〜 375 〜






 瞬いた目に映ったのは、真っ白な部屋。
 調度の一つもなく、殺風景この上ない。
 「なんだい、この部屋は。
 風流じゃないね」
 見回せば、歳の頃は七つほどか、緋色の振袖を肩上げもせず、さらりと着た幼子が、この部屋で唯一の調度のように動かず、じっと彼を見つめていた。
 「ごきげんよう、童女殿。
 貴殿が僕の主かな?」
 跪いて目線を合わせると、彼女はこくりと頷く。
 と、肩の上で切り揃えた、癖のない黒髪がさらりと流れた。
 一筋の乱れもないそれを訝しく思いつつ、彼は微笑む。
 「そうか。
 僕は歌仙兼定。
 風流を愛する文系名刀さ。どうぞよろしく」
 「・・・よろしく」
 囁くような声に確信し、歌仙は微笑んだまま、目に剣呑な光を点した。
 「これはなんの冗談だい?
 僕は、真の主を見抜けない、なまくらだとでも思われているのかな?」
 散々に血を吸った名刀の視線をしかし、彼女は黒くつぶらな瞳でまっすぐに見返す。
 「発声の際に呼吸を伴わないなんて君、人ではないだろう?
 良く出来てはいるが、からくり人形だ。
 憑喪神ですらない物が、この場になんの用だい?」
 返答によっては容赦なく破壊しかねない歌仙の問いに、彼女は淡々と応えた。
 「私は間違いなく、このプロジェクトの担当者です。
 歌仙兼定、あなたには私の担当する本丸の第一刀として、サポートをお願いします」
 「雅ではないな」
 笑みを消した歌仙は、冷たい声で言い放つ。
 「人形に心を求めるなんて馬鹿げているが、せめて感情のある振りくらい、してはどうかな?
 自慢の名刀が人形遊びに興じているだなんて、元の主に見られたらなんと言われるか。
 ・・・君、名前は?」
 立ち上がった歌仙の視線を追って、彼女は顔を上げた。
 「歴史改変阻止プロジェクト、大和国検非違使対応流用型AI375。
 個体名は2201HC375Fです」
 「・・・なんだって?」
 すらすらと述べた長い言葉に戸惑う歌仙へ、彼女は人間の子供のように小首を傾げる。
 「歴史遡航軍へ対抗する計画の、大和国における検非違使対策に特化した、人工知能搭載の人形、三百七十五番目です。
 流用型、というのは、本来別の目的で使用されていたものが、今回の計画に流用されたという事です。
 個体名の2201は製造年。
 製造されて4年目です。
 HCはヒューマンチャイルド。人間の子供型。
 375はロット数・・・375体目、Fは女性という意味です」
 「詳しい説明をどうもありがとう」
 通じないとわかってはいても、皮肉を込めずにはいられなかった。
 「つまり僕は、よりによって人形に引き当てられた、くじ運の悪い刀剣ということか」
 「そういうことに・・・なるのでしょう。
 申し訳ありません」
 「そんな、心にもない詫びを言われてもね」
 軽く吐息して、歌仙は首を傾げる。
 「引き当てられてしまったことはしょうがない。
 僕はこの場でやれることをやるだけだ」
 やれやれと、歌仙は再び跪いた。
 「では人形殿。
 まずは君の呼び名を決めようか。
 個体名が長い上に、雅ではないからね」
 しばらく考え込んだ歌仙は、懐から帳面と携帯用の筆を取り出す。
 「さなこ、と言うのはどうかな?
 375を、語呂合わせしたものだけど」
 「さなこ・・・」
 繰り返した彼女に、歌仙は頷いた。
 「字は・・・そうだな。
 沙那子、と言うのはどうかな」
 帳面に書き付けた文字を、目の前に差し出す。
 「沙は真砂のこと。
 水で洗うことによって選り分けられた、美しい砂だ。
 那には美しい、という意味もある。
 つまり沙那子は、水の中から現れた美しい子、という意味だよ。
 炎から生まれる僕ら刀剣を従えるのは、水から生まれた美しい主。
 どうだい?
 中々に洒落た命名じゃないか?」
 自慢げに言ってから、歌仙はふと瞬いた。
 「・・・あぁ、だけど375なら、みなこ、とも読めるな。
 君はどちらが好きかな?」
 つい聞いてしまってから、歌仙は苦笑する。
 「人形に聞いても無駄・・・」
 「さなこ。
 歌仙が最初に呼んでくれた、さなこがいい。
 字も、とても素敵だと思う」
 「おや」
 見た目に相応しい、いとけない口調になった彼女へ、歌仙は笑みを漏らした。
 「未来の人形は中々優秀だ。
 僕の望む口調に変えたのかい?」
 と、彼女はこくりと頷く。
 「沙那子は、現プロジェクトに流用される前は、個人のメンタルケア用だった。
 相手の意を汲むのは基本性能」
 「なるほど・・・。
 そんな君が戦に投入された経緯を聞いてもいいのかな?」
 問えば、まるで本物の子供のように俯く。
 「HC型は亡くした子供の代わり、と言うのが主な用途。
 でも、データ上は同じなのに、似ていないと。
 うちの子じゃない、いらない、見ているだけで辛い、って、メーカーに返品された」
 「ほぅ・・・。
 それは気の毒な来歴だ」
 撫でた髪の感触は、人のそれと同じに思えた。
 だが、人ではありえない均等な長さは、人によって作られ、それ以上伸びないものだろう。
 着物も、本来であれば、成長に合わせて袖を伸ばし、裾を下げられるように縫い上げるものだが、沙那子が着ているものは今の彼女の体に合わせて誂えてあった。
 それは、彼女がこれ以上成長しないと言っているようなものだ。
 気づかぬ者も多いだろう、ささやかな事だが、歌仙に違和感を持たせるには十分だった。
 親なるものであれば、更に些細な違いにも気づき、日を過ごすほどに溝は深くなったのだろう。
 「僕も本来、人にあらざる者だ。
 光源氏の君に倣って、まだ憑喪神にもなれない、幼い物を育てるというのも、悪くはないかも知れないね」
 涙などないだろうに、泣きそうな顔に見えるのは、そうあって欲しいという自身の心情を写したものかと、歌仙は苦笑した。
 「我が主」
 その言葉に、沙那子は顔を上げる。
 「僕が君を、立派な審神者に導くと約束する。
 これから、どうぞよろしく」
 歌仙が差し延べた手を、人間のように頬を染めた沙那子は、おずおずと取った。


 「ここが我らに与えられた本丸か。
 ・・・うん。
 館はまだ狭いが、悪くはない風景だ」
 沙那子の手を引いて、出立の間を出た歌仙は満足げに頷いた。
 「さて、まずは御座所へ行こう。
 初めて来た場所だけど、御殿造りの配置なんて、どこも似たようなものさ」
 迷いなく歩を進める歌仙の歩調に合わせ、早足になった沙那子に気づいて彼は足を止める。
 「君は小さいな。
 僕はともかく、太刀以上になれば手をつなぐのも苦労するだろうね」
 言うや、歌仙はひょい、と沙那子を抱き上げた。
 「・・・からくりというから、もっと重いものだと思っていたけれど、意外に軽いね、君。
 鋼で出来ているわけではないのかな?」
 問えば、彼女はこくりと頷く。
 「素材の大部分は企業秘密だけど、沙那子は本物よりも軽く作ってある。
 高齢になった親でも抱き上げられるように考えての仕様だったけど、それがかえってだめだった。
 一度抱き上げた親が、二度目に抱き上げる確率は激減するというデータが、ほかの個体でも記録されている」
 「記録」
 気に入らない、と言わんばかりの口調で呟いた途端、沙那子は彼の衿をきゅっと掴んだ。
 「・・・個人情報は消去されるから、沙那子を返品した親の事は覚えてない。
 容姿も、同じ理由から完全に変えられている。
 今の沙那子は、審神者でもあるメーカーのメンテナンス担当者が、好みの容姿にしたって聞いた」
 「なるほどね。
 確かに、普通の子供には中々いない美少女だ」
 だが、と、歌仙は首を振る。
 「その、人らしくない言葉選びはなんとかしてほしいね。
 記録ではなく、記憶と言い換えるとか」
 「わかった」
 頷いた沙那子が、小さな指を折った。
 「歌仙は、効率的文言よりも冗長な修飾語等が入った口語を好み、成人よりも子供の口調を好む。
 人形に名前をつけて構うのも好き」
 「・・・投げ捨てるよ?」
 「ごめんなさい」
 真顔になってしまった歌仙へ、沙那子はぺこりと頭を下げる。
 「でも沙那子は・・・一人称を沙那子にするくらい、この名前が好き」
 「それは何よりだ。
 僕に機嫌よく働いて欲しいなら、余計なことは言わないように気をつけたまえよ、君」
 軽く吐息して、再び歩を進めた歌仙は、御座所から聞こえる声に眉根を寄せた。
 「はてさて・・・。
 僕達よりも先にいるなんてね」
 声をかけると、すっかりくつろいでいた二人が振り向く。
 「遅かったな、歌仙。
 そしてそちらが、新しい主・・・か?」
 立ち上がった彼が、歌仙に抱えられた沙那子へ歩み寄った。
 「これは珍しい。
 尼君が身罷られたのち、泥人形と揶揄された坊に遺されたことはあったが、本物の人形に下げ渡されるのは初めてだ」
 朝ぼらけの色を留める目を細め、彼は穏やかに微笑む。
 「俺は天下五剣が一振り、三日月宗近。
 よろしく頼む。
 こちらは我が一族の一振り・・・だが」
 肩越しに見やった三日月は、あからさまに視線を反らす彼へ苦笑した。
 「珍しく機嫌が悪いな、小狐丸。
 新しい主へ挨拶せぬか」
 「ぬしさま・・・とな?」
 剣呑な声音に、その場の空気が凍りつく。
 「人でなくとも・・・たとえ狐狸の類いであろうとも、血のかようものならぬしさまと仰ごうものを、よりによって人形とは。
 この小狐、そのような物に使われとうはない」
 「小狐丸・・・口が過ぎるぞ」
 たしなめた三日月へも、彼は鋭い目を向けた。
 「わだつみであれば、ヒトガタを供えられる事もありましょうが、あいにく、私にそのような趣味はありませぬ」
 「ちょっと待ってくれ、小狐丸。
 それは僕が、人形遊びが好きだと聞こえかねないからやめてくれないか」
 歌仙の抗議には答えず、小狐丸は沙那子へ歩み寄る。
 「こなた、いかが思うか。
 豊穣の環からはずれた身で、私や、神域に身を置くものを扱えるとな?」
 「小狐丸!」
 沙那子の細い首に手をかけた彼へ、歌仙が声をあげた。
 しかし、当の沙那子は表情を変えることなく、黒い瞳でじっと彼を見返す。
 その様に、小狐丸は忌々しげに眉根を寄せた。
 「やれおぞましや。
 豊穣の環から外れた者は、死を恐れず、痛みを知らぬ。
 それでは他者の恐怖を、痛みを思うことも出来まい。
 そのような身で、我が主を名乗るは僭越であるぞ」
 「・・・わかってる」
 呼気を伴わない声が、囁くように発せられた。
 「沙那子は、死を知らない。起動終了するだけ。
 痛みも知らない。
 痛覚はそもそも、仕様に組み込まれていない。
 だから・・・」
 きゅっと、沙那子は歌仙の衿を掴む。
 「政府は・・・いえ、本陣は、沙那子のサポートに歌仙だけでなく、三日月宗近と小狐丸をくれた。
 人形の本丸になんて、自らは絶対に来てくれない小狐丸と、気位の高い刀剣達も治めてくれる三日月宗近。
 ひとまずはこの三振りがいれば、人形でも闘えるだろうって、審神者のあねさま達が気を使ってくれた」
 「小賢しいことを」
 沙那子の首にかけていた手を解いた小狐丸は、人形よりも作り物めいた笑みを浮かべた。
 「よかろう。
 この度は三日月殿と、歌仙殿の顔を立てまする」
 だが、と、彼は冷たい目で沙那子を見下ろす。
 「こなたを主と認めるか否かは、時をもらうぞ」
 「うん・・・」
 握っていた衿から手を解いた沙那子が、こくりと頷いた。
 「・・・やれ可哀相に。
 このような幼子をいじめるものではないぞ、小狐丸や」
 固く結んでいた小さな手を両手で包み、三日月は微笑む。
 「人でなくとも、幼き物よ。
 いずれ立派な憑喪神になれるよう、このじぃじが導いてやろうほどに」
 おいで、と、両手を開く三日月へ、歌仙は沙那子を渡した。
 「さあ、主。
 このじぃじへ、まずは何を命じるか」
 木石の心さえ蕩けさせるような笑みを向けられ、沙那子は本物の少女のように頬を染める。
 「沙那子と・・・呼んでほしい」
 そう言って、肩越しに歌仙を見やった。
 「歌仙にもらった名前・・・。
 沙那子を主とは・・・呼びたがらない刀も多いと思うから、最初から、沙那子と呼んでくれた方がいい」
 「おや、皮肉かえ?」
 小狐丸に睨まれ、怖じけた沙那子を、三日月はあやすように揺らす。
 「あいわかった、お沙那」
 言った途端、沙那子の目が吊り上がった。
 「沙那・・・子!
 沙那子は!ロット数三桁の個体!
 修理用部品の在庫もあやしい二桁と一緒にするな!」
 「おや・・・」
 彼女の剣幕に、三日月だけでなく歌仙も目を丸くする。
 「君が怒ったところを初めて見たよ。
 まるで、感情があるかのようだね」
 苦笑する歌仙へ、沙那子は頬を膨らませた。
 「作り物でも、間違えて欲しくないことはある。
 備前国や相模国に配属された400番台には、最新技術で劣るけど・・・大和国と山城国に配属された300番台は安定性に定評がある上に、沙那子は富裕層向けにオーダーメイドされたカスタム機だもの!
 400番台にだって負けないし、ましてや二桁にだなんて!」
 「わかったわかった。
 言っておることはさっぱりわからんが、言いたいことはわかったぞ」
 頭を撫でてやりながら、三日月は癇癪を起こした子供へ、あやすような笑みを浮かべる。
 「あいすまんかったな、沙那子や。じぃじを許しておくれ」
 「うん・・・」
 恥ずかしげに頷いた沙那子を、小狐丸が睨んだ。
 「人形の身もわきまえず、三日月殿に意見するとは・・・」
 「小狐丸、ちょっと黙ろうか」
 歌仙に袖を引かれ、彼は仕方なく黙り込む。
 「さぁ、無駄話はここまでにして、本丸を作り上げるよ!
 まずは・・・人数集めかい?」
 問うた歌仙に、沙那子は頷いた。
 「まだ資材が少ないから、そんなに多くは呼べないけど。
 二隊を作るためにも、あと九人はほしいと思ってる」
 人選は任せる、と言われた歌仙が、考え深げに顎を引く。
 「じゃあまず、お小夜を呼ぼうか。
 礼儀正しいいい子だし、よく本丸の手伝いをしてくれる。
 短刀は他に、医術に通じた薬研と、沙那子のお世話に乱もいた方がいいかな。
 厨房を任せられる燭台切光忠には、早々に来てほしい」
 「なるほどな。
 では、俺が呼んでくるかな」
 沙那子を抱いたまま、三日月は鍛刀場へ向かった。
 「沙那子は、鍛刀は得意かな?」
 問うが、彼女は困惑げに目を伏せる。
 「わからない・・・。
 やったことはないし、それに・・・」
 きゅっと、沙那子は三日月の胸元を掴んだ。
 「沙那子は人じゃないから・・・審神者としての能力は・・・たぶん、ない」
 そう言って俯く彼女が、握ったこぶしを三日月は優しく包む。
 「人でなくとも、不安や怖気はあるのだろう?
 先ほどから、怯える度にそなたの手は、歌仙の衿や、俺の服を掴む」
 はっとして、顔を上げた沙那子の見開いた目は、人形のそれとは思えなかった。
 「そのように怯えずともよい。
 俺とて元は、人ならざるものだ。
 だが、長き年月、人の心を注がれることで今、こうしてそなたを抱き上げる身体を得た。
 物であった俺が、更に幼き物に心を注ぎ、付喪神に化生させると言うも、一興ではないかな」
 沙那子を腕から降ろした三日月は、改めて手を差し伸べる。
 「さぁ、このじぃじについておいで」
 「うん・・・」
 頷いて、沙那子は三日月の手を取った。


 二人で足を踏み入れた鍛刀場は、既に火が入れられ、沙那子よりも小さな刀工達がせわしなく動き回っていた。
 「よいか」
 三日月が声をかけると、彼らは整列して一礼する。
 「さぁ、沙那子の初鍛刀だ。
 まずは、小夜左文字か。
 もう一振りは・・・光忠が来てくれればよいな」
 狙い通りに行けばいいがと、微笑んだ三日月が刀工達へ指示を出した。
 と、すぐに完成までの時間が表示される。
 「一振りは短刀に間違いないが、もう一振りは・・・」
 この時間は、と苦笑する三日月に、沙那子が札を差し出した。
 「使う」
 「そうだな」
 霊力のこもった札を刀工へ渡すと、見る見る太刀が出来上がる。
 「よっ!鶴丸国永だ!
 俺みたいなのが突然来て驚いたか?!」
 天空から舞い降りたかのように羽織を翻し、顕現した彼へ、沙那子は目を丸くし、三日月は苦笑した。
 「驚いたとも。
 なぜ、既に血みどろなのだ」
 「あぁ、これか!」
 三日月の問いににやりとして、鶴丸はこぶしを掲げる。
 「人形本丸だなんて驚きの場所、他の奴に渡してなるものかよ!
 全俺と戦って勝ち抜いて、顕現してやったぞ!!」
 ちなみに、と、彼は得意げに胸を張った。
 「おかげで俺の練度は既に、70くらいだ!」
 「無駄に強くなりおって・・・」
 検非違使対策の本丸なのにと、ため息をつく三日月を押しのけ、鶴丸は沙那子の前に屈み込む。
 「君が人形の主か!
 よくできているなぁ!」
 陽気に笑いながら、鶴丸がぐりぐりと頭を撫でた時だった。
 「あ・・・」
 と、微かな声と共に、沙那子の首がもげ、床に転がる。
 がしゃん、と、続いた音は、鶴丸の太刀が床に落ちた音だったが、それを破壊の音と勘違いした三日月が、悲鳴じみた声を上げた。
 「沙那子!!
 なんという・・・まだ、付喪神にもなっておらぬのに・・・!」
 もげた首を大事そうに持ち上げた彼に、しかし、沙那子はけろりとして舌を出す。
 「落ちちゃった。
 じぃじ、この首を、ボディの手に渡して?」
 「え・・・・・・」
 真っ青になって固まった鶴丸が、干からびた声を上げた。
 「メンテナンス担当が整形する時に外したあと、ちゃんと止めてなかっただけだから大丈夫。
 きっと、小狐丸に首を掴まれた時に、緩かった止めが外れたんだ」
 言いながら、沙那子は三日月がボディの手に渡した首を、慣れた様子ですげる。
 「ほら、もう平気」
 継ぎ目すら見えない首を見せる沙那子の前で、鶴丸もようやく息を吹き返した。
 「お・・・・・・驚いた・・・・・・・・・!
 この俺を、ここまで驚かせる存在があるなんてな・・・!」
 息を荒くしつつ、言った鶴丸の隣で、三日月が胸を押さえ、膝をつく。
 「あ・・・あまり年寄りを驚かせるな。
 口から心の臓が出るかと思うたぞ・・・・・・」
 「じぃじ、大丈夫だよ」
 歩み寄った沙那子は、未だ上下する三日月の肩に、小さな手をのせた。
 「心臓は消化器系内にはないから、口から出ることはあり得ない」
 「そういうことではなく」
 思わず真顔になってしまった三日月とは逆に、鶴丸が笑い出す。
 「全俺をぶん殴ってでも、ここに来た甲斐があったぜ!
 君、沙那子というのか?じゃあ、沙那坊だな!」
 「沙那子!子!」
 語呂合わせだから、と、膨らませた頬を鶴丸は、笑ってつついた。
 「気難しいことを言うもんじゃないぞ、沙那坊v
 俺のこともじぃじと・・・呼んだら、紛らわしいか。
 じゃあ、鶴じいとでも呼んでくれ。
 さぁ早速!戦にでも行こうか!」
 張り切って歩を踏み出そうとした鶴丸を、『あの・・・』と、遠慮がちな声が止める。
 「お取込み中のところ、すみません・・・」
 と、上目遣いの視線から逃げるように、沙那子は三日月の背に隠れた。
 「どうした?
 新たな刀の顕現ではないか」
 なぁ?と、微笑まれた短刀は、三日月の背後からそっと覗いてくる主へ目を向ける。
 「僕は小夜左文字。
 あなたも・・・誰かに復讐を望むのか?」
 「そのタイプの記録・・・じゃない、記憶と、感情は削除されている」
 でも、と、沙那子は三日月の袖を掴んだ。
 「男の子は嫌い・・・!
 沙那子の髪を引っ張るし、たたくし、つねるし!
 こっちこないで!」
 「え・・・えぇー・・・・・・」
 さすがにショックを隠せない小夜の頭を、鶴丸がやけに注意深く撫でる。
 「小夜坊はそんなことしないよな。
 細川にいただけあって、礼儀正しい、いい子だぞ」
 小夜の手を引いた鶴丸が、怖気て三日月の背に隠れる沙那子の傍へ寄った。
 「沙那坊はこの本丸の主だろ。
 仲良くしろよ」
 「・・・・・・髪、引っ張らない?」
 「引っ張りません!」
 すぐさま返事をした小夜を、沙那子はじっとりと見つめる。
 「じゃあ・・・仲良くしてあげて、いいよ」
 おずおずと、三日月の背後から出て来た沙那子に、小夜はほっと吐息した。
 「ボク達とも仲良くしてぇv
 「よぉ、大将。
 来てやったぜ」
 突如声をかけられた沙那子が、びくっと飛び上がり、再び三日月の背に隠れる。
 「おぉ、乱に薬研。
 随分とうまくいったな」
 鶴丸以外は計画通り、と、満足げな三日月に、鶴丸が頬を膨らませた。
 「俺が不満か!」
 「光忠に来てほしかったのでな」
 否定もせず、三日月はくすくすと笑う。
 「これで七人か。
 ひとまずは、一隊を作ることができるな。
 沙那子、どうする?」
 「うん・・・」
 三日月に抱き上げられた沙那子は、考え深げに顎を引いた。
 「先に、御座所に戻ろう。
 歌仙と・・・小狐丸にも、話しておかないといけないことがあるから」
 「あいわかった」
 「その前に」
 と、鶴丸が手を上げる。
 「もう一振り、仕込んでいたのができそうだ。
 札、使っていいかい?」
 わくわくと目を輝かせる鶴丸へ、沙那子が札を渡した。
 「そーれ!光坊ー♪」
 「えぇっ?!鶴さん、僕より先に来てたの?!しかもなんで血みどろ?!」
 思わず声を上げた光忠の前で、鶴丸は得意げに胸をそらす。
 「全俺総当たり戦を勝ち抜いて、来てやったぞ!」
 「なにそれ」
 苦笑した光忠は、沙那子の前に膝をついた。
 「わぁー!可愛いお人形さんだねぇ!
 僕は、燭台切光忠。よろしくね。
 主ちゃんのお名前は?」
 「沙那子」
 「うん、沙那子ちゃん。よろしく」
 なんのこだわりもなく、微笑んでくれた彼に、沙那子は頬を染めて頷く。
 「では、戻ろうか」
 「うん!
 沙那子ちゃん、おててつなごっ!」
 三日月へ頷くや、問答無用で沙那子の手を取った乱が、元気に歩を踏み出した。


 「やぁお帰り。
 お小夜、来てくれてありがとう。
 みんなも・・・鶴丸?!なぜ?!」
 驚く歌仙に、鶴丸はうれしげに笑う。
 「こんな面白い本丸、見逃すわけにはいかないからな!
 一番に来てやったぞ!」
 「なるほど・・・。
 鶴丸殿でしたら、そうお考えになるのですね」
 妙に感心した風に頷いた小狐丸は、しかし、あからさまに沙那子から視線を外した。
 「あぁ・・・そっか。
 小狐丸みたいな連中には、受け入れがたいってやつか」
 察しのいい薬研の指摘に、三日月が苦笑する。
 「年寄りは頑固でな。
 沙那子、気にするなよ」
 恐る恐る、沙那子の頭を撫でる三日月の手つきに、光忠が首を傾げた。
 が、特に指摘はせず、歌仙を見やる。
 「お茶でも淹れてこようか。
 厨房にはもう、火を入れてくれているのかな。
 鍛刀場から、火種をもらってくるかい?」
 「あぁ、それなら用意しているから大丈夫。
 さぁ、みんなくつろいでおくれ」
 御座所の真ん中に置いた卓を歌仙が指すと、皆それぞれに着座した。
 「さて、沙那子や。話とは?」
 三日月に促されて、沙那子は厚みのある座布団の上に立つ。
 それでも、小さな彼女は座った太刀を見上げることになった。
 「まず、この本丸の役割だけど」
 光忠が、更に二枚足してくれた座布団の上にちんまりと座って、改めて一同を見渡す。
 「この本丸は、人間の審神者だけでは対応しきれないくらいに増えた、検非違使に対抗するための部隊として投入された。
 通常の遡行軍を見逃してでも、検非違使を叩き伏せるのが役目」
 「それは・・・難儀な仕事だな」
 座布団の上に胡坐をかいた薬研が眉根を寄せ、その隣で乱も頷いた。
 「検非違使って、時間遡行軍よりもだいぶ強いでしょ?
 そればっかりって・・・大変だなぁ・・・」
 「なぜ・・・検非違使に特化するんですか?
 通常の遡行軍を見逃してでも、ということは、奴らを助けることもあるということですか?」
 小夜の問いに、沙那子は頷く。
 「場合によっては、そうなることもある。
 時間遡行軍と検非違使の両者を見つけたら、何をおいても検非違使に向かえ、と命令されている」
 なぜなら、と、彼女は続けた。
 「検非違使の正体を見極めるため。
 政府・・・じゃない、本陣は、検非違使の目的と正体を捜査中だけど、データが足りない。
 検非違使に特化した部隊を派遣したくても、人間の審神者は時間遡行軍の対処だけでなく、彼らが引き起こした歴史の改変を防ぐことと、その修復に忙しくて、検非違使のデータ収集にまで手が回らない。
 かといって、分隊しようにも、検非違使は戦闘力が強い割に得られるものが少ないから・・・その・・・・・・」
 言いにくそうにする沙那子の前で、鶴丸が手を打つ。
 「割に合わない、ってことか」
 「うん・・・」
 「面倒なことは、人形におしつけると」
 意地悪く笑う小狐丸にも、沙那子は頷いた。
 「・・・・・・・・・ごめんなさい」
 うなだれた彼女の手を、乱が励ますように握る。
 「気にしちゃだめだよ、沙那子ちゃん!
 ボク達が強くなればいいことでしょ?」
 ね?と、微笑まれた一同が、笑って頷いた。
 「しかし、データ集めか・・・。
 結構、難しそうだな」
 どうすんだ?と、尋ねる薬研へ、沙那子は顔を上げる。
 「検非違使に関しては、本陣がある予想を立てている。
 いわく、2205年よりも更に未来から来た、AI制御型のヒトガタじゃないかって。
 だからこそ、遡行軍も付喪神も構わず、自動的に排除にかかってるんじゃないかって」
 「またもや、豊穣の環から外れた物共か」
 小狐丸の、忌々しげな口調に首をすくめながら、沙那子は続けた。
 「今、本陣が行っている、刀剣を人の身に顕現させて、時間遡行軍の目論見を阻止するプロジェクトは、多くの賛同を得て始めたものだけど、どうしてもほころびができてしまう。
 本丸ごとに管轄する時間軸が、どう修復しても狂ってしまうことが問題になっている。
 だけど、時間遡行軍の存在を見逃すわけにはいかないし、後手ではあるけどやらないわけにはいかない。
 そんな、不具合があることはわかっているのだけど、今はどうしようもない。
 その、『今』を変えようとしているのが、もしかしたら検非違使という存在じゃないかとは、議論されているの。
 だから彼らは、時間遡行軍だけでなく、刀剣すらも消そうとしているんじゃないかって」
 「おいおい、ひどい話だな」
 光忠が入れてくれた茶をすすった鶴丸が、むっと眉を寄せる。
 「未来の更に未来で、俺達ごと消してしまおうってことかよ」
 「そう・・・単純なものかな?」
 鶴丸の言に頷きつつも、三日月が口をはさんだ。
 「検非違使が、将来の『本陣側』の立場であるならば、俺達もむやみに逆らうことはなかろう。
 だが、もし奴らが時間遡行軍の未来の姿であれば、人の歴史は書き換えられるどころか、抹消されかねんぞ」
 「本陣の懸念は、まさにそれ」
 うん、と頷いた沙那子が、眉根を寄せる。
 「そして今までの行動から、検非違使は時間遡行軍の、未来の姿である可能性が高い。
 だけど、『今』の技術で過去を遡ることはできても、未来を知ることはできないから、そう断じてしまうにはデータが足りない。
 だから、まずは最初に本丸が置かれた、相模国と備前国に最新型の『人形』を配置して、検非違使対策に当たらせた。
 あの二国は、最も長く本丸が置かれている国だから、検非違使も多くて・・・。
 ある程度データが取れたら撤退、という予定だったのに、継続に次ぐ継続で終わらない。
 だったらいっそ、全部の国に『人形』を配置しようってことになったけど、本丸を作れるほどの知能を搭載した『人形』は高価すぎて、個体数が足りない。
 だから、本来は別の目的で作られた人形も流用することにして、相模と備前は最新の400型、大和、山城は安定性のある300型、まだそこまで強い検非違使がいない国は、200型以下の量産型が派遣されている。
 そうやって一斉にデータを集めて、検非違使の正体を探る目的」
 「なるほど。
 敵を知り、己を知れば、百戦危うからず、だね」
 「孫子ですね」
 歌仙の言葉に、小夜が頷いた。
 「どうやら、ただ斬ればいいというわけではないようだね」
 あまり得意ではないな、と、歌仙は小夜の頭を撫でつつ苦笑する。
 「それでは、出陣はどうする?
 連中は、長く留まった時代に現れるのだから、まだしばらくは会うことがないと思うけどね」
 歌仙に問われて、沙那子はしばらく考え込んだ。
 「・・・鶴じいの練度が違いすぎるから、鶴じいはしばらくここにいて、鍛刀を手伝ってほしい。
 他のメンバーは・・・あんまり怪我をしないように、ローテーションを組んで出陣して」
 「あいわかった。
 組み合わせは、任せてもらってよいのか?」
 「うん。みんなで決めて」
 そうしておけば、沙那子を主と認めない者達が増えても対応できるだろう。
 「小狐丸さん・・・。
 ちっちゃい子に、いじわるしちゃダメだよ」
 「いじわるとは、心外な」
 たしなめる光忠へ、小狐丸は悪気などありそうにもない笑みを向けた。
 「じゃあ、まずは僕を外してもらっていいかな。
 みんなが出陣している間に、食材を仕入れたり、下ごしらえをして厨房を整えておくよ。
 沙那子ちゃんは・・・ごはん、食べるのかい?」
 光忠他、興味津津と見つめてくる中で、沙那子はこくりと頷く。
 「沙那子の主要エネルギーは、本丸のあちこちに設置してあるアダプタから供給される電力をリモートで受け取っているのだけど、人間の食べるものも食べられないことはない。
 ただ―――― 餅やこんにゃくゼリーなどは、お子様が喉に詰まらせないよう、保護者の方が十分に注意して与えてください」
 「・・・なに、今の取扱説明書っぽいの」
 突然、機械的な口調になった沙那子に、乱が目を丸くした。
 「えぇと・・・その、睡眠は?
 睡眠はどうするんだ?」
 動揺を抑えつつ、問うた薬研へ、沙那子は無表情を向ける。
 「毎午前0時より6時間、情報処理のため、メンテナンスを行います。
 なお、アップデートやウィルス駆除などの状況によって、メンテナンス時間は延長される場合がありますので、ご了承ください。
 今後とも、HC型をよろしくお願いいたします。スタッフ一同」
 「・・・どこのネトゲ」
 呆れる乱に、沙那子は瞬いた。
 「仕様だもん」
 「つまり」
 珍しい状況に目を輝かせ、鶴丸が膝を進める。
 「その時間、沙那坊は全くの無防備ということか!」
 「うん。
 だからその時間は・・・」
 「宴会し放題だな!!」
 「ちがう」
 眉を吊り上げて、沙那子はぺしぺしと鶴丸の膝を叩いた。
 「ちゃんと!沙那子を!守ってね!!」
 「そりゃもちろんだ」
 ひょい、と沙那子を持ち上げた鶴丸が、彼女を膝に乗せた。
 「枕もとで宴会してやろうか!」
 「もぉ!!風紀紊乱、だめ!!」
 鶴丸の衿を掴んで揺さぶる沙那子を光忠がなだめる。
 「まぁまぁ、宴会くらいはさ」
 「そうだぞ。宴会は必要だ」
 「必要・・・かなぁ?」
 三日月の言には首を傾げつつ、乱が席を立つ。
 「それよりねぇ、早く戦に行こうよ!
 戦場には兄弟もたくさんいるし!
 ボク、みんなに会いたぁーいv
 歌仙の傍に寄り、甘え声で袖を引く乱に、皆が笑い出した。
 「では、行くとしようか。
 鶴丸一人に、いつまでも得意顔をさせておくわけにはいかんからな」
 くすくすと笑いだした三日月に、沙那子を膝に乗せた鶴丸が手を振る。
 「気をつけてな。
 ―――― 光坊、あいつらが帰って来る頃には短刀と脇差が増えてるだろうから、こっちは打刀と太刀を狙うか。
 まだ資材が足りないから、大太刀よりでかいのは無理だよなぁ」
 戦場へ向かう一行を見送った鶴丸が、傍らの光忠に声をかけると、彼はにこりと笑って頷いた。
 「その前に着替えてね、鶴さん。
 沙那子ちゃんまで汚れちゃうよ」
 「おっと」
 今気づいたとばかり、瞬いた鶴丸の膝から、光忠は沙那子を受け取る。
 「沙那子ちゃんは、着替えを持っているのかな?
 厨房のお手伝いができるような動きやすい服、あるかい?」
 問いに頷いた沙那子は、小さな指で押入れを指した。
 「あねさまたちが、色々用意してくれた。
 足りないものは、あれで注文して?」
 続いて指した文机の上には、少し大きめのタブレットがある。
 「へぇ。
 これに沙那坊の服が載って・・・」
 タブレットを起動させた途端、鶴丸は目を輝かせた。
 「人形用付属品の項目、すごいぞ、光坊!!
 装束だけじゃなく、髪とか声とか腕とか足とか・・・涙なんてものもある!!」
 「涙・・・。
 沙那子ちゃん、今、ストックある?」
 「いらないと思って、装着してない」
 言った途端、二人して激しく首を振る。
 「いかんぞ、沙那坊!!
 女が男を落とすには、一番効果的なもんだ!」
 「あった方がいいよ!
 ここに来るのは男士ばかりだし、ちょっと目を潤ませただけで、態度軟化しちゃうからね!」
 「そうそう!
 三日月に潤んだ目で、『じぃじ、さなこ、2205年度版人生ゲームがほしいv』って言ってみろ!
 ホイホイ買ってくれるぞ!ホイホイ!!」
 「鶴さん、沙那子ちゃん通じて自分が欲しいものを買わせるのは禁止ね」
 畳みかけつつ、二人は早速『涙』を注文した。
 「他にはー・・・沙那子ちゃん、袴持ってる?
 袴はあった方がいいかも」
 「衣装箱に、たぶん」
 「了解!
 ちょっと、見せてもらうね!」
 押入れから長持ちを取り出した光忠が、ぎっしりと詰め込まれた衣装を取り出す。
 「いい着物ばかり買ってもらったねぇ!
 でも、汚れてもいいのは・・・あ、綿の小紋と羊毛の袴見つけたよ。
 これに・・・寒いかもしれないから、ちゃんちゃんこ着ようか、ちゃんちゃんこ!」
 きっと可愛い、と取り揃えた光忠が、はっと我に返った。
 「えーっと・・・。
 今の僕、もしかして傍目から見れば、いい年した男が人形遊びしてるように見えた・・・かな?」
 「いや、子煩悩な父親にしか見えなかったから大丈夫だ」
 それよりも、と、子供用の袴を広げた鶴丸が眉根を寄せる。
 「沙那坊は・・・その・・・自分で着替えられるのか?」
 「うん。大丈夫」
 その言葉に二人は、ほっと息をついた。
 「さすがに女子の着替えはなぁ」
 「お手伝いできないよねぇ」
 外聞が悪い、と笑って、二人は立ち上がる。
 「じゃあ俺は、着替えてこようかな。
 光坊、後で厨房に行く」
 「わかったよ、鶴さん。
 沙那子ちゃんも、着替えたらお手伝いに来てね。
 さっさと厨房を整えて、鍛刀しよう。
 まだ資材は、あんまりないだろうけどさ」
 「うん」
 手を振って襖を閉めた光忠に頷き、沙那子はもそもそと着替えを始めた。


 「たっだいまー!
 沙那子ちゃーん!
 うちの兄弟達、連れて来たよー!」
 出立の間を出た乱が、兄弟達を引き連れて鍛刀場に入ると、沙那子が打刀に囲まれていた。
 「ガラ悪っ!!」
 思わず声を上げた乱を押しのけて、歌仙が進み出る。
 「君達!
 うちの子を虐めてないだろうね!!」
 声を荒らげると、沙那子を囲んでいた面々が一斉に目を向けた。
 「虐めるだなんて、人聞きが悪いな、歌仙兼定。
 俺はただ・・・」
 と、蜂須賀虎徹が、煌びやかな戦装束の胸を反らして、殊更に沙那子を見下ろす。
 「人形ごときが、俺の主を名乗るとはいかがなものかと、問いただしていただけだ!」
 きっぱりと言い放った彼を、沙那子は黒い瞳でひたと見つめた。
 「蜂須賀・・・。
 ひとつ聞きたいのだけど、名刀はたとえなまくらとして生まれても、所持した主の名によって名刀と呼ばれるようになるの?
 それとも、名刀は名刀として生まれ、偉大な主の目に留まるものなの?」
 「何をわかりきったことを」
 傲慢に鼻を鳴らし、蜂須賀は長い髪をなびかせる。
 「名刀は名工の手によって、名刀として生まれるもの!
 それゆえに、偉大な主の手に渡るのだ!」
 「だったら」
 つい、と、沙那子は蜂須賀へと歩を進めた。
 「沙那子は政府の支援によって、国内トップクラス企業数社が共同開発した最先端技術を詰め込んだ基盤を、現代の名工100選に選ばれた人形師が一つ一つ手作りした筐体に入れた、完全オーダーメイドの人形だよ。
 生まれた瞬間から・・・ううん、生まれる前から超一流のブランド品なんだけど、何か文句ある?」
 ぷくっと、頬を膨らませた彼女の前に、蜂須賀が跪く。
 「何なりと命じてくれ、主」
 「おんしゃあ・・・まっこと、ブランドもんに弱いのぅ!」
 呆れ顔で、陸奥守吉行が屈み込んだ。
 「わしは人形でも気にせんきの!
 それにおまん、さなこ言うがかい?
 竜馬が若い頃世話んなった、道場の娘さんと同じ名じゃのう!」
 「あ」
 そうか、と、沙那子が瞬く。
 「千葉道場のさなこ・・・竜馬の恋人とも、許嫁とも言われてる人だ」
 「そうじゃそうじゃ!
 これも何かの縁じゃ!仲良ぅし・・・」
 「沙那子、名前を変えようか。
 美奈子にしようか」
 「おいおいおいおい!歌仙!!」
 陸奥守が差し伸べた手をかいくぐるようにして、歌仙が沙那子を抱き上げた。
 「うちの子に、必要以上に馴れ馴れしくするんじゃないよ」
 「うちの子って、この子が主なら、俺らんちの子、でしょー。
 独占しないでよねー」
 気だるげな声を上げて歩み寄った加州清光が、歌仙に抱かれた沙那子の頬をつつく。
 「うっわ、ぷにぷにーv
 可愛いよねぇ、沙那子。
 俺、可愛いもの大好きだかさv
 沙那子のことも、好きになってあげていーよ?」
 「どこから目線だ。
 ここじゃあ僕が第一刀なんだから、うちの子でいいんだよ」
 「・・・・・・どうでもいい」
 ぼそりと、呟いた声に目線が集まった。
 と、
 「山姥切」
 呼びかけた沙那子に、彼が向き直る。
 「写しの俺に、何の用だか。
 どうせ、人間に飽きられた俺は、人形に下げ渡されたんだろ」
 言い放つ彼へ、沙那子はふるりと首を振った。
 「ここに来たのは、ただの偶然。
 それに写しでも・・・山姥切はきれいだし、大切にされたんでしょ?
 沙那子は・・・ちがう。
 データ上は全く同じに作ったのに、うちの子じゃないって、返品された。
 その時の記憶は消去されたけど・・・廃棄されたボディの記録を見る限り、沙那子は大切に扱われなかった。
 ずっと大切にされてた、山姥切と違って」
 装着したばかりの涙で目を潤ませた途端、歌仙や山姥切だけでなく、周りにいた打刀達からぎゅう、と抱きしめられる。
 「・・・さすがに潰れるのだけど」
 気道がないために苦しげな声を出せない彼女の不満げな口調に、打刀達は慌てて囲みを解いた。
 「・・・すごい威力だった」
 「だろう?!」
 やや呆然とした沙那子が見やった鶴丸と光忠は、得意げに頷く。
 「それにしても、短刀が増えたなぁ・・・って、鯰尾も来たのか!」
 歓声を上げた鶴丸へ、鯰尾がひらひらと手を振った。
 「やっほー、鶴丸さんv
 俺が来たからにはもう、安心ですよv
 「いたずら者が増えて、不安しかないが・・・」
 苦笑しつつ、三日月が声をかける。
 「おぬしら、そろそろ鍛刀場を出ないか?
 俺が沙那子に届かないのだが・・・」
 そう広くはない鍛刀場に、五振りもの打刀だけでなく、鶴丸と光忠までいて、既に身動きもとれないほどになっていた。
 「そうねー。
 ここ、広間あんの?」
 「そりゃあるだろ」
 「御殿造だからね」
 加州の問いに、鶴丸と光忠が頷く。
 「だったら、広間でお茶しよーよー。
 俺、喉乾いちゃった」
 マイペースに言って、鍛刀場を出た加州に、光忠が微笑んだ。
 「そう言うと思って、ちゃんとお茶請けも用意しているからね。
 みんなでお茶にしよう」
 歓声が上がる中で、鶴丸がはたと手を叩く。
 「それよりも、まだ本丸の中を探検してなかったよな!
 よっし鯰尾と短刀達!
 探検するぞ、探検!
 俺についてこい!」
 歌仙の腕から沙那子を取り上げた鶴丸が、張り切って部屋を出ると、乱に連れられた短刀達も歓声をあげて従った。
 「俺も、薬房を作るのにいい場所を探すかな」
 先に行った兄弟の後に続く薬研の傍らで、今剣がぴょこんと跳ねる。
 「ぼくもいきまーす!
 いいでしょぉ、みかづきさまー?」
 「あぁ、行っておいで、今剣」
 「わーい!」
 あっという間に先頭へ追い付いてしまった今剣の素早さに、三日月はうれしげに目を細めた。


 「ねぇねぇ、さなこさま!
 さなこさまは、かけっこすきですか?
 やまのぼりは?」
 足に絡んでくる今剣に躓いた鶴丸が、沙那子を下してやると、彼女は少し立ち止まって、小首を傾げた。
 「かけっこは・・・遅いけど、できる。
 でも、山登りはやったことがない・・・と思う」
 「そうなんだ!
 じゃあ今度、みんなでどんぐり拾いに行こうか!」
 鯰尾の提案に、歓声が上がる。
 と、
 「あ・・・あの・・・。
 あ・・・あるじさま・・・は・・・・・・虎、好きですか・・・?」
 五虎退の遠慮がちな声には、こくりと頷いた。
 「好き。
 それと、沙那子のことは、沙那子と呼んでくれていい」
 「じゃあ、沙那・・・子?」
 手を伸ばした瞬間、鶴丸の陰に隠れてしまった沙那子に、厚が目を丸くする。
 「え?なんで逃げんだ?」
 「・・・今、髪引っ張ろうとした?」
 じっとりと、疑い深い目で見つめてくる彼女に、厚は慌てて首を振った。
 「・・・男の子は、すぐに髪を引っ張るし、叩くし、嫌い。
 寄らないで」
 「そ・・・そんなことしねーし!!」
 「厚兄ならやりそうですね」
 「僕達はそんなことしませんけど」
 やや意地悪く言った秋田と前田が、にこりと笑う。
 「大丈夫ですよ、沙那子様」
 「厚兄はああみえて、いたずらっ子じゃないです」
 「どう見えてんだ!!」
 思わず大声をあげてしまった厚は、完全に鶴丸の背に隠れてしまった沙那子に慌てた。
 「ごっ・・・ごめん!
 脅かしちまった・・・?」
 困り顔で鶴丸を見上げると、彼は笑って背後にいる沙那子の頭を撫でる。
 「沙那坊、ここの主はお前だろ。
 なら、最初に命じればいいんだ。
 沙那子をいじめるな、って」
 「だから!いじめねーし!!」
 また大声を出してしまった厚が、慌てて自身の口を手で覆った。
 と、そっと厚に近寄った小夜が、こくりと頷く。
 「僕も、沙那子様に疑われましたけど・・・ちゃんと説明すればわかってくれます」
 ね?と、見やった先で、沙那子が鶴丸の陰から、そっと顔を出した。
 と、
 「ははっ!
 沙那子、厚はガキ大将っぽい見た目だが、一応、黒田官兵衛にゆかりのある奴だ。
 見た目バカっぽいけどバカじゃ・・・」
 「やーげーんー・・・!
 お前、明らかにけなしてんだろ!」
 首に腕を回してきた厚に、薬研は頷く。
 「な?バカじゃない」
 「落ちろっ!!」
 ぐいっと締め上げられて、意識を飛ばしそうになった薬研を、乱が冷たく見やった。
 「二人とも、バカじゃないの。
 沙那子ちゃん、こんなのと遊ばなくていいよ」
 鶴丸の背後に回り込んだ乱が、彼の袴にしがみつく沙那子の手を包み込む。
 「さっ!
 ボクとおててつなごっ!
 鶴丸さん!
 探検中にいい部屋見つけたら、ボクのお部屋にしていい?」
 「あぁ、いいぞ!
 だが・・・お前達は同じ部屋になるんじゃないか?」
 粟田口の数を数える鶴丸に、乱は口を尖らせた。
 「えー。
 同じ部屋で、厚達のバカがうつったらやだぁー」
 「乱ぇー・・・!」
 薬研と厚に、両側から髪を引っ張られて、乱が悲鳴を上げる。
 「沙那子ちゃん!
 やっぱりこのひとたち、髪の毛引っ張るよ!
 溶かしちゃう?溶かしちゃおうか!」
 涙目で告げ口する乱に、沙那子が笑い出した。
 「おっ?
 おぉ?!
 沙那坊!お前、笑うんだな!」
 怒った時以外は、ずっと無表情だった人形の笑う様に、鶴丸が歓声を上げる。
 と、
 「かわいいですよ、さなこさまーv
 わざわざ顔を覗き込んでくる今剣に頬を染めて、沙那子は恥ずかしげに乱へ縋った。
 「かっ・・・かわいっ・・・!
 沙那子ちゃんっ・・・!
 ボ・・・ボクの妹になる?!」
 思わず息を荒くして迫る乱を、秋田と前田が挟み込む。
 「乱ちゃん、ひとりじめダメです!」
 「そうです!みんなの主です!」
 「えー!いいじゃないー!!」
 兄弟と押し合いへし合いするうちに、乱が沙那子の手を放してしまった隙をついて、五虎退が歩み寄った。
 「さ・・・さ・・・さなこさ・・・ま・・・。
 あ・・・あの・・・。
 虎・・・だっこしても・・・いい・・・ですよ・・・?」
 差し出された仔虎に伸ばそうとした手を、沙那子は慌てて引き寄せる。
 「・・・噛みつかない?」
 「か・・・かみつきません!」
 ふるふると首を振る五虎退に頷き、仔虎を受け取った沙那子は、ふわふわとした毛並みに顔をうずめた。
 「やわらかい・・・」
 「ぎゃふっ」
 うっかり強く抱きしめてしまい、嫌がられた沙那子は慌てて仔虎を返す。
 「・・・もうだっこしない」
 「おいおい、このくらいでへこたれるなよ、沙那坊。
 五虎退、一頭借りるぞ」
 足に絡んできた虎を抱き上げた鶴丸が、沙那子の前にしゃがみ込んだ。
 「ほら、ちゃんと優しく撫でてみろ。
 俺が沙那坊を撫でるみたいにな!」
 「こう?」
 ぐりぐりと撫でると、仔虎がまた悲鳴を上げる。
 「・・・俺、そんなに乱暴に撫でていたか?」
 「だから首が落ちた」
 「・・・・・・すみません」
 真っ青になって震える鶴丸を、皆がいぶかしげに見つめた。
 「ほら、こうですよ、さなこさま!
 いいこいいこ」
 お手本を示す今剣に続いて、恐る恐る手を伸ばす。
 「い・・・いいこいいこ?」
 「そうそう!じょうずですよ!」
 「なんだか和む図ですねぇ。
 ホームビデオでも撮っちゃおうかな」
 笑う鯰尾に、沙那子が目を向けた。
 「記録映像なら、沙那子の見たものは全部撮ってあるよ?」
 「・・・それ、先に言ってくれ」
 ぶるりと、鶴丸が震え上がる。
 「沙那坊の首を落としちまった罰で、溶かされた上に別の俺に交代なんてことは・・・」
 「あれは、メンテナンス担当のミスだから、鶴じいは大丈夫」
 でも、と、沙那子は小首を傾げた。
 「人間の家にいた間、沙那子をこっそりいじめてた人たちは後で、高額なパーツの損害賠償を請求されたから」
 ひたと、黒い瞳が厚を見据える。
 「気を付けてね」
 「いじめねぇって言ってんのに・・・」
 頬を膨らませた厚に、兄弟達が笑い出した。
 「じゃあボク、後で厚と薬研に、髪を引っ張られた『そんがいばいしょうせいきゅう』しちゃう!」
 「乱、意味わからず言ってるだろ」
 にんまりと笑う薬研の隣で、厚も意地悪く笑う。
 「どうせなら、損害賠償請求できるくらい、引っ張ってやろうか?」
 「やだもう!寄らないで!!」
 両手をわきわきさせつつ寄って来る二人から、逃げる乱にまた、沙那子が笑い声を上げた。


 「なーんか、女子の笑い声が聞こえるー。
 あれ、沙那子の声?
 俺もあっちに行けばよかったなー」
 坪庭の向こうから聞こえる声を見やった加州は、姿勢を戻した途端、愕然とする三日月の表情に目を丸くした。
 「え?なに?
 なんかショックなこと?」
 「さ・・・沙那子が笑うておるところを、俺はまだ見ておらんのに・・・」
 「まぁまぁ、三日月さん」
 ふるふると震える三日月の肩を、光忠が慰めるように叩く。
 「子供達と打ち解けたみたいで、よかったじゃない。
 帰ってきたらきっと、三日月さんにも笑顔を見せてくれるよ」
 「そうだねぇ・・・。
 大人に囲まれて、緊張していたみたいだしね」
 「人形が緊張とは」
 歌仙の言葉を、小狐丸が鼻で笑った。
 「なんとも生意気な。
 ならばむしろ、あの可愛げのない人形を、泣かしてやりたくなりますな」
 「小狐丸、おまんも・・・」
 「いじわるをするな!!
 あんなに小さいのに・・・可哀想だろう!!」
 陸奥守の言葉を遮って、大声を上げた山姥切に皆の目が集まる。
 「え、なに?
 山姥切くん、沙那子ちゃんにほだされちゃったのかな?」
 わくわくと、輝く光忠の目から逃げるように、山姥切は布で顔を覆った。
 「俺はただ・・・写しの上に、酷い扱いをされたあいつが不憫で・・・・・・」
 「うん、そうだよねー。
 山姥切くんより気の毒な身の上だもんねぇ、沙那子ちゃん!」
 涙を装着させた自分の選択は間違っていなかったと、快哉を上げたい気持ちをなんとか抑えて、光忠が頷く。
 と、
 「高級品をないがしろにするとは、罰当たりな連中だ。
 床の間にでも飾って、誉めそやせばいいものを!」
 蜂須賀の不満げな声には、歌仙が呆れた。
 「値段ばかりが価値ではないよ。
 自分の目で見て、良いと思ったものが良いのさ。
 まぁ、その目を養うには、飽きるほど良いものを見る必要があるけどね」
 「俺だって、目利きには自信があるぞ!」
 「どうだろうねぇ。
 高価だと聞いてようやく、沙那子の価値を知るようでは、怪しいものだよ」
 「あー・・・美術品論争、やめてもらっていい?」
 居心地悪そうに身じろぎした加州に、小狐丸が微笑む。
 「そのようにお気になさらずとも、加州殿は十分愛らしゅうございますよ」
 「はっ?!え・・・いや、俺はっ!!」
 まさか名門の三条に褒められるとは思わず、真っ赤になった加州を小狐丸は、和んだ目で見つめた。
 「ほんに愛らしい」
 「その評価の少しでも、沙那子に向けてやろうとは思わぬものかな」
 「あれは私の評価の外でありまする」
 三日月が水を向けた途端、つん、と笑みを消した小狐丸に、光忠が肩をすくめる。
 「ところでさっき、鶴さんとも話してたんだけど」
 と言う彼に、皆の視線が集まった。
 「沙那子ちゃん、鍛刀は苦手みたい。
 審神者としての力がないせいだ、って本人は言ってたけど、確かに霊力とか運とか、そういう言葉で表す力はないんじゃないかな。
 だから、鍛刀は僕らで引き受けた方がよさそう。
 でも、状況判断とか、戦略を立てるのは得意みたいだから、ひとまずはこの本丸に任されている時間軸を一周して、全ての戦況を把握してもらってから隊の組織と派遣をした方が効率いいよね。
 早々に検非違使を叩きたい気持ちはあるけど、まずはこの本丸にできるだけ多くの刀剣を集めて、奴らに対峙できるだけの戦力を作らない?」
 「ふむ・・・そうだな、それが最も沙那子に向いておる気がする」
 光忠の提案に三日月が頷くと、誰からも異議は出ない。
 なるほどこれが本陣の思惑かと、三日月は苦笑した。
 そしてきっと、人形の本丸を盛り立てたい鶴丸の作戦でもあるのだろう。
 「では、今ならば主に、本丸に残ることが多くなりそうな鶴丸が鍛刀を引き受けるのはどうだ?
 あやつは各家を渡り歩いて、顔も広い。
 鶴丸がいるならと、来てくれる者も多かろう」
 三日月の言葉に、加州がこくこくと頷いた。
 「そうねー。
 新選組のメンツなら、俺が戦場で呼べるからさ、鍛刀は太刀を主に呼んでほしいかな」
 「戦場を進めば、そのうち石切丸や岩融も来てくれるだろう。
 まぁ・・・石切丸が、沙那子を主と認めるかは・・・わからぬがな」
 三日月がちらりと見やった小狐丸は、未だ笑みもせず顔を背ける。
 「カミサマ達は難しそうじゃのう。
 ま、呼んでしまえばこっちのもんじゃ!
 わしが説得してやるきに!まかせちょけ!」
 頼もしく請け負った陸奥守に、歌仙が微笑んだ。
 「粟田口は、乱達を見るに、こだわりなく来てくれそうだし、まずは戦力拡充の作戦を始めようか」
 と、座を立つ。
 「沙那子に、この作戦の許可をもらってこよう。
 ―――― 人形だろうと子供だろうと、ちゃんと立てるべき時は立てたまえよ」
 じろりと睨んだ小狐丸は、軽く吐息して頷いた。
 「承知しました。
 第一刀殿の、仰せのままに」


 「――――・・・そういうわけでね、この作戦で行きたいのだけど、沙那子は許可してくれるかな?」
 歌仙の言葉に、沙那子はこくりと頷いた。
 「わかった。
 折よく、本陣は新刀の投入と、江戸城、大坂城の調査を計画している。
 戦力拡充にはちょうどいい時期だと思う」
 「大坂城・・・。
 博多!博多呼ばねぇと!!」
 厚の声に、粟田口の兄弟が頷いた。
 「あそこには兄弟が大勢いるから、一気に揃えてしまおう。
 いち兄は・・・来るかどうか怪しいが、幼児好きの毛利は簡単に釣れるんじゃないか?」
 薬研の言葉に、乱と厚が、大きく頷く。
 「いち兄、グラマーなお姉さんが好みだもんねぇ。
 沙那子ちゃんは可愛いけど、グラマーじゃないし、お姉さんでもないし。
 ものすごく・・・抵抗しそう」
 「巨乳なら、二次元でも釣れるんだけど、幼女は興味ないよなぁ・・・」
 「その時は縄をかけて引っ張ってくればいいんですよ!」
 不安げな二人に、秋田がきっぱりと言い放った。
 「ね?
 鯰尾兄さんも、早く骨喰兄さんを呼んでください!
 二人でぐいぐい引っ張ってくれば、いち兄だって観念しますよ!」
 「その前に、いち兄が出てくるかどうかだなぁ・・・」
 隠れそう、と苦笑する鯰尾の前に、前田が進み出る。
 「それを見つけるための、短刀の偵察力です!」
 「ぼくも、みつけたらひっぱってきますね!」
 「うん、協力する・・・」
 今剣の言葉に小夜も頷き、目線を歌仙へ向けた。
 「だから・・・兄様達を・・・・・・」
 「あぁ。
 左文字達には、早めに来てもらおうね」
 「まぁ、太刀なら俺が呼べるかもしれないしな」
 小夜の頭を撫でる歌仙に、鶴丸がにんまりと笑う。
 「それよりも難しいのは、貞坊達、貞宗だなぁ。
 延享年間は、今の戦力じゃ無理だぞ」
 眉根を寄せる鶴丸に、歌仙は首を振った。
 「練度の件は、地道に対処するしかない。
 焦って壊滅させては、元も子もないからね」
 ところで、と、歌仙は一同を見回す。
 「探検は終わったのかい?
 光忠が、おやつを用意して待っているよ」
 言うや、歓声をあげて駆け去った短刀達の後に、鯰尾も従った。
 「沙那子ちゃんも!
 早くおいでよ」
 手招く彼に首を振って、沙那子は歌仙の袖を取る。
 「先に行ってるぜ」
 気を利かせた鶴丸も去ると、歌仙は沙那子の前にしゃがみ込んだ。
 「なにかな?」
 「たぶん・・・気にしてると思って」
 「なにをだい?」
 声を潜めた沙那子に身を寄せ、囁くと、彼女は人間の子供のように気まずげに目をさまよわせる。
 「歌仙は自分のこと・・・よりによって人形に引き当てられた、くじ運の悪い刀剣だって言ったでしょ?」
 「そんなこと、言ったかな?」
 とぼける彼に、むっとして証拠動画を差し出そうとした沙那子を、苦笑して遮った。
 「あぁ、言ったよ。
 それがどうかしたかい?」
 問うと、また彼女は目をさまよわせる。
 ややして、
 「・・・そうじゃない。
 沙那子は・・・ううん、他の人形も、ほとんどが第一刀に『歌仙兼定』を選んでしまうの」
 「おや・・・」
 目を見開いた歌仙は、次いで笑い出した。
 「気に入られたものだ。
 そんなに僕は、人形から見て・・・いや、エーアイとかいう集合知から見て、優秀な刀剣なのかな」
 その問いには、大きく頷く。
 「色んな意味で、歌仙は人形にとって、一番ふさわしい第一刀だと思う」
 「理由を聞いても?」
 それが彼を呼び止めた理由だと知りつつも、あえて問うた彼に、沙那子は頷いた。
 「歌仙は、本陣から最初に下賜される五振の中で、一番古い。
 だけど、新興勢力の新選組ともいい関わりを持ってる。
 ・・・五振がどれも、多かれ少なかれ、新選組と関わりがあることには気づいていた?」
 「そりゃあね」
 頷いて、歌仙は考え深げに顎に指を添える。
 「加州が五振の中にいることを知ったら、考えずにはいられないよ。
 彼は新選組の名剣士が使っていた刀、陸奥守は逆に、彼に追われる側の人間の刀。
 蜂須賀は新選組隊長の刀を、贋作だと嫌っているが、山姥切はその副長の愛刀とは兄弟だ。
 そして僕は・・・」
 くすりと、歌仙は笑った。
 「もう一振の、副長の愛刀の祖先と言うべきかな。
 僕の流れが徳川の終わりまで続いていたと思うと、感慨深いものがあるね」
 そう言って彼は、嬉しげな笑みを浮かべる。
 「じゃあ逆に、古い刀にはどう?」
 「古い方達?
 そうだね・・・平安の世に生まれた方達へは、素直に尊敬の念を抱いているかな。
 僕の名の由来にもなった三十六歌仙は、まさに平安の世に活躍された方達だし、和歌はなんとも雅で、僕の好みに合っている」
 それに、と、彼は自慢げに目を輝かせた。
 「僕を所有した細川家は、文化人の家系でね。
 一代限りの条件付きではあったけれど、古今和歌集の秘儀を伝授された家だ。
 昔、和歌には神が宿り、世界を操るとまで言われていてね、これは今の君達が思うよりも、ずっと重大なことだったんだよ・・・っと、集合知の化身なら、この程度のことは知っているか」
 「うん。
 だってそれが、最大の理由だから」
 きゅっと眉根を寄せ、沙那子はまっすぐに歌仙を見つめる。
 「沙那子には・・・ううん、沙那子だけじゃなく人形には、人間の審神者が持っているような、霊力や運と言ったものがない。
 その上、まだ生まれて間もない『物』だから、人間の審神者に比べたらどうしても、主としての求心力に欠ける。
 でも、歌仙がサポートしてくれたら、捨てられた人形の本丸でも、うまく回るって考えた」
 「自分を卑下する言葉に感心はしないが、そうだね。
 言われてみれば僕は、参陣しうる刀剣の全てに、関わりを持つことができるね」
 新選組には血筋で、平安刀には和歌の力で、戦国の世に活躍した刀剣達には、前の主が繋いだ家同士の友誼によって、一目置かれる存在たり得た。
 「それに、歌仙は対人関係で深入りしない。
 そういう距離の置き方、陸奥守じゃ無理」
 「あぁ・・・確かに彼は、少し暑苦しいよね。
 山姥切は逆に、他人と距離を置きたがるし。
 人間の主であれば、そこは丸く収めるだろうが、人形の君には難しいかもしれないね」
 苦笑して、歌仙は立ち上がる。
 「沙那子。
 生まれて間もない『物』だけど、僕を選ぶなんて君、いい選択をしたよ」
 自信に満ちた笑みを浮かべ、手を差し伸べる。
 「浮世の月に かかる雲なし。
 うるさい連中は僕に任せて、君は堂々としておいで」
 「うん・・・」
 頬を染めて、沙那子は差し伸べられた手を取った。
 「これから、よろしく」
 「おまかせあれ」
 胸に手を当て、気取って一礼する。
 「集合知にまんまとほだされた気はするが・・・それもいいさ」
 沙那子の軽い身体を抱き上げて、彼は本丸の中心へと歩を進めた。




 了




 










人形主による、変わり種本丸でした。
しばらく前から、変わった話を書きたいなぁと思ってまして。
相手を選ばない検非違使の考察もあったし、まずはご挨拶程度の始まりを書いてみました。
いかがでしょう。
少なくとも、あと一作は書く予定ですが、その後続けるかどうかは未定です。
ネタが有るかどうかですね(笑)
お楽しみいただければ幸いですよ。













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