† Caress of Venus †






 ―――― もう、大丈夫だよね?
 もう・・・いなくなったりしないよね?
 兄さんと離れることが怖くて・・・兄さんがいなくなるのが怖くて・・・ずっと、眠ることもできなかった。
 そんな私を、兄さんはずっと抱きしめてくれた・・・。
 『大好きだよ』『愛しているよ』『大事な妹』『大切なリナリー』・・・
 何度も何度も繰り返された嬉しい言葉。
 『いつも側にいる』『ずっと離さない』・・・
 その証拠に、兄さんはいつも一緒にいてくれた・・・。
 安心して眠れるようになったのは、いつのことだろう。
 目を閉じても、兄さんはいなくなったりしなかった。
 目を覚ますと、いつも側にいて、私に『おはよう』って言ってくれた。
 大好き大好き大好き・・・・・・
 ずっと兄さんの側から離れなかった。
 兄さんの後をついて回って、『カモの子みたいだね』って笑われた。
 でも、それすら嬉しかったの。
 兄さんがずっと一緒にいることに安心して、ほんの少し、離れてみた。
 でも兄さんはやっぱり側にいてくれた。
 だから、もう少し離れてみた。
 やっぱり兄さんはそこにいて、笑いかけてくれた。
 そして、もう少し離れた。
 戻れば必ず兄さんはそこにいて、絶対いなくなったりしなかった。
 どんなに遠くに行っても、どんなに長い時間離れても、必ず兄さんは『家』にいる。
 私たちは、誰よりも深く、強く繋がっている・・・それはもう、確信となって、私の胸の中にある。
 大丈夫・・・もう、絶対に離れたりしない・・・・・・。


 コムイの仕事が忙しくなったのを見て取って、幼いリナリーは邪魔にならないよう、庭に出た。
 外はとても天気が良くて、庭を飾る、少し気の早いバラが、優雅に香っている。
 リナリーは自分よりもずいぶんと背の高いバラの木の側に走っていって、木と木の間の、細い隙間を覗き込んだ。
 「通れるかな?」
 棘のたくさんついた枝を透かして、向こう側が見える。
 大人では絶対に通れないほどの隙間だが、まだ小さなリナリーなら、可能なように見えた。
 すり抜けたら楽しいに違いない・・・いや、もしかしたら、このいばらの茂みの中は空洞になっていて、秘密の部屋を作れるかもしれない。
 そんな、楽しいことを想像して、リナリーは土の上に膝をついた。
 そのまま這っていばらの中にもぐりこみ、奥へと進んでいく。
 途中で、ワンピースを飾るフリルが棘に引っかかって裂けたが、お構いなしに進んで、とうとう出口に到達した。
 「・・・なーんだ」
 途中、魅力的な場所が何もなかったことに落胆し、立ち上がった途端、髪をいばらに引かれる。
 「きゃあああああん!!!!」
 痛いのと驚いたのとで、リナリーは思わず、大きな悲鳴を上げた。
 だが、城内の大人達は今、それぞれの職務に精励して、誰も、こんな中庭に出る者はいない。
 「痛い!!痛いー!!
 助けてぇぇぇ!!!!」
 泣き叫びながら、いばらに絡んだ髪を解こうとするが、もがけばもがくほど絡んで動けなくなった。
 「わぁぁぁぁぁぁぁんっ!!」
 助けを求めて、リナリーはひたすら泣き続けた。


 「ふふふーん♪
 テーブルにお花を飾りましょー♪」
 剪定バサミを手に、足取りも軽く中庭にやってきた料理長は、庭のどこからかわく、子供の泣き声に、驚いて足を止めた。
 「アラ!
 アラアラ、どうしたのかしら!」
 尋常ではない泣き声を辿って、バラの植え込みを巡ると、ちょうど回廊からは見えない場所で、少女がうずくまって泣いている。
 「アラん!ちょっとリナリー!どうしちゃったのぉ?!」
 ジェリーが慌てて駆け寄ると、リナリーは涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げた。
 「がび・・・!!」
 鼻声で聞きづらくはあったが、言わんとするところを察して見てみると、リナリーの髪がいばらに絡んでいる。
 「アラアラ・・・!ちょっとじっとしてなさい」
 小さな肩越しに手を伸ばし、絡まった髪を丁寧に解いてやるうち、リナリーも泣き止んでいた。
 「さぁ、もう立って大丈夫よv
 にこりと笑えば、リナリーは頷いて立ち上がる。
 そのまま、駆け去ろうとした少女の襟首を、ジェリーはすかさず掴んだ。
 「ちょっとお待ちなさい、アンタ」
 抗いがたい腕力に引きずられ、リナリーはこわばった顔でジェリーを見上げる。
 「助けてくれたのは誰かしら?
 ちゃんと、『ありがとうございました』って言うのよ、リナリー?」
 「あ・・・ありがと・・・」
 迫力に気おされ、引きつった声を上げるリナリーの手が、ビシリと、打たれた。
 「きゃああん!!」
 「あ・り・が・と・う・ご・ざ・い・ま・し・た!
 女の子でしょ!
 そのくらい言えなくて、どうするの!」
 「うぐっ・・・ひぐっ・・・あ・・・ありがとうございました・・・っ!」
 しゃくりあげながら頭を下げるリナリーに、ジェリーの顔がほころぶ。
 「ところでね、アンタ」
 低い声音に、リナリーがびくりと震えた。
 「このドレスは一体、どういうこと?
 あちこち破いちゃって、髪もボサボサ!
 もしかしてココ、くぐったの?」
 そう言って、ジェリーはリナリーが引っかかっていた場所の、わずかな隙間を指す。
 こくりと頷いたリナリーに、ジェリーはきつく眉根を寄せた。
 「ちょっといらっしゃい!!」
 問答無用でリナリーを抱えあげ、ジェリーは早足で回廊を進む。
 そして科学班に来ると、まっすぐにコムイのデスクに向かった。
 「ちょっとよろしくて、コムイ?」
 厳しい口調に、驚いて目を上げたコムイは、彼女が抱き上げるリナリーの、ボロボロな姿に更に驚く。
 「どうしたんだ、リナリー!!大丈夫かい?!怪我は?!」
 未だしゃくりあげるリナリーに伸ばした手は、しかし、空しく宙を掻いた。
 「ジェリー?」
 彼からリナリーを離した彼女に、目を見開くと、ジェリーは憤然と口を開く。
 「アンタ、いつまでもこの子を甘やかしちゃダメよ!
 とんだいたずらっ子だこと!
 このままじゃ、立派なレディになれないわ!!」
 「え・・・あ・・・はぁ・・・・・・」
 呆然として、意味不明の声を上げたコムイに、ジェリーはリナリーを抱えたまま詰め寄った。
 「しばらくアタシが、この子を預かっていいかしら!
 えぇ、もちろん、アンタが仕事をしている間だけよ!」
 コムイとリナリーの抗議を未然に防ぐと、ジェリーは途端に気遣わしげな表情になる。
 「誰もこの子に、女の子としての教育をしなかったのね。
 かわいそうに、このままじゃ野生児よ。お嫁に行けないわ」
 「いや!!お嫁には出さないから!
 それに今のままでも、リナリーは十分可愛い・・・!」
 「それがいけないって言ってるんでしょ?!」
 バン!と、デスクに叩きつけた手が、積み上げられた書類の山を崩した。
 「とにかく!
 この子はアタシが教育するわ!
 アンタは口を出さないでよね!!」
 問答無用の迫力で断言すると、ジェリーは恐怖で声もないリナリーを抱いたまま出て行ってしまった。


 「さぁ、リナリー!
 今日からアタシが・・・いえ、私が、貴女の先生ですからね!」
 食堂の席に着かされたリナリーは、ジェリーにこわごわと頷いた。
 途端、
 「リナリーは、お口が利けないのかしら?
 最初は、『よろしくお願いします』よね?」
 厳しい目で見られて、リナリーは震える唇を懸命に動かす。
 「よ・・・よろしくお願いします」
 ぎこちない口調に苦笑しつつ、ジェリーは頷いた。
 「じゃあまず、お言葉遣いからね。
 リナリー、自分のことはなんて言うの?」
 「リナリー」
 「・・・違うでしょ?」
 「・・・リナリーです」
 「そうじゃなくて」
 「・・・・・・・・・ボク?」
 しばらく考えた末の答えに、ジェリーはため息をつきたい衝動をこらえる。
 「違います。
 女の子は、わたし、ね?」
 「あたし?」
 「わ・たし」
 「わたし」
 「そう。良くできました」
 褒められたことにほっとして、背中を背もたれに預けると、すかさず叱声が飛んだ。
 「背筋を伸ばしなさい!足はちゃんとそろえて座る!」
 「ひっ」
 びくっと震え、慌てて姿勢を正した少女に、ジェリーはしかつめらしい顔のまま頷く。
 「よろしい。
 じゃあね、リナリー。
 どうしてお洋服を破いてしまったか、お姉さんに話してごらんなさい」
 「えっとぉ・・・・・・」
 しばらく考えて、リナリーはこれまでの沈黙を取り返すかのように話し出した。
 「リナ・・・じゃないや、わたし、兄さんが仕事してっから庭に遊びに出たんだ。
 したらバラの木の間に隙間があってぇー、なんかおもしろいもんねぇかなぁって、くぐってみたくなったんだ。
 中には、なんもなかったんだけどね。
 だからそんまま外に出たら、髪が引っかかっちゃってー。
 泣いてたらジェリーが来てくれたの。
 あれ?ジェリー?」
 リナリーが言う間に、ジェリーは頭を抱えて突っ伏してしまっている。
 「なに寝てやがんだよ・・・」
 「寝てないわよ!!」
 テーブルを叩いて起き上がると、つぶらな目が、びくりと揺れた。
 「あぁ・・・ゴメンナサイね。
 貴女が悪くないのはわかってるんだけど・・・・・・」
 見た目が美少女なだけに、その口からがさつな言葉が出るのは、実に驚くべきことだ。
 女性が極端に少ない環境の弊害が、この少女の裡に見事に芽吹いていた。
 「ありえない・・・こんなに可愛い女の子を、こんな風に育てるなんて・・・・・・!」
 もう一度テーブルに拳を打ちつけ、ジェリーは顔を上げる。
 「・・・リナリー。
 まず、その破れた服をお着替えしましょうか」
 すい、と、音もなく立ち上がったジェリーを不思議そうに見上げて、リナリーは頷いた。
 「じゃあさ、ジェリー。
 リナ・・・じゃないや、わたしも、ジェリーみたいな動きやすい服着ていいだろ?」
 「だめよ」
 ジェリーのすげない返事に、リナリーは不満げに眉を寄せる。
 「いいじゃんか。
 これさー、すぐ枝に引っかかって、動きにくいんだ」
 「いけません!
 いいこと?リナリーは女の子なの!
 こんな男ばっかりの城で育ったから、言動が男の子みたいになっちゃったけど、あなたは女の子なんですからね?!」
 もの凄い迫力で詰め寄られて、リナリーはものも言えずに頷いた。
 「わかったら、お部屋に行くわよ!」
 手を引かれて、リナリーはおとなしくついていく。
 回廊を歩きながら、リナリーは傍らを歩くジェリーを見上げた。
 「でも・・・ジェリーはホントの女の人じゃないよね?」
 ピクリ、と、ジェリーのこめかみが引きつる様は、リナリーからは見えない。
 「ティナは、クラウド元帥って、女の人の弟子になったって聞いたよ?
 リナリーも・・・じゃない、わたしも、クラウド元帥のトコに行っちゃダメなの?」
 「ダメなのよ」
 低く呟いたジェリーに、リナリーは首を傾げた。
 「なんで?」
 「どうして、とおっしゃい。
 クラウドちゃんはね、元帥になったばかりなのに、ティナの他に二人も女の子を押し付けられちゃったの。
 可哀想に、今、育児ノイローゼでやつれきっているわ」
 「いくじ・・・?」
 リナリーが首を傾げると、ジェリーはそっと吐息する。
 「そう。
 アナタみたいなおてんば達を、一度に3人も押し付けられて・・・あの子、過労死しないでしょうね・・・」
 「カロウシ?」
 知らない言葉ばかりを並べられて、困った顔をするリナリーに苦笑し、ジェリーは彼女を部屋に入れた。
 「さぁ、お着替えを・・・・・・ナニ、このお部屋?!」
 リナリーに続いて入った途端、悲鳴を上げたジェリーを、リナリーが驚いて振り向く。
 「リナ・・・わたしのお部屋、変?」
 「変って言うか・・・リナリー、あなた、いくつになりましたか?」
 「いくつ?」
 「・・・リナリーは今、何才ですか?」
 「えっと・・・7才」
 「もうすぐ8才になるわよね?
 なのに、お部屋のお片づけくらいできなくてどうしますか!」
 ジェリーはずかずかとリナリーの部屋に入ると、床に散らばった服をたたみ出した。
 「さぁ、リナリー。
 私のお隣に座って、お洋服のたたみ方を覚えなさい」
 「えー・・・」
 「早く!」
 叱られて、リナリーは仕方なくジェリーの隣に座る。
 「はい、私のやる通りにおやりなさい」
 「はぁい・・・」
 小さな手がぎこちなく動いて、しわだらけになった服をたたむ様を、ジェリーは気遣わしげに見遣った。
 「ねぇ、リナリー?
 アナタ、今まで一人でどうしていたの?」
 「なにが?」
 きょとん、とした目で見上げるリナリーに、ジェリーが眉をひそめる。
 「一人でおかたづけもできないで、塔では・・・あなた達が閉じ込められてた所じゃ、どうやって生活してたの?」
 途端、表情を強張らせたリナリーに、ジェリーは慌てて手を振った。
 「ごめんなさいね!
 思い出したくないことだったわね!
 いいのよ、何も言わなくて!」
 焦って手元に視線を戻した彼女を、リナリーはじっと見つめて・・・やがて口を開く。
 「リナリー達が前にいた部屋は、ベッドしかなかったよ。
 毎日・・・朝になったら鍵が開けられて・・・・・・に連れて行かれて・・・・・・」
 小さな肩が、ぶるぶると震えだして、ジェリーはリナリーの小さな体を抱き寄せた。
 「ごめんね!ごめんなさい、言わなくていいのよ・・・思いださなくていいの・・・」
 ジェリーの広い背中に小さな手を回して、リナリーは必死にしがみつく。
 「毎日・・・・・・こわいひとたちが、数字を言うの・・・!
 す・・・数字がひくかった子は、違う部屋に連れて行かれて・・・リ・・・リナの部屋にいた子も、なんにんか、帰ってこなかっ・・・・・・!!」
 ジェリーは唇を噛んで、ただ、リナリーの背を撫で続けた。
 「ティナと話してた・・・!
 ど・・・どっちかがいなくなったら、ぜったいさがそうって・・・!
 ぜったいさがすから、あいずをしてね、って・・・・・・!!」
 「そう・・・」
 「そしたら・・・ティナがいなくなって、さがしたの・・・!
 すごくさがして・・・そしたら、こわいひとたちが、リナの知ってる男の子を囲んでて・・・・・・」
 「ティナは・・・見つかったんでしょ?」
 これ以上、リナリーのトラウマを話させることに危険を感じて、ジェリーは話を遮る。
 「うん・・・塔の中で、会った・・・。
 ティナも、リナを探してたって・・・・・・」
 「そう」
 赤子をあやすように、ジェリーはリナリーを抱きあげ、ゆっくりと揺らした。
 「もう、大丈夫よ。
 アナタはもう、一人じゃないわ。
 コムイもいる。アタシもいる。
 怖い人達はもう、いなくなったからね?
 ここにいるのはみんな、アンタを好きな人ばかりよ?
 安心してちょうだい。アンタが大きくなるまで、アタシ達がアンタを守るわ。
 ・・・信じてくれる?」
 こくりと、頷いたリナリーに、ジェリーは微笑む。
 「ありがとう。
 じゃあね、ティナの方は、クラウドちゃんがきちんと躾けるでしょうから、アンタはアタシが立派なレディにするわね」
 「うん・・・」
 涙に濡れた目を上げると、ジェリーが、笑みを深めた。
 「まずは、一人でお片づけできるようになりましょうね」
 「うん・・・・・・あれ?」
 今のやり取りから、厳しい躾けは免除されたものだと思ったのだが・・・。
 「アナタが8才のお誕生日を迎えるまでには・・・あら、あと1週間しかないわね。
 じゃあ1週間で、一通りの事は覚えなさいね」
 きっぱりと宣告したジェリーを、リナリーは、ぽかんと口を開けて見上げた。
 「お口は閉じなさい!」
 「はいっ!」
 リナリーのガヴァネス(女家庭教師)を自任したジェリーは、一筋縄では行かない相手だった。


 「ハイ、じゃあ座るところからもう一度ね」
 段々湯気のおさまっていく料理の皿を見つめながら、リナリーは泣きそうな思いで席を立った。
 「ハイ、私が椅子を引いたら、テーブルと椅子の間に入って、押すのと同じタイミングで座るの。
 そうそう、よくできました」
 きれいに座ると、ジェリーが誉めてくれて、リナリーはほっと吐息する。
 「ホラ!もう背もたれにもたれて!
 背筋を伸ばしなさいって、何度言ったらわかるの!」
 やり直し、と命じられ、リナリーは目を潤ませながらまた席を立った。
 その時、
 「お、やってんなー♪」
 暢気な声がかかり、見上げると、苦笑を浮かべるリーバーが、いつの間にか傍らにいる。
 「班長ぉ・・・」
 哀しげに鳴くお腹に、本当に涙がこぼれた。
 「あー・・・助けてやりてぇのはやまやまだが、これはリナリーのためだからな」
 リナリーの隣で、凄絶な笑みを浮かべるジェリーに、激しく気を使いながら言うと、リナリーはうなだれるようにして頷く。
 「こんなに厳しいのは誕生日までだからな?がんばれよ、応援してるぜ!」
 くしゃくしゃと、大きな手で頭を撫でられて、リナリーはまた頷いた。
 「じゃあリナリー、また座るところからね。いい?」
 リーバーをカウンターへ追い払うと、ジェリーはリナリーの背を押して、テーブルに向かわせる。
 「そう、座ったらナプキンを膝の上に・・・コラ!ばさっと広げないの!」
 ジェリーの怒声に、リナリーだけでなく、カウンターからそっと様子を窺っていたリーバーも首をすくめた。
 「な・・・なぁ、あの二人、ずっとあんなカンジか?」
 リーバーが声を潜めて、カウンター越しにシェフの一人に尋ねると、彼は気の毒そうに眉をひそめて頷く。
 「1週間、って、期限決めちゃってますからね・・・。
 可哀想に、リナリーはもう、10回以上もああやって、立ったり座ったりで・・・」
 「へぇ・・・ちゃんとメシは食えてんのか?」
 「あぁ、それは大丈夫。
 料理長は、そこまで厳しい人じゃないっすよ」
 「そうか・・・」
 ほっと、リーバーが吐息しかけた途端、
 「足はちゃんと揃えなさい!」
 ジェリーの怒声が響いて、息が詰まった。
 恐る恐る、二人の方を振り向けば、リナリーが異常に緊張した面持ちで、テーブルに向かっている。
 「よろしい。
 では、食事を始めなさい。
 フォークは外側から使いなさい!!」
 ジェリーの怒声が食堂中に響き渡り、リナリーだけでなく、食事をしていた他の団員達までもが背筋を伸ばした。


 コーヒーを持って戻って来たリーバーに、コムイは不安げな目を向けた。
 「どうだった?」
 「・・・料理長、めっさ怖かったっす」
 そう言ってリーバーは、いまだ震えの止まらない手で、コムイのデスクにコーヒーポットを置く。
 「あの調子で行ったら・・・ひととおりの躾が終わった頃にゃ、リナリーはバッキンガム宮殿に住めるようになってるっすね」
 「ジェリー・・・なにもそこまでやらなくったって・・・・・・」
 困惑げにマグカップを取り上げて、コムイは冷えきったコーヒーをすすった。
 「止めますか、室長?死を覚悟すれば、出来ないことはないと思いますけど」
 リーバーの提案に、コムイは空になったカップに熱いコーヒーを注ぎながら首を振る。
 「・・・リナリーのためだからね。
 ボクは、おてんばでも野生児でも、全然構わないんだけど・・・あの子のためには、多少の躾は・・・」
 「・・・とか言って」
 しかつめらしい顔で、もっともらしいことを言うコムイを、リーバーはしらけた目で見下ろした。
 「リナリーが泣き付いて来るのが嬉しいんでしょうが、アンタは」
 「そぉなんだよぉぉぉぉ〜〜〜〜!!
 ジェリーが厳しいとね、リナリーが『お兄ちゃぁぁぁん!!』って走って来てぇvv
 その可愛らしさといったらキミ、この世にこんなに可愛いものがあったのかって思うくらいだよぉぉぉ〜〜〜〜vv
 日にあたったくらげのように蕩けきった顔で、嬉しげな絶叫をするコムイに、リーバーは思わず舌打ちする。
 「・・・この悪党が。
 結局アンタ、料理長に嫌な役させて、リナリーの好感度上げてんじゃないすか」
 「ふーんだ!
 ジェリーは、自分からこの役引き受けてくれたんだもんねー!」
 「それはアンタが、リナリーを全然躾けなかったからでしょうが!!」
 「結果オーラーィ♪」
 「この悪魔が!!」
 忌々しげに吐き捨て、リーバーは踵を返した。
 自身のデスクに戻り、目の前に積み上げられた書類を捌きつつも、食堂での光景を思い出してため息をつく。
 「・・・料理長のこと、嫌いにならなきゃいいけどなァ・・・」
 無理かな・・・と、深く吐息すると、リーバーは頭を切り替えて、仕事に集中した。


 「・・・ごちそうさまでした」
 ようやく、無事に食事を終えたリナリーは、ティーカップに伸ばした手を叩かれて、悲鳴をあげた。
 「えぅ・・・なに・・・?」
 泣き腫らし、真っ赤になった目でジェリーを見上げると、彼女はリナリーの口元を指す。
 「ちゃんと、お口を拭いてからお茶になさい。
 お口のまわりが汚れたまま、カップやグラスに口をつけてはいけないのよ」
 「はぃ・・・ごめんなさぃ・・・」
 しゃくりあげながら、涙と一緒に口元も拭いて、最後のお茶を飲んだ。
 「よろしい。
 リナリー、お食事のマナーは全部覚えた?次は一人でできるかしら?」
 ジェリーの問いに、リナリーがいつまでも頷かないでいると、彼女の眉がつり上がる。
 「で・・・できる・・・ようにがんばる・・・がんばります」
 どもりながら、しかし、言い切ったリナリーに、ジェリーはにっこりと微笑んで、頭を撫でた。
 「よろしくてよ。
 じゃあ、今日のお夕食はアタシ、配膳だけしますからね?
 ちゃんとお食事ができるか、ずっと見てますよ?」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぃ」
 真っ青になったリナリーは、消え入りそうなはかない声をあげて、頷く。
 「しっかりね?」
 もう一度頭を撫でられたリナリーは俯いたまま、『永遠に次の夕食が来なければいいのに』と、願わずにはいられなかった・・・。


 その日の夕方、料理長より、『夕食はなんとしても食堂へいらっしゃい』との厳命を受けたコムイは、仕事を一時中断して、席を立った。
 「きょーぉーのーごはんはなんだろなー♪」
 暢気に鼻歌を歌いながら回廊を歩んでいると、角の向こう側から、子供のものだろう、軽い足音がする。
 「コラコラ、走っちゃ危ないヨー」
 角の手前で立ち止まって声を掛けると、なぜか、足音が早くなった。
 と、
 「おにいちゃああああああん!!」
 黒い塊と化して回廊の角から飛び出てきたリナリーが、尋常でない泣声を上げて飛びつき、コムイは仰向けに倒れる。
 「イタタ・・・どうしたんだい、リナリー?」
 したたかにぶつけた腰をさすりながら半身を起こすと、コムイの膝の上に乗ったリナリーが、涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げた。
 「リナリー、できないよぉぉぉ!!」
 「なにが?」
 「ごはんんんー!!」
 泣くばかりで、言葉の意味を成さないリナリーに、コムイは困惑げに首を傾げる。
 「んーっと・・・それは、ボクがジェリーに呼ばれたことと、関係してるのかな?」
 「よばれたのっ?!」
 真っ青になってコムイに詰め寄るリナリーに、彼はあっさりと頷いた。
 「・・・・・・おにいちゃん、おねがい・・・!」
 ガタガタと震えながら、リナリーは真摯な目をコムイに向ける。
 「リナが失敗しそうだったら、こっそりおしえて!!」
 「教えてって・・・どうやって?
 ジェリーは漢語、ペラペラだよ?」
 「ホント?!」
 「うん。
 彼女、中国で料理修行してたんだもん」
 「・・・・・・・・・」
 声も出せずに、コムイの胸に泣き顔を埋めてしまったリナリーの頭を、彼は苦笑しながら撫でてやった。
 「リナリー、今は辛いだろうけど、もうちょっとがんばってごらん。
 ジェリーは厳しい先生だけど、リナリーを嫌いでいじめてるわけじゃないからね?」
 「うん・・・わかってるよ・・・・・・」
 と、リナリーが頷くや、
 「よし!じゃあ、お兄ちゃんとごはん食べにイコー!」
 「えぇっ?!」
 コムイの小脇に抱えられて、リナリーは問答無用で食堂に連行される。
 一度も床に足を着かないまま運ばれて、コムイの隣に座らされたリナリーは、ぶるぶると震えながら、テーブルを見つめた。
 「・・・・・・・・・・・・なんでつれてこられちゃうの、ヤダって言ったのに・・・・・・」
 「え?リナリー、何か言ったかい?」
 聞こえているだろうに、殊更にとぼける兄を、涙に潤んだ目で睨みつける。
 が、彼はどこ吹く風と笑って、ジェリーを呼んだ。
 「センセイのお手並み拝見だねー♪」
 緊張のあまり震えるリナリーの隣で、楽しげに言うコムイに苦笑しながら、ジェリーは食事を運んでくる。
 「アラ、ちゃんとナプキンを使えているわね。偉いわv
 出されたスープ皿を凝視したまま、油の切れた鉄人形のように、ぎこちない動きをするリナリーに声を掛けてやると、彼女はほっと息をついた。
 「まぁまぁ、そんなに緊張しないで、リナリーv
 お兄ちゃんと楽しくごはん食べようねv
 「う・・・うん・・・・・・」
 「リナリー」
 「はい!ごごごご・・・ごいっしょします!!」
 ジェリーに名を呼ばれた途端、背筋を伸ばして言い換えた妹に、コムイはたまりかねて吹き出す。
 「お兄ちゃんに、ご一緒しますはないヨ、リナリー・・・!」
 肩を震わせて笑う兄を、真っ赤になって睨みつけると、リナリーは真剣な顔でスープ皿に向き直った。
 ―――― お・・・音を立てないように、静かにすくって・・・・・・。
 カタカタと震える手を必死に抑え、リナリーは強大な敵に向かうかのような面持ちでスプーンを取る。
 ―――― あ・・・あれ・・・?向こう側にすくうんだっけ・・・?手前側だったかな・・・?
 スプーンを持ったまま固まってしまったリナリーに、コムイがクスクスと笑いながら声をかけた。
 「食べないの?おいしいよー?」
 ふと横を見れば、コムイはスープを手前からすくっている。
 ―――― こっちなんだ!
 目をきらきらと輝かせて、リナリーは兄に、感謝の視線を送った。
 「リナリー、ちゃんとおしゃべりしてよーv
 黙ったままじゃ、お兄ちゃん寂しいなァ」
 「うん!じゃない、はい」
 「うん、でいいよ。
 イイヨネ、ジェリー?」
 「ハイハイ。
 良しとしましょ」
 ジェリーの許可も出て、リナリーの緊張がようやくほぐれる。
 そうなると、ジェリーに教えてもらったことを思い出すのに、そう苦労はしなかった。
 「ごちそうさまでした!」
 ジェリーと言う家庭教師がついて以来初めて、楽しく食事を終えたリナリーは、大きな安堵とともに笑顔になる。
 「お味はいかがでしたかしら、お嬢様?」
 デザートを前に出されたリナリーは、目を輝かせて頷いた。
 「とってもおいしゅうございましたv
 「ハイ、よくできましたv
 ジェリーに誉められて、嬉しげに笑うと、コムイも惜しみない拍手を送る。
 「すごいね、ジェリーは!
 これでリナリーも、立派なレディだねv
 「ホント?!
 リナ・・・じゃない、わたし、女王様に会えるかなぁ?」
 「そうね、もっとレディにふさわしい物腰をお勉強したら、『女王陛下にお会いできる』かもしれないわねv
 リナリーの言葉をさりげなく訂正して、ジェリーは優雅に微笑んだ。
 「じゃあ今度は、女王陛下やヴァチカンの猊下方にお会いする際にふさわしい、お辞儀の仕方を教えましょうね」
 「はい!がんばりますv
 元気な返事に、ジェリーは頷いて、優雅に手を差し伸べる。
 「さぁ、デザートを召し上がれ、お嬢様」
 「はぁい!」
 嬉しくて、リナリーは思わず、ぶんぶんと足を振ってしまった。
 途端、
 「足!」
 すかさずゲンコツを饗されて、リナリーが頭を抱える。
 「い゛ー・・・っ!!」
 「あはははv
 女王陛下にお会いするのは、もうちょっと時間がかかりそうだねぇーv
 リナリーの頭を撫でてやりながら、コムイは愉快そうに笑った。


 その、翌日。
 期限の1週間目を迎え、誕生日を明日に控えたリナリーは、自分の部屋で早速、『優雅なお辞儀』の仕方を教わっていた。
 全く素地がなかったにしては、覚えの早い少女に感心しつつ、ジェリーは見本にお辞儀をしてみせる。
 彼女に続いて、楚々と歩くところから始めたリナリーは、スカートの裾を踏んで転んでしまった。
 「い゛〜〜〜っ!!」
 両手でスカートを持ち上げていたため、思いっきり床にぶつけてしまった鼻を押さえて、リナリーは眉間にしわを寄せる。
 「ブスになるわよ、リナリー」
 「だってぇ〜!」
 難しいんだもん、と、泣声を上げるリナリーに手を差し伸べ、立ち上がらせると、ジェリーは彼女を抱き上げた。
 「じゃあね、リナリー。
 ワタシが、上手にお辞儀できるおまじないしてあげましょ」
 「おまじない?」
 まだ鼻を押さえたまま、涙目で見つめる少女に、ジェリーは微笑む。
 「そうよ。
 リナリーが、立派なレディになるおまじないv
 そう言うと、ジェリーはリナリーを、鏡の前に座らせた。
 「ホラ、見ててごらんなさいv
 リナリーは今から、びっくりするくらい可愛くなりますからねv
 語りかけながら、ジェリーは丁寧にリナリーの髪を梳き、ツインテールにして、リボンで飾る。
 「ほぉらv 可愛いv
 鏡越しに笑いかけると、リナリーも嬉しそうに笑みを返した。
 「これでもう、リナリーはレディになったわよ。
 さぁ、きれいにお辞儀できるかしら?」
 ジェリーの問いに、リナリーは早速、彼女の前に立ち、スカートを広げて優雅に一礼する。
 「そうそう!
 よくできました!」
 ぎゅう、と抱きしめてやると、リナリーも歓声を上げた。
 「兄さんにも見せてくるね!」
 はしゃいだ声を上げて、部屋を走り出ていったリナリーを見送り、ジェリーは開け放されたドアに苦笑する。
 「完璧なレディにするには、もうちょっと躾けが必要だわねェ」
 リナリーの部屋を出、職場に戻ろうとした回廊で、ジェリーは前から、ヨロヨロと歩いてくる人影に眉をひそめた。
 「ちょっと、クラウドちゃん?
 アナタ、どうしたの、そんなにヨロヨロして?」
 声を掛けると、元帥になったばかりの女性エクソシストは、やつれた顔を上げ、蒼い瞳に涙を浮かべる。
 「ジェリー・・・!!」
 突然泣きついて来たクラウドを受け止め、ジェリーは彼女の背中を優しく撫でてやった。
 「わ・・・私・・・っ!あの子達を育てる自信が・・・ないぃっ!!」
 必死に声を抑えて、ひたすら泣く彼女に、ジェリーもそっと吐息する。
 「そうね・・・アタシだって、リナリー一人に随分手を焼いたもの。
 それをアンタは、一度に三人だもんね。本当に大変だわね・・・」
 若い元帥の苦悩を思い、ジェリーは子供をあやすように、クラウドをなだめた。
 「でもアンタ、何もかも一人でやろうなんて、悩んでちゃダメよ。
 ここには人手もあるんだから、任せられるところは任せなさいよ」
 「し・・・しかしそれでは、師匠として示しが・・・・・・」
 反駁しようとしたクラウドの泣き顔を両手で挟んで、ジェリーは正面から彼女を見据える。
 「新米ママは、何かと周りを頼るものよ。
 アンタだって同じようなもんなんだから、一人で苦労してないで、教団を頼りなさい」
 「し・・・新米ママって・・・」
 ジェリーの言い様に、クラウドは思わず吹き出した。
 「・・・そうか・・・・・・そうだな・・・・・・」
 ひとしきり笑って、ようやく落ち着きを取り戻した若い元帥は、涙を拭う。
 「ありがとう、ジェリー・・・。
 一人で悩まず、皆にも頼ることにしよう」
 「そうそう。そうしなさいな。
 みんな、協力を惜しんだりしないわv
 「そうだな!」
 晴れやかに笑って、クラウドは機敏に踵を返した。
 「早速警備班に発砲許可を与えて、あのガキ共捕縛してくれる!」
 「え゛?!ちょっと待って?!それ違うでしょ?!なんか違うでしょ?!」
 高らかに笑いながら駆け去っていった元帥を、ジェリーは慌てて追いかけた・・・。


 その頃、科学班では。
 「兄さん、見て見てv
 ジェリーにリボン結んでもらったよv
 嬉しげに飛び込んできたリナリーを、コムイは書類を投げ出して抱きとめた。
 「あぁんv リナリー可愛いぃぃぃぃvv お人形さんみたぁぁぁいvvv
 「機密書類投げてんのは誰だ、ゴルァァァァァァ!!」
 天から降ってきた紙をかき集め、怒声を上げたリーバーも、笑み輝いたリナリーの顔を見て、怒りを収める。
 「おー!めっちゃ可愛いじゃねぇか、リナリー!
 料理長に結んでもらったのか?」
 「うん!
 じゃない、はい!」
 コムイに抱かれたまま、にこにこと笑っていたリナリーは、突然、『あ!』と、大きな声を上げた。
 「兄さん、下ろして下ろして!
 リナ・・・じゃない、わたし、お辞儀できるようになったよ!」
 言うや、コムイとリーバーを前にして、優雅に一礼したリナリーに、部屋中から拍手が沸く。
 「よくできました!
 もうすっかりレディだねぇ、リナリーvv
 コムイにまた抱きしめられ、ほおずりされて、リナリーはくすぐったそうに首をすくめた。
 「げいかに会え・・・お会いできる?」
 「できるともーv 女王陛下だって、可愛いって言って下さるヨーvv
 「ホント?!」
 ぱぁっと、笑み輝くリナリーに、コムイは何度も頷く。
 「レディじゃなくったって、可愛いけどねーvv
 蕩けきった顔で、リナリーにほおずりするコムイの背に、その時、怒りに満ちた声が掛けられた。
 「アンタはまた、余計なことを!!」
 びくっと、驚いて振り向けば、こめかみに青筋を立てたジェリーが、早足に近づいてくる。
 「え?!ゴ・・・ゴメン、ジェリー!ボクは別に、キミの教育をどうこう言うつもりは全く・・・!!」
 「そうじゃないの!」
 コムイの言葉を遮って、ジェリーは彼に詰め寄った。
 「今すぐ、室長権限で警備班を止めてちょうだい!
 クラウドちゃんたら、おてんば娘達にキレちゃって、警備班使って城中追い掛け回してるの!」
 「え・・・でも・・・・・・。
 別に、元帥が弟子を捕まえるくらいは・・・・・・」
 「発砲も辞さず、とか言ってるけど?」
 しん・・・と、静まり返った室内に、ジェリーのため息が漏れる。
 「それだけならいいけど、クラウドちゃんのあの様子じゃ、イノセンス・・・」
 ジェリーが予想を述べる前に、城中を揺るがす破壊音が響き、窓の外で、石造りの塔が傾いでいった。
 「・・・使ったわね・・・・・・」
 青を通り越して、白くなった顔が並ぶ中、ジェリーは力なく首を振って、リナリーの手を取る。
 「さ。
 お兄さん達は忙しくなるから、アタシとお勉強続けましょ」
 驚愕のあまり、口も利けないリナリーを抱き上げ、ジェリーは異様に静まり返った科学班を出て行った。
 ・・・その後、弟子達を捕縛したクラウド元帥は、彼女流のやり方で弟子達を躾け、以後、絶対に反抗させなかったと言う・・・・・・。


 「――――・・・それで結局、お城は半壊したのね。
 おかげでその年のお誕生日は、私の部屋で、兄さんとジェリーと、班長だけがお祝いしてくれたの。
 それが、ここに来て最初の思い出かなぁ」
 語り終えたリナリーが、飲み頃に冷めた紅茶を飲むと、その隣でラビは、肩を震わせて笑う。
 今は二人しかいない談話室に、陽気な笑声が響き渡った。
 「すげ・・・!カッコイイさ、元帥!」
 「・・・そっち?!
 私の、お誕生日の思い出を聞いてたんじゃなかったの?!」
 頬を膨らませたリナリーに、ラビはまだ笑いながら手を振る。
 「聞いてたさ、元帥が出て来るまでは!」
 目尻に浮いた涙を拭って、ラビはリナリーに向き直った。
 「そんで?
 お前は、元帥に躾けられるよかマシだって、姐さんにくっついてたんさ?」
 「そうだよ。
 だって・・・元帥、お仕置きに何したと思う?!
 まだ小さな女の子達を逆さづりにして、地下水路に沈めたんだよ?!」
 蒼ざめて、声を震わせるリナリーに対し、ラビは更に大声で笑う。
 「どうりで、あのアマゾネスどもが、元帥にだけは逆らわなかったはずさー!」
 また、激しく笑い出したラビに、リナリーも苦笑した。
 「ホントに・・・最期まで元帥に忠実だったよね、ティナも、グエンも、ソルも・・・・・・」
 リナリーの沈んで行く声に、ラビは笑声を収める。
 「悪ィ・・・ヤな事思い出させちまったな」
 ぽす、と、ラビはリナリーの頭に手を乗せて、わさわさと撫でた。
 「ううん・・・ヤな事じゃないよ。
 彼女達とは、楽しいこともたくさんあって・・・・・・」
 そうは言いながらも、リナリーの大きな目に、みるみる涙が盛り上がっていく。
 「リナ・・・」
 彼女の頭を、引き寄せようとしたラビの左目が、一瞬、光の残像を捉えた。
 「・・・・・・・・・。
 あれ?ラビ??」
 リナリーの頭を撫でていた手が、離れたと思った途端、彼女の傍らから、ラビの姿は煙のように消えている。
 「もう・・・神出鬼没なんだから・・・・・・」
 呟いて、ティーカップに戻した目の端に、紅いものが閃いた。
 「?」
 振り返ると、ソファの後ろから、紅いバラの花束が差し出される。
 だがリナリーが驚いたのは、バラではなく、それを持つ少年の姿にだった。
 「アレン君?!アジア支部に行ったんじゃ・・・」
 「帰ってきました」
 あっさりと言った彼に、リナリーは首を傾げる。
 「え・・・?
 でも、一昨日、到着報告してなかった・・・?」
 「バクさんに、スペシャルズを用意してもらったんです」
 なんでもない口調で言って、アレンはつい先ほどまで、ラビが座っていた場所に腰を下ろした。
 「お誕生日、おめでとうございます、リナリーv
 プレゼントを用意する時間がなかったんで、とりあえずこれだけですけど・・・後で、必ず何か贈りますから!」
 改めてアレンが差し出した花束を、リナリーは嬉しげに受け取る。
 「ありがとうv
 これだけで十分、嬉しいよv
 「ホントに?!」
 ほっと、安堵したアレンに、リナリーが頷いた時、彼女のゴーレムが、料理長の声を転送した。
 『リナリーv お誕生会の準備ができたわよぉv 食堂へいらっしゃいv
 「はぁい!
 アレン君、いこv
 花束を抱えて、すらりと立ち上がったリナリーの傍らに、アレンが寄り添う。
 「では、エスコートさせて頂きます、レディ」
 恭しく、リナリーの手を取ったアレンに、彼女は微笑み、優雅に膝を折って会釈した。
 「よろしく、ミスター・ウォーカー」
 その仕草に見蕩れて、歩を忘れたアレンに、リナリーは軽やかな笑声をあげた。


 ――――・・・その、数刻後。
 日付けも変わろうかと言う夜更けに、哨戒に出た警備班の団員が、血塗れになって倒れているエクソシストを発見した。
 高所から落下したと見られる少年の身体には、大型獣のものらしき爪痕が残っていたが・・・。
 彼の身に何が起こったか、正確に予測したドクターは、これ以上の被害を防ぐため、真相を闇に葬った。




Fin.

 










2007年リナリーお誕生日SSでした。
・・・しかし私、なんで『リナリーメイン』の話になると、この子を思いっきり泣かせたくなるのでしょうか。
やっぱSだからですか。
でも、ジェリーママンの言っている事は、既に成人の私もかなり耳が痛いので、Mかもしれません。(おい)
題名は、ラルクの曲です。
直訳すると、『ヴィーナス(ローマ神話の美と愛の女神)の愛撫』
もちろん、ヴィーナスはジェリー姐さんですよ。
姐さんの美と愛によって、リナリーは清く美しく成長したのですが何か文句があるならベルサイユにいらっしゃいよ。
ちなみに、ティナとリナが幼馴染なんて設定は捏造ですが何か文句が(以下同文)>すみません;
マナーは一応、英国式を調べて使ってます。
日本で『これぞ洋食マナー!』と教えているのは、英国・アメリカ・ヨーロッパと、ごちゃ混ぜになってて、どの国から見ても異様だそうな;
気をつけよう;;
フランスに潜入していたスパイが、マナーの違いでドイツ人だとばれた、と言う話はかなり笑いました(笑)












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