〜 降れるしらゆき 〜







 夜の間に音もなく降り続いた雪は本丸を覆い、葉の落ちた木々に白く綿を被せていた。
 未だはらはらと落ちるそれは、薄く氷の張った池の上を斑に染めていく。
 「朝ぼらけ 有明の月と見るまでに・・・」
 「って、とっくに午の刻過ぎてますやん。
 寒いからはよ障子閉めてくれますか」
 火鉢の側に寝転がっていた明石国行が不満げな声を上げると、咏を邪魔された三日月は怒りもせずに雪見障子を閉めた。
 「明石や、あれは粟田口の者達が作ったのか?」
 腰を下ろした三日月が、濡れ縁の前に置かれた雪だるまをガラス越しに指すと、面倒そうに目だけを上げた明石は首を振って身を起こす。
 「蛍丸と愛染国俊ですわ。
 二人ではしゃぎながら雪玉丸めて、そりゃあ愛らしかったんえv
 乱れてしまった前髪をいじりながら、明石は嬉しそうに笑った。
 「大きゅぅ作り過ぎて、二人で持ち上げても上に乗せられへん言うから自分が乗せてやったんですけど、大太刀やのにちっさい蛍丸が跳ね回ってはしゃぐのがまたかわゆうてv
 石と枝で顔作ってやったら大喜びで枝を腕がわりに差したり、どっかから持ってきた笠被せたりv
 ほんま蛍丸は愛らしいわv
 国俊もかわええけど、蛍丸はさらにかわゆうてかわゆうてかわゆうてかわゆうてvvv
 あれで誰よりも強いんやから、たいしたもんやv
 三日月はんもそう思いますやろ?な?」
 思わないはずがないと、笑顔の圧力をかけられて、三日月が頷く。
 いつも面倒そうにして、ろくに口も利かない彼が、蛍丸のこととなると饒舌になるのも面白かった。
 「あれも、蛍丸のことは随分信頼しているようだ。
 重要な戦には、必ず蛍丸を入れるからな」
 この本丸の主を『あれ』と呼ぶ、不覊の太刀に明石は笑い出す。
 「ここの主はんが蛍丸を可愛がっとるんは、すーぐわかりましたわ。
 蛍丸をいーっつも褒めてくれて、きれいにしてくれてますやんv
 自分は働くの御免ですけど、蛍丸は戦に出るのを喜びますんで、ほんまここが気にいっとるそうですわv
 だから自分もここにいる、と言う明石に三日月は微笑んだ。
 「俺も気に入っていないわけではない。
 ・・・が、あれは小狐丸ばかりを構って俺を放置するのだ。
 俺は構ってもらうのが好きなのに、愛でる目がないのはなんとも寂しく退屈で、錆びてしまいそうだ」
 「はぁ?!
 あんたはんなに言うてますのや!」
 膨れっ面の三日月が心底意外だとばかり、明石が首を振る。
 「なーんもせんでいい時間、最高ですやん!
 このさっむい中、戦なんぞに行ったらそれこそ折れますわ!
 刀身より先に自分の心が折れますわ!
 自分はこのぬっくい部屋から一歩も出る気あらしまへん!」
 この火鉢は譲らないと、抱き抱える明石に三日月が吹き出した。
 「やれやれ、 戦の為に我らを付喪神としたはずが、お前のような者を招くとは。
  審神者を名乗りながら、あれもとんだ未熟者よな」
 くすくすと笑う三日月に、明石が小首を傾げる。
 「そうですか?
 天下五剣を付喪神にするなんや、たいしたもんや思いますけど?」
 「天下五剣なんぞを召喚する辺りが未熟だと言うのだ」
 穏やかな口調ながらきっぱりと、三日月は言った。
 「そも、審神者とは召喚した神が善神か邪神かを見極める神職だ。
 なのにあれは俺のような天下五剣や御神体の石切丸、神の使いが相槌を打った小狐丸など、邪神であるはずのない者ばかりを選んで付喪神としている。
 自身で善悪を見極めることの出来ぬ者を、未熟者と呼ばずになんと呼ぶか。
 ゆえに俺は、あれを主とは呼ばんのだ」
 天下五剣に相応しい誇り高さに、明石は思わず見惚れる。
 「・・・言われて見れば、蛍丸も主はんのことを『主』とは呼んでませんわな。
 神剣はんらはあんたはんと同じこと考えてはるんやろな」
 照れ隠しか、やや皮肉げに言った明石に三日月は微笑んだ。
 「そうでもない。
 小狐丸はあれをぬしさまと呼んで懐いておるゆえ、えらく可愛がられているからな。
 まぁ・・・小狐丸の場合、本心は読めんのだが・・・」
 そこをつつくと面倒なことになるからと、三日月は明言を避ける。
 「あんたはんも、構って欲しいなら主はんと呼んでやればよろしいのに。
 天下五剣のプライドが邪魔してますのんか?」
 また皮肉を言ってやると、三日月は真顔で考えこんだ。
 ややして、
 「・・・そうではないな。
 気位などではなく単純に、俺は下座に就くということがわからんのだ。
 なにしろ、経験がないからなぁ・・・」
 大真面目に言う彼に、明石は肩を竦める。
 「さいですか・・・」
 再び火鉢の側に寝転んで、明石はあくびをした。
 そのまま昼寝に突入しようとする彼を、三日月がつつく。
 「明石、明石や。
 ジジィの話し相手をせぬか、これ。
 俺は構ってもらうのが好きなのだと言っているだろうに。
 退屈で錆びるぞ?俺が錆びても良いのか?」
 しつこくつつかれて、明石はうるさげに目を開けた。
 「・・・なんですか、勝手に錆びればよろしいでっしゃろ。
 そしたらさすがの主はんも構ってくれますやろに」
 「長谷部ではあるまいに、そんな捨て身の愛情確認などするものか」
 お前が構え、今すぐ構えとうるさい三日月から、明石はずりずりと這って逃げる。
 しかし、それも火鉢の熱が届く範囲のことだった。
 手の届く位置にあった薄い板を引き寄せ、三日月へ渡す。
 「自分が昼寝しとる間、それで遊んでるとよろしいわ」
 「遊戯か?
 囲碁や双六なら得意だぞ?」
 わくわくと目を輝かせる三日月に明石は溜息をついた。
 「・・・そない頭を使う遊戯なんぞお断りですわ」
 サイコロを放るだけの、この時代の簡単な双六ならともかく、三日月が言っているのは昔ながらのルールで行う面倒な双六だ。
 いつ終わるかわからないゲームに付き合う気など、明石にはさらさらなかった。
 「自分は昼寝しますんで、誰か来るまで適当にやってなされや」
 「使い方がわからんぞ」
 ふんぶんと板を振る三日月の腕を、明石が慌てて止める。
 「壊れますやろ!乱暴にせんといて!」
 三日月の手から板を取り上げ、明石は彼と並んで座った。
 「こうやって電源入れて、ブラウザ立ち上げて・・・」
 「でん??ぶ・・・??」
 「名前なんぞどうでもええからやり方だけ覚えればよろしいわ。
 アカウント登録だけして放置してるんがありますから、好きなの適当に選んでやればよろしい」
 やり方はチュートリアルで教えてもらえと、謎の言葉を残して寝転んでしまった明石に頷き、三日月は彼がやっていたように板・・・タブレットの画面に触れる。
 「ふむ、刀狩りか。
 天下五剣の俺が刀狩りというのも面白い」
 とんとん、と、タブレットを叩いて案内役の狐の言う通りに進めていくと、何となくやり方もわかって来た。
 「なるほどなるほど・・・」
 そのまま無言で続けて・・・どれ程の時が経ったのか。
 突如庭から悲鳴が湧いて、三日月は顔を上げた。
 「なんだ?誰ぞ池に落ちたのか?」
 冗談のつもりだったが、いつしか厚みを増していた氷を内から砕いて顔を出した鶴丸に、さすがの三日月も驚く。
 「鶴丸よ・・・俺を驚かせるために、凍った池に潜ったか」
 「っそんなわけないだろう!
 どれだけ氷が厚くなったかと、爪先でつついていたら滑り落ちたんだ!!」
 息を荒くして濡れ縁に縋った鶴丸が、濡れた手で雪見障子を開けた。
 「火鉢を寄越せ!凍え死ぬ!!」
 寒さに顔を白くした鶴丸は、寝転ぶ明石を蹴飛ばして火鉢を奪う。
 「なにすんのや!
 ・・・って、そない濡れた身体で抱いてからに!火が消えますやろ!」
 まずは濡れた服を脱げと、火鉢を奪い返した明石に言われて、鶴丸は帯を解いた。
 「まだ俺を乗せるほど厚くはなかったか・・・驚きだぜ・・・!」
 「俺は鈍臭いお前に驚いたぞ・・・。
 鞘に水は入っていないのだろうな?刀身が錆びるぞ」
 水を絞った羽織で身体を拭く鶴丸に三日月が呆れ顔を向けると、彼はすらりと太刀を抜く。
 「・・・無事だ。
 不幸中の幸いだな」
 ほっとするや鶴丸はぶるりと震えた。
 「寒い!!
 何か着るもの持って来い!」
 「お断りですわ。自分で持って来ぃ」
 「俺の好みで持ってきていいのか?」
 雪より冷たい明石と、ファッションセンス皆無の三日月の間で、鶴丸は濡れた髪をかきあげる。
 「・・・お前らに言った俺が馬鹿だった」
 「この雪ん中、池に飛び込む時点でアホに違いないわ」
 「落ちたんだ!!」
 火鉢を抱えこんで放そうとしない明石を睨み、鶴丸は几帳の幕を引きはがす。
 「女物を着るのは気が進まないが、寒い回廊を裸で渡りたくはないからな」
 と、幕で髪を拭きながら御座所に置かれた主の長持を物色した。
 「勝手に持ち出せば、あれがまた怒るぞ?」
 小首を傾げる三日月に、鶴丸は鼻を鳴らす。
 「構わんさ。あいつが怒るのはいつものことだ。
 ・・・お、白い着物見つけたぞ!鶴の柄だ!
 なんだあいつめ、なんだかんだ言って鶴も好きなんじゃないか!」
 嬉しげに笑いながら、白い着物を長持から引きずり出した鶴丸は、女物のそれを着丈に羽織り、細帯をきゅっと締めた。
 「小袖でなくて助かった。
 これなら俺の身長でも短すぎないしな」
 長い袖を払って座り込んだ鶴丸は、明石から火鉢を奪い取る。
 「・・・ところで三日月、その前髪はどうした?」
 両手両足で火鉢を抱え込み、ようやく人心地ついた鶴丸が小首を傾げた。
 「前髪?
 ・・・あぁ、しばらく下を向いていたのでな、落ちてきて邪魔だったのだ」
 自身の前髪に触れた三日月は、目に掛からないように根元を結んでいた紐を解く。
 と、長い前髪が落ちてきて、彼はふるりと首を振った。
 「手紙でも書いていたのか?」
 「いや。
 明石から借りた『たぶれっと』で、この刀狩りげーむなるものをやっていたのだ」
 ほれ、と、三日月が差し出すタブレットの画面を鶴丸も覗き込む。
 「俺がやっているのに、俺が出て来ないのだ。
 石切丸は早々に来てくれたが、お前も小狐丸も来てくれなくてな」
 「なんの話だ」
 眉根を寄せる鶴丸に、三日月は肩を竦めた。
 「だから刀狩りだ。
 つい夢中になっていたら、この髪が邪魔になったので結っていた、という話だ」
 「なんだ、そういうことなら・・・」
 鶴丸が腰を上げた瞬間、三日月は背後にのけ反る。
 「なんで避けるんだ?」
 「いきなり太刀で薙がれれば俺だって避けるぞ」
 心底不思議そうに問う鶴丸に、三日月も不思議そうに応じた。
 「だって前髪、邪魔なんだろう?」
 親切心だと鶴丸が言うと、三日月は困惑げに眉根を寄せる。
 「邪魔だと思うたし、切っても良いとは思うが・・・鶴丸や、今のは避けねば、俺の頭蓋まで斬っていたぞ」
 「何か問題か?」
 きょとん、とする鶴丸に三日月は大きく頷いた。
 「もちろんだ。
 こんな現場を見れば、古傷をえぐられた陸奥守が乱心するぞ」
 「だったらあいつに見せなければ問題ない」
 再び切りかかってきた刃は、腰の太刀を抜いて受ける。
 「そんなに髪を切られるのが嫌か?」
 「太刀ではなく、ハサミを使おうとは思わんか?」
 互いに訝しげに問い合いながら、更に数合打ち合った。
 「ハサミと言われても・・・手近に太刀しかないのだから、諦めろよ三日月。
 明石だって・・・」
 と、見やった明石は、鶴丸が手放した火鉢を早速確保している。
 「自分も太刀しか持ってません。
 短刀が良ければ自分で呼びに行きなはれ」
 ましてやハサミなんぞ探すつもりもないと、言わんばかりの態度に三日月は口を尖らせた。
 「俺の頭蓋が割れてもいいのか、薄情者め」
 「黙ってやられるあんたはんでもあらしませんやろ。
 昼寝の邪魔や。他でやってくれますか?」
 既にうとうとと目をつぶろうとする明石に、三日月が何か言ってやろうと口を開いた時。
 ぞわりと殺気を覚えて、三日月だけでなく鶴丸も太刀を構えた。
 瞬間、強烈な斬撃を受けた二人がわずか、歩を下げる。
 「・・・っちっさいクセに凄い斬撃だな、演練の悪魔小僧が」
 「太刀二人に歩を退かせるとは見事だ、蛍丸」
 「へっへーv
 緑色の目を猫のように煌めかせて、蛍丸が楽しげに笑った。
 「手合わせで国俊が相手にならなかったから国行を誘いに来たんだけど・・・じいちゃん太刀二人が手合わせ中なんてラッキーv
 俺も混ぜてよv
 「いや、俺達は手合わせ中では・・・」
 「いいぞ、蛍丸!
 三日月の前髪を切った方が勝ちだ!」
 三日月の言葉を遮って、鶴丸がにんまりと笑う。
 「前髪?だけ?
 俺、頭ごと斬っちゃうかも」
 「なぁに、構わんさ!」
 「いや、構ってくれそこは!」
 二人から刃を向けられた三日月が、さすがに慌てた。
 なにしろ鶴丸は、物騒な事を言う時ほど冗談ではない。
 蛍丸もすっかり真に受けて、間合いを詰めて来た。
 「構って構ってって、三日月はおじいちゃんなのに子供みたいだよね。
 これが退行ってやつ?」
 「・・・口の悪い童っぱだの」
 深々と溜息をついた三日月は、すっと腰を落とす。
 「俺を追い込んだお前達が悪いのだ。
 恨むなよ」
 踏み込んだ瞬間の斬撃に、蛍丸の軽い身体が吹き飛び、鶴丸の袖が切り裂かれた。
 「明石!」
 呼びかけると、明石が飛び起きて蛍丸を受け止める。
 「そのまま捕まえておけ。
 もう、蛍の舞う季節ではないからな」
 意味深に笑い、三日月はきびすを返した。
 「待て・・・放してよ、国行!せっかく三日月が本気になってるんだ!
 あいつ、手合わせでも演練でも手を抜くから、今日こそ本気のあいつと・・・!」
 「やめときやめとき」
 じたじたと暴れる蛍丸を抱きすくめ、明石は首を振る。
 「蛍丸が強いんは皆知っとるよ。
 けど、三日月はんが更に強いんは、今ので十分わかったんちゃうかな?」
 猫のようにふわふわした髪を撫でてやると、蛍丸は頬を膨らませて黙り込んだ。
 その様がまた可愛くて、つい、微笑んでしまう。
 「な?三日月はんも言うてたやろ。
 今は蛍の舞う季節やないって」
 「それって、俺が折れちゃうくらいたたきのめす、ってこと?!」
 頷いた明石は、雪見障子の向こうではらはらと舞い落ちる雪を見やり、苦笑した。
 「手加減できひん、って事やろな。
 まったく・・・三条の御方は脅し文句も優美や」
 ぱんぱんに膨らんでしまった蛍丸の頬を、明石は笑ってつつく。
 「国俊も呼んで、三人で手合わせでもしようか。
 三日月はんほどには無理やけど、今日はちーっとくらい、本気出してもええよ?」
 「国行が本気になってもなぁ・・・」
 不満げに言って、蛍丸は口を尖らせた。


 一方で、鶴丸は御座所を逃げ出した三日月を追っていた。
 「うはははは!!待て待てーぃ!!」
 大笑しながら回廊を駆ける鶴丸を、皆が何事かと見やる。
 「まったくしつこいな・・・」
 先を走る三日月は、天井の高い板間へと駆け込んだ。
 ここにはいつも、槍達が待機している。
 「鶴丸に追われている。
 悪いがちょっと匿ってもらえんか」
 優男の見かけに反し、大きな三日月の身体を隠せる者と言えば、槍か大太刀しかいなかった。
 「それは構いませんが・・・」
 「いつもおっとりしたあんたが走るなんて、珍しいな」
 蜻蛉切と御手杵が、不思議そうに首を傾げる。
 「なにかございましたか」
 気づかわしげに屈み込んできた蜻蛉切に、三日月は苦笑した。
 「なに、くだらんことだ」
 そう言って簡単に事情を話すと、二人は三日月の頭の上で顔を見合せる。
 「俺は突く事しかできないからなぁ・・・。
 確実に、あんたの頭に穴が開くぞ」
 「慎重に薙げばなんとか・・・しかし、高確率で頭まで斬れますな」
 「・・・待て待て。
 なんでお前達まで俺を斬ろうとしているのだ」
 これだから刃物はと、三日月は溜息をついた。
 「斬られたくないから匿えと言っているのだろうが」
 「うーん・・・でも、めったにない機会だからなぁ」
 「天下三名槍の一つとしては、天下最高の剣と本気のお手合わせを願いたいものです!」
 いざ!と槍を構えた蜻蛉切の隣で、御手杵までもが槍を構えた。
 「まったく面倒な・・・!
 そもそもお前達、なぜここにいるのだ。
 いつも遠出に行って、戻るのは夕刻だろうに」
 匿ってもらいに来ていながら勝手な言い様だが、槍達は気にせず頷く。
 「今日は主が休日なのです」
 「遠征はチビ達を近場にやって、経験値と資材を稼ぐ日なんだよ。
 だから俺らも休暇。
 おかげで日本号は、朝から次郎姉ちゃんと飲んだくれてる」
 「・・・どうりで小狐丸がおらんはずだ。
 あれの側を離れず、可愛がってもらっているのだろうよ」
 俺を放って、と、むくれながら三日月は突き出された槍の切っ先を最小限の動きでかわす。
 「んにゃろっ!」
 突きに特化していると言うだけあって、次々に繰り出される攻撃は鋭かったが、三日月はその広袖に毛ほどの傷もつけさせず、御手杵の懐に入り込んで彼の顎下に柄を押し当てた。
 「これでいいか?」
 「お見事!」
 にこりと笑う三日月に蜻蛉切が大きな声を上げ、槍を振りかざす。
 「だがこちらは斬ることも・・・!」
 「知っているとも」
 「ぬわっ!!」
 御手杵の背後に回り込んだ三日月が、いきなり彼の背を突き飛ばした。
 危うくトンボのように両断されかかった御手杵が、辛うじて自身の槍で受ける。
 「三日月殿!いざ尋常に・・・!」
 「ここか三日月ー!!見つけたぞ!!」
 大笑しながら飛び込んで来た鶴丸が、そのままの勢いで蜻蛉切の背に蹴りを食らわせた。
 「どけどけー!
 さぁ三日月!じっとしていろ!!」
 「・・・それ見ろ。
 無駄に大声を上げたお前の自業自得だぞ、蜻蛉切」
 三日月に窘められた蜻蛉切が、踏み付けられたまま呻き声を上げるが、頓着する鶴丸ではない。
 「大丈夫だ、きっとうまくいく!
 髭切よりもうまく斬って見せるぞ!」
 「斬首前提か!!」
 鶴丸ならやりかねないと、三日月は再びきびすを返した。
 「逃げるな!」
 「逃げるわ!」
 戦って勝てないことはないが、こんな事で怪我をするのも馬鹿らしい。
 「誰ぞうまく事を収められそうな者は・・・」
 こんな時に役立つのは小狐丸だが、今はこちらに構ってくれそうになかった。
 「邪魔をすれば、今以上に面倒だろうし・・・」
 人当たりのいい笑顔の裏で、三日月を溶かす算段を始めるかもしれない。
 そんなことになってはたまらないと、三日月は小狐丸の援軍を諦めた。
 「他に頼れそうな者は・・・」
 三条の者達を思い浮かべるが、石切丸はおっとりしすぎて鶴丸に翻弄されるだろうし、今剣や岩融は先程の蛍丸や槍達のように、いい機会だと切りかかって来そうだ。
 「頼りにならん者達だな!」
 眉をひそめた三日月は、背後に迫る鶴丸の声に目をむいた。
 「者ども出合え出合えー!
 今なら三日月が本気で相手をするぞ!
 囲め囲めー!!」
 「あいつ・・・!」
 なんて事を言うのだと、さすがに焦る三日月の横合いから、障子を破って刃が突き出される。
 「っ!!」
 とっさに太刀で受けなければ腰を貫かれるところだった。
 「この剣筋は・・・和泉守か?」
 よりによって厄介なのが来たと、三日月は溜息をつく。
 「そうだ、俺だ!
 手合わせじゃあ、いつも手ェ抜きやがって!
 今日こそ本気で相手してもらおうか、ジジィ!」
 障子を蹴破って現れた和泉守に、ついさっき聞いたような事をまた言われて、三日月は肩を落とした。
 「手加減せねば折ってしまうだろうが」
 「なんっ・・・?!馬鹿にしやがって!!」
 激昂した和泉守が鬼の形相で切りかかり、
 「追いついたぞ!」
 と、鶴丸までが同時に襲い掛かって来る。
 「だから二人同時は・・・手加減できんと言っているだろうが!」
 滅多に出さない大声を上げた三日月は、和泉守の突き出した刃を一旦受けて絡め取り、そのまま懐に入って彼の身体を鶴丸へと突き飛ばした。
 「邪魔だ、どけ!」
 鶴丸の視界が和泉守の身体に塞がれた一瞬を逃さず、三日月はその柄で鶴丸の、太刀を握る手を叩きつける。
 「いって!!」
 強烈な打撃にたまらず太刀を落とした鶴丸が、痺れた手を涙目で振った。
 「まったく・・・」
 溜息をついた三日月が、長い袖を払って宙に手を伸ばすと、その掌中に長い黒髪のひと房が落ちる。
 「どうだ、手加減しなかったぞ?」
 「ああー!!俺の髪!!!!」
 組紐で束ねていた細いひと房を差し出された和泉守が悲鳴を上げた。
 「鶴丸もいい加減に・・・」
 「そんなわけないだろ?!」
 鶴丸が薙いだ刃先が、三日月の前髪を数本散らす。
 「だから避けんなって!」
 「太刀を落としたのは芝居か」
 「そうだ!
 どうだ、さすがに驚いただろう?」
 得意げに笑って、鶴丸は改めて太刀を構えた。
 「さぁ、本番だ」
 「・・・止むを得ぬ、か」
 三日月の目が、剣呑に煌めく。
 「あれの着物を紅に染めるは気が進まんが、完膚なきまでに叩きのめさねば、お前は諦めないのだろう?」
 低い声の囁きに、鶴丸の背筋が震えた。
 「・・・あぁ、そう来なくっちゃな」
 柄を握る手に、自然と力がこもる。
 「邪魔するなよ、和泉守。
 余計な真似をしたら、お前を先に斬る」
 いつも飄々として陽気な鶴丸の残忍な笑みに、和泉守は息を呑んで頷いた。
 「よし!行くぜ、三日月!」
 強烈な斬撃は半身を返して受け流す。
 そのまま懐に入ろうとすれば、素早く身を離された。
 「何度も同じ手が通じるかよ!」
 「それもそうだな」
 では、と、今度は三日月が打ち込む。
 重い斬撃に、さすがの鶴丸も押された。
 「どうした?
 大太刀よりは軽かろう」
 にこりと笑う三日月に、鶴丸は歯を食いしばりながらなんとか笑みを浮かべる。
 「・・・っあぁ!
 全然軽いな!」
 続けて打ち込まれ、また太刀を落としそうになるが辛うじて堪えた。
 「ふむ、落とさんか」
 やや感心した口調の三日月を押し返し、太刀を振りかぶる。
 「もらった!!」
 「なにやってるの、君達!」
 突如かけられた声に、鶴丸がぎくりと凍りついた。
 「オカン・・・!」
 「失礼だね、和泉くん。
 僕の事は光忠と呼ぶようにと言ってるだろう?」
 隻眼で睨まれた和泉守が慌てて目をそらし、そろそろと逃げ出そうとした鶴丸は羽交い締めにされて慌てる。
 「お・・・お放しくだされ伊達どのー!武士の情けでござる!」
 「殿中でござる!・・・って、何を言わせるんだい、鶴ちゃん。
 君だって伊達組でしょ」
 苦笑して、光忠は暴れる鶴丸越しに三日月を見やった。
 「鶴ちゃんが太刀を振り回して三日月くんを追っかけてるって聞いて、飛んできたんだよ。
 ウチの子がご迷惑かけちゃったのかな?」
 母親のような言い様に吹き出した三日月が、何度も頷く。
 「とてもご迷惑だったぞ」
 笑いながら事情を話すと、光忠は苦笑して鶴丸の髪を掻き回した。
 「この真冬に池に飛び込んじゃうなんて、さすが鶴ちゃん。
 だけど、床屋さんが必要なら僕を呼んでくれればよかったのに」
 その言葉に、三日月はぎくりとして歩を下げる。
 「み・・・光忠!お前もか!」
 また同じ事の繰り返しかと、青ざめる三日月の予想に反して、光忠はジャケットの胸ポケットから櫛とハサミを取り出した。
 「髪を整えたいなら、僕がやってあげるよ。
 戦に出ると髪が乱れるから、いつも持ち歩いているんだ」
 「光忠・・・!」
 ようやく話のわかる者がと、感涙する三日月の傍らで和泉守が肩をすくめる。
 「・・・オカンの床屋さん」
 「君も切られちゃったみたいだから、後で整えてあげるよ」
 にこりと笑った光忠の傍らで、鶴丸が挙手した。
 「俺がやってやってもいいぞ!」
 「オカンに頼む!心から!!」
 「光忠だって言ってるでしょ。丸坊主にするよ?」
 しゃきしゃきとハサミを鳴らす光忠に和泉守は慌てて謝る。
 「じゃ、早速やろうか!」
 ポケットから取り出した大きなハンカチを三日月の胸にかけて、光忠は嬉しそうに笑った。
 「天下五剣の中でも最も美しい三日月宗近を手入れできるなんて、光栄だよ!
 カッコよくして見せるからね!」
 「光忠、俺も!俺もやりたい!ハサミ貸せ!」
 わくわくと目を輝かせて手を差し出す鶴丸から、三日月が慌てて離れる。
 「光忠!
 鶴丸を俺に近づけるな!」
 「わかってますって。
 鶴ちゃん!」
 笑顔でありながら、叱る時の口調で名を呼ばれた鶴丸が、反射的に首を竦めた。
 「今、君が着ているその着物。
 主くんが本陣の式典なんかで着る、一番高い着物だって知ってたかい?」
 「え・・・!」
 まずい、と、鶴丸が青ざめる。
 「なのにそんなに汚して、袖を切っちゃって」
 「き・・・切ったのは三日月だぞ!」
 「お前が切りかかってこなんだら俺もそんなことはしなかった!」
 すかさず言い返され、鶴丸は声を失った。
 「・・・まあ、その着物については以前から、主くんに洗い張りと袖切りの相談をされていたんでね」
 三日月の髪に櫛を入れながら、光忠はにこりと笑う。
 「鶴ちゃんがこれ以上、三日月くんにちょっかいかけないなら、僕が洗い張りと袖切りしておいた事にしてあげるけど?」
 「お・・・お願い・・・します・・・!」
 心底ほっとした顔で肩を落とした鶴丸の姿に、和泉守が感心した。
 「さすがオカン。最強だな」
 「光忠だってば」
 何度言ってもわからない和泉守には後で仕置きだと心中に呟き、光忠は三日月の髪にハサミを入れる。
 「うっわーv 髪の毛さらっさら!
 さすがは日本で一番美しいと言われることだけのことはあるよ!
 これはやりがいがあるなぁvv
 感動する光忠に、誉められたり世話をされることが大好きな三日月は、たちまち上機嫌になった。
 「よいぞよいぞv
 もっと構ってくれv
 にこにこと嬉しそうな三日月に反して、鶴丸は不満げに頬を膨らませる。
 ややして、
 「はい、完成v
 鏡を差し出された三日月は、小首を傾げた。
 「あまり変わっていないようだが?」
 「伸びすぎてたところを切って、梳いただけだからね」
 指に薄くつけた整髪料で髪を整えてやりながら、光忠がにこりと笑う。
 「だけどこれで、下を向いても髪が邪魔にならなくなったでしょ?」
 言われて下を向くが、今までのように髪が目の前を覆うことはなくなっていた。
 「うむ、確かに」
 満足げに頷き、三日月は光忠に礼を言う。
 「また鶴に襲われた時は、お前に頼るとしよう。
 ・・・三条は今回、全く役に立たなかったからな」
 何も頼んではいないが、その程度の予想はついた。
 「僕も、三日月くんのお手入れなら喜んでv
 今度、ぜひコーディネイトもさせてくれないかな!
 きっとカッコよくして見せるよ!」
 まずは作業着を、と、いやに熱心に迫る光忠に三日月は頷く。
 「よろしく頼む」
 ようやくいつもの穏やかさを取り戻し、御座所へ戻ろうとする彼の袖を背後から鶴丸と和泉守が引いた。
 「なんだ?」
 まだ何か、と訝しげな彼に、二人はにんまりと笑う。
 「これに懲りたら、せめて手合わせと演練くらいは本気を出せ!」
 「さもなきゃ、今度は新撰組全員で襲うぜ?」
 「お前達・・・・・・」
 うんざりとため息をつき、三日月は渋々頷いた。
 「俺が本気を出さなかったのは、お前達のためだったのだが」
 「なめてんのか、ジジー!!!!」
 「お前の!そういうところがイラッとするのだ、三日月!今からでもやるか?!」
 「鶴ちゃん!つーるちゃん!」
 光忠に襟を引かれて、鶴丸が首をすくめる。
 「着替え持って来てあげるから、その着物脱いで、なんなら湯殿に行っておいで。
 凍った池に飛び込んで、そのまま走り回ってたんでしょ?風邪引くよ」
 「・・・わかった」
 「やっぱりオカンだ」
 呟いた和泉守の髪を、光忠が笑顔で掴んだ。
 「はい、丸坊主v
 「やめろおおおおおおおおおおおお!!!!」
 和泉守の絶叫に、三日月は肩をすくめる。
 「口は災いの元だと、早々に覚えるがいいぞ」
 くすりと笑うや、袖を払った三日月は、のんびりとした足取りで御座所へと戻っていった。


 ―――― 雪に覆われた庭は、夜闇の中でも白く景色を浮かびあがらせていた。
 火鉢の炭はとうに灰になっていたが、部屋の空気はまだほんのりと温かい。
 と、
 「明かりもつけずにどうされました、三日月殿?」
 寝転んだ肩に綿入れをかけられ、三日月ははっと顔を上げた。
 「おや・・・いつの間に暮れていたかな」
 「とうに暮れておりましたよ・・・」
 小狐丸の呆れ顔に見下ろされ、三日月は半身を起こす。
 「全く気づかなかった」
 うんっと伸びをすると、同じ姿勢でい続けたせいか、身体がきしんだ。
 「なにをしておいでで?」
 夢中になるなんて珍しいと、微笑む小狐丸へ、三日月は光る画面を見せる。
 「刀狩げーむだ。
 ・・・いや?」
 小首を傾げた三日月は、くすくすと笑い出した。
 「自分探し、かな?」
 「はぁ・・・」
 何のことだろうと不思議そうに、小狐丸も首を傾げた。




 了




 










・・・時期的に、別ジャンル書いている場合じゃないのに、どうにも頭の中を支配してくれるジジィ達を追い出すべく書いた刀剣SSその3です(^^;)
ジジィ本人が審神者、ってのをやってみたかっただけなの(笑)
タブレットでも、Win.タブならプレイできるし、Androidでも改造すれば可能ですよ。>私は出来なかったが・・・。
ところでうちの鶴がアホの子ですみません;
兼さん、前回に続いて不憫ですみません;
そして私はネイティブ博多っ子なので、博多弁はかなりいけるんですが、明石弁は全くわからず珍妙な方言になってしまって実にすみません(^^;)
ちなみに、鶴に無断借用され、三日月に斬られた着物は私の振袖。鶴柄です。
実際、めっさお高いです・・・!>オカンタスケテー(吐血)













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