† Spirit dreams inside †






 平穏無事かと言えば、誰もが首を傾げただろう。
 だが、なんとか明けた、新年の夜。
 アレンは暗く寒々しい部屋に戻って、頭の上に乗っていたゴーレムをベッドの上に転がした。
 「・・・去年のうちに、片付けて置けばよかったかな」
 一体誰が、何の目的で収集したものかは知らないが、不気味な品であふれた部屋の中でも、とりわけ奇妙な人形の頭に、アレンは脱いだコートを掛ける。
 こうしておかないと、真夜中に目が覚めた時、悲鳴を上げているかのようなそれと目が合ってしまうのだ。
 何か口実があれば捨ててしまえそうなのだが、妙に古い上、何かの呪具のような品々ときては、動かすことすら二の足を踏む。
 「・・・ま、いっか。
 別に、なんの悪さもしてないし」
 幽霊屋敷を高値で買い取ったり、観光名所にしてしまう英国人の、アレンも一人だった。
 「さ、寝よ寝よ。
 ティム、枕からどいてー」
 パジャマに着替えると、枕の上で飛び跳ねて遊んでいたティムキャンピーを枕元にどけて、ベッドにもぐりこむ。
 「はいはい、おやすみおやすみ」
 パタパタと羽ばたくティムキャンピーを押さえつけ、彼がおとなしくなった頃・・・アレンもまた、眠りに落ちていた。


 雲に覆われて、薄暗い空の下では、ちらちらと雪が舞っている。
 が、不思議と寒くはなかった。
 ジェリーが厨房で使っている蒸篭(せいろ)がなぜか、中庭に出されて、勢いよく湯気を上げているせいだろうか。
 近寄ってみるとその周りでは、ラビとリナリーと、なぜか神田までもが忙しそうに立ち回っていた。
 「あの・・・何してるんですか?」
 遠慮がちに声を掛けると、真剣な目で蒸篭の中身を確認していた神田が、険しい目をアレンに向ける。
 「餅つきすんだよ」
 「モチ?みたらし団子のあれ?!」
 アレンが目を輝かせると、ラビが首を傾げた。
 「みたらし団子って、米の粉を練るんじゃなかったっけか?」
 モチから作るのもあり?と、神田に尋ねるも、彼は舌打ちして首を振る。
 「俺は菓子の事なんか知らん!」
 「・・・でしょうね」
 苦笑して、リナリーはジェリーの手を引いた。
 「ねぇねぇ、このくらい蒸したら、もう取り出していい?」
 「ええ、もう大丈夫。
 熱いから気をつけるのよ」
 「了解♪」
 陽気に言って、ラビは神田と一緒に、蒸篭に敷いてあった布を持つ。
 「せーの!」
 掛け声を掛けて、二人はアレンにとっては未知の器に蒸した米を乗せた。
 「なにこれ?どうするの??」
 それは、数日前から庭に置かれ、団員達の視線を集めていた物だ。
 「これは臼(うす)。そしてこれが杵(きね)」
 ラビは木の器と、同じく木でできた大きなハンマーのようなものを指し示した。
 「・・・!
 それで神田の頭を殴るの?!」
 「・・・お前の頭をかち割ってやろうか」
 期待に目を輝かせるアレンに、冷ややかな声がかかる。
 「・・・アレンちゃんたら。
 これでもち米をついて、お餅を作るのよv
 苦笑しながらジェリーが言うと、神田とラビがそれぞれ杵を持つ。
 「まぁ、見ていてご覧なさいv
 「はいv
 ジェリーには素直に頷き、見ていると、二人は二本の杵でまず、もち米をこねだした。
 「・・・なんで回るの」
 「その方がやりやすいからよv
 臼の周りを回りながらこねる二人に、アレンが思わずあきれ声を上げると、リナリーが楽しげな声で説明する。
 「よくこねたら、二人で交互に杵を・・・」
 リナリーの声を遮るように、庭中に破壊音とジェリーの悲鳴が響いた。
 「ちょっとアンタ達!!
 力加減くらいしなさいよ!!」
 神田とラビの剛力に、臼はあっけなく破壊され、せっかく蒸した米は庭中に飛散する。
 「あーぁ、もったいない」
 みたらし団子の元が・・・と、アレンが悲しげにうつむくと、破壊者の二人は、顔を真っ赤にしてアレンを睨んだ。
 「つい、いつも通りやっちまったんさ!!」
 「ひ・・・久しぶりだったから、感覚が狂ったんだ!!」
 「はいはい、いいからそれ片付けて。
 厨房にもう一つ臼があるから、それ持ってきなさい。
 ・・・でも、いい事?それまで壊したら、アタシがアンタ達を壊すわよ」
 最後に付け加えられた、低い声音の一言に、二人は勢いよく頷いて、大急ぎで片付けを始める。
 その間に改めて、蒸篭にもち米を仕込んだジェリーは、リナリーにタイマーを渡した。
 「今の火加減で、一番いい状態になる時間を設定しているわ。ベルが鳴ったらすぐに蒸篭から下ろすのよ?」
 「うん、わかった!」
 リナリーが緊張した面持ちで頷くと、ジェリーは苦笑して手を振る。
 「じゃあ、アタシは厨房に戻るからぁv
 お餅できたら、持っていらっしゃいねv
 「うん!」
 「楽しみーvv
 アレンがリナリーと二人、手を取り合ってはしゃいでいると、石の臼を重たげに運んできたラビと神田が、忌々しげに睨みつけた。
 「餅食いてぇなら手伝え!!」
 「これマジ重いさ!!
 アレン!左手発動&設置!!」
 「はぁい!」
 餅をもらうためならと、アレンは左手を発動し、彼らの指示する場所に臼を置く。
 「あぁ、めんどくせ・・・!
 なんでこんな手間がかかること・・・」
 「ユウちゃんが臼割っちまったからさ」
 「てめぇもだろうがよ!!
 ・・・てか、リナリー!蒸篭開けんな!!」
 神田に怒鳴られて、もち米の様子を伺っていたリナリーが、びくりと顔を上げた。
 「な・・・なによ!いいじゃない、ちょっとくらい・・・」
 慌ててふたを閉めつつも、反論する彼女に、しかし、ラビが首を振る。
 「ふた開けっと、蒸し時間が変わるさ。
 そのタイマー、姐さんがちょうどいい時間に設定してんだろ?」
 ラビの指摘に、リナリーが気まずげに頷いた。
 「ちっ!
 女ってのは何でもいじりたがるもんだな!」
 「な・・・なによ!男女差別しないで!!」
 「嫌ならじっとしてろ。出来もしねぇのに触んじゃねぇ」
 傲慢に言い放ってリナリーを黙らせると、神田はアレンが設置した臼を丁寧に洗い始める。
 「・・・なんだか、気持ち悪いほどマメですね」
 アレンのコメントに、しかし、神田は意外なほど生き生きとした顔を上げた。
 「餅つきは男の仕事だ!」
 「そ・・・そうなんだ・・・?」
 拳を握って力説されては、もうそうとしか言えない。
 ややして、リナリーが手にしたタイマーが鳴り、神田とラビが再び、蒸しあがったもち米を臼に移した。
 「・・・今度は一人がついて、一人が返すようにするさ」
 二人でやると破壊力がすごい、と言うラビの提案に、神田も頷く。
 「じゃあ、俺がつくから、お前が返せ」
 「・・・いいけど、俺の手までつくなよ?」
 かなり不安げな顔で言うと、ラビは袖をまくって臼の側にしゃがみこんだ。
 「行くぜ!」
 「おうさ!」
 神田の掛け声にラビが頷いて、二人は呼吸良く交互に餅を作り上げていく。
 「うわぁ〜・・・!」
 そうやって作るんだ、と、感心するアレンを、リナリーが呼んだ。
 「出来上がったお餅をこねるよ。
 そのまま触ったらベタベタするから、手に片栗粉つけてねv
 「カタ??」
 「いいからこの白い粉つけるの!」
 明るい笑声を上げて、リナリーは大きなトレイの上にまぶした粉を手につける。
 「・・・なんか、狼と子ヤギの話を思い出しました」
 「ふふv
 開けておくれ、お母さんだよv
 冗談めかしてノックの真似をするリナリーの前に、重たげな音を立ててつきあがったばかりの餅が置かれた。
 「ほれ、早く丸めるさ」
 「固くなんぜ」
 「う・・・うんっ!!」
 さっさと次の餅作成に移った二人に緊張気味に頷いて、リナリーは粉まみれの手で餅に触る。
 「熱っ!!」
 「当たり前だ」
 冷ややか過ぎる声をかける神田に反し・・・いや、それを利用して、アレンはにこやかに進み出た。
 「そのくらい、僕がやりますよv
 リナリーは、お餅丸めてくださ・・・あちぃぃぃっ!!」
 「・・・アホがいるさ」
 「俺らが直にさわんねぇ理由をちったぁ想像しろよ」
 「ちょっっっと待って下さいよあんた達!
 こんな危険なものをリナリーにちぎらせようとしたんですか!!」
 「丸めるのは女の仕事だ」
 「こ・・・この男尊女卑国家の下僕がっ!!」
 神田の冷酷な台詞にアレンが激昂し、
 「リナリーにやらせんのがダメなんだったら、お前がやるさ、英国紳士」
 「言われなくったってやりますよ!
 ひ・・・左手でなら触れるし・・・!」
 ラビの冷静な台詞に、恐る恐る手を出す。
 「アレン君、がんばれ!!」
 リナリーの応援を受けて、途端に張り切ったアレンは、熱さに泣きながら餅をちぎり、彼がちぎったそれをリナリーがくるくると丸めた。
 それが半分まで減った頃、
 「ほれ、次いくさ!」
 「えぇっ?!もう?!」
 新たに置かれた餅に、アレンが泣きながら手を出す。
 「い・・・嫌がらせでしょ・・・!」
 聞かずもがなの台詞に、意地の悪い年長者達はこっそりと笑い、蒸しあがった米を臼に移した。


 やがて、用意されたもち米を全て餅に変えた彼らは、意気揚々と厨房に向かった。
 「ジェリーv できたよv
 「みたらし団子作ってくださーぃvv
 「俺、きなこ餅v
 「雑煮」
 「はいはいv
 よく頑張ったわね、アンタ達v
 ちゃんとお片づけはしたぁ?」
 「はい!」
 「ナニがハイか、この食欲魔人ガ」
 「姐さん、アレンは臼をあらわねぇで倉庫にぶち込もうとしたさ!」
 「とっくに洗ったと思ってたんですよ!
 大体、なんで僕一人で倉庫に運ぶんですか!!」
 「戦い以外じゃ、こんな時にしかその左手役にたたねぇんだから、文句言うんじゃないさ」
 きゃんきゃんとわめき合う3人に苦笑して、ジェリーはカウンターに乗せられたトレイを受け取る。
 「・・・そう言えばアンタは何がいいの?」
 「あ、私?
 そうだなぁ・・・」
 顎に指を当て、考えるリナリーの背後から、音もなく影が現れた。
 「ボクとリナリーは豆沙(アンコ)でーv
 「兄さん、びっくりした・・・」
 突然現れた兄に、リナリーは目を丸くし、アレンは天敵に遭った小動物のように逃げだ・・・そうとして足を引っ掛けられ、無様に床に這う。
 「いいいいいい命だけはお助けをっ!!」
 「嫌だなぁ、アレン君v まるでボクがキミを獲って食いでもするかみたいにv
 絶叫するアレンに、コムイはにこやかに手を差し伸べた。
 口調だけは陽気だが、低い声音と決して笑ってはいない目を見れば、事情を知らない者でもただならぬ気配を感じた事だろう。
 差し伸べられた手を前に硬直したアレンの、首根っこを持って無理矢理立たせると、コムイはことさら笑顔でアレンの顔を・・・正確には、左目を覗き込んだ。
 「アレン君、実は、キミに協力して欲しいことがあるんだよねぇ〜v
 「きょ・・・協力・・・・・・?」
 逸らそうとした目は、両頬に当てられた手で無理矢理軌道修正され、コムイの不気味な笑みを、真正面から見せ付けられる。
 「うんv
 エクソシスト達がみんな、喜ぶと思うんだぁ〜v
 その言葉に、我関せずと無視を決め込んでいたラビと神田が振り返った。
 「俺らが?」
 「そう♪便利だと思わない、この目があると?」
 まっすぐに指されたアレンの左目に、皆の視線が集まる。
 「え・・・・・・?」
 とてつもなく嫌な予感に、真っ青になって震えるアレンの首に、コムイは腕を回してがっちりと固め、じたじたと足をばたつかせる彼を無理やりテーブルに着かせると、にこにこと機嫌よく笑った。
 「前さぁ、アレン君てばノアに目を潰されちゃったケド、再生したじゃなーい?
 それで思いついたんだけどさぁ・・・」
 「・・・ナニをさ?」
 同じテーブルに着いたラビが、やはり嫌な予感に眉をひそめる。
 「アンタ・・・またアレンちゃんに可哀相なコトするんじゃないでしょうね?!」
 それぞれの注文の品を運んできたジェリーが、柳眉を逆立てると、コムイはあっけらかんと笑って手を振った。
 「大丈夫だよぉv サンプルに眼球一個もらうだけだもんv
 「は・・・・・・?」
 「が・・・眼球・・・・・・?」
 「アンタそれのどこが可哀相じゃないって言うのよ――――!!!!」
 ジェリーの絶叫に、意外とナイーブなラビが餅を咥えたまま、口に入れることも出来ずに硬直する。
 「えー?大丈夫だよぉv ちゃんと麻酔もかけるし、痛いことないさv
 それに、アレン君は強い子だもんねぇ?」
 明らかに悪意と嗜虐心のこもった笑声を上げられ、アレンは必死でコムイの腕をすり抜けた。
 「お待ちなさい、アレン君!」
 すかさず取り出した吹き矢で、コムイは逃げていくアレンの後頭部に麻酔針を刺す。
 「きゃあああ!!兄さん、何てことするの!!」
 ばたりと倒れたアレンに駆け寄ろうとしたリナリーを制して、コムイは気を失ったアレンを小脇に抱えた。
 「じゃ!楽しみにしておいでね、みんな!」
 「きゃあああ!!アレンちゃーん!!」
 ジェリーの悲鳴が、食堂に空しくこだまする。
 そんな、騒がしい中で、神田は一人、淡々と雑煮を食していた。
 「ユ・・・ユウ・・・!
 アレンが・・・・・・!」
 口の周りをきなこまみれにしたラビが、引きつった声を上げると、神田は視線を椀の中に落としたまま、ポツリと呟く。
 「あの目があると便利だな」
 「・・・・・・・・・」
 新年早々、神田は目的のためなら手段を選ばない冷酷ぶりを発揮した。


 消毒薬の臭いに目を開けると、手術着を着てマスクで半面を覆ったコムイに見下ろされていた。
 ―――― ひぃぃぃぃぃぃぃぃっ?!
 悲鳴を上げたつもりだったが、なぜか、喉が塞がれて、声が出せない。
 「あ、起きたぁ?
 あんまり見たくないだろうから、寝ているうちにやろうと思ってたのにさぁ」
 全身に脂汗を流しながら、アレンは試みに右目をつぶってみた。
 ―――― 見える・・・ってことはまだ、抉られてない!
 歓喜した一瞬後、目前に迫り来る針に、アレンは再び声にならない悲鳴を上げる。
 顔を逸らそうにも、身体中拘束され、頭までも固定されていては、ささやかな抵抗すら不可能だった。
 「はぁーぃv ちょっとチクっとしますよーぅ♪」
 いかにも楽しげな様子で注射針を近づけるコムイの目は・・・ここ最近で初めて、楽しそうに笑っている。
 ―――― やだぁぁぁぁぁぁぁ!!!!
 ぎゅっと目をつぶり、ぼろぼろと涙を流すアレンの瞼に、注射針の針先が当たる感触がした。
 「助けてェェェェェ!!!!」
 圧迫された喉を懸命に絞って、アレンが絶叫する。
 途端、
 「痛ァっ!!」
 目ではなく、耳に激痛が走って、アレンは思わず目を開けた。
 と、そこにはコムイの姿はなく、見慣れた天井のシミが、アレンを見下ろしている。
 「え・・・?僕の部・・・ぐえっ!!」
 驚いてベッドに半身を起こしたアレンは、首に幾重にも巻きついたティムキャンピーの尻尾に絞め殺されそうになった。
 「ティ・・・ティム!!苦しい!!」
 慌てて引き剥がすと、金色のゴーレムはアレンの眼前にホバリングし、何かを訴えるように、小さな腕を伸ばしている。
 「え?なに・・・きゃー!!血っ!!血ぃぃぃぃっ!!」
 アレンの耳から吹き出し、肩を真っ赤に染める血に、彼は再び悲鳴を上げた。
 「なにすんだよ、ティム!
 首を絞めた上に噛み付くなんて、僕を殺す気?!」
 慌ててシーツで出血部分を押さえながら、ティムキャンピーに抗議すると、ゴーレムはサメのように鋭い牙が並ぶ口を開けて、映像を映し出す。
 そこには、今にも悶絶死しそうなほど、悪夢にうなされるアレンの姿があった。
 起こしてやったのに、と言わんばかり、長い尾を振るティムキャンピーに、アレンは吊り上げていた眉を下げる。
 「・・・起こしてくれて、ありがと。
 だけど・・・なんで首を絞める必要があったわけ?」
 礼を言いつつも、納得行かないとばかり、眉を寄せるアレンが持つシーツを、ティムキャンピーは長い尾で指し示した。
 「血止め・・・?
 ・・・って、耳噛み付かれても死なないけど、首絞められたら死ぬんだよ?!」
 そうだっけ、と、丸い身体を傾げるゴーレムに、アレンはがっくりと肩を落とす。
 「まぁ・・・なんにせよ、夢で良かった。
 コムイさんに左目抉られるなんて、すっごいリアルで怖かったけど・・・・・・」
 恐怖のシーンを思い出してしまい、また脂汗を流すアレンの、俯いた額に、淡い曙光が触れる。
 「朝だなぁ・・・・・・」
 ずいぶんと寝たはずなのに、全く疲れの取れていない身体を無理矢理起こして、アレンはベッドから下りた。
 「今日はコムイさんに会わないように気をつけよう・・・・・・」
 恐怖のあまり、心停止しかねない、と呟きながら着替えを終えたアレンは、まだ暗い回廊を歩む。
 明り取りの窓を透かして、明けきっていない空を見上げると、灰色の雲からちらちらと雪が落ちていた。
 だが、不思議と寒くはない。
 「まさか・・・ね・・・・・・」
 嫌な予感に顔を引きつらせながら、足を早めて中庭を見下ろせる窓辺に寄ると、しばらく前からそこに置いてあった臼を、神田とラビが設置しているところだった。
 「なっ・・・・・・!!」
 目の前に突きつけられた恐ろしい情景に、アレンは自身の頬をつねってみる。
 「痛っ・・・ってコトは・・・・・・!」
 現実?!と、愕然とするアレンの肩が不意に叩かれ、アレンは絶叫して飛びのいた。
 「ど・・・どうしたの・・・?」
 大きな目を丸くして立ちすくむリナリーに、アレンは肺の中の空気を全て吐き出す勢いで吐息する。
 「コ・・・コムイさんかと思って・・・・・・」
 「兄さん?何かされちゃったの?」
 リナリーが首を傾げると、アレンは慌てて首を振った。
 「いえ、ゆ・・・夢見が悪くて・・・・・・」
 「夢見・・・・・・」
 リナリーは不思議そうに呟いたが、すぐに笑みを浮かべる。
 「それより今から、餅つきするのよv アレン君も一緒にやろv
 「えっ?!」
 夢の通りになっていく現実に、腰が引けるアレンの手を、リナリーが取った。
 「いこv
 リナリーに手を引かれると、アレンは頷いて従う。
 内心、怖気がするほど嫌がりながらも、女性の願いを断りきれない自分の性格を、今ほど呪った事はなかった・・・。


 中庭に出ると、既に神田とラビが、蒸しあがったもち米を臼に移しているところだった。
 「ねぇ・・・僕、これが何か、聞いたことありましたっけ?」
 なぜ、あれほどリアルな夢を見てしまったのだろうかと、顔を引きつらせつつ問うアレンを、不思議そうに見やりながら、ラビが頷く。
 「昨日、お前が中庭にあるもんはなんだって聞くから、俺が道具の名前から餅の作り方まで教えてやったろ」
 覚えてないのか、と、眉根を寄せるラビに、アレンは首を傾げた。
 「・・・それでか」
 何かの話のついでに聞いた気がするが、正直言って、意識の表層には上がっていなかった。
 「お前が聞いてきたんさ!それを・・・」
 ぶつぶつと文句を垂れながら杵を手にしたラビに、アレンが戦慄する。
 「ちょ・・・ちょっと待ってラビ!!
 君と神田が一緒にやったら・・・・・・!!」
 止める間もなく、振り下ろされた二本の杵に、臼が破壊される激しい音を聞いて、アレンは首をすくめた。
 「しまった・・・」
 「割れちゃったさ・・・・・・」
 暢気な二人の台詞に、アレンは顔を覆って泣き出す。
 「・・・ナニやってんですか、あんた達・・・!
 なんでそんなに夢を現実にしてくれるんですか、僕を殺す気ですか・・・!」
 「は?お前、なに言ってやがんだ」
 「なんでアレンが泣くんさ・・・」
 アレンの、わけのわからない行動に、皆、訝しげに彼を見つめた。
 「ねぇ・・・どうかしたの、アレン君?」
 リナリーの問いに、アレンはあまりに生々しかった夢が、今、現実となりつつあることを一気にまくし立てる。
 「へぇー!正夢ってやつさ?」
 思わず感嘆の声を上げたラビを、アレンが睨みつけた。
 「僕がどれだけ怖かったか・・・!」
 本気で震えるアレンに、しかし、神田は冷たい。
 「てめェの目が、俺らにとって便利なのは、本当のことだろう」
 「神田?!まさか僕の目抉る気じゃ・・・?!」
 「バーカ。
 てめェの目だけ持ってたって、気色悪ィだけだ」
 あまりにもきっぱりと言われて、アレンは却ってムッとした。
 「そーですか、君ならただ、僕をいぢめるためだけに目ん玉抉り出すかと思ったんですが!」
 「殺って欲しいなら今すぐ抉ってやろうか、おい」
 剣呑な目で睨みあう二人の間に、ラビとリナリーが仲裁に入る。
 「まぁまぁ、そんなに怒んねーで!」
 「そうよ、ただの夢なんだし!ね?」
 それに、と、リナリーは両手を合わせて微笑んだ。
 「悪い夢は、人に話せば正夢にならないって言うじゃない?」
 「・・・そうなんですか?」
 目を見開いて問うアレンに、ラビも頷く。
 「あぁ、そう言うさ。
 でもアレン、不安なら、俺がおまじないしてやろうか?」
 「・・・・・・・・・・・・おまじない?」
 思わず、疑わしげな顔になったアレンに笑声を上げて、ラビはポケットから筆を取り出した。
 「な・・・なに・・・?」
 うっかり寝ていた間に、思いっきり落書きされたことのあるアレンが、筆を持って迫ってくるラビから、じりじりと退く。
 「デコに縁起のいい文字書いてやるさv
 さーぁ、いい子さ、アレンv 怖くない怖くない♪」
 「うそだぁぁぁぁ!!
 絶対いぢわるなこと考えてるんだ!!」
 更に後退するアレンを、ラビはニヤニヤと笑いながら追いかけた。
 と、逃げているつもりが、ラビに巧みに誘導されていたアレンが、地面に置いてあった水桶に足を取られて仰向けに転ぶ。
 「わぁぁぁっ!!」
 「スキありっ!!」
 転んだアレンの上に馬乗りになって、ラビはアレンの額に筆を走らせた。
 「ぷっ・・・!
 ア・・・アレン、これで今年一年、お前は幸せさ!」
 「もう!!なにすんですか!!」
 すかさず手の甲で額を拭おうとしたアレンを、しかし、両脇から神田とリナリーが止める。
 「え・・・?」
 二人に両腕を持ち上げられたアレンが目を丸くすると、東洋人二人は、妙に神妙な顔で頷いた。
 「うん・・・縁起物ね」
 「あぁ、縁起物だ」
 二人はまじめな声で言うと、揃ってアレンから顔を逸らし・・・・・・揃って吹き出す。
 「なっ・・・なに笑ってんですか!!」
 なんて書いたの、と、やや離れた所にいるラビを見遣れば・・・彼は身体を二つに折って、地面を叩きながら笑っていた。
 「ちょっと?!」
 思わず怒声を上げると、アレンの腕を掴んだままのリナリーが、ポケットから鏡を出してアレンに渡す。
 慌てて鏡を覗き込むと、額に朱墨で奇妙な線が書かれていた。
 「・・・?
 ナニコレ?なんて書かれたんですか?」
 リナリーに問うと、彼女は答えようとして口を開いたものの・・・笑いをこらえかねて、両手で口元を覆う。
 「リナリー・・・・・・」
 ひどくショックを受けて、呆然とするアレンに、珍しく笑声を止められない神田が肩を震わせながら呟いた。
 「猪突・・・・・・」
 「は?チョ???」
 未知の言葉に首を傾げるアレンに、ラビが涙を拭いながら立ち上がる。
 「今年一番縁起のいい文字さ!」
 「・・・ホントに?」
 疑惑の目で見つめるアレンからは目を逸らしつつ、ラビもリナリーも神田も頷いた。
 「これなら、兄さんの敵意も和らぐんじゃないかしら」
 「本当に?!」
 リナリーの言葉に、アレンが歓声を上げて詰め寄ると、リナリーはまだ、クスクスと笑いながら頷く。
 「うん。
 兄さん、こういうイタ・・・ううん、縁起物好きだから」
 「今・・・イタズラって言おうとしませんでした?」
 「・・・・・・えへv
 アレンの問いには笑ってごまかし、リナリーは破壊されたまま、放置された臼を指し示した。
 「それより、餅つきの続き、やろ?」
 「あぁ・・・そうだな」
 「アレン、姐さんとこ行って、臼貸してもらってくるさ。
 お前の左手なら、一人でも大丈夫だろ?」
 「えぇ・・・まぁ・・・」
 またもや夢と同じようなことを言われて、アレンの頬が引きつる。
 「早く行くさ。
 でっかいみたらし団子作ってやるから」
 「ホント?!行く行く!!」
 途端にはりきって駆け出したアレンを見送り、三人はまたもや、クスクスと笑い出した。
 「姐さん、アレ見たらなんて言うかなぁ!」
 「きっと、乗ってくれるよv
 「思う様笑われるがいいぜ」
 和やかと言うよりは、発作じみた笑いを抑える事ができず、三人は楽しげに餅つきの片付けと準備を行った。


 「ジェリーさーん!臼貸してくださいv
 「アラ、アレンちゃん、おはよ・・・・・・」
 アレンの声に振り返ったジェリーは、その額に書かれた文字に思わず吹き出した。
 「どーしたの、ソレ!!」
 爆笑し出した彼女に、アレンは眉をひそめて首を傾げる。
 「ラビが、縁起のいいおまじないだって書いてくれたんです。リナリーも、コムイさん除けになるからって・・・。
 ジェリーさん、ホントはコレ、なんて書かれたんですか?」
 不安げな目で見上げるアレンに、つい、本当のことを言いそうになったジェリーだが、なんとか言葉を飲み込んで、アレンに微笑みかけた。
 「干支って言ってね、東洋のいくつかの国じゃ、一年ごとに動物の名前がつくの。今年はイノシシなのよv
 「えー・・・イノシシって書かれたんですか?」
 眉根の皺を更に深めて、手の甲で拭おうとしたアレンを、しかし、ジェリーも止める。
 「消しちゃだめよぉ!縁起がいいんだってば!」
 そう言う割には、彼女も顔を真っ赤にして、笑いを堪えているようにしか見えなかった。
 「そ・・・それより、臼ね?
 それならお勝手口の、倉庫に置いてあるから持って行きなさいv
 アレンの視線から必死に目を逸らし、ジェリーは背後の勝手口を指し示す。
 「がんばってお餅つけたら、みたらし団子にしてあげるからねぇv
 「はい!!」
 その言葉に、またもや疑いを振り切って、アレンは勝手口から出て行った。


 額の文字を消さないまま、戻ってきたアレンを、三人はそれぞれの笑みを浮かべて迎える。
 「?
 ジェリーさんから借りてきました」
 「おう!
 じゃー、俺らが餅つくから、お前ら丸めるさ♪」
 「はぁいv
 ラビの言葉に、アレンはリナリーと共に応じた。
 これまた夢が現実になったのだが、最早気にすることなく、神田とラビが次々とついて行く餅をリナリーと二人、丸めていく。
 「ねぇ、僕用に、おっきいの作っていいですか?!」
 「あぁ、勝手にしろ。どうせこんなに食いやしねぇよ」
 思いっきり笑ったせいか、妙に気前のいい神田に餅をもらって、アレンがはしゃいだ声を上げた。
 「おっきいみたらし団子!夢だったんですーv
 「よかったね・・・」
 出来上がった餅をちぎりもせずにそのまま丸めるアレンに、リナリーが苦笑する。
 「ほんじゃ、そろそろ片付けて姐さんとこ持っていこーぜ♪
 俺、きなこ餅にしてもらおv
 「俺は雑煮だな。
 ・・・まぁ、今日くらいは魚も食ってやっていいか」
 「神田ってば、よく野菜だけでもつわよねぇ・・・」
 呆れた声を上げて、リナリーは即席のかまどに水をかけて火を消した。
 「リナリーはなににするんですか?」
 なんだかとても嫌な予感を覚えながら、アレンが恐る恐る問うと、彼女は顎に指を当てて首を傾げた。
 「そうねぇ・・・甘いのが食べたいなぁ」
 「じゃあ、豆沙(アンコ)だね!」
 にょ、っと、軟体動物に似た動きで背後に現れたコムイに、アレンは城中に響き渡るほどの悲鳴を上げる。
 「・・・っどーしたの、アレン君。びっくりした・・・」
 アレンの悲鳴に目を丸くして、背後から彼の顔を覗き込んだコムイは、その額に朱墨で書かれた『猪突』の文字に爆笑した。
 「アレン君、ナニ書かれちゃってるのさー!!」
 腹を抱えて笑うコムイに、アレンはそっと、安堵の息をつく―――― コムイが現れた時は本気で、左眼を抉られることを覚悟したのだ。
 ―――― よく考えれば・・・そんなことあるはずがないよね・・・・・・。
 いくらコムイが、リナリーを守るためなら残忍な殺人鬼と化す人間でも、希少なエクソシストを害するほど、無能な室長ではない・・・はず。
 そう思えば、額に書かれた文字にも、やや効力はあったのかと、アレンは口の端を引きつらせた。
 「ところでさー、ボク、キミタチがすごく喜ぶモノを発明しちゃったんだけどーv
 「え?マジマジ?」
 「またくだらねェもんじゃねぇだろうな?」
 「くだらなくないよぉv アクマ検知器だもん♪」
 肩越しに、左の頬をつつかれて、アレンがびくびくと震える。
 「キミタチがアクマ壊すと、粉微塵にしちゃうじゃない?
 だけどクロちゃんのお城のお庭で、ファインダーがアクマの骨格見つけてくれたんだよねv
 「あー・・・俺らが墓掘りして見っけたやつ?」
 ラビの言葉に、コムイは笑って頷いた。
 「完全な骨格をゲットしたから、それに使われている特殊な金属のみを探知する機械作りましたv
 「えぇっ?!それホント、兄さん?!」
 キラキラと目を輝かせるリナリーに、コムイは蕩けんばかりの笑みを浮かべる。
 「そうだよぉーv リナリーが、人間に化けたアクマに危険な目に遭わされないように、お兄ちゃんがんばったんだよぉーvv
 アレンの背中にへばりついたまま、きゃいきゃいとはしゃいだ声を上げるコムイに、アレンの嫌な予感は益々募っていった。
 「あの・・・コムイさん、なんでずっと僕に・・・・・・」
 くっついたままなんですか、と、問うたアレンの目の前に、コムイの大きな手にさえ余る程の機械が差し出される。
 「作ったのはいいんだけどー、まだこれ実験段階だから、確実なデータが欲しいんだよねぇv
 「それで・・・?」
 嫌な予感が当たったことを確信しつつ、それでも問うたアレンの耳元に、コムイの不気味な笑いが響いた。
 「精度を確かめてきておくれ、アレン君v
 今から、数件、連続で、一人で任務、行ってらっしゃいv
 一言一言、強調するように区切るコムイに、アレンは滂沱と涙する。
 「なんか今・・・逝ってらっしゃいって聞こえた・・・・・・」
 「気のせい気のせいv
 殊更陽気に笑って、コムイはアレンの手に機械を押し付けた。
 「さぁさぁ、アレン君v
 気をつけて逝っておいでね」
 はっきりと、『逝って』と聞こえたアレンは、顔を蒼白にし、真っ直ぐにラビを睨みつける。
 「・・・縁起がいいって言ったのに」
 恨みがましいその声に、ラビは笑みを引きつらせつつ手を振った。
 「アレン、気をつけて行って来るさv
 ―――― そして、ほとぼりが冷めるまで帰ってくんな。
 ラビの心中の声が聞こえたか、アレンの目が剣呑さを増す。
 が、
 「さぁさぁ、グズグズしてないで早く行っておいでv 有効なデータが取れることを期待しているよv
 コムイは長い腕をアレンの首に回し、ずるずると本城へと引きずって行った。
 「ちょ・・・!コムイさん!!せめてみたらし団子ー!!」
 「汽車の中でお食べv
 「わぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!」
 泣き叫びながら、コムイに引きずられていくアレンをリナリーは気遣わしげに見送る。
 「一人で大丈夫かな、アレン君・・・」
 リナリーの呟きに、ラビは乾いた笑声を上げてコメントを避け、神田は興味深げにアレンの手にした機械を見つめていた。


 「えぅえぅっ・・・・・・!」
 コムイに寄って、無理矢理城を追い出されたアレンは泣きながら、ジェリーが急いで作ってくれたみたらし団子に食いついていた。
 「全然縁起良くないじゃないかぁ・・・!」
 しゃくり上げるアレンを、付き従うファインダーが訝しげに見つめる。
 長い時間をかけて、とうとう決心した彼は、恐る恐るエクソシストに尋ねた。
 「あの・・・ウォーカー殿、どうして『猪突』なんて書かれているんですか?」
 「ちょ・・・?」
 神田にもそんなことを言われたな、と、不思議そうに首を傾げるアレンに、東洋人らしき彼は、その正確な意味を伝える。
 「・・・っラァァァァァビィィィィィィッッッッ!!!!」
 今度こそ手の甲で額の文字を拭い、アレンは怨念を込めて、異国の空に咆哮を上げた。



Fin.

 










・・・初夢の話をなんで11日にあげるかな;(^^;)
なんだか、いきなり思いついて、書いてしまったお話でございます(^^;)
新年TOP絵を文章化・・・しようとしてちょっと失敗★>ちょっと・・・?
遅れに遅れた初夢ですが、楽しんでいただければ幸いです★












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