† As if in a dream †






 ――――・・・なぜ、助けに行かなかったのだろう・・・・・・。
 目を閉じるまでもなく、あの場景は白昼夢のように浮かんでくる・・・―――― 空を覆いつくすアクマの大群に、アレンが攫われたシーンが。
 ラビの視覚が今、実際に捉えているのは、豊かに広がる海原と、澄んだ青い空であるはずだが、『記録』ではない『記憶』が、彼の脳裏に刻まれて、リフレインのように繰り返されていた。
 『戦争にハマるな・・・』
 師の言葉を無理矢理思い起こし、今まさに目の前で展開されているかのような、鮮やかな白昼夢を傍観しようとする・・・が・・・。
 何度も何度も繰り返される『記憶』は、あまりにも深く情動とシンクロして、彼に傍観することを許さなかった。
 「アレン・・・」
 仲間じゃない。
 師の言った通り、彼は興味深い『観察対象』でしかない。
 記録にのみとどめ、記憶からは消される存在―――― まして、感情になど・・・・・・!
 今なお眼前に巡る『記憶』に苛立ち、ラビの額に汗が浮かんだ。
 「もう・・・やめろ・・・・・・!」
 悲鳴じみた声を、喉の奥から絞り出し、ラビは船窓に縋る。
 と、軽い羽音がして、何かが彼の肩に止まった。
 「ティム・・・」
 常にアレンに付き従っていた金色のゴーレムは、ラビを慰めるように、長い尾を彼の腕に絡ませる。
 「ティム・・・お前の『記録』を、見せてくれ・・・・・・」
 アレンを探して竹林の中を彷徨った時、一度だけ見たティムキャンピーのメモリーが、要請に応じて再び映じられた。
 直に床に座りこむと、ラビはアレンがアクマに攫われた後の―――― 正確な『記録』を見つめた。


 ――――・・・なぜ、離れてしまったんだろう・・・・・・。
 リナリーは、流れ続ける涙を拭いもせずに、眼前に巡る白昼夢をただ見つめた。
 ―――― 私は・・・一番近いところにいたのに、彼の手を離してしまった・・・・・・。
 なのに、なぜ誰も糾弾しない?
 腫れ物に触るように気遣われるよりは、いっそ、『お前のせいだ』と責められた方が、まだ楽だった。
 リナリーと別れた後に、彼に何があったのかは・・・ティムキャンピーのメモリーが教えてくれた。
 彼はスーマンを助けようとして・・・命を削ってまでも助け・・・なのに目の前で殺されて・・・彼自身も・・・・・・。
 新たな涙が溢れ出して、喉から嗚咽が漏れた。
 「兄さん・・・・・・」
 ―――― なぜ・・・助けてくれないの・・・?
 辛いよ・・・苦しいよ・・・哀しいよ・・・傍にいてよ・・・・・・なのに・・・・・・・・・
 なのに・・・どうして冷たいの、こんな時に・・・・・・!
 スーマンの咎落ちを報告した時・・・遠い国にいる兄は、リナリーに厳しかった。
 「助けて・・・」
 世界が・・・壊れていく・・・・・・。
 「助けてよ・・・!」
 みんな・・・逝ってしまった・・・・・・。
 「兄さん・・・!!」
 グエン・・・ティナ・・・ソル、デイシャ、カザーナ、チャーカー・・・・・・。
 「誰か・・・・・・!」
 スーマン・・・・・・アレン。
 「助けて・・・・・・っ!!」
 眼前に鮮やかに再生される笑み・・・アレンを殺したノアの、弦月に歪んだ唇・・・・・・!
 悲鳴を上げて俯いた途端、視界は闇に覆われた。
 それが、自身の黒髪と気づかないまま、リナリーは床に爪を立てて慟哭する。
 「助けて・・・・・・!!」


 『行け』
 映像の中の、アレンが言う。
 その目は真っ直ぐにノアを見つめたまま、ティムキャンピーに命じていた。
 『行くんだ』
 その言葉を最後に、ティムキャンピーのメモリーからアレンの姿は消えた。
 「もう一度・・・」
 低い声の命令に、ティムキャンピーはまた映像を投じる。
 ラビと別れて以後のアレン―――― スーマンを助けるために、自らの命を削り、ようやく助け出した彼を目の前で殺され、ノアに心臓を握られても屈しなかった・・・。
 『行くんだ』
 「もう一度・・・・・・」
 アレンの最後の言葉に、被せるようにラビが命じる。
 繰り返し繰り返し・・・ループするアレンの『記録』を、乾いた目で見つめるが、どうしても頭に入らない。
 「もう一度・・・・・・・・・!」
 苛立たしげな声は、背後から回された手に阻まれた。
 「もうやめて・・・!!」
 涙に嗄れた声に振り向けば、長い髪を結いもせず流したままのリナリーが、彼の背に縋っている。
 「もう・・・やめてよ・・・!」
 「リナ・・・」
 「もう見ないで!!」
 硬く目を閉じて懇願する彼女に向き直り、ラビは静かに首を振った。
 「お前は見なくてもいい・・・だが、俺は・・・・・・」
 いつもとは違うラビの声音に、リナリーが訝しげな顔を上げると、彼は口をつぐんで、もう一度首を振る。
 「頭に・・・はいらねぇんさ・・・・・・」
 苦しげな声に、リナリーは目を見開いた。
 ブックマンの後継者であるラビは、驚異的な記憶力を誇る。
 多くの事物、様々な数字を精確に記憶する彼が、たった数時間の映像を記憶できないなど、ありえないことだった。
 「邪魔するんさ・・・ココが・・・・・・」
 握った拳を胸に押し付け、ラビがあえぐ。
 「記録・・・できねぇ・・・っ!!」
 「しなくていいよ!!」
 涙声を上げて、リナリーがラビに抱きついた。
 「もうやめて・・・・・・!」
 ラビの胸に顔を埋めて泣くリナリーの頭を撫でてやりながら、ラビはそっと吐息する。
 「リナ・・・・・・」
 泣きじゃくるリナリーの耳元に、ラビはそっと囁いた。
 「お前は悪くない・・・お前はあの時、最善の行動をとった」
 ラビの胸に顔を埋めたまま、首を振るリナリーを、また撫でてやる。
 「アレンは・・・最期までエクソシストだった・・・」
 言い聞かせて、ラビは彼女の背に添えていた手を伸ばし、ティムキャンピーを止まらせた。
 「顔を上げろ・・・上げるんさ、リナリー。
 アレンは・・・敵に心臓を握られてさえ、屈しなかった・・・!」
 はっと、顔を上げたリナリーの目の前に、ティムキャンピーが映じるアレンの、澄んだ表情が浮かぶ。
 「アレンは、神に対しても、俺たちに対しても、恥じることなく戦った。
 今のお前は、そんなアレンに顔向けできるのか?」
 唇を噛んで俯いた彼女を、ラビは抱きしめる。
 「誇りを失くすな・・・アレンのためにも」
 こくり、と頷いて、リナリーはようやく、涙を拭った。


 ――――・・・関わった『人間』に死なれたのは、初めてじゃない・・・・・・。
 ようやく立ち直ったリナリーを見送った後、甲板に出て夜の潮風に身をさらしながら、ラビはアレンが唯一遺した、トランプのカードを眺めた。
 「味方じゃ・・・ない・・・・・・」
 自身に言い聞かせるように呟き、黒い海原に向けて放とうとしたカードを、しかし、ラビは強く握りしめる。
 『記録』する・・・ただそれだけのために、彼とブックマンはここにいる。
 『記録』に感情を交えることは許されない。
 『記録』は厳密な『事実』であり、『真実』ですらない。
 「ブックマンに・・・心はいらねぇんさ・・・・・・!」
 呟いた彼を照らす月光が、何者かに遮られた――――――――。


 ――――・・・今まで、全く『仲間』の死を見なかったわけじゃない・・・・・・。
 むしろ、『仲間』に死なれたからこそ・・・その度に、身を切られるような悲しみと苦しみを味わってきたからこそ、彼らが自分の『世界』を構成する全てであることに気づいた。
 「アレンくん・・・・・・」
 船窓の傍に置いた椅子に深く腰掛けたリナリーは、陽が落ちて黒くわだかまる海原を見つめる。
 思い出すのはいつも、彼の穏やかな笑顔だ。
 その笑顔が、傍らから消えたと思った瞬間、到底塞ぎようのない喪失感を得たものだが・・・・・・。
 リナリーは、ふと笑みを浮かべて、ふわふわと潮風にもてあそばれる髪を両手でかきあげた。
 長く艶やかな自慢の黒髪は、レベル3のアクマとの戦闘で失ってしまった。
 が、不思議と悲しくはない。
 重傷を負った身体は重く、不自由だったが、心はむしろ、枷が外れたかのように軽やかだ。
 ―――― 信じて・・・いるよ・・・。
 今はぽっかりと空いている、彼のいるべき場所―――― リナリーの世界に刻まれたその場所に、『アレン・ウォーカー』と言う名のピースが、再びはめ込まれることを、信じている。
 「だから・・・・・・」
 後は、時間・・・なのだ・・・。
 「早く、帰ってきて・・・・・・」
 水平線の向こうから、昇り来る月に、リナリーは笑みを深めた。
 この髪を、この姿を見た彼は、なんと言うだろうかと、想像しながら・・・・・・。


 ―――― あのカード、どうしたっけか・・・。
 伯爵とノアの一族との戦闘中、目の前に信じられないもの―――― アレンの姿を見出した時に、まず思い浮かべたのは、そんなことだった。
 「ラビ!」
 懐かしい・・・別れてから、そんなに時間は経っていないはずなのに、アレンの声を聞いて、そう思った。
 が、ラビが感慨に浸る間もなく、横から神田が斬りつけて、お世辞にも仲がいいとは言えない二人は、たちまち険悪状態に陥る・・・。
 いつの間にか消えたノア達の姿を、いぶかしむ間も有らばこそ、ラビは目の前に繰り広げられる諍いの仲裁に入ろうとして―――― 失敗した。
 だが・・・。
 ふっと、ラビは苦笑を浮かべる。
 こうやってなし崩し的に、戦場へ戻ってきたアレンを受け入れるのが、自分にはふさわしいと思うのだ。
 仲間じゃない・・・味方ですらないラビには、アレンに『お帰り』と言ってやることはできない―――― その、資格はない。
 だから彼は、その言葉の代わりに、スペードのカードを差し出した。
 「・・・落としもんだぜ、アレン」
 そう言うと、アレンは一瞬、目を丸くして・・・破顔した。
 楽しそうな、嬉しそうな笑声が、中々収まらないアレンに、ラビは訝しげに首を傾げる。
 と、未だ肩を震わせながら、アレンは目尻に浮いた涙を指で弾いた。
 「ありがとう・・・・・・!」
 そう言って、胸ポケットから取り出したトランプの束を差し出す。
 入れろという事か、と、ラビがカードを束の中に入れようとした時、アレンの掌の中でトランプの束がひっくり返り、白地に浮かぶ黒い絵柄を見せた。
 「え・・・?!」
 自分が持つ、スペードのカードと同じ絵柄が最上面にあるのを見て、ラビが目を剥く。
 と、
 「スペードのカードが欠けていたから、アジア支部の皆さんが、作ってくれたんです。
 でも・・・君が持っていてくれたんですね」
 そう言って、アレンは再び愉快そうに笑い出した。
 「・・・っ笑うんじゃないさ!」
 照れ隠しか、スパンッ!と、小気味いい音を立てて、アレンの頭をはたいたラビは、それでも笑い続けるアレンが手にした束の中に、少しよれたカードを押し込む。
 「・・・・・・」
 そのまま、黙り込んだラビを、アレンは笑声を収めて不思議そうに見つめた。
 「・・・・・・無事で何より・・・さ」
 独白のように呟くと、ラビはアレンを抱きしめ、何度か背中を叩くと、すぐに離れて行った。


 ―――― なぜ、離れていられたのだろう・・・・・・。
 リナリーやミランダ、クロウリーにラビにブックマン・・・神田でさえも、その顔を見た途端、アレンは、やっと戻ってきたという、安堵感に包まれた。
 思えば、アジア支部であんなに焦っていたのも、苛立っていたのも、『家に帰りたい』と言う、子供っぽい願いだったのかもしれない。
 ―――― でも・・・・・・。
 アレンは、手にしたトランプの束を、まじまじと見つめた。
 ―――― 今、僕のトランプには、2枚のスペードのエースがある・・・。
 まだ動きのぎこちない左手で、トランプの束を扇状に広げたアレンは、2枚並んだスペードのカードを見つめて、笑みを浮かべた。
 ―――― 真新しいカードは、新しい仲間の・・・・・・少しよれたカードは・・・『お帰り』を言えなかった彼の・・・・・・。
 クスリ、と笑みを漏らして、アレンはよれた方のカードを抜き出す。
 カードの端に着いた紅い色は・・・彼の血だろうか。
 アレンは、その色をそっと指でなぞった。
 「言葉って、不自由だよね・・・」
 唇に浮かんだ笑みに、ほんの少し、苦さが混じる。
 「こんな時に限って・・・うまく言えない・・・・・・」
 いつも、陽気で饒舌な彼が、言葉に詰まったところを、初めて見た。
 「でもね・・・」
 自分にしか聞こえない囁きを、少し離れた場所に佇む彼に向ける。
 「君が、どう思っていようと・・・・・・」
 『仲間だよ』
 声には出さず、向けた言葉に、ラビが振り向く。
 Dear.My Good Fellow――――――――。
 今はまだ、彼には重いだろう言葉を胸の奥に潜めて、アレンは、彼の『ピース』を埋めてくれたラビに、微笑んだ。



Fin.

 










ラビリナじゃないですから!!(笑)
我が家のリナリーにとって、ラビはコムイ兄さんがいない時に頼りにするお兄ちゃんです(笑)
弱音を吐くリナと平静を保てないラビ、書いてて楽しかったー♪
ホントに女の子泣かすの好きですな、コイツ;>男と男の子泣かすのも好きですが、何か。
このお話は、JC9巻で、アジア支部科学班の三人が、アレン君に『スペードが欠けていたから複製した』と言ってトランプを渡すシーンを見て、『そういやスペードのカード、ラビが持ってんだよ』と思い至り、かなり可哀想だった本編の再会シーンとは違う再会シーンを書きたくなって書いたのでした。
題名は、その時聞いていたラルクの曲名です。
・・・逆か;聞いていたから思いついたのか;
最後の台詞で、題名を『Pieces』に変えようかと思いましたが、この題名で書くなら最初からこのお題でやってみようと、保留されましたよ(笑)
・・・ちなみに、思いついたネタをケータイメールで自分に送ろうとして、危うくかいんさんに送り付けそうになった事件がありました;;
アブネーアブネー;;
・・・実行しちまったらごめんよ;>かいんさんならともかく、パンピーの友人に送らないようにしなきゃ;;












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