〜 小春日和 〜






 「博多、食事中は仕事をやめなさい」
 兄の穏やかな声で諭された博多藤四郎は、きつく寄せていた眉根を開いて、手にした書類を脇に置いた。
 「なぁに、博多ちゃん?ふけいき、っていうのなの?」
 彼のむずかしい顔を対面から見た乱が、小首を傾げる。
 「そうやなかっちゃけど・・・うーん・・・・・・」
 小鉢を手にしたものの、畳の上の書類にまだ目を落とす博多へ、一期一振がため息をついた。
 「話を聞くから、書類を見るのをやめなさい」
 「そもそも、なんの書類だ?」
 自分の膳を持って隣に座った厚が、書類を取り上げる。
 「後藤、どうだ?」
 「ん?」
 対面の後藤に書類を差し出すと、ざっと目を通した彼は軽く頷いた。
 「収支に問題はないな。
 ここを城郭化した時の借金は、大将が一人で負ってるし・・・その返済も滞りはないな」
 なにが問題だ、と問う後藤に博多は再び眉根を寄せる。
 「確かに返済は順調っちゃけど、主が稼いだ小判はそんまま借金返済にあてられとうけん、主本人が今、貧乏しとったい」
 「あぁ、自転車操業というものですか」
 「なにやら健康によさそうですね」
 前田の言葉に平野が見当違いの発言をし、場に笑声が満ちた。
 しかし、難しい顔をしたままの博多に、一期一振は首を傾げる。
 「主の借金問題は、他の審神者からのリフォーム受注で解決するというプランだったよね?
 思ったより受注が少なかったのかい?」
 そこが問題か、と言う一期一振には首を振った。
 「主が・・・本丸の城郭化を、本陣と審神者に向けて大々的にアピールしよったけん、受注はかなり順調たい。
 けど、よっぽどの大身やないと一括購入やらできんけん、たいていは分割払いっちゃん。
 頭金は資材購入費と人件費で消えるけん、儲け分の金が入ってくるとはもうちょっと先やし、入ってきてもその大半は、主の懐やのうて本丸の運営費に計上されるっちゃんね」
 だからこそ、この大所帯が維持できるのだと言う博多に、薬研が頷く。
 「以前は要望を出しても、予算不足で承認が下りなかった薬品や備品も簡単に買えるようになったからな。
 それは助かるんだが、大将が一人で貧乏なのは可哀想だな」
 人使いは荒いが、頑張っているのは確かだと言う薬研の隣で、後藤が箸を置いた。
 「じゃあ今のところ、この件で儲けてるのはお前だけじゃないか。
 お前、大将に金貸して、利息取ってるんだろ?
 毎月の支払いを安くしてやれよ」
 後藤の指摘に、兄弟の何人かは批判的な目になったが、博多はあっさりと首を振る。
 「商売やし、貸した金で利息を取るのは当たり前やが。
 それに、月額ば高うして金利ば安く設定したとは主ばい。
 早く返し終わりたいんと、余計な金ば払いたくなか、ってことやね」
 「ですが・・・ほかならぬ主のことですから、少しは大目に見ても・・・」
 「そうです。思いやりに欠けますよ、博多」
 平野と前田の言い分に、しかし博多はまた首を振った。
 「これは主も納得ずくたい。
 それに、俺だけが儲けようみたいに思われとうけど、俺の投資でここの設備は他の本丸よりだいぶ充実しとーっちゃけん、文句の言われる筋合いはなか」
 ぷくっと、頬を膨らませた博多の頭を、一期一振がなだめるように撫でる。
 「よく頑張ってくれて、助かるよ」
 そう言って、商売に理解のある彼は穏やかに微笑んだ。
 「・・・しかし、主がお困りならなんとかして差し上げたいな。
 幸いにも、粟田口は金子に困ってはいないし」
 ねぇ?と、笑みを深める兄に、博多は肩をすくめる。
 「やけん、なんか儲かる案ば考えろって、主につつかれたっちゃん」
 小鉢の中身をつつきながら、博多はため息をついた。
 「新しい商売ばして、主の借金ば解消して、更に収支を黒字に持っていけるようにせろってばい。
 ・・・そげんこつ簡単に言うてから」
 むー・・・と、考え込んだ博多に、五虎退がそっと湯呑を差し出す。
 「博多くん・・・。
 たべてる時にむずかしい顔すると、おなか痛くなるよ・・・?」
 「そうだよv
 ご飯は美味しく食べないと!」
 デザートの『ぷりん』を嬉しそうに食べていた乱が、ふと瞬いた。
 「ボク・・・いいこと思いついたかも!」
 「ん?ぷりんでも売るのか?」
 首を傾げた厚には、笑ってスプーンを振る。
 「ちがうよぉ!
 ぷりんじゃなくて、もっといいこと!」
 聞いて!と言う乱に、兄弟の視線が集まった。
 「あるじさんさ、こないだ、風邪ひいて寝込んでたじゃない?」
 「あぁ、季節の変わり目にはいつも風邪ひくんだ、大将。
 わかってるんだから注意しろって、言ってんだがな」
 それがどうした、と問う薬研に、乱はにこりと笑う。
 「ボク、お見舞いにぷりんを持って行ったんだけど、その時、言ってたんだよ。
 他の審神者さんと温泉旅行に行く予定がダメになっちゃったって。
 おいしいご飯と温泉でリフレッシュしたかったのに、がっかりだよって」
 「借金抱えてんのにいい身分だな。働けよ」
 「厚兄・・・。
 ちょっとは主君に優しくしてあげましょうよ」
 当然のように厚のぷりんを取り上げた秋田の手を、慌てて取った。
 「おまえ!
 おやつ譲る期間はとっくに終わってるだろ!」
 「これはデザートです」
 「だったら余計譲れねぇ!!」
 「二人とも、やめなさい。
 それで乱、なんだい?」
 騒ぐ二人を制した兄に目を向けられ、乱は手にしたスプーンで窓の外を指す。
 「だからボク、言ってあげたの。
 わざわざ行かなくても、ここにはおいしいご飯もあるし、温泉じゃないけど広いお風呂もあるじゃない。
 それじゃダメなの?って。
 そしたら、違う場所に行くこと自体がリフレッシュなんだって」
 と、乱は空になった器を卓に置いた。
 「よくわかんないけど、にんげんってそういうものなんだって。
 だったらそれ、他の審神者さんにも言えるんじゃない?」
 「んー・・・まぁ、色んなところに行けるのは結構、楽しいもんかもな」
 主を変える度に住まいも変わった厚が、こくこくと頷く。
 「でしょ?
 こないだの模擬攻城戦の時にあるじさんがお招きしたお客さん達だって、自分の本丸を持ってるのに、ここに来られて嬉しいって、すごく喜んでたし」
 「つまり、また戦を?」
 「そうじゃなくて」
 目を光らせた兄に、乱は笑って首を振った。
 「ここに、旅行に来てもらうんだよ。
 改築した時、今後のためにって建て増しした棟が、まだ使われないままになってるでしょ?
 あそこ、女子専用のお宿にしちゃったら?」
 「女子専用?」
 「男子禁制なのですか?なぜ?」
 「それはね!」
 そっくりに首を傾げた前田と平野の前で、乱は一期一振を指す。
 「いちごおにいちゃんに質問だよ!
 男のお客さん、おもてなしする?」
 「なぜ私が。
 お前達の世話で手一杯だよ」
 穏やかに笑う兄に頷き、乱は更に問うた。
 「じゃ、女のお客さん!」
 「まぁ・・・やぶさかではないが・・・・・・」
 首を傾げてしまった一期一振に、とどめを刺す。
 「きょぬー」
 「喜んでおもてなししましょう!」
 きらきらと輝く笑顔で言ってのけた兄を、乱は呆れ顔で指した。
 「理由、これ」
 言った途端、博多は膝立ちになり、乱の手を両手で握る。
 「お乱ちゃん!さすがの女子力ばい!!
 こら、年末商戦に参加せんといかん!」
 早速書類を取り上げた博多は、猛烈な勢いでペンを走らせた。
 「宿泊施設としての設備は整っとうけん、主には本陣に申請書ば出してもろうて・・・消防系と保健系の立ち入り検査があるとしても、師走には本格始動できるっちゃなかか?!
 広告はそうやね・・・『お城で温泉はいかが?紅白を見ながらゆったりと!年末年始予約受付中!』ってどげんな?!」
 「どげんなって・・・温泉じゃないだろ、ここ」
 薪風呂だ、と、薬研が冷静に突っ込む。
 「やったら薬研兄オリジナルレシピの漢方風呂にでもすりゃよかったい!
 薬研兄、女子に人気やけん、きっとうけるばい!!」
 「えー・・・照れるなー・・・・・・」
 しかしまんざらでもない、と言う薬研を乱が遮った。
 「薬湯よりボク!バラ風呂がいい!
 女子専用ならそっちの方が喜ばれるよ!」
 ね?!と身を乗り出した乱に、五虎退がおずおずと声を掛ける。
 「みだれちゃん・・・それ、ぼくもはいっちゃだめ?」
 「いいよ!
 ごこちゃんも一緒にはいろv
 「うんっ!」
 白い頬を染めて頷いた五虎退が、心細げな上目遣いになった。
 「と・・・虎もいっしょにいい?」
 「もちろんだよ!」
 「わぁぁv
 きゃあきゃあとはしゃぎ声を上げる二人に、一期一振が相好を崩す。
 「乱と五虎退がお花のお風呂に・・・v かわいいだろうなぁ・・・v
 「いち兄、ホームビデオに撮りたい気持ちはわかるけど・・・」
 「それ、実行したら児ポに引っかかりかねないからやめとけ」
 単純所持も規制対象と、厚と薬研に言われた一期一振は涙目になった。
 「家族でもダメなのかい?!」
 「家族だけならいいけど、どうせみんなに見せびらかすんだろうが」
 「いい加減にしないと、いち兄の愛が鬱陶しいって、苦情が来てるぞ」
 「なんて酷い言い様だ!!」
 鬱陶しく泣き出した一期一振に肩をすくめた平野が、傍らの前田を見やる。
 「じぽ?とは?」
 「僕たちは知らなくて良いことのようです」
 「なるほど」
 「納得すんのかよ」
 笑い出した後藤の背後で、いきなり襖が開いた。
 「ただいま!
 おなかすいたー・・・って、なにこの光景?」
 兄弟の食卓が騒がしいのはいつものことだが、一期一振まで泣き喚いているのは珍しい。
 しかし、振り返った後藤は大したことじゃないとばかり、席を空けた。
 「おかえり、信濃。
 鯰尾兄さん達は?」
 「鶴丸さんが掘ったっぽい落とし穴に、鳴狐兄さんが落ちちゃって・・・」
 後藤の隣に座った信濃は、一期一振が泣きながら差し出した膳を受け取る。
 「結構深い穴でさ、今、骨喰兄さんと一緒に引き上げてるとこ。
 二人で何とかなるからご飯いっといで、って言われたんで、俺は先に来たの」
 ご飯をよそってもらった茶碗を受け取りつつ、信濃は首を傾げた。
 「なんであの人、落とし穴掘るのが好きなんだろ。
 鶴ってそういう習性があるの?」
 「さぁ・・・単に穴掘りが好きなんじゃないのか?」
 どう思う?と、後藤に問われた一期一振が首を振る。
 「彼とは嗜好が合わないからね。むしろ逆だ」
 「あ・・・うん・・・」
 全員が気まずげに目を逸らし、別の話題を探した。
 と、
 「あー・・・そういえばさ!
 俺の住んでたとこに、鶴が見つけたっていう温泉があったんだよね。
 もしかして、温泉でも掘り当てようとしてるのかな!」
 それがタイムリーな話題とは知らず、言った信濃に視線が集まる。
 「え?なに?」
 「鶴丸が・・・温泉発見スキル持っとーってや?」
 「・・・言ってないよ、そんなこと?」
 卓越しに迫る博多から、信濃はのけぞって逃げた。
 「え?なに?
 温泉がどうかした?」
 「今、ここを温泉宿にしたらいいんじゃないか、って話してたんですよ」
 味噌汁の椀を差し出した秋田に、信濃は眉根を寄せる。
 「温泉じゃないじゃん、ここ。薪風呂でしょ?」
 薪割りやらされたし、と言う信濃の隣で、乱がくすくすと笑いだした。
 「しなのちゃん、薬研おにいちゃんと同じこと言うんだから」
 「え?だってそうでしょ?」
 「そうだな」
 見遣った薬研は『正しい』と頷く。
 「だから俺の薬湯風呂か、乱のバラ風呂で対応しようって話だったんだが、温泉が出るんならそれに越したことは・・・って、博多はどこに行ったよ」
 誰も気づかぬうちに、部屋から彼の姿は消えていた。
 「さすが素早さ本丸一・・・なんだが」
 感心した厚が、一期一振を見遣る。
 「この状況で消えたってことは・・・突撃してんじゃないか?」
 「博多・・・・・・!」
 思わず頭を抱えた兄の背を、平野と前田が慰めるように撫でた。


 「鶴丸―!!
 温泉掘り当てるばい!!!!」
 油断した背中に突撃されて、さすがの鶴丸も味噌汁を吹いた。
 「な・・・なんだ、メシ時に!」
 「鶴さん、シミになる前に着物拭いて」
 光忠が差し出した布巾を受け取った鶴丸は、背中に張り付いたままの博多を引き剥がす。
 と、放り出されても諦めない博多は膝立ちで擦り寄った。
 「鶴には温泉掘り当てスキルがあるって聞いたとばい!
 お前があちこちに穴掘りよーとは温泉探しよっちゃろ?!」
 「はぁ?!あるか、そんなスキル!」
 博多に腕を取られた鶴丸は、しつこい彼の額を指で弾く。
 「あいてっ!」 
 「なんでそんな誤解しているのか知らないが!
 俺は、落とし穴に落ちた奴らの驚く顔を見たいだけだ!」
 「そんなことで開き直られてもね、鶴さん・・・」
 「鶴のせいで、俺まで責められる・・・」
 ぽつりと呟いた大倶利伽羅に、太鼓鐘貞宗がもたれかかった。
 「だったら伽羅もやろうぜー落とし穴掘り!
 同じ責められるんなら、やらずに責められるよりやって責められた方がマシじゃん?」
 「貞ちゃん!余計なこと言わないの!」
 たしなめる光忠には笑って舌を出す。
 「けどさ、なんで俺らの遊びが温泉なんて話になってんの?」
 貞宗の問いに、博多は小さなこぶしを握って立ち上がった。
 「更に儲けるためたい!!」
 「・・・意味が分からん」
 大倶利伽羅が至極当然の呟きを漏らすと、博多は演壇にあがった政治家よりも滔々と、この本丸の温泉宿化計画を語る。
 「ってわけで!今!必要なんは温泉ったい!!」
 びしぃっと、小さな指が鶴丸を指した。
 「鶴の本能ば見せちゃりぃ!
 今こそお前のセブンセンシズば目覚めさせる時ばい!」
 「なんっだそれ!
 お前の言うこと、微妙に古いんだよ!」
 迫りくる博多を懸命に引き剥がそうとする姿に、光忠が思わず吹き出す。
 「困ってる鶴さんなんて、珍しいね」
 「いい見世物だな」
 「こりゃ驚きだな、ってか?」
 「お前ら!
 見てないで助けろよ!!」
 「よし、わかったばい!」
 鶴丸の腕をかいくぐり、懐に入った博多は彼の膝に乗ってそろばんを弾いた。
 「とりあえず、前払い金はこんぐらいでどげんや?
 成功報酬はこれの1.5倍にしちゃるけん、こんぐらい・・・」
 「悪いが、金子には困ってない!」
 膝から落として言ってやるが、博多はめげずにまた這いのぼる。
 「そげんことは知っとーばい。
 けど、こん金子があれば、前から欲しがりよった重機がこっそり買えるやろ?」
 ひそひそと耳打ちされた鶴丸の目が、期待に輝いた。
 「・・・・・・乗ってやってもいいな」
 「鶴さん、なに言われたの」
 どうせろくでもないことだろうと、光忠の目が吊り上がる。
 「・・・あー。しかし」
 光忠の視線から気まずげに目を逸らして、鶴丸は肩をすくめた。
 「俺には温泉を掘り当てるスキルなんてないぞ。
 地脈や水脈がどうのって言うんなら、俺より霊力自慢の三池達だろうし、経験的に詳しそうなのは数珠丸や山伏だろ。
 昔っから、温泉は坊主が見つけたもんだ」
 と、平安時代生まれの鶴丸が言うと、妙に説得力がある。
 「邪魔したばい!!」
 言うや部屋を駆け出た博多の後を、鶴丸も追った。
 「俺も参加させろー!!」
 「あ!鶴さん!ご飯の途中で!」
 止める間もなく出て行った鶴丸の背を、光忠が睨む。
 「後でおなかすいたって言っても知らないよ?!」
 その言葉に一瞬、止まりそうになった足を励まして、鶴丸は博多に続いた。


 「たのもー!!!!」
 「お前ら!温泉掘るぞ!!」
 闖入者の大音声に、しかし、室内の面々は冷静だった。
 視線を蹴り倒された襖の下に向けて、一斉に小首を傾げる。
 「ご無事ですか、山姥切殿?」
 「治療か?」
 「写しだからかな、厄除けの役に立てなくてすまない」
 「すまんが二人共、そこをどいてやってくれまいか。
 兄弟が潰れている」
 顔色一つ変えずに言う山伏に、鶴丸が口を尖らせた。
 「離れに住んでる連中は、驚きが足りないな!
 せっかく肉体を得たんだ!もっと感情を出したらどうなんだ!」
 「いいから俺の上からどけええええええ!!!!」
 襖の下から上がった絶叫に、うんうんと頷く。
 「そうそう、このくらいの表現は必要だと思うぞ!」
 「やかましい!!」
 なんとか襖の下から這い出た山姥切が、鶴丸と博多の胸ぐらを掴んだ。
 「なんのつもりだ、貴様ら!!」
 「だから、温泉を掘るんだ」
 「三池の霊力と坊主の経験値があれば見つけらるって聞いたとばい!」
 無駄に真顔で言う二人を、山姥切は渾身の力で揺さぶる。
 「じゃあ俺はなんだ!無駄に踏まれただけか!!」
 「そうやね」
 「鈍くさいな、お前」
 「博多はともかく!俺より機動の劣る太刀に言われる筋合いはないっ!!」
 がくがくと揺さぶられつつ、博多はぽんと手を打った。
 「そいや、打刀の中やったら長谷部の次に素早かっちゃんね、山姥切」
 「お・・・俺だって、伽羅坊よりはマシだ・・・・・・」
 気まずげに目を逸らした鶴丸は、山姥切の手を引き剥がして食事中の大典太光世に詰め寄る。
 「お前、霊力凄いんだろ?!
 温泉出るかどうかくらい、わかるよな?!」
 期待に輝く目で迫られた彼は、困惑げに眉根を寄せた。
 「・・・水脈があるのは確かだが」
 「そりゃあるだろ。井戸があるんだから」
 霊力は関係ない、というソハヤノツルキに鶴丸は、つまらなそうな顔をする。
 「温泉は?!温泉はないのか?!
 なぁ、数珠丸!
 お前、刀の時は山歩きのお供だったんだから、ありそうな場所とか詳しいだろ?!」
 卓に乗らんばかりにして迫る鶴丸にしかし、数珠丸は苦笑した。
 「そうですね。
 確かに、温泉を見つけては施浴の行を行っておりましたが・・・山のことでしたら、山伏殿の方がお詳しいのでは」
 「しかしあいにく、ここは山ではないからなぁ」
 平地だ、と言われ、鶴丸と博多は悔しげに畳を叩く。
 「平城めええええええ!!!!」
 「博多にゃ温泉だけがなかばいいいいいいいいいい!!!!」
 「・・・そんなに騒ぐようなことなのか?」
 不思議そうな大典太に、二人は揃って頷いた。
 「温泉が・・・温泉が出れば、主の借金も消えると思うたとに・・・!」
 「重機を使って穴掘るの、面白そうだったのに・・・!」
 「博多の理由はともかく、鶴丸はまたそれか!
 お前、あちこちに穴掘るのやめろ!」
 山姥切の怒声を、鶴丸はあっさりと聞き流す。
 「あとは、天下五剣と小狐丸を落とせばコンプリートなんだ!」
 「なんのコンプだ、なんの!!」
 「俺も落ちてないぞ!
 霊力甚大でなくても、地面になんかあるってことくらい気づくわ!」
 言った途端、博多がソハヤに縋り付いた。
 「なんか!
 この本丸にもなんかあるっちゃなかか?!
 例えば温泉とか!地熱とか!!」
 「なんかここ、あったかいぞ、とかわかるんじゃないか?!」
 「・・・霊剣をなんだと思ってるんだ、お前達」
 鶴丸までもが縋る様に呆れた大典太が、ふいっと外を見やる。
 「地熱でいいなら、裏の林だろ。
 竹が自生している辺りが温かいのは、霊力がなくてもわかる・・・って、おい!!」
 両脇から鶴丸と博多に腕を取られ、引きずり出された大典太が抗議の声を上げた。
 「そげんとちっとん知らんかったばい!」
 「お前だけがわかるのかもしれないな!つきあえ!」
 「なんでだ・・・おいいいいいいいいいいい!!!!」
 回廊の向こうに消えていく声を聞くともなしに聞きながら、数珠丸が小首を傾げる。
 「ソハヤ殿、お醤油をいただいても?」
 「ほい」
 「ありがとうございます」
 何事もなかったと言わんばかりの光景に、襖を元に戻した山姥切は大きなため息をついた。


 「こら随分茂っとったな。
 はよ伐採せんと、えらかこつなるばい」
 「これでもだいぶ、タケノコ狩りで採ったと思ったんだがなぁ」
 青々とした葉を揺らす竹林を並んで見上げた博多と鶴丸は、揃って眉根を寄せた。
 「まぁ、山やなかけん、地滑りの危険はあんまなかろうけど、根ば張りよったら面倒ばい」
 「床から竹が生えるのは勘弁だな」
 「お前ら・・・!
 くだらんこと言ってないで、俺を解放しろ!!」
 二人に両腕を掴まれたままの大典太が怒号を上げる。
 が、小さくとも度胸は大きな博多と、そもそも小鳥とは言えない鶴丸は、日本有数の霊剣の声を平然と聞き流した。
 「鶴丸、どげんな?」
 「うーん・・・やっぱり、俺にはよくわからんな。
 おい、大典太。
 あったかい場所ってどこだよ」
 「どこって・・・」
 抵抗を諦めて、大典太はため息をつく。
 「この辺り一帯がそうじゃないか。
 明らかに地面からの熱だろう?」
 二人の手を振り払い、地面に跪いた彼は地に両手を当てた。
 「しかし、そう強い熱ではないからな。
 俺にはこの熱が、地下深い所から来ているのか、表層の熱なのかはわからん。
 単に、堆積した腐葉土が熱を発しているだけかもしれんしな」
 「うーん・・・。
 光坊が、常緑樹の腐葉土はいい肥料にならないと言ってたし、そこまで発熱するものかは疑問だが、一応確認はしとかないとな。
 博多!」
 「らじゃ!」
 名を呼ばれただけで鶴丸の意図を察した博多が本丸御殿へと駆けて行き、間もなく蛍丸を連れて戻って来る。
 「なんなの、博多!
 俺のぷりん、返して!!」
 博多が奪ったぷりんを追いかけて来た蛍丸が、嬉しそうな鶴丸と呆れ顔の大典太を涙目で睨みあげた。
 「主に言いつけてやる!」
 「・・・俺は何も言ってない」
 困惑げに首を振った大典太の隣で、鶴丸は博多の頭を撫でてやる。
 「さすが博多!
 策略に長けているな!」
 彼からぷりんの器を受け取るや、鶴丸は自身の頭上高く掲げた。
 「そーれ蛍丸♪
 光坊のぷりんを食べたかったら、この辺りの土がなんなのか教えろv
 「はああああああああああああああああ?!」
 あまりの仕打ちに、蛍丸が絶叫する。
 「なにそれ?!どういうこと?!」
 「やけんな、最初から説明しちゃーと・・・」
 と、博多は蛍丸に、そもそもの最初から事情を話してやった。
 途端、剣呑な目つきになった蛍丸は、博多に鋭い足払いをかけて地に押し倒し、馬乗りになる。
 「・・・そんなことで俺のぷりんをとったわけ?
 なんで、明日でもいいや、ってことになんないの?」
 むにーっと頬を引き延ばしてやると、さすがの博多も泣き声をあげた。
 「おいおい、大太刀が短刀いじめるなよ」
 「今!俺の!
 ぷりん取り上げていじめてるのは誰だよ、鶴丸!!」
 「俺だ!」
 「得意そうに言うなあああああああああああ!!!!」
 「ぐはっ!!」
 蛍丸の頭突きを腹に受けて、鶴丸が落としそうになったぷりんを大典太が取り上げる。
 「・・・蛍丸。
 気持ちはわかる」
 俺も被害者だと、大典太が差し出したぷりんを、蛍丸は泣きながら受け取った。
 「・・・・・・そんでっ?」
 すっかり生ぬるくなってしまったぷりんを不満顔で食べ終えた蛍丸が、地面に並んで正座した二人を睨む。
 「ここの土が、単なる腐葉土か、地熱であっためられてるのかってこと?
 そんなのもわっかんないの?!」
 「俺は普通の短刀やもん!」
 「奉納太刀だったのはほんの一時期だからなぁ」
 口をとがらせた博多の隣で、鶴丸が苦笑した。
 「で?
 温泉郷を擁する大神社の奉納太刀殿には、違いがお分かりかな?」
 にんまりと笑う鶴丸に、蛍丸は鼻を鳴らす。
 「腐葉土」
 「ちくしょおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
 揃って地を叩く二人に、蛍丸は大人びた仕草で肩をすくめた。
 「温泉なんか、そんなに簡単に出るわけないでしょ。火山の近くでもないのに。
 けどさー・・・」
 ちらりと見上げた大典太が、こくりと頷く。
 「だいぶ掘れば、ないことはないよ。
 温泉宿の儲けより、ボーリング代の方がかかると思うけど」
 ね?と問われて、大典太がまた頷いた。
 途端、博多が嬉しげな顔をあげる。
 「そう言うことならまかしちゃりぃ!!
 城郭化の改築費用は主一人が負っとうけん、本丸運営用の改築費はだいぶ余っとっちゃん!
 こっちは手入れ用でも福利厚生用でも、適当な理由つけて本丸運営費から出しちゃればよか!」
 早速そろばんを弾く博多を、鶴丸が輝く目で見つめた。
 「なんだかよくわからんが、温泉出るのか?!」
 「出るばい!な?!」
 「うん、掘れるんなら」
 頷く蛍丸の傍らで、地を見つめた大典太が首を傾げる。
 「ここまで掘ればそりゃ・・・どこでだって出るだろう、って深さだが、いいのか?」
 「ポイントさえ見つけてもらえば、あとは楽勝たい!!」
 早速工事スタッフ手配!と、こぶしを掲げる博多と拍手を送る鶴丸を見下ろして、諦め顔の二人はため息をついた。


 「・・・なーんか、また騒がしくなってない?
 今度は何よ」
 翌日、天守三階に設えた棚から冬物を取り出していた加州清光は、秋風の吹き寄せる窓から外を見下ろした。
 「温泉掘るんだってさ。
 博多が手配した業者が入って、調査とかしてるみたい」
 「温泉っ?!」
 安定の情報に、加州は目を輝かせる。
 「それいいな!
 美肌効果とかあるやつ?!」
 「知らないよ。
 それはまだ、博多だって知らないんじゃない?」
 調査結果待ち、と苦笑しつつ、安定は冬の羽織を畳紙(たとうし)から取り出した。
 「樟脳臭い・・・!
 これも虫干ししちゃお」
 衣文掛けを通し、見上げた竿には既に多くの着物が掛かっていて、中々隙間が見つからない。
 「・・・三条の着物って、質も量もすごいね、小狐丸さん」
 全部絹だ、と感心する安定に、小狐丸が微笑んだ。
 「我らが生まれたのはまだ、木綿(もめん)のない時代でございますからな」
 貴人の衣装としては、これしかなかったのだと言う小狐丸に、加州も頷く。
 「手入れ大変そうだよねー。
 兼さんの頃には、うーる?も入ってたんだっけ?」
 「うーる??」
 なんだっけ、と呟いた安定が、はたと手を叩いた。
 「あぁ、羊毛か!
 主が冬に着てるのでしょ?
 あれは・・・兼さんも知らないんじゃない?」
 あったかいのかな、と見やった小狐丸は、畳紙から出した狩衣を広げながら、くすりと笑う。
 「絹よりは暖かいそうですが、裏地を付けなければ着心地が悪いとおっしゃってましたよ」
 ひんやりとした布を手の上に滑らせると、秋の日差しに紗綾の地紋が浮かび上がった。
 「・・・きれいだよね、三日月の」
 「うん。
 さすが、日本古来の伝統模様ってところかな」
 「・・・伝統伝統とおっしゃいますが」
 感心する二人に、小狐丸は苦笑する。
 「三日月殿の御衣装は礼装ではなく、平素の物でありますよ。
 地紋の紗綾型も、元は異国から来た文様の意匠化ですし・・・今世風に言うならば、デニムにロゴTと言った所でしょうか」
 「マジで?!」
 「なにそれ、いきなり三日月さんの格が落ちちゃったんだけど!」
 よりによって、小狐丸の口から似つかわしくない言葉が出たことも衝撃だった。
 「・・・あーでも!
 み・・・三日月さんって、剣技や文芸に長けてるだけじゃなくて、勉強熱心でもあったんだね!」
 自分の中で崩壊しそうな天下五剣のイメージを再構築すべく、安定が引きつった笑みを浮かべる。
 「勉強?なんかやってた?」
 記憶にない、と言う加州の袖を、安定は強く引いた。
 「ホラ!
 数珠丸さんに経典の講釈してもらうんだって、嬉しそうに予習してたじゃない!
 俺達、般若心経もちゃんと読めるか怪しいのに!ね?!」
 「あーねー・・・。
 ・・・いや、般若心経くらい、俺らもさ」
 「すごいよね!!」
 加州の口を塞ぐようにして畳み掛けた安定に、小狐丸がくすくすと笑いだす。
 「我らが生まれた頃は、寺が美貌の僧侶を集めて読経会などを催しておりまして」
 「え・・・?」
 「坊さんにビジュアルとか関係あんの?」
 唖然とする安定と訝しげな加州に、小狐丸は頷いた。
 「関係ありますとも。
 そうやって貴族の方々を集めて、お布施をいただいていたのですからね」
 ですから、と、小狐丸は笑いだす。
 「数珠丸殿の講釈も、そう気難しい勉学というわけではありませぬよ。
 これも今世風に言うならば、『美貌系演者』の『らいぶ』のようなものかと」
 言った途端、安定が蒼い顔をして頭を抱えた。
 「・・・待って、小狐丸さん。
 今、俺の脳内で、ビジュアル系バンドのライブT着てサイリウム振ってる三日月さんがイメージされちゃって、ダメージはんぱないんだけど・・・!」
 「正しいですよ」
 「そうなのっ?!
 あの人、振るより振られる方じゃん!」
 「そういうことじゃないよ!!」
 見当違いのことを言う加州に、安定が鋭く突っ込む。
 「そうなんだよ、そうじゃなくて・・・!
 天下五剣がそんなに気安いカンジでいいの、ってことだよ!」
 いいはずがない、と迫る安定にしかし、小狐丸は微笑んで首を振った。
 「よいのですよ、気安くて。
 当時と今とでは、娯楽の類が違ったという、それだけのことです。
 天下五剣であるとか、平安刀であるとか、そのようなことで三日月殿や我らに隔意をお持ちくださるな」
 「え・・・いや・・・・・・」
 「隔意とか・・・そんなんじゃないんだけどさ・・・・・・」
 しかし、日本刀としては最も古い三日月とその一族に対して、遠慮がなかったとは言えない。
 「今代の歌舞音曲もまた、楽しいものと思っておりますよ。
 今度、お二人がお楽しみの舞も教えてくださりませ」
 にこりと笑った小狐丸に、加州が顔を引き攣らせた。
 「・・・・・・っいや!それは!」
 「すみません、勘弁してください・・・!」
 まさかアイドルソングを真似して遊んでいた事がばれたのかと、二人して蒼褪める。
 と、
 「おや、お二人とも愛らしゅうございましたよ?
 なんでしたか・・・きーみは 誰と キ・・・♪」
 「やめてええええええええええええええ!!!!」
 小狐丸の歌を慌てて遮り、二人して土下座した。
 「この件は誰にも!!」
 「誰にも言わないで!!」
 「私は申しませんが・・・」
 くすくすと、小狐丸が笑い出す。
 「共にご覧になった数珠丸殿が、『お若いお二人が五節の舞姫の神楽を学んでおられる』といたく感心されて、三日月殿にお話しなさったそうで」
 「いつの間にいいいいいいいいいいいいい!!!!」
 真っ赤になった顔を覆う二人に、小狐丸はこくこくと頷いた。
 「仲がよろしいのはよいことです」
 それに、と、頭上で翻る衣装の数々を見上げる。
 「お二人の熱で、湿気も飛びそうでございまするな」
 衣替えにはいい日だったと、小狐丸は満足げに頷いた。


 「・・・なんか、上からすごい声してなぁい?」
 「いつもの二人でしょう。騒がしいことです」
 弟の問いに愛想なく応えた太郎太刀は、天守一階の手入れ場で、自身の大太刀をじっくりと見つめた。
 「狭い自室では、明かりが足りずに曇りを見逃すこともありましたが・・・ここはよいですね」
 「狭いっても、アタシらはだいぶ広い部屋もらってるんだけどね。
 ね?兄貴v
 やーっぱ、手入れ場もらってよかったでしょ?ね?」
 誉めろ!とねだる次郎太刀に、太郎太刀はくすりと笑う。
 「えぇ。よくやりましたね、次郎」
 「えー?それだけぇ?ご褒美はぁ?」
 「酒なら自分で買いなさい」
 軽く吐息した太郎は、視線を横へ流した。
 「蛍丸。
 いつまでぐずっているのですか。
 そろそろ終えなければ、槍が手入れに来ますよ」
 「・・・・・・・・・ぐずってなんかない」
 とは言ったものの、石切丸の膝に顔をうずめた蛍丸の声は、ほとんど涙声だ。
 慰めるように頭を撫でてくれる手の下で、しゃくりあげてしまった。
 「あーぁ。
 大太刀なのに短刀ちゃんに泣かされるなんて、情けないぞーぅv
 「ちがうもんっ!!
 国行に笑われたことが悔しいんだもんっ!!」
 次郎のからかい口調に飛び起きた蛍丸は、ぱんぱんに頬を膨らませる。
 「ぷ・・・ぷりんを取られて、泣きながら追いかけるなんてお子ちゃまだ、って笑われて・・・!」
 「お子ちゃまじゃん」
 「お子様ですね」
 「うるさい!!」
 からかう次郎と冷静な太郎に怒鳴った蛍丸は、また石切丸の膝に顔をうずめた。
 「なんだよっ!!国行なんて俺より弱いくせに・・・!!」
 悔しげに足をばたつかせる蛍丸を見下ろし、石切丸が微笑む。
 「明石さんが弱いかどうかはさておいて」
 ひょい、と抱き上げた蛍丸を膝に乗せた。
 「博多は仕事熱心が行き過ぎただけなのだから、許してあげてはどうかな?」
 「イーヤーだー!」
 ぶんぶんと首を振る蛍丸に、太郎が肩をすくめる。
 「駄々っ子ですか」
 「駄々っ子だねぇv
 「うるさい!
 たろじろうるさい!!」
 「おぉ、今日も賑やかだなぁ、大太刀は」
 蛍丸の大声に笑う御手杵の姿に、太郎が腰を浮かせた。
 「長居してしまったようですね」
 「あ、いいんだ、太郎。
 俺は蛍丸を迎えに来ただけだから」
 手を上げて太郎を制した御手杵を、蛍丸が見上げる。
 「なに?出陣?」
 「もちろん。
 お前昨日、主に泣きついたそうじゃないか。
 だったら主が、そのままにしておくはずないだろ?」
 その言葉に、蛍丸の頬が膨らんだ。
 「そら、行っておいで」
 石切丸が笑って抱え上げた蛍丸を、御手杵が受け取る。
 「俺まだ、セルフメンテの途中なんだけど!」
 せめてもの抗議を、御手杵は笑い飛ばした。
 「博多も、別件で忙しいのに出陣なんだぞ。
 さっさと終わらせなかったお前に言う資格はないなぁ」
 反論できず、むくれてしまった蛍丸を抱えた御手杵は、石切丸が渡してくれた大太刀をも受け取って天守を出る。
 「・・・今日はどこだよ」
 「厚樫ピクニック♪
 博多には辛い戦場だから、お前、ちゃんと助けてやれよ?」
 「やーだねっ!!」
 舌を出した蛍丸は、御手杵に抱えられたまま合流した博多にも舌を出した。
 「お前のせいで、国行に笑われたんだからな!」
 「お子ちゃまみたいに抱っこされとりゃ、笑わるーとも当然たい」
 「なにー!!」
 「ホラホラ、やめやめ」
 じたじたと暴れて博多に蹴りを食らわせようとする蛍丸を、御手杵が小脇に抱える。
 「下ろせ!殴ってやる!!」
 「やめろって。
 博多も挑発すんな」
 「そうだそうだ。
 博多、こっち来な」
 ひょい、と抱えられ、日本号の肩に載せられた博多は、あまりの高さに慌ててしがみついた。
 「ちょっ・・・高すぎばい!おろしぃ!!」
 「いいじゃねぇか。蛍丸より高いぜ?」
 日本号の肩に乗っていると、御手杵の小脇に抱えられた蛍丸がはるか下に見える。
 「あ、ほんとやん。
 やーい!」
 「御手杵えええええええええええええ!!!!」
 煽られて絶叫した蛍丸に、御手杵は苦笑した。
 「下ろすのか?」
 「違う!!」
 「・・・うるさいね、お前は」
 肩車をしてやった蛍丸は、日本号の肩に乗った博多に掴みかかろうとする。
 が、面倒な喧嘩などさせるはずのない御手杵が距離を置いてしまった。
 「離れるなよ!もっと寄って!!」
 「だーかーらー。
 ケンカすんなっての」
 ため息をついた御手杵の背に、妙にのんきな声がかかる。
 「おーおー、騎馬戦ですか?
 蛍丸は元気やなぁv
 「くーにーゆーきー!!!!」
 「ぅあいてっ!!」
 御手杵の頭を飛び越えた蛍丸が、明石に蹴りを食らわせた。
 「なっ・・・なにすんのや、突然・・・!」
 「うるさいっ!!」
 蛍丸が、怒った猫のように目を吊り上げる。
 「国行のせいで、たろじろにからかわれたんだからっ!
 そんで!
 国行に笑われたのは博多のせいっ!」
 「しつこかねぇ。
 やけん、肥後の田舎もんはあかぬけんっちゃん」
 「お前えええええええええ!!!!」
 「ぐはっ!!
 蛍丸!俺を蹴るな!!」
 日本号の抗議を無視して、蛍丸は舌を出す博多を見上げた。
 「降りて来い、こらああああ!!!!」
 「やなこつばい!んべー!!」
 「うるさい」
 「ぎゃふっ!!
 〜〜〜〜長谷部!舌噛んだろうが!!」
 頭をはたいた長谷部は、抗議する博多をじろりと睨む。
 「黙れ、博多。
 蛍丸は落ち着け。
 主命を伝える」
 と、彼は姿勢を正した。
 「今回の戦場は厚樫山だ。
 短刀の博多には辛い場所だが、協力して事に当たるようにとの仰せだ。
 更に」
 一旦言葉を切った長谷部は、一同を見回す。
 「全員無傷で戻って来られたら、ご褒美をあげよう、との仰せだ」
 「全員無傷・・・か」
 「俺らは可能だろうが、博多はなぁ・・・」
 顔を見合わせる槍達の下で、蛍丸が舌を出した。
 「よわっちぃからね!」
 「なんやとこら!」
 掴み合いの喧嘩を始めようとする博多と蛍丸の間に、明石が割って入る。
 「蛍丸、いけずせんと、仲ようしぃ」
 「うっさい国行!うっさい!!」
 「んもー・・・」
 ヒステリックに喚く蛍丸の頭を、明石はわしゃわしゃと撫でた。
 「笑った言うたかて、馬鹿にしたんとちゃうで?
 蛍丸があんまりかわええから、えらい和んだわぁって話やんかv
 「そんなに好きなら褒美はぷりんにでもしてもらえ」
 子供扱いする明石と小馬鹿にする長谷部に、蛍丸のこめかみが引きつる。
 「・・・わかった。
 俺が全員無傷で帰してやるから、その時は!」
 びしぃっ!と、蛍丸の小さな指が博多を指した。
 「2週間、お前のおやつは俺のもんだ!」
 「なにぃ?!」
 なんで俺の!と、抗議する博多の肩を、長谷部が叩く。
 「お前への褒美は金子だそうだぞ」
 「喜んで!」
 「・・・現金だな、相変わらず」
 一瞬で態度を変えた博多に、日本号が苦笑した。
 「ちなみに、日本号には入手困難な某大吟醸一樽、御手杵にはゲーム『怪物狩人』の新着レア武器、明石には有給休暇3日だそうだ」
 「がんばりますっ!」
 全員が、敬礼せんばかりに声を揃える。
 「怪物狩人のレア武器かーv
 脇差兄弟と狩りに行くのが楽しみだなーv
 わくわくと目を輝かせる御手杵に、日本号が吹き出した。
 「ゲームなんざ、なにが面白いのかねぇ・・・。
 ま、俺はうまい酒を独り占めだv
 長谷部は何をもらうんだ?」
 「俺は・・・!」
 にやりと、長谷部は口の端を曲げる。
 「小狐丸が衣替えで忙しい間、主の近侍を務める!」
 「あー・・・そりゃよかったなー・・・・・・」
 なにが嬉しいんだか、と言う思いは口に出さず、日本号は自身の槍を担いだ。
 「んじゃ、とっとと行って、帰ってこようぜ。
 褒美が楽しみだ♪」
 「せやなv
 さぁさ、蛍丸v
 帰ったら、たくさん遊ぼうなーv
 上機嫌で蛍丸の背中を押す明石に、御手杵が吹き出す。
 「みんな、褒美貰う気満々だな」
 俺もだけど、と、頬を緩めた。
 「新エリア、レア武器がないとつらいんだよなー。
 ようやく突破できるぜ!」
 既にゲームにさえ勝った気でいる御手杵も、嬉しげな一行に意気揚々とついて行った。


 「・・・相変わらず、主くんは人を釣るのがうまいなぁ」
 大騒ぎして戦場に向う一行を、やや離れた場所から呆れ顔で見送った光忠は、食材を入れた籠を持ち直した。
 「釣られる方も単純すぎるけどなー」
 傍らでけらけらと笑う貞宗につられて、光忠も笑い出す。
 「なんであのメンバーか、ってのは、みっちゃんにはわかるのか?」
 この本丸に来て、まだ日の浅い貞宗の問いに、光忠は頷いた。
 「今回、喧嘩したのが蛍丸君と博多君で、蛍丸君は自分の保護者である明石君にも怒ってるんだよね。
 だからきっと、この三人を和解させよう、って言うのが主くんの目的」
 「ふむふむ」
 回廊を厨房へと向かう光忠について行きながら、貞宗が頷く。
 「本来なら明石君は蛍丸君の絶対的な味方なんだけど、今はその彼に怒ってるんだから、完全に中立で、だけどゲームのうまさで子供達に人気の御手杵君をケアに入れたんだろうな。
 温厚で子供に慣れた彼なら、機嫌の悪い蛍丸君をうまくなだめて、しかも明石君に嫉妬されすぎない」
 「その、嫉妬されすぎないってすごいスキルだよな・・・いいお兄さんってこと?」
 聞き慣れない言葉に首を傾げると、光忠は笑って頷いた。
 「うん。
 きっと貞ちゃんも、彼と協力系ゲームやると大好きになると思うよ。
 鯰尾君だけでなく、骨喰君まで懐いているからね」
 なのに一期さんに嫉妬されてない、と言う情報に貞宗は目を剥く。
 「あの、弟フェチの一期一振に嫉妬されない・・・だって・・・?!」
 「フェチって・・・。
 でもまぁ、いつも弟の遊び相手をしてくれてありがとうって、お中元とお歳暮をもらったらしいよ」
 おすそ分けしてもらった、と笑う光忠の袖を、軽く引いた。
 「ちなみに・・・なに?」
 「南蛮菓子。
 貞ちゃんもお茶うけにいただいたでしょ?」
 「あぁ、あの!クッキーがうまかったなぁ」
 またもらえるかな、と楽しみにしつつ、光忠を見上げる。
 「じゃ、他の二人はなんで選ばれてんの?」
 「日本号さんと長谷部君は、博多君と同じ黒田組」
 その言葉で、貞宗は事情を察した。
 「博多が一人ぼっちは可哀想だもんなぁ」
 仲間同士、かばいあわなきゃ、と、自身に重ね合わせる彼に、光忠は苦笑する。
 「うちの場合は確かにそうなんだけど、黒田組はあんまり仲は良くないかなぁ。
 博多君はそれなりにうまくやっているけど、日本号さんと長谷部君は気が合わないみたい。
 でもあえて入れてるのは、博多君を認めてるけど味方はしすぎない日本号さんと、身内にも厳しい長谷部君を入れて、今回やりすぎた博多君が蛍丸君にちゃんと許してもらえるよう、しこりをなくす考えだろうね」
 「へー・・・・・・」
 ちゃんと考えてるんだと、感心した貞宗はふと、気づいて瞬いた。
 「博多は自分の仕事しただけだろ?
 だったら・・・一番謝んなきゃなのは、面白がって煽った鶴なんじゃ」
 「・・・鶴さんが入ったら、まとまるものもまとまらなくなるでしょ」
 危険物、ダメ、絶対・・・と、乾いた声を上げる光忠に、深く頷く。
 「あー・・・それよりさ」
 話を変えようと、厨房に入った貞宗は、光忠が作業台に置いた食材を見下ろした。
 「いいブリが手に入ってよかったじゃん!
 照り焼きにすんの?」
 天守の備蓄庫から取ってきた醤油とみりんを置く貞宗に、光忠は小首を傾げる。
 「僕はそのつもりだったんだけど、主くんが『いいブリなら刺身にしてくれ』って言うから、そうするよ」
 「あれ?
 じゃあ、みりんは?」
 「いくら主くんでも、一尾全部は食べないよ」
 くすくすと笑う光忠に貞宗も笑い出した。
 「そりゃそうか!
 じゃ、俺は照り焼きがいいなー!」
 「オーケィ。
 さっきのご一行が戻ってきたら、お昼は海鮮丼にしてあげようかな。
 九州勢はブリが好きだそうだし」
 「へー。そうなんだ」
 言った途端、貞宗は眉根を寄せる。
 「あいつら・・・なんでタレみたいな甘い醤油で刺身が食えるの?」
 「知らないよ、彼らの嗜好なんて!」
 途端に不機嫌になった光忠に、貞宗は苦笑した。
 「みっちゃんの料理に砂糖醤油つけた時は驚いたぜ!」
 いい魚だったのに、と言う彼に光忠は何度も頷く。
 「彼らにとっては、あれは普通の醤油だそうだよ。
 ・・・そう言えば、主くんが『刺身醤油がない』って、わざわざマイ醤油を買ってきてたな」
 「ふーん。
 それも甘いのかな」
 「そうじゃないかな。
 一見、タレ以外の何物にも見えなかったけど。
 それ以来、お刺身を出す時はお醤油を添えなくていいから、って言われたんで、そうして・・・」
 ふと、言葉を切った光忠を見上げ、貞宗はにんまりと笑った。
 「みっちゃん・・・。
 ちょーっと、鶴みたいなこと、考えちゃった?」
 「え?!なに言ってんの、貞ちゃん?!
 僕は・・・!」
 慌てる光忠にくすくすと笑って、貞宗はボウルに醤油とみりん、そして大量の砂糖を入れ、混ぜ合わせる。
 「みっちゃんは、ブリの照り焼きを作ってただけな♪
 余ったタレを保存しようとして、間違えて九州勢用の醤油差しに入れちゃった、ってことにすりゃいいじゃんv
 「貞ちゃん・・・・・・!」
 「俺ら用には、酒で伸ばせばそんなに甘くないだろ?」
 完璧!と、親指を立てる彼を、思わず抱きしめた。
 「そんな貞ちゃんが大好き!!」
 「だよなーv 知ってるーv
 自信満々に言って貞宗は、嬉しげに笑う。
 「こんだけ砂糖入れりゃ、いくらあいつらでも目ぇ丸くするだろ!
 連中が驚くところ、こっそり覗いちゃおうぜーv
 「鶴さんには秘密だよv
 おおごとになるからと、光忠も楽しげな笑声をあげた。
 その時、
 「燭台切、ちょっといいかな。
 あぁ、太鼓鐘もいたか。ちょうどいい」
 暖簾をくぐって入って来た歌仙に、二人して飛び上がる。
 「どうかしたかい?」
 「いっ・・・いや?!なんでもないぜ?!」
 「今日はブリの照り焼きを作ろうって、タレを調合してただけさ!」
 ね?!と、わざとらしい笑みを交わす貞宗と光忠を不思議そうに見やったものの、歌仙はそれ以上何も言わず、手にした紙片を差し出した。
 「もう博多から聞いたかもしれないけど、本丸の一部を温泉宿にする計画があるんだ」
 「あ・・・うん!
 昨日、大演説してもらったよ!」
 できるだけ平静を装って、光忠は歌仙が差し出した紙片を受け取る。
 「えーっと・・・あぁ、料理の件か。
 部屋での夕食と朝食をつけた1泊コース限定・・・まぁ、温泉宿にすると言っても、ここは観光地じゃないしね。
 妥当なコースじゃないかな。
 メインはお肉かお魚を選べるようにして、季節を感じる旬の食材でおもてなしか。
 いいよ、僕が担当する」
 頷いた光忠に、しかし、歌仙は眉根を寄せた。
 「迷惑なら断ってくれてもいいんだよ?
 君にはいつもみんなの食事を作ってもらってるし、主も温泉には乗り気だったんだけど、君にこれ以上の負担を強いるならやめておこうと・・・」
 「あ、それで先に話しに来てくれたんだ?」
 傍らで紙片を覗いていた貞宗が、にこりと笑う。
 「大丈夫大丈夫!
 今は俺もいるし、何人分か増えたって、あんまりかわんないさ!」
 「そうなったらもちろん、僕も手伝うよ」
 ほっとした様子で、歌仙は貞宗に微笑んだ。
 「そして実は、太鼓鐘にもやってほしいことがあるんだ」
 「俺?なんだろう」
 瞬く彼に、歌仙は苦笑する。
 「仲居さん」
 「あぁ、短刀がやるってこと?」
 小回りが利くため、配膳などは今も、人数の多い粟田口の短刀達がやっていた。
 「いいぜ!お客さんを派手に盛り上げればいいんだろ?」
 「ちょっと・・・違うかな」
 言い淀んだ歌仙に、光忠が頷く。
 「わかった。
 お客さんも審神者だから、まだ会ったことがない刀に会いたい、ってことだね!」
 「それ」
 我が意を得たりと、歌仙も頷いた。
 「主は『客のにーずに応える』と言って、予約の時点で『おもてなしして欲しい刀』の希望を承るそうだよ。
 二人までは無料、三人からは有料だって」
 「・・・接待業まで始めるのか」
 呆れる貞宗の隣で、光忠が苦笑する。
 「二人、っていうのはお客さんの希望と言うより、こちらの都合だね。
 一人でお客あしらいのできる刀なんて、あんまりいないし」
 「できるだけ最悪の組み合わせにならないよう、サポート要員はこちらで決めることも検討中だそうだよ。
 三日月殿と鶯丸殿なんて選択をされたら、お客さんがお世話をする羽目になるからね。
 それに、鶴丸や亀甲なんかの危ない系を選んだお客さんには、『なにがあっても我が本丸は責任を取らない』って文言を入れた誓約書を書かせるみたい」
 「用意周到だな!!」
 声を揃えた二人に歌仙は笑い出した。
 「それくらいは用心しないと、かえって損することになるからね」
 「イヤしかし、危険度頂点だと思ってた亀と並べられるなんて、うちの鶴も大したもんだよな、みっちゃん」
 「そうだね・・・ってそこ、感心するところじゃないよね、貞ちゃん」
 鶴亀が不祝儀に、と笑う二人に、歌仙は呆れる。
 「僕としては、あの鶴丸を御してしまう燭台切の方が大したものだと思うけどね」
 「そうかな?」
 「俺も、みっちゃんはすごいと思うぜ!」
 「僕も、君になら任せて安心だと思えるよ」
 我ながら珍しいと思いつつ、それは歌仙の本心からの言葉だった。
 「じゃあ、正式決定はまだ先だけど、頭には入れておいてね」
 「オーケィ」
 「任せとけ!」
 良い返事をもらって、満足げに出て行った歌仙を見送った二人は作業台へと向き直る。
 「おもてなし料理かぁ・・・!政宗公を思い出すよな、みっちゃん!」
 「うん。
 いつも『一品だけでも自分で料理すれば、他人の苦労に思い至ってありがたく頂くことができる』とおっしゃっては、毎日の献立に気を配っていた方だし、お客様ともなればそれこそ先頭に立ってお料理されてたからね。
 なんだか楽しみが増えたなぁ・・・!」
 迷惑どころか、こちらからお願いしたい仕事だと、嬉しそうな光忠を見て、貞宗も嬉しそうに笑った。
 「ここの畑には旬の食材もたくさんあるから、組み合わせるのが楽しみだな!
 審神者のお客さんなら、洋食でもいいんだろ?」
 「そうか!そうだよね!
 お客さん向けなら、和食派のお年寄り太刀から文句言われないねぇ!」
 新レシピが試せると、二人してはしゃぎ声を上げる。
 「いつ来るんだろうなぁ!
 今のうちに、新レシピ試しとく?
 じいさん達は無理でも、伽羅や鶴はきっと食うぜ?短刀達も!」
 「いいね!
 じゃあ、短刀君達のお昼は、洋食にしてあげようかなぁ!
 貞ちゃん、食糧庫から小麦粉取ってきてくれる?」
 「おうよ!」
 テンションの上がった二人はいたずらのことなどすっかり忘れ、全く悪気なく、合わせたばかりのタレを醤油差しに移して棚に仕舞った。


 「・・・冷蔵庫、増やすと電源落ちそうだなぁ。
 もっと大きいのが欲しいなぁ」
 捌いたブリが冷蔵庫に入りきらず、光忠が困惑していると、短刀達が昼の食器を下げて来た。
 「燭台切さん、ごちそうさまでした!」
 「かるぼなら?すごく・・・おいしかったです・・・!」
 ちんまりと一礼した秋田と五虎退に、光忠は嬉しげに微笑む。
 「気に入ってくれてよかったよ」
 「また作ってください!
 ・・・あ、置く場所ないですね」
 配膳棚から食器を下ろそうとした秋田は、作業台に並べられた皿や器に困惑した。
 「あぁ、いいよいいよ。棚に入れたままにしておいて。
 そろそろ遠征や出陣から帰ってくるから、どんどん出していくし」
 「だったら、博多くんたちがさっき、かえってきましたよ・・・?」
 遠慮がちに言いつつ、五虎退は嬉しげに頬を染める。
 「博多くん・・・蛍丸くんとなかなおりしたみたいです・・・よかった・・・」
 「へぇ。
 それは主くん、ナイスコーディネートだったね」
 「でもあれは、博多が悪いんですよ。
 仕事になると、周りを見なくなるんだから。
 変に大義名分掲げてないで、素直にごめんなさいすれば、あんなに怒らせたりしませんでした」
 厳しい秋田に、五虎退は困惑げに首をすくめた。
 「まぁまぁ、仲直りしたならいいじゃない。
 じゃ、お昼持ってってあげようかな」
 膳を用意する光忠に、二人が歩み寄る。
 「僕たち、持っていきますよ!」
 「お手伝いします・・・」
 「ありがとう、助かるよ」
 しかしさすがに六人分を二人で運ぶのは・・・と考えていると、向こうからやってきた。
 「光忠、俺の分の昼、もらってっていいか?
 今から鯰尾達と一狩り行くんだ♪」
 「すまん、燭台切。俺の分ももらって行く。
 報告がてら主とv
 主とご一緒させていただくv
 嬉しげな御手杵と長谷部の姿に、光忠は大きく頷く。
 「あー・・・。
 そう言えば、ご褒美はレア武器と近侍だったっけ」
 と言うことは厚樫山から無傷で戻って来たのかと、光忠は感心した。
 「御座所に行くんなら、長谷部君にはお醤油いらないね。
 御手杵君、畳の上に食べこぼさないでよね」
 「わかってるって♪」
 笑って膳を受け取った御手杵の後ろから、鯰尾と骨喰が駆け入ってくる。
 「御手杵!早く早く!!」
 「一狩り行こう」
 「おう!
 伽羅は?もう来てんのか?」
 御手杵の問いに、二人はこくこくと頷いた。
 「とっくだよ!」
 「新エリア・・・三人でやって抜けられなかった。お前のレア武器が頼りなんだ」
 「よーし!任せとけ!」
 暖簾をめくって待つ二人の間を抜けた御手杵の背を、光忠は丸くなった目で見送る。
 「伽羅ちゃんまで懐いたの?!」
 信じられない、と驚く彼を、秋田と五虎退が笑って見上げた。
 「とっく、ですよ!」
 「兄さんたち・・・いつも輪になってあそんでます」
 「へー・・・・・・」
 伊達刀以外に友達はいないと思っていただけに、嬉しいような、少しさびしいような、複雑な気分になる。
 「・・・いやいや、伽羅ちゃんにお友達ができてよかったよ。
 御手杵君には、僕からもお歳暮あげなきゃ」
 うん、と頷いて、光忠は膳を重ねた。
 「大丈夫かな?持てる?」
 「二人分ずつなら平気です!」
 「はい・・・がんばります・・・!」
 「気を付けてね」
 慎重な足取りで厨房を出て行った二人を見送った光忠は、何か忘れているような・・・と、首を傾げる。
 「なんだったかな・・・」
 「みっちゃんっ!!!!」
 呟いた瞬間に飛び込んで来た貞宗に、驚いて振り返った。
 「なに?!どうかした?!」
 「伽羅がっ!!
 伽羅が粟田口の奴らと遊んでる!!槍も来た!!」
 目を真ん丸に見開いて絶叫する貞宗に、光忠も大きく頷く。
 「僕もさっき聞いて、驚いたよ!
 まさか、『群れるつもりはない』が口癖の伽羅ちゃんが、脇差君達と協力ゲームやってるなんてさ!」
 「それどころか!!」
 ぶんぶんと、貞宗は外を指す手を振った。
 「手元の画面を見たい短刀達が、背中に上って張り付いてても文句いわねーの!!
 なにあれ!誰あれ!!」
 何かとり憑いてる!と、蒼褪める貞宗を、大袈裟だとは言えない。
 それほどの大事件だった。
 「伽羅ちゃんも・・・大人になったんだよ・・・・・・!」
 隻眼に涙を滲ませる光忠に、ようやく一息ついた貞宗も頷いた。
 「そっか・・・!
 俺がいない間に、色々あったんだなぁ・・・!」
 今日は赤飯だと、涙ぐむ二人に、遠慮がちな声がかかる。
 「・・・すんまっせん。お取り込み中のところ、申し訳ないんやけど」
 「あ、明石君。なにかな?」
 ハンカチで涙を拭う二人を訝しげに見ながら、明石は食器棚を指した。
 「醤油が、九州用のやったんや。
 自分、蛍丸のことは好きですけど、九州の醤油はあんまり好きやないんで、関西用のいただけますか?」
 「あぁ、ごめんごめん。
 御手杵君がお昼取りに来たから、てっきりもう、九州勢しかいないと・・・」
 と、棚から醤油差しを取り出そうとした光忠は、その場で固まる。
 「・・・貞ちゃん。
 照り焼き用のタレ、どうしたっけ?」
 「・・・・・・・・・んあ」
 全く悪気なく、悪巧み通りのことをしてしまったと、貞宗も蒼褪めた。
 「間違えた!!
 明石!
 絶対にわざとじゃないんだ!」
 「ごめん、明石君!
 間違えて、ブリの照り焼き用のタレを九州勢の醤油差しに入れちゃった!!」
 「あ?
 へぇ・・・いや、でも・・・」
 二人の慌てぶりとは逆に、妙に落ち着いた様子で明石は首を振る。
 「問題ないんとちゃいますか?
 自分が九州のん好きやないから、蛍丸に醤油差しに入ったのが九州のもんか確認してもろたんですけど、甘うないから普通のお醤油や。主はんから刺身醤油借りてきて言うて、博多はんを使いに出しましたえ」
 「え・・・・・・?」
 「あれが・・・甘くない・・・だと・・・?!」
 タレだぞ、と、詰め寄る貞宗に、明石は困り顔になった。
 「そんなこと言うたかて・・・蛍丸達の言う刺身醤油って、ほんま砂糖ですやん。
 一切れ食べさせてもろうたことありますけど、なんや別の世界が見えましたわ」
 たこ焼きが食べられる、と、呆れ笑いする明石に関西の醤油を押し付けた光忠が厨房を飛び出し、貞宗も後に続いた。
 「お邪魔するよ!!!!」
 食事中の部屋に飛び込み、卓上の醤油を取り上げる。
 「な・・・なんか、いきなり来てからくさ」
 「びっくりした・・・」
 目を丸くする博多と蛍丸を無視して、主が自ら仕入れたと言う醤油の裏面を見つめた。
 「醤油の材料がどうかしたか?」
 刺身を酒のつまみにしていた日本号が問うと、光忠と貞宗は揃ってため息をつく。
 「水飴って・・・・・・!」
 「醤油だろ・・・?
 なんで原材料に堂々と、砂糖・水飴なんだ・・・?!
 みりんとかつお出汁はまだ許せるけど、砂糖と水飴のコンボってなんだよ!!」
 こぶしを震わせる貞宗の前で、博多と蛍丸が不思議そうな顔を見合わせた。
 「普通やろ」
 「お醤油は甘い、刺身醤油はもっと甘い」
 「お魚さんに謝れえええええええええええええええええ!!!!」
 見事に揃った声に、二人はむっと眉根を寄せる。
 「ぬるい太平洋で育った肥満魚のことなんか知らないよ!」
 「玄界灘の荒波で引き締った魚やけん、甘い醤油がうまかっちゃん!」
 ねー?!と、二人は今朝まで喧嘩していたとは思えない仲の良さで頷きあった。
 「・・・さすが、サバを生で食える奴ら!
 俺らとは身体の出来が違うぜ!」
 「太鼓鐘、それ、馬鹿にしてんだろ」
 サバの種類が違うわ、と、日本号までもがムッとする。
 「おい燭台切、三日月のじいさんに言われたろ。
 日本にゃ昔っから、土地に根付いた食があるんだから、話題にするのは危険だって」
 「そうそう、お砂糖、なかったんだよね、そっちには?」
 「かわいそかっちゃけん、言うたらいかんとよ、蛍」
 くすくすと笑う二人に今度は光忠達がムッとした。
 そこへようやく、明石が戻ってくる。
 「なんや、またやっとるん?」
 懲りんこっちゃと、笑い出した。
 「醤油いっこでこないケンカできるんやから、平和なこっちゃ。
 燭台切はん、味噌でも苦労しはってますからなぁ」
 すんません、と、自覚のあるらしい明石に謝られ、苦笑する。
 「・・・わかったよ。
 意地悪しようとしたのは、こっちが先だし」
 「いじわる?」
 全く気付いていない彼らは、きょとん、と首を傾げた。
 「えーっと・・・。
 わざとじゃないんだけど、間違えて照り焼き用のタレを醤油差しに入れちゃったんだ」
 「わざとじゃないぞ。
 タレ作ってる時に、歌仙におもてなし料理の話持ってこられてさ。ついうっかり」
 と言うことにしておこうと、二人は息の合ったコンビネーションで話を合わせる。
 「なんだ、そうなんだ」
 「どうりでしょっぱか思うたばい。
 砂糖が足りんかったっちゃな」
 「お前ら本当に・・・いや、なんでもない」
 もう言うのはやめようと、諦めた貞宗に日本号が笑い出した。
 「博多、強力な助っ人登場じゃねぇか。
 こいつらの料理なら、もてなしに充分だろ」
 「そやね」
 頷いた博多が、箸を置いて親指を立てる。

 「温泉とおいしい料理でおもてなし!お城に泊まれる贅沢ツアー!
 仲居にはお好きな男士をお選びいただけます。
 ご予約受付中!」

 「・・・誰に言ってんの、それ」
 「僕らにまで宣伝しないでよね」
 呆れる貞宗と光忠に、蛍丸も頷いた。
 「温泉だって特定したの、俺と大典太なんだから。
 ちゃんと入湯税払いなよ」
 「とるんか!!」 
 「とるよ!当たり前でしょ!」
 目を剥く博多に、蛍丸が大声を出す。
 「もう、主には言ったから!むしろ、主の方から言われたから!」
 博多の所業を言いつけた時に、と、蛍丸は鼻を鳴らした。
 「やけんきさん、今回のご褒美はおやつでいいとか言いよったん?!」
 「今気づいたの?まっぬけー!」
 「もうおやつやらやらんー!!」
 「約束だろぉ!!」
 ぎゃあぎゃあと喚きあう二人を、日本号と明石がそれぞれ抱えて引き離す。
 「・・・もう一回、出陣かな?」
 「・・・しらねーよ、もう」
 小首を傾げる光忠の隣で、貞宗が乾いた声をあげた。


 ―――― ご予約、お待ち申し上げております。




 了




 










刀剣SSその11です。
11作めにして初めて、三日月本人が出ませんでした(笑)>いないところで色々言われてますがw
これはうちの鶴がやたら穴ほってるのは温泉探してるからじゃないか、って話から始まったSSです(笑)
花丸も始まって、各刀の呼び方が公式発表されたので、ちょこちょこ変えてます。
文語の所では、私の趣味の呼び方ですが(笑)>貞ちゃんを『太鼓鐘』でなく『貞宗』にしたり。
物吉くんや亀甲はともかく、太鼓鐘って打ちにくいんだ。>そんな理由かいw
しかし、もらった天守と御殿で満足できずに、城郭化したり温泉掘ったり、なんでこういうことばっか思いつくかなぁと考えて・・・そうか、幻想水滸伝だ!(笑)
長年、プレイヤーでしたからね(笑)
城と仲間集めときたら、増築&改築&城レベルを上げて、イベント全部こなすのが城主でしたから(笑)
今は城レベル3くらいでしょうか(笑)
鍛冶屋と道具屋、音職人と窓職人(景趣)は既にいて、今回風呂職人を手に入れたから、次はどの職人だったか・・・。>なにがだw
そしてまた九州醤油をディスってますが(笑)
私がいつも使ってる刺し身醤油が砂糖と水飴のコンボなのは本当です!(キリッ)
みりんと鰹だしも入ってます。
刺身醤油がない時は、普通のお醤油使ってますけどね、こっちは砂糖だけですね。物足りない。
でも、最大の謎は、製造元が静岡ってことなんだよな。
静岡も醤油甘いんですか?(笑)













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