〜 Dance with fox 〜







 澄み渡る秋空のもと、ゆらりと落ちた紅葉が池に浮かび、露を帯びて煌めいている。
 「やまがわに 風のかけたるしがらみは 流れもあへぬ 紅葉なりけり・・・・・・か」
 静まり返った本丸で一人、庭を眺めながら三日月は、つまらなそうに呟いた。
 「・・・俺は構ってもらうのが好きなのだ。
 一人で放置されるなど、つまらんではないか・・・」
 いつもならば、粟田口の小さき者達がはしゃぎ声を上げて駆け回り、いたずらを仕掛けては新撰組の者らに追い回されている。
 かと思えば、加州や陸奥守までもが加担して、和泉守の怒鳴り声が止むことのなかった。
 なのに昨日の騒動以来、御座所に彼以外の人影はなく、庭に鳥の鳴く声すらしない。
 「いくら置物飾り物とは言え、愛でてくれる目がなければここに居る意味もないだろう!」
 苛立った声を上げて、三日月は手に弄んでいた扇を放った。
 「あぁ・・・あれはまだ戻らんのか。
 俺を退屈で錆びさせる気か」
 ぶつぶつと一人で文句を垂れていると、ようやく足音が近づいて来る。
 「どこへ行っておったのだ、小狐丸。
 あまりに退屈過ぎて、錆びるところだったぞ」
 珍しく感情的な声をあげる三日月の傍らに跪いた小狐丸は、くすりと笑って茶を乗せた盆を差し出した。
 「ぬしさまのお供で、大阪城の地下へ潜っておりました。
 演習に良いからと、博多殿はじめ粟田口の方々だけでなく、普段戦へ出向かれない方々も赴かれておりますよ」
 「ほぅ・・・俺を置いてか。
 あれも偉くなったものだな」
 不機嫌な顔で盆から茶碗を取った三日月へ、小狐丸が微笑む。
 「三日月殿は演習など不要であられましょう。
 ぬしさまは今、隊の地力を上げようとお考えのご様子。
 おかげで私も、護衛の任から早々に外されました」
 言いつつ小狐丸は、盆の上に残った菓子器を三日月の膝元へ置いた。
 「昨日は奪われてしまわれた『おやつ』をご用意致しました。
 金平糖はこちらですよ」
 つまらなそうな目で小狐丸の指先を見やった三日月は、桜色の一粒を摘んで掌中に転がす。
 が、しばらく待ってもあの騒々しい声は聞こえなかった。
 「・・・鶴丸がおらんだけで、ここまで静かになるとはなぁ」
 寂しげに呟いた口に放り込んだ金平糖は、無駄に甘い。
 眉根を寄せてしまった三日月に、小狐丸がくすくすと笑った。
 「鶴丸殿は、獅子王殿と和泉守殿の毛を毟ったことでぬしさまに危険動物認定されてしまわれました。
 一日掛かりの遠征に出された上、この小狐の半径五十間(90m)以内に近づくなと厳命されておられましたよ」
 どこか得意げに言う小狐丸を、三日月が不満顔で見やる。
 「古狐めが策を巡らせおって。
 図に当たったとはしゃいでいるが、随分と危うい立ち回りではなかったか。
 そも、あの場に博多が現れなんだら、一期一振も引きはしなかったであろうに」
 昨日の騒動を語る三日月に、小狐丸は心外と言わんばかりに目を見張った。
 「よもや三日月殿ともあろうお方が、この狐めの策を見透かされぬとは。
 日がな一日庭を眺めておられるゆえ、少々鈍られましたか」
 「・・・口が過ぎようぞ、小狐丸」
 声を低くした三日月に、小狐丸はあっさりとこうべを垂れる。
 「ご無礼をば。
 ・・・なれど」
 顔を上げた小狐丸が、紅い瞳を妖しく煌めかせた。
 「この小狐が、偶然に助けられたなどと思われるとは、心外にございまする」
 「あれも策であったとな?」
 訝しげな三日月に、小狐丸は『もちろん』と頷く。
 「三日月殿も、遠出に出られたことのございましょうが、あれは帰還までの時間が決まっておりまする。
 昨日、五虎退殿の隊は半日の遠出であられた」
 「うむ・・・昼には戻って、お前の策に使われたのだな」
 可哀相にと、三日月は茶碗の中に溜息を零した。
 「えぇ、あの愛らしいお子は、私の口車に乗せられて薬研殿の元へ。
 そして薬研殿はぬしさまのために薬を煎じられました。
 ・・・さて、三日月殿。
 薬研殿はぬしさまで生体実験をしようと目論んでおられた。
 ぬしさまのおられぬ御座所に、わざわざ出向かれましょうか」
 「そうだな・・・。
 あれの帰る頃合いを狙うは当然か」
 では薬研がここへ来る時間はわかっていたのかと、三日月は思わず感心する。
 「左様。
 そしてぬしさまは無駄を嫌われる方。
 二番目に遠出の時間の長い槍隊の帰城に合わせて、御座所に戻られまする。
 これで、槍隊に組み込まれた博多殿が帰城される時間も正確に計れましょう。
 私は博多殿が遠出に出られる直前に、ぬしさまからお預かりした金蔵の鍵を渡すだけでよい」
 そうしておけば、博多は遠征から戻るや金蔵の確認に向かうことはわかっていた。
 「中をご覧になった博多殿は、さぞかし驚き、お怒りになるでしょう。
 なにしろ物吉殿の件では、私が『金は天下の回り物。今使わずしていつ使われまするか』と散々煽りましたゆえ、ぬしさまもだいぶ過ごされたご様子」
 くすくすと笑い出した小狐丸を見る三日月の目が、満月のように丸くなる。
 「おや、これは。
 鶴丸殿より先に、この小狐が三日月殿の驚き顔を拝見致しましたな」
 「博多の乱心までも操ったか、この古狐めが・・・!」
 唖然とする三日月に、小狐丸は妖しく目を細めた。
 「粟田口一掃の策、あい成りまして候」
 小さく、愛らしい短刀達の気安さは、執心の獣には心底忌々しい。
 だがその思惑などおくびにも出さず、小狐丸は穏やかな笑みを浮かべたまま、自らの『敵』を一掃してしまった。
 「やれやれ・・・」
 溜息をついた三日月は、盆の上に茶碗を戻すと、菓子器を持って立ち上がる。
 「三日月殿、どちらへ?」
 笑みを浮かべて問う小狐丸を見下ろし、三日月は肩を竦めた。
 「俺は構ってもらうのが好きなのだ。
 俺を愛でる目のない場所にいても、退屈で錆びるだけだからな」
 鼻を鳴らし、背を向ける。
 「演習とは言え、あれの容赦ないしごきに粟田口の者らはさぞかし泣いておろう。
 菓子でも持って、見舞って来る」
 「お気をつけて」
 ひらりと袖を振って去る三日月を、小狐丸は笑みを深くして見送った。
 「・・・これにて御座所には、この小狐一人でござりまするな」
 くすくすと笑う彼の目の前を、紅葉がはらはらと落ちて行く。
 「この庵は 都のたつみ 鹿ぞ住む・・・・・・いや」
 紅葉の紅を映す瞳が、妖しく煌めいた。
 「狐ぞ住む」
 冬の訪れを告げる風に豊かな銀髪をそよがせながら、小狐丸は誰もいなくなった御座所をひそやかな笑声で満たした。




 了




 










刀剣乱舞SSその2!
『からくれないに』の翌日のお話です(・▽・)
前の話に入れてもよかったんですが、蛇足になりそうだったんで分けましたよ。
とうとうジジィまで追い出して、いよいよ本丸が黒くなりました(笑)
ちなみに『しかぞすむ』の歌は『然』と『鹿』をかけているので、表記は『しか』じゃないといけないんですが、ここでは『鹿』にしています。
ご了承ください(・▽・)













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