† Selfless Love †








 日々冷気の増して行く、11月のある朝。
 まだ日の射さない窓には、白く霜が下りていた。
 「あっらぁー!初霜じゃないかしら!」
 ベッドを下りて、窓辺に寄ったジェリーは、嬉しげな声を上げる。
 「寒いと思ったわぁー
 窓を開けて息を吐くと、たちまち凍って白く流れた。
 「もうすぐ、水も凍るわね」
 洗面器に水差しを傾けると、その水はもう、かなり冷たい。
 「・・・子供達はいいとしても・・・おじいちゃんには暖房入れてあげた方がいいわよね」
 既に凍えるほどに冷たい水で洗顔を済ますと、ジェリーはポツリと呟いた。
 「あと・・・ミランダは平気かしら。
 まぁ、今まで寒いところに住んでいたんだから、平気だとは思うけど・・・」
 と、はた、と、ジェリーは手を叩く。
 「いいこと考えたわ、アタシ」
 にこりと笑って、ジェリーはブラシを取り上げた。
 「アタシ、てんさーぃ
 楽しげに笑いながら、彼女は長い髪を丁寧に梳いた。


 「おはようございます、料理長!」
 「姐さん!本日は、お誕生日おめでとうございますっ!!」
 「はいはーぃ おはようみんな ありがとうねー
 厨房に入ると、昨夜からの宿直シェフや、早朝当番の者達が総出で彼女を迎える。
 その一人一人に機嫌良く挨拶を返しながら、ジェリーはいつも通り、申し送りを始めた。
 「―――― じゃあ、昨夜は特に問題なしね。
 仕込みは全部済んだかしら?」
 「はいっ!
 今日はシェフ全員で、姐さんに腕前を披露すべく、パーティ用に仕込んでいます!」
 「夜勤の者も、仮眠後戻ってきますんで、5番、6番コンロと10番オーブンの使用許可をお願いします!」
 「はいはーぃ
 いつもありがとうねぇ、アンタ達 楽しみにしてるわぁ
 毎年この日、シェフ達は『腕前披露会』という名のジェリー料理長誕生会を開く。
 彼らの尊敬を一身に集めるジェリーだからこそ、恒例となった会だった。
 「それじゃあ、今日も一日ガンバリましょ
 彼女の号令に、一同唱和し、厨房内は途端に慌しくなる。
 その中に、シェフでも見習いでもない者が一人、勝手に入って来た。
 「ただいま、ジェリー
 背後からじゃれ付いてきた少女に、ジェリーはしかつめらしい顔で振り向く。
 「コラ!勝手に入ってこないの、リナリー!」
 しかし、叱られても悪びれる様子もなく、リナリーは甘えるようにジェリーの腕を取った。
 「任務から、さっき帰ってきたんだぁ!」
 「アラアラ、お疲れ様!
 じゃあ、朝食出してあげるから、キッチンから出なさいな」
 「う・・・うん、オナカもすいてるんだけど・・・」
 「なによ?」
 不思議そうに首を傾げた彼女に、リナリーは苦笑を浮かべる。
 「ごめんなさい!
 ジェリーのお誕生日プレゼント、選ぶ暇がなかったの・・・」
 「あらま!この子ったら!そんなこと気にしなくていいの!」
 じゃれつく少女をぎゅっと抱きしめ、彼女は頬をすり寄せた。
 「アンタが無事で帰ってきただけで、アタシには何よりのプレゼントよ
 「えへへ ジェリー、大好き
 「アタシもよ
 次々と朝食の注文が入り、シェフ達が走り回る厨房内で、暢気に抱き合う二人に、みな、諦観のこもった吐息を零した。
 勘のいいリナリーは、やや迷惑そうなシェフ達の表情に気づいて、大きな目でジェリーを見上げる。
 「ジェリー、今日はお休みとらなかったの?」
 ハロウィンパーティが終わった直後は、毎年、厨房のスタッフが交代で休みを取る時期だった。
 12月に入ると、クリスマスパーティ、ニューイヤーパーティなど、大きな催しが続くため、11月に休みを取らないと、次の休暇は年が明けてからになってしまうのだ。
 が、ジェリーは苦笑して頷いた。
 「ハロウィンパーティで、食堂が大変なことになってしまったからねぇ。
 アタシが休んじゃったら、誰が修復の監督をするの」
 「まだ・・・直ってなかったんだ・・・・・・」
 ハロウィンパーティの直後に任務に行ってしまったリナリーは、まだ、その後の展開を聞いてはいない。
 「そうそう、あとでアンタに頼みたいことがあるからぁ、まずは朝ごはんをちゃんと食べなさいな」
 「うん!」
 踵を返したリナリーを、ジェリーが引き止めた。
 「睡眠は?今から寝るんだったら、食事は軽めにしておくけど?」
 「馬車の中で寝たから、もういいわ」
 「アラマァ、若いっていいわねー
 厨房を出て行くリナリーを見送って、ジェリーは上品に微笑んだ。


 「ただいま、みんな!」
 明るい声に、ひたすら壁を向いて修復作業をしていた少年達が振り向く。
 「リナリー!おかえりなさい!!」
 すかさず立ち上がるや、満面に笑みを浮かべて、アレンがセメントに汚れた手を開いた。
 「女子校潜入お疲れさん・・・なんで俺が行っちゃダメなんさ!」
 アレンが塗ったセメントの上に、意外な几帳面さでレンガを乗せつつ、ラビが不満げな声を上げる。
 「てめぇを女子校にやって、なんかいいことがあるのかよ」
 既に乾いたレンガ壁を、漆喰で塗りこめながら、神田が吐き捨てた。
 「あるさ!
 俺だったらすぐに女子学生達の口を軽くして、絶対リナより早く仕事を片付けたさ!」
 「失礼ね!
 仕事は早いかもしれないけど、その後だらだらと残ってるでしょ、ラビだったら!」
 すかさず指摘されて、ラビが黙り込む。
 「いいから手ェ動かせ、てめぇは!モヤシも!いつまでボーっとしてやがる!!」
 神田の苛立った声に、ラビはビクリと震えると慌ててレンガを積み、アレンは頬を膨らませてセメントをこねた。
 「大変そうね」
 「そうでもありませんよ。もうすぐ完成ですし」
 「てめぇがサボってたら、いつまで経ってもできねぇよ!!」
 いつの間にか背後に寄っていた神田に、耳のすぐ側で怒鳴られて、驚いたアレンが飛び退く。
 と、まだ乾いていない漆喰に、アレンの手が深々と埋もれた。
 「なにしやがるか、このモヤシが!!」
 「あんたが脅かすからでしょ!!塗りなおしてくださいよ!!」
 「ふざけろ!てめぇでやれ!!」
 激しい怒声の応酬をした神田が、側にひざまずいたリナリーを訝しげに見下ろす。
 「なにやってんだ、お前は」
 「・・・えへ
 アレンの手形の隣に、自分の手形をつけて、リナリーが微笑んだ。
 「神田も、塗りなおすの面倒でしょ?だから・・・」
 そう言って、リナリーは工具の中から鉄筆を取り出し、自分の手形の横に名前とメッセージを書き込む。
 「こうすれば、むしろ喜んでくれるんじゃない?」
 「じゃあ僕も!」
 「俺も俺もー♪」
 リナリーから鉄筆を受け取って、アレンは自分が捺してしまった手形の横に名前とメッセージを書き込み、ラビはその下にわざわざ手形を捺して、同じく書き込んだ。
 「・・・・・・なんだよ」
 振り返って、じっと自分を見つめる三人に、神田がいらだたしげな声を上げる。
 「ユウもやるさー!たまにはこうやって親交を・・・」
 「うるせぇ!余計な世話だ!」
 ラビの言葉を遮って、神田は再び修復作業に戻った。
 「とっとと終わらせるぞ、てめぇら!」
 「はっはいっ!!」
 鋭い目で睨まれて、アレンとラビもあわててセメントを塗り、レンガを積んでいく。
 「手伝おうか?」
 リナリーの申し出には、しかし、三人が三人とも首を振った。
 「いいですよ。任務あけでしょ?」
 「飯でも食ってさっさと寝るさ。疲れてんだろ?」
 「ここは俺たちで片付ける」
 三人三様の答えにリナリーは微笑む。
 「じゃあ、がんばってね!」
 「はいっ!」
 「おぅ!」
 「・・・」
 これも、三人三様の応えに、リナリーはクスクスと笑声を上げながら、踵を返した。


 朝食を終えて、再びジェリーの元に行くと、彼女はまず、リナリーに科学班へのお使いを頼んだ。
 科学班へは、どうせ、任務完了の報告書を出しに行かなければならないし、手間なことはない。
 二つ返事で引き受け、リナリーは朝食を摂りながら書き上げた報告書を持って科学班に出向いた。
 「ただいまー
 ドアを開けた途端、部屋の最奥にいたはずの兄が、光の速さで駆け寄り、リナリーを抱きしめる。
 「おかえりぃ、リナリィィィィィ なんでもっと早く来てくれなかったのぉぉぉぉ!!」
 涙ながらに訴える兄に、リナリーは報告書を差し出した。
 「朝ごはん食べながら、これ書いてたの。
 馬車の中で、ぐっすり寝ちゃって書けなかったから」
 ごめんなさい、と、頭を下げたリナリーを、コムイは改めて抱きしめる。
 「あぁん そんなのここに来て書けばよかったじゃないかぁ
 「だって・・・早く提出しておかないと、兄さん達、困るでしょ?」
 上目遣いで見上げられて、コムイの顔と理性がだらしなく蕩けた。
 「私がいない間、またお仕事がたまっただろうし・・・・・・」
 言うと、室内の科学者達が、千切れんばかりに首を振って頷く。
 「兄さん、今日はがんばってお仕事しましょうね 私、お手伝いするわ
 「うんっ!!」
 尻尾があったら千切れんばかりに振っていただろう、コムイの嬉々とした顔に、科学者たちから歓声と惜しみない拍手が沸きあがった。
 「それでね、班長♪」
 リナリーに声を掛けられて、書面に没頭していたリーバーが顔をあげる。
 「ここは私が引き取るから、班長はお出かけしてきていいわよ
 「は?」
 訝しげに眉をひそめるリーバーを、兄の影から見遣って、リナリーは猫のように目を細めた。
 「あら?班長、私が出て行く前に言ってたよね?
 ロンドン大学のインペリアル・カレッジで役に立ちそうな研究をやってるらしいから確認したいって」
 「あぁ、それならもう・・・」
 「言ったわよね?」
 凄みのある目で睨まれて、リーバーは言いかけた言葉を飲み込んで頷く。
 「・・・馬車はもう用意してもらってるの。いってらっしゃい
 「え?」
 「いってらっしゃいっ!」
 有無を言わせぬ迫力で押し切られ、リーバーはペンを置いた。


 「・・・なんなんだ、あいつは」
 科学班を追い出されたリーバーは、脱いだ白衣を肩にかけて、とりあえず城門前へと歩いていく。
 食堂の前を通りかかった時、ちょうど左官三人組が、工具を持って出て来た。
 「おう、お前ら、壁の修理は終わったのか?」
 「ハイ!完成です!」
 「後は乾くのを待つだけさ!」
 「・・・なんで俺たちが左官だ」
 嬉しげなアレンとラビに反し、不満げな神田にリーバーは苦笑する。
 「ご苦労さん。料理長も喜ぶぜ」
 言いながら、アレンの頭をくしゃくしゃと撫でてやると、大きな手の下でアレンが鉄筆を差し出した。
 「今ならまだ乾いてませんから、リーバーさんも参加しませんか?」
 「参加?」
 首を傾げながら、アレンが示した壁を覗き込むと、そこには既に、アレンたちの他、いくつもの手形と文字が書き込まれている。
 「お。楽しそうだな」
 にやりと笑って鉄筆を受け取ると、リーバーはまだ柔らかい漆喰の上にメッセージを書き込んだ。
 「・・・やっぱ、そこに書き込むんさ?」
 にやりと、リーバーの手元を見つめていたラビが笑う。
 「な・・・なんだよ・・・!」
 「誰の手形か、すぐにわかっちゃうんですねぇ、リーバーさんには
 リーバーの傍らにしゃがみこんだアレンが、からかうように言った。
 リーバーが手形を捺したすぐ近くには、掌の中心に聖痕のような傷がある手形が捺してある。
 その横に書かれた名前は、『Miranda』。
 「バッカ!からかうんじゃねぇよ!」
 「あいたっ」
 容赦ない力で頭をはたかれて、アレンが悲鳴を上げた。
 「もう・・・なにするんですかー!」
 「あはははは!リーバー、真っ赤さ!」
 「うるせぇ!!」
 軽快な音を立ててラビの頭をはたいたリーバーの背に声がかかる。
 「ちょっと、リーバー?アンタ、馬車待たせてるんじゃないのぉ?」
 「へ?
 あぁ・・・そうらしいっすね」
 「そうらしいっすね、じゃないでしょ。早く行ってあげなさいよぉ」
 「は・・・はぁ・・・・・・」
 ジェリーに急かされて立ち上がったものの、リーバーは気の進まない様子で彼女を振り返った。
 「でも俺、ロンドンに用事はないんすよ。大学の件はとっくに・・・」
 「あらそぉ?
 じゃあ、同行者が暖房器具探してるから、付き合ってあげてねぇん!」
 「同行者?」
 首を傾げるリーバーの背を押し、ジェリーはいそいそと彼を食堂から出す。
 「コムイはリナリーが押さえているから、ごゆっくりねぇ
 「はぁ?」
 わけがわからないまま、城門前に出たリーバーは、彼を待っていた馬車の中に、ミランダの姿を見つけて苦笑した。
 「・・・そう言うことね」
 いつもながら手が込んでいる、と思いつつ、リーバーは足取りも軽く、馬車に乗り込んだ。


 「リナリー!料理長が呼んでるぜ!」
 昼食から帰ってきた科学班のメンバーの声に、リナリーが振り向く。
 「わかった。
 じゃあ、兄さん、ちょっと行ってくるね♪」
 「え・・・えぇ――――っ?!なんで?!どぉしてぇぇぇっ?!」
 突然の申し出に悲鳴を上げるコムイに、リナリーは手にした書類の束を渡しながら苦笑した。
 「すぐ帰ってくるわよ」
 「すぐって何分?!5分?!」
 「それは無理・・・」
 「じゃあ10分!!」
 「と・・・とりあえず、できるだけ早く戻ってくるから・・・」
 手近にあった報告書の山を兄のデスクに載せ、にこりと微笑む。
 「兄さんがこれを終わらせるまでには、かえってくるわ
 「ホント?!」
 「うんっ」
 ―――― 3日はかかりそうだけど。
 笑顔の下に悪魔の打算を隠して、リナリーは踵を返した。
 「じゃあ、行ってきます 兄さん、がんばってね♪」
 「うんっ!!」
 だらしなく目尻を落として、凄まじい勢いで書類に取り組み始めた兄に手を振り、リナリーは科学班を出る。
 そのまま厨房に入り込むと、そこには既に、アレンの姿があった。
 「アラ、来たわね、リナリー
 「うん。なぁに?」
 首を傾げると、ジェリーが顎に指を当てて微笑む。
 「アンタ、ウチにミルクを入れてくれてる牧場知ってるわよね?」
 「うん。ブラウンのヒゲのおじさんでしょ?」
 いつも、教団にミルク缶を運んでくる中年男性の顔を思い浮かべると、ジェリーは大きく頷いた。
 「そう。
 アンタ、アレンちゃんとあの牧場に行って、ミルクもらってきてくれない?」
 「ミルク・・・?」
 アレンを見遣って、不思議そうに首を傾げると、アレンが乾いた笑声を上げる。
 「す・・・すみません・・・。
 僕が、スコーンを食べたいって言ったら・・・・・・」
 「だって、今日はクロテッドクリームがないんだものぉ!
 アンタもスコーンにはクリームつけたいでしょ?」
 「でも・・・クリームはすぐできないじゃない」
 クロテッドクリームは、温めたミルクを一晩寝かせ、上澄みだけで作るクリームだ。
 ミルクをもらったからといって、すぐにできるものでもない。
 「だぁかぁらぁ、今日はアンタ達二人、マダムのティールームでクリームティーでも頂いてきなさいよ。
 明日、出来立てのクロテッドクリームで、好きなだけスコーンを食べるといいわ
 「え?!ホント?!」
 途端、リナリーの大きな目がキラキラと輝きだした。
 「アンタの好きなもの、色々入れて焼いてあげるわよ
 「やったぁ!いこ!アレン君!!」
 「え?は・・・はい!!」
 駆け出したリナリーに手を引かれて、たたらを踏んだアレンの目の端に、ジェリーの笑みが映る。
 「ありがとうございます・・・!」
 ジェリーの企みに気づいて、アレンは小声で囁いた。


 一方、ロンドンに着いたリーバーとミランダは、暖房器具を買い込んだ後、何軒もの店を巡って、ジェリーの気に入りそうなものを探していた。
 「リーバーさん、思い出してくださいな・・・。ジェリーさん、どんなものがお好みなんですか?」
 「うーん・・・派手で華やかで色とりどりのもんが好き・・・そうじゃないすか?」
 「いえ・・・好きそうじゃなくて・・・」
 ミランダは苦笑して、手にしたティーカップを戻す。
 その時、ミランダが袖口にひっかけて、落としそうになったティーポットを、リーバーが見事な反射神経で受け止めた。
 「す・・・すみません!」
 「いえいえ」
 にこりと微笑んでポットを戻すと、リーバーはさり気なくミランダの肘を支えて、彼女がケーキ皿を突き落としそうになるのを止める。
 「あ・・・ありがとうございます・・・」
 恥ずかしげな声で囁く彼女に、リーバーは笑みを深めた。
 「ちゃんと見てますから。
 安心して選んでください」
 「はい・・・!」
 リーバーの言葉に、ミランダがほっとしたような笑みを浮かべる。
 「じゃあ私たちで、ジェリーさんに似合いそうなものを選びましょう」
 にこりと笑みを深めると、リーバーも頷いた。
 「そうっすね!ミランダさんが選んだって言えば、それで喜びますよ」
 「そ・・・そうでしょうか・・・」
 赤くなって俯いたミランダに、リーバーが自信ありげに頷く。
 「そうっすよ!
 だから、のんびり気に入るのを探しましょう♪」
 「は・・・はい・・・」
 ティーカップを手に取っては、熱心に見つめるミランダを、リーバーは機嫌よく見守った。


 「おじさーん!こんにちは!」
 牧草の上を風のように駆け抜けて現れた少女に、牧場の主は和んだ目を向けた。
 「やぁ、リナリーちゃん。どうしたね?」
 牧草をかき集めていた手を休めて問うと、彼女はにっこりと笑う。
 「料理長のお使いなの。
 明日、スコーンをたくさん焼いてもらうから、クロテッドクリームが作れるミルクをちょうだい
 「あぁ、それなら・・・」
 牧場に散らばっている乳牛を見渡して、主は軽く頷いた。
 「今から絞ってあげるから、マダムの店でクリームティーでもしておいで。
 絞り終わったら、マダムの店に持っていくよ」
 「ホント?!ありがとう、おじさん
 嬉しそうに笑って、一礼したリナリーに、主は機嫌よく手を振る。
 が、その和んだ目が、リナリーの背後にいた少年を見とめるや、丸くなった。
 「あれは・・・確か・・・・・・」
 黒の教団に食材を卸しに行くと、よく、料理長に構われている少年だ。
 「・・・兄上は・・・知っているのかねぇ・・・・・・?」
 伝え聞くリナリーの諸事情―――― 特に、奇異で奇矯な兄の奇行を知っていれば、リナリーの側にいるというだけで十分危険であることは、教団外部の人間である彼にさえわかることだった。
 「・・・死ぬんじゃないよ、少年・・・・・・」
 憐憫のこもった視線で見つめられているとは知らず、アレンは戻ってきたリナリーを嬉しげに迎える。
 が、
 「アレン君アレン君!急いで!!」
 そのまま傍らを駆け抜けたリナリーを、慌てて追いかけた。
 「ど・・・どうしたんですか?!」
 「マダムのお店、クリームティーがすごく人気なの!急がないとなくなっちゃうわ!」
 今ならまだ、アフタヌーンティーにも間に合うかも、と、付け加えられた一言に、アレンも足を早める。
 「近いんですか?!」
 並んで走りながら問うと、リナリーが頷いた。
 「さっきのおじさんの、奥さんがやってるお店なの!牧場の向こう側よ!」
 「それで『マダム』か・・・・・・」
 自分の奥さんに言うかな、と、苦笑しつつ駆け込んだ店の女主人は、しかし、確かに『マダム』と呼ばれるにふさわしい上品さだ。
 ―――― 『マダム』って、あだ名なんだ・・・。
 妙に納得しつつ、アレンは滑り込みで間に合ったアフタヌーンティーを、リナリーはスコーンとお茶だけのクリームティーを注文した。
 「素敵でしょ、マダム」
 二人のテーブルにティーポットを置いて、屋内に消えた女主人を見送ったリナリーが、こっそりと囁く。
 「実はちょっと、憧れてるんだ
 「ハイ・・・雰囲気がちょっと、ジェリーさんに似てますよね」
 「に・・・似てる・・・かなぁ・・・?」
 アレンが淹れてくれたお茶を受け取って、リナリーが苦笑した。
 「似てますよ。優しそうなところ」
 お茶にたっぷりとミルクを入れながら断言した、アレンの前髪を風がなぶる。
 ふと周りを見渡せば、なだらかな丘陵には牛がのんびりと草を食み、鳥のさえずり以外の音はほとんど聞こえなかった。
 「・・・いいところですね」
 「ずーっと賑やかな所にいたから、和むでしょ」
 大きな目を細めて笑むリナリーに、アレンは深く頷く。
 「なんだか、ほっとします」
 コムイの目を一切気にすることなしに、リナリーとお茶できることが・・・と、言いかけて、アレンはふと目を見開いた。
 「?
 どうしたの?」
 対面で首を傾げるリナリーに、アレンは慌てて首を振る。
 ―――― ジェリーさん・・・ありがとう・・・!!
 良い魔女の施した魔法のようなジェリーの手腕に、心から感謝して、アレンはほわりと笑った。
 いつも以上に機嫌のいいアレンを、不思議に思いつつも笑みを返すと、リナリーはティーポットを覆う手作りらしいポットウォーマーを取り上げる。
 「ジェリーのプレゼント、ポットウォーマーにしようかしら・・・。マダム、売ってくれると思う?」
 「交渉次第じゃないですか?」
 毛糸で編まれた、ふわふわしたポットウォーマーを撫でるリナリーの手をちゃっかりと握り、アレンが自信ありげな笑みを浮かべた。
 「任せて下さい!
 マダム手作りのポットウォーマー、僕がゲットして見せますよ!」
 そう言うと、アレンはアフタヌーンティーセットを運んできたマダムに、得意の美辞麗句を並べ、見事、真新しい手編みのポットウォーマーを手に入れた。
 「アレン君・・・さすが!!」
 リボンまでかけてくれたマダムに、礼儀正しく礼を言うアレンを、リナリーが尊敬のまなざしで見つめる。
 「なんてことないですよっ!」
 アレンが得意げに笑い、拳を握る。
 その後、牧場の主がミルク缶を運んで来るまで、二人はのんびりと午後のお茶を楽しんだ。


 「なぁ、ユウちゃん。姐さんのプレゼント、今から作って間に合うかね?」
 左官仕事を終えても、食堂近くの中庭で、なぜか道具を弄り回していたラビが問うと、傍らのベンチに座った神田が鋭い視線で睨みつけた。
 「・・・俺のファーストネームを呼ぶな」
 「いいじゃん。俺、ダチは名前で呼ぶ主義なんさ」
 飄々と言って、漆喰をこね出したラビに、神田が声を荒げる。
 「ダチじゃねぇ!」
 「こんだけ長い間顔つき合わせてりゃ、ダチさ♪」
 と、ラビは広げた本を神田に渡し、自分に見えるよう持つように言った。
 「・・・なにしてやがんだ、てめぇは!」
 「ん?コテ絵っつーんさ?日本じゃ、漆喰で絵を描くってゆーじゃん?」
 「は・・・?」
 ラビに持たされた本の、開かれたページを見れば、鳥や魚など、漆喰で作られた絵の紹介が載っている。
 「なんだ、これ・・・?」
 「ナニさ。日本人でもしらねぇ、レアな絵なんさ?」
 きょとん、と、目を見開くラビに、神田が首を振った。
 「日本日本って言うがな、一応統一政権はあっても、開国されるまでは何十もの違う国だぜ。
 隣の国の事だって、しらねぇもんはしらねぇよ」
 「へぇ・・・なるほど」
 感心しつつ、板の上にぽて、と漆喰を乗せていじりだしたラビに、神田が苛立たしげに舌打ちする。
 「で?てめぇはなにしてんだ?!」
 「んー・・・さっき修復したトコにさぁ、姐さんの好きそうな絵でも作ってやったら喜ぶかなぁって」
 色を塗らなくてもいいようにか、白鳩のコテ絵を作っていくラビの手元を見て、神田が顎で食堂を示した。
 「絵ならもう、何枚もかかってんだろ」
 「でも、暗い絵ばっかさ。
 姐さん、あんま好きじゃないかなぁと思ったんさ」
 暢気に言いつつ、ラビはこてこてと漆喰を塗っていく。
 「・・・お前、鳩作ってんじゃねぇのか?」
 「鳩さ」
 「ニワトリだろ、どう見ても!」
 「こ・・・これから鳩になるんさ!!」
 真っ赤になって、太りすぎた腹部を削るラビの手から、神田がコテを取り上げた。
 「・・・デザインを言え。俺がやる」
 「え?!マジで?!」
 「この1週間、伊達にコテを握り続けたわけじゃないぜ!」
 漆喰塗りに、異様な自信を見せる神田に、ラビが目を輝かせる。
 「やったさ、ユウちゃん!二人で華麗なコテ絵を作ろうな!」
 「ちゃんって、言うなー!!!!」
 べし、と、漆喰をラビの顔に塗りつけて、神田は絶叫した。


 黒の教団の城門前でリーバー達の乗った馬車と行き会ったのは、おそらく、リナリーとリーバーの幸運の力であって、相方達のものでは、決してない。
 「ラッキー♪」
 嬉しげに笑って、アレンは馬車を降りると、ミランダと交代した。
 「これで、万が一ゴーレムに映像を撮られてもごまかせます!」
 「お前・・・変な知恵がついてきたよな・・・」
 呆れ声を上げるリーバーの隣に乗り込んで、アレンがにこりと笑う。
 「何度も死地を脱してきたエクソシストですから!」
 「・・・そうだな、殺しても死なないな」
 苦笑しつつリーバーが言うと、むぅ、と頬を膨らませた。
 「不死身と言って下さい、不死身と!」
 「そうだな。室長相手でも、生き残れよ!」
 徐々に青ざめていくアレンにまた笑って、リーバーはくしゃくしゃと白い頭を撫でる。
 一方、ジェリーへのプレゼントを持って、先に城門をくぐったリナリーとミランダは、ティーセットとポットウォーマーを選んだ偶然に、楽しげな笑声を上げた。
 「だって、ジェリーさんへのプレゼントだと思うと、これしか思いつかなかったんですもの」
 「私も!
 お茶飲んでいたら、ポットウォーマーが目に付いて・・・」
 「あら・・・良かったわね、ゆっくりできて」
 「ミランダもね!」
 また、クスクスと笑声を上げて足取りも軽く食堂へ向かう。
 と、夕食前のこの時間は、いつも厨房内でシェフ達の采配に忙しいはずのジェリーが、テーブルに着いて、のんびりとお茶を飲んでいた。
 「ジェリー
 リナリーが呼びかけると、彼女は振り向いて微笑みを浮かべる。
 「アラ、おかえりなさい。楽しかった?」
 いたずらっぽい声で尋ねる彼女に、リナリーは笑って抱きついた。
 「うんっ!ジェリー、ありがとう〜
 「ミランダも?」
 「は・・・はい!あの・・・ありがとうございます・・・・・・」
 真っ赤な顔を俯け、はかない声で礼を言うミランダに、ジェリーは鷹揚に頷く。
 「ふふ・・・
 アンタ達が嬉しそうにしているのが、アタシには一番うれしいのよ
 「ジェリー・・・大好き
 「アラ アラアラ
 頬にリナリーのキスを受けて、ジェリーが嬉しそうに笑った。
 「それで・・・ね
 リナリーの目線に促されて、頷いたミランダが箱を差し出す。
 「リ・・・リーバーさんと一緒に選んだんですよ・・・」
 リーバーの気遣いか、ミランダが落としても中身が割れたりしないよう、厳重に梱包されたもののリボンを解き、開けた箱の中から現れたのは、エメラルドグリーンのソーサーに、結んだリボンの絵柄がかわいい、ティーカップとティーポットのセットだった。
 「きゃあ ウェッジウッドのプシケシリーズ!」
 歓声を上げるジェリーの手の上に、リナリーがふわふわとしたポットウォーマーを乗せる。
 「はい アレン君がマダムに交渉して、ゲットしたんだよ!」
 「まぁ!手編みね!!」
 「・・・来年は、自分で編むから・・・・・・」
 何気ない一言に声を詰まらせるリナリーの、うな垂れた頭を撫でながら、ジェリーが笑った。
 「ありがと
 お礼に、いいもの見せてあげるわね
 いそいそと立ち上がって、手招きするジェリーに二人がついていくと、彼女は修復を終えた食堂の壁を示す。
 そこには、漆喰が乾く前につけられたいくつもの手形と、同じ数だけのメッセージが書いてあった。
 当然、リナリーやミランダのものもある。
 『いつもおいしいご飯をありがとうございます! Allen』
 『姐さん!愛してるさ Lavi』
 『お仕事ご苦労様です。お体には気をつけてくださいね。 Miranda』
 『お互いがんばりましょう! Reever』
 『ジェリー みんな 大好き! Lenalee』
 ジェリーの指が、一つ一つのメッセージを辿り、ラビと神田が取り付けていったと言う、二羽の白鳩がオリーブの葉を加えるレリーフで止まった。
 「あら、可愛い・・・」
 「誰が作ったの?え?神田??」
 意外と器用なのね、と驚くリナリーの目の前で、メッセージを辿っていたジェリーの指が、『ヒミツよ』と、一旦唇にあたり・・・一羽の鳩の、広げた翼の下を示す。
 「なに・・・?」
 間近に寄って、二人はレリーフの陰になった辺りに目を凝らした。
 と、細い筋が文字の連なりだとわかる。
 『Thank you・・・ Kanda』
 「う・・・・・・!」
 「うそぉぉぉぉぉっ!!!!」
 瞠目して絶叫する二人に莞爾と微笑み、ジェリーは楽しげな笑声を上げた。
 「さぁさぁ、アンタ達
 今日はシェフ達が、自慢の腕を披露してくれるからねぇ ゆっくりご馳走食べて行きなさいな
 驚きのあまり、丸くなった目と口が戻らない二人は、そのままの表情で、ただ頷く。
 その後・・・皆が集まり、ジェリーの誕生日を祝うパーティが始まっても、リナリーとミランダの目は、異様なほど神田を見つめたまま、離れることはなかった。



Fin.

 










2006年ジェリー姐さんお誕生会でした
これもかいんさんに泣き付いてネタもらいました(^^;)
いい加減にしよう、自分;;;
ジェリー姐さんは教団のママンとして、みんなから慕われている上に、みんなのことも愛していると思いますよ
『アンタ達が嬉しそうにしているのが、アタシには一番うれしいのよ
というのは、かいんさんに頂いたスペシャル台詞!うん!姐さんらしい!
それにしても・・・毎回、『ラビが考える珍しいプレゼント』に悩みます;;
だってラビだもの・・・;
当時の誰もがしらなそうなものを選ぶに決まってるじゃないですか・・・;
ちなみに、
神田 「・・・俺のファーストネームを呼ぶな」
ラビ 「いいじゃん。俺、ダチは名前で呼ぶ主義なんさ」
の台詞は、チャットで突如始まるなりきりチャットで、何度となく吐かれる台詞です(笑)
コムリンに落とされた際、帰ってきた人が神田アイコン、管理人がラビアイコンを使っている時によく発生します(笑)
ちなみに・・・ウェッジウッドの
『Psyche』シリーズは多分、最近出たので、19世紀にあるわけないです(笑)
うちのサイトと同じ名前だったから、使用しただけですよん(笑)












ShortStorys