† Pretty girl †






 † これは、D.Gray−man学園パラレルです †
 D.Gray−manの原作とは、ほとんど関係ありませんので、頭空っぽにして読んで下さい★
 サンタンジェロ学園の詳細は、前作の
『The Rain Leaves A Scar(前後編)』をご覧頂くとわかりやすいです。




 暦の上ではもう春だというが、まだ冬の風がしぶとく居残っている頃。
 肌寒い、と言うより、はっきり言って寒いサンタンジェロ学園高等部校内の保健室では、保健師のエリアーデが自身の顔を鏡に映し、まじまじと見つめていた。
 精神・健康両面に気を使って培った肌は弾力があり、一筋の皺も一片のシミも侵入を許さない。
 血行から管理している頬はばら色に染まり、栄養素をふんだんに取り入れた瞳は輝き、唇は艶めいて、入念なマッサージを欠かさない輪郭は完璧に整っていたが、ただ、表情だけが不満げだった。
 「・・・つまんない」
 何よりも、誰よりも『美しくあること』に心を砕いている彼女は、多くの賞賛を得、大勢の崇拝者を持ってはいるが、この頃、そんな彼らのために自身を飾ることに虚しさを感じている。
 「・・・・・・あんなパーティ、行かなきゃよかった」
 深いため息を漏らすと、鏡が白く曇った。
 その色に、昨日の花嫁の衣装を思い出し、エリアーデはむっとして鏡を拭う。
 「なんであたしが、あんなブスの添え物になんなきゃいけないのさ!」
 そうは言いつつも、幸せに笑み輝いた花嫁の顔は、エリアーデの知る友人のそれとは全く違っていた。
 誰か一人のために装うと言うことは、あれほどまでに美しくなれるのかと、驚いたほどだ。
 「はぁ・・・理想の男なんて、いないのかなぁ・・・・・・」
 また、深いため息をついた時、デスクの内線が鳴った。
 「はぁい」
 気のない返事をするや、
 『エリアーデ先生ぃっ!!
 もう職員朝礼始まりますよっ!!』
 受話器からヒステリックな声が響いて、エリアーデは顔をしかめる。
 「はぁい。すぐ行きまーす」
 適当に答えて受話器を置くと、エリアーデは億劫そうに立ち上がった。
 保健室を出る前に、ドア近くに置いた、全身を移す鏡の前で立ち止まる。
 今日のファッションは、黒いレースのハイネックに同色のタイトスカート。
 腰には銀のチェーンベルトを巻いて、その細さをさりげなくアピールしている。
 やや短めのスカートからは完璧な脚線美が伸び、有名ブランドの華麗なサンダルが足元を飾っていた。
 美容に気を遣う女性、と言うよりは、美術品を鑑定する鑑定士のような厳しい目で自身を見つめた彼女は、普通のそれに少々手を加えた白衣を纏う。
 エリアーデは様々に角度を変えつつ、自身の姿を眺め回すと、厳しい顔で頷いた。
 「うん、完璧」
 鏡に向かってにこりと笑い、トップモデルのように颯爽と歩き出す。
 まだ春休み中とは言え、部活動などで登校している生徒達の挨拶に魅惑の笑みを振りまきながら職員室に入ると、数人の教員らに睨まれたが、エリアーデは無視して席に着いた。
 ――――・・・くだらない。
 彼女を睨んだのは、『校長派』の職員達だ。
 この学園は、理事長の一族を中心とする『理事長派』と校長を慕う『校長派』とで、職員が真っ二つに割れていた。
 一族ではないが、理事長の口利きでこの学園の保健師になったエリアーデは一応、『理事長派』と言うことになっているらしい。
 狭い校内での勢力争いなど、エリアーデは全く興味がなかったが、それがこの学校の、特徴と言えば特徴だった。
 ―――― 早く終わんないかな・・・。
 朝礼さえ終われば、こんな雰囲気の悪い職員室などさっさと出て、彼女は自分の城に帰ることが出来る。
 長いだけでつまらない校長の話を聞き流していると、不意に彼の傍らに、見知らぬ男が立った。
 「・・・誰?」
 思わず呟くと、隣にいた語学教師が苦笑する。
 「新しい先生だって、今、校長先生がおっしゃったじゃないですか・・・」
 「あぁ、そうでしたね」
 エリアーデの華やかさに比べ、あまりにも控えめな彼女に、エリアーデはにこりと笑みを返した。
 視線を前方に戻し、校長が彼を紹介する言葉を聞いていると、どうやら彼は、『校長派』に与するらしい。
 「ミランダせんせ、あの方の事、ご存知でいらっしゃる?」
 エリアーデは、隣の語学教師にそっと囁いた。
 ミランダは一応、『校長派』に与する人間だが、エリアーデと同じく、校内の勢力争いには興味のない、いわゆる中立の立場で、性格も温和だ。
 ために、エリアーデに対してもむやみに敵意を持つことがない上に、学年主任達と親しく、意外と情報通でもあるので、校長派の人事を聞くには最適の人物だった。
 案の定、ミランダはにこりと微笑むと、手にした書類で口元を隠し、わずかにエリアーデへ身を寄せる。
 「なんでも、どこかの企業の研究員だったらしいですよ。
 ずっとバイオ系の研究をなさってたんですけど、事業縮小でその研究が取りやめになったとかで、教員に転職されたそうです」
 「へぇ・・・研究員」
 エリアーデは組んだ膝の上に頬杖をつき、痩せて神経質そうな彼の横顔を見つめた。
 ――――・・・じゃあ、人前で話すのなんて、初めてじゃないの?
 そんなことをふと思ったエリアーデは、吹き出しそうになって慌てて口元を押さえる。
 「?
 どうしました?」
 「いえ、なんでも・・・っ!」
 訝しげに問うミランダには、そう言ってひらひらと手を振ったが・・・当のミランダがやらかした『新任の挨拶』の大騒動を思い出し、どうしても肩が震えた。
 今では随分と落ち着いたが、大学を出たてのミランダは、大勢の教員たちの前で緊張してしまい、校長に紹介されて進み出た途端、何もないところで躓いて校長を押し倒し、重傷を負わせたのだ。
 ―――― 医療キット持って来ればよかった・・・!
 クスクスと、微かな笑声が漏れ出して、エリアーデは慌てて意識を別の所に向けた。
 その目の端に、彼が緊張気味に歩む様が映って、エリアーデは期待のこもった視線をちらりと向ける。
 ・・・が、彼は緊張気味ではあったが、無難に自己紹介をこなしてしまった。
 ―――― なんだ、つまらない。
 ミランダ以来の面白い人間が入ってくれば、この退屈な職場も少しは面白くなるかと思ったのに、と、少々身勝手な感想を心中に呟く。
 ―――― どっかに理想の男はいないかなぁ・・・。
 軽く吐息しながら、何気なく窓の外を見遣った時だった。
 「ごわっ!!」
 「わぁぁぁぁ!!」
 物がぶつかる音と共に悲鳴が沸き、エリアーデは驚いて前を見る。
 と、職員のデスクの間から、にょっきりと複数の足が飛び出ていた。
 「エリアーデ先生!!」
 「え?」
 とりあえず、呼ばれて立ち上がったエリアーデは、足を早めて前方に向かう。
 「・・・あらま」
 そう、呟くしかなかった。
 どういう状況で倒れたらそうなるものか、新任教師が校長とスキン・ボリック教諭を巻き込み、絡み合って床に這っている。
 「決定的瞬間、見逃しちゃったわ!」
 「いや、そう言う問題じゃなく・・・」
 「早く助けてあげてくださいよ」
 学年主任のコムイと、化学教師のリーバーに揃って突っ込まれ、エリアーデは肩をすくめた。
 「私の力じゃ、三人をほぐすのは難しいですわ。
 男性の皆さん、これ、別々に分けてくれません?」
 きれいに整えた爪が折れたら大変、と言う本音は隠して言うエリアーデに、
 「その必要はない」
 と、一際丈夫なスキンが、むくりと起き上がる。
 続いて、
 「・・・転ぶにしても、もうちょっと場所を選んでくれないか」
 校長も、憮然と言いつつ立ち上がった。
 「大丈夫ですの、お二人とも?」
 一応声を掛けると、二人は揃って頷く。
 「しかし・・・」
 「新任が・・・・・・」
 気まずげに見下ろした先では、二人に潰された彼が目を回していた。
 ―――― めんどくさ・・・。
 しかし、保健師としては診ないわけにも行かない。
 「大丈夫ですか?えっと・・・お名前なんでしたっけ?」
 「クロウリー。
 アレイスター・クロウリーですよ」
 聞いてなかったのか、と、眉をひそめる校長にやや慌てて、エリアーデは目を回したクロウリーの頬を軽く叩いた。
 「クロウリーせんせ!大丈夫ですか?せんせ!」
 何度か呼びかけると、彼がうっすらと目を開く。
 「あら、良かった。
 せんせ、わかりますか?」
 エリアーデが声を掛けると、クロウリーは一瞬、きょとんと目を見開いたが、エリアーデと目が合うや、蒼白い頬に赤味が差した。
 それが見る見る顔中を覆い、首まで真っ赤になった彼を見つめていたエリアーデもまた、小動物のように震える彼から目が離せない。
 ―――― なにこの可愛い生き物!生き物!!
 象牙の塔の住人なんて、誰も彼も偏狭な変わり者だと思っていたが、こんなにも愛らしい生き物も棲息しているとは知らなかった。
 「・・・赤く・・・なってますわね・・・。頭を打ってしまわれたの?」
 興奮に胸を高鳴らせつつ、エリアーデは彼の額に手を置く。
 途端、
 「ぴぃっ!!」
 と、雛の鳴くような声をあげて気を失った彼に、エリアーデは拳を握った。
 「ストライクッ!!」
 彼の可憐な様に、エリアーデは思わず声をあげる。
 生まれて初めて、一目ぼれした瞬間だった。


 「皆さん!すぐにアレイスター様を保健室に運んでくださいな!!」
 既に『せんせ』ではなくなっているエリアーデの呼称を訝しげに思う間もなく、彼女の迫力に圧されて男性教諭達がクロウリーに群がった。
 が、すぐに意識を取り戻した彼は、恥ずかしげに彼らの助けを固辞する。
 「でも・・・頭を打ったんですのよ?一応、安静にした方が・・・」
 エリアーデはなんとか彼を自分の城に引きずり込もうと粘ったが、それも『大丈夫だから』と、悲鳴じみた声で断られてしまった。
 「・・・ちぇっ」
 クロウリーと引き離されたエリアーデが、不満げに席に戻ると、改めてつまらない朝礼が再会される。
 ―――― なんとかして、ご一緒したいものだけど・・・・・・。
 校長の話を聞き流し、エリアーデはじぃっと、クロウリーの後頭部を見つめた。
 と、彼女の射るような視線を感じたものか、クロウリーが肩越しに振り返る。
 「っ!」
 お互いに、はっとして目が合った次の瞬間、クロウリーは慌てて前に向き直った。
 ―――― 焦る必要はないか・・・。
 エリアーデは、彼の様子ににんまりと笑う。
 ―――― 今日から同じ職場なんだし・・・v
 途端に機嫌を直し、エリアーデは鼻歌でも歌いたい気分で時を過ごした。


 「大騒ぎでしたね・・・」
 朝礼が終わり、席を立ったミランダに、エリアーデはさりげなく足をかけて転ばせた。
 「きゃんっ!!」
 「あらっ!ミランダせんせ、大丈夫ですかぁ?」
 わざとらしく声をかけ、エリアーデはミランダの傍らにしゃがみこむ。
 「あらら、おでこすりむいてますねぇ。
 保健室にいらして。治療してあげますわ」
 ・・・自分で転ばせておいて、『あげます』もないものだが、エリアーデは構わずミランダの手を引いた。
 「あ・・・あの・・・ありがとうございました・・・」
 問答無用で保健室に連れ込まれたミランダは、エリアーデの治療に丁寧に礼を言う。
 「私ったら、皆さんの前で転んでしまって恥ずかしいわ・・・」
 赤面して俯いてしまった彼女に、エリアーデは莞爾とした笑みを浮かべた。
 「よろしいんですのよ、せんせ。
 それに、皆さんの前で転んだと言えば、クロウリーせんせの方が派手でしたわ」
 そう言うと、ミランダも苦笑する。
 「私より・・・派手に転ぶ人って、いるんですね・・・」
 妙な感心をするミランダを見るエリアーデの目が、鋭く光った。
 満面の笑みをたたえながら、組んでいた足を解いて椅子ごとミランダに近寄る。
 「ねぇ・・・せんせ?
 アレイスター様って、一体どんな方ですの?」
 「え?」
 問いの意味がわからず、きょとんとするミランダの細い手を、エリアーデは両手で包み込んだ。
 「私・・・お恥ずかしいんですけど、アレイスター様に・・・その・・・・・・」
 すっと、目を伏せたエリアーデに、ミランダは目を見開く。
 「・・・んまぁっ!
 そうなんですかっ?!」
 「ふふ・・・あんなお可愛らしい方、私、初めて見ましたわv
 「はぁ・・・そうです・・・か・・・?」
 「あら。何かご不満?」
 エリアーデが、彼女らしくもなくむきになって問い返すと、ミランダは慌てて手を振った。
 「ちっ・・・違います!
 そういうことじゃなくて・・・あの・・・・・・」
 言いながら、彼女は真っ赤になって俯く。
 「わ・・・私も、よくやりますから・・・・・・」
 「・・・ああ!」
 そう言われて、エリアーデは手を打った。
 「そうですわね。
 ミランダせんせも、可愛いですわよ」
 小動物系、と、きっぱり言われてミランダは紅い顔をわずかにあげる。
 「誉めて・・・ませんよね・・・・・・?」
 「誉めてますとも」
 いけしゃあしゃあと言ってのけ、エリアーデは微笑んだ。
 「それよりミランダせんせ、あなた、学年主任やリーバーせんせと仲良くていらっしゃるから、今度の人事もよくご存知でしょ?
 アレイスター様のこと、もう少し詳しく教えていただけないかしら?」
 そっと、祈るように両手を合わせるエリアーデに、ミランダは困惑げに首を傾げる。
 「そうはおっしゃられても、私もよくは知らないのですけど・・・」
 「知っている限りのことでかまいませんわ!」
 すかさず言い添えると、ミランダは断る理由を失って頷いた。
 「は・・・はぁ・・・。
 えっと・・・何からお話すればいいのかしら・・・?」
 「こちらのご出身なの?!」
 なかなか口の進まないミランダに、エリアーデがもどかしげに問うと、彼女はふるふると首を振る。
 「いえ・・・ご出身は、北のほうだそうですよ。
 こちらにいらっしゃってからは、雪がなくて寂しいっておっしゃってたそうです」
 「まぁ、北のかた!
 道理で、ずいぶん白い方だと思いましたわv
 「あは・・・そうですね・・・・・・。
 なんでも、地元では名士のお家柄だそうで、お城のようなお屋敷を持ってらっしゃるって、リーバー先生がおっしゃってました」
 「お城・・・っ!素敵・・・・・・っ!!」
 では、あんなにも愛らしいのは育ちがいいためかと、エリアーデは瞳を煌めかせた。
 「私、絶対アレイスター様とお近づきになりますわ!
 ミランダせんせ、邪魔しないでくださいね?!」
 「しませんよっ!!」
 慌てて言うと、エリアーデは魅惑的な瞳で、じっとミランダを見つめる。
 女同士なのに、その色香に魅了されそうになったミランダが動揺した瞬間を見てとり、エリアーデは絶妙なタイミングで微笑んだ。
 「ではぜひとも、主任とリーバーせんせにもお伝えくださいね。
 私・・・・・・本気ですわ」
 多くの崇拝者を魅惑するエリアーデの壮絶な色香に、純情なミランダが敵うはずもなく、彼女はただ、気を呑まれて頷いた。


 一方、朝っぱらから失態を演じたクロウリーは、職員室でやや呆然としていた。
 「はは・・・暗いなー・・・」
 彼の隣に座るリーバーが、慰めるように言って苦笑する。
 「まぁ、気にすんなよ。
 自己紹介でコケたの、あんたで二人目だから。みんなあんまり気にしてねぇよ」
 「は・・・はぁ・・・・・・」
 ため息のような声をあげ、頷いた彼に、リーバーは苦笑を深めた。
 「それより、理科準備室に案内するぜ。
 ・・・そうそう、理科系の教師には全員、厳しく通達されてんだけど、施錠と薬品の管理はしっかり頼む」
 「は・・・はぁ、それはもちろんであるが・・・どうかしたのであるか?」
 先ほどまでの笑みを収め、まじめな顔で言うリーバーに、クロウリーが不思議そうに首を傾げる。
 「あぁ、どうかしたんだよ。
 以前、理科準備室の窓が壊されて、塩酸が盗まれちまってな。
 どうも生徒の悪戯らしい。
 今年の2月には、その塩酸らしきものでフェンスが焼かれて、生徒が落ちそうになったこともあったから、俺達はナーバスにならざるを得ないんだ」
 ナーバス、という言葉に、クロウリーは眉をひそめた。
 「落ちた・・・者もいたと聞いたである」
 「・・・ん。去年な。
 クラウド先生の妹で、ここの1年生だった。
 もし、生徒が興味本位で聞くようなことがあったら、『知らない』って言って欲しい」
 「了解した」
 硬い表情で頷くクロウリーに、リーバーがちらりと笑みを浮かべる。
 「まぁ、新任のあんたに聞く生徒もいないと思うけど、念のためな。
 それより、あんたから何か、質問あるか?」
 「質問・・・・・・」
 呟いたクロウリーの顔が、みるみる赤くなっていった。
 「あっ・・・あのぅっ・・・!!
 わっわわわっ・・・私を介抱してくれた、あの女性は・・・っ?!」
 「あぁ、保健師のエリアーデ先生。
 すっごい美人だろ。
 でも、教員の中じゃ、あんまり評判よくねぇなぁ」
 「そっ・・・それはなぜであるかっ?!」
 あんなに優しいのに、と、声を詰まらせるクロウリーに、リーバーは苦笑する。
 「ここは学校だってのに、やたら派手だし、遅刻とかも多いしな。
 あんな風だから、男子生徒には人気あるけど、女子生徒達は、心酔するか敬遠するか、極端な人さ」
 「は・・・はぁ・・・・・・」
 クロウリーの納得しがたい様子に、リーバーは思わず笑みを漏らした。
 「なんなら、今朝のお礼に行って来たらどうだ?
 保健室は1階の、東出口近くだ」
 「そうであるな!!」
 途端にクロウリーは、喜色を浮かべる。
 「じゃあ、さっさと理科準備室の場所覚えてくれな」
 彼のわかりやすい心情を読んで、リーバーは愉快そうに笑った。


 「ふふ・・・なんてキレイ・・・v
 朝と同じ鏡を覗き込むエリアーデの顔は、朝とは全く違って笑み輝いていた。
 「やっぱり、恋は最高のビタミン剤だわv
 こんなに生き生きしたの、何年ぶりかしら・・・」
 ふと呟いて、エリアーデは記憶を辿る。
 だが、あまたいるはずの崇拝者達の顔が、翳ったように思い出せなくなっていた。
 「もしかして・・・自分から惚れたの、初めて・・・?」
 呟いて、思わず笑ってしまう。
 多くの崇拝者達の前では、エリアーデはいつも、『完璧な美女』だった。
 幼い頃から、自分が美しいことを自覚し、長じるに連れ、珠に磨きをかけるように完璧でありつづけたのは、確かに男達の賞賛と、女達の羨望を受けるのが心地良かったからだ。
 だが、自分からこんなにも夢中になったのは、記憶にある限り、初めてのことだった。
 「なんてことかしら・・・v
 自身をも魅惑するかのように、エリアーデは鏡に向かってうっとりと微笑む。
 「育ちが良くて、知的で、愛らしい・・・これで、あたしを守ってくれるくらい強ければ完璧なんだけど、さすがにそれは望みすぎよね」
 くすりと、甘い笑みを漏らし、エリアーデは鏡に向かって囁いた。
 「アvvvvターvvv
 「・・・はひっ?!」
 途端、がちゃりと開いたドアから、当の彼が現れ、エリアーデは鏡越しに目を見開く。
 だが、驚いたのはむしろ、クロウリーの方だ。
 ドアを開けた途端、甘い声でファースト・ネームを呼ばれ、間抜けな返事をしてしまった。
 「あっ・・・あのぅ・・・っ!!」
 「ま・・・アレイスター様!」
 きらきらと、エリアーデの瞳が輝く。
 「来て下さったの!」
 「は・・・はぁ・・・」
 熱烈歓迎の意味がわからず、クロウリーは真っ赤になって頷いた。
 「あ・・・あの・・・先ほど・・・はぁっ?!」
 いつまでもドアの辺りでぐずぐずしているクロウリーに、エリアーデが颯爽と歩み寄り、その身を寄せる。
 「えっ・・・えっとぉぉぉ?!」
 ただでさえ人慣れない身が、彼女のような絶世の美女に迫られ、戸惑うなと言う方が無理だ。
 口から飛び出るかと思うほどに、ばくばくと鼓動する心臓を必死に抑え、クロウリーは彼に身を寄せるエリアーデを見下ろす。
 と、同時に彼を見上げたエリアーデがにこりと笑い、クロウリーは釣られた魚のように天井を見上げた。
 「あっ・・・あのう、先生?!」
 「エリアーデ、ですわv
 「はっ・・・はいあの・・・っ!!
 さっ・・・先程は介抱していただきまして・・・っ!!」
 「んまぁ!
 それでわざわざ来てくださったの?!」
 エリアーデが嘘ではない歓声をあげる。
 「当然のことをしたまでですのに、うれしいですわ、アレイスター様v
 「はっ・・・あのぅっ・・・先生・・・っ!」
 「エリアーデv
 「はい、えっと・・・エエエ・・・エリアーデ先生・・・っ!!」
 「はいv
 あらゆる生き物を魅惑する笑みを真っ向から向けられ、クロウリーは目眩を覚えた。
 「どうもありがとうございましたである!!」
 一息に言うと、クロウリーは慌ててエリアーデから身を放し、真っ赤な顔を俯けて駆け去る。
 「である・・・?」
 せっかく自ら飛び込んできた獲物を、みすみす逃したことを残念に思いつつも、エリアーデは紅い唇に会心の笑みを浮かべた。
 「ふふ・・・v 可愛v
 獲物を追いかける狩りとは、こんなにも楽しいものか。
 エリアーデは、自分の細胞の一つ一つが活性化しているような興奮を覚えた。


 クロウリーと入れ違いに保健室を出て、理科準備室を覗いたミランダは、エリアーデからの伝言をコムイとリーバーに伝えた。
 「エリアーデ先生が本気って・・・ウソ?!」
 「ねぇって!それはねぇって!!」
 「本当です!!」
 大声で否定する二人に、ミランダは懸命に反駁する。
 「だって信じられないでしょ?!
 バタフライな彼女が、よりによって・・・あの?!」
 リーバーの言葉にむっとして、ミランダは大きく頷いた。
 「えぇ!
 あのクロウリー先生ほど可愛らしい方でしたら、いくら浮ついたバタフライでも、好ましく思ってしまうんじゃないでしょうか?
 私、彼女を信じますわ!」
 「あ・・・そういう意味じゃ・・・。
 すんません・・・」
 気まずげに謝ったリーバーに、ミランダは憤然と吐息する。
 「そういうわけで、決して邪魔しないように、と、厳しく言われました。
 ・・・・・・約束してくださいますよね?」
 後半は囁くように訴えた彼女に、曲者二人は頷いた。
 「なんでボクら限定なのかわかんないけどさー・・・」
 「邪魔しませんよ。後が怖いッすから」
 二人の答えにほっと吐息し、ミランダはふんわりと笑う。
 「ふふ・・・v
 一目惚れなんですってv 素敵ですよねぇv
 「あぁ、そういえば彼女、さっきクロちゃんを見て『ストライクッ!』とか言ってたヨ!
 ナニ言ってんのこの人、と思ってたら、そう言うことだったんだね!」
 「エリアーデ先生は、クロウリー先生のような可愛らしい方がお好きなんですねv ちょっと意外でしたわv
 ふふふ・・・v と、楽しそうに笑うミランダに、リーバーが大きく頷いた。
 「なるほど、同好の士だったんだ・・・」
 「は・・・?」
 彼の言葉に、ミランダだけでなく、コムイも訝しげに首を傾げる。
 「・・・っいや!!なんでもないっす!!」
 慌てて手を振り、リーバーはそれ以上の質問を回避した。
 「けど、そんなワケなら、むしろ協力してやりたいっすね!」
 「そうですね!」
 リーバーの提案に、ミランダがまた、うれしそうに笑った。


 その、数日後。
 華麗なる式典を数時間後に控え、いつもより早く起きたエリアーデは、自宅で身支度の真っ最中だった。
 「ふふ・・・v とうとう入学式よんv
 生徒や父兄以上に気合を入れ、入念に化粧をしたエリアーデは、鏡の前でにっこりと笑った――――・・・人間の印象は、会って数秒で決まると言う。
 そしてそれは、誰がなんと言おうと『容姿』で決まるのだ。
 「今年も一番美しいのはあたしよっ!!」
 毎年、彼女の新たな崇拝者となった新入生男子で沸き返る保健室のにぎやかさを思い、エリアーデは楽しげに笑う。
 その時、ドレッサーの上で携帯電話が鳴った。
 「はぁい」
 甘い声返った声は校長のもので、なんでも学校で死亡事故があり、大騒ぎになっているため、入学式は中止する上、職員は直ちに来いと言う。
 ―――― うんわ。かったる・・・・・・。
 と、エリアーデは憮然として電話を切った。
 「なにさー・・・せっかく気合入れて化粧したのに・・・」
 雨も降ってるし、サボろうかな、と、呟いた彼女は、横目で見た自身の美しい姿に、にこりと笑う。
 「入学式が中止なら、アレイスター様をナンパするか!!」
 エリアーデは勢いをつけて立ち上がると、意気揚々と職場へ向かった。


 「事故・・・であるか・・・・・・」
 気の毒に、と、眉をひそめたクロウリーに反し、コムイとリーバーの表情は苦い。
 「どうしたであるか?」
 訝しげに首を傾げると、リーバーが表情と同じく、苦い声を出した。
 「こないだ言ったろ?
 理科準備室から、塩酸が盗まれた件。
 どうやら犯人はあいつらで、また悪さしようとして、落ちちまったらしい」
 「そんな・・・子供であるよ?!」
 「子供でも、やる子はやるんだよ・・・。
 去年、生徒が亡くなった件も、彼らが絡んでたみたいだしね・・・」
 「まさか・・・・・・」
 信じられない、と、首を振る彼に、しかし、二人は重いため息で応じる。
 「そりゃ無理もねェけどな・・・」
 「ボクらにしてみれば、『やっぱり』って言うのが、正直な感想かなぁ・・・」
 事後処理誰がするんだろ、と、吐息混じりに呟いたコムイに、クロウリーは目を吊り上げた。
 「なにが事後処理であるか!
 人が・・・子供が二人も亡くなったというのに、冷淡な!」
 荒い声で一息にまくし立てると、クロウリーは腹立たしげに踵を返す。
 「どこ行くのさ?
 教員は、警察が調べ終わるまで待機だよ?」
 「校外には出ないであるよっ!!」
 ヒステリックな声をあげて、理科準備室を出て行ったクロウリーの背中を見送り、二人は苦笑を見合わせた。
 「・・・怒っちゃったねェ」
 「まぁ・・・無理ないっすよね・・・」
 まだこの学校の事情を知らないクロウリーへの失言に、二人は気まずげに沈黙した。


 一方、部屋を出たクロウリーは、道も選ばずにただ、歩を踏み出して進んでいた。
 「まったく・・・酷い話である!
 若くして命を絶たれた彼らはもとより、遺族の無念は、察してあまりあるものだろうに!」
 ひとりごちる間に荒々しい感情は唐突に過ぎ、悲しみが胸に迫って、クロウリーは廊下の真ん中に立ち止まる。
 「なんと・・・悲しいことであろうか・・・・・・」
 俯いて、ぽろぽろと涙を零すクロウリーの視界の中に、きれいな靴の爪先が、そっと入ってきた。
 ふと顔をあげると、エリアーデの白い顔が気遣わしげに彼を見ている。
 「エッ・・・エリッ・・・・!!」
 途端、かっと身体中が熱くなり、耳まで赤くして声を詰まらせた彼に、エリアーデはそっと手を差し伸べた。
 「大丈夫ですか?」
 「ひっ・・・えぅっ・・・あのっ・・・!!」
 しゃくりあげているのか緊張しているのか、不可解な音を発する彼に微笑み、エリアーデはクロウリーの腕を軽く叩く。
 「どうぞ、一緒にいらして。
 温かいお飲み物でも差し上げるわ」
 まるで、小さい子供に対するような、優しい物腰で導かれ、クロウリーは黙って彼女についていった。
 「さ、どうぞ」
 先に立って保健室のドアを開けたエリアーデに誘われ、おずおずと踏み込んだそこは、消毒液や薬品の臭いではなく、思わず深く息を吸い込みたくなるような、甘い香りで満たされている。
 「どうぞ、おすわりになって。
 今、お淹れするわ」
 今日の彼女は、初めて会った時のように激しく迫り来る様子はなく、ただ、彼の傍らについていてくれた。
 その様子に幾分かほっとして、クロウリーはエリアーデに示された椅子に、ちんまりと座る。
 と、彼の前に差し出されたのは、暖かいレモネードだった。
 「コーヒーでなくて、ごめんなさいね。
 私、カフェインは摂らないものですから」
 過度の摂取は美容に悪い、と、冗談なのか本気なのか、さらりと言った彼女に、クロウリーはちらりと笑う。
 「ふふ・・・v
 少しは落ち着かれましたか、アレイスター様?」
 まだ熱いカップを両手で包み込む彼に、エリアーデは柔らかく微笑んだ。
 「今日のことは、さすがにショックでしたでしょ?」
 「はぁ・・・あの・・・・・・」
 「はい?」
 「その・・・亡くなった生徒たちについて、コムイ先生とリーバー先生が・・・・・・」
 「あぁ・・・」
 彼の口から出た名前に、エリアーデは苦笑を浮かべる。
 「理科のせんせ達は、お怒りでしょうね。
 あの子達は確かに問題児で・・・みんな手を焼いてましたから。
 でも・・・・・・」
 「でも?」
 悲しげな目で彼女を見つめるクロウリーに、エリアーデは苦笑を深めた。
 「あんなに若くして亡くなるなんて、悲しいことですわね」
 「あぁ・・・・・・」
 我が意を得たり、と、クロウリーは吐息を漏らす。
 「やはり・・・あなたは他の先生達とは違うのである・・・!
 私が・・・まだこの学校の事情を知らぬのは確かであるが、それにしてもあまりにも・・・・・・」
 「えぇ・・・そうでしょうね」
 エリアーデは、クロウリーの傍らにしゃがみ込むと、彼の膝にそっと手を置いた。
 「お優しい方ですのね、アレイスター様は」
 「はっ?!
 い・・・いや、そんなことは決して!あぢぃぃぃっ!!」
 動揺を紛らわせようと、口に運んだレモネードで舌を焼き、クロウリーは泣き声をあげる。
 「ふふ・・・v
 お優しい方ですわ、アレイスター様は・・・。
 会った事もないあの子達のために、こんなにも悲しんでくださるなんて・・・」
 「あの・・・・・・」
 動揺と恥ずかしさと喉に流れ込んだホットドリンクの併用で、真っ赤になったクロウリーが、遠慮がちな声をあげた。
 「なぜ・・・あなたは私のことを、アレイスター様と呼んでくれるのですか・・・?」
 「あら・・・!」
 改めてそう呼んでいた事に気づかされ、エリアーデはくすくすと笑声をあげる。
 「ごめんなさい、お気に障りました?」
 「まさか!!そんなことはないである!!」
 「よかった!」
 歓声をあげて、エリアーデはクロウリーの手を、両手で包み込んだ。
 「えぅっ?!」
 驚く彼を下から見上げ、にこりと笑う。
 「・・・・・・お笑いにならないでくださいませね。
 私、生まれて初めて一目惚れしましたのよ・・・あなたに」
 そっと、恥ずかしげに目を伏せるなまめかしい仕草は、男ならば人間でなくてもあっけなく落ちたに違いない。
 ましてや、木でも石でもないクロウリーが、落ちないはずがなく・・・彼は発火するのではないかと思うほど全身を赤く染めて硬直した。
 「アレイスター様v
 「は・・・はひっ・・・?!」
 別世界に飛んでいた意識が戻った時、夢でも幻でもない美女は、紛れもなくクロウリーを見つめて微笑む。
 「愛してますわv
 ・・・脆弱な彼の神経がもったのも、そこまでだった。
 彼は、警察が調査を終え、臨時の職員会議でエリアーデと共に呼び出されるまで、保健室で意識を失っていた。


 「なんでさ?!
 ありえなくね?!
 なんであの、絶世の美女がクロちゃんなんか選ぶんさ?!」
 寮の部屋に飛び込んできたかと思えば、くだらないことを喚いて泣き崩れたラビに、神田はうんざりと吐息を漏らした。
 「しらねーよ。
 なんか惹かれるもんがあったんだろ。
 割れ鍋に綴じ蓋って言うしな」
 「それにしたって割れすぎさ!!
 俺、振られたショックで夜も眠れないっ!!」
 「お前はそもそも相手にされてねーだろ」
 話し相手すらめんどくさい、と言わんばかりの冷たい神田の反応に、ラビは派手にしゃくりあげる。
 「くやしーから邪魔してやろうかなっ!」
 「ちいせぇこと言ってんじゃねぇよ、馬鹿」
 ヒステリックな声を上げるラビに、神田はうっとおしげに舌打ちした。
 「俺はむしろ喜ばしいぜ。
 あの女が落ち着けば、かすり傷程度で保健室に群がる馬鹿野郎共も減るだろ」
 そう言って神田は、意地の悪い、と言うには、やや安堵の色も濃い笑みを浮かべる。
 運動部に所属する彼としては、本当に治療が必要な時に、くだらない邪魔が入るのは忌々しいことだった。
 それに反し、
 「ちぇっ・・・。保健室がちゃんと機能し始めたら、うちの儲けが減るさ」
 憎まれ口を利くラビは、この学校の校医でもある診療所の院長の孫だ。
 「診療報酬が高い・・・あ、いや、めんどくさい患者は、今までうちにまわしてくれたんけどさぁ・・・。
 恋する乙女に忘れられたら、悲しいさ、俺・・・」
 「そのくらいの怪我なら、今まで通りテメェんちの担当だろうよ。
 それよりお前、いい加減看護師増やせよ。手ェ足りてねェだろ」
 「そうは言われても・・・深刻だからさぁ、看護師不足・・・・・・。
 エリリン、うちに来てくれねーかな」
 「今のあいつが、クロウリーと一緒にいられる職場を離れるわけねーだろ」
 「・・・・・・さねー」
 神田の的確な指摘に、ラビはがっくりと肩を落とした。


 一方、エリアーデが離れがたい『クロウリーと同じ職場』は、新入生と共に新学期を迎え、例年通りの賑やかさだった。
 いや、もしかしたら、例年以上だったかもしれない。
 クロウリーのために、今まで以上に気合の入ったエリアーデの美しさには、男子だけでなく、女子までもがお近づきになろうと引きもきらなかった。
 「ふふふv モッテモテねv
 授業時間に入り、無人となった保健室で、エリアーデは気分良く笑う。
 「やっぱり、恋って最高のビタミン剤よねv
 いつもにもまして艶やかになった自身の肌を、エリアーデはためつすがめつ見つめ、満足げに頷いた。
 「これでアレイスター様を落としてみせるわ!!」
 エリアーデが力強く拳を握った時、
 「エリアーデ先生!!」
 「クロちゃんが実験中に貧血起こしたー!!!!」
 男子生徒たちに抱えられて、クロウリーが運ばれてきた。
 「アレイスター様が倒れた?!
 実験中になにしたの!!」
 生徒達に命じてクロウリーをベッドに寝かせたエリアーデは、彼らを厳しく見渡す。
 「まさか、いじめたんじゃないでしょうね、あんた達?!」
 「ちっ・・・違うよ!!」
 「フナの解剖中に、クロちゃんが勝手にぶっ倒れたんだよ!!」
 「え・・・そうなの?」
 思わず呆気にとられて問い返すと、彼らはいつも艶やかなエリアーデの、存外の剣幕に気圧されたまま、何度も頷いた。
 「うん・・・なんか、血がダメみたい」
 「吸血鬼みたいな外見してんのにな!」
 「おだまり」
 ぴしりと言って、エリアーデはひらひらと手を振る。
 「じゃあ、あなた達は教室に戻んなさい。誰か他の先生に行ってもらうよう、連絡しておくから。
 勝手に実験とかしちゃダメよ」
 怪我でもしたら大変、と、言い添えた彼女に、純情な男子生徒たちは感激して、何度も頷いた。
 「おとなしく待ってるのよー!」
 ダメ押しに言い放って生徒達を追い払ったエリアーデは、にんまりと笑う。
 「せっかく二人きりになれたんだもの。邪魔したら、ただじゃおかないわよ・・・?」
 甚だ身勝手な呟きを漏らし、エリアーデは踵を返した。
 理科準備室に内線をかけ、クロウリーが倒れたことを伝えて代理に行ってもらうよう要請すると、浮かれた足取りでクロウリーの横たわるベッドに迫る。
 「ふふふふふ・・・v
 苦しげな寝顔に、思わず笑みが漏れた。
 「寝顔を楽しもうかしら・・・起こしちゃおうかしら・・・・・・v
 楽しげに呟いて、エリアーデは慌てて口をつぐむ。
 生真面目な彼のこと、起きればすぐに、教室に戻るに違いなかった。
 「じゃあ・・・今だけ・・・・・・」
 エリアーデはそっとベッドに座ると、その膝にクロウリーの頭を乗せる。
 ゆっくりと髪を撫でてやれば、苦しげな表情も和らいできた。
 「ふふ・・・v
 子供のような彼に、思わず笑みがこぼれる。
 少し前までは、自分がこんなことで幸せな気分になれるなんて、思ってもいなかった。
 だが今は、この膝の上の重みが、愛しくてしょうがない。
 「なぜでしょうね・・・」
 そっと、青白い頬に手を添え、笑みを苦笑に変えた。
 「こんなにも惹かれるなんて、不思議・・・・・・」
 と、エリアーデは笑みを深める。
 「きっと、前世から愛し合っていたんだわ、あたし達。
 前世では、超ラブラブだったか、悲しく別れてしまったのよ。
 だから今、出会って激しい恋に落ちたんだわ!そうに違いない!」
 乙女の妄想全開で無理やり理由をこじつけ、満足そうに頷いたエリアーデは、見下ろしたクロウリーの目が、困惑げに彼女を見上げる様に、真っ赤になって硬直した。
 「ア・・・アア・・・アレイスター様・・・・・・っ」
 エリアーデは彼女らしくもなく動揺して、引き攣った声をあげてしまう。
 「いいい・・・今の・・・・・・っ」
 「すっ・・・すまないである・・・っ」
 彼女に負けず劣らず真っ赤になったクロウリーは、金縛りにあったかのように、エリアーデの膝の上で硬直していた。
 「いつから起きてらっしゃったの?!」
 「べべべべっ・・・べつ・・・べつにっ・・・盗み聞きしようとしたわけではないであるぅっ!!
 なんだか頭を撫でられるのが気持ちよくて、ついついついつい目を開けてしまったのだっ!!」
 悪気はなかった、と、悲鳴じみた声をあげるクロウリーを見ているうちに、エリアーデの方は段々、頭が冷えてきた。
 「・・・聞かれたのならしょうがないですわ」
 自分でも驚くほどに、冷静な声が出る。
 「アレイスター様」
 「はひっ?!」
 身を屈めたエリアーデの顔が更に近づいて、クロウリーは額に汗を浮かべて硬直した。
 「愛してますわ・・・」
 にこりと、開き直った女が笑う。
 「あなたは?」
 問われて、クロウリーは目を丸くした。
 「そっ・・・そんな、あなたのように美しい人が、私なんて・・・っ!!」
 「愛していると、言っています。あなたは?」
 エリアーデの顔が、更に迫る。
 「しっ・・・しかし、私は冴えない男であるしっ・・・小心者であるしっ・・・世間知らずで・・・・・・」
 「それでも愛していますわ。あなたは?」
 エリアーデの両手が、クロウリーの頬をはさみ、なおも迫る。
 「まっ・・・まさか・・・そんなはずが・・・!!」
 「あなたは?」
 す・・・と、青い瞳が細まった。
 「・・・・・・・・・愛して・・・いる・・・・・・」
 ようやく出た答えに、エリアーデは満足げに笑い、彼女に捕らわれて動けない彼に口付ける。
 「愛してますわ」
 エリアーデがその言葉を重ねた唯一人の男は、彼女の膝の上で燃えたように赤くなり、目を回してしまった。


 そんなことがあった後、四月の『事故』から程なくして、学園にまた、不幸が起きた。
 今度は教員の一人が亡くなり、彼が一年生の担任だったために、かなり動揺した生徒達もいたようだ。
 しばらくはさすがのエリアーデも、本職に専念せざるを得なかったが、それもようやく落ち着いた頃。
 保健室は、別の意味で騒がしくなっていた。
 「まぁ・・・この時期はよくあることだけどね」
 明らかに仮病とわかる生徒達の来訪に、エリアーデは吐息する。
 「ちゃんと、勉強はしてるんでしょうねぇ、ラビ?
 三年生がサボるの黙認してるってばれたら、学年主任に嫌味言われんのよ、あたし」
 そんなことを言ってやると、彼女の前に立つ、顔色の良い男子生徒は、とても病人とは思えない明るい笑みを浮かべた。
 「そんないぢわる言わないでさ、エリアーデ先生v
 お礼に、クロちゃんがここに来るよう、仕向けっから!」
 「あら・・・」
 いけしゃあしゃあと言ってのけた彼に、エリアーデの目が光る。
 「なんか、意外と苦労してるみたいさ?」
 ラビがくすくすと楽しげな笑声をあげると、エリアーデは片眉をあげた。
 「人聞きの悪い。
 別に苦労なんかしてないわよ」
 ただ・・・と、エリアーデの眉尻が下がる。
 「思っていた以上に、純情だっただけ」
 「・・・いくつさ、あの人」
 「28歳v
 12月1日生まれで射手座のAB型なのよ!
 びっくりしたわ!あたしと相性ばっちりなんだもの!!運命に違いないわね!!」
 恋する乙女の暴走振りに、ラビはもう、乾いた笑いしか出なかった。
 この彼女の勢いなら、多少の障害はものともしないどころか、破砕して突き進むだろう。
 だが、ラビはあえて提案した。
 「じゃあさ、俺がクロちゃんとのデートセッティングするからv 俺のお願い聞いてv
 「何よ。
 お礼のキスはしてあげないわよ」
 浮気を疑われたら困る、と、真剣な顔で言う彼女に、最早、以前のバタフライの面影はない。
 「・・・じゃあそれは諦めるさ。
 代わりに・・・・・・」
 がっくりと肩を落としたラビの『お願い』を聞いて、エリアーデは訝しげに眉をひそめた。
 「キャメロットさん?
 そうね、確かに近頃、よくサボりに来るわ。
 なにやってんのか知らないけど、キーボードを叩く音がうるさくって。
 せっかく、アレイスター様が来てくださった時も、結局は邪魔されちゃったわね」
 そう言って、エリアーデは忌々しげに舌打ちする。
 「けど・・・あの子がベッド使ってる時に呼び出せって、なんでよ?」
 「それを聞かずにいてくれたら、デート2回のところを4回に増やすさ!」
 「・・・・・・なんか、変なことするんじゃないでしょうね?」
 「5回!!」
 「べつにぃ・・・あたしの実力なら、一人でだってアレイスター様を落とすことは・・・」
 「まだ、おうちにお誘いがないんさ?」
 「・・・なんで知ってんのよ」
 「クロちゃんにカマかけた」
 「・・・・・・・・・」
 じっとりと睨んでも、ラビは飄々と笑うだけで動じなかった。
 「なんか、純情ったってすごくね?
 エリリンみたいな美女に、超積極的に迫られておいて、まだ決断できねぇって、よほどの優柔不断・・・」
 「うっさいわね!
 あんたみたいなお調子もんじゃないってだけよ!」
 思わず声を荒げると、ラビは肩をすくめる。
 「まぁ、それならそれでいいんけどさ、えらく難攻不落じゃね?
 このままじゃエリリン、クロちゃんに『お誕生日は一緒に過ごしましょうねーv』も言えねんじゃね?」
 「ちょっと!
 このあたしが、8ヶ月もかけてたった一人を落とせないとでも言うの?!」
 「いや、あんまり時間かかると、エリリンの気力ももたねーだろうから、せいぜいあと3ヶ月で見切るかなっと」
 「ちょっと・・・!
 今回は、初めて本気になってんのよ!
 そんなに簡単に見切ったりしないわ!」
 自分の美貌以外には全くの無関心だったエリアーデが、本気で怒り、泣きそうにさえなっている様に、ラビは本気で驚いた。
 「わ・・・かったさ、エリアーデ先生!
 ちゃんと協力するから、俺のお願い・・・」
 「・・・6回」
 滲んだ涙を拭いながら、ポツリと呟かれた言葉に、ラビが苦笑する。
 「さすがにそれを短期間にやると、クロちゃんがマズイんじゃね?」
 「それもそうね・・・」
 細くきれいな指を顎に当て、エリアーデは小首を傾げた。
 「わかったわ。デートは2回でいい。
 だけど・・・」
 にこり、と、紅い唇が微笑む。
 「あたしがアレイスター様のおうちにお招きいただけるように、なんとしても手配しなさい」
 「・・・・・・あぃ」
 恋する乙女の迫力に気圧され、ラビは笑みを張り付かせたまま頷いた。
 「ふ・・・ふふふふふ・・・・・・v
 ラビがようやく出て行くと、エリアーデは浮かれた足取りでデスクに戻り、鏡を手にする。
 「もうあなたは私のものですわ、アレイスター様v
 今年のイベントは、絶対楽しいわよっ!!」
 彼女がいる学園内では、未曾有(みぞう)の事件が次々に起こっているというのに、それらをほとんど無視して、エリアーデは高らかに笑った。


 その日から数ヶ月後。
 秋が来ないのではないかと思うほどにいつまでも暑く、長かった夏もようやく終わり、季節はそろそろ、冬を迎えようとしていた。
 いや・・・11月も中旬を越えた現在、本来ならば、とうに来ているべき季節である。
 が、木々の多くは紅葉を見せぬ間に葉を落とし、妙に気ぜわしく秋が終わってしまった。
 「残念でしたねぇ、紅葉狩りが出来なくて・・・・・・」
 保健室で、暖かいレモネードを飲みつつ、ミランダがため息をつくと、エリアーデが小首を傾げる。
 「いいんじゃないですか、別に?」
 「そうですか?
 私、残念でしたよ・・・せっかく、景色のいい場所に連れて行ってもらったのに、ほとんど紅葉してなくて・・・」
 悄然とため息を零す彼女に、エリアーデは眉を上げた。
 「ミランダせんせ、まさかその時、フツーに『残念』とか言ってませんよね?」
 「え・・・・・・?」
 気まずげな上目遣いをする語学教師に、エリアーデはため息をこぼす。
 「せんせ・・・・・・そう言う時は、『あなたと一緒にいる時に、秋が来ないなんて素敵だわ。あなたと一緒の時は私、ずっとドキドキしていて、飽きるどころじゃないんですものv』くらい言わないと!」
 「いっ・・・言えませぇんっ!!!!」
 真っ赤になって悲鳴をあげたミランダに、エリアーデはこっそり舌打ちした。
 「でも、デートできるだけいいじゃありませんの。
 私なんて、春からがんばってるのに、未だにお誘いありませんのよ・・・」
 「え?
 ・・・えええええええええ?!」
 憮然とするエリアーデに、ミランダが目を剥く。
 「ク・・・クロウリー先生って、もしかして、目がお悪いんですの?!」
 「・・・・・・そう言う問題ですか」
 どんな突込みだ、と、エリアーデは呆れるが、どうやらミランダは本気で言っているらしかった。
 「だって・・・エリアーデ先生のような方に好かれて、未だに進展なしだなんて・・・・・・」
 「ホントに・・・あの小僧・・・!」
 「え?」
 ミランダに問い返され、エリアーデは忌々しく歪みそうになる顔を引き締める。
 「なんでもありませんわ」
 とは言ったものの、エリアーデとクロウリーの仲を取り持つはずの少年はここ数ヶ月、なぜだか精彩を欠き、エリアーデがせっついても億劫そうに生返事をするだけで、忌々しいったらなかった。
 結果、エリアーデの努力にもかかわらず、クロウリーからは未だにお誘いがない。
 「こうなったら押しかけ・・・」
 口の中で呟きかけた時、
 「やほーv エリリンv
 暢気な声と共に、『忌々しい小僧』が入ってきた。
 「あれ、ミランダ先生も。揃って放課後のティータイムさ?」
 「あんた・・・・・・」
 思わず怒声をあげようとしたエリアーデを、ラビは手を上げて制す。
 「ごめんさ、エリリン。
 別に、忘れてたわけじゃないんけど、けっこ、へこむことがあってさー・・・・・・お詫びにクロちゃんの招待状持ってきたから、許してv
 機先を制されたエリアーデは、行き場を失った怒気を身にまとったまま、憮然と顎をしゃくって先を促した。
 「えへv
 クロちゃんの趣味が、バラの栽培だって知ってるさ?」
 彼の問いに頷いたのは、エリアーデではなくミランダだ。
 「クロウリー先生の前のお仕事は、植物の品種改良ですからね。
 でも、普通の交配とは違って、クローン技術や遺伝子技術の研究が主だったらしいです」
 「そのくらいは知ってますわっ!」
 やや悔しげに、エリアーデが声をあげた。
 「で?
 そのバラ栽培がどうだって言うの!」
 ラビのもったいぶった態度にイライラしながら問うと、彼はにんまりと笑う。
 「クロちゃんが、なんでエリリンをお誘いしなかったか・・・今年最高のバラが咲く時を待ってたんだとさ」
 その言葉に、エリアーデは息を呑んで目を見開き、ミランダは小さく歓声をあげた。
 「それで、今日の俺はメッセンジャーなんさv
 エリアーデ先生、クロウリー先生からの招待状でっすv
 差し出された白い封筒に劣らず白い手を、エリアーデはゆっくりと差し出す。
 「・・・・・・ミランダせんせ、あの・・・・・・」
 「あっ・・・はい!
 私、ご遠慮しますね!!」
 ミランダはそそくさと立ち上がると、にやけながらエリアーデを見つめているラビの腕を引いて、共に保健室を出ていった。
 閉められたドアの向こうからは、ラビの不満げな声が聞こえたが、意識のうちからは完全にシャットアウトして、エリアーデは封筒を開ける。
 と、透かしの入った優雅な便箋には、丁寧な文字で招待の言葉が連ねてあった。
 「ふ・・・・・・」
 泣きそうになるくらい嬉しいと思ったのは、生まれて初めてだ・・・。
 「メアド、教えてるのに・・・!」
 わざわざ招待状を出す彼の、古風なやり方にエリアーデは、泣き笑いの声を漏らした。


 「うわー・・・すごい・・・・・・」
 クロウリーの住むマンションを見上げたエリアーデの口から、思わず声が漏れた。
 「地元じゃ名士って、ホントだったんだ・・・・・・」
 人の噂はあてにならないと思っていたが、どうやらその話は本当のことだったらしい。
 「うちのガッコの月給じゃ、絶対住めないわね・・・」
 しかし、この程度で臆するエリアーデではない。
 昔からの住人のように堂々として、マンションのエントランスに踏み込んだ。
 万全のセキュリティを誇らしげに見せ付けるチャイムに部屋番号を打ち込むと、回線の向こうから緊張気味の声が答えて、オートロックのドアが開く。
 「ふ・・・ふふふふふv
 エリアーデはうれしげに笑いながら、軽やかな足取りでマンション内を移動し、クロウリーの部屋の前に立った。
 「本日はお招きいただきまして、ありがとうございます、アレイスター様v
 にこりと笑うと、クロウリーはたちまち茹で上がる。
 「よっ・・・ようこそ・・・・・・!」
 クロウリーはしばらく呆然としていたが、ようやくその言葉を告げて、エリアーデを招じ入れた。


 「アレイスター様がお育ちになったところって、雪深いところなんですってね?」
 ぎこちない空気を取り払うように、エリアーデがやや低めの声で問うと、クロウリーはお茶を淹れる手を止めて頷く。
 「あぁ・・・。
 もう今頃は、雪が積もっていることだろう」
 「まぁ・・・v
 素敵、と呟くエリアーデに、クロウリーはティーカップを差し出した。
 「寒いところである。あまり・・・過ごしやすいとは言えぬであるよ」
 「あなたの生まれた所ですわ。素敵に違いありません」
 エリアーデが自信ありげに断言すると、クロウリーは頬を染める。
 「でも、この時期でもう雪が積もっているのでしたら、アレイスター様のお誕生日パーティに集まるお友達は、随分と大変だったでしょうね。
 子供だと、来る途中で雪ダルマになっちゃったんじゃありません?」
 くすくすと明るい笑声をあげるエリアーデに、しかし、クロウリーは苦笑を返した。
 「いや・・・友人と呼べるようなものは、いなかったであるから・・・」
 「あら・・・・・・」
 自身の失言に、エリアーデは慌てて口元を押さえる。
 「ごめんなさい!」
 「あ!いや、気にしないで欲しいである!!」
 エリアーデ以上に慌てふためき、クロウリーがばたばたと手を振った。
 「そっ・・・それにしても、こちらは寒くはあるが、全く雪が降らないのは寂しい限りであるなっ!」
 緊急に話題転換の必要性を感じ、クロウリーは舌を噛みそうな勢いでまくし立てる。
 「そうですね・・・」
 クロウリーの慌てふためく様が面白く、エリアーデはくすりと笑声を漏らした。
 「では、私を雪の代わりにいかがですか?」
 いたずらっぽい問いかけに、クロウリーはきょとん、と目を見開く。
 「あの・・・どういう・・・?」
 「雪が降らない代わりに、私と、一緒に過ごしませんか?」
 ゆっくりと、甘い声音で囁かれ、クロウリーは目を剥いた。
 「そっ・・・そんな・・・・・・っ」
 エリアーデのように美しい女性から、そのような申し出を受けたのは無論初めてのことで、クロウリーはまともな言葉も出せずにあえぐ。
 「アレイスター様・・・」
 「そっ・・・そうだ!
 バ・・・バラを見せる約束であるな!!」
 エリアーデがテーブルにティーカップを置くや、クロウリーは慌てて踵を返した。
 「ど・・・どうぞ!案内するである!!」
 「・・・はい」
 返事を保留にされたエリアーデは苦笑して、ソファから立ち上がる。
 以前なら・・・いや、今でも、他の男がやったのならとても我慢は出来なかっただろう、もどかしい態度だが、彼に対しては不思議と寛容になれた。
 彼の後ろにおとなしくついていくと、いくつもある部屋の一つが開かれる。
 途端、わずかに暖かい空気と共に甘い香りが溢れて、エリアーデは目を見開いた。
 「まぁ・・・」
 招じ入れられた部屋は、壁のほとんどがガラスに覆われ、ちょっとした温室になっている。
 その中では、日の光を存分に浴びて、バラが様々な色の花を咲かせていた。
 「これを・・・見せたかったのである・・・・・・」
 「素敵ですわ!」
 偽りない歓声に、クロウリーはほっと吐息する。
 「気に入ってもらえて・・・」
 嬉しい、という言葉は、口の中でかすれてしまった。
 が、エリアーデはその思いを正確に汲んで、彼を振り返る。
 「アレイスター様?」
 「ん・・・?」
 どこかいたずらっぽい表情に、彼女の思いをはかりかねて、クロウリーは首を傾げた。
 と、エリアーデは彼に向き直り、にこりと笑う。
 「このお部屋には、春に咲くバラはありますか?」
 彼女の問いに、クロウリーは目を瞬かせた。
 「もちろん」
 その答えを受け、エリアーデはそっと一歩、歩み寄る。
 「では、夏に咲くバラは?」
 「あるとも」
 また一歩、エリアーデが歩み寄った。
 「秋は?」
 「ある」
 もう一歩。
 「冬は?」
 「それは今・・・見ているであろう?」
 ほとんど真下から、彼を見上げるエリアーデの艶やかな笑みに、クロウリーの鼓動が跳ねた。
 思わず顔を逸らそうとした彼の両頬を挟み、自分の方を向かせる。
 「見せてくださいな」
 「え?」
 「私に。
 見せてください、あなたのバラを、もっと・・・」
 春も夏も秋も・・・冬も。
 「私に・・・」
 柔らかい唇が、暖かい呼気と共にそっと触れた。
 「あなたが・・・見たいというのなら・・・喜んで・・・」
 あえぐような、途切れ途切れの声に、エリアーデは柔らかく微笑む。
 偽りのないその笑みを、クロウリーはようやく、まともに見ることが出来た。
 今までは・・・疑っていたのだ。からかわれているのではないかと。
 エリアーデのように美しい女性が、自分なんかを相手にするわけがないと。
 初めてかけられた、『愛している』という言葉さえ、冗談に違いないと思っていたが、今、ようやく信じることが出来た。
 「アレイスター様?」
 「な・・・なんであるか?」
 しかし、信じることは出来ても、彼女の笑みに鼓動が跳ねるのはまた、別の問題で・・・。
 かろうじて声が裏返るのを防いだ彼は、擦り寄ってきた彼女の背に、ぎこちなく手を回した。
 「冬のバラは、あなたのお誕生日まで咲いているでしょうか?」
 「あ・・・あぁ、おそらく・・・いや、確実に・・・!」
 ドキドキと鼓動を早くしながら答えると、エリアーデは笑みを深める。
 「じゃあ、あなたのお誕生日には私、このバラの隣にいても、いいですか?
 この子達と一緒に過ごしたいの」
 遠まわしな言い方に、クロウリーは思わず破顔した。
 「そっ・・・その隣には、私もいていいのだろうか?!」
 「もちろんですわ」
 くすくすと、楽しげな笑声をあげるエリアーデに抱きつかれ、クロウリーは首まで真っ赤になる。
 「そ・・・それならばお礼に・・・・・・!
 私を祝ってくれるあなたへのお礼に、私はバラを作ろう・・・!
 あなたの名前をつけた、あなただけのバラを・・・」
 だが、と、クロウリーは、気弱げな上目遣いでエリアーデを見つめた。
 「それには・・・・・・随分と時間がかかるのだが・・・・・・」
 いいわけじみた小さな声に、エリアーデはまた笑声をあげる。
 「いいですわよ。
 何年でもお待ちしますわ・・・そして、何度でもお祝いをしましょう?」
 二人で・・・。
 バラに囲まれ、バラを囲んで・・・。
 「特別にきれいなバラを、作ってくださいますよね?」
 「あぁ・・・・・・もちろん」
 「楽しみですわ・・・とても」
 とても・・・楽しみ・・・v
 エリアーデは、ようやく手に入れた愛しい者を抱きしめ、満足げに微笑んだ。



Fin.

 










2007年の、クロちゃんお誕生日SSでした・・・って、あっれぇぇぇぇぇ?!
なんで、最初から最後までエリリンSSになってんの?!>アンタが書いたんです。
実はこのお話、最初は別の曲をイメージして書いていたのですが、『Pretty girl』を聞いた途端、パワフルに押し捲るエリリンが浮かんでしまい、そのまま行ってしまいました;;
ううん、誤算;;
しかし、パラレルなので、思う存分幸せな二人を書けて楽しかったです。
イメージは『Pretty girl』だってのに、なぜかラストは、脳内で『叙情詩』がエンドレスでしたけど(笑)
この二人のイメージは、『叙情詩』で決定しているようです、私;












ShortStorys