〜 春の初花 〜






 長い間、空を覆っていた雲にもようやく綻びが見えるようになった頃。
 未だ庭木に残る雪が淡い陽光に耐えかねて、雫を落とす様を三日月は、雪見障子越しに眺めた。
 「谷風に 解くる氷の隙間(ひま)ごとに うち出づる浪や 春の初花」
 笑みを含んだ声で呟いた時、
 「お待たせー!お茶を持って来たよ!」
 陽気な声と共に、光忠が襖を開ける。
 「おぉ、待ちかねたぞ」
 炬燵の中に潜っていた鶯丸も顔を出して、嬉しそうに座り直した。
 「はい、どうぞー!」
 と、置かれた盆の上には茶器しかなく、三日月と鶯丸は、しょんぼりとした目で光忠を見る。
 「茶菓子は・・・」
 「夕飯前にはダメだって、昨日も言ったでしょ」
 にこりと笑う光忠の前で、二人は肩を落とした。
 「良いではないか、少しくらい・・・」
 「そうだ。茶だけでは物足りないぞ・・・!」
 潤んだ瞳の訴えには、しかし、厳格に首を振る。
 「そんなこと言って、お菓子の食べ過ぎで夕飯食べられないって言ったのはどこの二振かな?」
 「う・・・しかし・・・・・・」
 「しかしじゃありません」
 うなだれる二人の前で、光忠はまたも首を振った。
 「子供達の手本になるべき二振が、そんなことじゃ示しがつかないでしょ。
 夕飯まで我慢!」
 叱られた二人は、仕方なく湯呑に茶を注ぐ。
 「・・・老い先短いジジィになんと冷たいことだろう。なぁ、鶯丸?」
 「まったくだ・・・。
 若い連中は、年寄りに飢えて死ねと言うのだな・・・」
 茶をすすりながらぼやく二人に光忠が吹き出した。
 「はいはい、そんな哀れっぽく言っても駄目だよ。
 お腹すいてた方が、夕飯もおいしく食べられ・・・なに?」
 廊下を騒々しく駆けてくる音に振り返ると、乱暴に襖が開く。
 「ここか、光坊ー!!!!」
 「こちらにおわしまするか、三日月殿!」
 鶴丸はともかく、小狐丸までもが駆け込んで来る様に、全員が腰を浮かした。
 「戦か!!」
 表情を厳しくした彼らへ、しかし、鶴丸は笑って首を振る。
 「面白いことになった!
 これ!見ろこれ!!」
 「私も入手いたしましたぞ、三日月殿。
 鶯丸殿もいらしてよろしゅうございました。どうぞご覧あれ」
 やけに楽しげな声で言うや二人は、差し出した端末に動画を表示させた。
 「あ・・・うん、なるほど・・・」
 「これはこれは・・・」
 「まぁ・・・新参には、良い薬やもしれんな」
 二方向から撮られた主と大包平の姿に、光忠は苦笑し、鶯丸はため息をつき、三日月は笑い出す。
 「カッコいいだろう?!
 これ、床ドンって言うらしいぞ!
 俺も、壁ドンは知っていたが、床ドンなんてもんがあるなんてなぁ!」
 目をキラキラと輝かせる鶴丸に、小狐丸も頷いた。
 「膝裏に強烈な蹴りを入れるや襟首を掴んで引き倒されて・・・まさに、流れるような動きでございました。
 これはぜひとも三日月殿にお見せせねばと思いまして」
 随分と楽しそうな二人へ、光忠が手を差し出す。
 「あの・・・鶴さん、小狐丸さん・・・。
 大包平君は一体、なんでこんなお仕置きをされたのかな?」
 「いや・・・俺はなんとなくわかるぞ」
 乾いた声をあげた鶯丸が、大きなため息をついた。
 「きっとあの馬鹿・・・主に上から目線で何か言ったんだろう」
 「えぇ、その通りでございまするよ」
 「俺でも、あれはないって思った傲慢さだったぞ」
 苦笑する小狐丸の隣で、鶴丸が笑い出す。
 「なんたってあの、気位の高い主を『お前』って呼んだんだからな、あいつ!」
 大包平の口調を真似た鶴丸に、小狐丸が深く頷いた。
 「皆より審神者就任二周年の言祝ぎを受けられて、大層ご機嫌でいらした際にお前呼ばわりでございますから。
 一瞬で笑みを消されて、そこを動くな、と厳しい口調で命じられたと思いましたら、すかさず背後に回られて、膝裏に蹴りを」
 「そりゃあもう、容赦なかったよな!
 着物の裾を蹴り上げたと思ったら、がつんって!!
 骨が折れたか、って音がしたからな!」
 なぜか楽しげに、鶴丸は頬を紅潮させる。
 「そして、頭割れても知るか、って勢いで襟首引いて床に叩きつけて、ダンッて!」
 と、光忠を押し倒した鶴丸が、手を畳に叩きつけた。
 「殴ったのか、ってくらいすごい音させて大包平の顔の横に手をついてな、ぐいって顎持ち上げて・・・!
 ―――― 調子に乗るなよ、小犬が。我が本丸に集う六十一振、そのうち太刀は二十二振。
 貴様がいなくても、この本丸は揺るがない。誰が主人かわきまえろ・・・解かすぞ、って!!」
 「やめて鶴さん!
 動画見ればわかるから!僕で実践するのやめて!!」
 じたじたと暴れる光忠から、鶴丸が笑って手を放す。
 「カッコよかったよな!な!小狐丸!」
 「えぇ。
 お子達など、うっとりとされて。
 今、お子達が我も我もとぬしさまの床ドンをご所望です」
 「待て・・・」
 小狐丸の言葉に、思わず三日月が手を伸べた。
 「童たちにまで『解かすぞ』などと言っておるのか、あれは」
 それはむごい、と眉根を寄せる彼に、鶴丸が首を振る。
 「まさか!
 子供達とはじゃれあっているだけで、冗談でもそんなことを言うもんか。
 だがあの調子だと、そのうち亀も来るな、きっと!」
 「それで・・・」
 ため息交じりに、鶯丸が口をはさんだ。
 「あの馬鹿は今、どうしているんだ?」
 問われた鶴丸が、首を傾げて小狐丸を見遣る。
 「さて・・・どうしたかな?」
 「ぬしさまに手を解かれた途端、尻尾を丸めて数珠丸殿の元へ。
 きゅんきゅんと、それは哀れげに鳴いておられましたよ」
 そら、と、小狐丸は手にした端末に動画を表示させた。
 数珠丸の前で膝をつき、ぷるぷると肩を震わせる姿を見るや、三日月は袖で顔を覆う。
 「見ておれんな、気の毒に・・・!」
 彼の押し殺した声に、小狐丸はにこりと笑った。
 「三日月殿。
 そのように隠れてお笑いにならずとも」
 「やれやれ・・・」
 よっこらせ、と、鶯丸が腰を上げる。
 「数珠丸殿に任せきりじゃ申し訳ない。
 俺もあの馬鹿犬を躾けてくるよ」
 珍しく不機嫌な顔をした彼を、三日月は笑いを堪えつつ見送った。


 「いち兄、おかえりー!
 見て見てこれ!楽しいよ!」
 一方、主と弟達とのじゃれあいを収めた鯰尾は、戦場から戻ったばかりの一期一振を捕まえて、端末に動画を表示させた。
 「はは!
 秋田、顔を真っ赤にしてv 可愛いなv
 「五虎退なんか、耳まで赤くなっちゃってv
 主も、なんだか子供を襲ってるみたいだ、って、つられて赤くなってましたよ!」
 くすくすと笑う鯰尾に、一期一振は首を傾げる。
 「しかし、なんの遊びかな、これは?」
 「元々は遊びじゃなかったんだ。
 ね、骨喰?」
 肩越しに見遣ると、ひっそりと傍にいた骨喰がこくりと頷いて自身の端末を差し出した。
 「大包平・・・躾けられた」
 そう言って彼が再生した動画に、思わず吹き出す。
 「これはっ・・・気の毒に・・・っ!」
 「いち兄・・・我慢しなくても、ここには俺達しかいない」
 顔を真っ赤にして肩を震わせる兄に、骨喰が小首を傾げた。
 「上手にできたよね、主!
 これ、俺達が教えたんですよ!」
 ね?と、見遣った骨喰も頷く。
 「俺たちの手合わせを見ていた主が、自分もやってみたいなんて言い出して。
 身長同じくらいだし、自分より大きな者を倒す時はどうすればいいか教えてくれって言うから・・・」
 練習した、と言う骨喰の頭を、一期一振は撫でてやった。
 「それは誉だったな。
 これほど見事に動けるなんて、きっと教え方がうまかったんだ」
 「えへへー!主にもそう言われましたよ!」
 続いて頭を撫でられた鯰尾が、兄の手の下で得意げに笑う。
 「こんなにうまくいくなんて思ってなかったから、俺も感心しちゃって!
 この動画、うちの本丸の紹介サイトにアップしちゃっていいですよね?
 俺の主、男前だよ!って自慢しちゃお!」
 と、端末を弄ろうとした鯰尾の手を、一期一振はすかさず掴んだ。
 「いや・・・それは待つんだ、鯰尾。
 きっとまずいことになる」
 「えー!なんでー!!」
 不満げな鯰尾に、しばらく考え込んでいた骨喰も首を振る。
 「博多が・・・怒鳴り込んでくると思う。
 せっかく反対派を潰して、癒しの温泉宿で売り出そうとしているのに、女将が男前じゃ・・・」
 「大丈夫だって!
 審神者なんて武闘派揃いだし、カッコいい方が受けるって!」
 なおも強硬に言う鯰尾の手の中で、通知音が鳴った。
 「主から連絡だ。
 えーっと・・・『各刃、撮った動画はロックをかけて厳重に管理のこと。流出した場合、私の借金を全額負わせます。』って・・・えー・・・!」
 何よりも効果的な罰に不満の声を上げつつ、鯰尾は動画にパスワードを設定する。
 「なんだよなんだよっ!
 光忠さんがいつも『今日のお料理・温泉宿編』とかアップしてイイネもらってるから、俺もやりたかったのに!」
 「あれは温泉宿の宣伝用だろうに」
 「あれのおかげで予約も増えたって、博多が喜んでた」
 でも、と、骨喰が小首を傾げた。
 「新年会の予約も落ち着いたし、そろそろ客が減る頃じゃないか?」
 「そうか・・・本丸が静かになって、いいことだ」
 不機嫌になった兄に、鯰尾が笑い出す。
 「排除されたからって、そんなに拗ねることないのに!」
 「いち兄の・・・自業自得」
 「・・・うるさいね、お前たちは」
 ぐりぐりと弟達の頭を掻き回す一期一振の背に、声が掛かった。
 「失礼。通していただきますよ」
 「太郎殿・・・こちらこそ失礼を」
 出陣の間から出て来た太郎太刀に、回廊を塞いでいた三人が慌てて道を開ける。
 「お一人で出陣でしたか?」
 小首を傾げる一期一振に、太郎は首を振った。
 「社を次郎に預けて、一旦戻ったのですよ。
 節分まで神剣は、社の方が忙しいのですが、大太刀が三振りも離脱しては主がお困りだと聞きましたので」
 「あぁ!そうなんですよ!」
 太郎の言葉に、鯰尾が大きく頷く。
 「松の内にもかなり出陣命令が来たのに、大太刀が蛍ちゃんしかいないって、主が焦ってました」
 ね?と、見遣った骨喰も頷いた。
 「蛍は・・・自分一人で大丈夫だって言って、本当に誉を独り占めしていた」
 「ほう・・・有言実行とはさすがですね。
 私も褒めてあげなければ」
 微笑む太郎に、一期一振は小首を傾げる。
 「では、社へお戻りになりますか?」
 「いえ」
 その問いには、首を振った。
 「出陣以外にもお役目が。
 重要な鍛刀は、私がやらなければなりませんから」
 「ですよねー!」
 信頼と実績!と、鯰尾が拍手する。
 「でも、大事な行事なのに、次郎さんだけで大丈夫なんですか?」
 鯰尾の遠慮のない問いには、太郎も思わず吹き出した。
 「松の内は初詣の参拝が多いのですが、明けてから節分までは、厄年の方々が厄払いにいらっしゃることが多いのです。
 次郎は、細々とした願いを聞くことは苦手ですが、一斉に厄を落とすことには私より長けていますよ」
 「なるほど・・・。
 振り回しときゃ当たる、ってそう言う・・・」
 妙に納得した風に頷く骨喰に微笑んで、太郎が会釈する。
 「では、お先に」
 「えぇ」
 一礼して太郎を見送る一期一振の袖を、鯰尾が引いた。
 「太郎さんが戻ってくれたんなら、今年は大々的にやっちゃいましょうよ、豆まき!
 去年は神剣がいなかったら、なんか身内で終わっちゃったし、一昨年なんて、いち兄いなかったし!」
 「・・・まだ私の遅参を根に持っているのか」
 「そうじゃない。事実」
 乾いた声をあげる一期一振にとどめを刺して、骨喰は回廊の先を見遣る。
 「温泉宿のお客も誘ってやれば、喜ぶかも」
 「いいね!
 盛り上げちゃおう!」
 こぶしを振り上げて張り切る鯰尾に、一期一振も笑って頷いた。


 「おい、国広しんねぇか?」
 襖を開けるや問うた和泉守兼定に、ちゃぶ台をはさんで向かい合っていた清光と安定は揃って首を振った。
 「知らなーい」
 「僕達、ずっとここにいたから・・・キヨ、もういい?」
 あっさりと視線を戻した安定に、清光が頷く。
 「いいよ、次、右手入れて」
 「・・・なにやってんだ?」
 兼定が思わず口を出すと、清光が嬉しそうに目を細めた。
 「ジェルネイルv
 主に教えてもらったんだけど、ずいぶんうまくなったんだよ、俺v
 特別な光が出る機器の中に、専用の爪紅を塗った手を入れて固めるの。
 普通の爪紅より持ちがいいんだーv
 ね?と、見遣った安定は、左手を預けた清光に頷く。
 「僕も、最初は可愛すぎてやだって言ってたんだけど、戦闘で激しく打ち込まれても爪が割れないって、かなり便利だし、安心だよね。
 前に、敵の攻撃を受け流し損ねて、爪が剥がれちゃったことあってさ・・・あれは痛かった・・・」
 「あーもー!その話やめてってば!聞くだけで痛い!
 だから爪紅くらいしとけって言ったのにー・・・はい、左手完成ーv
 右手ももういいよ」
 「うん。
 あはv 兼さん、見てよ!新選組模様ーv
 安定が差し出した手を見ると、浅葱色に白のだんだら模様が描かれ、誠の字まで入っていた。
 「へぇ。
 爪にこんなこと、できるもんだな」
 「俺が器用だからだよv
 屈みこんだ兼定に、清光が得意げに笑う。
 「兼さんもやる?
 デザインネイルが敷居高いなら、透明なのもできるよ。
 それなら、爪の保護だけってのも可能だし」
 「そりゃいいな!
 爪って、自分でもめくっちまったりするからな。いっちょ・・・」
 「隙ありっ!」
 「はっ?!」
 突然膝裏を蹴られ、のけぞった兼定の背を、背後に忍び寄っていた国広が受け止めた。
 「〜〜〜〜なにしてんだ、いきなり!!」
 不安定な姿勢のまま睨みつけると、国広はなぜか、感心したように頷く。
 「確かに、これなら大した力がなくても、自分より大きな相手を倒せるね」
 「・・・は?なにそれ」
 訝しげな顔をする清光に、国広は端末を差し出した。
 「主さんに、就任二周年おめでとう、って言いに行ったんだけど、こんなことになっちゃって」
 「んー?」
 国広の手元を覗き込んだ清光が、眉根を寄せる。
 「・・・もう、主ー。着物の裾蹴り上げちゃって、はしたないなー」
 「でもこれ、上手。ずいぶん練習したんじゃない?」
 ねぇ?と、見遣った国広は、頷いて兼定の襟首を引いた。
 「こうやって引き倒して、素早く前に回って顔の横に手をついて。
 で、膝下で胸を押さえつけてるでしょ。
 これじゃあ、相手は立ち上がれないよね」
 「ちょっ・・・いてぇっ!俺で試すな!!」
 悲鳴を上げる兼定の長い黒髪が、自身の手の下にあることに気づいて、国広は瞬く。
 「あ・・・なるほど。
 主さんはそこまでやってなかったけど、本当は髪を掴んで押さえつけるんだ」
 うんうん、と、一人納得する国広に、清光と安定が苦笑した。
 「そろそろ放してあげなよー」
 「兼さん、泣いちゃうよ?」
 「泣かねぇし!!」
 ようやく解放された兼定が、乱れた髪をかき上げる。
 「俺で試すなよ!!」
 「だって、ちょうどいい所に立ってたし」
 悪びれずに言った国広は、にこりと笑って兼定にも動画を見せた。
 「ね?上手でしょ」
 「・・・誰だ、主に余計なこと教えたのは!」
 忌々しげに言う彼に、国広は『多分』と小首を傾げる。
 「鯰尾と骨喰じゃないかな。
 二人でハイタッチしたり、妙にはしゃいでたし」
 「あぁー・・・。
 あの二人、体術もすごくうまいもんね」
 きっとそうだ、と頷く安定に兼定が鼻を鳴らした。
 「そんなもん、主に教えてどうすんだ!
 大将が自分で自分の身を守らなきゃならない状況になった時点で負け戦だろ!」
 「うーん・・・。
 でも、本丸の外では、常に誰かが傍にいるってわけじゃないしね。
 本陣は刀剣の持ち込み不可だし」
 「まさか、本陣で命狙われるくらいの敵作っちゃってんの、主ってば?」
 国広を茶化すつもりだったが・・・清光は、深刻そうに眉根を寄せる。
 「・・・敵は絶対潰すって人だから・・・そうなのかな」
 「こえーこと言うなよ!!」
 ありえないことではないだけに、兼定の声が引きつった。
 「まぁ・・・。
 主の命を狙ってる人は、本丸の中にもいるけど」
 本気かどうかはわからないけど、と、安定が苦笑する。
 「髭切?
 あれは本気だよ。目が笑ってないもん」
 「いつか刑部姫退治、なんて言ってるよね」
 「いや、止めようよ?!」
 平然と言う清光と国広に、安定が悲鳴じみた声を上げた。
 「だって主さん、本当に化生しそうな残酷さですもんね。
 僕、兼さんが来る前に何度も折れるかと思った」
 ため息をつく国広に、清光も深く頷く。
 「あれはね、歌仙が悪いんだよ。
 ちゃんと主を導かなったの。どころか・・・」
 と、深いため息をついた。
 「本陣の連絡不行き届きで、別の隊と揉めたことがあってさ。
 陸奥守が、こういうことは話し合いで穏便に済まそう、って提案したのに、主ってば、二度とふざけた真似ができないよう、本陣シメる、なんて言い出して。
 俺も蜂須賀も、怒るのはわかるけど、同じ陣営で揉めるのはまずい、って言ったのに、歌仙の奴・・・!」
 きゅっと、清光の眉間に深くしわが寄る。
 「やるなら徹底的に。状況を全体に知らせた上で、本陣に公開謝罪させること、って・・・。
 それってさー・・・老中がミスって各藩に迷惑かけたから、将軍にみんなの前で土下座させろって言ってるようなもんじゃない?
 傍観してた山姥切まで、慌てて止めに入ったからね」
 「・・・審神者って神職だろ?
 なんでそんなに荒ぶってんだ」
 呆れる兼定に、清光は首を振った。
 「似た者主従、大変だったんだって・・・!
 能力足し算じゃないんだ、掛け算なんだ・・・」
 武闘派まっしぐら、と、またため息をつく。
 「まぁ・・・俺も戦闘に関しちゃ、重傷までは怪我じゃない、なんて言っちゃったせいで、すっごい乱暴な扱いされて大変だったんだけど。
 小狐丸が来てくれてからはようやく落ち着いてさ。
 おかげで未だに、あの人には頭あがんない」
 「歌仙さんは歌仙さんで、主が乱暴なのはキヨの言葉を真に受けたせいだって怒ってたけどね」
 くすくすと笑って、安定は国広を見遣った。
 「それで、大包平さんは怒られっぱなし?」
 「うーん・・・どうだろう?」
 国広は首を傾げる。
 「僕が見てる間は、数珠丸さんに慰められてたな。
 主さんはじゃれついてきた短刀達と遊んでたし」
 でも、と、彼は兼定を見遣った。
 「フォローはするよね、きっと」
 「・・・なんで俺を見るんだよ」
 「だって・・・」
 「ねぇ?」
 顔を見合わせて笑う清光と安定に、兼定は口をとがらせる。
 「確かに、主にはよく怒られたけどよ・・・」
 だが、酷く叱られた後には、重要な戦の隊長を任されたり、しばらく近侍に置かれたりと、見捨てられる不安だけはなかった。
 しみじみと言う兼定に、清光が笑い出す。
 「汚名返上の機会をくれるんだけど・・・そういうことを普通にやるから、プロのドSなんて言われるんだよねー」
 「またそんなこと言っちゃってv
 主に言いつけちゃいますよ?」
 にゅっと襖の隙間から顔を出した鯰尾に、皆が飛び上がった。
 「いきなり出てくんなよ!!」
 「声はかけましたよぅ。聞こえなかっただけでしょ?」
 兼定の大声をさらりとかわして、鯰尾はにこりと笑う。
 「ねぇねぇ!さっき、太郎さんが帰って来たんですよ。
 だから、去年は神剣不在で盛り上がらなかった豆まきのリベンジ、やりましょv
 「え・・・いいの?」
 困惑げな目で、安定が鯰尾を見遣った。
 「去年は神剣がいなかった、って言うのもあるけどさー・・・」
 「丹精した大豆を無駄に撒かないで、って、小狐丸さんが苦情を・・・ねぇ?」
 顔を見合わせる清光と国広にも、鯰尾は笑みを向ける。
 「その点はクリアですよ!
 さっき、これを見せて了解をもらいました!」
 と、鯰尾が差し出した小さな袋を、皆が見つめた。
 透明なその中には、10粒ほどの塩豆が入っている。
 「日本号さんのおつまみなんですけどね、主が、節分用にこれの大豆バージョンがあるよ、って教えてくれたんです!
 これなら小狐丸さんも、無駄にならなくていいって、頷いてくれましたよ!
 今から俺、みんなを誘ったり、イベントの協力お願いしたりするんで、万屋への買い出しを手伝ってくれません?」
 「そう言うことならいいですよ。
 ね?兼さんも、行こ!」
 国広に腕を引かれて、兼定が頷いた。
 「荷物持ち、一人じゃ足りねぇだろ。
 キヨとヤスと・・・長曾祢さんも誘うか」
 「あ、じゃあ、浦島も誘ってあげよ!」
 言って安定が清光を見遣る。
 「あの子、兄さん同士の仲が悪いこと、気にしてるから・・・ね?」
 「えー?
 俺が蜂須賀誘うのー?」
 言わんとするところを察して、不満の声をあげた清光の腕を、安定が引いた。
 「いいじゃん。
 古参同士でしょ?」
 「そうだけど・・・一人じゃやだよー。
 安定、一緒に来てー」
 「もぉ・・・しょうがないなー」
 腰を浮かせる二人に、鯰尾が笑い出す。
 「じゃ、よろしくお願いしますね!」
 新撰組の集まる部屋を後にして、鯰尾は回廊を戻った。
 主の提案で、連絡用にと各刃へ端末が渡されてはいるが、連絡しても見ない連中が必ずいるのだ。
 特に、古い刀ほどその傾向が強かった。
 話があるなら直接来いと、言って憚らない連中だ。
 そのうちの一振、膝丸へ話を持っていくと、彼は訝しげな顔をして首を振った。
 「それは追儺のことだろう?ならば必要ない」
 「えー!いいじゃないですか!楽しいですよ?」
 予想外の答えに、鯰尾が大きな声を上げる。
 と、膝丸は苦笑しつつ、もう一度首を振った。
 「いや、そういう意味じゃない。
 ここには兄者がいるから、鬼が寄り付かないということだ」
 「へ?」
 更に予想外の答えに、鯰尾は眉根を寄せる。
 首を傾げる彼へ、膝丸はどこか得意げに笑った。
 「兄者は、鬼を二匹も斬っているからな。
 鬼が恐れて寄りつかんのだ」
 「へぇ・・・」
 そう言えばそんな話を聞いた気がすると、鯰尾は顎を引く。
 「・・・じゃあ、ここは儀式的な意味で・・・厄払いみたいな感じで・・・」
 じゃなきゃ主が斬られそうだと、不安そうな上目遣いをする鯰尾の背に、いきなり重みが加わった。
 「鬼退治楽しそうーv
 やろやろv
 「ひいっ?!」
 鯰尾の悲鳴にも構わず、髭切は嬉しそうに笑う。
 「酒呑童子に橋姫、これで刑部姫まで斬ったら、更に名も轟くってものだよねぇv
 「兄者・・・。
 念のために聞くが、刑部姫とは姫路城の天守に住まう鬼女ではなく、我が本丸の主のことを言っているのか?」
 乾いた声をあげる膝丸に、髭切は大きく頷いた。
 「ぴったりだよね?」
 「それは否定しないが、斬ってはいかんぞ、兄者」
 「いや、鬼婆も否定してあげてください・・・」
 背に髭切を貼り付けたまま、鯰尾がため息をつく。
 「じゃあ、二月三日に開催ってことで準備進めますんで、二人とも参加でいいですか?」
 「あぁ・・・」
 頷きつつも、膝丸が不安げに見遣った髭切は、嬉しげに諸手を上げた。
 「任せて!見事斬ってみせるよ!」
 「だから兄者!」
 「斬っちゃだめですってば・・・!」
 大騒ぎになりそうだと、鯰尾は深々とため息をついた。


 その頃、天守一階の専用手入れ部屋に駆け込んだ日本号は、『セルフメンテ中。不用意な入室を禁ず』の札を下げて、厳重に鍵をかけた。
 そこには既に、御手杵と蜻蛉切の姿もある。
 「・・・お前らもか」
 「あぁ・・・」
 「今日はよく脇差や短刀に背後から襲われるのだが・・・なんなんだ」
 わけが分からない、と、頭を抱える蜻蛉切に、御手杵が端末を差し出した。
 「俺を襲った鯰尾がくれた動画だ。
 これを見た連中が、俺らで試したんだな」
 「なんじゃこりゃあああああああああ!!!!」
 横から覗き込んだ日本号が絶叫する。
 「こんなん見たら、誰だってやりたくなるだろ!」
 「大太刀が不在でよかったな・・・!」
 蜻蛉切が、思わず声を引きつらせた。
 「神剣連中にこんなことをしてしまったら、どれだけ荒ぶるか・・・!」
 「いや・・・。
 あいつらも馬鹿じゃないんだから、冗談通じない奴にはやらないって」
 笑って手を振った御手杵は、ただし、と、表情を厳しくする。
 「蛍丸には要警戒だ。
 あいつ、ちっさいから絶対やりたがるだろうが・・・!」
 「大太刀の一撃なんざ受けたら、三本まとめて折れるわ!!」
 日本号が再びの絶叫を上げた時、かちりと、鍵の開く音がした。
 この場所の鍵を持っているのは、槍を除けば大太刀のみ。
 三人が息を呑んで見つめる先で、扉が開いた。
 「失礼。
 私もご一緒して・・・いかがされたか」
 三対の怯えた目で見つめられた太郎が、驚いたように目を見開く。
 「た・・・太郎殿・・・!」
 ほっと吐息した蜻蛉切が、すぐに気まずげに首を振った。
 「いや、申し訳ない。
 少々難儀なことになっておりまして」
 「おや・・・お邪魔でしたか。
 では、私は皆様の手入れが済んだ頃に参りましょう」
 「あぁ!いいんだ!!」
 踵を返そうとした太郎を、日本号が止める。
 「俺ら、避難してきただけで、手入れしてたわけじゃないからな」
 そう言って見遣った御手杵も、頷いて立ち上がった。
 「隅でおとなしくしてるから、構わず手入れしてくれ」
 隅へと移動しようと三人が立ち上がった瞬間。
 「とぉ!」
 扉の隙間から飛び込んで来た蛍丸が、大太刀の鞘で三人の膝裏を強か打った。
 悲鳴を上げて崩れ落ちた槍達に、太郎が血相を変える。
 「蛍丸!
 格下をいじめてはなりませんよ!」
 「か・・・」
 「格下・・・・・・」
 太郎が口走った叱声に、更なるダメージを受けて槍達が倒れた。
 が、叱られた蛍丸は、得意げに太郎を見上げる。
 「ね?上手だった?
 俺、三名槍を一人でやったよ?
 立派な神剣になれる?」
 期待に頬を染める彼に、太郎も思わず苦笑した。
 「えぇ、とても上手でしたよ」
 「やったーv
 「ただし」
 快哉をあげる蛍丸へしかつめらしい顔をして、太郎は首を振る。
 「むやみに力を誇示してはなりません。
 神威が濁りますよ」
 「はーい」
 素直に挙手した蛍丸を撫でてやる太郎の背後で、床に這って動けない槍達は『悪魔小僧め・・・』と、恨みがましい声を漏らした。


 「浦島と買い物だと聞いたのに!
 なんで俺がこんな奴と!!」
 長曾祢と顔を合わせた途端、予想通りに怒り出した蜂須賀から、清光は気まずげに目を逸らした。
 「貴様、騙したな!!」
 「・・・俺が呼びに行った時点で、浦島だけじゃないって察してよ」
 言い訳がましい言葉に、蜂須賀の目が更に吊り上がる。
 「ふざけるな、加州清光!!
 古参仲間とは言え・・・!」
 「まぁまぁ、蜂須賀兄ちゃん!落ち着いて!!」
 取り返しのつかない暴言が飛び出す前に、浦島が蜂須賀の腕を取った。
 「俺が!
 兄ちゃん達と出かけたいって言ったの!!」
 もう一方の手で長曾祢の腕を取り、浦島は兄達を見上げる。
 「いいだろ?
 主も、豆まきの後は宴になるから、お菓子とかたくさん買っておいで、って言ってくれたし!
 荷物持ちだけじゃなく、お菓子選びのセンスもいるんだよ、きっと!」
 ね?と、笑顔を振りまく浦島の必死さに、何か言おうとした長曾祢を安定が止めた。
 「ねぇ、蜂須賀。いい加減にしなよ。
 浦島がかわいそうだよ」
 長曾祢が言えば角が立つことを代わりに言うと、国広も笑顔で割って入ってくる。
 「蜂須賀さんがどうしてもやだって言うんなら、抜けてもいいですよ?
 荷物持ちは僕達だけでなんとか・・・なるかな、兼さん?」
 「いや、無理だろ」
 光忠がここぞとばかり押し付けて来た買い物リストを見て、兼定が首を振る。
 「豆や菓子だけならなんとかなったが・・・酒と食材の量が半端ねぇぞ。
 なんだこの、醤油と味噌の種類・・・。ねーわ・・・。
 すまんが蜂須賀、俺からも手伝い頼むぜ」
 「・・・わかった」
 見事な連係プレイに救われた部分もあり、蜂須賀は不満げながらも頷いた。
 「やったぁ!
 俺、兄ちゃん達と一緒で嬉しいな!」
 「おいおい、そんなに引っ張るなよ、浦島」
 大仰にはしゃいでみせる浦島に笑いながら、長曾祢は国広と安定の頭を撫でてやる。
 嬉しそうに笑って歩き出した二人の後について行きながら、眉根を寄せる兼定を振り返り、浦島が首を傾げた。
 「なんか難しいことか?」
 「いや・・・醤油や味噌は、今までも万屋で買ってるんだから、問題なく揃うんだろうが・・・」
 と、困り顔で兼定は皆にリストを見せる。
 「お前らトコロテンって・・・なにかけて食う?」
 食材の項に入っている名を見て、長曾祢が眉根を寄せた。
 「酢醤油・・・と言いたいが、京では確か・・・」
 「黒蜜ときなこ・・・だったよね」
 「うわぁ・・・!」
 ぶるっと震え上がった清光と安定を、蜂須賀が訝しげに見る。
 「なにを言っているんだ、お前たち。
 ところてんは出汁醤油で食べるものだ」
 「第三の意見まで!!」
 目を丸くした国広が、恐々と兼定を見上げた。
 「光忠さん・・・どうやって出すつもりかな?
 また余計な争いを起こさないためにも、これはやめといた方がいいんじゃ・・・」
 「本丸ができたばっかりの頃・・・」
 「主と燭台切の醤油戦争、すごかったな・・・・・・」
 清光と蜂須賀が、げんなりと肩を落とす。
 「じゃあここはさ!」
 ぴょこん、と、浦島が兄達の間で跳ねた。
 「売り切れてた、ってことにしようぜ!
 で、それとなーく食の違いを耳に入れてやれば、光忠さんのことだから、察してくれるんじゃないかな!」
 「浦島、すごい・・・!」
 「兄で苦労してるから、空気読むのうまいなー」
 思わず感心した安定と清光に、浦島は得意げに笑う。
 が、
 「俺のせいじゃないだろう!」
 「なんだ!俺のせいだというのか?!」
 浦島の頭上でいがみ合う長曾祢と蜂須賀には、深々とため息をついた。
 「もー・・・兄ちゃん達!
 ケンカやめろって、主に言われなかった?」
 「は?」
 「そんなことは言われていないし、主が言うわけがない」
 訝しげな長曾祢と、きっぱりと言い切った蜂須賀を見上げた浦島が、眉根を寄せる。
 「なんで・・・?俺・・・」
 と、困り顔の弟に、蜂須賀が吐息した。
 「お前も、顕現した際に言われただろう?
 最初からの、主の方針だ。
 各人には、かつてのしがらみやしこりもあるだろうから、無理に仲良くなんかしなくていい・・・とな」
 「そんなことを言う主が今更、俺達に仲良くしろなんて、言うはずがない」
 なぁ?と、長曾祢が見遣った蜂須賀は、あからさまにそっぽを向く。
 「子供か!」
 「うるさいっ!」
 「そんな・・・・・・」
 兄達の間でしおれる浦島の背を、清光と安定が軽く叩いた。
 と、
 「ホント、お子様ですよねー」
 それが合図とばかり、国広があおるような口調で言い出す。
 「まったく、最年少よりガキな名刀なんて、めんどくさいだけだよ。
 ね?兼さんv
 「おま・・・返答しづれぇこと聞くなよ!」
 困る兼定にも、国広はくすくすと笑った。
 「自分勝手にふるまって弟を困らせるなんて、みっともないよ、二人とも。
 うわべを取り繕うこともできないくらい、お子様なの?」
 突然の上から目線に唖然としたものの・・・彼が堀川の一門だと思い至った二人は渋々頷く。
 「その・・・すまんな、浦島・・・」
 「今日は・・・浦島の顔を立ててやっていいぞ」
 「兄ちゃん達・・・!」
 嬉しげに頬を染めた浦島は、国広へ感謝の目線を送った。
 「ふふv
 なんでもない、と、手を振って応えた国広が、兼定を見上げる。
 「兼さんv
 誉?誉かな?」
 「あぁ、ご苦労さん」
 清光と安定も親指を上げて応え、国広は頭を撫でてくれる兼定の手の下で、嬉しげに笑った。


 ―――― 数日後、『大々的にやる』と言った言葉の通り、大袈裟なことになってしまった節分大祭の支度を、数珠丸は感心して見上げた。
 「このように広い桟敷席もさることながら、舞台まで設えるとは・・・」
 更には、天守の最上階より下が紅白の幕で覆われており、あまりにも大がかりな様は呆れるほどだ。
 いつの間に準備したのかと、不思議そうな彼に博多が、得意げに胸を逸らした。
 「そこは俺の出番たい!
 城郭化するなら我が本丸へ!って、設計・建築会社、人材派遣会社、リース会社のついでにコンサル会社の名前ば幕に入れて、宣伝しようと!
 本陣向けにニュース系ネット局の取材も呼んどーけん、主には後で、温泉宿の宣伝もしてもらうっちゃん!」
 ちなみに、と、博多はやや強い風になびく幕を指す。
 「あら、最上階から投げた豆やら菓子やらが、屋根に引っかかったりせんための対策でもあるっちゃが。
 変なとこに入り込んだら、掃除やら大変かろうが」
 「なるほど。
 よく考えておられますね」
 こくこくと頷いた数珠丸は、傍らでうなだれたままの大包平の背を慰めるように撫でた。
 「そういつまでも気落ちせず。
 賑やかな行事に参加されれば、少しは気も晴れるでしょう」
 「数珠丸殿。
 勝手に拗ねている馬鹿は放っておいていいぞ。
 あまり構うと調子に乗る」
 大包平を挟んで向こう側にいた鶯丸が冷たく言えば、耳聡く聞きつけた鯰尾が目を丸くする。
 「え?あれから完全放置?
 主らしくないな・・・」
 いつもならすぐにフォローするのにと、意外そうな鯰尾に傍らの骨喰が吐息した。
 「・・・それだけ怒ったってことだろう」
 「だったら歌仙さんが口を出すはずだけど・・・最近、主が茶室に呼ばれた気配もないよね?
 歌仙さんまで完全放置って、どういうこと?
 もしかして大包平、歌仙さんにもケンカ売ってた?」
 「ありえないことじゃないな」
 小犬うるさい、と、眉根を寄せてしまった骨喰に、鯰尾は笑い出す。
 「ホントにね。
 静かになってよかったね・・・あ!始まるよ!」
 天守に太郎太刀の姿を見た鯰尾が、骨喰の腕を引いた。
 「風下に行こ!
 お菓子取りやすいとこ、どこかな!」
 元気に駆けて行く二人を、早々に桟敷席に着いた三日月が微笑んで眺める。
 「こう言った祭事に、石切丸がいないのは不思議な気がするな」
 傍らの小狐丸に話しかけると、彼はやんわりと微笑んだ。
 「ご自身の社がございますれば、致し方ないかと」
 「おぬしは帰らんでよいのか?」
 「なんのことやら」
 そらとぼける彼に笑った三日月は、天から響き渡る太鼓の音に視線を上げる。
 「あれは愛染か?
 うまく鳴らすものだな」
 感心して手を叩いてやると、気づいた愛染が嬉しげに手を振ってきた。
 続いて、進み出た太郎が厄除けの祝詞を上げ、主はじめ温泉宿の客達が、楽しげに豆や菓子を撒き始める。
 子供達が歓声を上げて拾う様を微笑ましく見守っていた三日月は、自分めがけて飛んできた菓子を紙一重で交わした。
 「なんだ、茶菓子か?
 もう少し穏やかに渡してはどうだ」
 苦笑して見上げた先では、鶴丸が楽しげに手を振っている。
 「年男・・・ですかな?」
 「あれはただの鳥太刀だ」
 投げつけられた菓子を易々と受け取った小狐丸に苦笑して、三日月は重い足取りでやって来た鶯丸を見上げた。
 「おぬしは行かんでよいのか?」
 「・・・馬鹿犬の躾けに忙しくて、それどころではない」
 なにやら憔悴した風の鶯丸に笑って、三日月は席を開ける。
 「どうぞ、数珠丸殿。
 大典太殿はいずこかな?」
 問うと、彼は笑って子供達で賑わう風下を指した。
 「あちらに。
 前田殿と平野殿が、手を引いて連れていかれましたよ」
 「おぉ・・・意外と似おうておられるのがまた」
 子供達に求められるまま、飛んで来た菓子を宙で掴んで渡す様が、妙に微笑ましい。
 「ところで・・・」
 微笑んだまま、数珠丸が小首を傾げた。
 「鶴丸殿は、なにか大包平殿に含むところでもおありなのですか?」
 先程から、豆の入った袋を大包平にぶつける鶴丸を見上げ、鶯丸が頷く。
 「自身には特になかったようだが・・・この馬鹿が、燭台切の料理をな・・・」
 「それはまた・・・蛮勇にもほどがありまするぞ、大包平殿」
 この本丸で、主に次いで怒らせてはいけない太刀を怒らせたかと、小狐丸が苦笑した。
 「それはおぬしも・・・いや、なんでもない」
 笑みを向けられた三日月が、慌てて小狐丸から目を逸らす。
 と、
 「おや、あちらも騒がしいようだな」
 三日月が指した先では、浦島を挟んで蜂須賀と長曾祢が睨みあっていた。
 「ちょっと!兄ちゃん達、ケンカしないで!!」
 どちらがより多く浦島の好きな菓子を取れたか、などと言うくだらない理由でケンカする二人の間で、浦島が悲鳴をあげる。
 が、蜂須賀も長曾祢も、当人を無視して怒鳴りあいを始めた。
 「浦島は、燭台切のパウンドケーキが好きだと言っていた!!」
 「いいや!主のスノーボールの方がいいと言っていたはずだ!!」
 喚きあいながら大量の菓子を押し付けてくる兄達の、どちらを先に受け取っても酷くなりそうな状況に涙目になった浦島の手を、誰かが引く。
 「え?」
 驚く彼を背に庇って、国広が大きな袋を広げた。
 「はい、長曾祢さん、蜂須賀さん、この袋にお菓子入れて。
 混ぜるよー」
 かしゃかしゃと袋を振って、菓子の小袋を混ぜ合わせてから浦島へ渡す。
 「これで、どっちが上でも下でもないよね。
 浦島、寒くない?
 あっちで光忠さんが飴湯配ってるから、もらいに行こ!」
 「えっと・・・うん!
 兄ちゃん達、お菓子ありがと!」
 「あ・・・」
 「あぁ・・・・・・」
 呆然と見送った二人は思わず顔を見合わせ、不快げにそむけた。
 と、
 「はいはい、ちょっとごめんねー」
 険悪な雰囲気をものともせず、のんきな声が掛かる。
 「どいてどいてー。
 こふこふ」
 二人を押しのけた髭切は、軽く咳払いをしてから舞台中央に進み出た。
 「やあやあ遠からん者は音に聞け!近くば寄って目にも見よ!」
 抜き放った白刃を掲げ、声を張り上げた彼に皆の耳目が集まる。
 「我こそは源氏重代の重宝、髭切なり!
 天守に住まうあやかしの者、いざ尋常に勝負!!」
 多くが唖然と見守る中、天守最上階の主が進み出た。
 なぜか恐ろしげな鬼の面を被り、何事か言っているが、強い風と鬼の面に遮られて、全く聞こえない。
 「主殿ー!!全く聞こえませんぞー!!」
 「拡声器はー?!そこに置いてたでしょー!」
 舞台端にいた鳴狐と鯰尾の声は届いたのか、一旦振り返った主が首を振り、手にした端末を掲げた。
 ややして、鯰尾の持つ端末が鳴る。
 「はーい!鯰尾、代読しまーす!!
 ―――― いずれ名のある将とお見受けいたす!我こそはこの天守が主!我が禁域を侵すものはなんぴととて許さぬ!かかって参れ!」
 芝居がかった言い様に、見守っていた面々だけでなく、髭切までもが吹き出した。
 「では!参ろうか!」
 天守へ向けて駆けだそうとした髭切を、しかし、鯰尾が止める。
 「待ってください!まだ続き!
 えーっと・・・大包平!前へ!!」
 「・・・は?」
 すっかりしょげかえっていた大包平が、名を呼ばれて顔をあげた。
 「主から命令ですよー!
 ―――― 我が盾となり、見事名将を退けてみせよ!我を守護し、もって誉といたせ!
 ・・・ねぇ主、変なノリになってきてるよ?」
 これ言うの恥ずかしい、と、頬を染める鯰尾を、張り切った大包平が押しのける。
 「承知!!!!」
 白刃を抜いて向かい合う大包平に、髭切が微笑んだ。
 「おいで。
 先輩が胸を貸してあげよう」
 余裕に満ちた彼へ、大包平も不敵な笑みを返す。
 「ふっ・・・!
 俺の相手をするとは、運のない奴だ!」
 「・・・言ったー!言っちゃったー!!」
 まさか髭切相手には言わないだろうと思っていたセリフを言い放った大包平に、鯰尾が蒼ざめた。
 「髭切殿、確実にムカつかれましたぞー!!」
 鳴狐も悲鳴じみた声を上げて、巻き込まれそうな位置にいた短刀達を退かせる。
 が、三日月を始めとした太刀は、泰然として舞台傍の桟敷席を動こうとしなかった。
 さすがは年経る名刀、と、尊敬の目を集める先で、数珠丸がそっと囁く。
 「鶯丸殿・・・。
 お顔の色が、鶯色でございますよ?」
 「大丈夫か?
 これ、息をせぬか、これ・・・!」
 泰然どころか、屍のような顔色をして動けない鶯丸を、三日月が扇の先でつついた。
 「あの馬鹿・・・・・・!」
 息を吹き返したものの、鶯丸は見開いた目で対峙する二人を睨む。
 が、
 「ぬしさま・・・。
 ここで大包平殿に名誉挽回の機会を与えるとは、さすがでございますな」
 小狐丸は、面白そうに二人を眺めた。
 「さすがと言うよりは・・・」
 「ドSなんだよ!プロのドS!!」
 三日月の言わんとするところを引き取って、酒壺を持った兼定が傍に座る。
 「俺も、来たばっかりの頃はよくやられた。
 国広が言うには、主は従順な奴より、俺みたいに生意気な奴がお好みなんだとさ!」
 盃を配る兼定に、受け取った小狐丸が頷いた。
 「えぇ。
 亀甲殿がいらした時は、なにやら楽しい者が来たと・・・それだけでいらっしゃいました。
 しかし大包平殿がお見えの際には、何もおっしゃいませんでしたがそれはご機嫌麗しく」
 くすりと、彼は怪しい笑みを漏らす。
 「しばし観察の時を設けられ、あの方の言動にその都度ご注意はされておりましたが、一向に改まる様子なく。
 言祝ぎの場のあれは、最大のお仕置きの機会でございましたな」
 「・・・むしろ、改まっては困ったのではないか」
 「注意されたくらいで改まる程度の反抗なら、さっさと飽きられてんよ・・・」
 低く呟く三日月に酌をしつつ、兼定がため息をついた。
 「えぇ。
 気の強い者を屈服させた瞬間の快楽に勝るものはないと、それはご機嫌麗しくあられましたな」
 あっさりと認めた小狐丸に、数珠丸もため息を漏らす。
 「やはり・・・。
 そうではないかとは思っておりましたが」
 そうさせないためにも自身の傍に置いたのだがと、数珠丸は苦笑した。
 「鶯丸殿、そうご心配なさらずとも主は・・・」
 「すまんが数珠丸殿・・・!
 今は主より髭切だ・・・・・・!」
 激しく打ち合うこと既に何合か、少しでも気を抜けば首を刎ねられかねない勢いで戦う二人から、目を離せない。
 「舞台、有効利用だなぁ」
 このために広く作っていたのかと、飴湯片手に見物する国広が感心した。
 「粟田口も、すっかりイベント主催が得意になったよねぇ」
 この余興が彼らの仕組んだことだと察して笑う彼の隣で、しかし、浦島は浮かない顔をしたままだ。
 「浦島君。
 楽しくない、この余興?」
 「え?あ・・・えっと・・・」
 そんなことない、と、口の中で呟く彼に、国広は微笑みかけた。
 「困った兄さん達だよね。
 せっかく会えたのにさ」
 「うん・・・。
 俺は・・・兄ちゃん達に仲良くしてほしいんだ」
 でも・・・と、浦島は肩を落とす。
 「長曾祢兄ちゃんのこと、蜂須賀兄ちゃんは絶対認めないって・・・」
 彼が贋作であることは知っているし、長曾祢自身も認めているが、そのことですら開き直りだと、蜂須賀は気に入らないようだ。
 「俺は・・・。
 兄弟が多いのはいいことだって思うんだけど」
 「それはきっと、少数派だなぁ」
 笑い出した国広を、浦島は悲しげな目で見る。
 「あぁ、ごめんね。
 浦島君の考えが間違ってるって言ったわけじゃないよ?
 ただ、僕も偽物だって言われてた頃があってさ」
 「え・・・?国広、偽物だったの?!」
 そうは見えない、と言う浦島に、国広は首を振った。
 「僕は本物だよ。
 堀川国広に作られた記憶も、ちゃんとある。
 だけど・・・前の主が本物の武士じゃなかったって、それだけで疑われてさ。
 失礼だよね、僕にも、前の主にも」
 ぷくっと、国広は頬を膨らませる。
 「だから最初は、兄さん達も僕のことを弟だって認めてくれないんじゃないかって不安だったんだけど、山伏兄さんはあんな性格だし、山姥切兄さんは僕以上に偽物って言葉にセンシティブだし。
 あっさり兄弟だって認めてくれた上に頼ってもくれて、すごく嬉しいし、一緒にいて楽しい」
 「いいなぁ・・・」
 全く別の場所にいて、目を合わせようともしない兄達の姿を眺めながら、浦島はため息をついた。
 「俺・・・。
 主に何とかしてほしいって頼んだんだ。でも・・・」
 兄達にまで、主はそんなことをしないと言われてしまった、とうなだれる。
 浦島の落ちた肩を、国広は慰めるように撫でた。
 「主さんにね、直接聞いたことがあるよ。
 仲良くしなくていいってどういう意味?って。
 僕達も、陸奥守とは色々あったからさ・・・」
 と、国広は苦笑する。
 「そしたらね、仲良くするなとは言っていない。
 ただ、これだけの人数が集う本丸で、それぞれにプライドもあればしがらみやしこりもある。
 なのに、無理やり仲良くしようとして精神的負担をかけるくらいなら、双方不接触でいいと言ったまで。
 だが、同じ戦場に立つうちに、互いに改善の必要があると判断するなら、仲を取り持つくらいはしてやる、って」
 「それって・・・・・・!」
 期待に目を輝かせた浦島は、耳に飛び込んで来た鈍い音に驚いて目をやった。
 「今の音!」
 「鋼にダメージいった音だ」
 戦では何度も聞いた、嫌な音に国広が飛び出し、浦島もつられて動く。
 「双方、剣を収めよ!!」
 三日月の声に、しかし、舞台上の二人は従わなかった。
 「根競べだよね、小犬ちゃん?」
 「退くものか!!」
 なおも打ち合わせようとする二人を止めようと、腰を浮かせた鶯丸を兼定が止める。
 「うちのに任せてくれ」
 自信に満ちた口調に頷いて腰を下ろしたものの、気づかわしげに見つめる鶯丸の目の前で、国広が髭切の太刀を、横合いから受け止めた。
 「髭切さん、あんまり無茶すると折れちゃいますよ?」
 半ば斬られた鞘から刃を出さないまま、にこりと笑った国広に、髭切も笑みを返す。
 「いきなり飛び出してきちゃ危ないよぉ?」
 「でも、僕が飛び出すのが見えたから、勢いを減じてくれたんですよね?」
 でなければ受け止められるはずがないと、笑って国広は脇差を下した。
 「弟さんも、心配してたみたいですよ?」
 指した先では、ほっとした顔の膝丸が、手にした太刀を腰へ戻している。
 「心配性なんだよねぇ、あの子。
 ・・・・・・あれ?名前ー??」
 のんきに笑いながら太刀を収めた髭切に、観客達もほっとする一方、浦島には刃が迫っていた。
 「邪魔するな、小僧!!!!」
 あっさりと脇差を弾かれた浦島が、恐怖にきつく目をつぶる。
 が、頭上で鋼の打ち合う音が響き、恐々開いた目に、兄達の背が頼もしく写った。
 「俺の弟に何をするか!」
 「俺の!弟だ!!」
 相変わらずいがみ合いながらも、二人して受け止めた太刀を押し返す。
 「貴様らも敵か!!」
 「んなわけねーだろ」
 怒号をあげる大包平に歩み寄った兼定が、彼の肩を掴んで虎徹達から引き離した。
 「ほい、持て。そんで、呑め」
 渡した盃に酒を注いで勧めれば、訝しげな彼に見えるように鯰尾が手を振る。
 「主から連絡でーす!
 ―――― 双方、見事な剣技であった!
 この勝負、引き分けといたす!
 って・・・だから主ー。どこのお奉行だよー」
 北町か、と顔を赤くする鯰尾に舌打ちし、大包平は酒を飲みほした。
 「で?誉はどうした!」
 「双方、って言ってんだから、どっちも誉だろ」
 「適当だな!!」
 兼定にまで舌打ちした大包平は、太刀を鞘に納めて髭切へ向かう。
 「また、手合わせをお願いしたい」
 一礼した彼に、髭切はふわりと微笑んだ。
 「長生きしていると、後輩の成長が楽しみなんだよねぇ。
 いつでもどうぞ」
 その様に鶯丸と膝丸が、違う場所にいながらそっくりに目を潤ませる。
 「あの馬鹿犬が・・・!ちゃんと礼を言えるようになって・・・・・・!」
 「兄者・・・!俺以外には優しい・・・!」
 膝丸の泣き声に、近くにいた者達が一斉に吹き出した。


 「お見事なお執り成しでしたね」
 天守から降りて来た太郎太刀に声を掛けられ、国広が得意げに笑う。
 「ありがとうございます。
 僕達も、虎徹三人をなんとかしたいなぁって思ってたんで、むしろ好都合でした」
 でも、と、国広は酒を囲んで髭切と談笑する大包平をちらりと見遣った。
 「あっちの躾は、主さんの企みなんでしょ?」
 「そのようですね。
 余興が始まる前に、主は髭切殿へ『きりのいい辺りで鯰尾達に仲裁させるので、大包平を折らない程度に手合わせ願います』と、通知を送っておられました」
 「あぁ、やっぱり。
 なんだか髭切さんが、鯰尾達をちらちら見てるなぁと思ったんですよね。
 戦慣れしたあの人が、鋼にダメージを受けるような戦い方をするはずもないし」
 先を越しちゃった、と、国広は舌を出す。
 「終わり良ければ総て良し、ですよ」
 影の誉だと、国広の頭を撫でてやった太郎は、賑やかな桟敷席を後にして一人、母屋へ入った。
 静まり返った回廊を渡り、鍛刀場の戸を開ける。
 「さぁ・・・新たな刀の参陣ですね。
 新たな年の春立つ日、あなたの行く末に幸多からんことを」
 未だ熱を帯びた刀へ向けて、微笑んだ太郎は手を差し伸べた。



 了




 










一週間ほど遅れましたが、節分SSです。
いや・・・大包平の就任祝いにガチで腹が立って。←こころがせまい。
あいつ絶対殴る、ってところからの躾話でした。
それに浦島がなー・・・兄ちゃん達、仲良くさせてって言うからなー・・・。
でも、うちの本丸はその辺不干渉だと言ってますので、こんな展開になりましたよ。
浦島が頑張れ。←放任。
そして体術(笑)の件は実は、生で舞台刀剣乱舞を見た時に、鯰尾役の杉江氏の動きにいたく感心して書きましたよ。
すごくきれいに蹴りを入れるんですよ、彼。
生なのに、一時停止か、ってくらいきれいに決まるんですよね。
『見せる』動きがうまいなぁと感動して忘れられなかったものですから、脇差兄弟は体術が上手い、って設定にしました(笑)
ラストに参陣した新刀は村正ですよ。
2/3にはもう、鍛刀キャンペーン終わってましたけどね(笑)













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