† AS ONE †
異国での長い長い戦いが終わって、エクソシスト達が教団に戻ったのち――――。 ようやく十分な睡眠をとったミランダは、久しぶりに清々しい気分で病室を出た。 また、診察に戻って来なければいけないとは言え、病棟以外の場所を歩かせてもらえることは嬉しい。 消毒液の臭いも消える辺りまで来ると、満足げな吐息が漏れた。 「ミランダ、食堂行くの?」 声をかけられ、振り向くと、リナリーが後ろから追いかけてくる。 「リナリーちゃん・・・もう走れるの?!」 「えへ・・・まだ、本調子じゃないけどね」 「すごいのねぇ・・・」 驚異の回復力に、ミランダは驚くより呆れてしまった。 「それより、早く食堂行こ! 病人食は飽きちゃったよ!」 「そうね」 くすくすと笑いながら、連れ立って入った食堂には、既にアレンとラビがいる。 「あー!やっぱりいた!」 リナリーが歓声をあげて駆け寄ると、二人はフォークを持つ手を上げて笑った。 「リナ!ミランダも聞いてくれよ!アレン、すげーんだぜ!」 「ちょっ・・・ラビ!!」 赤面してラビを止めようとするアレンに、二人は顔を見合わせ、微笑む。 「どうしたの?」 異口同音に発せられた問いに、ラビがけたたましい笑声をあげた。 「コイツ、病室のベッドに豚一頭引きずりこんで、完食したんだぜ! もう、婦長が激怒ったのなんの!」 「もう!!なんで喋るんですか!!」 アレンが怒声をあげて、ぱこんっと、ラビの頭をはたく。 と、 「あぁーら、豚さんだけじゃないわよねェ? アタシ、栄養のバランスを考えて、お魚さんとか果物とか、アレンちゃんの好きなもの以外にも、色々持ってったものぉー トレイにたくさんの皿を載せたジェリーが割って入って、にこりと笑った。 「どうだった、アレンちゃん? アタシ特製の豚の丸焼き、おいしかったぁ?」 「とっっってもおいしかったです、ジェリーさん 目をキラキラと輝かせるアレンに、ジェリーは嬉しげな笑声をあげ、彼の前に次々と料理の皿を置く。 「んもーぅ アタシ、アレンちゃんがちゃんとごはん食べてるか、ずっと心配してたのよーぅ! でも、無事に戻って来て良かったわぁ 「はぃっ 早速出された料理にフォークを突き刺すアレンを、ジェリーが慈愛に満ちた目で見つめていると、つい、と、彼女のエプロンが引かれた。 「あのー・・・ジェリー」 「私達にも、愛をください・・・」 リナリーとミランダの、遠慮がちな申し出に、ジェリーはようやく我に返る。 「アラッ! アラアラ!ごめんなさいね!なに食べるぅ?」 「とりあえず・・・」 「これでいいわ!」 「えぅっ?!」 ママンの愛を独り占めにしていたアレンから、サンドウィッチとオムレツの皿を取り上げ、二人は悲しげな彼にいたずらっぽく笑った。 大きなパンプキンパイを抱えて、ヴァチカンの監査官がやってきたのは、その後しばらく経っての事である。 礼儀正しい物腰でありながら、その視線は冷徹にアレンを観察し、彼を連行していった。 一連の事情が掴めないミランダは、置いてけぼりを食らって不満そうなラビの隣で、監査官手製のパンプキンパイに舌鼓を打つ。 「このパイ、すごく美味しいわ。あのひと、お菓子作りが上手なのねぇ」 ミランダは思わず感嘆の声を漏らしたが、彼のことはジェリーもお気に召さない様子で、彼に対する彼女の言動からは、いつもの愛情が欠けていた。 「皆さん、なんでそんなにあのひとのことが嫌いなの?」 美味しいパイを作ってくれるのに、と、ミランダが首を傾げると、ラビが皮肉げな顔を向ける。 「俺らが教団って囲いに囲われた羊さんだとしたら、奴らは牧羊犬なんさ!」 「牧羊犬? じゃあ、おりこうなのね」 くすくすと、ミランダが笑いながら的外れなことを言うと、冗談だと思ったのか、ラビが大げさに頷いた。 「そうそう、俺らを見張る、番犬さんさ」 「犬なの?」 「誰が犬ですか!」 不意に背後から声をかけられ、ラビが飛び上がる。 「うぇっ?!リンク監査官、なんでっ?!」 出てったはずじゃ、と、顔を引き攣らせるラビを、冷酷な目が見下ろした。 「アレン・ウォーカーが、食事が出なければ質問状には一文字たりとも書かないと言いますので。料理長に、ケータリングの依頼を・・・」 言いつつ、視線をめぐらせたリンクの目に、にこにこと笑うミランダの姿が映る。 「・・・なにか?」 「聞きましたよ。 あなた、牧羊犬なんですってね?」 突拍子もないことを言われて、リンクの鉄面皮が歪んだ。 「誰が犬・・・っ!」 「お手」 すっと、差し出された手に、リンクは目を丸くする。 「はぁっ?!あなた、なに言って・・・」 怒声は、しかし、喉を通る途中でかすれて消えた。 ミランダが発する、抗いがたい威圧感に呑まれたのだ。 ―――― なっ・・・なんだこの、逆らってはいけないと思わせるオーラは・・・っ!! 額に汗の珠を浮かべ、リンクは改めてミランダを見つめた。 ほっそりとした、華奢な女性だ。 にこにこと穏やかな笑みを浮かべて、とても優しげに見え・・・た・・・が・・・・・・・・・。 笑みの容に細められた目を見つめるうちに、徐々に・・・徐々に彼女の姿が大きくなる。 ―――― 私に逆らうなんて、許さない。 そんな幻聴までもが聞こえた気がして・・・気づけば、リンクはミランダの前に跪いていた。 「いい子ね」 優しい声とともに、ゆらり、と、催促するように差し伸べられた手が揺れた途端、リンクは右手を彼女の掌に乗せる。 「・・・・・・・・・わんっ」 ミランダの支配下に置かれたリンクは、自身が声を発したことにも気づかなかった。 代わりに、驚愕の声を発したのはラビとジェリーだ。 「うぉぉぉぉぉ!!ミランダ、すっげぇぇぇぇ!!!」 「さすがドイツ人ねェ・・・!犬をしつけるのが上手だわ!」 ジェリーの感想に、はっと我に返ったリンクが、慌てて手を払った。 「い・・・犬ってあなた達!!私は・・・」 耳まで真っ赤にして、何とか威儀を正そうとしたリンクに、再びミランダが手を差し伸べる。 「おかわり」 「わんっ」 ・・・・・・彼女の命令に応じて左手を置いたのは、完全に条件反射だった。 大爆笑する団員達に囲まれ、完全に威厳をなくしたリンクは、ミランダに頭を撫でられるまま、呆然とする。 「な・・・なんでこんな・・・・・・」 ありえない、と呟く彼へ、ミランダは愛犬に対するように語りかけた。 「はい、いい子ですねー ミランダが細い指を顎に当て、小首を傾げると、リンクは慌てて立ち上がる。 「わっ・・・私にはもう、ハワード・リンクという名前が・・・・・・!!」 「おだまり。おすわり」 「・・・・・・・・・」 反駁を許さない迫力にあっさりと屈し、リンクはぺたりと床に座り込んだ。 途端、 「はいはいっ!!ホクロ!!」 「はいはいっ!!中央ボーズ!!」 調子に乗ったラビとジェリーが挙手する。 「そうねぇ・・・」 二人に微笑みつつ、ミランダは両手を合わせた。 「・・・じゃあ、二又マユゲ 「眉・・・・・・っ」 あまりにも的確な命名に、状況を見守っていた団員達が一斉に爆笑する。 その奥で一人、黙々と蕎麦をすすっていた神田が、ぱちりと箸を置いて立ち上がった。 「ミランダ・・・・・・」 呼びかけられ、ミランダは神田に笑みを向ける。 「はい、なんですか?」 と、彼は親指を立てた。 「見直したぞ!」 「ダンケシェーン」 教団の悪口大王からもらったグッジョブのサインに、ミランダは嬉しげに礼を言う。 「じゃあマユゲ 今日からあなたのご主人は、私ですからね 「わんっ!」 ―――― なぜだろう・・・なぜだかわからないが・・・・・・嬉しい。 冷酷ではない厳格さと、甘えではない優しさを兼ね備えた『ご主人様』の存在に、元々忠実な性質のリンクは圧倒され・・・―――― 以後彼は、ミランダに絶対服従するようになってしまった。 だが、その状況を面白く思えないのは、当然ながらルベリエ長官である。 「なにをやっているんだ、君は!」 リンクを呼びつけた彼は、この頃の彼の行動に対し、激しく叱責した。 「君の任務は、アレン・ウォーカーの監視と尋問であって、ミランダ・ロットーの従僕ではない!!」 ヒステリックな怒声を謹聴していたリンクの姿勢が、わずかに乱れる。 「どうした?! なぜこのようなことになったのか、理由を述べよ!!」 「はぁ・・・それが、私自身もどうしたことか、わかりかねます」 リンクのあいまいな言い様に、ルベリエの目が剣呑さを増した。 「はっきり言えんのか!!」 「申し訳ありません・・・。 ただ、あの人の・・・ミランダ・ロットー・・・様の目を見ているとつい、絶対服従しなければならない気に・・・・・・!」 困惑げに言葉を濁す部下に、ルベリエはデスクを叩いて立ち上がる。 「監査官ともあろう者が情けない! もういい!!私が行く!!」 足音も荒く仮の執務室を出て行った上司を、リンクは不安げな目で見送った。 「私だって・・・理由がわかるものでしたら・・・・・・」 しかし、リンクの困惑げな呟きが、激昂したルベリエに届くはずもない。 執務室を出た彼は、頭から湯気を出さんばかりにしてミランダを探した。 「理由はわからないが服従だと?!馬鹿馬鹿しい! そのエクソシストに、妖しい術でもかけられているのではないか?!」 彼がそう思うのも無理はない。 エクソシスト達は、アクマとの戦闘の他に、実に様々な力を用いるものだ。 「もしも妖術だとしたら、神の使徒にはふさわしくない! とっとと魔女裁判にでもかけて、成敗してくれるわ!!」 気炎を吐きつつ、ルベリエは我が物顔にずかずかと回廊を進んで、談話室でくつろいでいたミランダに詰め寄った。 「ミランダ・ロットーは君か!」 いきなり吠え掛かられ、ミランダが目を丸くする。 「はい・・・あの、どなたですか?」 彼女の気弱な態度に、ルベリエは気を強くし、威儀を正した。 「私は中央庁特別監査役・・・」 「犬のリーダーさ!」 ルベリエの名乗りを、横あいからラビが邪魔をする。 途端―――― ミランダの雰囲気が、がらりと変わった。 「まぁ・・・立派なおひげね」 「は・・・ま、まぁな・・・・・・」 つい先程までの、か弱げな態度から一変、堂々とした雰囲気を纏った彼女に、ルベリエは鼻白む。 懸命に威厳を保とうとするが、悠然とソファに背を預けた彼女を見ていると、なぜか額に汗が浮かんだ。 「ところで・・・」 ゆったりとした声なのに、まるで、怒鳴られでもしたかのように、ルベリエの背が緊張する。 「な・・・なんだ・・・・・・?」 気を緩めると、震えそうになる声を必死に抑え、問い返した。 蛇のような、とたとえられる眼光は、今や力を失って、彼女の周りを漂っている。 と、つい、と、顔をあげたミランダが、彼の目を捉えた。 「ご主人の前では、跪きなさい」 「・・・・・・っ!!」 いまだかつて感じたことのない威圧感に、ルベリエの全身から汗が吹き出す。 「おすわり」 「・・・・・・・・・わんっ」 気づけば、膝を折っていた。 「いい子ね、ヒゲ!なんて素直なかわいい子かしら、ヒゲ!」 途端、優しい声とともに暖かい手が、彼のきれいにセットした頭を撫で回す。 が、ルベリエは無言で・・・というより、反駁も反発も封じられて、されるがままになっていた。 「お手」 「わんっ」 差し出された手に、思わず右手を乗せると、ミランダは・・・いや、ご主人様は更に撫でてくれて、なんだかとても幸せな気分になる。 「うふふ マユゲといい、ヒゲといい、可愛いわんちゃんを二匹も飼えるなんて 可愛い、と言われ、ルベリエは更に幸せな気持ちになった。 「あの・・・ご主人様、実は私、ケーキ作りが得意でして・・・!」 ぜひ味わっていただきたい、と、意気込んだ彼に、ミランダは笑みを浮かべる。 「まぁ、そうなの?えらいのねぇ」 ほめられて、ルベリエは満面に笑みを浮かべた。 「では早速・・・!」 「でも・・・今日はもう、マユゲのパイをいただいちゃったのよ」 ごめんね、と言われ、ルベリエはしゅん、とうな垂れる。 「じゃあね、ヒゲには、お茶を淹れてもらおうかしら 「わんっ!喜んでっ!!」 尻尾があったなら振っていただろう、嬉しげな顔に、ミランダもにっこりと微笑んだ。 その優しい笑みに、ルベリエの胸の奥から、じんわりと暖かいものが湧き上がる。 ―――― とうとう・・・絶対的な忠誠を誓えるご主人様と出会えた・・・!! 感動に胸膨らませ、いそいそとミランダのためにお茶を入れるルベリエを、やや遠くから見守っていたラビは、食堂から見物に来た料理長に楽しげな笑みを向けた。 「サドって、自分よりサディスティックな人間の前では急におとなしくなるってホントかなぁ?」 ラビが問うと、ジェリーは頬に手を当て、しゃなりと身をくねらせる。 「さぁねェ。 それより、ドイツ人ってサディスティックな人が多いって、ホントかしらぁ?」 「それは眉唾だけどさー・・・この光景見てると、それもアリかって思えてくるな 「そうね・・・ 目の前で繰り広げられる、微笑ましい光景に、二人は和んだ笑みを浮かべた。 その後・・・。 教団本部を戦慄の渦に叩き込んだ監査役を、二人まとめて支配下に置いたミランダは、団員達から『ハウンド・マイスター』と呼ばれるようになったと言う・・・。 Fin. |
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なーんちゃって!(笑) すみません、なんだかあの監査官達見てると、容赦なくいじめてやりたくなっちゃって!(笑)←佐渡。 このネタは元々、第136夜の『羊と犬』と言う題名に、『犬は牧羊犬のことだろうけど、あのエクソシスト達、羊って柄かぁ?』なんて笑いつつ、なんとなく浮かんだものでした(笑) えぇ、羊どころか、やつらライオンと狼とウサギですもんね。>最後のはなに。 そのうち書こうと、ネタ帖に書いていたら、第137夜でミランダさんが、あまりにも無邪気に『犬なの?』なんて言ってくれるものですから、『犬と子供のしつけはドイツ人に任せないとね!』と、こんなお話が出来上がりました(笑) これ、単に思い浮かんだ文を書いているだけですので、あまり深く考えず、さらっと読んで笑い飛ばしてくださると嬉しいです(笑) |