† Taste of Love U †
〜 大奥絵巻・春日の章 〜





†このお話は日本・江戸時代を舞台にしたD.Gray−manパラレルです†

  D.Gray−manの原作とは、ほとんど関係ありません。
  男女逆転でもありませんので、頭空っぽにして読んで下さい。
  史実と違いますので、試験の参考にしちゃダメですよ★





 それは、長い戦乱の世が明け、刀槍は扇へ、弓矢は茶杓へ、厩は花園へと変わった頃のこと。
 天下泰平の瑞兆とも言うべく、実り多き秋を迎え、立ち働く人々の顔も晴れやかだった。
 中でも、西ノ丸からのこのこと出てきた前将軍・コムイの喜びようと言ったら、鰹節を目の前にした猫もかくやと言わんばかりで、城中の人々を不安にさせた。
 と言うのも、将軍職を妹に譲り、大御所として西ノ丸に引きこもった彼は、居室で怪しいからくりを作ったり、御猟場に罠を仕掛けては家臣が泣き喚く様を楽しんだりと、元気であればあるほど迷惑な存在でしかない。
 ゆえに、彼が中奥と大奥とを隔てる戸を叩いた時も、大奥総取締であるジェリーは、いい顔をしなかった。
 むしろ、
 「今日はまた、なんの悪巧みを思いついたのかしら?」
 と、戸を塞ぐように仁王立ちになったまま、こめかみを引き攣らせている。
 そんな彼女に、コムイはひらひらと手を振りつつ、陽気に笑った。
 「そーんな、苦虫を噛み潰したよーな顔しないでおくれよーv
 せっかくの美人が台無しだゾ!」
 「あぁーら、お褒め頂いてどーも・・・って、ごまかされるとでも思ってんのアンター!!」
 特大の雷が落ちて、コムイに従う茶坊主達が慌てふためく。
 が、コムイ自身は柳に風と受け流し、指を顎に当てて小首を傾げた。
 「やだなぁジェリぽん〜〜〜〜v
 こないだのこと、まだ怒ってるのぉー?
 あれはぁーv
 ほんのちょーっと、薬の量を間違えただけなんだってばぁーあv
 全く反省の色を見せないコムイに、ジェリーの声が裏返る。
 「アンタが『ほんのちょっと』薬を盛ってくれたおかげで、大奥中が集団食中毒を引き起こしたわよ!!
 どーしてくれんの!!
 おかげで大奥女中を、総入れ替えする羽目になったじゃない!!」
 「いーじゃなーぃ。
 いなくなったのって、どうせ、バクちゃんの息のかかった子達ばかりでしょ?」
 激怒するジェリーに反し、コムイは女中の総入れ替えを、手を叩いて喜んだ。
 「お血筋自慢の高慢なお嬢さん達より、能力重視で純粋に目的に向かう今の子達の方が、リナリーの精神衛生上いいと思うんだけど、どーさ?」
 ・・・それを言われては、ジェリーも黙り込むしかない。
 公家の中でも名門中の名門、五摂家(ごせっけ)出身の御台所(みだいどころ)は、若い頃から旧弊な人で、戦乱を収めた武家の棟梁ですら『あずまざむらい』と呼んではばからず、とうてい武家には馴染めない人だった。
 「まぁ、ご本人はリナ・・・いえ、上様のことを、たいそうお気に召してはいるのだけどね・・・」
 「じょーぅだんじゃありませんあのロリコン!
 ボクと同じ年のくせに、いっつも幼女はべらせてんだよ、あの変態!!
 あんな奴がボクの可愛いリナリーの正室だなんて、神が許してもボクが許さないよ!!」
 一息に言い放ったコムイは、しかし、にんまりと笑みを浮かべる。
 「でも・・・もうすぐ霜月!
 来月は霜月!!
 あぁ、なんて甘美な響きだろうか、し・も・つ・き!!」
 「・・・?
 霜月がどうしかしたぁ?」
 コムイがはしゃぐ訳がわからず、ジェリーは首を傾げた。
 と、彼は芝居がかった動きで両手を組み合わせ、ジェリーと鏡合わせに首を傾げる。
 「もうすぐお誕生日だねェ、ジェリぽぉんv
 そして、キミのすぐ後には・・・・・・」
 「・・・・・・御台様(みだいさま)のお誕生日だわね」
 ようやく事情を察して、ジェリーは頭を抱えた。
 「アンタ・・・これ以上大奥を乱さないでくれない・・・?」
 蒼褪めて震えるジェリーに、コムイはけたたましい笑声をあげる。
 「三十路!みっそっじ!!
 御褥(おしとね)すべりの年だーよねっ!
 これでもう、バクちゃんはリナリーに近づけない!!」
 大奥の者は、正室も側室も等しく、三十歳になると将軍の寝所に入ってはならないとの決まりがあった。
 世継ぎを確実に生み出すにはやむをえないこととは言え・・・それをはばかりなく言ってしまうコムイに、ジェリーは困惑してしまう。
 「あのね・・・確かにそうなんだけど、御台様は将軍家の権威を増すために、五摂家にお願いしてお輿入れしてもらった方なんだから、お城から追い出すわけにも行かないのよ・・・?」
 わかってる?と、問うジェリーに、コムイは大きく頷いた。
 「早速!中の丸に隠居所作ってあげたからね!いつでも移ってもらって構わないよ!」
 やはり・・・コムイの機嫌がいい時は、ろくなことがない。
 そう思った、ジェリー○歳直前の秋のことだった・・・・・・。


 「ねぇねぇ、ジェリー?
 最近、御台所の顔を見ないけど、風邪でも引いてるの?」
 毎朝恒例の大奥惣触れ(そうぶれ)を終え、本丸へと戻る途中の将軍に問われ、ジェリーは困惑げに視線を逸らした。
 「いえ・・・あのね、リナリー・・・・・・すごく言いにくいんだけどぉ・・・・・・」
 「なに?」
 上目遣いに見つめられ、ジェリーは苦笑する。
 「・・・・・・大御所様のご意向で、御台様は中之丸に引きこもることになったのん」
 「えぇっ?!」
 リナリーは目を丸くし、ジェリーの袖を掴んだ。
 「なんで?!どうしてそんなことになっちゃったの?!」
 「うん・・・ホラ・・・御台様ってもうすぐ、お誕生日じゃない?
 それで・・・三十路に入ってしまわれるから、お褥すべりなさったのよ・・・」
 「えー・・・っと・・・・・・?
 おしとねすべりって、なんだっけ?」
 袖に縋ったまま、首を傾げるリナリーの耳元に口を寄せ、ジェリーは意味を教えてやる。
 「えぅっ?!
 あっ・・・そっ・・・だよねっ・・・!
 おおおおおおお大奥って、そう言うとこだもんねっ!!」
 顔を真っ赤にして俯いてしまった彼女に苦笑を深め、ジェリーはその肩を軽く叩いてやった。
 「まぁ、御台様がお輿入れされた時、アンタはまだ小さかったからねェ・・・。
 結局今まで、本当の夫婦にはなれなかったし、これからもなることはないだろうけど、あの方は幕府の権威を増すために、わざわざ名門からお輿入れしてくれた方なんだから、これからも粗末にしちゃダメよ?」
 「う・・・うん、わかってるよ・・・・・・」
 まだ、顔から赤味が引かないまま、頷くリナリーに微笑み、ジェリーはその背を柔らかく押す。
 「そ。よかった。
 ところでアンタ、そう言うわけだから、これから新しく側室を迎えることになるけどぉ・・・。
 誰か、気に入った子でもいるぅ?」
 「いいいいいいいいいいいいいいいいいないよ、そんな子!!!」
 また、真っ赤になったリナリーに、ジェリーは莞爾と頷いた。
 「オッケv
 じゃあ、アタシに任せておきなさいねv
 「な・・・なにを・・・・・・?」
 耳まで紅くしながら、不安げに尋ねた彼女には笑って答えず、本丸への扉を開ける。
 「後のお楽しみよv
 そう言って手を振ったジェリーに見送られ、リナリーは落ち着かない気持ちのまま、本丸へと戻って行った。


 そんな会話があった後、ジェリーはいそいそと、城のはずれにある中の丸へと向かった。
 華やかな大奥から外れたそこは、狸が出ると言われるほどに辺鄙な場所で、寵愛を失った御台所が隠居するにはふさわしいところだと、コムイの高笑いが聞こえるようだ。
 しかし、公家から輿入れしてきた御台所が主として入る以上、粗末な扱いは出来ないと、中の丸には急いで手が加えられ、御所風の御殿が新たに建てられていた。
 真新しい木の匂いのする御殿へと続く渡殿(わたどの)を歩んでいたジェリーは、庭を駆け回っている子供達を見止めて、足を止める。
 「アレンちゃーん!フォーちゃん!」
 明るい声を掛けると、白い髪を振り乱した少年が、泣きながら走って来た。
 「うわぁぁぁぁぁぁぁんっ!!ジェリーさぁぁぁん!!!!」
 「あらっ!
 あらあらあらあら!
 どーしたの、そんなに泣いてっ?!」
 驚いて渡殿を渡りきり、回廊に降りてきた彼女に、アレンは庇護を求めるように縋りつく。
 と、そのすぐ後から、
 「てめぇ!!逃げんじゃねェよ!!」
 恐ろしい声と共に、アレンよりも幼い顔立ちの少女が目を吊り上げて追ってきた。
 「んまっ!
 フォーちゃん!またそんなもの振り回してッ!めッ!」
 ジェリーに叱られて、フォーは憮然としつつも、手にした鎌を庭木の中へ放り捨てる。
 「んもう・・・!
 なんでケンカなんかしてたの、二人ともぉ?」
 しゃくりあげるアレンの背中を撫でてやりながらジェリーが問うと、フォーが忌々しげに舌打ちした。
 「だって!
 こいつのせいでバクが大奥を追い出されたんだろ?!」
 まっすぐに指差され、アレンが更にジェリーに縋る。
 「やっぱり、そのことね・・・」
 吐息と共に呟き、ジェリーはフォーにも回廊に上がるよう促した。
 「ホラホラ、アンタもちょっと落ち着きなさい。
 三人でお茶でも飲んで、お話しましょ」
 言うと、ジェリーは中の丸で彼女を迎えた女中らに命じて、手近の部屋に茶の準備をさせた。
 「いいお天気だし、縁側でのんびりしましょうか。
 今日のお土産はなんだと思うー?」
 ふふふ・・・と、楽しげに笑って、両脇に少年と少女を座らせたジェリーは、自ら運んできた大きな重箱を広げて見せる。
 「わぁv 栗ごはんvv
 「おぉv ういろうvv
 次々に箱を開けては、それぞれに目を輝かせる子供達にニコニコと笑い、ジェリーはお茶を淹れた。
 「ねぇ、フォーちゃん?
 ここ、狸が出るって、ホントぉ?」
 「ん・・・狸は見たことねーけど、でっかいイタチはいた!」
 「え?僕、狸見たよ?」
 「バッカ、ウォーカー!
 アレ、狸じゃねーよ!ムジナだよ!」
 「えー・・・狸だと思ったけどなぁ・・・・・・」
 料理をつまみながら、和んだ会話をする二人に笑って頷き、ジェリーは茶をすする。
 と、その目の前を、ひらひらと紅葉がよぎった。
 「すっかり秋も深まったわねェ・・・」
 秋風に、さやさやと葉を鳴らす枝を見つめる目を、ジェリーはアレンへ向ける。
 「アレンちゃん。
 ここに来て一ヶ月になるけど、もう慣れたかしらぁ?」
 優しく問われて、アレンは一瞬、動きを止めた。
 ややして、頷くと言うよりはうな垂れた彼の頭を、ジェリーは撫でてやる。
 「そうかぁ・・・まだ慣れないかぁ」
 「・・・っんだよ!
 別に、アタシがいじめてるからじゃないからな!」
 「そりゃそうよぉ。
 アレンちゃんは、フォーちゃん達より先にここにいたんですものぉ。
 お友達いなくて寂しかったのよね?」
 こくん、と頷いたアレンに、ジェリーは笑みを深めた。
 「あのねぇ、フォーちゃん?
 御台様が大奥を出なきゃいけなかったのは、お年のせいで、アレンちゃんのせいじゃないわぁ」
 「なんでだ?
 あの小娘が、おっさんより若い方がいいっつったんで、バクが追い出されてコイツが後釜にすわんじゃないのか?」
 「・・・フォーちゃん。
 自分のご主人に『おっさん』って・・・・・・」
 「主人じゃねーよ、あんな奴。
 今日も元気にコムイを呪ってんぜ?」
 「そ・・・そう・・・・・・」
 遠慮のないフォーの言い様に、引き攣った笑みを浮かべながら、ジェリーは続ける。
 「まぁ・・・確かに、御台様とはお年が離れすぎていたから、ご側室はお年の近い子に、ってことになったんだけどぉ・・・」
 途端、アレンの目に見る見る涙が盛り上がり、驚いたフォーは危うく団子を喉に詰まらせるところだった。
 「ど・・・どうしたんだよ・・・」
 「ぼ・・・僕・・・売られちゃったんですぅ・・・・・・!」
 「はぁ?!」
 目を見開き、ついで見上げたジェリーは、乾いた笑みを浮かべている。
 「そうねぇ・・・あれは、一月前のことだったわねェ・・・・・・」
 乾いた声を潤すように、ジェリーは茶をすすった。


 ・・・一月前。
 「そろそろ、あの子に側室を迎えなきゃねぇ・・・」
 と、呟いたジェリーに、耳打ちする者があった。
 「それでしたら私、いい子を見つけたかもしれませんわ」
 楽しげに笑って、両手を合わせたお中臈(ちゅうろう)に、ジェリーは目を輝かせる。
 「んまっ?!ナニナニ、ミランダ?!いい子って誰?!」
 思わず膝を詰めてきたジェリーに頷き、ミランダは声を潜めた。
 「先日・・・上様が京の御所に赴かれた際、伊勢の慶光院の方々をご覧になりまして、その中の一人に、長く目を留めておいででしたわ」
 「・・・慶光院ん〜〜〜〜?」
 その名を聞いた途端、ジェリーの声に嫌悪が含まれ、ミランダは目を見開いて身を離す。
 「えっ・・・?!いけませんでした?!」
 おろおろと視線をめぐらせた後、ミランダは思い至ったように手を叩いた。
 「還俗させるのは罰当たりじゃないか、って思われたのでしたら、違いますっ!
 あの子、お坊さんじゃありませんでしたわ!」
 お付の子です、と続けたミランダに、ジェリーは首を振る。
 「ううん、そうじゃないの。
 信心深いアンタが言うことなんだから、還俗とか、そんな大変なことはさせないだろうって信じてるわ。
 アタシが引っかかったのは、慶光院の方」
 「え・・・?慶光院が、どうかしました?」
 「・・・あそこの院主、とんでもない食わせ物なのよねェ・・・・・・」
 盛大なため息と共に言うと、ジェリーはミランダに、院主の悪行の数々を語って聞かせた。
 「そ・・・そんなに凶悪な方なんですか、院主様って・・・・・・」
 「そーよ。
 アンタ、間違っても近づいちゃダメよ?」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・近づけません」
 真っ青になって震えるミランダに、ジェリーは苦笑する。
 「で・・・でもまぁ、リナリーが気に入ったみたいなんでしょ?どんな子なの?」
 問うと、ミランダは言いにくそうに目を逸らした。
 「・・・・・・遊んでいて、勢い余って池に落ちた子に、院主様が笑いながら手を差し伸べていた、と言う光景だと思っていたんですが、今のお話を聞くと、違ったかもしれません・・・・・・」
 「それ・・・間違いなく、あの極悪院主が池に放り込んだ挙句、泣いて助けを求める子を笑って見ていた、って図よ」
 「・・・・・・引き上げようとしていたんじゃなくて、沈めようとしていたんですね」
 最悪の想像に、二人して深いため息をつく。
 ややして、
 「でも・・・上様は、院主様がそんな方だって、ご存じないんですよね?」
 ミランダが顔を上げた。
 「そうね。
 そもそもあの院主、自分のとこで好き勝手やるばかりで、御所やお城には滅多に寄り付かないから」
 ジェリーの答えに、ミランダは得たりと頷く。
 「でしたら、上様も私と同じようにご覧になったのではないかしら。
 私が、『池に落ちてしまったんですね』と申し上げましたら、『楽しそうだね』とおっしゃいましたし」
 「んまっ・・・そうなの?!
 あらあら!じゃあもしかして、脈ありなんじゃない?!」
 「でしょう?!」
 勢い込んで頷いたミランダは、しかし、眉をひそめた。
 「でも・・・院主様がそんな方なのでしたら、相手の人となりは慎重に見極めなければなりませんわね」
 「そうね・・・それなら、方法はあるわよ」
 「方法?」
 首を傾げたミランダに、ジェリーはにこりと笑う。
 「アタシを、誰だと思って?
 朝廷から『春日局』の号を賜った、大奥総取締りよんv
 上様の謁見予定に慶光院の一行を入れるくらい、ちょろいわんv
 でも、と、ジェリーは目を光らせた。
 「院主本人に来てもらっちゃ困るのよ。
 あの破戒僧が上様を見ちゃったら、何をしでかすかわかんないから!
 アタシの可愛いリナリーを守るためにも、あの毒牙だけは避けなきゃね!」
 「は・・・はぁ・・・・・・」
 酷い言われようだが、院主の悪行の数々を聞いた今では、もっともなことだと思われる。
 「じゃあ、どうやってあの子だけ?」
 「んー・・・。それは、改めて人をやって調べさせるけどぉ。
 その子が院主の身近な子なんだったら、院主の代理として呼びつけることは可能だと思うわ」
 「可能・・・でしょうか・・・」
 疑わしげに首を傾げるミランダに、ジェリーは頼もしく頷いた。
 「あの院主、めんどくさいことが大っ嫌いですからねェ。
 特別に代理を立てることを許す、とでも言えば、喜んで代理を差し向けると思うわよ」
 「はぁ・・・・・・」
 それでいいのだろうか、と、困惑するミランダを安心させるように、ジェリーは微笑む。
 「まぁ、みてらっしゃいv
 自信に満ちた声は、実力に裏付けられたものだった。
 その数日後、アレンは院主の代理としてリナリーに謁見し、彼の人となりを見極めたジェリーの意志によって、中の丸に留まることになった。


 「それで?
 なんでそれが、『売られた』ことになんだ?」
 話を聞き終えたフォーが問うと、ジェリーは柿を剥いてやりながら頷いた。
 「元々、謁見の理由としては、天皇家とも関わりの深い慶光院に、将軍が寄進するって理由で行ったのね。
 あぁいうお金って、相場はあってないようなもんなんだけど、大体の上限ってのはあるワケ」
 きれいに剥いた柿を二人に差し出し、ジェリーはにこりと微笑む。
 「どの程度寄進するか、って話は、あらかじめ目録として、院主に差し出していたんだけど、アレンちゃんが謁見した後、『この子の事がとっても気に入ったから、大奥にくださいませんか。その代わり、寄進の額を上げさせていただきます』って、色を付けたのよ」
 「ははぁ・・・それで・・・・・・」
 「僕・・・あっさり売られました・・・・・・」
 伊勢から共にやってきた者達と引き離されてから一月もの間、会うのは身の回りの世話をする少数の女中の他には、ジェリーだけだった。
 「ジェリーさんのことは・・・好きですけど・・・やっぱり一人は寂しくて・・・・・・」
 狸が出ると言われる中の丸で、鬱々と過ごしている内に、御台所の一行が、賑々しく移って来たのだ。
 「なーんだ。寂しくなくなって、良かったじゃねェか!」
 「・・・・・・フォーが、僕をいぢめなければね」
 じっとりと、恨みがましい目で睨まれ、フォーはあらぬ方を見遣った。
 「まぁまぁ、それも、あと少しの辛抱だからね?」
 柿をかじるアレンの頭を撫でて、ジェリーが微笑む。
 「御台様に遠慮があったものだから、アレンちゃんを大奥に迎えるのは年が改まってから、って話だったんだけどぉ・・・。
 御台様が、こんなに早く中の丸に移ってしまわれたでしょぉ?
 もう、今日にでも移ってもらっていいかなぁって思ってるのぉ」
 途端、フォーの目が吊り上がった。
 「やっぱりお前!
 バクの後釜にすわんじゃねぇか!」
 「わぁぁぁぁんっ!!」
 拳を振り上げたフォーから、アレンが必死に逃げる。
 「これっ!フォーちゃん!!」
 ジェリーがアレンを背にかばい、フォーの口に柿を押し込んだ。
 「もうっ!
 アレンちゃんいじめちゃ、めっ!」
 「だってくやしーじゃん!!」
 柿を飲み込んだフォーは、甲高い声をあげる。
 「バクは由緒正しい五摂家の出身で、望まれれば中宮にだってなれる家柄なんだぜ?!
 それが、こんなとこまで都落ちした挙句、粗末な扱いされて・・・!」
 「・・・・・・ごめんねぇ」
 ジェリーは呟くと、怒りで顔をゆがめるフォーの頭を撫でた。
 「悪気がなかった、とは言えないわね。
 理解して、とも、言える筋合いじゃないんだけど・・・この家に、有力な公家の血をいれるわけには行かないの・・・・・・」
 公家の外戚を持てば、将軍家は彼らに、様々な介入を許すことになる。
 それは、武家の棟梁として天下に君臨する将軍家に、様々な弊害を及ぼすとしか思えなかった。
 「・・・あいつの、血筋と家の権威だけを利用するなんて、卑怯だ!」
 「うん・・・そうね・・・」
 「こんな寂しい場所に捨てられて・・・許さないんだからなっ!!」
 「本当に・・・ごめんなさい・・・・・・」
 ジェリーは、とうとう泣き出したフォーを抱きしめる。
 「だけど、約束するわ。
 御台様はこれからも御台様として、なに不自由なく暮らしていただくつもりよ。
 絶対に、粗末には扱いませんからね?」
 「それでも・・・ゆるさない・・・!!」
 誇り高いフォーが、涙を零しながら抗議する様を、アレンは困惑げに見つめていた。


 「さて・・・と。
 じゃあ、アタシは御台様にご挨拶に行くわ。
 フォーちゃんも、一緒にいらっしゃい」
 ジェリーがフォーの手を取って立ち上がると、アレンが彼女を見上げてくる。
 「僕は?」
 縁側に出した足をぶらぶら揺らすアレンに、ジェリーはにこりと微笑んだ。
 「言ったでしょ、今日にでも大奥に移ってもらうってv
 すぐ戻ってくるから、ここで待っててねんv
 「はぁい」
 返事をした途端、肩越しに振り向いたフォーに睨まれ、アレンは身をすくめる。
 「バ・・・バイバイ、フォー・・・・・・」
 「・・・・・・ふんっ!!」
 手を振ると、思いっきりそっぽを向かれた。
 しおしおとうな垂れたアレンに苦笑し、ジェリーはフォーの手を引いて奥へと進んでいく。
 あらかじめ、彼女から聞いていた通り、元気にコムイを呪っているバクを見舞い、アレンを連れて行くことを告げると、案の定、彼はヒステリーを起こした挙句、じんましんを発症して倒れてしまった。
 「すっ・・・すみませんが春日殿、本日はお引取りを・・・!!」
 バク付きのお中臈であるウォンに言われ、ジェリーは素直に席を立つ。
 「お大事にねぇ、御台様ぁ。
 後で、何か届けさせますわぁ」
 「き・・・キサマの施しなんぞ、誰が受けるかぁっ!!」
 激しく咳き込みつつも、一矢報いんとするその誇り高さに、ジェリーは怒るよりむしろ、感心した。
 「さすがですわァ、御台様。
 そのご気性でしたら、武家にお生まれになっても、十分お家を盛り立てられましたわよ?」
 「こ・・・この俺様が、田舎臭いあずまざむらいにふさわしいだと?!
 キサマ、馬鹿も休みやすっ・・・ごほごほごほごほっ!!」
 「バクさまぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
 吐血するのではないかと思うほど、激しい咳き込みにウォンの絶叫が重なり、ジェリーは慌てて踵を返す。
 「ア・・・アタクシ、これにてごめんあそばせー!」
 駆け出す寸前の足運びでバクの居室を出ると、アレンが待つ部屋まで急いで戻った。
 「待たせてごめんねぇ、アレンちゃんv
 さv 行きましょうかv
 手招くと、アレンはとてとてと寄って来る。
 「ジェリーさん・・・・・・大奥って、どんなとこですか・・・?」
 大奥へと向かう回廊を、ジェリーと並んで歩きつつ、不安げな声を上げるアレンに、彼女は優しく微笑んだ。
 「大奥はね、将軍様ただお一人のためだけにアタシが作った、プライベートな場所なの。
 確実にお世継ぎを生み出すためのシステムとも言えるわね」
 「お世継ぎ・・・ですか・・・・・・」
 ぴんと来ない、と呟くアレンに、ジェリーは笑って頷く。
 「そぉね。アレンちゃんはまだ、若いからね。
 でもぉ、アタシ達より上の世代は、長い戦乱の世を生きてきたでしょぉ・・・?
 そりゃあね、辛いことばっかりだったわよぉ・・・。
 家を残すために、親兄弟が敵味方に分かれて戦うことなんて、日常茶飯事だったの」
 戦乱で、親も兄弟も亡くした将軍の乳母は、そう言って深々と吐息した。
 「その名残はつい最近まで残っていてね、今の上様は、小さい頃からずっと廃嫡の不安にさらされてたの。
 なんとか将軍になられた後も、まぁ・・・色々あって、決して安穏と過ごしていらしたわけではないのよ」
 だからこそ、と、ジェリーはアレンへ微笑みを向ける。
 「また、戦乱を引き寄せないために、将軍家は安定した政権を築く義務があるのよ。
 そのためには、上様のお血筋が、代々受け継がれていく必要があるの。
 協力してね、アレンちゃんv
 「・・・・・・はい」
 彼女の言うこと全てを理解したわけではないが、アレンは、その真摯な心に打たれて頷いた。
 「ありがとv
 じゃあね、アレンちゃんはしばらく、アタシのお部屋の近くに入ってねv
 アタシの方でお部屋を用意させようと思ってたけど、しばらく大奥を探検してもらって、好きな部屋を選んでもらってもいいわ」
 「好きな部屋でいいんですか?!」
 喜色を浮かべた彼に、はた、と、ジェリーは瞬く。
 「言っておくけど、お部屋様って言うのは、大奥でも上位の身分なのよ?
 間違っても、お台所に近い場所なんて言わないでね?」
 「・・・・・・・・・・・・はぁい」
 釘をさされ、あからさまにがっかりした様子のアレンに、ジェリーは思わず吹き出した。


 同じ頃、城下では。
 慶光院の一行が伊勢へ戻るべく、宿舎を引き払う準備をしていた。
 仏門に帰依した一行にふさわしく、粛々と立ち居する者達の中にあって一人、赤毛の少年がそわそわと行き来する。
 「なにをうろうろしておるのだ、ラビ!もう出立の準備は済んだのか?!」
 同行の老人に怒鳴られて、ラビは縁側から戻ってきた。
 「なぁ、ジジィ。長くね?
 もうとっくにひと月経ってんさ。
 普通なら、とっくに側室だって紹介されててもいい頃じゃね?
 なんで、誰もあいつの消息を知らせにこねぇんさ?」
 とうとう不安げに問うた彼に、老人は深々と吐息する。
 「心配なのはわかるが、アレンはもう、大奥に入った身だ。
 あそこに入れば、外部との接触は一切禁じられる。こちらに消息が聞こえるわけもない」
 「・・・だからって!
 あいつ、院主に売られちまったんさ!
 俺らが江戸にいる間くらい、奴の消息を教えてくれたってよさそうなもんさ!」
 「問えば、教えてくれるだろう。
 だがあの院主が、アレンの消息など問うと思うか?」
 「・・・・・・・・・・・・っ」
 唇を引き結んで黙り込んだラビを見遣り、老人は軽く吐息した。
 「わかったら、はよう仕度せい。
 アレンはあぁ見えて強い子だ。大奥でも、十分やっていける・・・」
 「ジジィ、俺も大奥に入る!」
 「・・・・・・・・・なに?」
 ラビの唐突な申し出に、老人の目が吊り上る。
 「あいつ、あれで超泣き虫なんさ!
 きっと今も、庭の隅なんかでべそべそ泣いてっさ!」
 「しかし・・・」
 「それにジジィ、俺だったら、内情を詳しく探れるとおもわね?」
 「ふむ・・・・・・」
 「公家は、ジジィがいりゃ何とかなんだろ?!
 だったら俺は、幕府の方を探るさ!な?!」
 いまだ渋る老人に畳み掛け、長い長い説得の後、ようやくラビは、大奥へ入ることを認めさせた。


 数日後。
 慶光院からの度重なる要請に負けて、使者と会ったジェリーは、彼の申し出にしばらく、笑顔のまま固まった。
 「・・・・・・・・・・・・はぃ?」
 「だーかーらーv 俺を大奥に入れてさv
 「・・・・・・なんで?」
 ジェリーでなくとも、そう答えるだろう。
 それほどに、ラビの申し出は唐突だった。
 が、すぐに我に返ったジェリーはにこりと微笑むと、使者の名目でやってきた彼を上座から見下ろす。
 「・・・朝廷には、中務(なかつかさ)省の下にあって、国史編纂を司る図書寮(ずしょりょう)って部署があるわよね?
 アタシ、若い頃は公家のお屋敷に勤めていたのだけど、そのお家の殿に、聞いたことがあるわぁ。
 通常の役所の司は、宮様がお飾りに立てられたり、公家出身の官僚が拝命するから、頻繁に変わるのだけど・・・図書寮には代々、中務卿の首すら左右する一族が棲みついてるって」
 「あははv
 朝廷は、怪談の宝庫さv
 俺、内裏の七不思議だけで、百物語できんぜ?」
 ラビは懐こく笑って、ジェリーの問いをかわした。
 「でも、春日様が公家に仕えてたことがあるなら、話は早いさ。
 大奥にも、祐筆(ゆうひつ)は必要さね?」
 「大奥で怪談でも書くつもり?」
 ジェリーがにこりと笑うと、ラビもにこりと笑みを返す。
 「春日様のご希望とあらばv
 でも、と、ラビは小首を傾げた。
 「今は、それよりもあいつについててやりたいんさ。
 アレン、ここに来てからずっと、べそべそ泣いてたんじゃね?」
 ラビの指摘に、ジェリーは苦笑する。
 「意外な寂しがりだったわね」
 「だろ?
 おにーちゃんがいれば、ちょっとは明るくなるんじゃねェかなぁ?」
 その申し出と、何よりも彼の口調にジェリーは笑い出し、彼の大奥入りを許可した。


 「ラビ!!」
 「やほーv 元気してたさ、アレン?」
 突然目の前に現れた懐かしい顔に、アレンは目に涙をためて駆け寄った。
 「元気じゃないよぉ!!ずっといじめられて、僕・・・・・・!!」
 「その割には、血色良くなってっけど?」
 そう言うとラビは、ぷにっと、両手でアレンの顔を挟む。
 「だってご飯はおいしいんだもん」
 「いぢめられても食欲が衰えないのは相変わらずさ」
 わしわしと乱暴に頭を撫でてやると、アレンはくしゃくしゃになった髪の下で、不安げな目をあげた。
 「今日は・・・何かあったの?」
 「ん?別に?
 俺も大奥にはいっから、その挨拶v
 さりげなく放たれた言葉に、アレンは目を丸くする。
 「じゃあずっとここにいてくれるの?!」
 「うん」
 「だって・・・伊勢は?!」
 「そっちはジジィがいるから、いいんさ。
 それよりも、大奥の祐筆の職をウチの一族がもらうんなら、今がチャンスだしさv
 「祐筆・・・」
 「そv
 ここじゃあ、なんて呼ぶようになるかはまだわかんないけど、祐筆第一号にしてくれって、春日の姐さんに頼んだんさv
 彼の軽やかな言い様に、アレンは思わず笑みほころんだ。
 「ラビ・・・」
 「ん?」
 「ありがと・・・!」
 「別に、お前のためじゃねーよー」
 本当はアレンを気遣っていたことなどおくびにもせず、ラビはにこりと笑う。
 「それよりアレン、もう、大奥の中って探検したんさ?」
 「あ・・・うん。
 ジェリーさんは、探検していいって言ってくれたんだけど、まだ・・・・・・」
 「そんなこったろうと思ったさ!」
 明るい笑声をあげて、ラビはアレンの腕を取った。
 「行くぜ!
 こっそり昼寝できる場所探すんさ!」
 「うんっ!」
 ラビに手を引かれ、アレンは大奥に入って初めて、晴れやかな笑みを浮かべた。


 明るい声をあげつつ、ラビとアレンが連れ立って行くのをこっそりと見ていたジェリーは、袖を口元に当てて、ひっそりと笑った。
 「アラアラv
 アレンちゃんが明るくなって、良かったことv
 「本当に・・・」
 彼女の傍らで、ミランダも安堵したように笑う。
 「こちらに移って来られたばかりの時は、ずっと俯いて黙り込んでいらっしゃったから、安心しましたわ」
 「そうねーv
 今まで、借りてきた仔猫状態だったからねぇv
 「お友達の赤にゃんこが来てくれたおかげで、白にゃんこも元気になったんですねぇ」
 「黒にゃんこも喜ぶわよぉv
 「・・・っいやですわジェリーさん、上様を黒にゃんこだなんて!」
 華やいだ声をあげるミランダを見遣り、ジェリーはいたずらっぽく笑った。
 「だってあの子達、リナリーと気が合いそうじゃない?」
 「そうですね・・・上様はどちらかと言えば、公家の姫様よりも、もっと打ち解けた・・・その・・・・・・」
 「庶民派なのよねェ、あの子」
 言いにくそうに口ごもったミランダに代わって、ジェリーはきっぱりと言う。
 「不思議よねぇ・・・先代まではともかく、リナリーは生まれた時から世継ぎとして、なに不自由なく育てたつもりだけど、なんであんなに庶民好きなのかしら」
 「よ・・・良い施政者となるご資質ではありませんか」
 ミランダが一所懸命言い繕うと、ジェリーはあっさりと頷いた。
 「そうね。そうかもね」
 「そっ・・・そうですとも!」
 「じゃあ、一刻も早く黒にゃんこの血筋を確保するために、あの子達をできるだけ早く正式にめあわせないと!」
 「ジェリーさん・・・ブリーダーですか・・・・・・」
 彼女の遠慮ない言い様に、ミランダは脱力し、ぐったりとうな垂れる。
 「なによぉう!アンタがにゃんこって言ったんじゃなーぃ!」
 「そっ・・・そうですけどっ!
 借りてきた猫とおっしゃったのはジェリーさんですよ!」
 真っ赤になって反駁すると、ジェリーはそ知らぬ顔で小首を傾げた。
 「あら?そうだったかしら?」
 「もう・・・・・・」
 苦笑交じりにねめつけるミランダに、ジェリーはにんまりと笑う。
 「ともあれ、善は急げよ!
 リナが、アタシのお誕生日にお祝いに来てくれるって言うから、その時に会わせちゃいましょ!」
 拳を握って張り切るジェリーを、ミランダは気遣わしげな上目遣いで見あげた。
 「もちろん・・・大御所様には内緒になさるんですよね・・・?」
 「当たり前でしょ!
 あのシスコンがこっちに来ないように、あんたを行かせるんだから!
 うまくやってよ?」
 「はっ・・・はい!!」
 ミランダは頬を高潮させ、緊張気味に頷く。
 「がんばります!!」
 細い手で拳を握り、決然とした声をあげたミランダを、ジェリーは頼もしげに見て頷いた。


 そして、とうとうやってきた十一月七日・・・ジェリーの誕生日当日。
 朝から、多くの贈物が届けられる中にあって、一際豪華だったのはもちろん、現将軍から贈られた品の数々だった。
 葵の御紋が蒔絵された折敷(おしき)の上には、西陣の錦や繻子の反物が積み上げられ、見事な螺鈿(らでん)の化粧箱には、質の良い紅や白粉の他に、べっ甲の櫛や柔らかい筆が整然と並ぶ。
 その他、多くの家臣らからも寄せられた品々にアレン達は目を丸くした。
 「うわー・・・」
 「すげーさ・・・・・・」
 「アラん!
 アレンちゃんv ラビv いらっしゃいv
 敷居の向こうで、中々歩を踏み出せずにいる二人を、ジェリーが気さくな声で呼ぶ。
 「よく来てくれたわぁv
 アレンちゃん、新しいお部屋は気に入った?」
 「はい!
 池でおっきな鯉を見つけました!」
 「そう、よかったわねv
 すっかり明るくなったアレンの表情を見て、ジェリーは満足げに頷いた。
 「ラビは?
 新しいお役職が出来るまで、とりあえずアレンちゃんの部屋小姓ってことにしちゃったけど、不自由ない?」
 「ん。
 元々そのつもりで来たからヘーキさ、姐さん」
 「さすが、たくましいわねー・・・」
 アレンに対した時とは逆に、ジェリーはやや呆れ気味に苦笑したが、すぐに気を取り直してアレンを手招く。
 「今日は上様が祝宴にいらっしゃるから、その時にご紹介するわね。
 ちゃんとおめかししてくるのよぉーv
 「は・・・はい・・・!」
 緊張して、表情を強張らせたアレンに、ジェリーは軽やかな笑声をあげた。
 「大丈夫大丈夫!
 上様は、そりゃあ可愛い子だから!
 アレンちゃんだって、気に入ると思うわぁv
 「はい・・・・・・」
 ジェリーの言葉と、まだ不安げなアレンを見比べて、ラビが首を傾げる。
 「ナニ?
 アレンまだ、上様の顔見てねーの?」
 「はい・・・だって、ご挨拶した時は御簾越しだったから、僕からは全く・・・・・・」
 「こっちに来ても、大奥にはまだ御台様がいらっしゃったから、ずっと中の丸に引きこもってたもんねェ。
 まぁ・・・逆言えば、御台様がいらっしゃるから、上様のお渡り自体もなかったんだけど・・・」
 「へ?!
 御台様がいるからお渡りがないって、なんでさ?!」
 ありえない、と、瞠目するラビに、ジェリーは苦笑した。
 「コム・・・大御所様が、御台様のことをたいそう嫌ってらしてねぇ。
 上様は朝の惣触れの時くらいしか、大奥にいらっしゃらないの」
 「そりゃー・・・嫁して十年もなんのに、子が出来ないわけさ・・・・・・」
 「・・・ちょっと、そゆことあからさまに言うのやめてくんないかしら、アンタ」
 こほん、と咳払いして、ジェリーが語調を改める。
 「ともあれ、アレンちゃんには本日、上様にお会いしてもらいます。
 たとえ気に入らなくても、もう、あなたはここから出られないのだということを、心得ておいてくださいね」
 「はい・・・・・・」
 うな垂れるように一礼したアレンを一瞬、気遣わしげに見遣り、ジェリーはまた語調を変えた。
 「まぁ、気楽にしてらっしゃいv ご馳走も出るからねv
 「・・・はいっ!」
 ぴょこんっと、跳ねるように顔を上げたアレンに、ジェリーだけでなく、皆が思わず吹き出した。


 その、数刻後。
 乳母の誕生日の祝宴が自身の見合いの席だなどと思いもせず、リナリーは軽い足取りで大奥にやってきた。
 「ジェリー!
 お誕生日おめでとー!!」
 大きな明るい声に、居並ぶ女中達は笑みほころんだが、その中で一人、アレンだけは畳の目を見つめたまま、びくりと肩を震わせる。
 「アラんv リナv
 今日はたくさんの贈物をありがとうねーv
 「えへv
 ジェリーに似合うかなぁって選んでみたんだけど、どう?気に入った?」
 「もちろんよぉv 早速、御縫所(おぬいどころ)に言って、仕立てさせるわねv
 「あははv
 ジェリー大きいから、反物足りるかなぁ?」
 「んまっ!
 シツレイね、アンタ!
 アタシは太ってなんかなくてよ?!」
 「違うよー!背が高いって意味だよー!!」
 きゃあきゃあとはしゃいだ声をあげる二人の傍で、アレンは石のように沈黙して畳の目を数えていた。
 ややして、
 「ところでリナリー?
 アンタ、伊勢の慶光院のご一行と謁見したこと、覚えてるかしら?」
 唐突に切り出したジェリーに、アレンはまた、びくりと震え、リナリーは小首を傾げる。
 「慶光院・・・って、どれのことだっけ?
 寺社関係の人達とはたくさん会ったから、誰がどこの人だったか、良く覚えてないんだけど・・・」
 ごめん、と、気まずげに言う彼女に、ジェリーはにこりと笑った。
 「唯一、院主本人ではなく、代理を許されたお寺よぉ」
 「あぁ、あの!
 私と同い年くらいの子が代理になってたお寺でしょ!」
 「そうそうv
 「お寺の一行なのに、すごく明るくて、いいなぁと思ってたんだよねぇ・・・」
 ふっと、記憶を辿りながら視線を巡らせたリナリーは、居並ぶ奥女中の中に、まさに今、思い出の中にあった顔を見つけて、目を見開く。
 そして、呆然と見つめられたアレンも、初めて見た『将軍』の素顔に、目をまん丸に見開いて固まった。
 「ほほほほほv
 リナリー、驚いたぁ?」
 悪戯の成功にはしゃぐ少女のような声で、ジェリーが笑う。
 「お・・・お・・・驚いたって言うか・・・・・・驚いた!!」
 あまりの出来事に、支離滅裂なことを言う彼女の目の前で、ジェリーはアレンを示した。
 「もう、お名前は知ってるでしょ。アレンちゃんよ。
 ミランダから、アンタがアレンちゃんのこと、気に入ったみたいだって聞いてねぇ・・・慶光院の院主様とアレンちゃんにお願いして、大奥に入ってもらったのぉv
 「は・・・は・・・入ってもらったって・・・!
 だって彼は、慶光院の・・・僧になるはずの子じゃないの?!」
 聖職者を大奥に入れるなんて、と、戸惑うリナリーを制して、ジェリーはアレンを見遣る。
 「アレンちゃん?
 もう、得度(とくど)はしていたのかしら?」
 「いえ・・・。
 僕は、ワガママ・・・いっ・・・いえ!
 こっ・・・個性的な院主様のお世話を、誰もがもてあまし・・・てなくて!えーっと・・・お世話を押し付けられ・・・じゃなくて!
 えっと・・・えっと・・・えっとー・・・・・・とにかく!
 まだ、得度するには至っていませんでしたので、僧じゃありません・・・!」
 しどろもどろになりつつも言ったアレンに大きく頷き、ジェリーは再びリナリーへと向き直った。
 「だったら問題ないわよねぇ、リナリー?
 この子、聞けば可哀想な身の上で、身寄りがなくって仕方なく慶光院に身を寄せたんですってっ!
 アンタは優しい子よね?この子と、仲良くできるわよねっ?!」
 「え・・・?
 う・・・うん・・・・・・」
 潤んだ目で、切々と訴えられ、リナリーは気圧されて頷く。
 「じゃあね、ママンからお願いっv
 アレンちゃんを、アンタの側室にしてあげてv
 「うん・・・って、ええ?!」
 真っ赤になって絶叫するリナリーの手を、ジェリーはすかさず取った。
 「ママンねっ!すっごく心配なのよぉぅ!
 御台様とは、家同士の繋がりで結婚させちゃったけど、結局ホントの夫婦にはなれなかったし・・・このままじゃアンタ、お世継ぎをもうけられないんじゃないかって!!」
 自分に縋って泣き崩れたジェリーの肩を、リナリーは真っ赤になって叩く。
 「そ・・・そんな大げさなっ!!」
 「ナニ暢気なこと言ってんのよ!
 コム・・・大御所様がいちいち邪魔するせいで、アンタってば全然こっちに来なくって!!
 本気でアンタの血筋が危機なのよ!」
 だから、と、ジェリーは袖で涙を拭いつつ、リナリーを見上げた。
 「アタシはせめて、アンタが気に入りそうな子を、大奥に入れてあげるから・・・!
 誰を選ぶかはアンタに任せるから、お世継ぎだけはァァァァァァ!!!!」
 「ちょっ・・・そんな大声で!!」
 慌てて周りを見回したリナリーは、アレンと合った目を、真っ赤になって背ける。
 「わ・・・わかったよ・・・・・・。
 出来るだけ、こっちに来るようにするから、泣かないでよ・・・・・・」
 こっそりと囁くと、ジェリーは顔を覆った袖のうちで、してやったりと笑みを浮かべた。
 「じゃあ今夜、泊まってく?!」
 満面に笑みをたたえた顔を上げるジェリーに、リナリーは照れ笑いを返す。
 「・・・・・・今日は帰る」
 「そう・・・・・・」
 ジェリーはがっくりとうな垂れたものの、すぐに気を取り直してリナリーを抱き寄せた。
 「じゃあ、せめて宴は楽しんで行ってねv
 「うん」
 小さい頃にそうされたように、ぎゅっと抱きしめられ、リナリーは笑みを浮かべる。
 彼女の胸に顔を埋めれば、甘くいい香りがして、リナリーは今までとは打って変わって安堵感に包まれた。


 同じ頃、ジェリーの使いとして西ノ丸に赴いていたミランダは、上座のコムイを、気弱げな上目遣いで見上げた。
 「あっ・・・あのう・・・。
 この度は、誕生日の贈物に大変結構なものを頂戴したと、大奥総取締より、お礼言上申し上げます・・・」
 「いーえv
 約束通り、バクちゃんを追い出してくれたジェリーに、ささやかなお礼だよぉv
 とんでもないことを堂々と言い放った大御所に、ミランダはうな垂れるようにこうべを垂れる。
 「正式なお礼は、後ほど大奥総取締自ら参りますが、その前に、取り急ぎお礼言上に参りました」
 「ハイv ごくろーさんv
 機嫌良く扇子を振るコムイから目を逸らすためにも、ミランダは畳を見つめたまま、出来るだけさりげなく口を開いた。
 「・・・御台所が中の丸へお移りあそばし、大奥も秋の気配が拭えませんが、大御所様に置かれましては、その方がご安心でございましょう」
 今にも倒れそうな、はかない声音で囁かれた言上には、さすがのコムイも苦笑する。
 「そりゃあさ、血筋は残さないといけないとは思うよー?
 だけど、今はまだ早いでしょ!だってあの子、まだ16だもん!」
 ね?と、媚びるような声を受けて、ミランダは、緊張に震えそうになる自身を必死に抑え、出来るだけ落ち着いた口調でまた、言上した。
 「大御所様の、おおせの通りにございます。
 この度は、御台所にはお気の毒なことになってしまいましたが、これも将軍家のためには仕方のないことと、総取締も申しておりました」
 「うんうんv
 さすが、ジェリーはわかってるよねーv
 機嫌良く頷く気配を察して、ミランダは畳を見つめる目に力を込める。
 ここからが、彼女がジェリーに託された『使命』だ。
 ミランダは更に深くこうべを垂れると、頭の中に入れた言葉をそのまま読み上げるように、淡々と言上した。
 「・・・なお、これから冬に向かうに当たり、総取締は乳母として、上様のご健康を大変気にかけております。
 つきましては冬の間だけでも、上様におかれましては、大奥にてお過ごしいただくわけには参りませんでしょうか?」
 「・・・え?」
 途端に、不満げになったコムイの声に、ミランダはびくりと肩を震わせる。
 だが、気力を振り絞ると、畳の上についた手に、力を込めた。
 「もちろん、毎夜とは申しません。
 ただ、主のない邸は乱れるもの・・・。
 御台所のおわさぬ大奥が、将軍家に仕えるにふさわしい体裁を保つためにも、時折、上様にお越しいただければ、わたくしどもも下の者達を扱いやすうございます」
 ミランダの言上に、コムイは扇子を振り回しながら頷く。
 「ふぅん・・・・・・今、大奥には側室もいないんだっけ?」
 確認するように問えば、ミランダは深々とこうべを垂れて頷いた。
 「ございません」
 ・・・嘘ではない。
 アレンはまだ、『側室候補』であって、正式に側室と認められたわけではないのだから。
 「・・・・・・わかった。
 断ると、ジェリーが怒り心頭で乗り込んでくるからね。
 で?今夜から泊まっちゃうの?」
 長い間の後、吐息混じりの声を受けるや、ミランダは快哉をあげたい気分になったが、ぐっと堪えて、やや、首を傾げる。
 「それは・・・本日のご気分次第でございましょう」
 さりげなく、さりげなくと、何度も自身に言い聞かせ、出した声は、自分でも意外なほどに落ち着いていた。
 「わかった。
 じゃあ、ジェリーにはよろしく言っておいて」
 「かしこまりました」
 改めて一礼し、ミランダは座を立つ。
 最後まで慎ましく、コムイの顔を見ないように下がり、部屋を出た彼女は、ほっと吐息した。
 だが、まだ油断は出来ないと、茶坊主達を従えて大奥に至り、お鈴廊下に入って、背後で鍵が下ろされた音を聞いた瞬間、ようやく安堵の息をつく。
 「成功ですぅ〜〜〜〜!!」
 お鈴廊下を渡った所にある、最もはしたの部屋に隠れたミランダは、しばらく、腰が抜けたように立つことが出来なかった。


 後刻、宴は終わり・・・。
 請われてジェリーの部屋に残ったアレンは、紅い顔を俯けていた。
 「どーぉ?
 あの子は、アレンちゃんのお気に召したかしら?」
 「おっ・・・お気に召すも何も・・・・・・あの・・・あの・・・・・・っ!
 上様に対してこんなことをいうのは、失礼だと思うんですけど・・・・・・すごく・・・可愛かったです・・・・・・」
 「でっしょー?!
 アタシ、今まで生きてきた中で、あの子以上に可愛い子なんて見たことがないって思ってたけど、親馬鹿のひいき目じゃないわよねぇ?!」
 「はっ・・・はい!
 ぼ・・・僕が見た中でも・・・その・・・・・・」
 また、紅い顔を俯けてしまったアレンに、ジェリーは満足げに微笑む。
 「よかった!
 まずは、一つ解決だわね!」
 「で・・・でも・・・・・・」
 「ん?」
 言いよどむアレンに、促すように問えば、彼は畳を見つめたまま、気弱げに呟いた。
 「う・・・上様は、僕を気に入ってくれたでしょうか・・・・・・?」
 フォーには思いっきり嫌われたし、と、アレンは暗い声で続ける。
 が、ジェリーは華やいだ笑声で、アレンの不安を退けた。
 「大丈夫よv
 あの子が先に、アレンちゃんのことを気に入ったんですものv
 だから来てもらったの、と、ジェリーは笑って扇子を振る。
 「まぁ、今すぐどうこうするつもりなんてないから、とりあえずはあの子と、仲良くしてあげてね?」
 「はい!よろこんで・・・!」
 真っ赤な顔を上げて、アレンが頷くと、ジェリーはまた、笑声をあげた。
 「そんなに気負わなくていいのよ。
 あの子、ずっとお勉強ばっかりで、年相応の遊びを知らないから、お仕事の合間くらい、息抜きさせてあげてねv
 「はい!」
 アレンの明るい声音に、ジェリーは満足げに頷く。
 ―――― この夜、城内に恐ろしいたくらみごとが進行しているとも知らず、ジェリーは多くの人々に寿がれて、安穏な一日を終えた。



To be continued.

 










2007年ジェリー姐さんお誕生日SSでございます。
当初は仮想19世紀『現在』のSSを書こうと思っていたのですが、ふと、パラレルをやりたくなりまして(笑)
以前から書こうかどうしようか悩んでいた、『ジェリー@春日局編』を、頭の中から出すことになりました。
彼女一人でしたら、普通のお誕生日SSだったのですが、バクちゃんのお誕生日と日が迫っていましたので、二人セットで『大奥編』をやろうかと。
・・・つまり、バクちゃんがいなければ、大奥を書くことはなかったでしょう、と(笑)
今回はかわいそうだったバクちゃんの続編と合わせて、楽しんでいただけましたら幸いです。












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