† The New Year’s Party V †






 黒の教団に入って以降、毎年毎年、悩まされ続けたイベント。
 それは旧正月――――!
 たった一人の、奇怪な中国人のせいで、毎年毎年、悪夢の日と化すその日に、アレンは初めて、教団から逃げ出すことに成功した。
 ―――――――― が。


 駅に降り立ったアレンは、視界を埋め尽くす紅い提灯と、派手な飾り物に、くじけそうになる気持ちを叱咤して歩を進めた。
 コムイが毎年開催する、中国風正月から逃れるため、本部の外に出る口実をねだりにねだり、ようやく獲得した任務は、

 『アジア支部出張』

 だった・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
 「よ・・・よりによって、本拠地に・・・・・・!」
 いつ、爆竹をぶつけられるか知れない恐怖に怯えながら、ヨロヨロと改札に向かっていると、その向こうから、聞き知った声が掛けられた。
 「ウォーカーさぁーん!こっちですよぉー!!」
 「あれ?蝋花さん?」
 はしゃいだ声に、アレンは目を見開く。
 アジア支部から、迎えが来てくれることは聞いていたが、当然、ウォンが来るだろうと思っていたのだ。
 「わざわざ来てくれたんですか?」
 「えへv ウォーカーさんが来るって言うから、ウォンさんに頼んで、一緒に来ちゃいましたーv
 「はぁ・・・ありがとうございます」
 なぜ、彼女がわざわざ来てくれたのか、よくわからなかったが、アレンは愛想よく笑って礼を言う。
 「じゃあ、ウォンさんは・・・」
 「馬車用意して待ってくれてますよv
 あ、お荷物、これですかぁ〜?」
 アレンのトランクを取り上げようとする蝋花に、彼は慌ててトランクを引き寄せた。
 「いえ!女性に持たせるなんて、とんでもないです!」
 その言葉に、蝋花はきょとん、と目を見開いた後、みるみる頬を染める。
 「蝋花さん?」
 訝しげに問うたアレンから、蝋花は真っ赤になった顔を背けた。
 「え・・・えと・・・!
 わ・・・私、そんな風に言われたの、初めてで・・・!」
 「え?」
 ますます訝しげな顔になって、アレンは眉根を寄せる。
 「蝋花さん・・・女性ですよね?」
 「あ!それはもちろんです!そっちじゃなくて・・・」
 真っ赤になった顔を俯けて、蝋花は無言でアレンのトランクを指した。
 「え?これ?」
 そう言って、自分のトランクに視線を移したアレンは、ふと思い至って、得心したように頷く。
 「・・・レディ・ファーストのない国ですもんねェ」
 「はい・・・」
 むしろ、女が荷物を持つのが当然な風潮に、アレンは苦笑した。
 「すみません、蝋花さん。お気持ちは嬉しいんですが、僕は英国人なもので。
 荷物は自分で持ちます」
 「・・・はい!」
 嬉しげに笑って頷くと、蝋花はアレンと並んで、駅を出る。
 様々な人種で賑わう駅前には、黒い馬車が止まり、その前に、ウォンが恭しく立っていた。
 「お久しぶりです、ウォーカーくん。
 その後、いかがでしたか?」
 「ウォンさん!!
 お久しぶりです。その節は、どうもありがとうございました!」
 深々とこうべを垂れるアレンに、ウォンは恐縮気味にかがみこむ。
 「頭を上げて下さい、ウォーカー君。
 私達は当然のことをしたまでですから・・・」
 「でも・・・」
 「それが、私達の仕事です」
 微笑まれて、アレンは頷き返した。
 「さ、どうぞ。ご案内します」
 促され、馬車に乗ると、全ての窓が閉ざされている。
 「なにこれ・・・?」
 首を傾げると、続いて乗ったウォンが、素早くドアを閉めた。
 「敵に、支部の場所を知られないための対策ですよ」
 間近に、蝋花の笑みを見て、アレンはなるほどと頷く。
 「それで、団服を脱いで私服で来い、って言われたんですね、僕」
 「はいv
 私、ウォーカーさんの私服って、初めて見ましたぁv
 いつも、そんな服なんですかぁ?」
 蝋花の問いに、アレンはまた頷いた。
 「英国じゃ普通ですよ?」
 「えへへv カッコイイですぅ〜vv
 擦り寄ってきた蝋花から、じりじりと逃げるアレンを、正面の座席からウォンが微笑ましく見つめる。
 が、
 「尾行に備えて、少々遠回りさせていただきます」
 表情とは裏腹に、シビアなことを言って、彼は馬車の壁を叩いた。
 動き出した馬車は、アレンに外の景色を見せないまま、遠い道を進み出した。


 随分と時間をかけて、たどり着いたアジア支部は、以前滞在した時と、全く変わらない雰囲気だった。
 全く・・・正月の、派手な飾りが見えないことに、アレンは心から安堵する。
 自然、科学班へ行く足取りも軽くなり、そのドアが開かれた時には懐かしさ以外の何もなかった。
 「バクさーん!お久しぶりで・・・す?!」
 途端、アレンの目に飛び込んだのは、鮮やかな紅一色。
 瞬くごとに金銀の残像が舞い、さまざまな形の飾り物が所狭しと置かれていた。
 「なんでぇぇぇぇぇぇっっ?!」
 絶叫して飛び退くと、中から訝しげな顔で、アジア支部長が出てくる。
 「なにを騒いでいるのだ、君は」
 「ババババババ・・・バクさん!!これは一体、何事ですか?!」
 恐怖に引きつった声を上げるアレンに、バクはますます訝しげな顔になった。
 「何って・・・街で見なかったのか?
 中国は今、正月で・・・」
 「だ・・・だって!!
 この部屋に来るまではなんの飾りも・・・!だから僕、安心して・・・!!」
 と、ウォンが進み出て、説明する。
 「アジア支部は、アジアの多くの民族が集まって構成されております。
 正月を迎える日は同じでも、風習は民族によって異なりますので、飾りは部屋の中のみ、と決められているのですよ」
 「そうだぞ。
 科学班は僕の直属で、しかも漢民族が多いから中国風になっているが、別の部屋ではそれぞれ、ベトナム風、チベット風、朝鮮風、日本風・・・と、それぞれ好きなようにやっているんだ」
 「へ・・・へぇ・・・・・・」
 多民族なのは本部も同じだが、長が違うだけでこうも違うのか、と、アレンは感心した。
 「それ・・・見比べたらおもしろそうですね」
 興味を引かれて言うと、すかさず蝋花が側に寄ってくる。
 「はい、おもしろいですよぉv 後で、私が案内しますぅ〜v
 この中では、日本さんが一番地味なんですv
 お正月は静かに過すもんだって、めちゃくちゃ怒るから、私達は爆竹鳴らせなくて残念なんですけどねェ・・・」
 「え?!そうなんですか?!」
 希望を見出したアレンが、蝋花に詰め寄ると、傍らでバクも頷いた。
 「爆竹は僕も嫌いだ。
 こんな地下の施設でそんなもの鳴らしてみろ。
 音は響いてうるさいし、煙はこもっていつまでも抜けないし、大変なことになる」
 バクの忌々しげな表情を、これほど愛しく思った事はない。
 アレンは目をキラキラさせて、激しく同意した。
 「アジア支部って、本当にいいところですねぇ!!引っ越して来たいなァ!!」
 本心からの発言に、蝋花が目を光らせる。
 「越してきてください、ウォーカーさん!!
 もう、熱烈歓迎ですぅ〜!!」
 ひしっ!と、彼女がアレンの腕にしがみついた時だった。
 「浮気者ー!!!!」
 横合いから鋭い蹴りが入って、アレンは廊下の端まで吹っ飛ぶ。
 「なっ・・・なに?!」
 驚いて顔を上げると、リナリーがアレンに馬乗りになって、厳しい顔で見下ろしていた。
 「ひどいよ、アレン君!私というものがありながら!!」
 胸倉を掴まれて、引き起こされたアレンは、頬に触れる長い黒髪に微笑み、彼女を抱きしめる。
 「フォー!元気になって良かった!」
 「へ?!」
 ぎゅうぅ、と、力いっぱい抱きしめられたリナリーの身長が、徐々に縮んでいった。
 「ゴォラ!!放せ、ウォーカー!!
 てめェ、そんな力いっぱい締めつけんじゃねぇ!!」
 「あははははv
 相変わらずおちゃめですね、フォーはv
 腕の中でじたじたと暴れるフォーを放してやると、彼女は素早く起き上がって飛びすさる。
 「チクショウ・・・!なんでわかった?!」
 「なんでもなにも・・・」
 真っ赤になって絶叫するフォーに笑いつつ、アレンは共に吹っ飛んだトランクを引き寄せ、中から写真立てを取り出した。
 「これ、リナリーの最新情報」
 アレンが、灰色の肖像写真を示すと、駆け寄ってきたバクと傍らのフォーが目を見開く。
 「リッ!!リナリーさんの髪が!!」
 「髪切ってんじゃねぇか、ちっくしょー!!」
 廊下中に響き渡る絶叫に、アレンは笑みを深め、改めてバクに、写真立てを差し出した。
 「どうぞ、バクさん。お土産です。
 滞在中はよろしく」
 「え?!
 えぇっ?!いいのか?!」
 アレンが『どうぞ』と言う前に、既に奪い取っていたバクが、真っ赤になって絶叫する。
 「ハイ。
 他にも色々、ポーズとってもらいましたけど、欲しいですか?」
 聞くまでもないことを言って、アレンは次々と写真を取り出した。
 ・・・アレンとツーショットの写真は、本部の誰も気づかない場所に隠してある。
 「ウォーカー・・・!
 アジア支部は君を、心から歓迎するぞ!!」
 「ありがとうございますv
 アジア支部長を、掌の上でもてあそんだアレンは、しかし、そっと吐息した。
 ―――― コムイさんも、これくらい単純なら良かったのに・・・。
 未だ、アレンの前に立ち塞がる障壁の、難攻不落を思って、またため息が出た・・・。


 「それで、早速お仕事なんですけど、方舟は・・・」
 「そんなの後でいいじゃないですかぁ!
 さっき言ってた、各国のお正月風景、案内しますよぉvv
 改めて科学班に入ろうとしたアレンの腕を引いて、蝋花がはしゃいだ声を上げる。
 「ねぇ、いいですよねぇ、支部長?」
 「おぅv 行ってこいvv
 リナリーの写真を見つめたまま、思考力の停止したバクは、異常に機嫌のいい声で了承した。
 「やったぁv 行きましょ、ウォーカーさんvv
 「え?!でも・・・」
 「いいですからぁv
 無理やり腕を引かれて、アレンは蝋花と共に科学班を離れる。
 「えっとですねー。
 今年は、科学班が例年通り中華風で、談話室が日本風、医務室が朝鮮で、食堂がチベットになっててー・・・あれ?ベトナムはどこだっけ??」
 「ろ・・・蝋花さん、それはいいんですが・・・ちょっと離れませんか?」
 腕にすがったままの蝋花に、アレンが苦笑するが、彼女は聞いていないのか、無視しているのか、『そうだ!』と、陽気に指を鳴らした。
 「今年はお庭がベトナムなんです!
 私も、ここに入って間もないんですけどぉ、先輩たちが言うには、お庭の飾りは、毎年くじ引きで決めて、あたりを引いた国が好きなように飾っていいんですって!
 支部長、すっごく張り切ってたんですけど、外れちゃって、しばらく機嫌が悪かったんですよぉー」
 「はぁ・・・・・・」
 マイペースに話を変えられてしまい、アレンは諦めて彼女に従う。
 と、鐘を鳴らす甲高い音が、石の回廊を渡って届いてきた。
 「なんの音ですか?」
 「きっと、龍舞ですよぉ!お庭で始まったんです!行きましょ!!」
 足を早めた蝋花に、たたらを踏みつつ、アレンはついて行く。
 「でも・・・庭って?ここは地下で・・・」
 「あるんですよぉ、お庭!知りませんでした?」
 鐘の音に向かって、とうとう走り出した蝋花に手を引かれるまま、どんどん暗くなって行く回廊をついて行くと、人工の明かりが途絶えたところで、広場のような場所に出た。
 「ホラ、すごいでしょ?」
 そう言って、蝋花が指し示した天井を見上げれば、そこだけ、この聖堂の大部分を覆う岩盤がなくなっている。
 代わりに、葉の生い茂った木々の枝が天を覆い、真上から落ちる陽光を遮っていた。
 「ここは・・・?」
 「この聖堂にいくつかある、空気取りの穴です。
 私、この上には出たことないんですけど、なんでも、大きな森の中にあるらしいですよ。
 滅多に人が入ってこない場所らしいんですけど、万が一にも見つからないように、この穴の下には明かりを持って来ちゃいけない決まりなんです」
 「へぇ・・・。
 そんなにまでして、隠しているんですね・・・・・・」
 彼らが今、立っている場所を見るに、かなり大きな穴であるはずだが、はるか上にあるため、とても小さく見える空を見上げて、アレンは呟いた。
 ここに比べれば本部は、まだ出入りがしやすかったように思う。
 そう言うと、蝋花は苦笑した。
 「それは、アジアとヨーロッパの違いでしょうねぇ・・・。
 つい最近まで、こっちじゃ景教(キリスト教)は禁教でしたし・・・西洋人は国に入ってきちゃいけませんでしたから」
 「あ・・・そう言えば、バクさんのひいおじいさんは、ドイツ人なんでしたね」
 「はい。
 支部長も、混血のはずなのに、容姿はまるっきり西洋人でしょう?
 そんな事情で、ここは特に閉鎖的に作られちゃったそうです」
 「なるほど・・・」
 しかしその割には、派手に鳴り物を鳴らしている気もするが・・・。
 そう言えば、蝋花は手を叩いて笑った。
 「そぉ思いますよね!
 でも、それは大丈夫なんです!
 えーっと・・・ウォーカーさん、鐘の中って、入ったことありますか?」
 「鐘って・・・教会で鳴っているような?」
 「んー・・・むしろ、東洋の鐘ですね。ごーんって打つ鐘です」
 蝋花の奇妙な言葉に、アレンは眉をひそめて首を振る。
 「だって・・・そんなことしたら、うるさすぎて頭が痛くなりそうだもん」
 と、蝋花はにこりと笑った。
 「ところが、鐘の中は全然うるさくないんですよ。
 鐘を打った音は、外には響くんですが、内部では音同士が打ち消しあってしまうんです。
 この地下聖堂内もそれと同じで、内部の音を互いに打ち消しあうように設計されてるんです。
 だから、ここでどんな大きな音を立てても、外には聞こえないんですよ」
 「へぇ・・・」
 どういう仕組みかは、アレンにはよくわからないが、外に音が漏れないようにしている工夫には感心した。
 「じゃあ、もしかして、バクさんが『音がうるさいから爆竹は嫌いだ』って言ったのって・・・」
 「外以上に響くんですよ、ここは」
 蝋花の答えに、アレンは拳を握って喜ぶ。
 「アジア支部万歳〜!」
 快哉をあげるアレンを、不思議そうに見つめていた蝋花は、ずっと聞こえていた鐘の音が、激しさを増した途端、慌ててアレンの手を取った。
 「急がなきゃ!終わりが近いですよ!!」
 「あ・・・はい!」
 また、たたらを踏みつつついて行くと、地底湖・・・とは言わないまでも、伏流水が溜まって、池のようになった場所に出る。
 その向こう岸は、こちら側と違って多くの明かりで照らされ、その中では何人もの男達が、1体の大きな蛇のような飾り物を掲げていた。
 「あれは・・・」
 「龍ですv
 蝋花の答えに、アレンは目を見開く。
 「ドラゴン?!あれが?!」
 アレンが知る『ドラゴン』とは、全く形の違うそれに驚いていると、男達に操られる龍がまるで、生きているようにアレンに向かってきた。
 「わぁぁぁぁ!!なに?!怖い!!」
 「歓迎してるんですよぉv
 腰の引けるアレンの腕を掴んで放さず、蝋花が暢気な口調で言う。
 「後で、獅子舞もありますから、見て行って下さいねぇ」
 「し・・・獅子って、あれですか・・・?」
 龍の顔に迫られて、怖くてたまらないアレンが、震える指で指した先には、やっぱり怖い顔の動物が、面をかぶった者の前に待機していた。
 「はいv
 獅子舞は、日本さんもやりたがってましたし、龍舞は、支部長がやりたがって、中国グループがすごく練習してたんですけどぉ、今年はベトナムバージョンですv
 蝋花の楽しげな様子を見れば、アジア支部の者達が龍や獅子を、縁起のいい物だと思っていることは理解したが・・・。
 「か・・・噛み付かないでくださいぃぃっ!!」
 西洋人のアレンにとって、それらはどうしても受け入れがたい恐ろしさだった。
 とうとう蝋花の手を振り解いて、逃げ回るアレンを、龍が如意宝珠であるかのように追う。
 そんな彼に、蝋花は不思議そうに首を傾げた。
 「そんなに怖いかなぁ?」
 踊る龍の向こう側で、出番を待つ獅子達を見て、蝋花はまた首を傾げる。
 「可愛い顔してると・・・思うけどなぁ?」


 「ウォーカー・・・どうしたんだ、そんなにボロボロ泣いて?」
 しばらくして、ようやく戻ってきたアレンに、バクが不思議そうに声をかけた。
 と、顔を上げないアレンに代わって、蝋花がバクの前に進み出る。
 「え・・・えへv
 ウォーカーさん、龍に追っかけられて池に落ちた挙句、助けに入った獅子に沈められちゃって・・・・・・」
 「バッカじゃねぇの、お前!
 ホラ、もう泣くなよ!男だろ!!」
 うつむけた頭を、びしっ!とフォーに叩かれて、アレンはようやく顔を上げた。
 「だって・・・アクマより怖かったんだもん・・・・・・」
 アレンがしゃくり上げると、バクが眉をひそめる。
 「そんなにか・・・。
 奴ら、そこまで練習しているようには見えなかったがな・・・」
 ブツブツと、低く呟くバクの手が、書類をギリギリと握りしめた。
 再び顔を向けたバクの、吊りあがった目に、アレンは殺気に似たものを感じて、ビクリと震える。
 「・・・では、ウォーカー。来年は中国の龍舞を見せてやるから、ぜひ来るといい。
 ってか、来い!
 あんなものよりもっとリアルなものを見せてやるぞ、チクショー!!
 来年は!!来年は絶対、庭の使用権当ててやる!!」
 支部長権限でなんとかしようとは、意外にも思っていないらしいバクの言葉だった。
 と、殺気にまみれた支部長に反し、歓喜に目を輝かせながら、蝋花が詰め寄ってくる。
 「そうですよぉ!
 ウォーカーさん、支部長もこう言っていることですから、来年もまた、絶対に来て下さいねぇ!!」
 「は・・・はぁ・・・・・・でも・・・・・・」
 ためらいがちなアレンの手を、小さな手が握った。
 ふと見下ろせば、フォーがにこりと笑って、アレンの手を引く。
 「来年もウォーカーをここに来させたきゃ、もっといいもんがあるだろ」
 そう言って、てくてくと歩き出した彼女に引かれて、アレンはまたもや科学班を出た。
 「あの・・・フォー?」
 早足で歩く彼女に手を引かれるまま、しばらく回廊を歩んでいたアレンは、漂ってきた香りに目を見開く。
 「今年の正月料理はチベットだぜ〜♪
 ウォーカー、知ってっか?
 チベットの遊牧民はな、グトゥクっていう、年越し雑煮を9回食べないと縁起が悪いっつーんだぜ」
 「え?!9回も食べていいの?!」
 目を輝かせたアレンに、フォーは軽やかな笑声を上げた。
 「そう。
 うちの料理人は各国入り混じってっから、大晦日の今日は他に、トックッとか年越しそばとか、好きなだけ食っていいぜ」
 「ホント?!」
 アレンは歓声をあげて、フォーと共に食堂に入る。
 そこには既に、たくさんの料理がテーブルに並べられていた。
 「明日からは、もっとすげーぞ。
 アジアの正月ってのは、最低でも3日間、ご馳走攻めだからな」
 自慢げに言う彼女に促され、アレンは満面に笑みを浮かべてテーブルに着く。
 「ヨーロッパじゃお正月なんて、1日だけだよ・・・!
 すごい!アジア大好き!!」
 「そうだろ?
 良かったな、お前、今の時期に来れて。
 正月の間は仕事も休みだし、好きなだけご馳走食べていいし。
 また来年も来いよ」
 「うん!ぜひ!!」
 大きく頷いたアレンににこりと笑って、フォーは背後に顔を向けた。
 こっそりと彼らを窺っていたバクと蝋花ににやりと笑うと、二人は親指を立ててにんまりと笑う。
 そうとは知らず、アレンは上機嫌でチベット人の料理人からグトゥクを受け取った。
 「えへへーv 幸せですーv
 締りのない笑みを浮かべて、出される椀を次々と空にしたアレンは、10杯目を所望して断られるまで、幸せの絶頂だった。


 ―――― その後、深夜過ぎて、今年二度目のカウントダウンを終えたアレンは、一人、盛り上がるパーティ会場を抜け出して通信班に入った。
 「えーっと・・・ここはどこの国ですか?」
 アレンが、今まで見た様式とはまた違う部屋で酒盛りをする、通信班の団員達に尋ねると、彼らは陽気に乳白色の飲み物を差し出す。
 「モンゴルだよー!」
 「あははは!新年おめでとう!」
 「馬乳酒飲みなさい、馬乳酒!うまいよ!」
 「いえ・・・!
 すみませんが、僕、お酒は飲めないんです・・・!」
 酒は苦笑して断ったが、代わりに差し出された料理はありがたく頂いて、本部への通信を頼んだ。
 回線が繋がるまでの間、アレンは早速、宴会の仲間に加わる。
 「これ、なんですか?おいしいですね!」
 「ボーズって言う・・・まぁ、ギョウザだな。羊肉が入ってんだよ」
 「まだあるぞ!遠慮しないで食え!」
 「はい!ありがとうございます!」
 おいしい料理を機嫌よく食していたアレンに、しかし、遠い英国から怒声が届いた。
 『ナニがおいしいだ、コノヤロー!!』
 ヒステリックな声に驚いて、アレンは皿を持ったまま通信機に向かう。
 「えーっと・・・ラビ?なんでそこにいるの?」
 恐る恐る問えば、回線の向こうから、またヒステリックな声が溢れ出た。
 『なんでも何もあるか!
 お前が逃げっから、俺が朝っぱらからコムイの研究室掃除させられてんじゃねェさ!
 そっちでお前がヒドイ目に遭ってりゃ、俺も少しは溜飲がさがるってぇのに、ナニが『おいしい』ってか!
 すぐ帰って来い!今すぐ帰って、俺と代われぇぇぇぇぇ!!!!』
 怒りのあまり、到底無理なことを絶叫するラビの声に、アレンは通信班の面々と顔を見合わせて苦笑する。
 「そんなに怒るなら、逃げればよかったのに・・・」
 乾いた笑声を上げつつ言えば、更なる絶叫が帰ってきた。
 『ジジィがここにいんのに、俺が出られるわけねぇだろぉがぁぁぁ!!』
 「このジジィっ子・・・」
 ブックマンの役目として、ラビが彼の師から離れられないことは知っていても、つい、憎まれ口が出る。
 が、到底聞こえるはずのない言葉はなぜか、正確に英国へと届いていた。
 『誰がジジィっ子さ、この性悪小僧!お前、帰ってきたらぜってぇ覚えてるさ!超絶仕返ししてやるさ!!』
 怒りのあまり、我を忘れている風のラビに、また苦笑が漏れる。
 「仕返しって・・・ラビがコムイさんにこき使われてるのは、僕のせいじゃないでしょ?」
 『いんや!お前のせいさ!
 お前さえいりゃ、コムイがこんなにヒステリックに、俺に当たることなんてなかったんさ!』
 「ヒステリックって・・・今の君も、十分ヒステリックだと思うけど」
 ねぇ?と、アジア支部の通信員達を振り返れば、彼らもうんうんと頷いた。
 『とにかく!仕返し決定な?!
 まずは明後日、リナの誕生日に迫ってやる!』
 途端、アレンは頬張っていた羊肉を吹き出す。
 「リリリリナリーに?!
 あんたそんなことして無事で済むと思ってんでしょうね?!」
 二股は許しませんっ!と、拳を叩き付けた簡易テーブルが真っ二つに折れた。
 が、回線の向こうに破壊音は届かなかったのか、届いても無視したのか、ラビは鼻で笑う。
 『それが嫌なら帰ってくるさ、ヴァーカ!』
 「ンなことできるわけないでしょう!ここ、中国ですよ?!」
 『じゃーあ、そこで手も足も出せずに泣いてるがいいさ!アレンのカーメ!』
 「もきー!!!!」
 甲高い悲鳴をあげて蹴りつけた椅子が、木っ端となって床に散らばった。
 「絶対!帰ってやる!!」
 『ムリムリ!そこで饅頭でも食ってろ、ノロモヤシー!』
 殊更挑発的な台詞を吐いて、ラビは一方的に通信を切る。
 「ラァァァァビィィィィィ〜〜〜〜!!!!」
 怨念に満ちた声を上げながら、アレンは恐怖に硬直した通信員達の間を抜け、部屋を出た。
 「ひき肉にして、パイに包んでくれるわ、ヘタレウサギがぁぁぁぁぁ!!!!」
 怒りを瘴気のようにあげつつ、まだ解かずにいた荷物を持って、パーティ会場に戻る。
 「バクさん・・・!」
 怒りに血走った目で、アレンは掴みかからんばかりにバクに詰め寄った。
 「まことに勝手ながら、至急、本部に戻ることになりました!
 つきましてはスペシャルズを用意していただきたいんですが!!」
 反論を許さない口調に、バクは酔いも醒めて目を丸くする。
 「スペシャルズって・・・特別列車のことか?」
 「はい!一刻も早く帰りたいので!お願いします!!」
 更に詰め寄られて、バクは反駁もできず、ただ頷いた。


 ―――― 直後、フォーや蝋花の願いも空しく、アレンは深夜の道を、馬車を駆らせて駅に至った。
 宴の酔いが回って、いい気分で寝ていた運転士達を叩き起こし、2両しかない特別列車を夜を徹して走らせ、脅威の速さで大陸を渡る。
 悪魔の采配か、珍しく天候に恵まれた彼が、ドーバー海峡をも渡った後・・・魔王にケンカを売った愚かなウサギがどうなったかは、また、別のお話・・・。




Fin.

 










早くも3回目のニューイヤーパーティですね(笑)
教団ではネタが尽きたので、今年はアジア支部に出張です。
なんだか、バクちゃんやフォーを書くのが楽しくなってきましたよ、私!
とっても愛らしいアジア支部に、万歳三唱です!
アジア支部といえば、内部の構成は私の捏造ですから(笑)
支部が『地下聖堂』だとわかった時から、なんとなく『こういうことじゃないかなぁ』と思っていたことを書いたまでですので、原作ではこんな設定、一言も出てきてませんからね!(笑)
鐘の内部が音を打ち消しあって、外ほどうるさくない、というのは、アインシュタインが日本で実践したことをもとに書いてますが、そう言う建築物ができるかどうかはわからない(笑)
でも、野外劇場などの建築法を見ると、可能な気がします。
間違ってたらごめんね!!(^▽^)ノ←まじめに謝れ;












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