〜 細 雪 〜






 開いた目に映ったのは、大輪の菊。
 紗綾の地紋が浮かぶ白繻子に描かれたそれは、裾へ行くにつれ紫が濃くなる袖の上で揺れていた。
 伸ばされた手は、これまでに触れたどの主よりも小さく、頼りない。
 だが・・・。
 「趣味は悪くない。実に、ね」
 自身としては最高の褒め言葉を送った新しい主は、呆れたように笑って頷いた。


 霜月も半ばを過ぎた頃。
 本丸全体がそわそわと、ざわついた雰囲気に包まれていた。
 元は主の借金返済のために企画された、本丸の一部を温泉宿として開放するという計画が、本陣の協力もあってとんとん拍子に進み、プレオープンまで間もなくと言う所まで来ていたのだ。
 「しっかし・・・本陣もよく許してくれたよねぇ・・・っと!」
 主不在の御座所で、押し入れに詰め込まれた桐の長持を下ろしてやりながら、光忠が感心した。
 「それどころかまさか、協力までしてくれるなんて思わなかったよね」
 「根回しがうまく行ったようでございまするな」
 光忠から長持を受け取った小狐丸が、畳を傷めないよう敷かれた毛氈の上にそれを下ろす。
 「この本丸を城郭化する際にも、ぬしさまはまず本陣への根回しをされて、あらゆる許可をいただいてから行う、と言うことをされましたので、大変おぼえめでたく、今回もご協力をいただけたのだとか」
 「消防と保健の立ち入り検査を受けて合格した、初めての本丸らしいよ。
 他の本丸はまず、立ち入り検査を受けようなんて発想がないだろうからね」
 長持の中から畳紙(たとうし)に包まれた衣類を取り出しつつ、歌仙が笑い出した。
 「そこは僕も誉めて欲しいな。
 保健所の厳しい検査をクリアするために、厨房のレイアウトから変えたんだから」
 「交換条件に、大きな冷蔵庫をもらったじゃないか」
 厨房も広くしてもらっただろうと、歌仙は光忠をちらりと睨む。
 「ただでさえ業務用の大きな冷蔵庫を使っていたのに、もう一台増やすために電気工事までさせたんだから、報酬としては十分じゃないのかな」
 「でもそれって、僕一人のためじゃないで・・・しょっ!」
 もう一棹(ひとさお)、と、下ろした長持を小狐丸へ渡し、光忠は踏み台から降りた。
 「みんなの食事のためなんだから、本丸の運営費で賄えてよかったじゃないか」
 「さようでございますな。
 今回は博多殿も、誉であられました」
 通常、本丸で上げた利益は本丸の運営費として計上され、主の取り分はそう多くはない。
 だが、博多はそこをうまくかいくぐり、設備投資は運営費で、旅館業の収入は主の元へと言うシステムを構築した。
 これには本陣も感心し、新たなビジネスモデルとして実験的に受け入れてくれたのだ。
 「既に我が本丸は、城郭化に関して先鞭をつけておりますからな。
 当初は『そんなことをしてどうする』と呆れておられた方々も、意外な需要に驚いておられましたし。
 更にそれを用いて商いをするとなっては、注目せざるを得ませんでしょう」
 我がことのように自慢げな小狐丸に、歌仙と光忠も嬉しげに頷いた。
 「さて・・・!
 いよいよ今週末にプレオープンだね!
 まずは、主くんのご友人方をお招きしての体験会。
 料理やおもてなし、施設についての意見を忌憚なく述べていただく予定だね。
 それを踏まえて翌週が、本陣のお偉いさん達をお招きしてのプレゼンテーション。
 運営方針や今後の展開をご説明申し上げると。
 そして師走に入ったら、本物のお客さまに来ていただく。
 もう演練では、極くん達が温泉はっぴを着て宣伝してくれているから、本陣からのお知らせとあいまって、認知度は上がっているみたいだよ」
 壁にかかった暦を見つつ、光忠がスケジュールを読み上げる。
 「演練に勝てば、お二人分の無料宿泊券を贈呈、と言う企画が当たったようでございまするよ。
 決して手は抜かず、本気の勝負とあって、お相手の方々も否応なしにご興味を惹かれましたようで」
 「審神者のさがだろうね。
 ただ配るより、実力で手に入れた方が達成感もある。
 ・・・と言うことは、お客様の中には我が本丸を負かした主殿もおいでになるということか。
 これは、おもてなしでも手加減できないね」
 くすくすと笑いながら、歌仙は畳紙から出した衣類を衣装敷きの上へ丁寧に置いた。
 「まず、勝負は三日だ。
 三着は僕が選んであげないとね!
 小狐丸、宝飾類も出してくれるかい?」
 「えぇ、こちらに」
 籃胎(らんたい)漆器の蓋を開けると、薄紙に包まれたかんざしや宝飾類が丁寧に並べてある。
 「うん、代々のものから新しいものまで揃っているね。
 物持ちのいい一族でよかった。
 ―――― では、始めるか!」
 気合十分に呟いた歌仙に呼応して、小狐丸と光忠は、長持から取り出した衣類を次々と衣装敷きの上へ並べる。
 と、
 「おや、これは懐かしい」
 並べられた着物のひとつに、歌仙は目を止めた。
 「白繻子に紫の濃淡と菊・・・ぬしさまが、本陣の公式行事の際などにお召しになるものでございますな」
 これが何か、と首を傾げる小狐丸に頷き、歌仙は目を細める。
 「この着物、主が僕を手にした時に着ていたものだよ。
 審神者就任の式典のあと・・・だったんだよね、そう言えば」
 ならば、格の高い着物を着ていて当然かと、歌仙は遠い目をして微笑んだ。
 「あの日・・・たった二人の本丸だったよ。
 本丸御殿なんて呼ぶのも恥ずかしい、小さな館で、だけど主は、嬉しそうに天守を見上げて言ったんだ。
 天守に一番必要なものはなんだか知っているか、ってね」
 「一番・・・ですか。
 遠くまで見渡せる高さ・・・でしょうか」
 自信なげな小狐丸の隣で、光忠も首を傾げる。
 「うーん・・・。
 いざと言う時に兵と武器を収納できる広さかな」
 その割には小さいか、と、御座所からよく見える天守を見上げた光忠に、歌仙は笑い出した。
 「燭台切光忠ともあろう者が、正解できないなんて意外だね。
 いいかい、天守に一番大事なのはかっこよさ。
 これは、天守建築の第一人者だった大工が記した書物の最初に書いてあるそうだよ」
 「実用性じゃないのか」
 苦笑した光忠に、歌仙は頷く。
 「僕も、同じことを言ったよ。
 そしたら主は、『天守は本丸の要にして、領民の憧れの存在。常に毅然として立ち、心身の拠り所でもある。私はそんな主でいたいな』って・・・。
 突然の所信表明に驚いたけど、まぁ、中々いいことを言うよね」
 手放しで誉めないことを雅と信じる歌仙に、小狐丸と光忠が苦笑顔を見合わせる。
 「では、三着のうち、ひとつはこちらになさいますか?」
 小狐丸の問いに、しかし、歌仙は首を振った。
 「本陣の公式行事で着ているのだから、今回お招きするほとんどのお客様には見慣れたものだろう。
 だったら別のものにしなければね」
 やや名残惜しそうに言って、歌仙は菊の着物を脇へ置いた。
 「それにしても歌仙殿、いつもはぬしさまの装いにお口出しなさいませんのに、今回はどうしたことでしょう?」
 不思議そうな小狐丸に、光忠も頷く。
 「主くん、センスは悪くないと思うよ?
 夏に着ていた、黒い紗の着物と銀の流水模様の羅の帯なんてカッコよかったな。
 襦袢の裾に描かれた、清流を泳ぐ鮎が歩く度にうっすらと見えて、思わず目を凝らしたよね」
 「えぇ、単衣の時期に着ておられた紗合わせもお見事でした。
 唐草模様の白紗の上に濃紺の紗を合わせられて、いかにもおぼろな雰囲気で」
 楽しげに笑い合う光忠と小狐丸の視線を、歌仙は手を叩いて引き付けた。
 「普段はそれでいいんだ。
 本陣への参陣も、公式行事の日以外は自由な服装を認められているからね。
 だけど!
 今回は我が本丸内にお招きしたお客様に対して、どうだ僕らの主は見事だろう!って、見せつけなきゃいけないんだよ!」
 それが本丸全体のイメージになるんだからと、歌仙はきつく眉根を寄せる。
 「なのにこんな場面で何を着るつもりか聞いてみたら、『公の場だから、紋付の色無地がいいだろうか』なんて言うんだよ。
 そんなもの即、却下だよね!」
 法事か、と、歌仙は吐き捨てた。
 「君達にも意見を聞くから、心して取り掛かるように」
 「わかったよ」
 「お任せあれ」
 強い瞳で見つめられた光忠と小狐丸が、この場に選ばれたことが光栄とばかり頷く。
 「ではまず、親しいご友人方を招いての仮開店だけど、この日はあまりかしこまっても相手が落ち着かない。
 なにしろ、忌憚なく意見を言っていただきたい場だからね。
 こちらが気合いを入れすぎては、向こうが遠慮してしまうよ。
 だから、着物は薄紅の地に紅型(びんがた)模様の附下小紋でどうだろう。
 華やかだけど意匠化された柄は少々幼くて、打ち解けた雰囲気になりそうだ」
 歌仙が衣装敷きの上に伸ばした着物の上に、小狐丸がやや暗い、赤紫色の帯を置いた。
 「では、帯はこちらになさいませんか。
 赤紫の地に意匠化された花と糸車ならば、紅型の中でも浮きませんでしょう」
 「そうだね。
 着物と帯の柄があんまり違いすぎてもね」
 頷いた光忠が、更に帯の上へ小物を置いていく。 
 「じゃ、帯揚げは山吹色の絞りを合わせよう。
 帯締めは全ての花をまとめる意図で、若草色の丸ぐけなんてどうかな。
 髪飾りは大袈裟なものじゃなく、臙脂(えんじ)と生成りの縮緬を合わせたつまみ細工の櫛を」
 普段よりは少しおしゃれな雰囲気、という具合にまとめると、三人の口元もほころんだ。
 「これはいいね。
 君達に来てもらって、本当に良かった」
 満足げに微笑んだ歌仙が、『では次に』と空の衣装盆を引き寄せる。
 「本陣を招いての宴では、我が本丸の本気を見せるよ!
 これだけの財力があるから、決して途中でコケたりはしない。
 安心して任せてほしい、って意味を込めて、一番いい装いをしてもらおう」
 「オーケィ。
 高価な衣装は桐箱の中だよね」
 光忠が白木の蓋を開け、小狐丸が特別な畳紙に包まれた衣装を取り出した。
 「白地に鶴と松の刺繍。金箔をあしらったものと、青地に四季の花を散らした加賀友禅がございますが、どちらになさいますか?」
 「あ・・・。
 その白い着物、前に鶴さんが勝手に借りて、袖切りしたものだよね」
 結局バレて、激怒された挙句にこんな場所に仕舞われたと、光忠が首をすくめる。
 「主には直近の嫌な思い出だろうから、今回は気持ちよく働いてもらうためにも青にするか。
 帯は、青海波を描いた金の丸帯でどうだい?一番豪華だ」
 苦笑した歌仙に、小狐丸が頷いた。
 「では・・・帯揚げは萌黄の綸子(りんず)に、絞りで大輪の花をあしらったもの。
 帯締めは縁起よく、金銀と五色を絡めた組紐でいかがでしょう」
 「いいね!」
 大きく頷いて、光忠は籃胎の箱から薄紙に包まれたかんざしを取り出す。
 「だったら当然、かんざしは本物の鼈甲に真珠をあしらった扇形のものだね。
 豪華に行こう!」
 「そして本番の、お客様相手だ」
 最後の衣装盆を引き寄せ、歌仙は並べられた着物を見渡した。
 「一般的な『女将』の印象として、着物はしっとりとした華やかさかな。
 だったら、淡い黄色の繻子に本紋の地紋、四季の花を描いた京友禅だろうね」
 刀剣同士はよく知った演練相手だが、主同士は初顔合わせとなる。
 できるだけくつろいでもらえるよう、柔らかな色調がいい、と言う歌仙に小狐丸が頷いた。
 「でしたら帯は、こちらの橙にいたしましょう。
 金糸の亀甲柄に銀糸の小花をあしらって、可愛らしゅうございますから」
 「柔らかく、だね」
 うん、と頷いて、光忠も小物類を見渡す。
 「じゃあ、薄紅の帯揚げ。これは縮緬(ちりめん)がいいな。
 帯締めは白に朱鷺色を差した平織にしよう。
 かんざしは琥珀で、真鍮の台に翡翠を入れた櫛と合わせるのはどうだい?」
 アールヌーボー風、と、聞き慣れない言葉を出した光忠に、歌仙と小狐丸が揃って首を傾げた。
 「あーる・・・が何かはわからないけど、いいと思うよ。
 この琥珀、異物の多い安物だと主は言っていたけれど、模様が落ち葉の吹き寄せのようで、実に雅だ。
 この日は落ち着いた雰囲気でいてもらいたいから、これにしよう」
 決まった、と、歌仙は満足げに頷いた。
 「すんなり決まってようございましたな」
 選ばれなかった衣類を元に戻しながら小狐丸が微笑むと、歌仙はほっとしたように笑みを返す。
 「あぁ、主が物持ちで助かった。
 今から呉服屋を呼びつけて、仕立て屋に出して、じゃ間に合わないところだったよ」
 それに、と、長持を元に戻す二人を見上げた。
 「趣味のいい君達が、大きくて助かった」
 自分一人では到底降ろせないと、しみじみ呟く。
 「まぁ・・・こんな所に仕舞うことになったのは、鶴さんのせいだし。
 次郎さんなら踏み台もいらなかっただろうけどね」
 そう言って笑う光忠にはしかし、すかさず首を振った。
 「我が本丸の主が傾奇者では困るんだよ。
 あくまで女将!
 今後のためにも、一時期の流行りでは終わらせないよ!」
 もしかしたら主よりも気合の入った歌仙の言葉に、二人とも気を呑まれて頷く。
 「今までは、ほんの一部の雅を解する方々だけに披露していた僕の!おもてなしが!
 いよいよ日の目を見るんだ!
 なんとしても!
 なんとしてもだ!主には頑張ってもらうよ!!」
 結局は自分のためかと、我儘な歌仙に二人は、乾いた笑声をあげた。


 「ふむ・・・袴を穿かないというのは、なんとも奇妙な気分だな。
 まだ寝間にいるような心地だ」
 御座所からやや離れた広間で、仕立て上がったばかりの着物を纏った三日月が、姿見に向かって小首を傾げた。
 「町人ならそれが普通なんだけどね。
 ・・・それにしても三日月、若旦那通り越して隠居な雰囲気だね」
 彼の傍らに両膝をついた加州が、同じ姿見を見ながら若さを感じられない三日月の雰囲気に呆れる。
 「色合わせが悪かったかな。
 着物も羽織も濃紺だし・・・帯くらい、色を変えてみよっか」
 一旦着せた羽織を脱がせた加州は、並べた細帯の上で指を躍らせた。
 「んー・・・紺の着物に臙脂の帯はいまいち。なんかダサい。
 橙って・・・笑いを取るならいいんだけど、三日月のイメージじゃないよね。
 松葉色は紺と合わせると苔っぽいな。ジジィ度が増すからダメ。
 金茶・・・うわぁ!またジジィ度が上がった!」
 「お前・・・ジジィジジィとうるさいぞ」
 合わせる度に文句を言う加州には、さすがの三日月もムッとする。
 「着物が地味だったよねぇ・・・。
 いや、柄は最上級の極毛万筋(ごくけまんすじ)なんだけど・・・三日月にはもっと華やかな方がよかったかも」
 細やかな筋の入った絹地は格も高く、天下五剣の装いとして申し分のないものだったが、一見無地にしか見えないためにどうにも地味だった。
 「んー・・・あ!
 白地に紺と薄紅の献上柄!これならいいかも!!」
 表情を明るくした加州が、三日月の帯を解いて博多帯を締めてやる。
 「よーっし!ようやくジジィから抜け出した!
 じゃ、羽織の紐も付け替えちゃおっか!
 帯を白にしたから、白よりは明るい茶系がいいかなぁ♪」
 再び羽織を着せかけられた三日月が、されるがまま姿見に向かっていると、『入るぞ』と、低い声と共に襖が開いた。
 「着物が仕立て上がったと聞いて、試着に来た。
 俺のは・・・あぁ、これか。
 前田家の菊菱模様・・・だろう?」
 衣装盆に載せられた、黒い着物に目をやった大典太が、無造作に服を脱いで着替える。
 襟元はゆったりと、腰から下はすっきりと裾すぼまりに着こなし、先ほど加州が真っ先に除けた、臙脂の地に黒の献上柄を織り込んだ博多帯をきりりと結んだ。
 「これでいいか?」
 羽織を肩にかけた大典太に、加州は思わず拍手する。
 「カッ・・・コイー!!コーディネートもめっちゃ粋じゃん!!
 大典太って、ホントに蔵入り息子だったの?!」
 どこかの遊郭に入り浸ってたんじゃ、と、とんでもない感想を漏らす加州に、大典太は軽く吐息した。
 「着物くらい、蔵に入ってたって・・・すまんと言うべきか?」
 「いいや?とんでもない」
 両袖を広げたまま、ぼんやりと立っていた三日月が、微笑んで首を振る。
 「大典太殿は体格に優れておられるから、見栄えがいたしますな」
 「無駄にでかいのはあんたもでしょ。
 もう手を下ろしていいよ」
 言われて素直に手を下ろした三日月は、姿見へ背を向けた。
 「紋は背の一つでいいのか?
 それに随分と小さいのだな」
 「あんまり格式ばったのもね。
 着物の方には紋もついてないから、普段着でいいよ、ってさ」
 最上級の極毛万筋を『普段着』と呼ぶことにやや抵抗を感じながらも、加州は再び大典太へ目をやる。
 こちらも、大大名家にしか許されない柄を纏っていながら、実に自然に着こなしていた。
 「三日月が苦労知らずの三代目若旦那なら、大典太は二代目の放蕩息子って雰囲気だね。
 数珠丸はどんな雰囲気になるんだろ!」
 わくわくと隣室へ続く襖を見遣り、加州は声を掛けた。
 「数珠丸、どうよ?一人で着られた?」
 「えぇ・・・まぁ・・・・・・」
 困惑げな声がして、そっと襖が開く。
 「あの・・・せめて、袈裟を纏うことはお許し願えませんか。
 俗世の装束は・・・その・・・・・・」
 なんとも居心地が悪いと、細く開けた襖をすり抜けるようにして入って来た数珠丸に、加州が頬を染めた。
 「美人・・・!
 けど・・・・・・!」
 濃紫の絹地に宝相華紋を入れた着物はどう見ても法衣で、彼の言う通り、羽織よりも袈裟がふさわしく見える。
 「うん・・・。
 羽織はやめて、いつもの袈裟にしよっか」
 「せっかくご用意いただきましたのに、申し訳ありません・・・・・・」
 「ううん!」
 眉尻を下げた数珠丸に、加州は慌てて首を振った。
 「けどさ、三日月はともかく、大典太と数珠丸はいつもの服でよかったんじゃないかなぁ。
 配膳の邪魔になんかならないでしょー?」
 むしろいつもの方が動きやすそうなのにと、眉根を寄せる加州の隣で、三日月も首を傾げる。
 「俺とて別に、広袖が邪魔だと思ったことなどないのだがな」
 「・・・そう思ってんのはあんただけで、結構あちこちぶつかってんですけど?
 三日月に仲居をさせるなんて、後始末の方が大変そうなのに、本陣のお偉いさんが『ぜひとも天下五剣に!』とか言い出すからさ・・・」
 大きなため息をついて、加州は立ち上がった。
 「このメンバーで、誰がサポート要員になれるんだっての。
 主も、『こんな重要な席でのチョイスが酷すぎてもう、笑うしかない』って・・・。
 大事な席だから今回は俺も歌仙達と一緒にサポートするけど、配膳とか最低限のことは練習してよねー」
 「あいわかった。
 苦労を掛けるな、加州」
 こんな時でものんきに笑う三日月にまた、加州はため息をつく。
 「じゃ、まずは膳をひっくり返さないように、歩き方から練習だよ。
 いつもの歩幅で歩いてたらコケるから気を付けてよね」
 これは本陣から与えられた試練だと、加州はのんきな面々へ向けて固くこぶしを握った。


 その頃、自室でディスプレイに表示した予約受付表を見ていた博多藤四郎は、彼の小さな背中に貼りつく兄にため息を漏らした。
 「博多、博多v
 主のご友人を招いての仮開店、私も仲居に入っていいかな?いいだろう?」
 尻尾を振ってじゃれつく犬のような兄に、博多はディスプレイを睨んだまま眉根を寄せる。
 「いち兄・・・。
 何度も言いよーけど、お客さんの希望は三池組たい。
 いち兄は呼ばれとらんとよ」
 「いいじゃないか、サポート要員だよ!」
 声を弾ませた一期一振は、更に迫った。
 「私が好きで入るのだから、もちろん、追加料金はいらないよv
 三池だけじゃ心配だよね?ね?」
 しっかりサポートするから!と、肩を揺さぶられた博多は仕方なく頷く。
 「もぉ・・・主がいいってゆったら勝手にしぃ!」
 「わーv
 歓声を上げて、一期一振は博多に抱きついた。
 「我が主にやや足りない、優しさと胸を持ったお客様をおもてなしできるなんて、嬉しいなぁv
 「・・・いち兄、それ、主に聞かれたら溶かさるーけん、言うたらいかんよ」
 思わず声を潜めた博多に抱きついたまま、一期一振はくすくすと笑う。
 「やや、と言ったじゃないか。
 全くないとは言っていないよ。
 少なくとも弟達には優しいし、私の野望を見て見ぬ振りしてくれるし」
 それどころか楽しんでいるようだと、彼は悪い笑みを浮かべた。
 「そんな主のために、私もサポートしてあげたいんだよ!」
 利害一致!と、堂々と言い放つ兄にまたため息をつく。
 「・・・やったら本陣を招いた席でサポートしてくれんね」
 天下五剣だけじゃ不安すぎると、深くなった眉間のしわを、一期一振は笑ってつついた。
 「それはやめておくよ。
 ご指名は天下五剣だし、特別枠で殿方がいらっしゃるし、でしゃばりたくはないな」
 「それ、男のもてなしはしとーなかってことやろが!」
 なんて我儘なと、博多はディスプレイを睨みつける。
 「もー・・・。
 用がそれだけやったら出て行っちゃらんか。
 俺は忙しかとばい」
 「思ったより予約が取れないのかい?」
 博多の肩越しにディスプレイを覗き込む兄に、彼は首を振った。
 「いや・・・本陣が協力してくれんしゃったんと、珍しかもん見たさで予約は順調っちゃけど、メインで宣伝しとった大晦日と三が日の予約がさっぱりたい。
 どういうことね、こら」
 赤く塗られた『予約済み』の日々の中で、ぽっかりと白い年末年始の四日間を睨む弟の頭を、一期一振がくしゃくしゃと撫でる。
 「それはもちろん、ご自身の本丸にいたいだろう。
 年始のあいさつを受けたり、正月の行事でお忙しいだろうに、こちらの本丸に遊びに来られるわけがないじゃないか。
 所有の刀剣を全て引き連れてでも来ない限りね」
 「ふぁっ?!」
 その答えは予想外だったとばかり、博多は奇妙な声をあげた。
 「迂闊やったばい・・・!
 それやったら宣伝を一般にまで広げとくとやった・・・!」
 「後悔先に立たずだな」
 そんなうっかりしたところがまた可愛いとばかり、一期一振は博多の頭を撫でる。
 「開き直って、この四日間は休業にすればいい。
 主も、私達からの年始のあいさつを受けたり、正月の行事でお忙しいだろうから」
 「そやね・・・。
 やったらいっそ、年末年始は休業にして、一月三日は施設点検でもしとこうか」
 「・・・お前に休むという発想はないのかい?」
 呆れる兄に、博多はこくりと頷いた。
 「俺の爪の垢やったら、蛍丸に高く売れるやろうか」
 「・・・明石さんに効くとは思えないけどね」
 商魂たくましい弟に、思わず乾いた声をあげる。
 が、
 「薬研兄と協力して、働きもんになる薬の共同開発・・・儲かるかもしれんな」
 と、早速そろばんを弾きだした彼の頭を、一期一振は苦笑しつつわしゃわしゃと撫でた。


 翌週、博多から予約状況表をもらった太鼓鐘貞宗は、足を弾ませて天守地下へと駆け込んだ。
 「見て見て鶴ー♪
 俺の予約状況、すごくね?!人気じゃね?!
 臨時収入たんまりだぜー!なに買おうかなー♪」
 「・・・あ?」
 「ひっ!!」
 不機嫌な顔をした鶴丸に銃を向けられ、彼は思わず歩を下げる。
 「・・・この場面終わらせるまで、ちょっと待ってろ」
 途端、壁一面に映し出された廃墟の映像から、恐ろしい声を上げてゾンビが飛び出してきた。
 「なんだか・・・これにも飽きたな」
 鶴丸が画面へと向けた銃が、轟音を上げてゾンビを打ち砕く。
 つまらなそうな声に、貞宗は肩をすくめた。
 「珍しく機嫌悪いじゃん。
 なんだよ、そんなに『危険物』扱いされたことが気に入んないの?」
 ぷすす・・・と笑って、貞宗は手にした紙をひらひらと振る。
 「笑ったよなーこの注意書き!
 『お客様の安全のため、仲居への過剰な接触はご遠慮ください』の次に、『なお、鶴丸国永、亀甲貞宗などの危険物につきましては、自己責任でご選択いただきますようお願いいたします。当本丸では、これら危険物選択時のトラブルについては一切の責任を負いません』って!!
 みっちゃんと、鶴亀揃って不祝儀だって、爆笑してたんだぜ!」
 「うるっさい!」
 不満顔の鶴丸は、銃口でぐりぐりと貞宗の頬をえぐった。
 「なんで俺があいつと同列なんだ!
 俺はあんな変人じゃないぞ!」
 「変人じゃなくても危険物だろ」
 何をするかわからない、と、懲りずに笑う貞宗に、鶴丸は頬を膨らませる。
 「あいつ、お前の兄弟だろ!
 何とかしようと思わないのかよ」
 「なんとかしたけりゃ物吉がやるさー。
 俺は亀甲のこと、結構面白い奴だって思ってるよん♪」
 それに、と、貞宗は人差し指を立てた。
 「ドSの主とドMの亀なんて、いい組み合わせじゃん。
 なんか楽しそうだなーって、ほほえましく見てるしぃーv
 本当に楽しそうに笑う彼に、鶴丸は肩をすくめる。
 「貞宗も、藤四郎に負けず変わり者揃いだな」
 「それ、物吉が聞いたら本気で泣いちゃうからやめたげてv
 こないだも、粟田口から敵意っぽいものを感じるって泣いてたんだぜー。
 あ、これまだ秘密な?」
 しーっと、口の前に指を立てる貞宗に、鶴丸は鼻を鳴らした。
 「物吉達も予約が入っているのか?」
 「あぁ!
 物吉は俺と一緒に入るぜv
 なんでも栗??栗の祭??かなんかって異国の祭が12月24日と25日にあるらしくって、そこが一番お客入ってんだ!
 賑やかで幸せな感じでよろしく、だってさ♪」
 貞宗から渡された予約状況表を見た鶴丸は、そのどこにも自分の名がないことに苛立ち、舌打ちする。
 「・・・邪魔してやろうか」
 「みっちゃんに怒られてもいいならやってみv
 言うや、またふてくされた鶴丸に、貞宗が笑い出した。
 「俺、ここに来てからずっと伊達とばっかつるんでたもんなー。
 たまには物吉と兄弟二人ってのもいいかも!」
 ごく自然に除外された亀甲の名も予約表にないことを確認して、鶴丸は肩をすくめる。
 「その、栗の祭りとやら・・・俺も参加してやろうか?」
 「人の楽しみを邪魔すんなよ、この危険物ガ」
 貞宗に睨まれた鶴丸は、不満そうに頬を膨らませた。


 「はぁいはい、大股で歩かないでって言ってるでしょー。
 何回コケたら気が済むの、三日月っ!」
 畳のへりにつまずき、手にした膳の徳利を倒してしまった三日月へ、加州が呆れ声をあげた。
 「んもー!
 おじいちゃんなんだから、『畳のへりを踏んじゃダメ』って言う方でしょー!
 なんでつまずくのっ!」
 「ちょっと・・・待て、加州・・・!
 何やら今日は足が痛くて・・・!」
 足が上がらない、と言う三日月に、加州はため息をつく。
 「それは筋肉痛だよ。
 袴だと足回りが自由だけど、着流しで・・・しかも、カッコよく裾すぼまりに着付けてるから、ほとんどすり足でしか歩けないでしょ?
 だから、普段使わない筋肉使っちゃってんのー。
 ま、女子じゃないからもっとゆったり歩けるように着付けてもいいんだけどさ、やっぱ、カッコイイ方がいいじゃない?
 だから三日月も、たまには庶民の痛みって奴を知りなよ」
 何やら嬉しげな顔の加州に、大典太が肩をすくめた。
 「そうは言うが、庶民のお前だって袴くらい穿いているじゃないか」
 「どーっせっ!!
 庶民ですよ!なんだよもー!!」
 悔しげな泣き声をあげた加州を、三日月は困り顔で見下ろす。
 「庶民でも袴を穿いてよいのであれば、俺も・・・」
 「ダメ!
 袴穿いてたら絶対!御膳にひっかけてひっくり返すでしょ!」
 すかさず却下されて、三日月は首を傾げた。
 「そのようなこと・・・あったかな?」
 「記憶にないのはいつも上げ膳据え膳されてるからでしょー!!」
 ヒステリックな声を上げた加州は、畳を叩いて三日月を見上げる。
 「ほら!早く!!
 お客さんの前に膳を置きなよ!!」
 「やれやれ、騒がしい客だな・・・そら、受け取れ」
 呆れ声で言った三日月は、立ったまま、座る加州へ膳を差し出した。
 「だから!その上から目線!
 やめろって何回言ったらわかるの!わかってくれるの!!」
 もうやだと、泣き伏した加州の傍らに、数珠丸がそっと膝をつく。
 「そうお嘆きにならず。
 自制もまた、精進ですよ」
 「自制ってね・・・あ、そうだ」
 顔をあげた加州は、座布団を数珠丸へ譲った。
 「数珠丸、ここに座って。
 三日月、お客さんが数珠丸に変わったよ!さぁどうすんの?!」
 「それはもちろん」
 にこりと笑った三日月は、数珠丸の前に正座して膳を置き、更に差し出して一礼する。
 「本日はようこそおいでくださいました。
 心行くまでおくつろぎくだされ」
 「・・・やっぱりこれだったよ、三日月内ヒエラルキー!!
 庶民で悪かったな、こんちくしょー!!」
 また泣き伏した加州に、三日月もはっとした。
 「悪意があるわけではないのだが・・・ついな」
 「これで悪意があったら最悪だよ!!
 そーだよねっ!
 主にさえ上から目線の三日月が、俺なんかに配膳しないよねっ!」
 きゃんきゃんと吠え立てる加州の頭を、傍らの数珠丸がそっと撫でてやる。
 「そのようにお嘆きあるな。
 三日月殿も、悪気はないとおっしゃっているのですし」
 「そうだぞ。俺だって別に、加州を軽んじたわけでは・・・」
 「いや、めっちゃ軽んじてるし!上から目線だし!どうせ下々だし!!」
 顔を覆って泣き出した加州の背を、大典太までもが慰めるように叩いた。
 「下座についたことがないから、端々にまで気が回らなくてな。許せ」
 「許してほしいって態度じゃないよね!!」
 正面にいるのに端々!!と、畳を叩いて加州は顔を上げる。
 「大典太も!
 主のお友達に評判良かったからって、ちょーしに乗んないでよねっ!
 あんな上から目線の接客、普通だったら苦情ものだよ!!」
 「そうなのか?
 俺もソハヤも、普通に接しただけなのだが」
 「二人して、『大したもてなしはできんが、まぁゆっくりしていけ』って、どこの大名だ!!」
 「前田と徳川だな」
 「そう言うことじゃなくてっ・・・!」
 ちっともわかってくれない天下五剣に疲れ果て、加州は畳の上に転がった。
 「もー・・・!
 プレオープンの『忌憚ない意見』がホント忌憚なさ過ぎて修正大変なんだから、配膳くらいまじめにやってよ!」
 じたじたと足をばたつかせる加州を、数珠丸が不思議そうに見下ろす。
 「一期一振殿の『せくはら』とやらが酷い、と言う苦情が来たことは伺いましたが、それ以外にもですか?」
 「・・・一期の、女子の胸見て態度変えるのやめろ、ってのは、一番インパクトのある苦情だったけどさ」
 身を起こした加州は、座り直して乱れた髪をいじりだした。
 「他にも、料理を出すタイミングとか、室温設定とか、荷物の収納場所が足りないとか、お風呂場まで一期がついてくるとか、一期のお背な流しサービスの押し売りが酷いとか、呼んでもないのに一期来るなとか」
 「・・・ほとんど一期への苦情ではないか」
 眉根を寄せて、三日月が呆れる。
 「一期の出入り禁止のほかにも、色々あんの!」
 でも、と、加州が目を輝かせた。
 「俺と乱で揃えたアメニティは高評価だったんだよねーv
 可愛いパッケージでいい香り、しかもオーガニックなシャンプー&コンディショナーとボディソープに、髪に優しい機能性ドライヤーとか、好きな柄を選べる浴衣とか!
 すっごい誉められちゃったv
 こうなったら俺、エステとかネイルのサービスなんて始めちゃおっかなーv
 絶対、喜んでもらえると思わない?」
 「え・・・?」
 「ね・・・?」
 「さ・・・?」
 揃って首を傾げた三人に、加州はこくこくと頷く。
 「うん、ごめん。難しかったね」
 ともかく、と、加州は手を叩いた。
 「あんた達が担当するのは、本陣のお偉いさん達なんだから、三人ともお互いがお客さんだと思って、恭しく接してよ!」
 「なるほど・・・。
 確かに、客が数珠丸殿や大典太殿だと思えば、態度も変わるか」
 うんうん、と頷く三日月に、大典太も頷く。
 「そうだな。
 さすがに、三日月殿に『ゆっくりしていけ』とは言わんな」
 「そうですね・・・私も、お二人へ説教など、おこがましい限りですし」
 「・・・ついでに俺にも、説教控えてくれると嬉しいな」
 いちいちうるさい、と、加州は数珠丸を睨んだ。
 「そんじゃ、まずはお互いにお客さん役やって、コツを掴んでよ。
 その後、俺にもちゃんと配膳できるかテストね!」
 加州の言葉に、三日月が微笑む。
 「・・・頑張ってみよう」
 「・・・あからさまに『無理かも』って顔しないでよね」
 ヒエラルキーの壁は厚いと、加州は浮かんだ涙をぐいっと拭った。


 そしてとうとう迎えたプレゼンテーション当日。
 朝から気合の入ったメンバーによって、鶴丸と亀甲は離れの奥の部屋に、監視付きで閉じ込められていた。
 「・・・ものすごく不本意なんだが」
 なんで俺が、と、むくれた鶴丸が睨むと、監視役の大倶利伽羅はあからさまに目を逸らす。
 しかし、亀甲は実に楽しげに笑い出した。
 「そうかい?
 拉致監禁プレイだなんて、ご主人様も中々趣味がいいvvv
 牢だったら更によかったのにと、亀甲は残念そうに木戸を見遣る。
 「ねぇ・・・。
 この本丸に牢はないのかな?
 地下牢ならもっと楽しかったのだけど」
 「以前はあったんだがな・・・」
 閉鎖された、と、鶴丸は更にむくれた。
 「そうか・・・残念。
 ご主人様が格子の向こうから、冷たい目で見つめてくれるなんてシチュエーション、想像するだけでドキドキするのにv
 わかるだろう?と迫られて、鶴丸と大倶利伽羅は一斉に彼から身を離す。
 「伽羅坊・・・!
 なんで俺が、こいつと同列の扱いなんだ?!
 いくらなんでも非道だぞ、これは!!」
 「・・・危険物は母屋に近づけるなと言う、主からの命令だ。
 俺だって・・・忙しかったのに・・・・・・」
 と、大倶利伽羅は鶴丸以上に不満げな顔でぼやいた。
 「忙しい?
 お前今日は、部隊に組み込まれてないじゃないか」
 他になんの用事だ、と訝しげな鶴丸から、大倶利伽羅は気まずげに目を逸らす。
 「別に・・・。
 お前には関係な・・・」
 「伽羅ー!!!!来てやったぜ!!」
 突然、がらりと木戸が開いて、獅子王が賑やかに入って来た。
 「ごめん、お待たせー!骨喰と御手杵が中々帰って来なくってさ!」
 続いて飛び込んで来た鯰尾の後から、御手杵と骨喰も入ってくる。
 「仕方ないだろ、遠征当番だったんだから」
 「俺も・・・」
 大人数に押しかけられ、決して狭くはなかった部屋が途端に窮屈になった。
 「なんだなんだ?ここで宴会か?」
 気が利くじゃないかと嬉しげな鶴丸にはしかし、全員が首を振る。
 「いや、新コラボのミッションが来たんだ」
 「み・・・?」
 御手杵の謎の言葉に首を傾げる鶴丸を、鯰尾が押しのけた。
 「協力プレイでレア武器ゲット!がんばりますよー!」
 「ひと狩り行くぜ!!」
 「・・・ん」
 獅子王の大声に応じて、大倶利伽羅がポケットからゲーム機を取り出す。
 「あぁ、だが・・・」
 この隙に逃げ出そうとした鶴丸の袖を、大倶利伽羅が掴んだ。
 「こいつを見張ってないといけないから・・・」
 部屋の中心に鶴丸と亀甲を座らせ、全員で囲む。
 「じゃ、始めるか」
 骨喰の声を合図に、全員が自身の手元に目を落とした。
 「なんかの儀式か!!」
 「囲まれてるのに誰も僕を見ない!なんて冷酷っ!!」
 怒る鶴丸とは逆に、亀甲は嬉しげな声を上げる。
 「鶴と亀が閉じ込められるなんて、かごめかごめのようじゃないかいっ?!
 なんだかぞくぞくするよっv
 「気色悪いこと言うなっ!!」
 「後ろの正面だーぁれって・・・ちゃんと囲んでますから、逃げようったって無駄ですよ、鶴丸さんv
 立ち上がった鶴丸の袖を掴んだ鯰尾が、画面に目を落としたまま無理矢理に座らせた。
 「あー・・・そこにおやつ持って来てっから、好きに食え・・・よっしゃー出たぞ!お前ら!攻撃だ!!」
 「でかした御手杵!!いっくぜー!!じっちゃんの名にかけて!!」
 夢中になった隙を見て逃げ出そうにも、木戸は御手杵の長身に塞がれ、立ち上がろうとした瞬間に素早い脇差達から引き戻される。
 「お前らぁ・・・!」
 イライラと畳をかきむしる鶴丸に、大倶利伽羅がせんべいの入った菓子器を差し出した。
 「これでも食ってろ・・・おい、とどめ刺したぞ」
 「ヤッター!!」
 「レア武器・・・ゲット」
 「うるさいっ!」
 抱き合って喜ぶ脇差兄弟の口に大きなせんべいを詰め込み、歓声を封じた鶴丸に亀甲が目を輝かせる。
 「口封じなんてっ・・・イケる口だねっ!!」
 「・・・お前、いい加減にしないと折るぞ」
 敵にしか見せない冷酷な目で睨みつける鶴丸に、亀甲はますます目を輝かせた。


 「・・・誰だったのだ、あれは」
 客間を出た途端、笑みを消して目を丸くした三日月に、歌仙は苦笑した。
 「主ですよ。
 お客様相手には、ちゃんとしおらしくできるんですってば」
 客室から母屋へと戻りながら、声を潜めた彼に大典太も眉根を寄せる。
 「本当に本人か・・・?
 いつも、男のような口調なのに・・・今日は・・・・・・」
 驚いた、と首を振る大典太に、数珠丸までもが頷いた。
 「あのように始終、ご機嫌麗しくおられるのも、初めて拝見した気が・・・・・・」
 「・・・主が怒りっぽく見えるのでしたら、それはいつも何かしら問題を起こす刀がいるせいだと思いますが」
 軽く吐息して、半歩下がった歌仙は三人に会釈する。
 「お役目ご苦労様でした。
 もうしばし、お力添えいただきます」
 「あいわかった」
 「主も頑張っているようだからな・・・協力しよう」
 「微力ながら、お手伝いいたします」
 快く応じてくれた天下五剣に、歌仙は思わずほっとした。
 と、彼らが向かう先で、不安げな顔をした光忠が待っている。
 「・・・どうだったかな、配膳のタイミングは?
 お刺身が室温で温まったり、メインが冷めたりしなかったかい?」
 プレオープンの際に指摘された件を、随分と気にしていた彼の問いに、歌仙は頷いた。
 「大丈夫。
 ちゃんとご満足いただけたようだよ」
 「そうか・・・」
 よかった、と、光忠が吐息する。
 「あぁ、それと・・・主くん、今朝からなにも食べてないけど、大丈夫かな?」
 「いつものことだよ」
 気遣わしげな光忠に、歌仙はため息をついた。
 「自分が取り仕切らなきゃいけない行事の時は、相手優先で自分を後にしてしまうから。
 たぶん、夜中近くに『おなかすいた』って言いだすから、なにか胃に優しいものを用意して・・・明日、お客様がお帰りになったらきっと倒れるから、そっとしておくようみんなに言っておくよ」
 「さすが歌仙、この本丸初の付喪神だけあって、よく存じているな」
 「治療なら俺も付き添うか?」
 にこりと笑う三日月と、看病を申し出てくれる大典太に歌仙は笑みを返す。
 「近侍としては、僕より小狐丸の方が長いくらいですよ。
 それに、頑張りすぎて力尽きるだけですから、治療と言うほどのものでもありません。
 栄養を摂らせて、一日寝かせておけば大丈夫」
 むしろ放っておく方がいい、と言う歌仙に、光忠も頷いた。
 「じゃあ僕は、明日の下準備でも始めるかな。
 鶴さんと亀甲君の監視に伽羅ちゃんを当ててるから、お手伝い減っちゃって」
 「あぁ・・・道理で本丸が静かだと思った」
 既に排除されていたのかと、三日月が笑い出す。
 「当然でしょ。
 この日だけは鶴さんと亀甲君を隔離しなきゃと思っていたよ」
 「長時間の遠征にやる、と言う手もあったけど、勝手に切り上げて戻って来ないとも限らないしね。
 どこに鳩を仕込んでいるか、わかったもんじゃない」
 先手必勝、と、光忠と歌仙は頷き合った。
 「まずは、なんとしても今日を乗り切る!
 そのためなら、やや強引な手も使うよ、僕は!」
 こぶしを握る歌仙に、三日月は苦笑する。
 「結局・・・最後は力で捻じ伏せるのだな」
 似た者同士の主従だと、笑う三日月に皆が頷いた。


 ―――― 皆の努力の甲斐あって、本陣へのプレゼンテーションは無事に終わり、暦も今年最後の月へと代わった。
 プレオープンの際に指摘された件は、一期一振の排除を含め前向きに対処し、今のところ問題なく運営できている。
 更には宣伝効果と珍しいもの見たさで、集客も好調な滑り出しを見せていた。
 他の本丸にはない城郭建築の見応えもあって、帰り際に再予約する客もいるようだ。
 このような客を、博多が商売相手として見逃すはずもなく、改築推奨パンフレットを配っては、新規顧客獲得にも動き出していた。
 そんな中、出立の間でわくわくと相棒の帰りを待っていた加州は、安定の姿を見るや、はしゃぎ声を上げる。
 「見て見て、ヤスーv
 主にやってもらった!!」
 美しく装った爪が見えるように両手を差し出すと、安定は目を輝かせた。
 「えー!きれいー!なにこれすごい!」
 いつも紅一色の加州の爪は、金色のストーンを並べた半ばまでをクリアに、その先を紅に染めて、親指と中指、小指には金色の紋や花が浮かんでいる。
 「ジェルネイルって言うんだって!
 俺がネイルケアのサービスやりたいって言ったら、主がキット買ってくれたのv
 それで、天下五剣の研修お疲れ様って、こんな風にしてくれたんだーv
 きれいでしょ!」
 「うん、上手」
 こんな特技があったんだ、と、安定は感心した。
 「ねぇねぇ!
 やり方教えてもらったから、お前の爪でもやらせてよ!」
 「えぇー・・・」
 両手を取られた安定は、困惑げに眉根を寄せる。
 「僕は・・・いいよ。遠慮しとく」
 離そうとした手は強引に引き戻された。
 「可愛くするから!
 お前、何色がいい?やっぱり浅葱色?」
 「やだよ!
 爪がそんな色なんて、食欲なくなっちゃう・・・!」
 想像しただけでうんざりする、と言う安定の手を掴んだまま、加州は小首を傾げる。
 「じゃ、桜色なんてどうかな。
 マットな感じにして、爪の先だけ白のフレンチネイル。
 ストーンかシールで、花も入れてあげる!」
 「・・・そういうのは乱にやってあげなよ。
 僕よりだいぶ喜ぶと思うよ?」
 ため息交じりに言えば、加州は真顔を向けた。
 「粟田口は、衛生面で断られた薬研と侠気で断られた厚以外、全員制覇した」
 「機動早いな」
 一期まで制したのかと呆れた安定は、逃げられないと悟って頷く。
 「じゃー、頑張って可愛くしてよ」
 「任せて!!」
 加州に手を引かれ、自室へと戻る途中―――― 安定は足を止めた。
 「歌仙さん・・・この寒いのに、外でなにしてるんだろ」
 細雪の降りしきる中、御座所を背にして庭に立ち、軽く手をあげた彼の視線を追う。
 「天守?
 ・・・あぁ、主がお客さんを案内してるんだ」
 御座所は、この本丸に建つ天守が最も美しく見える位置にあり、雪に白く滲んだ最上階からは主が、客達と共に歌仙へ手を振っていた。
 その傍らにはちゃっかりと、営業スマイルの博多が控えている。
 「なんだ・・・ちゃんと仲がいいんだ、あの二人」
 ほっとしたように、安定は呟いた。
 「歌仙さんと主が一緒にいることなんて滅多にないし、たまにいると思ったら、茶室で説教中だし・・・。
 ずっと、あの二人は仲が悪いんだと思ってた」
 「・・・背中あわせなんだよ」
 ぷくっと、頬を膨らませて加州が呟く。
 「背中あわせ?」
 なに?と、首を傾げる安定に、加州は鼻を鳴らした。
 「二人して、別の場所を見てるってこと」
 拗ねたような声で、加州は言い募る。
 「主は、歌仙が興味を持たない内外の情勢を把握して、歌仙は、実戦経験のない主が気づかない事や知らない事・・・それに、俺達の不満や要望を把握して報告してるんだ」
 「あぁ・・・。
 それで歌仙さん、説教の種が尽きないんだ」
 主も大変だ、と、安定はくすくすと笑いだした。
 「うん・・・。
 いつもは別の場所を見てる二人だけど、時々振り向いて・・・あぁ、ちゃんとそこにいるな、って確認しあっている風?」
 「へぇ・・・なんか、信頼しあってるってカンジ」
 大人っぽい、と、安定は庭に佇む歌仙を見やる。
 「キヨだったらきっと、『主!俺に構って!こっち見て!俺可愛いでしょ!』って、ベタベタするね!」
 お子様!とからかわれた加州は、きつく眉根を寄せた。
 「あの二人は・・・似た者同士なんだよ!」
 「うん。
 どっちも、他人に干渉しないし干渉されたくない、って雰囲気だもんね」
 それは、主に構って欲しい・・・主の一番でいたいと思う者にとっては、少し寂しいことだが、主はそんな心情にすら頓着しない。
 「やっぱり俺じゃ・・・ダメだったのかな・・・・・・」
 拗ねてしまった加州の手を、安定は笑って引いた。
 「あの主なら、歌仙さんを選んで当然だって言ったの、キヨじゃん。
 いこ!」
 可愛くしてくれるんでしょ、と励ますと、吐息して頷く。
 とてとてと足音を響かせて駆け去った二人を、手を下ろした歌仙がちらりと見遣った。


 騒々しく駆け去って行った二人をちらりと見遣った歌仙は、雪に隔てられた天守へと視線を戻した。
 「・・・まぁ、頑張っているじゃないか」
 最上階から自慢の城郭を案内する主も客も、楽しそうで何よりだ。
 ・・・この本丸を開いて、間もなく二年。
 たった二人から始まったここも、今や『本丸御殿』と呼んで差支えない大きさとなった。
 『―――― 私は、独断をしない』
 この天守を見上げながら言った言葉を、主は未だに守っている。
 理由を問うた歌仙に、主は言った。
 『私なんかより、ずっと有能な主に仕えてきたお前達の方が、本丸の運営には詳しいだろうからさ。
 運営方針や要望は合議制で決めろ。私はその可否を裁定する。
 言わなくてもやるだろうが、先に根回しをしておいてもらえると、効率的で助かるな。
 各人には、かつてのしがらみやしこりもあるだろうから、無理に仲良くなんかしなくていい。
 ただし、私の刀剣を壊すな。それが最上位命令だ』
 それをこの本丸の軸とする、と言った主に、あの時、自分はどんな顔をしたのだろう。
 呆れたか、笑ったか・・・少なくとも、今までに知るどの主よりも変わっている、と思ったことは確かだ。
 『いいけど・・・その男のような口調は改めないつもりかい?
 本陣ではしおらしかったのに』
 おそらく・・・そんなことを言ったはずだと、先日、三日月達に言った時に思い出した。
 『外面は大事だぞ。相手を取りこむにしても、騙すにしてもだ』
 そういうことを平然と言う気質は、嫌いじゃない。
 『・・・私には、実戦経験がないからな。
 きっと、現実的じゃない戦略を立てるし、戦術的失敗もあると思う。
 その時はお前が諫言しろ。歌うばかりが能じゃないだろ』
 どういう認識だと、さすがにむっとした。
 『お言葉だね。僕は之定だよ?
 もちろん、歌うだけが能じゃない』
 得意のひとつに過ぎないと言ってやると、『やっぱりお前を選んで良かった』と笑う。
 『本陣から、どれか選べと差し出されたが、お前となら・・・いや、お前とだけ、気が合うと思った』
 だから他に、選ぶはずもないと。
 「まったく・・・求愛でもされたのかと思ったよね」
 そう、からかってやりたくはあったが、あの時はさすがに思いとどまった。
 『ただし、カッコはつけていたいからな。
 皆の前で怒鳴るようなことはやめろ』
 『もちろん。
 それは雅じゃない』
 言ってやると、くすくすと笑う。
 『諫言することがあれば・・・そうだな、利休七哲直伝の、茶の湯の指導でも受けようか。
 あんな作法に興味はないけどな』
 いちいち、一言多い御仁だと、呆れてしまった。
 「じゃあまず・・・その不心得を正す説教から始めようか、ってね。
 主よ・・・更に年を重ねて、見えるものはまた、違って来たかな?」
 降り方の強くなってきた雪に目を細め、踵を返す。
 「ふたとせの成った日には、ぜひとも聞かせてほしいね」
 呟いた歌仙は、天守から降りて来るだろう頃合いを見計らって、客達をもてなすべく、茶室へと向かった。




 了




 










刀剣SSその13です。
とりあえず、温泉宿開館まで書いておくか、と思ったらなんだか主の居心地が悪い話に;;
なんだこの妄想話;;
まぁ・・・自分たちのプライドのためにも、主盛り立てていくぜ!って方向で見てやってください;
題名は、文ストではない谷崎潤一郎の『細雪』からです。
老舗呉服店の姉妹が主人公の話で、映画の細雪と言えば、美人姉妹と華やかな和服が有名ですから、歌仙達のがんばりからの連想です。
女物三着と男物三着は、着付け師の私が本気で見立てました(笑)
男物の帯が博多織なのは、博多藤四郎による販促です。>おい。
いや、実際に締めやすいので、男物には最適なんですよ(笑)
代表的な献上柄は、仏具である独鈷と花皿を意匠化したものでして、数珠丸師匠にいいかな、と思ったのですよ。
そして各人の呼び方等ですが、色んなジャンルで公式設定出てきましたけど、『とある本丸のとある刀剣男士』って前置きがあるくらいですから、それぞれの本丸で呼び方違っててもいいのかな、と思いまして(笑)
うちの沖田組はキヨとヤスで続行です(笑)













書庫