〜 しづこころなく 〜






 暖かな風が冬の気配をすっかり拭い去り、本丸中が桜色に染まっていた。
 花の蜜を求め、若草色の小鳥達がこぞってやってくる中、いつも賑やかな厨房では、広い作業台を深刻な顔が取り囲んでいる。
 「・・・今日は、残念なお知らせがあります」
 光忠の、暗い声音の宣告に緊張が走った。
 「鶴さんが・・・とうとう、四月馬鹿の存在を知ってしまいました」
 「なんでっ!!」
 「・・・っ全力で隠して来たんじゃないのか!」
 悲鳴じみた声を上げる太鼓鐘の向かいで、大倶利伽羅も声を詰まらせる。
 と、光忠が大きな身体を丸め、両手で顔を覆った。
 「ごめんね・・・!
 うちのにゃにゃくんが・・・・・・!」
 「あー・・・」
 「確かに、新参で空気を読まないくせに知識は豊富な奴ならやりかねないな」
 間の抜けた声を上げる太鼓鐘とは対照的に、大倶利伽羅が彼らしからぬ対人洞察力を見せる。
 「そう・・・。
 あの子ってばいつもの軽薄な調子で鶴さんに、『4月1日は修行明けの僧侶をからかう風習から、嘘をついていい日になったはずだが、ここではなにか、イベントでもやるのかい?』なんて言っちゃって・・・!」
 「俺達が必死に隠して、避けてきたイベントを・・・!」
 顔を覆ったままの光忠とそっくりに、太鼓鐘も顔を覆った。
 「絶対・・・父ちゃんが張り合ってくる・・・!
 父ちゃん、にゃにゃの奴に煽られて、長船に対抗心燃やしまくりだし!
 にゃにゃがやるなら絶対乗って来る・・・!」
 「貞と物吉は止める側になるとしても、亀は日向に協力するかもしれないな」
 腕を組んだ大倶利伽羅が、深く吐息する。
 「知られたのならしょうがない。
 被害を最小限にするためにも、4月1日には鶴がなにか仕掛けてくるぞ、と周知しておくべきだろう」
 「・・・悪乗りの被害が増大しそうな気がする。
 特に小竜ちゃん、絶対乗っかって来る・・・!」
 一族が来て以来、悪い方向へしか物事を考えられなくなった光忠の丸まった背を、太鼓鐘が気づかわしげに撫でた。
 「とりあえず、主に相談しないか?
 そしたら主が、全員に周知するか、その日は鶴を隔離するか、判断してくれるんじゃねぇかな!」
 「隔離・・・か。
 一度、全員で監視はやったからな。
 次は捕まる前に逃げるか、長時間の遠征にやっても、仕込んだ鳩でこっそり戻って来るかだが・・・光忠、胃薬か?」
 テーブルに額を乗せて、胃をおさえてしまった光忠を、大倶利伽羅が見下ろす。
 「・・・他の刀主って、僕ほど悩んでるっけ?」
 「物吉は、亀のせいで同じくらい胃を痛めてるぜ」
 光忠の力ない声に、太鼓鐘が苦笑した。


 「おや、君が御座所から出てくるなんて、珍しい。
 一緒に花見でもどうだい?」
 小脇に緋毛氈を抱えた石切丸は、回廊を渡って来る小狐丸へ声をかけた。
 「おぉ、うれしや。
 手持無沙汰でおりましたので、ぜひご一緒させていただきたい」
 「なんだ、主はどうかしたのか?」
 「あるじさま、おでかけしちゃったんですか?」
 石切丸の背後で、手に手に酒樽や菓子を抱えた岩融と今剣が問うと、小狐丸は首を振る。
 「秘密の企みを巡らせる準備があるゆえ、楽しみが半減しないように出て行ってほしいと仰せられまして」
 「企み?
 なんだか、穏やかではないね」
 苦笑する石切丸には穏やかな笑みを返した。
 「なんでも、新しい玩具を入手されたそうで、たいそうご機嫌麗しく。
 明日、皆に披露するので楽しみにしていてくれと仰せでしたよ」
 「あしたですかぁ・・・なんでしょうね?!」
 わくわくと目を輝かせる今剣に、岩融が頷いた。
 「楽しみにしていろ、と言うくらいだ。
 きっと・・・いや、しかし。
 明日は綿貫ではないか」
 「あー・・・」
 岩融の指摘に、今剣が眉根を寄せる。
 「ころもがえ、しなきゃです・・・」
 めんどくさい、と口を尖らせる彼の頭を、小狐丸が撫でた。
 「三条の衣装は、今年も私がお引き受けしますので。
 今剣殿はいつも通りいらせられませ」
 「ありがとうございます!」
 ぱぁっと、表情を明るくした今剣に、石切丸がまた苦笑する。
 「いつもすまないね」
 「いえ」
 にこりと笑って、小狐丸は首を振った。
 「初めの年のように、衣装を引き裂かれてはかえって手間ですから。
 最初から私が引き受けた方が、早く済みまする」
 微笑んでいながら、笑っていない小狐丸の目に、石切丸は乾いた笑声を漏らす。
 「と・・・とにかく、今日は花見で楽しもうじゃないか。
 三日月が待ちくたびれているよ」
 「さようでございますね」
 にこりと微笑み、共に桜の元へと向かった。
 そこには既に多くの刀が集まって、宴が始まっている。
 「追加の酒樽を持って来たぞ!」
 「おかしももってきましたー!」
 岩融と今剣の声に、歓声が沸いた。
 「去年は中々咲かなかったけど、今年は順調に咲いてくれてよかったよねぇ!
 酒が進むってもんだよ!」
 空になった大杯を掲げる次郎太刀へ、太郎太刀がちらりと笑う。
 「花がなくても飲んでいるではありませんか」
 「なぁに、花がなければ閉じた目の裏に、と言うものさ。
 それこそ、飲めば知恵沸きいずる般若湯のご利益ってもんだろう」
 「お前!うまいことを言うな!!」
 大般若の肩を抱いて、日本号が酒瓶を掲げた。
 「来る前は、どんなお高くとまった奴だろうと思っていたが、話の分かる奴でよかったぜ!」
 「それなぁ。みんなから言われるんだ。
 まぁ、高額取引されていたのは事実だから、しょうがないが」
 日本号の注ぐ酒を杯で受けながら、大般若が笑う。
 「しかし、あんただって位持ちの割に気さくじゃないか。
 正三位と言えば、ほとんどの大名より位が上だろうに。
 52万石当時の黒田の殿様が、ようやく同等だったはずだが、自分のことは棚に上げて、俺のことだけ言うつもりかい?」
 「違いねぇ!!」
 すっかり意気投合した二人は、互いの杯に酒を注いでは、楽しげに飲み干した。
 「・・・ちょっとちょっと、大丈夫なの、あそこ?
 すごいハイペースなんだけど」
 追加した酒樽の中身が見る見る減っていく様に、清光が眉根を寄せる。
 が、
 「平気じゃない?
 大般若さんも、酒豪っぽいし」
 平然と言った安定が、まだ開いていなかった重箱の蓋を取った。
 「わぁv
 これ、ちらし寿司だったよー!食べる人ー!」
 はぁい!と、あちこちで上がった手の数だけ、小皿によそう。
 「欲しい人、取りに来てー!
 ホラ、キヨも」
 「あ・・・うん。
 小竜は?いる?」
 「いるいるーv
 振り向いた小竜に皿を渡してやると、早速箸をつけた。
 「あれ?
 これ、グランの味じゃないなぁ」
 おいしいけど、と、首を傾げる彼に、歌仙が微笑む。
 「僕だよ。
 光忠は何だか、深刻な顔をしていてね。
 花見どころじゃなかったから、今日は僕が作って持って来たんだ」
 「へー。
 どうしたんだろうね」
 「いや、そこで、自分のせいかな、とか、少しでも思わないの?」
 のんきな小竜へ、清光が思わず突っ込んだ。
 「んー・・・別に?
 俺は俺の好きなようにやってるだけで、なんでグランが気に病むのか、よくわかんないし」
 「よくぞ言いました!!」
 突然、沸いて出た村正に抱き寄せられ、さすがの小竜も目を丸くする。
 「え?なに?」
 「アナタの言う通りデスよ!
 他人がどう思おうと、関係ないのデス!」
 ずいずいと迫って来る村正から、のけぞって逃げる小竜の背を、大きな手が支えてくれた。
 「いい加減にせんか!
 小竜、俺がこいつを引き剥がした隙に逃げろ!」
 言うや、蜻蛉切が村正を担ぎ上げ、小竜から引き離す。
 「なになに・・・びっくりしたー!」
 酔っ払い怖い、と、粟田口の中に逃げ込めば、進み出た虎が大きな身体で彼を隠してくれた。
 「よぉ、脱がされる前に逃げられてよかったな」
 にんまりと笑って、薬研が菓子器を差し出す。
 「なにここ、そういう場なの?こわー」
 早速大福を頬張る小竜の、頬についた粉を、乱が指先で拭った。
 「だって小竜さん、お肌つやつや・・・v
 弄りたくなる気持ち、わかるなぁv
 「なに、ここも危険地帯?」
 「そんなことは・・・乱、からかうのはやめなさい」
 蒼ざめる小竜に苦笑して、一期が乱を諌める。
 「すみませんな、はしゃいでしまって」
 「本気じゃないならいいんだけど・・・平野、俺にもお茶ちょうだい」
 鶯丸へ給仕していた平野に声をかけるが、彼は小竜へ冷たい目を向けたのち、顔を背けた。
 「自分で淹れてください」
 「えぇー!
 なんで俺にだけ冷たいのさ!」
 不満の声を上げると、更に冷たい目が小竜を睨む。
 「は?
 宮中でなにをやったか、忘れたんですか?」
 ずいっと膝を進めて、平野は小竜へ迫った。
 「鶴丸さまと組んで、怪異ごっこなんかして。
 あのせいでお妃がとっても怒ってしまわれて、お二人して池に捨てられそうになったこと、忘れたとは言わせませんよ?」
 貴人の護衛を主な役目としていた自分には許しがたいことだと、睨まれた小竜があらぬ方向を見遣る。
 「まぁまぁ。
 帝ご自身は、笑っておられたじゃないか」
 それに、と、鶯丸が楽しげに笑った。
 「水龍剣に、それこそ叩き折られない勢いで叱られて。
 ちっとも堪えていないのが、二人らしいがな」
 「それでもです!
 僕は、災厄から主をお守りするお役目を負った守り刀なのに、よりによって仲間のいたずらに悩まされるなんて!
 あのおかげで僕が、役立たずみたいになったんですよ!
 絶対に許さないんですから!」
 いつも穏やかな平野らしからぬ剣幕に、驚いた兄弟達が寄って来る。
 「どうしたのさ、平野・・・らしくないよ?」
 「落ち着いてください。お茶でも飲みますか?」
 宥めるように信濃が背を撫で、前田がややぬるい茶を差し出した。
 一気に飲み干し、大きく吐息する彼に、薬研が首を傾げる。
 「お前、鶴丸にはそんなじゃないだろ。
 なんで小竜にはキレてんだ?」
 不思議そうに問うと、平野はまた、小竜を睨んだ。
 「鶴丸さまは、怪異ごっこの事なんかすっかり忘れてましたからね!
 ああいう人ですし、根に持つのはこっちの器が小さい気がして、もう諦めていたのですが・・・」
 こっちは!と、小竜を睨む平野の目が鋭さを増す。
 「堂々と武勇伝にして!いい思い出みたいに語って!
 あれで僕の立場、かなり気まずくなったって言うのにこの人はあああああああ!!」
 「あははっ!
 ごっめぇーん!そんなに気にしてたんだぁv
 掴みかかって来た平野を受け止め、抱きしめた小竜は彼の頭を撫でてやった。
 「平野もやりたかったんだって知ってたら誘ったのに、気付かなくってごめんよv
 「あなた何聞いてたんですか!!」
 いきり立つ平野の絶叫に苦笑した一期一振が辺りを見回す。
 「そういえば鶴丸殿は?
 宴には、仕事を抜け出しても来るのに、珍しいな」
 「あれ?
 準備の時にはいたんですけど・・・いなくなっちゃいましたね」
 団子の皿を持って戻ってきた秋田も、きょろきょろと周りを見回した。
 「うん、俺と一緒に花見の準備してたから、最初はいたよぉ?
 後から来たダディとなんか話した後、消えちゃったけど。
 あれ?
 そういえばグラン達、伊達の刀も追いかけるみたいに消えたよね」
 肝心の花見もせずにどうしたんだろう、と、兄弟は不思議そうに顔を見合せる。
 「・・・良くない予感がします」
 「気にしすぎだぁーってv
 小竜に抱きすくめられたまま、ぐりぐりと頭を撫でられた平野は、こめかみを引き攣らせた。


 ―――― 後刻。
 夏の海を眺めつつ、光忠は無言で腕を組んだ。
 「潮が思いっきり引いたら、あの島まで歩いて渡れそうじゃね?」
 彼の傍らで、太鼓鐘が目の前の島を指す。
 「そうだな、俺なら行けそうだが、太鼓鐘は少し、泳ぐことになるのじゃないか?」
 優しい目で見下ろす蜻蛉切を、太鼓鐘は口を尖らせて見上げた。
 「そんなことねーよ!
 俺だってきっと、歩いて渡れる!」
 「無理だろ」
 ぽつりと呟いた大倶利伽羅は、頭突きしてきた太鼓鐘の頭を片手で掴む。
 「できるって!!」
 じたじたと暴れる太鼓鐘に鼻を鳴らし、大倶利伽羅は顎で西を指した。
 「これだけの兵が警戒しているんだ。
 怪しい奴は真っ先に射られる」
 「ああ、その通り。
 やめておくのだな」
 頷いた蜻蛉切は、手にした槍を肩に担ぐ。
 「今は元冦襲来直前。
 防塁を盾にした警戒が厳しい時だ。
 遠征だからといって油断せず、我等も慎重にあるべきだぞ。
 そうだろう、光忠?」
 声をかけると、光忠はきつく眉根を寄せた顔を向けた。
 「あの人達、何を企んでるんだろう」
 「は?」
 訝しげに、蜻蛉切が首を傾げる。
 「敵の侵略をここで防ごうとしているのだろうに」
 「いや、この時代の人達じゃなくて」
 首を振った光忠は、太鼓鐘と大倶利伽羅を見やった。
 「鶴さんがあの事を知ってしまったって、御注進した僕らが、なんで追い出されたの?
 しかも、蜻蛉切さんまで」
 三人の目線を受けた蜻蛉切が、居心地悪げに身じろぎする。
 「槍を連れての元冦防塁警戒って、18時間はかかるよね。
 僕らが出てきた時間を考えると、明日の昼過ぎまで帰ってくるな、ってことだよね」
 「それがどうかしたか?
 俺達、槍は交代で三日ごとにここへ来ているし、今日の当番は俺で間違いないのだが」
 不思議そうな蜻蛉切へ、光忠が歩を進めた。
 「何かいたずらをしたい人達が、邪魔をしそうなメンバーを排除したとは思わない?」
 「何を馬鹿な」
 杞憂だと、蜻蛉切が笑う。
 「我等に遠征を命じる事ができるのは主のみ。
 主が我等を排除するなど・・・おい、大丈夫か?」
 頭を抱えてうずくまった太鼓鐘の上に、蜻蛉切が屈み込んだ。
 「それ、サイアクの二人が組んじまったってことじゃんか・・・!」
 絞り出すような太鼓鐘の声に、大倶利伽羅も頷く。
 「何をやらかすつもりだか・・・光忠、大丈夫か?」
 胃を押さえて肩を丸める光忠に、大倶利伽羅が手を差し延べた。
 「これ、使うか?」
 その手にあるものを見るや、光忠の目が輝く。
 「伽羅ちゃん、これ・・・!」
 「呼び戻し鳩じゃんか!」
 太鼓鐘も歓声を上げ、大倶利伽羅の背を叩いた。
 「やるじゃん、伽羅!
 これでいつでも戻れるぜ!」
 「いや、しかし・・・主の命なく、勝手に戻っていいのか?」
 困惑する蜻蛉切には、一斉に頷く。
 「緊急事態なんだよ、蜻蛉切さん!」
 「本丸の危機かも知れねぇんだ!」
 「・・・破壊活動もあるかも知れない」
 「なんと!」
 三人の深刻な様に、蜻蛉切も表情を厳しくした。
 「そういう事ならば、すぐに戻ろう!」
 しかし、その言葉には光忠が首を振る。
 「すぐに戻ればまた、ここへ送られてしまうよ。
 できるだけ、騒動の最中に戻ることにしよう」
 「そうだな!
 派手に意表をついてやろうぜ!」
 こぶしを掲げる太鼓鐘に、大倶利伽羅も頷いた。
 「現行犯を捕まえるか」
 「元冦だけに、か?」
 口を挟んだ蜻蛉切が冷たい目に晒されて、気まずげな咳ばらいをする。
 「じゃあ、時間までは通常の任務に勤しもう。
 やることをやって、その上で早期帰還なら主くんも文句は言えないからね!」
 「おう!」
 「企み・・・潰すぞ」
 光忠が突き出したこぶしに太鼓鐘と大倶利伽羅がこぶしをぶつけ、頷き合う様を蜻蛉切が訝しげに見つめた。


 翌日。
 「こういう時は、洋装の面々が羨ましく思えるよ。
 綿を入れる時よりはましとは言え・・・面倒だよねぇ」
 広間に冬の衣装を広げ、袷(あわせ)の間から薄く伸ばした真綿を抜きつつ、歌仙がため息をついた。
 「これも季節の巡る証ですよ。
 豊穣の環の狂いなく、めでたいというもの」
 にこりと笑って、小狐丸は今剣の衣装を長持ちへ仕舞う。
 「今剣殿の装束は小さいゆえ、簡単に済んでようございますな」
 後は大きなものばかり、と言う彼に頷き、歌仙は膝を進めた。
 「どれ、僕も手伝うとしよう。
 一人で五人分は大変だろうからね」
 「ありがたい」
 と、やや離れた場所で作業していた蜂須賀も寄って来る。
 「俺も、和服は私服だけだからな。
 浦島の着物も済んだし、手伝うぞ」
 三条の衣装を触る機会だと、むしろ嬉しげに長持ちから取り出した。
 「色合いや染料は、やはり平安時代の方が豊かだな。
 後代になるほど廃れてしまって、残念なことだよ」
 蜂須賀の言葉に歌仙も深く頷く。
 「まったくだね。
 派手がいいとは思わないが、華やかではあってほしいものだ・・・おや?」
 「遠雷・・・ですな」
 障子の向こうを見遣った歌仙に、小狐丸が呟いた。
 「なんだ、せっかくのいい日和だと思って出したのに、雨が降るなら仕舞わないと、湿気が入ってしまう」
 出したばかりの衣装を慌てて長持ちに仕舞う蜂須賀に首を振り、歌仙が立ち上がる。
 「それよりも先に、外に出ている者達を中に入れないと。
 怯えて動けなくなる者がいては、助けにも行けないよ」
 鋼を本身とする彼らにとって、雷は何よりも恐ろしい存在だ。
 天空より付け狙われる上に、打たれればすぐさま焼け身になるとあって、その音を聞いただけで身動きが取れなくなってしまう者もいる。
 「一斉にお知らせは致しましたが・・・端末を持ち歩いていない方もおられるやも」
 自身の端末に、不安げな目を落とす小狐丸へ、歌仙は頷いた。
 「出陣や遠征へ出ている者以外、皆、松の間に集まってもらうように再度、通知してくれ。
 蜂須賀、手分けして畑と厩舎を一通り見てこよう。
 本丸の外に出た者はいたかな?」
 てきぱきと指示を出す歌仙に問われ、蜂須賀は首を振る。
 「いや、今日は万屋の店休日だし、短刀達もこの時期は、裏山ではなく本丸内の桜の周りで遊んでいるはずだ。
 ・・・浦島は今日、畑番だったな。
 俺は畑に行くから、歌仙は厩舎を頼む」
 「わかった。
 小狐丸、先に松の間へ行って、来ない者がいれば僕らへ連絡してくれ」
 「承知しました」
 長持ちの蓋を閉め、部屋を出た小狐丸は、回廊から空を見上げ、訝しげに眉根を寄せた。
 「はて・・・?
 雨のにおいがせぬような・・・?」
 雷雲だけが来ているのかと、首を傾げつつこの本丸で最も大きな広間へと向かう。
 と、やはり首を傾げて、空を見上げる石切丸と行きあった。
 「やぁ、小狐丸。
 私も遠雷は聞いたのだけど・・・雨の気配がないよね」
 雲も見えない、と、石切丸は空へ目を凝らす。
 「季節の変わり目ゆえ、気候が乱れることはよくありまするが・・・妙なことで」
 並んで首を傾げていると、兄弟を引き連れた薬研がどたどたと回廊を渡って来た。
 「粟田口の短刀は全員いるぜ。
 いち兄と脇差兄たち、それと鳴狐が、庭や畑にいる奴らを呼びにいってる」
 早口で言った薬研が、大広間に入るや端末を取り出し、その場にいる者達を見回す。
 「前に大将が作ってくれた、予防接種一覧がまた役に立つな。
 遠征に行ってる奴らは消して、ここにいる奴らも・・・」
 言う間にも次々と集まって、本丸にいる全員が顔を並べた。
 「おぉ、みんな揃ってるな!
 感心感心」
 最後にやって来た鶴丸を、三日月が訝しげに見上げる。
 「伊達は皆、遠征に行ったと思ったが・・・おぬしは残ったのか?」
 「なかまはずれですか?
 つるまるさま、かわいそうですか?」
 「いや、そういうわけじゃ・・・」
 今剣に同情の目を向けられ、鶴丸は苦笑した。
 「むしろ、仲間外れは今、外に出ている連中だぜ!」
 「外に・・・?」
 端末に目を落とした薬研が、出征中のメンバーを確認する。
 「遠征の連中はみんな、今日の昼過ぎに戻る予定だな。
 光忠、太鼓鐘、大倶利伽羅、蜻蛉切。
 博多、後藤、江雪、宋三、長谷部、大包平。
 太郎、小豆、謙信、巴、篭手切・・・。
 なんだこの、冗談通じない系メンバー」
 薬研のつぶやきに、小狐丸が目を上げた。
 「ぬしさまの・・・!」
 「そう!
 俺が主からもらった、新たな力!!」
 帯から短刀サイズの棒を引き抜いた鶴丸が、得意げに掲げる。
 「ぷろじぇくしょんまっぴんぐ操作すてぃっく!!」
 「ぷ・・・なんだって?」
 首を傾げる鶯丸に、鶴丸はにんまりと笑った。
 「括目して見よ!!」
 その声と共に、また遠雷が聞こえる。
 が、もはや皆、振り返りもせず、不思議そうに鶴丸を見つめた。
 「・・・あれ?
 おかしいな、操作方法を間違えたか・・・」
 口を尖らせた鶴丸は、手にした棒を弄りまわすが、何事も起きそうにない。
 そのうちに、飽きた面々が座を立ち始めた。
 「わたぬきの作業に戻るから、何か用があったら竹の間に・・・あ、今日は光忠がいないから、昼餉の準備が先か・・・」
 すまなそうな顔を向ける歌仙へ、小狐丸は微笑んで頷く。
 「あとは私が」
 「大丈夫だ、俺が手伝う。
 浦島。
 浦島も、わたぬきをやるか?」
 蜂須賀が手招くと、浦島は跳ねるような足取りで歩み寄った。
 「わかった!
 お手伝いするよ!」
 「そうかそうかv
 いい子だな、浦島は。
 ・・・あぁ、では先に着替えようか。
 衣装に畑の土がついてはいけない」
 遅れて行く、と言う蜂須賀にも、小狐丸は頷く。
 「じゃあ僕は、歌仙の手伝いでもしようかなぁ。
 どうにもうどんが食べたい気分でねぇ」
 するりと立ち上がったにっかりの後に、岩融が続いた。
 「では、俺も手伝うとしようか!
 小狐丸殿にわたぬきを任せっきりでは申し訳ないからな!
 稲荷寿司でも作ろうぞ!」
 勇ましく部屋を出る岩融の背を、小狐丸は目を輝かせて見送る。
 と、
 「骨喰、御手杵、獅子王!
 ゲームの続きやろっ!不動もおいでよ!」
 鯰尾が骨喰の手を引き、不動を手招いた。
 さっさと出て行く兄達の背を目で追いながら、信濃も一期一振の腕を引く。
 「いち兄、俺ももう行っていい?母屋からは出ないからー」
 信濃の甘え声に一期一振が頷くと、兄弟達は皆、立ち上がって他の短刀も誘った。
 「かるたしますか?」
 「すごろくもいいですよねーv
 僕、今剣くんがさいころ振る姿、好きですよv
 今剣と毛利がきゃっきゃとはしゃぐ隣で、包丁が乱の腕を取る。
 「光忠さんが用意してくれたおやつ、もう食べちゃダメ?」
 「ダメだよ、まだ昼餉も終わってないでしょー」
 「ちょっ・・・待てっ!!」
 焦った鶴丸が、取り落としそうになった棒を慌てて掴んだ瞬間、轟雷が鳴り響いた。
 悲鳴を上げ、あるいは固まって動けない刀剣の中で、機動力に優れた短刀達の姿は既にない。
 「・・・やりすぎた。
 雷は遠雷以外使うなって言われてたんだが・・・」
 さすがに気まずげな顔をした鶴丸が、皆の唖然とした目線にさらされた。
 「ど・・・どうだ!
 お・・・驚いたか!」
 自分が一番、驚いた顔をしておきながら言う鶴丸へ、小狐丸が頷く。
 「ぬしさまの新しい玩具とは、それであったか・・・」
 道理で雨の気配がなかったはずだと、得心した様子の小狐丸の隣で、石切丸も苦笑した。
 「短刀達が、驚いて逃げてしまったじゃないか。
 ・・・それに」
 くすくすと、たまりかねたように笑い出す。
 「刀剣団子、とでも呼ぶべきかな」
 部屋中に出来た塊と、庇い合う沖田組が勢い余って、ころころと転がっていく様に、小狐丸も目を和ませた。
 「なんとも心温まる光景でございますねぇ」
 「国行・・・重い・・・!」
 小狐丸の見つめる先で、蛍丸が自身を抱きしめる腕の中でもがく。
 「と・・・父さま、苦しいです・・・!」
 物吉も、覆いかぶさる日向の、自分より細い腕を叩いて逃れようとするが、更にきつく抱きしめられた。
 「父さま?」
 「・・・刀工の貞宗は、正宗の後継者だったくせに、正宗より先に死んだんだ」
 震える声で囁いた日向は、傍らにうずくまっていた亀甲へも手を伸ばし、抱き寄せる。
 「彼が遺したお前達まで、僕より先に尽きることは・・・許さないからね」
 「父さま・・・!」
 「父上様っ・・・!」
 感極まった様子で、亀甲が物吉ごと日向を抱きしめた。
 「普段冷たいのに、いざと言う時は優しい・・・!
 さすが・・・真正S!!
 ご主人様と同じ香り・・・v
 亀甲の言葉に思わず顔を引き攣らせ、逃げようともがく日向の傍で小竜は、自身を庇う大般若に抱き着く。
 「ダディ、優しいーv
 大好きーv
 「ああ・・・とっさに庇ってしまったな」
 我ながら驚いた、と呟きつつ、大般若は身を起こした。
 呆然とするあまり、日向と張り合うことも忘れて、抱き着いたままの小竜を撫でる。
 「俺は・・・こう言う感情からは程遠いと思っていたんだがなあ・・・」
 と、弟達全員に逃げられ、行き場のない腕をさ迷わせていた一期一振が首を振った。
 「人の身を得た影響には違いないでしょうが、元よりお持ちだったのだと思いますよ。
 なにせ、光忠殿の身内であるのですから」
 「そうなのかねぇ・・・」
 言われて広間を見渡した彼は、あちこちに出来た塊に吐息する。
 恐ろしい雷から、我が子や兄弟、仲間を守ろうと身を挺する様は、まるで人間のような情愛の有様だ。
 「人の身を得ると言うことは・・・こういうことか」
 未だ呆然とする大般若とは逆に、普段から身内への情愛を隠さない明石が吐息する。
 「あない大きな音がしたら、勝手に身体が動くっちゅーもんや。
 蛍丸、あんた全然怯えてないけど、平気になったんか?
 前は、刀身が大きいから最初に打たれそうやって、えらい怯えとったやないか」
 意外そうな彼に、蛍丸は得意げに笑った。
 「もう俺、平気!
 神域、ってのに入ったし、菅公とトモダチになったから、雷は落ちないんだ!」
 「へ・・・?
 なんやそれ?」
 首を傾げる明石の前に、立ち上がった蛍丸が胸を張る。
 「神無月に出雲に行った時、新刀歓迎会だって、雷持って追いかけてきたタケミカヅチを、菅公がぶん殴って止めてくれたの」
 「菅公って・・・菅原の道真はんのことやろ?
 あのお人、そないワイルドなひとなんか?」
 文人だろうに、と呆れる明石へ、膝丸をおぶった髭切がくすくすと笑った。
 「かなりの、荒ぶるカミサマだよぉ、菅公はv
 なんたって、日本三大怨霊の一人だもの。
 天満宮が出来た当初は、そりゃあすごかったって、梅の樹たちがぼやいていたよ」
 「はぁ・・・さいですか。
 ところで源氏はんら、なにしてるんです?」
 明石が、意識のない膝丸をおんぶする髭切に問えば、彼はまたくすくすと笑う。
 「弟が、僕を庇おうとして背中に覆いかぶさってきたんだけど、怖かったらしくてそのまま目を回しちゃったんだぁv
 部屋で寝かせることにするよぉv
 ねんねんころころ♪と、楽しげに歌いながら出て行く髭切を、明石はなんとなく見送ってしまった。
 「・・・そんで?
 その、荒ぶる神はんと友達になったら、もう雷は落ちんのか?」
 改めて問うと、蛍丸は大きく頷く。
 「俺の上に雷が落ちないようにしてあげるから、安心しろって言われた!」
 だから大丈夫!と、頬を紅潮させる蛍丸の頭を、石切丸が微笑んで撫でた。
 「意地悪な神に泣かされてしまったからね。
 菅公は弱い者いじめが嫌いな方だから、約束は必ず守ってくださるよ」
 それに、と、石切丸は笑みを深くする。
 「うちの子をいじめた方には、私と太郎さん、次郎さんで、ご忠告申し上げたから。
 二度と、なさらないよ」
 ねぇ?と、石切丸が見やった次郎も、くすくすと笑った。
 「アタシは別にぃ?
 酷かったのは、石切丸と兄貴だよ」
 「それは・・・おおきに」
 何をしたのかは、聞かない方がいいのだろうと察して、明石は礼を言う。
 「ところで鶴丸はん、あんまりいたずらは・・・あら?
 どこに行ってしもたんや・・・」
 周りを見渡すが、鶴丸の姿は既になかった。
 「鶴丸殿でしたら、なにやら楽しげに出て行かれましたよ」
 「いたずらを続けるのではないか?」
 止めもしなかった小狐丸と、のんきな三日月に、一期一振がため息をつく。
 「・・・弟達を、探して来ます」
 泣かされるだろうからと、またため息をついて、彼は自室へと戻って行った。


 「大将ー!!」
 一期一振の予想外に、泣きながら御座所に転がり込んだ信濃へ、短刀達が続いた。
 「あるじさま!かみなりです!
 ぎゅってしてくださいー!!」
 今剣の泣き声に、いつもならすぐに受け入れてくれる主の姿はない。
 「ああああ主さんー!なんでいないの?!」
 乱の悲鳴じみた声で我に返った薬研が、文机の上の時計を見た。
 「温泉宿の客が帰って、ポチたまと一緒に掃除している時間だ・・・」
 「ほんとだ!
 ポチもたまもいません・・・!」
 いつも部屋の隅に控えている掃除からくりの不在に気づき、毛利が蒼ざめる。
 「じゃ・・・じゃあ、宿に・・・!」
 「待てよ、愛染!」
 きびすを返した彼を、厚が止めた。
 「そ・・・そうです・・・!
 や・・・宿に行くには、わ・・・渡殿を・・・通らないと・・・っ!」
 五虎退の震え声に皆、静まり返る。
 渡殿とは、渡り廊下に屋根の掛かったもので、母屋から宿へ雨に濡れることなく渡れるが、雷を防ぐには頼りなかった。
 「ど・・・どうしますか・・・?
 主が帰ってくるまで、ここで・・・?」
 小夜の言葉には、顔を見合せた短刀達が、こくりと頷く。
 「あ・・・主も、あの音を聞いてるよね・・・?
 だったら・・・俺達が怖がってるかもって、戻ってくれるよ・・・!」
 包丁の言葉に、皆がほっとした瞬間、御座所の壁や襖が、漆黒に染まった。
 「なに?!なんなんですか?!」
 真っ先に悲鳴をあげた秋田に、平野と前田が縋りつく。
 「て・・・停電、でしょうか・・・!」
 「障子まで真っ黒なんて・・・ありえません・・・!」
 きっと雷雲だと、庭へ続く障子を怯えた目で見遣った彼らの前で、それが弾け飛んだ。
 「きゃああっ!!」
 悲鳴を上げる弟達を庇うように、薬研と厚が前に立つ。
 が、
 「おい・・・おかしくねぇか、薬研?」
 「あぁ・・・。
 風圧が全くなかった」
 障子を破壊し、吹き飛ばすほどの威力があるのならば、風圧があってしかるべきだ。
 「しかも・・・なんだこれ、感触がねぇぞ」
 厚が散らばった障子の断片に触れるが、手はすり抜けて畳に触れる。
 「おい誰か、鶴丸が言ってた、ぷ・・・なんとかの意味が分かる奴、いるか?」
 薬研の問いには、沈黙が返った。
 しばらくして、
 「もしかして・・・」
 と、乱が口を開く。
 「前に・・・主さんがシアターで、映画の上映会してくれたよね?
 その中で、クジラが空を泳いだり、地面が割れたりってシーンがあったでしょ。
 あの時ボク、これってどうやってるの?って聞いたら、空や地面をスクリーンにして、映像を映してるんだよ、って・・・言って・・・」
 乱の言う間にも、短刀達はぺたぺたと漆黒の壁面を触って、感触を確かめていた。
 「ここ、襖の感触です!」
 「こっちは違い棚です!」
 「障子・・・あけちゃいます!!」
 五虎退が、勇気を振り絞って障子を開けた途端、唖然とするほど明るい陽射しが降り注ぐ。
 「なにこれ・・・」
 呆然と呟いた背に、陽気な笑い声が弾けた。
 「どうだ!驚いたか!」
 「・・・やっぱりお前の仕業か」
 怒るよりも呆れた口調の薬研に、鶴丸は得意げに胸を反らす。
 「そうだ!俺だ!」
 「あの雷も・・・ですか?」
 「あるじさま・・・ぼくらがかみなりきらいだって、しってるのにぃ・・・!」
 目にいっぱいの涙をためて、震え声を上げる五虎退と今剣には、さすがに頭を下げた。
 「すまん、あれは失敗だったんだ。
 主からも、雷は皆を呼び寄せるための遠雷以外は使うな、って言われてたんだが、いじってる間に音量が上がってな」
 けど、と、二人の頭を撫でながら、ほっとする短刀達を見回す。
 「あの音を聞いたのは、あの部屋にいた奴らだけだ。
 出て行った連中は気づいていない。
 そこで、だ・・・!」
 悪だくみをする顔が、短刀達と目線を合わせた。
 「他のやつらを、驚かせてやろうぜ!」
 「・・・なんでだ。
 雷が鳴ってないなら、俺は薬房に戻るぜ」
 くだらない、と、薬研がさっさと踵を返す。
 「待てよ!!
 今日は嘘をついていい日なんだぞ!
 せっかくだから皆を驚かせて・・・イタッ?!」
 突然背中を突き飛ばされ、畳の上に這った鶴丸の胸倉を、恐ろしい顔の平野が掴んだ。
 「またですか・・・?
 また性懲りもなく、怪異ごっこですか・・・?
 僕だけでなく、兄弟達の名誉まで貶めようって魂胆ですか、鶴丸さまぁ・・・?」
 「えっ?!平野、怖いっ!どうしたんだ?!」
 慌てる鶴丸の前に、のんびりとやって来た小竜がしゃがみ込む。
 「平野、宮中での怪異ごっこのこと根に持ってんだってぇ」
 「怪異ごっこ?
 何かやったか?」
 眉根を寄せて首を傾げる鶴丸を、平野が震える指で差した。
 「これですよ!
 こ・れ・で・す・よ!!」
 悲鳴じみた声を上げて平野が見回した兄弟達は、呆れたような苦笑を浮かべる。
 「この人達が怪異ごっこなんかして宮中を騒がせたおかげで、僕は『粟田口の短刀のくせに、お守りにもならない』って言われたんですよ!!」
 きぃぃ!と、珍しく絶叫する平野を、兄弟達が鶴丸から引き離し、宥めた。
 が、当の鶴丸はしばらく考え込んだのち、ようやく顔を上げる。
 「あー・・・あれか?
 水龍剣に、めっちゃ怒られたやつ!」
 「そうそう、ガチギレたお妃に、池に投げ込まれそうになったやつ!」
 思い出した?と、笑う小竜に、鶴丸はこくこくと頷いた。
 「あれ、おもしろかったよなぁ!帝の腰で鞘鳴りするだけで、みんな驚いて!」
 カタカタと上下に揺れる鶴丸に、小竜が吹き出す。
 「それだけじゃなかったでしょー。
 鶴ってば棚の引き出し勝手に開けて出てきて、日向ぼっこしてたじゃん。
 宝物がどっかいったって、大騒ぎになったじゃん!」
 言われてまた、考え込んだ鶴丸が手を打った。
 「あー!あったあった!」
 うんうん、と頷いて、鶴丸は障子の向こうの空を見遣る。
 「棚の中は、暗くて狭いしなぁ。
 墓を思い出して、うんざりしてたもんだからつい、自由を求めてな!」
 「あはは!なにイイ顔してんのさ!」
 「そこー!!
 なに、いい思い出にしてるんですか!!」
 楽しそうに笑い合う二人に、平野がまた絶叫した。
 途端に気づかわしげな顔になった鶴丸が、平野へ手を伸ばす。
 「そうか、お前もやりたかったんだな?
 誘わなくって、悪かったなぁ・・・」
 「似た者同士か!!」
 申し訳なさそうな顔をする鶴丸から、平野は操作すてぃっくをもぎ取った。
 「余計なことしないように、没収です!!」
 ぎゅっと握った弾みで、御座所の天井に取り付けられた、移動式の映写機が作動する。
 その動きが蜘蛛を思わせると、嫌がられることもあるそれは天井を移動してベストポジションに着くや、光を発した。
 「きゃあ?!」
 轟音と共に床が崩れ落ち、落下する感覚のリアルさに皆、映像だと言うことも忘れて身を固くする。
 「う・・・わぁー・・・!びっくりした!
 でもこれ、楽しいねぇ!」
 真っ先に歓声をあげた小竜が、平野の手からすてぃっくを取り上げた。
 「他にどんなことできるの?!」
 小竜が適当にいじる度、短刀達は川に流され、断崖を落ちて滝つぼに呑まれ、果ては火山弾の降り注ぐ山中を逃げ惑う。
 「も・・・やめー!!」
 涙目の乱が、小竜からすてぃっくを取り上げた。
 「えー。楽しいじゃん」
 口を尖らせた小竜が取り戻そうとするすてぃっくを横から奪い、薬研が電源を落とす。
 と、御座所はいつもの平穏さを取り戻した。
 「薬研ー。
 一緒にやろうよー!いいでしょー?」
 「そうだぞ!驚きの一日にしてやろうじゃないか!」
 取り戻そうと二人して手を伸ばしてくる太刀に舌打ちし、薬研はすてぃっくを差し出す。
 「そんなにやりたきゃ他でやれよ。
 弟達が泣いちまったじゃねぇか」
 縋りついて来る五虎退と包丁の頭を撫でながら、薬研が非難する目で睨むと、受け取った小竜が目を輝かせた。
 「わかった!
 鶴丸、次に行こう!」
 「おぉ!
 次は誰を驚かせてやろうか!」
 楽しげに笑いながら駆け去っていく背中に、平野がこぶしを握る。
 「光忠さんに、必ず言いつけます・・・!
 水龍剣さまがやったように、きつく叱っていただきます!」
 「そうだな、それが一番よさそうだ」
 肩をすくめた薬研は、天井を移動していく映写機を見上げ、やれやれと首を振った。


 その頃、御座所での騒ぎなど知らないゲーム仲間達は、御手杵の部屋で菓子を中心に輪になっていた。
 「不動、始めたばっかなのにうまいじゃん!」
 畳の上に寝そべったまま、ゲーム端末を弄る鯰尾の隣で、仰向けに転がった不動が嬉しげに足をばたつかせる。
 「へへっ!
 動体視力じゃ、短刀は最強だぜ!」
 得意げな不動を見下ろした御手杵が、笑って頷いた。
 「確かに現実じゃ、短刀の速さには勝てないけどなぁ」
 「ああ!
 ゲームじゃ太刀にだって、勝ち目はあるんだぜ!」
 獅子王がにやりとする。
 「先に仕留めるのは俺だぜ!
 ・・・って、骨喰〜!」
 情けない声を上げた彼に、骨喰は微かな笑みを浮かべた。
 「油断大敵」
 「くっそ!
 伽羅がいたらなぁ!
 あいつ、めっちゃ協力攻撃上手いんだぜ!」
 ぼやきつつ、せんべいをかじる獅子王を、不動が目を丸くして見上げる。
 「へー。
 いつも馴れ合わないとか言ってんのに、意外」
 ようやく起き上がった彼は、くしゃくしゃになった髪を手ぐしで梳いて、骨喰を見遣った。
 「けど骨喰も、ゲームやってるとよく笑うもんな。
 こういうことやってると、意外なところが見えるんだろうな」
 にんまりと笑う不動に、骨喰が目を見開く。
 「笑っている・・・?俺が?」
 驚く彼に、皆あっさりと頷いた。
 「今も笑ってたよ。
 だから俺、骨喰とゲームするの好きなんだv
 恥ずかしげもなく言う鯰尾に、骨喰が頬を染める。
 「よっしゃ!
 じゃあまた骨喰を笑わせるために、次の戦場に・・・停電か?」
 急に暗くなった部屋で、御手杵が顔を上げた。
 「まだ昼前だぞ。明かりつけてなかったろ」
 獅子王はじめ訝しげな面々を、手元の端末がぼんやりと照らす。
 「お化け出たりして」
 「ひっ?!」
 端末の明かりで顔を下から照らす鯰尾に、不動が悲鳴を上げた。
 「この雰囲気でホラーゲームやったら盛り上がりそうだな!」
 「やろう」
 御手杵の提案に骨喰があっさりと乗り、獅子王が顔をしかめる。
 「せっかく次の戦場に行けんだから、続けようぜ?」
 「そうだよー。
 どうせだからキリのいいとこ・・・っ?!」
 性懲りもなく下から照らしていた鯰尾の顔が、凍りついた。
 「おい、鯰尾。
 騙されねぇからな!」
 くすくすと笑う御手杵に鯰尾がぎこちなく首を振り、その隣で不動も固まる。
 「なんだ?・・・っ!!」
 二人の視線を追って振り返った獅子王があぐらを解いて後ずさった。
 「誰だ、あの女・・・」
 「骨喰まで!
 悪かったよ、ホラーゲームしようなんつって!」
 苦笑した御手杵は、気安く振り返った瞬間、あぐらの姿勢のまま飛び上がる。
 「っゆ!ゆゆゆっ・・・!」
 大きな身体をガタガタと震わせ、言葉の出ない御手杵に獅子王が縋った。
 「鯰尾がお化け出るなんて言うから!」
 「俺のせいっ?!」
 不動の言葉に慌てる鯰尾を制し、骨喰が立ち上がる。
 「ほっ・・・骨喰!やめて!!」
 掴もうとした腕は届かず、青ざめた鯰尾の見つめる先で、骨喰は女に歩み寄った。
 ・・・型通りの姿だ。
 白い装束の衿は、女の右側が上になっている。
 黒髪は腰までおどろおどろしく伸びて、力無く垂れた腕に絡み付いていた。
 「俺にも・・・斬れるだろうか」
 その言葉に皆、はっとする。
 「にっかり!にっかり呼ぼうぜ!」
 「俺!呼んで来る!!」
 手が震えて端末を操作出来ない御手杵がもどかしく、不動は部屋を飛び出した。
 「あいつ、厨房にいるはず・・・!」
 不動が駆け込むと、中にいた歌仙が小首を傾げる。
 「そんなに急いで、お腹すいたのかい?」
 「違っ・・・にっかり!
 来てくれ!お化け出た!」
 「・・・はぁ?」
 意外な事を言われて半笑いするにっかりの隣で、歌仙が吹き出した。
 「酔っ払っているのかい?」
 「飲んでねぇよ!」
 激しく首を振り、不動は厨房の外を指す。
 「御手杵の部屋に、女の幽霊が出たんだ!」
 「へぇ・・・。
 ここは新しい上に、幽霊よりも怖ーい刑部姫がいるから、迷って入ることもなさそうだけどねぇ」
 信じていない様子のにっかりに苛立ち、不動は彼の手を取った。
 「でも出たんだ!
 いいから来てくれ!」
 「はいはい」
 ぐいぐいと手を引く彼に苦笑し、にっかりは歌仙を見やる。
 「悪いけど、ちょっと外すよ」
 「わかった。
 燈籠を斬って、刃こぼれしないようにね」
 不動によって引きずり出されるにっかりを見送ると、代わりに米俵を担いで戻って来た岩融が、不思議そうな顔をした。
 「不動とにっかりはどうかしたのか?」
 問うと歌仙は、くすくすと笑う。
 「お化けが出たそうだよ」
 「それはまた気の毒な」
 つい口走った岩融は、自身の言葉に吹き出した。
 「いや、さすがに主でも、実態のないものを侵入者としていたぶることはできぬか!」
 「やるかもしれないよ?
 なんたって、気性の荒い御仁だから」
 またくすくすと笑って、歌仙は岩融を手招く。
 「さあ、稲荷寿司を作ろうか。
 今炊き上がった分じゃ到底足りないから、どんどん炊くよ。
 米を出してくれ」
 「承知!」
 はりきって俵を開ける岩融を、厨房の外からこっそりと、覗く目があった。
 「・・・うどん担当のにっかり排除、OK!
 これより第二段階に移る」
 にやりとして通話を切った小竜は、軽々しい足取りで暖簾をくぐる。
 「ハァイ、歌仙!
 さっき、にっかりが連れてかれるの見たんだけどー」
 「ああ、お化けが出たんだってさ」
 丸きり信じていない口調の歌仙に小竜はやや、不満をにじませた。
 「へー。おばけー。
 歌仙は怖ーいとか、大変だーってキモチ、ないの?」
 問えば、
 「ははっ!」
 と、馬鹿にしたように笑う。
 「僕はかつて三十六人も斬ったけれど、今までに祟られた事なんて一度もないよ。
 君だってそうだろう?
 山田家にあった時分は僕以上に斬っただろうに、何かあったかい?」
 「あー・・・まぁ、確かに・・・」
 経験に裏打ちされた彼の言葉には重みがあって、納得せざるを得なかった。
 「じゃ、ほっといていいか」
 と、気分を切り替え、改めて歌仙へ向かう。
 「ねー?
 にっかりが行っちゃって、お手伝い減ったんでしょ?
 俺、手伝ってあげるよーv
 「それは助かる」
 意外そうに、歌仙は目を見開いた。
 「どういう風の吹き回しだい?」
 普段は面倒がるのにと、不思議そうな彼に小竜は、悪びれず微笑む。
 「グランから、自分がいない間はお手伝いしなさいって言われてさー。
 ちゃんと、いい子にしてたよ、って言ってよね?」
 「それは結果次第だね」
 くすくすと笑う歌仙に肩をすくめ、小竜は冷蔵庫を開けた。
 「俺、あちこちに行ったからさ、こう見えて結構色んなこと、出来るんだよ?
 帝の腰のものだった時は外遊にも行ったし、異国の料理も得意さv
 などと、ありもしないことを言いつつ小竜は、光忠特製の調味料や異国の薬味を取り出す。
 「讃岐うどんジェノベーゼ風、作ったげるーv
 「じぇ?」
 揃って首を傾げる歌仙と岩融に笑い、小竜はにっかりが悲鳴を上げるだろう調理に取り掛かった。


 一方、不動に手を引かれて部屋に入ったにっかりは、異物のいない部屋に苦笑した。
 「お化けはどこへ行ったのかな?」
 「き・・・消えた!」
 「めっちゃいたけど消えた!」
 抱き合って震える御手杵と獅子王の言うことに要領を得ず、困り顔で見やった鯰尾が、骨喰に抱き着いたまま口を開く。
 「ほっ・・・骨喰が手を出したらすーって消えて・・・!
 その後も、部屋のあちこちに出たり消えたり・・・!
 怖い顔で迫って来たりして俺、もう・・・!」
 今にも気を失いそうな鯰尾の背を、骨喰が励ますように叩いた。
 「怯えすぎだ。
 あいつは別に、何も仕掛けては来なかった」
 いても害はないと、きっぱりという骨喰に、にっかりは肩をすくめる。
 「じゃあ、僕がやることはないね。
 厨房に戻るよ」
 「やだっ!待って!」
 さっさと踵を返したにっかりに鯰尾が悲鳴を上げ、御手杵ががくがくと頷いた。
 「頼むよ!
 このままじゃ俺、この部屋に住めねぇ!夜に厠にもいけねぇ!!」
 大きな身体で情けない事を言う彼ににっかりは、乾いた笑声をあげる。
 「じゃあ、探しに行くかい?」
 「さっ・・・探し?!」
 「いやあああああああ!」
 無理!と首を振る御手杵と獅子王、悲鳴を上げる鯰尾に、骨喰がため息をついた。
 「俺が行く」
 「ほっ・・・骨喰!
 行かないで!俺を一人にしないで!」
 縋り付く鯰尾を、冷静な目が見下ろす。
 「じゃあ、一緒に来い」
 その言葉に凍りつき、散々迷った挙げ句に鯰尾は、ようやく頷いた。
 「ふふふ・・・愛だねぇ。
 ああ、兄弟愛の事だよ?」
 この隙に逃げようとした不動の首根っこを掴み、にっかりが笑う。
 「行こうか、君達も」
 呼び付けておいて逃亡は許さない、というにっかりの笑顔に、御手杵と獅子王もぎこちなく頷いた。


 「かるーい!
 動きやすーい!」
 歓声をあげる浦島に、蜂須賀は目を和ませる。
 「蜂須賀兄ちゃん!
 これ、兄ちゃんがやってくれたのか?」
 膨らみの減った着物を纏った浦島は、嬉しげにくるりと回った。
 「綿を抜くだけだからな。
 俺は私服だけだし、お前の分を最優先にしても、すぐに済んだよ」
 「ありがと!」
 それに、と、彼は自分の衣装とは別に置かれた衣装盆へ目をやる。
 「長曽祢兄ちゃんの分もやってくれたんだな!」
 「は?!
 いや・・・それは!間違えたんだ!
 一緒に入っていたからうっかり・・・!」
 真っ赤にして背けた顔を、浦島は覗き込んだ。
 「へー。そうなんだー」
 にやにやと笑う浦島に、蜂須賀は気まずげな咳払いをする。
 「と・・・途中でやめるわけにはいかないからな!
 俺は、中途半端が嫌いなんだ!」
 好きでやったわけじゃないと、言い募る兄に浦島は苦笑した。
 「もうー!
 意地はらなくていいのに!
 優しいなぁ、蜂須賀兄ちゃんは!」
 抱き着いて来た浦島に吐息して、蜂須賀は首を振る。
 「だから、間違えただけだ。
 俺はお前と違って、愛想も良くないしな」
 また吐息する兄を見上げ、浦島は口をとがらせた。
 「きれいなのにー!
 その上、強くてかっこいいし!
 蜂須賀兄ちゃんは俺の自慢なんだぜ!」
 「それは俺の台詞だ」
 微笑んだ蜂須賀は、浦島の頭を撫でてやる。
 「誰とでも仲良くなれるお前の性格を、うらやましく思うよ」
 「へへっ!」
 くすぐったげに首をすくめ、浦島はきらきらと目を輝かせた。
 「俺、この本丸の刀だけじゃなくて、皆が連れてる虎や龍とも仲良くなりたいんだ!」
 「龍・・・?」
 誰だろう、と首を傾げる蜂須賀の背に、いきなり重みが加わる。
 「伽羅坊の事か?」
 「っ!!」
 「鶴丸さん」
 突然現れた太刀に、二人は目を丸くした。
 と、驚いた顔が嬉しかったのか、鶴丸は笑声をあげる。
 「俺としても、あの伽羅坊と仲良くしようって刀が増えてくれるのは嬉しいな!
 だが・・・」
 にんまりと、悪い笑みを浮かべた鶴丸が、浦島へ迫った。
 「虎や龍ときて、もう一人を無視とは酷くはないか?」
 「もう一人・・・?
 あ!鵺!
 そっかぁ・・・忘れてたや・・・」
 申し訳なさそうな顔をする浦島に、蜂須賀が首を振る。
 「いや、あれは一人とは言わんだろう」
 誰だ、と問う彼に、鶴丸は笑みを深くした。
 「それはな・・・」
 不意に明かりが落ち、部屋が漆黒に染まる。
 「て・・・停電?」
 「まだ昼前だぞ。
 そもそも明かりはつけていなかった」
 訝しげな顔をした蜂須賀は、この暗闇にあってぼんやりと浮かび上がってきた白いものへ目を懲らした。
 「なんだ?」
 兄の視線を追った浦島が、そのままの姿勢で凍りつく。
 「なぁ、浦島?」
 肩に触れた鶴丸の手に、びくりとした。
 「もう一人、忘れるなんて酷いよなぁ?」
 「に・・・にっかりさんの・・・!」
 「そう」
 ふっ・・・と、耳に掛かった吐息にまた震え、涙目になる。
 「あいつに憑いた霊も、忘れちゃあかわいそうだよなぁ?」
 「えぅっ・・・!」
 震えながら、浦島は今やはっきりと姿を現した女の霊を見つめた。
 「さぁ、仲良くしてやれ」
 鶴丸が背中を押し、つんのめった彼の目の前に、にっかりと笑う女の霊が迫る。
 「ぎゃああああああああああああ!!」
 物凄い悲鳴は、幽霊探索隊の耳にも届いた。
 「ででで・・・出た!きっと出た!」
 「重いよ・・・」
 背中に貼りつく不動に、にっかりがぼやく。
 「君達も、行くよ」
 「い・・・行かなきゃダメか?!」
 「こ・・・ここは専門家にまかせたいっ!!」
 もう足が動かないと、泣き言を言う御手杵と鯰尾の首ににっかりは手を回した。
 「行くよ」
 襟首を捕まれ、ずりずりと引き立てられた先では、あの女が浦島へ迫っている。
 「いたあああああああああああ!!」
 鯰尾の悲鳴に、振り返った鶴丸が気まずそうな顔をした。
 「ああああああ・・・あいつ!あいつだよ!!」
 嘘じゃなかっただろう?!と、迫る獅子王を、にっかりはうるさげに押しのける。
 「にっかり!早く斬って!!」
 「だから、そんなにくっつかないでおくれよ」
 ぼやいたにっかりは、未だ離れようとしない不動を引きはがしてから本身を抜き放った。
 「まぁ・・・斬るふりってことになりそうだけど」
 ちらりと見やった鶴丸が、あからさまに目を逸らす様にため息をつく。
 「お覚悟、とでもいうべきかな?」
 「必要ない」
 背後から肩を捕まれ、苦笑したにっかりは道を譲った。
 室内に踏み入った彼は、まっすぐに鶴丸へ向かう。
 「元凶さえ捻れば解決だ」
 「伽羅坊っ?!」
 何故、と固まる鶴丸が隠し持っていた操作すてぃっくを取り上げた大倶利伽羅が、無情に電源を落とした。
 途端、幽霊も闇も消え失せ、いつもと変わらない、明るい室内に戻る。
 「やっぱり、鶴丸のいたずらだったか」
 泣き縋って来る浦島を抱きしめ、頭を撫でてやりながら蜂須賀がため息をついた。
 「なんだ、わかっていたのか」
 鶴丸の首に腕を回して拘束した大倶利伽羅の問いに、彼は眉根を寄せる。
 「俺も古参組だ。
 歌仙程じゃないが、この本丸の刀の性質は把握している。
 暗くなった時から、こいつの仕業だろうと思っていた」
 だから、と、未だ泣きじゃくる浦島を抱き起こした。
 「虎徹の真作ともあろうものが、そんなに泣くもんじゃない。
 強くなりたいんだろう?」
 「う・・・うん・・・!」
 涙を拭って頷いた浦島に、蜂須賀は優しく微笑む。
 「いい子だ」
 一方で、
 「おのれー・・・!」
 と、大倶利伽羅に拘束されたまま、悔しげな声を上げる鶴丸に歩み寄った鯰尾が、その胸倉を掴んだ。
 「いたずらならいたずらだって・・・なんで言ってくれないんですか!」
 その剣幕に皆が驚く中、鯰尾は更に迫る。
 「言ってくれればもっと派手になるよう、手伝ったのに!んぎゃっ!」
 骨喰に強く髪を引かれ、鯰尾が悲鳴を上げた。
 「誘われなくてよかった。
 それこそ、博多と後藤が激怒するくらい、破壊されていた」
 ぐいぐいと鯰尾の髪を引きつつ言う骨喰の後ろで、不動がほっと吐息する。
 「い・・・いたずらだったのかよ・・・!」
 「めっちゃ怖かったんだからな!」
 「俺の部屋に出すなよぉ・・・厠に行けなくなるところだったんだぜ!」
 未だに涙目の獅子王と御手杵には、嬉しそうに笑った。
 「大成功だぜ!」
 「反省しろ」
 言うや、大倶利伽羅は鶴丸の首をキュッと締め上げて落とす。
 「にっかり」
 「なんだい?」
 手持ち無沙汰になってしまったにっかりが、ようやく声をかけてくれた大倶利伽羅を見やれば、彼は深刻そうに眉根を寄せた。
 「お前のうどん、今頃・・・」
 はっとして、にっかりはきびすを返す。
 「僕としたことが・・・嵌められてしまったねぇ・・・!」
 悔しげにつぶやきながら、彼は厨房へ急いだ。
 鶴丸が、数あるはずの映像の中からあえて霊を選んだのは、自分を厨房から引き離すためだろう。
 気づくのが遅れてしまったと、駆け込んだ厨房では既に、恐ろしい顔をした光忠が小竜の頭を鷲掴みにして鍋から引き離し、太鼓鐘が打ちたてのうどんを救出していた。
 「光忠・・・!
 太鼓鐘も、ずいぶん早く帰ってきたんだねぇ」
 ほっとして声をかければ、振り向いた彼らがにやりと笑う。
 「迷惑をかけてしまったね」
 「主と鶴には、後でみっちゃんの説教タイムだな!」
 太鼓鐘の得意げな声に、岩融と共に稲荷寿司を作っていた歌仙が振り返った。
 「何かあったのかい?」
 「あ・・・歌仙くん、気づいてなかったんだね」
 ちゃんと見ていて欲しかったと、もどかしげな光忠に、小竜は得意顔で鼻を鳴らす。
 「そりゃあそうだよ!
 バレたら絶対怒られるし、むしろ歌仙にバレないギリギリ感を楽しむ・・・痛い!グラン、痛い!」
 鷲掴みする手に力を込められ、小竜は悲鳴をあげた。
 「なんだかよくわからないけど・・・まぁ、この季節、多少の騒がしさは仕方ないね」
 なにしろ花の季節だと、この時期、異常に機嫌のいい歌仙は窓の外を見やる。
 「ひさかたの 光のどけき春の日に しづこころなく 花の散るらん、というものさ」
 厨房からも見える桜に目を和ませる歌仙へ、光忠と太鼓鐘は苦笑顔を見合わせた。




 了




 










エイプリルフール用に書いていたんですが、出来上がったのは4/2のAM0:40でした;
なんとか当日中に仕上げたかったんですけどね。
元寇防塁があるのは地元なので、風景はリアルに書いていますよ。
貞ちゃんが指した島は能古島で、私が小学生くらいの時、同じ年のいとこが、『遠浅の時にクラスメイトが歩いて渡ったんだよ』なんて言っていた島(笑)
今は、海流のせいでごっそり持っていかれた砂浜の回復工事をやっていて、遠浅でも渡れないくらいの深さがあるようですが。
少なくとも最近は、そこまで潮が引いているのは見ていない。
そして今回、嘘というよりいたずらじゃないか、って話ですが、出典元が大般若で、『修行明けの僧をからかうこと』くらいしか聞いていないので、勘違いしている感じで書いています。
結果的にちゃんと嘘をついたのは小竜ですね(笑)
来年はもっと洗練されるかもしれない。>まだネタはない。













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