〜 霞たなびく 〜






 畑の一画に新設された薬草園の傍らには、この本丸の薬房がある。
 顕現した刀剣の数が増え、手狭になった母屋から移設されたここは、薬研の研究室を兼ねていた。
 薬房が母屋にあった頃には、度々異臭騒ぎを起こして苦情をもらっていたが、ここに越してからは長谷部が怒鳴り込んでくることもなく、静かに研究に打ち込める。
 そんな、いつもは彼一人が作業する場所に、今日は新参の刀を連れて、光忠が訪れていた。
 「はぁい、謙ちゃん、お手々出してね。
 今から予防接種、っていう注射をするけど、大丈夫!怖くないよー」
 怯え、震える謙信景光を膝に載せた光忠が、彼のまだ細い腕を取り、薬研へと差し出した。
 「ぴぇっ・・・!」
 小さな悲鳴を上げた謙信に、注射器を手にした薬研が微笑む。
 「ちょっとチクッとするが、我慢しろよ?
 できるだろ?」
 言ってやると、涙目ながら頷いた。
 「ぼ・・・ぼくは、がまんのできる・・・つ・・・つよいこ・・・!」
 自身に言い聞かせるように言った謙信の頭を、光忠が撫でてやる。
 「怖いなら目をつぶっておいで。
 すぐに終わるからね。薬研くん」
 「ほいよっと」
 「きゃぁんっ!!」
 思った以上の痛みに悲鳴を上げた謙信を、光忠は抱きしめてやった。
 「偉い偉い。
 よくがんばったね」
 しがみついて泣く謙信の袖を下ろしてから、真っ青な顔で震えていた小豆長光に渡す。
 「小豆くん、終わったからもう、こっち見ていいよ」
 「あ・・・あぁ・・・!」
 光忠から謙信を受け取った小豆は、薬研から視線を外したまま一礼し、そそくさと薬房を出て行った。
 「ごめんね、薬研くん。
 うちの子も、注射ダメみたい」
 「素直に打っただけよかったさ。
 本丸中を逃げ回る奴もいるからな」
 苦笑する光忠に笑みを返し、薬研は医療器具を片付ける。
 「もう2月だから、今更インフルエンザの予防接種してもな、とは思ったんだが、今季は流行がすごくってなぁ。
 演練でもらって来たり、重症化しちゃまずいだろ。
 なにしろうちには、予防接種しても罹患する大将がいるからな」
 ため息をつく薬研に、光忠も頷いた。
 「集団接種で患者を増やさない、って方針はとてもいいことだと思うんだけど、主くんの場合、11月にここで集団予防接種させるのは・・・」
 と、深々とため息をつく。
 「買収と裏切りを織り込んだ、鬼ごっこ大会だもんねぇ・・・」
 「大将のやつ・・・ヒマだからって、酷いこと考えるよな」
 乾いた笑声を上げて、薬研は光忠に、暖かい薬草茶を出してやった。
 彼らの言う『予防接種鬼ごっこ』において、まず、機動に優れた黒田組を買収した主は、逃げる刀剣達が三振の連携で次々と薬房へ引きずり込まれる様を、いつも楽しげに眺めている。
 その後、接種を終えた刀剣達が、未だ逃げる者達にも同じ痛みを味わわせてやろうと、追いかけ、追い詰める様は、見ごたえのある競技だとまで言っていた。
 毎年、どんな策略や罠が仕掛けられるのかと、城中に無数の小型ドローン放ち、天守最上階から嬉しそうに見下ろす様は、刑部姫の名を与えられても仕方のないありさまだ。
 「去年はまた、今剣くんが最後まで逃げおおせたんだっけ?
 結局、主くんのリークで岩融さんに捕獲されて、泣きながら連れて行かれちゃったけど」
 「それな。
 どこに隠れても、大将のドローンには見つかっちまうから、去年は情報戦になってな。
 鶴丸と小竜が放ったドローンが、大将のドローンを叩き落したりして、後で大喧嘩になってたぜ」
 「主くんったら・・・」
 変わった味のする茶をすすって、光忠はまた、ため息をついた。
 「貞ちゃんは、怖いの?って煽ったら簡単に予防接種受けてくれたけど、鶴さんと小竜ちゃんは、逃げることに主眼を置いてるからねぇ」
 「捕まったら素直に受けるんだがな。
 面倒だから毎年、逃げた時間を競うの、やめてくれねぇかな」
 真顔になってしまった薬研に、光忠が首をすくめる。
 「・・・ごめんねぇ。
 なんだか楽しいみたいで・・・。
 鶴さんが煽るから、鯰尾くんや小竜ちゃんまで参加するようになっちゃって・・・」
 「いや、鯰尾兄は最初っから鶴丸とタイム競ってたから、自由意志だ」
 首を振って、薬研は茶をすすった。
 「毎回、骨喰兄が鯰尾兄の首根っこ引っ掴んで連れて来るから問題ないんだが、小竜はそっちで何とかしてくれ。
 あいつが来てから、鶴丸のやることがスケールでかくなってんだ。
 ドローンもそうだが、1か月も前から本丸のあちこちに隠れ場所を作りやがって・・・。
 2時間もありゃ終わる予防接種が1日かかっちまって、他の仕事が滞る」
 「・・・・・・すみません。
 うちの子にも、よく言っておくよ」
 大きな身体を小さくして、光忠は薬研に頭を下げる。
 「そうしてくれ。
 あぁ、謙信には、しばらく腫れるが我慢しろ、って言っといてくれな」
 「うん、わかったよ。
 予防接種をありがとうね」
 礼を言った光忠は薬房を出て、頭の痛い身内のいる母屋へと帰って行った。


 「み・・・光坊ー・・・!」
 母屋に戻った途端、涙目の鶴丸に抱き付かれ、光忠は肩をすくめた。
 「どうしたの、鶴さん?
 自分で掘った落とし穴に落ちたの?
 それとも誰か落としちゃって、真剣放たれたの?」
 「俺がそんなへまをするもんか!
 見守る時は、刃の届かない場所でほくそえんで・・・んがっ!」
 鼻をつままれた鶴丸が、奇妙な声を上げる。
 「今すぐ埋めて。
 短刀君たちが落ちちゃ危ないって、何度も言ってるでしょ?
 特にうちの謙ちゃん。
 打たれ弱い子なんだから、いじめないで」
 「ふ・・・ふぁい・・・!」
 怖い顔で迫られた鶴丸が、ちぎられそうになった鼻を涙目でさすった。
 「家族が来てから、光坊のオカン度が上がった気がする」
 「オカンじゃありません。
 それより、僕に用じゃなかったの?」
 吐息した光忠に、鶴丸がこくこくと頷く。
 「伽羅坊がひどいんだ!!
 昨日の節分祭が終わった後、部屋にこもってると思ったら・・・!」
 と、こんもりと膨れた袋を差し出した。
 「歳の分だけ数えてやったから、一人で食えって!!」
 「大豆・・・」
 袋を開けた光忠が、苦笑する。
 「さすがに鶴さんでも、こんな大量には・・・」
 「俺だって、自分の正確な歳なんか知らないのに!
 あいつ、絶対水増ししてるぞ!
 こんなに多いはずないからな!!」
 もっと若いはず!と、こぶしを握る鶴丸に、光忠が乾いた笑声を上げた。
 「こだわるのはそこなんだ・・・」
 千年を過ぎれば、多少の歳の違いなど微々たる問題だと思うが、本人にとっては重要なことらしい。
 「伽羅坊の奴、きっと!千まで数えてから面倒になったんだ!
 千まで数えたことは褒めてやるが、これじゃあ三日月よりも年寄りだってことになってしまう!」
 「あぁ・・・まぁ、三日月さんよりは若いよね。五條だし」
 光忠に力強く頷いた鶴丸は、豆の入った袋を指した。
 「しかし!
 このまま引き下がるのはなんだか業腹だ!
 これを使ってきなこ餅を作ってくれ!!」
 そうすれば消費できる、と、鼻を鳴らす鶴丸に、光忠は思わず吹き出す。
 「確かに、そのまま食べるよりはいいよね。
 じゃあ早速・・・ってこれ、煎ってないのか。
 あれ?
 昨日使ったのって、煎り豆じゃなかったっけ?」
 丹精した大豆を無駄にされることを小狐丸が嫌うため、節分用にはわざわざパッケージ入りの大豆を万屋から仕入れたが、入っているのは煎り豆だったはずだ。
 「伽羅ちゃん、あの小袋を一々開けたんだと思ったけど・・・違うのかな」
 光忠が首を傾げた途端、鶴丸は目を見開く。
 「こいつはきっと、伽羅の嫌がらせだぜ!
 あいつ、わざわざ万屋で生豆仕入れて来たんだ!
 ロシアン恵方巻で辛子入りを引き当てた仕返しだ!」
 「・・・道理であの時、伽羅ちゃんの様子が変だと思った。
 このくらいの仕返しで済んでよかったね」
 わしっと、頭を掴まれた鶴丸は、気まずげに目を泳がせる。
 「・・・俺、伽羅坊にもきなこ餅、わけてやるんだ」
 「うん、ちょっとは反省したみたいでなによりだよ」
 はふ、と吐息して、光忠は袋を持ち直した。
 「じゃあまずはこれを煎って・・・石臼って、うちにあったかな?」
 「んー?
 見た覚えはないが・・・ふーどぷろせっさーというやつで、いけるんじゃないか?」
 「そうだね。
 ずんだもいいけど、きなこ餅もおいしいよねー」
 と、厨房へ向かおうとする彼らへ、
 「やや!おまちあれ!」
 と、声をかける者がいる。
 「その手にあるは、大豆とお見受けいたしまする!
 もしやお困りであれば、この狐めがお引き取りいたしまするぞ!」
 「・・・ちょうだい」
 手を差し出す鳴狐と、その肩に乗るお供の狐を見比べた二人が、揃って首を傾げた。
 「どうするの?」
 「狐の餌か?」
 問われた狐たちは、ぶんぶんと首を振る。
 「お豆腐を作るのでございます!」
 「そして・・・油揚げへ・・・・・・」
 「あぁ!!」
 得心した光忠が、大きく頷いた。
 「千粒以上あれば、ちょっと大きめのお豆腐ができるね!
 そっかぁ・・・鶴さん、あげちゃっていいかな?」
 問うと、鶴丸も大きく頷く。
 「いいぜ!
 その代わり、稲荷寿司が出来上がったら俺・・・と、伽羅坊にも分けろよ!」
 「あいわかりましてございまする!」
 「ありがとう・・・」
 嬉しそうに尻尾を振るお供の狐を肩に、表情は仮面のせいでわからないが、鳴狐も礼を言って受け取った。
 「鳴狐ー!
 早く、小狐丸様の元へ持って参りましょう!
 山の奥の最も美味なる清水をご用意くださっておられますゆえ!」
 「うん・・・」
 「え?
 小狐丸さんの分も作るんなら、大豆足りる?」
 張り切った狐達の会話に、光忠が首を傾げると、彼らはこくこくと頷く。
 「千年を超える刀は、鶴丸殿だけではあられませぬ!
 三条、源氏、古備前の方々。
 少々若くあられますが、三池、青江、僭越ながらこの鳴狐も、それなりに歳ふる者ゆえ、集めた大豆は既に、万を超えましてございまする!」
 「すごいなそれ!
 俺も手伝うぞ!!」
 目を輝かせる鶴丸の隣で、光忠が眉根を寄せた。
 「万以上って・・・誰がそんないたずらを始めたの」
 もらっても困るだろう、と言う光忠を、鳴狐が見上げる。
 「鯰尾」
 「あぁ、いたずらっ子二大巨頭」
 「なんで俺を見る。
 今回の俺は、被害者だ!」
 思わず納得した光忠へ、鶴丸が頬を膨らませた。
 「大倶利伽羅殿が万屋にて大量の大豆を仕入れる現場を見たがゆえに、我もと乗じたそうにございます!」
 「へぇ・・・。
 鯰尾くん、ネトゲにはまりすぎて借金苦だって聞いたけど、どこからそんな資金を・・・」
 一期さんが出すわけないし、と不思議そうな光忠へ、鳴狐は小首を傾げる。
 「荷物持ちを条件に・・・大倶利伽羅に買ってもらったって」
 「ネトゲ仲間か・・・仲良しだね」
 見やった鶴丸は、頬を膨らませていた。
 「なんだ、伽羅坊の奴!
 俺達には不愛想なくせに、ネトゲ仲間とは馴れ合うのか!」
 「協力系ゲームだからねぇ。
 重課金している鯰尾くんには、随分助けてもらってるんじゃない?」
 妬かないの、と頭を撫でられて、鶴丸はますます頬を膨らませる。
 「けど、いたずらにお豆腐作りで反撃しちゃうなんて、さすがは平安刀・・・あれ?
 獅子王くんと、小烏丸さんは被害には・・・」
 「獅子王はゲーム仲間、父上は・・・逆らえなかったんじゃないか」
 「あぁ、なるほど」
 天衣無縫に見えて、一期一振を長とする上下関係の只中にいる鯰尾だ。
 ここに集う刀剣の父とも言える存在に、正面から逆らうことは本能が避けたのだろう。
 「そういうことなら、僕もお豆腐作り手伝うよ。
 明日は湯豆腐にしようかなv
 声を弾ませる光忠に、鶴丸も目を輝かせた。
 「そんなに豆に余裕があるなら、きなこ餅も作ってくれ!」
 「オーケィ♪
 他に・・・大豆を押し付けられた人っているのかな」
 引き取ろうか、と言う光忠の前で、鳴狐とお供の狐が顔を見合わせる。
 「新選組もか」
 「和泉守殿へは、わざわざ煎った豆をお渡ししておりまするぞ!
 押さえつけて口に流し込んでおりましたら、堀川殿にたいそう叱られまして、そのまま雪合戦に突入した次第とあいなりまする!」
 「・・・なにやってるの」
 「それ、渡したとは言わんぞ」
 拷問だ、と真顔になってしまった二人へ、お供の狐が尾を振った。
 「過ぎたことはお気になさらず!
 さぁ参りましょうぞ!さぁさぁ!!」


 「・・・いつの間に作ったの、これ」
 鳴狐に先導され、離れに渡った二人は、知らぬ間に整地されていた庭に、石を組み合わせた竈が作られ、火を熾す様に目を丸くした。
 「ここからだと、厨房が遠いからな。
 湯を沸かすくらい、気軽にやりたいと言ったら、兄弟が作ってくれた・・・」
 手伝いに駆り出されたのか、ぼそぼそと呟く山姥切の傍らで、山伏が大きく頷く。
 「いつもは小さな竈ひとつで事足りるのであるが、数珠丸殿が豆腐作りをしたいと言うのでな!
 大きなものを4つ足したのである!」
 「ありがとうございます、山伏殿」
 嬉しそうに薪を運んできた数珠丸を見た途端、光忠が声を詰まらせる。
 「あの・・・数珠丸さん、その頭はいったい・・・!」
 思わず指さした彼に、薪を置いた数珠丸がふわりと微笑んだ。
 「乱殿にやっていただいたのですよ。
 2月2日は、ついんてーるの日とかなんとか・・・髪をこうするものだと言われまして。
 やってみると、作業には中々に便利でしたので、本日もお手伝いいただきました」
 と、両側でふわふわと波打つ髪をなびかせる。
 「乱殿にはお礼に、豆乳ぷりんを差し上げましょう」
 楽しげな彼へ、追加の薪を運んできたソハヤノツルキが笑いかけた。
 「ぷりんや豆腐もいいが、湯葉も作っていいだろ?
 大典太、今日のつまみは湯葉にしようぜ!」
 「あぁ・・・三日月殿、湯葉はお好きか?」
 「もちろん、好きですともv
 楽しみですな、大典太殿」
 「楽しそうだなぁ」
 いつもは静かな離れがずいぶんと賑やかになって、しかも、天下の名刀が揃う様は華やかこの上ない。
 その輪の中へ、鶴丸も飛び込んだ。
 「俺にも手伝わせてくれ!
 なにをやればいい?」
 わくわくと目を輝かせる彼に、三日月が微笑む。
 「そうだなぁ・・・。
 水を運んでくるのは、その細腕には難しいかな?」
 「馬鹿にするな!
 俺だって・・・」
 と、指された方向を見やった鶴丸は、大きな桶に大量の水を汲んで運んでくる岩融と石切丸、小狐丸の姿に頷いた。
 「折れる。
 腕とか腰とか、色んなところが」
 「だろうな」
 くすくすと笑った三日月は、縁側で豆を選り分けている今剣へ声をかける。
 「このじぃじも手伝うそうな」
 「ほんとですか?!
 たすかります、つるまるさま!
 もぉ・・・めんどうなおしごと、きらいなんですよぅ!」
 むくれ顔を明るくして、今剣が手を振った。
 「任せろ!
 いいものを選ぶのは得意だぜ!」
 張り切って歩を進めた鶴丸の背後から、光忠が覗き込む。
 「じゃあ僕は、選り分けた豆を洗って、水に浸けてようか。
 今剣くん、持ってっていいのはこっちの袋かな?」
 「はい!
 おねがいしまーす!」
 袋いっぱいに詰まっている豆を持ち上げると、髭切と膝丸、鶯丸に大包平がそれぞれ、大きな袋を持って渡って来た。
 「やぁ、残った豆、集めて来たよぉv
 「面倒だから持っているものは全部出せと、供出させた」
 のんきな髭切の隣で厳しい顔の膝丸へ、光忠は首を振る。
 「現地調達は戦のご法度だよ。
 せめてもらってきた、って言って」
 「先に仕掛けたのはあの小僧だ。
 逆さに振って、最後の一粒まで取り上げてやったぞ!」
 「わぁいこの侵略者」
 得意顔の大包平には、思わず真顔になった。
 「鯰尾くん、かわいそうに。
 怖くて大きなお兄さん達に仕返しされちゃったんだね」
 気づかわしげな光忠の肩に、鶯丸が手を乗せる。
 「そう案じなくても、俺が詫びに、茶菓子を渡しておいた」
 「・・・その程度で、解決したって言っちゃう辺り」
 ため息をついて、光忠は庭に下りた。
 「もう、大豆は水に浸けちゃってるー?
 空いている桶はどれかな」
 「光忠殿!こちらへ!」
 岩融の大音声に呼ばれて行くと、既に豆を浸した桶の前で、鳴狐と小狐丸が、嬉しそうに大豆の具合を見ている。
 「昨日の節分祭の後、鯰尾殿に押し付けられた時には、これだけの量をいかがしたものか困ったのだが、小狐丸殿がすぐに、油揚げの元だと目を輝かせてな。
 それはいい考えだと、他の平安刀も巻き込んで、この騒ぎよ!」
 「平安刀ってみんな、ノリがいいからねぇ。うちの鶴さんもだけど」
 選り分けた悪い豆を、大包平へ投げつけている鶴丸を見やって、光忠は苦笑した。
 「鶴さん!
 ちゃんとお仕事して!
 ・・・昨日もらったってことは、すぐに水に浸けたの?
 小狐丸さん、もういい塩梅になってるのって、ある?」
 仕切り慣れた光忠が声をかけると、小狐丸と鳴狐がそれぞれに桶を指す。
 「こちらがもう、よいあんばいですよ」
 「こちらとて!
 昨日より美味し水をたっぷり吸って、まるまると膨れておりますぞ!」
 「おぉ、そちらも照り輝いて、美しい!」
 「そちらこそ、このまま食したいほどのつややかさ!」
 互いの示す桶を見遣ってはしゃぐ二人に、光忠が苦笑した。
 「狐さん達がキャッキャしてる・・・。
 でも、さすがの手際だね。
 これならすぐに、豆乳にできるよ」
 と、手にした袋は、たまたま傍にいた山姥切へ渡す。
 「大豆は水を吸わせるのに時間がかかるから、こっちは煎って、きなこにしよう。
 できるかな?」
 「あ・・・あぁ、やってみる・・・!」
 煎るくらいはできるはずだと、彼は既に火の熾っている竈を見遣った。
 そのまま歩み寄ろうとする彼を、光忠が止める。
 「布、脱がないと燃え移るよ?」
 「え?!いや・・・しかし!!」
 慌てる山姥切に、髭切が微笑んだ。
 「生きたまま焼け死ぬなんて絶対、つらいよぉ?」
 「焼け身になれば、刃も鈍る。
 自らその害を負うのは・・・っすまん!!」
 慌てて謝る膝丸に、光忠は苦笑して首を振る。
 「いーえ。
 ・・・地震なんて、大嫌いだよ」
 低く呟くや、光忠は山姥切の布を引きはがした。
 「みっ・・・光忠っ・・・!!」
 返せ、と涙目の山姥切の頭上より高い場所で布をまとめた光忠が、縁側の今剣へと放り投げる。
 「どこかに隠してきてー!」
 「はぁーい!まかせてくださぁーい!」
 「まっ・・・!!!!」
 待て、と言う間もなく、今剣の姿は視界から消えた。
 「っなんのつもりだ!!」
 詰め寄る山姥切を、光忠はほぼ真上から見下ろす。
 「たとえ即席であろうとも、厨房の平和は僕が守る」
 「おぉ!光坊、カッコいいな!」
 拍手する鶴丸の傍らで、数珠丸も頷いた。
 「それに、山姥切殿も」
 「あぁ、その方が美しいぞ」
 さらりと言った大典太へ、山伏が嬉しげに頷く。
 「そうであろう!
 我が兄弟は、美しいのである!」
 「やっ・・・やめろっ!!」
 真っ赤になった顔を、山姥切は手にした袋で懸命に隠した。
 「まぁまぁ、そのように恥ずかしがらず」
 ひょい、と、豆の入った袋を取り上げた三日月の視線を受けて、ソハヤが大きな鍋を竈へ置く。
 「さぁ、上手に煎ってくれよ!」
 ソハヤから木べらを渡された山姥切は、俯いたまま小さく頷いた。
 「豆を入れるぞ。
 それ!」
 三日月がざらざらと流し込んだ量を見て、石切丸が歩み寄る。
 「だめだよ、三日月。少しずつだよ。
 こんなに入れてしまっては、火が通りにくいだろう。
 数珠丸さん、大典太さん、手伝ってもらっていいかな」
 別の二つの竈に鍋を置いた石切丸が、山姥切の鍋から豆を移した。
 「ふやけた豆を潰している間に手分けして、こちらを片付けてしまおう」
 と、もう一つの竈にも鍋を置き、余った豆を入れてしまう。
 「天下五剣が並んで豆を煎るか。これは楽しいな」
 石切丸から木べらを受け取った三日月が、嬉しげに豆を転がした。
 途端、鶴丸と豆の投げ合いをしていた大包平が立ち上がる。
 「ならばもう一つの竈は俺がふさわしい!!
 どけ、山姥切!!」
 荒々しく歩み寄って来た大包平へ、あっさりと木べらを渡してしまった山姥切を見て、鶯丸が眉根を寄せた。
 「おい、山姥切。
 馬鹿の言いなりになることはないだろう?」
 「いや・・・俺は、天下五剣に並べるような身じゃ・・・」
 「そうだ!俺こそふさわし・・・いたっ!!」
 ものすごい勢いで飛んできた豆を額に受けて、大包平はたまらずしゃがみ込む。
 「痛いだろうが、白ジジィ!!」
 「いいから豆を煎ろよ、赤いの。焦げるぞ」
 意地悪く笑う鶴丸に舌打ちし、立ち上がるとまた豆をぶつけられた。
 「キッサマー!!!!」
 「ふはははは!!来るがいい!!」
 逃げる鶴丸を、大包平がものすごい勢いで追いかけて行く。
 「あ!鶴さーん!
 ついでにミキサーとフードプロセッサー持ってきてー!」
 「わかったー!!」
 平静な光忠と楽しげな鶴丸を唖然と見る山姥切へ、再び木べらが差し出された。
 「焦げてしまうよ?」
 にこりと笑う石切丸に、顔を赤くして頷く。
 「ふふふv
 なにやら楽しゅうございますね」
 「あぁ」
 数珠丸に頷いた大典太が、山姥切を見下ろした。
 「俺が言うのもなんだが・・・自信はなくても気概は持て。
 あんたはこの本丸の、古参なんだろう?」
 「わ・・・わかっている・・・が・・・・・・」
 あらわになった顔を隠す布は取り上げられ、そわそわと目をさまよわせる山姥切の肩を、山伏が抱き寄せる。
 「なぁに!
 戦において無双であれば、平素が少々頼りなくとも構わん!」
 「た・・・頼りないというのは・・・!」
 反駁を遮って、山伏は片手で大鍋を振った。
 「兄弟が至らぬ点は、拙僧が補えばよいこと!」
 「あぁ。焦げそうだったな」
 三日月に指摘され、山姥切はますます顔を赤くする。
 そうするうちに、香ばしい匂いが辺りに満ち、お供の狐が嬉しげに鼻をひくつかせた。
 「良い匂いでございますなぁ!」
 「お?
 光忠殿!
 きなこ餅を作るのなら、餅がいるだろう!」
 岩融の大音声に、光忠は頷く。
 「お餅ならまだたくさん・・・」
 「山伏殿!つこうぞ!!」
 「おぉ!承知した!!」
 「いやあの・・・!お餅はね・・・!」
 備蓄がある、と言う彼の言葉など聞こうともせず、二人は母屋へと走って行った。
 「人の話を聞かない人たちだなぁ」
 「それは・・・お前の家族もだろ」
 呆れる光忠に、山姥切がポツリと呟く。
 「・・・大般若。あいつ、なんとかしてほしい。
 布を外せって、ずっとしつこい・・・」
 実際に剥いだのはお前だが、と、鍋を火からおろしつつ、光忠をじっとりと睨んだ。
 「ご・・・ごめんね・・・!
 にゃにゃくんにはきつく言っておくね!」
 「ま、聞かないけどな!」
 戻ってきた鶴丸が、両腕に抱えた調理器械を下ろす。
 「光坊ー!
 ミキサーとフードプロセッサ持ってきたぞ」
 「ありがとう、鶴さん。
 じゃあ・・・山姥切くん、豆の熱が取れたらこっちの器械できな粉作ってね。
 小狐丸さん、鳴狐くん、いよいよお豆腐作りだよー」
 歓声をあげる狐達に、数珠丸も微笑んだ。
 「幾分かは、豆乳で留め置いてくださいね」
 「そうだ、湯葉!
 湯葉作るんだからな!」
 目を輝かせるソハヤに微笑んだ鶯丸が、ふと小首を傾げる。
 「おからはどうする?
 大量に出るんじゃないか?」
 「心配しなくても、活用法ならいくらでもある!
 な!光坊!」
 得意顔の鶴丸へ、光忠が頷いた。
 「卯の花とハンバーグ、クッキーも作るかな。
 クッキーは短刀くん達が喜んでくれるんだよね」
 その言葉に、鶯丸は目を輝かせる。
 「俺も喜ぶぞv
 「おぉ、茶菓子に良いな」
 ぜひ俺にも、と嬉しそうな三日月の背に、小さな身体が飛びついた。
 「ぼくもほしいですー!」
 「おぉ、今剣。戻ったか」
 「今剣!!」
 彼の姿を見るや、山姥切が駆け寄る。
 「俺の布をどこへやった!!」
 がくがくと揺さぶられながら、今剣は得意げに笑った。
 「どうせだからって、おせんたくきにいれてきました!
 かせんさまが、えものをみつけたおおかみみたいなかおをして、ひょうはくざいをうんといれてましたよ!」
 「なんてことを!!」
 山姥切が蒼ざめる。
 「歌仙になんか渡したら、とんでもないことになるんだぞ!
 あいつ、繕ってやった、なんて言って、全面に牡丹の刺繍とかするんだぞ!
 もはや繕ったってレベルじゃないんだ!!」
 更にがくがくと揺さぶられても、今剣はむしろ楽しそうに笑った。
 「いいじゃないですか!とってもみやびです!」
 あと、と、背後を指す。
 「だいはんにゃさまがついてきて・・・」
 「とうとう美貌をあらわにしてくれたね、きぬかづきの若君!
 秘めたる君も清楚でいいが、やはり美貌は日の下で愛でるべきだ!
 ・・・いや、夜の店だから、日の下というわけには行かないか」
 避ける間もなく、駆け寄って来た大般若が、山姥切の腰を抱き寄せた。
 「だが、君ならきっと、姫達の太陽になれるよ。
 さぁ!
 今夜は俺と共に温泉宿の中居を!」
 「こら!にゃにゃくん!」
 大般若の長い髪を掴んだ光忠が、山姥切から強引に引き離す。
 「温泉宿をホストクラブまがいにするの、やめなさいって言ってるでしょ!」
 「いいじゃないか、父よ。
 俺は姫・・・いや、お客人に楽しんでいただけるよう、スタッフの教育をしたいだけさ!
 その許可は、主にもらっているよ!」
 堂々と言い放つ彼に、光忠はこめかみを引き攣らせた。
 「スタッフ教育って!
 君がやってるのは、ホストクラブのスタッフ教育でしょ!
 うちの中居さんは、シャンパンタワーの作り方なんて知らなくていいの!」
 「全く、親父は頭が固いなぁ」
 「君が軽薄すぎるの!親父って呼ばないで!」
 「・・・光忠殿、どうか落ち着いて」
 ヒステリックに喚き散らす光忠を見かねて、数珠丸が親子喧嘩の仲裁に入る。
 「大般若殿も、無理強いはいけませんよ」
 「俺は、あんたにもぜひ・・・!」
 「お断りします」
 きっぱりと言った彼は、伸ばされた手を払い落とした。
 「それよりも、せっかくいらしたのです。
 お手伝いくださいませんか?」
 豆乳作りをと、数珠丸が作業中の狐達を指した途端、大般若はきびすを返す。
 「大変そうだな、俺は邪魔をしないことにするよ」
 「にゃーにゃーくぅぅぅん!」
 「まぁまぁ、光忠」
 追いかけようとする光忠を、縁側に座る鶯丸が止めた。
 「向いていない事を強いても、役にはたたんさ」
 「しかりしかり」
 と、頷く三日月も、縁側に並んで座り、茶を飲んでいる。
 「・・・おじいちゃんたち、もうやる気なくしちゃったんだね」
 しかしいつもの事だと、光忠は気を取り直した。
 「よーし!
 じゃあ、あとは僕が仕切らせてもらうよ!」
 パン!と手を鳴らし、視線を集める。
 「豆乳が出来たら、湯葉班、プリン班、お豆腐班に分かれてね!
 今剣くん、何度も頼んで悪いんだけど。
 厨房に貞ちゃんがいるから、お砂糖とにがり、卵・・・よりは、数珠丸さんとしては寒天がいいか。
 もらってきてくれる?
 運ぶのが大変だったら、岩融さんと山伏さんを連れ戻してね」
 「はぁーい!」
 今剣が駆け去ると、豆乳を作っている最中の狐達へ向き直った。
 「おからは空いた鍋に入れてね。
 髭切さん、膝丸さん、おからを厨房に運んでもらえるかな。
 作業台に置いててくれれば、僕が戻ってから色々作るよ」
 「うん、わかったよぉ」
 「任せてくれ」
 頷いた二人は、既に竈から下ろした鍋の熱が取れていることを確認して、小狐丸達の元へ持って行く。
 「山姥切くん、フードプロセッサはかけすぎないでね。
 風味が飛んじゃうから、ちょっと粗めに引いて、すり鉢に移して。
 石切丸さん、山姥切くんがきな粉を作ったら、すり鉢で細かくすり潰してもらえる?」
 「うん、わかった」
 にこりと笑った石切丸は、既に竈の火加減を調整している三池達へ微笑んだ。
 「美味しい湯葉が出来そうだね」
 「ああ!楽しみにしてくれ!」
 嬉しげな声を張り上げたソハヤに、鶴丸が笑い出す。
 「じゃあ俺は、ぷりん作りを手伝うぜ!
 なぁ数珠丸!
 小さな器に小分けするより、この大鍋いっぱいに作ったものを、そのまま出さないか?
 きっとみんな、驚くぜ!」
 「なんと、それは目新しい。
 短刀達に喜んでもらえそうですね」
 「だろう?!」
 得意げな鶴丸に、三日月が微笑む。
 「ひさかたの 天の香具山 この夕べ 霞たなびく 春立つらしも
 ・・・皆、楽しそうで何よりだ」
 よきかなよきかな、と、のんきな声は、辺りを巡る湯気に乗って漂った。


 後刻、ようやく厨房に戻った光忠を、太鼓鐘が笑顔で迎えた。
 「おかえり、みっちゃん!
 さっき主が来て、ヒマな時でいいから、バレンタインのチョコ作り手伝ってくれって言ってたぜ。
 カカオから?って聞いたら、そんなわけないだろうって言われたから、簡単に済むよな!」
 「へぇ。
 主くん、今年は頼ってくれるんだね。
 去年は、作るのは一人でやるって、意地になってたのに」
 感心する光忠に、太鼓鐘は明るい笑声をあげた。
 「人数増えたし、さすがに無理だって悟ったんじゃないか?」
 無理もない、と、彼は主が置いていったメモを差し出す。
 「次回の買物リストにこれ入れといて、ってさー。
 ・・・ところでみっちゃん、なんかすげー騒いでたけど、平安刀となに作ってたんだ?」
 入れ代わり、色んな物を持って行かれた、と首を傾げる彼を、光忠は和やかな目で見下ろした。
 「あわせて一万年を超えるお豆腐、かな」
 「なんだそれ」
 ますます首を傾げる彼に笑い、頭を撫でてやる。
 「今日のお夕飯にするよ。
 きっとおいしいよv
 楽しげな彼に、太鼓鐘も嬉しくなって、大きく頷いた。




 了




 










2月の行事てんこ盛り話でした。
しかしその、どれ一つとしてSS内ではやっていない辺り!>ツインテールの日は。
元は、『春のパン祭でもらえる謙ちゃんに予防接種してあげたい』とか、『にっかりに騙されてツインテールの師匠見たい』とか、その程度の話だったんですけど、節分イベント始まって、みっちゃんが『鬼から巻き上げた福豆できなこ餅を作るよ!』なんて言い出したものだから、こんな話に(笑)
自分で書いておいて今更ですが、本丸にいる平安刀(&鎌倉初期)の年齢合わせると、1万歳超えるんですね。
それだけの豆、よく運んだな。
ちなみに、ロシアン恵方巻で安全圏にいたのは仕掛け人の鶴だけで、母屋住みの全員に当たる危険がありましたよ(笑)
いたずらに対して一番寛容な(?)伽羅に当たってよかったね!(笑)













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