† Promised land †
それはまだ、アレンが黒の教団に迎え入れられて、間もない頃の事。 彼がおそらく・・・いや、確実に、英国一おいしい料理を出す食堂へと、嬉しげに駆け込むと、いつも明るく優しい料理長が、にこやかに迎えてくれた。 「アラアラ 今日も元気ね、アレンちゃん 「はいっ!」 ニコニコと、輝くような笑顔を浮かべる彼にジェリーはすかさず歩み寄り、注文を聞いてくれる。 アレンの入団以来、彼が食堂に来る度に料理長がかかりきりになると言うので、一部の団員・・・と言うより、特定の一個人からは大いに嫌われていたが、その他多くの団員達は、アレンが注文する料理の多様さと、それを作ってしまう料理長の腕に、興味の方が大きかった。 今日も、16種類は軽々と並べ立てたアレンの注文に、既にテーブルについていたリナリーが興味深げに寄ってくる。 「ねぇねぇ、アレン君? 燃える愛ってなに?」 「リナリー えっとですね、デンマークの家庭料理で・・・」 「家庭料理?!なのにそんな名前なの?」 「ハイ。 マッシュポテトに炒めた玉ねぎとベーコンを載せて、酢漬けの赤カブと一緒に食べる料理です。おいしいですよ」 「それにしても、すごい名前だね・・・」 大きな目を丸くしての問いは、ジェリーに向けられたものだ。 「寒い地方の料理だから、あったかいことが最高の愛なのよ リナリーも食べてみる?」 「うん!!」 ジェリーの提案にリナリーは嬉しそうに頷く。 「じゃあ、出来上がるまで私のランチ分けてあげるよ、アレン君!」 「わぁい 元気に踵を返す二人の背を、ジェリーは微笑ましく見守った。 「仲良しさんねぇ・・・ 楽しげに呟いて、早速仕事にかかろうとした時、 「へぇ〜〜〜〜・・・仲良しなんだぁ〜〜〜〜・・・ふぅーん・・・・・・」 地獄の底から湧き上がって来たような、怨念にまみれた声に、ぎくりと足を止める。 「・・・・・・コムイ、アンタ、そんなトコでなにしてんの」 注文カウンターのキッチン側に、まるで家庭内害虫のようにへばりついている彼をジェリーが咎めると、コムイは怒りに吊りあがった目で彼女を見上げた。 「なんで止めてくれないのさ・・・!なんで邪魔してくれないのさ・・・! ジェリーは友達だと思っていたのに、ボクのかわいい妹が、クロスなんかの影響下にあった害虫に付きまとわれるのを許すのかい?!」 「害虫って・・・・・・」 ヒステリックな声で喚きたてるコムイに、ジェリーは苦笑する。 「大げさよぉ。 アレンちゃんは礼儀正しい、イイ子じゃない。 クロス元帥の弟子とは思えな・・・ううん、むしろ、元帥の弟子だから、あんなイイ子になったんじゃなくて?」 それに、と、ジェリーはカウンターの向こうで、仲良く並んで座る二人を指した。 「構いたがってるのはアレンちゃんじゃなくて、リナリーだわ」 途端、 「ボクの清純で可愛いリナリーが、あんなのに付きまとうわけないでしょぉぉぉぉぉ?!」 城中に響き渡るかと思えた大絶叫は、幸い、揚げ物の音にかき消される。 「リナリーは・・・リナリーはね!! ボクの聖域にして安息の地なんだよ?! それをあんなクソガキに・・・いや、悪魔の弟子に穢されてたまるもんかいっ!!」 「はいはい、ちょっと落ち着きなさい、アンタ」 すがりつくコムイの肩をなだめるように叩き、ジェリーは吐息混じりに言った。 「アレンちゃんはここに来て、まだ日が浅いでしょぉ? リナリーは優しい子だから、新人にはいつも気を遣ってあげてたじゃない。 その上、あの子より年下の子が入ったのって、アレンちゃんが初めてじゃないかしら? ちょっとお姉さんぶってみたくもあるのよ。 アンタが思ってるようなことじゃないから、放っておきなさいな」 「放っておけませんんん〜〜〜〜!!!!」 涙声をあげながら崩れ落ちたコムイは、きれいに磨かれた床に誰かの顔を幻視して、何度も拳を叩きつける。 「この教団に一歩でも入った男どもは、最初に徹底的に思い知らせてやらなきゃ行けないんだぃっ!! ボクのかわいいリナリーに対して、わずかでも良からぬ思いを抱かないように!」 「・・・なにする気よ?」 うんざりとした顔で尋ねたジェリーに、コムイはポケットから取り出した小瓶を突きつけた。 「ジェリー!アレン君のランチに毒を・・・」 「出てけっ!!」 厨房から蹴りだされたコムイが、食堂側からカウンターに取りすがる。 「なんでさっ!ボクたち、友達だよねっ?!」 「いくらアンタでも、アタシの作った料理に毒を盛るなんざ承知しないわよっ!!」 「リナリーの危機なんだよぉぉぉぉぉっ!!」 「アレンちゃんの方がよっぽど危機よっ!!」 カウンターを挟んで喚き合う二人に、さすがに食堂中の視線が集まった。 「・・・・・・兄さん、どうしたの?」 奇特な兄がまた何かやらかしたのかと、リナリーがやや不安げに歩み寄れば、コムイだけでなくジェリーも、『なんでもない!』と首を振る。 「なんでもないようには見えないけど・・・」 じっと、追求するように見つめてくるリナリーに、ジェリーがパタパタと手を振った。 「ホントに気にしなくていいの! コムイがまた、たわごと言ってただけだから!」 「た・・・たわごとってぇ〜〜〜〜!」 悲しげな泣き声をあげるコムイには、ジェリーは追い払うように手を振る。 「いいから、とっとと出て行きなさいよアンタ! アタシは忙しいの!」 「あぅーん!!」 哀しげに泣きながらも、ただでは起きないコムイはリナリーの腕を引いた。 「え?!兄さん?!」 「ジェリーが冷たいから慰めておくれ 今日はおにーちゃんと一緒にランチ♪」 「えぇっ?!」 問答無用で連行されるリナリーが、一瞬、気遣わしげにアレンを見遣る。 と、当のアレンは、今、目の前で起こっていることの意味がわからず、リナリーに分けてもらった肉まんをくわえて、目を丸くしていた。 「ごめんね! ランチはまた今度ね!」 「ふぁい・・・」 無理矢理食堂を連れ出されるリナリーに、アレンは間の抜けた返事をしつつ、手を振る。 「なんなんでしょうか・・・・・・」 首を傾げてテーブルに向き直ると、ふんわりと湯気を立てる皿が目の前に置かれた。 「理由はそのうちわかるわ」 見上げれば、ジェリーが苦笑してアレンを見下ろしている。 「だから今日は、アタシの愛を召し上がれ 「はいっ!!」 歓声をあげて、アレンは大量に盛られたマッシュポテトにスプーンをくぐらせた。 「・・・そう言うわけで、今日は無事、リナリーを保護することができたんだけど、このままじゃとっても危険だって事はわかるよね、リーバー君?」 書類が雑然と散らばった執務室のデスクで、いまだかつてないほど真剣な顔をする上司に、リーバーはあっさりと首を振った。 「わかりませんね。 それよりこの報告書を至急確認してもらわねーとヤバイって事はわかってますか、室長?」 「だからイヤだったんだよ、ボク! クロスだよ?よりによって、クロスの息がかかった子だよ?! 絶対良からぬ子だと思ってたんだ、ボカァ!!」 リーバーの言葉に耳を貸そうともせず、ヒステリックな声をあげてデスクを叩くコムイを、リーバーは冷ややかに見下ろす。 「俺もイヤっすよ。何度も何度も何度も同じことを言うのはね。 だけど、今日こそ確認してもらわねーとマジヤバイんす。 クラウド元帥が任務先で痺れ切らしてんす。 アンタも知ってるでしょーが、あの人を怒らすと、めっちゃ怖・・・」 「元帥が怖くて室長なんかやってられると思う?! それより最重要課題にして最優先事項だよね、コレ?!」 「こっちが最優先に決まってんだろぉぉがぁぁぁぁ!!!!」 コムイのわがままに、とうとうリーバーが絶叫した。 「お伺いしますけどね! リナリーに近づいたってんで、アンタ一体、何人の団員を闇に葬りました?! みんなもう、あんなコエー目に遭うことはゴメンなんすよ! やられた本人はもとより、周りへの被害が甚大なんすよ!! だから俺達ァ、リナリーに手を出しゃヤバイってことくらい、アレンにゃとっくに忠告してんすよ!! わかったらアンタはとっとと仕事しろ!!!!」 「えー・・・でもぉー・・・・・・」 まだブツブツと言うコムイの頭を上から押さえつけ、デスクに置いた書類に目を向けさせる。 「オラとっととハンコ捺せや! さもないと、怒り狂ったクラウド元帥が、アンタに錘をつけて死海に沈めてしまいますよっ」 「あはー さすがにそれはヤダなァ。 だって、万が一死海の水が目にでも入ったらとんでもないことに・・・」 「・・・・・・その、とんでもないお仕置きをしてやると、通信班経由で電報が来てるんすが、読みますか?」 「・・・・・・・・・お仕事しまーす 引きつった笑みを顔に張り付かせ、ようやく書類をめくり始めたコムイに、リーバーは深々と吐息した。 「ったく、いい加減、妹離れしてくださいよ。 室長、明日で30でしょ?」 「ちょっとぉぉぉ?! ボクまだ28だよ?!明日で29歳!!29歳ィィィィィィィィ!! 三十路にはまだ猶予があるから!あるんだから!!」 泣き喚いて訴える彼に眉を寄せ、リーバーは面倒そうに頷く。 「ハイハイ、にじゅうきゅうさいですね、室長わー」 「今、テキトーに言った!すっごくテキトーに言った!! 自分はまだまだ先だと思っていたら、すぐなんだからね?!あっという間に崖っぷちなんだからね?!」 「・・・それまでには、結婚でもして円満退職してぇなァ・・・・・・」 冗談にしてはいやにしみじみと呟いて、リーバーはコムイが捺印するごとに、次々と書類を差し出した。 「ちょっ・・・?! 終わんないじゃない!いつまでも終わんないじゃない!」 「アンタが溜めてたからでしょーが。 明日は盛大にお誕生日パーティしてあげますんで、29歳最後の今日は、きっちり仕事片付けましょーよ」 「だ・か・ら! 明日で29歳だって言ってるじゃないか! 今、わざと間違えたよね?!わざとだよね?!」 「わざとなもんですか。 あまりにも過酷な職場環境のため、思考力が鈍ってるだけっす」 深々とついたため息でコムイの反論を封じ、リーバーはようやく決済の済んだ書類を取り上げる。 「はい、緊急書類はオッケーです。 俺、一旦通信班に行って来ますけど、俺か科学班の奴が書類持って来るまでここ動かないで下さいよ。 もし動いたら・・・・・・」 「動いたら?」 首を傾げるコムイを、リーバーは冷ややかに見下ろした。 「明日のパーティの垂れ幕は、『三十路突入おめでとう』になります」 「んな――――――――――――――――っ?!」 コムイの口からほとばしる絶叫が、妙なる音楽ででもあるかのように聞きいって、リーバーは意地悪く頬を緩める。 「30過ぎたら、いくら室長でも妹離れしますよねー?」 「しませんっ!!リナリーは一生ボクの大切な・・・聞いてよぉぉぉぉぉっ!!!!」 愉快げな高笑いを残して執務室を出て行くリーバーの背に、コムイの絶叫が心地よく響いた。 その頃、兄の元から抜け出して、客のはけた食堂に戻ったリナリーは、厨房に入り込んでジェリーの指導を仰いでいた。 「リキュールって、どのくらい?」 「香り付け程度でいいわよ・・・って! ちょっとアンタ!そんなに入れたら火がつくわよ!!」 「え? 火がつくの?!」 思わずキラキラと目を輝かせたリナリーのおでこを、ジェリーが指先で弾く。 「ナニうれしそーにしてるの! アンタ、お誕生日ケーキ作ってるんでしょ? クレープじゃあるまいし、フランベなんかしなくてよろしい」 「あぁ・・・あの、クレープに火がつくの、フランベって言うんだ?」 「そうよ。 だけどアンタはやめときなさいね。 火傷するか、クレープをぐちゃぐちゃにしちゃうか、どっちかだわ」 「ひどいー!!」 ジェリーの指摘に頬を膨らませて、リナリーは大量のリキュールが入った生地を型に流し込んだ。 たったそれだけの作業で、アルコールの香りが立ち上る様に、ジェリーが苦笑する。 「・・・味見に勇気がいるわね」 「おっ・・・おいしい・・・もん・・・・・・たぶん・・・・・・」 そうは言いつつも、かなりのところ自信のない様子で、リナリーはそれをオーブンに仕込んだ。 「うーん・・・・・・まぁ、焼いている内にほとんどのアルコールは飛ぶでしょうけど・・・・・・」 「そっ・・・そうだよね?! おいしい・・・・・・よね・・・・・・?」 意気込んだものの、リナリーはすぐに不安げな目をオーブンの扉へと戻す。 「まぁ・・・・・・練習だから・・・・・・」 「そうね。 初めてのケーキは、失敗して当たり前ね」 「なんで失敗前提なの?!」 頬を膨らませて抗議するリナリーの頭を撫でてやりながら、ジェリーはくすくすと笑声を漏らした。 「じゃあ、アンタはあれを食べる勇気がある?」 「・・・・・・・・・・・・」 「多分、食べようとしても口に入んないと思うわよぉ?」 「えぅ・・・どうしよ・・・・・・」 涙目になるリナリーに、ジェリーは笑みを深める。 「まぁ、ここにはお酒好きな子達もいっぱいいるから 誰かが食べてくれるわよ 「う・・・うん・・・・・・」 益々不安げな顔になって、リナリーはオーブンの扉を見つめた。 一方、通信班に赴いたリーバーは、クラウド元帥の凄まじくヒステリックな説教を長時間拝聴した挙句、平謝りに謝って、なんとか『自分は』許してもらうことができた。 が、 『コムイに伝えろ! 今度仕事サボって私の可愛い部下達を危険な目に遭わせたら、死ぬより辛い目に遭わせてやるとな!!』 と、通信ゴーレムがハウリングするほどの大音声で怒鳴られ、通信班の団員達と共に思わず耳を塞ぐ。 「あのー・・・・・・ちなみに、どういったお仕置きをお考えで・・・・・・?」 恐る恐る尋ねれば、回線の向こうから、暗い笑声が返って来た。 「コ・・・コエーよー・・・・・・!」 ぶるぶると、天敵に遭った小動物のように震える彼らに、クラウド元帥は高らかに宣言する。 『リナリーに素敵な恋人を見繕ってやろう!』 「ヤバイって―――――――――――――――――――――!!!!」 声まで青ざめる悲鳴に、回線の向こうからまた、笑声が返って来た。 『それがイヤなら、二度と私に逆らわぬことだ!わかったか!!』 「はい!!すみませんんんん!!!!」 その場に土下座する勢いで、全員が深々と頭を下げると、まるでその様が見えたかのように、彼女の声が柔らかくなる。 『よろしい。 では、コムイによろしく』 そう言って、一方的に通信が切られた後も、一同は頭を下げたままだった。 「できた?」 「えぇ、もう大丈夫」 オーブンを前にして、何度目かの問いの後にようやく許可をもらい、リナリーは扉を開けた。 「あつっ!!」 「コラ! 真正面からオーブンを開けたら、熱風が来るに決まってるでしょ!」 「知らないもん〜〜〜〜!」 泣声をあげながら、焼きあがったケーキを取り出そうとするリナリーの手を、ジェリーが慌てて掴む。 「なにやってンの、おバカッ! 火傷するわよ?!」 「え?なんで?」 「オーブンが熱いんだから、中のケーキも熱くなってる事くらい気づきなさいよっ!!」 「あ・・・そうか・・・・・・」 気まずげに呟くリナリーを吐息して押しのけ、ジェリーはオーブンの中のケーキを取り出してやった。 「ホントにもう、この子は・・・・・・。 いいこと? アタシがいない時は絶対、厨房に近づいちゃダメよ?」 「はぁい・・・・・・」 やや残念そうに返事をして、リナリーはおとなしく、ジェリーがケーキを型から出すのを見つめる。 「・・・・・・どう?」 不安げに問えば、ジェリーは笑って頷いた。 「ちゃんと焼けてるわ 「それはそうだよ・・・ジェリーが火加減してくれたんだもん。 そうじゃなくて・・・おいしいかな?」 「そぉねぇ・・・アタシはまだ仕事があるから、味見できないわァ」 からかい口調のジェリーに唇を尖らせ、リナリーはまだ湯気を上げるケーキを切り分ける。 途端、湯気と共に濃厚なアルコールの匂いが漂って、思わず眉を寄せた。 「う・・・これは・・・・・・」 「匂いだけで酔っ払いそうね」 思わず数歩を退いたリナリーに、ジェリーは楽しげな笑声をあげる。 「ラビがいたら、喜んで食べてくれそうなのに・・・」 リナリーが思わずため息を漏らすと、ジェリーも顎に指を添えて、首を傾げた。 「あの子ねェ・・・ここ最近、見てないわねェ」 「アレン君の入団と入れ替わりに、長期の任務に行っちゃったんだよ」 「あらま、残念! あの子達、仲良しになれそうなのにね」 「そのうち帰ってくるし、会ったら仲良くなるよ、きっと」 「そうね リナリーの言葉にジェリーも頷き、用意していたホイップクリームを、切り分けたケーキの横に搾り出してやる。 「さ、できたわよ。 テーブルに誰かいないかしら?」 「うーん・・・あ!アレン君!!」 カウンター越しに物色した二人は、お茶の時間に舞い戻ってきた少年の姿を見止めて、にっこりと笑いあった。 「アレン君なら食べてくれるよね?」 「そうね・・・だけど、食べ物とお酒は別物だから、あまり無理に勧めちゃダメよ?」 「うん・・・私だって、ちょっとこれは食べられそうにないもの・・・・・・」 まだ大量のアルコールを含む湯気が立ち上るケーキを見遣り、リナリーは苦笑する。 「アレン君、15歳だもんね。 お酒はまだ早いかもね」 「あらまぁ、この子ったら ジェリーにからかわれ、リナリーはいたずらっぽく舌を出した。 「じゃ!ちょっと行って来るね!」 「ハイハイ 厨房を駆け出していくリナリーを、手を振って見送ると、ジェリーはカウンターにもたれて、二人を微笑ましく見守る。 その視線の先で、リナリーはウェイトレスよろしく、気取ってケーキの皿を差し出した。 「ほえ?ケーキ?」 ティータイムのスコーンにかじりついていたアレンは、目の前に差し出された皿に、目を丸くする。 と、隣の椅子が引かれて、リナリーがすとんと腰を下ろした。 「チョコレートケーキを作ってみたんだ♪ アレン君、味見してくれないかな?」 「え?いいんですか?」 目を輝かせるアレンに、リナリーは嬉しげに頷く。 「あのね、明日、コムイ兄さんのお誕生日なの。 それでケーキ作りの練習をしてるんだけど、初めてだから色々不安があって・・・・・・。 良くないところは直すから、どんどん指摘して欲しいの!」 両手を組んで、可愛らしく小首を傾げるリナリーの『お願い』を、退けられる男がいたら見てみたいものだと思いながら、アレンは大きく頷いた。 「喜んで味見させて頂きます! すごくおいしそうですね 弾んだ声をあげながら、ケーキの皿を引き寄せたアレンは、湯気と共に立ち上る匂いに、思わず手を離す。 「アレン君・・・?」 不安顔のリナリーに、微笑みかけようとして失敗し、アレンは一旦引き寄せた皿を、申し訳なさそうにリナリーに返した。 「すみません・・・・・・ちょっとこれ、僕には無理です・・・・・・」 「・・・・・・やっぱり?」 「はぁ・・・・・・僕、大抵の料理はいけるんですが、お酒だけはどうにもダメで・・・・・・。 アルコールの匂いをかいだだけで、気持ち悪くなっちゃうんです・・・・・・」 「うん・・・それは、今の顔色見ればわかるよ・・・・・・」 皿を引き寄せた途端、表情が凍りつき、血の気が失せて、脂汗まで浮いてきたアレンに、リナリーが気遣わしげな目を向ける。 「大丈夫?倒れそうだよ?」 「はぁ・・・・・・本当にすみません・・・・・・」 「いいの!気にしないで!!」 アレンが申し訳なさそうに言うと、リナリーは慌てて手を振って立ち上がった。 「意見ありがとう。お酒は香り付けだけにするね! また作ったら、味見してくれる?チョコレートは大丈夫だよね?」 「はい。お酒さえなければ、好き嫌いありませんから」 「そう! じゃあ、明日は楽しみにしててね アレンに笑みを返すと、リナリーは手付かずの皿を持って厨房に戻る。 「ほほほ 味見してもらえなかったみたいね」 楽しげに笑うジェリーに、リナリーはぷぅ、と、頬を膨らませた。 「お酒がダメだって言われただけだもん! お酒控え目にしたら、食べてくれるもん!」 「ケド、味見するのもためらうようなケーキって、ある意味すごいわよね」 そう言って、また笑うジェリーを、リナリーが睨みつけていると、その頭に大きな手が乗せられる。 「ナニ?アレンにも嫌いなもんがあったのか?」 「あれ?班長、お仕事は?」 リナリーが問うと、リーバーはついでのようにくしゃくしゃと彼女の頭を撫でた。 「室長のコーヒー取りに来た」 「アラアラ、いつもご苦労様ね ちょっと待ってて♪今、ドリップするわ くるりと踵を返したジェリーに頷き、リーバーはまだティータイムを続けているアレンを見遣る。 「あの食欲魔人にも、苦手なものがあったとはね」 なぜか、感心したようなリーバーの口調に、リナリーも頷いた。 「そうなの。ちょっと意外よね。 ・・・でも、私もちょっと失敗しちゃったからなぁ・・・・・・。 明日までには、おいしいケーキを作るからね!」 そう言って拳を握ったリナリーに、リーバーは目を丸くする。 「へ?お前が作ったやつだったのか?!」 「うん、そうだよ? 焼加減とか見てくれたのは、ジェリーだけどね。 アレン君に『味見して』って持って行ったんだけど、苦手なものが入ってたから、手付かずで戻されちゃった」 ほら、と、示された皿に、リーバーの目が釘付けになった。 「そうか・・・・・・アレンがなァ・・・・・・」 妙に感心したように呟くリーバーを、リナリーは不思議そうに見上げる。 「どうしたの?」 「いや、なんでも」 彼女の問いには笑って首を振り、リーバーはジェリーが淹れてくれたコーヒーポットを取り上げた。 「サンキュ、料理長♪じゃあ俺、仕事に戻るわ」 嬉しげな声音で言うや、軽やかな足取りで食堂を出て行くリーバーを、ジェリーとリナリーは訝しげに見送る。 「どうしちゃったのかな、班長・・・?」 「さぁ・・・なんかいいことでもあったのかしらね?」 そう言って二人は、やや気味悪げに顔を見合わせた。 「しつちょーぅ♪ クラウド元帥からの伝言、聞きたいっすか?」 上機嫌で戻ってきたリーバーを、積み上げられた書類の塔の間から恨めしげに見上げて、コムイは疲労にしゃがれた声をあげる。 「なーにー・・・? 元帥、怒ってたのー・・・?」 「ハイ。 今度また、仕事サボって元帥の愛しい弟子や部下を危険な目に遭わせたら、室長を死ぬより辛い目に遭わせるそうです」 「死ぬより辛い・・・今みたいな?」 これ以上仕事が増えたら死ぬより辛い、と、崩れ落ちた書類に生き埋めにされたコムイが泣声をあげると、リーバーはにんまりと笑いながら、上司を押し潰す書類の束をどけてやった。 「まさか。クラウド元帥がそんな、残酷なことするわけないっしょ?」 そう、彼女は周りに被害が及ぶようなことを、決してしない。 どこか誇らしげに言うリーバーを、コムイが訝しげに見上げた。 「ボク限定?なに?」 「リナリーに素敵な恋人斡旋」 「ええええええええええ?!」 耳を聾さんばかりの絶叫をあげたコムイに、しかし、リーバーは笑みを深める。 「室長には死ぬより辛い出来事っすけど、周りは被害なし、リナリーはハッピー。まさに、クラウド元帥万歳♪」 「ちょっとぉぉぉぉぉ?!待って待って待って!!なんでそんなに残酷なことになっちゃうのさ?!」 執務机に乗り上げて迫ってくるコムイの泣き顔に、リーバーは爽やかな笑みを返した。 「だから。 そうなりたくなければ、真面目に仕事して下さいね、ってコトでしょ」 そう言って、軽やかな笑声をあげるリーバーに、コムイは恨めしげに詰め寄る。 「・・・・・・・・・で? クラウド元帥はまさか、もう、目星をつけちゃっているのかな? たとえば・・・・・・」 「アレンはリナリーに手を出すつもりはないみたいっすよ」 臨戦態勢だったコムイは、機先を制されて目を丸くした。 「え・・・? それ、ホント・・・・・・?」 ついさっきまで、リナリーに馴れ馴れしいアレンをどう牽制するべきか・・・場合によっては、いかにして抹殺すべきか、策を凝らしていたコムイの拍子抜けした顔に、リーバーは苦笑しつつも頷く。 「俺も、元帥があんなこと言い出した時は、もしかしてアレンのこと言ってんのかと焦ったんすけどね・・・・・・」 そう前置きして、リーバーは食堂で見た二人のやり取りをコムイに伝えた。 「へー・・・。 アレン君、リナリーが作ったケーキを食べなかったんだぁ・・・・・・」 腕を組んで、感嘆の声をあげるコムイに、リーバーは何度も頷く。 「気があるなら普通、手付かずで返すことはないっしょ?」 「そう言うものかなぁ?」 まだ完全には納得し難い様子のコムイに、リーバーは畳み掛けた。 「そうっすよ。 室長だってそうでしょ?リナリーが一所懸命作った料理を、苦手な食材が入ってたからって手付かずで返しますか? 無理にでも一口は食うっしょ?」 「イヤ!無理にでも全部食べちゃうね!!」 断言した彼に、リーバーは勝ち誇った笑みを浮かべる。 「そうでしょうとも。 っつーワケで、心配ごとが解消されて良かったっすね、室長♪ さぁ、はりきってお仕事しましょーか!」 「うんっ♪ ・・・・・・って、アレ?」 「ハイ、これ決済印、これ受領印、これ承認印、これ申請印 リーバーの掌の上で踊らされてしまったコムイは、問答無用に積み上げられた書類を見上げ、無言でハンコを手にした。 翌日、厨房が暇な時間を見計らっては中に入り浸っていたリナリーが、とうとう歓声をあげた。 「できたー!!!!」 味も香りも申し分のないチョコレートケーキに、厨房中から拍手が沸く。 「よかったわねェ、間に合って 「うん! ジェリー!ホントにありがとう〜〜〜〜!」 リナリーがジェリーの胸に縋って泣いていると、食堂がざわめき始めた。 そろそろパーティの開始時間だと気づいた途端、厨房内が慌しくなる。 「アラ、みんな集まってきたみたいね。 リナリー、アンタそろそろコムイを呼んできなさいな」 「うんっ!」 大きく頷いたリナリーは、軽やかに踵を返し、厨房を出た。 次々と食堂に入ってくる団員達とぶつかりそうになりながらも、何とか廊下に出て、コムイの部屋へと向かう。 その途中で、前方からとことこと歩いてくるアレンと鉢合わせた。 「アレン君! 今から食堂に行くの?」 弾んだ声を掛けると、アレンは嬉しそうに笑う。 「はい ジェリーさんが、ご馳走用意するからぜひって すごく楽しみですー はしゃいだ声をあげるアレンに、リナリーは苦笑を返した。 「昨日はゴメンネ・・・。 でも、今日は大丈夫だよ? ジェリーにも合格点をもらったから、私の作ったケーキも食べてね!」 「はい!もちろんです!!」 尻尾があったら振っていただろう、嬉しげな声に、リナリーの笑みも和む。 「絶対だよ! じゃあ私、兄さん呼んでくるから、先に行ってて!」 「はい!」 軽やかな足取りで食堂に向かうアレンを微笑ましく見送り、リナリーも再び、兄の部屋へと向かった。 と、 「リナ〜 なに、アンタ 横合いからいきなり腕を掴まれ、リナリーは飛び上がった心臓を懸命になだめる。 「ティナ!!びっくりした・・・」 「あれが新人君? なんか、アンタがほっとけなさそうな子よねー そう言って、リナリーと同年代の女性エクソシストであるティナ・スパークは、愉快そうに笑った。 「からかわないでよ、もう・・・」 彼女の言葉に、リナリーが頬を膨らませるが、ティナはお構いなしに、アレンの消えた先を見遣る。 「新人君に構うのはいいけど、おにーちゃんの前ではやめておいた方がいいんじゃないかなー? アレン、いじめられちゃうよー?」 「え?なんで?」 すんなり聞き返されて、ティナはまた、愉快そうに笑った。 「アンタもいい加減、おにーちゃんの愛情が度を過ぎてることに気づきなさいよ。 ラビが自分から進んで長期任務に行っちゃったのだって、おにーちゃんの攻撃が激しくなってきたからじゃないの」 「攻撃? なにかやってたの?」 「やってたのよ」 クスクスと、ティナは軽やかな笑声をあげる。 「あれだけしつっっっっこくウチのお師匠様に付きまとってるラビが、ほんのちょっとアンタと仲良くしただけで攻撃されたんだよ? 面倒見がいいのはアンタの美点だけどさ、オトコノコ・・・特に、寄生型の彼には災難になることも、気づいてあげなよね」 「え・・・?うーん・・・・・・」 考え込んでしまったリナリーの背中を軽く叩いて、ティナは踵を返した。 「じゃ! あたし先に行ってるね! ジェリー姐さんの料理、久しぶりだから超楽しみなんだ 「あ! ケーキは私が作ったから、良かったら・・・」 途端、ティナは急停止して、恐る恐る振り返る。 「・・・・・・アンタまた、なんでそんな余計なことすんの?」 「っひどい!!」 「ケーキには期待しないことにする」 リナリーの抗議を、背を向けたまま手を振って制し、ティナは再び食堂へと歩を踏み出した。 「・・・もうっ!!」 言葉に遠慮のない幼馴染に頬を膨らませ、リナリーも彼女とは逆方向に歩を踏み出す。 「絶対!絶対おいしいって言わせてやるわ!!」 ぷんっと、頬を膨らませたまま、リナリーは兄の部屋まで、回廊を一気に駆け抜けた。 「これで終わりぃ〜〜〜〜・・・・・・?」 執務机に突っ伏したまま、疲労でへろへろになった声をあげるコムイに、書類をチェックしたリーバーは満足げに頷く。 「ハイ、ごくろーさんです。 やればできるじゃないっすか、室長」 「うーふーふーふーふー・・・・・・・・・。 やる時はやるんだよ、ボクはー・・・・・・」 死にそうに弱々しい声ながら、得意げに言ったコムイを見下ろし、リーバーは凄絶な笑みを浮かべた。 「普段からその能力を発揮してりゃ、そこまで疲れることはなかったんすよ?」 「・・・・・・・・・・・・」 リーバーの指摘を、死んだふりでかわすコムイに、リーバーは忌々しげに舌打する。 「けど、よかったっすね。三十路パーティの前に仕事終わって」 「三十路じゃないって、何度も言ってるじゃないかぁぁぁぁぁっ!!」 「まぁ、1年なんてあっという間っすよ」 「うぐー!!」 冷ややかなリーバーの態度に、コムイが悔しげに唸っていると、扉が開いて、救いの神・・・いや、女神が現れた。 「パーティの準備ができたよ、兄さん 嬉しげな声で言うリナリーに、コムイもまた、歓声をあげる。 「リナリー 「うんっ! 班長も早くいこ 「あぁ、俺は出来上がった書類を科学班に持ってってから行くよ。 先に行ってな」 「うん!じゃあ兄さん、いこ 「うんっ 仲良く連れ立って部屋を出て行く兄妹を苦笑して見送ると、リーバーは彼らとは別の部屋へと歩いていった。 その頃食堂では、徐々に集まってきた団員達が、賑やかに談笑していた。 と、 「アレンー ご馳走に見蕩れていたアレンは、明るい声を掛けられて振り返る。 「ティナ。帰ってたんですか」 「うん!今日ね♪」 「それは、おかえりなさい」 そう言って、にこりと笑ったアレンに、ティナも笑ってうなずいた。 「ただいま! ねぇねぇ、それより、アレン? アンタ、コムイにいじめられたりしてない?」 「え?いじめ?」 きょとん、と、目を丸くした後、アレンは顎に手を当てて考え込む。 「うーん・・・修理は乱暴だし、怖いけど、別にいじめられてはいないですよ?」 「そうなんだ・・・良かったね!」 とは言いつつ、裏のありそうな彼女の言い様に、アレンは不安げに眉をひそめた。 「あの・・・ティナ、知っていたら教えて欲しいんですけど・・・・・・」 「なあに?」 にこっと笑った彼女に、アレンは恐る恐る尋ねる。 「こないだ、コムリンが暴走した時、科学班の人達に言われたんです。 あんまりリナリーと仲良くすると、嫉妬したコムイさんにヒドイ目に遭わされるから気をつけろって。 もしかして今、ティナが言ってくれたのって、そのことですか?」 途端、ティナの笑顔が苦笑に変わった。 「うん・・・そう言うこと。 おかげでリナは、あんなに可愛いのにモテなくってさぁ・・・」 幼馴染として気の毒に思う、と、ティナは深々吐息する。 「だからってワケじゃないんだけど、あたし、アンタにはちょっと期待してるの。 他の連中みたいに、妙にリナを避けないでやって欲しいんだ」 「え?避けられてるんですか?」 「そうなのよー・・・。 一人はアンタの入団直前に、長期任務に逃げちゃったし、神田もなんだかんだ言って本部に戻ってこようとしないしね」 「あー・・・あの人は、リナリーを避けるって以前の問題な気が・・・・・・」 リナリーだけでなく、全ての人間を拒絶している気がする、と、アレンが言うと、ティナも苦笑した。 「そうだったね、アイツは・・・。 まぁ、アンタみたいに人当たりのいい子がリナと仲良くしてくれて、それが当たり前になって行ってくれたら、あの妹溺愛なおにーちゃんも、徐々に慣れてくれると思うんだー」 短期間には無理だろうけど、と、ティナはまた吐息する。 その時、食堂中から拍手が沸いて、今日のパーティの主役が登場したことを知らせた。 ティナは顔を上げると、アレンににこりと笑いかける。 「噂をすれば影、だね。 今言った事は、内緒だよ?おにーちゃんはもちろん、リナにもね」 「はい」 くすくすと笑声をあげつつ、ティナと並んで拍手するアレンを、リナリーは兄の傍らから見遣った。 楽しげに笑い合う二人に、やや眉を寄せる。 「あれ? リナリー、どぉしたのー?」 「・・・・・・なんでもない」 兄の問いに、つい、憮然とした声を出してしまって、リナリーは慌てた。 「あ! さっきティナにね、私が作ったケーキは期待しないって言われちゃって・・・。 そのこと、アレン君に言ってるんじゃないかなぁって思ったの・・・」 「あぁん 「・・・・・・だといいけど」 自信なげなリナリーの頭を撫でてやりながら、コムイは機嫌よく笑う。 「じゃあ! パーティ始めようか!!」 コムイの宣言に、拍手は更に大きくなった。 「ハイハーィ♪ ケーキのお通りよーん ジェリーが陽気な声で言いながら、蝋燭の立ったケーキを運ぶ。 「リナリーが、コムイのために一所懸命作ったのよ 彼女が付け加えた一言に、部屋中から拍手が沸いた。 その中心で、真っ赤になって俯くリナリーを、コムイがいとおしげに抱きしめる。 「ありがとう、リナリー 「ホントにまぁ、大きくなって・・・・・・」 二人の傍らで、ほろりと感涙するジェリーはまるで、母親のようだ。 「なんか・・・すごい光景ですね」 「ねー? これで、まともな恋愛できたら奇跡よ」 苦笑するアレンに苦笑を返すと、ティナはきれいな声でバースデーソングを歌い出す。 ソプラノ歌手のように見事な歌声に、リナリーもにこりと笑って唱和し、二人のコーラスに皆の歌声も重なった。 『HappyBirthdayToYou〜♪』 歌が終わると同時に、コムイが蝋燭の火を吹き消し、また拍手が沸く。 「三十路突入おめでとー♪」 「だから違うってェェェェェェ!!!!」 コムイの絶叫に、笑声までもが沸いた。 「ティナ!勝負よ!!」 「変なもんで勝負しないでよねー」 リナリーが真剣な顔で差し出したケーキの皿を、ティナは苦笑しつつ受け取った。 「おいしいからね!絶対!」 「食べるから・・・! ちゃんと食べるから、そんなに迫んないで!」 ティナは顔を引きつらせながらリナリーに背を向け、チョコレートケーキにフォークを入れる。 「どう?!」 背後から、ティナの顔を覗き込むリナリーに、彼女はわざと眉をしかめた。 「まぁ・・・・・・・・・・・・おいしいわね」 言うや、にこっと笑った彼女に、リナリーはほっと吐息する。 「脅かさないでよ!」 「だってアンタが真剣なんだもん〜!からかいたくなったの 明るい笑声をあげる少女達の華やかさに、団員達も和んだ目を向けた。 が、さり気なく部屋中を見渡したコムイの視線とぶつかるや、慌ててあらぬ方向へと逸らされる。 しかし、ただ一人、コムイの眼光に気づかず二人を見つめている目があった。 それだけならばともかく、あろうことか彼は、コムイの眼前を横切って、少女達に歩み寄る。 「僕ももらっていいですか?」 そう言うと、リナリーの顔がみるみる輝いた。 「アレン君 食べて食べて 今日はうまくできたんだよ リナリーが嬉しげに、手ずから切り分けたケーキを差し出すと、アレンはおいしそうに頬張る。 「どう?!」 意気込んで尋ねるリナリーに、アレンは嬉しげに笑った。 「おいしいですー 「よかったぁ 危険を全く認知していないアレンの、無防備な行動に、食堂内は緊張感で満たされる。 「あは・・・アレン? あの・・・・・・あっちのテーブルにもおいしいものがありそうよ?」 さすがのティナも危険を感じて、アレンの意識を別の方向に向けようとしたが、彼はほとんど静まり返った食堂内の雰囲気に、不思議そうに首を傾げるだけだった。 そしてそれは、リナリーも。 「良かったらもっと食べて 「喜んで 空気を読まない二人の行為に、ティナは真っ青になって踵を返し、コムイに向かった。 「おにーちゃん、お誕生日おめでとー! あたしと乾杯しよっ!乾杯!!」 「え?!ティナ・・・」 「乾杯乾杯っ!!」 せかせかと言いながらコムイの腕を取って、彼の視線を無理矢理リナリーたちから背ける。 と、ジェリーをはじめ、協力者が何人も現れて、リナリーに向き直ろうとするコムイを押さえつけては、彼のグラスにワインを注いだ。 「ハイ!かんぱーい!!」 ほとんどヤケのような大声で唱和し、コムイに無理矢理グラスを空けさせる。 「おにーちゃん、いい飲みっぷり! はい!もう一杯!」 「イヤ・・・ちょっと待ってティナ・・・!」 「もう一杯!!」 ティナは必死の形相でコムイを羽交い絞めにすると、団員達に命じて彼のグラスになみなみとワインを注がせた。 「おにーちゃんのー!ちょっといいトコ見てみたいー!!」 「キミ、どこの酔っ払いだい?!」 「そーれイッキイッキイッキイッキ♪」 ティナが自慢のソプラノで喚きたてると、興味を引かれた団員達も寄ってくる。 「もういいでしょ?!」 「まーだまだ♪ ハイッ! きょーぉもお酒が飲めるのはっ!おにーいちゃんのおかげです♪ そーれイッキイッキイッキイッキ♪」 「コラー!! 若い娘がどこで覚えたの、そんな歌!!」 「イッキイッキイッキイッキ♪」 「ちょっと?!みんなまで・・・」 「イッキイッキイッキイッキ♪」 「もういいから・・・」 「イッキイッキイッキイッキ♪」 「迫るのやめてぇぇぇぇ!!」 「イッキイッキイッキイッキ♪」 「リナリィィィィィィィ!!!!」 コムイの絶叫と歌声が入り乱れる狂乱の宴は、酒豪の彼が部屋中に酔死体の山を築いた後、ようやく酔いつぶれた深夜まで続いた・・・・・・。 翌朝、ひどい二日酔いに苦しむコムイは、氷嚢(ひょうのう)を頭に乗せたまま、執務机に突っ伏していた。 「室長! 昨日、サボんなってあれほど・・・」 「リーバーくぅーん・・・・・・昨日、ナニがあったか覚えてないんだけどぉ〜・・・・・・」 今にも死にそうなほど、か弱い声をあげるコムイに、リーバーは呆れた様子で吐息する。 「俺が行った時にはもう、カオス状態でしたよ。 室長は、食堂の中心で愛を叫んでました」 「誰に・・・?」 「もちろん、リナリーに」 しかし実際、コムイの傍らにいたのはティナで、『助けてくださいっ!』と、必死にあがいていたのは言わない方がいいのだろう、多分。 ここでそんなことをしていたとばれたら、弟子思いのあの元帥がまた、どんな苦情を言ってくるか知れたものではなかった。 「まぁ、聞けば自業自得だって言うしな・・・・・・」 ぼそりと呟くと、コムイは真っ赤になった目を半分開けて、リーバーを見上げたが、特に何も言わなかった。 もう、彼の発言を吟味する思考力すら残っていないのだろう。 黒の教団本部の悪魔と恐れられるコムイも、こうなっては形無しだ。 「まぁ・・・ある意味グッジョブかな」 本部の破壊を防ぐためとはいえ、やりすぎた気もするが、仕掛けた本人も今は、二日酔いで寝込んでいるというから、東洋で言う因果応報と言うものだろう。 一人納得して頷き、リーバーは執務室に備え付けのコーヒーポットから、熱いコーヒーを注いでやった。 「ホラ。いい加減起きて下さいよ。 いつまでも楽しい時間に浸ってないで」 「・・・・・・楽しかったかどうかさえ覚えてないよ」 ぼそぼそと呟きながら、コムイはコーヒーの香りだけを頼りに手を伸ばし、マグカップを掴む。 「でも・・・・・・」 ずずーっと、音を立ててコーヒーをすすったコムイは、ようやくまともに目を開けた。 「なんか、危険人物の存在だけは認知した」 「は?!」 まさか、と、瞠目するリーバーに、コムイはにんまりと笑みを浮かべる。 「アレン君さぁ・・・・・・ボクの聖域に侵入する行為が、どれだけ危険なことか、思い知らせる必要があるよね?」 「えぇっ?!」 悲鳴じみた声をあげて絶句したリーバーをちらりと見遣り、コムイは完全に覚醒した目を細めた。 「あの子は、イジメ甲斐がありそうだ 獲物を前に舌なめずりする肉食獣のような声音に、リーバーが震え上がる。 「逃げろ、アレン・・・・・・!」 これから始まるだろう、恐ろしい戦いに思いを馳せたリーバーは、悪魔に阻まれ、とても天には届きそうにない祈りを呟いた。 Fin. |
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2007年コムイ兄さんお誕生日SSでした! ここでちょっと言い訳。 コムイ兄さんのお誕生日は6/13ですが、アレン君が入団したのは8月半ば頃ではないかと思われます。(巻き戻しの街参照) なので、彼の誕生日時点にアレン君がいるはずはないのですが、JC5巻から発した『アレンはチョコレートが苦手?』疑惑に、JC7巻でアレン君本人が『リナリーがコムイさんのお誕生日用に作っていたケーキが食べられなかった』と答えています。 時間軸変なんですが(黙れ)、一応公式情報ですので、使わせてもらいました(笑) まぁ、リナリーは『兄さんのお誕生日用なの』と言いつつ、アレン君に作ってあげたんじゃないかと思っていますが!(思うのは自由!!) でも、まだまだラブ要素が足りない時期ですので、アレリナファンの方々にはすごく物足りなかったですよね(苦笑) そして、ティナの設定は捏造ですから、あんまり気にしないで下さい; それとー・・・一気は危険ですから、いい子と良識のある大人はやっちゃいけないよ★←どの面下げてそんなことを言うのだ; ちなみに、『燃える愛』という家庭料理は実在します。 『何かおもしろい名前の料理はないかなー』と、テレビを見ていたら、たまたま見つけました(笑) 運まで私の味方!!(ささやかな味方だな) |