† あなたのために †
「――――・・・Sah ein Knab’ ein Roeslein stehn, Roeslein auf der Heiden♪」 軽やかに歌いながら、壁に吊るしていた花束を取り上げたミランダは、まだ瑞々しさの残る花弁に目を凝らした。 「War so jung und morgenschoen, Lief er schnell, es nah zu sehn・・・」 再び、それを壁に戻すと、すっかり日の落ちた空を写す窓に、カーテンを引く。 「Sah’s mit vielen Freuden♪」 踵を返した途端、目の前に通信ゴーレムが飛び出した。 『ご機嫌ね、ミランダ♪』 小さなゴーレムが発する、料理長の声に、ミランダが苦笑する。 「やだわ、聞かれちゃいました?」 『聞こえましたとも 「はい、そうです Roeslein, Roeslein, Roeslein rot, Roeslein auf der Heiden♪」 『はー・・・いつも思うけど、ドイツ語ってかたっくるしいわねェ・・・』 歌ですら堅苦しい、と言うジェリーに、ミランダは慌てて首を振った。 「そんな事ありませんよ?!モーツアルトの『魔笛』は、それは美しくて・・・」 『アラ?モーツアルトって、ドイツ人? オーストリア人じゃなかったの?』 「ドイツ人です!ザルツブルグで生まれた、生粋の・・・」 ジェリーの誤解に、まじめに反駁するミランダの言葉を、ジェリーは途中で遮る。 『まぁ、それはいいわ。 リナリーのお誕生日パーティの準備ができたから、アンタも早く降りてらっしゃい』 「あ、はい。すぐ行きます」 あっさり答えると、通信の切れたゴーレムをポケットにしまいこんで、部屋を出た。 「あ、プレゼント・・・」 しばらくして、部屋に忘れたことに気づいたミランダは、今、降りたばかりの階段を戻る。 「もうちょっと早く気づけばよかったわ・・・」 ぼやきながら、長い階段を登っていると、上から楽しげな話し声が響いてきた。 「あら・・・あの声・・・?」 足を早めて、踊り場まで登ると、思った通り、リナリーとアレンが上から降りてくる。 「アレン君・・・どうして?!」 中国にいるはずじゃ、と、驚くミランダに、アレンは苦笑を返した。 「えへ・・・詳しいことは、後で話します」 「そ・・・そう・・・」 頷いたミランダは、アレンとリナリーが、仲良く腕を組んでいる姿に、眉をひそめる。 「アレン君、エスコートはいいのだけど・・・コムイさんがいるわよ?」 ミランダが気遣わしげに言った途端、二人は揃って蒼ざめた。 そんな二人に苦笑を浮かべて、ミランダは微笑む。 「リナリーちゃん、先にお行きなさいな。 アレン君、私と一緒にいらっしゃい」 「えー・・・」 不満げな声を上げる二人に、ミランダは苦笑した。 「困ってるんでしょ? そんなに言うなら、助けてあげないわよ?」 そう言って、ミランダは先に階段を上っていく。 「じゃあ・・・先に行って下さい、リナリー」 「うん・・・後でね」 残念そうなリナリーに笑って手を振り、アレンはミランダの後を追いかけた。 「ミランダさん、どうするんですか?」 アレンが問うと、彼女は黙って自室に入り、アレンを招き入れる。 部屋に入った途端、甘い香りがして、アレンは思わず、怯えた目で部屋中を見回した。 「どうしたの?」 ミランダが、不思議そうに首を傾げると、アレンは引きつった顔を彼女に向ける。 「あ・・・あのっ・・・なんか、花の香りが・・・っ」 「あぁ、それじゃないかしら? 頂いたバラを、ドライフラワーにしようと思って」 ミランダが、細い指でドア横の壁を指すと、アレンは素早く振り返った。 「ふ・・・普通のバラでしたか・・・」 お花様かと思った、と、本気で怯えるアレンに、ミランダは苦笑する。 「私は食人花なんて、育ててないわよ。 それよりアレン君、しばらく、ここに隠れていなさいね」 視線を、アレンから大きな置時計に移して、ミランダは微笑んだ。 「そうね、30分・・・いえ、1時間くらいかしら。 乾杯が終わって、皆さんが適度に酔っ払った頃に降りてらっしゃい」 「はぁ・・・でも、せっかく帰ってきたのに・・・」 残念そうに言うアレンに歩み寄り、ミランダは彼のうつむいた顔を覗き込む。 「ちょっとだけ、我慢しなさい?後は私達がなんとかするから」 いたずらっぽい笑みを浮かべると、ミランダは踵を返し、ティーテーブルの上に置いてあった、小さなプレゼントの箱を取り上げた。 「私達が呼ぶまでは、ここを出ちゃいけませんからね?」 「はぁい」 部屋を出たミランダを見送って、アレンはティーテーブルに添えられた椅子に腰を下ろす。 「なんだか・・・ミランダさん、言う事がジェリーさんに似てきたなぁ・・・」 ジェリーでも同じことを言うだろうと想像し、アレンは苦笑した。 「お腹すいたけど・・・しょうがないな」 置時計を見ながら呟いたアレンは、ふと、目の端に写った花束に興味を引かれ、立ち上がる。 「あ・・・やっぱりこれ、バレンタインデーにリーバーさんがあげたやつだ!」 花弁の淵に、ほのかな紅を含んだ白いバラは、アレンも一緒に選んだものに間違いなかった。 「大切にしてくれてるんだー」 感動して、まじまじと見つめていると、その目の前で花弁が幾枚か、はらはらと落ちる。 「え?!なんで・・・僕、触ってないのに!!」 うろたえて、おろおろと床に落ちた花びらを拾っていると、軽いノックの後、ドアが開いた。 「ミランダさん、まだいるんすか?料理長が・・・」 「ぴぎゃっ!!」 衝撃と共に悲鳴が上がり、ドアを開けたリーバーが、驚いて見下ろすと、アレンが頭を抱えてうずくまっている。 「アレン?!お前・・・」 「ひどいですよー・・・思いっきりぶつけたじゃないですかー・・・・・・!」 「あぁ、スマン・・・ってをい!!」 襟首を掴まれ、引き起こされたアレンは、驚いて涙目を見開いた。 「え?!なんですか?!」 「なんですか、じゃねぇよっ!なんでお前がここにいんだ!」 「なんでって・・・えーと・・・帰ってきました」 「それでもねぇ!」 「それでもって?」 猫のように首根っこを掴まれたまま、困惑げな目をするアレンに、リーバーは深々と吐息する。 「アレン、ここは誰の部屋だ?」 「ミランダさんの部屋です」 「なんでここにいんだ?」 「ミランダさんに、ここにいるように言われたからです」 「・・・お前、いつも『レディの部屋に入るわけには行かない』って言ってなかったか?」 「それは、レディのお許しがない時の話です。招かれた場合は含まれません」 リーバーの問いに、全て的確に答えるアレンに、彼はまた深々と吐息して、アレンを下ろした。 「なんでここにいろって?」 「コムイさんに殺されないようにでしょ、多分」 もっともな答えに、リーバーは舌打ちする。 「じゃあ、俺の部屋にでも隠れてろよ。ここにいるこたねぇだろ」 「でも・・・リーバーさんの部屋、座る場所もないじゃありませんか」 「お前の奇怪部屋よかマシだ!」 思わず声を荒げたリーバーに、しかし、アレンはまだ、くだくだと文句を垂れる。 「ドアを開けた途端、雪崩れてきた物に押しつぶされるのは、ラビの部屋で懲りてますもん。 ミランダさんのお願いもあるし、僕、ここで待ってます」 途端、リーバーがアレンの首に腕を巻きつけ、締め上げた。 「はあぁ〜〜〜〜? てっめぇ〜・・・言うこときかねぇと、麻酔ナシで手術すんぞ、ゴラ!」 「うぎゃっ!!ご・・・ごめんなさい!行きます!すみません!!」 そのままずるずると部屋を引きずり出され、アレンはリーバーの部屋があるフロアへ連行される。 が、 「ねェ、リーバーさん! 僕、時間まで隠れてますから、どっか適当な空き部屋に入れてくれませんか?」 「そんなに俺の部屋は嫌か!」 既に自室のドアに手をかけたリーバーに、アレンは慌てて言い募った。 「だって! 僕、科学者じゃないんですよ?! 不用意に部屋の物触って、毒ガスでも発生したら・・・」 「室長じゃあるまいし!」 忌々しげに言って、リーバーはドアを開ける。 「あっあっ! じゃあ、積み上げられた本の山を崩して、大事なメモをなくしちゃったりしたら大変ですよね?!」 部屋に押し込められそうになったアレンが、更に言い募ると、彼の背を押していた、リーバーの力が緩んだ。 「それもそうだな・・・」 呟くと、リーバーはアレンを隣の部屋に引きずって行き、雑然と物の積み上げられたそこへ放り込む。 「倉庫に使ってる部屋だ。 ここなら別に、重要なもんは置いてねぇから、呼ばれるまでおとなしく隠れてろ」 「はぁい」 手を上げて、素直に返事をしたアレンに頷き、リーバーは部屋を出て行った。 「やれやれ・・・」 呟いて、アレンは並べられた箱のほこりを払って座り込む。 「お腹すいたなァ・・・そう言えば、移動中、あんまり食べられなかったや」 帰る、と泣き喚くアレンに、親切なアジア支部の面々は、できる限りの用意をしてくれたが、大食漢のアレンの腹を満たすには至らなかった。 「ジェリーさんのごはんー・・・」 こて、と、箱の上に横になると、たちまちまぶたが重くなる。 ほとんど、不眠不休で英国に戻ってきたのだから、当然といえば当然だった。 そのまま、アレンは寝息をたて始める。 その、眠りが深くなった頃、ドアの外を、駆けて行く足音があった。 「うー・・・!せっかくのパーティなのに、食いっぱぐれるよー!!」 焦って階段に向かいながらも、アレンが眠る部屋のドアに目を向けた彼は、慌てて急停止する。 「誰だよ、倉庫のかんぬき外した奴! 猫でも入って、いたずらしたらどうすんだ」 憤然と言いながら、彼はドアのかんぬきをしっかりと下ろした。 その頃、食堂では。 「HappyBirthday〜♪」 乾杯の中心で、嬉しそうにリナリーが笑っていた。 「おめでとう、リナリィィィィ〜〜〜〜 コムイが真っ先にリナリーに擦り寄って行くのを、ミランダはワインを飲むふりをして、じっと見つめる。 と、その視界に、配膳に立ち回る料理長が入るや、ミランダは彼女に寄って行った。 「ジェリーさん、ジェリーさん」 ひそひそと声を掛け、彼女の耳元に口を寄せる。 「実は・・・アレン君が帰ってきているんです」 「え?!あの子、アジア支部に行ったんじゃないの?!」 小声で、しかし、驚きの声を上げるジェリーに、ミランダは黙って頷いた。 「えぇ、それが、なぜだか戻ってきていて・・・今回は、そのまま出てきても構わないかとも思ったんですが、とりあえず、私の部屋に隠しました。 ・・・よかったでしょうか?」 自信なげに問うと、ジェリーは力強く頷く。 「安心しなさい、アンタの判断は正しかったわよ。 アレンちゃんが、リナリーのお誕生日に合わせて帰ってきたことなんて、コムイにはバレバレですもんね!」 杞憂かと思っていた予感が当たり、ミランダは目を見開いた。 「え・・・やっぱりそうなんですか?!」 「そうでしょうよ、多分。 春節の時に、ラビがなんだか妙な動きしてたから、それが原因かもねェ」 頬に手を当て、小首を傾げたジェリーと、鏡あわせにミランダも首を傾げる。 「妙な動き?」 「そう。 あの子、いつもはお城中をうろちょろしてるのに、ここのところ、妙にリナリーばっかりに構っててねェ。 なんのつもりかしら、と思ってたの」 「さすが・・・よく見ているんですね」 感嘆の声を上げると、ジェリーは得意げに笑った。 「当たり前でしょ!アタシはここのママンよ!」 そう言って、胸をそらした彼女に向けていた笑みを収め、ミランダは殊更に声を低める。 「それで、この後のことなんですけど・・・」 「ウン、コムイね? どうやって排除するか、でしょ?」 額を寄せ合って、ひそひそと密談する二人を、団員達が訝しげな目で見つめていたが、彼女達はお構いなしに・・・と言うより、全く気づかずに、話を続けた。 「私、また、飲み比べを仕掛けましょうか?」 「ダメダメ! 二度と同じ手に乗らないのが、コムイの恐ろしいところよ!」 ミランダの策を却下して、ジェリーがこっそりとコムイを見遣る。 「なんとか彼の注意を引いて、ここから出してしまわないと・・・」 「あら、それならラビ君にお願いしましょう。 彼なら、コムイさんの注意どころか、興味まで引いてくれそうです」 「アラ、そうね!いい考えだわ!」 でも・・・と、ジェリーは困惑げに食堂内を見渡した。 「私の弟子は、どこに行ったのであろうな」 いつの間にか、間近に現れた老人に、ジェリーとミランダは飛び上がる。 「ブブブブブブックマン!いつの間に?!」 「神出鬼没は我らのちゃあむぽいんとだ。 気にするでない」 そう言われても、気になるのが人情だ。 「あの・・・もしかして私達の話、聞いてました?」 ミランダが恐る恐る尋ねると、彼はあっさりと頷く。 「私の弟子が、妙な動きをしておると聞いたのでな」 「なんで聞こえるのよ、おじいちゃんたら・・・」 呆れ返るジェリーに、ブックマンはにこりと微笑んだ。 「なんの、私もあれを探しておったのだ。 リナ嬢へのプレゼントは、あれが運ぶと言っておったのに、肝心な時におらんでな」 ブツブツとぼやく彼に、ジェリーとミランダも、気遣わしげな目で食堂を見回す。 「そうなのよぉ・・・。 ゴーレムで呼んでも、返事しなくてねェ・・・」 探してきましょうか、と言うジェリーに、しかし、ブックマンは首を振った。 「よい。 あれはあれで、何か企んでおるのやもしれんな。 それより、お前達の話の方だ。 室長をこの場から追い出したいのか?」 その問いに二人は、既に事情を承知しているらしい彼にごまかしても仕方がない、と諦め、協力を仰ぐ。 「しかし、今日はさすがに難しかろう。 だが別に、室長を追い出すこともない。 要は、アレンをここに呼んでも差し支えない状況を作ればよいのだな?」 「可能かしら?」 「無論」 不安げなジェリーに頼もしく頷いて、ブックマンは二人にしゃがむよう、手を振った。 「良いか? 私が、既に用意しておる物を、アレンが届けたことにするのだ。 ラビに持ってこさせるつもりだったが、ここにおらんということはまだ、部屋にあろう。 ミランダ、すまんが私達の部屋へ行って、プレゼントの箱を持ってきてくれ。 重いようなら、アレンに手伝わせるといい。 そして奴を食堂の外まで、こっそり連れて来るのだ」 「え・・・えぇ・・・」 頷いて、ミランダはすぐさま踵を返す。 「アタシは?何か、手伝うことはない?」 「いや、料理長は、いつも通り振舞っておればよい」 「・・・わかったわ」 やや残念そうに言って、ジェリーはコムイに向かっていったブックマンを、ハラハラと見守った。 「リナ嬢、誕生日おめでとう」 コムイの傍らに立ったブックマンに声を掛けられ、リナリーは嬉しそうに微笑む。 「ありがとう、ブックマン 「室長も、妹御がこれほど美しく成長して、ご自慢のことであろうな」 「そうっなんですよ、ブックマン!! 可愛いでしょう、ボクの妹!!世界一可愛いでしょう?!」 大声ではしゃぎ狂うコムイの腕の中で、リナリーが真っ赤になって俯いた。 「ご・・・ごめんなさい、ブックマン・・・。 兄さんたら・・・・・・」 リナリーが恥ずかしげに眉をひそめると、ブックマンは笑って首を振る。 「いや。 室長が自慢するのも、当然のことだ。 中国には時に、歴史を変えた美女が存在したが、リナ嬢も世が世なら、傾城と称えられたかもしれんの」 「? 兄さん、ケイセイって何?」 聞き慣れない言葉を繰り返して、リナリーが見上げた兄は、激しく首を振っていた。 「イヤイヤイヤイヤ! この子はお嫁にも出しませんから!ましてや、後宮におさめるなんて、とんでもない!!」 「? コウキュウって何??」 二人の会話が見えず、首を傾げるリナリーに、ブックマンが笑みを深める。 「傾城(けいせい)とは、国を傾けるほどの美女のことで、後宮とは、皇帝の妃達が入る・・・まぁ、ハーレムだの」 「えー・・・それはヤダ・・・」 リナリーが、眉をひそめて兄の腕にすがると、コムイは激しく頷いて、リナリーをがっちりと抱きしめた。 「第一!我が家は先祖代々の漢族ですから! 満州族の後宮なんぞ、皇帝自ら土下座して頼んだって入れるもんですか!」 「ほう。おぬしの家は漢族か」 「そうですよ。 アレ?言ってませんでした?」 「知らぬということは、聞いておらんのだろうよ」 自信に満ちた声で言うと、ブックマンはふと、首を傾げる。 「では・・・選択を誤ったか・・・」 「え?なぁに、ブックマン?」 珍しく言葉を濁す彼に、リナリーが問うと、彼は軽く吐息した。 「いや・・・わざわざ、大急ぎで届けてもらったのだが、無駄になったかもしれん」 「は?わざわざって、なにをです?」 コムイも首を傾げ、ブックマンを見遣ると、彼は苦笑する。 「リナ嬢に似合うかと思ってな。 清朝の、妃達が着る衣装なのだが・・・」 「えぇっ?!ホントに?!」 目を輝かせたリナリーに、ブックマンはゆったりと頷いた。 「注文は、既にうちの小童が済ませておったのだ。 ただ、今日までに届くかが問題だったのだが・・・」 そう言って、ブックマンはクスリと、意味ありげな笑声を漏らす。 「アレンがアジア支部に行ったと聞いての。 もし可能ならば、今日までに注文の衣装を届けよと、頼んでいたのだが・・・」 「はぁ?! いくらなんでも、それは無理でしょう!」 おととい、到着の報告があったのだ、と、目を見開くコムイの腕の中で、ブックマンの目的を察したリナリーは、気まずげに黙りこんだ。 「それが、先程到着したと連絡があったのだ。 あの小僧、やる時はやりおる」 感じ入った風に頷くブックマンが、リナリーにはどうにもわざとらしく見える。 が、コムイはまさか、ブックマンともあろうものが、こんなつまらない芝居をするとは思わなかったようだ。 「・・・ブックマンの依頼でしたら、仕方ないですね。 そもそも、わざわざエクソシストが出向くような件ではありませんでしたし」 旧正月にかこつけて、またいじめてやろうと思っていたコムイの罠から、見事に逃げられたことは忌々しく思うが、代わりにラビを散々いじめたので、既に溜飲は下がっている。 「それで、アレン君は今どこに?」 「ミランダが呼びに行っておる。 もうじき来るであろう」 一件落着、と、やや得意げに、ブックマンが視線を送った先では、ジェリーが親指を立てて笑っていた。 一方、部屋に戻ったミランダは、そこにアレンの姿がないことに驚いた。 「どこ行っちゃったのかしら・・・隠れているように言ったのに!」 困惑げに呟き、ひとまずブックマン達の部屋へ走る。 「ラビ君も・・・どこに行っちゃったの!」 やや苛立たしげに呟いて、ミランダはきれいにラッピングされた、大きな箱を持ち上げた。 「んっ・・・! 重っ・・・!!」 ミランダが両腕をいっぱいに広げても、ようやく両端に指がかかるほどの長さと、その3分の1ほどの幅がある箱は、抱えられないことはないが、とても重い。 なんとか、部屋の外には出したものの、数歩も行かないうちに、しゃがみこんでしまった。 「た・・・確かに、男手がいるわ・・・・・・」 箱を膝の上に乗せて、荒く息をつく。 「でも・・・もうちょっと・・・!!」 せめて、この箱を置けるところまでは持って行こうと、立ち上がろうとするが、膝の上に乗せてしまった箱が重すぎた。 「た・・・立てない〜〜〜〜!!」 しゃがみこんだ姿勢のまま、悲鳴をあげていると、フロアの衛兵達が駆け寄ってくる。 「大丈夫ですか、ロットー殿?」 二人がかりで膝の上の箱をどけてもらい、ミランダは真っ赤になって礼を言った。 「どういたしまして。 これ、どこに運びますか?」 にこやかに尋ねられ、ミランダは慌てて首を振る。 「そんな! お二人とも、お仕事中でしょう?!」 自分でやります、と、ミランダが伸ばした手は、やんわりと押し戻された。 「これ、かなり重いですからね。 華奢なあなたでは無理でしょう」 お持ちします、と、再度言われて、ミランダはようやく頷く。 「あ・・・ありがとうございます・・・・・・」 深々と垂れたこうべをあげたミランダは、衛兵達と共にフロアを歩きながら、ふと、顔を首を傾げた。 「あの・・・お二人とも、アレン君を見ませんでしたか?」 「ウォーカー殿ですか?」 一人が首を傾げると、もう一人が頷く。 「科学班班長が、猫の子みたいにぶら下げて、連れて行きましたよ」 「リーバーさんが?!」 ミランダが思わず大声を上げると、二人は驚いて立ち止まった。 「あ・・・ごめんなさいっ! あの・・・それで、リーバーさんはどこに・・・?」 真っ赤になって頭を下げた後、おずおずと問うたミランダに、目撃者が苦笑する。 「それは・・・パーティ会場じゃないんですか?」 お誕生会中でしょう?と言う彼に、ミランダは首を振った。 「いいえ・・・食堂に、リーバーさんはいなかったんです・・・」 頬に手を当てて、しばし考え込むと、ミランダは細い指で階段を示す。 「あの・・・申し訳ないんですが、その箱は、アレン君のお部屋に運んでくださいますか?」 「ウォーカー殿の部屋ですか?」 「はい、食堂に近いですし、色々都合がいいと思うんです」 「はぁ・・・構いませんが・・・・・・」 頷いて、二人が階下に降りて行くのを見送ると、ミランダはポケットから通信ゴーレムを取り出した。 「リーバーさん!リーバーさん!」 呼びかけたが、しばらく待っても返事はない。 「忙しいのかしら・・・?」 困惑げに呟いて、ミランダは科学班へと走っていった。 夜が更けると共に、窓の隙間から冷気が沁み込んで来て、アレンはぶるりと震えた。 「さむ・・・おふとん〜・・・・・・」 寝ぼけた声をあげ、床に落ちているはずの布団を探っていると、傾いだ体はごろんと床に落ちる。 「いてっ!」 悲鳴をあげて、硬い石の床に身を起こすと、そこは見慣れた自室ではなく、物が雑然と積み上げられた倉庫だった。 「あー・・・そっか。 僕、隠れてたんだっけ・・・」 寝ぼけまなこをこすりつつ、彼が今まで寝床にしていた木箱に腰を下ろす。 「どのくらい寝たのかな・・・」 窓の外を見れば、細い傷のような月が天頂に浮かんでいたが、あいにく、アレンは月で時刻を知る術を持っていなかった。 「おなかすいたぁ・・・まだ出ちゃダメなのかなァ・・・・・・」 呟きながら、アレンは立ち上がり、ふらふらとドアに寄る。 注意深く外の様子を窺うが、話し声はもとより、足音すら聞こえなかった。 「ちょっとくらい・・・様子見に行っていいかな・・・」 コムイにさえ見つからなければいいのだから、このフロアは安全なはずだ、と、ドアを押したアレンは、ややして首を傾げる。 「あれ? 引くんだっけ?」 呟いてドアノブを引くが、やはりドアはびくともしなかった。 「え?」 今度は力を込めて、再び押すが、ドアは開かない。 「えー?!」 閉じ込められた、と察したのは、その一瞬後だ。 「リーバーさぁぁぁん!!なんでぇぇぇ!!」 泣声と悲鳴をあげつつ、ドアを叩くが、助けが現れる様子はない。 「だーれーかぁぁぁぁ!!!」 泣声はしかし、分厚いドアの外に漏れることはなかった。 「リーバーさん?!いますか?!」 科学班に飛び込んできたミランダを、部屋に残った少数のメンバーが振り返った。 「ミランダさん、今、班長に近づかない方がいいっすよ」 「ってか、実験室に近づかない方がいい。 死にたいなら別ですが」 憔悴した顔に、全てを諦めきった表情を浮かべる科学者達に、ミランダが息を飲んで立ち竦む。 「ど・・・どうしたんですか・・・?」 引きつった声で尋ねると、幽鬼のように蒼ざめた顔が、振り子のように振れた。 「毒ガス発生中っす・・・・・・」 「そんなっ?!」 真っ青になって、実験室へのドアへ駆け寄ろうとする彼女を、数人が慌てて止める。 「待って、ミランダさん!マジ待って!!」 「で・・・でも!!」 「大丈夫!クロちゃんが一緒にいるから!!」 「ガスマスク着用してるし!」 「防護服も着てるから!!」 「無防備にあのドア開けられる方がヤバいんだって!!」 悲鳴じみた声をあげる彼女を、数人がかりで抱えるようにして、説得しつつなんとか引き離した。 「でもっ・・・あのっ・・・! ク・・・クロウリーさんが一緒にいるって事は・・・!!」 「うん。アクマウィルスの毒ガ・・・」 「ストップ!!マジストップ!!!」 再びドアに駆け寄ろうとした彼女を、またもや数人がかりで止める。 「もうすぐ出てくるから、ちょっと待ってて下さいってバ!」 「でも・・・でも・・・!!」 「確かに毒ガス発生は予定外でしたけど、この対処方法は俺ら、ちゃんと確立してますから!」 必死に言い募って、ミランダを止めると、皆、床に座り込んだまま、彼女に諄々と言い聞かせた。 「リーバー班長主動で、俺らのグループがやってた実験があったんすよ」 「アクマウィルスを無効化する実験ね。見たことあるでしょ?」 リナリーと共に、助手として科学班に出入りしていたミランダは、そう言われて頷く。 「で、今日は寄生型がどうやってウィルスを浄化するのか、クロちゃんに血のサンプルをもらったんだな」 「まだもらってねぇよ。もらおうとした、って時だ」 仲間の言葉を訂正して、彼はうんざりとうな垂れた。 「俺ら、クロちゃんがアクマの血の臭いでキレるって、聞いてたのになァ・・・」 「用心が足りなかったよ・・・」 悄然と肩を落とした彼らを、ミランダは気遣わしげに見遣る。 「あの・・・もしかしてクロウリーさん、吸血鬼になってしまいましたか?」 恐る恐る問うと、彼らはうな垂れるように頷いた。 「実験室で、アクマの血を出した途端、保存用の瓶に襲い掛かっちゃって・・・」 「瓶は割れて血は飛び散るわ・・・」 「床や壁に触れた途端、毒ガスは発生するわ・・・」 「散々だった・・・いや、散々なんだ、今現在・・・・・・」 とうとう、さめざめと泣き出した彼らを、ミランダは気の毒げな目で見つめる。 「大丈夫ですよ・・・リーバーさんと、クロウリーさん・・・が、なんとかしますよ・・・」 騒ぎの原因となったクロウリーを加えていいものか、一瞬迷ったが、ミランダは引きつった顔になんとか笑みを浮かべて、彼らを慰めた。 「それで・・・あの・・・・・・。 皆さん、リーバーさんが、アレン君をどこに隠したか・・・知りませんよね?」 おずおずとした問いに、泣き顔をあげた彼らは、一様に首を振る。 「やっぱり・・・」 予想したことではあったが、ミランダは落胆のため息を零した。 その頃、食堂では。 「ねぇねぇ、ミランダ、遅くない?」 ずっと離れなかったコムイを、なんとか引き剥がしたリナリーが、ジェリーに駆け寄って問うた。 「そぉねぇ・・・あの子、部屋にアレンちゃんを隠したって言ってたんだけど、何かあったのかしら?」 頬に手を当て、困惑げに首を傾げたジェリーを、リナリーは不安げな目で見上げる。 「変なの・・・。 ブックマンはいるのに、ラビはいなくて、アレン君はここに来る前一緒だったのに、まだ出てこないなんて・・・」 「ホントにね・・・ちょっと、警備班の子に頼んでみましょうか。 今日の見回りの時に、ラビとアレンちゃんを探してくれるように」 「お願いできる?」 今にも泣き出しそうな顔をするリナリーの両頬に手を当て、ジェリーはにっこりと微笑んだ。 「任せなさい パーティの主役にこんな顔をさせるなんて、悪い子達だわ」 途端、リナリーが、はっと目を見開く。 「ジェリー・・・まさか、兄さんがやったんじゃないよね?」 「それはないわ」 リナリーの不安を、ジェリーはすかさず否定した。 「だって、アレンちゃんが帰ってきたことをコムイは知らないし、ラビは春節の時に散々いじめてたから、これ以上に嫌がらせする意味がないもの」 「そ・・・そうだね・・・」 ほっと吐息して、リナリーが微笑む。 「じゃ・・・じゃあ、二人を探すの、お願いして」 「了解 ジェリーは、リナリーの頭をくしゃくしゃと撫でると、厨房に引き返していった。 その背を見送り、リナリーはまた、吐息する。 「早く来てくれないと、日付けが変わっちゃうよ、二人とも・・・」 寂しげな彼女を、やや離れた場所から気遣わしげに見ていたブックマンもまた、吐息した。 「何をやっとんのじゃ、あの馬鹿どもは・・・・・・」 ブックマンが、そう呟きを漏らした頃、アレンは真っ暗な倉庫部屋で、ドアにすがって泣いていた。 「リーバーさーん!リーバーさん、出してぇぇぇ!! もぉミランダさんの部屋に入らないからぁぁぁぁ!!!!」 お仕置きをされている子供のように泣きじゃくるが、リーバーどころか、誰も助けに来てくれない。 「なんでっ!フロアの衛兵さんもいないんですかっ!!」 しゃくりあげながら、ヤケのようにドアを叩くが、音は外に漏れないのか、フロアに必ず一人はいるはずの衛兵も来てくれなかった。 が、こんなに泣いていても、イノセンスを発動して壁を壊そうという考えはない。 コムイの目を恐れて隠れている以上、そんな派手なことをすれば、確実に彼の耳に入り、制裁を受けることは目に見えていた。 ――――・・・実際は、既に、ブックマンの作戦により、出てきてもなんの問題もなかったのだが、そのことは当然知らないアレンである。 「助けてよぉぉぉぉぉ!!」 嗄れた声で発する泣声だけが、空しく部屋に響いた。 その後、アレンの泣き声も嗄れ果てようかという深夜になって、ようやく、科学班に隣接する実験室のドアが開いた。 『終わったぞー!!』 くぐもった声に、ずっと気を揉んでいたミランダは、喜色を浮かべて立ち上がる。 「リーバーさん!クロウリーさんも、無事でよかった・・・!」 ミランダが駆け寄ると、防護服にくるまれて、真ん丸くなったリーバーの傍らで、クロウリーが恥ずかしげに頬を染めた。 「み・・・皆、申し訳なかったである・・・。 アクマの血の匂いに、つい、我を忘れてしまったであるよ・・・・・・」 そう言って、深々とこうべを垂れたクロウリーに、ミランダに続いて歩み寄ってきた科学者達が笑みを浮かべる。 「いや、こっちこそ悪かったよー」 「クロちゃんの前に、アクマの血を出しちゃいけなかったんだよな」 「ごめんなー・・班長にも、すんませんっした!ご苦労様っす!!」 『おーぅ。 それはいいんだけどよ、ちょっとこのヘルメット、取ってくんねーか? 着るのはいいんだが、脱ぐのが難しいんだ』 言いつつ、もよもよと鈍い動作で背に手を回そうとするリーバーに、皆、思わず吹き出した。 「班長、トドみてぇ!!」 『んっだと、コノヤロウ!てめぇ、次から俺の代わりに、毒ガスの処理すっか?!』 くぐもった声で怒鳴られて、彼は慌てて最敬礼する。 「あ、すんません!嘘っす!脱ぐのお手伝いします!!」 他のメンバーも、わたわたと駆け寄り、リーバーの防護服を脱がした。 「っあー!あちー!! やっぱこれ、暑いぜ!夏じゃなくてよかったよ」 ミランダが差し出したタオルで汗を拭きながら、リーバーが盛大にぼやく。 「クロ、サンキューな! このバカ共も、これで反省したろうから、次はこんなことないようにしとくよ」 「は・・・はぁ・・・・・・」 恐縮するクロウリーの背を叩き、タオルを首にかけて部屋を出ていくリーバーを、ミランダは慌てて追いかけた。 「リーバーさん!どこに行くんですか?!」 「へ? 汗かいたんで、もう風呂入って寝ようかと・・・・・・あ」 立ち止まって、リーバーは気まずげに頭をかく。 「忘れてたっす」 「良かったです、思い出してもらえて」 ほっと、安堵したミランダを振り返り、リーバーは照れくさげに笑った。 「リナリーに言っといてください、パーティにはちょっと遅れるって」 「そうじゃなくて!!」 思わず、大声を上げて、ミランダはリーバーに詰め寄る。 「アレン君! どこに連れて行っちゃったんですか?!」 「・・・あ!」 引きつった顔に苦笑を浮かべて、リーバーは踵を返した。 「あいつ、腹減ったって泣いてるな・・・」 「泣いてますとも!」 珍しく、怒りを含んだ口調で言われて、リーバーは足を早める。 「いや!でも!かんぬきは下ろしてねぇから、出ようと思えばいつでも出られるんすよ?! きっと今頃、厨房で料理長に餌付けされてんじゃねぇかな!」 科学者らしくもない、希望的観測を述べつつ、リーバーはアレンを押し込んだ部屋の前に立ち・・・一気に蒼ざめた。 「かんぬき、下りてるじゃありませんか!!」 ミランダの悲鳴に、リーバーは慌ててかんぬきを外し、ドアを開けて・・・床の上で、自らの涙に溺れた少年を発見した。 「アレン・・・・スマン」 「早く医務室に運んでくださいぃぃぃぃ!!」 回廊中に響きわたる、ミランダの悲鳴に、フロアの衛兵達も驚いて駆けつけてくる。 「どっちかといえば、食堂に運んだ方がいいような・・・」 と、口の中で呟いたものの、リーバーはすっかり目を回したアレンを抱え、医務室に運んで行った。 そこには既に、警備班の団員によってラビが運び込まれており・・・彼の身になにが起こったか、なんとなく察しのついた二人は、ドクターと示し合わせて、この真実を闇に葬ることを決定した。 翌朝、空腹のあまり目が醒めたアレンは、隣のベッドで眠るラビの姿を見た途端、気まずげに目を逸らした。 「ドクター・・・お腹減ったんで、もう出てっていいですかー?」 既にデスクに着いていたドクターに呼びかけると、彼は呆れた様子で吐息する。 「・・・他に言うことは?」 「んー・・・本人知ってますから言いますけど、ラビをやったのは僕です。 食堂に行っていいですか?」 あっけらかんとした口調に、ドクターは説教しようと、一旦開いた口を吐息と共に閉じた。 「・・・・・・・・・・・・行きたまえ」 「はぁい!」 諦めた様子で、力なく首を振る彼に微笑み、アレンは元気にベッドを降りる。 と、隣のベッドを見下ろし、まだ意識の戻らない様子のラビにも微笑みかけた。 「リナリーのお誕生日パーティに出られなかったのは残念だけど、ラビの妨害は間に合ったからいいや」 言うや、軽い足取りで医務室を出て行ったアレンを見送ると、ドクターはラビの寝るベッドに、ゆったりと歩み寄る。 「・・・君は、頭が良いのだから、記録するだけでなく、少しは応用に役立ててはどうだね?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・それができんなら・・・とっくにやってるさ・・・・・・」 ぱちりと目を開けて、乾いた声を漏らす彼に、ドクターはまたもや力なく首を振り、自分のデスクへ戻って行った・・・。 Fin. |
| 本当は書くつもりのなかった、リナリーお誕生会の第2弾です。 当初の予定では、2/20〜22と区切っていたにもかかわらず、何を勘違いしたか、バナーを作成する際、『23日まで』と間違えて打っちゃったんですよ。 挙句、告知も全部23日までにしちゃったヨどうしよう。>お前、どうしようもないな; でも、閲覧者の人数が、予想以上に多かったため、よーしパパがんばっちゃうぞ!と、当初の予定にない行動に移ったんだよ、パパ。>誰がパパ; 作中の衣装は、清朝の皇族が着ているような、豪華な衣装一式をイメージしています。(こんなの) 着物を扱う仕事(たまに)をしていますと、桐箱に入った振袖一式なんかを持ち上げたりするんですが、ホントに・・・腕力いるよ!(T▽T) 衣装の持ち運びは、確実に男の仕事ですよ・・・(T▽T)>でもやるけど(笑) ちなみに、リー兄弟が漢族かどうかなんて知りませんよ。 ただ、漢字表記が『李』で合ってるなら、漢族だろうな、と、考えただけです。 |