† PiecesW †
〜4.HollyNight,BeautifulFlowers〜
冬の日が早々に傾き、気の早い夜が東の空を濃紺に染め替える頃。 黒の教団本部の自室で、ラビは音声を伝えなくなった通信用ゴーレムのスピーカー部分に耳を寄せていた。 「おっかしーなー??なんも聞こえんくなったさ」 執拗にゴーレムをいじっていると、ストーブの前にちんまりと座って新聞を読んでいたブックマンが顔を上げる。 「そのゴーレムは確か、2500ヘルツまでの音しか拾わなかったはずだ。 なんの会話もなされていないのなら、聞こえなくて当然だろうが」 「んー・・・じゃあアレン、御者に行き先伝えてから、なんも話ししてないんか。 ジジィ、この教会って知ってる?」 ラビが問うと、ブックマンは再び紙面に視線を落とし、興味なさげに答えた。 「ナイツブリッジから馬車で30分ほどか。 常任の司祭もおらん、小さな教会じゃ。 近所の者が葬式を行う時にだけ、別の教区から司祭がやってくる・・・普段は誰もおらん場所だの」 「さすがジジィ、よく知ってんな♪」 「ふん。この程度のこと、辻馬車の御者だって知っとるわい。 わしの後を継ぐつもりなら、ロンドンの地図くらい隅々まで知っておかんか!」 おだてたつもりが説教されて、ラビが気まずげに首をすくめる。 その時だった。 再び、アレンの声を伝え出したゴーレムに、ラビは視線を移す。 『マナ・・・・・・』 寂しげなアレンの呟きに、ラビは表情を改めた。 『ずっと来なくて・・・ごめんね・・・』 不意にアレンの声が遠のいたのは、彼がしゃがんだせいか。 『父さん・・・ごめん・・・』 くぐもった声に、アレンがうな垂れる様が、見えるようだった。 『ごめんなさい・・・・・・』 「悪趣味じゃな」 アレンの涙声を、凝然と聞いているラビの背に、ブックマンの不快げな声がかかる。 「わ・・・わかってるさ・・・!」 言いはしたものの、ラビは、受信している音声を断ち切ろうとはしなかった。 再び沈黙したゴーレムを、唇を噛んで見つめる。 だが、かなりの間をおいた後、 「・・・ジジィ、やっぱ俺、悪趣味?」 にやりと笑って呟いたラビに、ブックマンは忌々しげに舌打ちした。 「そこは気ぃ利かせんか、馬鹿者!」 ブックマンの声に重なって、ゴーレムは少女の声を転送する。 『一人で泣かないで。そんなの、私も悲しい・・・』 穏やかなリナリーの声に、ラビは快哉を挙げた。 「よし!よくやった、リナ!!ラビお兄ちゃんは嬉しい!!」 「やかましい!」 ブックマンに怒鳴られても、ラビの高笑いは止まらない。 遠い異国の空の下で、もう一人の兄が絶叫しているだろうことを思いながら、ラビは、感涙を目の端に滲ませた。 同じ頃、深々と冷え込む自室で机に向かっていた神田は、剣呑な目で机上の紙を睨みつけた。 「The Innocence was nothing!」 忌々しげに呟いて、報告書の末文を書き終えた神田は、椅子を蹴って立ち上がる。 「クッソ! なんでこんなスカな任務で報告書書かなきゃなんねェんだよ!」 激しく憤りながら、靴音も高く回廊を渡り、科学班に入った。 今朝、部屋のドアを蹴破ったエクソシストの再入来に、累が及ぶことを恐れた科学者達が怯えて逃げ惑う。 が、神田はか弱い小動物の群れを一顧だにせず奥にまで進むと、室長代理のリーバーの机上に薄い報告書を叩きつけた。 「完了だ、馬鹿野郎!」 「律儀にどーも」 どんなにつまらない任務でも、最後まで手を抜かない神田に苦笑して、リーバーは報告書を受け取る。 末尾に書きなぐられた『nothing』の文字に、苦笑は更に深まった。 「とりあえず、ヴァチカンのお偉いさんが来てる間は執行猶予な?」 「奴らが帰ったら、殺っていいか?」 「そりゃ困る。半殺しで止めてくれ」 刃のような光を宿す目をまっすぐに見て、リーバーが笑う。 「ところで神田、暇か?」 問うまでもなく、任務の終了したエクソシストが忙しいわけがないのだが、あえて言うリーバーを、神田は訝しげに見やった。 「暇だったらなんだ」 「仕事、手伝ってくれ。 リナリーは遊びに行っちまったし、ミランダさんは別の用事があって城中走り回ってるし、手が足りないんだ」 言いつつ、リーバーは既に決済印を差し出し、神田に握らせている。 「知るか!!」 「後でそばがきおごってやるから」 吼える神田を、なだめて隣のデスクに座らせると、リーバーは厚い書類を彼の前に置いた。 「ハンコ捺すだけでいいからな!」 反論を封じ込めるように畳み掛けると、リーバーは積み上げられた書類の上に、神田が持参した報告書を乗せた。 一方、教団本部の庭に出ていたミランダは、暗くなるにつれ、冷気の増す風に、コートの襟をかき合わせた。 「寒いであるか?」 クロウリーが問うと、ミランダは微かに笑って頷く。 「クロウリーさんは平気なんですか?」 「そうであるな・・・寒い国に住んでいたから、このくらいは、なんともないであるよ」 「私も、寒い国で生まれたんですけどね・・・」 苦笑して、ミランダは薄い掌を握り合わせた。 水を触っているせいで、すっかり凍えた手は、そうやっても中々温まらない。 「辛いなら、あとは私がやっておくであるよ?」 クロウリーの申し出に、しかし、ミランダは首を振った。 「いいえ、大丈夫です。 クロウリーさん一人では、大変ですもの」 そう言ってミランダは、取り上げたバラの茎を水を張ったたらいにつけて、はさみで切り落とす。 「棘に気をつけるであるよ。 もっと、棘の少ない品種があればよかったのだが・・・あいにく、この季節はこれしか咲いていないである」 言いながら、クロウリーもバラを水切りした。 「その代わり、この子達は花持ちがよいので、今年いっぱいはきれいでいるだろう」 ニコニコと、娘自慢でもするかのように笑うクロウリーに、ミランダも笑みを返す。 「はい・・・喜んでくれるといいですね」 バラの棘と水の冷たさで、傷だらけになった手にミランダは息を吐きかけた。 そんな彼女のか弱げな姿に、クロウリーは眉をひそめる。 「花の件は・・・私も手伝うからいいとして、本当にやるのであるか?」 気遣わしげなクロウリーに、ミランダはにこりと笑った。 「大丈夫ですよ。そのために今、体力つけているんですから!」 とはいえ、繊弱な見た目が、そう変わったようには見えない。 「しかしそんなことをやれば、お前もただでは済まんのだろう?何も、そこまでやる必要は・・・」 「ご心配ありがとうございます」 心配のあまりか、情けない顔になってしまったクロウリーに、ミランダは思わず吹き出す。 「でも、頑張りますよ!一年に一度のことだもの!」 普段の彼女からは想像が出来ないほど生き生きと笑うミランダに、クロウリーも説得を諦めて苦笑した。 「あまり、無理はしないことであるよ」 彼の言葉に、ミランダは頷きはしたものの・・・どこまで忠実でいてくれることか。 クロウリーは深々と吐息して、力なく首を振った。 とっぷりと日の暮れた道を、馬車は軽快な音を立てて行く。 先程までの消沈ぶりが嘘のように、普段と変わらないアレンと並んで座るリナリーは、その距離を少しだけつめていた。 「―――― それでね、ミンスパイを作るように、って、ジェリーに言われたんだけど、中に詰める砂糖漬けを煮るのが難しくって、何度も焦がしちゃったの」 あえて他愛のない話題を選ぶリナリーに、アレンも陽気に笑う。 「それで、ジェリーさんに怒られてたんですね?」 「そうよ。 もう、ジェリーってば、料理の事になるとものっすごく厳しいんだもの! 何度泣いたかわかんないわ」 「でも、リナリーが作ってくれたミンスパイ、食べてみたいですね」 にっこりと微笑まれて、リナリーは微かに頬を染めた。 「じゃ・・・じゃあ、がんばってみようかな・・・」 膝の上で組み合わせた手を、リナリーはぎゅっと握る。 「実は・・・あんまり難しいから、こっそり別の物に代えようと思ってたの。 それで、朝は秘密にしておこうと思ってたんだけど・・・」 苦笑するリナリーに、アレンも笑声をあげた。 「もう聞いちゃいましたよ!がんばってくださいね 「うん・・・努力します・・・・・・」 苦笑したまま、固まったリナリーに、更にアレンの笑声があがる。 「笑いすぎよ・・・」 「ごめんなさい」 リナリーのややむっとした声音に、一応謝りはしたものの、アレンの笑いは中々収まらなかった。 「アレン、リナ!おっかえりー!」 二人が城に戻ると、なぜか上機嫌のラビに迎えられた。 「リナ、姐さんが、帰ってきたらすぐキッチンに来いってさ!」 「う・・・!」 顔を引きつらせ、とぼとぼと食堂に向かったリナリーを笑って見送り、ラビはアレンの傍らを飛ぶ、自分のゴーレムを捕まえる。 「アレン、とりあえずお前の部屋に行くさ!」 「なんで?」 ゴーレムの回線を切るや、アレンの手を引いて歩き出したラビに、アレンが首を傾げた。 と、 「ちょっとまずいことになったから!」 一瞬振り返ったラビの、表情の苦さに、アレンは戦慄する。 「・・・・・・あのね、ラビ・・・。 いま僕、最悪の予想してるから、否定してくれると嬉しいなぁ・・・」 震える声を、懸命に押し出すアレンに、ラビは背を向けたまま頷いた。 「・・・・・・言ってみ」 帰って来た声の、あまりの暗さにひるみつつも、アレンは乾いた声を上げる。 「まさか・・・コムイさんにばれてないよね?」 「・・・・・・・・・」 「ちょっ・・・?!黙ってないで、否定してくれません?!」 悲鳴じみた声を上げるアレンに、しかし、振り返ったラビは暗い表情で頷いた。 「ウソ!!なんで?!」 その問いには、まさか『俺がリークしたから 「盗聴されたんじゃねェかな?」 今は静まり返った無線ゴーレムを無造作にポケットに入れ、あらぬ方に視線を泳がせるラビを、しかし、アレンは不審に思う余裕もなく蒼ざめた。 「どどどどど・・・どうしよう、ラビ・・・!!」 すがりつくアレンを、ラビは振り払うことも出来ず、部屋のドアを開ける。 「・・・対策を練ろうぜ」 首謀者でありながら、まるで救世主のように協力を申し出たラビに、アレンは涙ながらに感謝した。 「ま・・・まぁ、いいって事さ 良心のうずきに耐えながら、ラビは定位置の椅子に、背もたれを抱いて座る。 「とりあえず、コムイの帰国は遅らせねーとな」 「できるの?!」 勢い込んで問うアレンに、ラビは自信ありげに頷いた。 「ジジィが、知り合いの枢機卿に電話すれば簡単さ。 『久しぶりに、猊下とお話したいこともあるので、今年はぜひ、本部のクリスマスパーティにおいで下さい。ちょうど本部室長が、ヴァチカンに滞在しておりますので、共にいらっしゃれば道中の心配もないでしょう』ってな事を言やぁ、適当に足手まといになるジジィが来るって寸法さ♪」 「足手まといのジジィって・・・」 ラビの無礼な言い様に呆れながらも、アレンは強く頷く。 「じゃあ、早速ブックマンにお願いを・・・!」 「あ、それはもう、通信班に行って、ヴァチカンに連絡しといたさ♪」 手際のいいラビに、アレンは目を剥いた。 「了承してくれたんですか?!ブックマンが?!」 こんなこと、土下座でもして頼み込まないことには、絶対に引き受けてくれないだろうと思っていただけに、アレンは驚愕の声を上げる。 が、 「ジジィが引き受けるわけないさー。 でも向こうは、電話の使い方もしらねぇ、耳の遠いジジィさ。ちょっと声真似しただけで、すんなり信じたさ♪」 「えー・・・枢機卿をだましちゃって、いいのかなぁ・・・・・・」 ラビのとんでもないやりように、さすがのアレンも鼻白んだ。 だがラビは、気にも留めない様子であっけらかんと笑う。 「ダイジョブダイジョブ あっちも相当なジジィだから あまりにも楽観的なラビの計画に、不安を感じながらもアレンは頷いた。 「それで・・・? その枢機卿と帰って来た後、僕はどうやってコムイさんから逃げるの・・・?」 おどおどと、怯える小動物のような不安げな目で見つめられて、ラビは陽気に笑う。 「クリスマスパーティの間は、さすがのコムイも騒ぎは起こせないだろうから、お前は26日の早朝にでも任務に行きゃいいさ♪」 「えー・・・でも、そんなに都合よく、遠くに行ける訳が・・・・・・」 不安げに視線をさまよわせるアレンに、ラビは『大丈夫!』と、頼もしく請け負った。 「もうリーバーに、任務探してもらってっから 明日には、行先も決まんじゃね?」 「ラビ・・・!」 その手際のよさに、素直に感動し、礼を言うアレンから、ラビは不自然に視線を逸らす。 「いいってことさー・・・。 まぁ、ほとぼりが過ぎるまで、戻ってこないことさ 「はい!」 大きく頷くアレンに、ラビは、何とか笑みを返すことができた。 ―――― 俺のほとぼりも冷めるまで、帰ってくんなよ、アレン・・・。 自身のよこしまな計画の成功を、ラビは心から祈った。 ラビの祈りが天に通じたか、コムイは23日の夜更けに、ヴァチカンの枢機卿らを伴って帰って来た。 「アレンアレン!コムイが帰って来たさ!」 そう言って談話室に飛び込んで来たラビに、窓辺の飾り付けをしていたアレンは怯えた目を向ける。 「僕を置いてどこに行ったかと思ったら・・・ホールを見張ってたんですか?!」 「そんな暇じゃねーよー。通信班にこっそり、俺のゴーレム飛ばしてただけさ」 「だけ・・・って・・・・・・。 バレたらもの凄く怒られるんじゃないの?」 「ダイジョブダイジョブ それより、コムイにみつかんねーように、上からお偉いさん達見てみね?」 楽しげに言うと、ラビは嫌がるアレンの手を引き、吹き抜けのホールが見下ろせる回廊へと無理やり連れて行った。 「うっはぁ〜・・・ジジィばっかさ!たまにゃ若い尼僧でも来りゃいいのに」 回廊を巡る柵にもたれて、ラビが不謹慎なことを言う。 「・・・どんなに美人の枢機卿がいたって、ラビには見向きもしてくれませんよ、きっと」 ラビの傍らにしゃがみこんだアレンが、柵の格子を持って苦笑した。 「あー・・・なんか、コムイさんがすごく普通に見えるんですけど・・・」 「そりゃあコムイだって、たまには猫かぶるさ。 お偉いさん達に囲まれてっからな」 「じゃあ・・・今だったら、殺されはしないかな、僕・・・」 「んー・・・まぁ、念のため、奴の視界には入らないことを推奨するさ」 仔ウサギのように怯えて震えるアレンを、暗い喜びと共に眺めて、ラビはにんまりと笑う。 が、それは残念なことに、長くは楽しめなかった。 「あ、リナリー ホールを横切って、兄と『お偉いさん達』の前に進み出た少女の姿に、アレンが喜色を浮かべる。 リナリーが、兄と枢機卿達に向けて優雅に一礼すると、ラビが軽く拍手した。 「おぅ、完璧さ♪」 その感想は、コムイだけでなく枢機卿達も共有したようで、ホールは途端に和やかな雰囲気になる。 「あー・・・行っちゃいましたね・・・」 柵から身を乗り出して、名残惜しそうにホールを見下ろすアレンの襟首を、ラビは掴んで引き寄せた。 「落ちんぜ、アレン・・・」 呆れ声と共に回廊に引き戻されたアレンは、枢機卿の派手な法衣の裾が視界から消えてしまうと、軽く吐息する。 「クリスマスは楽しいけど・・・寒い礼拝堂で何時間もお説教されるのって、やだなぁ・・・」 「確かに、話の長そうなジジィばっかさ」 クスクスと笑い声を上げるラビを、アレンは軽く睨みつけた。 「自分は参加しないからって・・・」 「だって俺、無宗教だもんさー♪」 「それ・・・ミランダさんの前で言わないでね」 本当に怖いんだから、と、怯えた顔をするアレンに、ラビはあっけらかんと手を振る。 「そんなん、もう去年のうちにバレてっさ!」 忘れていた事を指摘されて、アレンは悔しげにラビを睨んだ。 「じゃあラビは、クリスマスのごちそうも、プレゼントもいらないんだね」 「それは別 「ヤな主義主張〜・・・!」 頬を膨らませるアレンに更に笑声をあげて、ラビは踵を返す。 「んじゃ、見物終わったし、飾り付けに戻ろうぜー♪」 「飾りつけも好きなんだね・・・」 そう言って、今年もツリー頂上の星の飾りをラビに取られたアレンは、忌々しげに眉をしかめた。 翌朝、団員の中でも真に聖職にある者達がチャリティーに行ってしまうと、城の中は閑散としてしまった。 「なんか・・・いつもより広く感じる・・・・・・」 重い脚立を抱えたアレンが言うと、その傍らで、大量の電飾を乗せた手押車を押すラビもうんざりと頷く。 「もう3日前からやってんのに・・・全っ然終わんねぇさ!」 「去年は、一日で終わったじゃないですかぁ・・・! 今回、なんでこんなにかかるの・・・?」 アレンが泣き声をあげながら、目的の場所に脚立を下ろし、脚を支えると、ラビが軽やかに段を上り、窓に手早く電飾を飾りつつ言った。 「飾る範囲が増えたからさ」 「去年って、どこまで飾ったんですっけ?」 ラビの答えにアレンが首を傾げると、ラビはすんなりと窓の外を指す。 「食堂、談話室、礼拝堂の周りと、俺らの部屋の周りだけさ」 「・・・・・・ちょっと待って。 じゃあ今、僕らがこんな人気のない別棟に電飾飾ってるのは、なんで?」 頬を引きつらせてアレンが問うと、ラビは脚立の上で笑みを浮かべて彼を見下ろした。 「ここに電飾のツリー作ったら、本城から見た時、すっげぇキレイかなぁって・・・」 「あんたのせいかー!!!!」 怒声を上げて脚立を蹴倒すと、ラビが座ったままの姿勢で床に倒れる。 「っってぇぇぇ!! なにすんさ、このヒステリー猫!!」 「うっさい、ヘタレウサギ!! 全然終わんないって、あんたが余計なことするからでしょーが!!」 誰もいない回廊に、二人の甲高い声が響き、鼓膜と怒りを更に刺激した。 「大体、電飾ツリーって何?! あんたさっきから、窓に変な飾りしてるだけじゃないですか!」 アレンのヒステリックな怒声に、ラビはむっとして起き上がる。 「この近視眼の想像力皆無道化! 怒鳴る前に俺の話を聞くさ!!」 苛立たしげに舌打ちして、ラビはポケットから小さなノートとペンを取り出した。 「いいか? これが今、俺らのいる塔な?」 さらさらとペンを走らせるラビの手元を覗き込み、アレンが頷く。 「本城の、食堂方面から見える塔の窓は28さ。 この全ての窓に、こんな風に電飾を張り巡らせたら・・・」 そう言って、ラビが描きこんで行く絵に、アレンは目を見張った。 ラビの綿密な計算の元に、電飾は別棟全体にツリーを描き出すようになっている。 「ラビ・・・ごめんなさい!」 「ごめんで済んだら判事は失業さ!」 アレンが下げたこうべをポカリと叩いて、ラビは倒れた脚立を指差した。 「わかったらついてくるさ、ヒステリー猫!」 「・・・わかりましたよ、説明不足のヘタレウサギ」 口を尖らせて、アレンは脚立を拾い上げる。 「では、次はどこへ?」 「隣の窓!」 意気揚々と歩き出したラビに、アレンは脚立を持ってついて行った。 その頃、リナリーは焦る気持ちを笑顔の下に隠して、枢機卿を始めとする、身分の高い聖職者達の間を駆け回っていた。 昨夜、帰還直前の兄から連絡を受け、枢機卿達の世話をするように命じられたのだ。 ―――― ミンスパイを作るって・・・約束したのに・・・・・・! ちらちらと、頻繁に時計を見ながら、リナリーはティーポットに茶葉を入れた。 「セニョリータ、私にお茶をもう一杯 「私にもおくれ、セニョリータ 「はい!ただいま・・・!」 身分の高い聖職者達に呼びかけられて、リナリーは慌ててティーポットに視線を戻す。 熱いお湯を注ぐや、すぐにトレイに乗せてテーブルに戻った。 「お待たせしました、猊下」 物心つく前から黒の教団に在籍し、カトリックの教えを受けて育ったリナリーは、枢機卿たちに対して深い尊敬の念を持ってはいる・・・が・・・・・・。 「あんなに小さかった子が、もうこんなに美しくなって さぁ、ここに座って、私の話し相手をしておくれ、リナリー ティーポットを差し出した手を素早く取られて、リナリーの笑顔が引きつった。 ・・・既に老齢の聖職者とはいえ、さすがはイタリア男。 可愛い娘に構わないのは、神も許さぬマナー違反だと言わんばかりに、なにかしら理由をつけてはリナリーを呼び出す彼らに、さすがの彼女もいい加減、うんざりしていた。 ―――― 助けてぇ・・・!! リナリーは心中に悲鳴を上げながら、握られた手を丁寧に解いて、動きにくいロングドレスの裾をさばいて逃げ出す。 最初は、団服で接待するつもりだったのだが、聖職者達の手前と言うこともあり、首から爪先まで、すっかり覆ってしまうドレスの着用を兄に命じられたのだ。 ―――― 裾、踏みそう〜〜〜! 歩を踏み出すたびに、爪先に引っかかるドレスの裾を気にしながら、別のテーブルにティーポットを運んでいると、 「リナリー 「はぁい!」 もう何度目か、数えるのもうんざりとするほどの呼び声に、リナリーは早足で枢機卿の前に歩み寄った。 「なんでしょう、猊下?」 椅子に座ったままの老人を、笑顔で見下ろせば、彼は痩せた手をリナリーの頬に寄せる。 「髪をどうしたね?長くてきれいな髪だったのに・・・」 枢機卿の気の毒そうな視線に、リナリーは苦笑した。 「戦傷・・・みたいなものです。アクマとの戦いで、失くしてしまいました」 淡々と言ったつもりだったが、枢機卿だけでなく、周りの聖職者たちまでもが、途端に気遣わしげな視線を送る。 「可哀想に・・・お前のように、若く愛らしい娘が、戦場に赴かねばならないとは・・・・・・」 枢機卿の手招きに応じて彼の前に跪くと、彼は両腕を伸ばしてリナリーを抱き寄せた。 「主のお恵みのあらんことを」 「ありがとうございます」 枢機卿のキスを、くすぐったそうに頬に受けてリナリーが立ち上がると、彼は更に十字を切って、彼女を祝福する。 「生きて戻れた事が、既に主のお導きだと思っています」 リナリーがにこりと笑うと、枢機卿は満足げに頷いた。 その時、 「お久しぶりですな、枢機卿」 落ち着いた物腰で歩み寄ってきた老人に、枢機卿の表情が輝く。 「ブックマン!あぁ、何年ぶりだろうね! そなたに会いたくて、コムイについてきてしまったよ」 「長旅、ご苦労であられましたな、猊下」 「いやいや、そなたと話がしたいがために、若いのに頼みこんで、こちらのミサを引き受けたのだよ。 コムイには、私の動きが遅いことで、苛つかせてしまったようだけどね」 いたずらっぽい目で見られて、リナリーが赤面した。 リナリーが、アレンと出かけた日の夜。 彼女はヴァチカンにいるコムイから、かなり錯乱した電話を受けた。 リナリーとアレンが一緒に出かけた事を問い質し、『今すぐロンドンに帰る』と泣き喚くコムイをなだめるのに、一晩かけて説得したのだ・・・。 しかし、 「室長殿が?お気のせいでしょう」 リナリー自身よりも事情を知っていながら、そらとぼけて微笑むと、ブックマンは枢機卿と同じテーブルに着いた。 「リナ嬢、枢機卿のお相手私がするので、厨房の手伝いに行ってくれんか。 料理長が、気を揉んでいた」 「え?!あ!はい!」 ブックマンの言葉に、思わず喜色を浮かべて、踵を返そうとしたリナリーの背に、枢機卿の不満げな声が届く。 「料理はエクソシストの仕事ではなかろう。リナリーは私の側にいておくれ」 にっこりと笑って、命令というよりは無邪気なお願いをする枢機卿に、リナリーの心は揺れざるを得なかった。 が、 「猊下、このような日に、若い者を引き止めておくのは無粋というものではないかな?」 ブックマンのさりげない一言に、枢機卿は大げさに目を見開く。 「おぉ!リナリーもそんな年頃か! いやいや、それは私が悪かった!危うく、我が名を貶めるところだった」 芝居がかった口調で言うと、枢機卿はリナリーに手を振った。 「幸いあれ、我が子よ。 素晴らしい恋をして、もっときれいになっておいで」 イタリア人らしい言い様に、リナリーは思わず吹き出して、ロングドレスの裾を持つ。 「失礼いたします、猊下」 優雅に一礼すると、リナリーは枢機卿の許しを得て、ジェリーの元へ走っていった。 「アラ!待ってたわよ、リナリー!」 パーティの準備で、戦場のように慌しい厨房の中心に立つジェリーが、大きな手で手招きする。 「途中までミランダがやってくれてるから! アンタ、後は自分一人でできるわね?」 「う・・・うん・・・・・・!」 やや自信なさげに頷くリナリーに、ジェリーは微かに眉をひそめたものの、それ以上言わずに奥のコンロを指した。 そこでは、ミランダが真剣な顔をして、鍋に向かっている。 「私、がんばる!」 ミランダに負けず劣らず、真剣な顔で宣言すると、リナリーは素早くミランダの側に寄った。 その夜、ようやく電飾の飾り付けを終えたアレンは、空腹のあまり泣きそうになりながらも、正装に着替えるために部屋に戻った。 「お説教、短いといいなぁ・・・」 だが、涙目で見やった時計に、アレンは絶望的な気分になる。 「2時間・・・いや、3時間? 僕を殺す気かな、司祭様達・・・・・・」 しかも、食堂に移動してからも、乾杯のグラスを持ったまま、長いスピーチを聞かされるのだ。 「あぁもう・・・ホントにうらやましい・・・!」 ミサに参加する必要のないラビや神田の顔を、憎々しく思い浮かべながら、アレンはベッドの上に並べたネクタイの上に、ティムキャンピーを放つ。 パタパタと、軽やかな音を立てながら、色も形も様々なネクタイの中から、やがて、ティムキャンピーは正装にふさわしいものを選び出した。 彼が咥えて運んで来たネクタイを、襟に滑らせて結ぶと、アレンはジャケットを羽織りながらドアを開ける。 「あと何分?! 急がないと、キャンドルサービスが始まるよ!」 足早に礼拝堂へ向かっていると、同じく、回廊を駆けて来る足音が聞こえた。 「あ・・・」 聞き覚えのある足音に、立ち止まって待っていると、思った通り、回廊の角からリナリーが駆け出て来る。 「きゃ・・・!アレン君!」 アレンの姿を見止めるや、リナリーは膝の上にまで持ち上げていたロングドレスの裾を慌てて下ろし、紅い顔を気まずげに背けた。 「こんばんは、リナリー」 アレンが手を差し伸べると、リナリーは顔を背けたまま、彼の手を横目に見る。 「・・・・・・見た?」 気まずげな声に、アレンは笑みを深めた。 「早く行かないと、キャンドルサービスに間に合いませんよ?」 さらりと話題を変えたアレンに渋々頷き、リナリーは彼の手を取る。 「枢機卿達のお世話で忙しかったんでしょ?」 クスクスと笑いながら歩を早めるアレンの傍らで、リナリーは深々とため息をついた。 「立派な人達なんだけど・・・中々放してくれなくて・・・」 乾いた笑声を上げると、アレンも笑う。 「枢機卿だって男性ですもん。可愛い女の子にお世話されたら、放したくないでしょ」 あまりにもあっさりといわれて、リナリーは益々顔を赤らめた。 「急ぎましょうか」 笑みを含んだ声に頷き、リナリーはアレンと共に足を早めた。 礼拝堂の中は、既に団員達でいっぱいだった。 入口で、今年のクリスマスのサポート役をおおせつかった団員達にキャンドルを渡され、アレンとリナリーは、慌ててエクソシスト達の席に着く。 祭壇に近いそこは、当然、幹部達の席のすぐ側にあり、アレンは既に着席していたコムイから、もの凄い目で睨まれた。 「ひっ・・・!」 心臓を刃で貫かれたような恐怖に、アレンはギクシャクと目を逸らす。 が、物質化したような視線はアレンに刺さったまま、彼に凄まじい緊張を強いた。 だが間もなく、祭壇の前に大元帥の一人が進み出て、式の開始を宣言すると、堂内の明かりが一斉に消える。 同時に、コムイの憎悪の視線も威力を失って、アレンは深々と吐息した。 ―――― なんとか・・・生き延びなきゃ・・・! 戦場においてすら、これほどに命の危険を感じたことはない。 彼本人に、直接向けられた殺意に震えながら、逃げ出す術を考えていると、闇の中に聖歌が流れ出し、唯一火の灯った蝋燭を持った枢機卿が祭壇に進む。 ―――― あれが・・・。 ラビが無理矢理呼び出し、リナリーを引きとめた枢機卿かと、アレンが興味をこめて見つめていると、小さな明かりに照らされた枢機卿は、意外にも懐こい笑みを浮かべて、堂内を見渡した。 「今日はよく参られた、我が子ら、我が兄弟よ」 老齢ではあるが、よく響く深い声音に応じて、まず、大元帥達が枢機卿の前に進み出る。 枢機卿は鷹揚に頷くと、自身の持つ灯火を傾けて、大元帥達の持つ蝋燭に火を灯した。 大元帥達の灯火は、次にコムイや元帥達、教団の幹部に灯され、彼らはエクソシスト達に火を移す・・・。 「リナリー 静かな堂内であるため、密やかに囁いたコムイの前に、リナリーが進み出た。 「メリークリスマス、リナリー 「うん コムイの灯火を受けて、リナリーが嬉しそうに笑う。 が、 「次は誰にあげようかな?」 無意識を装って鼻先をかすめた炎を、アレンはのけぞってかわした。 「あれー?アレン君、ボクの灯火が受けられないとでも!」 にっこりと笑って、じりじりと近づくコムイから、じりじりと退きつつ、アレンは震える手に持った蝋燭を遠くに差し出す。 「と・・・とんでもありませんよ! どうぞ、僕の『蝋燭に』火をつけて下さい!」 自分ではなく、と、言外に強調して、アレンは更に後退しながら、突き出されるコムイの炎から逃れようとした。 その時、 じゅっ・・・! 背後の確認もせずに退いたアレンの髪に、キャンドルの火が灯る。 「わああああ!!!」 「きゃあ!!アレン君!!」 アレンの悲鳴に、彼に火をつけてしまったミランダの絶叫が重なった。 「なにやってんだ、お前!」 言うや、ミランダから火を受けとろうとしていたリーバーがアレンを捕まえ、バシバシと叩いて火を消す。 「いっ痛い!痛いよ、リーバーさん!!」 「うるさい!火傷してぇか!!」 自分の方こそ、手に軽い火傷を負って、リーバーは忌々しげにコムイを睨みつけた。 「室長、こんな時にカンベンして下さいよ!」 「なぁーにがぁー?ボク、なぁーんにもしてないよぉー?」 やったことはともかく、言っていることは正しいので、リーバーは反論せず、ただコムイに詰め寄る。 「とにかく、ここで騒ぎを起こさないで下さい!」 とっとと席に戻れと、リーバーはコムイの背中を押して上座に着かせた。 「ここを動かない!いいっすね?」 両肩を掴み、上方から覆いかぶさるようにして睨みつけるリーバーに、コムイは不満げながらも頷く。 「アレン、医務室行くか?」 すぐさま戻って、アレンに問うと、彼は首を振った。 「大丈夫です、火傷してないし・・・でも、リーバーさんは行った方がいいんじゃないですか?」 アレンが言うと、リーバーは赤くなった手を軽く振る。 「このくらいの怪我、いつものことだよ。気にすんな」 ぽす、と、アレンの頭に手を乗せて、リーバーはミランダに預けていた自分のキャンドルを受け取り、彼女のキャンドルから火を移してもらった。 「ホラ、お前も」 アレンの背中をそっと押せば、リナリーが苦笑を浮かべて自分のキャンドルを差し出す。 「どうぞ、アレン君」 「はい・・・」 苦笑を返して、アレンはリナリーのキャンドルから、火をもらった。 その後、暗い堂内は、人々の手から手に移されたキャンドルの明かりに照らされ、徐々に明るさを増していく。 「メリークリスマス!」 全ての手に炎が行き渡り、堂内に温かさに満ちると、枢機卿が再び呼びかけ、ミサが始まった・・・・・・。 一方、厨房のスタッフ以外に人気のない食堂では。 ラビが入口に脚立を立てて、熱心に最後の飾り付けを行っていた。 「なんだ、その枝?」 ラビに頼まれて、脚立を支えていた神田が不思議そうに問うと、彼は脚立の上からにんまりと笑って見下ろす。 「ヤドリギ 今日と明日は、この下を通った女の子にキスできるんさ 「・・・お前、それで食堂の全部の入口にコレか?」 「だって、ここなら確実に通るじゃん!」 「・・・・・・・・・」 ツッコミを入れる気力すら失せ、神田は脚立を黙って蹴りつけた。 「ぎゃあああああ!!!」 脚立ごと床に叩き付けられたラビの悲鳴すら無視して、神田は踵を返す。 「うるさくなりそうだから、俺は部屋に戻るぜ」 「ちょっ!!ちょい待て、ユウちゃん! お前昨日、ミランダのお願いに頷いたじゃん!」 「まぁな。だが、その頃に戻ってくればいいこったろ」 足にしがみついたラビを、神田がわずらわしげに見下ろすと、ラビは涙目を上げた。 「ユウちゃん、俺の手伝いもしてくれるって言ったさー!武士に二言はないんさ?!」 「・・・手伝いはしてやると、確かに言った。 だが、こんなくだらねェ目的のために使われんのはイヤだ」 きっぱりと言って、ラビを足に絡めたまま歩き出した神田に、ラビが悲鳴をあげながら引きずられていく。 と、 「ちょっとちょっとぉー!アンタ達、配膳の邪魔をしないでちょうだい! 神田、ラビのお手伝いがイヤなら、アタシのお手伝いしてくれないかしら!」 ラビと神田の会話を聞きつけたらしいジェリーが、両手に持った大皿を神田に渡した。 「はい、このお皿は、各テーブルに一皿ずつね。 次々カウンターに出していくから、ラビ、アンタもヤドリギの飾りつけが終わったら手伝ってね!」 有無を言わせぬ勢いでまくし立てると、ジェリーは神田の足にしがみついたままのラビを引きはがし、神田を追い立てる。 「あ゛ぁ゛〜ん!ユウちゃぁぁぁん!!」 いつまでも床に這って泣いているラビを呆れ顔で見下ろし、ジェリーは彼の襟首を掴んで立ち上がらせた。 「泣いてないで、やるんだったら早く終わらせなさい! もうすぐ、ミサが終わるわよ?」 そう言って、壁掛け時計を指したジェリーに、ラビが慌てて頷く。 「元帥にキスするんさー♪」 「ハイハイ、がんばって・・・」 立ち直りの早いラビに苦笑して、ジェリーは厨房に駆け戻った。 「料理長!オードブル完了です!」 「わかったわ!すぐに並べられるよう準備して! メインの様子はどう?!」 「はいっ!順調です!」 「デザート、もう盛り付けてていいですか?!」 「えぇ、やってちょうだい!!冷蔵庫のスペース先にあけて! 明日の料理の準備は?!」 「スープ完了!メインの下ごしらえ終わってます!」 「本日のパン、焼けました!!」 「盛り付け始めて!」 彼女が命じた途端に、厨房用の通信ゴーレムが鳴る。 『ミサ、終わりました!現在、団員達が食堂へ向けて移動中!』 「了解! さぁアンタ達!運んで!!」 料理長の号令一下、料理人たちは慌しく厨房と食堂を駆け巡った。 彼らと一緒に、ラビと神田もジェリーの命令の元、厨房とテーブルを何往復もする。 その後間もなく、大勢の足音が、食堂に近づいてきた。 「来た!」 歓声を上げるや、ラビは入口の脇に身を隠して、気配を殺す。 壁と一体化した彼の耳に、足音と共に人々の声も聞こえてきた。 「・・・ということを聞いたが、あれでは面目が立たないだろう。教団内のセキュリティ強化は最重要項目なのじゃないか?」 多くの声の中から、目的の声を探し出したラビは、にんまりと笑う。 そのまま、ラビの存在に気づかず通り過ぎていった団員達を見送って、近づいてくる声に聞き耳を立てた。 「我々をはじめ、外から帰ってきた団員は全員、検査しなくては意味がないと思うのだ」 声と共に、食堂の敷居に黒い爪先がかかる・・・その、瞬間。 「元帥〜 歓声を上げて、ラビは食堂に入った元帥に抱きつき、その頬に熱いキスを送った。 「・・・っ!」 ラビに抱きつかれたまま、驚きのあまり声も出ない元帥に、神田が冷ややかな視線を送る。 「・・・ウチの元帥がラビの思い人とは、知らなかったな」 「・・・っぎゃああああああ!!!!」 クラウド元帥と並んで食堂に入った、ティエドール元帥のヒゲ面に思いっきりキスしてしまったラビが、真っ青になって飛びすさった。 「ななな・・・なんでおっさんがいるんさ!!」 「なんでって・・・」 まだ何が起こったか、よくわかってはいない、呆然とした顔で、ティエドール元帥が呟く。 「君が勝手に抱きついてきたんじゃないか・・・」 「わぁぁぁぁんっ!!!おっさんにキスしちゃったさぁぁぁぁぁ!!!」 呆然としたティエドールと、泣き叫ぶラビの姿に、クラウドがたまりかねて吹き出した。 「策士策に溺れる、だな・・・」 呆れ果てた神田の感想に、クラウドは更に笑声を上げ、それは中々収める事ができなかった。 「・・・バカじゃないですか」 食堂の入口で繰り広げられた喜劇の顛末を聞いたアレンは、泣きながら肩を震わせるラビに、無情な一言を叩き付けた。 「大体、枢機卿もいらしているパーティで、こんなこと・・・」 言いかけたアレンの声に重なって、枢機卿の浮かれた声が響く。 「リナリー 「・・・っ!」 目を丸くしたアレンの目前で、枢機卿がヤドリギの下に呼び寄せたリナリーを抱きしめ、その頬にキスしていた。 「な・・・なんなの、あの枢機卿!!」 「何って、イタリア人さ。決まってんだろ」 その一言で全てを済ませてしまおうとするラビに、しかし、アレンは説得されてしまう。 「コ・・・コムイさんは?!」 自分より先に、あの枢機卿の方こそ処刑されるべきじゃないかと、アレンが視線を巡らせると、案の定、マシンガンを取り出そうとしたコムイを、リーバーが必死に取り押さえていた。 「ラビ・・・ここで枢機卿が死んじゃったら、大変なんじゃないですか?」 「・・・・・・俺、知らねーさ・・・・・・」 アレンの問いに、あの枢機卿を呼び込んだ張本人であるラビが、気まずげに視線を逸らす。 と、枢機卿の行動とコムイの理性に危険を感じたか、大元帥の一人が枢機卿の元に行き、スピーチを求めた。 大元帥の依頼に、枢機卿は鷹揚に頷き、もう一度リナリーにキスしてからスピーチ台に立つ。 「・・・・・・っスリリング!」 和やかなパーティのはずなのに、いまだかつてないほどの危機感を覚えながら、団員達は枢機卿のお言葉を拝聴した・・・。 「いつになったら終わるの・・・・・・!」 乾杯用のグラスを持たされたまま、もう1時間近く、『偉い人たち』のスピーチを聞かされているアレンが、とうとう泣声を上げた。 「これ、明日もやんだよな・・・?」 「当たり前さ。 クリスマスは、明日が本番だろ」 うんざりとした口調の神田に、ラビがあっさりと言うと、アレンが涙目を向ける。 「ラビィ〜・・・!僕、お昼から何も食べてないよぉ〜・・・!」 なんとかして、と、涙目で訴えてくるアレンに、ラビは苦笑した。 なんだかんだと意地悪を仕掛けてくるくせに、こんな時アレンは、絶対にラビを頼ってくるのだ。 そして、アレンの意地悪には毎回、忌々しく思いながらも、こんな時はつい助けてしまうラビだった。 ―――― 俺も相当、お人好しさ・・・。 自分の性格に呆れながらも、ラビはやんちゃな弟に救いの手を差し伸べる。 「・・・今年はリナも誘わねぇと、拗ねられるさ」 アレンを引き寄せ、耳元に囁くと、彼の表情に緊張が走った。 「そ・・・それはもちろん、誘いたいですけど・・・」 彼女は今、コムイの傍らでがっちりと保護されている。 アレンにも枢機卿にも、指一本触らせないとばかり、目を光らせているコムイからリナリーを奪うなど、とてもではないが、できそうにもなかった。 「無理だろ」 逡巡するアレンの思考を、神田が一刀両断にする。 「宝の方が自分で動いて来ない限り、ドラゴンが離れるわけもない」 「う・・・確かに・・・・・・」 神田の意見に、がっくりと肩を落としたアレンの視線の先で、しかし、奇跡は起きた。 どういうわけかリナリーが、必死に引き止めようとするコムイに手を振って、離れて行く。 「あれ?!」 驚きの声を上げて、リナリーの姿を追う三人の視界から、彼女の姿が消えた。 「どこ行ったんだろ・・・?」 彼らがいる場所とは逆の方角へ消えた彼女の行く先を、アレンとラビが首を傾げつつ考えていた数十秒後、彼らの背後に、リナリーが現れた。 「今年もやるんでしょ?」 背後から、ここにはいないはずの人間に声を掛けられて、三人が三人とも驚きの声をなんとか封じる。 「びっくりした・・・!」 「お前、どうやってここに来たんさ?」 「今年もって・・・参加したくて来たのかよ」 振り向こうとする彼らを制して、その背に隠れたまま、リナリーはいたずらっぽく笑った。 「だって、私もやりたかったんだもん、テーブルの下のパーティ 言うや、リナリーは真っ先にテーブルクロスの下に潜り込む。 「早く早く!」 手招きされて、次にアレンが滑り込むと、そっとテーブルクロスがめくられて、ラビと神田の手が、料理の皿や飲み物のボトルを渡した。 「うふふ ラビと神田が、テーブルの下に潜り込んで来ると、リナリーが嬉しそうに笑う。 「テーブルの料理を持ってきてたんだね」 リナリーがラビからグラスを受け取りながら言うと、神田が訝しげに眉をひそめた。 「どっから調達してると思ってたんだ?」 「持ち寄ってると思ってたんだよ。だから・・・ホラ、持って来たの」 リナリーが、背後から取り出したバスケットの蓋を開ける。 「あ アレンの歓声に、リナリーが嬉しそうに頷いた。 「約束したでしょ、作ってあげるって。 ・・・猊下達に捕まって、時間ギリギリだったけど」 苦笑したリナリーの持つグラスに、アレンが嬉しそうに自分のグラスを重ねる。 「ありがとうございました、本当に・・・!」 パイのことだけでなく、様々な思いを込めた声に、リナリーも笑って頷いた。 「じゃあ、俺らだけで先にパーティやるさ♪」 陽気に言って、ラビがグラスを掲げる。 「乾杯 ラビの声に、三人の声が重なり、4つのグラスが触れ合った。 その後、テーブルの上から『偉い人たち』の声が消え、乾杯の声ののちに談笑の声が流れるようになってから、4人はようやくテーブルの下から出てきた。 「うふふ ラビ、また明日もやろ?!」 リナリーが満足げな声を上げると、ラビはアルコールに上気した顔に陽気な笑みを浮かべる。 「お前がちゃんと、コムイんとこから逃げられたらなー♪ 俺ら、迎えにはいかんから 「わかった!がんばるから リナリーも少し酔っているのか、悲鳴を上げて奪取に来たコムイにずるずると引きずられながらも、アレン達へ陽気に手を振った。 「・・・明日は・・・無理なんじゃないかな・・・?」 「あのドラゴンが、二度も宝をさらわれるとは思えねェな」 珍しく、アレンと意見の一致を見た神田が、ぼそりと呟く。 が、酔ったラビは、そんな悲観的な意見にあっさりと手を振り、否定した。 「ダイジョブダイジョブ! そん時はラビおにーちゃんが、なんとかしてやるさ!」 「えぇっ?!ホントに?!」 常に有言実行で、不可能を可能にしてきたラビへの信頼は厚い。 「よろしくね、ラビ!」 「おぅ 抱きついてきたアレンの頭を撫でて、ラビは壁に掛かった時計を見遣った。 午後10時・・・。 スピーチが長かったため、いつもより遅くなった夕食に、みな夢中になっていた。 ―――― ミランダはどこだ・・・? 視線をめぐらせ、目当ての姿を見つけ出すと、ラビはアレンの意識を、テーブルに並んだ夕食に仕向けて、彼の側を離れる。 「ミランダ・・・」 彼女の側に寄って声を掛けると、ミランダは振り返り、やや緊張気味に微笑んだ。 「花は?」 「用意できてますよ。クロウリーさんが、隣の部屋に待機しています。 皆さんには一人ずつ、こっそり取りに行ってもらうように連絡していますよ。 ラビ君の方は?」 「俺もオッケーさ。 みんなには、10分前にあのテーブルの前にいるよう、伝えてある」 ラビの指したテーブルの上には、目印に、他のテーブルとは違う色のバラが飾ってある。 「わかりました・・・アレン君を、捕まえておいて下さいね」 いたずらっぽく笑うミランダに、笑みを返したラビの表情が、ふと気遣わしげなものに変わった。 「・・・大丈夫なんさ?」 「えぇ、もちろん!」 ラビの心配を和らげるように、ミランダは溌剌と笑う。 「失敗しないように、神様に祈っていてくださいね」 いたずらっぽい口調に、ラビも不安を振り払って笑った。 「じゃあ・・・任せたさ!」 ミランダに手を振って、ラビはアレンの元に戻っていく。 そして・・・その、1時間50分後。 「アレン、姐さんが新しい料理持ってきてくれたさ おいしそうな湯気を上げながら、件のテーブルに皿を運んでいくジェリーを、ラビが指した。 「わぁい 喜び勇んで走っていくアレンを、聖職者たちが見守る。 「もう、満腹だよ・・・」 「料理長の料理は素晴らしいが・・・いやいや、若い者は元気だ」 もう日付けも変わろうかという時に、重い料理を出す料理長と、その行為に喜ぶアレンに、苦笑混じりの声が上がった。 そしてそれに同意した者達が、料理の匂いから遠ざかるように、件のテーブルから離れて行くと、代わりに近づいていく者達がいる。 「アレン、まだ食うのかよ」 「元気だなぁ、お前!」 「たくさん食って、大きくなれよぉ」 温かい笑声混じりの声に、アレンが嬉しそうに笑って頷いた―――― 0時5分前。 「アレンちゃん、まだ食べられるかしら?クリスマスプディングを持ってきてもいい?」 「はい!ありがとう、ジェリーさん!」 アレンが、ジェリーの申し出に目を輝かせる―――― 3分前。 「アレン、ちったぁ太ったら、ユウにモヤシ呼ばわりされなくなんじゃね?」 「俺は見た目じゃなくて、コイツの内面のことを言ってんだよ!」 「モヤシじゃないっつってんでしょ!!」 ―――― 1分前。 「アレン君、プディング、私にもちょうだい 「おぉぃ・・・太るぜ、リナリー」 「う・・・うるさいわよ、班長!」 30秒前。 「あれだけ動いておるのだ。太りはせん」 「そ・・・そうよね、ブックマン!」 0時。 「時間停止!!」 日付が変わった瞬間、部屋中にミランダの声が響き渡り、アレンの周りに集った人々以外の時間が止まった。 「え・・・?!」 目を丸くして、視線を巡らせるアレンの周りで、仲間達が微笑む。 「HappyBirthday!!」 突然の大合唱に、アレンの目はますます丸くなった。 「あの・・・?!」 わけがわからず、口ごもるアレンに、それぞれの手が一輪ずつ持ったバラが差し出される。 「おめでとう、アレン君!」 「あなたの大切な日に」 「リナリー・・・ミランダさん・・・」 アレンが、二人から花を受け取った。 「うまくいったろ?」 「今回はお前の仕掛けたこっちゃねぇだろ」 ラビが陽気に笑い、神田が憮然としつつ、花を差し出す。 「なかなか、楽しかったである」 「ミランダさん、走り回ってたんだぜ?」 クロウリーとリーバーに微笑みかけられ、アレンもようやく微笑みを浮かべた。 「あ・・・ありがとう・・・あの・・・・・・」 言葉が見つからず、口ごもったアレンを、ジェリーの大きな腕が抱きしめる。 「おめでとう、アレンちゃん! アナタのこの年が、とてもいい年でありますように!」 「うん・・・あ・・・・・・」 ありがとう、と、言おうとして言えず、声を詰まらせたアレンに、次々と花が渡された。 たった一本の花は、仲間の数だけ数を増し、アレンの手には、いつしか大きな花束が出来上がっていた。 「ありがとう・・・!」 感動のあまり、それ以外の声も出ないアレンの手を、誰かが引く。 「なに・・・?」 花に視界を遮られて、前が見えないまま不思議そうについていくと、足は食堂の入口でふと止まり、アレンの持つ花束を掻き分けて、リナリーの顔がのぞいた。 「ハッピーバースデー&メリークリスマス!」 アレンの両頬に手を添えたリナリーが背伸びし、彼の唇に柔らかい唇を重ねる。 「・・・・・・っ!!」 とっさのことに、声も出ず、茹で上がったように真っ赤になって立ちすくむアレンへ、仲間達の拍手と歓声が沸いた。 そしてそれは、リナリーにも。 「よくやった、リナリー!!」 異様な盛り上がりは、ミランダが気を失って倒れ、再び時間が動き出すまで続いた。 「・・・・・・なに?どうしたの・・・?」 再び動き出した時間の中で、顔中に落書きされたコムイは、同じく顔中に落書きをされた枢機卿と並んで、不思議そうに首を傾げた。 Fin. |
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アレン君お誕生日SS第4弾です 我が最愛のアレン君の為に、ギャグ&シリアス織り交ぜた4部作、がんばりましたー(^^;) ・・・なのにすみません;ラストSS、13分遅れた;; 後半のカウントダウンシーン、マジでトラウマになりそうです;;←まさにカウントダウンの中にいた; 『Pieces』の題名を使ったのは、4部作というのもありましたが、ラストシーンの花を渡すシーンが映像として浮かんだので、この題名以外にありませんでした(笑) ヴァチカンの枢機卿って、別にイタリア人に限っているわけではありませんけど、イタリア人が余りに愛しいために、なんだかえらく愛情を注いでしまいましたよ(笑) この人のおかげで、ラストのアレリナも、そこまで嫌なカンジにはならなかったかなぁと・・・。←コイツ確信犯です。 ともあれ、HAPPYBIRTHDAYアレン君!!(>▽<)ノ∴ |