すリーバーさんを、ものすごく見たいっ!!」 「ね?! 叙情詩とは無縁の班長が、一体、どんな顔して訳すと思う?!」 楽しげに笑って、リナリーは、ふと瞬く。 「ねえ・・・アレン君?」 「フィガロのチケット、まだ買えますかね?」 リナリーの意図を察して、アレンはサロンのウェイターを呼んだ。 一方、本屋の棚と棚に挟まれた狭い通路をすり抜けていたリーバーは、両手で抱えていた本を一旦棚に置くと、前を行くミランダのポケットから落ちた紙片を拾い上げた。 「? ミランダさん、何か落としましたよ?」 「ごっ・・・ごめんなさい!!」 「オペラのチケット・・・俺、持ってましょうか?」 にんまりと笑ったリーバーに、渡す前に『プレゼント』の中身を知られてしまったミランダは、顔を真っ赤にして頷く。 「あの・・・リーバーさん、オペラはお好きですか・・・・・・?」 リナリーに渡されたのだから、嫌いなはずはないだろうとは思いつつ、ミランダがおずおずと聞くと、彼は、にっこり笑って頷いた。 「モーツアルトは好きっすよ。『魔笛』なんか、面白いっすよね・・・」 そう言って、視線を落としたチケットの公演名に、リーバーは首を傾げる。 「フィガロ・・・?ミランダさん、イタリア語もわかるんすか?」 と、ミランダは、後にリナリーが真似する通りの上目遣いでリーバーを見ると、儚げな声を上げた。 「私、イタリア語はわからなくって・・・リーバーさん、教えていただけますか?」 折れそうに細い指を、祈るように組んでの『お願い』を、リーバーは無下にするような男ではない。 「まっかせてください!」 得意げに胸を張る彼へ、嬉しそうに微笑むミランダの背を、その時、通路を塞がんばかりの大きな影が覆った。 「お兄さんたち、その本買うの、買わないの?!」 「っ買います・・・!」 ハタキを持った、巨大な店主に睨まれたリーバーが、気を呑まれて即答する。 「すんませんが、配達よろしく。あと、領収書も」 天井までも届きそうな量の本をカウンターに積み上げて、リーバーは目を丸くする店主に、にこりと笑った。 運良くチケットを入手して、もぐりこんだオペラハウスは、開演前のざわめきに満ちていた。 開演直前に入手したため、空いていたのは3階席のみで、舞台はよく見えなかったが、客席は十分に見渡せる。 「見つけたわ」 席を探している様子の二人を、目ざとく見つけて、リナリーがそっと指し示した。 「よかった・・・!ミランダさん、ちゃんと来れたんですね!」 感嘆するアレンを、訝しげに見るリナリーに、彼は気まずげに言い募る。 「いや・・・だって、リナリーがミランダさんにチケットを渡したって言うから・・・」 アレンに負けず劣らず、不運街道を直進するミランダが、チケットを失くしたり道に迷ったりするのではないかと、心配していたのだ。 「大丈夫よ、班長がついてるから!」 いやに自信に満ちた声に、今度はアレンが首を傾げる。 と、クスクスと笑声を上げつつ、リナリーが再び、眼下の二人を示した。 彼女の指した先では、座席につまづいて、転びそうになったミランダを、リーバーが受け止めている。 「リーバーさん、意外と反射神経いいですね」 思わず感心したアレンは、ふと、リーバーの立場をおもんぱかって、苦笑した。 自分と同じく、問題行動の多い上司の下で、苦労に苦労を重ねるリーバーだ。 あの程度の反射神経は、自然と身についてしまったのだろう。 「うふふ 兄の自慢をするように、リナリーが嬉しげに笑った。 その笑声を制するように、音合わせをしていた楽器が、同じ音を出す。 と、間もなく、オーケストラボックスに指揮者が入り、一階に座る観客たちとほとんど同じ視点で一礼した。 同時に沸いた拍手を制するように指揮棒を上げ、観客のざわめきを収めると同時に、前奏が鳴り響いた――――。 オペラの一幕が上演されている頃、教団の本城でも、ある企みの幕が上がった。 「準備完了〜〜〜!!」 愉しげな歓声の沸く科学班の研究室に、ひょっこりと現れた赤毛の少年は、いかにも残念といった様子で肩を落とす。 「なんだ、もう準備おわっちまたんかよ!」 「もうって・・・当たり前だろ、ラビ!」 「お前、来るの遅すぎ!」 「ボクなんか、クラッカーまで手作りしちゃったよ コムイが得々としてささげ持った、三角帽子ほどもある巨大なクラッカーは、しかし、『危険物』としてあっけなく取り上げられた。 「ちょっ・・・なにするのー!!!」 「なにするの、じゃねぇぇぇっ!!」 「なんっだ、この火薬の量!!爆殺するつもりか!!」 楽しいパーティグッズというよりは、明らかに兵器であるクラッカーは、科学者たちの手で、徹底的に解体される。 「えぐっ・・・えぐっ・・・・・・! ヒドイヨー・・・せっかく、心を込めて作ったのにぃー・・・!」 泣きながら、通常サイズのカップにちまちまと火薬を詰めるコムイを、しかし、彼のせいで危機管理能力に長けざるを得なくなったメンバー達が渾身の力を込めて睨みつけた。 「なにが心を込めて、だ!大量の火薬を込めやがって!」 「思いっきり殺意がこもってんじゃねぇか!!」 「殺意なんか、込めてないもん!!」 泣きながら、必死に反駁するコムイの肩を、ぽすぽすとラビが叩く。 「まぁまぁ、落ち着くさ、みんな」 それより、と、ラビは科学班の面々が各自でキープしている飲料を置いたテーブルに歩み寄った。 「コムイー。俺、コーヒーもらってい?」 「ん?あぁ、イイヨ。 その代わり、新しいの落としといてくれる?」 「ラジャーさ コーヒーポットの中身を全部マグカップに移すと、ラビは、未だに喧々と声を荒げるメンバー達を眺めながら、やや濃い目になるようにコーヒー豆を挽き、そ知らぬ顔でアルコールランプに火をつけて、サイフォンをあぶる。 濃い琥珀色の液体が、コポコポと軽快な音を立てながらポットに落ちてくる様を、楽しげに見ながら、コーヒーをすすった。 やや煮詰まったそれは、ラビの好みより随分と苦かったが、この分なら気づかれることはないと言う確信に、口元がほころぶ。 やがて、サイフォンの音が止み、コーヒーがポットの中に落ちきったのを確かめると、ラビはアルコールランプを消すふりをして、素早くポットの中に、精製したばかりの『薬』を投入した。 「じゃ、俺、帰るさー♪コーヒーごっそさん そそくさと部屋を出て行った少年の背を見送るメンバーの顔に、一様に訝しげな表情が浮かぶ。 「・・・何しに来たんだ、あいつ?」 「さぁ・・・?」 今日は謎が多すぎる・・・と呟いて、彼らは、コムイが性懲りもなく作り出した、危険極まりないクラッカーを処分した。 オペラの舞台では、今、小姓役の歌手が、ヒロインと伯爵夫人の間を行き来しながら、可憐な歌声を響かせていた。 『恋っていったい どんなものかしら ご婦人方よ 見てください 私の心は 恋してますか♪』 その曲が始まった途端、アレンとリナリーは、座席から身を乗り出して、リーバーとミランダを注視する。 舞台そっちのけの二人に、周りの客たちから迷惑げな咳払いが起きたため、すぐさま姿勢は戻したものの・・・目は、相変わらず、リーバー達を凝視していた。 「リーバーさん、訳してますか?」 「見えないわ・・・」 明かりといえば、正面にある舞台を照らす光しかないため、二人の姿は、そのシルエットしか見えない。 「だけど・・・親密な様子ではあるわね 身を寄せ合っているらしいシルエットを、舞台の明かりに透かし見て、リナリーがくすりと笑みを漏らした。 『ご婦人方よ 見て下さい 私の心は 恋してますか ご婦人方よ 見て下さい 私の心は恋してますか♪』 アリエッタを歌い終えた歌手に、観客から拍手が沸く―――― 二幕が終わったところで、アレンは席を立った。 「そろそろ帰らないと・・・僕、コムイさんに殺されますね」 苦笑しつつ差し出されたアレンの手を取り、リナリーも立ち上がった。 「そうね・・・夕食前には戻ってないと!」 三幕への前奏を聞きながら、暗い劇場の中をそろそろと出口へ向かう。 劇場前には、客待ちの馬車がたくさん止まっていた。 「リナリー、先に帰ってください」 リナリーを馬車に乗せると、アレンは路地に立ったまま、にこりと笑う。 「どうして?」 目を丸くするリナリーに、アレンは笑みを、苦笑に変えた。 「一緒に帰ったら、僕、コムイさんに殺されますから」 そう言って、手を振るアレンの腕が、素早く掴まれる。 「じゃあ、途中まで一緒に行きましょ。お城の前で、別れればいいわ」 そう言うと、リナリーはそのまま、馬車の中にアレンを引き込んだ。 「帰ったらパーティね、きっと 「はい 嬉しげに笑うリナリーに、アレンも微笑を返した。 その頃、誕生会の準備を終えた科学班は既に、日常的な慌しさを取り戻していた。 「・・・ところで室長、No.57のイノセンスの武器化なんすけどぉ」 クラッカーの積み上げられたデスクに、実験結果を記した分厚いファイルを置いて、ジョニーが眉を曇らせる。 「んー?あぁ、あれ。目処たった?」 ラビが淹れたコーヒーを、マグカップに注いでいたコムイは、彼の声に振り返った。 床に散らばったままのモールを踏みながら、デスクに戻ってファイルをめくるが、その結果は思わしくない。 「ご覧の通りっす・・・この実験結果見ると、ちょっと難しそうなんすよねぇ」 「うーん・・・。 そうだね、これ以上続けても無駄だろう。ここはきっぱり切り替えて・・・・・・あれ?」 「? どうかしました?」 手にしたマグカップのコーヒーをすすった途端、目を見開いたコムイを、ジョニーが不思議そうに見上げた。 「いや・・・。 このコーヒー、こんな味だったかなぁと思って」 「それ、ラビが淹れた奴でしょ? あいつ、力任せに豆挽いてたから、濃く出ちゃったんじゃないすか?」 「あぁ、ナルホド・・・。うん、そんな感じの味だね」 苦笑して、コムイはまた、コーヒーをすする。 「そう・・・それでね、ジョニー君。一つの枠にとらわれないで、短いスパンで一通りやってみてよ」 「うーん・・・そりゃ、わかってるんすけどぉ・・・。 せっかくここまでこぎつけたもんを諦めるのは・・・・・・」 未練がましく縋るジョニーに、コムイは眉をひそめてマグカップをあけた。 「・・・じゃあ、あと1日あげるヨ。それで無理だったら諦めて」 「あっ・・・ありがとうございます!!」 深々と頭を下げて、踵を返したジョニーに背を向け、コムイはあいたカップに再びコーヒーを注ぐ。 「ところでみんな、リナリーを知らないかい?」 ラビの淹れた、濃いコーヒーに口をつけつつ振り返れば、全員が首を振った。 「でも・・・今回のデート、リナリーが仕組んだんでしょ? こっそり後をつけて回ってんじゃ・・・・・・あ!!」 何気なく呟いたその一言が、優秀な頭脳たちの中で、バラバラに散っていた情報を一つに繋ぐ。 「そうか、それでアレンが班長と!」 「っつか、リナリーだろ、主犯は!!」 「やるなぁ、あいつ・・・ら・・・・・・」 ようやく謎が解けて、嬉しげにはしゃぐ彼らは、しかし、コムイの放つ、怒りのオーラに、たちまち凍りついた。 「ボクの・・・・・・リナリーが・・・・・・!!」 ブルブルと震える手の中で、琥珀色の荒波が立ち、辺りに濃いしみを作る。 「ちょっ・・・!室長、落ち着いて!!」 「ま・・・まずは、コーヒーを置きましょうか!!」 早くも被害をこうむっている書類を、悲鳴を上げつつ懸命に救助していると、コムイはまだ熱いコーヒーを、ぐいっと飲み干し、荒く息をついた。 「あのクソガキィィィィ!!」 地獄から湧き上がってくるような怒声に、みな、一様に震え上がる。 が、次の瞬間、大きな音を立てて、コムイの長身がくずおれた。 「しっ・・・室長?!」 「どうしたんすか?!しっかりして!!」 「お・・・おい!!誰か医学免許持ってる奴、来てくれ!!室長が白目剥いて倒れたー!!」 騒ぎに惹かれたメンバー達が、がわらわらと集まって、床に突っ伏したコムイを囲む。 「なんで・・・激怒のあまり、脳の血管が切れたか?!」 「おいおい・・・冗談じゃないぜ!今この人が使えなくなったら、誰がこの教団まとめんだ?!」 悔しいことに、こんな奇人変人でも、いなくなれば混乱は免れない。 必死な面持ちのメンバーらが囲む中、コムイの傍らにひざまずいていた医師が、忌々しげに舌打ちした。 「瞳孔が散大してる・・・・・・誰だ、室長にヤク盛りやがったのは!!」 「あ」 苛立たしげな絶叫に、優秀な頭脳たちは、いまひとつの謎も解き明かす。 「ラ〜〜ビィィィ〜〜〜〜!!!」 「あのヤロウ〜〜〜〜!!」 数人が素早く踵を返し、ラビがコムイに盛った薬物の正体を問いただすべく、城中に散って行った。 すっかり暗くなった道を、ランタンの明かりで照らしながら、馬車は城門をくぐった。 「なんとか間に合ったわね・・・」 足早に城に入ったリナリーは、妙に城内がざわついているのに、首を傾げる。 「どうかしたのかしら・・・?」 不思議に思いながら、リナリーはまっすぐに食堂に向かった。 ジェリーに会えば、この騒がしさの理由もわかるだろうと、そう思っての事だったが・・・。 「リナリー!!アンタ、早くコムイのとこに行きなさい!!」 食堂に入った途端、飛んできた料理長に腕をつかまれ、引きずられた。 「ジェ・・・ジェリー・・・?!兄さんがどうかしたの?!」 驚くリナリーに、しかし、ジェリーは口を開きかけて・・・首を振る。 「自分の目で見た方がいいわ・・・」 とても信じられないから、と、眉根を寄せるジェリーの面持ちに、リナリーは青ざめた。 「そんな・・・兄さん・・・・・・!!」 凍りついたように動かない脚を懸命に進めて、ようやく科学班の研究室に至ったリナリーは、大きなドアを乱暴に開け、部屋に飛び込む。 「兄さん!!」 「やあ、お帰り、リナリー」 リナリーの悲鳴じみた声に対し、コムイはデスクに着いたまま、ペンを持つ手を上げた。 「あ・・・あれ・・・・・・?」 いつもと変わらぬ兄の様子に、リナリーは傍らの料理長を唖然と見上げる。 と、 「よく見なさい」 苦々しく言われて、兄に視線を戻したリナリーは、ややして、呆然と立ち竦んだ。 兄が・・・いつも、サボることばかりを考えている兄が、まじめに仕事をしている。 彼のデスクに積み上げられた書類が、ものすごい勢いで減っていく様に、リナリーは信じられないものを見てしまったとばかり、ぽかんと口を開けた。 「い・・・いったい、何事なの・・・?!」 答えを求めて、科学班のメンバー達を見渡すと、彼らは無言で同じ場所を示す。 見れば、足の先まで荒縄でぐるぐる巻きにされたラビが、目を回して転がっていた。 「ラ・・・ラビ!!どうしたの?!」 完全に気を失っている彼を、懸命にゆすって起こすと、リナリーはすぐさま問いただした。 「兄さんに何をしたの!」 厳しい目で問えば、ラビはえへら、と、楽しげに頬を緩めて、コロコロと床を転がる。 「ピンクのゾウさんに乗って、空を飛んだんさー 「はぁ?!なに言ってるの、ラビ?!」 酔っ払ってでもいるのか、意味不明のことを言ってはコロコロと転がるラビを、リナリーはうそ寒げな目で見た。 「ラリっちゃってるのよ」 「ラリ・・・え??」 傍らにしゃがみこんだジェリーの言葉に、リナリーは首を傾げる。 「クスリでハイになってるってこと。この子、自分で作ったクスリを飲まされちゃったのよぉー」 「クスリ・・・って、じゃあ、兄さんも?!」 それにしては症状が違う、と言うリナリーに、ジェリーは苦笑した。 「コムイはバッドトリップ・・・悪酔いしちゃったのね。 なんだか、ものすごい不安感に襲われてるらしくって、『ボクが死んでしまう前に片付けなきゃ!』とか、『いつ何が起こるかわからないんだ!』とか、妙に生真面目なこと言ってたわ・・・」 「そんな・・・兄さん、このままなの?!」 「これはこれで嬉しいんだけどなぁ・・・」 リナリーの悲鳴じみた声に、タップがポツリと呟く。 途端、 「タップ君!!ナニ無駄話してるの!!早く申請書持ってきなさい!!」 コムイの鋭い声が刺さり、慌てて駆け出した。 「はっはい!!ただいま!!」 「あはははは リナリーは、床上を転がりながら、楽しそうに歌うラビを、思いっきり蹴りつけてやりたい衝動と必死に戦う。 「・・・・・・これ、副作用なんかないでしょうね?」 冷え冷えとした声音に、ジェリーが苦笑して頷いた。 「それは大丈夫だって、ブックマンのおじいちゃんが言ってたわ。 ただ・・・」 くすりと、笑みを漏らしたジェリーを、リナリーが訝しげに見遣る。 「リーバーへの、いいプレゼントになるだろうから、今日くらいはこのままにしておこうって」 「・・・・・・確かにね・・・・・・」 思わず、苦笑を返したリナリーの足元で、再びラビが歌いだした。 「ピンクのゾウさんと空の上〜〜♪あ〜おいお空がきれいだな〜♪」 「・・・・・・・・・・・・蹴っていいかしら?」 真剣な顔で問うリナリーに、ジェリーも頷く。 「どうぞ、ご自由に」 ―――― オペラは、歓声と共に幕を下ろした。 「どうでした、感想は?」 リーバーの問いに、ミランダは上気した顔に笑みを浮かべる。 「素敵でした! 歌手の方の声って、すごいんですね!楽器の演奏と重なって、空気が震えてましたもの!」 ホールに響いた残響が、未だ耳に残っているのか、珍しく大きな声を上げるミランダに、リーバーも楽しげに笑った。 「内容は?俺の訳なんかで、わかりました?」 「えぇ! 聴き慣れていた歌でしたけど、こんな歌詞だったんですね・・・恋っていったいどんなものかしら♪」 出口に向かいながら、はしゃいだ声を上げるミランダに、リーバーも嬉しげに頷く。 そうしながらも彼は、同じく出口に向かう客たちや、劇場の置物にぶつかりそうになるミランダを、うまく誘導して行った。 「それは良かったっす。 俺、叙情詩とは無縁なんで、雰囲気壊してないか、不安だったんすよ」 「そんなことありませんよ!素敵でした!」 ミランダを一度も転ばせることなく、劇場の正面玄関まで誘導することに成功したリーバーが、密かに快哉を上げたとは知らず、彼女は無邪気に微笑む。 「私、こんなに大きな劇場でオペラを観たの、初めてなんです リーバーさんが一緒にいてくれて、本当に良かった・・・」 言ってしまって、ミランダははっと息を呑んだ。 たちまち、首まで真っ赤に染めて俯く。 そんな彼女の手を取り、馬車のステップへ導きながら、リーバーは悪戯っぽく片目をつぶった。 「じゃあ、今度はドイツ語のオペラを観に来ましょう。『魔笛』なんて、どうっすか?」 「・・・・・・喜んで!」 真っ赤な顔を俯けたまま、消え入るような声で呟くミランダの隣に座り、リーバーは御者に行き先を示す。 「最高のバースデーでした。 ・・・・・・あのおてんば娘と、イタズラ小僧にも、礼を言っとくか」 リーバーが、やや苦々しく呟いた言葉に、ミランダは思わず吹き出した。 馬車が教団の城に戻るや、まず、リーバーが行った先は、科学班の研究室だった。 ワーカーホリックと言われようと、身についた習性はもう、どうしようもない。 「うーっす!みんな生きてるかぁー?」 甚だ不吉な言葉をかけつつ、研究室の扉を開けたリーバーは、その、見慣れぬ光景に息を呑んだ。 「あ!はんちょー!!」 「おかえりなさい、はんちょー!」 「誕生日おめでとー!!」 パパパンッ!と、軽快な音を立てて、それぞれの手に持ったクラッカーが弾け、色とりどりの紙を床に撒き散らす・・・。 その、床を見下ろして、 「タ・・・タイルが・・・見えてる・・・・・・?」 「まぁ!私、初めて見ました、この床のタイル!」 瞠目するリーバーの背後で、ミランダも驚きの声を上げる。 いつもは、コムイが床に投げ出した書類に覆われて、一枚も見えない床のタイルが、何年ぶりかに顔を出していた。 それに・・・・・・ 「なんでデスクに書類が乗ってない?!」 ビシィッ!!と、リーバーが示したコムイのデスクには、薄い紙が数枚乗るだけで、いつも塔のように積み上げられている書類の山が消えている。 「まさか・・・紛失?!廃棄?!焼却か?!」 絶望的な声を上げるリーバーに、しかし、メンバー達は一斉に首を振った。 「奇跡のようですが・・・片付いたんです!」 「信じられないでしょうが・・・片付いたんですよ!!」 頬に太い涙の跡を刻みながら、彼らはまるで、健闘を称えあうスポーツ選手達のようにリーバーに抱きついてくる。 「万歳、班長!!」 「これもあなたの人徳です!!」 「は?!」 と、リーバーの、瞠目したまま、まだ戻らない目に、異様なものが映った。 全身を荒縄でぐるぐる巻きにされ、歌いながら床上を転がるラビと、勤勉にデスクに向かい、なおかつ機械のようにペンを動かしているコムイ・・・・・! 「・・・っそうか、これは夢だ!俺の願望が夢に・・・・・・!!」 自分は未だベッドの中にいて、いい夢を・・・ミランダとデートし、整理整頓された研究室の幻を見ているんだと、真剣に呟くリーバーの声に、調子外れの歌が重なった。 「ピンクの〜ゾウさんが〜♪」 「お前は願望じゃねぇ!!」 ラビに鋭く突っ込み、リーバーは大きく深呼吸をする。 「これが現実なら・・・・・・最高の誕生日だ・・・・・・!」 リーバーは部下達の熱い抱擁の中で、感涙にむせいだ。 Fin. |
| これはリクエスト9番目、『リバミラ&アレリナデート』を元ネタに書いた、2006年のリーバー班長お誕生会記念SSです♪ 題名は、ラルクアンシエルの歌からですが、歌詞の内容から、『素敵』とか『わくわく』なんて意味かなぁと思っていた『C'est La Vie』は、『それは人生』と言う意味でした・・・・・・・・・(がくり) しかし、この曲がテーマ曲であることは間違いないので、そのまま使います(笑)>をい。 『Oui,C'est La Vie』って、直訳すると、『そう、それは人生』って・・・演歌みたいだ(笑) ちなみに、以下説明文。 『フィガロの結婚』 モーツアルト作曲のオペラ。『恋ってどんなもの?』は、その中の有名な曲です。 日本語歌詞は、私が昔聞いたのをうろ覚えで書いたので、きっと正しくないでしょう(をい) 『ペヨーテ』 南米産のサボテンの一種で、メスカリンと言う幻覚剤の原料です。19世紀末に精製方法が発見されました。 日本では違法薬物なので、作っちゃだめよ |