〜 雪つもる 〜






 夜の間に深々と降り積もった雪は昼を過ぎても消えず、本丸を覆っていた。
 降りはじめの頃は、はしゃぎ声をあげて足跡をつけ回っていた短刀達も、さすがに飽きてしまったのか、近頃では静かなものだ。
 静寂を好む者達は、さぞかしほっとしていることだろうと、歌仙は茶室の小さな窓から見える雪景色に目を細めた。
 「こんな景色は、冴え冴えとした空気の中で見てこそ、趣深くなるというものだ。
 なのに、寒いのは嫌いだ暑いのも嫌だと、冷暖房完備にしてしまうのは風情に欠けるね。
 そうは思わないかい、小狐丸?」
 亭主の座から茶を差し出すと、彼は無言のまま一礼して、器を手に包み込む。
 「・・・寒さに凍え、暑さに気怠くなることなく、景色を眺められることは良きことかと。
 心身にゆとりあればこそ、風雅を愛でられるというもの」
 覇気のない、ため息交じりの声に歌仙は苦笑した。
 「・・・―――― 雪つもる みねに吹雪やわたるらむ こしのみそらに 迷ふ白雲」
 囁くような声に、小狐丸の睫毛がぴくりと震える。
 図星か、と笑って、歌仙は客へと向き直った。
 「確かに今の君は、景色も茶の味も、楽しむゆとりがなさそうだ。
 この茶室は、僕の趣味とおもてなしの他は主専用の説教部屋だけど、今日は君のお悩み相談室にしてあげていいよ」
 穏やかな声で促せば、茶を飲みほした彼はほっと息をつく。
 「・・・最近、ぬしさまが構ってくださらないのです」
 「・・・・・・・・・は?」
 意外すぎる悩みに、歌仙はいぶかしげに眉根を寄せた。
 「ちょっと聞くけど・・・今日は近侍を外されたのかな?」
 「いいえ。
 ただ今の近侍は、この小狐が務めておりまする」
 きっぱりと言われて、ますます歌仙の眉根が寄る。
 「えぇと・・・確か、昨日も・・・?」
 「えぇ、私が」
 「一昨日もその前も、たぶん、明日も?」
 「その通りでございますが、なにか?」
 逆に訝しげな顔をした小狐丸に、歌仙は呆れた。
 「一番・・・構われているよね?」
 「いいえ!全く!!」
 強く否定して、小狐丸は首を振る。
 「温泉宿ができてからというもの、ぬしさまはお客様のお相手ばかりで・・・!
 お客様がお帰りになられてからも、ご自身で客間の掃除などなされて!
 私よりも、掃除からくりをポチさん、タマさんと呼んで従えておられるのです・・・!」
 悔しげにこぶしを握る小狐丸に、歌仙は苦笑した。
 「彼ら、便利だよね。
 室内や回廊の掃き掃除と拭き掃除が楽になったって、みんな喜んでいるし。
 主も、温泉宿は自分の責任だから、料理と仲居以外の協力を僕達に頼むわけにはいかないって頑張ってるよね」
 「私は!
 お手伝いをさせていただきたいのです!
 付喪神でもないからくりに側仕えの地位を盗られるなど、我慢ならぬ!!」
 激昂した小狐丸に叩き割られそうになった茶碗を、歌仙は慌てて取り上げる。
 だが小狐丸は、そんなことに構っていられないとばかり言い募った。
 「近侍とは言え、ぬしさまのいらっしゃらない御座所は寒々しく、雪の中にでもいた方がましというもの・・・!」
 しかし、何度申し出ても断られてしまったと、小狐丸は肩を落とす。
 「うん・・・まぁ、本陣の主な方々には根回しして、許可を得てから始めた温泉宿だけど、今になって色々言ってくる連中が多いそうだからね。
 その説得に走り回っているらしい。
 だから、この頃は帰りも遅いんだ」
 「・・・なんですと?」
 それは初耳だと、顔をあげた小狐丸に、歌仙は頷いた。
 「こんな愚痴は、僕にしか言わないよ。
 見栄を張りたがる御仁だからね、主は」
 遅参する者があれば途端に不機嫌になるが、自身のことで悩みがあっても、皆の前では『大丈夫大丈夫』と笑っている。
 「人間関係の愚痴は僕に、経理関係の相談は博多に、監査は後藤にだね。
 建設的な忠告ができる者にだけ話して、他に漏らさないのは、本丸運営的にいい方法だと思うよ」
 「では・・・私は何のために・・・・・・」
 うなだれた小狐丸の肩を、歌仙は軽く叩いた。
 「君は、頑張っている主を甘やかして、精神的な支えになっているじゃないか」
 顔をあげた小狐丸に、にこりと笑う。
 「内も外も問題児ばかりで、小狐丸が傍にいないと『すとれす』とやらで死んでしまう、なんて言っていたよ。
 失礼だよねぇ、僕を前にして」
 くすくすと笑うと、厳しかった小狐丸の表情もわずかに和んだ。
 「では・・・近頃、御座所にお戻りになってからも、なにやら書類を作っておられるのはそのためでしたか」
 問うと、歌仙はあっさりと頷く。
 「できるだけ多くの忘年会に顔を出しては、文句を言う連中を和やかな雰囲気に連れ込んで、数値を元にした資料やなにやらで説得しているらしい。
 この温泉宿も、主な利用目的は忘年会と新年会、あと・・・なんとか言う異国の祭らしいから、出かけている暇なんかないのに、ってぼやいているけどね」
 「相変わらず・・・その、なんと申しますか・・・・・・」
 「うん。人を操るのがうまいんだよねぇ」
 言いにくそうな小狐丸の代わりに、歌仙はずばりと言い放った。
 「文句を言う連中ってのは、大体二派に分かれるんだそうだ。
 戦のために貸し与えられた刀剣を、自身の金儲けに使っていいのか、って言うのと、神に対して不敬である、って言うのだね」
 どちらも正論だと、歌仙は頷く。
 「ですが・・・そのようにぬしさまを責めるのは、見当違いかと」
 小狐丸は不快げに眉根を寄せた。
 「そもそも、温泉宿を始めてはどうかと提案されたのは粟田口の方々で、博多殿だけでなく、鶴丸殿まで乗り気になられて温泉を探されたのでは。
 その際に、蛍丸殿から苦情はございましたが、すぐにぬしさまが治められましたし。
 方々にご協力をいただく際も、何度も意思確認をされて、無理強いなどなされませんでしたが」
 むしろ乱や加州などは、自分から備品選びの手伝いを申し出た上、オプションサービスを提案して、ずいぶんと客達に喜ばれている。
 「一期一振殿などは、お呼びがかかっていないにもかかわらずご参加なされて、おもてなしが行き過ぎてしまったそうで」
 「・・・もうあれは、なかったことにしよう」
 プレオープンの際のセクハラ騒ぎを、一刻も早く脳裏から消し去りたいとばかり、歌仙は無表情になった。
 「あぁ・・・もちろん、主が無理強いなんかしていないってことはちゃんとお相手にもお話しして、参加希望者だけに仲居をやってもらっている、と説明しているそうだよ。
 博多なんかは、太鼓鐘達の『無理やり働かされてなんかない!楽しくて割のいい小遣い稼ぎだ!』って証言を集めて、主の援護をしているしね」
 更に博多には、別の狙いもある。
 自身が考え出したビジネスプランを他の本丸にも広めて、コンサルタント料をもらうつもりでいるのだ。
 城郭建築で得た建築技術の他、出来上がった城を自己満足の置物にしない旅館業、更には別のビジネスにまで繋げて、本丸だけでなく主をも潤わせ、更には本陣の税収をアップさせて、時間遡行軍相手に有利な刀剣及び武具を揃えようと言う提案まで、既に通している。
 「税収のことは、まさに誉だったよ。
 あの餌がなければ、本陣がこんなにもあっさりと許可した上に、協力までしてくれるはずがないからね」
 「・・・根回しをしたというのは、そういうことでしたか」
 長く近侍を務めていたのに、全く聞かされていなかったと、小狐丸は肩を落とした。
 「言いふらすようなことでもないだろう。
 特に、君には『性格悪い』なんて思われたくないだろうからね、主も」
 慰めるように言って、歌仙は首を振る。
 「本当は僕だって、こんな話は興味ない。
 なにしろ僕は、計算ごとが苦手でね。
 そういう話は博多の方が得意だし、今回もうまく話を進めるのに、一番いい餌を用意したよ。
 だから彼に丸投げしたまま、経過報告だっていらないんだけど、主の愚痴を聞くためにはこのくらいの情報は把握しておかなきゃいけないから、仕方なくね」
 本当にうんざりした様子で、歌仙はため息をついた。
 「おかげで大体の説得には成功したそうなんだが、一番難しいのは、天下五剣や三条を崇めている方々なんだそうだ」
 「私達を・・・ですか?」
 意外そうな顔をした小狐丸は、ふと、瞬く。
 「・・・そういえば以前、大和守殿に言われましたな。天下五剣や平安刀がこれほど気安くてよいのかと。
 確かに、長き年を経て未だここに在ることは、我らの誇りではありますが、そのようなことで隔意を持たれることは少々寂しくありますぞと申し上げたのですが」
 「君達自身はそうだろうね。
 だけど他の本丸の主殿には、君達を仲居として使うなんて、ひどく恐れ多いと怒る方々もいらっしゃるそうだ」
 実に正論だと、歌仙は何度も頷いた。
 「さすがにこんな方々の説得は難しいから、今のところは敬遠して、お招きしたお客様達の感想なんかをそれとなく耳に入れるように図っているらしいよ。
 外堀を埋める作戦だね。
 そのために、まずは反対派の方々と親しいご友人方をお招きしておもてなしするとか・・・まったく、どれだけ性格が悪いのだか」
 くすくすと笑う歌仙の言い様にふと気づいて、小狐丸は苦笑する。
 「・・・そう言う歌仙殿も、ずいぶんとお人が悪い。
 これが、『外堀を埋める』ということでございますな」
 彼は小狐丸が知らされていなかった情報を適度に与え、硬くなっていた心を和らげてしまった。
 「知っているだろう。
 僕と主は、似た者同士なんだよ」
 やや得意げに言った彼に、小狐丸は一礼する。
 「結構なお点前であられました」
 「ふふ・・・ありがとう」
 小狐丸が晴れやかな顔で茶室を去ると、歌仙は茶器を拭き清めながら回廊へと声をかけた。
 「そんなところに隠れてないで、入っておいで、山姥切。
 お茶を淹れようね」
 「・・・なんで」
 わかった、と呟く山姥切を肩越しに見遣り、歌仙はくすりと笑う。
 「これでも僕は、之定でね。
 気配くらい、察することができるんだよ」
 背後に息をのむ気配を感じつつ、歌仙は舌を出した。
 山姥切の纏う布を、特製の香料を含ませた洗剤で洗っていることは、自分だけの秘密だ。
 「それで?
 君も何か相談かな?」
 客の座に着くよう促した山姥切は、落ち着かない様子で目をさ迷わせた。
 「主・・・に・・・・・・」
 声を出すことがとても難しい様子で、彼は呟く。
 「構うなと言ったら、本当に全く構われなくなったんだが・・・」
 声すら掛からない、と言う彼を、歌仙は不思議そうに見つめた。
 「だって、構うなって言ったんだろう?」
 「い・・・言ったが・・・・・・」
 俯いた山姥切の赤らんだ顔を、歌仙は覗き込む。
 「じゃあ構うわけがないだろうに。
 それとも構って欲しいのかい?」
 「そっ・・・そういうわけじゃない!しかし・・・!」
 無言で次の言葉を待つ歌仙から、山姥切は顔をそらした。
 「何もしないでいるのは気が引ける・・・」
 「何もしてないってことはないんじゃないか?
 出陣の部隊にはよく、組み込まれてるよね」
 「そ・・・そうなんだが・・・」
 「構って欲しいのかい?」
 畳みかけてやると、被った布を引き下げて、すっかり顔を覆ってしまう。
 「ちっ・・・違っ・・・!」
 「構って欲しいなら、そう言えばいいんだよ。
 骨喰や大倶利伽羅なんかは、『しつこく構われないのがいい』って、気楽にしているけどね」
 大倶利伽羅と和解したのはつい最近だけど、と、歌仙は肩をすくめた。
 「まぁまぁ、お茶でも飲んで。落ち着いて」
 めんどくさい、という思いは笑みに隠し、歌仙は茶器を差し出す。
 一気に飲み干し、咳き込む山姥切を、彼は微笑ましく見つめた。


 その頃、物吉貞宗は、離れにあるソハヤノツルキの部屋で、卓に置いた箱をじっと見つめていた。
 硬い表情をした彼の両脇には、深刻な面持ちのソハヤノツルキと、苦笑する亀甲貞宗が座っている。
 と、どかどかと派手な足音がして、騒々しく襖が開いた。
 「待たせたな!
 貞ちゃんのお出ましだぜー!!」
 存在自体が騒々しい太鼓鐘貞宗を、ソハヤノツルキがじろりと見上げる。
 「三人とも貞宗じゃないか」
 「あ、そこ突っ込んじゃう?」
 陽気に笑いながら、太鼓鐘は座に着いた。
 「物吉、緊急の用ってなんだよ?
 今夜の栗の祭の件か?
 もっと派手にやっちゃう?」
 問うと、物吉は『そのことじゃない』と首を振り、眼前の箱を太鼓鐘へと滑らせる。
 「お歳暮・・・いただいたんです」
 彼が差し出した箱の熨斗紙には、一期一振の名があった。
 いつも笑顔でいる物吉には珍しく、深刻な様子に太鼓鐘も笑みを消して頷く。
 「三池にも来ていたが、大典太が刀主だからか、問題はなかったな。
 だが・・・こっちはわからないぞ。毒が入っているかもしれない」
 ソハヤの疑い深い口調に、亀甲が吹き出した。
 「そんな馬鹿な。
 ここは大坂城じゃない、ご主人様の本丸だよ?
 顕現した際に、最初に言われたことを忘れたのかい?」
 言われて三人は、一斉に顔を上げる。
 「私の刀剣を壊すな。それが最上位命令だ」
 「そうそう。
 各人には、かつてのしがらみやしこりもあるだろうから、無理に仲良くなんかしなくていいとも言っていたよね」
 声を合わせた彼らに、亀甲はこくこくと頷いた。
 「もしかしたら、物吉の嫌いなものが入っているかもしれないけど、毒はありえないよ。
 そんなことをして罰せられるのは一期の方・・・・・・ご主人様の罰って、どんなだろう?!
 残酷なご主人様のことだもの、きっと容赦ないよねぇvvv
 どの国のどの時代の拷問を試してくれるのかな?!」
 うっとりと頬を染めた亀甲から、全員が距離を置く。
 部屋の隅に再集結した三人は、物吉が手にした箱をじっと見つめた。
 「開けて・・・みる?」
 太鼓鐘の言葉に、物吉が硬い表情のまま頷く。
 「貸せよ、俺が開けてやる」
 何かあっても自分なら大丈夫と、ソハヤが手を伸ばした。
 ぱりぱりと熨斗紙を割いて開けた箱の中には、焼き菓子やマロングラッセが整然と並んでいる。
 「南蛮菓子・・・ですね」
 「前に、御手杵からおすそ分けされたやつだ。
 すごくうまかったぜ」
 顔を見合わせた三人は、それぞれに小分けされたパッケージを開けて、皿の上に各種一つずつ置いた。
 「亀甲、毒見しろ」
 「亀甲君なら・・・きっと大丈夫!」
 「もし毒入りでも、お前なら平気そうだし」
 「君たち・・・!」
 ソハヤと兄弟達の残酷な要求に、さすがの亀甲も蒼ざめる。
 「なんて残酷!!
 しかも兄弟達、可愛い顔して素晴らしいドS!!
 まさか、こんな近くに僕を楽しませてくれる子達がいたなんて!!」
 灯台下暗しだと、亀甲は頬を染めた。
 「いいよいいよ!
 その試練、僕が受けようっ!!」
 「・・・こいつがいてよかった」
 嬉しげに実験台になる亀甲を見つめて、太鼓鐘が乾いた笑みを浮かべる。
 「大丈夫そうだな。
 だが・・・」
 亀甲が泡を吹いて倒れると予想していたソハヤが、物吉を見やった。
 「一期には、『おいしくいただきました』ってことで返礼でもして、お前は手を出すな」
 「そうだな。
 亀甲の食レポをまんま言っておけば、嘘だってバレないだろ」
 太鼓鐘にまで言われて、物吉は硬い表情のまま頷く。
 「じゃあ・・・こちらからは、ご兄弟でどうぞって、高級アイスでもお贈りしましょうか。
 もちろん、毒物はなしで」
 「いいんじゃないか。短刀達は喜びそうだ」
 できるだけ軽い口調で言ったソハヤが、励ますように物吉の肩を叩いた。


 「あれ?
 どこ行ってたの、貞ちゃん。
 一期さんからお歳暮いただいたけど、食べる?」
 貞宗が厨房に戻ると、客用の食事の準備をしていた光忠に声を掛けられた。
 「お歳暮・・・南蛮菓子の?」
 「うん。おいしそうだよ」
 光忠が見遣った先では、鶴丸が嬉しそうにクッキーを頬張っている。
 「伽羅ちゃんがお世話になっているから、お歳暮に短刀君達が喜びそうなお菓子の詰め合わせを贈ったら返礼が来たんだ。
 でもさっき遊びに行った伽羅ちゃんには、頂き物のクッキーを持たせたから、結局、粟田口で消費することになりそうだね」
 くすくすと笑った光忠は、貞宗にいつもの快活さがないことに気づいて首を傾げた。
 「どうかした?」
 「うん・・・。
 物吉に呼ばれて、兄弟のとこに行って来たんだけど・・・」
 つい先ほどのやり取りを話すと、光忠は笑い飛ばすどころか、真剣な顔で頷く。
 「君達の心配はよくわかるよ。
 僕も、いつも用心はしているからね」
 「え?」
 毒見?!と、貞宗は菓子を頬張る鶴丸を見遣った。
 「そんなわけないでしょ!
 鶴さん、違うからね!」
 涙目になった鶴丸に慌てて言い添え、光忠は食器棚の引き出しから薬品の入った瓶の他、実験器具らしきものを取り出す。
 「これ、毒物検出キット。
 外部から持ち込んだ食材はもちろん、調味料だってまず、検査してから使うようにしているよ」
 食を預かる以上は当然、と、光忠は強く頷いた。
 「ここで作った野菜もね、調べてみたら残留農薬とか、結構あったからさ」
 「あぁ・・・。
 それで有機栽培にこだわりだしたのか」
 すっかり食欲のなくなった顔で呟いた鶴丸は、ふと瞬く。
 「・・・そう言えば光坊。
 お前、自分で作ったものか、自分が厨房にいる時に作られたもの以外、食べないよな。
 なんか嫌な思い出でもあるのか?」
 尋ねると、予想以上に渋い顔をされてしまった。
 「そりゃあ・・・あるでしょ。
 なにしろ、母上に毒殺されそうになったんだよ、政宗公は」
 むしろなぜ平気なんだと問い返されて、貞宗と鶴丸は顔を見合わせる。
 「あぁそっか、みっちゃん・・・」
 「光坊、あのな・・・」
 言いかけた二人を遮って、キッチンタイマーのアラームが鳴った。
 「パスタの生地、寝かせ完了だね。
 今日のお客さんは・・・なんだっけ、異国のお祭り」
 問われた貞宗が、首を傾げた。
 「栗?栗の祭だっけか」
 「栗を食べるのか?じゃあ、栗ご飯の方がよかったんじゃないのか?」
 「あ」
 鶴丸の指摘に、光忠が目を見開く。
 「そっか・・・。
 食後の菓子を栗のケーキにしたから、それでいいと思ってたな・・・」
 どうしたものかと、困り顔の光忠の背を、貞宗が笑って叩いた。
 「栗があるんならいいんじゃないかな!
 なんの祭かって主に聞いたら、南蛮の冬至だって言ってたし」
 「冬至ならイクラをいれた雑煮だろう」
 南蛮は栗なのか、と、不思議そうな鶴丸に、光忠も小首を傾げる。
 「それ、仙台だけらしいよ。
 ほかの地域はカボチャだって言うし、国によっても違うんじゃないかな」
 たまたま栗だったんじゃ、と言われて鶴丸も頷いた。
 「じゃあ!栗ご飯じゃなかった分は、俺が盛り上げるってことで!」
 身を乗り出した鶴丸を、しかし、貞宗はじっとりと睨む。
 「だから来んなよ、危険物!
 俺と物吉で、幸せ賑やかに盛り上げんだから!」
 「いいじゃないか、無料奉仕してやるぞ!」
 「絶対!主に怒られるからヤダ!!
 みっちゃん!こいつ、また離れに隔離して!!あいたっ!!」
 差した指をぐにっと曲げられて、貞宗が泣き声を上げた。
 「ホラホラ、ケンカしない。
 貞ちゃん、みんなのおやつ用にケーキを焼いているから、それ持ってまた物吉君のところに行っておいでよ。
 三助・・・じゃない、三太?だっけ?
 盛り上げる子がしょげてちゃダメでしょ。
 鶴さんはお茶済んだら料理手伝って」
 「わかった!」
 声を揃えた二人に、光忠がにこりと笑う。
 「一番盛り上がる日だそうだから、僕達もがんばろうね!」
 「おう!
 料理にも驚きの仕込みを・・・!」
 「鶴さんっ!また離れに閉じ込めるよ?!」
 叱られた鶴丸は、不満そうに口を尖らせた。


 一方、自室で雪景色を眺めながらくつろいでいた一期一振は、手にしたティーカップを置いて、じっとりと睨んでくる博多藤四郎へ微笑んだ。
 「伊達から、お歳暮にお茶とお菓子の詰め合わせを頂いたのだけど、お前も食べるかい?」
 兄弟の人数に合わせてくれたのか、やたら大きな箱にはおいしそうな南蛮菓子がまだ、ぎっしりと詰まったままだ。
 「お茶にしようって声を掛けたのに、みんな忙しいみたいで・・・誰も私の相手をしてくれないんだ」
 やや大げさにため息をつくと、難しい顔をした博多が歩み寄ってきた。
 「・・・いち兄、物吉にもお歳暮ば贈ったと?なんで?」
 「なぜなんて、聞かれるとは思わなかったな。
 物吉だけでなく、主や刀主の皆さんにはお贈りしているよ。
 なにしろ、弟達がお世話になっているからね」
 解答例としては完璧な答えを、博多はますます怪しむ。
 「まさかと思うっちゃけど・・・物吉にだけ、靴下やら贈っとらんやろうね?
 今日の異国の祭ゆーんが、靴下に贈りもんば入れるってもんやけん、それにちなんで、とか余計なことは・・・」
 「え?そうだったのか?」
 しまったと、一期一振は眉根を寄せた。
 「だったら、それを理由に贈ればよかった。
 もちろん、最初はそのつもりだったんだけど、『さすがにそれはあからさまだ、歌仙にばれたら激怒される』って、主に止められてしまったんだ」
 「当たり前やろが!
 歌仙は派閥やら興味なかけん、いち兄のことも主が見て見ぬふりしよーことも知らんけど、バレたら力ずくで止めにかかるばい!」
 それこそ、本陣まで巻き込んでの大騒動になりかねないと、博多は蒼ざめる。
 「そうなんだよねぇ・・・。
 主も、歌仙にばれることだけは絶対に避けたいようだし。
 仕方ないから控えめにさせてもらったよ。
 だけど」
 くすりと笑った一期一振は、再び手にしたティーカップから立ち上る、甘い香りを楽しんだ。
 「確信が持てないだけで、物吉もこちらの意図には気づいているようだ。
 今日はさぞかし、気分が落ち込むことだろうねぇ」
 ざまぁみろ、と、悪い笑みを浮かべる兄に、博多はため息をつく。
 「・・・いち兄が仲居から外されたとは、自業自得やろうが」
 「精一杯のおもてなしをしようとしただけなのに!」
 むっとして、彼は茶を飲みほした。
 「今日のお客様だって、演練のお相手達の話によれば、実に私好みの主殿だそうなのに、近寄れもしないなんて!
 なのに貞宗達は三助ができるだなんて!
 あんまり腹が立ったから、このタイミングで贈って、彼らの士気を下げてやったよ!」
 「三助やのーてサンタ!!
 そんなんやけん、外さるーとたいっ!!」
 穏やかな外面に対してあまりにも黒々とした兄の内面に、博多はがくりと肩を落とす。
 「俺の商売、邪魔せんどいて!!」
 「えー。邪魔なんかしてないよー」
 がくがくと揺さぶられながら一期一振は、白々しく言った。
 「お前は建築業とコンサル業の新規顧客を開拓したいのだろう?
 だったら、温泉宿と接待業には関係ないじゃないか」
 「酒も入って機嫌よくなったところで改築の話ば持ち掛けよーと!」
 なのに白けては台無しだとぼやいた博多は、ふと瞬く。
 「そーやん、いち兄・・・。
 太閤さんが亡くなりんしゃった後は、徳川に行ったとよね?」
 「・・・それがなんだい?」
 嫌な思い出だとばかり、眉根を寄せた兄に、博多は縋った。
 「だけんくさ、その頃やったらちょうど、異人とよー会いよったっちゃなかと?」
 「異人?
 あぁ、鎖国前だからね。
 豊臣にも徳川にも、宣教師だけでなく貿易商人なんかが何人もいたよ」
 それがどうした、と不思議そうな彼に、博多は更に身を乗り出す。
 「やったら、南蛮寺やらの南蛮建築のことはわかるやろか?!」
 「・・・・・・はぁ?」
 思ってもみない問いに、一期一振は首を傾げた。
 「南蛮寺って・・・あれは十字架が乗るくらいで、ほとんど普通の寺だよ?
 南蛮建築とは言わないのじゃないかな」
 「そっか・・・!
 異人の数だけやったら博多の方が多かったっちゃけど、実際に建てたんは都やし・・・!」
 と、唸る弟の頭を、一期一振がぽふぽふと叩く。
 「南蛮の建築がどうかしたのか?」
 「うん・・・。
 建築の営業ばした主殿の中には、『日本の城もよかけど南蛮の宮殿にするのもよかな。そういうとは出来んとか』って言う人もおってからくさ。
 そらなんとかしちゃりたかな、て思ーたとばい。
 お客さんの要求に最大限応えるとが、俺のポリシーやけんっ!」
 「南蛮建築か・・・・・・」
 うーん・・・と、一期一振は首を傾げた。
 「織田を始めとして、異人と関わりの深い刀剣は多いけれど、南蛮建築を知っている者は・・・」
 「織田っ?!」
 その名を聞いた途端、ぴょこんっと、博多が飛び上がる。
 「長谷部!!
 長谷部やったら建築にも詳しかし、南蛮建築の設計図ば見しちゃれば、建てる方法もわかるっちゃなかろーか!」
 なにしろ、この本丸を同田貫と共に城郭化したのは彼だ。
 「あいつやったら、主の命令でいくらでも動かせるけんね・・・!
 このくらいの無茶ぶりやったら、死ぬ気で勉強してなんとかするやろv
 「博多v 悪い顔になっているぞv
 兄弟だな、と、一期一振がくすくすと笑う。
 「早速主に話して、南蛮建築の設計図やら資料ば取り寄せてもらうたい!
 これでまた儲けるばい!!」
 元気に駆けて行く背中を、一期一振は楽しげに見送った。


 「めりー♪」
 「栗ー★」
 夕刻、客の歓声に迎えられて、すっかり気分の良くなった物吉と太鼓鐘が、クラッカーを鳴らす。
 「皆さん、今日は楽しんでいってくださいねv
 「賑やかに盛り上げちゃうぜ!」
 白い毛の飾りがついた赤い衣装を纏った二人は、人懐こい笑みを振りまいた。
 乾杯の輪に入り、プレゼント交換の演出をして、賑やかに盛り上げるとまた次の部屋へ移動する。
 五室ある客間の全てを盛り上げた二人は、満足げな顔で回廊へ出た。
 「今日だけで俺、新しい衣装が五着は買えるくらい稼いだかもv
 臨時収入が楽しみだと、太鼓鐘は客達からもらった大量の菓子やプレゼントを抱え直す。
 「あ、この髪飾り、センスいい!早速使っちゃおー!
 これに合わせて服を選ぶのもいいな!
 物吉は何買うんだ?」
 「僕は・・・」
 同じくプレゼントを抱え直して、物吉はうーん・・・と、首を傾げた。
 「まだわかんない。
 ゆっくり考えるよ」
 「服や装飾品買う時は、俺に相談しろよ!
 お前に似合うやつ、ばっちり選んでやるからさ!」
 「うんっ」
 頷いた物吉から、しかし、ふと笑みが消える。
 「なに?」
 自身の背後に何か、と振り返った太鼓鐘からも、同じく笑みが消えた。
 が、相手は頓着せず、にこにこと笑って歩み寄ってくる。
 「赤い服似合ってるね、貞宗達!」
 「・・・お疲れ様」
 鯰尾と骨喰の兄弟に、二人は無言で頷いた。
 彼らの屈託には気づかない振りで、鯰尾は肩越しに背後を指す。
 「今日のお客さんの一人、演練相手の刀剣がいつも自慢してる人なんだよね!
 気になって見てきちゃった!!」
 一緒に写真撮ってもらった、と、鯰尾は自慢げにカメラの画面を見せた。
 「・・・ちょっと天然ぽいけど、巨乳の黒髪美人だったな」
 「いち兄の好みど真ん中だよ!
 お帰りになるまで、写真見せないようにしないとね!」
 骨喰の感想にこくこくと頷き、鯰尾はポケットにカメラをしまう。
 「あ、そうだ。
 今日、粟田口から贈ったお菓子、どうだった?美味しかった?
 俺がチョイスしたんだよーv
 にこにこと笑う鯰尾に、物吉も笑みを返した。
 「えぇ、とっても!
 ここなつ?ですっけ?
 あのクッキーが一番おいしかったです。ありがとうございました」
 「そう!気に入ってくれてよかった!」
 「気が利かなくて悪かったけど、すぐに返礼の手配したからさ、兄弟で食べてくれよv
 何が行くかはお楽しみ、と、愛想よく言う太鼓鐘に骨喰が頷く。
 「ありがとう。
 弟達が喜ぶと思う。特に・・・」
 ちらりと、彼は物吉を見遣った。
 「包丁は、お菓子が大好きだから」
 途端に表情の消えた物吉に、鯰尾が笑みを深めた。
 「貞宗は明日もお仕事なんだよね?
 がんばってねーv
 手を振って去って行く二人を見送った太鼓鐘は、動けずにいる物吉の背を慰めるように撫でる。
 「なにこの雰囲気・・・!
 すっげ殺伐したぞ、今!!」
 戦場並みだった、と言う彼に、物吉も頷いた。
 「・・・激辛せんべいの詰め合わせにでもすればよかったかな」
 「お前まで黒くなんないでっ!」
 慌てた太鼓鐘が、物吉の肩を掴む。
 「主は、お前の笑顔が大好きなんだからさ!
 豊臣なんかに負けずに笑って笑って!」
 「・・・そうだね」
 励まされた物吉が、ふわりと微笑んだ。
 「家康公の名にかけて、負けるわけにはいかないよね!」
 なんと言っても、物吉の名の由来は『帯びて戦に出れば必ず勝つ』というもの。
 「太鼓鐘君も亀甲君も来てくれたし、ソハヤもいるし。
 僕、がんばるよ!」
 両の手を握る物吉に、太鼓鐘は快活な笑みを浮かべた。
 「おうよ!
 一大勢力のあいつらに勝つなんてド派手なイベント、乗らない手はないもんな!」
 物吉の肩を抱き、まだ少し硬い笑顔に頬を寄せる。
 「まずは仲間集めだ!
 あいつらに対抗できる勢力を、俺達で作っちまおうぜ!
 楽しんでいこう!」
 太鼓鐘のはしゃぎ声に何事かと襖が開き、客達に手招かれた二人は接待第二弾へと突入した。


 一方で、貞宗達に敵認識された粟田口の面々は、鯰尾が持ち帰ったカメラを中心に額を寄せ合っていた。
 「あぁ・・・これが噂の」
 平野の言葉に、前田が頷く。
 「いち兄には絶対に見せられない画像ですね」
 「・・・ボク、加州さんと一緒にエステ&ネイルのサービスに行ってきたんだけど、すごくほんわかした人だったよ」
 声を潜めた乱に、鯰尾と骨喰も頷いた。
 「かわいい系だよね!」
 「なのに巨乳。完全にいち兄突撃コース」
 「それ・・・絶対にまずいです!」
 秋田が眉根を寄せ、信濃がカメラの電源を落とす。
 「帰るまで絶対、いち兄に見られちゃだめだよ、兄さん達。
 ううん、帰った後も、見せない方がいいかも」
 「他の本丸に突撃・・・悪夢だな」
 震え上がった後藤に、厚が何度も頷いた。
 「穏やかな顔して性格悪いもんな、いち兄。
 物理的にも精神的にも追いつめて、攻略するに決まってる」
 「なにしろ、太閤の太刀だもんなぁ・・・。
 好みの女を手に入れるためなら、どんな手でも使うよなぁ・・・」
 「や・・・薬研にいさん!!
 こここ・・・こわいこといわ・・・いわないで!!」
 涙目でぶるぶると震え出した五虎退の頭を、薬研は笑って撫でてやる。
 「俺はどうでもいいなー。人妻じゃないし」
 「聞いとらんばい、お前にゃ」
 包丁の頬をつついた博多が、それよりも、とタブレットを取り出した。
 「例の、南蛮建築ばしたか、って言いようとがこの審神者殿なんやけど、詳しい希望ば聞いたら、仏蘭西とか独逸の庭園を造りたか、ってことらしいっちゃん」
 「まぁ・・・天守は本陣から与えられたもんだからな。
 あれをぶっ壊して宮殿を作るってのは基本、無理だろ」
 後藤の言葉に、鯰尾が目を輝かせる。
 「もし、ぶっ壊すのが前提だとしたら、ますますいいよね、あの審神者さん!
 天然ゆるふわ系なのに、やること男前!!」
 「いや、それ・・・先行きが見えてないだけだろう。
 うちの主が全力で止めると思う」
 先手を打つのが得意だからと言う、骨喰の指摘に五虎退がほっと吐息した。
 「あるじさま・・・やっぱりすごいです・・・」
 演練相手に散々自慢されていた審神者ではあるが、彼にはやはり、自分に優しい主が一番だという思いがある。
 「ま、うちの主の方が男前なのは確かだけどね」
 「口調も男前だしねぇv
 鯰尾に同調した乱を、信濃がつついた。
 「俺、まだしおらしい主って見たことないんだけど、二重人格並みって、ホント?」
 「ホントホント!
 ずっとにこにこしながらご挨拶とかお茶汲みとかお酌とか!びっくりするよぉ!」
 「茶に関しては、歌仙がすげぇ厳しいからわかるが、酌までするのか」
 乱の言葉に、薬研が目を丸くする。
 「見物したいな。
 俺もなんか、客間に提供できるようなサービスでも考えるかな」
 「そらよかな。
 薬研兄の医療相談とかやったら、儲かるかもしれんな。
 ・・・っけどそれより今は、こっちって言いよろうが!」
 薬研の話をぞんざいに流した博多は、たしたしとタブレットを叩いて、西洋にある庭園の写真を見せた。
 「こげんとが造れそうなん、誰かおらんやろうか。
 館は長谷部に任すつもりっちゃけど、庭はな・・・」
 眉根を寄せた博多が、兄弟達を見回す。
 「日本庭園でいいのなら、俺や三日月なんかの、足利の重宝が役に立てるが、南蛮のは知らない」
 目を止められた骨喰がきっぱりと言い、鯰尾も頷く。
 「造園なら、蜂須賀家にいた上田ナントカってのが有名だけど、南蛮の庭って、この画像見る限りじゃ全然違うよね」
 「左右対称できっちりなんだね。
 面白いことは面白いけど・・・ボクにはちょっと、窮屈かなぁ」
 眉根を寄せてしまった乱を、前田が見遣った。
 「旧制を打破となると、やっぱり織田でしょうか」
 「それ、イメージ先行だろ。
 造園ならむしろ太閤・・・イヤイヤ」
 言いかけた薬研が、自身の口を塞ぐ。
 「・・・危険物ダメ、絶対、です」
 前田にたしなめられ、薬研は口を覆ったまま、こくこくと頷いた。
 その様に、秋田が笑いだす。
 「芸術系なら歌仙さん・・・ですけど、南蛮のはいまいち好きじゃないっぽいですよね」
 料理も絶対に洋食は食べないし、と言う彼に、後藤も頷く。
 「こんなに明るすぎるのは雅じゃないって言うな、きっと!」
 「博多、ここは決断だぞ」
 ぽす、と、厚が博多の肩を叩いた。
 「見よう見真似でできないことはないけど、今、初めてこの画像を見た俺らよりは、たぶん、実物を知ってる客の方が知識は深いはずだ。
 みっともない結果を出すくらいなら、無理だと断ることも恥じゃないぜ」
 と、後藤ももう一方の肩を叩く。
 「そうだそうだ。
 設計士は外部委託して、こっちは作業員の手配をすればいいじゃないか。
 全部自力でやってたら、せっかくの儲けが減るぜ?」
 「そうやね・・・。
 下手打って事故でも起こしよったら、信頼まで失いかねんけん・・・」
 しょうがない、と、博多はため息をついた。
 その時、
 「みんなここにいたのか」
 突然襖が開き、声を掛けてきた兄に全員が飛び上がる。
 「どこへ行ってしまったんだろうって探していたんだよ。
 私を一人、部屋に置いてけぼりなんてひどいな」
 寂しげに呟く一期一振に背を向けた鯰尾が、慌ててカメラをポケットにしまい込んだ。
 その姿を隠すように立ち上がった薬研と乱が、ひきつった笑みを兄へ向ける。
 「い・・・いち兄、なんか用か?!」
 「ひとりぼっちだったの?!
 みんなどこにいたんだろ・・・って、ここかぁ!
 じゃあ、いち兄が迷子だったんだよ!」
 「用とか迷子とか・・・」
 二人の苦しげな言い様に、一期一振が苦笑した。
 「なんだか冷たいな、お前達。
 博多も、言いたいことだけ言って、さっさと行ってしまったし」
 わざとらしいほどに寂しそうな目で見られた博多が、気まずげに首をすくめる。
 「だっていち兄、客間に近づくなって、主に言われとーし・・・」
 「確かに客間への接近は禁止されたが、鶴丸殿のように閉じ込められたわけではないし。
 誰か一緒にいてくれたっていいじゃないか」
 仲間はずれなんて酷い・・・と、泣き真似をしてやると、五虎退が気づかわしげに寄って来た。
 「ご・・・ごめんなさい、いち兄・・・」
 「仲間外れとか・・・そんなつもりはありませんでしたよ」
 「そうです。たまたま集まった場所が別室だっただけ・・・です」
 同じく寄って来た平野をフォローするように、前田が苦しげな言い訳をする。
 気まずげな弟達を見渡した一期一振は、こちらに背を向ける鯰尾に目を止めた。
 「鯰尾、私にも見せてくれないか」
 「なっ?!なにをっ?!」
 あからさまに動揺する彼へ、一期一振はにこりと微笑む。
 「物見高いお前のことだもの、例の審神者殿の写真を撮っているんだろう?」
 歩み寄ろうとすれば、縋っていた三人に止められ、予想を確信に変えた。
 「やっぱり、持っているね?」
 その言葉に全員が、しまったと蒼ざめる。
 しかし、
 「・・・いち兄。
 あれは、いち兄のためにも、この本丸のためにも、見ない方がいいと思う」
 無表情のまま、進み出た骨喰の冷静な声に、一期一振の顔から笑みが消えた。
 「それほどか・・・。
 ならばぜひとも見たいが・・・」
 一期一振が伸ばした手を、薬研が制止する。
 「やめてくれ。
 見るならせめて、客が帰ってからにしてくれ」
 「それだって本当は・・・イヤなんだよ。
 いち兄が、あの審神者さん目当てにあの人の本丸を攻めちゃったら、あるじさんが困るもん」
 乱にまで首を振られて、一期一振はため息をついた。
 「演練以外で接点のない本丸に、どうやって攻めるんだ。
 せいぜい、また来ていただけるように取り計らうくらいしかできないよ」
 「リピーターは嬉しかけど、セクハラはホントいかんばい!!」
 「宿の評判が落ちたら、主君が困りますっ!!」
 今は大事な時だと、博多と秋田に縋られて、口をとがらせる。
 「なんて信用がないんだろう!
 冷たい弟達だ!」
 「自業自得だぜ、いち兄!」
 「軌道に乗るまではおとなしくしててくれよ!な?!」
 厚と後藤にまで迫られて、一期一振は渋々頷いた。


 「おかえり、兄弟達!
 僕を置いてけぼりにして、自分達だけ楽しんで来るだなんて・・・!」
 物吉達を迎えた亀甲が、うっとりと頬を染める。
 「なんて素敵なドS!
 パパ貞宗は僕に素晴らしいご褒美をくれたよね!」
 嬉しそうに笑う彼にしかし、二人は無反応だった。
 「・・・あれ?
 二人共、珍しく元気がないじゃないか。
 ・・・・・・っもしかして!」
 息を荒くして、亀甲が詰め寄る。
 「セクハラかい?!お客様にセクハラされたのかい?!
 羨まし・・・!」
 「亀甲、ちょっと黙って」
 さすがに苛立った太鼓鐘が、眉根を寄せた。
 「粟田口の脇差兄弟に意地悪されたんだ。
 ・・・なんか、留飲を下げるいい方法ないかなー!」
 このままじゃおさまらないと、口をとがらせる太鼓鐘に、亀甲が目を輝かせる。
 「いじわる・・・だって?!
 まさか、靴に画鋲を仕込まれたとか!縛られて監禁されたとか!あまつさえ、焦らしプレイで泣いておねだりさせられたとか?!
 素敵だねぇっ!!!!」
 「・・・え」
 「いや・・・そんなあからさまなことはさすがに・・・・・・」
 よくよく会話を思い出した二人は、眉根を寄せて顔を見合わせた。
 「太鼓鐘君、僕・・・被害妄想だったかな?」
 「言われてみれば・・・攻撃されたとかじゃないな」
 傍から見れば、確かに被害妄想だと言われてもしょうがない。
 が、あの雰囲気は間違いなく、一触即発だった。
 「ねぇねぇ、兄弟達v
 楽しげに笑う亀甲を、二人は見遣る。
 「大坂の陣じゃあ、城を攻略するために、外堀を埋めることから始めただろう?
 相手がじわじわと徳川を追いつめる作戦なら、こちらも相手の弱みを突いて、外堀を埋めて行く作戦なんてどうだろうv
 「弱み?」
 「一期一振の女好きとか?!」
 小首を傾げた物吉の代わりに、太鼓鐘が身を乗り出した。
 しかし亀甲は彼の問いには答えず、嬉しそうに笑う。
 「真綿で首を締めるように・・・って、気持ちよさそうvvv
 ご主人様、クビシメプレイはお好きかなぁv
 幸せな気分で逝けそうだとほざく亀甲を放置して、太鼓鐘は物吉の手を取った。
 「もう一回行こうぜ!
 例の審神者を一所懸命おもてなしして、リピーターになってもらうんだ!!」
 「え・・・?」
 どういうことだろう、と不思議そうな物吉に、太鼓鐘がにんまりと笑う。
 「あの人が来る度に、粟田口はざわついて本丸の掌握どころじゃなくなるってこと!
 その隙に、徳川が勢力を伸ばすんだ!」
 「そうか・・・!」
 晴れやかな笑みを浮かべて、物吉は大きく頷いた。
 「やりましょう!徳川の名誉にかけて!!」


 ――――・・・水面下で関ケ原級の戦が行われていたとは、当人達以外、誰も気づかないまま聖夜が終わり、時の流れは年の瀬へ向けて一気に加速したかに思えた。
 客の対象を審神者に絞っていたため、思わぬ休館日となってしまった大晦日。
 とうとう・・・厨房の要が倒れた。
 「・・・やっぱり熱あるぞ、光坊。
 部屋に戻れ」
 光忠の額に手を当てて、鶴丸が苦笑する。
 「いや・・・でも、おせちが・・・・・・」
 辛そうに吐息しつつ、柱に背を預ける光忠の腕を、大倶利伽羅が取った。
 「・・・根を詰めすぎたんだ。
 主の命令も聞かず、一晩中ここにいるからだぞ」
 「そうだよ、みっちゃん!
 厨房にいると全然休まないから、見かねた主が近場の遠征に行かせても、食材仕入れてさっさと帰って来るし・・・。
 ちょっと料理から離れろよ」
 な?と、小首を傾げて、貞宗は彼の手を取る。
 「そんな状態じゃ、味もわかんないだろ。
 後は俺がばっちりやってやるからさ!」
 任せろ!と、頼もしく請け負った彼に、光忠も苦笑して頷いた。
 「そうだね・・・せっかくのおせちを台無しにしちゃだめだ」
 「歌仙にも手伝いを頼むから、安心して寝てろよ」
 鶴丸がにこりと笑い、大倶利伽羅が頷く。
 「伽羅坊、部屋を暖めて、光坊を寝かせたら薬研から薬をもらって来てくれ。看病は頼むぞ。
 光坊、後で粥を持ってってやるから、余計なことは考えずにじっとしてろよ!」
 「わかったよ、鶴さん。
 後はよろしくね、貞ちゃん」
 大倶利伽羅に支えられつつ、よろよろと厨房を出た彼の背中に貞宗がため息をついた。
 「これ、絶対、主が気にするよなぁ。
 最初から、みっちゃんに負担を強いるようならやらないって言ってたもんなぁ」
 「勝手に無理をしたのは光坊だ。
 まぁ・・・あいつの場合、他人が作ったものを食えないってトラウマがあるようだからなぁ・・・」
 なんとかしないと、と呟いた鶴丸は、暖簾をめくって入って来た、割烹着姿の主に目を丸くする。
 「こりゃ驚いた。
 珍しい御仁の登場だ」
 皮肉げに言いながらも、どこかほっとした様子で鶴丸は笑った。


 「おーい、光坊。
 調子はどうだ?」
 細く開けた襖の隙間から覗き込むと、大倶利伽羅に支えられ、布団の上に身を起こした光忠が呆然として、手元の膳を見つめていた。
 「ありゃ、みっちゃん!
 髪の毛ぐしゃぐしゃじゃんか!」
 なにがあった、と、襖を開け放って入って来た貞宗に、光忠は照れ笑いを向ける。
 「・・・主くんの、ぎゅっとして『大丈夫大丈夫』って頭撫でてくれるの・・・・・・いいね」
 初めてだ、と、嬉しそうな光忠に鶴丸が吹き出した。
 「短刀以外には、よっぽど弱ってない限りはやってくれないけどな。
 主はどこ行った?」
 厨房から持って出た膳は光忠の手元にあるが、本人の姿はない。
 と、
 「今剣くんと小夜ちゃんが怪我して戻って来たって聞いて、手入れ部屋に行ったよ。
 二人をねんねんころころしたら、歌仙君とおせち作りするって」
 どこか羨ましげに言った光忠は、はっと見開いた目で三人を見渡した。
 「それよりさ・・・!
 さっき、主くんから聞いたんだけど!
 政宗公の毒殺未遂事件がでっち上げだったって、ほんと?!
 みんな知ってたの?!」
 問うた光忠に、枕元に座った三人が揃って頷く。
 「みっちゃん、あの話を聞く前に水戸に行っちゃったもんなー。
 な、伽羅?」
 貞宗に声を掛けられ、大倶利伽羅も頷いた。
 「俺と貞を、ご嫡子だったかご嫡孫だったかに見せていた時だ。
 どの刀でご舎弟を斬ったのかと問われて、あれはでっち上げだと。
 ご舎弟は出家しただけで生きているし、母上による毒殺未遂事件も、太閤の催促を交わすための嘘だったと言っていた」
 大倶利伽羅の言葉に、貞宗がうんうんと頷く。
 「おかしいと思ったんだよなー!
 毒殺未遂で追放したはずの母上に、流行りの着物贈るんだって、うきうき手紙書いてるし?
 母上からお小遣いもらったー!って、わくわく手紙読んでるし?
 え、なにこの状況?って思ってたらそういうことだったってさ」
 笑う貞宗につられて、鶴丸も笑い出した。
 「俺も、伊達に来たのはその話が広まっていた頃だからな。
 誰が斬ったんだ?って聞いたら『あれは嘘だ』ってあっさり言われてなぁ・・・。
 なーんだ、と思ったんだ」
 「そう・・・だったんだ・・・・・・」
 苦笑して、光忠が匙を手に取る。
 思わず姿勢を正した枕元の三人が、緊張気味に見つめる中、光忠は主お手製の病人食を口に運んだ。
 「・・・豆腐だ」
 米の粥だと思っていたのは細かく刻んだ凍み豆腐で、潰した梅を入れた鰹出汁が十分に浸み込んでいる。
 葛でとろみをつけた出汁はやや甘く、身体の中から温まる心地がした。
 付け合わせは色とりどりの新鮮な果物のほか、温かい汲み豆腐に甘い醤油をとろりとかけていて、いつもは九州勢に対し否定的な光忠も、笑わずにはいられない。
 「どうあっても、甘いお醤油を認めさせたいみたいだね、主くんは」
 光忠が肩をすくめると、腕を組んだ鶴丸も唸り声をあげた。
 「豆腐に甘い醤油・・・は、意外とうまいよな」
 「うーん・・・豆腐は許せるかな、豆腐は」
 でも刺身はダメ、絶対、と首を振った貞宗が、ふと顔をあげる。
 「そいや俺、主が厨房に来たのって初めて見たんだけどさ。
 もしかして・・・」
 貞宗に指された光忠が、気まずげに目を逸らした。
 「そう・・・。
 僕が顕現した直後、お醤油のことで主くんと大喧嘩して・・・それ以来、主くんは厨房に来なくなっちゃった」
 「主の作る菓子・・・短刀達に人気だったんだがな」
 非難する目で見つめてくる大倶利伽羅からも、光忠は懸命に目を逸らす。
 「お互いに譲らないからなぁ。
 ・・・いや?
 主がお前に厨房を譲ったのか」
 と、鶴丸に笑われた光忠は背を丸くした。
 「・・・さっき、このお膳を持って来てくれた主くんにさ、叱られちゃったよ。
 私が作った料理くらいは信用しろ。それから、せめてこの本丸の刀剣くらいは信じろって」
 「え、無理」
 主はともかく、他の刀剣・・・特に粟田口は信用できないと、貞宗が断言する。
 そんな彼らに、鶴丸は呆れた。
 「おいおい、お前ら!
 忘れたのか?
 この本丸唯一にして、最上位命令は『主の刀剣を壊すな』だぞ?」
 その他のことは自由にしていいと言う、主の大雑把な気質は鶴丸の好むところだ。
 「この本丸の中で、互いに害することは、絶対!無理だ!」
 語気を強めた鶴丸が、貞宗と光忠の肩をがしりと掴んだ。
 「この本丸の一員である以上、危険は一切ないと、俺が断言するぞ!」
 得意げに自身を指す鶴丸に、二人は吹き出す。
 「なんだか・・・鶴さんに言われると、そうかなって思っちゃうね」
 「鶴の上に、年の功だもんな!」
 「そうだな・・・」
 大倶利伽羅も頷き、薬研からもらって来た薬を膳の上に置いた。
 「だからこれも、信用しろ。
 何か腹に入れてから飲め、だそうだが・・・」
 むぅ、と、眉根を寄せる。
 「光忠の場合、栄養を摂って寝ることが一番の薬だって・・・俺が怒られた」
 納得いかない、とぼやく大倶利伽羅の頭を、光忠が笑って撫でた。
 「うん・・・そうだね。
 頑なになりすぎてたみたいだ」
 匙でつつけばふるふると揺れる豆腐に、光忠は笑みをこぼす。
 「なんだか、政宗公の五常訓みたいだよな、みっちゃん!」
 「あぁ、豆腐に例えたって話があるな」
 本当かどうかは怪しいが、と、鶴丸は身を乗り出した貞宗の服を引いて座らせた。
 「・・・仁に過ぎれば弱くなる。
 義に過ぎれば固くなる。
 礼に過ぎればへつらいとなる。
 智に過ぎれば嘘をつく。
 信に過ぎれば損をする」
 ぼそぼそと、独り言のように大倶利伽羅が呟く。
 「行き過ぎは・・・ダメだったね」
 ほふ・・・と、匙をくわえたまま、光忠はため息をついた。
 「行き過ぎっていうより、何でもかんでも一人でやろうとするのが間違いなんだよ」
 乱れた髪を手ぐしで整えてやりながら、鶴丸は笑う。
 「最初から全員は信じられなくていいさ。
 だがまずは、主と俺らくらいは信頼しろよ」
 ぽすぽすと、軽く頭を叩いてやると、光忠は苦笑して頷いた。
 「明日のおせちを・・・楽しみにするよ」


 「・・・歌仙殿が、ぬしさまを盗ってしまわれた」
 「とってない、とってない」
 厨房の出入口にかかる暖簾の陰から、恨みがましい目で睨んでくる小狐丸へ、歌仙は笑って首を振った。
 「それほど言うなら、君も手伝いたまえよ、小狐丸。
 乾物を取りに行った主も、そろそろ戻るからさ」
 一緒におせち作りをしよう、と声を掛けると、おずおずと入ってくる。
 「・・・私のように大きなものがいては、お邪魔では?」
 「光忠君に合わせて作ってあるから、心配はいらないよ」
 それに、と、歌仙はにこりと笑った。
 「君がいれば、主のご機嫌も麗しくなるというものさ」
 「・・・っでしたら、喜んでお手伝いいたしましょうv
 途端に晴れやかな顔になった彼に、歌仙が吹き出す。
 「こちらの白雲も晴れたようだね」
 厨房の窓から雪景色を眺めつつ、歌仙は新たな年を迎える準備を始めた。



 了




 










め・・・めりーくりすまーす!
いつもなら、アレン君お誕生日SSを書いていなきゃいけないのに、こっちを書いちゃってすみません;;;;
いや!本当に悪いと思っている!(真顔)
ただ・・・本気でネタがなかったので別ジャンルになりました。
ごめんなさいごめんなさい;;;
そして、いち兄と鯰が黒々しててごめんなさいごめんなさい;;;
我ながら、驚きの黒さです!
物吉君まで黒くなりそうな勢いでした!>まだ白いと信じている!
今の所は粟田口vs貞宗+ソハヤですが、そのうち勢力争いが激しくなっていくんだろうなぁと、微笑ましく見ています。←
ちなみに今回メインの話は、歌仙のお悩み相談室と、オカンのトラウマ克服でした。
鶴が伊達家に来たのは、オカンが水戸に行った後なので、二人に直接の面識はないはずなんですが、公式が仲良し設定しているので、お見舞いシーンの時間軸で『あれ?』と思うことがあっても、華麗にスルー推奨です。
五常訓を豆腐に例えて、というのも、昔の大河ドラマの脚色ですからスルーしてください(笑)













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