† THE GHOST IN MY ROOM U †
〜 The Return of the Prodigal Son 〜





 「たっらいま〜v
 昨夜城を出たエクソシスト達が、教団本部の地下水路に入ったのは、とうに日付の変わった真夜中過ぎのことだった。
 泥酔し、陽気な声をあげるラビを、神田が慌てて押さえつける。
 「静かにしろッ!!」
 「ばれちゃまずいでしょ?!」
 全力で櫂を漕ぎつつ、アレンもたしなめるが、ラビは構わず、水路中に響き渡る声で放歌した。
 「このヤロっ・・・!!」
 神田が必死に口を塞ぐが、もう遅い。
 舟が船着場に着いた途端、彼らは大勢の衛兵達に迎えられた。
 「あ・・・えと・・・ただいまっ!」
 厳しい顔の彼らに、リナリーは引き攣った笑みを返す。
 が、武装した彼らを押しのけ、現れた兄と老人の姿に、その笑みは淡雪よりもはかなく消えた。
 「リナリィィィィィィ!!!
 突然いなくなっちゃって、おにいちゃんものっすごく心配したんだよ?!」
 兄に腕を掴まれ、舟から引きあげられたリナリーは、彼の腕の中で気まずげに目を泳がせる。
 「お城中探し回ったのにどこにもいないし、通信ゴーレムは通じないし、もう、気が気じゃなかったんだからぁっ!!」
 「ご・・・ごめんなさい・・・!ホントに・・・反省してるから、兄さん・・・!ごめんなさい・・・っ!」
 大勢の前で泣きつかれてしまい、困り果てたリナリーはひたすら謝った。
 一方、
 「今までどこに行っておった?」
 舟から下りるよう命じられ、船着場に立った男子らは、ブックマンの厳しい声での問いに口をつぐむ。
 しかし、その中で一人、陽気なラビが神田の手を振り解いて、にこにこと老人に歩み寄った。
 「ジジィ、ごめーんv 遅くなっちゃったぁんv
 「・・・酒の匂いをぷんぷんさせおって・・・どこに行っておった?!」
 きついアルコールの匂いに、ブックマンは思わず顔を背ける。
 「ティッキーとれー飲んれたろーv
 「ティッキー?」
 ろれつの回らない弟子に更に問うと、ラビはにこぉっと、満面の笑みを浮かべた。
 「うんっv
 ティッキーってれー可哀想な子なんらーv
 兄弟にいぢめられてんろーv
 れねー?いっしょにお酒のんれたら気があったんれー・・・」
 「・・・もういい」
 延々と続く酔っ払いのたわごとを遮って、ブックマンは他の三人に向き直る。
 「お前たちはしらふだな?」
 「は・・・はい!」
 「茶しか飲んでねェよ」
 「私も!」
 「だが、朝帰りしたのは事実だ」
 途端、コムイの泣き声が高くなった。
 「女の子が朝帰りなんてぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
 「ごっ・・・ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
 慌てたリナリーが呪文のように言い連ねると、コムイはリナリーを抱きしめたまま、呪詛のように暗い声を漏らす。
 「あぁ、やっぱりこんな環境に可愛いリナリーを置いてちゃいけなかったんだ・・・!
 悪い子達にたぶらかされてしまってかわいそうに・・・・・・!」
 「え?!兄さん、私、たぶらかされてなんか・・・」
 「じゃあ自分から率先して行ったって言うのかい?!」
 「え・・・えと・・・・・・」
 兄に迫られ、困り果てたリナリーは口をつぐんでしまった。
 「ともかく」
 ぴしりと、ブックマンの声が鞭のようにしなって、彼らを打ち据える。
 「全員、夜が明けるまで正座しておれ。
 処分はティエドール元帥と料理長、科学班班長を加えて相談し、沙汰する」
 「夜が・・・明けるまで・・・ですか・・・・・・」
 乾いた声をあげ、アレンが見遣った先では、大きな時計がすまし顔で、明け方の4時を示していた。


 「ここで正座しておれ。
 サボるなよ」
 食堂前の廊下に並んで座らされた四人は、一人を除いて神妙にこうべを垂れた。
 「ブ・・・ブックマンッ!!ボクはリナリーの傍に・・・!!」
 「ならん。
 室長殿には、彼らの処分を決定してもらわねばいかんからな」
 「でもっでもっ!!」
 「問答無用だ」
 「リナリィィィィィィィィィ!!!!」
 絶叫するコムイを、ブックマンは無情に引きずって行く。
 悲鳴は徐々に遠ざかり、やがて静かになった廊下で、端然と正座した神田が思いっきり舌打ちした。
 「正座くらいはかまわねェけどよ、なんで原因であるコイツが幸せそうに寝てんだ?」
 「り・・・理不尽です・・・っ!!」
 慣れない正座に早くも苦しんでいるアレンが、彼の傍らで石床に突っ伏し、安らかな寝息を立てているラビを睨む。
 「一応・・・正座はしてるよね」
 リナリーが苦笑交じりに言う通り、ラビの上体は床に突っ伏しているが、足はしっかり正座の状態になっていた。
 「でも、体重がかかってないんだから、僕ほど苦しみはしないでしょ?!」
 既に涙目のアレンを冷たく見遣り、神田は首を振る。
 「こんな冷たい床に突っ伏して、起きた時が大変だと思うがな。
 それより・・・」
 刃物のように鋭利な目が、アレンの頭越しにリナリーを見据えた。
 「リナリー。随分と座高が低いな?」
 「えっ?!」
 びくっと、リナリーの肩が震える。
 「あ・・・うん、知らなかった?私、座高は低い方で・・・」
 「裾も不自然に広がってるし」
 「えぅっ?!」
 神田の指摘に、ぎくっと顔を引き攣らせた。
 「・・・足くずしてんじゃねェよ!」
 ギリ、と、厳しい目で睨まれ、リナリーは慌てて姿勢を正す。
 「リナリー・・・」
 「・・・だって、正座苦手なんだもん」
 呆れ顔のアレンから、リナリーは気まずげに目をそらした。
 「はぁ・・・。
 あと、何時間こうしてなきゃいけないんでしょうねぇ・・・・・・」
 アレンが思わずため息を漏らすと、
 「ブックマンが言う『夜が明けるまで』が、太陽の昇る時間だとすれば、7時近くだよ・・・」
 まだ3時間もある、と、リナリーも切なく吐息する。
 だが、
 「このくらいは覚悟して、こいつの企画に乗ったんじゃねェのかよ」
 神田に冷たく言われ、二人はまた、揃って吐息した。
 「・・・殴っていいですかね、このひと」
 「起こしちゃって」
 多少八つ当たり気味に、ボコ、と殴ってやったが、ラビは起きる気配もなく寝こけている。
 「〜〜〜〜なんか腹立つ!」
 理不尽な怒りだとわかってはいるものの、御しがたいのが感情というものだ。
 永眠させてやりたい衝動を必死に堪えつつ、四人は並んで正座したまま、1時間が経ち、2時間が過ぎ・・・6時も半ばを過ぎると、団員達が朝食に集まって来た。
 彼らを興味深げに見ながら通り過ぎて行く団員達の中で、一人、細い脚が止まる。
 「・・・なにしてるの、あなた達?」
 か細い声に涙目を上げれば、ミランダが驚き顔で佇んでいた。
 「ミ・・・ミランダさぁん・・・・・・」
 「お仕置き中なのぉ・・・・・・」
 「まぁ・・・!どうして?!」
 アレンとリナリーの情けない声にミランダが目を丸くすると、神田が淡々と答える。
 「夜に、城を抜け出したのがバレたんだ」
 ミランダは思わず、動悸を抑えるように胸に手を当てた。
 「抜け出したって・・・どこへ?」
 「ロンドン市街」
 冷たい床の上に長い間正座させられ、苦悶するアレンとリナリーに反し、神田は相変わらず端然としている。
 「四人で出かけたの?」
 眉をひそめたミランダに、三人が頷くと、彼女はリナリーの前にしゃがみこんだ。
 「女の子が夜歩きするなんて、いけませんよ!」
 「だ・・・だってぇ・・・・・・」
 「何も、危ないことはなかったの?」
 更に厳しく問われたリナリーが口をつぐむや、ミランダの目が吊りあがった。
 「なんてことでしょう!
 あなたが私の娘なら、手に鞭を当てているところよ!」
 「えぅっ・・・?!」
 涙声を喉に詰まらせるリナリーを、ミランダは厳しい目で見下ろす。
 「それで?
 お仕置きはこれだけなの?」
 怒気のこもった声に、リナリーの隣でかしこまっていたアレンが首を振った。
 「いえ・・・夜明けまではここに正座して、本当のお仕置きは相談して決めるって、ブックマンが・・・・・・」
 遠慮がちな声に大きく頷き、ミランダは立ち上がる。
 「私も加えていただくわ」
 「えぇっ?!」
 リナリーが思わず焦った声をあげると、ミランダは大きく吐息して踵を返した。
 「全く、この国の女王様はドイツ風の家庭でお育ちになったのだから、市井の婦女子も、もう少し厳しくあるべきなのに、保護者に無断で夜歩きするなんて・・・」
 ぶつぶつと愚痴をもらしつつ、立ち去ったミランダを見送ったリナリーは、焦った様子でアレンと神田を見比べる。
 「どどどどどどどうしよう!!
 なにされるの、私?!
 鞭で叩かれちゃう?!」
 涙目でまくし立てるリナリーに、しかし、神田は無言で首を振り、アレンも気まずげに視線を逸らした。
 「ドイツ風のレディ教育って、半端なく厳しそうですよね・・・・・・」
 アレンが暗い声で漏らした予想に怯え、リナリーが顔を覆う。
 「そんなぁ〜〜〜〜!!」
 「ぐー・・・・・・」
 彼女の泣き声に、ラビの安らかないびきがかぶさった・・・。


 「早朝の忙しい時間に来てもらってすまんな、料理長。ティエドール元帥に、班長も」
 「いえ、俺はここで夜明かしだったから構いませんけど・・・」
 と、リーバーは遠慮がちにティエドール元帥を見遣り、
 「アタシもいいんだけどぉ・・・元帥、おやすみだったんじゃありませぇん?」
 ジェリーも、気遣わしげに彼に声を掛けた。
 「いやいや、構わないよ。うちの子も加わっていたことは確かだからね。
 勝手に城を出て行くなんて、悪い子だ」
 存分に仕置きを、と、言い添えたティエドール元帥に、ブックマンは一礼する。
 「では、あやつらへの仕置きじゃが・・・」
 「すみません、お邪魔します」
 途中で言葉を遮られ、ブックマンは目だけで科学班のドアを見遣った。
 「あらン・・・ミランダ、どうかしたぁ?」
 ジェリーが首を傾げると、彼女は苦笑して頷く。
 「食堂の前で、あの子達を見まして・・・リナリーちゃんまで夜歩きしてたんですって?」
 ミランダが眉をひそめてコムイを見遣ると、彼は激しい泣き声をあげた。
 「そぉなんですよぉ〜〜〜・・・!!
 あんっなに若い娘が男の子たちと夜遊びなんてっ・・・!
 やっぱりこの環境が悪かったのかなぁ?!」
 派手にしゃくりあげる上司をやれやれとなだめつつ、リーバーがミランダに座るよう促す。
 「これからお仕置き決定会議ですが。なんか提案でもあるんすか?」
 「はい、リナリーちゃんだけですけど」
 円座に加わったミランダは、そう言って細い手を頬に当てた。
 「こちらでは、手に鞭を当てることはしませんの?」
 「えぇっ?!そんな・・・!!」
 「しないわねェ、今は」
 自分が鞭打たれたように悲鳴をあげるコムイを抑え、ジェリーが苦笑する。
 「昔はそうやって来たらしいけど、アタシはそう言うの、好きじゃないの」
 やんわりと言われ、ミランダも笑って頷いた。
 「では、皆さんが決定したお仕置きの後、リナリーちゃんは自室に謹慎させて、その間、レディとしての心得をしっかり覚えこませることを提案します」
 「レディの心得・・・?」
 ぽかん・・・と、口を開けた男性陣を見回し、ミランダは珍しくも落ち着いた様子で、深く頷く。
 「コムイさんは環境が悪いとおっしゃるけど、レディとしての教育は、本人が心得るかどうかじゃありません?」
 ジェリーが深く頷く様に心強くして、ミランダは続けた。
 「確かに彼女は一人前のエクソシストで、任務とあれば昼夜を問わず、危険な場所に赴かなければならないでしょう。
 ですが、普段からそれでは、一人前のレディにはなれませんわ。
 特に、誘われたからと言って、年頃の女の子が男の子と夜遊びに出かけるなんて、はしたない・・・」
 「そうっ!!
 ボクもそれが言いたかったんですよ、ミランダさんっ!!」
 同志!!と、硬く握手をするコムイに気圧され、ミランダは引き攣った笑みを浮かべる。
 「・・・つまり、今後そのようなことがないよう、教育する、と?」
 ミランダから離れないコムイを無理矢理引き剥がしてリーバーが問うと、彼女はまた、深く頷いた。
 「犬のしつけは幼い頃でないと難しいですが、女の子のしつけはまだ間に合いますわ」
 特に、と、ミランダはジェリーに微笑みかける。
 「基礎は、ママンがしっかり刷り込んでくださっているから」
 「えーぇ。
 礼儀作法だけはばっちりよ、あの子」
 にこりと笑みを返すジェリーの傍らで、ブックマンが軽く吐息する。
 「では、あやつらへの仕置きだが・・・」
 ブックマンが提案した『罰』に、大人達は意地の悪い笑みを浮かべ、全員一致で賛成した。


 「うぐぉっ?!
 全身筋肉痛ぅぅぅぅぅっ!!」
 夜が明けて、ようやく目を覚ましたラビは、冷たい石床に直接突っ伏していた身体を起こそうとした途端、悲鳴をあげた。
 「ったりめーだ、馬鹿。
 こんな所で無防備に寝やがって、身体が固まるに決まってんだろ」
 石床にまだ頭を置いたまま、ラビはぼんやりと冷酷な声を発する神田を見上げる。
 「どうした?」
 悲鳴を発して以後、無言のラビを訝しげに見下ろすと、彼はかすれた声をあげた。
 「あ・・・・・・頭いてぇ・・・・・・・・・・・・」
 「そ・・・それっ・・・・・・二日酔いじゃないですかっ・・・・・・?!」
 既に限界を超えた脚の痺れに悶絶しつつアレンが言うと、リナリーも真っ青な顔を俯けたまま頷く。
 「あ・・・あんなに飲めば・・・・・・二日酔いにもなるよ・・・・・・」
 わずかに身じろぐだけで襲い来る痺れに声までも震えた。
 いや、彼女の場合、それだけではない。
 珍しく『厳しいお姉さま』と化したミランダが、リナリーにどんな罰を下すのか、考えるだけで不安でいっぱいになった。
 と、幾人かの足音が近づいてくる。
 ビクッと顔を上げると、厳しい顔をした大人達が歩み寄り、彼らに罰を下すべく見下ろした。
 「さっさと起きんか、馬鹿者!!」
 ブックマンに怒鳴られ、反射的に身を起こしたラビは、たちまち襲い来る頭痛と筋肉痛に悶絶する。
 「ったく・・・情けない!」
 「あれぇ?
 ブックマン、ウチの子にも正座させてたの」
 「・・・・・・ウチの子って言い方は止めてください、元帥」
 ティエドール元帥の暢気な声に、神田がむっつりと吐き捨てるが、元帥は構わず笑声をあげた。
 「この子にこんなことさせても罰になんかならないよ〜。
 心頭滅却だっけ?
 やろうと思えば、何時間でもこうしていられるよね、君?」
 陽気に笑いながら、ばしばしと肩を叩かれて、神田は眉間に深い皺を刻む。
 「子って言わないでください・・・」
 「この子にお仕置きしようと思ったら、嫌いな物を食べさせるのが一番だよ。
 見ててご覧、面白いように固まるから」
 「子って言わないでくだ・・・」
 「相変わらず偏食なんだって?いけない子だねェ」
 「子って言うなぁぁっ!!」
 だんっと、片足を立てて怒鳴るが、ティエドール元帥はどこ吹く風と聞き流し、ブックマンを見遣った。
 「ね?
 正座なんかじゃ、全然ダメージ受けてないヨv
 そう、弟子を自慢する元帥には、ブックマンも思わず吐息する。
 「・・・ともあれ、罰だ。室長」
 ブックマンに促され、コムイが進み出た。
 「まずは、四人だけで昨夜のパーティの片づけをすること」
 「んげっ?!まさか城中?!」
 ラビの絶叫に、大人達は厳しい顔で頷く。
 「清掃班には一切の手を出さないように言ってあるから、キミ達四人だけで、お城中に飾っちゃったランタンやリボンを片付けて、紙吹雪掃除して、床磨いてよね」
 「そんなぁ・・・!!」
 考えただけでため息の出る大変な作業に、四人が四人とも頭を抱えた。
 が、
 「更に」
 と続いた声に、びくりと顔を上げる。
 「リナリーは、自室謹慎。レディとしての心得を、叩き込まれなさい」
 「えっえっ・・・?!
 ム・・・鞭で叩かれちゃうの・・・?!」
 怯えた目が、きょときょとと居並ぶ顔を見上げた。
 「まさか。アタシは、叩いたりしないわぁ」
 「その代わり、しっかり身に沁みるまで、お部屋から出しませんからね?」
 ジェリーとミランダに、凄みのある笑顔で見下ろされ、リナリーは喉を引き攣らせる。
 「ジェ・・・ジェリーの・・・レディ教育・・・・・・?!」
 幼い頃、それは厳しくしつけられた記憶がまざまざと蘇り、リナリーは卒倒しそうになった。
 「続いてアレン君。
 1ヶ月間、間食禁止」
 「えええええええええええええええええええ?!」
 城中に響き渡るような絶叫に、大人達は思わず耳を塞ぐ。
 「・・・っなんだよ!
 別に、メシ抜きとは言ってないだろ」
 驚いた・・・と、呟くリーバーに、アレンは涙目で縋った。
 「ごめ゛ん゛な゛ざい゛ぃぃぃぃぃぃぃっ!!
 も゛う゛じまぜん゛がら゛っ!!
 ぞれ゛だげばゆ゛る゛じでぐだざい゛ぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」
 えぐーっと、泣き喚いてしゃくりあげるアレンを可哀想には思ったが、ここで甘い顔をしてはいけないと、リーバーは首を振る。
 「それだけのことをしたんだって、自覚しろ!」
 厳しく言われ、アレンは顔を覆ってひたすら泣いた。
 「そしてラビは・・・」
 「おっ・・・おうっ・・・!」
 ビクビクと、緊張して宣告を待つラビに、コムイは意地の悪い笑みを浮かべる。
 「1ヶ月間、厨房の下働き」
 「・・・へっ?
 そんなんでいいんさ?」
 どんな精神攻撃が来るかと身構えていた彼にとって、単なる肉体労働は意外に楽なものに見えた。
 しかし、ほっと吐息したのも束の間、神田に下った宣告に、ラビまでもが凍りつく。
 「神田君はこれから1ヶ月間、毎日30品目以上、残さず食べること―――― ラビが作った物をね」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
無理!!
 図らずも揃った二人の声は、しかし、当然ながら却下された。
 「無理でもやるの。罰なんだから♪」
 コムイが楽しげに言い放つや、大人達はたまらず、くすくすと笑い出す。
 「・・・っだって!!俺、姐さんみたいに作れねぇさ!
 ユウちゃんに滅多なもん出しちまったら、俺の命がないさ!!」
 殺される!!と、泣いて許しを請うラビの傍らで、神田もまた、真っ青な顔をして震えた。
 「さ・・・30品目・・・・・・!」
 「君に偏食を克服させるために、ラビには協力してもらうんだからね?
 ちゃんと食べるんだよー?
 もうお兄ちゃんなんだから、いい加減に好き嫌いをなくさなくては!」
 ティエドール元帥は、諭すように言いつつ、ぐりぐりと神田の頭を撫でる。
 が、完璧に子供扱いされても、今の神田には反抗する気力すらなくなっていた。
 「じゃっ!
 朝食が終わったら、すぐに片付け始めてー」
 無情に言い放ったコムイに、アレンが縋りつく。
 「さっ・・・三時のお茶は間食に入りますかっ?!」
 「なに言ってんの?当たり前じゃないー」
 「そんなっ・・・!!
 お昼ごはんから晩ごはんまで何も食べられないなんて、死んじゃいますよぉー!!!!」
 慟哭するアレンを、気の毒そうな目で見るジェリーが差し伸べかけた手は、しかし、リーバーの手に阻まれた。
 「料理長、しつけっすから」
 「あ・・・うん、そうね・・・・・・」
 更に大きな声で泣き喚くアレンから、ジェリーはぎこちなく視線をそらす。
 「ホラホラ!
 早く行ってー!」
 ぱんぱんっと、コムイが手を叩いて、石床に座ったままの彼らを促した。
 が、神田以外、目に涙をためたまま、立ち上がることができない。
 「?
 どうしたの?」
 不思議そうに首を傾げる大人達に、奇しくも苦しげな声が揃った。
 「・・・・・・足が痺れて立てませんっ!」


 それから数日後。
 ロンドンは冬に向かって、着実に歩を進めていた。
 「お茶が入りましたよ」
 ミランダの声を受けて、リナリーは読んでいた本から顔を上げる。
 「ミランダ、あの・・・」
 「フロイライン・ミランダ」
 「はっ・・・はい、フロイライン!
 あ・・・あの・・・これ、いつまで読んでればいいかな?」
 おどおどした上目遣いで見上げた視線の先で、ミランダはにこりと微笑んだ。
 「言い直してください、ミス・リナリー」
 「・・・・・・こちらのご本は、いつまで読んでればよろしゅうございましょうか」
 ぼそぼそと言い直すと、リナリーの対面に着席したミランダは小首を傾げる。
 「本に『ご』はいりません。『読んでれば』ではなく、『読んでいれば』ですよ。
 言葉は過不足なく使ってください、ミス・リナリー」
 「は・・・はい・・・・・・」
 すっかりリナリーのガヴァネス(女家庭教師)と化したミランダは、持ち前の真面目さで、一々リナリーの間違いを指摘した。
 おかげで謹慎を命じられて以降、息が詰まって仕方がない。
 「あのー・・・フロイライン」
 「語尾を延ばさないでください。無意味な言葉を発してもいけません」
 「は・・・はい・・・・・・」
 俯いて萎縮してしまったリナリーに、ミランダはクスリと笑みを漏らした。
 「お茶をどうぞ、ミス・リナリー。
 その本の、全てを覚えこむには、まだ随分と時間がかかるでしょうからね」
 「うっ・・・はい・・・・・・」
 うんざりと吐息して、ティーカップに手を伸ばしたリナリーに、ミランダはまたクスクスと笑声をあげる。
 「他には何か、聞きたいことでもありますか?」
 「はい・・・・・・」
 ティーカップをソーサーごと手にして、リナリーは窓の外を見遣った。
 「他の皆は・・・どうしてますか・・・?」
 予想通りの問いに、ミランダは楽しげな笑声をあげる。
 「あなたたちへの罰は、団員全員に告知されましたからねぇ。
 室長命令で、罰を徹底するようにって警告されているのだけど、アレン君があんまり泣くものだから、ファインダーさん達の中にはこっそりおやつをあげる人もいたみたいですよ」
 でも、と、ミランダは中々止まらない笑いに肩を震わせた。
 「それがばれてしまって、アレン君たらおでこに『エサをあたえないでください』って書かれちゃったの!」
 「・・・っ!!」
 「あらあら、大丈夫?」
 お茶を気管に入れてしまい、咽るリナリーの背を、ミランダは優しく撫でてやる。
 「ミラ・・・フロイライン・・・・・・!」
 まだ苦しい息の元、リナリーが呼びかけると、ミランダは首を傾げた。
 「それ・・・私がお部屋を出られるようになるまで、残ってるかな?!」
 期待に満ち溢れた目で見つめられ、ミランダはにこりと微笑む。
 「それはもちろん、あなたの努力しだいですが・・・言葉使いが改まらないうちは、絶対、外には出しませんよ」
 優しい声音で、しかし、ぴしりと断言され、リナリーはぎこちない笑みを返した。


 一方、厨房では、1ヶ月間の下働きを命じられたラビが、真剣な顔で鍋に向かっていた。
 「材料はちゃんと入れたし、煮込み時間も完璧さ。
 これで文句ねーだろ!!」
 快哉の叫びを上げた途端、
 「味見はしたの?」
 ジェリーに鋭く問われ、ラビは無言でスープを小皿に取る。
 「・・・・・・・・・・・・ま、いっか」
 「・・・・・・今日も無事に生き延びなさいよ」
 はなはだ不吉な言葉をはなむけにもらい、ラビは料理を豪快に盛り付けた皿をトレイに載せた。
 「ユーウちゃんv
 おっまたせぇv
 「・・・・・・気色の悪い声を出すんじゃねェ」
 遅い昼食の到着を、食堂のテーブルに着いて待っていた神田は、漂ってくる未知の匂いに、眉間に刻んだ皺を深くする。
 「今日はロシア料理にチャレンジしてみたんさー♪
 ボルシチとピロシキとグリバーミ!
 あ、ごはんいるさ?」
 「・・・・・・なんでこんなに脂ぎったものばっかりなんだ!」
 ギリ・・・と、歯を食いしばる神田に、ラビはポン、と手を打った。
 「それはロシア料理だからさ、ユウちゃん♪
 これから寒くなるしー、俺ら、いつなんどき北国に飛ばされるかわかんねー身の上じゃん?
 だから、精のつくもの作ったんだぜ!」
 誉めてv と、はしゃいだ声をあげるラビに、神田は舌打ちする。
 「・・・で?これでなん品目だ?」
 「ボルシチが、ビート、玉ねぎ、にんじん、豚肉、ジャガイモだろ?グリバーミがミルク、マッシュルームに鶏肉、玉ねぎとパン。ピロシキが牛ひき肉と玉ねぎ、にんじん・・・皮を作る時のラードも含んでいいんかな?」
 「含んどけ、面倒だから!
 ・・・じゃあこれで14品目だな?」
 「んにゃ、11品目さ。玉ねぎとにんじんとパンがかぶってっから」
 「かぶるなよ!!」
 ばんっと、神田がテーブルを叩きつけた。
 「・・・で?!
 今日はあと、なん品目だ?!」
 荒い息を整えつつ、神田が問うと、ラビはにこっと笑う。
 「朝に10品目摂取してっから、夜は9品目でいいさ♪
 よかったなーユウv
 天ぷら蕎麦作ってやっからね、俺v
 「・・・・・・・・・お前が・・・・・・打つんだよな・・・・・・・・・・・・?」
 頭を抱えてしまった神田に、ラビは陽気に頷いた。
 「そーんな心配すんなーって!
 こないだのはホラ、俺も初めてだったから、ちょーっと失敗しただけさ!」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・あんな蕎麦食うくらいなら、蕎麦の実食ってた方がマシだ」
 「まぁまぁv
 そんな絶望に満ち満ちた声出さんでー!
 とりあえず昼食、食ってみv
 期待に満ち満ちた声に促され、神田は震える手でスプーンを取る。
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 にんじんを口に入れてから、ずっと無言の神田の顔を、ラビがそわそわと覗き込んだ。
 「どーさ?
 あ、ボルシチの赤いのは、トマトじゃなくてビートって言う野菜の・・・」
 「煮えてねェじゃねェかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
 「えぇ――――――――?!」
 神田の絶叫に、ラビも負けじと声を張り上げる。
 「そんなはずないさッ!
 俺は料理本に書かれてる調理法を完璧に覚えて、一言一句正確に実行したんさ!!
 間違ってるわけがねェ!!」
 「相変わらず机上の空論かましやがって、絶対間違ってねぇっつーんなら、これ食ってみろよっ!!」
 豪快に盛られたボルシチを示され、ラビは憤然とスプーンをくぐらせた。
 「俺だって、ちゃんと味見くらいして・・・・・・」
 ぶつぶつと言いつつ、にんじんを噛んだ途端・・・がり、という、生々しい感触を得て、ラビが黙り込む。
 「こ・・・これは、こういうもんなんさ!」
 「嘘ブッこいてんじゃねェ!!
 間違ったなら間違ったって、正直に認めやがれっ!!」
 「だから!!
 煮込み時間だって、本の通り完璧にやったって言ってんさ!!」
 「だったら本を疑え!
 そもそも、外国の料理だってことを頭に置け!!
 国が違えばやり方も違ってくることくらい、世界中旅してて気づかねェのかよ!!
 なんっでてめェはそう、応用とか臨機応変が利かねぇんだ!!」
 「うぐっ・・・!」
 圧倒的な怒声に、ラビは声を失った。
 「じゃ・・・じゃあ、これはもうちっと煮込んでくるから、他のを食っててさ!」
 「その前に・・・!」
 鬼気迫る顔で睨まれ、ラビは天敵に遭遇した小動物のように凍りつく。
 「これ全部、味見しろ!」
 脅迫の前になすすべもなく、震えながら口に運んだ料理の全てを、ラビは作り直すこととなった・・・・・・。


 「おなかすいたぁ・・・・・・」
 夏の暑気がすっかり抜け、もう肌寒い風が吹き渡るバラ園で、アレンがか細く呟く。
 「さっき、昼食を食べたばかりではないか。食べ過ぎはよくないであるよ」
 しゃきしゃきと、こ気味良くはさみを鳴らしてバラの剪定をするクロウリーに目をやり、アレンはうな垂れるように頷いた。
 「バラが食べられたらいいのに・・・・・・」
 剪定したバラを切なく見つめると、クロウリーが苦笑する。
 「食べられないことはないであるが・・・あまり、勧めはしないであるよ。
 それよりアレン、手伝ってくれるのなら、だれてないでテキパキ動くである!
 冬が来るまでに、園内の剪定を終わらせなければ!」
 「・・・・・・・・・広いなぁ」
 花を咲かせ、あるいは葉も落ちた何種類ものバラを見渡し、アレンははさみを鳴らした。
 「もうすぐお茶の時間なのにぃ・・・・・・」
 「もうすぐって・・・まだ2時前であるよ」
 クロウリーが懐中時計を取り出して言うと、アレンは激しく首を振る。
 「僕の腹時計ではもうすぐなんですぅっ!」
 「不正確な腹時計であるな・・・。
 いずれにせよ、夕食まで間食を禁じられているのだろう?」
 途端にうな垂れたアレンに、クロウリーは苦笑した。
 「まぁ、それまでは私の仕事に付き合うであるよ」
 忙しい時期に都合良く助手が手に入った、と、喜ぶクロウリーの傍らで、アレンは切なく吐息する。
 「みんな・・・僕ほどは辛くないよね・・・」
 そう言うアレンは気づいていなかった。
 それぞれがそれぞれに、多大なストレスを抱え、今にも気が狂わんばかりだということを・・・・・・。



Fin.

 










2007年ハロウィンSSの続編です♪
やっぱり書きましたね、続編(笑)>なにその他人事な言い方。
副題の『放蕩息子の帰還』は、レンブラントの絵の名前です。
最初のシーンが思い浮かんだ時、この題名も一緒に浮かびました(笑)>娘も混じってるけど(笑)
4人が受けた罰則の中では、神田が一番辛そうだと思います。
一番乗り気じゃなかったのに、一番厳しい罰則って、世の中理不尽ですね!←書いているのはこいつです。












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