† Wild Spree †
〜 Halloween Party2 〜








 麓に広がる村々が収穫を終え、陽光も日に日に衰えていく頃、山には気の早い冬が訪れようとしていた。
 岩肌のむき出しになった鉱山には、冷え冷えとした風を防ぐ場所も、心潤す華やぎもなく、労働者たちの口を重く閉ざしている。
 「あーもー・・・やってらんねぇ〜・・・」
 岩を削る音と、手押し車が砂利を弾く音しか聞こえない、そんな作業場に嫌気が差して、ティキは盛大に溜め息をついた。
 「ちょっと一服してくる」
 そう言うと、ティキは岩につき立てていたツルハシを放り捨てる。
 「はぁぁっ?!」
 「ティキ、てめぇ!さっきも行ったろ!!」
 すぐさま周囲から湧き上がった怒号に振り返ると、ティキは懐こい笑み浮かべた。
 「じゃーちょっと花摘みに
 いけしゃあしゃあと言ってのけて、ティキはあらぬ方向へ歩いていく。
 「ちっくしょー・・・すぐ戻って来いよ、テメー!」
 「次は俺が行くかんな!!」
 「へ〜〜〜ぃ♪」
 仲間に背を向けたまま、大きく手を振ると、ティキは監督官の目を盗み、素早く岩陰に滑り込んだ。
 ポケットから取り出した、くしゃくしゃのタバコをくわえ、体中のポケットを探ってマッチを探すが、使い切ってしまったのか、燃えかすすら見つからない。
 「ちっくしょ・・・誰か火・・・」
 近くにサボっている奴はいないかと、岩陰から顔だけ突き出した時、
 「火ならここにあるよ」
 背後から差し出された火が、ティキの髪を焼いた。
 「っだぁっちちちちちちっ!!
 燃えっ!!燃えとるぅぅぅぅぅっ!!!!」
 ティキは髪に燃え移った火を叩き消そうと、悲鳴を上げつつ奇妙なダンスを踊る。
 「あはははっ
 ティッキー、大げさぁ〜」
 「・・・ロード!
 てめぇ、何しやがんだよっ!!」
 ティキは、削られた岩山には甚だ不釣合いな、黒いレースのドレスをまとった小柄な少女を厳しく睨みつけた。
 が、彼女は臆することなく、どころかとても楽しげに、軽やかな笑声を上げる。
 「火がないって言うから、つけてやったんだよぉ」
 かしゃかしゃと、手にしたマッチ箱を振るロードに、ティキは忌々しげに舌打ちした。
 「とんだマッチ売りの少女だぜ!」
 ロードの手を通り抜けてマッチ箱を奪い取ったティキは、落としてしまったタバコを拾い上げ、再び口にくわえる。
 「―――― で?何の用だ?」
 大きく紫煙を吐き出して問うと、ロードはにこりと笑った。
 「一緒にハロウィンパーティに行ってぇ、ティッキィー
 「あ?なんで」
 無愛想に言ってのけると、ロードは甘えるように、ティキの腰にじゃれ付く。
 「僕の学校、全寮制だからぁ、パーティの時は父兄を呼ぶことになってるんだぁ」
 「千年公に頼めよ」
 興味ない、と、紫煙をくゆらせるティキを見上げ、ロードは更に猫なで声を上げた。
 「千年公が行けないから、ティッキーに頼んでるんじゃないかぁ」
 「なんで。忙しいのか?」
 「うん。
 ちょうどその時、完成するボディがたくさんあるから、目が離せないってぇ〜。
 ねーぇ〜ティッキィ〜〜〜〜!」
 頭をすり寄せておねだりするロードを押しのけ、ティキは首を振る。
 「じゃあ、他の兄弟を誘いな。
 俺は、小うるさいガキどもに囲まれて、菓子を食うなんてごめんだ」
 「僕の学校、全寮制の女学院だから、16歳から18歳までのお姉様達もたくさんいるよぉ」
 途端、ティキの手から、ロードを押しのける力が緩んだ。
 「みんな、上流の清純系お嬢様だよぉ」
 ティキの手が、ロードから離れる。
 「ティッキーは学も品もないけど、顔はけっこぉーイケてるから、もてるんじゃないかなぁ?」
 「・・・・・・考えてやってもいいぜ」
 出来るだけさりげなく、しかし、胸は期待に膨らませて、ティキはロードを見下ろした。
 「ロードも、カッコイイおにーちゃんを自慢したい年頃だよなぁ?」
 「へへっ。まぁねぇ」
 ―――― チョロイな。
 笑顔の裏で、単純なティキをあざ笑いつつ、ロードは彼の手を取る。
 「じゃあ、早くいこぉ
 「おう
 ロードに手を引かれたティキは、上機嫌で彼女が創り出した、異地への扉をくぐった。
 「おーぃ!ティキー?!」
 「てめぇ、誰としゃべくってんだよ!」
 現場を放り出したまま、いつまでも帰って来ないティキに痺れを切らした仲間達は、彼のはしゃいだ声がする岩陰を覗き込む。
 「あれ・・・ティキ?」
 「どこ行っちまったんだ、アイツ・・・?」
 二人は、目を丸くして顔を見合わせた。
 ティキが、確かに入っていったはずのそこに、彼の姿はない。
 「昇った・・・?」
 「・・・まさか」
 天高くそびえる固い岩盤を、二人はしばし、呆然と見上げた。


 凝ったミルクのように濃かった霧が薄れ、窓から透き通った陽光が射し込むようになったのは、既に昼も近くなってからのことだった。
 部屋の中央に置いたテーブルに頭を乗せ、バーナーの火加減を調節したラビは、ぐつぐつと音を立てるミルク鍋の中に、ゆっくりと蜂蜜を垂らした。
 鍋の中身を、スプーンで注意深くかき混ぜながら、時折、すくった液体を鍋に垂らして、粘度を確かめる。
 「・・・こんなもんかな?」
 呟くと、ラビは十分に蜂蜜と混ざり合った液体を火から下ろし、窓辺に寄った。
 スプーンにすくったそれを、垂らしながら陽光に透かす。
 「うん、いい色さ!」
 満足げに頷いた時、ノックもなしにドアが開いた。
 「ラビ!!角つけるの手伝って!!」
 大声を上げて飛び込んできたアレンは、しかし、部屋に充満する匂いにくるりと踵を返すと、蜂がいぶり出されるように逃げていく。
 「おーぃ。なに逃げてんさ、お前」
 廊下の隅にまで逃げ去ったアレンに、部屋から顔だけ出して呼びかけると、彼は、涙を浮かべて振り返った。
 「何って・・・!僕がアルコール苦手なの、知ってるでしょぉ!!」
 霧が酷いため、窓を閉め切ってワインを煮込んでいたラビの部屋には、そこにいるだけで酔っ払ってしまうほど強烈なアルコール臭に満ちている。
 「あ?わりわり!ちょっと、血糊作ってたんさ!」
 「血糊〜〜〜?」
 廊下の端にいても漂ってくる匂いにアレンが顔をしかめていると、ラビはまだ湯気を上げるミルク鍋を手にして歩み寄った。
 「ほれ、俺の特製血糊さ♪
 赤ワインに蜂蜜を混ぜて、ちょっと粘るようにしてんだぜ
 スプーンですくい上げると、とろとろと滴っていく赤い液体を、アレンは鼻を摘んで見つめる。
 「ふがーぎ!ほんごごぎがい!!(すごーい!本物みたい!!)」
 「だろ?
 これで今夜の仮装パーティはバッチリさ!」
 得意げに笑うラビを、アレンはポケットから取り出したハンカチを鼻に当てて見上げた。
 「今年は何の仮装をするんですか?」
 くぐもった声に、ラビは楽しそうに笑う。
 「ミイラ男♪」
 「・・・ミイラに鮮血って、なんで?」
 干からびているのがミイラなんじゃないの、と、当然の問いを発するアレンに、ラビはクスクスと笑声を上げた。
 「ミイラだから、美女の鮮血を欲するんさー 待っててさ、クラウド元帥
 「懲りませんねぇ・・・・・・」
 返り討ちは必至だな、と、不吉な予感は口にせず、アレンは手にした角を差し出す。
 「ところで、僕の仮装を手伝ってくれませんか?」
 「なんだ、この角?何の仮装するんさ?」
 アレンの差し出した、ねじれた角をまじまじと見つめるラビに、アレンはにこりと目を細めた。
 「僕、ルシファーになるんです♪」
 「魔王?そりゃまたぴったりさ!」
 そう言ってラビは、けらけらと笑う。
 「んじゃ、ちょっとこれ部屋に置いてくっから、待ってるさ」
 「はぁい!」
 部屋に戻ったラビを、アレンは廊下で待つが、いつまで待っても彼は戻ってこなかった。
 「ラビー?」
 とうとう痺れを切らし、恐怖のアルコール部屋へじりじりと近づけば、中でなにやらごそごそと音がしている。
 「ラビ!なにやってるの?」
 ハンカチで鼻を覆ったまま呼びかけると、ワイン樽の中に漬け込まれたような臭いの中で、ラビは布や小物がぎっしり詰まった箱を探っていた。
 「ラビ!!」
 「あー・・・もうちょっと待つさ、アレン。確かこの箱の中にあるはず・・・お!見っけ!」
 嬉しげな声と共に取り出されたのは、すっかり毛並みのへたった付け耳だ。
 「あれ?それ、去年ラビがつけてた奴だよね?」
 「そうさ♪
 ・・・狼男だっつってんのに、みんな犬だ犬だって・・・!」
 どーせ赤茶けてるさ、と、唇を尖らせるラビに、アレンは首を傾げた。
 「それつけるの?
 犬のミイラ??」
 「犬っつーな!!」
 すかさず言って、ラビは失礼な発言をするアレンから、お仕置きとばかり、ハンカチを取り上げる。
 「あっ!あっ!!返して!!ア・・・アルコールが・・・・・・!」
 「おらよっ!」
 ラビはクラクラと目を回し始めたアレンの顔にハンカチを押し付け、呼吸を塞いだ。
 「むぐー!!」
 「俺がつけんじゃねーよ!
 リナがつけたら可愛いかなーと思ってさ」
 「――――・・・っ可愛いでしょうけど、今日は無理ですね!」
 ハンカチを顔に押し付けるラビの手を振り解くや、アレンは、荒く息をつきながら断言する。
 「リナリーは今夜、僕の女王様なんですから!」
 「へ?」
 訝しげに眉を寄せた次の瞬間には、ラビは答えを出していた。
 「魔王ルシファーの女王っつったら、リリスじゃねぇか!」
 リリスとは、夢魔の女王で、魔王の妻である女悪魔だ。
 「はい 僕達、結婚しました!」
 「・・・冗談でもそんなこと言ってたら、コムイに殺されるぜ?」
 酔っ払ってんのか、と、寒々しい表情になったラビに、アレンも慌ててハンカチを当てた。
 「ちょ・・・なに罠にかけてんですか、ラビ!僕を酔っ払わせて、死地に赴かせる気ですか?!」
 「お前が一人で調子ン乗ってんさ!
 ホラ、この部屋ヤバいんだろ?出るぜ!」
 「はい!」
 ラビに言われて、アレンは素早く部屋を出る。
 「早っ!そんなに嫌わなくてもいいさ!」
 あっという間に廊下の端まで駆けて行ったアレンに、ラビが驚くと、
 「なに言ってんですか!
 あんなワイン樽の中みたいな部屋に、よくいられますね!
 あんなトコで寝たら、明日にはウサギ肉のワイン煮になってるよ!」
 振り返って、憎まれ口を叩く。
 「だーれーがーウサギ肉さ!手伝ってやんねーぞ?!」
 拳を振り上げて追いかけて来たラビに、アレンは悲鳴を上げて逃げ出した。


 「〜This is the night of Halloween♪ (今夜はハロウィン)」
 全身を映す鏡の前で、薄い布を幾重にも身体に巻きつけながら、リナリーは楽しげに歌っていた。
 「When all the wiches might be seen♪ (魔女に会えそな夜)」
 ギリシャ神話の女神のように、身にまとう布に念入りにひだをつけ、小さなピンで念入りに留めていく。
 「Some of them black♪ some of them green♪ (黒い魔女 緑の魔女)」
 背中に着けた、鳥の翼から伸びるストラップを、ひだとアクセサリーで丁寧に覆った。
 「Some of them like a turkey bean! (トルコ豆みたいな赤い魔女)」
 出来上がりを確かめるように、鏡の前でくるりと回って、リナリーは満足げに微笑む。
 「兄さん!兄さぁん!!」
 隣の部屋に向かって呼びかけると、すぐさま部屋のドアが開いた。
 「リナリィィィィィ〜〜〜〜
 なんて可愛いんだろう!なんて可憐なんだろう!なんて神々しいんだろう!!僕の天使
 崇め奉らんばかりに跪いた兄に、リナリーは笑って首を振る。
 「やだわ、天使じゃないわよ、兄さん」
 ハロウィンにエンジェルの格好は不敬でしょ、と言われて、コムイは蕩けきった顔で頷いた。
 「そうか!そうだよね!じゃあ、ギリシャ神話のニケかな?!
 勝利の女神なんて、リナリーにふさわしい選択だよねぇ!!」
 何の仮装であろうが関係ない。リナリーがきれいな格好をしているだけで嬉しい、と、恥ずかしげもなく言ってのける兄に、リナリーはいたずらっぽい笑みを浮かべた。
 「えへへー ハズレー
 楽しげに言って、リナリーは背後に隠し持っていた、ねじれた角のカチューシャを頭につける。
 「リリスでーす
 「んなっ・・・?!」
 突然、目の前に現れた女悪魔に、コムイは目を丸くした。
 「リ・・・リナリー!!
 むむむ・・・夢魔の女王なんて、破廉恥な!!」
 顔を真っ赤にして叱責するコムイを、しかし、リナリーは楽しげな上目遣いで見上げる。
 「ふふふ・・・
 今夜は、枕元にミルクを置いててね、兄さん♪
 じゃないと・・・襲っちゃうゾ
 「こっ・・・・・・こらーっ!!大人をからかうんじゃないっ!!!!」
 「あははははは
 動揺して絶叫するコムイに、弾けるように笑って、リナリーは踵を返した。
 「みんなに見せてくるね♪」
 「え?!
 ちょ・・・ちょっと待ちなさい、リナリー!!
 そんな破廉恥な格好、兄さんは認めないよっ!!」
 足取りも軽く部屋を出たリナリーを慌てて追うが、俊足の妹の姿は、既にコムイの視界から消えている。
 「リナリィィィィィィィ――――――――っっ!!」
 凄まじい絶叫を放ちながら、俊足の妹と同じ遺伝子を持つ兄は、城中を爆走した。


 「This is night of Halloween, When all the wiches might be seen♪」
 「なんでしたっけ、その歌?マザーグース?」
 アレンが、陽気に歌うラビに問うと、彼は大きく頷いた。
 「ハロウィンつったらこの歌さ♪」
 「そうですね。
 Some of them black, some of them green♪」
 『Some of them like a turkey bean!』
 最後の節は唱和して、楽しげに笑い合う。
 と、
 「お前ら・・・なにしてんだ、こんなトコで」
 訝しげな声に顔を上げると、神田が二人を見下ろしていた。
 「仮装の準備中さー」
 「でーす」
 「・・・・・・こんな、廊下の真ん中でか?」
 窓が遠いため、昼なお暗い廊下の真ん中で、ご丁寧にもロウソクを灯して作業をする二人に対し、神田が至極当然な疑問を発すると、二人はあっさりと頷く。
 「だって、談話室は満員だったんさー」
 「食堂は、パーティの準備のために閉鎖中ですし」
 「礼拝堂でやろうとしたら、神父に蹴りだされたんさー」
 「・・・・・・アホか」
 深々と吐息して、立ち去ろうとする神田をラビが引きとめた。
 「ユウも参加するだろ?
 去年もやったんだから、今年もやれよ!」
 「あれは交換条件があったからだ!!
 六幻のためじゃなきゃ、誰がこんな馬鹿馬鹿しい祭に参加するかよ!」
 吐き捨てる神田に、アレンが『むぅ』と眉を寄せる。
 「馬鹿馬鹿しいなんて失礼ですね!すべての聖人を祭る、大切なお祭りですよ!」
 「ユウだって、夏には盆休み取るくせに!ハロウィンはな、言ってみれば、こっちの盆なんだぜ!」
 「・・・そうなのか?」
 意外そうな顔をする神田に、ラビは大きく頷く。
 「今日は、死んだ霊が家族のトコに帰ってくる日なんさ!
 ただ、一緒に悪霊も帰ってくるから、そっちは追い払うために、魔除けの焚き火を焚くんさ」
 「盆には地獄の釜が開く、ってのと同じか・・・」
 ポツリと呟くと、いきなり神田は二人の傍らにしゃがみこんだ。
 「なら、付き合ってやってもいいぜ」
 「へっ?!」
 「は・・・はぁ・・・・・・」
 まさか、これほどあっさりと気が変わるとは思っていなかった二人が、目を丸くする。
 「じゃあ、また大元帥とこで鎧でも借りるか」
 「えっ?!
 あ、待って、ユウちゃん!これつけるさ!!」
 そうと決まれば行動の早い神田が、早速立ち上がろうとするのを、ラビは素早く腕を掴んで止めた。
 「去年、俺が使ってた狼男の耳
 ちゃんとユウちゃんの髪の色に染め替えるぜ?」
 「・・・てめぇ、去年はどう見ても犬だったじゃねぇか」
 「ユウちゃんだったら、ちゃんと狼に見えるさー なんたって、ワイルドだから
 「そうか・・・?」
 やや気を良くした神田に、アレンも頷く。
 「そうですねー。神田って、ワイルドライフ(野生動物)ですよねー」
 せっかく乗り気になったところに水を差されて、神田はゆらりと立ち上がった。
 「・・・んだと?やんのかこのモヤシが」
 「・・・そうやって無駄吠えするとこがワイルドライフだっつってんでしょ、この狂犬ガ」
 アレンも、どす黒い怒りのオーラと共に立ち上がり、低い声で威嚇する。
 「俺が犬ならてめぇはなんだ。ヤギの角なんかつけやがって、喰うぞ、この草食動物ガ」
 「悪魔ですよ。魔王ですよ。ルシファーですよ。それ以外のなんだっつーんですか、この無知」
 「アクマなら都合がいいぜ、俺がぶった斬ってやる!」
 「は!
 やれるもんならやってみなさい!もう、前みたいにザックリ斬られやしませんよ!」
 「また始まったさ・・・・・・」
 いつもの険悪ムードに、仲裁に入る気すら起きず、ラビは作業の仕上げにかかった。
 「六幻!!」
 「クラウン・クラウン!!」
 「やれやれ・・・」
 発動したイノセンスの光に、大きなコウモリの羽根を照らし出し、ラビは丁寧に骨組みを調整していった。


 「うーん・・・・・・」
 鏡に映った自分の姿に、ミランダは困惑げに小首を傾げた。
 「やっぱり・・・はしたないんじゃないかしら・・・・・・」
 真珠色の光沢を持つマーメイドラインのドレスは、腰から爪先まで、魚のヒレを模した薄い布地に覆われている。
 同色の長手袋にも、ひらひらと揺れるヒレがついて、まるで観賞用の熱帯魚だ。
 そこまではいい。
 派手なヒレさえなければ、パーティドレスとしてもおかしくはない格好と言える。
 だが・・・・・・。
 「こ・・・この胸は・・・いくらなんでも・・・・・・」
 ドレスの胸元は、ミランダの常識から見ればあまりにも下にあって、どんなにがんばって引き上げても、胸の谷間がくっきりと見えた。
 「・・・そうだわ、ショールをかけましょう」
 ようやく打開策を見つけて、ミランダは分厚い毛糸のショールを羽織る。
 華麗なドレスの上に羽織ったそれは、あまりにも不似合いだったが、この際、仕方ない。
 「ふぅ・・・せっかく、リナリーちゃんとジェリーさんが選んでくれたけど・・・仕方ないわよね」
 鏡に映った自分に言い訳していると、ドアが軽やかにノックされた。
 「ミランダ!もう着替えた?」
 「リ・・・リナリーちゃん・・・」
 せわしげにドアを開けて現れた女悪魔に、ミランダは目を見開く。
 「ま・・・っ!
 まさか、その格好って!!」
 真っ赤になったミランダの目の前で、リナリーは楽しげにくるりと回って見せた。
 「悪魔の女王よ
 ギリシャ神話の女神のようなトーガに、大きな鳥の翼、結いもせずに流した長い髪に、ねじれた角を頂くその姿は、まさに、夢魔を統べると言う、ルシファーの妻そのものだ。
 「リ・・・リナリーちゃん!せめてその角を取って!」
 そうすれば勝利の女神の扮装だと、十分言い張ることが出来る。
 悲鳴じみた声を上げるミランダに、リナリーは笑って首を振った。
 「ダメ。
 アレン君がルシファーの仮装するって言うから、私もリリスになったんだもん」
 「だからって!!若い女の子が夢魔なんて・・・!!」
 「深い意味はないわよ 気にしないで
 あっさりした言い様に、ミランダは思わず肩を落とす。
 ―――― 最近の若い子は・・・。
 思わず、年寄りじみた感想を思い浮かべながら、ミランダは自分の肩に、ショールを念入りに巻き付けた。
 と、
 「なんでショールなんか掛けちゃうの、ミランダ!」
 甲高い声を上げて、リナリーがミランダのショールに手を掛ける。
 「え?!
 ちょっ・・・待って、リナリーちゃん!!」
 ショールを引き剥がされそうになって、ミランダは慌てて身を引いた。
 しかし、
 「だめよ!
 せっかく、素敵なドレスを選んだんだから!!」
 逃げるミランダを捕まえて、リナリーは頑なにショールを握る彼女の手を掴む。
 「だってっ・・・!!こんなに胸の開いたドレス・・・!!」
 真っ赤になって、頑なにショールを握るミランダの手を引き剥がし、
 「マーメイドですもの!このくらい普通よ!」
 リナリーは無理矢理彼女からショールを取り上げた。
 「きゃあああああっ!!」
 「リナリィィッッ?!」
 絹を引き裂くような悲鳴を聞きつけて、ミランダの部屋に飛び込んだコムイは、まさにリナリーが、ミランダからショールを剥ぎ取った瞬間を目撃して、凍りつく。
 「あ・・・兄さん・・・」
 気まずげに振り返ると、コムイは悲鳴を上げた。
 「リナリーがミランダさんに破廉恥なことをぉぉぉぉぉっ!!」
 「ちょっ・・・違っ・・・違うわよ、兄さん!!」
 「目を覚ましておくれ、リナリィィィー!!
 こんなこと、神がお許しにならないっ!!」
 「目を覚ますのは兄さんよ!!一体なにを誤解してるのっ!!」
 真っ赤になって怒鳴り返すと、リナリーは胸元を手で覆って座り込むミランダを示す。
 「兄さん、ミランダを見て、何か言うことない?」
 「え?
 あぁ、マーメイドですね、ミランダさん」
 見たままの事実を述べただけで、修辞の一つもないコムイにむくれながら、リナリーは手にしたショールを掲げた。
 「せっかく素敵なドレスなのに、ショールで隠そうとするから、取り上げたのよ」
 「そりゃあ、ミランダさんはレディだから。恥じらいもあるでしょー」
 そう言いつつも、コムイは目のやり場に困る風でもなく、飄々と言ってのける。
 リナリー以外は眼中にない、全くもって失礼な男だ。
 「そのショールがドレスに合わないんだったら、共布で作ればいいじゃない。まだ残ってるでしょ?」
 「う・・・そうね・・・。でも・・・」
 せっかくセクシーなのに、と、残念そうなリナリーの頭に手を載せ、コムイはにこりと笑う。
 「せっかくのパーティなんだから、なんの気兼ねなく楽しみなさい」
 「はぁい・・・」
 まだ不満げながらも頷いたリナリーの髪を撫でながら、コムイは笑みを深めた。
 「そう言うわけで・・・リナリーも兄さんの心配を取り除いておくれね!」
 「は・・・?えぇ〜〜〜?!」
 言うや、リナリーの抵抗を抑えつつ、コムイは手早くリナリーの髪を編みはじめる。
 「全く!
 髪を結わずに流すなんて、はしたないっ!!」
 「兄さん!角はダメ!!角は外さないでー!!」
 「じゃあせめて、髪はきちんと結いなさい!!」
 機械配線の接続でもするかのように、手早く器用に髪を結い上げられて、リナリーがむくれた。
 「せっかくのハロウィンなのに・・・!兄さん、横暴!!」
 「お・・・横暴って・・・!
 こっちの方が可愛いでしょ!?」
 「ヤダー!悪魔らしくないもん!」
 「だってそれは仕方ないさ、君の素性は天使なんだから
 「あのぉー・・・・・・」
 ミランダは、自分の部屋にいながら、居心地悪げに口を挟む。
 「と・・・とりあえず、そのショールを羽織ってていいかしら・・・?」
 恐る恐る言って、ミランダはケンカしているのかじゃれあっているのかわからない兄妹の間に、細い手を差し出した。


 音響のいい石造りの廊下に、耳障りな剣戟の音と罵声が響く。
 遠くまでこだましているだろうその音の中心にいながら、マイペースに作業をしていたラビは、神田とアレンのイノセンスがぶつかって発した、152回目の火花に透かして、出来上がりを確かめた。
 「おーぃ。
 そこのサムライと道化、一旦戦闘やめて、試着するさ」
 暢気な声を掛けると、
 「・・・・・・あ゛?!」
 互いのイノセンスを交わしたままの二人が、険悪な顔を向ける。
 「狼男の毛色の染め替えと、魔王のコウモリ羽根、完成したさ」
 試着しろ、と、再度言われて、二人は同時に刃を納めた。
 「染め替えって、こんなに早く終わるのか?」
 神田が、自分の髪と同じ色になっただけでなく、毛艶まで良くなった耳や尻尾に感心すると、ラビは得意げに笑って、小ぶりな樽程に変化させた自分のイノセンスを示す。
 「染め替えた後の処理は、こいつにお任せさ♪
 温風冷風、何でもござれだぜ
 「さすがなんでも屋・・・」
 「オールマイティって言うさ、この魔王!」
 言いながら、手にしたコウモリの羽を開閉するラビに、アレンが目を見開いた。
 「えぇっ?!たためるんだ!すごい、ラビ!!」
 「へへ♪
 俺のことは、万能と呼ぶがいいさ!」
 「どうやってつけるんですか、これ?!」
 キラキラした目で見つめてくるアレンに、ラビは細くたたんだ羽根を渡す。
 「お前が衣装に着替えた時、つけてやるさ」
 「うん!!」
 嬉しそうに、手にした羽根を開閉するアレンをひとまず置いて、ラビは神田に向き直った。
 「ユウ、耳付けるなら、人間の耳は隠した方がクールだぜ!」
 「どうやってだ?」
 神田が問うと、ラビは櫛とピンを取り出して、神田の背後に回りこむ。
 「簡単さ♪
 ユウちゃん、髪が長いからなぁ
 「・・・そんなん持ち歩いてんのかよ」
 女じゃあるまいし、と、鼻を鳴らす神田に、ラビは大きく頷いた。
 「意外とピンは便利なんさ。鍵がない錠前を開けんのに」
 「・・・は?」
 さりげない一言に、神田は眉をひそめる。
 「櫛は、ジジィが仕掛けたブービートラップを外すのに欠かせねぇしさ」
 「てめぇの師匠は、弟子に爆弾仕掛けんのかよ!」
 「ジジィの教育方針は『サバイバル』だかんなぁ〜」
 ラビは楽しげに笑いながら、神田が無造作に束ねていた髪を解き、梳った。
 「うーん・・・相変わらず、すごいキューティクルさ、ユウちゃん」
 髪まで強靭、と感心するラビに、神田がわずらわしげに首を振る。
 「あ!じっとしてるさ!」
 我慢のきかない神田を慌てて、ラビは手早く耳の近くの髪を束にした。
 耳を隠した束を、後ろに回してピンで留めると、髪を自然に垂らして束の流れさえも隠し、その上に作り物の耳をピンで留める。
 「かんっぺきさ!」
 「野犬の出来上がり」
 「狼じゃねぇのかよ!!」
 満足げなラビに対し、余計な茶々を入れたアレンを、神田が睨みつけた。
 「いいじゃないですか、似たようなもんでしょ」
 アレンは笑みを浮かべ、『狂犬』と言わなかっただけ誉めて欲しい、などと、余計な事を嘯く。
 「てめぇ!!」
 「なんですかっ!!」
 「やめろっつーに」
 再び火花の散り始めた二人の間を分けるように、ラビが槌を振り下ろした。
 「ユウの毛皮も、アレンのコウモリ羽根も、壊れちまったら作り直す時間はないさ。オーケー?」
 床に置いたロウソクを取り上げ、ラビは二人の渋い顔を浮かび上がらせる。
 「さ
 そろそろ着替えようぜ♪」
 火の点いたろうそくを、用意していたジャック・オ・ランタンの中に入れると、ラビは、愛嬌のあるカボチャお化けと並んで笑った。


 「んー・・・ネクタイ、どれにしようかなぁ・・・・・・」
 早速部屋に戻ったアレンは、色も形もとりどりのネクタイを、ベッドの上にずらりと並べて考えむ。
 「ドレスシャツの上に締めんなら、アスコット・タイでいいじゃんか。
 ・・・・・・ってか!」
 シングルベッドの上に溢れ出さんばかりに並べられたネクタイを、ラビが呆れて見下ろす。
 「すげー数!
 お前、ネクタイばっかり、どんだけ持ってんさ!」
 「自分で揃えたのは、ほんの一部ですよ。
 いつの間にか、ネクタイが僕のトレードマークみたいになってて、みんながくれるようになったんです」
 ラビのアドバイスに従って、ドレスシャツの上に幅広のアスコット・タイを締めつつ、アレンは微笑んだ。
 「言われて見りゃ・・・まだおろしてないのもあんだな」
 ずらりと並んだネクタイの幾つかが、まだ新品のままであることに気づいて、ラビが感心する。
 「人気者で、羨ましいことさ」
 「どっかの誰かさんみたいに、イタズラに命賭けてませんから」
 笑いながら、アレンは背中に背負ったコウモリの羽の下に、注意深くジャケットを滑りこませた。
 「どうですか?」
 「うん、立派な魔王さ」
 羽根を支える、フック状の器具に引っかかった襟元を直してやりながら、ラビは満足げに頷く。
 ねじれた角を固定したカチューシャも、髪で念入りに隠しているため、本当に頭から生えているかのようだ。
 「じゃ、次は俺のを手伝ってくれ」
 「了解♪」
 気軽に言って、アレンはラビに、手早く包帯を巻いていく。
 エクソシストという職業柄、アレンも包帯の巻き方だけはうまい。
 間もなく、ラビの身体中に包帯を巻き終えたアレンは、『最後は頭だね』と言うや、吹き出した。
 「すっごいメイク・・・!」
 ミイラ男に扮するラビは、顔中を干からびたような黄褐色に塗った上に、蝋で巧みにひび割れやかさぶたを作っていた。
 「なんか、ホントに墓場から出てきたみたいだよ」
 見世物小屋のお化けだって、ここまでやりはしない、と笑うアレンに、ラビは自慢げに胸を張る。
 「やると決めたら徹底してやるのが、俺の身上さ!」
 「そうでしたね・・・!」
 くすくすと、笑声を上げながら、アレンは彼の左目と口元を除いた頭部に、丁寧に包帯を巻いていった。
 「はい、巻き上がったよ」
 「サンキュ♪
 アレン、早く!外に行くぜ!」
 「なんで?」
 「このままじゃ包帯が白すぎっから!」
 抵抗する間もなく腕を取られて連行されたアレンは、庭に出た途端、犬か猫のように土の上を転がるラビに呆れ果てる。
 「ラビ・・・君ってホント・・・おもしろいよね・・・・・・」
 アレンは回廊の淵にしゃがみ込んで、呆れ声を出した。
 と、
 「アレン、パス!」
 ひゅっと、ラビが投げつけたものを、アレンは片手で掴み取る。
 「・・・水鉄砲?」
 一体なんのつもりかと、首を傾げるアレンの前に、ラビは両手を広げて立ちふさがった。
 「撃って
 「撃てと言うなら」
 びっ!と、遠慮なく放たれた水圧を顔に受け、ラビが悲鳴を上げる。
 「なにすんさ!鼻に入ったろ!!」
 「撃てと言うから撃ったんじゃないですか」
 片手に水鉄砲をもてあそんで、アレンは笑声を上げた。
 その水鉄砲には、ラビ特製の血糊が入っていたらしく、彼はまるで、たった今頭を割られたかのように、顔中を真っ赤に染めている。
 「顔じゃねぇ!コ・コ!!」
 胸を指したラビに、アレンはしゃがみこんだまま狙点を定めた。
 「最初からそう言って下さいよ」
 苦笑と共に、アレンは再びラビを撃つ。
 今度は見事に散った血飛沫を受けるや、ラビがふざけて派手に倒れた。
 「あはは!殺ったね★」
 アレンが笑って、銃口を吹くまねをした時、
 「きゃああああ!!」
 「人殺し?!」
 「え?!」
 驚いて悲鳴の沸いた方を見遣ると、ジェリーとリーバーが、真っ直ぐにアレンを差している。
 「ちっ・・・違いますよっ?!僕は殺してませんっ!!」
 「アレンちゃん!!一体何があったの?!ラビとはあんなに仲良しだったじゃなぃ!!」
 「アレン・・・・お前、どんな気に食わないことがあったか知らんが・・・」
 ものすごい勢いで詰め寄られて、アレンは激しく首を振った。
 「違いますってば!!こ・・・これ、水鉄砲ですから!!
 ラビ!ラビ!!早く起きて!!」
 アレンが必至に呼び掛けるが、ラビは仰向けに倒れたまま、ピクリとも動かない。
 「ラビ!!」
 「アレンちゃん・・・」
 悲鳴じみた声を上げるアレンの腕を、ジェリーの大きな手が掴んだ。
 「現行犯逮捕よん
 ガシャン、と高い音がして、アレンの手首に手錠がかかる。
 「えぇ?!ジェリーさん?!」
 「ホホホホホ!初っ!」
 とても楽しげに笑って、ジェリーはアレンの頭を撫でた。
 「刑期はなにがいいかしら?モンブラン?パンプキンケーキ?」
 冗談だったとわかって、小柄な魔王は深々と吐息する。
 「脅かさないで下さいよぉ〜・・・!
 ジェリーさん、今日はおまわりさんなんですか?」
 「そーよ 今日の厨房は、スコットランド・ヤード(ロンドン警視庁)なのぉ
 言うや、彼女は着ていた割烹着を脱いで、その下の警官の制服を見せた。
 「アタシが署長で、シェフ達はおまわりさんよ
 楽しそうに笑いながら、ジェリーが魔王の手に掛けた手錠を外してやると、彼女の傍らにいたリーバーも愉快そうに笑って、倒れたままのラビに歩み寄る。
 「お前、いいもん作ってるじゃないか。俺にも分けてくれ」
 と、死んだ振りをしていたラビは、ぱちりと目を開けて起き上がった。
 「あぁ、持ってけよ」
 未だ血糊の滴る顔に笑みを浮かべ、気前良く言う。
 「みんなで人喰いパーティやろうぜ♪」


 秋の日の夕暮れは、たちまち訪れ、建物や庭の、各所に置かれたジャック・オ・ランタンに火が灯される。
 ロードに連れられ、彼女が通う女学院にやってきたはずのティキは、薄暗い石造りの廊下に立って、首を傾げた。
 「清純な女学院生たちはどこだ?」
 伝統ある寄宿学校なんぞに入り込んだのは、ティキにとって、確かに初めての経験だが、いくら古めかしい校舎とはいえ、女学院ならもう少し華やかな内装になるものじゃないだろうか。
 訝しく思いながら、ティキは、すすけた壁に掛けられた、年代ものの武器を見上げた。
 「どう考えても・・・装飾的じゃねぇよなぁ・・・?」
 武器にも、華やかな内装の一部となるような、装飾的なものは存在する。
 だが、この校舎の壁に飾られたのは、どう贔屓目に見ても数十人分の血は吸ったであろう、使い古された武器だった。
 ・・・いや、今でも十分実用に耐える強度を持っていることは、ティキほどの手練が見れば、容易にわかる。
 「・・・・・・・・・をぃ、ロード」
 手にしたステッキの柄を、目深にかぶったシルクハットのつばに当て、ティキは忌々しげな目で彼に寄り添う少女を見下ろした。
 「一体、ここはどこだ?」
 「言ったろぉ?僕の学校だよぉ
 いけしゃあしゃあと言ってのけるロードをじっとりとねめつけ、ティキは小さな明り取りから覗く、賑やかな回廊を見下ろす。
 「・・・女学院のわりには、男ばっかじゃねぇか」
 「教師と用務員だよぉ」
 「清純な女学院生はどうした!」
 「パーティの準備中さぁ♪」
 ティキの追求を、柳に風と受け流し、ロードは軽い足取りで数歩進んだ。
 「細かいこと気にすんなよぉ。パーティを楽しもぉ
 くるりと回って差し伸べた手に腕を取られたティキは、引きずられるように歩を進めて―――― 廊下を曲がった途端に現れた、黒地のタペストリーに目を剥く。
 「お前、ここ・・・・・・!」
 緻密な織目の上に浮き上がるのは、銀糸を惜しげもなく使って描き出されたローズクロス・・・ノアにとって最大の敵である、『黒の教団』の旗幟(きし)だった。
 「敵地じゃねぇかァァァァァ!!!!」
 ティキの絶叫に、ロードは無邪気な笑みを浮かべる。
 「エクソシストの目を盗んでお菓子をもらうなんて、ゲームみたいで面白そうだろぉ
 「菓子がもらえるトコなら、他にいくらでもあんだろぉが!!」
 なぜよりによって『黒の教団』なんだと怒鳴るティキに、ロードは軽やかな笑声を上げた。
 今日最初のいたずらが、見事に成功したことが、愉快でたまらないらしい。
 「ティッキーは、僕のボディガードだよぉ
 「聞けぇぇぇ!!!!」
 無邪気に笑うロードに腕を取られ、ティキは、敵地の真ん中へと、無理矢理引きずられて行った。


 黒の教団の本拠地に、ロードとティキが潜りこんだまさにその時、彼らをして一目を置かしめる元帥達は、仮装の真っ最中だった。
 「あははは!
 ウィンターズ、こんな時くらい仮面を取りなさい!」
 「・・・コンメディア・デッラルテは仮面劇だ。必要ない」
 ティエドールの指摘に、ソカロは憮然として、イタリア喜劇の衣装を羽織る。
 「・・・なんで俺がイル・カピターノだ。
 大言壮語の臆病者など・・・・・・」
 ブツブツと文句を垂れながら軍服のボタンを留める『隊長』に、派手なまだら模様のドレスをまとったクラウドが微笑んだ。
 「では、強欲なパンタローネでもやるか?」
 からかうように、手にしたタンバリンの鈴を鳴らすと、ソカロは仮面の向こうから、彼女を睨みつける。
 「お前に言い寄って追い払われるのか?とんだ道化だ」
 鼻を鳴らすと、ティエドールが愉快そうに笑った。
 「今日はアルレッキーノはいないのかい、アルレッキーナ?
 恋人なしのパーティはつまらんだろう」
 「おや、とんだセクハラ発言だこと、フロワ。
 もうイル・ドットーレになりきっているのか?」
 クラウドは笑いながら、口さがない『老学者』の扮装をしたティエドールを、タンバリンの平で軽くはたく。
 「コンメディア・デッラルテの役者は私たちだけだ。
 アルレッキーノはパーティの際にでも探すとしよう」
 「ったく、クロスもこんな時くらい、帰ってくればいいものを・・・。
 あいつのマスクを緑に塗って、ブリゲッラに仕立て上げたら愉快だろうよ!」
 ソカロのぼやきに、元帥二人は何度も頷いた。
 「色情狂の守銭奴なんて、あいつにぴったりだ」
 クラウドの感想に、ティエドールが大声で笑う。
 と、
 「元帥?こちらですか?」
 扉がノックされて、大柄なエクソシストが入って来た。
 「ティエドール元帥、コムイ室長が、元帥方にもパーティの挨拶をいただけないかと言ってますが・・・」
 が、ティエドールの視線は、話しかけてくるマリを通り抜け、その背後の狼に向けられる。
 「ユゥ〜〜〜〜
 ようやく自分から、パーティに参加してくれるようになったんだね!!」
 うんざりとした顔の弟子に、ティエドールは感動も露わに両手を広げた。
 「人づきあいを拒否してきた君が!
 あぁ、ようやく丸くなってくれて、パパンは嬉しいよ!!」
 「だぁぁぁっ!!ウゼェ!!
 誰がパパンだ!離せよ、オヤジ!!」
 慈愛をこめて抱きついて来た師を、神田は激しく怒鳴りながら邪険に押しのけたが、ティエドールはかえってキラキラと輝く目で、愛情深く神田を見つめる。
 「オヤジ!!
 それってパパンと同義語だよね?!マイ・サンッ!!」
 ティエドールは再び、神田にがっしりと抱きつくと、愛犬にするように盛大に頭を撫ではじめた。
 「感涙してんじゃねェよ、オヤジ!!
 マリ!!
 ボーっとしてねェでこのオヤジ剥がせよッ!!」
 神田の怒声に、呆然と場景を見ていたマリが我に返り、慌てて仲裁に入る。
 「し・・・師匠、もうその辺で・・・・・・」
 「だってユウが!!私のことをパパンって言ってくれたんだよっ!!」
 「言ってねェェェェェェッッッ!!!!」
 神田の激しい怒号にさらされながらも、弟子に愛情を惜しまないティエドールの姿に、クラウドがポツリと洩らした。
 「・・・・・・うらやましいな」
 「そうか?」
 騒がしい連中に舌打ちするソカロに、彼女は苦笑を向ける。
 「うらやましいさ。
 私にはもう、弟子はいない。
 お前もだろう、ウィンターズ?」
 「もう忘れた」
 きっぱりと言われて、クラウドは吐息した。
 「素直じゃないな、お前は」
 「至極率直な感想だ」
 頑なな声音に肩をすくめて、クラウドはタンバリンの鈴を鳴らす。
 「Gentlemen!
 そろそろパーティの時間だ」
 動きを止めたエクソシスト達に、にこりと笑うと、彼女は空いた手に拳を握って差し出した。
 「負けた者がスピーチ!」
 「なにっ・・・?!」
 「えぇー?!私はジャンケンが弱いんだよ?!」
 引きつった声を出すソカロと、悲鳴を上げるティエドールににこりと微笑み、クラウドは拳を振り上げた。
 「文句なしだ、フロワ!
 ウィンターズ、後出しするなよ!」
 「えっ?!えっ?!最初はグーかい?!」
 「俺が負けたら、草稿はどちらかが書けよ!」
 「じゃーんけーんっ!」
 教団トップクラスの元帥達が子供のように真剣になって、振り上げた拳を下ろす。
 「ぽんっ!!」
 ・・・結果、手を広げたまま硬直したソカロの周りで、クラウドの鳴らすタンバリンに合わせ、ティエドールは楽しげに跳ね回った。


 「ほ・・・ほほほほほ・・・・・・本日はお日柄もよろしく、ぜ・・・絶叫・・・じゃない、絶好のハロウィン日和となり・・・・・・っ!」
 激しく震える手に原稿を持ち、会場の隅で懸命にスピーチの練習をするソカロに、コムイが親しげに声を掛けた。
 「あはははは!
 絶叫のハロウィン日和なんて、おもしろいこと言うんですねぇ、ソカロ元帥!」
 「お前が余計なことを頼むからだろうがァァァァ!!」
 大仰な仮面でよく見えないが、ソカロの目に、確かに涙らしきものが光るのを見て、コムイは愉快そうに笑う。
 「だって、3人も元帥がいらっしゃるのに、スピーチなしじゃ失礼でしょ?」
 「お・・・俺はっ・・・そんなものなくても全然構わん!
 あぁ、構わんとも!!スピーチなんてッ!!」
 敵にとって、最大の破壊者であるはずの元帥が、怯えた犬のように全身を震わせて喚きたてる様に、コムイは心底楽しげに手を振って見せた。
 「いやいや、歴史ある教団においては、何よりも権威が重んじられますからねぇ。
 形式が大事なんですよ、形式が」
 意地悪く、正論を口にするコムイを、ソカロは震えながら睨みつける。
 「まぁまぁ、そんなに怯えないで。
 みんなご馳走に夢中で、聞いてやしませんよっ」
 「そ・・・そそそ・・・そうだろうか・・・・・・!」
 仮面越しに、縋るような目で見つめられて、コムイは内心、『暑っ苦しいな〜』などと思いつつも、莞爾(かんじ)として頷いた。
 「大丈夫ですよ。
 元帥の後は、ちゃんとボクが引き取って、『いいスピーチでした!』と言って差し上げます」
 「ほ・・・ホントだなっ?!」
 本当に縋り付いてきた元帥に、コムイは何度も頷く。
 「嘘は言いませんよ、ボクは。
 ―――― ホラ、大元帥のご挨拶が終わりましたよ。
 がんばってくだ・・・・・・っ!!」
 ソカロの背中を押したコムイの手は、しかし、言い終えないうちに離れた。
 「コムイ・・・っ?!」
 緊張と不安で汗だくになったソカロが振り向いた先に、コムイの姿がない。
 「コムイー?!」
 ソカロの悲鳴に、司会の声が重なった。
 「では次に、ウィンターズ・ソカロ元帥よりご挨拶を賜ります。
 皆さん、元帥を拍手でお迎え下さい!
 ソカロ元帥・・・元帥ー?!元帥っ!!」
 コムイを見失い、硬直してしまったソカロは、油の切れた機械人形のような動きで、スピーチ台と言う名の死刑台に上がった・・・・・・。


 「リリス・・・我が魔界の花嫁よ。
 今宵は一段と美しい
 「あなたも、今夜は一段と凛々しくてよ。我が夫、ルシファー
 悪魔になりきって、手に手を取った二人へ、ラビが惜しみない拍手を贈る。
 「なんか、アレンのコウモリ羽根見てっと、俺の天才振りを証明してる気がするさー!」
 「ありがとうございます、ラビ」
 「ホント!すごいわ、ラビ!
 この羽根、本物みたい!」
 アレンとリナリーの賞賛を受け、ラビは満足げに頷いた。
 短時間で本物そっくりなコウモリ羽根を作るなど、科学班のメンバーにも難しいことだ。
 「リナ、ミランダはどうだった?」
 「うん!
 耳もヒレみたいな飾りで隠して、本物のマーメードみたいだったわ」
 簡単をこめて拍手するリナリーに、ラビは満足げな顔で、ハロウィンパーティの会場を見渡した。
 「俺、副業で仮装用アイテムの商売、できっかも」
 「出来ますね」
 「出来るわよ」
 ラビの言葉に、アレンとリナリーも深く頷く。
 それほどに、ラビの作った特殊メイク用の小物は、多くの団員達に愛用されていた。
 「でも、リナ。
 せっかく『リリス』の仮装してんのに、髪をまとめちゃあ・・・」
 苦笑するラビに、リナリーは頬を膨らませる。
 「だって、兄さんが『夢魔』なんてはしたないって、怒るんだもん。
 無理矢理結われちゃったのよ!」
 アレンは、不満げなリナリーに微笑み、
 「まるで勝利の女神ですよね。
 戦っている時も、そうでない時も・・・ずっと側にいて欲しいな」
 囁いた途端、リナリーの手を握っていた手が、激しく打ち据えられた。
 「いったぁぁぁぁ!!!」
 アレンが悲鳴を上げた瞬間、ラビの姿が消えている。
 その代わり、彼がいた場所に現れたのは・・・・・・
 「コムイさん?!なんで?!」
 スピーチ台の近くにいたはずだ、と見遣った先では、ソカロ元帥がおこりにかかったように震えながら、意味を成さない声を上げている。
 「るぅーしぃーふぁぁぁぁぁ〜〜〜〜!ボクの花嫁に手を出すのは許さないよ〜〜〜〜!!」
 「えぇっ?!花嫁って・・・!!」
 見れば、コムイもまた、大きなコウモリの羽根にねじれた角をつけていた。
 「我が名はサタン!『妨げるもの』さ!」
 言うや、悪魔は彼の傍らで呆然とするリナリーを抱き上げる。
 「えぇっ?!兄さんっ?!」
 「あーっははははは!!ボクの天使は渡さないよッ!!」
 哄笑を上げながら、リナリーをさらい、人並みの中へ消えてしまった。
 「そんなっ・・・リナリー!!!!」
 「げふっ!」
 彼女を追いかけようと、歩を踏み出したアレンの足元で、奇妙な音がする。
 「お前まで踏むんじゃねぇ・・・!」
 共犯者として、既にコムイに蹴倒され、踏みつけられていたらしいラビは、最も低い場所から抗議の声を上げた。


 「ヘイ、ジャック!パーティ会場はあっちみたいだよぉ」
 カボチャランプで照らされた廊下を食堂に向かいながら、ロードが明るい声を上げる。
 と、
 「・・・誰がジャックだ」
 不機嫌な声で応えて、シルクハットの代わりに羽毛で飾られた派手なマスクをつけたティキは、彼の傍らでぴょこぴょこと上下する王冠に首を傾げた。
 「ロード、お前は一体、なんの仮装してんだ?」
 王様か、と問うと、ロードは自身の頭より大きな王冠を振る。
 「僕はパイモンだよぉ♪」
 「・・・地獄の王様か」
 高位の悪魔の名に、黒衣のティキはにやりと笑った。
 「じゃあ俺は、アスタロトとでも名乗るか」
 「あ ようやくヤル気になってくれたんだぁ
 「・・・つか、早く終わらせて帰りてぇよ」
 寒々しい鉱山の現場で働いている方が、エクソシスト共の本拠地でロードのお守りをしているより、随分とマシに思える。
 「そんなに心配しなくても、お菓子もらってちょっと遊んだら、すぐに帰るよぉ♪」
 「ちょっと・・・ね・・・・・・」
 それがどれほどの惨劇をもたらすのか、想像しようとして、ティキはその恐ろしさに途中で思考を止めた。
 「・・・あんま騒ぐなよ・・・」
 ノアとはいえ、たった二人の戦力で、何人ものエクソシストと渡り合うのは難しい。
 特に今、この城にはノアの一族が総出で追ってさえ殺せなかった元帥が、3人もいるのだから。
 そう言うと、ロードはうるさげに口を尖らせた。
 「そんなこと、一々言われなくったってわかってるよぉ」
 「・・・・・・本当だかな」
 益々不安げな顔色になったティキをねめつけて、ロードはぐい、と、彼の腕を引く。
 「シケたこと言うなよぉ!たのしもぉよ、ね?」
 そう言って、ロードが堂々と踏み入った部屋には、様々な姿をしたエクソシスト達が、何人も散らばっていた。


 「ハイハァーイ パンプキンパイが欲しい子は、こっちにいらっしゃぁーぃ
 コック帽の代わりに警官のヘルメットをかぶったジェリーが、大きな盆にパイを山盛り積んで行くと、いくつもの手が伸びた。
 「まだたくさんあるからねーぇ
 あっという間に空になった盆を小脇に抱え、ジェリーは厨房に引き返す。
 その途中で、大きな手提げ籠にたくさんのキャンディーを入れたミランダと鉢合わせた。
 「アラ!
 アラアラ、ミランダ!そのドレス、よく似合ってるじゃなーぃ
 でも、と、ジェリーは首を傾げる。
 「スカーフなんてついてたかしら?」
 鋭い指摘に、ミランダは苦笑した。
 「だって・・・このドレス、ものすごく胸が開いているんですもの・・・。
 あのままじゃ、部屋を出られませんでしたよ」
 控え目に笑いながら、ミランダが軽く押さえた胸は、魚のヒレを模したものと同じ布で作ったスカーフと、幾重にも巻いた真珠のネックレスで覆われている。
 「アラアラ、もったいない!
 アンタ細いけど、出るトコはちゃんと出てるんだから、見せびらかしてやればいいのに!」
 「そんなことできません!!」
 ケラケラと笑うジェリーに、ミランダは真っ赤になって反駁した。
 と、
 「Trick or treat!!」
 二人の間に子供の声が割って入り、ミランダの持つ籠に手を伸ばす。
 「じゃあアタシ、厨房に戻るわ!」
 「あ、はい。ジェリーさん、また後で・・・」
 ジェリーに手を振って応えると、ミランダはしゃがんで、子供たちが菓子を取りやすいようにしてやった。
 するとその中にいた、大きな王冠をかぶった子供が、にこりと笑う。
 「おねーさん、ひらひらしてるねぇ。なんの仮装?」
 「これ?マーメイドよ」
 笑い返すと、アメジストのように鮮やかな紫色の目が、きらりと光った。
 「え?」
 なぜか、ぶるりと震えが起こり、数歩を退いたミランダに、子供は更に笑みを深める。
 「あ・・・あなたはなんの仮装をしているの?」
 自分がなぜ、この子供に恐怖を覚えるのかわからないまま、ミランダが問い返すと、子供はにやりと笑う。
 「パイモン」
 「・・・・・・っ!!」
 その笑みと悪魔の名に、『あの夜』の恐怖が蘇り、ミランダは真っ青になって立ち竦んだ。
 その背に、
 「美人はっけーん!!」
 陽気な声と共にラビが飛び掛り、ミランダはこの世のものとは思えない程の、凄まじい悲鳴を上げる。
 「な?!」
 「なんだ?!」
 一斉に視線が集まり、その発生源を目にした人々は、
 「ラビ!!お前、なにミランダさん襲ってんだ!!」
 「脅かしてもいいけど泣かすなよ!!」
 「やりすぎだ、バカ!!」
 おそらく、この会場の誰よりもミランダの悲鳴に驚いて硬直しているラビに、次々と非難が浴びせた。
 「ご・・・ごめん、ミランダ!
 こんなに驚くって思わなかったんさ!」
 顔を覆ってうずくまってしまったミランダを、ラビが慌てて助け起こそうとするが、
 「・・・・・・っ!」
 目を上げた途端、間近に迫った血みどろの包帯男に、ミランダが再び絶叫する。
 「ミミミミミ・・・ミランダ・・・!!オチツケ!とにかく今は落ち着くさ!な?!」
 必死になってラビがミランダをなだめていると、
 「なにしてんだ、お前!!」
 人々を掻き分けて駆け寄ったリーバーに、思いっきり蹴り飛ばされた。
 「あぁーれぇぇぇぇー!!」
 ラビは長い悲鳴を上げながら、軽やかに宙を舞い、壁に叩き付けられる。
 しかし、リーバーは壁に血の尾を引いて床に倒れたラビなど視界にも入れず、うずくまって震えるミランダを抱き起こした。
 「大丈夫っすか、ミランダさん!」
 「リ・・・リーバーさん・・・!」
 縋るように掴んだ白衣には、しかし、大量の血が滴っている。
 「きゃああ!!リーバーさん!!頭にボルトが刺さって・・・!!」
 しかも、中に血糊を仕込んだボルトからは、今なお鮮血が滴っていた。
 「ふぅ・・・っ!」
 「ミランダさん!!」
 絶え間ない恐怖に繊細な神経は耐えかねて、とうとう白目をむいて意識を手放したミランダを、すかさずリーバーが抱き上げる。
 「てめぇら道あけろー!!」
 怒涛の勢いで医務室へと去って行った科学班班長を、暖かい拍手で見送った団員達は、続いて自身の作り出した血の池の中で溺れかけているラビに、喝采を送った。
 「結果オーライ、ラビ!」
 「お前のおかげで班長は、ミランダさんのヒーローだ!」
 「グッジョブ!」
 「うれしくねぇ〜・・・!」
 次々と掛けられる賞賛の言葉に、しかし、ラビは弱々しく首を振った。


 「お♪美人見っけ
 菓子を求めて、部屋中を歩き回るロードからは目を離さず、隅でカクテルを飲んでいたティキは、その視界に美女と美少女の姿を見止め、ゆったりと歩み寄った。
 「やぁ、楽しんでいるかい?
 えーっと・・・アルレッキーナ?と・・・勝利の女神かな?」
 声を掛けると、まだら模様のドレスを着て、タンバリンを持った女道化が振り返る。
 淡い金髪で半面を隠した女の顔は、酷い火傷で覆われていたが、それすら化粧かと思うほど秀麗だ。
 「私は正解だ。
 だが、こちらはハズレだな」
 凛とした声に、大きな翼を背につけた黒髪の少女は、にこりと笑う。
 「私はリリスよ
 「リリス?」
 明るい声に、ティキは笑みを浮かべた。
 「きれいに髪を結い上げたリリスなんて、初めて見たよ。勝利の女神の方がふさわしいんじゃないか?」
 そう言うと、少女はややむくれる。
 「だって・・・兄さんが『リリスなんてはしたない』って、髪を下ろすのを許してくれないんだもん」
 「そりゃあ、家族は嫌がるだろうさ、夢魔なんてな!」
 大きな声で笑うティキを、アルレッキーナとリリスは揃って見上げた。
 「あなたは?」
 二人に問われ、ティキは黒衣の襟を引く。
 「アスタロト・・・同じ悪魔だよ、お嬢ちゃん♪」
 「ホントに?!」
 目を輝かせる少女に頷くと、彼女は胸の前で手を組み合わせ、嬉しげに笑った。
 「じゃあこれで、悪魔は4人目だわ
 「へぇ?
 俺の連れも、パイモンの格好してうろついてるぜ?」
 ほら、と、ティキが指差した先では、すっかり人影に隠れてしまったロードの、大きな王冠がぴょこぴょこと移動している。
 「あら!じゃあ、この部屋には悪魔が5人いるのね、クラウド元帥!」
 「元帥?!」
 何気なく放たれた名前に、ティキが思わず大声を上げた。
 が、今日は何度もそんな反応に出会ったのだろう、二人はクスリと、笑声を漏らす。
 「気にするな。今の私はただのアルレッキーナだ」
 「は・・・はは・・・」
 引きつった笑声を上げて、ティキは仮面の下にかいた汗を、そっと拭った。
 ―――― クラウド・ナインって、女だったのか・・・・・・。
 美人だと思って容易に近づいてしまったことを後悔しつつ、ティキは、さりげなく問う。
 「・・・クラウド元帥がアルレッキーナって事は、他の元帥達もコンメディア・デッラルテの道化に化けてんすかね?」
 と、二人はあっさりと頷いた。
 「フロワがイル・ドットーレ、ウィンターズがイル・カピターノの格好をして、どこかにいるよ」
 しゃらん、と、タンバリンの鈴を鳴らした女元帥に、ティキは苦笑する。
 「ティエドール・・・元帥が『学者』で、ソカロ元帥が『隊長』ね・・・。
 了解。
 イル・ドットーレとイル・カピターノには気をつけるっす」
 道化の姿をした者にはロードを近づけまいと、室内に視線を巡らせたティキは、見知った顔がこちらに近づいてくるのを見つけて、踵を返した。
 「じゃ・・・じゃあ俺、飲み物取りに・・・!」
 「あ、ちょっと待って、アスタロト!」
 とっとと逃げようとしたティキを引き止めて、リリスが大きく手を振る。
 「アレンくーん!こっちよ!」
 「リナリー!やっと見つけた!!
 あ、今晩は、クラウド元帥。アルレッキーナの衣装、素敵ですね」
 挨拶と共に、誉め言葉をそつなく添える少年に、クラウドはクスクスと笑声を上げた。
 「そう言うお前も、ルシファーの衣装がよく似合っていること。
 リナリーを妻にした気分はどうだい?」
 「サイコーです!
 邪魔さえ入らなければ、ですけど・・・」
 そう言って、アレンは恐る恐る、スピーチ台に立つコムイを見遣る。
 彼のことだから、どうしても自分が離れなければいけない時は、女性にリナリーを預けるだろうと予測し、狙っていたのだ。
 と、アレンは、リナリーの傍らであらぬ方向を向いている青年に気づいて、訝しげに見上げる。
 「あの・・・どちらさまでしたっけ?」
 「と・・・通りすがりの悪魔公爵ですよ、魔王陛下・・・・・・」
 「いえ、そうじゃなくて・・・どこかで会いましたよね?」
 「そ・・・そりゃあ、同じ教団に所属してんすから、どっかですれ違ってるでしょー」
 「んー・・・・・・・・・?」
 「・・・・・・・・・・・・・・・」
 じぃっと自分を見つめるアレンから、ティキは必死に目を逸らした。
 ――――・・・ナニを思い出そうとしてんだよ、イカサマ少年〜〜〜!!
 視線を外そうとしない少年を、ティキは心中に罵る。
 ―――― いー加減、目を逸らせー!なに見てんだ、クソガキャー!!
 仮面の下に噴き出した嫌な汗が、今にも頬に流れるかと思った時、
 「・・・・・・ま、いっか」
 信じられないほどあっさりと、アレンはティキから視線を外した。
 「それより、リナリー!
 ジェリーさんが今から、パンプキンプディング出してくれるんですって!一緒に行きましょう
 そう言うと、アレンはティキを押しのけ、リナリーの手を取る―――― 今のうちに、リナリーをコムイから奪還しておかないと、勝機はない。
 「うん!
 クラウド元帥の分ももらってくるね アスタロトは――――」
 「俺の分はいらないよ」
 軽く手を振ると、リナリーは大きく手を振って返した。
 「そう!じゃあ、パイモンによろしくね!」
 そう言って駆け去った二人を、そっと吐息して見送り、ティキは踵を返す。
 が、
 「お待ち」
 背に、静かな声で呼びかけられて、ティキは立ち止まった。
 「お前・・・・・・」
 静かな―――― だが、鋼のように硬質な元帥の声に、ティキはロードの姿を素早く視界に収める。
 クラウドが攻撃してくれば、彼とロードの間にいる者達をすべて殺してでも、ロードと退路を確保する・・・そう、決意して半身振り返り、目の端に、クラウドの姿を捉えた瞬間、彼女の姿が消えた。
 「っ!!」
 ティキがロードめがけて駆け出――――・・・そうとした脚は、しかし、2歩目で止まる。
 「元帥〜〜〜〜 マイラーヴ
 「ラビィィィ!!私の上からおどき!!」
 ティキの一挙一動に集中していたため、クラウドは背後に忍び寄った『敵』に気づかず、捕獲されてしまった。
 「げ、あいつもかよっ!」
 見知ったもう一人の少年の出現に、ティキは彼とロードの間に立ち塞がる人間達の身体をすり抜けて、素早くクラウドの視界から消える。
 「ちっ・・・!あの男・・・!」
 力ずくでラビを押しのけ、談笑する団員たちの間にティキの姿を探すが、彼の姿は既に、彼女の視界から消えていた。
 「ラビ・・・!よくも邪魔を・・・!」
 「元帥!他の男なんて無視さ、無視!!
 元帥のアルレッキーノ(恋人)になら、俺がなるさー
 「っ寝言は寝てから言え!!」
 怒りのアッパーカットに、ラビは今夜再び宙を舞った。


 「ロード!」
 ティキは、両手いっぱいに菓子を抱えたロードを捕まえると、彼女の耳元に囁いた。
 「元帥にバレた!とっとと引き上げるぜ!」
 「えぇ〜!まだ僕、カボチャクッキーもらってないよぉ!」
 「静かにしろ!そんなん、『家』に帰ればいくらでもあるだろうが!!」
 大声を上げてごねるロードに、苛立たしげに言うと、ティキは彼女の背中を押す。
 「見知った顔にも、二つばかり会っちまったからな!目だたねぇように、とっととずらかるぜ!」
 「じゃあティッキー、お菓子持ってぇ」
 「へいへい、わかったから早く・・・」
 ロードが両手に抱えた菓子を受け取ろうと、身をかがめたティキの背中が、ちょうど背後を通りかかった人間とぶつかった。
 「あ、失礼したである!」
 「イヤ・・・」
 丁寧な詫びに何気なく振り返ったティキは、かつて、彼が仲間と共にカモった男の顔を見つけ、慌てて顔を逸らす。
 「?
 大丈夫であるか?なにか・・・」
 ティキの様子に、かえって気遣わしげに近づいてきた男に、ティキは顔を背けたまま手を振った。
 「イヤイヤ、全然大丈夫!なんでもないから!」
 「しかし・・・ん?」
 と、更に近寄ったクロウリーは、大きな王冠をかぶった子供が、興味津々と自分を見上げているのに気づいて、首を傾げる。
 「どうかしたであるか?」
 問うと、ロードは目を輝かせて大声を上げた。
 「すっげぇぇ!僕、本物の吸血鬼なんて、初めて見たよぉ!!」
 途端、クロウリーが泣き顔になる。
 「きゅ・・・吸血鬼では・・・ないである・・・・・・」
 いい年をした男の泣き声に、周囲の視線が集まり、ティキは更に慌てた。
 「そ・・・それだけ旦那の仮装が堂に入ってるってことだよ!な?!」
 ティキがすかさずフォローし、周囲にも同意を求めると、クロウリーの泣声は更に大きくなる。
 「な・・・なんで泣くんだよっ?!」
 訳がわからず、手を着けかねているティキに、クロウリーがしゃくりあげた。
 「わ・・・私の仮装は・・・フランケンシュタインである!!」
 「は・・・・・・?」
 一瞬、呆気に取られたティキは、泣きべそをかくクロウリーを、上から下までじっくりと見つめる。
 「どー見たって吸血鬼だろっ!!」
 「フランケンであるぅっ!!」
 部屋中に響き渡った声に、みなが一斉に振り返った。
 「・・・・・・目立っちゃいけないんじゃなかったっけ?」
 部屋中の注目を集めたティキの隣で、ロードがポツリと呟く。
 その次の瞬間には、真っ青になったティキの眼前に、まだら模様のドレスの女が降り立っていた。
 「フロワ!ウィンターズ!!ノアだ!!」
 良く通る声でクラウドが呼びかけるや、イル・ドットーレとイル・カピターノがティキの視界に現れる。
 「まづい・・・!」
 仮面の下に噴き出した汗が、とうとう頬を伝って流れ落ちた。
 「逃げるぞ、ロード!!」
 右手に菓子を、左手にロードを抱えて、逃げ惑う非戦闘員達を盾にするように走り出したティキは、ほとんど野生の勘で、彼の頚動脈を噛み切ろうとした牙をよけた。
 「やっぱアンタ、吸血鬼じゃねぇかァァァァッ!!!」
 「今日の私はフランケンシュタインだ、若造!!」
 気弱な人格から一転、化物と化したクロウリーの牙から、必死に逃げるティキの腕の中で、ロードが暢気な声を出す。
 「ねーぇ、ティッキィー。お菓子、落とさないでねぇ〜」
 「今はそんな事言ってる場合・・・カァァァ!!!」
 頭を巨大な槌で潰されそうになって、ティキが冗談ではなく悲鳴を上げた。
 「ちっ!外したさ!!」
 「あっ・・・アブねぇだろ、赤毛ェェェェっ!!」
 「逃がしませんよ、ノア!!」
 「あの時のお礼はさせてもらうわ、ロード!」
 ラビの槌をよけた一瞬の間に、エクソシスト二人に立ち塞がられ、ティキが急停止する。
 「あー
 アレン〜 リナリィ〜
 嬉しそうに手を振るロードを、しかし、魔王と女悪魔は鋭く睨みつけた。
 「覚悟!」
 同時に疾風と化した二人に、ティキはわずか、目を細める。
 「隙あり!」
 二人のイノセンスに触れないよう、彼らの身体を通り抜けて、ティキはエクソシストの包囲網を抜けた。
 そう、思った。
 「ティッキィ〜。上見て
 ロードの警告に応じて、目を上げる暇などない。
 微かな風圧を感じ、ギリギリでよけた瞬間、斬撃が石造りの廊下を割っていた。
 「すごぉーい ここ、狼まで飼ってんだぁ
  間を置かずに来た第二撃を、飛び退いてかわした時にはもう、第三撃が来ている。
 「ロード!!
 早く『扉』だせよっ!!」
 「えぇ〜」
 「文句言ってっと盾にするぞ、ゴルアァァァァァッ!!」
 第四撃と同時に再び襲い掛かってきたエクソシスト達に、ティキが本気の悲鳴を上げた。
 「ロォォォドォォォォォ!!!」
 「はいはぁ〜い。うるさいなぁ〜もぉぉ〜」
 ため息交じりの声が上がるのと、ティキの飛び退いた場所に異界への扉が開いたのは、ほとんど同時だった。
 狼の突き出した剣の切っ先が、ティキの仮面を斬り裂いた以外は、すべての攻撃が空間の歪みに弾かれる。
 「ふっひぃ〜・・・危なかった・・・・・・」
 『扉』の向こうに尻をつき、未だ溢れ出る脂汗を拭うティキの傍らで、ロードがひらひらと手を振った。
 「じぁあねぇ〜 またあそぼぉ〜
 「もう二度とくんな!!」
 エクソシストだけでなく、団員全員の怒号を受けながらも、『扉』は嫌味なほど静かに閉まり・・・まるで砂糖が溶けるかのようにその姿を消した。
 「〜〜〜っなめやがってぇぇ!!」
 ハロウィンの夜に現れた、本物の悪魔達に、皆、思いつく限りの悪態をついた。


 記憶にある限り、生まれて初めて命の危険というものを味わったティキは、『家』に戻るや、ぐったりとソファーに倒れこんだ。
 「オヤ
 どうしましたカ、ティキぽん?」
 お気に入りの安楽椅子を揺らしながら、良い薫りのする紅茶を味わっていた千年伯爵は、口も利けないほどに憔悴した『子供』に小首を傾げる。
 「千年公〜〜
 僕にもお茶ちょうだぁぃ
 甘えん坊の猫のように、膝に絡んできた少女を見下ろし、伯爵は手ずから紅茶を注いで渡した。
 「ハイ、ドウゾ
 「千年公〜 僕、おいしいお菓子をもらってきたんだぁ〜
 一緒に食べよ ティッキーもぉ〜
 ロードの誘いに、ティキは、クッションに顔をうずめたまま、微かに首を振った。
 「もう・・・もう二度とこんな危ない遊びに付き合うもんか・・・・・・ッ!!」
 涙声でうめくティキに、ロードは目を細める。
 「ねーぇ、千年公〜
 東洋って、まだ陰暦を使ってる国があるんだよねぇ」
 「えぇ、ありマスよ 中国なんか、そうですネェ
 「ロード・・・・・・まさか・・・・・・」
 突っ伏したまま、顔だけロードに向けたティキに、彼女は無邪気に微笑んだ。
 「次は、中国支部に行こうねぇ〜〜〜
 ―――― 次は・・・死ぬ・・・・・・。
 その思考を限りに、ティキの意識は闇に落ちた。



Fin.

 










2006年のハロウィンパーティをお送りします★
お話の元ネタや、キャラ達の仮装は、かいんさんよりアイディアを頂きました(・▽・)
二人でカボチャの神と交信した結果ですよ(・▽・) ←どんな怪しい奴らだ。
去年と同じ仮装は避けたいと、妙なこだわりを持ったせいで、ただでさえよくは知らない西洋のお化けの検索に苦労しました(^^;)
悪魔の記述で間違ってるところがあったら、ごめんなさい;;
生ぬるい目でスルーして下さいね;;












ShortStorys