† Be destined †






 ―――― 最後に見たものは、目を灼く閃光だった。
 耳はかろうじて、爆音に混じって自分の名を呼ぶ声を捉えたものの、それが誰の声だったか確かめる間もなく、意識は闇に落ちる。
 このまま、永久(とわ)に目覚めぬことの多い戦場で・・・しかし、アレンは再び、その目を開くことができた。


 「あれ・・・?ここ・・・」
 樹影を透かし、頭上に浮かぶ欠けた月を見上げて、アレンは額に手を当てた。
 ひやりとした感触に、アレンは自身の額を冷やす布を取り上げる。
 が、
 「乗せとくさ、頭打ってんだから」
 再び押し付けられて、アレンは身を起こすこともできず、枕代わりに丸められた団服に頭をうずめた。
 「ラビ・・・あの・・・・・・?」
 憮然とした声に、アレンは目を覆う布を押し上げて、傍らに座るラビを見上げる。
 「アクマを追ってる最中に、ジジィ達とはぐれちまったんさ。
 追い詰めたと思ったら新手がいて、お前がやられちまった。
 なんとかお前運んで森の中に逃げこんだけど、奴ら、まだ俺らを探してるだろうさ。
 大声出さずにじっとしてろ」
 「はい・・・」
 真っ直ぐに正面を見つめたまま、こちらを見ようともしないラビを、アレンは訝しげに見上げた。
 「ラビ・・・怒ってるんですか?」
 「怒ってないさ」
 「ごめんなさい、迷惑かけちゃって・・・」
 「怒ってねぇって、言ってるさ!」
 起き上がろうとしたアレンの額を押さえつけ、また団服の上に押し付けたラビは、ようやく不機嫌な顔をアレンに向けた。
 「黙って寝てろ。
 今、アクマに襲われたら、俺ら確実に殺されっさ」
 「うん・・・」
 また、正面を向いてしまったラビの横顔を、アレンが不安げに見つめていると、ラビは深く吐息して、ポツリと呟く。
 「俺なんか、かばってやられてんじゃねーよ・・・」
 「なんかって・・・」
 ムッとして言い返すと、ラビは再び、地に寝そべるアレンを見下ろした。
 「お前、わかってんだろ?
 俺らが、お前達の味方なんかじゃねェってことをさ」
 反駁しようとして、アレンは彼の、真剣な目に口をつぐみ・・・頷く。
 ラビはともかく、ブックマンの言動から、彼らが真に教団側に味方しているのではないと、なんとなく察していた。
 「ブックマンには・・・最初に言われましたから。
 訳あって、エクソシストになっているんだって・・・」
 その言葉は、エクソシストが彼ら本来の姿ではなく、目的は別にあるのだと、言外に語っている。
 「ねぇ、ラビ・・・。
 僕、君達が味方じゃないって事は知ってても、同じ戦場で戦っている以上は、仲間なんだと思ってた。
 でもそれって、僕の勝手な願望なのかな・・・?」
 言いながら、アレンは目を閉じ、腕を上げてまぶたを覆う。
 ラビが・・・初めて気の置けない『友』と思えた彼が、その問いに頷く様を見たくなかった。
 息を潜めて、ラビの答えを待つアレンの耳は、しかし、夜風に触れ合う木々のざわめきを捉えるばかりで、彼の息遣いすら聞こえない。
 「ラビ・・・・・・」
 再び問うと、額に大きな手が置かれた。
 「俺は味方じゃない。
 だから、またこんなことがあったら、俺のことは見捨てちまっていいんだぜ?」
 淡々と発せられた言葉に、アレンは閉じていた目を見開く。
 「そんな・・・!」
 「勘違いすんじゃないさ。
 俺とお前は、目的が違う。
 お前が目指すのは、アクマ達を救済することと、伯爵を倒してこの戦争を終わらせること。だろ?」
 アレンが頷くと、ラビの目が和んだ。
 「けど俺たちの目的は、この戦場の中にあって、この戦争の記録を録ることさ。
 それは言っちまえば、どっちが勝とうと俺らにはカンケーないってこと。これもわかるな?」
 やや意地の悪い問いにも、アレンは不服そうな顔で頷いた。
 「だから俺は、記録を残すために、なにがなんでも生き残らなくちゃなんねェし、そのためならお前を見捨てることだってする。
 な?アイコだろ?」
 「おあいこって・・・・・・」
 悩ましげに眉をひそめるアレンに、ラビは微かな笑みを零す。
 「約束するさ、アレン。
 またこんなことがあったら、俺を見捨てて生き残る道を探せ。
 ダイジョウーブ。俺はそう簡単に死なんから」
 「・・・・・・・・・」
 アレンは眉をひそめたまま、自分の頭を撫でるラビの手を払って、半身を起こした。
 ラビの言った通り、頭を強く打っていたらしく、起き上がっただけで目がくらんだが、膝に顔をうずめて、再び倒れそうになる身体をなんとか引き止める。
 「大丈夫か?
 やっぱ、もうちょっと横になってた方がいいさ」
 気遣わしげな声には、膝に顔をうずめたまま首を振った。
 「・・・ラビは、なんでブックマンになろうと思ったんですか?」
 くぐもった声の問いに、ラビは首をすくめる。
 「それ、みんなに聞かれるさ」
 話し飽いたと言わんばかりの口調に、しかし、アレンは再びねだった。
 「どうして?」
 「あんま、おもしれぇ話じゃないさ」
 「いいよ。僕が動けるようになるまでの、時間つぶしになる」
 再三の問いに、傍らで、ラビが吐息する気配がする。
 「つまんなくても文句言うなよ?」
 アレンが膝に顔をうずめたまま、微かに頷くと、ラビは密やかに語り出した。


 「ジジィに初めて会った時、こんな話聞いたんさ―――― 昔も昔、大昔・・・中国にあった、ある国の話さ。
 ある時、臣下の一人が、国主を殺してその国を乗っ取った。
 国主となった彼に、皆がへつらう中、ただ一人、その国の歴史をつづる役職にあった史家が、史書に『臣下が国主を弑逆した』と書いて殺されたんさ。
 彼はそれで、自身の罪を消したと思ったんだろうが、史家の跡を継いだ弟がまた、史書に『弑逆』と記して殺され、更にその弟が『弑逆』と書いた時、とうとう彼は史家を殺さなかった。
 俺、この話を聞いた時、すげー感動したんさ!
 権力者や強大な力に対して、その罪を暴くことはまさに命がけの行為さ。
 けど、史家が偽らず残した『事実』は、何百年、何千年の後に先人の功罪を伝える貴重な遺産になる。
 俺は、せいぜい生きても数十年の生き物だけど、俺が記録した『事実』は『歴史』となって、何千年もの時を経て、何十世代も先の人間の手に渡るんさ!
 それって、すごくね?!」
 楽しげな語り口に、しかし、アレンは膝の上で眉をひそめた。
 「じゃあラビも・・・殺されたって、歴史を伝えるって事?」
 「できるだけ、死なないようには頑張るけどな!
 俺らの仕事、跡を継いでくれる奴がいねーと、死んだら元も子もねェし」
 「それで・・・ラビはいつも、ブックマンと一緒にいるんだ」
 「そう。
 ジジィになんかあった時は、俺が跡を継がなきゃなんないさ。
 けど、俺にはまだ、後継者いねェから。
 ・・・お前と心中なんて真っ平さ!」
 「わっ・・・悪かったですね!!」
 冗談めかした口調の裏に、本音の気配を感じて、アレンもことさら、憮然と言う。
 「そんなに言うんだったら僕、もうラビなんか・・・・・・」
 「うん、かばうんじゃないさ」
 言おうとして、飲み込んだ言葉を先取られ、アレンは憮然と黙り込んだ。
 ややして、ようやくめまいが治まると、アレンは顔を上げ、隣で夜空を見上げるラビの横顔を見やる。
 「でも・・・だったらなんで、ラビは僕を助けてくれるの?」
 「助けたっけか?」
 「記憶力はいいのに、そういうことは都合よく忘れるんだね」
 くすくすと、忍び笑いをするアレンに、ラビはちらりと苦笑した。
 「お前は大事な、観察対象だかんな」
 「それだけ?」
 「何が不満さ」
 アレンの不満げな声に、苦笑交じりの声で答える。
 「アレン、俺は今のところ、お前の敵じゃねぇけど、味方でもない。
 それはオッケーさ?」
 アレンが不承不承頷くと、ラビは続けた。
 「お前が白と黒に、きっぱり分かれた世界にいるってぇんなら、俺は・・・いや、俺達は、その境界線―――― 白と黒がわずかに交じり合った、灰色の線上にいる。
 今までも、そしてこれからも、その線を踏み外すことは絶対にないさ」
 「まるで、綱渡りだね。
 うっかりどちらかに落ちることはないの?たとえば・・・」
 「お前の方に?」
 「踏み外せばいいのに」
 アレンの、冗談に紛らわせた願いに、しかし、ラビはしばらく無言だった。
 常に中立を旨とし、第三者として事実のみを俯瞰する。
 それが、ブックマンとして生きる道を選んだ彼に課せられた使命だったはずだ。
 が、ラビはこの戦争に・・・いや、正しくは、アレン・ウォーカーという人間に、関わりすぎた。
 まだ少年ながら、あまりにも多くのものを見てきたアレンと、視点を同じくしようとして、アレンが常に見てきた暗黒をも垣間見た時―――― 『観察対象』でしかなかった彼は、ラビが封印していた『感情』をも解き放ってしまった。
 『仲間じゃない』
 『ブックマンに心はいらない』
 そう、何度自身に言い聞かせても、『感情』は納得しない。
 「・・・ラビ?」
 ずっと黙りこんでいる彼に、アレンが不安げな声をかけると、ラビはふるりと首を振った。
 「俺はもう、進む道を決めちまった」
 その道は、アレンの行く道と交わりはしても、決して、同じ場所に行き着くものではない。
 ラビは断言すると、寂しげな目を俯けたアレンの頭に手を置いた。
 「そんな顔すんな。
 今は、こっち側にいてやるからさ」
 「今は・・・って、いつかは、別の場所に行くって事だよね?
 もしかして・・・」
 アレンは、その先を言おうとして、口をつぐむ。
 その言葉を・・・『敵になることもあるのか』という問いを口にした途端、それが現実になりそうで怖かった。
 夜闇に染まった黒い木々のざわめきに自身の鼓動を重ね、息を潜めていると、頭に乗っていた手が、ゆっくりと髪を撫でる。
 「アレン・・・」
 名を呼ばれて、アレンはビクリと震えた。
 口に出来なかった問いの答えを、身を硬くして待つ。
 が、穏やかな声が紡いだのは、別の言葉だった。
 「旧約聖書じゃ、神の言葉にそむいて、知恵の実を口にした人間は、楽園から追放されたろ?」
 はぐらかされた気がして、きつく眉を寄せるアレンには気づかない振りで、ラビはゆったりと続ける。
 「司祭達はそれを罪だって言うけど、俺は違うと思うんさ。
 楽園でただ安穏と、カミサマに飼われて生きんのは、人間以外の動物でいいじゃんか。
 せっかく他の動物とは違う知恵を得たんなら、思いっきり楽しまなきゃ損だしな」
 「損・・・って・・・。
 そういう問題かな・・・・・・?」
 「そういう問題さ。
 俺は、退屈な楽園なんて興味ない。
 オロカでワガママな人間の数だけある、思惑の糸で織り上げられた世界に生きる方が、何倍も楽しいさ。
 そして、そんな人間達が作っているものが『歴史』なら、その業の全てを記録して、次の世代に渡してやるのが俺の選んだ仕事さ。
 そのためなら俺らは・・・いや、俺は、目的のために手段を選らばねぇって、決めたんさ」
 最後の言葉に、アレンは目を見開いた。
 それは、『味方でいて欲しい』というアレンの願いを拒否し、アレンが言えなかった言葉・・・『敵』になる可能性を肯定すらしている。
 なのに、ラビの声音と髪を撫でる手は、あくまで優しかった。
 初めて『友』と思い、『兄』のようにさえ思っていた彼と、いつかは別れてしまうのだと思うと、アレンの目頭が熱くなる。
 共に戦い、共に笑いあった事も、その時になれば忘れてしまうのだろうか・・・。
 「愚かでわがままな人間か・・・・・・」
 涙声にならないよう、必死に声を抑えて呟いた言葉に、アレンはふと思い至り顔を上げた。
 と、ラビも手を止めて、アレンを見下ろす。
 「どした?」
 「あのね、ラビ」
 アレンは潤んだ目を細めて笑みを浮かべ、頭一つ分大きな彼を見上げた。
 「僕、君が怒ったって嫌がったって、また君を助けるよ」
 「・・・お前、俺の話聞いてたか?」
 たとえ話まで織り込んで、諄々と言い聞かせたつもりだったが、と、呆れるラビに、アレンは笑みを深める。
 「だって僕、わがままだから。
 君がどう思っていようと関係なしに、僕は君を仲間だと思ってるもん」
 「・・・・・・っ!」
 ラビの言葉を逆手にとって、今までの話を完全に覆してくれたアレンに、ラビは幾度か口を開閉した。
 ・・・が、なんの言葉も見つけられずに、深々と吐息する。
 「・・・そうだな。超わがままさ、お前」
 「うん」
 「でも、俺はお前を助けねーかんな!」
 「うん」
 「・・・って、なんでうれしそーに笑うさ!」
 「だってラビ、そんなこと言っていつも・・・・・・」
 言いかけた時、雲よりも濃い影が、月光を遮った。
 次の瞬間、
 「エクソシスト、見ぃーつけた
 眼前に迫った奇怪な人形の顔に、ラビはアレンを抱えて飛び退る。
 「やべーさっ!
 アレン、お前一人で逃げられっか?!」
 「なっ・・・なんとか走れ・・・・・・っ?!」
 ラビに背中を押され、駆け出したその行く手に、もう一体のアクマが現れた。
 「逃がさないもんねー
 無邪気な声とは裏腹に、アレンの命を奪うべく、銃口が向けられる。
 「発・・・っ!!」
 発動した左手で身をかばったアレンに、爆音が襲い掛かった。
 が、身をすくめて待っても、いつまでも衝撃が来ない。
 「?!」
 驚いて見上げると、アクマの残骸が、アレンの上に降り注いでいた。
 「アレン君!ラビ!!」
 欠けた月を背に、虚空に舞う黒い蝶が、喜色のにじむ声で呼びかける。
 「リナリー!!」
 「ようやく見つけたよ!」
 地上に舞い降りたリナリーに、笑みを向けたアレンの背後でも、歓声が沸いた。
 「ジジィ!!」
 「この馬鹿もんがっ!!
 調子に乗って深追いするからこんなことになるのだ!!」
 アレンと同じく、アクマの残骸を浴びながら、ラビは怒声を上げる師に苦笑する。
 「助けてくれてありがとさ、ジジィ
 いやマジ今回、苦戦したさ!」
 「自業自得じゃ!!」
 容赦のない蹴りを食らって、ラビが夜空に華麗に吹っ飛んだ。
 「ラビっ!!」
 自ら作り出した血の池に溺れるラビに、アレンは悲鳴を上げて駆け寄る。
 「だ・・・大丈夫ですか?」
 「・・・無理・・・・・・」
 ぽつりと漏れた声に、アレンは苦笑した。
 「ねぇ、ラビ?
 僕のこと、助けないんじゃなかったっけ?」
 「・・・・・・」
 「見捨てるって、言ったよね?」
 「・・・・・・勝手に身体が動いちまっただけさ」
 地にうつ伏せたまま、憮然と言う彼に、アレンは笑みを深める。
 「ラビ」
 「・・・うるせー」
 アレンの笑みを含んだ声に、ラビが憮然とした顔を向けた。
 「そんなに嫌そうな顔しなくていいじゃないですか!」
 思わず吹き出したアレンに、むくりと起き上がったラビの顔が益々不機嫌になる。
 「ラビ、君の事情はわかりましたから」
 アレンはラビと向かい合って座り、彼の耳元にこっそりと囁いた。
 「ワガママな人間同士、今だけは、本当の仲間でいましょう?」
 まるで、いたずらを持ちかけるような口調に、ラビは瞬き、苦笑する。
 「ジジィには内緒でさ?」
 「もちろん」
 クスクスと笑い交わす二人に、ブックマンは憮然と吐息し、置いてけぼりにされたリナリーは、すねたように頬を膨らませた。


 神の言葉に背き、知恵の実を口にした人間はもう、楽園には戻れない。
 ならばせめて・・・この醜くも愛しい人間達の営みを、記憶の中に刻もう。
 俺のこの手は、数百年後の、君のために。
 そして今の、お前のために――――。




Fin.

 










・・・だぁら、俺はラビアレじゃないって;
あくまで『兄弟』イメージで書いてますので、誤解なきよう;;
今回、我が家開設記念日用小説を優先して、この話は保留にしようと思っていたのに、ラビが頭の中で、『出せ出せ』とやかましいので、出してやることにになりました(^^;)
・・・・・・迷惑な奴だな、ラビ。←言いがかり
元ネタは、中国斉の国の崔抒と史家の故事です。
その他、101夜の感想と、コミックス質問コーナーの『Grayの意味は、全てのキャラにあてはまる』という星野様のお言葉も元ネタになっています。
アレン君は見た目が『Gray』だけど(おい)、ラビは立場が『Gray』だと思います(笑)












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