† Pieces †
〜1.鬼のいぬ間の洗濯〜
東洋では、師も駆け回るという12月。 コムイは自室で、ブツブツと文句を垂れながら荷造りをしていた。 「もー!なんでこんな時期にヴァチカンまで行かなきゃなんないのさー!!」 毛並みのへたったウサギのぬいぐるみをスーツケースにぐいぐいと押し込み、無理矢理掛け金を下ろす。 「兄さん・・・ヨッシーよりも大事な研究資料は、ちゃんと入れたの?」 どう考えても、教皇はじめヴァチカンの幹部達に拝謁するために、使いようのないものばかりが詰め込まれたスーツケースをドアの近くまで運びながらリナリーが問うと、コムイは激しく頷いた。 「それはもう、ヴァチカンに送ってあるんだ。ボクが持っていくのは、移動中と向こうに泊まっている間に必要なものだけだよ」 「必要・・・・・・?」 着替えだけでなく、好きな銘柄のコーヒーや、お気に入りのぬいぐるみまで持っていく兄に、リナリーは乾いた笑声を上げる。 「ホントはリナリーが一番必要なんだけどねっ!部外者禁止って・・・鬼畜枢機卿〜〜〜〜!!」 「兄さん・・・それ、当然でしょ・・・・・・」 リナリーに縋りついて泣き喚く兄に呆れて、リナリーは彼の背中を押した。 「ホラ、そろそろ時間だよ。ちゃんと、通信ゴーレム持った?」 「うん・・・毎日連絡するからね、リナリー! 毎日手紙も書くし、毎日電話するから、お兄ちゃんのこと忘れないで!!」 「忘れるわけないでしょ・・・。 毎日手紙書かなくていいから、ちゃんとお仕事してきてね」 「うん・・・わかった・・・・・・」 苦笑するリナリーを、名残惜しげに抱きしめて、コムイは泣く泣くトランクを持ち上げる。 「じゃあ行くからね・・・お土産たくさん買ってくるからね・・・・・・」 そう言いつつも、手を離そうとしない兄に引かれて、リナリーは城門前まで一緒に歩いていった。 「じゃあ、気をつけて行ってらっしゃい」 この期に及んでまだ抵抗するコムイを無理矢理馬車に乗せ、ドアを閉めて閉じ込めてから、リナリーは笑顔で手を振る。 「行きたくないよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!リナリィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!!!」 絶叫は、いつまでもいつまでも冬の空に響き渡った。 「――――・・・っつーワケで。 コムイ室長がヴァチカンに出張の間、俺が室長代理に任命された」 シン・・・と静まり返った室内に、リーバーの声が低く響き渡る。 「制限時間は1週間。1週間だ、諸君!」 演説するかのように、硬く握った拳が掲げられた。 「アノヤローが溜めに溜めた決済、一気に片付けっぞ、コラァァァ!決済印が欲しい奴は俺ンとこに来やがれ!!」 途端に大歓声が上がり、紙吹雪が舞う。 クラッカーまで鳴らされ、積み上げられた書類の束が、次々にリーバーのデスクに持ち寄られた。 「よかった・・・!マジこの決済、年越すかと思ってたから・・・!!」 「この調子だったら、クリスマスまでに終わるよー!ヴァチカン万歳!!」 大事な時期に最高責任者を呼び出したことに対する苦情どころか、果てしない感謝を込めた明るい声音に、リナリーと一緒に書類整理を手伝っていたミランダが苦笑する。 その間にも、リーバーはコムイに倍する速さで、書類を捌いて行った。 「可。可。不可。可。不可。不可・・・」 決済印を捺した書類を返された者は喜色を浮かべ、不可として返された者は絶叫する。 「班長、なんで?!これ可ですって!!」 「バッカ! てめぇ、経過データ添付せずに持ってくんじゃねぇ!燃すぞコラ!!」 一人が、反撃されて慌てて走り去ると、列に並んでいた者達も幾人か、自分のデスクに走って行った。 「ねぇ、班長。 班長は可か不可かだけ判断して、左右に分けてくれない? 私が不可の書類の不足部分チェックして、ミランダが可の書類に決済印捺すの。 流れ作業でやったら、もっと早いと思うわ」 リナリーの提案に、リーバーは手にしていた決済印をミランダに渡した。 「じゃあ、よろしくお願いします、ミランダさん。 ここの、『本部室長決済印』のとこにハンコ捺してってください」 「はっはいっ!!」 緊張のあまり、震える手で室長印を受け取り、ミランダは早速渡された書類にはんこを押す。 「可。不可。不可。可・・・・・・」 「これは稟議書(りんぎしょ)が添付されてないわ。 こっちは室長決済じゃなくて、備品管理部決済よ」 「ハイ、どうぞ・・・これは・・・どこにハンコを捺せばいいのかしら・・・・・・」 リナリーに比べてゆっくりではあったが、ミランダも丁寧に仕事をこなして行き、緊急の決済は何とか終える事ができた。 「よし、後はヤローが溜めに溜めた仕事だな・・・」 コムイのデスクに、塔のように積み上げられた書類を見つめて、リーバーは深々と吐息する。 「とりあえず、一旦休憩に行っていいぞ、みんな」 リーバーの言葉に、部屋中から歓声が上がった。 「俺・・・っ!昼に昼飯食えるの、入団以来初めてかもっ!」 「たまには室長の出張もいいよなー。仕事がはかどる♪」 無情だが偽りのない本音を漏らしつつ、明るい顔で科学班を出て行く人々に続いて立ち上がったリナリーは、デスクについたままのリーバーを振り返って首を傾げる。 「班長はお昼行かないの?」 「行かないんじゃなくて、行けねぇんだ」 憮然と言われて、リナリーは苦笑した。 「じゃあ、先行ってくるね。いこ、ミランダ!」 「え・・・えぇ・・・・・・」 リーバーを気遣わしげな視線で見つめていたミランダは、リナリーに手を引かれて食堂へ向かう。 カウンターに立つと、厨房の中でジェリーが、先に来ていた科学班のメンバー達に驚きの声を上げていた。 「どーしたの、アンタ達?!お仕事は?!」 「えへへ〜 「室長が1週間出張してんじゃん?それで今、班長が代行してんだけど、はかどるはかどる 「室長さぁ〜とっとと大元帥にでも出世して、本部室長の地位は班長に譲ってくんないかなぁ〜 「・・・そんなことになったら、被害は本部だけじゃなくて世界中に広がるじゃないのよ」 呆れ口調のジェリーに明るい笑声が起こり、それぞれが注文の声を上げる。 「散々言われちゃってるね・・・」 「でも皆さん・・・口ではああ言ってるけど、本当はコムイさんのことを尊敬しているのよ」 苦笑するリナリーに、ミランダも苦笑を浮かべてフォローした。 「わかってるよ でもそれ、兄さんに言っちゃダメだよ?すぐ調子に乗るんだもん」 「ふふ・・・コムイさんならそのくらい、とっくに知っているんじゃない?」 楽しげにおしゃべりをしながら、二人は仕事の早いシェフ達が、次々と注文を捌いてカウンターに群がった人数を減らすのを待つ。 「ハーイ!次どうぞー!」 ジェリーの大きな声を聞いて、ようやく二人はカウンターの前に立った。 「アラ、リナリー。コムイがいなくて、寂しいわね」 「まぁね。 ジェリー、オニオンスープとカルボナーラとフォカッチャとティラミスお願い!」 「・・・コムイがヴァチカンに行ったからって、アンタまでイタリアンな食事する必要はないと思うけど・・・しかもまた、重いものばっかり食べるのね。 サラダつけとくから、ちゃんと食べなさい。あと、オニオンスープにニンジン入れておくから、残しちゃダメよ」 「・・・ニンジンいらない」 「食べなさい! ミランダは?なんにする?」 「そうですね・・・・・・」 ジェリーに笑みを向けて、ミランダは小首を傾げる。 「あの・・・ランチボックス、作ってくれますか?二人分・・・」 遠慮がちな申し出に、ジェリーはにっこりと笑うと、大きく頷いた。 「すぐ食べるわよね? じゃあ、ちょうどニシンのグラタンが焼きあがったから、持ってお行きなさい エディちゃん!グラタン二皿、ランチボックスに入れてちょうだい! あと、サンドイッチの中身はなにがいいかしら?デザートはベイクドチーズケーキなんかいかが?」 「お・・・お任せします・・・」 ジェリーの迫力に気圧されたミランダが、か細い声を上げると、彼女は大きく頷く。 しばらくして、二人分のランチを整えたジェリーは、二つのランチボックスを小さなワゴンに乗せた。 「はい! アンタ、途中で落とすといけないから、ワゴンに乗せとくわ!足元に気をつけていくのよ!」 「あ・・・ありがとうございます」 そろそろと、足元を見つめながらワゴンを押して出て行った彼女を、ジェリーとリナリーが、にんまりと頬を緩めて見送る。 「あんらー・・・いいんじゃない?ねぇ、いいんじゃない?」 「うん・・・!いい感じよね、いい感じ!!」 ジェリーと二人、はしゃいだ声を上げたリナリーは、満足げに頷く彼女を見上げて、首を傾げた。 「・・・・・・それで、ジェリー?私のお昼ごはんは?」 「あ・・・!アラアラアラアラ・・・っ!!」 慌ててお玉を握ったジェリーを見つめて、リナリーのお腹が悲しげに鳴いた・・・・・・。 「お仕事中、すみません」 ミランダの声に、リーバーはふと顔を上げた。 「あれ?もっとゆっくりしてきて良かったんすよ?」 再びペンを走らせながらリーバーが言うと、彼女はふるりと首を振る。 「ジェリーさんに、ランチボックスを作ってもらったんですよ。一緒に食べましょう?」 「でも・・・」 コムイのデスクにうずたかく積み上げられた書類の山を、げっそりと見遣る彼に、ミランダは彼の分のランチボックスを差し出した。 「お仕事しながらでも、大丈夫ですよ」 蓋を開けてみれば確かに、サンドイッチなど、仕事をしながらでも食べられる軽食だ。 「お茶、淹れましょうか?」 そう言うとミランダは、保温ボックスの中からふんわりと湯気を立てるグラタンの皿を取り出し、スプーンを渡した。 「お願いします」 笑みを返すと、彼女も嬉しそうに頷く。 「・・・もうすぐ、クリスマスですね」 ティーポットを持って踵を返したミランダの背に声を掛けて、リーバーはスプーンをグラタンにくぐらせた。 かりっと焼けた表面が割れて、とろとろとクリームソースがあふれてくる。 「今年も、ヴァチカンのお偉いさんがたくさん来るそうですよ。 説教長いんですよね、あの人達」 クリームソースが絡んだニシンの絶妙な味わいに、リーバーは心から料理長を誉め称えた。 目尻に涙が浮かんだのは、感動したためか、グラタンが思った以上に熱かったためか・・・。 「アップルミントティーです。 ぬるめに淹れましたから、どうぞ」 クスクスと笑みを零しながら、ミランダが差し出したハーブティーを一気に飲んで、リーバーは涙を拭った。 「神父様のお話が長いのは、どこでも同じですよ。 でも・・・それなら今年も、私は参加できないかしら・・・・・・」 空になったリーバーのカップに、鮮やかな緑の葉を入れたポットを傾けたミランダが、ポツリと呟く。 「参加?」 左手に持ったスプーンでグラタンをほぐして冷ましながら、右手に持ったペンで仕事を処理していたリーバーが、目は書類を見つめたまま問い返した。 出来上がった書類を彼から受け取って、ファイルしながらミランダが頷く。 「えぇ・・・。 去年はリナリーちゃん達、クリスマスパーティを抜け出して、アレン君のお誕生会をやっていたんですって」 「あぁ・・・そうでしたね。あいつららしい」 笑みを零して、リーバーはあらかた冷めたグラタンを口に運んだ。 「私、知りませんでした。 アレン君、12月25日がお誕生日だったんですね」 クスクスと笑声を上げる彼女に、しかし、リーバーは首を振る。 「いや・・・正確な誕生日は、あいつ自身も知らないそうですよ。 25日は、あいつが養父に拾われた日だそうです」 「え・・・?拾われ・・・・・・?」 リーバーの口調が、あまりに淡々としていたため、ミランダは重要な言葉を聞き流しそうになってしまった。 「まぁ・・・!そうなんですか・・・・・・!」 思わず大きな声を上げたミランダに、リーバーは頷く。 「だから、あんまりおおっぴらにはしたくないって、本人が。 本当にその日に生まれたわけじゃないだろうから、ってね」 だから去年は、子供達に任せて、参加は遠慮したのだと言うと、ミランダは眉根を寄せて黙り込んだ。 「どうしました?」 静かになった彼女に、顔を上げると、ミランダは困り果てた様子で俯いている。 「・・・・・・言葉が見つからなくて。 アレン君に、可哀想、というのはとても失礼だし、お気の毒、と言うのも傲慢な気がして・・・・・・」 「・・・グラタン、早く食べないと冷めますよ?」 あえて話題を変えて、リーバーはミランダに昼食を勧めた。 唇を引き結んだまま、自分のランチボックスを取り上げた彼女に、リーバーは微笑む。 「生まれがどうあれ、あいつが俺達の仲間だって事は、間違いのない事実ですよ」 顔を上げた彼女に、リーバーは笑みを深めた。 「ここでは、関係のないことです。 国も歳も性別も、出自も育った環境もね。 それぞれがそれぞれの役目を果たして・・・パズルのピースのように寄り集まり、一つの絵を作り出している。 ここで『仲間』と言う言葉は、そう言う意味です。 アレンみたいな出自の子供に対して、同情も慰めもしないなんて言ったら、周りには冷淡だって言われるかもしれませんがね、時をさかのぼってあいつを捨てた親に抗議することなんかできない以上、今、ここにいるあいつを仲間として支えてやる事が、俺らにできることじゃないんすかね?」 「えぇ・・・その通りですね」 微かに笑みを浮かべて、ミランダは頷く。 「でも・・・それならなおさら、私、パーティを抜け出して、アレン君のお祝いに行きたくなりました」 クスクスと明るい笑声を上げて、ミランダはまだ温かな湯気を上げるグラタンをすくった。 「本当に生まれた日ではなくても、彼にとって特別な日なら、私にとっても特別です」 それに、と、ミランダはふっくらと微笑む。 「降誕の日にお養父様に巡り合うなんて、きっと、主のお導きです。やっぱり、25日は特別な日ですよ」 敬虔なクリスチャンらしい、ミランダの澄んだ微笑に、リーバーも深く頷いた。 「そうっすね。俺も、できることならご一緒したいんですが・・・・・・」 深々と吐息するリーバーの対面に座って、ミランダは出来上がった書類をまたファイルする。 「偉い方がたくさんいらっしゃるんですから、無理でしょう」 若いながら、リーバーも本部の重役の一人だ。 重要なパーティを個人の都合で抜け出すことなどできない。 「ホントに・・・偉くなるのも考えもんっすよ。 確かにやり甲斐はあるし、ある程度の自由はありますけど、科学班班長なんて究極の中間管理職ですしねぇ・・・! しかもあの室長直属ってだけで、あらゆる部署や支部からのクレームを受付けなきゃなんないし!」 段々と熱を帯びてくるぼやきに、ミランダはいちいち笑って頷きながら、昼食に手をつけた。 「さっきもヤローから電話が入って、お気に入りのマグカップを忘れたから至急届けろとか・・・知るかボケェェェェ!!!!」 櫛切りにされたトマトがコムイの嘲笑にでも見えたか、リーバーが恐ろしい形相でサラダにフォークを突き立てる。 ビクッと震えたミランダに気づきもせずに、リーバーは何度もサラダにフォークを突き刺した。 「ヤローをヘコます事ができるなら、なんだってやりたい気分っすよ、今!!」 ぐしゃぐしゃになった、罪のないサラダを前に、リーバーが荒い息をつくと、ミランダが遠慮がちな上目遣いで自分のサラダを差し出す。 「・・・・・・取り替えましょうか?」 「いえ・・・すんません・・・・・・」 思わず取り乱してしまったことに赤面しつつ、リーバーはぐしゃぐしゃになったサラダを口にかきこんだ。 そんな彼に、クスリと、笑声をもらして、ミランダが小首を傾げる。 「協力・・・しましょうか?」 「へ? 仕事なら、もう十分、協力してもらってるっすよ?」 「いいえ。 その・・・・・・嫌がらせの方」 クスリと、いたずらっぽい笑みを漏らしたミランダに、リーバーはフォークをくわえたまま先を促した。 「実は・・・コムイさんが出張するって決まった時、ジェリーさんと話していたんですよ。 この間に、リナリーちゃんとアレン君、なんとかしてあげたいわね、って・・・・・・」 「あぁ・・・なるほどね」 苦笑して、リーバーはフォークをペンに持ち替える。 「でも、外野がどうのこうの言う前に、本人はどうなんすか? リナリーは、俺にとっても妹みたいなもんなんでね、室長じゃないっすけど、変な虫はついて欲しくないんです。 周りが勝手に騒いでるだけなら、協力はしませんよ?」 リーバーのいたずらっぽい苦笑に、ミランダはまじめな顔で頷いた。 「少なくともリナリーちゃんは、アレン君の事を好きだと思いますよ。 私、アレン君なら、リーバーさんの言う、変な虫なんかじゃないと思います。 ジェリーさんだって、そう思ってますよ」 ミランダが、まじめな口調で言うと、リーバーはふと、笑みを消す。 「実は・・・妙な野郎が手ェ出そうもんなら、室長と図ってでも殺してやろうと思ってたんすよね」 恐ろしいことをさらりと言って、リーバーはペンを持った手にあごを乗せた。 「でも、リナリーだけじゃなく、料理長のおメガネにもかなった上、ミランダさんまでが協力してるんだからなぁ・・・」 いや、と、リーバーは首を振って、大きくため息をつく。 「俺も、協力してやってもいいか、なんて思ってんのが、一番の要因ですね」 「まぁ・・・!頼もしいです・・・!」 途端に喜色を浮かべたミランダに、リーバーは苦笑した。 「室長に言わないでくださいよ。俺まで殺されますから」 「も・・・もちろんです!」 意気込んで答えたミランダが、『でも・・・』と、不安げに窓の外を見遣ると、リーバーも何度も頷く。 「その点、室長は抜かりないっすよ。 アレンだけじゃなく、奴に協力しそうなラビもクロウリーも、なぜか神田とマリまで、世界中に派遣されましたからね」 今、本部に残っているエクソシストは、元帥達を除けば、ミランダとリナリーだけだった。 「はい。 みんな、一週間では往復できない所に行かされてしまったんですけど・・・私、ここでお手伝いしていて、気づいたんです。 あの子達の任務、エクソシストがわざわざ出向くようなものでは、ありませんでしたよね?」 指摘されると、リーバーは途端に気まずげな顔になり、空になったグラタン皿の上に、同じく空になったサラダの皿を重ねる。 「リーバーさん?」 中々答えようとせず、食器の重なる位置を修正していた彼に、ミランダが催促の声を上げた。 と、彼は観念したように頷く。 「・・・その通りっす。 あれは、まだ調査段階のヤマで、情報の精度から言えば、ミランダさんを見つけた『巻き戻りの街』のイノセンスと同じレベル・・・多分あるんじゃないかと思うけど、確実じゃないから調べてきてくれ、ってレベルっす」 「・・・あの時は、ファインダーさん達が入れなかった、って事情がありましたよね? でも、今回は?」 「・・・・・・・・・・・・ファインダーが調べるレベルっす・・・!」 うんざりを通り越して、ぐったりしたリーバーに、ミランダは深々と吐息した。 「リーバーさん・・・・・・」 「もう・・・っ! クレームも怒声も覚悟の上っすよ!でも、できれば俺じゃなくて、室長に言って下さい・・・・・・!」 さめざめと泣き崩れたリーバーに、それ以上何も言う事ができず、ミランダは開きかけた口を閉じる。 ややして、 「それでしたらいっそ、呼び戻してあげたらどうですか?」 「え?」 顔を上げたリーバーに、ミランダは苦笑を向けた。 「もう現地に着いてしまった人達は、仕方ありませんから、そのまま任務に就いてもらうとして、移動中の人には帰ってくるように連絡したらどうですか?」 「はぁ・・・・・・」 気乗りしない様子のリーバーを、ミランダは不安げな表情で見つめる。 「だって・・・現地に行って、何もする事がなかった、なんてことになったら、皆さん、怒りますよ・・?」 もっともな言い分に、リーバーはうな垂れるように頷いた。 「確かに・・・神田なんか、マジで抜刀しそうっすね・・・!」 「えぇ」 神田の怒りを想像して、震え上がったミランダを、リーバーは上目遣いで見上げる。 「でも・・・奴はとっくに現着してんすよ。その上・・・・・・」 憂鬱そうにつかれたため息に、ミランダは悪い予感を覚えて、リーバーを凝視した。 「アレンはトルコでアクマと交戦中です」 「っえぇ――――――――?!」 絶叫して立ち上がったミランダから、視線を逸らしてリーバーは乾いた声を上げる。 「当たりと言うかハズレというか・・・あいつ、無事に帰ってこれるんだろうか・・・・・・」 絶望的な事を言うリーバーを、しかし、ミランダは強い目で睨んで首を振った。 「諦めちゃいけません! それなら、なんとしてもコムイさんより早く帰ってもらわないと・・・!」 「へ?」 間の抜けた声を上げるリーバーを見下ろし、ミランダは常にない強い口調で言い募る。 「コムイさんがそのつもりなら・・・えぇ、私は負けません! 世界中の時間を止めてでも、アレン君を無事、ここに帰らせて見せます!」 そのまま踵を返した彼女を慌てて止めて、リーバーは何とかミランダを、元の椅子に座らせることに成功した。 「ミランダさんの気持ちはよーっくわかりましたから! アレンの援護は、ちゃんと中東支部に頼んでます! 第一、今からミランダさんが行ったって、間に合いませんよ!!」 と、ミランダは珍しく、不満げな顔をして強情に首を振る。 「中国にだって私、時間を操って、最短で到着したじゃありませんか! トルコなんて、数時間もあれば・・・」 「い・・・イヤイヤイヤ!! その間に戦闘なんか終わってますよ、きっと!もうすぐアレンかファインダーから連絡が・・・・・・」 言った途端、リーバーのデスクの電話が鳴った。 「ホ・・・ホラ!! きっとアレンですよ!」 嬉々として電話を取ると、期待通り、受話器の向こうからアレンの声がする。 『イノセンス、回収しましたー!!』 元気そうな声に、ミランダもほっと息をついた。 『これ、本部に持って帰りますか?それとも、中東支部の人に預ければいいんでしょうか?』 アレンの問いに、『早く帰ってこられる方で』と、ミランダに耳打ちされたリーバーが、苦笑しつつ答える。 「支部に持ってくと、後の手続きが面倒だからな。今から本部に持って帰ってきてくれ」 『えー・・・今からですかぁ? 中東支部のコックさんが、トルコ料理作って待っててくれてるんですよぅ・・・・・・』 アレンの不満げな声に、傍らでミランダに睨まれているリーバーは、焦って言い募った。 「お前、観光に行ってんじゃないだろ!さっさと帰って来い!」 『だってぇー・・・こっちの人達、すごく親切にしてくれて、僕の任務完遂祝いに、ご馳走してくれるってー・・・あ、知ってます、リーバーさん? トルコ料理って、世界三大料理って言われてるそうですよ。 すごくおいしくって、たくさん食べてたら、料理長さんに気に入られちゃって、今日はご馳走作って待ってるって言ってくれたんで、僕すごく楽しみにしていて・・・』 リーバーがアレンの不満を最後まで聞き終わる前に、ミランダが受話器を取り上げる。 「アレン君、任務成功おめでとう」 『あ、ミランダさん!ありがとうございます!』 「トルコ料理なら、きっと、ジェリーさんが作ってくれるわ。早く、帰っていらっしゃい?」 『えー・・・でも・・・でも・・・・・・』 未練がましい声に、ミランダの声が低くなった。 「こんなチャンスは滅多にないのよ。早く帰ってらっしゃい。 ・・・そんな、異教徒の国になんかいないで」 最後に付け加えられた一言に、回線の向こうでアレンは震えた。 冗談などではなく、本気で言っている気配を感じたのだ。 『はいっ!!』 怒鳴られたわけでもないのに、なぜか、抗いがたい迫力を感じて、アレンがすぐさま返事をする。 「できるだけ早く帰って来れるよう、こちらも手を尽くしますからね」
ミランダが、空になったランチボックスをワゴンに乗せて食堂に戻ってくると、待ち構えていたらしいジェリーが、早速寄ってきた。 「どーぉ?!アンタ達、順調に行ってるの?!」 わくわくと声を弾ませる彼女に、ミランダはあっさりと頷く。 「ええ。もうすぐ終わりそうです」 「え゛?!終わるの?!」 息をつまらせ、顔を引きつらせたジェリーを不思議そうに見上げて、ミランダはもう一度頷いた。 「? はい、皆さんがんばってますし、終わると思いますよ?」 「あ・・・仕事ね・・・・・・」 深々と吐息して、ジェリーは苦笑する。 「そうじゃなくて、アンタとリーバーはどうなの、って話をしてんのよ」 「あぁ・・・アレン君のお話ししていました。 あら?ジェリーさん?」 カウンターの向こうに沈没してしまった料理長に、ミランダは首を傾げた。 「どうかしましたか?」 カウンターの奥を覗き込むと、貧血でも起こしたかのようにしゃがみこんでいたジェリーに気遣わしげな声を掛ける。 と、彼女はゆっくりと首を振って立ち上がった。 [・・・・・・なんでもないわ。 それでアレンちゃんの、どんなお話ししてたの?」 ミランダが愚直に、リーバーとの会話を話して聞かせると、ジェリーは頬に手を当てて眉をひそめる。 「アタシもね・・・参加したかったの、ホントは。 だけど、本職の方で手が空かなくってねぇ・・・」 「それは・・・仕方ありませんよ。ジェリーさんはここの料理長なんですもの」 ヴァチカンだけでなく、世界中の支部からも幹部がやってくる、大きなパーティの料理を、彼女は一人で取り仕切っているのだ。 「けどねぇ・・・アレンちゃんも、アタシの可愛い子供の一人なのよ。なのに、肝心な時に何もしてあげられないのはねぇ」 身体が二つ欲しいわ、と、しみじみ呟く彼女に、ミランダも苦笑する。 アレンは、気づいているだろうか・・・。 彼が仲間の幸せを願う以上に、誰もが彼の幸せを願っていることを。 だが、わかりきった事を口にする代わりに、ミランダはちらりと、背後を見た。 「ジェリーさんの、代理ができる人がいればいいんでしょうけどね」 「あぁ、ムリムリ! 副料理長も、クリスマスの日は大変なの。二人で駆け回ってるのよね、毎年」 「いえ・・・そうじゃなくて・・・・・・」 ミランダは笑って首を振る。 そっと、背後を示す彼女に、ジェリーはその指の示す先を見遣り、にこりと笑った。 そこでは、リナリーが一人で、つまらなそうにデザートをつついている。 「25日までに、叩き込めって?」 「もちろん、私もお手伝いしますよ?」 しかし、手伝わない方が順調かも、と言う考えは、ミランダとジェリー、二人の頭に浮かび、互いに目を逸らしたまま、長い間黙り込んでいた。 To be continued. |
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2006年の、アレン君お誕生日SS第1弾です 4部構成作品の第1部は、リクエストNO.12『リバミラ視点のアレリナ』でした♪ 特別なお話は特別な題名で!←こだわり ・・・ラビが、アレン君に刺されそうだけどな;>『Pieces』PV ところで意外かも知れませんが、ヴァチカンには16世紀から科学アカデミーがあります。もちろん現在も。 先代教皇のヨハネ・パウロ2世が、ガリレオの地動説やダーウィンの進化論を認めたのは有名なお話ですね。 教団の資金がヴァチカンから出ているなら、本部室長には研究報告の義務があるだろうなぁと思って書いたお話です。 わぁ でも、クリスマスの準備で大忙しだろうヴァチカンが、12月に報告会なんかさせることはないかと・・・>をい。 |