〜 色はありけり 〜






 熱の篭る室内は、意外なほど狭かった。
 ・・・いや、そう見えるのか。
 目の前に立つ男は、それなりに身の丈があるはずの自分よりも、更に大きい。
 細面の優男に見えるが、身に纏う雰囲気は厳かで、神々しくすらある。
 「・・・薙刀、静形だ」
 初めて発した声は、自身でも意外な程にすんなりと、喉を伝って外へ出た。
 「主は・・・どこだ?
 貴殿らではないだろう?」
 下方へと視線を降ろすと小さな・・・ほんの小さな子供が二人、脇侍のように控えている。
 二人とも白い紙で半面を覆い、両手には鮮やかな色の手袋を着け、更には黒い割烹着を着ていた。
 「なんだ、そのいでたちは?
 今代のはやりか?」
 「いえ・・・」
 苦笑した男が、子供達を見下ろす。
 「あなたが自傷するのではないかと、掃除の準備をしていたのですが・・・必要なかったようですね」
 「自傷?なぜ?」
 眉根を寄せると、彼は改めて静形を見遣った。
 「先に来た巴形より、あなたが実戦型だと聞いていましたので。
 村正のように、試し切りに首でも掻き切るのではないかと警戒していました。
 自制心をお持ちのようで安心しましたよ」
 「巴・・・か。あのやろう」
 舌打ちした静形は、部屋の外へ目を向ける。
 「あいつのことだ。
 主にべったりと張り付いて、俺の出迎えを阻んでいるのだろう?」
 「まぁ・・・端的に言えば、その通りですね」
 また苦笑した彼は、自身の胸に手を当てた。
 「私は太郎太刀。
 重要な鍛刀の際に近侍を拝命する大太刀です。
 こちらは粟田口の短刀で、秋田藤四郎と五虎退」
 紹介にあずかった二人が、一歩を踏み出す。
 「秋田藤四郎です!よろしくおねがいします!」
 「ご・・・五虎退・・・です・・・」
 掃除の必要がないと分かるや、半面を覆っていたマスクを外した二人は、ぺこりと一礼した。
 小さな子供が更にちんまりと縮む様に、静形は思わず微笑む。
 「よろしく頼む。
 太郎殿、早速だが主にご挨拶を」
 「えぇ、そうしましょう」
 踵を返した太郎太刀の首筋に、白く湿布が貼ってある様を見て、静形は表情を改めた。
 「敵は強大らしいな。
 貴殿ほどの首を狙うとは」
 「え?
 あ・・・いえ、これは・・・」
 視線を受けた首筋に手をやり、太郎太刀はまた苦笑する。
 「最近、短刀と関わることが多く、下ばかり向いていたものですから・・・」
 「ストレートネック、っていうらしいです!
 主君が、まさか現代病を発症する大太刀がいるなんて、って驚いてました!」
 秋田が元気な声をあげる隣で、五虎退が恥ずかしげに俯いた。
 「た・・・太郎さん・・・僕達をたくさんかばってくれたので・・・。
 く・・・首を痛くさせたのは、僕達のせいなんです・・・」
 「いえ、私が不注意だったのですよ。
 下を見慣れていなかったものだから、加減がわからなかっただけです」
 大きな手で頭を撫でてやった五虎退は、ますます顔を赤くする。
 「さぁ、参りましょう」
 促されて部屋を出た瞬間、大きな虎と鉢合わせた静形が歩を下げた。
 「おのれ・・・!」
 「まっ・・・待ってください!
 とっ・・・虎君は、僕の友達です!!」
 薙刀を振りかぶった静形の前で、五虎退が両手を広げる。
 すると虎も心得て、彼の背後にうずくまった。
 「そ・・・そうか・・・」
 振り払った鞘を気まずげに着け直し、静形は虎へ手を差し伸べた。
 「すまなかった」
 じゃれつくように頭をこすりつける虎に、秋田が詰めていた息を漏らす。
 「静さん、聞いていたほど凶暴じゃないですよね。
 僕達の兄さん達も、元は薙刀だったから、昔はどんなだったんだろうって見に来たんですけど・・・・・・」
 と、秋田はじっくりと、静形のいでたちを見つめた。
 「・・・・・・兄さん達も、そんな恰好していたのかな」
 「鯰尾と骨喰が」
 呟いた太郎太刀が、袖で口元を覆う。
 「それは・・・っ記憶がなくてなりより・・・・・・っ!」
 常に沈着冷静な彼らしくもなく、肩を震わせる太郎太刀に秋田と五虎退が苦笑した。
 「そんなに奇抜な恰好か?」
 不思議そうな静形に秋田が頷く。
 「普通、袴は着物の上に穿くものですよ」
 こんな風に、と、太郎太刀の袴を指す彼に、五虎退も頷いた。
 「さ・・・寒そうです・・・」
 「寒くはないのだが」
 奇抜だったか、と呟き、静形は頷く。
 「では、普段はもう少し、着込むとしようか」
 「戦装束がそれで、防御は大丈夫なのか、という話でもあるのですけど・・・」
 ようやく笑いを収めた太郎太刀が顔を上げた。
 「敵を寄せ付けないと言う、心意気やよし、と言うべきでしょうか」
 こくりと頷き、太郎太刀は歩を進める。
 「あなたたち、もうお掃除は不要ですから」
 短刀達へ声をかけると、顔を見合わせた二人が頷いた。
 「じゃあ!僕、兄弟の所に戻ります!」
 「ぼ・・・僕は・・・一緒に・・・御座所に・・・だ・・・だめですか・・・?」
 俯いてしまった五虎退にも、静形は手を差し伸べる。
 「案内してもらえるか」
 「は・・・はいっ!!」
 頭を撫でられた五虎退が、頬を赤くして先に立ち、太郎太刀と静形が続く様を見送った秋田は、兄弟のいる部屋へ戻った。
 「鯰尾兄さん!骨喰兄さん!」
 縁側に並んでゲームをしていた二人に声をかけると、振り向いた鯰尾がにこりと笑う。
 「なんだよ、飽きて帰って来ちゃったの?
 鍛刀は時間がかかるから、もうちょっと我慢・・・」
 「いえ!
 静さんはさっき来ちゃいました!」
 「え?!もう?!」
 「さすが太郎・・・早いな」
 驚く鯰尾に、同じく振り返った骨喰が頷いた。
 「掃除も終わったのか?」
 掃除用の割烹着とゴム手袋を着けたままの秋田に問えば、彼はふるりと首を振ってそれらを外す。
 「お掃除は必要ありませんでした。
 巴さんが言うほど、乱暴な人じゃありませんでしたよ!」
 「へー・・・」
 やや興味を惹かれた様子の鯰尾に、秋田が歩み寄った。
 「なに?」
 まじまじと見つめられ、居心地悪げな鯰尾に、秋田は眉根を寄せる。
 「兄さん達・・・薙刀だった頃は、静形だったんですよね。
 じゃあ、あんな恰好だったのかなぁって」
 「あんな恰好、ってどんな?」
 「背が大きかったのは間違いないと思うが」
 首を傾げる鯰尾とそっくりに、骨喰も首を傾げた。
 と、秋田はどこか遠くを見つめるような目で、二人を見比べる。
 「背も大きかったですけど・・・ほとんど素肌に袴を穿いていて、あれで御座所に行くのはどうなんだろうって思いました。
 村正さんより、露出が・・・」
 「ナンデスッテー!!!!」
 ぱぁん!と、音高く襖が開き、地獄耳の打刀が現れる。
 「ワタシを超えるモノが現れたデスッテ?!」
 「なんで聞こえたんですかっ?!」
 悲鳴を上げて兄達に縋る秋田へ、村正は更に迫った。
 「ワタシの耳は特殊なんデスッ!
 それよりも秋田クン、詳しく!!」
 「え・・・えっとー・・・」
 目を泳がせる秋田の腕を、受け止めた鯰尾が励ますように叩く。
 「言っちゃえよ。
 そうすれば村正さんも、静さんの所に行ってくれるよ」
 「俺も聞きたいし・・・」
 骨喰にも言われて、頷いた秋田は詳しく、静形の奇抜な装束のことを身振り手振りも加えて詳しく話した。
 「ソレはっ!!負けていられまセン!!」
 こぶしを握って絶叫するや、駆け出て行った村正を秋田は、放心して見送る。
 「・・・それで、兄さん達。
 昔はあんな恰好をしていたんですか?」
 死んだ魚のような目をした秋田の問いかけに二人は、頭痛をこらえるような顔で首を振った。
 「・・・昔のことは、記憶にゴザイマセン」
 「同じく・・・」


 一方の御座所で、早速対峙した薙刀二振りは、主の前で鞘を振り払った瞬間に襟首を掴まれ、揃って部屋の外へと引きずり出された。
 「・・・太郎に掴まれるならわかるが、貴殿はなんだ」
 自分より小さいのにと、目を丸くする静形を廊下へ放り出した彼は、どこか意地の悪い笑みを浮かべて、床に這う薙刀を見下ろす。
 「僕は歌仙兼定。
 この本丸一番の古株さ。
 どうぞよろしく」
 鼻を鳴らした彼に唖然とする静形へ、共に部屋を出た太郎太刀が手を差し伸べた。
 「静形・・・。
 紹介が遅れましたが、こちらは我が本丸の第一刀。
 時には主の代理も務める刀です。
 なにか困ったことがあれば、彼にご相談を」
 「あ・・・あぁ・・・・・・」
 太郎太刀の手を取って立ち上がった静形は、訝しげな顔で歌仙を見下ろす。
 「とても・・・俺をつまみだせるような膂力の持ち主には見えないが・・・」
 「自分よりも大きな者と戦う使命を帯びた刀だよ、僕は?
 腕力だけに頼っていては、とてもこの戦を生き延びられはしないよ」
 敵の薙刀を幾本折ってやったか、記憶にもないと言い切る彼に、巴形が苦笑した。
 「主の御前で鞘を払ってしまい、失礼した。
 まったく、静が無骨なばかりに」
 「お前が主に、余計な入れ知恵をしていたからだろうが!!」
 悪評を流されたと、怒り心頭の静形を太郎太刀が制する。
 「自制のできる方だと、私からも主へ申しあげておきましょう」
 「鞘を払っておいて、自制もなにもないものだけどね」
 これだから刃物は、と、ほかならぬ歌仙の言葉に、太郎太刀が苦笑した。
 「まぁ・・・主も、お怒りではないご様子」
 「そりゃあ、既に数多の刀剣を所有する御仁だからね」
 慣れたんだ、と言う歌仙に、静形はまた、訝しげな顔をする。
 「だからだろうか。
 主へ、あまり俺に近づかぬよう言ったら、信じているぞ、と言われてしまった。
 俺に近づくなとは、そういう意味で言ったのではないのだがなぁ・・・」
 話を聞かぬ御仁か、と訝しむ彼に、歌仙が笑う。
 「主はもちろん、君の言いたいことをわかった上で、『信じている』なんて言うのさ。
 あの御仁は、刀剣に対して多くを望む方でね。
 自身の危険を自覚しているなら、それを制するすべを身につけろと、そう言っているのさ」
 それに、と、歌仙は苦笑した。
 「実に性格の悪い御仁だ。
 頭ごなしに命令するよりも、信じていると言う方が皆、素直に言うことを聞くと、知っていて言うのさ」
 「歌仙・・・。
 それを性格が悪いと言うのは気の毒だ。
 俺はそう言われて、主の信頼に応えたいと思ったぞ」
 たしなめるような巴形の口調に、歌仙は笑い出す。
 「ほうらね。
 すっかり騙された御仁がここにいる」
 「ほう・・・さすがは第一刀。主の意を汲むことは得意と言うわけか」
 思わず感心した静形には、肩をすくめた。
 「あまり認めたくはないけれど、僕らは似た者同士でねぇ。
 意を汲むと言うよりは、僕ならこうするな、ということを主が実行するんだよねぇ」
 「えぇ。
 ですから、困ったことがあればまず、歌仙へ相談するようにと、鍛刀で呼んだ方々へ言っているのですよ」
 頷いた太郎太刀が、微笑んで歌仙を見下ろす。
 「まず、主のお考えと同じ答えが出ますのでね」
 が、言われた歌仙は苦笑して首を振った。
 「それは、まるで僕に権力が集中しているような誤解を招きかねないな。
 僕としては、何か困ったことがあれば、茶室にお茶でも飲みにおいで、くらいの気持ちなのだけど」
 「そうやって、権力の集中を嫌うところも、主に似ておられる」
 くすくすと笑う太郎太刀に、歌仙はまた肩をすくめた。
 「面倒なことが嫌いなのさ、二人ともね」
 ところで、と、歌仙は御座所の襖と正対する、壁一面に広がった電子掲示板を指す。
 「実は、静が来たらすぐに、猫探しへ出向いて欲しいとおおせでね。
 早速江戸城へ行ってもらわないといけないんだ」
 「猫?
 迷子にでもなったのか?
 しかし・・・」
 困惑げに、静形は首を傾げた。
 「俺に・・・小さい物を探すことができるだろうか」
 縁の下に入れそうにない、と、困り果てた顔の彼に、歌仙は首を振る。
 「猫は猫でも、猫に憑かれた打刀さ。
 君でも十分、目視できる大きさだと思うよ」
 南泉一文字、と書かれた文字をなぞる歌仙の前で、静形はようやく愁眉を開いた。
 「ならば任せてもらおう!」
 大きく頷く彼の肩に、巴形が手を置く。
 「静だけでは不安だ。
 俺も付き合おう」
 「いらぬ!余計な世話だ!!」
 「これも主のため。
 お前のためではない」
 睨みあう薙刀達の間で、歌仙と太郎太刀は苦笑を見合わせた。
 「修行帰りの短刀達がいるから、護衛を頼むよ。
 狭い場所では短刀の方が有利だからね、薙刀は静一人でいい」
 待機、と命じられた巴形が、しょんぼりと歌仙を見下ろす。
 逆に、得意げに口の端を曲げた静形が進み出た。
 「初任務の猫さがし、任せてもらおう」


 ―――― 江戸城は、日の本一の難攻不落。
 その事実を知っている者は意外に少ないと、城好きの主に聞かされた。
 と言うのも、徳川将軍家の居城は一度も、敵を迎え討ったことがないためだと言う。
 徳川の終わりが来た時でさえ、血にまみれることなく明け渡された城は、その実力を知られぬまま、帝の居城へと変わった。
 しかし今、かの城へ入り込んだ敵を排除するために、よりによって徳川の守り刀であった者達までが、その守り堅固の実力を身をもって知るはめになっている。
 「無理だわ、かってーわ、って言いながら、ボロボロになって帰って来たんだよ、ソハヤ」
 と、苦笑する後藤藤四郎に、静形は頷いた。
 「ソハヤノツルキは・・・徳川の守り刀だったのだな。
 お前もか?」
 「俺は、千代姫様の嫁入り道具で尾張に行っちまったけどな!」
 へへっと、後藤は得意げに笑う。
 「守り刀とは違うけど、徳川家が所有してた刀は多いぜ。
 三日月さんや宋三、いち兄もそうだな。
 でも、太刀はここじゃあ、力を発揮できな・・・」
 「あ!苦無さんだ!」
 後藤の言葉を、秋田が悪気なく遮った。
 彼が指す先には、異形の凶器が漂っている。
 「ほんとだ、苦無先輩だ!」
 「苦無センパーイ!」
 無邪気な顔をして、わらわらと駆け寄る短刀達へ、二体の敵がわずか、怖気づく気配がした。
 しかしすぐに、凶悪な殺気を放って臨戦態勢となる。
 途端、短刀達の顔からも無邪気さが消えた。
 「当本丸の太刀がお世話になったそうで」
 対峙した平野の声が冷たい。
 「銃兵、一斉斉射v
 楽しげに、しかし、笑ってはいない目を向けて、信濃が命じた。
 「散らばれ、金屑ども」
 銃弾に引き裂かれた敵の残骸へ、前田が吐き捨てる。
 「・・・・・・俺は、必要だったのだろうか」
 鞘を払う間もなく終了した戦闘のありさまに、静形は唖然とした。
 「ま、今回は、顕現したばかりの身体を馴染ませることが目的だから。
 のんびりしててくれよ」
 ぽすぽすと、励ますように腕を叩いてくる後藤へ、静形はため息を落とす。
 「護衛とは・・・俺ではなく、お前達の方か」
 「お任せください。
 護衛任務は、得意です!」
 否定しないどころか、断言した平野に、静形はまたため息を落とした。
 「・・・では、俺は猫さがしに集中するとしよう」
 散らばった敵の残骸の中から鍵を拾い集め、静形は辺りを見回す。
 「敵が、猫を蔵の中へ閉じ込めていると聞いたが・・・」
 蔵はどこだ、と問う彼に、後藤が首を振った。
 「ある程度鍵を集めてないと、何度も足を運ぶことになるからな。
 もうしばらく、敵の排除に集中だ」
 「そうそう。
 徐々に身体を慣らしてくださいね」
 見上げてくる秋田へ、静形は頷く。
 「たまには・・・こういうことも悪くはないのかもしれんな。
 実力を見せるのは、この身体を十分に使いこなせるようになってからだ」
 自身へ言い聞かせるように言った静形へ、無邪気な顔を並べた短刀達が頷いた。


 難攻不落の実力をしみじみと感じながら城内を進んだ一行は、すっかり重くなった鍵束を提げて、蔵へ向かった。
 「四つ目の蔵の鍵、見つけました!」
 得意げに鍵を掲げた平野へ、歓声が上がる。
 「いよいよ対面か」
 声を弾ませる静形の隣で、蔵の鍵が開く様を見つめながら、後藤が不安げに眉根を寄せた。
 「ちゃんと、餌もらってりゃいいけど・・・」
 「餌って、本当の猫じゃないんですから・・・」
 「ごはんと言ってあげてください、後藤」
 秋田と前田に呆れられて、後藤は口を覆った。
 「そうだった。
 大将が猫、猫って言うからうっかり」
 「まぁ、打刀だしねぇ。
 変人には違いないんじゃない?」
 あっさりと酷いことを言う信濃に、短刀達が笑い出す。
 「確かに変な人たちばっかりですけど、それを言っちゃあ・・・」
 「粟田口の包丁と毛利はどうなんだ、って言われるぜ」
 秋田に頷いた後藤の言葉に、また笑い声が弾けた。
 「入りますよ」
 くすくすと笑いながら、蔵の中へ歩を踏み入れた平野が、剣風に慌てて退く。
 「任せろ」
 ようやく出番だと、進み出た静形が短刀達を背に庇った。
 「猫は猫でも野良猫か」
 長い間、閉じ込められていたせいか、気の荒くなっている打刀へと彼は不敵に微笑む。
 「巴ならば、ふさわしいものを持っていたのだが・・・」
 これでいいか、と、彼は肩にかけていた赤い毛皮を外した。
 「そら、ふわふわだぞ。
 おいでおいで」
 蔵の入口にしゃがみ込んだ静形が、手にした毛皮の端を振る。
 「そーら、怖くないぞ。
 おいでおいで」
 ぱたぱたと毛皮で床を叩くと、じりじりと近づいてくるものがいた。
 「てめぇ・・・馬鹿にしてんのか!!」
 目を吊り上げ、抜き放った打刀の切っ先を突き付けてくる彼へ、静形は笑みを深くする。
 「言葉が通じるか、それはよかった」
 立ち上がれば、遥か高い位置から彼を見下ろすことになった。
 「にゃっ?!にゃんだ、てめぇ!!」
 また蔵の奥へと退き、切っ先を向ける彼へ、静形は進み出る。
 「俺か。
 俺は静形薙刀。
 主の命により、お前を迎えに来たのだ、南泉一文字」
 静形が名乗るや、彼の背後からわらわらと、短刀達も現れた。
 「助けに来たよ、南泉さん!」
 「大将が、本丸で待ってるぜ!」
 真っ先に駆け寄ってきた信濃と後藤へ戸惑う彼の左手を、秋田が引く。
 「とりあえず、刀は収めてくれますか?
 帰り道には必要ありませんから」
 「あ・・・あぁ・・・・・・」
 まだ警戒はしているようだが、刀を収めた南泉へ、先ほど切り付けられそうになった平野も寄って来た。
 「長い間、お待たせしてすみません。
 おなかすいてませんか?」
 「そうです!ちゃんと餌・・・じゃなくて、ごはんはもらっていたんですか?」
 そっくりな前田にまで寄って来られて、南泉はあからさまにうろたえる。
 「にゃ・・・にゃんだ、お前ら!双子か?!」
 「兄弟です!」
 声を揃えた二人へ頷き、静形も歩み寄った。
 「行くぞ。
 主がお待ちかねだ」
 ひょい、と持ち上げられたかと思えば小脇に抱えられ、南泉がじたじたと暴れる。
 「はにゃせっ!
 一人で歩ける・・・にゃ・・・にゃあ・・・ごろごろごろ・・・」
 頬に当たる毛皮の心地よさに、南泉は思わず喉を鳴らした。
 「猫・・・」
 「猫だ・・・・・・」
 呆れる信濃と後藤に、秋田が頷く。
 「主君は、本当に猫を探していたんですね」
 その言葉に吹き出した静形は、すっかりおとなしくなった南泉を抱えて蔵を出た。


 「ねこさん・・・うわぁ・・・・・・!」
 帰って来た兄弟を迎えに出た五虎退は、静形の小脇に抱えられた南泉を見るや、白い頬を染めた。
 「ね・・・ねこさん、ねこさん・・・!
 あ・・・あそびましょ・・・!」
 ポケットから取り出した猫じゃらしを鼻先で揺らすと、彼の目が、興味深げに毛先を追う。
 その上、五虎退が連れている虎まで、尻尾を揺らして誘い出した。
 「やめっ・・・やめるにゃっ!!俺の呪いが・・・!!」
 じたじたと暴れだした南泉を降ろしてやると、目を輝かせて猫じゃらしと虎のしっぽを追い回す。
 「おもしろいな・・・どれ、俺も」
 呟くや、静形も毛皮を脱いで、彼の目の前で振って見せた。
 「やめろっ!!
 もふもふで誘惑する・・・にゃっ!!」
 取った!!と、目を輝かせて毛皮に抱き付いた南泉の頭を、静形が撫でる。
 「よしよし、えらいぞ。
 五虎退、なにか、猫が好きなおやつでも持っていないか」
 「あ・・・あります!」
 得意げに言った五虎退がポケットからスティックを取り出すや、虎までもが嬉しげに尻尾を立てた。
 「南泉さん、ちゅーるですよー」
 「いや、さすがにそれは待って?!」
 驚いた信濃が止めに入る。
 「南泉さん、一応人の身に顕現してるんだから!
 猫みたいだけど猫じゃないから!」
 言い募るが、五虎退がパッケージを裂いた瞬間、南泉は虎と共にじゃれついた。
 「・・・うまっ!!」
 「いや、おかしいって!腹減ってるだけだって!!」
 目を輝かせる南泉に、後藤が思わず突っ込む。
 「み・・・光忠さんの所に行きましょう!
 ずっと閉じ込められていたんですから、おなかすいてて当然ですよ!」
 慌てる前田に、秋田もこくこくと頷いた。
 「主君の所へ行くのは、その後でもいいですよね!」
 「五虎退、遊ぶのは後です」
 「は・・・はい・・・」
 平野にたしなめられて、五虎退が残念そうに頷く。
 「そう言えば俺も・・・まだまともに食事をしていないな」
 忘れていた、と、のんきなことを言って、静形はまた南泉を小脇に抱えた。
 「案内してもらえるか」
 「は・・・はいっ!こっちです・・・!」
 見下ろされた五虎退が、大きく頷く。
 おやつをもらえなかった虎も、厨房に行くと分かるや足を速めた。
 「光忠さーん!」
 「ごはんくださーい!」
 暖簾をくぐって入って来た短刀達に、振り返った光忠が目を和ませる。
 「お帰り。
 猫さんは見つけたのかい?」
 「これだ」
 静形が、自身の毛皮に懐く南泉を突き出すと、頷いた光忠は棚の引き出しを開けた。
 「確かまだ、ちゅーるの買い置きが・・・」
 「光忠さんっ!!」
 声を荒らげる前田を押しのけた虎が、嬉しげに尻尾を立てる。
 「も・・・もちろん、虎くんにだよ?」
 はっとして振り返った光忠を、平野が疑わしげに見上げた。
 「ご、ごはんね、ごはん!
 今日のお昼はみんなの好きな、オムライスだよー」
 わぁっ!と上がった歓声に微笑んだ光忠が、はっと表情を改める。
 「玉ねぎ・・・入っているけど、南泉くんは大丈夫かな?」
 「だから!」
 「猫じゃねーって」
 中毒は起こさない、と、真顔になった信濃と後藤に、光忠は慌てて頷いた。


 昼餉のオムライスを持って、一行が竹の間へ入ると既に、先客がいた。
 「おぉ。猫を連れ帰ったのか、童たち。
 偉いな」
 縁側で茶をすすっていた三日月の隣で、鶯丸も微笑む。
 「彼が、主の言っていた猫か。
 猫や、名前は?
 タマ・・・だと、主の掃除からくりとかぶってしまうからな。茶トラかな?」
 「南泉!!
 南泉一文字だ!!」
 「にゃんせん?」
 「な・ん・せ・ん!!!!
 耳が遠いのか、ジジィ!!」
 揃って首を傾げた太刀へ、南泉がこぶしを振り上げた。
 が、その程度の言動で揺らぐ二人でもない。
 どころか、ひそひそと囁き合うと、よっこらせ、と腰を上げて、部屋を出て行った。
 「にゃ・・・にゃんだ、あれは・・・!」
 行き場を失くしたこぶしを下ろし、ぺたりと座り込んだ南泉に、既に昼ご飯を頬張っていた短刀達が笑う。
 「平安刀のおじいちゃん達は、自由ですから」
 「まぁ、俺らもこう見えて、けっこう歳行ってるけどな」
 秋田に頷いた後藤が、ふと南泉を見遣った。
 「一文字は俺らより若いんだっけ、歳?」
 「ほとんどタメだろ!」
 言ってから南泉は、自分より幼い見た目の藤四郎達から気まずげに目をそらす。
 「歳と言われれば・・・俺は難しいなぁ・・・」
 この話はやめにしようと言う、静形の提案に皆が頷いた。
 「それにしても、このおむらいすとやらは美味いな。
 人の身に顕現してよかった」
 感心する静形に、信濃が大きく頷く。
 「光忠さんのごはんは、なんでもおいしいよ!」
 「ぼ・・・僕は、かるぼなら・・・が好きです・・・」
 傍らの虎を撫でつつ五虎退が言えば、皆、それぞれに好きな料理を挙げた。
 「聞いたことのない料理ばかりだが、楽しみだな。
 南泉はなにか、嫌いなものはあるか?」
 問えば、困ったように眉根を寄せる。
 「人の身に顕現したばかりだし、わかんねーよ」
 「それもそうか」
 「しかし!」
 微笑んだ静形の背後で、音高く襖が開いた。
 「膳が楽しめるのは、健康あってこそだぞ!」
 目を丸くする一同の前で、三日月と鶯丸が手にした腹巻を差し出す。
 「南泉に静形よ、これを使うといい」
 「なに、遠慮するな。
 年寄りからの、ささやかな贈り物だ」
 「いらねーって!!」
 戸惑いつつも、素直に受け取った静形とは逆に、抵抗する南泉へ三日月は、ぐいぐいと腹巻を押し付けた。
 「そうは言うが・・・」
 「腹を冷やしそうだ。いいから使え」
 鶯丸が、南泉の両腕を掴んで持ち上げるや、すかさず三日月が腹巻をかぶせる。
 「やめろ!爺臭い!!」
 なおも抵抗する南泉に、年寄り二人は首を振った。
 「そんなことはない」
 「ちゃんといい香りだぞ」
 「そういう意味じゃ!にゃい!!
 あっ・・・」
 「にゃいのか」
 「にゃいんだな」
 くすくすと笑われて、南泉が頬を染める。
 「うっ・・・うるさいっ!これは!猫の呪いなんだ!!」
 耳まで赤くする彼に、皿を持って部屋の隅へと避難していた短刀達が一斉に首を振った。
 「気にすることなんて、ありませんよ」
 「そうです。
 打刀は変わり者揃いですから、南泉さんはむしろ普通です」
 ねぇ?と、顔を見合わせて、平野と前田が笑う。
 「しかも、自分だけはまともだと思っている変わり者達だ。
 お前くらい、特筆することもない」
 まるで自分はまともだと言わんばかりの鶯丸の言い様に、後藤と信濃がそっと笑い合った。
 「あれ?
 そう言えば静さん、村正さんには会いましたか?
 僕から話を聞いて、すごく張り合って・・・」
 「ワタシならココにっ!!」
 パァン!と、音高く襖を開いて現れた打刀に、秋田は呆れる。
 「また・・・どんな耳をしてるんですか」
 「コンナ耳っ!」
 長い髪をかき上げる村正に、静形も呆れた。
 「機知と言うには妙な会話だな。
 今代の流行りなのか?」
 笑ってくれない刀剣達に、村正は不満げに口を尖らせる。
 「ツマラナイですねぇ・・・。
 もっと、ノリよく行きマセンか?!」
 「それよりも」
 と、三日月が小首を傾げた。
 「そのように薄着で、寒稽古でもしているのか?」
 上にはなにも纏わず、袴一つで立つ彼に、鶯丸も眉根を寄せる。
 「もう、腹巻は持っていないな・・・俺が綿入れを持ってくるまでの間、猫でも抱いているか?」
 ひょい、と差し出された南泉が、真っ青になって抵抗し、逃れて静形の陰に隠れた。
 その様に、
 「・・・こ・・・この格好の・・・む・・・村正さんに・・・その感想・・・なんですね」
 頬を染めて俯く五虎退の頭を、秋田が笑って撫でてやる。
 「寒そうだし、五虎退が虎を貸してあげますか?」
 途端、部屋から逃げ出した虎に、短刀達が一斉に笑い出した。
 「虎くん、やだってさー」
 「ンマァ!傷つきますネェ」
 口を尖らせた村正は、からかうように笑う信濃へ手を伸ばす。
 「寂しいから、慰めてクダサイね!」
 「ひぃっ?!」
 厚い胸板に押し付けられ、蒼ざめる信濃にまた、短刀達が笑った。
 「良かったじゃないか、懐に納めてもらって」
 「信濃はいつも、懐に入りたいって言ってますから。
 ねぇ?」
 のんきな後藤と前田に、信濃は必死に首を振る。
 「それは大将限定!
 筋肉いやあああああああ!!」
 必死に逃げ出し、静形の背後へ隠れた信濃を、意地の悪い笑みを浮かべた村正が追いかけた。
 「隠れてないで、出てイラッシャイv
 「やだやだやだ!!」
 先にいた南泉に突き出され、必死に抵抗する信濃と、自身へも遠慮なく迫って来る村正に、静形が眉根を寄せる。
 「騒がしいぞ、お前たち。食事中は静かにしろ」
 「なるほど、静だけに!」
 「・・・だから。
 それは面白いのか?」
 白けた目で見る静形に、村正はまた口を尖らせた。
 「なんデスか、そんなにワタシは面白くありマセンかねぇ?」
 「まぁ、暑苦しいかもな」
 さらりと酷いことを言う鶯丸に、三日月が笑い出す。
 「打刀らしくてなによりだ。
 それ、お前も打刀なら、少しは変わっているところを見せぬか」
 言うや、静形の纏う毛皮の端を摘まんだ三日月が、彼の背後に隠れたままの南泉に向けて、毛先を振った。
 「にゃっ・・・!」
 ふわふわと動く毛の魅力にあらがえず、目を輝かせた南泉が手を伸ばす。
 「ふふふ・・・。
 それ、こっちだぞ」
 南泉の手をすり抜けた毛皮を楽しげに振る三日月にも、静形はため息をついた。
 「俺の装束は猫じゃらしではないのだが・・・」
 いつの間にか取り上げられ、三日月と南泉のおもちゃと化した毛皮には、いつしか戻ってきた虎も加わってじゃれつく。
 「完全に理性を失っているな」
 「それでこそっ!打刀!!」
 「・・・それでいいのかよ」
 認識間違ってないか、と呆れつつ、後藤は難を逃れて泣きついて来た信濃の頭を撫でてやった。


 その後、一行はようやく、戦況報告のために御座所へと上がった。
 が、静形の小脇に抱えられた南泉が、遊び疲れてぐったりとした様を見るや、歌仙が目を吊り上げる。
 「いくら遊び好きの猫が来たからって、体力の限界まで遊ばせるのは禁止だよ。
 戦闘で使い物にならなくなったじゃないか」
 「お・・・俺達のせいじゃないよ・・・」
 「三日月さんだよ・・・・・・」
 叱声を受けて、首をすくめる短刀達の前に、小狐丸が進み出た。
 「まぁまぁ、そのようにお怒りにならずとも。
 歌仙殿も、袖の中に猫じゃらしを隠し持っておられるではありませんか」
 「こ・・・これは、五虎退の虎用だよ!」
 頬を染めてそっぽを向く歌仙に、小狐丸が微笑む。
 「楽しみにしておられたのに、残念でしたな」
 「だ・・・だから、そういうわけじゃ・・・ない!」
 歌仙の大声に、南泉が驚いて目を開けた。
 「にゃっ?!
 にゃんで抱えられて・・・はにゃせっ!!」
 「いや、放して構わんが・・・」
 じたじたと暴れる南泉から手を離せば、顔から無様に落ちる。
 「う〜〜〜!」
 畳に打ち付けた鼻を赤くして、涙目の南泉が身を起こした。
 「・・・俺がこんな目に遭うのは、全部猫の呪いのせいだ・・・!
 俺は絶対にこの、呪いを解いてみせるにゃ!
 あ・・・」
 自身を見つめる皆の目が、異常に和んでいる様にまた、南泉は顔を赤くする。
 「・・・ともかく」
 思わず和んでしまったことを恥じるように、歌仙が咳払いした。
 「静と違って彼には、来て早々戦場に行けというのは無理なようだ。
 今日は休ませて、明日から・・・こら、やめなさい」
 くんくんと鼻を寄せてくる南泉を押しのけた歌仙の懐から、パッケージが覗く。
 「か・・・歌仙さん・・・!
 ね・・・ねこさんに、人間のかつおぶしは・・・よく・・・ありません・・・。
 ち・・・ちゅーる・・・の方が・・・」
 「だから!猫じゃねーっての!」
 必死に訴える五虎退の襟首を、後藤が引いた。
 「あんたも!反応すんな!」
 虎と一緒になって、その名に反応した南泉の襟首も引き寄せる。
 「・・・はっ!
 ち・・・違うぞ!俺は別に、あんな猫の食べ物・・・・・・!」
 とは言いつつ、南泉は五虎退がポケットから取り出したパッケージを、虎と共に目で追った。
 「歌仙殿」
 「・・・はっ!」
 うずうずとした手を、袖の中に滑り込ませていた歌仙に小狐丸が声をかける。
 「も・・・もう行きたまえ。
 南泉の世話・・・いや、案内はしばらく、五虎退に任せてもいいかな」
 「は・・・はいっ!
 が・・・がんばります・・・っ!!」
 頬を真っ赤に染めて、五虎退が何度も頷いた。
 「な・・・南泉さん、いきましょ・・・!
 ぼ・・・僕が、お部屋に案内・・・しますね・・・!」
 細長いパッケージをひらひらと振る五虎退の後に、ふらふらとついていく南泉と虎を、短刀達が呆れたように見送る。
 「・・・もういいかな、猫で」
 「後藤、諦めちゃ気の毒ですよ」
 ため息をついた後藤の隣で、前田がやれやれと首を振った。


 ―――― その、夕刻。
 妙に悄然とした様子で、乱は御座所に入った。
 歌仙は夕餉の支度へ行ってしまい、小狐丸はこの時間、大豆畑の世話に忙しい。
 ほんの僅かな、主しかいない時間を狙ってやって来た乱は、こちらへ背を向ける主に、ぴとりと抱きついた。
 「どうした?」
 振り向きもせず、言う主に乱は、首を振る。
 「んー・・・特にどうしたってわけじゃないんだけど・・・」
 着物の背に浮き上がる、刺繍の一つ紋を弄りながら言えば、くすりと笑う声がした。
 「気分が乗らない?」
 「うん・・・」
 「聞いてほしいことでもあるのか?」
 とは言いつつ、本陣への報告書を打ち込んでいる主の手が止まる様子もなければ、振り返る様子もない。
 「ない・・・」
 不機嫌な口調で言ってやるが、なんの感銘も与えられなかった。
 「そう。
 じゃあ、好きなだけそうしておいで」
 邪険にはされないが、構うつもりもないと言わんばかりの態度に、乱は頬をふくらませる。
 「主さん、そっけない・・・!」
 「嫌か?」
 問われて、乱はしばらく考え込んだ。
 「ううん。それがいい・・・」
 以前は構って欲しくして、色々と意地悪も言ったものだが・・・自分でもよくわからない焦燥や言葉にできないいらだちを抱いている時は、余計なことを言わずにただ付き添ってくれる主の態度はありがたい。
 負うた子をあやすように、空いた手で軽く叩いてくれるだけで十分だ。
 そんな主の背に、そっと額を擦り寄せる。
 その様に、やはり隙間時間を狙って来た厚と秋田が、無言で顔を見合わせた後、そっと去った。
 「・・・乱、どうしたんでしょうね。あんなに落ち込んで」
 回廊を戻りつつ、困惑げに俯いた秋田の背を、厚はぽふぽふと叩く。
 「心配することねーって。
 静や南泉が来たからまた、自分が自称変わり者なんじゃないかって不安になってるだけさ。
 薙刀はともかく、変わり者揃いの打刀には、少々のことじゃ勝てねぇってのにな!」
 くすくすと笑う厚に、秋田は肩をすくめた。
 「他とは違うって、そんなに大事なことでしょうか。
 少なくとも打刀の皆さんは・・・変わり者だって自覚を持ってない気がしますけど」
 秋田の言葉に、厚はうんうん、と頷く。
 「そーなんだよなー。
 あいつら全員、自分だけはまともだって思ってるフシあるよな。
 十分変わり者な乱を落ち込ませるとか、相当だろ」
 また笑いだした厚を、秋田は軽く睨んだ。
 「厚にい・・・それ、誰のことも褒めてないし、乱を慰めてもないですよ」
 「そか?
 賑やかでいいと思うけど・・・うん、賑やかだな」
 竹の間に差し掛かった厚が、乾いた笑声をあげる。
 「三日月さん、鶯丸さん・・・今度はなんですか?」
 私服姿の南泉を捕まえて、執拗に撫でさする老刃太刀に秋田が呆れ顔を向けた。
 と、二人は嬉しそうに目を輝かせ、羽交い締めにした南泉を彼らの前に突き出す。
 「おぉ童達、見るといい。
 世にも珍しい、雄の三毛猫だぞ」
 「素晴らしい縁起物だ。
 撫でるときっと、ご利益があるぞ」
 「いや、それ・・・着てる服がミケ柄ってだけだろ」
 普通の茶トラだ、と厚が言うが、聞く老刃太刀ではなかった。
 「この本丸にも幸運が来るぞ、三日月v
 「あぁ、たくさんの茶菓子を貰えると良いなv
 「そういう幸運ですか・・・」
 ささやかすぎる願いに、秋田が乾いた笑声を漏らす。
 「その程度なら・・・叶えてやりたいな」
 静形と南泉の歓迎会も兼ねて、と言う厚に、老刃太刀は更に目を輝かせた。




 了




 










静と南泉、いらっしゃいSSでした。
意外と穏やかな静と、ジジィたちにもみくちゃにされるだけの南泉・・・。
ごめん・・・。
結果、商品名、出まくりSSになりました;
可愛がられてよかったね、南泉!←強引。













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