† Labyrinth †










 ―――― あたしを創ったのは、西洋の錬金術師だ。
 大層な力を持っていた『ヤツ』は、土地の神々を封じて、あたしをその城の番人に当てた。
 『息子を頼むよ』
 そう言って、この世を去った『ヤツ』の子供も、またその子供も、同じことを言って、あたしの前から消えて行ったよ。
 ・・・・・・そうやって、いつもお前たちは、この迷宮の中にあたしを置いていくんだ。
 ホントに、やなヤツら・・・。
 そして今の『主』は、とびっきり・・・やなヤツだ!


 「よーぉ
 おっはよー、バク♪」
 目覚めと共に、ニヤニヤと笑みを浮かべた顔を見せ付けられて、黒の教団アジア支部長バク・チャンは、朝っぱらから不機嫌になった。
 「・・・何しに来た、フォー」
 「ハッピーバースデー♪
 どーよ、三十路(みそじ)に入った気分は?」
 クスクスと、楽しそうに笑う城の番人を、バクはムクリと起き上がって睨みつける。
 「サイアクだ」
 この年の11月11日。
 黒の教団アジア支部長バク・チャンは、とうとう三十路に突入した。
 「ちくしょう・・・!なんでオレ様が三十路だ!!
 オレ様はコムイのように、あくどい事など何一つしてないのに!!」
 まるでそれが、罪に対する罰であるかのように嘆く彼に、フォーは高らかに笑声を上げる。
 「もういい年になったんだからさぁ〜。
 お前もそろそろアイドルの追っかけなんかやめて、将来のことでも考えたらどうよ?
 草葉の陰で、ジジィどもが泣いてるぜ?」
 「うるさいっ!ほっとけ!!」
 泣声を上げるバクに、フォーは更に楽しそうに笑った。
 「16、7の小娘にとっちゃ、20代後半だって十分おっさんだぜ?
 三十路に至っちゃ、未知の世界だよ、オマエ。絶対眼中にないって!」
 「ううううううるさいうるさいうるさいっ!!!
 リナリーさんは、そんなに心の狭い女性じゃないぞ!!」
 泣きながら懸命に首を振るバクに、フォーはわずかに唇を尖らせる。
 「だったら、遠くからこっそり見るようなちゃちぃマネしてねーで、『オレの嫁にもらってやる』くらい言って来いよ」
 「んなっ?!」
 真っ赤になって毛布を握りしめたバクに、フォーは深々と吐息した。
 「あのな・・・。
 お前、ひいじじの血筋を、いっつも自慢してんじゃねぇか。
 なんでこんな時に遠慮すんだよ」
 そう言うと、フォーはバクの枕元で、彼本人の姿を映す。
 「リナリー・リー!
 オレ様は教団創設者のひ孫で、若くしてアジア支部を任される身!いずれは教団の幹部となる男だ!
 悪いことは言わないから、オレ様の嫁になれ!」
 「だぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!なに勝手なことぬかしとるか――――!!!!」
 自分の姿を騙って、舞台俳優のように大げさな台詞を吐くフォーに、バクは真っ赤になって枕をぶつけた。
 「なにすんだ、てめー!」
 元の姿に戻ったフォーは、顔面を直撃した枕を床に叩きつける。
 「せっかくあたしが、秘蔵の台詞を伝授してやってんのに!!」
 「なにが秘蔵だ!!
 オオオオオレ様がそんな恥ずかしい台詞を吐けるわけがないだろうがっ!!」
 絶叫するバクに、しかし、フォーはにやりと笑った。
 「秘蔵っつったろーよ、小僧。
 お前のオヤジやジジィが、代々言ってきたセリフだぜ?」
 「マジデカー!?」
 「嘘だけど」
 「をぃぃぃぃっっっ!!!」
 見た目は彼の3分の1ほどの年齢でしかない少女に翻弄されて、バクは荒く息をつく。
 「・・・とにかく出てけっ!もう朝食の時間だ!!」
 「あっそう。じゃーとっとと着替えろよ」
 「だから出てけといっとるだろぉが!」
 「別に恥ずかしがるこたねぇだろ。一緒に風呂にも入った仲じゃねぇか」
 「っ20年以上も前のことをあたかも今現在の事実のように話すな!
 第一、あの時もお前が勝手に入ってきたんだ!」
 「この城の番人として、チェック体制に死角を設けるわけには・・・」
 「もっともらしいこといっとらんでとっとと出て行かんかァァァァァっ!!」
 投げつけられたぬいぐるみをひょい、と避けて、フォーはにんまりと笑った。
 「じゃー、誕生日プレゼントに、いいことしてやるよ」
 言うや、フォーはベッドの端に飛び乗り、バクににじり寄る。
 「バクさん お着替え手伝うわ
 「なっ・・・なぁぁぁぁぁぁぁっ?!」
 眼前に迫るリナリーの顔に、バクが悲鳴を上げた。
 途端、
 「バク様っ?!どうされましたか!!」
 大きな音を立ててドアが開き、バクの忠実なじいやが飛び込んでくる。
 「ウォン!!た・・・助け・・・・・・!」
 しかし、バクの願いも空しく、ウォンは入って来た時以上の音を立ててドアを閉めた。
 「なっ?!なにしとるか、ウォン!!早くオレ様を助けろ!!」
 「そそそそそんな!!お邪魔をしては申し訳ないっ!!」
 ドアの外から聞こえる、ウォンの動揺した声に、バクは絶叫を返す。
 「アホかー!!これはフォーの悪ふざけだ!!」
 と、そろそろと、ドアが開いた。
 「リ・・・リナリー様ではいらっしゃらないので・・・?」
 「こんなところにリナリーさんがいるか、馬鹿者!!」
 興奮した牛のように、荒く息をつくバクに、ウォンは胸の奥から吐息する。
 「よ・・・ようございました・・・・・・。
 私はてっきり、バク様が朝っぱらから不埒なことを・・・・・・」
 「不埒はお前とフォーだ!
 ウォン!これを開かずの間に返しておけ!」
 言うや、バクは変化を解いたフォーの襟首を掴み、ウォンに向けて投げ放った。
 「っなにすんだ、てめぇ!!」
 ウォンに受け止められたフォーが怒声を上げると、バクは彼女以上の音量で絶叫する。
 「うっさい!
 朝っぱらから思う様からかいやがって!
 オレ様は忙しいのだ!とっとと出て行け!」
 「なんだと、てめぇ!!」
 「邪魔だ!オレ様の前から消え失せろ!!」
 怒りのままに酷い言葉を叩き付けた途端、フォーの顔色が変わった。
 「なっ・・・なんだ?!やるのか?!」
 思わず逃げ腰になったバクから、しかし、フォーはふい、と顔を背ける。
 「・・・そんなに言うなら・・・消えてやるよ・・・・・・」
 フォーの強烈な攻撃を予想して、身構えていたバクは、ポツリと呟いただけで、空気に溶けるように姿を消した彼女に、呆気に取られた。
 「な・・・なんなんだ、あいつは!!」
 殴られずに済んだことには安堵しつつも、いつになくあっさりと引かれたことにはさすがに拍子抜けして、バクは一瞬前までフォーがいた空間をまじまじと見つめる。
 「なにやら・・・泣きそうな顔でございましたねぇ・・・」
 ウォンに指摘され、バクは気まずさを隠すように舌打ちした。
 「なっ・・・泣きそうだったのはオレ様の方だ!
 全くもう・・・!
 朝っぱらから疲れたぞ、オレ様は!!」
 ブツブツと文句を垂れつつ、バクはようやくベッドから降りる。
 念入りに身支度を整えた後、部屋を出れば、すれ違う者達が皆、『お誕生日おめでとうございます!』と、声を掛けてきた。
 「そんっっなにオレ様の三十路突入が嬉しいかァァァァっ!!」
 朝食のテーブルに手元のファイルを叩きつけて怒鳴るバクを、ウォンが必死になだめる。
 「み・・・皆、心からご祝福申し上げているのですよっ!バク様の人徳ではありませんか!」
 「む・・・人徳か・・・そうだな・・・!」
 やや気を良くしたバクに、ウォンは何度も頷き、畳み掛けた。
 「フォーも、少々ひねくれたやり方ではありますが、心からバク様をお祝いしていたのですよ!そうに違いありません!」
 が、彼女の名前は今、バクの不機嫌の種となっている。
 「オレ様をなんだと思っているのだ、あいつは!!」
 ソーサーにカップを叩きつけると、中のコーヒーが飛び散って白いテーブルクロスに染みを作った。
 「えぇい、クソッ!どいつもこいつも忌々しい!!」
 フルーツボウルの中の果物をザクザクとフォークで突き潰して、ジュースにしてしまっても、バクの機嫌は直らない。
 朝食もそこそこに、不機嫌な顔で執務室に入れば、またもや『誕生日』の言葉が四方から押し寄せて、彼の眉間の皺が深くなった。
 「三十路で悪いか!男は三十からだ!!」
 そうは言いながら、思いっきり気にしているバクである。
 何より、今朝のフォーの言葉が気にかかっていた。
 『16、7の小娘にとっちゃ、20代後半だって十分おっさんだぜ?
 三十路に至っちゃ、未知の世界だよ、オマエ』
 「・・・リ・・・リナリーさんはそんな・・・心の狭い女性では・・・・・・!」
 『三十路に至っちゃ、未知の世界だよ・・・・・・』
 「決して・・・!」
 『未知の世界・・・・・・』
 「バク様」
 「うるさい!!」
 声を掛けるや、バンッ!と、ファイルを机に叩き付けたバクに、ウォンが驚いて飛び上がる。
 「あ・・・あの・・・・・・本部のコムイ室長より、お電話が入っておりますが・・・・・・」
 「いないと言え!!」
 バクがヒステリックに叫ぶと、ウォンは気まずげに目をそらした。
 「し・・・しかし・・・・・・」
 と、口ごもったウォンの声を圧する音量で、受話器から陽気な声が溢れ出る。
 「居留守使ってもムダだよーん!!」
 躁(そう)状態の声は、バクが心から愛する女性の兄にして、最も憎むべき敵のものだった。
 「バクちゃぁーん!お誕生日おっめでとー!
 ようこそ!三十路ワールドへ!!!!」
 「そんな怪しい世界に踏み込んだ覚えはないわ!!」
 ウォンから受話器を引ったくり、怒鳴り返すと、向こうから『やっぱりいたー!』と、けたたましい笑声が沸く。
 「なに言ってるのさー!今日からキミも、仲間だヨ!」
 そう言う敵は、バクの5ヶ月前に、三十路ワールドとやらに突入していた。
 「キサマが待ち受けとる世界なんぞ、虫唾が走るわ!!」
 「そーんなこと言ったってさぁー、なっちゃったもんは、しょうがないじゃなーぃ♪」
 「年を食うのはしょうがなくても、キサマにワザワザ指摘されるいわれはない!!」
 切るぞ、と、ヒステリックに喚いた時、
 「あの・・・ごめんなさい、バクさん」
 魔界に繋がっているはずの回線から、可憐な天使の囁きが漏れ、バクは受話器を持ったまま硬直する。
 「兄が、失礼なことを・・・・・・」
 「リ・・・リリリリリ・・・リナリーさんっ・・・!!!!」
 彼女の声の向こう側で、悪魔がなにやら喚いているが、バクの聴覚はその音を完全にシャットアウトした。
 「改めて、お誕生日おめでとうございます」
 「あ・・・ありがとうございます!!」
 緊張のあまり、声が裏返ったことに、バクは気づいていない。
 「今度、本部にいらっしゃるんですよね?」
 「は・・・はい!!近い内に、会議がありますので・・・・・・!!」
 と、受話器の向こうで、リナリーが微笑む気配がした。
 「じゃあ、その時に何か用意して――――・・・」
 バクを舞い上がらせる申し出は、しかし、無残にも途中で打ち切られる。
 「アハハ!
 ゴメンねぇ!なんか、混線しちゃったみたい!」
 「混・・・っ?!
 コムイ!キサマなにをワケのわからんことを!!」
 「混っ線っでぇーっす!
 今聞いたことは全て、キミではない誰かに言われたことか、幻聴に違いないヨ」
 「幻聴なわけあるか!今確かに・・・!!」
 「幻聴です!」
 きっぱりと言って、コムイは続けた。
 「ボクの妹は今、任務に行っててココにはいないから!
 キミがこっちに来る時も、任務に行ったきりだから!
 キミが中国のお城に帰るまで、絶対帰ってこないよ!
 イヤ、帰ってきたとしても、キミに会うことなんてありえないね!!」
 「はぁぁっ?!
 キサマその話、今決めただろう!
 本部室長が公私混同していいと思っているのか!!」
 バクの指摘に、受話器の向こうで不気味に笑う気配がする。
 「そだねー。言われて見れば、これも私用電話だったよ。
 じゃあ、切るよ」
 「あ!!待て!!
 その前にもう一度リナリーさん・・・・・・!!」
 「バイバーィ♪」
 無慈悲な宣言と共に、一方的にかかってきた電話は、一方的に切られた。
 「・・・あンのヤロー!!!!」
 絶叫と共に、バクは受話器を叩きつける。
 「今度会った時が、キサマの命日だ、コムイ!!」
 荒く息をつくと、すかさず差し出されたぬるめのお茶を、一気に飲み干した。
 続く動作で、差し出されたままの盆に茶器の底を叩きつけると、ウォンが遠慮がちな声を上げる。
 「あ・・・あの・・・バク様・・・・・・」
 「なんだ!!」
 「ひっ・・・!
 あ・・・あの・・・ご機嫌のお悪い時に申し訳ないのですが・・・・・・」
 「さっさと言え!」
 「フォーの姿が・・・ずっと見えないのです・・・・・・」
 途端、バクの眉間の皺が、これ以上ないほど深くなった。
 「ほっとけ!!」
 言下に切り捨てると、頭から湯気でも出そうな勢いで、デスクに戻る。
 「さっさと書類を持ってこんかァ!!!!」
 機嫌は奈落の底にあっても、仕事だけはまじめにこなすアジア支部長は、バンバンとデスクを叩いて催促した。
 「どいつもこいつも・・・忌々しい!!」
 ケトルのように不満を吹き上げながら、部下達が慌てて持ち寄った書類に目を通し、印を捺していく。
 「なにをグズグズしとるか!!早く次の書類もってこい!!」
 教団本部の科学班が見れば、憧憬のまなざを送るに違いないほど、バクは精力的に仕事をこなしていった。


 地下深くに穿たれた洞窟の中では、昼夜の差はわかりにくいものだが・・・精確な時を刻む時計が、この日の宵を知らせる頃。
 ウォンは、何度も辺りを見回しては、今日何度目かのため息をついた。
 未だ、フォーが姿を見せないのだ。
 「バク様が消えろなんておっしゃるから・・・・・・」
 やや責める口調になったウォンを、バクは鋭く睨みつけた。
 「アホか!
 あの程度で消えるなら、とっくに消えているぞ!」
 「それは・・・確かにそうですが・・・・・・」
 そう言って、またため息をつくウォンに、バクは怒声を上げる。
 「放って置けと言っている!
 そのうち出てくるに決まっているからな!」
 「は・・・はぁ・・・・・・」
 だが、時計が更に進んでも、フォーは現れなかった。
 「・・・どこをほっつき歩いているのだ、アイツは!」
 いつもはうるさい程にまとわりつくのに、と、苛立たしげな声を上げるバクに、ウォンがポツリと呟く。
 「やっぱり・・・」
 言いかけて口をつぐんだウォンに、バクが更に苛立った声を上げた。
 「やっぱり、なんだ!」
 「いえ・・・」
 「言いたい事があるならはっきり言わんか!!」
 バクの怒声に答えたのは、しかし、ウォンではなく、科学班見習いの蝋花だ。
 「支部長が冷たくするから、フォーさんがいなくなっちゃったんですよぉ!」
 頬を膨らませて断言した蝋花へ、怒鳴りつけようとした口を、バクは一旦閉じた。
 「お前、何か知っているのか?」
 問えばやはり、蝋花はバクを睨みつける。
 「フォーさん、泣いてました!」
 「ウソをつくならもっと本当らしいウソをつかんか!」
 すかさず否定されて、蝋花は一瞬、目を丸くしたが、すぐに前以上に頬を膨らませて、バクを睨みつけた。
 「・・・確かに泣いているところは見ませんでしたけど!
 すごく悲しそうでしたもん!」
 こっちが泣きたくなるくらい、と、蝋花は本当に涙ぐむ。
 途端、周囲の視線が冷たくなって、バクは慌てた。
 「ちょっと待たんか!なんでお前が泣くのだ!ワケが解らんぞ!」
 「もぉ、支部長なんて嫌いです!」
 「嫌いで結構だ、コノヤロー!・・・じゃなくて!!」
 ヒートアップしたバクは、冷気を増した周囲の視線に、更に慌てる。
 「・・・ゴホン!
 ろ・・・蝋花、お前、フォーがどこにいるか知っているのか?」
 「知りません!知ってたって、支部長にになんか教えません!!」
 「オレ様をなめとるのか、キサマァァァァ!」
 「バク様!落ち着いて!!」
 今にも蝋花に手を上げようとするバクを羽交い締めにして、ウォンが必死になだめた。
 「ろ・・・蝋花!
 あなたも知っている事があるなら、早く言って!」
 「でもぉ・・・」
 未だごねる蝋花だったが、ケトルのように湯気を上げて怒るバクを、必死に押さえ込むウォンに心が動いたらしい。
 渋々、口を開いた。
 「・・・工事中の地下通路の入口です。
 私が声を掛けたら、その中に消えちゃいました」
 「地下通路?!」
 あんなところに何の用事だ、と、バクだけでなく、皆一様に首を傾げる。
 「フォーさんって、ここの土地神なんですよね・・・!
 支部長が冷たくするから、愛想尽かして、神様の国に帰っちゃったんです、きっと!」
 「どこだ!」
 コムイといい蝋花といい、三十路ワールドだの神の国だの、知らない世界を勝手に捏造しているとしか思えなかった。
 「もういい!
 神の国だかなんだか知らんが、そのうち帰ってくる!」
 「・・・帰って来ないじゃないですか」
 蝋花の呟きに、他の者も一斉に頷く。
 「支部長、迎えに行って下さいよ!」
 「は?!なんでオレ様が・・・!」
 「支部長が行ってくれたらきっと・・・・・・!」
 非難の目から一転、縋るような目で見つめられ、バクは絶句した。
 拒否することを許さない、期待と言う名の圧力に、バクはとうとう屈した。


 「くそぅ・・・!なんでオレ様が・・・!」
 未だブツブツと不平を漏らしながら、バクは蝋花がフォーを見たと言う、地下通路の入口にやって来た。
 この地に城が築かれて百年近くが経つが、今尚拡張は続いていて、この先は迷路のようになっている。
 「フォー!いるのか?!」
 いつもならば、わざわざ探し回らなくとも、バクが呼びさえすれば出てくる彼女なのに、今日はその気配さえなかった。
 「ったく・・・!」
 舌打ちして、入口付近を探したバクは、きびすを返す。
 そのまま開かずの間に直行し、フォーをよばわるが、ここでも返事はなかった。
 「どこに行ったのだ!」
 苛立たしげに声を荒げ、バクは自室を覗く。
 「フォー?」
 が、そこにもなんの気配もなかった。
 「フォー!」
 城中、彼女がいそうな場所を巡るが、どこにもその姿は見当たらない。
 「おのれ・・・!」
 城を一巡りして、元の地下通路に戻ってしまったバクは、荒く息をつきながら忌々しげに呟いた。
 「・・・・・・・・・」
 地下通路の入口に立ったまま、バクはかなりの間、遠く続く闇を凝視する。
 ここは以前、彼が迷い込み、2週間もの間、閉じ込められた場所だ。
 以来、闇も狭い場所も、好きにはなれない・・・。
 この先に進むことは、正直言って怖かった。
 が、他の場所をくまなく探しても、見つけられなかったということは・・・・・・。
 「・・・・・・くそっ!」
 舌打ちして、バクは闇の中へ足を踏み入れた。
 「フォー!いるのか?!」
 こんな事になるかもしれないと、城を巡る途中で手にしていたカンテラに火を灯し、闇を照らしながら奥へと進んでいく。
 「フォー!」
 ちらつく明かりに照らし出される、狭い世界に、竦みそうになる足を叱咤して歩を進めた。
 「い・・・いい加減にしろ!」
 段々苦しくなってくる呼吸と上がっていく熱に、しばし足を止める。
 地中だから酸素が薄い、などと、そんな理由ではない。
 明らかに恐怖のために、自身が興奮状態にあることを自覚して、バクは舌打ちした。
 カンテラの明かりに手をかざすと、案の定、赤い発疹がびっしりと皮膚の上に浮いている。
 「フォー・・・・・・!」
 あの時・・・バクが、この迷路に迷い込み、動けなくなった時、助けに現れたのは彼女だった。
 闇の中にいた上、意識が朦朧としていたこともあり、はっきりとは覚えていないが、確かに、彼女が最初に現れたのだ。
 闇に落ちた意識の中で、かすかに聞いた声は、涙ににじんでいた気がする・・・・・・。
 「涙・・・?馬鹿な!」
 深い吐息と共に呟いて、バクは地面に腰を下ろす。
 掘り起こされたばかりのそこは、ごつごつとした岩に覆われていて、バクは居心地の悪さに眉をひそめた。
 「・・・・・・疲れた」
 朝っぱらから、フォーのせいで怒鳴り続けだったのだ。
 その上、広大な城内を捜し歩かされたのでは、疲れ果ててしまうのも無理はなかった。
 「なんでオレ様がこんなこと・・・・・・」
 カンテラの蓋を外して、天井を照らすと、闇が随分薄れた気がする。
 「忌々しい・・・!」
 曲げた膝に汗の浮いた額を乗せて、バクはまた呟いた。
 今回は、明かりがある・・・。
 いくつもの準備をして、覚悟も決めて、自ら踏み込んだのだ。
 何を怯える・・・何を恐れる・・・・・・?
 何度も自身に言い聞かせる・・・・・・が、この場所と、この闇に対する恐怖は拭えなかった。
 二週間、この闇の中を迷い続けて、餓死寸前になったのだ。
 恐怖するのも当然だが・・・それを認めることは、バクのプライドが許さなかった。
 「・・・情けない」
 この状況で、なんとか平静を保っていられるのは、側に明かりがあるからだ。
 ほの赤く映えるカンテラの灯を、まぶたを透かして見つめていると、自分が恐ろしい闇の中にいる事を、一時忘れる事ができた。
 そのまま深く呼吸をしていると、早鐘を打っていた鼓動も徐々に収まり、汗も引いていった。
 どのくらいそうしていたのか、気づくと、まぶたを照らしていた灯が、ちらちらと瞬いている。
 「なっ・・・!ろ・・・蝋燭!!」
 今にも消えそうな灯に、慌てて代わりの蝋燭を探すが、全身のポケットを弄っても、蝋燭は見つけられなかった。
 「なぜだ!ちゃんと持って来たはず・・・こっ・・・こら!待たんか!!」
 慌てふためいて喚き立てるが、無生物である蝋燭が聞き入れるはずもない。
 無情に溶け去った蝋に、灯は、細い煙を残して消えた。
 「・・・落ち着け!
 ・・・とりあえず落ち着け、オレ様・・・!」
 消え去った灯の残像を見つめながら、バクは呆然と呟く。
 「ろ・・・蝋燭を持って来たのは・・・確かだ・・・・・・。
 マ・・・マッチも持って・・・いるぞ・・・・・・!」
 懸命に言い聞かせて、今にも発熱と発疹を併発しそうな体をなだめる。
 「大丈夫だ・・・落ち着け・・・!」
 今にも錯乱しそうな精神にも言い聞かせて、再び流れ出した汗を拭った。
 「ろ・・・ろ・・・ろ・・・蝋燭・・・・・・!」
 ずっと灯に照らされていたため、一気に闇の中へ落ちてしまった役立たずの目には頼らず、触覚だけを頼りに体中のポケットをまさぐる。
 だが、手は蝋燭を探り当てる事ができず、余計に混乱した頭は、それをどこにしまい込んだかさえも思い出せなかった。
 「や・・・やばい・・・・・・っ!!」
 焦りが募り、発熱と発疹が表れる。
 心拍数が上がり、呼吸が浅く、せわしくなり・・・
 「やばい・・・!」
 くらくらと目が回り、辺りの闇が更に濃くなった。
 ――――・・・あの時も、こんな感じだったな・・・・・・。
 闇が深まる様に、既視感を覚える。
 ―――― いや・・・もっと苦しかったか・・・もう死ぬと思った時に、聞こえたんだった・・・・・・。
 「バク!!こら!バカバク!!」
 上ずった声に、うっすらと目を開けると、やや闇になじんだ視界が揺れていた。
 「目ェ覚ませ!おい!!」
 必死に声を掛けながら、懸命にバクを揺するのは、小さな手・・・。
 「バク!!」
 ―――― あぁ・・・この声だ・・・・・・。
 以前、同じ場所で聞いた、声。
 焦燥に上ずった声は、洞窟の中で幾重にも反響して、泣いているようにも聞こえる。
 「フォー・・・」
 手探りで、自分の傍らにいる少女の頬に触れると、彼女は弾かれたように顔を背けた。
 「お・・・起きてんならさっさと言えよ、バカバク!!」
 慌てた声に、バクが地面に倒れこんだまま、一旦閉じた目を開けた途端、軽快な音を立てて殴られた。
 「なっ・・・!何をするか、キサマッ!!」
 「うるさい!心配させやがって・・・!
 ここはあたしの目が届きにくいんだから、入って来るなっつっただろ!!」
 土地神であるフォーは、この辺りの地理や元々の洞窟部分ならば、知らぬ事など何もないが、新たに穿たれた場所の事までは、当然ながら、実検分しない事には知りようもない。
 ためにあの時も、バクを見つけ出すのに、かなりの時間がかかったのだ。
 「またぶっ倒れやがって・・・!何してやがった?!
 怒鳴られて、バクは不満げに眉根を寄せた。
 「・・・・・・お前を探しに来てやったのに、その言い草はないだろう」
 「あたし?」
 意外そうに問い返す彼女に、バクは地に沿った頭で、微かに頷く。
 「オレ様がお前に冷たくしたから、お前が泣きながらこの中に消えたなどと、ワケのわからん非難を受けたんでな!」
 「だっ・・・!誰が泣きながらだ!」
 闇の中にいてはわからないが、おそらく、真っ赤になって、フォーが怒鳴った。
 「オレ様も、そう言ったのだがな・・・」
 聞き入れんのだ、と、部下達の不明をぼやく。
 「それで・・・お前はここに来たのか・・・?」
 バクが何よりも、この場所のこの闇を恐れていることを知るフォーが、驚愕に目を見開いた。
 と、バクはまた荒く息をつく。
 「城中探し回っても・・・お前が見つからなかったのでな・・・・・・!」
 どこにいたのだ、と、問えば、彼女は一瞬、言葉に詰まった。
 「・・・開かずの間で、居留守使ってた」
 「・・・バカ者!」
 その言葉を聞いた途端、バクは力尽きたようにまぶたを閉じる。
 「なら・・・オレ様がどれだけ探し回ったか・・・知っとるだろうが・・・・・・!」
 目を開けると、再びくらくらと視界が回り始めたが、何とかフォーの姿を捕らえて怒鳴ると、彼女は気まずげに頷いた。
 「だって・・・お前が『消えろ』なんて言うから・・・・・・」
 「真に受けるヤツがあるか!
 元はと言えば、お前の悪ふざけが原因だろうが!」
 一息に怒鳴られて、フォーは何か言い返してやろうと口を開く。
 が、直後、目を回していたバクが、とうとう意識を失ってしまったために、それは口から出る前に消えた。
 「バク!おい!!」
 慌てて助け起こすが、今度は返事をするどころか、身じろぎもしない。
 「バク!!」
 フォーの悲鳴じみた声が、闇の中に響き渡った。


 目を覚ますと、自室のベッドの上だった。
 「・・・夢だったか?」
 随分と騒がしい夢だったな、と、目をこすると、その手の甲には、明らかに発疹の痕があった。
 ふと傍らを見れば、バクのベッドに突っ伏して、フォーが寝息を立てている。
 「・・・・・・現実か」
 舌打ちして身を起こすと、バクはフォーを揺すった。
 「起きろ!コラ!!」
 やや乱暴な手つきに、フォーが半眼を開く。
 「・・・お前が運んだのか?」
 聞かずもがなのことを、あえて問うと、フォーは眠たげな顔で頷いた。
 「具合・・・どうだ・・・?」
 数度瞬いた後、聞いた彼女に、バクは発疹で真っ赤になった手を突き出す。
 「大丈夫だと思うか、馬鹿者!」
 「な・・・なら、あんなとこ行かなきゃ良かっただろ・・・!」
 あの闇の中で、バクは本当に死にかけた事があるのだ。
 今では冗談にもできるが、あの時の事はフォーにも、深いトラウマを与えていた。
 「あたしには・・・『ヤツ』との約束があるんだ・・・。
 チャン家の人間と、この城を守るっていう、約束が・・・・・・」
 悄然とうな垂れて、フォーがポツリと呟く。
 「お前の血だけが、あたしとこの地に封じられた神々を使役することができるんだ・・・。
 もし、お前に何かあったら・・・・・・」
 いつものフォーらしくない、気弱な言い様に、バクはふと、笑みを漏らした。
 「そうならないために、お前がいるのだろうが、馬鹿者」
 言葉とは裏腹に、うな垂れたフォーの頭に乗せた手は暖かい。
 「本気で『消えろ』などと、言うものか。
 お前はオレ様の・・・・・・」
 「なんだ?」
 上目遣いの目に、期待の色が浮かんだ。
 「オレ様の・・・・・・」
 フォーにじっと見つめられて、耳を赤く染めたバクが口ごもる・・・。
 「バク・・・!」
 続きを促すように、フォーが身を乗り出した時、激しいノックが鳴り響き、それに応える間もなくドアが開いて、部下達がどやどやと踏み込んで来た。
 「あ!
 支部長、お目覚めですかぁー?」
 「洞窟の中でぶっ倒れたんですって?
 やっぱ、三十路に入ると体力が衰えるんすかね?」
 「李佳・・・殺すぞ・・・・・・!」
 剣呑な目で睨まれて、李佳は慌てて自分の口を塞ぐ。
 「で?!
 何の用だ、キサマら!!」
 イライラと喚きたてると、皆、手に手に持ち寄った、酒や料理の皿を掲げた。
 「支部長、部屋から出られないだろうと思って!」
 「宴会セット一式持ってきましたぁ!」
 「ささ!フォーさんも一緒に!」
 口々に陽気な声を上げては、バクとフォーにもグラスを押し付ける。
 皆にグラスが行き渡るや、ウォンが数十人分はありそうな、大きなケーキをワゴンに乗せて運んできた。
 スポンジの上に立てられた蝋燭が、煌煌と光を放つ様に、バクが眉をひそめたことに気づかないのか、ウォンは満面に笑みをたたえて嬉々とした声を上げる。
 「バク様!
 ちゃんと30本、立てましたぞ!!」
 「余計なことすな――――!!」
 ウォンの得意げな声に対する怒声は、しかし、陽気な笑声に押しつぶされ、更にシャンパンを抜く軽快な音が折り重なった。
 「では!バク支部長の三十路突入に!」
 「乾っ杯!」
 「キサマらとっとと出て行け!!
 オレ様の部屋が酒臭くなるだろぉがぁぁぁぁぁぁ!!」
 「かんぱーぃ♪」
 声を嗄らさんばかりに叫んでも、バクの癇癪に慣れきった部下達は全く動じる事なく、どころか、彼の過剰反応を楽しむがごとく騒ぎまくる。
 「慕われてんな、バク♪」
 あからさまにからかい口調のフォーを睨みつけ、バクは彼女の腕を掴んで引き寄せた。
 「あんまりオレ様をからかうと、お前がオレ様を心配するあまり、泣きながら縋ってきた事を奴らにばらすぞ」
 途端、フォーが茹で上がったように真っ赤になる。
 「な・・・泣いてなんかねえよ!」
 「いいや、あれは確かに涙だった」
 フォーの密やかな反駁に、バクがにやりと笑みを浮かべ、闇の中で彼女の頬に触れた手を上げると、彼女はますます赤くなって絶句した。
 「ふふん!オレ様を駆け回らせた罰だ。
 おーい!お前達・・・!」
 「違うっつってんだろ、バカバク!!」
 今にも皆に向かって放言しようとするバクの口を、フォーは慌てて塞ぐ。
 「なんすか、支部長〜?」
 「さっきからフォーさんとコソコソして」
 「違いますよぉ、シィフ!
 イチャイチャしてるんですよねぇ?」
 きゃいきゃいとはしゃぐ蝋花を、バクとフォーが二人して睨みつけた。
 「イチャイチャなんかしてない!!」
 図らずも、ぴったりと揃った声に、また蝋花が歓声をあげる。
 「仲良しですねぇ〜
 「違うっつってんだろ!!」
 またもやきれいに揃った声に、笑声が沸いた。
 「くそぅ・・・!」
 それぞれにあらぬ方向を向いて、同時に舌打ちする。
 その様に、蝋花がクスクスと笑声を上げた。
 「本当に、仲良しなんですねぇ〜
 最早、否定する気も起きず、二人は自棄のように、手にしたグラスを飲み干した。


 ―――― 本当に・・・やなヤツだ!

 この百年間、淡々と役目を果たして来たあたしを、バクは混乱させる・・・。
 ヤツは、その血によってあたしを使役しているだけ。
 あたしは、ヤツの血と契約しているだけ。
 喚ばれれば現れ、敵からその身とこの城を守る・・・。
 それだけの役目なのに・・・・・・気がつけば、あたしはいつも、ヤツの側にいる。

 混乱・・・する・・・・・・。

 あたしは彼の『血』を守っているのか?
 あたしは『彼自身』を守っているのか・・・?

 この血が絶えれば、契約は終わる。
 この地に封じられた神々は、解き放たれる。

 神であるあたしに、祈りを捧げる神などいない。
 だが天よ・・・願わくは、この地祇の祈りを聞き届けたまえ。
 彼の血が、永久に続くことを。

 ・・・・・・いや。
 あたしが真に欲するのは、彼の血ではなく、彼自身・・・。

 どうか、天よ・・・・・・。
 この地祇が、永く彼と共にいられますように・・・。
 この迷宮に閉じ込めた、『彼』の生が尽きるまで・・・・・・。





Fin.

 










2006年の、バクちゃんお誕生会SSでございます♪
ノベルズで初めてバクちゃんを見た時には、よもや、私が彼のSSを書くことになろうとは、思いもよりませんでしたよ。
本編に現れて以降、私の中で、彼の株は大暴騰しております(笑)
『地下で2週間迷って餓死しかけた』って話、サラリ言われてますけど、実際に起こったらものすごいトラウマだよなぁ・・・と思って、書いたお話でした★
フォーとバクちゃんは、ツンデレ同士でいちゃいちゃすればいい・・・!(笑)












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