〜 今はかぎりの 〜






 風が、色づいた葉をそよと揺らす度、蜜のような香りが漂う。
 熟した葉の匂いだ。
 出立の間から出た小竜景光は、本丸に漂う甘い香りを満足げに吸い込んだ。
 「いいねぇ。
 収穫の秋だなぁ」
 早朝の空気は冷たく、陽光は澄んで、回廊を渡る彼の髪を艶やかに煌めかせる。
 その様に、大和守安定は思わず見惚れた。
 しかし、
 「小竜って見た目豪華なのに、言ってることは農家だね」
 と言う、加州清光の言葉には苦笑する。
 「キヨ・・・。
 せっかくのいい雰囲気が台無し」
 「えー。
 だってホントじゃんー」
 ギャップがすごい、と笑う彼に、小竜も笑い出した。
 「だって俺、農家にいたこともあったしね。
 おかげで偽物に違いないって、鑑定さえ断られたり?
 でも最後は明治帝のお気に入りなんて、人間だったらすごいサクセスストーリーじゃない?
 映画にでもしてもらおうかな♪」
 気さくな彼に、二人も吹き出す。
 「小竜さんが来る前は、刀剣界トップブランドの三代目で、天皇のお気に入りなんて聞いてたから、どんな気位が高い人だろうって思ってたけど・・・」
 「考えてみれば、光忠の孫だよねー。
 嫌な奴なわけないよね」
 笑い合う安定と清光に、小竜も頷いた。
 「グランは基本、武将のとこにしかいなかったけど、俺はあちこち渡り歩いたからさ、友達を作るのは得意なんだ。
 帝のとこじゃ、鶴と二人で怪異ごっことかしてさー!
 お妃をガチギレさせちゃって、二人して池に捨てられそうになったりーv
 後で水龍剣からめっちゃ怒られたなぁ♪」
 「なにそれ楽しそう」
 「詳しく」
 食いついてきた二人に、小竜は嬉しげに笑う。
 「水龍は、帝が正倉院から出して来た奴なんだけど、直刀だからかやけに真面目で・・・あれ?」
 母屋に入ったところで、不意に足を止めた彼の視線を二人も追った。
 途端、
 「え・・・」
 「うわぁ・・・」
 思わず、感嘆の声が漏れる。
 見たことのない一振りだった。
 温室代わりにと設えたサンルームに降り注ぐ、清澄な日差しの中で、彼はゆったりとくつろいでいた。
 最上級の鋼を思わせる長い銀髪に陽光が弾け、白いカップから立ち上る湯気が、甘い香りで彼を包む。
 フレームの細い眼鏡越しに、手にした新聞へと視線を落とす様は、美しくも知的な雰囲気を漂わせていた。
 この世のものとは思えない光景に見惚れ、動けずにいる二人の傍らで、小竜が陽気な声を上げる。
 「ハーイ!ダディー♪
 ひゅーぅ♪」
 軽薄な呼びかけに、目線を上げた彼は嬉しげに微笑んだ。
 「おやおや。
 我が若君よ、朝帰りとは隅におけないな」
 コーヒーテーブルにカップと新聞を置いた彼は、ソファから立ち上がらないまま、両手を広げる。
 「あははv
 ダディーも相変わらず、見た目は豪華だよねぇ!
 いつ来たの?
 グランにはもう会った?」
 抱き着いてきた小竜の背を軽く叩いた彼は、肩越しに清光と安定を見やり、目を細めた。
 「小竜の夜遊び仲間かい?」
 「えっ?!ちがっ!!」
 「仕事!
 長時間の遠征から帰って来たところだよ!」
 慌てる二人に笑った彼は、小竜を隣りに座らせる。
 「道理で小竜が楽しそうだと思った。
 旅はどうだった?」
 「上々!」
 得意げに言う小竜と並んで微笑む様は、まるで絵画のようだ。
 が。
 「あの・・・ところであなたはどちらさまで・・・」
 「小竜の・・・だ?だで?伊達??」
 戸惑う安定と困惑する清光に頷いた彼は、すらりと立ち上がった。
 「お初にお目にかかる。
 俺は大般若長光。
 長船の二代目、景光の父だよ」
 胸に手を当て、一礼した彼に二人は目を見開く。
 「だっ・・・大般若――――!!っさん!!」
 「本丸ができた時から、主が欲しがってた刀だ・・・!」
 安定の絶叫に耳を塞ぎながら、清光は訝しげに彼の腰を見やった。
 「でもあの・・・なんで刀持ってないの?
 ってか、あんなに長い間待ってたのに、なんで主はあんたを放置してんの?」
 問うと彼は、呆れたように笑って再びソファへ腰を下ろし、長い脚を組む。
 「新しい主はとても美術品が好きなようでね、俺が顕現するや大歓迎してくれて、俺の価値や由来なんかを熱心に聞いてくれたんだが・・・」
 はは・・・と、乾いた笑声が漏れ出た。
 「一晩でいいから、一緒に過ごしたいなんて、大胆なことを言われてねぇ」
 「主がっ?!」
 「その場に小狐丸さんは・・・っ?!
 まさか、修羅場には・・・っ!!」
 今頃、御座所が焼失しているのじゃないかと、真っ青になった清光と安定に大般若は首を振る。
 「俺の刀を奪った主は、後は本丸を自由に散策していいからと、俺を追い出してしまったよ。
 まぁ、おかげで昨夜からこうして、自由にやらせてもらっているがね」
 「主ったら・・・・・・」
 「まぁ・・・らしいっちゃらしいけど・・・・・・」
 「ははっ!」
 呆れる二人に、小竜が笑い出した。
 「でも、がっかりすることないよ、ダディ。
 主は本気で、ダディを欲しがってたからさー。
 もう、ダディーが来るってわかった時の喜びようったら、すごかったよ。
 さすが、二年越しの愛ってやつー?」
 「大げさな割に短いな」
 くすくすと笑いつつ、大般若が再び手にしたコーヒーカップに小竜は、首を傾げる。
 「ダディ、酒じゃないなんて珍しいな」
 でも酒の匂いはする、と、鼻を寄せる小竜を彼は、やんわりと押しのけた。
 「言っただろう、昨夜から自由にやらせてもらっている、と。
 本丸の散策をしていたら、離れが妙に賑やかでね。
 覗いてみたら、何人もの姫達が宴の最中じゃないか。
 せっかくだからと仲間に入れてもらって、皆で朝まで騒いでいたのさ。
 ・・・おかげで顕現してから、一睡もしていないよ」
 「いや、寝なよ」
 「お肌に悪いよ?」
 あくびをする大般若に、安定と清光は思わず真顔になる。
 「しかし、ここは楽しいな。
 てっきり、主のほかに人間はいないと思っていたのに、他の本丸の主がいるとはね」
 「あぁ・・・それは、主の借金が・・・・・・」
 「返済のために、温泉宿営んでるのー・・・」
 感心する彼にしかし、安定も清光も、気まずげに目を反らした。
 「借金か・・・なるほど。
 では、もしかしたら俺は、早速役に立ったのかもしれない」
 にこりと笑った大般若は眼鏡を外し、胸ポケットから出した面を着ける。
 右目のみを飾る様にまた、見惚れる二人へあでやかに微笑んだ。
 「博多の若社長に仕入れをお願いしてね、高価な酒をたくさん入れて、シャンパンタワーまでやったから、今日の売り上げは史上最高額になったはずだ」
 「えー!
 なにそれ楽しそうー!
 俺もやりたい!!」
 はしゃぎ声を上げる小竜とは逆に、古参二人は思わず歩を引く。
 「それ・・・大丈夫なの・・・?」
 「本陣から怒られるんじゃ・・・?」
 ナントカって法律があったはずだと、蒼ざめる彼らに大般若は笑い出した。
 「最近の若者は真面目だなぁ。
 斬った張ったが本分の刀だろうに、法律が怖いのかい?」
 「いや!怖いとかそういう問題じゃなく!」
 「色々まずいでしょ!色々!!」
 「その点はまかせんしゃい!!!!」
 突然背後から声を掛けられ、二人して飛び上がる。
 「は・・・!」
 「博多・・・・・・!」
 目を丸くする二人の前を通り過ぎた博多藤四郎は、ソファに座る大般若の前に跪いた。
 「こちら本日の売り上げとなります、オーナー」
 「うん、ご苦労」
 銀のトレイに載せられた伝票を一瞥し、大般若は頷く。
 「ま、途中参加だからこんなもんか。
 若社長、次は俺を、最初から入れてくれないか。
 もっと稼いでみせるよ」
 自信満々に言い切った彼に、博多は目を輝かせた。
 「酒の伝手ならいくらでもあるけん、まかせちゃりぃ!!
 高か酒ば安く仕入れて、どんどん出すばい!!」
 「それに、若いスタッフの教育もしたいなぁ。
 松の間の二人は素晴らしかったが、梅の間の巴君ね、初々しいのはいいのだけど、もう少し姫達の気を引く方法を工夫しないと」
 「はっ!
 すぐに、仲居に入る予定のスタッフば集めときます!」
 「待って!
 まーって、博多!!」
 早速踵を返した博多を、清光が慌てて止める。
 「ダメでしょ!
 今日のことは、お客さんに黙ってるよう、お願いもできるけど!
 こんなホストクラブみたいなことやってたら、風ナントカ法に引っかかるんじゃない?!」
 やめろと言う彼に、博多はにこりと笑った。
 「そげんこつなら心配なか。
 こげんこともあるやろーっち、おもっとったけん、営業許可証は温泉宿開く時にとっとったと!
 主人はそげんとやるつもりなかったやろうけど、オーナーもきんしゃったけん、事後承諾やけど許してくれんしゃろ。
 兄ちゃん達はもう、演練行きんしゃったろうか。
 ホストクラブの名刺ば配って来てもらわんと」
 「事後じゃなくてちゃんと許可取ろうよ?!
 博多、機動早すぎだよ!」
 清光に加勢し、畳みかけた安定は、肩を掴まれて振り向く。
 「ふぅむ・・・。
 君達、ちゃんと教育すれば、優秀なスタッフになりそうだな。
 どうだい?
 うちの店と専属契約しないか?」
 「なんの店ー!!」
 絶叫する二人に、大般若は更に迫った。
 「決まっているだろう。
 泊り客だけでなく、遊びに来るだけでもオーケーなホス・・・」
 魅惑の笑みが、不意に遠のく。
 「般若くん!勝手に開店しないの!!」
 長髪を強く引かれ、のけぞった大般若がたたらを踏んだ。
 「親父・・・。
 可愛い息子にはもっと優しくしてくれ。
 それに俺は大般若。
 簡易な般若心経の方じゃなく、全六百巻の大般若経・・・」
 「僕より親父くさいくせに、親父って呼ばないで」
 むっとして大般若を遮った光忠が、清光と安定に向き直る。
 「こんなに怯えさせちゃって・・・ごめんねぇ、二人とも。
 うちの子、ちょっと強引でね」
 苦笑する光忠に、二人は震えながらも頷いた。
 「ほら!
 般若・・・だいはんにゃ・・・面倒だな。
 大ちゃんも、二人に謝んなさい」
 「親父、大ちゃんはないなぁ」
 肩をすくめる彼に、光忠は更に眉根を寄せる。
 「じゃあ、にゃにゃくん。
 今度また親父って言ったら許さないよ?」
 「いきなり可愛くなったな」
 睨まれた大般若は苦笑して頷いた。
 「まぁいい。
 若君達よ、無理強いをして悪かったね。
 気が向いたら、俺の店で働かないか?
 見たことのない世界を見せてあげるよ!
 ・・・ということで父よ、早くそのしじみ汁くれ」
 「だから!
 勝手に開店しないでってば!
 博多君も!
 こっそり出て行こうとしない!!」
 博多の襟首を掴んで逃亡を防いだ光忠は、朝食を載せた盆を大般若へ渡す。
 「飲んでばっかりいないで、ちゃんと食べなさい」
 「そうは言うがなぁ、オヤ・・・父よ」
 よっこらせ、と、年寄りじみた掛け声と共にソファに座った大般若が、早速椀を取り上げた。
 「聞けば、ここにはまだ正宗がいないそうじゃないか。
 藤四郎はもう、かなりいるそうだが、店を構えていないと聞いたよ。
 正宗・長船・藤四郎と並び称される、刀剣界トップブランド競合の中で、俺達長船が夜の覇権を握るのは今がチャンス・・・」
 「夜の覇権なんていりません!
 ほら!早く肝臓労わってあげて!」
 大体、と、光忠はため息をつく。
 「君、見た目は派手だけど、すごい倹約家じゃない。
 ドンペリ飲んで生きてる、みたいな顔して、ホントに好きなのは自家製梅酒じゃない。
 高いお酒なんて飲んでも楽しくないでしょ。
 最後に十九文屋以外で買い物したの、何百年前だよ」
 性懲りもなく逃げようとする博多を小脇に抱え、光忠が見下ろした大般若は、しじみ汁をうまそうにすすって頷いた。
 「金の使い道は考えるべきだよ。
 刀の手入れや戦装束なんか、命にかかわるものには惜しんじゃいけないが、その他は十九文屋で十分なのさ。
 それに、今代の十九文屋はすごいな。
 近頃、手元が見えなくて困っていたんだが、十九文屋で買った老眼鏡をかけると、驚くほどよく見えるんだ」
 「老眼鏡だったの、そのメガネ?!」
 「コーヒーカップもよく見たら、100円シール貼ったままじゃん!!」
 てっきりブランド物だと思った、と声を上げた安定と清光に、しかし、大般若は優美な笑みを浮かべる。
 「俺が持つと、廉売品でも最高級に見えるだろう?
 細かい字が見えるようになったから、新聞を読むのが楽しくてねぇ。
 しかしなぜ今代は、側室を持ったくらいで非難されるんだい?
 よほどの金食い虫だったのかな」
 不思議そうな彼に、小竜が笑い出した。
 「文芸コラムでも読んでそうな顔してダディーったら、芸能ゴシップ読んでたの?
 ホント、見た目と中身のギャップがすごいよねー!」
 「いや、お前もな」
 「長船みんな、ギャップすごすぎ」
 「僕も?!」
 思わず突っ込んだ清光と安定に、光忠が愕然とする。
 「僕は違うでしょ!
 中身もちゃんと、長船でしょ!」
 カッコよくしてるし!と、慌てる彼に、二人は苦笑顔を見合わせた。
 「確かに見た目はかっこいいけど・・・」
 「中身はオカンだよねぇ」
 十分ギャップ、と言われて、光忠は肩を落とす。
 その隙に彼の腕から逃げた博多が駆け出した。
 「とにかく、主人に営業許可もらってくるばーい!」
 「おぉ!頼んだよ、若社長!」
 と言うわけで、と、大般若は浅漬けをかじりながら光忠を見上げる。
 「オヤ・・・父は、料理は得意だろうが、カクテルは作れるのかな?
 親父特製・・・じゃない、自家製梅酒を使ったカクテルなんか、作ってみる気はないか?」
 「作りません!」
 きっぱりと言って、光忠は両手を腰に当てた。
 「ホストクラブ開店も、絶対に阻止してみせるよ!
 ・・・まったく、にゃにゃくんも小竜ちゃんも、遊ぶことばかり熱心なんだから。
 少しは上杉家の真面目さを見習ってほしいな!」
 「上杉?
 あぁ、小豆か」
 隣で小竜が囁いた名に、大般若は頷く。
 「なんだあいつ、今でも菓子作ったり、子供の世話したり、まめまめしいのか?小豆だけに」
 「・・・だから、それ!
 高額取引される美術品のくせに、親父ギャグ言わないで!」
 びしぃっと、指差された大般若は、くすくすと笑った。
 「俺と小豆は、兄弟とは思えないくらい、性格が違うんだよなぁ」
 「俺とダディは、確実に血が繋がってるけどねぇ。
 謙信も生真面目と言うか、気弱と言うか」
 上杉はいまいち、と、そっくりに肩をすくめる二人を、光忠がまた睨む。
 「家族の悪口言わないの!
 あぁ、それと!
 にゃにゃくんは人当りいいからあんまり心配はしないけど、本丸のみんなとは仲よくね。
 あと、ホストクラブの開店準備したり、スタッフ募集しないように!」
 「えー・・・」
 「わかったね?!」
 不満げな大般若に畳みかけ、無理矢理に頷かせた。
 「まったく、にゃにゃくんってば・・・。
 あ!」
 テーブルに跪き、食後の茶を入れてやりながら、光忠は声を上げる。
 「小竜ちゃん、朝ごはんまだだよね!
 清光くんと安定くんも!
 ごめんねぇ・・・。
 遠征から帰ったばかりなのに、にゃにゃくんの話相手させちゃって」
 「あぁ、いや・・・!」
 「僕達が勝手に立ち止まっただけだし」
 慌てて首を振る二人の前で、小竜が立ち上がった。
 「おなかすいたー!
 グラン、早くーv
 光忠に抱き付く小竜に、安定と清光が苦笑する。
 「孫だ」
 「正しく孫の甘え方だ」
 自他共に認める刀剣界のトップブランドでありながら、アットホームな雰囲気にはむしろ、呆れてしまった。
 「・・・あれ?
 でも、光忠さんにまた家族が増えたってことはー・・・」
 部屋の外を見やった安定の目から、慌てて隠れる影がある。
 「はは・・・。
 あっちは大丈夫じゃないっぽいね」
 意外と嫉妬するたちだし、と、清光も乾いた笑声を漏らした。


 「・・・っなんなんだよ!
 また、みっちゃんに構ってほしそうな奴が来やがってっ!!」
 回廊の柱に抱き着き、蹴りを入れる太鼓鐘を、大倶利伽羅はうんざりとした顔で見やった。
 「長船が来ることは、この本丸ができた当初から決まっていたことだ。
 むしろ、お前より後に来たことが不思議なんだが?」
 言われて太鼓鐘は、悔しげに唇をかむ。
 「なぁ、伽羅・・・。
 主は、大般若のことずっと待ってたんだろ?
 だったら、さっさと近侍にしちまって、ずっとあいつを傍から放さなけりゃ、みっちゃんには・・・」
 「その言葉、小狐丸の前で言えるものなら言ってみろ」
 言われて太鼓鐘は、柱をぎゅっと抱きしめた。
 「・・・家族が増えたからって、光忠がお前に構わなくなるわけじゃないだろう」
 柱になついて動かなくなった太鼓鐘に、大倶利伽羅が吐息する。
 「そうだけどー!そうだけどー!!」
 また蹴りを入れ始めた太鼓鐘の頭を、片手でつかんだ。
 「やめろ。柱が傷む」
 「伽羅はっ!!
 俺より柱が大事なんだ!!」
 涙目で睨む彼には、あっさりと頷く。
 「お前が拗ねているのはお前一人の問題。
 柱が折れれば、この本丸全体が迷惑する。
 違うか?」
 「・・・・・・そうです」
 無駄な出費を強いれば主だけでなく、博多や後藤までもが激怒するに違いなかった。
 「こんな時の解決策は・・・鶴っ!!」
 「あぁ。小竜と仲いいよな、あいつ」
 希望をあっさり粉砕されて、太鼓鐘は床に懐く。
 「・・・小竜は旅好きだし、主も好きに行かせてるから、本丸にいる時間は少ないけど、大般若はどうなんだろう。
 やっぱ最高級の美術品らしく、みっちゃんに上げ膳据え膳されて構い倒されるのかなぁ・・・」
 「それは・・・どうだろうな」
 嘆く太鼓鐘を見下ろして、大倶利伽羅は首を傾げた。
 「大般若が厨房に入り浸るなら別だが、置物でいるなら、光忠と一緒にいる時間はお前の方が長いんじゃないか?」
 「そっか!!」
 その指摘に太鼓鐘は、ぱぁっと表情を明るくする。
 「長船って言っても、ちゃんと料理ができるのは小豆だけだし!
 あいつも甘味中心で子供の世話ばっかしてっから、長いことはいないし!
 俺ら伊達の結束は不滅だよな!!」
 「・・・うるさい」
 縋りつかれた大倶利伽羅が、うっとうしげに押しのけた。
 「なんだよー!構えよー!!」
 じたじたと暴れていると、『見つけた』と声が掛けられた。
 「昨夜の若君!探したよ!」
 現れただけで、周囲が光り輝くかのような錯覚に襲われた二人が、目をしばたたかせる。
 戸惑う彼らに構わず、早足に歩み寄った彼は、両手で太鼓鐘の手を握った。
 「君、昨夜は見事なお客あしらいだったね。
 華やかな外見と、姫達を盛り上げる技量。実に見事だった」
 「だ・・・大般若・・・!」
 「あぁ、あんたが」
 太鼓鐘が呼んだ名に、大倶利伽羅が頷く。
 「そう。
 俺は大般若長光。
 父がいつもお世話になっているね」
 ありがとう、と、間近に迫った笑みに、太鼓鐘は耳まで赤くした。
 「なんっ・・・なんの用だ?!」
 握られたままの手は放してもらえそうになく、慌てる彼に大般若は更に迫る。
 「大事な用だよ。
 君・・・俺の店で働かないか?」
 「は?!店?!」
 なんの、と、戸惑う太鼓鐘の腰を抱いて、引き寄せた。
 「夜の覇権を握る店さ!
 正宗不在の上、藤四郎がぼやぼやしている間に、我が長船派がこの本丸の夜を支配するんだよ!」
 そのために、と、魅惑の笑みが迫る。
 「君の力を貸してくれ。
 それに、昨夜一緒に盛り上げてくれた白い若君」
 「も・・・物吉か?」
 「そう、あの清らかなオーラは姫達を癒してくれる。
 君達二人なら、きっと店でもトップクラスの・・・」
 「にゃにゃくん!!!!」
 悲鳴じみた声と共に、また長い髪を乱暴に引かれ、大般若は無理矢理太鼓鐘から引き離された。
 「開店準備もスタッフ募集もしないで、って言ったよね?!」
 更に押しのけ、光忠は太鼓鐘に向き直る。
 「貞ちゃん、ごめんね!
 目を離した隙に消えてたんだ!」
 「おいおい、父よ。
 俺を犬か猫のように言うのはどうなんだ」
 「犬や猫の方が、戸を開けて行かないだけましだよ。
 まったく君ったら、僕の言うことをちっとも聞いてくれないんだから!」
 「あ・・・あの、みっちゃん・・・」
 珍しく機嫌の悪い光忠に、太鼓鐘は声をかけた。
 「すまねぇ、話が見えないんだけど・・・店とかスタッフとか、なんだ?」
 様子を伺ってはいたが、話までは聞こえなかったため、会話に置いてけぼりの太鼓鐘が戸惑っていると、大般若が再び進み出る。
 「君のように華やかで客あしらいの才能がある若君を集めて、この本丸にいらっしゃる姫達を楽しませて差し上げようって計画さ!
 どうだい?楽しそうだろう?」
 煌めく目で見つめられ、思わず頷きそうになった頭を、大倶利伽羅が背後から掴んで止めた。
 「やめろ。
 随分と胡散臭い話だ」
 「おや、あんた・・・」
 ずいっと迫って来た大般若に、大倶利伽羅は息を呑む。
 「俺も、同じだからわかる。
 随分といい鋼を使ってもらったろう」
 言いつつ、彼は大倶利伽羅の腕を取った。
 「彫り物も実に見事だ。
 俺は、美術品にはうるさい方でね。
 そんな俺をうならせたんだ、自信を持っていい」
 と、誰よりも自信満々の顔で言われ、大倶利伽羅は舌打ちする。
 「俺は美術品じゃない!
 実戦で使われるのが・・・」
 「あぁ、もちろんそれは大前提だ。
 名刀は、美術品を作ろうとしてできるものじゃない。
 最も見事に斬ることを追及した結果、美術品にまで昇華したものを名刀と呼ぶのだからな。
 その上で言う。
 あんたは美しい」
 だから、と、気を呑まれた大倶利伽羅に、大般若は魅惑の笑みを浮かべた。
 「俺の店に来ないか。
 俺があんたを、ナンバーワンにしてやる」
 「・・・っ!」
 「伽羅ちゃん!」
 引き寄せられようとした大倶利伽羅の腕を、光忠が乱暴に掴む。
 「ダメだよ、この子の話なんか聞いちゃ。
 まったく・・・!」
 鬼の形相で、光忠は大般若の肩を掴んだ。
 「いい加減にしなさいよ、君って子は!
 なんでそんなに聞き分けがないの!」
 がくがくと揺さぶられながらも、彼は悪びれず笑う。
 「せっかく人の身を得たんだ。
 この姿でも、最上でありたいじゃないか」
 「だからってなんでホストクラブなの!
 もっと他にあるでしょ!
 歴史を守るとか!戦場で誉を取るとか!そういう、主目的に沿った最上の在り方が!」
 「それはそれ。これはこれ。
 普通の本丸なら、俺もこんなことを考えはしなかったろうが、他の本丸の姫達がいらっしゃる場所だぞ?
 こんな絶好のチャンスをものにしないなんて、もったいないだろう」
 「親に口答えしないの!!」
 「頭が固いなぁ、父は」
 「にゃにゃくんんんんんんんんんんん!!!!」
 またがくがくと大般若を揺さぶる光忠に、太鼓鐘が目を丸くした。
 「・・・いつも優しいみっちゃんが、親の顔して怒ってるの、初めて見た」
 「そりゃあ、長船派の祖だからな、光忠は。
 家族には態度も変わるだろ」
 詰めていた息を吐いて、大倶利伽羅が踵を返す。
 「俺は・・・断る。
 馴れ合うつもりはない」
 「いつでも歓迎するよ、竜の若君!」
 「黙りなさい!!
 伽羅ちゃん!貞ちゃん!ごめんね!後でね!」
 大倶利伽羅へ手を振る大般若を羽交い絞めにし、光忠はずりずりと運んで行った。


 一方、御座所に突撃した博多は、あっけなく出された『不可』の主命に、床を叩いて悔しがっていた。
 「せっかくの!
 せっかくの儲け話ばふいにすっとか!
 こげなチャンス、滅多になかとばい!!」
 「博多殿、お静かに」
 ひょい、と、博多の小さな身体を抱え上げた小狐丸が、騒ぐ彼を御座所の外に出す。
 「博多殿も、温泉宿を開いたのちに、ぬしさまが大変なご苦労をなさったことをお忘れではありますまい。
 たいして客あしらいをしない、仲居のお役目をさせることですら、とやかくおっしゃる方々を鎮めるのに時がかかったのです。
 これ以上のことをさせるとなると、またなにを言われるやら。
 長く商いをするためにも、ここはあえて流すべきかと」
 穏やかな声で、しかし、反駁を許さない雰囲気に、博多は口を尖らせた。
 「お稲荷さんは商売の神様やけん、あんま逆らいたかなかけど・・・・・・」
 きりっと、眼鏡の奥で、目を吊り上げる。
 「オーナーの器量は本物ばい!
 あの才能を無駄にするとは、商売人としてだけやなく、コンサルタントとしても見逃せん!
 せっかくの逸材をいかさんで、なんの本丸や?!」
 「大般若殿ほどの方、いかようにもご活躍されましょう。
 博多殿こそ、刀の本分を見誤っておいでではないか?」
 この本丸の存在意義を考えろと、遥か頭上から諭されてしまい、博多は小さな手にこぶしを握った。
 「俺は・・・・・・!」
 ふるふると震える彼の頭を、小狐丸がそっと撫でる。
 「お分かりいただけましたか?」
 「やっぱ諦めきれんー!!」
 「あ!博多殿!!」
 駆け出すや、一瞬で振り切った博多は、兄弟のいる部屋へと駆け込んだ。
 「いち兄!!商機ばい!!」
 「株か?仮想通貨か?」
 「お前にゃ言うとらんばい、後藤!」
 真っ先に食いついてきた兄弟を押しのけ、博多は一期一振の腕を取る。
 「大般若が、高か酒ば売って大儲けしてくれんしゃったとに、主人がホストクラブの開店ば渋ると!
 あん人がオーナーになってくれんしゃったら大儲けできるとに・・・!
 それこそ、夜の覇権ば長船が握れるとに、主人が許してくれんかったら、せっかくの儲けば逃してしもーとばい!
 やけんいち兄からも、主人ば説得してくれんね!
 そしたらいち兄も、スタッフになれるかもしれん・・・し?」
 ぷにっと、頬を潰された博多は、間近に迫った一期一振の引き攣った笑みに震え上がった。
 「長船が覇権・・・?
 お前は粟田口の兄弟でありながら、他の刀派に力を貸すのかい?」
 「ま・・・待て、いち兄!落ち着け!」
 「博多ちゃん!謝って、早く!!」
 すかさず駆け寄った厚が一期一振の腕を取り、乱が博多を引き離す。
 「乱ちゃん・・・やけど!」
 「いいから!早く!」
 急かされた博多は、口を尖らせつつも兄へ頭を下げた。
 「・・・ほかの刀派に力を貸すとは、俺の考えが浅かった。
 けど、刀派関係なく、俺はこの本丸ば金銭面で支える役目ばもらっとーと!
 この本丸と主人を援助するとにいい方法があるとに、見過ごすわけにはいかんったい!」
 「確かに、儲けは儲けだけど・・・」
 うーん、と、信濃が首を傾げる。
 「大将って、結構世間体とか気にするでしょ?
 温泉宿ですら、とやかく言われて面倒なことになったのに、ホストクラブなんて、いくら法的に問題なくても、何を言われるかわかったもんじゃないよ。
 やめとこ?」
 秘蔵っ子だけに、冒険を好まない彼の意見は、とても常識的なものだった。
 が、
 「投資すっときにせんでどうするとや?!
 ばりチャンスとばい?!」
 「そうだな。
 法的に問題がないなら、ここはやるべきだ」
 普段は反目しあう本丸の経理担当二人が、珍しく手を組む。
 「いち兄、そもそも温泉宿の経営は、大将の借金返済のためだ。
 返済が終われば、お役御免になる。
 ってことは、ホストクラブでもなんでも、手っ取り早く稼いで閉めちまえば、長船の天下が長く続くわけじゃない。
 むしろここで協力して、あいつらを満足させてやれば、後で味方に引き入れ易いだろ。
 正宗が参陣するって噂もあるし、そうなれば刀剣界三強が揃っちまう。
 ここは長い目で見るべきだぜ?
 トンビに油揚げさらわれる前に、手を打っとかないとな」
 後藤の説得に、一期一振は考え込んだ。
 と、その間に乱が進み出る。
 「ねぇ、ちょっと聞きたいんだけど!」
 「なんや?」
 早く話をまとめたい博多の早口にややムッとしつつ、乱は更に膝を進めた。
 「ホストクラブを開店した場合、温泉宿はどうなっちゃうの?
 お店の場所にもよるだろうけど、癒し空間じゃなくなったって、お客さん減ったりしない?」
 眉根を寄せる乱に、後藤が肩をすくめる。
 「温泉宿は、部屋が全部埋まっても5部屋だ。
 大人数対応もしちゃいるが、多くて一晩10人程度。
 けど、店なら回転も考えて倍以上は入れられるし、一人あたりの支払い額も高くなる。
 どっちを優先するかって事になれば、温泉宿を閉じてでも開店・・・」
 「やーだあああああああああ!!」
 突然の大声に、考え込んでいた一期一振が顔を上げた。
 「なんだ、乱・・・。
 いきなり大声を出して、びっくりするだろう・・・」
 「だって!
 温泉宿を閉じるかもしれないって!」
 乱は、こぶしを握ってぽかぽかと畳を叩く。
 「そんなの嫌だよ!
 ボクと清光さんで、一所懸命おもてなししてたのに!
 そんなに簡単に・・・!」
 みるみる、乱の目に涙が盛り上がった。
 「なんだよ、博多ちゃんも後藤も!
 お金の事ばっかりで、ちっとも主さんやお客さんのこと考えてないじゃないか!」
 「え?!
 いや、大将の事は考えてるぜ?!
 だからこそ、手っ取り早く借金苦から助けてやろうって・・・!」
 慌てる後藤の傍らで、博多が大真面目に頷く。
 「俺は、本丸全体の事も考えとうよ。
 主人の借金がなくなれば、その後の所得は投資に使えるけんね。
 主人も本丸運営費が増えるとには文句なかろ」
 「博多ちゃんなんか破産しちゃえっ!」
 話にならない、と吐き捨てて部屋を駆け出て行った乱を、皆が唖然と見送った。


 「なんだよなんだよ!
 そういう問題じゃないのに、うちの金の亡者たちは!!」
 言いつけてやる、と、御座所に駆け込もうとした乱は、ちょうど出て来た篭手切江とぶつかり、彼が持っていた衣装盆を派手にひっくり返してしまった。
 「ご・・・ごめんなさい、江ちゃん!」
 「いたた・・・!
 走ると危ないですよ、乱・・・」
 機動力が違うんだからと、注意されて乱はうなだれる。
 「ごめんなさい。
 怪我はない?」
 「転んで腰を打っただけです。軽傷にもなりません」
 「いかがされましたか?」
 主の代わりに顔を出した小狐丸が、転んだままの篭手切に手を貸して立たせた。
 「ありがとうございます。
 あぁ、お客様用のレンタル着物が散らかってしまった」
 「あ!ボクがやるよ!」
 拾い集めようとする篭手切を制して、乱は廊下に散らばった、色とりどりの小紋を衣装盆へ戻す。
 と、涙目の彼の頭を、小狐丸がそっと撫でてくれた。
 「いかがされましたか、そのようにお悩みになって。
 ぬしさまにご相談ですか?」
 「うん・・・!
 博多ちゃんがね・・・」
 と、御座所に入った乱は、先ほどの話を主へ伝えた。
 「博多殿はまったく・・・。
 つい先ほど、ぬしさまより不可と命ぜられましたものを」
 呆れる小狐丸に頷き、なんと説得したものか考えていると、
 「主くん!失礼するよ!!」
 息を切らして、光忠が入ってくる。
 「この子・・・!
 僕じゃあ手に負えないから、主くんが預かって!」
 「手に負えないって、俺を幼児か何かのように」
 光忠に羽交い絞めにされ、御座所へ引きずり込まれた大般若が、呆れたように笑った。
 「幼児の方がマシだよ!
 片っ端からスタッフ勧誘なんてしないからね!!」
 「そうは言うが父よ、この本丸にはいい若君が揃って・・・おや、ここにも美しい若君達が。
 ねぇ君達、俺の店で働かないか」
 「言ってる傍からああああああああああああああ!!!!」
 絶叫した光忠は、大般若が迫る前に乱と篭手切、小狐丸までも御座所から出す。
 「新刃はしばらく、近侍を拝命するのがこの本丸の倣いでしょ?!
 主くん、にゃにゃくんを傍に置いて、絶対に逃がさないようにお願いね!!」
 ぱんっ!!と、天岩戸でも閉めるかのように勢いよく襖を閉めた光忠は、息を切らして振り返った。
 「ご・・・ごめんね、みんな・・・!
 うちの子が・・・ちょっと、はしゃいじゃって・・・!」
 ぜいぜいと肩で息をする光忠に、乱が気づかわしげな顔をする。
 「あの・・・大丈夫、光忠さん?
 顔色、土気色だよ?」
 「事情は大体聞きましたけど・・・お疲れ様です」
 衣装盆を重たげに持ち直して、篭手切がぺこりと一礼した。
 「いや、家族の世話をするのは、刀主として当然なんだけど・・・小狐丸さん、申し訳ない。
 にゃにゃくんを止めるにはもう、主くんにお願いするしかなくって・・・」
 深々とこうべを垂れる光忠に、小狐丸は首を振る。
 「いえ。
 光忠殿のおっしゃるとおり、新刃はしばらく、近侍を拝命するのがこの本丸の倣いゆえ、それは構わないのですが・・・。
 大般若殿が御座所を出られる前に、ほす・・・なんとやらの話は潰しておかねばなりませんね」
 眉根を寄せる彼に、篭手切も大きく頷いた。
 「えぇ。
 私も、温泉宿のレンタル着物サービスで着付けのお仕事をもらったのに、終了させるのは惜しいです。
 乱のエステもそうですが、清光のネイルサービスもそうでしょう?
 日々勉強と工夫を重ねて精進していたのに、その楽しみを奪われるのは納得できませんね」
 「それ!それなんだよ!!
 なのにうちの金の亡者たちは!!」
 我が意を得たりと、乱が大きく頷く。
 「お宿だって、お金儲けが目的なのは、ボクもわかってるんだ!
 だけどね、ボクが主さんに協力したい、って思ったのは、お金のためじゃなくて、他の本丸の主さんたちが喜んでくれるのが嬉しかったからなんだよ!
 だから、色んな本で勉強して、新しいやり方を一所懸命練習してサービスしてたのに、後藤ってばあっさり閉めるなんて言うんだよ!!」
 「まったく、これだから金の動きしか見ない経理担当は」
 と、篭手切が全国の経理担当者に喧嘩を売りかねない暴言を吐いた。
 「お客様の笑顔をいただく、と言う意味をわかっていないのだから。
 温泉で癒されて、乱のエステと清光のネイルできれいになっていただいて、仕上げに私が着飾らせていただく。
 いつもとはちょっと違ったぜいたくな気分で、光忠のおいしい料理を味わっていただくと言う『経験』がリピーターを増やしているのに、ホストクラブの方が儲かるから閉めるというのはあまりに浅薄だ」
 せっかくの客を逃がしかねない、と言う彼の言葉には、全員が頷く。
 「とりあえず、にゃにゃくんは主くんに任せたから、あとは博多くんと後藤くんの説得かな。
 乱くん、清光くんにも話を通して、篭手切くんと三人で粟田口を説得してくれないかな?
 一期さんを反対勢力に引き込めば、博多くんと後藤くんも文句言えないよね?」
 「わかった!
 江ちゃん、いこ!!」
 早速駆け出した背を見送って、光忠は小狐丸に向き直った。
 「僕は、歌仙くんに話を通しておく。
 第一刀が反対してくれれば、まず開店することはできないからね。
 その・・・うちの子がご迷惑かけてごめんなさい」
 また、深々とこうべを垂れる光忠に、小狐丸は笑って首を振る。
 「そのように案ぜられずとも、ぬしさまはきっと、大般若殿のご要望をお退けになるでしょう。
 そのことは私がよく・・・よぅく、わかっておりまするよ」
 彼の自信に満ちた笑みを見て、光忠はほっと吐息した。


 「ただいま・・・!
 みんな、食事の仕度を任せちゃってごめんね・・・!」
 よろよろと厨房に入って来た光忠に、太鼓鐘が真っ先に駆け寄った。
 「みっちゃん、大丈夫か?!
 重傷で帰って来たみたいになってるぞ!!」
 「とりあえず、座れ」
 椅子を引いてくれた大倶利伽羅に礼を言って、光忠はぐったりとした身体を背もたれに預ける。
 「お茶でも飲むかい?」
 言いながら、茶器を用意する歌仙に頷き、光忠はため息をついた。
 「歌仙くん・・・。
 僕の話、聞いてくれる?」
 と、大般若のホストクラブ開店を阻止したい旨を訴えれば、彼は真顔で頷く。
 「いくら法的に問題ないとはいえ、この本丸の風紀を乱しかねないことは、僕が許さない。
 雅ではないからね。
 それに、主が考えることはわかっているから。
 きっと、彼の申し出は皆に諮るまでもなく、却下されるよ」
 自信に満ちた声に、光忠は瞬いた。
 「それ・・・小狐丸さんも言ってた。
 なにか、確信できる理由でもあるの?」
 皆の視線を集めた歌仙は、にこりと笑って頷く。
 「それはきっと、後で大般若自身の口から聞けると思うよ。
 彼は今、どこに?」
 「新刃はしばらく、近侍を拝命するのがこの本丸の倣いだからね。
 主くんに、絶対に逃がさないように言って、御座所に置いてきたよ」
 「それは重畳」
 話が早く済む、と満足げな彼の袖を、太鼓鐘が引いた。
 「じゃあそろそろ、こいつらも放していいか?」
 「大般若と結託して、暗躍しようとしていたから、縛っておいた」
 と、大倶利伽羅が、肩越しに柱を指す。
 そこには猿轡を噛まされた鶴丸と小竜が、仲良く縄で括り付けられていた・・・。


 後刻、昼餉を持って御座所に入った光忠は、大般若本人から、開店を諦めたと知らされて、目を丸くした。
 「あんなに張り切っていたのに、どうしたの?!
 あ・・・いや!開店を望んでいたわけじゃなくてね!
 むしろ、諦めてくれて嬉しいんだけど、なんで?!」
 小狐丸や歌仙の言う通りになったことに驚いて問えば、大般若はどこか、嬉しげに微笑む。
 「俺もだいぶ粘ったんだが・・・。
 主が、大事な刀剣達に仲居をさせるだけでも心苦しいのに、それ以上の接待をさせるなんてできない。
 なにより、私が嫉妬してしまうからやめてくれと言うもんだからなぁ・・・」
 困った風を装いながら、嬉しさを隠しきれない様子の彼に、光忠は何度も頷いた。
 「そう・・・!
 そうだよ!
 主くんはずっと、君を待っていたんだから!
 他の本丸の主くんに現を抜かす姿なんて、見たくないよね!」
 畳みかけてやると、彼は満足げに頷く。
 「髭切は、嫉妬に狂った主がとうとう化生するかと目を輝かせていたが、主にそこまで言われておきながら、我を通すのは美しくない。
 そうだろう?」
 「そうだよ!その通りだよ!!」
 よくぞわかってくれたと、光忠は大きく吐息した。
 「よかった・・・!
 主くん、金欲に負けなかった・・・!」
 そして何よりも、小狐丸と歌仙の炯眼に感心する。
 「さすがは第一刀と、一番のお気に入り。
 主くんのこと、よくわかってる」
 どんな言葉をかけてやれば、相手を操れるか・・・そんな罠を軽々と仕掛けてくる主の性格に今回は救われたと、光忠はほっと吐息した。




 了




 










にゃにゃ様が来た時から、ちまちま書いていたものです。
おかげで季節外れの話になってしまった(笑)
世界一美しい(個人の感想)のに、どうしようもなくおっさんくさいにゃにゃ様がもう、好きでたまりませんよ!
実装される前から『ホストクラブ長船』なんて言われていたので、じゃあ、開店準備とスタッフ募集までやらせてあげようじゃないかと(笑)
そんな思い付きで書いたものですよ(笑)
おかげでみっちゃんが大変でしたが(笑)
鶴と小竜がつるんだ話は、また別件で書ければいいな!←まだネタはない。













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