萌えよ!花園の乙女達







 珍しくも楽しいメンバーで過ごしたクリスマス休暇が終わる日、ハリーは、彼をホグワーツへと無事に送り届ける役目を負った魔法使い達を煩わしげに避けながら、懸命に名付け親の姿を目で追っていた。
 ハリーがこの、古びた家を出て行くことに、すっかり消沈している様子の名付け親は、もの言いたげな少年を片腕で抱き寄せ、その言葉を封じるように一言、
 「元気でな、ハリー」
 と言うと、その背を押して、少年を再び護衛の群れの中へと押し込んだ―――― その様を、やや遠くから見ていたハーマイオニーの目が、不気味に光る。
 「見てよ、ロン!悲しくも麗しい愛の姿よっ!萌えるわー!!」
 栗色のセーターの袖を掴み、ロンを引き寄せたハーマイオニーは、その耳元にヒソヒソと、しかし、熱っぽく囁きかけた。
 「創作意欲が湧くってものよね!
 今度も私、がんばって書くから、製本を手伝ってね、ロン!」
 次の校内即売会では、パーバティ・パチルの外道本なんか、かすませてやる!と意気込むハーマイオニーだったが、彼女の相方は、そばかすだらけの顔を情けなく歪ませて首を振る。
 「僕・・・僕、嫌だよ、ハーマイオニー・・・。
 こんなことをやってるって、ハリーに知られたら、僕、ハリーに殺されるよ・・・・・・」
 そう言ってロンは、泣き出さんばかりにぶるぶると身体を震わせた。
 今までにも何度、激怒したハリーに『禁じられた呪文』をかけられる夢を見たことだろう・・・。
 何しろ、彼とロンはルームメイトなのだ。
 いつか、自分のゆるい口が寝言を漏らしてしまうのじゃないか・・・。
 そう思うと、ハリーの鮮やかな緑の瞳が、アバタ・ケタブラの閃光に見えてくる。
 「もう許してよ、ハーマイオニー!
 君がハリー受小説を書いて、それを売ったお金でSPEWの活動資金にするのは勝手だけど、その製本を僕が手伝ってるなんてばれたら、あいつ、絶対僕を殺すよ!!」
 しかし、ロンの前に仁王立ちする少女は、優等生と言うだけでなく、鋼鉄の精神をも持っていた。
 「うるさいわね!こんな萌えシーンを生で見ておきながら、放っておけるわけがないでしょ!!」
 びし!と、ロンの鼻先に指を突きつけ、ハーマイオニーは鋭い視線をまっすぐに向ける。
 「手伝ってくれないなら、いいわ!もう、絶対宿題を手伝ってあげないから!!」
 「そんなっ!!」
 ハーマイオニーの言葉に、ロンはたちまち蒼ざめ、おどおどと護衛に囲まれたハリーを見遣った。
 シリウスのことを気にしているらしいハリーは、ロンの視線に全く気づく様子はない。
 「さぁ、どうするの?」
 悪魔のような笑みを浮かべ、畳み掛けるハーマイオニーに視線を移し、ロンは目を泳がせた。
 「うぅっ・・・・・・ごめん、ハリー・・・・・・」
 熱い友情も、OWL試験の前には、一時敗退を余儀なくされたのだった。


 「・・・っまさか!」
 「何よ」
 グリフィンドール寮の談話室に入った途端、目にした光景に、ロンは絶句した。
 「こんなとこで製本作業するなよっ!!」
 「だって、図書室は今、締め切り前の修羅場でごった返しているのよ」
 しれっと言うハーマイオニーと、その手伝いをしているジニーを、しかし、ロンは、決然と見据えた。
 「ハリーに見られたら、ただじゃすまないぞ!!」
 「ハリーはスネイプと特訓中よ。しばらく帰ってこないわ」
 うるさいハエを追い払うように、ひらひらと手を振るハーマイオニーに、ロンがずんずんと歩み寄る。
 「やめろってば!
 こんなところ、フレッドとジョージに見つかってみろ!奴ら、絶対にハリーに教えるぜ!」
 なんたって、血の繋がったロンよりも、ハリーを実の弟だと勘違いしている二人だ。
 こんな楽しいネタを、持ち出さないわけがない。
 ロンの説得に、さすがに危険を感じたものか、ハーマイオニーはジニーを促して、手早く道具をまとめた。
 「この時期、みんな修羅場で壊れちゃっているから、あんまり行きたくはないけど・・・仕方ないわ。
 図書室に行くわよ、ロン」
 「あぁ、行っといで・・・って、僕も?!」
 「当たり前でしょ?
 あなた、宿題を手伝ってあげる代わりに製本を手伝うって、言ったじゃない」
 「そんな・・・!!」
 セーターが伸びるのもかまわず、逃げ出そうともがくロンの前に、ジニーが立ちふさがる。
 「往生際が悪いわよ」
 きっ、と、見上げられて、ロンの反抗心は急速にしぼんで行った。


 図書室内は、予想以上の賑わいぶりのようだ。
 いつもであれば、厳格な図書館司書であるマダム・ピンスの前に、空気までもが凍ったように、しんと静まり返っているものなのに、今日は室内の喧騒が、外の廊下にまで届いている。
 校内即売会は、表向き、『文芸誌展示即売会』の名が与えられているため、マダム・ピンスも、締め切り前のこの時ばかりは、図書室内で生徒達がやや興奮気味に話し合おうと、聞こえないふりをしてくれるのだ。
 「マダム・ピンスは昔、大手の耽美作家だったらしいわよ」
 ジニーが、パーシーのガールフレンド、ペネロピー・クリアウォーターから聞いたのだと、得意げに言う。
 「だから、この時は色々アドバイスしてくれるんだって」
 「・・・そんなに昔から腐女子で溢れていただなんて・・・!なんて嫌な学校だろう・・・・・・!」
 「もう!一々うるさいわね!」
 ぶつぶつと言いながら、ゾンビのように生気のない動きで、のろのろとついてくるロンを、ハーマイオニーが叱咤した。
 「しゃきっとしてよ!締め切りは迫っているのよ!」
 そう言って、彼女が図書室の扉に手を掛けた時、
 「あぁーら、ハーマイオニー・グレンジャー!」
 意地の悪い嘲弄を含んだ声に、ハーマイオニーは取っ手にかけた手を離し、きっ、と、背後に向き直った。
 「パンジー・パーキンソン。図書室に何の用?」
 パグ犬に良く似たスリザリン生の少女は、クスクスと笑いながら手にした羊皮紙の束を軽くあげて見せた。
 「決まってるでしょ。新刊の製本よ。
 あんたはなに?
 まさか、まぁた、あまっちょろい少女小説なんて書いてるんじゃないでしょうね?」
 ここにも腐女子が・・・と、よろめくロンを無視して、ハーマイオニーはパンジーの前に仁王立ちする。
 「おあいにくさま!
 こっちは、あなたの外道小説より、よっぽど売れているのよ!」
 だんっ!と、足を踏み鳴らすハーマイオニーに、しかし、パンジーは臆する様子もなく鼻を鳴らした。
 「あぁら!売上金はこっちの方が断然多いわ」
 「一冊の単価をボッてるあなたに言われたくないわね!正々堂々と、売り上げ数で勝負したらどうなの?!」
 「正々堂々なんて、いかにも体育会系のグリフィンドールが言いそうなことだわ。
 あたしは、あたしの物語を理解できる一部の読者だけに売ってやっているのよ!」
 「何が物語よ!未成年のクセにえげつないエロ小説なんか書いて!さすがにスリザリンは、考えることがえげつないわね!」
 ぎゃあぎゃあと、廊下中に響き渡るような声でわめき散らす二人を、ロンはびくびくと見比べていたが、ふと、『逃げるなら今じゃないか?』という考えがよぎり、慎重にハーマイオニーとジニーの様子を伺った。
 しばらく見ていたが、二人とも、パンジーをどうやってへこませてやろうか、という戦いに夢中で、ロンの存在など忘れてしまったようだ。
 と、興奮したジニーが、パンジーに掴みかかり、その手にあった原稿を叩き落した。
 「このチビ!!なにするのよっ!!」
 床一面に散らばった原稿に、激昂したパンジーが、顔を真っ赤にして吼える。
 チャンス!
 内心に叫ぶや、そろそろと足を忍ばせ、逃げようとしたロンの背が、何かに阻まれた。
 「ス・・・ッ!」
 「ここでなにをやっている?」
 冷淡な声は、今、ハリーと特訓中であるはずの、スネイプのもの。
 「スネイプ先生・・・!」
 女子二人は、同時にその名を呼んだが、驚きと、何よりも戦いの中断を余儀なくされた悔しさを声に滲ませたハーマイオニーと、味方を得たかのように喜色を浮かべるパンジーとは、好対照だった。
 「グレンジャー、私語を禁じられている図書室の前で騒ぐとは――――・・・」
 小言の続きは、図書室から漏れ出た嬌声(明らかにマダム・ピンスのものだ)に封印された。
 「・・・・・・本来、静かであるべき場所で論争するとは何事か。
 グリフィンドール、20点減点」
 言いがかりじゃないか、と、抗議する気にもなれず、憮然と黙り込む三人の前で、スネイプは向き直り、
 「パーキンソンは行って・・・」
 よろしい、と言いかけた彼の視線が、床一面に散らばった原稿の前に凍った。
 同時に、まずい、と、パンジーの表情も固まる。
「スリザリン、50点減点!!パーキンソンは罰則!!」
 ホグワーツに入学して以来、スネイプが自寮の減点をするところを初めて目にした三人は、呆気にとられて、パンジーが蒼ざめていく様を見つめていた。
 そんな彼らの前で、スネイプは
 「アクシオ!羊皮紙来い!一枚残らずだ!!」
 と、ヒステリックに杖を振り回しては、床に散らばった羊皮紙を手許に集め、その手の中で塵も残さず焼いてしまった。
 「ぎゃぁぁぁぁっ!!あたしの原稿!!」
 「黙れ!!」
 絶叫するパンジーの耳をつまむと、スネイプは早足で彼女を連行して行く。
 「二度とこのような考えを持たぬようにしてくれる!!」
 「痛っ!!先生、ごめんなさい!!痛い痛い――――!!!」
 泣き喚きながら連行されていくパンジーを、幾人かの生徒達が、興味深げに見送った。
 「・・・・・・なんだったんだ?」
 とても珍しいものを見た、と、ぽっかり口を開けるロンに、ハーマイオニーは真面目な顔をして頷く。
 「私、彼女のことは外道だって蔑んでいたけど・・・」
 彼女の真摯な声に、ロンは嫌な予感がして、眉をひそめた。
 彼の見つめる先で、ハーマイオニーは、先ほどまでパンジーの原稿が撒かれていた床に視線を落としている。

 「スネイプ総受だなんて、考えもしなかったわ・・・!彼女、なかなかやるわね!」
 好敵手を見つけた、と言わんばかりに、闘志に瞳を輝かせ、ハーマイオニーは、硬く拳を握った。
 「負けないわよ、パンジー・パーキンソン!
 そっちがその気なら、こっちはシリウス受けで受けてたってやる!!」



 その後、ハーマイオニーによってライバルと認められた少女は、スネイプの怒りが解けるまで、実に一ヶ月の間、『嘆きのマートル』が棲むトイレの掃除をするという罰則を受けたという。
 少女の亡霊に、甲高い声で笑われ続けながらも、彼女は、来たる『スネイプ総受け祭』開催に向けて、密やかに妄想を巡らせていた・・・。



〜Fin.












くだらなくてすみません・・・という以前に、ハーマイオニーを腐女子にしてしまってごめんなさい;;
ハリポタ初書きの話がこれって、なめまくりですね、私(^^;)
先にアップした、ハリー&シリウスのイラストを描きながら、妙に妄想が膨らんで、このようなこととなってしまいました。
この後の展開として、パンジーに対抗意識を燃やしたハーマイオニーが、シリウス総受け祭を開催したかどうかは知りません(笑)
しかし、たとえ同人の世界で有名になったとしても、自分に関する、あらゆるスキャンダルを聞き慣れたハリーはもう、『女生徒達が自分の見る目がおかしい』なんてことには慣れきって、気づきもしないことでしょう(笑)>ホントに嫌な学校だな;;
世知辛い世の中だねぇ・・・(←悪;)






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