〜 心あてに 〜






 長く感じた夏にも終わりが見え、朝夕に肌寒さを感じるようになった頃。
 とうとう降りた霜が、踏み石を白く縁取った。
 「・・・心あてに をらばやをらむ 初霜の 置きまどはせる 白菊の花」
 そっと囁いた歌仙兼定は、手にした白菊へと微笑む。
 茶室に入る前に水屋に寄り、できるだけ無造作に見えるよう、枯れた色合いの竹の一輪挿しに心を配って活けた。
 「・・・うん。
 飾りすぎず、いい感じだ」
 掛け軸の代わりと床の間に掛けた一輪挿しの中で、白菊がこちらへと首を傾げている。
 炭を入れた風炉の上では、茶釜に汲んだばかりの水がゆったりと熱を持ち始めていた。
 「さて・・・と。
 今日はどのくらい叱ってやろうか」
 くすくすと、歌仙は笑い出す。
 この本丸初の付喪神として、主に諫言することは彼の役目だが、あまり説教ばかりでは拗ねてしまう。
 「着物くらいは誉めてやろうかな」
 単衣の季節を迎えたこの頃、主はよく、亀甲紋に菊と紅葉を入れた小紋を着ているが、紋を指摘すれば遅参している貞宗に思い至って不機嫌になるため、そこは避けなければならなかった。
 「まったく、面倒な御仁だ」
 そう言いながらも楽しそうな様子で、歌仙は手際よく茶室を整えていく。
 と、
 「失礼いたします」
 穏やかな声とともに茶室へと入ってきた小狐丸へ、歌仙は肩をすくめた。
 「君がここに来たということは、主は本陣へ呼び出されたということかな?」
 「さようでございます。
 歌仙殿に詫びておいてほしいとの、お言付けでございますよ」
 微笑んだ小狐丸に、歌仙は意地悪く笑う。
 「それはさぞかし、嬉しげに言ったことだろうねぇ」
 「発言は控えさせていただきます」
 そう言って小狐丸は、くすくすと笑った。
 「やれやれ。
 せっかくのもてなしを無駄にするのももったいない。
 小狐丸、主の代わりにつきあってもらうよ」
 「えぇ。
 もとよりそのつもりでございますよ」
 その言葉に偽りのない証に、今の彼は太刀を持たず、くつろげている襟も整えていた。
 静かに客の座へ着いた小狐丸に頷き、歌仙は亭主の座に着く。
 茶釜からふわりと立ち上った湯気を纏い、茶器の上を舞う手は優美この上なく、利休七哲の名を損ねぬものだった。
 その上、
 「床飾りに白菊一輪のみとは・・・よいしつらえでござりまするな」
 ほんのりと差した光のように、床の間で揺れる花へ、小狐丸は穏やかな目を向ける。
 「薄暗い茶室の中では、色づいたものより白い花が映えるだろう?
 特にこんな、曇り空の下ではね」
 「さようでございますな」
 頷いた小狐丸に、歌仙は茶を差し出した。
 「今日は作法なんかいいから、気楽に行こう」
 「では」
 ほんのりと赤みを帯びた土の茶碗を両手で包み込むと、じわりと温かさが伝わってくる。
 「・・・これはおいしゅうござりまする。
 さすがは歌仙殿。
 萩の茶碗に、茶の色も映えておりますな」
 「そうだろう?
 季節もよい頃合いだし、ちょっとした洒落だよ」
 くすりと笑って、歌仙は小狐丸へと向き直った。
 「いつもならここで主に説教をするのだけど、まんまと逃げられてしまった」
 「あまりに長々とお小言を聞かされるので、せっかくの茶の味もわからなくなったと仰せでしたよ」
 たしなめる口調になった小狐丸に、歌仙は吐息する。
 「僕の声は歌を詠むためにあるはずなのに、小言専用になってしまったのは主のせいだよ。
 だいぶましにはなったけれど、この本丸が開かれた当初はそれは酷かった。
 僕は毎夜、激怒した江雪殿や一期一振殿に斬られる夢を見たくらいだからね」
 「・・・心あてに をらばやをらむ」
 ふと呟いた小狐丸に、歌仙は深く頷いた。
 「無造作に折ろうとすれば、果たして折れるだろうか・・・って、折れるに決まっているだろうに。
 いくら僕達の本質が鋼とは言え、相手も鋼だ。
 ろくに手入れもしないまま戦に送り込むなんて、非道もいいところだよ」
 声を硬くする歌仙の前で、小狐丸が目を伏せる。
 「私が参陣する前は、小さき方々が随分と・・・・・・」
 「うん、酷使されたね」
 言いにくそうな小狐丸の言葉を引き取って、歌仙は大きく頷いた。
 「僕が真っ先に呼んだお小夜なんて、冗談ではなく折れる寸前だった。
 このままじゃ左文字に申し訳が立たないって、主に初めての説教をしたのだけれど、なにしろ実戦経験のない御仁だから。
 理解させるのに苦労したよ」
 忌々しげな歌仙に、小狐丸は苦笑する。
 「そのために我らをお呼びになったのでしたね」
 「太刀は短刀よりも、だいぶ丈夫だからね」
 新選組の言葉でも真に受けたのか、刀使いの荒い主は『重傷までは怪我じゃない』と言い切って、戦闘に慣れていない者でも戦場を選ばず送り出していた。
 このままでは、兄達が参陣する前に短刀達が折られてしまうと、歌仙は慌てて太刀を呼び寄せ、短刀達をひとまず、戦場から引き離したのだ。
 「光忠君を呼んだのは、『たまには洋食が食べたい』なんて言い出した主の食事対策でもあったけれど。
 主も薄味好みで、和食では気が合うんだけど、僕はどうにも洋食が嫌いでね。
 そーすは泥のようだし、醍醐(チーズ)なんてどこがおいしいのか・・・いや、そこは主も同意だったけど、他の子達がね」
 「小さき方々は順応性が高くていらっしゃいますからな。
 今剣殿も『はんばーぐ』なるものがおいしいと、喜んでおられます」
 今剣の笑顔を思い出して、微笑む小狐丸にしかし、歌仙は眉根を寄せた。
 「できるだけ見た目の悪くないものを、って、光忠君が『おむらいす』を作ってくれたことがあったけど。
 けちゃっぷも、でみぐらすそーすも、味が濃くっていけないね。
 あんなものを喜んで食べていたら、舌がおかしくなるよ」
 それに、と、歌仙は鼻を鳴らす。
 「うすたーそーす、ってあれ、なんだよ。
 酸っぱいのかしょっぱいのか辛いのか、はっきりしたらどうなんだい!
 それぞれの味が主張しあって、まったく調和を欠いているじゃないか!」
 お話にならない、と首を振った歌仙はふと、顔をあげた。
 「肉と言えば・・・。
 光忠君が、次は牧場を作ろうとしているらしいけど、その話はもう、主に行っているのかな?」
 その問いに、小狐丸は頷く。
 「えぇ。
 お申し出はございましたが、本丸が臭うのは嫌だと却下に。
 城壁で囲みましたゆえ、これ以上土地を広げる手立てもありませぬし」
 「よかった。
 それは褒めてあげなきゃね」
 ほっとして、歌仙は薄雲の満ちた空を見上げた。
 「君が早々に来てくれて助かった。
 君が主を籠絡してくれたおかげで、僕らに対する扱いも改まったんだから」
 「人聞きの悪い」
 歌仙の言葉に、小狐丸は苦笑する。
 「私はただ、誠心誠意お仕えしているだけでございまする」
 「うん。
 そういうことにしておいてあげよう」
 そう言って歌仙は、意地の悪い笑みを浮かべた。
 天下五剣を差し置いても主の一番でありたいと願う執心の獣がいる限り、主は狐の掌中にある。
 嫌々ながらも歌仙の諫言を聞き入れるのは、その後のフォローを小狐丸が引き受けているためだ。
 「これからもよろしく頼むよ」
 「お任せあれ」
 茶碗を挟んで一礼した歌仙に、小狐丸も深々とこうべを垂れた。


 「あれ?今日は小狐丸さんがお客なんですね」
 回廊を渡りつつ、茶室に目をやった堀川国広に声を掛けられ、前を行く和泉守兼定も目を向ける。
 と、開けたままの戸の隙間から、歌仙の華やかな袖と、小狐丸の山吹色の袖が覗いていた。
 「主はまんまと逃げたみたいだな。
 ・・・まぁ、気持ちはわかるが」
 声を詰まらせた兼定に、国広も頷く。
 「茶道の指南って名目で、長々とお説教されるそうですからね。
 何を叱られているのかは知りませんけど、主も大変だなぁ。
 こないだなんか、ずっと正座してたせいで膝が痛いって泣いてましたよ」
 「俺は、ずっと土下座してて腰が痛いって泣いてるの聞いたぞ。
 さすが之定、厳しいな・・・」
 震えあがった兼定に、国広はうんうんと頷いた。
 「初の付喪神って、ある意味本丸で一番偉そうですからね」
 初めから主を支えていたという事実もさることながら、主自らの意志で選ばれたという自負もある。
 「キヨが、なんで俺じゃなかったんだってへこんでたけど、あの主ならそりゃ、歌仙さんを選ぶよね。
 自由人同士だし」
 参陣した当初はそりゃあ酷かった、と、国広はため息をついた。
 「・・・俺が参陣した当初に酷かったのはお前だけどな」
 兼定が呟いた途端、国広の目に危険な光が灯る。
 「・・・なにかあったっけ?」
 小首を傾げて笑う国広の、しかし、目だけは笑っていない表情に、兼定の血の気が引いた。
 「い・・・いや、別に・・・!」
 「言いなよ、兼さん・・・。
 僕のお迎えに、何かご不満でもあったかな?」
 兼定の襟先を掴んだ国広は、近くの部屋へと彼を押し込む。
 「刀だった時・・・僕は兼さんと引き離された上、海に沈められたんだよ・・・。
 ただ朽ちていく間も、こんな目に遭うのが兼さんじゃなくてよかったって思ってたんだ。
 そんな僕を主が励起してくれて、その上兼さんと会わせてくれて・・・!
 僕がどんなに嬉しかったかわかる?!
 なのに兼さんったら、僕以外の刀とも仲良くして・・・!
 キヨたち新撰組の仲間ならともかく、他の連中とも・・・!
 ちょっと・・・ほんのちょっと意地悪したくなった僕は悪い子かなぁ?!」
 「すっ・・・すまん、国広!!
 俺が悪かったから、ちょっと落ち着け!!!!」
 真下から見上げてくる国広の剣呑な目に怯え、兼定は声を震わせた。
 参陣した当初、名前しか聞いたことのなかった名刀達とあいまみえ、興奮のあまりはしゃいでしまったことは確かだ。
 だからと言って、兼定には国広や、かつての仲間達をないがしろにするつもりなど全くなかった。
 が、それを理解はしていても、肉体を得たばかりだった国広は感情をコントロールすることが難しく、狂気に走ってしまった。
 「名刀名刀って・・・僕も国広だよ?
 山伏兄さんも山姥切兄さんも、僕を兄弟だって認めてくれてる。
 そんな僕がずっと傍にいたのに、兼さんは何が不満だったの?
 そんなに平安刀や長船がいい?
 歌仙さんなんて、憧れのお兄さんってことなのかな?
 兼さんはここじゃあ最年少だから、お兄さん達に憧れるのもわかるけど、粟田口にまでいじられて喜んでるなんて、僕の知ってる兼さんじゃないよ!」
 「よ・・・喜んでなんかないっ!
 チビ達が遊び相手しろってしつこいから・・・」
 「そんなのキヨ達に任せればいいじゃないか!
 なんだよ、僕の知らない間に丸くなっちゃって!」
 壁にまで追い詰めた国広の、ヒステリックな声に驚いたか、茶室から歌仙と小狐丸が出てくる。
 「どうしたんだい、大声を出して?
 せっかくの雰囲気が台無しだ」
 「す・・・すまん、之定!
 ちょっと国広が・・・!」
 「堀川殿。
 和泉守殿からお手を放されて、少し落ち着かれませ」
 そっと歩み寄った小狐丸が、兼定の襟を掴む国広の手に触れた。
 「ほっといてください!!」
 頑迷に拒もうとした国広は、温和な笑みを浮かべる小狐丸と、彼の背後から呆れ顔で見つめる歌仙と目が合って、恥ずかしげに手を放す。
 「・・・すみません」
 「やれやれ。
 また君の嫉妬かい、国広。
 あの時みたいに和泉を監禁するのはやめておくれよ。
 和泉が見当たらない、まさか折ってしまったかって、主が真っ青になって探し回ったんだから」
 呆れ声の歌仙に、小狐丸も頷いた。
 「歌仙殿より長いお小言を頂戴した直後でありましたからな。
 あの時のぬしさまの慌てようは大変なものでしたよ。
 和泉守殿、もう閉所恐怖症とやらは克服なさったのですか?」
 問われた兼定は、気まずげに目を逸らす。
 「いや・・・実はまだ・・・・・・」
 「そうなの、兼さん?!
 かわいそうに!
 僕がずっと一緒にいてあげるから、もう大丈夫だよ!」
 当時のことを思い出し、胃を押さえた兼定に縋る国広へ、歌仙がため息をついた。
 「なにを白々と・・・君が和泉を塗籠(ぬりごめ)に閉じ込めて、誰とも会わせないようにしたのが原因だよね」
 「お世話はちゃんとしてました!!」
 反駁するが、小狐丸までもが呆れ顔で首を振る。
 「隠れて子猫を飼うようなわけにもいかず、結局はぬしさまに知られて大目玉をいただいたのではありませぬか。
 近頃は落ち着かれたと思っておりましたが・・・よい加減、お気を鎮めなされませ」
 穏やかな口調で言いつつ小狐丸は、国広の手を両手で包み込み、兼定から引き離した。
 「お二人とも、お急ぎでなければ茶を進ぜましょう。
 歌仙殿のお点前は素晴らしゅうござりまするぞ」
 にこりと笑う小狐丸の前で、国広と兼定は気まずげに目を見かわす。
 「すまん、今から出陣なんだ」
 「キヨ・・・加州清光達を待たせているんで、すみません」
 「さようでございますか」
 微笑んだまま、小狐丸は国広の手を放した。
 「お気をつけて」
 「もう喧嘩するんじゃないよー」
 「・・・喧嘩はしてないよね?」
 二人に見送られて、再び回廊を渡る国広に声をかけられた兼定は、顔をこわばらせて頷く。
 「まぁ・・・俺が一方的に・・・」
 脅されただけ、と言えばまた面倒なことになると、慌てて自身の口を塞いだ。
 「あぁ・・・うん、俺が悪かったんだな、うん・・・」
 納得はできないが、ここを治めるにはそう言うしかない。
 「まったく、しょうがないんだから、兼さんはv
 途端に上機嫌になった国広に、納得はいかないまでもほっとした。
 「さ!早くいこ!
 キヨ達がイライラしてるよ!」
 「お・・・おう・・・」
 国広に手を引かれた兼定は、仲間達といる方が被害も少ないと、自ら足を速めた。


 「土方組、おっそい!」
 「遠征は時間が決まってるんだから、呼ばれたらすぐに来なよ!」
 そっくりに目を吊り上げた加州清光と大和守安定が、苛立たしげな声を揃えた。
 「なんだよ、そんなに遅れたか?」
 「ここに来てからやたらと時間にうるさくなったよね、二人とも」
 兼定と国広に指摘され、加州と安定は顔を見合わせる。
 「そうだっけ?」
 「うーん・・・やっぱり、主が時間にうるさいからかな」
 ずっと急かされたから、と言う安定に、加州は何度も頷いた。
 「それたぶん・・・俺のせいだ。
 俺、新撰組の中じゃ最初に来たんだけど、あの頃の主はほんと酷くってさ」
 蒼褪める加州の背を、安定が慰めるように撫でる。
 「―――― 確かにね。
 確かに言ったよ、俺は。
 軽傷くらいで退く必要はない、重傷までは怪我じゃないって。
 言ったけど、それを真に受けて、折れる寸前まで使うか、普通?!」
 「うん、どうどう。
 わかるわかる」
 落ち着けと、安定は加州の肩を叩いた。
 「・・・短刀達もだけど、俺も折れる寸前まで行っちゃって。
 お願いだから手入れする時間くらいくれって。
 主の時間を無駄にはしないから、せめて傷が癒えるまでは休ませてって懇願したんだよ」
 そうしたら・・・と、加州は両手で顔を覆う。
 「戦闘員が足りないからって、ものっすごいハードなローテーションを組まれてさ・・・!
 全員重傷で、どうやって帰ったか覚えてないってことがしょっちゅうで、歌仙がキレなきゃ俺がキレてたよね!」
 「いや、キレてたよ、キヨも。
 というかあの当時、短刀以外でキレてない刀いなかったよね」
 子供には微妙に優しいからと、眉根を寄せた国広に加州はため息をついた。
 「俺・・・なんで最初に選ばれたのが俺じゃなかったんだろうってへこんだけど、あの主なら歌仙を選んで当然だよ。
 残酷すぎ!容赦なさすぎ!!」
 鬼め!と言う絶叫は、安定の手で塞がれる。
 「それ、主だけじゃなく、歌仙も残酷で容赦ないって聞こえるから、あの人の前で言うのやめなよ」
 機嫌を損ねたら面倒だと、安定は適切なアドバイスをした。
 「・・・俺。
 キヨにまた会えたら絶対に文句言ってやろうと思ってたのに、心身ボロボロで、励起された瞬間に泣き縋られたから、怒る暇もなかったよね」
 「なに言ってんの。
 会った瞬間、ものすごい罵倒してたよ、ヤス。
 『俺を置いてどこ行ってたの!』とか、『沖田君一人で看取らせて酷い!』なんて大泣きしながら殴るから、キヨも号泣してたもの」
 ねぇ?と、国広が見やった加州は涙目で頷く。
 「俺だって・・・好きで帰らなかったわけじゃないのに・・・。
 沖田君の所にすごくすごく帰りたかったのに、池田屋の事件の後、なんだかんだで帰れなくなっちゃって・・・」
 でも、と、加州は安定に額を寄せた。
 「沖田君のこと・・・一人で看取らせちゃって、ごめんな。
 心細かったよね」
 「もういいよ・・・。
 覚えてないけど、罵倒しちゃったみたいだし」
 「覚えておきなよ、そこは。
 録画しておけばよかったね。
 ね、兼さん?」
 と、見上げられた兼定は、困り顔で首を振る。
 「俺はお前達より後に来たんだから、知るわけないだろ」
 しかし、自分が国広と再会した瞬間、ものすごい勢いで泣き縋られたため、どういう状況だったかはなんとなく予想がついた。
 「それより、急ぐんじゃないのかよ」
 思い出話していていいのかと指摘すれば、加州が慌てて頷く。
 「今日は鎌倉に行くよ!
 絶対、札もらって来いって、厳命されてるんだ!」
 「遅参野郎のせいで今、すごく機嫌が悪いから・・・逆らうと怖いよ」
 震え上がる安定に、兼定は乾いた笑みを浮かべた。
 「そいつも励起された瞬間に、乱暴な扱いを受けるんだろうなぁ・・・」
 「そのうち・・・主ってば本当に鬼に化生したりして。
 髭切さんが大喜びで斬りに行くね」
 苦笑する国広に、兼定は頷く。
 「鬼を斬った連中は結構いるからな。
 山姥切だって、写しだって言いながら実際に山姥退治したそうだし、にっかりも一応、その部類だろ」
 他には・・・と、宙を見つめる兼定に、加州がはしゃぎ声をあげた。
 「童子切!」
 「そうだよ、三日月達天下五剣がいるんだから、絶対来るよね、童子切!!」
 会ってみたい、と、安定もはしゃぎ声をあげる。
 「そうだな、絶対かっこいいよな!
 鬼丸も、名前からして・・・!」
 「かーねーさーん・・・・・・」
 目を見開いた国広の視線を受けて、兼定は震え上がった。
 「く・・・国広、あの・・・・・・!」
 がしりと兼定にしがみついた国広の、見開いたまま瞬かない目に狂気が浮かぶ。
 「そんなに・・・天下五剣がいいの・・・?
 じゃあ僕、あの人達の寝込みを襲って折って溶かして、この世から失くしちゃおうかなぁ・・・・・・」
 「やっ・・・やめて、堀国!!」
 「そんなことしたら主が、新撰組ごとお前を溶かすよ?!」
 悲鳴を上げる加州と安定を、国広は恐ろしい笑みを浮かべて見やった。
 「それがなに?」
 くすくすと、喉の奥から不気味な笑声が沸き起こる。
 「兼さんの関心が僕以外に向くくらいなら、全部溶けちゃえばいいよ・・・・・・」
 「兼さんっ!」
 「堀国が一番だよねっ!」
 「あぁ!!もちろんだっ!!」
 悲鳴じみた声を上げる加州と安定に、兼定もすかさず頷いた。
 「てててっ・・・天下五剣がなんだってんだ!
 大昔に鬼を斬った刀より、一緒に戦った仲間だよな!!」
 声を上擦らせながら、震える手で頭を撫でてやると、ようやく国広は瞬く。
 「えへへーv
 兼さん!僕、兼さんのお役に立つからね!」
 「あ・・・あぁ・・・・・・!」
 ようやく機嫌の直った国広に、兼定だけでなく、加州や安定もほっと胸を撫で下ろした。
 「さ!行こう!
 ちゃんとお札、持って帰ろうね!」
 お手伝いは得意だよ!と、張り切って先頭に立つ国広の後ろに、幽鬼のような顔で三人が付き従う。
 その様をやや離れた場所から見ていた一期一振が、呆れ顔で肩をすくめた。
 「なんだかすごい関係だね」
 しかしいつか何かの役に立つかもしれないと、ジャケットの胸ポケットから手帳を取り出す。
 先ほどの彼らの会話と関係性を逐一書き込んで行く兄を、骨喰が呆れ顔で見上げた。
 「・・・そんなの閻魔帳に書いて、どうするのさ」
 「え?いつか脅しの材料に使えるかも、ってことでしょ?」
 無邪気に笑う鯰尾を見下ろして、一期一振は穏やかに微笑む。
 「脅すなんて酷いな。
 私は、いつか新撰組にお願いごとをする時があれば、効率よく話を運びたいなぁと思って、彼らの関係性を記録しただけだよ。
 新撰組の長は長曽祢だろうけど、和泉守に直接話を通したければ、先に堀川を説得すべきだと分かったし・・・その説得も、和泉守を使えばすんなり行きそうだ」
 「うん、それを脅すっていうんじゃないかな、普通は」
 悪い笑みを浮かべる兄に笑って、鯰尾は回廊の奥を見やった。
 「それにしても遅いな、山姥切。
 早く来てくれないと、いち兄がいつまでも出発できないよね」
 「俺達の方が先に行きそうだな・・・石切丸、こっち」
 ゆったりと歩み寄ってくる大太刀に、骨喰が手を上げる。
 「やぁ、待たせたかな。
 一期一振は見送りかい?」
 「いいえ。
 山姥切を待っているのですが・・・ご存じありませんか?」
 問うと、石切丸は首を傾げた。
 「さぁ・・・。
 彼のことだから、遠征の命令を忘れるなんてことはないと思うけれど・・・何かあったのかな」
 「そうですね・・・」
 苦笑した一期一振は、骨喰と鯰尾の背を押して微笑む。
 「見送ったのちに、探しに参りましょう。
 石切丸殿、弟達のことをよろしくお願い申し上げる」
 「あぁ。
 むしろ、私がよろしくお願いしたいね」
 「わかった」
 「任せて!」
 頷く骨喰と、頼もしく請け合った鯰尾に頷き、ゆったりと踵を返した石切丸の背に、一期一振は軽く手を振った。
 「さて・・・。
 どうしたのだろうね、山姥切は」
 石切丸の言う通り、生真面目な山姥切が遅刻など、珍しいことだ。
 「何かあったかな」
 気遣わしげに回廊を戻る一期一振の予想通り・・・いや、予想以上にその時、山姥切は困惑していた。
 いつも身に着けている布が、『洗濯中 光忠』という一枚の紙切れを残して全て消えてしまったのだ。
 「・・・部屋から・・・出られない・・・!」
 真っ青になって膝を抱えた山姥切は、外から声を掛けられた途端、びくっと飛び上がった。
 「山姥切、まだ部屋にいるのですか?具合でも?」
 一期一振の声に、慌てて襖から離れる。
 「ぐ・・・具合は悪くない・・・!
 ただ・・・!」
 布がないから部屋を出られない、などと言えるわけもなく、山姥切は引き攣った声を外へ向けた。
 「すっ・・・すぐに行くから、すまないが・・・・・・!」
 涙声をどう思ったのか、一期一振が気遣わしげな声を掛ける。
 「具合が悪いのなら、他の打刀に代わってもらいましょうか?」
 「いやっ!!だ・・・大丈夫だ・・・!
 すぐに行くから・・・!」
 「・・・わかりました」
 訝しげながらも、一期一振は歩を引いた。
 「出立の間でお待ちしております」
 「す・・・すまない・・・っ!」
 ぎゅっと膝を抱えた山姥切は、襖の向こうから一期一振の気配が消えてしまうと、庭へ降りる障子をそろそろと開ける。
 「だ・・・誰もいない・・・な・・・?」
 人目を嫌う山姥切の部屋は本丸御殿の離れにあり、何か目的でもない限りは立ち寄られることのない場所だった。
 「きっとまた、鶴丸が何かやらかしたんだ・・・!
 だから光忠の奴・・・!」
 天守地下にあった牢が閉鎖されて以降、鶴丸が何かやらかす度、入牢代わりに離れの小部屋に閉じ込められている。
 ひっそりと暮らしたい山姥切にとって、騒がしい鶴丸が近くにいることは迷惑この上ないが、こんな事態になるとは思わず、意見しそびれたのだから受け入れるしかなかった。
 そんな鶴丸を連行するのは多く、光忠の役目で、山姥切はそのついでに目をつけられたのだろう。
 「余計なことをしやがって・・・!
 母屋の物干し場はどこだ・・・!」
 この本丸が開かれた当初から離れに住んでいる山姥切は、改築と増築の激しい母屋の構造を最早把握できていなかった。
 「南側を通って行けば・・・たぶん・・・・・・」
 人目につかないよう、こそこそと木陰を進んだ山姥切の視界に、白くはためく物が映る。
 「あれは・・・」
 誰の部屋かは知らないが、濡れ縁の外にシーツが干してあった。
 まだ干したばかりなのか、乾いてはいないが背に腹は代えられない。
 「すまん・・・必ず返す!」
 シーツを頭から被った山姥切は、ようやく一息つくことができた。
 「さて・・・。
 ここから出立の間へはどう行けばいいのか・・・・・・」
 とりあえず、回廊に入れば主な部屋が目印になるだろうと、山姥切は布を翻して母屋へ入る。
 と、
 「おや、山姥切。
 歌仙が茶に誘ってくれたのだが、一緒にどうだ?」
 のんきな声を掛けられ、見遣った山姥切は思わず息を飲んだ。
 三日月だけでなく、その傍らには数珠丸と大典太光世の姿もあり、その錚々たる顔ぶれに圧倒される。
 「いや・・・俺は今から、遠征なんだ。
 一期一振を待たせている」
 「そうか、気を付けてな」
 にこりと微笑む三日月の前を、山姥切は足早に通り過ぎた。
 その背を見送りつつ、大典太は訝しげに眉根を寄せる。
 「なぁ・・・。
 山姥切の纏っている布の、あれはなんだ?」
 彼の指差す先を見つめ、数珠丸も首を傾げた。
 「はて・・・なんでしょう?
 宗教画ではありませんようで」
 「俗世の絵でありましょうな」
 三日月も不思議そうに、去っていく背を見つめる。
 「まぁ・・・のちほど、一期一振にでも聞けばわかるのではないかな?」
 「ほう・・・あぁいうものに詳しいのか、一期一振は」
 感心したように呟く大典太に、三日月は微笑んだ。
 「もしや・・・一期一振の物であるかもな」


 一方、出立の間に向かっていた山姥切は、自身の背に異様な視線を感じていた。
 「なんだ・・・?」
 母屋の中心へ行くにつれ人も多くなるが、すれ違うまでは普段通りの者達が、彼の背を見た途端、珍妙な声を上げて凍りつく。
 「なにか・・・」
 訝しく思いつつも、一期一振をこれ以上待たせてはいけないと、出立の間へ駆け込んだ。
 「すまん、待たせた!」
 「あぁ、お待ちして・・・やっ!!山姥切っ!!!!」
 彼を見た瞬間、真っ青になった一期一振を、山姥切は不思議そうに見る。
 「皆、そうやって凍りついたんだが、なにか妙だろうか」
 いつも通りのはずだと、訝しむ山姥切が被る布を突然、一期一振が剥ぎ取った。
 「なにするんだ!」
 「それはこっちのセリフだ!!!!」
 真っ青だった顔色を真っ赤にして、一期一振が絶叫する。
 「私の嫁シーツ・・・!
 こっそり干していたはずなのに、どうして!!」
 「よめ・・・?」
 首を傾げて、山姥切は一期一振が抱きしめるシーツをまじまじと見つめた。
 干されていた時は、裏返っていたせいでただの白い布だと思っていたが・・・!
 「なんだその水着女――――!!!!」
 彼が指す先では、豊かな胸をほぼ露わにした水着姿の女の絵が、大きく描かれていた。
 「だから!
 私の嫁シーツだと言っているでしょう!」
 大慌てでシーツを折りたたむ一期一振の前で、山姥切は頭を抱える。
 「俺は・・・こんなものを被って歩いていたのか・・・・・・!」
 耳まで赤くして顔を覆う山姥切を、一期一振がぎりりと睨んだ。
 「こんなものとはなんですか、私の嫁を!」
 改めてシーツを抱きしめた一期一振は、しゃがみこんでしまった山姥切を見下ろす。
 「私の部屋から出したことのない、箱入り嫁になんてことをするのです!」
 「そ・・・それが・・・・・・!」
 光忠に全ての布を奪われたことを話すと、一期一振の目に剣呑な光が灯った。
 「そんなことで私の嫁に手を出したと・・・?」
 「み・・・妙な言い方をするな!
 俺は・・・!」
 反駁しようとする山姥切の腕を取り、無理矢理立たせる。
 「いい機会です。
 そのコンプレックス、克服しなさい!」
 「え・・・一期一振?!」
 乱暴に腕を引かれた山姥切がたたらを踏んだ。
 「時間もありませんし、今日はこのまま遠征に行きます。
 まずはそこから始めなさい!」
 「そんな・・・!」
 嫌だと言っても、今日の彼は聞く耳を持ってくれそうにない。
 弟達ですら見たこともない程に激怒した一期一振によって、山姥切は自身を守ってくれる布を纏えぬまま、戦場へと引きずり出されていった。


 「山姥切くん、おっかえりー!」
 いまだかつてない速さで遠征を終え、戻ってきた山姥切を、光忠が爽やかな笑顔で迎える。
 「いやぁ、君の布、全部洗濯しちゃってゴメンねぇ!」
 ジャケットを頭から被った山姥切は、光忠が差し出した布を涙目で奪い取った。
 「光忠・・・!よくも・・・!」
 「うん、苦情は後で聞くから、先に布、纏っちゃえば?
 連行される容疑者みたいな恰好になっているよ」
 言われるまでもなく、山姥切はジャケットに袖を通し、改めて布を被る。
 自身の姿を人目から隠してしまって、ようやくほっと息をついた。
 「勝手に・・・持っていくな!
 洗濯くらい、自分でやる・・・!」
 しゃくりあげそうになる声を何とか抑え、言ってやると、光忠は彼の肩を慰めるように叩く。
 「うんうん、心細かったんだね。ごめんね。
 でもこれ、主くんの命令だったんだよ」
 「主が・・・?!
 なぜこんなことを!!」
 いじめられっ子のような涙声に、光忠は思わず苦笑した。
 「それがさ・・・庭木に掛かった蓑虫を見た主くんがね、言うんだよ。
 蓑虫は剥ぎ取ってやったことがあるけど、カタツムリの殻は剥げなかった。
 それが未だに心残りだ、って」
 「は・・・?
 なんだそれは」
 それが自分と何の関係が、と訝しむ山姥切に、光忠も頷く。
 「叩き割る方法もあるけど、それはなんだか違う気がする。そう思わないか?なんて言うから、こっちも刃物だし?
 破壊衝動とかそういう意味ならわかるよ、って言ったらさ」
 言葉を切った光忠が、山姥切を指した。
 「この本丸にもカタツムリがいるだろう?って。
 明らかにブランケット症候群を発症している山姥切から布を剥いでやったら、この衝動は収まるだろうか。
 布を脱いだ山姥切はきっと美しいぞ、なんて言われて、僕もついつい乗っかっちゃった!」
 「はあぁぁぁぁぁ?!」
 絶叫した山姥切が、光忠の胸倉を掴む。
 「そんっなくだらないことで俺はこんな酷い目に遭ったのか?!
 お前もあいつも鬼か!!化生したのか!!」
 斬ってやる!と息巻く山姥切の肩を、光忠はなだめるように叩いた。
 「はい、どうどう。
 一応、ブランケット症候群の治療って言い訳・・・じゃない、目的があってさ」
 「今!言い訳って!!」
 「言ってない言ってない」
 がくがくと揺さぶられながらも光忠は、白々しく手を振る。
 「でもさ、一期さんにも言われたんでしょ?コンプレックス克服しろって。
 どうだった?」
 戻った時の様子を見れば聞くまでもないことだが、あえて問う光忠の目を避けるように、山姥切は背を向けた。
 「人目は・・・嫌いだ・・・・・・!」
 「やれやれ」
 無理強いはよくなかったかと、光忠はため息をつく。
 「写しと言っても、君は十分にきれいだし、ちゃんとした格好をすれば見栄えがするのに、もったいないなぁ」
 「う・・・うるさい!」
 真っ赤になった顔を俯ける山姥切の背を、光忠は軽く叩く。
 「僕がコーディネートしてあげようか!
 カッコよく行こう!」
 「もう余計な真似するな!!」
 絶叫した山姥切は、憤然と歩を進めた。
 「どこに行くんだい?」
 「主に!
 直接文句言ってやる!!」
 化生していたら叩っ斬る!と息巻く彼に、光忠は笑いかける。
 「別に止めはしないけどさ。
 さっきようやく遅参野郎・・・じゃない、亀甲くんが参陣したから、今頃、嬉々としていじめてると思うけど。
 それでも行くのかな?」
 「・・・・・・」
 ぴたりと足を止めた山姥切に歩み寄り、光忠は彼の腕を取った。
 「じゃv
 主が新人君に飽きるまで、僕が君のコーディネートをしてあげるよ!」
 「なんでそうなるんだ!!」
 「楽しいからだね!」
 きっぱりと、光忠は言い放つ。
 「きれいなものはよりきれいに、かっこいいものはよりかっこよく!」
 誇らしげに信条を掲げる光忠の腕を引き剥がそうにも、太刀の腕力は打刀のそれを凌駕していた。
 「だったら他の奴に・・・なんで俺だ!!」
 じたじたと暴れる山姥切の腕を捻り上げ、動きを封じる。
 「それはもちろん、やりがいがあるからだよ!
 まずはその、伸び切って鬱陶しい前髪を切ってあげようね!」
 カッコよくしよう!と、鬼の主を持つ強引な太刀は、哀れな打刀を引きずって行った。




 了




 










刀剣SSその10です。
主がものすごくdisられてます(笑)
うちの本丸はこんな感じですよ、ってのをまとめておきたかっただけなんですけどね、どうしてこうなった(笑)
ここでは一応、『折られる寸前』と言っていますが、実際にはボキボキ折ってます。
あの時の私は本当に酷かったから、恨み買ってるんだろうなぁ(笑)
あ、茶道には詳しくないので、用語とか使い方とか間違えていたらごめんなさい。
一応、薄茶のつもりで書いています。
国広の件も、諸説あるうちの一つですから、ある日いきなり発見されるかもしれません(笑)
そして実は、まんばといち兄の受難が書くきっかけのネタでした。
1P漫画にしようと思ってたんですが、絵を描くのめんどくさくて。←
ちなみに、いち兄の嫁は、艦これの大和です(笑)
せんぱいが『水着大和v』ってアップしてた画像見てイメージしたので(笑)
ともあれ今回、イチャイチャしている(?)土方組と沖田組が書けて嬉しかったですよ(笑)
うちの堀国は物騒さが突き抜けているそうです。













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