† ALL YEAR AROUND FALLING IN LOVE †







 ・・・この教団に来て、数ヶ月。
 たった数ヶ月でクロウリーは、彼の城で過した27年に勝る経験を積んだ。
 ―――― やられる前に、やる。
 それがこの城の、不文律であり常識だと言うことを。
 「さて・・・と・・・」
 ほとんど、諦めに似た気分で、彼は剪定ばさみを手に取った。
 「せめて・・・私の手で伐ってやろう・・・・・・」
 深々と吐息しながら彼は、冬の朝日を浴びて、凛と咲くバラ達を切り取った。


 同じ頃、窓から差し込む曙光を忌々しげに見る一団がいた。
 「また・・・完徹だァァァァァァァァ!!!!」
 涙混じりの悲鳴を上げて突っ伏した部下を、コムイは疲れきった半眼でちらりと見遣る。
 「ジョニー君、何日目?」
 「4日目っす・・・!
 ベッドが恋しいよぉぉぉぉぉぉぉぉ〜〜〜〜!!!!」
 さめざめと泣き始めた彼に、しかし、コムイはにんまりと笑った。
 「勝った・・・!
 ボク、5日目だもんねェ〜」
 ひひひ・・・と、気味の悪い笑声を上げていると、その鼻先に、湯気を上げるマグカップが置かれる。
 「もう・・・変な勝負してないで、寝ればいいじゃない」
 呆れ声に目を上げれば、コムイの愛しい妹が、眉根にシワを寄せていた。
 「あぁんv リナリー
 そんな顔も可愛いよ
 兄の熱烈な歓声を、リナリーはあくびをしつつ聞き流して、涙の浮いた目をこする。
 「眠いー・・・私まで徹夜しちゃったよー・・・」
 おぼつかない足取りでふらふらと歩いていると、今にも落としそうだったトレイが、リナリーの手から取り上げられた。
 「リナリーちゃん、もう寝たら?
 慣れてないんでしょ、徹夜?」
 気遣わしげな声に、俯けていた目を上げれば、ミランダが眠気のない顔で立っている。
 「でもぉー・・・」
 「コムイさん、リナリーちゃんを休ませてもいいですよね?」
 リナリーではなく、コムイに向けて問うと、彼は熱いコーヒーをすすりながら、渋々頷いた。
 「うん・・・無理はさせたくないし・・・・・・」
 途端、無理の極致にいる部下達が殺気立ったが、気にするコムイではない。
 「でも、そう言うミランダさんは大丈夫なんですか?」
 続けて問うと、ミランダはにこりと笑って頷いた。
 「寝ないの、得意ですから、私」
 言いながら、彼女は既に、リナリーを出口へと追いやっている。
 「ちゃんとあったかくして寝るのよ?前みたいに、廊下で倒れたまま寝ないでね?」
 「うん・・・わかった・・・・・・」
 ミランダの言葉を聞いているのかいないのか、ひどくぼんやりした声で答えると、リナリーはふらふらと科学班を出て行った。
 「じゃあ・・・ミランダさん、すみませんが・・・」
 「えぇ。がんばります・・・ねっ?!」
 コムイの依頼を受けて、踵を返した途端、何もない場所で躓いた彼女を、一同はやや不安げな目で見守った。


 そして同じ頃、ロンドンに着いた列車から、一人の青年が降り立った。
 本部室長の代理として、長期の出張に赴かされた科学班班長のリーバーである。
 既に駅の前で待機していた、教団の馬車に乗った彼は、汗の浮いた額を抱えた。
 ―――― 結局、思いつかなかった・・・・・・。
 科学者として、また、言語学者として、豊かな語彙を持っているはずの彼の頭は、この問題に際して、なんらふさわしい言葉を見つけ出せないでいる。
 ―――― どうしたら・・・どんな顔で会えば・・・・・・。
 馬車に乗るや、真っ青な顔で俯いた科学班班長を、御者が気遣わしげに見遣った。
 「どうしましたか、リーバー班長?
 時差ぼけですか?」
 「・・・そうだったら、どんなにか・・・な・・・・・・」
 深刻な声に、御者は息を飲む。
 有能な科学班班長がこれほど悩むとは、よほど重大な問題なのだろうと察して、彼はそれ以上の追求を避けた。
 「なんにせよ・・・がんばって下さい・・・・・・」
 もしや出張先で何かあったかと、慰める口調の彼に、しかし、リーバーは生返事をするだけだ。
 それもそのはず、彼は御者の声を聞いてはいても、言葉の意味など全く理解していなかった。
 ―――― もうじき着いちまう・・・科学班にはきっと、あの人がいて・・・・・・。
 途端に血の気が引き、冗談ではなく貧血を起こしそうになる。
 彼の脳裏に浮かんだ姿は、本来、好ましい姿であるはずだった。
 しかし今は、恐怖すら感じている。
 ―――― なんて言えば・・・・・・。
 同じ問いがぐるぐると回り、彼女の・・・ミランダ・ロットーの笑顔が浮かぶ度に心拍数が上がった。
 その原因は今年最初の日―――― 彼女の誕生日に、偶然にも交わした会話だった。
 『愛してます』
 その言葉が・・・あの時の声が脳裏に浮かんだ途端、リーバーは悲鳴を上げて顔を覆う。
 「どっ・・・どうしました?!」
 「なんでもないっ!!」
 なんでもないわけがない悲鳴を受けて、御者はしばらく悩んだ挙句、リーバーに声を掛けた。
 「あの・・・仕事のことでしたら門外漢ですけど、人生相談なら聞きますよ?」
 遠慮がちな申し出は、藁にもすがりたい思いだったリーバーにとって、光明以外のなにものでもない。
 「ぜひ!聞いてくれ!!」
 背後に詰め寄られた御者は、慣れた道を馬に歩ませつつ、リーバーの相談を受けた。
 「なんだ・・・それなら、抱きしめてキスのひとつでもすりゃいいじゃないですか」
 あっさりと返された答えに、リーバーは絞め殺されるニワトリのような声を出す。
 「それができねぇから悩んでんじゃねぇかァァァァ〜〜〜〜!!」
 ヘタレめ、という台詞を辛うじて飲み込み、御者は鷹揚に頷いた。
 「だったら、今日はちょうどいいイベントがあるでしょうが。
 花とプレゼントを用意して、食事にでも誘えば完璧でしょう」
 「え・・・?それでどうすんだ・・・?
 っつか、イベントって??」
 「・・・・・・あんたの首の上についてるのはなんですか。飾りですか」
 思わずうんざりした声を出して、御者は力なく首を振る。
 「今日はヴァレンタインデーですよ。
 なにを言うか思いつかないんだったら、今は『ただいま』だけでいいでしょうが。
 雰囲気を整えたら、自然と言葉も出てくるでしょうよ。
 土産に花束でもつけて・・・」
 「土産?」
 訝しげに問い返した途端、馬車は急停止した。
 「・・・あんた、根本からなってないな」
 肩越しに鋭く睨みつけられ、リーバーがびくりと震える。
 「・・・なんか、女性の喜びそうなもの売っている店に寄ってあげますから、土産の代わりにしなさい」
 「はい・・・・・・」
 御者の迫力に抗うすべもなく、リーバーは進路を変えた馬車に、おとなしく揺られて行った。


 更に同じ頃。
 徹夜明けのリナリーが、部屋で眠りに就くと同時に、アレンはベッドの上にむくりと起き上がった。
 「おはよー」
 眼前で盛んに羽ばたく金色のゴーレムに声を掛け、アレンは小さな窓から見える空を見上げる。
 「・・・今日も・・・・・・」
 いい天気だね、と言えない空に、言葉を切った。
 「インドはよかったなァ・・・雨季以外は晴れてて、あったかくて・・・・・・」
 正反対の冬空にぼやきつつ、ベッドを降りる。
 あくびをしながら、洗面器に氷の張った水を注いでいると、ノックもなしにドアが開いた。
 「アレン、おはよーさん!!」
 ぎょっとして見遣れば、朝っぱらから元気なラビが、まだパジャマ姿のアレンを部屋の外に連れ出す。
 「ラ・・・ラビ!!僕まだ、着替えてないよ!!」
 「そんなん後でいいさ!
 ってか、こんな時間まで着替えてねぇお前が悪い!!」
 「だって僕、今日の午前3時に帰ってきたんだもんー!!」
 実際に寝られたのは4時だと、抗議するアレンを完璧に無視して、中庭に出たラビは、そこに展開された臨時花屋に、楽しげに手を振った。
 「クーロちゃーん!アレン連れてきたさー!」
 アレンの手を引いたままラビが駆け寄ると、忙しげに立ち働いていたクロウリーは、一旦手を止めて二人を手招きする。
 「さぁ、どれにするであるか?」
 ごく当然のように問うたクロウリーに、アレンは眉根を寄せた。
 「・・・は?」
 「は、ではないである。
 今日がなんの日か、忘れたであるか?」
 「今日・・・?
 って、何日ですっけ?
 僕、任務から帰ってきたばっかりなんで、まだ日付けの感覚がおかしくって・・・」
 「お前、それで暢気に寝てたんさ?」
 「だから!
 つい5時間前に帰ってきたんだって、さっき言ったでしょうが!!」
 なんなの、と、冬の冷気にパジャマの襟をかき合わせたアレンに、クロウリーとラビが呆れ顔を見合わせる。
 「今日、ヴァレンタインデー」
 「げ」
 声を合わせた二人に、アレンが顔を引きつらせた。
 「今日?!明日じゃなくて?!」
 びっくりした、と喚くアレンに、クロウリーとラビが、再び顔を見合わせる。
 「びっくりしたんは、俺らの方さ。
 何でよりによって、この日を忘れるんさ」
 「そんなことより、どれにするであるか?」
 重ねて問うクロウリーの傍らでは、順番待ちの団員達が、イライラとアレンを睨みつけていた。
 「え・・・っと・・・。
 じゃあ・・・」
 と、アレンが選んだのは、多重咲きのイングリッシュローズ。
 「なんでピンクなんさ。赤にすりゃいいのに」
 「だって・・・」
 不思議そうに問うラビに、アレンははにかんだ笑みを浮かべた。
 「こっちの方が、似合うでしょ?」
 誰に、とは、聞くまでもないことだ。
 「へいへい。
 じゃあ、クロちゃん
 俺は紅いハイブリットティーローズ
 嬉しげに、紅い大輪を指したラビに、しかし、クロウリーは別のバラを勧める。
 「元帥のことだ、同じバラを多くの者から受け取っているであろうよ。
 ならば少々、奇をてらってはどうであるか?」
 「奇?」
 首を傾げたラビに、クロウリーは淡い黄色のバラを差し出した。
 愛しい元帥の、髪の色によく似た花弁の淵は、ほんのりとピンクに染まっている。
 「すげ!元帥のイメージにぴったりさ!!」
 ラビが大喜びで受け取るのを見て、アレンは、はた、と手を打った。
 「ごめんなさい、クロウリーさん。
 僕、もうひとつ花束をもらってもいいですか?」
 それを、と、アレンが指したのは、淡い紫のバラだ。
 「僕が心から敬愛するママンにも、お花あげたいんです
 アレンが微笑むと、クロウリーが頷く。
 「あぁ、ジェリーにもやる・・・いや、差し上げるのであるか」
 「はい
 優雅なジェリーさんには、優雅なお花が似合うでしょ?」
 曇りのない目で断言するアレンに、ラビとクロウリーが苦笑した。
 「まぁ・・・欲しいならもって行くがいいであるよ。
 ただし、私は花はやるが、包装はしないであるからな。ラッピングは自分でやるである」
 「はいっ
 元気に答えたアレンに莞爾として頷き、クロウリーはようやく、待ちかねていた団員達に向き直る。
 「さて、待たせたであるな、お前達。好きな花を選ぶであるよ」
 口々に花を指定する団員達の相手に追われ、再び忙しく立ち回り始めたクロウリーに、アレンは丁寧に礼を言って踵を返した。
 「さむっ!!
 早く着替えないと、風邪引いちゃうよっ!!」
 小走りに回廊を部屋に戻るアレンのすぐ後ろに、なぜかラビも付いて来る。
 「なぁなぁ、お前、今年はちゃんとカード添えるよな?なんか、プレゼント用意してっか?」
 「カード・・・」
 「あ!お前、なんも用意してねぇだろ!」
 鋭く指摘されて、アレンは無言のまま足を早めた。
 「ったく、しょうがねェガキンチョさ!」
 「プ・・・プレゼントは、用意したもん・・・」
 ただ、日付けを間違えていたから、カードを用意してないだけだ、と言い訳するアレンに、ラビはやれやれと首を振る。
 「俺のカードと、ラッピングの材料分けてやっから、取りに来るさ」
 「ホント?!ありがと、ラビ!!」
 目を輝かせて礼を言うアレンの髪を、ラビは苦笑しつつかき回した。
 「まったく、世話のかかるガキンチョさ!」
 行くぞ、と促し、二人はまたもや回廊を走り出す。
 意中の女性達に花を渡すのに、早いに越したことはなかった。


 カードを分けてやった後、
 「とりあえず僕、着替えていいですか」
 と言うアレンと別れ、ラビは目的の部屋へと、意気揚々と走っていった。
 が、そのドアの前に、花束とプレゼントの箱が山と詰まれているのを見て、忌々しげに目を細める。
 「火判っ!とりゃっ!」
 石造りの廊下であるのをいいことに、全て燃やし尽くそうとしたラビは、背後から伸びた腕に殴り飛ばされた。
 「なにをやっているのだ、なにを!!」
 自身が作り出した血の池から顔を上げると、クラウド元帥が仁王立ちになって、ラビを見下ろしている。
 「元帥 受け取って、俺の愛
 差し出された花束を見下ろした彼女は、ふい、と、目を逸らして、ラビの傍らをすり抜けた。
 「他者の好意を燃やそうとした、お前の花などいらん」
 「えぇっ?!元帥、お茶目な冗談だって!!」
 「お茶目でこのフロアを火事にする気だったのか、お前は」
 つかつかと早足で通り過ぎ、自室のドアを開けようとして・・・クラウドは、自身の立つ位置とドアとの、あまりに遠い距離に一瞬、立ち竦む。
 「げーんすぃ やっぱ俺、燃やしてやろうか?」
 「・・・なにを恩着せがましいことを言っているんだ、お前は」
 「だーって、邪魔なんさ?」
 「邪魔ではない」
 ドアの前に積み上げられた花束を拾うクラウドの側に素早く寄って、ラビは積み上げられた箱を持ち上げた。
 「運んでやるさ、元帥
 「いらん。自分でやる」
 「そんなにつめてー事いわねーで
 「・・・お前、少しは反省しようとか思わないのか?」
 「別に?
 だって、敵を倒すんは、エクソシストの仕事だろ?
 アクマを倒すのも仕事、恋敵を倒すのもしご・・・」
 「いいから反省しろっ!!」
 怒声とともにみぞおちに肘鉄を食らい、ラビが体を二つに折る。
 「反省したら・・・もらってやらんこともない」
 クラウドが、ようやく到達した手でドアを開けると、なぜかラビもついてきた。
 「・・・入るな」
 「いいじゃん 運ぶさー
 「レディの部屋に入るな」
 「いいじゃん 俺と元帥の仲さー
 「どういう仲だ!!」
 満面に笑みを浮かべたまま、ラビは鋭い蹴りを食らってフロアの端まで吹っ飛ばされる。
 「出直して来い!!」
 廊下に溢れた全ての花を回収し、激しく閉ざされたドアに向かって、ラビは血塗れた顔に締りのない笑みを浮かべた。
 「うん!また来るさ!!」
 ・・・・・・全く懲りていない、ラビの台詞だった。


 一方、部屋に戻ったアレンは、真剣な顔で、あまたあるネクタイを見回していた。
 「ここはやっぱり、カッコ良く決めたいけど・・・なに張り切ってるの、って思われてもヤだし・・・・・・」
 手にしていたアスコット・タイを元の位置に戻し、いつも通りのリボンタイに視線を移したところでまた迷う。
 「どの色にすればいいかな・・・赤だといつも通りだし、かといってシルクにするのもめかしこんでると思われてヤだし・・・・・・」
 ブツブツと言うばかりで、中々決められないアレンに痺れを切らしたか、ティムキャンピーがネクタイを適当に咥えて差し出した。
 が、
 「青って気分じゃないんだよね。
 だってホラ、これほとんど黒に近い青だし。お葬式だなんて思われたくないもん」
 じゃあ緑、と差し出せば、
 「あ、これ、こないだミートソースつけちゃったんだ。洗おうと思って、忘れてた」
 その答えに、ティムキャンピーが鞭のような尻尾でアレンを叩く。
 「痛いな、もう!!」
 文句を言うアレンの前に、ティムキャンピーは青紫のシルクタイを差し出した。
 嫌だと言えば噛み付く、とばかり、鋭い歯の並んだ口を開けられれば、アレンも従うしかない。
 「・・・・・・ありがと」
 ティムキャンピーから受けとったリボンタイを、アレンは襟に滑らせた。
 「うん・・・紫のバラには合うね」
 鏡の前でにこりと笑い、アレンはジェリーに用意した花束を取り上げる。
 ラビが分けてくれたカードには、アレンの名前とジェリーへのメッセージを書きこんだ。
 「喜んでくれるかな、ママン♪」
 鏡に向かってもう一度笑い、アレンは踵を返して部屋を出る。
 真っ直ぐに食堂へ向かっていると、向こうからヨロヨロと、おぼつかない足取りでやってくるリーバーを見つけた。
 「リーバーさん!おかえりなさーぃ!」
 アレンの甲高い声が、石壁に反響する。
 が、リーバーは全く気づかない様子で、アレンの傍らを通り過ぎて行った。
 「・・・アレ?
 リーバーさん?!」
 慌てて振り返り、アレンはリーバーの肩を叩く。
 と、
 「うっわぁぁ!!びっくりした!」
 なにすんだ、と、抗議の声をあげるリーバーに、アレンの方が驚いた。
 「びっくりしたのはこっちですよ・・・。僕、今、真正面から声掛けましたよ・・・?」
 「え・・・?
 あ、そうだったか・・・?」
 悪い、と、素直に頭を下げたリーバーに、アレンは首を傾げる。
 「どうかしたんですか?
 ・・・あ!もしかして、中国でいじめられました?!」
 「いじめって・・・なんだそりゃ」
 苦笑すると、アレンが詰め寄ってきた。
 「違うんですよ?!
 フォーはイタズラ好きですけど、悪い子じゃないんです!
 バクさんも、性癖に問題はありますけど、悪い人じゃありませんし!
 きっと、悪気はなかったんですよ!!」
 誤解です!と、涙目で訴えるアレンの頭に、リーバーは大きな手を乗せる。
 「慌てんな。別に、アジア支部じゃなんもなかったよ」
 「え・・・?
 暗闇からいきなり攻撃されたり、ごはんに自白剤混ぜられたり、リナリーに化けて寝込み襲ったり、地下迷宮に突き落とされたり・・・しなかったんですか?!」
 「・・・そういうトコなのかよ、あそこは・・・」
 初めて知った、と、呆れるリーバーに、余計なことをしゃべってしまったアレンは、気まずげに視線を逸らした。
 「じゃ・・・じゃあ、どうしちゃったんですか、そんな上の空で?
 お仕事、うまく行かなかったんですか?」
 気遣わしげに問うアレンから、今度はリーバーが視線を逸らす。
 「い・・・いや・・・そういうわけじゃないんだが・・・・・・」
 逸らした視線の前で、紫の花弁が揺れ、リーバーは慌てて話題を変えた。
 「き・・・きれいなバラだな!リナリーにか?」
 「ううん。ママンにです
 「ママ?
 ・・・あぁ、料理長か」
 「ハイ
 ジェリーさん、貴婦人の方みたいにきれいで優雅だから、きっと似合いますよ
 本気で言っている気配に、リーバーの意識は一瞬、他の世界に飛ぶ。
 「そ・・・そうだな、料理長は、キレイなものが好きだからな・・・」
 辛うじて、当たり障りのないことを言うリーバーに、アレンは嬉しそうに頷いた。
 「あ、そうだ。
 リーバーさん、今、クロウリーさんが中庭でお花屋さんしてますよ。もらって来たらどうですか?」
 「は・・・花?!なんで・・・?!」
 焦るあまり、声の裏返ったリーバーに、アレンは不思議そうに首を傾げる。
 「なんでって・・・ミランダさんにあげないんですか?」
 「なぁぁぁ?!」
 真っ赤になって硬直したリーバーに、アレンはますます不思議そうな顔をした。
 「僕みたいに、邪魔している人なんかいないんですから、花くらいあげればいいじゃないですか」
 「い・・・いや、そうじゃなくて・・・!!」
 まず会う事からして、どう接したらいいかわからない、とはさすがに言えず、リーバーが言葉を濁していると、アレンが『あぁ!』と、明るい声を上げる。
 「大丈夫ですよ!
 お花の見立てなら、クロウリーさんがやってくれますし、カードとラッピングの材料なら、ラビが分けてくれます!」
 安心して下さい、と、アレンはリーバーの煮え切らない態度に見当違いの解釈をして、彼の手を引いた。
 「僕もお手伝いしますよ
 あ、リーバーさん、ミランダさんって、どんな色のお花が似合うでしょうね?」
 アレンが問いかけると、彼に手を引かれながら、リーバーはしばし考える。
 「白・・・かな・・・」
 「そうですよね!
 僕も、そう思ってました!」
 リーバーが何色と言っても、同じ答えを言うつもりだったアレンは、陽気に笑いながら彼を中庭に引き出した。
 「クロウリーさぁん!」
 相変わらず、多くの人間に囲まれて、忙しそうにしているクロウリーに呼びかけて、アレンはリーバーを前に押し出す。
 「ミランダさんに似合いそうな、白いバラを下さい!」
 「アレンっ・・・おまえっ!!なに俺の声真似して!!」
 リーバーの背後から、アレンが腹話術師のように呼びかけると、クロウリーが振り向いた。
 「白いのは、そこに何種類かあるであるよ。好きなのを選ぶといい。
 ―――― で?お前の言う想い人とは誰であるか。はっきり言わねば、私も見立てのしようがないである」
 せかせかと答えて、別の団員の相談事に戻ったクロウリーに、リーバーはほっとして、指し示されたバラを見遣る。
 その中で、
 「あ、これ・・・」
 白い花弁の淵に、ほんのりと紅を乗せたバラを、リーバーは手に取った。
 「キレイですね!
 なんだかとっても色っぽいし!」
 「え?!い・・・色っ・・・?!」
 熱い物で触ったかのように、慌てて手を離したリーバーに、アレンが眉をひそめる。
 「リーバーさん・・・20代ですよね?」
 「・・・・・・・・・・・・」
 十以上も年下のアレンに、呆れ声で言われ、とうとうリーバーは奮起した。
 「クロウリー!これ、もらってくぞ!!」
 水桶に入っていたものを全て取り上げ、回廊に戻ったリーバーの後を、アレンが仔犬のようについて行く。
 「リーバーさん、リーバーさん!
 まず、ラビのトコに行きましょ!ラッピングしてくれるし、カードも持ってるよ
 「・・・あぁ!」
 気合のこもった目で、正面だけを見つめるリーバーの傍らで、アレンがいたずらっぽく目を細めた。
 「お土産、買ってきましたよね?
 あ、僕、二人っきりになれるように、セッティングしますね!」
 「・・・お前は早く食堂に行けよ」
 「いいえ!
 こんな面白・・・いえ、大変なこと、リーバーさん一人じゃ手に余るでしょ?
 ラビと僕で、お手伝いします!」
 あからさまにおもしろがっている様子で付きまとうアレンに、リーバーは吐息し、アレンに手を引かれるまま、ラビの部屋に向かった。


 「ミランダさーん!おはよーございまーす!」
 科学班に駆け込んできたかと思えば、真っ直ぐにミランダに駆け寄ったアレンに、皆の視線が集まる。
 「あら・・・おはよう、アレン君。
 きれいなお花ね」
 『花』という言葉に、部屋の最奥にいたコムイが、ぴくりと耳をそばだてた。
 「え・・・えへ そうでしょう?
 ジェリーさん、喜んでくれるでしょうか?」
 『ジェリー』の名を、殊更にはっきりと発音し、アレンはコムイの殺気が収まる気配を、張り巡らせた神経の端に捉える。
 そんな彼らの、目に見えぬ戦いには全く気づいていない様子で、ミランダは微笑んだ。
 「えぇ、よく似合うと思うわ」
 「よかった!
 それでね、ミランダさん。一緒にジェリーさんのところに行ってくれませんか?」
 アレンの申し出に、ミランダは首を傾げる。
 「どうして?花を渡すなら、アレン君一人でも・・・」
 「今日、ジェリーさんは夜勤明けなんです!」
 アレンがミランダの言葉を遮ると、彼女は細い手を頬に当てた。
 「あら・・・じゃあ、今から休むところなのね」
 「はい。
 就寝前のレディの寝室に訪ねるなんて、失礼でしょ?
 でも、起きるまで待って、せっかくのバラが萎れちゃったら嫌だし・・・」
 バラよりもアレンが萎れていく様子に、ミランダが慌てる。
 「わ・・・わかったわ!
 今なら、まだ大丈夫でしょう。一緒に行ってあげるわ」
 「ありがとうございます!
 みなさん、ごめんなさい!ちょっとミランダさんをお借りします!」
 勢いよく一礼すると、アレンはミランダの手を引いて科学班を出て行った。


 「アレン君、どこに行くの?ジェリーさんの部屋はそっちじゃないわよ?」
 方向音痴の彼が、また迷っているのではないかと、ミランダが気遣わしげに問えば、アレンは笑顔で振り返った。
 「ごめんなさい、ミランダさん!
 ジェリーさんのお部屋に行く前に、寄りたいところがあるんです!」
 「はぁ・・・」
 おとなしくついて行くと、アレンはあるフロアに入って行く。
 「アレン君・・・ここ・・・・・・!」
 「コムイさんの実験室フロアでーす♪」
 誰もが寄り付きたがらないそこは、コムイが科学班にいるため、当然ながら無人だった。
 「ま・・・まさか、部屋には入らないわよね?!」
 以前、科学班のメンバー達から、『毒ガスが発生している可能性があるから近づくな』と言われて以来、避けていた場所だ。
 思わず及び腰になった彼女の手を、しかし、アレンはさっと掴んで引き入れた。
 「大丈夫!僕、入ったことありますけど、生きてますもん♪」
 二度と入る気はないが、とは、賢明にも言わず、アレンはミランダを回廊の奥へと導く。
 別棟へ通じる渡り廊下にまで来ると、アレンはミランダの手を離して、先に行くよう促した。
 「じゃあ、僕、食堂にいるジェリーさんにお花渡してきますから。ごゆっくり」
 「え?アレン君、それどういう・・・?」
 困惑するミランダに笑いかけて、アレンは渡り廊下の半ばに佇むリーバーを指し示す。
 「あら・・・!」
 「そういうことですので。
 じゃあ僕、退散しますね!」
 手を振って、もと来た道を駆け戻っていくアレンを、ミランダはしばし、呆然と見送ったが、意を決してリーバーに歩み寄った。
 「リーバーさん・・・帰っていらしたんですね。
 おかえりなさい」
 微笑みかけると、リーバーは油の切れた鉄人形のようにぎこちない動きで、ミランダに向き直る。
 「ミ・・・ミランダさん・・・!!」
 引きつった声に、ミランダは小首を傾げた。
 「はい?どうかしましたか?」
 「え・・・いや・・・あの・・・・・・ただいま」
 「はい、おかえりなさい」
 リーバーの様子を不思議に思いながらも、同じ言葉を繰り返すと、目の前に花束が突き出される。
 「あのっ!これ!!」
 「まぁ・・・ありがとうございます!」
 この日、花をもらう行為がどういう意味か、知らないミランダではない。
 頬を染めて、嬉しげに花束を抱きしめる彼女以上に真っ赤になって、リーバーは目を逸らした。
 「そ・・・それで・・・あの・・・・・・」
 必死に言葉を探す彼を、笑みほころんだミランダが見つめる。
 「えーっと・・・あ、これ、土産です・・・・・・」
 見つからなかった言葉の代わりに、慌てて細長い箱を差し出した。
 「開けてもいいですか?」
 「はい!!」
 花束を抱えたまま、不器用にリボンを解く彼女の細い手を、リーバーは緊張のまなざしで見守る。
 やがて開けられた箱の中から、蝶の飾りがついた、アール・ヌーボー調のコームが取り出された。
 「素敵・・・!リーバーさんが選んでくれたんですか?」
 「えっ?!えぇっと・・・・・・」
 選んだのは、リーバーの奥手振りを見かねた御者だ。
 正直に言うべきか戸惑っている彼を、やや離れた場所から見つめる目があった。
 「・・・バッカじゃねェの!嘘でも『ハイ』って言やぁいいことさ!」
 「僕なら言いますよ。『これは君のために選んだものです!気に入ってくれましたか?』って」
 アレンの言葉に、ラビは何度も頷く。
 「リーバーにも、お前くらいのスキルがあったらなァ・・・。
 でもそれじゃ、リーバーじゃねぇもんなー」
 「そうですねー・・・二人とも、奥手同士だから、気が合ってるようなもんですし」
 「けどさー、もうお互いのキモチなんて、わかってんだろ?俺だったら、抱きしめてキスのひとつくらいするけど」
 「だーかーらー・・・そこがリーバーさんだって、自分で言ったんじゃないですか」
 「なんで。キスなんて挨拶だろ。妊娠するわけじゃあるまいし」
 「・・・ラビはさ、もうちょっとロマンティックな雰囲気を作る勉強とか、空気を読む勉強でもすればいいんじゃないかな・・・」
 呆れるあまり、乾いた声を上げるアレンだったが、リーバーが口を開くさまを鋭く見止めて、息を潜めた。
 「あの・・・ミランダさん!!」
 「はい?」
 にこりと笑って、リーバーを見上げるミランダに、またもや彼の言葉が迷子になる。
 が、なんとか気力を振り絞って、引きつる声を上げた。
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・っ誕生日に言ったこと、覚えてます?」
 凄まじい間の後、顔ごと視線を逸らして、リーバーはミランダの答えを待った。
 「誕生日・・・」
 か細い呟きが、大音声であったかのようにビクリと震え、リーバーは続く言葉を待つ。
 「お祝いを言ってくださって・・・ありがとうございました」
 ぺこりと、ミランダの頭が下がって、リーバーは呼吸を止めた。
 そのまま、心臓まで止まるかと思うほど、緊張して待つ。
 と、
 「あの後・・・私、何か変なこと言いませんでしたか?」
 苦笑混じりの声に、リーバーは瞠目してミランダを見つめた。
 「さすがにワインボトル30本は辛かったみたいで、寝込んだ後の記憶が飛んでしまって・・・・・・」
 「酔っ払ってたんっすか?!」
 リーバーの悲鳴じみた声に、ミランダはあっさり頷く。
 「はい。
 リカバリーはしていたんですけど、寝ちゃった後は当然、効力も消えてしまって・・・二日間、寝こんでしまったんですよ」
 恥ずかしいわ、と、苦笑するミランダの前で、リーバーの身長が縮んで行った。
 「あら?リーバーさん?」
 しゃがみこんで、膝に顔をうずめてしまったリーバーに、ミランダがかがみこむ。
 「どうしましたか?」
 自分が、残酷なことを言っているとはつゆ知らず、気遣わしげに言うと、リーバーは情けない顔を上げた。
 「いや・・・なんでもないっす・・・・・・」
 とても、なんでもないとは言い難い様子に、二人を眺めていた少年達も、顔を見合わせる。
 「ミランダの誕生日、なんかあったんさ?」
 ラビの問いに、アレンは首を振った。
 「ミランダさん、僕をコムイさんの魔の手から救うために、ワインの飲み比べして、コムイさんを潰してくれたんですよ。
 だけど、部屋に戻った後のことは知らないです」
 「ふぅん・・・。でも、あの様子を見るに、なんか進展があったはずさ」
 「ですね」
 興味津々と見つめる先で、ようやく、リーバーが立ち上がる。
 そのまま、ミランダとの距離を詰めた彼に、少年達は目を輝かせた。
 「行け、リーバー!男を見せろ!」
 「がんばれ、リーバーさん!ミランダさん、逃げないで下さいねっ!!」
 少年達に見つめられているとは知らず・・・いや、今の彼は、たとえ至近距離で見つめられていたとしても、気づかなかったろう。
 きょとん、と、彼を見上げるミランダに、両手を伸ばした。
 「覚えてないなら、却って良かった。
 あの時のことはリセットして、俺から先に言います」
 言うや、リーバーはミランダが抱く花束ごと抱きしめて、頬に頬を寄せる。
 「リ・・・!!」
 真っ赤になって硬直する彼女の耳に、低く囁きかけた。
 「愛してます」
 短い言葉に、ミランダが目を見開く。
 同じ声が、同じ声音で、同じ言葉を囁く・・・その記憶が、蘇った。
 「わ・・・私・・・・・・!」
 酷いことを言ったことに気づき、ミランダは湯気が上がりそうなほどに赤面する。
 が、謝るよりも先に、細い腕がリーバーの背に回された。
 「私・・・も・・・・・・」
 ミランダが抱いていた花束が足元に落ち、二人の距離が、更に近づく。
 「待っていて、くれましたか・・・?」
 「待って・・・いました・・・・・・」
 互いの背後を見ていた目を合わせ、ぎこちない笑みを浮かべる唇に唇を重ねる。
 一旦離れた唇は、あまりのぎこちなさに思わず苦笑を浮かべ、もう一度、柔らかいキスを交わした。
 その様子に、少年達は無言で快哉をあげる。
 「よかった・・・!もう、ホントによかった・・・!」
 感涙するアレンの頭を激しく撫でつつ、ラビも涙の浮いた目を拭った。
 「なんか俺、感動しちまったさ!
 よーし!もう一度、元帥にアターック!!」
 言うや、駆け出したラビの後に、アレンも続く。
 「僕もがんばりますっ!!」
 リーバーとミランダの姿に奮起した少年達は、新たな騒動を引き起こすため、本城へと戻って行った。


 天頂に差し掛かろうとする陽光が、締め切ったカーテンを透かして、部屋に漏れて来る。
 が、リナリーはお構いなしに、ベッドの上で安らかな寝息を立てていた。
 戦場においてならばともかく、ホームにいる彼女の眠りは深く、その邪魔をする者は、たとえ神であれ許されはしない。
 そんな、黒の教団に所属する者達にとっては常識とも言うべき行為を冒す者がいた・・・!
 入団して間もない、新人のメッセンジャーが、外部から大量に届いたプレゼントの山を、リナリーの部屋に運んできたのだ。
 「リナリーさん!お届け物でーす!!」
 大きな声で呼びかけ、ドアを叩くが、当然ながら返事はない。
 普通ならここで引き下がるところだが、怖いもの知らずの新人はさらに強くドアを叩き、大声で呼ばわった。
 「リーナーリーさーん!!コムイ室長からー!お届け物でぇぇぇすっ!!!!」
 その声に、同じフロアで作業をしていた清掃班の団員が、慌てて飛んでくる。
 「ちょっと・・・!あなた、なに大声で喚いてるの!」
 「え?お届け物を・・・」
 うかつにも、更に大声を上げた彼に、彼女は唇に指を当てた。
 「シー!!静かに!
 リナリーは今日、徹夜明けなんだから!やめなさいよ!!」
 「えー?でも・・・」
 「でもじゃない!リナは、すごく寝起きが悪いの!
 あんた、蹴飛ばされるわよ?!」
 必死に声を潜め、彼の袖を引いた彼女は、目の前のドアが、軋みながらゆっくりと開かれるさまに、本気で蒼ざめる。
 「なに・・・・・・?」
 地を這うような低い声に、暢気なメッセンジャーは、笑みを浮かべて振り向いた。
 「お届け物です!コムイ室長から、ヴァレンタインの・・・ひぃっ?!」
 アクマを一撃で壊すエクソシストに、殺気のこもった視線で貫かれ、彼も蒼白になって飛び退く。
 「なんですって・・・?」
 「お休み中、申し訳ありませんんんんっ!!
 おおおおおお届け物でございますが、いかがいたしましょうかっ!!」
 最敬礼するメッセンジャーの後頭部を半眼で見つめたまま、リナリーはしばし無言だった。
 その場の凄まじい緊張感に、彼は全身の水分を脂汗として体外に排出する。
 「・・・・・・そこに、置いておいて」
 かなりの間を置いて発せられた言葉に、彼は引きつった声を上げ、承った。
 再び、軋みを上げて閉まったドアの前に、最敬礼の体勢のまま立ち竦んでいた彼は、袖を引かれてようやく姿勢を解く。
 「こっ・・・こここっ・・・こっ・・・・・・!!」
 怖かった、の一言も出てこない彼に、彼女は深々と吐息して、首を振った。
 「あんた・・・長生きしたかったら、早く仕事覚えなさい・・・」


 ドアを閉めて、再びベッドに倒れこんだリナリーだったが、そのまま夢の続きを楽しむ事はできなかった。
 曇り空とはいえ、昼に近い陽光は、カーテンを透かして部屋を明るく照らし、起床を促す。
 その上、窓の外やドアの外は、ざわめいて静まることを知らず、リナリーはとうとう、ベッドの上に起き上がった。
 「・・・もう」
 まだ重いまぶたをこすり、大きく伸びをしてから、仕方なくベッドを降りる。
 「なんだったのよぉぅ・・・・・・」
 眠りの淵に足をかけていた間の記憶などあるはずもなく、リナリーは仕方なく身支度を始めた。
 「何時ー・・・?」
 置時計を見れば、11時を少し回った頃だ。
 「・・・・・・4時間しか寝られなかった・・・」
 がくりと落とした肩に、団服のジャケットを羽織る。
 「・・・っはー・・・。
 今日は早く寝かせてもらお。美容に悪すぎるよ・・・」
 ブツブツとぼやきながら、部屋を出ようとしたリナリーは、辛うじて外が見える程度の隙間を作っただけで、それ以上開かないドアに目を見開いた。
 「え?!なに?!
 どうしたの?!」
 慌てて隙間から外を覗くと、大小様々なプレゼントの箱と、大量の花束がドアを塞いでいる。
 「なっ・・・なんでー?!」
 寝ぼけていた間の記憶は既になく、部屋に閉じ込められたと言う事実が突如として出現していた。
 「助けてー!!」
 ドアの隙間から片腕を出して、リナリーは必死に助けを求めた。


 リナリーが事情を飲み込み、大量のプレゼントを、全て自室に運び入れたのは、それからほぼ1時間後のことだ。
 疲れきって、とぼとぼと食堂に向かっていると、その視線の先にアレンの背中があった。
 彼は、大量の花を抱えて、てくてくと食堂に向かっている。
 「もしかして・・・」
 兄から送られた、大量の花よりも美しく見えるそれに頬を染め、リナリーは足を早めた。
 彼女が背後にいるとは気づかない様子でアレンは食堂に入る。
 彼が視界から消えた途端、リナリーは食堂の入口に駈け寄った。
 鼓動を鎮めるため、食堂の外にしばし佇んでいると、アレンの明るい声が、食堂の外まで響く。
 「ジェリーさぁん!ジェリーさん、今いいですか?」
 大声で料理長を呼ばわるアレンを、リナリーが廊下からそっと伺うと、彼は彼女の目の前で、厨房から出てきたジェリーに大きな花束を差し出した。
 「あのっ・・・!
 いつもありがとうございます・・・・・・・・・ママン」
 赤らめた顔を恥ずかしげにうつむけて発した最後の一言に、ジェリーが大喜びで花束を受け取る。
 「んまぁぁ!なんてキレイなバラかしら!
 これ、アレンちゃんが選んでくれたのぉ?!」
 花束を抱きしめるジェリーに、アレンが赤らんだ顔を上げた。
 「はい!
 いつもきれいで、貴婦人みたいに優雅なジェリーさんに、似合うかなぁって・・・。
 あの・・・気に入ってくれましたか?」
 照れたように小首を傾げるアレンを、ジェリーが花束ごと抱きしめる。
 「えぇえぇ!!とっても気に入ってよ!まぁ、なんて嬉しいのかしら!
 ありがとうね、アレンちゃん
 ――――・・・私にじゃ・・・なかったのね・・・・・・・・・。
 感極まって、泣き出したジェリーをそっと見つめる、リナリーも泣きそうだった。
 知らず、壁に縋りついてうな垂れた彼女の肩に、ぱす、と、柔らかい感触があたる。
 振り向けば、眼前に白いバラの花束があり、その先には眉間にしわを寄せた神田が、訝しげな目で彼女を見下ろしていた。
 「お前、なにやってんだ、こんなとこで。
 入るのか入らねェのか、はっきりしろ」
 冷たい言葉に思わず、リナリーの目に涙が浮かぶ。
 「なっ?!」
 いきなり泣き出されて、神田はびくっと手を引いた。
 「おい・・・なに泣いてやがんだよ・・・」
 「・・・・・・わたしも・・・・・・・・・」
 「は?」
 「わたしも、お花ほしかったのにぃ・・・・・・」
 リナリーの涙の理由に、神田は眉間のしわを更に深めたが、すぐさま『理解不能』と、状況の推理を放棄する。
 「・・・そんなにほしけりゃ、これやるよ。もらいもんだがな」
 白いバラばかり、いくつもの花束を、神田はリナリーに押し付けた。
 「・・・違うもん・・・・・・っ!」
 「泣くな!
 ってか、わけわかんねェ!
 花なんかどれも同じだろうが!」
 忌々しげに舌打ちする神田を、リナリーが涙に潤んだ目で見上げる。
 「神田だって特別な花・・・持ってるじゃない・・・・・・」
 しゃくり上げたリナリーを、しかし、神田は冷厳に見下ろした。
 「特別なもんが欲しけりゃ、自分で取りに行け。なんなら奪って来い。
 こんなとこで泣いてて、手に入るもんじゃねぇんだろうがよ」
 厳しい口調で言われ、リナリーは唇を噛んで頷く。
 「う・・・うん・・・!がんばってみる・・・・・・」
 頷いたまま、顔を上げないリナリーの頭に、大きな手が乗った。
 驚いて見上げると、神田はリナリーから顔を背けたまま、軽く彼女の頭を叩く。
 「せいぜい、がんばるんだな」
 素っ気ない口調に、リナリーは苦笑して再び頷いた。
 その時、
 「お菓子ありがとうございましたー
 嬉しげな声とともに、ジェリー手作りの菓子を大量に抱えたアレンが出てきた。
 「あれっ?!」
 バラの花束を持って、感涙している(ように見える)リナリーと、彼女の頭を撫でている(ように見える)神田の姿に、アレンが一瞬、硬直する。
 「・・・・・・・・・おはよーございます」
 魂が抜けてしまったような、感情のない声で呟くと、アレンは無表情のまま、二人の傍らを過ぎて行った。
 「・・・っアレン君?!」
 我に返ったリナリーが見遣った先には、既にアレンの姿はなく、ただ傍らに、神田が所在なげに佇んでいた・・・。


 同じ頃、教団本部上空では、朝から空を覆っていた雲が晴れ、天頂から春を思わせる陽光が降り注ぎはじめた。
 自室で、科学班からもらった情報と地図を照らし合わせていたクラウドは、休みなく走らせていたペンを置いて席を立つ。
 陽光を取り入れ、室温が上がるとともに、部屋に置かれた大量のバラが、強い香気を発し始めたのだ。
 「これは・・・キツイな・・・・・・」
 良い香りも、過ぎれば臭気となる。
 香気を逃そうと、ベランダに続く大窓を開けた彼女は、にょき、と、イノセンスに乗って眼前に現れた少年に、目を丸くした。
 「げーんすーい マイラーブ
 「呆れた・・・この空は、お前の仕業か」
 「てへ 元帥、あんなに大量のバラを部屋に入れたからさー、室温が上がって、匂いがすごくなったら窓開けてくれると思ったんさ
 まさにその通りに、行動を操られてしまった彼女は、苦笑してベランダの欄干に寄る。
 「しょうのない奴だ」
 「そんだけ真剣なんさー 受け取って、俺の愛
 言葉の割には真実味のない口調のラビに、クラウドは苦笑を深めた。
 「さて・・・。
 不実なロミオの花など受け取っては、後で面倒なことになるかもしれないな」
 冗談めかした口調に、ラビはわざとらしくうな垂れる。
 「俺、こんな高いトコまで、恋の翼で飛んで来たんさー!
 月にでも太陽にでも誓っちゃうから、恋人にして
 にこ、と、陽気に笑ったラビに、クラウドも思わず吹き出した。
 「だから不実だと言うのだ、お前は。
 そんな手の届かないものになど誓わず、お前自身の名にかけて誓うがいいだろう」
 そう言って、ふと、クラウドは唇に指を当てる。
 「そうか、お前は名前のない一族だったね。
 では、不実なお前は不実なまま、さっさと地上にお戻り」
 長い髪を風に揺らめかせ、クスクスと楽しげな笑声を上げるクラウドに、ラビは笑みを深めた。
 「じゃあ、俺自身の誇りにかけて誓うさ!
 元帥 マイラーブ
 陽気な声とともに、ラビは陽光の色に似たバラを差し出す。
 「元帥の髪の色に似てるだろ?絶対似合うと思うんさ
 柔らかな花弁の淵に、薄紅の化粧を施したかのような可憐なバラに、クラウドの目が和んだ。
 「これは・・・初めて見るバラだな。とてもきれいだ・・・」
 手を伸ばし、ラビの差し出す花束を受け取ったクラウドは、淡いグラデーションを描く花弁に唇をほころばせる。
 「えへ 元帥、ご褒美ちょうだい
 槌の柄から身を乗り出し、欄干に手を掛けて、ラビはクラウドに顔を寄せた。
 その唇が触れようとした瞬間、
 「なぜ、ご褒美?」
 クラウドの笑みが殺気を帯び、欄干の隙間からラビの乗る槌の柄に鋭い蹴りが入る。
 「え?!ぎゃあああああああ!!!!」
 傾いだ、と思った時にはもう遅い。
 急速に接近する地面に向かい、ラビは高く長い悲鳴を迸らせた。
 「・・・油断も隙もない」
 欄干からわずか、身を乗り出して、地にへばりついたラビを見下ろしたクラウドは、苦笑して踵を返す。
 再び閉ざされた窓は、もう、二度と開くことはなかった。


 一方、食堂前では。
 「わぁぁんっ!!
 ユウお兄ちゃんのバカー!!!!」
 「誰がてめェの兄貴だ!!お前の兄は変人と同義語だろうがっ!!」
 泣き叫ぶリナリーと、彼女を怒鳴りつける神田の怒声に、多くの団員達が何事かと出てきた。
 「コムイ兄さんはちょっと変わってるだけだもんっ!
 もういいっ!ラビお兄ちゃんに頼むっ!!」
 「甘えんじゃねェ!
 自分でなんとかしろっつってんだろうが!!」
 回廊中に響き渡る程の声でわめきあう二人に、誰もが手をつけかねて、料理長が呼ばれる。
 「あらまぁ!アンタ達、なにをそんなに怒鳴ってんの!」
 お玉を片手に、慌てて出てきたジェリーへ、2対の目が向かった。
 「うるせェ!黙ってろ!!」
 「ジェリーは敵っ!!」
 暴言を吐いた次の瞬間、二人はコブのできた頭を抱えてうずくまる。
 「ちゃんと説明なさいっ!」
 目にも止まらぬお玉捌きで、二人のエクソシストを沈めた料理長は、仁王立ちに立ちはだかって腰に手を当てた。
 と、リナリーがぼそぼそと事情を話し、それを聞いた神田とジェリーが、揃って肩を落とす。
 「・・・アホらしいっ!
 そんなことで俺はこんな目に遭ったのかよ!」
 忌々しげに吐き捨てると、神田はずきずきと痛む頭を押さえて立ち上がり、さっさと食堂に入った。
 彼と同じく脱力していたジェリーは、リナリーの前にしゃがみこみ、彼女の耳にそっと囁く。
 「泣かないの、リナリー。アタシがいい事教えてあげるから、ちょっといらっしゃい」
 「えー・・・」
 「ここで泣いてるよりは、いい話よ」
 ジェリーは不満げなリナリーの手を引き、立ち上がらせて、厨房の中に引っ張っていった。
 と、いつもは食材で溢れている厨房のテーブルに、今日は大きな花束が乗って、芳香を放っている。
 ふい、と、それから目をそむけたリナリーに苦笑し、ジェリーはピンクのバラの花束を差し出した。
 「・・・いらない」
 憮然としたリナリーの手にそれを押し付けると、ジェリーは大きな手をリナリーの頭に乗せる。
 「よくごらんなさい。
 それ、アレンちゃんがアンタに、って持って来たものよ」
 「え?!」
 驚いて、花束を良く見れば、差し込まれたカードには確かに、リナリーの名が記してあった。
 「アタシがもらったのは、ホラ、あっちの、紫のバラよ」
 そう言ってジェリーが指した方には、紫のバラが既に、大きな花瓶に活けられている。
 「あの子、花束を二つ持ってきてね、コムイにばれないように、ピンクの花はアタシからリナリーに渡してね、って頼みに来たのよ」
 「そうだったんだ・・・・・・」
 呆然と呟くリナリーの目の前に、きれいに包装された箱が差し出された。
 「これも一緒に頼まれたわ。プレゼントですって」
 「・・・・・・」
 ジェリーの手からそれを受け取ったリナリーは、気まずげな顔で彼女を見上げる。
 「あの・・・ごめんなさい・・・・・・」
 「アタシ、敵なの?」
 「すみません・・・」
 深々と垂れたリナリーの頭を撫でて、ジェリーはにこりと笑った。
 「お礼、言ってらっしゃいね?」


 花束を抱えて食堂を出たリナリーは、城中にはためくゴーレムの目をできるだけ避けて、一旦自室に戻った。
 バラの香りに満ちた部屋に新たな、だが一番大切なバラを加えて、どきどきしながらプレゼントのリボンを解く。
 細長い箱の中から出てきたのは、もらったバラの色とよく似た、シルクのリボンだった。
 「えっと・・・・・・」
 リナリーは困惑げに、短くなった髪に手を当てる。
 以前ならともかく、この髪にリボンを結ぶことはできない。
 「困ったな・・・・・・」
 つけて見せることができない、と、唇を噛んで、バラに添えてあったカードに手を伸ばし、二つ折りになったそれを開いた。
 『また、髪を伸ばしてくださいね』
 たった一言、そう書かれたカードに、リナリーは目を見開く。
 常に戦場にある彼女にとって、その言葉にはもうひとつの意味があった。

 髪が伸びるまで、生きていて――――。

 その言葉が、彼の声で聞こえた気がした。
 「アレン君・・・」
 カードを胸に押し当て、立ち上がる。
 「今日・・・帰ってきてくれて、良かった!」
 クロウリーが花屋を開く前に、既にもらっていた赤いバラの花束を抱いて、リナリーは部屋を出た。
 もう、ゴーレムの目など気にせず、回廊を小走りにアレンの部屋に至る。
 が、ジェリーにもらった大量のお菓子と共に引きこもっていると思っていた彼は、何度ノックしても出てこなかった。
 「アレン君、ごめんね」
 声を掛けてドアを開けると、小さな部屋には誰もいない。
 「どこ行っちゃったのかな?」
 首を傾げると、リナリーはアレンを探して、彼がいそうな場所を巡った。


 「ラビー!
 ラビ、起きてっ!神田殺すの手伝って!!」
 本城と敷地を囲む塀の間に倒れているラビを発見したアレンは、物騒なことを口走りつつ、完全に気を失っているラビを揺すった。
 「ラビってばー!」
 ボコ、っと、赤い頭を叩くと、手に赤い液体が着く。
 「え?!僕そんなに強く殴ってないよ?!」
 驚き、改めてよく見ると、紅い髪に混じってよくわからなかったが、ラビは頭から大量に出血していた。
 「ぎゃー!!ラビ!ラビしっかり!!」
 ぐったりとした彼の体を抱え、本城の医務室にまで引きずっていく。
 「先生!先生、ラビが死んじゃうー!!」
 えぐー!と、しゃくり上げながらラビを運んで来たアレンから、ドクターをはじめ医療スタッフが、慎重にラビを受け取り、診察した。
 ややして、
 「ウォーカー、落ち着きなさい。
 ラビは生きてるよ」
 ドクターが声を掛け、頭を包帯でぐるぐるに巻かれたラビを示す。
 「そもそも、この程度で死ぬ君達ではないだろうが」
 「そ・・・そうですけど・・・・・・」
 「また、高いところからでも落ちたのだろう。
 彼にはよくあることだから、気にしなくていい」
 「はぁ・・・」
 少々納得の行かない説明だったが、アレンは不承不承頷いた。
 「それで・・・いつ頃起きますか?」
 「そんなことは知らんよ。
 寝飽きたら起きるだろう」
 本当に医者か、と思うような台詞を吐いて、ドクターはラビの傍らから立ち上がる。
 「それよりウォーカー。今日がなんの日か、知っているのだろうね?」
 ぽす、と、頭に手を載せられて、アレンは上目遣いでドクターを見上げた。
 「去年のような失敗はしなかったろうね?」
 ひそひそと声を潜める彼の目の前で、アレンがうな垂れる。
 「え?!またやったのか?!」
 「いえ・・・お花も・・・カードも・・・プレゼントも用意しましたけど・・・・・・」
 そしておそらく、ジェリーが渡してくれただろうと、信じていた。
 が、
 「ドクター・・・!神田でも殺せる毒をくださぃー!!」
 象でも殺せるようなのを!と、泣きながら詰め寄るアレンに、彼は深々と吐息する。
 「ウォーカー、事情はなんとなく察したが、仲間同士で殺しあうのは・・・」
 「あんなの仲間じゃないです!殺しますー!!!!」
 うぇー!と、彼の白衣に顔をうずめて泣き叫ぶ少年の頭を撫でてやりながら、ドクターはまた、深々と吐息した。
 「それ・・・リナリーに聞かれては困るのじゃないかな?」
 「え?」
 驚いて顔を上げると、医務室の入口にリナリーがいて、ナースと何か話している。
 「リ・・・」
 「アレン君!見つけたー!」
 「リナリー・・・どうしてここが?!」
 アレンがとっさにドクターを見上げると、彼は小さな声で、『聞かれてはいないだろう』と囁いてくれた。
 「アレン君が、ラビを運んでたって聞いたから・・・どうしたの?」
 ドクターの白衣を掴んだまま、固まっているアレンに首を傾げると、彼は汗の浮いた顔をぶんぶんと横に振る。
 「なんでもありません!
 え・・・えとっ!
 そう、ラビが!ラビがすごい出血だったから、大丈夫かなぁって!!」
 「え?そんなにすごかったの?!」
 リナリーが不安げな目で見遣ると、ドクターは首を振った。
 「ウォーカーにも言ったが、この程度で死ぬラビじゃないよ」
 「そう・・・」
 ほっとして、リナリーは笑みを浮かべる。
 「安心したわ。
 じゃあ、お見舞いは後で持ってくるとして・・・」
 はい、と、差し出された紅いバラの花束に、アレンは目を見開いた。
 「お花と、リボンをありがとう
 にこりと微笑んだリナリーに、しかし、アレンはしおしおとうな垂れる。
 「?
 どうしたの?」
 「神田にも・・・あげたんですか・・・?」
 今にも泣き出しそうな声に、リナリーは慌てた。
 「ちっ・・・違うよ?!
 あれは・・・そう、私、兄さん以外にお花もらってなかったから、たくさんお花持ってる神田にやきもち焼いて、無理矢理もらったの!」
 「え・・・?
 そうなんですか?」
 潤んだ目を上げ、問うアレンに、リナリーは何度も頷く。
 「神田に聞いてよ!
 私が、『お花欲しい』って泣くから、仕方なくあげた、って言うよ?」
 大筋では間違ってないはず、と、リナリーがあの時の会話を思い出しつつ言うと、アレンはようやく笑顔を見せた。
 「受けとってもらえる?」
 ほっとして、改めて花束を差し出すと、アレンはドクターの陰から出てきて、両手を差し出す。
 「あ・・・ありがとうございます」
 顔を赤らめて、花束を受け取ったアレンに、ドクターはじめ、医療スタッフ達から温かい拍手が送られた。
 「あ、それとこれ、プレゼントね
 差し出された箱に、アレンが目を輝かせる。
 「開けてもいいですか?!」
 寝込んだラビの上に花束を置き、大喜びで開けた箱の中身は・・・ネクタイ。
 また増えた、とは、言葉にも表情にも出さず、アレンは嬉しそうな笑みを浮かべて礼を言った。
 「気に入ってくれた?」
 「もちろんです!」
 と、アレンは首を傾げる。
 「リナリーは・・・」
 「もちろん、気に入ったよ
 きれいなリボンをありがとう!」
 明るい声に、アレンはほっと表情を和ませた。
 「私、髪を伸ばして、あのリボンをつけるから。
 似合うかどうかは、アレン君が確かめなきゃダメだよ?」
 いたずらっぽく片目をつぶったリナリーに、アレンは瞬き―――― 笑声を上げて頷く。
 「はい、絶対に・・・」
 そう言ってアレンは、彼が送ったカードの行間を、見事に読んでくれた彼女の手を恭しく取った。
 「リナリーの髪が、また伸びるまで、一緒にいさせてください」
 貴婦人に対するように、軽く膝を折ってリナリーの手に口付けたアレンに、医療スタッフ達から再び拍手が沸いた。


 医務室からアレン達が出て行って、随分と時間が経った後、ラビはようやく目を醒ました。
 「あれ?」
 消毒液の臭いに、ここがどこか気づき、ベッドを囲む白いカーテンを引く。
 「ドクター?
 俺、自分でここに来たんさ?」
 呼びかけると、デスクにいたドクターがラビを振り返った。
 「いいや、ウォーカーが運んできたよ。
 君が死んだんじゃないかって、ひどく泣いていたが・・・気づいてなかったのかね?」
 「知らねー。
 俺、マジで気ィ失ってたし」
 そう言って、ぐるぐると包帯が巻かれた頭に手をやったラビは、枕元に置かれた花束に目を細める。
 「あれ?
 誰か、見舞い置いてったんさ?」
 ベッドに寝転んだまま、様々な色の混ざったバラの花束を取り上げると、ドクターがにやりと笑みを浮かべた。
 「覚えていないとは、惜しいことをしたね。
 ウォーカーがクラウド元帥に、お前がここで寝ていると知らせたらしくてね、それを持ってきてくれたよ」
 「マジ?!
 なんで起こしてくれなかったんさ!!」
 勢いよく起き上がって抗議した途端、めまいを起こして再び倒れこんだラビに、ドクターが再びにんまりと笑う。
 「そうなると思ったからさ。
 だが・・・そうか。
 君のことだから、寝たふりをしているのだと思っていたが・・・・・・」
 「・・・このヤブ医者・・・!
 寝たふりにみえたんかよ・・・!」
 枕に頭をうずめたまま、はかない声を上げるラビに、ドクターはとうとう笑い出した。
 「元帥のキスでも起きなかったからね!
 絶対、寝たふりだと思ったのさ!」
 「・・・?!」
 ショックのあまり、瞠目したまま声もないラビに、他のスタッフからも笑声が上がる。
 「来年、再チャレンジだな!」
 常に戦場にあるエクソシストに・・・いや、それ以上に、いつこの場から消えるものかわからないブックマンである彼に向けられた、あまりにも切ない言葉に、ラビが本気の泣き声をあげた。
 「そんな自信ねぇよー!!!!」
 更に大きくなった笑声の中、たった一つの泣き声が、いつまでも医務室に響いていた・・・。



Fin.

 










漢らしく責任取りました!!(くれはさんは女ですヨ)
このお話は、ミランダさんお誕生日SS『twinkle,twinkle』の続編となりました。
実は、問題のシーンは、私が寝ぼけている間に、いたづらな神が勝手にタイピングしたものであって、続編書くつもりはなかったんですが・・・・・・。>ふざけろ、ボケ。
・・・なんかね、創作の神が、『責任取れ』って、夢枕に立つものですから・・・。
助けて陰陽師(><。)>逝け。
ところで、これを書くに当たって、『twinkle』を読み直したのですが・・・すみません、俺、超馬鹿者です;;;
ロンドンが0時の時間、中国は午前8時・・・;;;
ちょー夜明けてるよ・・・;;;;
ところで、ラビ・アレン・班長が贈った花はそれぞれ、『フレンチパフューム』(ラビ)、『グラハム・トーマス』(アレン・リナリー用)、『シャルル・ドゥ・ゴール』(アレン・ジェリー用)、『初恋』(リーバー>爆笑)です♪
お花様やクロちゃんのお話を書く時は、いつもバラの館様にお世話になっております(^▽^;)
ちなみに、エリリンは『ベテランズオナー』なイメージです。
製作年代が全部20世紀だなんて、気にしない。
グラデーション好きな日本人育種家、万歳。












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