〜 春の来たらば 〜






 大広間に、甘い香りが満ちていた。
 部屋の中央だけでなく、壁際にも置かれた卓の上には色とりどりの菓子菓子菓子・・・!
 「これが武蔵野ってやつかぁ・・・!」
 見果てぬ、と頬を染めた蛍丸に、傍らの次郎太刀が首を振った。
 「それは酒に言うことだよ。
 呑み果てぬ、ってね。
 これはただの菓子」
 と、肩をすくめる。
 「なんだよ、主ってばーぁ!
 みんなにいいものがあるよ、って言うから来たのに、酒がないじゃーん!」
 つまんない、と、早速踵を返そうとした彼を、光忠が引き留めた。
 「まぁまぁ、次郎さん。
 そう言うと思って、お酒が入ったチョコレートも用意しているから、食べてあげて」
 「・・・なんでチョコなんかに入れるのさ。
 猪口に入れて、そのままおくれよ」
 とは言いながら、彼は『酒入り。下戸と子供達は食べないように』と貼り紙された壁際に歩み寄る。
 「ま、つまみと一緒に飲む感じかねぇ」
 一粒を口に放り込んだ途端、溢れ出た洋酒の香りに目を見開いた。
 「へぇ・・・こりゃいいや」
 おいしい、と、手を止めない次郎に笑って、光忠は入口に佇む日本号にも声を掛ける。
 「おいしいそうだよ?」
 「いや・・・この部屋のにおいがもう、無理だ・・・」
 踵を返そうとする彼を、次郎が手招いた。
 「そーんじゃ、この皿持って庭に行こうよ、日本号ー!
 年のはに 春の来たらばかくしこそ 梅をかざして楽しく飲まめ ってねー!!」
 「それを言われちゃあ・・・ま、行くしかねぇか」
 歩を進める日本号の足元を、短刀達がはしゃぎ声をあげて駆け抜けていく。
 「お菓子ーvvv
 たくさんーvvv
 うれしーvvvv
 ひときわ甲高い歓声をあげた包丁が、早速スティックに刺さったチョコレートを口に入れた。
 「イチゴーv
 こっちは・・・ドーナッツだ!
 バナナとー・・・マンゴーもあるーvvv
 大喜びで次々と頬張る隣で、五虎退は小皿に盛ったマシュマロをフォークに刺し、チョコレートの湧き上がる泉にそっと浸す。
 「わぁ・・・v
 とろとろのチョコレートとふわふわのマシュマロが口の中で溶け合って、うっとりとした。
 「五虎退、それ、虎にはやるなよ。病気になるからな」
 途端にうなだれた虎を撫でてやりながら、薬研が笑う。
 「にしてもすごいな。
 なんの祭だ?」
 マグカップに入れたホットチョコレートを配り歩く太鼓鐘に声を掛けると、彼は盆の上に置いたメモに目を落とした。
 「えーっと、ば・・・ばれ??ばれ・・・たいん??
 まぁ、異国の祭の一つみたいだな。
 本当は、男が女に贈り物をする日らしいけど、日本じゃなぜか、女が菓子を送る日になったんだと」
 「なんだそれ」
 「じゃあ・・・本当は俺達が、大将をもてなさなきゃいけなかった、ってこと?」
 ホットチョコレートを受け取った厚と信濃に怪訝な顔をされて、太鼓鐘はにこりと笑う。
 「主がやりたがったんだから、いいんじゃないか?
 盛り上がればいいんだよ!」
 「そうだよ!!
 こんなにお菓子がもらえるなら俺、主のこと、好きになってもいいな!人妻じゃないけど!!」
 「・・・それは捨ててもいいこだわりだったんだね」
 呆れながら乱は、桜の形に並べられた、薄紅の花弁を取った。
 「可愛いーv
 さくらんぼ味のチョコレートだって。
 こっちの葉っぱは抹茶味だよ。
 これなら、歌仙さんも食べられるんじゃないかな?」
 ね?と、見上げた彼は、苦笑して懐から懐紙を取り出す。
 「どうかな。
 南蛮菓子は、どうにも味が大雑把でねぇ・・・」
 ぶつぶつと言いながら歌仙は、柔らかなそれに黒文字を入れ、口に運んだ。
 「・・・・・・まぁ、悪くはないな」
 「それ、ちゃんと大将に言ってやれよ!」
 ケラケラと笑って、後藤は光忠を見上げる。
 「作ったのは光忠さん?」
 「ううん。主くんだよ。
 僕達は盛り付けと会場設置のお手伝いをしただけ」
 「ですが、なぜ急に?」
 「これだけのものを作るなんて、ずいぶんと大変だったのでは?」
 そっくりに首を傾げた前田と平野の頭を、通りかかった大典太が撫でた。
 「おそらく・・・俺達が仲居をした、客の話がきっかけだったのじゃないかな」
 なぁ、と声を掛けられた三日月が、微笑んで頷く。
 「温泉宿の客から菓子をもらってな。
 なぜかと問うたら、なんとか言う祭の日には、おなごが菓子を渡すのだと言われたのだ。
 そこで、そなたはなにもくれんのか、と問うたら・・・」
 「すっかり忘れていたとおっしゃって。
 すぐに万屋へ、材料の注文をなさっておいででしたよ」
 くすくすと笑った数珠丸は、広い卓の真ん中へと懸命に手を伸ばす今剣の前に、皿を引き寄せてやった。
 「じゅずまるさま、ありがとうございます!」
 ようやく手に入れたシフォンケーキを嬉しげに頬張る今剣へ、三日月が小首を傾げる。
 「岩融はおらんのか?」
 「はい。
 あるじさまが、いちばんせがおおきいの、きて!っておねがいしたので、いってしまいました」
 すぐに来ると思う、と言う彼の予想通り、岩融が姿を見せた。
 「おぉ、岩融。
 あれはなんの用だったのだ?」
 三日月が何気なく問うと一瞬、彼の目が泳ぐ。
 「御座所の天袋に詰め込まれた行李を取って欲しいと言われたのだ。
 踏み台をどこかにやってしまったとお困りでな」
 「踏み台?
 ・・・あ!
 天守に置きっぱなしだ!!」
 シフォンケーキを目がけてやって来た愛染が、岩融の言葉に蒼ざめた。
 「豆まきの時に俺、太鼓に届かなくてさ・・・。
 鯰尾が踏み台を持って来てくれたんだけど、返すの忘れてた!!」
 怒られるかな、と不安げな彼の頭を、岩融は笑って撫でる。
 「大丈夫だ!
 正直に言って戻せば、お咎めもなかろう!」
 「そ・・・そか・・・?」
 「ちゃんとあやまれば、だいじょうぶですよぉ!」
 愛染を元気づけるように、今剣も笑った。
 「そ・・・そうだよな!
 俺、今から主に・・・!」
 「急ぐこともあるまい。
 そら、たんとおあがり」
 にこりと笑って、三日月も愛染を撫でてやる。
 そっと岩融を窺えば、なにやら考え深げにあらぬ方を見遣っていた。
 「岩融、なにか・・・」
 声を掛けようとした三日月の袖を、引くものがある。
 肩越しに見遣ると、いつの間にか傍にいた薬研が、無言で首を振った。
 彼が今剣をちらりと見遣り、三日月は頷いて笑みに口を閉ざす。
 「岩融殿も、何か召し上がりませんか?」
 さりげなく助け舟を出し、不自然さを拭った数珠丸に、岩融が微笑んだ。
 「そうだな。
 今剣、なにがうまかったかな?」
 「どれもおいしいです!
 このふかふかも、おいしいですよ!」
 と、シフォンケーキの皿を差し出すと、むんずと掴んで頬張る。
 「うむ!
 これはうまいな!」
 「岩融!
 あっちのほうはまだたべてないんです!いきましょう!」
 岩融の手を引いて行った今剣を、三日月は微笑んで見つめた。
 「・・・それで?」
 傍らでホットチョコレートを飲む薬研を見下ろすと、彼は大人びたしぐさで肩をすくめる。
 「あんま、言いふらすなよ?
 今の所、俺と岩融にしか話してないことだ」
 その言葉に、数珠丸が踵を返した。
 「大典太殿。
 あちらで歌仙殿が、お茶を点てていらっしゃる。
 頂きに参りましょう」
 「そうだな。
 三日月殿、後ほど」
 遠慮してくれた二人に会釈して、三日月は懐から出した扇を広げた。
 「俺は、知っておいた方がいいことか?」
 「一応、三条の長だしな」
 ちらりと笑った薬研も、手にしたマグカップで口元を隠す。
 「・・・あんたも、修行から帰って以来、今剣の様子が変わっちまったことは知ってるだろう?」
 「あぁ・・・。
 自身が実在しないものだとわかってより、ことさらあれに依存するようになってしまったな」
 特に感慨もなく言う三日月を、薬研は不思議そうに見上げた。
 「あんたはそのことについて、なんかないのか?」
 「小狐丸と言う、神だか太刀だかわからぬものが幅を利かせておるのに、何を今更」
 くすくすと笑う三日月に、薬研もちらりと笑う。
 「けど、あんたも知っての通り、うちの大将はこと、精神面に関しては気を遣うんだよな」
 人使いは荒いくせに、と、薬研はホットチョコレートを冷ますふりをしてため息をついた。
 「今剣が手入れ部屋に入れば、目を覚ますまで傍でねんねんころころしてるし、必死に戦績アピールするあいつを鬱陶しがらずに相手してる。
 そうやってあいつをあやす一方で、大将は俺にデータを渡してきた」
 「でーた?」
 首を傾げた三日月に、薬研は頷く。
 「手入れ部屋の使用頻度。
 今、戦場に行くのは俺ら、修行帰りの奴が多いんだけど、中でも今剣は突出して怪我が多い」
 「ふむ・・・。
 だがそれは単に、今剣の修練が足りぬだけなのでは?」
 訝しげな三日月に、薬研は苦笑する。
 「単純に修練の問題なら、あいつより後に修行へ行った俺や小夜助の方が怪我が多いはずだ。
 先ごろ帰ったばかりの博多もな」
 「それもそうだな。
 では、あれはなんと考えている?」
 「自傷」
 その言葉に、三日月は無言になった。
 「大将に構って欲しいがために、意識的にか無意識的にかはわからんが、自ら危険な真似をしているんじゃないかと。
 だから戦場では俺が、本丸の中では岩融が、様子を見守ってくれとさ。
 ついでに、自分の手が回らなくなった時のために、まずは十日に一回程度は岩融が手入れ部屋であやすようにして、段々と交代の頻度を上げて行こうと。
 ・・・あぁ、誤解のないように言っておくが」
 薬研は、眉根を寄せる三日月を見上げる。
 「大将は、今剣をあやすのが面倒だって言ってるわけじゃないぞ。
 今剣に自傷のことを指摘して、やめるよう俺からも言うべきかって聞いたら、必要ないと言っていたし。
 自分があやすことで今剣が落ち着くのならそれでいい。ただ、あまり酷い怪我をしないよう、見ていてやってくれと言うことだ。
 そして、直接聞いたわけじゃないが多分、岩融には、精神的なケアを頼んだんじゃないか。
 大将にだけ依存しすぎるのは、あまりよくない傾向だ」
 「そうだな・・・そうなのだが・・・・・・」
 むう、と、三日月は口を尖らせた。
 「あれはどうしてこうも上手く童を操り、依存させてしまうのか。
 童達の方も、折れるほどにこき使われていながら、ひたすらにあれを慕うとは、俺には信じがたいな」
 「・・・飴と鞭がすげーうまいんだ、大将。
 なにが欲しいのか、どうして欲しいのかを見抜いて、いいタイミングで出してくる」
 やや、忌々しげに言った薬研を、三日月はちらりと見遣る。
 「薬研。そなたはどんな飴をもらったのだ?」
 「・・・今、戦場で一番頼りにしているのはお前だ、って」
 うっすらと頬を染める薬研に、三日月は笑い出した。
 「それはそれは、美味そうな飴だ。
 厚は戦略的な相談を多く受けるようになったと言うし、乱や五虎退は誉を取り合うほどだそうな」
 それぞれが欲しがるものを見極めて与える主の、手腕は呆れるほどだ。
 「小夜助なんか、最近はよく隊長を任されるもんだから、今までにないほど張り切っててな。
 それもあってか、ずいぶんと大将になついちまって・・・あれは洗脳されてるに違いないって、兄貴達が嘆いてるぜ」
 「それはきっと、左文字らが正しいな」
 虐待だ、と、ため息をつく三日月に、薬研も頷いた。
 「弟達も、だいぶ洗脳されてるもんな・・・
 このチョコパで、包丁まで懐柔しやがった」
 口の周りをチョコだらけにして、満面の笑みを浮かべる弟を見遣った薬研が苦笑する。
 「けど・・・粟田口は、いち兄からして大将と利害が一致してるからもう、止めようがないんだよなぁ・・・。
 本丸内で変な争いが起こらないように、影響力のある誰かが大将を止めてくれればいいんだが」
 ちらりと見上げた三日月は、小さくため息をついた。
 「長だ長老だと祭り上げるのは勝手だが、俺に影響力などないぞ」
 「・・・使えねぇ」
 「すまんな」
 しみじみと言う薬研の頬を、三日月は閉じた扇の先でつつく。
 「しかし、まぁ・・・今聞いたことは、心に留めておくとしよう」
 と、扇を懐へ戻した時、
 「ほぅ・・・。
 ならばその役目、この父が引き受けてやってもよいぞ」
 突然声を掛けられた二人は、ぎくりとして振り返った。
 「・・・おもうさま。
 驚かせあるな」
 「ふふ・・・すまんな」
 目を丸くした三日月を、太刀にしては小柄な小烏丸が見上げる。
 「しかし、我が子の一人がそのように悩んでおるのなら、父としては放ってもおけまい」
 「いや、そっちは本人が自覚してるかどうかもわからんし、大将がなんとかしようとしてるし、むしろ俺は、いち兄が狙ってる本丸支配を阻んで・・・ぐあっ!!」
 「それは困るなv
 薬研を背後から抱きすくめた一期一振が、にこりと笑った。
 「父上、これは主もお楽しみの余興です。
 どうぞお口出しなさらず」
 「余興・・・とな」
 微笑む小烏丸に、一期一振は頷く。
 「父上も、侵略と蹂躙の宴はお好みのはず。
 我が陣営にお加わりいただけると嬉しいのですが」
 「待て」
 口を塞がれた薬研に代わり、小烏丸へと迫る一期一振へ三日月が口を出した。
 「おもうさまが豊臣に加わるなら、源氏は徳川に味方するぞ。
 関ケ原や大坂の陣だけでなく、源平の戦までも再現するつもりか」
 となれば三条まで巻き込まれかねないと、三日月は首を振る。
 「そう言うことであれば、この父も参加したくはあるな」
 「おもうさま」
 たしなめる口調で呼ばれ、小烏丸はくすくすと笑いだした。
 「主が熱心ゆえ、今後もこの本丸には刀剣が増えることだろう。
 そうなれば、一期の言う余興も、大がかりなものとなろうな。
 いずれ収拾がつかなくなった時には、この父が乱麻を断ってやろう程に。
 それならばよかろう、三日月や?」
 目を細めた小烏丸に、三日月も頷く。
 「よきように」
 「心得た」
 にこりと笑った小烏丸は、獅子王に呼ばれてふと見遣った。
 「こっち来いよー!
 骨董品でも食えそうな、柔らかいのがあるぜ!」
 「やれやれ・・・父に対して、敬意の足りぬ子よな」
 とは言いながら、嬉しげに獅子王へと歩み寄る小烏丸へ会釈した三日月は、一期一振をちらりと睨む。
 「余計なことを言うでない」
 「いい加減にしないと、歌仙に全部ぶちまけるぞ!」
 ようやく拘束から抜け出した薬研も、すかさず噛みついた。
 「あいつなら、小烏丸以上に力技で止めるはずだ!」
 主含めて、と言ってやれば、一期一振は肩をすくめる。
 「もういっそ、彼にも知らせて大々的にやってみたいとは思うが・・・その前にこの本丸が終わるか」
 「本陣からの査察が入ってもまずいだろ」
 と、眉根を寄せた薬研に、一期一振は仕方なく頷いた。


 「へぇ・・・こればぬくめると、中のチョコがとろけるとや。
 うまそうやね」
 レンジからフォンダンショコラの皿を取り出した博多は、側にいた蛍丸へ渡してやった。
 「ありがと、優しさーv
 嬉しげに受け取った蛍丸に、博多は思わず吹き出す。
 「蛍も方言出るっちゃな」
 「肥後だもん、俺」
 ほわほわと湯気をあげるスポンジにフォークを刺し、とろけ出たチョコレートに頬を染めた蛍丸へ、石切丸が首を傾げた。
 「今のは・・・方言だったのかい?」
 ただの形容詞じゃ、と不思議そうな彼を、博多が笑って見上げる。
 「優しさーって言うたら、優しかーってことやね」
 「・・・方言を別の方言で説明されても」
 苦笑する彼を、蛍丸も見上げた。
 「優しいなぁって意味だよ。
 たぶん、九州のお国言葉。
 暑さーとか、寒さーとかもね」
 「怖さーとか、厳しさーとも言うっちゃんね」
 「うん。
 俺だけじゃなく、山伏と山姥切も、『今日は寒さー』って言ってたの、聞いたことある」
 「そうなのか」
 むぐむぐと温かいケーキを頬張る蛍丸に笑って、石切丸は懐紙を差し出す。
 「ほら、蛍丸。
 頂く時は口の周りを汚さないように。
 そして、俺、ではなく、私、だね」
 はっとして皿を卓に置いた蛍丸は、受け取った懐紙で口を拭った。
 「はい。ごめんなさい」
 素直に謝った蛍丸に、博多が目を丸くする。
 「ど・・・どげんしたとや、蛍!
 えらいおりこうさんになってからくさ!!」
 「俺・・・じゃない、私はもうすぐ、神社に戻るのだから、神剣としてフサワシイものごしを身に着けようと思ってんだ・・・です」
 恥ずかしげに耳まで紅くした蛍丸が、石切丸の口調を真似て言うと、卓の陰からぬるりと身を起こしたにっかりが、瞳孔まで開けとばかりに目をむいて迫った。
 「・・・最近、石切丸様にくっついていると思ったらそう言うことだったのかい?!
 僕より先に・・・こんなに頑張っている僕よりも先に神剣になると!そう言うのかい?!」
 気弱な者なら失神ものの不気味さを、しかし、蛍丸は恐れげもなく見返す。
 「俺・・・じゃない、私は別に、神剣に戻らなくてもいいん・・・いいのだけど。
 俺・・・私が神社を出た後、宮司が海の向こうまで探しに行ったって言うしー?
 ずっと探し回った挙句に亡くなったなんて聞いたら、戻ってあげないと可哀想かなーって思ったしー?
 新しい依り代まで用意して、お願いだから戻って来て、って泣かれたら、やっぱり男としては戻らないわけには行かないっていうかー?」
 好きで戻るわけじゃない、とアピールしながらもまんざらではない彼の一言一言に撃ち抜かれ、にっかりは笑顔も忘れて白目をむいた。
 更には、
 「神剣としての振舞いをお勉強中なんだよね」
 と、蛍丸の頭を撫でてやる石切丸の姿に吐血する。
 「僕も・・・僕も神剣になりたいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!」
 「自分は蛍丸を取られるんが嫌ですわ!!」
 神剣になるつもりはないけど!と、悶えるにっかりを押しのけて、明石が蛍丸を抱き寄せた。
 「石切丸はん!
 お師匠はんやからって、蛍丸をずっと傍に置かんでもらえますか?!」
 「いや、私は・・・」
 思わぬ騒ぎに困惑する石切丸の前で、明石に抱きしめられた蛍丸がじたじたと暴れる。
 「はーなーしーてー!
 国行!石切丸が俺を傍に置いてるんじゃなくて、俺が石切丸についてってんの!
 俺が神剣に戻れば、大太刀は全員神剣になるんだもん!」
 「そないなことせんでも、蛍丸は今のままで十分強いし、かわええやんか!
 主はんも、神無月や年末年始に大太刀が全部おらんようになったらお困りやろうし!」
 「やーだー!
 帰るうううううううううううう!!!!」
 「帰って二度と戻らないで欲しいね、この悪魔小僧っ!!!!」
 「えっと・・・みんなちょっと、落ち着こうか・・・・・・」
 騒ぎの渦中に置かれ、おろおろとする石切丸の傍らから、博多が手を出した。
 「ほれ!それ!とやっ!」
 「あっつ!!」
 湯気をあげるフォンダンショコラを口に詰め込まれた三人が、絶叫をとめる。
 「きさんら、せからしかったい!」
 「え・・・?」
 なにを言われたのかと、唖然とする中で、詰め込まれた菓子を飲み込んだ蛍丸が口を尖らせた。
 「お前達、うるさいって」
 こくっと頷いた博多が、小さな指でびしぃっと明石を指す。
 「蛍が神社に戻ることはもう決まっとーちゃけん、ごたごた言わんと!!」
 しかし、明石は首を振って更にきつく蛍丸を抱きしめた。
 「ようやく見つけたうちの子を、もう二度と放すはずありまへんやろ!!
 自分の方こそ、宮司はんより長い間探しとったんやで!!」
 「・・・その割には、ずいぶん遅参したよねー」
 白けた口調の蛍丸に、明石は頬を摺り寄せる。
 「それは主はんの都合や。
 自分はできるだけはよう参陣したやん?な?!」
 「そうだけど・・・!」
 「まぁまぁ」
 明石へ反駁しようとした蛍丸を、石切丸がなだめた。
 「明石さんが、そこまで寂しがることはないよ。
 蛍丸が私の傍にいるのは、作法を学んでいる間だけのことだし。
 なんなら明石さんも、一緒にいればいいんじゃないかな?」
 「だったら僕も・・・いや、私も傍に!!石切丸様!!!!」
 必死に縋りついてくるにっかりにも、石切丸は穏やかに微笑む。
 「君も、よく私の手伝いをしてくれているからねぇ。
 精進していれば、きっとそのうち・・・・・・」
 にっかりの、期待に満ちた目に見つめられた石切丸が、気まずげに目を逸らした。
 「まぁ・・・そのうちなんとかなるんじゃないかな?」
 「断言してくださらないっ?!」
 白目をむくにっかりに、石切丸が苦笑する。
 「だってそれは、私が決めることではないもの」
 「か・・・神無月の出雲出向の際には、ぜひ推薦を・・・!」
 「考えておくよ」
 実に公家的な、当たり障りのない言葉に、蛍丸がこくこくと頷いた。
 「俺も・・・じゃない、私も、あんな風にごまかせるようにならなきゃ」
 「ごまかされたのかいっ?!
 そうなんですか、石切丸様っ?!」
 と、迫りくるにっかりに、石切丸は必死に首を振る。
 「・・・蛍丸。余計なことは言わない」
 「はぁいv
 気まずげな顔でたしなめられた蛍丸は、愉快げに舌を出した。
 と、
 「石切丸」
 三日月の声に呼ばれて見遣れば、微笑む彼が手招きしている。
 「すまないね、少し失礼するよ」
 ほっとした顔で、騒々しい場を抜け出した石切丸が、三日月へ歩み寄った。
 「助かったよ」
 「なに、用があったまでのこと」
 懐から出した扇を広げる彼に、内密の話だと察して庭へ出る。
 「なんだろう?」
 「先程、薬研から聞いた話だ。
 近侍を務める小狐丸は、とうに知っておることだろうから、おぬしにも知らせておこうと思ってな」
 と、今剣についての、主の見解を語った。
 「なるほど・・・それは、見守る必要があるね」
 それとなく今剣の姿を探せば、岩融と並んで嬉しげに菓子を頬張っている。
 「しかし、実在しないことは、それほど気に病むことかなぁ?
 その程度のことを気にしていたら、小狐丸なんて・・・ねぇ?」
 くすりと、石切丸は袖の陰で笑った。
 「あんなにも堂々として、この本丸に幅を利かせているじゃないか」
 「それは俺も、思うのだ」
 うんうん、と、三日月も頷く。
 「これと言った主もなく、神がかった伝説ばかりのあれが同じ一族にあるというのに、何を今更、と思うのだが」
 「だからそれは、義経公って言う自慢の主が本当の主じゃなかったからじゃね?
 義経公から、今の大将に依存対象を乗り換えたってことだろ」
 「薬研・・・。
 一々俺の背後を取るな」
 苦笑する三日月に、薬研はにんまりと笑った。
 「短刀の機動力、なめんな」
 言いつつ、薬研は二人へケーキやフルーツの乗った皿を差し出す。
 「でかいのが二人も、庭でヒソヒソやってりゃ目立つだろ」
 「おぉ、すまんな」
 「気を使わせてしまったね」
 皿を受け取った二人ににこりと笑って、薬研は両手を腰に当てた。
 「人数が増えただけ、厄介事も増えたろうに、大将は相変わらずだな。
 こないだ修行から戻った博多が、戦闘じゃなく商売の勉強をしてきたっつっても、呆れるどころかべた褒めだ」
 泣き喚くにっかりをとうに放置して、嬉しそうに菓子を頬張る博多を見遣る薬研の、すくめた肩を三日月がなだめるように叩く。
 「あれは以前から、博多の商売の力に一目置いていたからな。
 適材適所というものだろうよ」
 「まぁ、確かに・・・いくら戦力があっても、補給がなけりゃ戦えないし、それには資金が必要だけどよ。
 それをみんなの前で堂々と言っちまうのはどうなんだ」
 空気読め、と、苦笑する薬研に石切丸が笑い出した。
 「戦闘力を極めて来た君達を、否定しかねないからねぇ。
 もしかしたらこの宴は、君達へのお詫びも兼ねているのかもしれないね」
 「あぁ、そうか・・・」
 詫びか、と、薬研が頷く。
 「それで乱が、ことさらにはしゃいでんだな。
 あいつ、意外と空気読むからなぁ」
 そう言って彼は、この本丸で最初に修行へ出た兄弟を見遣った。
 彼が喜んで見せている以上、戦闘力を磨くだけではだめだったかと、消沈しかねない者達も気を取り直すことだろう。
 しかし、
 「・・・あいつ、酔ってねぇか?」
 はしゃぎすぎているように見える乱に、薬研は眉根を寄せた。
 その視線の先で乱は、チョコレートに入った洋酒だけでは満足できず、持参した酒で盛り上がる次郎太刀と日本号の間で、けらけらと笑いながら下手な歌に手拍子を打っている。
 「童達は食べぬようにと、注意書きされていた菓子を食べたのではないかな」
 「あぁもう・・・!しょうがねぇな」
 三日月の予測を確信して、薬研は乱へ歩み寄る。
 「おい、乱・・・!」
 薬研の声を、自身の甲高い笑声で掻き消した乱は突然、糸の切れた人形のように動きを止め、紅くなった頬を次郎の腕に摺り寄せた。
 ぐったりともたれて来た頭を、次郎が優しく撫でる。
 「あらら、大丈夫かい?
 あの菓子に入ってた酒、結構強かったもんねぇ」
 「わかってんなら食わせるなよ。
 おい、乱。大丈夫か?水持ってくるか?」
 薬研が肩を叩くと、かすかに首を振った。
 「大丈夫だよ・・・」
 そんなことより、と、乱は潤んだ目で次郎を見上げる。
 「次郎さん・・・。
 ボク・・・つまらない子かなぁ・・・?」
 「はぁ?」
 突然の問いに、次郎は首を傾げた。
 「つまんなくはないよ。
 すごく可愛いし、強くなったしねー。
 ね?
 あたしはともかく、日本号よりは強くなったんじゃないかい?」
 からかうように言ってやると、向かいの日本号がむせ返る。
 「う・・・確かに、今は敵う気がしない・・・けどよ!」
 忌々しげに言って、盃をあおった。
 「俺だっていずれは・・・ひゃあっ?!」
 いつの間にか近づいていた虎にすり寄られ、日本号が悲鳴を上げる。
 「・・・あ!
 ご・・・ごめんなさいっ!」
 慌てて庭に降りて来た五虎退が、小さな身体を日本号と虎の間に入れ、背中でぐいぐいと押しのけた。
 「だ・・・ダメだって、とらくん・・・!
 日本号さん、とらくんのことがこわいんだから・・・!」
 「いや!怖いって・・・!」
 「怖いんだろ?」
 「怖いんだよねぇ?」
 「こわいんだぁ・・・」
 反駁する前にあっさりと口を封じられた日本号が、声を失って固まる。
 「ご・・・ごめんなさい・・・!
 と・・・とらくん、チョコレートがた・・・たべられないから・・・たいくつしちゃったんです・・・」
 この場で最もチョコレートの匂いがしない方へと寄って来たのだろうと、申し訳なさそうにうなだれる五虎退の頭を、日本号がくしゃくしゃと撫でた。
 「だ・・・大丈夫だ・・・!
 慣れちまえばきっと・・・ひっ!!」
 虎が身じろぎしただけで、後ずさって行く日本号を次郎が指さして笑う。
 「やーっぱ、短刀ちゃんより弱いじゃーん!」
 「う・・・うるせぇっ!!」
 「ごめ・・・ごめんなさいっ!!と・・・とらくん、いこ・・・!」
 「あ!いや!お前に怒鳴ったんじゃ・・・!」
 泣きそうな顔で五虎退が去ると、気まずい空気だけが残った。
 「じ・・・次郎、お前が余計なこと言うから・・・!」
 「あんたが虎に怯えるのは、あたしのせいじゃないもーん」
 舌を出した次郎は、まだもたれている乱の頭を撫でてやる。
 「ね?
 あんたたちの方が断然強いからさ!
 自信持ちなよ!」
 にこりと笑う次郎にしかし、乱はふるりと首を振る。
 「強さとかじゃないんだ・・・。
 ボク・・・ボク・・・・・・!」
 涙を浮かべて、次郎を見上げた。
 「ボク・・・自分を変わり者だって言ってたけど、それって自意識過剰?キャラ作ってる?」
 「へ?」
 「キャラ・・・?」
 なんの話かと、次郎と薬研が首を傾げる。
 と、乱は細い指で必死に次郎の袖に縋った。
 「修行先で商売極めて来ちゃった博多ちゃんもだけど・・・包丁ちゃんや亀さんまで、自覚のない変わり者増えすぎでしょ!
 村正さんなんて、なんなの?!
 あれはキャラなの?!素なの?!
 変わり者多すぎて、ボク・・・普通の子になっちゃったの?!男の娘だけじゃダメ?!」
 「・・・あぁ!」
 取り乱す兄弟の傍らで、薬研がぽふん、と手を叩く。
 「アイデンティティ・クライシスってやつか。
 乱、大きくなったな」
 「親かよ・・・」
 目を和ませる薬研に、日本号が肩をすくめた。
 「なんだよ、そのア・・・あ?ってのは?」
 「アイデンティティ・クライシス。
 自己喪失って奴だ。
 簡単に言やぁ・・・自分はこのままでいいのか、いや、いいわけがない!って、自信なくしちまってるってことかな」
 「俺より強い奴が自信喪失って・・・だったら俺はどうしろと」
 つい、真顔になった日本号に、薬研は笑い出した。
 その一方で、乱は次郎に縋りついて泣いている。
 「よりによって・・・自分で変わり者だって言っちゃうなんて、恥ずかしい・・・!
 もっと変わってる人、たくさんいるのに、これじゃあボク、井の中の蛙だよね・・・!」
 「んもー!
 そんなに気にすることないってぇ!」
 笑って次郎は、励ますように乱の背を叩いた。
 「変わり者の度合いじゃあ変人達に上位を譲ることになっても、乱はこの本丸で一番可愛い・・・」
 と、言いかけた次郎の目の前を、物吉と太鼓鐘がはしゃぎながら駆けて行く。
 「可愛い部類だからさ!」
 「一番じゃないのっ?!」
 あっさりと訂正されてしまい、乱は絶望的な声を上げた。
 「こうなったらボク、更に修行して・・・ううん!
 身体も女の子になって、姫鶴一文字になっちゃおうかな・・・!」
 「刀派ごと変わんな!」
 完全に取り乱した兄弟に、薬研が呆れ声をあげる。
 と、頭に血が上ったせいか、乱はぱたりと、次郎の膝に倒れこんだ。
 「ありゃ?
 乱ー?乱ちゃーん?おーい?」
 ゆさゆさと揺らすと、辛そうな声が上がる。
 「もうダメ・・・お布団まで・・・運んで・・・」
 「ハイハイ。
 ついでに酒取ってくるー♪」
 ひょい、と、乱を抱え上げた次郎が母屋へと消え、残された日本号と薬研は苦笑顔を見合わせた。
 「お前も大変だな」
 「そうなんだが・・・大家族って、いいもんだぜ?」
 気恥ずかしそうに目を逸らしつつも、言った薬研の頭を日本号がぐりぐりと撫でる。
 「お前の兄弟は面白い奴ばかりだしな。
 ・・・そうだな。
 俺も五虎退と、『仲直り』してくるか・・・」
 よっこらせ、と立ち上がった日本号が、できるだけ虎とは距離を置きつつ五虎退へ歩み寄る様に、薬研は声をあげて笑った。
 と、回廊を静々と、広間へ歩み寄って来る者がいる。
 「遅参だな、小狐丸」
 まだ残ってるかな、と、卓へ目をやった薬研に、彼はにこりと微笑んだ。
 「お気遣いなく。
 ―――― 皆さま!」
 張りのある声を上げて、小狐丸が皆の視線を集める。
 「ぬしさまよりのお言葉ですぞ」
 にこりと、どこか意地の悪い笑みを見て、三日月と石切丸が顔をこわばらせた。
 「なにかあるな」
 「いやな雰囲気だねぇ・・・」
 が、そう感じたのは彼らだけか、他の者は特に警戒することなく目を向けている。
 と、笑みを深めた小狐丸は、皆に見えるよう、手にした巻紙を広げて見せた。
 墨痕淋漓と載った『お返し、期待しています』の文字に、全員が呆ける。
 「おかえし・・・?」
 「どういうことですか?」
 不思議そうな声を受けて、小狐丸は頷いた。
 「本日の企画は、ぬしさまより皆様への贈り物でございましたが、この催しは通常、ひと月後に返礼を行うものだそうにございます」
 「返礼・・・?」
 なにを贈れば、と、首を傾げる一同の中で、ぽふん、と博多が手を叩く。
 「金子か!
 借金ば減らせてや!」
 言った彼の頭を、後藤がはたいた。
 「なんばすっとか!!」
 「すまん、うっかりつっこんだ」
 はたいた場所を撫でてやりつつ、後藤は博多を見下ろす。
 「じゃあ俺は、過払い金の計算でもしてやるかな。
 お前、絶対グレーゾーン金利かけてるだろ」
 「そっ・・・そげんこつ・・・・・・」
 挙動不審に目を泳がせる博多に、後藤はにんまりと笑った。
 「司法の手から、逃げられると思うなよ、商人ガ」
 「くっ・・・!幕府の犬が・・・!」
 後藤の手を払いのけた博多の言葉に、安定が肩をすくめる。
 「・・・なんかそれ、どっかできいたセリフー」
 「どうせ幕府の犬ですよー」
 清光も鼻を鳴らして、宙を見遣った。
 「うーん・・・。
 じゃあ俺は、主のネイルケアかなー。
 いつもやってるけど、新作試してあげようかなー」
 「そういったものでよいのでしたら・・・」
 チョコレートリキュールのカクテルが入ったカップを両手に包み込んで、太郎太刀が微笑む。
 「次回も、鍛刀はお任せください」
 主からの信頼と、積み上げて来た実績に裏打ちされた自信に満ちた笑みを浮かべる彼を、皆が羨ましげに見つめた。
 「いいなぁ、太郎さん・・・!
 俺、何ができるかなぁ・・・」
 うーん・・・と、首をひねる鯰尾を見遣って、薬研が頷く。
 「じゃあ俺は、大将の健康管理だな。
 ・・・嫌がるだろうが、返礼だ。
 無理やり従わせてやる・・・v
 日々の鬱憤を晴らしてやろうと、悪い笑みを浮かべた。
 「じゃあ俺、人妻じゃないけど好きになってあげるー!」
 「どこから目線だ、お前は!」
 包丁の、チョコレートにまみれた頬を容赦なくつついた指で、太鼓鐘は自身を指す。
 「だったら俺は貞ちゃんの!
 ファッションチェックしてやるぜ!
 最近の主、女将系はんなり着物ばっかでどうにも派手さに欠けるもんな!」
 「それはどうかな・・・。
 僕は、着物はしっとりのままがいいと思うよ?」
 だから、と、物吉は太鼓鐘の手を取った。
 「帯!
 帯をプレゼントしちゃいましょうv
 選ぶの手伝ってv
 「オーケィオーケィ!
 いい感じに仕上げような!」
 「じゃあ僕はっ・・・v
 頬を上気させた亀甲が、二人の間に無理やり入ってくる。
 「持ちやすくてしなりのいい鞭をプレゼント・・・!」
 「・・・それ、お前が欲しい奴だろ」
 「主様を変態の園に連れて行かないでね」
 兄弟に冷たくあしらわれ、更に興奮した亀甲は、がしりと物吉の手を握った。
 「選ぶのを手伝ってくれるよね、物吉v
 前の主の影響で、乗馬はお得意だろう?」
 「それは・・・そうですけど!」
 涙目になった物吉が、ふるふると首を振る。
 「それが原因で、貞宗全員が変態だなんて思われたくないっ!!」
 「そーだそーだ!!俺らはまともだ!!」
 「あぁんっv 僕にもっと冷たくしておくれ・・・v
 握った手を振りほどかれ、太鼓鐘に押しのけられて、息を荒くする亀甲を、皆が遠巻きにした。
 しかし貞宗だけでなく、既に各所で盛り上がる輪を見遣って、三日月はため息をつく。
 「まったく・・・あれも小賢しいことだな」
 「自身にできることを再認識しろ、ということかな、これは。
 ・・・とても好意的な見方をすれば、だけどね」
 苦笑する石切丸に、回廊を降りて来た小狐丸が微笑んだ。
 「苦情でしたら三日月殿に」
 「俺か?」
 なぜ、と、不思議そうな三日月に、小狐丸はくすくすと笑う。
 「ぬしさまより、ご伝言でござりまする。
 まんまと使われおって、ざまぁみろ、だそうでございますよ」
 その言葉に、菓子をくれた客までもが仕込みであったかと気づいて、三日月は表情を苦くした。
 「・・・あれは、俺になにか含むところでもあるのか」
 「おそらく」
 不満げな三日月に、小狐丸が頷く。
 「三日月殿がいつまでも、ぬしさまを『あれ』呼ばわりなさるから」
 笑みを消して、ちらりと睨んだ。
 「何か断りようのない理由をつけてやろうと、思案しておいででしたよ」
 その言葉に一瞬、目を見開いた三日月は、深々とため息をつく。
 「やれやれ・・・。
 大包平よりはマシだとは、思わんかったようだな」
 「そろそろ観念なさいませ」
 主と呼ぶように、と再度促され、三日月は渋々と頷いた。



 了




 










今更バレンタインかよ、って話ですみません(笑)>更新日は3/7
思いついた時には既に、バレンタインは終わっていたんだ。
今回は、今後書くだろうなぁと思われる展開のための布石とか、自分用覚書的SSでした。
いまつるの自傷疑惑とか、ほた・神社に帰るとか、パパ上が最終的に本丸戦争止めるかも、とか、ジジィはいい加減、主をアレ呼ばわりすんな、ってことを(笑)
ちなみに『おもうさま』と言うのは、『お父様』の公家言葉だそうですよ。
三条を公家言葉にしてしまうと、お茶を『おぶ』と言ったり、酒を『ささ』と呼んだり、めんどくさいんですが、ここだけ公家でもいいかと(笑)
『優しさー』と言うのも、おそらく九州全体で使っている言葉だと思います。
少なくとも、宮崎までは南下するって確認している。
鹿児島はな・・・出身者は知ってても、方言を話す人がいなかったんだよな。
他の県出身者は、話しているうちにかなり訛るんですが、鹿児島は中々方言出ないね(笑)
地元じゃ違うんでしょうが。
と言うわけで、日向出身の国広に打たれた山伏と山姥切はたまに日向の言葉が出るよ、ってことで。
堀国は京都生まれ&土方さんの脇差だから、東西の言葉が混じってそうだな(笑)













書庫