† 王様ゲーム †
―――― それは、全エクソシストが関わった、長い長い任務が終了し、皆が帰還した時の事。 ホームに向けて開いた扉の向こう側では、コムイを始めとする『家族』達が、彼らを迎えてくれた。 「兄さんっ!!」 真っ先に方舟から駆け出したリナリーが、兄の胸に飛び込む。 「リナリー!!!!」 続いて、 「ジェリーさぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!」 「アレンちゃん!!!!」 アレンがジェリーの胸に縋りつき、ひっしと抱き合った。 「会いたかったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」 奇しくも、4人から異口同音に溢れた絶叫に、一瞬、場が凍りつく。 「い・・・いや・・・・・・リナとコムイはわかるんけどさ・・・・・・」 「あの馬鹿弟子、そっちの趣味か」 思わず苦笑したラビの傍らで、クロスが冷淡に言い放った。 「げっ・・・元帥!!」 「ほんとに戻って来たんすね!!」 やや腰の引けた科学者達をじろりと睨み、クロスは深々と紫煙を吐く。 「帰りたくて帰ったんじゃねーよ、馬鹿。 おい、俺の部屋、まだ残ってんだろうな?」 「あ・・・はい!! すぐ清掃班に行かせますんで!!」 すかさず内線を取ったメンバーに、クロスはふと手を上げた。 「じゃあ、清掃が終わるまで、美人と飲んでいることにする。 酒蔵の場所は変わってねェな?」 「え・・・あ、はい・・・・・・」 勝手にスタスタと科学班を出て行ってしまった彼を見送って、はた、と、ラビが目を見開いた。 「おいっ!!もしかして今、クラウド元帥帰ってんのか?!」 周囲に問うと、皆がこくりと頷く。 「ちっくしょ!! そうはさせっかあの女ったらし!!元帥の膝枕は俺のもんさ!!」 言うや、どこにそんな元気が余っていたのかと思う速さで、ラビまでもが科学班を駆け出て行った。 「全く、騒がしいやつじゃ・・・」 「テメェの教育の賜物だろうがよ、ジジィ」 神田が忌々しげに吐き捨てるや、 「こらっ!」 ぽす、と、師匠に頭を掴まれ、ぐりぐりと撫でられて、彼の目が凶悪に吊り上がる。 「ご老人になんて口の利きようだい。 すまないね、ブックマン。 うちの子は、どうも愛想がなくて」 「・・・・・・うちの子って言わないでください、元帥」 「ホラホラ、キミ達も疲れているだろう。 今日はごはんを食べてお風呂に入ったら、あったかくして寝るんだよ?」 「あの・・・師匠、私まで子供扱いは・・・・・・」 顔を真っ赤にしたマリが、大きな身体を縮こまらせる様に、ティエドール元帥ははたと手を打った。 「あぁ!歯を磨くことも忘れないように!」 「忘れませんよっ!!」 弟子に二人して怒鳴られ、ティエドール元帥は眉尻を下げる。 「あぁ、そんなにピリピリして、疲れているんだね、二人とも。 これは私が悪かった。 さぁさぁ、ごはんに行っておいで! 神田は好き嫌いせず、残さず食べるんだよ? マリは、お風呂はちゃんと、肩までつかって100数えて・・・」 延々と続く師匠の説教に、神田とマリは、額をつき合わせて嘆息した。 「誰のせいでピリピリしてると思ってんだ・・・・・・!」 「なんでいい年して、風呂の入り方で説教されなきゃいかんのか・・・・・・」 ぶつぶつとぼやきながら、マリと連れ立って科学班を出ようとした神田は、ふと、熱烈に抱き合う兄妹の傍らで足を止める。 「コムイ、六幻のことなんだが・・・・・・」 「リナリー!リナリィィィィー!! 可哀想に、こんなに傷だらけになってしまって!! ごめんねぇ!お兄ちゃんが、あんなところに行かせたばっかりに!!」 「ううん!!いいんだよ・・・!死ぬかも、って思った時、兄さんのこと考えたら、不思議と免れたの! 兄さんが守ってくれたんだよ・・・!!」 「・・・・・・おい」 「でもっでもっ・・・!! きれいな髪が、こんなに短くっ・・・!!」 「大丈夫、すぐ伸びるよ・・・!」 「・・・おい」 「あぁんそれに! あんな破戒僧の捕獲に使ってごめんねぇっ・・・!! 何もされなかったかい?!触られたところは、すぐに消毒したかい?!」 「うんっ!兄さんが、消毒薬持って行けって言うから私・・・」 「おい!!」 大音声で怒鳴りつけると、兄妹はようやく不満げな顔を神田へ向けた。 「なんだよー!感動の再会を、ジャマしないでくれるかい?!」 「そうよ!今日だけは、誰にも兄さんを渡さないんだから!」 そう言って、より密着した兄妹に、神田はこめかみを引き攣らせる。 「っるせぇよ、この変人兄妹が!! いつまでも抱き合ってねェで、イノセンスの修復を先に・・・」 「あー。そう言うことは明日にしておくれー」 「明日って・・・お前のイノセンスだって同じようなもんだろうが、リナリー!!」 「私のイノセンスは後でいいもーん! 今は兄さんの方が大事だもんっ!」 「ボクもだよぉー 「この・・・・・・・っ!!」 なにを言っても離れそうにない兄妹を見限り、視線を巡らせるが、コムイより確実に頼りになるはずのリーバーの姿もなかった。 「リーバーはどこ行った?!」 間近の科学者を捕まえて問えば、彼は困惑げに苦笑する。 「や・・・野暮言うなよぉ・・・・・・ 「・・・・・・ミランダか!」 忌々しげに舌打ちし、神田は勢いよく踵を返した。 「ったく、どいつもこいつも!!」 苛立たしげに吐き捨て、科学班を出る。 マリは先に行ってしまったのか、もう廊下にも姿はなく、神田はまっすぐに自室へと向かった。 途中、ちらりと見た食堂では、既にアレンが、空にした皿を山と積み上げ、通りかかった医務室では、医療スタッフが総動員でクロウリーの治療にあたっている。 「ちっ!」 もう一度、忌々しげに舌打ちし、神田は乱暴に自室のドアを開けた。 と、薄闇の中に、大輪の蓮華が誇らかに咲き、甘い香りを放って彼を迎える。 その様に、彼の表情から怒気が消え、荒々しかった息も徐々に収まっていった。 「・・・・・・ただいま」 長く、目に出来なかった蓮華の、変わらぬ姿に思わず呟く。 「安心した・・・・・・」 吐息と共に呟くと、彼は団服も脱がずにベッドに倒れこみ、深い眠りに落ちた。 「・・・・・・お前達、私がイノセンスを発動する前に出て行け」 ノックに応じてドアを開けた途端、クロスとラビになだれ込まれたクラウドは、こめかみを引き攣らせて宣告した。 が、 「いいじゃねぇか、久しぶりに会ったんだろ。酌をしろとは言わねェから、付き合えよ」 「元帥元帥 俺、すげーがんばったんさ! 俺史上最高にがんばったんさ! だからご褒美に膝枕ー クラウドは問答無用で赤い髪の男二人に両脇を固められ、無理やりソファに座らされた挙句、抵抗する間もなくワイングラスを渡される。 「ホラ、まずは乾杯」 「無事帰還、おめでとう俺 手にしたグラスに紅いワインをなみなみと注がれ、更には勝手にグラスを合わされて、クラウドは仕方なく一杯を飲み干した。 「お前達なぁ!!」 「なんだ、もう飲んじまったのか。 ホラ、もう一杯♪」 「元帥、おやすみー 「このっ・・・赤毛共!!」 身勝手なクロスに腰を抱かれ、マイペースなラビに膝枕を強要されて、身動きを封じられたクラウドは、怒りに頬を震わせる。 「そんな顔すんなよ。今回の任務は、俺だってマジで大変だったんだからな。 お前も・・・だろう?」 「・・・・・・・・・・・・」 その問いに、クラウドは開きかけた唇を噛み締めた。 代わりにその手が、膝の上で寝息を立てるラビの髪を撫でる。 「・・・・・・できの悪い弟子でも、死んだと聞きゃあ、胸に穴が開いたような気持ちになるもんだ。 まして、お前の弟子達は・・・・・・」 クラウドは、胸の中の塊を飲み込むようにグラスをあおった。 「注げ、クロス。 お前のくだらない話に、付き合ってやる」 クロスからは顔を背けたまま、グラスを差し出すと、とくとくと、鼓動に似た振動と共に、グラスが重みを増していく。 「せっかくの酒だ。味わえよ」 「・・・・・・お前にだけは言われたくないな」 クラウドは苦笑すると、改めてグラスを触れ合わせ、紅い酒を舌の上で転がした。 とくん・・・とくん・・・と、心地よい振動を響かせる胸に頬を当てていたミランダは、ふと、目を開けた。 「落ち着きましたか?」 ゆっくりと髪を撫でられる感触が心地良くて、まだ眠った振りをしていたかったが、問われて仕方なく目をあげた。 と、すぐ近くにリーバーの笑顔があって、つられて笑ってしまう。 「ごめんなさい、私・・・・・・」 「どうせまた、無理したんでしょ?」 苦笑交じりに機先を制され、ミランダは顔を赤らめて俯いた。 「あ・・・あの・・・・・・私・・・・・・」 何か変なことをしませんでしたか、と、ようやくの思いで問うと、リーバーは子供をなだめるように、彼女の背中をぽんぽんと叩く。 「方舟から出てきた途端、俺に抱きついて泣きじゃくったことは覚えてます?」 「え・・・ええ・・・・・・。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・すみません」 真っ赤になった顔を上げられないミランダに思わず吹き出し、リーバーはミランダを抱きしめる。 「まぁ、泣き声としては、あの兄妹やアレン達の方がすごかったっすからね、あんまりめだちゃしませんでしたよ」 「そ・・・そうですか・・・・・・」 「でも、医務室に連れて行こうとしたら、絶対ヤダって駄々こねるから、ここに緊急避難してんすけど」 「えぇっ?!」 驚いて顔を上げ、辺りを見回すと、そこはミランダも見覚えのある、科学班の隣室だった。 研究資料や実験器具が雑然と置かれた部屋の、仮眠用に置かれたソファに二人並んで・・・というよりは密着して座っている。 「そっ・・・そんな、駄々なんてこねましたっ?!」 「あぁ、そこは覚えてないんすね?」 慌てて身を離したミランダに、リーバーは落ち着いた様子で頷いた。 「泣いているうちに、感情が昂ぶったんでしょうね。 ほとんど錯乱状態で、医務室なんかイヤだ、離さないでくれって。 そのうち、糸が切れたみたいに失神したもんだから、ここに運んで来ました」 「えぇっ?! うぁ・・・あのっ・・・ごめんなさいっ!!」 更に身を離そうとしたミランダの腕を掴み、抱き寄せる。 「離さないでくれって、言ったでしょ?」 「で・・・でも・・・・・・」 迷惑じゃありませんか、と、消え入るような声で言うと、リーバーの、ミランダを抱く腕に力がこもった。 「大歓迎 冗談交じりの声に思わず笑みを漏らし、ミランダは甘えるように、彼の胸に頬をすり寄せる。 ゆっくりと息を吸い込むと、懐かしい彼の匂いで満たされ、ミランダは深い安堵と共に、再びまぶたを閉じた。 ―――― 結局その日は、一名を除いて皆、疲れきって祝杯どころではなく、早々に自室の、あるいは医務室のベッドで朝を迎えることとなった。 翌朝。 誰よりも早く目を覚ました神田は、身支度を整えるや、まっすぐに科学班へ向かった。 「コムイはいるか?!」 「まだ寝てる」 そう、淡々と返事をしたリーバーに、神田がつかつかと歩み寄る。 「じゃあお前に頼みたい。 六幻の・・・修復を・・・・・・ッ!」 「ん?折れたんか?・・・・・・・・・ってぇ!! お前これ、修復ってレベルじゃねぇぞ!!」 苦悶の表情と共に神田が差し出した残骸を見るや、リーバーが絶叫した。 「どんな激しい戦闘したら、あの六幻がこんなことになるんだ?!」 「・・・・・・ノアのヤローが発した電熱で溶けた」 「マジかよ!! クッソ・・・ノアのバカヤローが、六幻鍛えんのにどんだけ高度な技術がいると思ってんだ・・・・・・!」 「安心しろ。奴はブッた斬ってやったから」 「ったりめーだ! これで、奴がピンピンしててみろ!俺がそいつを蜂の巣にしてくれる!!」 怒り心頭に発したリーバーを見ているうちに、逆に頭が冷えてきた神田が、瞳に珍しくも困惑げな色を浮かべて、眉根を寄せる。 「・・・・・・・・・直るか?」 「努力はするが・・・・・・」 苦渋に満ちた声に、神田が思わず瞑目した時、 「コムイ――――――――――――――――!!!!」 絶叫と共に、ラビが飛び込んできた。 「コムイはっ?!コムイはどこさっ?!」 「ラビ・・・・・・・・・」 「なんだ、その大出血・・・・・・?」 「えっ?!」 リーバーと神田に、異様なものを見る目で凝視されたラビは、視線を巡らせて鏡を見つけた途端、そこに血みどろの姿を見て、くらりとよろめく。 「ア・・・アレ・・・・・・? 俺、なんでこんな出血・・・・・・?」 「クラウド元帥になんかやらかして、殺されかけたんじゃねェのか?」 神田の冷淡な声に、しかし、ラビはふるりと首を振り、たったそれだけの勢いに引かれて床にしゃがみこんだ。 「それはない・・・さ・・・・・・。 起きたときゃ、もう元帥はいなかったけど、俺、元帥の部屋のソファでフツーに寝てたし・・・・・・」 「・・・と、なりゃ、考えられることは一つだな」 冷静に言い放ったリーバーを、ラビが目だけで見上げる。 「それってどういう・・・・・・?」 「それは君が医務室に来ないうちに、ロットーが発動と解いたってことだよ!!」 科学班からの内線で呼び出されたドクターが、熱した石炭のような顔をしてラビに歩み寄った。 「Jr.!! 一体君は、なにを考えてるんだ!! 日本に行ったエクソシスト達が何とか動けていたのは、ロットーがイノセンスを発動していたおかげだろう! 彼女が発動を解けば、皆等しく重傷なんだよ!重体なんだよ!ほっといていいのは神田だけなんだよ!!わかっているのか、君は!!」 「・・・・・・ほっとかれるのか、俺は」 虚しく発せられた声をきれいに無視して、ドクターは連れてきたナース達と共に、ラビの傍らにしゃがみこむ。 「ホラ、止血するから! 班長!そこのソファ、使っていいか?!」 「あぁ、いっすよ。 おーい!ソファの上に積んでる書類、片付けろ!!」 リーバーの一言で、物置と化していたソファが本来の用途に近い状態に回復されると、介護慣れしたナース達が、軽々とラビを抱えて仮のベッドにした。 「あー・・・どーりでー・・・ワイン一杯で眠れるって、変だな〜ってぇ・・・・・・・・・」 「自分の傷だろ。気づけよ」 「お前、本当にブックマンになれるのか?」 リーバーと神田から、次々に冷たい言葉を浴びせかけられ、ラビは悲しげにナースに縋る。 「誰も俺を慰めてくれないさー・・・」 「治療の邪魔しないで。包帯が巻けないわ」 しくしくと、声もなく泣き始めたラビに、リーバーが苦笑を向けた。 「で? すげー勢いでここに来たのは、なんでだ?」 「ん・・・俺の砕けたイノセンス、直して欲しいんさ・・・・・・」 「お前もか――――!!!!」 ラビが差し出した残骸を受け取ったリーバーは、絶叫して身を震わせる。 「で?! これを砕いたノアは、叩き潰してやったんだろうな?!」 「・・・・・・・・・・・・」 「寝た振りすんじゃねェゴラ!!!!」 がくがくと揺さぶられて、ラビの傷口からまた血が噴き出した。 「班長っ!せっかく止血したのに!!」 すかさずナースに怒鳴られて、リーバーは慌てて手を離す。 「・・・けど、さすがにこの状態まで砕けちまったらなぁ・・・。 一度全員集めて、イノセンスの検査を・・・」 「クロウリーはまだ無理だよ。意識が戻ってないからね。 まずは、体力を回復させることが先決だ」 ドクターの提言に頷き、リーバーはインカムのマイクを口元に寄せた。 「室長、そろそろ起きてください。 イノセンスの修復が必要です」 と、イヤホンからは、思っていたより明瞭な声が返る。 『全員?元帥達もかい?』 「いや、元帥達は、あちらの要請がない限りは触らせてくれんでしょ。 けど今、神田とラビのイノセンス見せてもらったんすけど、粉々に砕けちまってて、修復可能かすらわかんないんすよ」 『砕けてんの?!』 「ハイ」 『砕いたノア、ぶっ殺した?!』 耳をつんざく絶叫に、リーバーは思わず顔をしかめた。 「・・・神田は報復したらしいっすけど、ラビは寝た振りしてまーす」 ますます立場の悪くなったラビが、くるりと彼らに背を向ける。 『すぐ行くよっ!!動けるエクソシストは、全員呼んどいてっ!!』 「はい」 返事と共に、リーバーがドクターを見遣ると、彼は心得て頷いた。 「ブックマンとロットーは、クロウリーと同じく、医務室で集中治療中だ。起き上がれないことはないが、疲労した老人と女性を早く回復させたいなら、呼び出すことはお勧めしない。 ウォーカーは食堂で眠り込んでいたのを診せてもらったが、まぁ、動けるだろう。マリも大丈夫。 リナリーは室長が連れて行ってしまったから、彼の判断に任せるよ」 「了解。 アレンー!起きてっか、アレンー!」 『ふぁぃっ?!』 リーバーが再びインカムに呼びかけると、すぐに不明瞭な声が答える。 「お前、今どこだ?」 『ジェリーさんのフルコース堪能中です 「まだ食ってんのかよ・・・・・・」 神田が、思わずうんざりとした声をあげた。 「あー・・・イノセンスの検査すっから、キリのいいとこでこっち来い」 『えぇ―――――――――――――――――――――っ?!』 思いっきり不満げな絶叫と、それ続く絶え間ない不満の声をうるさげに聞き流して、リーバーは同じ命令を下す。 更にはマリとも連絡を取った頃、コムイがリナリーを伴ってやってきた。 「イノセンス見せてっ!!」 が、兄妹の姿を見た途端、場が凍りつく。 「室長・・・・・・」 「ってか、リナリー・・・・・・」 「お前らそれで、世間に対して恥ずかしいと思わねェのか・・・・・・」 さすがの神田も、ビスクドールのようにレースで飾り立てられたリナリーを抱えて入ってきたコムイを見ては、乾いた声しか出なかった。 「? 変かな?」 「いや、服は似合ってると思うんケドさ・・・」 逆に問われて、ラビが深々と吐息する。 「なんで・・・そんなに密着する必要があるんさ・・・?」 「えー?だってー・・・」 「まさか、傷が酷くて歩けないんですか、リナリー?!」 不満げな声を揃えた兄妹の後から入って来たアレンが、声まで蒼褪めて絶叫した。 「だから僕、辛いならおぶるって言ったのに・・・!!」 今にも泣きそうな顔をするアレンに何か言いかけ、リナリーはコムイの首に回していた両腕で、更に兄に抱きつく。 「そうじゃなくて、ただ兄さんと離れたくないだけ」 「ふえっ?!」 「うん。 だって、ずーっと離れ離れだったんだよ?寂しかったんだよねー?」 「ねー?」 「えぅっ・・・・・・?!」 愕然と瞠目するアレンの肩を、慰めるようにリーバーが叩く。 「まぁ、そう言うこったから」 「・・・相変わらず、目のやり場に困る仲良しさ・・・」 「恥を知れ恥をっ!!」 「ふーんだっ!」 神田が忌々しげに吐き捨てるや、声を揃えて舌を出した兄妹に、アレンはますます虚しくなった。 「・・・・・・コムイさんがイノセンスなら、リナリーとのシンクロ率は、軽く100%超えますね」 「そりゃー、同じDNA持ってるしな」 「・・・・・・そう言う問題じゃないんですけど」 リーバーの答えに、アレンは更に虚しい気持ちを味わった。 「じゃあ早速イノセンス見せてっ!」 自分の奇行のせいで『早速』ではなくなっているにもかかわらず、マイペースな科学班室長は、残骸と化した神田とラビのイノセンスを前にして、眉をひそめた。 「・・・・・・神田君。 日本刀の質を語る時にさ、よく言うよね・・・・・・。 刀は曲がるより・・・」 「折れる方が潔い」 暗い声音の答えに、コムイは頷く。 「でもこれって、折れるなんて段階じゃないね・・・。 ラビのだって・・・・・・なんか、砕けたって言うより、握りつぶされたカンジ・・・・・・」 「あぁ・・・まぁ、握りつぶしたんはアレンだけど」 「はぁぅっ?!」 突然の弾劾に、アレンが奇声をあげた。 「あっ・・・あれは不可抗力じゃないですか!!」 「うん、でも・・・決定的衝撃はアレンだったさ・・・・・・」 「アレン君たら・・・・・・」 「えぇー?!」 皆にじっとりと見つめられて、アレンはますます焦る。 「まぁ、アレン君には言ったけど、ノアはイノセンスを破壊する力を持っているからね。 砕かれただけで、消滅にまで至らなかったのは、不幸中の幸いってことかな・・・」 打ち沈んだ気分を紛らわせるためにか、無意識にリナリーの頭を撫でつつコムイが言うと、ラビも悲しげに顔を覆った。 「不幸中の幸いっつっても、不幸の度合いが大きすぎるさー・・・・・・。 直るんさこれ?直るさ?」 「いや、まぁ、『核』が無事なら、直せないことはないと思うけど・・・」 元通りになるかは保障できない、と、断言したコムイに、ラビも神田も肩を落とす。 「やっぱりか・・・・・・」 「俺、見たこともないよな武器になっても驚かないよう、腹くくっとくさ・・・・・・」 愛着があっただけに、絶望も深い二人に苦笑しつつ、コムイは腕の中の妹へ視線を落とした。 「リナリーの靴も、見せてご覧」 「うん」 リナリーが、兄の膝に乗ったまま靴に手をかけ、するりと脱いだ瞬間、アレンの目が釘付けになる。 「アレン君!なに見てんのさっ!!」 コムイがすかさずリナリーの足をブランケットで覆い、アレンは慌てて顔ごと目を逸らした。 「もうっ!子供のクセに色気づいてっ!!」 「すっ・・・すみませんっ!!」 西洋では、女性が靴を脱ぐと言う行為は、かなりセクシーな意味を持つ。 耳まで真っ赤にして俯いたアレンの傍らで、決定的瞬間を見逃したラビが悶絶した。 「アレ? アレン君も入れて、4人だけ?他は?」 コムイに問われて、リーバーが自分のインカムを指す。 「クロウリーはドクターストップ。 ブックマンとミランダさんも治療中なんすけど、イノセンスだけは預かって、今、他の奴らに検査させてます。 マリも、今連絡したんすけど、緊急に修復が必要な状態じゃないから今は寝かせろって、通信切れました」 「・・・僕も別に、緊急に修復が必要なわけじゃないんですけど」 それよりも緊急なのは空腹を満たすこと、という、彼の意見はあっさりと無視された。 「ふぅん・・・そっかー・・・・・・」 きらり、と、コムイの目が光る様に、皆の背筋が凍る。 「じゃあ、緊急にして重症なのはこの4つってことだね」 「・・・だから僕は大丈夫だって言ってんじゃないですかなんで僕を見つめてそう言うこというんですか・・・・・・」 コムイから一所懸命目を逸らしつつ、アレンが震える声で抗議するが、元より彼に、聞く耳などあろうはずもなかった。 「神田君、ラビ」 「あ?」 「なにさっ?!」 コムイに笑みを向けられた二人が、びくりと震える。 「これ、どーしても修復・・・それも、元の形に近い状態に、直して欲しいよねェ?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あぁ」 「も・・・・・・もちろん・・・そうなんけど・・・・・・」 かなり警戒気味な二人の答えに、コムイはにんまりと笑みを深めた。 「じゃあさー・・・二人とも、ボクの言うことなーんでも聞くよね〜?」 「なっ?!」 「なんでもっ?!」 その、あまりにも不吉すぎる言葉に、神田とラビが悲鳴じみた声をあげる。 が、コムイは真っ青になった彼らの反応を楽しむように、ゆったりと頷いた。 「だってこれ、王様ゲーム状態じゃないー♪」 王様ゲームとは、本来はくじ引きで王様役を決め、彼、または彼女の言うことを全員が聞くというゲームである。 「お・・・王様・・・・・・っ?!」 そのルールを理解するアレンが、慌てて周りを見回した。 「どうしたの、アレン君?」 「そそそそそそそんなゲーム、大声で言わないでくださいよっ!! 今ここ、師匠がいるんですよっ?!」 「あ・・・」 途端、コムイもぱた、と、口に手を当てる。 「師匠、大ッ好きなんですから、そのゲーム・・・! ここでもリナリーを危険にさらす気ですかっ?!」 更に怒鳴られて、コムイがブンブンと激しく首を振った。 「いいいいいいいいいいいいい今、クロスの破戒僧はどうしてんのっ?!」 「寝てるっすよ」 慌てふためいたコムイに反し、リーバーが冷静に応じる。 「昨夜はクラウド元帥が明け方まで晩酌に付き合わされたそうで。 怒り心頭に発したクラウド元帥が、クロス元帥を部屋に叩き込んで、外からいくつも南京錠をかけてました」 それ以後部屋から出てこないと言うと、コムイもアレンも、肺が空になるのではないかと思うほど深々と吐息した。 「まぁ、師匠のことですから、出たけりゃ南京錠ごときぶっ壊すでしょうけど・・・」 「それもめんどくさくて寝てんなら、重畳だよー・・・じゃっ!そういうわけで!」 キラリ、と、コムイの目が光る。 「改めて! ボクが王様〜〜〜〜!!」 「うわっ・・・えげつなっ・・・!!」 宣言したコムイに、リーバーが眉をひそめるが、当の彼にも、忌々しげな視線が刺さった。 「リィィィィィバァァァァァァァァ!!」 「余計なこと言いやがって・・・!」 恨みがましい声の二重奏に、リーバーは黙って手を合わせる。 「じゃーあ まずはリナリーねェ 「え?うん・・・・・・」 なにを命じられるのだろうと、緊張気味に待つリナリーに、コムイはにっこりと微笑んだ。 「可愛くおねだりして 「え?そんなことでいいの?」 ほっと息をついて、リナリーは目元を和らげると、兄の膝に乗ったまま、彼を上目遣いに見上げる。 「リナリーのイノセンス直して リナリーのキスを受けて、コムイの頬がだらしなく緩んだ。 「をい・・・」 「反則さ・・・・・・」 「こっちまで効きました・・・・・・」 「はは・・・・・・」 最強のテンプテーションに、目眩と羨望といたたまれなさを抱いたのも束の間、悪魔の邪眼が彼らを捉える。 「じゃあ、本番ッ 名前を呼ばれただけで、声も出ないほど怯えて飛び上がったラビを、コムイは楽しげに見つめた。 「アレン君とハグ&キス 「そっ・・・?! ソレはモチロン、挨拶のキスでいいんだよなっ?!」 今にも倒れそうなほど蒼褪めたラビに、コムイの方が嫌な顔をする。 「ナニ言ってんの、当たり前じゃないー。男同士のフレンチキスなんてボク、絶対見たくないヨ」 「そ・・・・・・そうだよな・・・・・・っ! あーびっくりした・・・・・・アレン、こっち来い」 ラビに手招きされたアレンは、しかし、不満げに頬を膨らませて後退した。 「なんで僕がラビとぉ――――・・・・・・」 「うっさいさアレン! お前が俺のイノセンス握りつぶしたって自覚を持てッつーの!」 「さっきから握りつぶしたって言うけど、それ、僕のせいじゃないもんー・・・」 「ごちゃごちゃ言うなよ!お前もイノセンス検査してもらわなきゃまずいんだろ?! ほれ!ラビおにーちゃん大しゅきーって、来るさ!」 「えぇ――――・・・僕、別に、すぐに検査してもらわなくったって、いいもんー・・・」 更に数歩下がったアレンに、ラビがつかつかと歩み寄り、抱きしめる。 「ホラ!観念するさっ!」 「もー・・・やればいいんでしょ、やれば・・・・・・」 左右の頬を軽く触れ合わせて、二人はさっさと離れた。 「これでい?」 コムイに向き直ると、彼はにっこりと笑って神田を示す。 「じゃあ、今度は神田君と 「・・・・・・・・・・・・っ?!」 その瞬間、間違いなく時が凍った。 かなりの時間、誰も動けず、誰も口を利けないまま過ごした後、呼吸すら止めてしまっていたラビが、大きく息を呑む。 「俺・・・・・・と・・・・・・ユウ・・・・・・・・・が・・・・・・・・・・・・?」 「そ 長い時間をかけて、何かの間違いだろうと問い返したにもかかわらず、コムイの答えは簡潔だった。 「ユ・・・・・・ウ・・・・・・・・・・・・」 油の切れた鉄人形のようにきしんだ動きで、ラビが神田を見遣れば、彼は忌々しげに舌打ちする。 「嫌だ」 「そ・・・・・・そうでしょうとも・・・・・・」 ラビは真っ青な顔で頷き、許しを求めるようにコムイへ向き直るが、しかし、悪魔の科学班室長は、邪悪な笑みを深めた。 「仲良くしないと修理しないヨ 「鬼だ・・・・・・」 コムイの目的を察したものの、その容赦ないやり方に、リーバーが思わず嘆息する。 が、 「いいじゃない、挨拶くらい。 ラビが嫌なら私とする?」 リナリーがあっさりとした口調で申し出た途端、神田は茹で上がったように紅くなった。 「んなッ・・・・・・!!」 「ダメだよ、リナリー。 中々みんなと馴染んでくれない神田君に、なじんでもらおうと思って言ってんだからさー」 コムイが顔をしかめるが、リナリーは構わず兄の膝から降りる。 途端、彼女の素足が露わになって、アレンが慌てて目を逸らした。 そうする間に、リナリーはすばやく神田に抱きつき、頬に頬を触れさせる。 「こうやって、左右の頬を触れ合わせる挨拶なんだよ。日本にはないだろうけど」 真っ赤になって硬直した神田ににこりと笑うと、彼女は軽やかに踵を返して兄のもとに戻った。 「・・・・・・ユウちゃん、六幻のためだと思って!」 さっきは見そびれてしまったリナリーの素足をじっくりと堪能したラビは、神田が硬直している隙に抱きしめ、両の頬を触れ合わせる。 「よっしゃ! 難題完了!!」 思わず拳を握ったラビの声に、ようやく我に返った神田が舌打ちした。 直後、悪魔がまた、口を開く。 「じゃあ、これがホントの本番ね 三日月の形に歪んだ口が、怪鳥(けちょう)のような笑声を発した。 「アレン君と神田君で、ハグ&キス 声にならない絶叫が彼らを取り巻く世界に満ち、体温を急激に降下させ、心拍数を極限にまで上げる。 「い・・・・・・や・・・・・・・・・」 鐘のように鼓動が大きく聞こえる中、引き攣った声は、到底自分のものとは思えないほど裏返り、全身がおこりに罹ったように震えた。 「やだ・・・・・・・・・・・・!」 もう一度声を出すと、別の世界にまで遠のいていた意識が戻り、真っ暗だった視界に淡い光が戻る。 「やだあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」 乙女のように甲高い悲鳴をあげ、アレンは踵を返して駆け出した。 が、 「待て」 最小の動きですかさず腕を取られ、勢い余って肩から抜けそうになる。 「放してっ!!やだっ!!やだあああああああああ!!!!」 涙を流しながら、自分の腕を掴む手を振りほどこうとあがくが、神田の手はびくともしなかった。 「む・・・・・・六幻の・・・・・・ため・・・・・・・・・」 決してアレンを見ようとはせず、口の中で念仏のように唱える声は、アレンの悲鳴にかき消される。 「いやっやめてっ・・・助けてェェェェェ!!いやああああああああああああああああああああああああああ!!!!」 「・・・・・・襲われる令嬢か、あいつは」 アレンのあまりの錯乱振りに、始めは硬直していたリーバー達も、頭が冷えてきた。 「アレンー・・・六幻のためなんだから、ちょっとだけ協力してやるさ。な?」 「そうだよ・・・っていうか、なんでアレン君がそんなに泣くの・・・・・・」 「嫌ですっ!!絶対嫌!!僕の中の何かが穢される気がする!!」 「ちょっ・・・そこまで言わんでも・・・・・・」 そう言って、ラビが気遣わしげに見遣った神田は、殺気に満ち満ちた表情で床を睨み、念仏のように『六幻のため』と繰り返している。 更には、無意識なのだろう、アレンの腕を掴む手が、握力の限界に挑戦しているかのごとく力を増していった。 「いっ・・・痛い・・・ッ!!折れる・・・ッ!!」 アレンの悲鳴が止み、苦痛を訴えるが、神田には全く聞こえていないようだ。 「痛いッつってんでしょ?!僕の腕折る気ですか!!」 「腕・・・?んなもん、二本ある・・・・・・」 「イヤッ!!そうだけどッ!!」 無意識に発せられた言葉があまりにも暗く、苦渋に満ちていて、アレンだけでなくラビも震え上がった。 「・・・室長、逆効果じゃないすか、コレ?」 「んー・・・やっぱり、そう思う?」 「はぁ・・・明らかに溝、深まってます」 もう、苦笑も出てこないリーバーが暗い声音で応じると、コムイは拗ねたように深々と吐息する。 「ちぇーっ! せっかく、和やかになると思ったんだけどなァ・・・!」 「・・・アレンと神田を組み合わせた時点で、和やかになるわけがないと思いますが」 認識不足を的確に指摘され、コムイは不満げに頬を膨らませた。 「ちぇっ! ただ失敗するのって悔しいから、決定的瞬間録画しとこっ!」 言うや、映像記録用ゴーレムを呼び寄せて、二人の周りに配置させる。 と、命を吹き込まれたばかりの石像とはこういう動きをするものだろうかと思うほど、重くぎこちない動きで神田がアレンの腕を引き寄せ、向かい合った。 「や・・・・・・・・・・・・」 アレンの顔が恐怖に引き攣り、新たな涙が頬を濡らす。 「いやああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」 一瞬後、強張った身体を抱きしめられ、絶叫したアレンは、長い髪が頬に触れた途端、くるんと白目を剥いて失神した。 「アレン―――――!!!!」 「アレン君っ!!」 「・・・・・・っこれでいいんだろ?!」 床に放り出されたアレンに、ラビとリナリーが駆け寄り、介抱する様に背を向け、神田はコムイに向かって荒く息をつく。 「・・・・・・いいわけないじゃん」 不満げに言いつつ、コムイは今のシーンを録画したゴーレムを、指先に止まらせた。 「こんなの見たって、ストレス解消にもなりゃしない」 「・・・・・・忘れてさせてやんなさいよ、こんな悪夢」 ノアとの激闘を生き抜いた彼らへ、あまりにも辛い試練を課した上司に、リーバーは乾いた声音で応じた。 「まぁ・・・色々不満はあるけど、約束だからね。 イノセンスの修復は任せて」 と、請け負ったコムイから逃げるように科学班を出たアレンは、まっすぐに食堂へ走って行った。 「ジェリーさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!」 泣きじゃくりながら飛びついてきたアレンを受け止め、ジェリーは子供をあやすように背を撫でてやる。 「ど・・・どーしたの、アレンちゃん!そんなにボロボロ泣いて!!」 「うあ゛ぁぁぁぁぁぁんっ!!僕・・・っ僕・・・っ!!もうお婿に行けないよぉぅっ!!」 「じゃあ行くな、馬鹿」 ごうんっと、容赦ない拳で殴られ、アレンはジェリーの腕の中で目を回した。 「アラんッ・・・!アレンちゃん?!アレンちゃーん!!」 慌てて揺り起こそうとした途端、彼女の腕の中からアレンが引き抜かれる。 見上げれば、クロス元帥が猫の仔でも持つように、アレンの首根っこを掴んでいた。 「馬鹿弟子が甘えてすまんな、マダム」 「あらまっ!クロス元帥、お久しぶりですわぁ 魅惑的な声で囁かれ、ジェリーが頬を染める。 「おぅ。マダムも相変わらず若々しい」 「ほほほ 華やいだ声をあげたジェリーは、彼の手の中でもがくアレンを見遣って、笑声を収めた。 「ところで・・・あの・・・元帥・・・・・・」 「ん?」 「アレンちゃんの首、締まってるんですけどぉ・・・・・・」 「おぅ、目ェ覚めたか」 リボンタイが首に食い込んで、泡を吹いている弟子を、クロスは床に放り出す。 「死・・・死ぬかと思っ・・・・・・!!」 真っ青になってあえいでいる弟子を冷たく見下ろし、クロスは紫煙を吐いた。 「ティムが教えてくれたぞ。 お前ら、俺が寝ている間に、自分たちだけで面白いことやってたろ」 びくっと、震えたのが何よりの証拠だ。 クロスはアレンの前にしゃがみこむと、悪魔の笑みを浮かべる。 「詳しく話してみろ」 名前を聞くだけでトラウマを呼び起こされるほど、恐ろしい師の前に据えられたアレンは、問われるままにぺらぺらと、科学班でのことをしゃべってしまった・・・。 その頃、イノセンスの検査の報告がてら、医務室に見舞いに行ったリーバーは、ついでにコムイの、とんでもないゲームのことも話して聞かせた。 「それは、アレンには気の毒なことであったな」 ベッドに上体を起こし、肩を震わせて笑うブックマンの傍らで、リーバーと椅子を並べていたミランダも、たまりかねて笑い出す。 「ラビとだって、イヤイヤやったくらいですからね。 神田とだなんて、アレンには拷問だったでしょ」 「でもアレン君・・・失神までしなくったって・・・・・・!」 言いながら、また話を思い出してしまい、ミランダが笑い出した。 「それで? あやつはまだ倒れておるのか?」 「いや、目ェ覚ましたと思ったら、泣きながら出て行きました。 多分、料理長のとこじゃないすか?」 「お兄さんの目の前で、リナリーちゃんに縋るわけには行きませんもんねぇ・・・・・・」 さすがに気の毒に思えて、ミランダが苦笑する。 と、 「全く、度胸のないガキだ」 突然、ベッドを囲むカーテンが引かれ、三人は驚いて顔を上げた。 「クロス元帥・・・・・・」 「おはよう、フロイライン。 起き上がれるようになって、何よりだ」 言うや、クロスは自然な動作でミランダの手を取り、口付ける。 「なにしてんすかアンタ!!」 リーバーがとっさにミランダを抱き寄せ、怒鳴りつけると、クロスは訝しげに眉根を寄せた。 「いいじゃねぇか、キスくらい」 「・・・ッドクタァァァァァァァ!!!!消毒液!!」 リーバーの絶叫に、しかし、答えはない。 「ドクター?!」 「うるさいっ!!うちのナースは全員、嫁入り前なんだ!! 彼女達の半径1km以内には、絶っっっ対近づくな!!」 別室に続くドアの前で両腕を広げ、仁王立ちになるドクターに、クロスは不満げに口の端を曲げた。 「・・・・・・俺、酷い言われ方されてねぇか?」 「自業自得ですっ!!」 ミランダを背にかばったまま、リーバーはじりじりと医療セットに手を伸ばし、確保した消毒液をミランダの手に振り掛ける。 「いいですか、ミランダさん?! 絶対、あの男には近づいちゃ行けない!ばい菌入りますからね!」 「・・・ゴラ」 「この赤毛は警戒色っすから!毒があるって印っすからね?!ちらっとでも目の端に映ったら、すぐ逃げてください! 念のため、この人がいる間は、クラウド元帥と一緒に寝てくださいね! ドアには厳重に鍵かけて、窓にはお札を貼って・・・」 「俺は怨霊か!!」 クロスは錯乱状態のリーバーの頭に拳を落とし、無理やり黙らせた。 「てめェがここにいるっつーから、わざわざ来てやったんだぜ。とっととイノセンスの資料見せろ」 「〜〜〜〜っはぁ?!なんでそんなもん・・・・・・」 「四の五のぬかすんじゃねェ」 苦痛のあまり、涙目のリーバーから問答無用で資料を取り上げ、クロスはすばやく目を通す。 「・・・フロイラインの能力は、時間を操る力か。厄介だな」 「え・・・?なにがですか?」 思わず問いかけると、彼は蠱惑的な笑みを浮かべた。 「まずは、フロイラインの心を落としてしまわないことには、ダフネのように逃げられてしまうってことだ」 「・・・っ!!」 思わず頬を赤らめたミランダと彼の間を、銀の医療器具用トレイが遮蔽する。 「悪いんですが、貴重なエクソシストを月桂樹にするわけにはいきませんので、とっとと引き取ってくださいなコンチクショー!」 「リーバー・・・お前、そんなに嫉妬深かったか?」 「アポロンを気取る誰かと違って、俺は普通の男っすから!人間できてなくてすみませんねッ!!」 息も荒く言い放ったリーバーに、クロスは不満げに鼻を鳴らして踵を返した。 「・・・ったく、どいつもこいつも堅苦しいことを。 フロイライン、今度はこいつのいない時に」 「絶っっっっ対離れるかっ!!」 乱暴にカーテンを引いて、クロスの視界からミランダの姿を隠すと、リーバーは彼が医務室を出て行くまで、番犬の目で睨みつける。 そして、それはドクターも同じだった。 二人は、今にも吠え掛からんばかりの形相でクロスの背を見送ると、なんとか守りきった彼女らを、隠し場所から出してやった。 「・・・ッドクター! なんであの破戒僧が来たって教えてくれなかったんすか!」 「うるさいな!こっちだって、ナース達を守るので精一杯だったんだよっ!」 リーバーの怒声に怒声で答えると、彼はナース達に向き直る。 「大丈夫だったか、君達?! いいか?!あれは危険すぎる男だから、絶っっ対近づいちゃいかんぞ!」 「ミランダさんもっ! いいですか、昼間は絶対俺の傍を離れないでくださいよっ?! 万が一、一人になった時にあの赤毛を見たら、すぐに逃げてください!!」 「・・・・・・私の弟子も、赤毛なのだが」 ドクターとリーバーの恐ろしい形相に、クロスのとばっちりを食うだろう弟子を思い、ブックマンは肩をすくめた。 だがブックマンの心配も、今回ばかりは杞憂だったか、クロスと同じ赤毛の彼よりも、直裁にクロスの弟子であるアレンの方が、今回は辛い立場にいた。 恐ろしい師が、彼主催の『王様ゲーム』をすべく、参加者集めのナンパ巡りに行った途端、メデューサの形相となったクラウド元帥に捕まってしまったのだ。 「ぼぼぼぼぼぼぼぼぼ僕はなにもできませぇんっ!!」 「出来ないで済むかっ!! コムイはなぁっ!!自分の妹を守るために、私に奴を止めろと言ってきたんだぞっ?! 昨夜はラビにまで押しかけられたせいで、仕方なく相手をしたがな!もう一瞬たりともあいつの顔など見たくはないのだっ!!」 「えぅっ・・・あのぅっ・・・し・・・ししょーがなにか、ご無礼を・・・・・・?」 震える声で問えば、クラウドの秀麗な顔が、怒りに歪んだ。 「あのヤロウ、酒飲みながらべたべたべたべた触ってきおって、汚らわしいっ!!」 「んな――――――――――――――――?!」 クラウドの怒号に、絶叫が重なる。 「俺が寝てる横で、そんな目に遭ってたなんて知らなかったさっ!! 元帥!!すぐ消毒するさっ!なんなら俺が消ど・・・ぐほぇっ!!」 どこかから沸いたラビが、ヒステリックな声をあげて抱きつこうとした途端、クラウドの拳にみぞおちを抉られて、床に沈んだ。 「消毒なら、とっくにしたわ!」 言って、彼女はもはや、恐怖に声もないアレンを見下ろす。 「いいか。 どんなことをしてでも、奴を自室から出すな。 いや、監禁できるなら、牢でも塔でも構わん。 とにかく、絶対に奴を、私の視界に入れるな!」 「そそそそそそそそそそそそそそそそそんなこと言われましても僕には無理・・・・・・・っ!!!」 「無理でもやれ。 できなければ、私がお前を殺す」 「は・・・はひ・・・・・・・・・」 蛇に睨まれたカエル状態のアレンは、がくがくと、首の取れかけた人形のようにぎこちなく頷いた。 が、自由奔放な師を、非力な自分が止められるわけがない。 「ラ・・・ラ・・・ラ・・・ラビラビラビラビ・・・・・・・!」 床の上で白目を剥いているラビを揺さぶり起こし、蒼白になった額を寄せた。 「おおおおおおおおおおおおお願い・・・・・・知恵貸して・・・・・・・・・・・・!!」 死んだ魚のように生気のない目を向けられ、ラビは眉根を寄せる。 「あのクロス元帥を、二人でどーにか出来るわけがないさ」 「でもでもでもでもでも・・・できなかったら、僕がクラウド元帥に殺されるっ・・・!!」 まさに、前門の虎、後門の狼とも言うべき状況に、泣くしかないアレンの頭を、ラビはくしゃくしゃと撫でた。 「コトがコトだかんな。 今回は、かなり広い共同戦線が張れると思うぜ?」 「共同戦線・・・?」 涙目を見開くアレンに、ラビはにこりと笑う。 「作戦名を付けるとしたら、『猛獣無力化作戦』ってトコかな? まぁ、次の任務が決まる頃までにゃ、もつんじゃね?」 「ラビ・・・・・・!」 頼もしげに見つめてくるアレンに、ラビは乾いた笑みを浮かべた。 「まー・・・苦い経験、活かしましょ、って奴さ・・・・・・?」 「祝賀会〜〜〜〜?」 自室でコムイの通信を受けたクロスは、心底嫌そうな声を出した。 『皆、無事に帰ってこれたんだし、ささやかながらお祝いしようって言ってるんです!』 「あー・・・たりぃんだよな、そーゆーの。 大体、ここ男ばっかじゃねーか。 今日、一日城中巡ったけどよ、ようやく女を見つけたと思ったら、番犬共がぴったりくっついてやがって、うるせぇのなんの・・・」 『そりゃー元帥の悪評は、城の隅々まで広まってますからね。皆、警戒して当たり前ですよ』 「・・・・・・俺は病原体か」 『害虫よりタチが悪いのは確かですね!』 「をい・・・」 クロスの不機嫌な声に、コムイは愉快そうに笑う。 『それより、来るんですか、来ないんですか?お酒も色々用意してますけど』 「んぁー・・・・・・」 『クラウド元帥もいらっしゃいますけど』 「行ってもいいぞ」 途端に乗り気になったクロスに、コムイがまた、笑い出した。 『では、食堂でお待ちしてますんで』 そう言って、切れた通信回線の向こうへと、クロスは口の端を曲げる。 「・・・・・・・・・何か、企んでるだろ」 笑みを含んだ声と共に、紫煙が上がった。 「・・・で、配合は万全なんでしょうね、ドクター? 奴にはまだ、死んでもらっちゃ困るんですよ」 声を潜めたコムイの問いに、ドクターは頼もしく頷いた。 「それは任せておけ。 手加減はしていないが、さじ加減はしてある」 「・・・なんか、フツーにこえーコト言ってません?」 思わず身震いしたリーバーを押しのけ、ラビとアレンが割って入る。 「それはいーけど、誰が元帥の酒の相手するんさ?」 「言っておきますけど、師匠、ざるですよ?」 「それは・・・・・・っ!」 コムイは苦渋の表情を浮かべ、声を搾り出した。 「クラウド元帥と・・・・・・リ・・・リ・・・リナリーに・・・・・・・・・!」 「う・・・・・・わぁ・・・・・・」 コムイの並々ならぬ覚悟を見て、思わず感嘆の声が漏れる。 「確かに、リナリーなら『飲めないから』って、酒を断ることが可能っすね」 「クラウド元帥にも、無理には勧められんだろうし・・・」 「で・・・でも・・・リナリーを師匠の傍に置くなんて・・・・・・!」 「アレン、コムイも辛いんさ・・・!だけど、覚悟を決めた以上、迷わせるようなことは言っちゃいけねーよ」 「う・・・はい・・・・・・」 ラビに諭され、アレンがぎこちなく頷いた。 と、入り口付近がざわめき始め、気配がクロスの到着を告げる。 「じゃぁ・・・がんばって!」 互いの健闘を祈りつつ、彼らがそそくさと散らばると同時に、クロスが食堂に足を踏み入れた。 途端、 「・・・・・・っクロス!」 「・・・げ。ソカロ」 二人の元帥は、出会ったその場で凍りつく。 「お前・・・本当に帰ってたんだな・・・!また、逃げ出したと思っていたぞ・・・!」 「あぁ、今まさに、抜け出したい気分だ。 今の俺は、美人の顔以外見たくねェんだよ」 にらみ合う二人の間に、緊迫した空気が流れた。 「てめェのごっつい兜頭を見るくらいなら、部屋で一人で飲んでた方がマシだぜ」 「はっ!逃げてばかりのお前らしい言い様だ。 だが、遭ったからには勝負せねばなるまい?!」 「別に、俺が勝ったまんまでいいと思うがな?」 「そうはいかん!」 今日こそ勝負をつけるぞ、クロス!!」 「もうついてんだろうがよ!!」 「やかましいわ!前回はマリアの能力を使いやがって忌々しい!!今日は堂々と勝負しろ!!」 いがみ合いつつ、二人はどかどかと食堂の中心に陣取ると、手の届く場所にある酒を全てテーブルに並べる。 「今日は絶対潰す!!」 「はっ!やれるもんならやってみな!」 食堂に集った団員達が呆然と見守る中、二人は祝賀会の存在すら忘れて、酒瓶のコルクを弾き飛ばした。 「・・・・・・・・・・・・ラッキー」 クロス、ソカロの両元帥が、いきなり飲み比べを始めてしまったが、主催のコムイは怒るどころか、思わぬ幸運に快哉を上げたい衝動を、なんとか抑えつける。 「ジェリぽん、元帥達にどんどんお酒お持ちしてー! モチロン、特製のやつ 不審に思われてはいけないと、出来るだけ声は抑えたつもりだったが、顔が笑みほころんでいくのは、どうしても止められなかった。 それは、嫌な役目を負う寸前だったクラウドも同じで、クロスの赤毛を目にした途端、厨房に隠れた彼女は今、自ら彼らに歩み寄って、次々と酒盃が干される様を、楽しげに見ている。 「・・・・・・こんな因縁があるんだったら、先に教えてくれりゃーいいのに」 自分の考えた作戦が中途半端に実行される様を、不満げに見つめるラビの傍らで、酒で師と張り合える存在がいることに目を丸くしつつ、アレンが呟いた。 「でも、ご婦人方が嫌な目に遭わずに済んで、何よりです」 「・・・まぁな」 吐息と共に視線を巡らせれば、クラウドの楽しげな顔がある。 「元帥発見〜〜〜〜 すかさず駆け出したラビを見送り、アレンは離れた場所で状況を見守っているドクターに歩み寄った。 「ドクター。 師匠達、すごい勢いで飲んでますけど、大丈夫なんでしょうか」 こっそりと囁くと、彼は両元帥から目を離さないまま、わずかに頷く。 「常人なら、グラス一杯飲んだだけで倒れるほどの強力な麻酔なんだが、まだ全然効いていないようだな」 「まぁ・・・師匠は人間じゃないんで、そのお薬をボトルごと飲まない限り、倒れやしないと思いますけど・・・ソカロ元帥は心配です」 「まぁ・・・あの人も人間じゃないしね」 それでもやはり、医者として気になるのか、二人から目を離せないドクターの傍らで、アレンもおとなしく状況を見守った。 一方、食堂内の、別の場所では。 「まぁ・・・!お強いんですねぇ、お二人とも・・・・・・!」 「酒豪のミランダさんが驚くんですから、相当なもんですね」 元帥たちが勝手にいがみ合ってくれたおかげで、冗談が言えるほどに余裕の出来たリーバーが、ミランダの肩を抱いた。 「酔っ払ったおっさん達に絡まれたら危ないんで、もっと離れて見てましょう」 「は・・・はぁ・・・・・・」 冗談に紛らわせてはいるが、あからさまに棘のある言いように、ミランダは苦笑する。 が、 「酒がないぞ!!」 唐突に沸いた怒号にびくりと震え、ミランダはリーバーに縋りついた。 「リリリリリリ・・・リーバーさん・・・ッ!」 「言ったでしょ?危ないんですって、あの二人」 だから絶対に近づいちゃいけない、と、今日何度目かの忠告を受けて、ミランダは何度も頷く。 「それにしても・・・・・・」 「すごいのねぇ・・・! 一体、どれだけ飲むのかしら・・・!」 ミランダ達とはまた別の場所で、リナリーが目を丸くした。 「アレン君が、クロス元帥の借金=酒代だって言ってた意味が、わかったよ」 「全くだね・・・いつになったら酔い潰れるんだろう、あの二人?」 つい、二人の勝負を凝視するコムイの前に、クリップボードが差し出される。 「ナニ?」 「賭けっす。今んトコ、クロス元帥有利ですね」 彼の言う通り、クロスの名の下には、ずらりと団員の名前が並んでした。 「・・・お金は賭けてないだろうねー。 教団内で金銭トラブルはご法度だからね・・・・・・がんばれソカロ元帥!に、一口」 「あぃ。コムイ室長、ソカロ元帥、っと」 クロスに比べて空欄の目立つソカロの名の下に、コムイの名が書き込まれる。 「リナリーもやるか?」 「うんっ! じゃあ、クロ・・・ス元帥が有利なら、私もソカロ元帥を応援しようかなっ!」 クロス、と口にしようとした途端、兄の顔が歪み、リナリーは慌てて言いつくろった。 「オッケー。 でもまだクロス元帥有利だな。もうちょっと回してみよ」 そう言って、彼が踵を返すと、コムイはまた、難しい顔で勝負に見入る。 「・・・兄さん?」 「ん?」 リナリーが呼びかけても、気のない返事をする彼に、リナリーは訝しげに眉を寄せた。 「何かあるの、あの勝負?」 「ん・・・いや、あの二人、あんなに強いお酒ばっか飲んで、なんで平気なんだろうと思ってさー・・・・・・。 どんな肝臓してるんだろうって、ちょっと、かっさばいてみたくなっちゃって・・・」 「・・・兄さんまで、神田みたいなことを言う・・・・・・」 リナリーは呆れ口調だが、コムイは決して、冗談を言ったわけではない。 ドクターが一切の手加減をせず、1週間は眠らせるつもりで処方した薬を、アルコールと共に摂取しておきながらなぜ倒れないのか、不思議でならなかった。 「やっぱり・・・人間じゃないのかな・・・・・・」 しかし、彼らをして『神に愛された者』と呼ぶのはためらわれる。 「悪魔の方かな」 天使は天使でも、地獄の淵に片足を入れた天使に違いない、と呟く兄に、リナリーが乾いた笑声をあげた。 「さっさと奈落に落ちればいいのに・・・」 無情な願いは、城内に備蓄されたほとんどの酒を空にした頃、ようやく叶えられた。 「なっがい戦いだったさ・・・・・・」 感心した、というよりは、呆れた口調で、激闘を見守っていたラビが呟く。 「結局、どっちが勝ったんだ?」 「2.5秒くらい、クロス元帥の方が長く起きてたさ」 ラビの審判が下るや、クロスに賭けていた者達から歓声が上がった。 「負けちゃったね、兄さん」 リナリーが苦笑を向けるが、コムイはむしろ、賭けに勝ったかのように機嫌良く頷く。 「そうだね。 でも、これで奴もしばらくは起き上がれないだろうから、良しとしよう にんまりと、三日月の形に歪んだ邪悪な笑みが、食堂に散らばった仲間達に向けられた。 『やったね!』と、親指を立てて笑う仲間達の中でも、『立案者』のラビの元へ、アレンが歩み寄る。 「なんとかなりましたね」 「んー・・・路線変更もあったけど、とにかくこれで、一件落着さ」 「ハイ。 ご婦人方の危機は回避されました!」 えへ、と、アレンがクラウドに笑みを向けると、彼女も先ほどとは打って変わって、穏やかな笑みを返してくれた。 「こっちにも、ロードみたいな夢を操る能力者がいれば、もちっと簡単だったんだろうけどさ」 「はぁ・・・苦い経験って、それですか」 「あぁ・・・あれ、すっごいぞ! 嫌な記憶とか、考えたくもないことが一気に押し寄せてくんだから! 自分の中でぐるんぐるん酔っちまうんさ!」 拳を握って熱く語るラビに頷き、アレンはテーブルに突っ伏した師を見遣る。 「・・・・・・師匠の悪夢って、なんだろうなぁ」 「借金取りに追われる夢?」 「それは僕の悪夢ですよっ!」 「まぁまぁ、今はそんなこと、どうでもいいじゃなぁーい」 きゃんきゃんと喚くアレンとラビの間に入ったコムイは、にんまりと笑って、ようやく無力化に成功した猛獣を示した。 「とりあえずこれ、自室に寝かせちゃって、僕達はパーティしよー 諸手を挙げて宣言すると、歓声の沸く中、ジェリーが困惑げに小首を傾げる。 「・・・お酒がもう、ほとんど残ってないんだけど」 「イイヨイイヨ クロスを無力化できたってことだけで、ボクは幸せに酔えるから うっとりと、幸せに浸るコムイの傍らで、リーバーが功労者のドクターの手を、硬く握った。 「これで俺らも、安心して仕事できるっすね!」 「全くだね!」 ・・・が、彼らが喜んだのも一晩限り。 その翌日には、クロスは何事もなかったかのように起きてきた。 「さすがに飲みすぎたか?二日酔いっぽいな・・・」 そんなことをほざきつつ、また城内を我が物顔にうろつき始めたクロスに、『無力化計画』の立案者および実行者達は、蒼褪めた顔で鳩首する。 「な・・・なんで起き上がれるんだね、あの男!!象でも卒倒する麻酔なのに!」 あり得ない、と、蒼褪めた首を振るドクターに、リーバーが深く頷いて同意した。 「確かに・・・ソカロ元帥は眠ったままっすよね・・・!」 「あいつには・・・常人の致死量分飲ませても、いいんじゃないの・・・?」 コムイがこれ以上は無理なほど、眉間を寄せて吐いた呟きに、ラビは思わず頷きそうになって、慌てて首を振る。 「そりゃいくらなんでも・・・! でも・・・あの量摂取して、もう起き上がるって、どういう身体の構造してんさ、あの人・・・・・・」 忌々しげな顔が集う中にあって、一人、好奇心に目を輝かせるラビをちらりと見遣り、アレンは深々と吐息した。 「・・・・・・だから言ったじゃないですか。師匠は人間じゃないって」 「ともあれ・・・緊急に対策を講じないといけないよ!!」 コムイの決然たる声を受け、皆、厳しい顔で頷く。 「あンの悪魔から、なんとしても天使達を守り抜かないと!」 彼らの悪夢は、まだまだ続く・・・。 Fin. |
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・・・・・・第135夜予想です(苦笑)←これを書いているのはハロウィンの最終更新が終わった31日深夜のことです。 だって・・・だって・・・私が2年以上に亘って書き続けてきたリバミラが、来週には否定されるかもしれないなぁと思ったら、いてもたってもいられなくなったんですよぉ;;;;; 繰り返しますが、これは第134夜の直後に書いていますので、第135夜で全て否定されたとしても、『違うじゃん!』なんて言わず、生ぬるく見守ってやってください・・・。 ブルーになればなるほど、ギャグを書くのが私という生き物の習性なのさ・・・・・・。 |