〜 前の宴 〜






 つい先日まで青々としていた楓が、ひと朝ごとに色づいて、すっかり紅く染まった頃。
 がさがさと、菓子の入った袋を騒々しく振って自室に駆け入って来た太鼓鐘貞宗に、大倶利伽羅は眉根を寄せた。
 「うるさ・・・」
 「なー!伽羅ー!
 ハロウィンって知ってるか?!」
 大倶利伽羅の抗議をあっさりと遮って詰め寄ってきた太鼓鐘に、彼の眉根が更に寄る。
 「波浪?
 警報か?」
 元冦防塁などの、海に近い戦場へ行く際には必ず気象情報を確認するよう言われているため、すっかり馴染んだ言葉を口にすると、太鼓鐘も真面目な顔で頷いた。
 「やっぱ、そー思うよなー。
 でも、違うんだと」
 と、手にした袋を振る。
 「やかましい。やめろ」
 派手な橙色の袋をわざわざ見せ付ける彼に言えば、太鼓鐘は中から取り出した飴を一つ、大倶利伽羅へ渡した。
 「給料出たからさ、鶴と万屋に行ったんだ。
 そしたら店主が、いつもありがとうって、菓子を袋ごとくれたんだよ。
 なんで?って聞いたら、南蛮の祭で、子供に菓子を配るとかなんとか」
 「つまりお前がガキってことか」
 「あぁ?! ちっげーだろ!今はそんな事じゃなくてなぁ!」
 と、言いかけて首を傾げる。
 「・・・鶴はもらえなかったから、そうなのかな」
 「だったら、今頃拗ねているんじゃないか」
 めんどくさい、とつぶやく彼に、太鼓鐘は頷いた。
 「しかも店主が、おたくの本丸じゃやらないのかい、なんて言ったもんだから、御座所に突撃してった」
 「なぜ止めない」
 「だっておもしろそーだし」
 にんまりと笑う彼に、大倶利伽羅はため息をつく。
 「主が折れても、俺は参加しないからな」
 「参加しろよー!
 そして俺に菓子寄越せよー!」
 大倶利伽羅の腕を取り、ぶんぶんと振り回すが、邪険に振り払われた。
 「菓子が欲しければ光忠に言え。
 厨房で、歌仙と一緒に料理教室をやっている」
 と、彼は部屋の外を指す。
 料理ができる・・・最低限でも、手伝いができる刀剣を育成すべく始まった料理教室は、今日も光忠と歌仙が中心となって開催されていた。
 「大般若と小竜がごねていたが、今日は長船に仕込むんだそうだ。
 小豆もいるから、せいぜい踏まれないように気をつけるんだな」
 言ってやると、太鼓鐘は深々と吐息する。
 「・・・みっちゃんもかなりでけぇのに、それを超えるって、長船ぱねぇ」
 大太刀かよ、とつぶやく彼に、大倶利伽羅は鼻を鳴らした。
 「謙信もいるだろう」
 「あの中にいて、踏まれねぇのかな?
 俺だって、みっちゃんの動きはわかるから避けられるけどよ、小豆には何度も踏まれそうになったんだぜ」
 「お前ほど猪突猛進じゃないからな」
 「ふぬっ!」
 繰り出された拳をあっさりと受け止めて、振り払う。
 「暇なら手伝って来たらどうだ」
 「んー・・・そうだな。
 みっちゃんと歌仙にナシ通しといたら、やりやすいもんな」
 というわけで、と、太鼓鐘はにんまりと笑った。
 「菓子の準備しとけよ!じゃなきゃ、いたずらするからな!」
 「脅迫か」
 受けて立つ、と、鯉口を切る大倶利伽羅には舌打ちする。
 「そこの認識合わせもしなきゃ、本丸内で戦闘になっちまうな」
 「なんのことだ」
 凄みを増した眼光をあっさりと受け流し、太鼓鐘は肩をすくめた。
 「鶴が主を説得できたら、周知されるからよ。
 それまで待ってな」
 正直、自分もよくわかっていないからと言う彼に、大倶利伽羅は鼻を鳴らす。
 「勝手にしろ。俺は関わらないからな」
 「とか言って、流される性質なのはもう、みんな知ってるけどな」
 にんまりと笑う太鼓鐘を睨むが、堪える彼ではなかった。
 「菓子、楽しみにしてるぜー♪」
 「勝手にしろ」
 部屋を出ていく太鼓鐘の背に吐き捨てた大倶利伽羅は、彼にもらった飴へ目を落とす。
 「目玉・・・?」
 血走った眼球が描かれた、不気味な包み紙を開けば、中からも赤い虹彩の目玉が出てきた。
 「飴・・・のはずだ」
 見た目は不気味だが、甘い香りに間違いはない。
 「何を好き好んでこんな・・・っ?!」
 口に入れた途端、弾けたそれは、とてつもない酸味のパウダーを口内に溢れさせ、大倶利伽羅をむせ返らせた。
 「貞っ・・・!」
 咳込みながら呼んだ彼の姿はすでになく、大倶利伽羅が包み紙に書かれた『ロシアンルーレットキャンディ』の意味を知るのは、しばらくのちの事だった。


 「みっちゃーん。邪魔するぜー」
 厨房の暖簾をくぐった途端、目も眩むような華やかさに、太鼓鐘は息をのんだ。
 「華麗なる一族・・・」
 唖然と呟いた彼に、光忠が首を傾げる。
 「今日はカレーじゃないよ?」
 カレーが良かった?と微笑む彼の背後で、小竜が抗議の声をあげた。
 「俺もカレーが良かった!
 なんで揚げ物・・・また跳ねたー!!
 ダディー!見てないで代わってよ!油恐い!!」
 へっぴり腰で悲鳴を上げる小竜にしかし、大般若は艶やかな笑みを向ける。
 「ここは我が若君の成長のために、見守ってあげよう。
 そら、次はサツマイモだぞうv
 「やだもう・・・!」
 トレイを差し出して来る大般若が助けてくれないとわかるや、小竜は小豆へ助けを求める。
 「パパー!!助けてぇ!!」
 しかし彼も、愛情深い目で見つめるだけだった。
 「小竜は、きようだから。
 きっと、がんばればできるようになるぞ!」
 「応援はいいから代わってってば・・・やだもう!恐い恐い恐い!!」
 鍋から取り出そうとして、落としてしまった具材がまた油を跳ねて、小竜は悲鳴をあげる。
 「グランー!もうやだー!!」
 「いや、そんなに長く箸持ってるからだろ。
  もっと短く持って、ちゃっちゃとあげろよ」
 言うや、踏み台を持って進み出た太鼓鐘は、小竜から菜箸を取り上げて、いい色合いになった天ぷらをバットに乗せて行った。
 「カッコイイ・・・!」
 赤くなった手をさすりながら、涙目の小竜が呟く。
 「太鼓鐘!
 君、最高にクール!
 命の恩人だよぉ!」
 「お・・・大袈裟だな!
 こんなの誰だってできるだろ!」
 頬を染めた彼に礼を言って、小竜は親達を睨んだ。
 「もぉ、手伝うのやだっ!
 こんなに恐いなんて俺、聞いてないし!」
 頬を膨らませて抗議していると言うのに、光忠は楽しげに笑いだす。
 「小竜ちゃん、泣かなくてもいいでしょ。可愛いけどさ」
 そう言って、光忠は側にいた謙信の頭を撫でてやった。
 「あんまりか弱いことを言ってると、景光くん達は泣き虫だって、みんなに笑われちゃうよ?」
 くすくすと、大般若にまで笑われて、謙信は頬を染める。
 「ぼっ・・・ぼくはないてないぞ!
 ・・・きょうは」
 気まずげに目を逸らす謙信を、小豆も撫でてやった。
 「そうだな。
 ちゃんとおてつだいして、えらいな!」
 謙信が削った鰹節を受け取り、大般若へ差し出す。
 「さっそくたべてないで、てつだうんだ」
 さぁ、と、押し付けられそうになった鰹節を、大般若は箸でつまんだ。
 「小竜が初めて揚げた天ぷらだからな。
 最初に味見してやらないと可哀相だろう?」
 いけしゃあしゃあと言いながら、削りたての鰹節も口に入れる。
 「・・・おや、謙信の削った鰹節もうまいな。酒に合いそうだ。
 ってことで親父、料理酒はどこだい?」
 「ここで酒盛りしないの!
 まったく君って子は・・・!」
 叱り付ける光忠の袖を、太鼓鐘がついついと引いた。
 「貞ちゃん、なに?」
 一瞬で怒りを消し、微笑む光忠に太鼓鐘も、にこりと笑う。
 「歌仙は?
 みっちゃんと一緒に、ナシつけとこうと思ったんだけど、一緒にやってたんじゃねーの?」
 問えば、光忠は苦笑して肩をすくめる。
 「大きいのが四人もいると、圧迫感がすごいからって、出て行っちゃったよ。
 今回は小豆くんもいるし、僕一人でやることにしたんだけど・・・どうかした?」
 困り顔になってしまった太鼓鐘に問えば、頷いた彼は調理台の上に放り出していた菓子の袋を取り上げる。
 「これ、万屋でもらったんだ。
 ハロウィンとかいう南蛮の祭で、子供に菓子を配るんだと」
 「おかし・・・」
 珍しそうに見つめる謙信へ、袋から取り出した飴を渡した。
 「万屋に行ったらもらえるからよ、お前も行ってこいよ」
 言うと、謙信は困ったような顔で、手の上の飴を見つめる。
 「・・・むだづかいはいけないのだ。
 ぼくは・・・小豆がおかし・・・つくってくれるし・・・・・・」
 とは言いながら、飴から目線を外さない謙信を不思議そうに見る太鼓鐘へ、大般若と小竜がこくこくと頷いた。
 「万屋は割高だからなぁ。
 日用品なら十九文屋で十分だし、酒やつまみは、安い店があるだろう」
 「そーそー。
 ここで作れば、材料費は本丸が出すからタダだし、パパも好きでやってるしねー。
 お菓子なんて、買う必要ないじゃない」
 「・・・きれいな顔並べて、とんでもねぇ倹約家だな、おい」
 呆れた太鼓鐘は、まだ手の上の飴を見つめる謙信に小首をかしげる。
 「行ったことねぇの、万屋?
 一人で行くのが不安なら、俺、一緒に行ってやるぜ?
 お前、地味だからさ、ぱーっと華やかな衣装を選んでやるよ!」
 「じみ・・・」
 華やかな親兄弟の中にあって、薄々思っていたことをはっきりと言われた謙信は、じんわりと涙を浮かべた。
 「ぼくだって・・・おさふね・・・」
 「謙は俺らと違って、そこがキュートなんだよ。
 無理して派手になる必要はないけど、せっかくの誘いを断るのはもったいないかな」
 すかさずフォローした小竜が、太鼓鐘へ微笑む。
 「君のセンスで、謙をカッコよくしてあげてよ。
 代金はグラン持ちで」
 「ちゃっかりしてんなぁ」
 呆れる太鼓鐘に、光忠も微笑んだ。
 「謙ちゃんをよろしくね、貞ちゃん。
 貞ちゃんに任せておけば、安心だからさ!」
 と、小豆にも笑みを向けた途端、皆の端末が一斉に震える。
 「主くんからかな?
 それぞれに取り出した画面には、鶴丸からのメッセージが届いていた。
 『主を説得して、はろいんとやらの宴の開催を承知させたぞ!
 参加希望者はおのおの、化け物の格好で続報を待て!』
 参考、として追記されていたURLを開くと、奇妙な格好をした人々の写真が、これでもかと載っていた。
 「こ・・・こわい・・・っ!」
 緑色の顔色をして、目や口から血を流す写真を拡大表示してしまった謙信が、怯えて小豆に縋り付く。
 「ぞ?・・・ぞん・・・び?
 よむのもむずかしいなまえだな。
 ぱぱいや、ならわかるのだが」
 「パパイヤって、南国の果物の?どれだい?」
 小豆が表示した写真を覗き込んだ大般若が、ポケットから取り出した老眼鏡をかけた。
 「バンパイヤ、じゃないか、小豆。
 君もこれを使ったらどうだい?よく見えるよ」
 「あぁ、ほんとうだ。
 よくみえるな」
 大般若から借りた老眼鏡をかけた小豆が、嬉しげに頷く。
 「ん、をよみそこねていたか。
 ところで、ばんぱいや、とはなんだろう?」
 「それ以外にも間違ってるじゃんー」
 けらけらと笑いながら、小竜が自身の端末を差し出した。
 「吸血鬼っていう、南蛮の血を吸う化物だってー」
 「蚊の化物かい?
 それは・・・怖いのかな?」
 痒そうだ、と訝しむ大般若に、小竜も首を傾げる。
 「怖いんじゃないかな?
 みんな、痒いのは嫌だろうし」
 「・・・なんか、くだらない話ししてんなぁ」
 きらびやかな容姿とは不釣り合いな話題で盛り上がる彼らに、太鼓鐘は呆れた。
 「南蛮の吸血鬼のことなら、書庫にあった本で読んだことがあるぜ。
 なんでも、若い娘の血を吸うから、自分は若くてきれいなまま、不死でいられるんだ・・・と・・・」
 ぽかん、と口を開けて、太鼓鐘は長船の面々を見上げる。
 「なんだ、ここにもいたぜ」
 「若い娘じゃないけど、斬った、という意味なら確かに吸っているね。
 だけどこの身になってから、飲食した、っていう意味では血を吸ったことなんてないよ?」
 苦笑する光忠の隣で、大般若が真顔になった。
 「スッポンの生き血は体にいいらしいが、何しろ値が張るからな。
 自分で買おうとは思わない」
 「出たよ、質素倹約・・・」
 はふ、とため息をついて、太鼓鐘は謙信を手招く。
 「行こうぜ!
 今日は派手な衣装より、この祭用の衣装を見立ててやるよ。
 みっちゃん達もさ、吸血鬼やればいいぜ!
 長船がこれやったら、ぜってーカッコいい!!」
 こぶしを握って力説した途端、大般若だけでなく、小竜や小豆もが真顔になった。
 「これきりの衣装に、金子を使いたくない」
 声を揃えた彼らに、光忠が諸手を上げる。
 「せっかくの晴れ舞台だ。
 僕が出してあげるから、参加しようよ、みんな」
 「ならオッケーv
 カッコいいのを選んで来てね、グランーv
 「え?僕も行くの?」
 現金な小竜に呆れる光忠へ、大般若も畳み掛けた。
 「当然じゃないか。
 謙信も快活の若君も、俺達のサイズなんて知らないだろうが、親父なら正しく把握しているだろう?」
 「・・・親父と呼ばれることは不服だけど、把握はしているね、確かに」
 「でしょーv
 だったら、おねがいーv
 甘え声を出す小竜に苦笑し、光忠は頷く。
 「じゃあ、僕も一緒に行こうかな」
 エプロンを脱ぐ彼に、大般若と小竜の目が嬉しげに輝いた。
 これで解放される、と思ってのことだったが、
 「あ、歌仙くん?
 僕、ちょっと万屋へ行くから、料理教室代わってくれる?
 ありがとう、よろしくね」
 と、希望はあっさり砕かれて、がっかりと肩を落とす。
 「君たちの思惑なんて、お見通しです。
 僕より厳しい歌仙くんに、ビシビシしごかれておいで」
 じっとりと睨まれて、小竜は首をすくめた。
 「・・・ダディ、こういうのってなんていうんだっけ?やぶへび?」
 「薪を抱きて火を救う、の方がいいかな。
 火を消そうとしたのに薪をくべてしまって、余計に火を強くしてしまう、ってことさ」
 ヒソヒソと囁きあう二人に、小豆が笑い出す。
 「うらめにでてしまったな。
 パパン、謙信をよろしくたのむ」
 「オーケー。
 小豆くんも、二人が逃げ出さないようにお願いね」
 「わかった。
 謙信も、かっこいいのをえらんでくれよ?」
 「わかったのだ!
 みんなににあうものを、みつけてくるのだ!」
 頬を染め、声を弾ませる謙信に、膨れっ面だった小竜も笑みを浮かべた。
 「じゃあ、行って来るよ。
 謙ちゃん、貞ちゃん、行こうか」
 光忠が両手を伸ばすと、二人は嬉しげに彼の手を取る。
 彼らが出て行ったのち、隙を見て逃げ出そうとした大般若と小竜は、小豆に襟首を掴まれて、やって来た歌仙の前に据え置かれた・・・。


 「大倶利伽羅ー!たっだいまー!」
 「遠征、終わったよー!ゲームやろっ!!」
 部屋に乗り込んできた獅子王と鯰尾に頷いた大倶利伽羅は、共に部屋を出て広間へ入る。
 そこには既に、御手杵と骨喰もいて、彼らが操るゲーム端末の画面を短刀達が覗き込んでいた。
 「最近、多いな」
 大倶利伽羅が骨喰へ声をかけると、顔を上げた彼が頷く。
 「俺が、遠征先で収穫物を仕入れてくるのがうまいからって、主が」
 「ホント、うまいんだよ、骨喰!
 やっぱり可愛いから?
 おまけ、いっぱいくれるんだよねー!」
 我がことのように自慢げな鯰尾に、白い頬を染めた。
 「俺だけじゃない・・・。
 兄弟が、交渉がうまいから・・・」
 「二人で行けば、最強だよね!」
 得意顔の鯰尾が、獅子王を見やる。
 「獅子王もさ、小烏丸さん引っ張って、頑張ってるよね!
 御手杵は3日に一度、遠征当番だしさ」
 「あー・・・。
 あいつ、すーぐどっかに行っちまって。
 でも、戻った時は腕いっぱいに収穫物抱えてるから、文句も言えないんだよな」
 「俺は日によって隊員が変わるんだが、札持って帰らないと、主の機嫌が悪くてさー。
 何回かに一度は、『18時間もなにしてたんだ?』って叱られるんだぜ。
 ストレス溜まるわー」
 はふ、と吐息する二人に大倶利伽羅は頷いた。
 「俺も、畑で・・・なんだ?」
 一斉に鳴り出した端末を、それぞれが取り出す。
 その画面には、鶴丸からのメッセージが届いていた。
 『主を説得して、はろいんとやらの宴の開催を承知させたぞ!
 参加希望者はおのおの、化け物の格好で続報を待て!』
 参考、として追記されていたURLを開くと、奇妙な格好をした人々の写真が、これでもかと載っている。
 「はろいん??ってなに?」
 瞬いた鯰尾が周りを見渡すと、秋田が手にした派手な袋を掲げてみせた。
 「これ!万屋さんでもらいました!」
 「俺もー!なんか、子供にお菓子くれるんだって!」
 そう言って信濃は、袋の中から飴を取り出す。
 「変な飴だけど、美味しかったよ。
 兄さん達にもあげる!」
 と、差し出された手から、大倶利伽羅が仰け反って逃げた。
 「あれ?
 甘いの嫌いだっけ?」
 不思議そうに言った鯰尾が、信濃からもらった飴を眺める。
 「なにこれ、目玉?
 変なのー!」
 笑って口に入れた鯰尾を、大倶利伽羅は凝視するが、特に変わった様子はなかった。
 「不気味だけど、普通の飴だね」
 鯰尾の感想に、御手杵も頷く。
 「口に入れるまでが気味悪いけどな」
 「ぶどう味・・・」
 ころころと口の中で転がしながら言った骨喰の隣で、獅子王がむせ返った。
 「なんだこれ、すっぱ!!!!」
 「え?そう?
 普通に甘かったけど?」
 驚く信濃に、獅子王は涙目を向ける。
 「茶!!茶をくれ!!」
 「どうぞ」
 すかさず差し出してくれた平野に礼を言って、一気に飲み下した。
 「なんだよ俺、ハズレ引いちまったのか?
 獅子唐だけで十分だろ、そういうのはー!」
 涙を拭って、改めて包み紙を見た獅子王は、書いてあった文字を端末に入力する。
 「ロシアンルーレット・・・。
 リボルバー式の拳銃に一発だけ弾を込め、弾倉を回転させて弾の位置を分からなくしたのち、交互に自分に向けて引き金を引く、死を賭した遊び・・・っておい!物騒だな!!」
 「つまり、一個ハズレがある、ってことか?
 ・・・あ!大倶利伽羅、知ってたな?!」
 御手杵の指摘に、大倶利伽羅は気まずげに頷いた。
 「貞から・・・」
 「引きがいいね、大倶利伽羅さん!」
 クスクスと笑った信濃は、短刀達へ意地の悪い笑みを向ける。
 「俺のは獅子王さんが食べてくれたけど、みんなのにはまだ入ってるよね、ハズレ」
 「う・・・!」
 顔をひきつらせて、短刀達はそれぞれの袋を探った。
 「なにか、目印はないのでしょうか・・・」
 「それがあったら、ろしあん・・・なんとかにはならないのでは?」
 不安げな平野に、同じく前田が眉根を寄せる。
 「全部なくなっちゃう可能性はあるけど、ハズレが出るまで他の刀に配るのはどう?」
 乱らしい、自分勝手な提案に、御手杵が苦笑した。
 「本気で怒る連中にはやめとけよ。
 特に大太刀・・・は、みんな出雲か。
 だったら平気かな」
 「あー・・・蛍くん。
 せっかくのお祭りなのに、参加できなかったって知ったら、がっかりするよねー」
 鯰尾が言った途端、毛利がぴょこん、と飛び上がる。
 「傷心の蛍くんに、お菓子をあげて慰める僕!
 心をひらいてくれた蛍くんが、僕ともっと仲良しに!!
 いいですね、その作戦!いただきました!!」
 身をくねらせて妄想に耽る毛利に、皆が苦笑した。
 「ところでさ、みんな、参加するよね?
 どんな格好する?」
 ゲームそっちのけで、仮装の画像をめくる鯰尾に、獅子王が考え込む。
 「俺と御手杵は、菓子をもらう方じゃなくて、やる方じゃないかなぁ。
 そっちも仮装すんのか?」
 「やる方も仮装していいんじゃないのか?
 少なくとも鶴丸は、やる気満々だろ。なぁ?」
 御手杵の問いに、大倶利伽羅は頷いた。
 「きっと、そのつもりで提案していると思う。
 貞が今頃、光忠と歌仙に根回しをしているだろうから、参加者は全員、仮装するだろうな。
 ・・・俺は付き合わんが」
 わざわざいい添えたにもかかわらず、大倶利伽羅をじっと見つめていた骨喰が、ポツリと呟いた。
 「大倶利伽羅は・・・狼男なんか、いいんじゃないか?」
 「そだねー!
 俺と骨喰はなににしようか!お揃いがいいよねー!」
 「俺は、なんか強そうなのがいいなー!」
 はしゃぎ声をあげる鯰尾の傍に獅子王も寄って来て、共に画像を見つめる。
 「お?
 じゃあ、お前が戦士で、俺がモンスターやるか?
 天守前広場で演舞とかやったら、盛り上がらねーかな!」
 「それ!すっごく面白そうじゃん!!」
 御手杵の提案に獅子王が目を輝かせ、短刀達もわいわいと話に加わった。


 その一方で、主に祭の開催を認めさせた鶴丸は、別の提案のために年ふる刀を集めていた。
 「というわけで、子供らに菓子を配る祭なんだが、ただ配るのはつまらん。
 本丸中に散らばった俺達から、一本取れたら菓子をやる、というイベントをやろうと思うんだ!
 頭領は当然主で、天守最上階に立てこもってもらう。
 ここは階層ごとに強い奴がいて、最上階に辿り着いたら刑部姫から褒美の品をもらえる、という趣向だ!
 どうだ、楽しそうだろう?!」
 目を輝かせる鶴丸に、三日月が挙手する。
 「それはいいが、修行帰りの短刀達は既に、俺達など一撃で倒してしまうぞ。
 寄ってたかられては、身が持たんな」
 クスクスと笑う三日月に、大典太も尤もだと頷いた。
 「こんなことで怪我をしてもつまらない。
 普通にやってはいかんのか?」
 「それに」
 と、岩融までもが、考え深げに顎を引く。
 「太刀や打刀ならばともかく、我ら薙刀が室内で得物を振り回しては、たとえ木刀であっても部屋がめちゃくちゃになってしまうぞ。
 その点を、主は許しているのか?」
 「う・・・」
 気まずげに目を泳がせる鶴丸に、また三日月がクスクスと笑った。
 「許されてはいないようだな。
 天守も、三階まではすっかり物置と化しているし、中で暴れれば大変なことになるぞ」
 「ええ。
 食料保管の階では光忠殿が、衣装の階では小狐丸殿と清光殿が、お怒りになるでしょうね」
 「一階もやめてくれ。
 せっかくのセルフメンテの部屋が壊されちゃ、あとで困る。
 出雲から帰った大太刀連中に、怒られたくないしな」
 日本号にまで言われて、さすがの鶴丸も肩を落とす。
 「楽しいと思ったんだが・・・」
 と、消沈する様を気の毒に思ったのか、髭切が挙手した。
 「本丸中に散らばるから、だめなんでしょぉ?
 だったら、手合わせだけは道場でやればいいじゃない。
 一箇所なら、交代で相手ができるから、負担も減るよぉ?」
 「そうか、それならば同時に複数を相手にもできるな。
 流石だ、兄者」
 感心した膝丸が、天守のある方向を指す。
 「天守も、最上階だけなら可能じゃないか?
 主には審判として控えてもらい、何人か手合わせ相手として配置しておけば、十分楽しめると思うが」
 「それは何より。
 弟達も、楽しんでくれそうです」
 微笑んだ一期一振が、傍らの江雪へ目を向けた。
 「これならば、左文字もご参加なされるのでは?」
 「えぇ・・・。
 先日の将棋ほど、殺伐とはしていないようですからね」
 ほんの少しの棘を含んだ言いようを、一期一振は笑って聞き流す。
 「古備前の方々は、どちらに行かれます?」
 問うと、鶯丸は手にした茶器を置いて、大包平を見遣った。
 「煙となんとやらは・・・」
 「当然!俺は天守最上階だ!」
 「ほらな、高いところが好きなんだ」
 口を挟んできた大包平に笑って、彼は目線を自室のある方へと流す。
 「俺は、部屋でのんびりしているよ。
 子供らが菓子を貰いに来たら、渡すとしよう」
 「おぉ、それもありだな」
 では俺も、と、三日月が微笑んだ。
 「主が天守に登るなら、御座所でのんびりしているのも良いな。
 今は、菊が咲き誇って見事だ。
 歌仙と共に、歌を詠むのも良い」
 「おぉ、それは楽しそうな。
 私もご一緒しましょう。
 大典太殿も」
 数珠丸に誘われ、大典太も頷く。
 「それぞれに、楽しむのが良いようだ。
 それでいいかな、鶴丸?」
 問われて、鶴丸は肩をすくめた。
 「当初の予定とは違ってしまったが、それが妥当のようだ。
 だがせめて、仮装はしてくれよ?」
 苦笑する彼に、三日月が微笑む。
 「相わかった。
 楽しみだな」
 どのような格好をしようかと盛り上がる彼らに、鶴丸もそれなりに満足そうに頷いた。


 祭当日、思い思いの格好をした刀達は、わいわいと騒々しい松の間へ現れた長船の一族の姿に、息を呑んだ。
 黒い衣装は常のことだが、南蛮の華やかな装飾をふんだんに取り入れたそれは、彼ら自身の華麗さを引き立て、闇の眷属を模しているにもかかわらず、光を放っているかのような有様だ。
 唖然とする一同の目を集め、堂々と微笑みを浮かべる光忠の姿に、太鼓鐘はぽかんと口を開けた。
 「・・・みっちゃんってさ、伊達の連中とつるんでる時は可愛い系なのに、一族と一緒にいる時は、すげぇカッコイイのな」
 「中身はオカンのままだがな」
 狼の毛皮を纏って、大倶利伽羅が暑そうに吐息する。
 「あ、わり!
 伽羅もカッコいいぜ?」
 すかさず言い添えた彼に、大倶利伽羅は鼻を鳴らした。
 「俺のことはどうでもいい。
 それより、お前のはなんだ。怪我でもしたのか?」
 手入れ部屋へ行け、と言う彼に、太鼓鐘は首を振る。
 「俺ら貞宗は、ミイラ男で統一したんだ!
 亀が包帯巻くの、すげーうまいからさ、物吉と一緒にやってもらったんだ!」
 と、太鼓鐘が指した先では、物吉がゾンビ姿の日向と楽しげに談笑していた。
 「父ちゃんのゾンビメイクも、すっげー怖いだろ!
 俺達、父ちゃんが部屋から出てきた所で遭遇しちまって、悲鳴あげちまった!」
 「確かに、薄暗い場所で見たら驚くだろうな」
 刀を持っていなくてよかったと、真顔で呟く大倶利伽羅に、太鼓鐘がこくこくと頷く。
 「主が、今日は絶対に武器を持ち歩くな、って言ってた意味がわかったぜ。
 父ちゃんをぶった切るところだった」
 反射怖ぇ、と、しみじみ呟いたところで、今日の幹事が上座に現れた。
 派手な橙色の洋装に、この国では見たこともない、橙色の大きなかぼちゃに目と口をくり抜いた物を頭にかぶっている。
 誰だ、とざわめく中で、かぼちゃは陽気な声を上げた。
 「よぉ、みんな!すごい格好だな!
 たくさん参加してくれて、嬉しいぜ!」
 その声に、短刀達が『鶴丸さんだ・・・』と囁き合う。
 いつもの白い衣装とは違う、奇妙ななりをした彼は、嬉しげに声を弾ませた。
 「これから、この祭の趣向を説明するぞ!」
 言うや、懐から主の朱印入りの巻紙を取り出す。
 「みんな、本丸の見取り図は持っているな?
 まだ持っていない者は、そこの文箱に入れているから、忘れずに持っていってくれ。
 飴の絵が書かれている部屋や、菓子を持って本丸中をうろついている奴らから奪うんだぞ!
 各部屋にはコウモリの形をした根付を置いているから、五つ以上入手した者から道場へ行ってくれ。
 手合わせに勝てば、ちょっと大きめの菓子と、天守に入ってよし、の札がもらえるぞ。
 天守前広場には、大きな化物達が待機しているから、札を死守しながら一本取れよ!
 札を取られたり、一本取れなきゃやり直しだ。
 札を持った者だけが入れる天守では、刑部姫に扮した主が一番いい菓子を用意しているが、それを手に入れるには、ちょっと厄介な連中を倒さなきゃならない。
 だが!
 数多の戦を生き抜いてきた君達なら!
 見事手に入れられると!
 信じているぞ!!」
 こぶしを握って力説する鶴丸に煽られ、短刀達は気勢を上げた。
 「ただ菓子をもらうだけなら面倒くさいと思っていたが、こりゃ楽しそうだ」
 魔法使いの格好をした薬研がにやりと笑うと、魔女姿の乱も楽しげに頷く。
 「ボク、一番いいお菓子をもらうんだぁ!
 一番乗り、狙っちゃうよ!」
 「ま・・・負けません・・・!」
 虎の着ぐるみを着た五虎退が、消え入りそうな声で言うと、孫悟空の格好をした愛染がこぶしを振り上げた。
 「蛍がいない間に、遅れを取っちゃあ来派の名がすたるぜ!
 一番乗りは俺だ!!」
 「はいはい、せいぜい頑張っといで。
 自分は部屋で、短刀はんらに菓子を用意してますわ」
 三蔵法師姿の明石が愛染の頭を撫で、早速踵を返す。
 「あぁ、自分らが配置につくまで、待っといてな。
 追い越されても、菓子は出されんし」
 今にも駆け出しそうな短刀達に言い置くと、他の刀らものんびりとした足取りで広間を出ていった。


 「まだ?まだなの?!」
 鶴丸が床の間に置いて行った目覚まし時計のアラームを、包丁が足踏みしながら今か今かと待つ。
 アラームが鳴ったら開始、と言っていたのに、それは十一時丁度を指してもまだ鳴らなかった。
 「鶴丸のことだから、中途半端な時間に設定して、驚かせるに決まってるぜ」
 厚が言った途端、案の定とばかり、11分という中途半端な時間にアラームが鳴る。
 「はじめー!!!!」
 一斉に部屋を飛び出し、視界から消えた短刀達に、謙信と日向、毛利が唖然とした。
 「修行帰りの短刀達、半端ない早さだよねー!」
 クスクスと笑う、吸血鬼姿の清光の隣で、なぜか南蛮の姫のようなドレスを着た安定が肩をすくめる。
 「早さでは敵わないけど、一番になったからってなにがあるわけじゃないしね。
 のんびり行こうよ」
 言いつつ歩を踏み出した彼は、ドレスの裾につま先を引っ掛けてしまい、眉根を寄せた。
 「ねぇ、キヨ!
 なんで僕、このカッコ?
 もっと動きやすいのじゃないと、手合わせで勝てないんだけど!」
 頬を膨らませて清光の腕を取ると、彼は意地悪く笑う。
 「ヤスとはヴァンパイアでおそろにしたかったけどさ、長船とかぶっちゃったんだもん。
 カッコよさじゃ敵わないから、せめて餌と一緒に、と思ってさーv
 「餌ってなに!腹立つ!」
 「いいから、いこ!
 御座所が一番近いから、そこから回って行こうよー♪」
 安定の手を引いて出て行った清光を見やった鯰尾が、骸骨の面をかぶった毛利の手を取った。
 「俺達も行こv
 毛利はこういうの、初めてだろう?」
 「俺達が・・・一緒に行く」
 と、骨喰は謙信の手を取ってやる。
 「ところで君達のカッコ・・・なんなの?」
 手を引かれることは遠慮した日向の問いに、脇差の兄弟は互いに頬を寄せ合った。
 「アリスv
 可愛いでしょv
 「英国の童話だそうだ。
 最初は、それに出てくる双子にしようと思っていたんだが・・・」
 骨喰がちらりと見遣った鯰尾が、大きく頷く。
 「仲が悪いんだって、その兄弟。
 だから仲良しの俺達は、アリスでお揃いにしたんだv
 フリルがたっぷりと施されたスカートの裾を翻す二人に、日向は小首を傾げる。
 「物吉にも、そういうのを着せてあげたかったな」
 「いえ、僕はこういうのは、遠慮したいです・・・」
 苦笑する物吉を見遣った日向は、うん、と頷いて物吉の手を取った。
 「来年は、もっとうまくやろう」
 「女の子の格好は・・・ナシですからね?」


 「いっちばーん!」
 ドワーフの姿をした博多の肩を踏み台に、文字通り御座所へ飛び込んだ小天狗の今剣は、縁側に並んで座る天下五剣と歌仙へ声をかけた。
 「三日月さまー!
 おかしをくれないと、いたずらしちゃいますよ!」
 「はは、賑やかだな」
 イタチのような、長い尻尾をどけて振り返った三日月が、ずれてしまった丸い獣耳の位置を直す。
 「元気は良いことですが、廊下を走ると危ないですよ」
 「そうだ、怪我をしないようにな」
 同じく振り返った数珠丸と大典太も同じ姿をしていて、今剣に追いついた短刀達は、揃って首を傾げた。
 「・・・カマイタチ・・・ですか?」
 最初に声を上げた秋田に、三人は手を叩く。
 「よくわかったな。
 そうだ、俺はカマイタチの、人を転ばせる役目だそうだ」
 これ見よがしに鎌を掲げる三日月に続き、大典太も、普段持っている太刀に比べれば貧相な鎌を掲げる。
 「俺は、転んだ人間を斬って・・・」
 「私が癒やすのですよ」
 数珠丸だけは、薬の瓶を持ち上げて微笑んだ。
 「歌仙は?
 歌仙は、仮装しないんですか?」
 普段と変わらない私服のまま、背を向ける歌仙に、座敷わらしの姿をした小夜が声を掛けると、彼は呆れたように肩をすくめる。
 「僕はね、こういう催しには大して・・・」
 くるりと、振り返った彼の顔を見た短刀達が、一斉に悲鳴を上げた。
 「興味が無いことはないね」
 のっぺらぼうの面をかぶった歌仙が、意地の悪い口調で言う。
 「あんたら・・・肝試しと勘違いしてないか?」
 動悸が治まらない心臓を押さえて、猫又姿の後藤が言うと、怯えて虎に縋り付いていた五虎退もこくこくと頷いた。
 「こ・・・怖いです・・・・・・!」
 「それは悪かった。
 お詫びに、お菓子をあげようね」
 楽しげな口調で言った歌仙は、しかし、すぐに肩をすくめて、短刀達へ手を払う。
 「済まないが、勝手に持って行ってくれないか。
 なにも見えない」
 「歌仙・・・・・」
 呆れ口調の小夜が進み出て、菓子が積まれた盆を持ち上げた。
 「どうぞ・・・」
 短刀達に差し出すと、それぞれが菓子と、コウモリの根付を手に取る。
 「手合わせ、頑張るのだぞ」
 「妙に張り切った連中が集まっているからな」
 「怪我のないように、気をつけて」
 穏やかに言う天下五剣と歌仙に礼を言って、短刀達は次なる部屋へと攻めて行った。


 「この部屋って、誰のだっけ?」
 「千代金丸さんですよ。
 琉球のお菓子、もらえますかね?」
 本丸の見取り図を見ながら、並んで歩いていた浦島と堀川が、印のついた部屋の前で足を止めた。
 と、向こうから襖が開いて、赤い衣装に真っ赤な髪をした千代金丸が現れる。
 「え?!赤い・・・」
 唖然とする二人に、彼は穏やかな笑みを浮かべた。
 「キジムナーと言う、琉球の精霊さぁ。
 驚いたさぁ?」
 ふふふ・・・と、柔らかく笑う彼に、二人は頷く。
 「怖い化物じゃないから、安心するさぁ。
 さぁ、サーターアンダギー作ったから、持っていくさぁ」
 「わぁ!ありがとう!!」
 「美味しそうです!」
 一つ取ったものの、もじもじとしてもの言いたげな二人へ、千代金丸は更に菓子を渡した。
 「兄さん達と、和泉守にも持っていくといいさぁ」
 「いいの?!」
 「嬉しいです!」
 自分がもらった時よりも喜ぶ二人に、千代金丸は微笑む。
 「仲良しなのは、いいことさぁ。
 ・・・あ。
 あんた達もどうさぁ?」
 それぞれに菓子の入った籠を抱えて、回廊を渡る髭切と膝丸に声をかければ、手を振る彼に気づいた二人が歩み寄ってきた。
 「なんだ、俺達にもくれるのか?
 今日は配る方だと聞いたのだが」
 訝しげな膝丸と同じ、鬼の姿をした髭切が、嬉しそうに笑う。
 「いいじゃない、もらっても。
 これ、なんていうお菓子ー?美味しそうだねぇ」
 「サーターアンダギーっていう、琉球の菓子さぁ。
 たくさん作ったから、あとでみんなにも配ることにするさ」
 ふふふ・・・と、穏やかな顔で笑い合う二人の間で、手持ち無沙汰な脇差達に気づいた膝丸が、籠に入った菓子とコウモリの根付を渡した。
 「これでいくつになった?」
 「ありがとう!
 俺、三つだ!」
 嬉しげに手のひらの上で転がす浦島の隣で、堀川も嬉しそうに笑う。
 「僕も、三つです。
 あと二つか・・・ここから近いのって、明石さんのところですね」
 踵を返そうする堀川の肩を、髭切がぽんぽんと叩いた。
 「僕たちの他にも、ぱぱ上とー・・・いつも笑ってる彼」
 「にっかり青江だ、兄者」
 「そうそうー。
 彼らが、回廊を周回しているよ。
 あともうひとりー・・・誰がいたっけ?」
 「俺だ、兄者。
 隣りにいる」
 悲しげな膝丸に、浦島が苦笑する。
 「じゃあ、小烏丸さんか、にっかりさんに会えるかなー」
 きょろきょろと辺りを見回す浦島の隣で、堀川も視線を巡らせた。
 「長船のサンルームにも行きたいけど、道順外れちゃったしなぁ・・・」
 「あぁー・・・。
 御座所から、まっすぐに行ってしまえばサンルーム、宿坊の方へ戻ればこのルート、というわけさぁ?」
 本丸の見取り図を覗き込んだ千代金丸に、脇差達が頷く。
 「浦島くん。
 明石さんのところに行った後、小烏丸さんかにっかりさんを見つけて、先に道場に行きましょう。
 兼さんや、長曾祢さん達が待ってますし」
 「そうだなー。
 五つ集めて、兄ちゃんたちのところ行こう!
 千代金丸さん。
 膝丸さんに、髭切さんも!ありがとう!」
 「失礼します」
 去って行く二人に手を振り返し、千代金丸と髭切は、続いてやって来た刀達へ、柔らかな笑みを向けた。


 「次はー・・・あ、ここ絶対ヤバイぜ。鶴の部屋だもん」
 一旦先行したものの、戻って来た太鼓鐘に道案内された日向は、思いっきり顔をしかめた。
 「同じ家にいたからって・・・いつまでもつるんでいるのはどうなんだい?
 鶴丸は、太鼓鐘の教育上、よろしくないと思うのだけど」
 「それ、歌仙さんも言ってましたー」
 くすくすと笑って、物吉が襖を開ける。
 「大丈夫ですよ、楽しい人ですか・・・ら?」
 あれ?と、物吉は首を傾げた。
 「鶴丸さん、いませんね」
 「あれ?ホントだ。
 鶴ー?厠かー?」
 物吉に続いて部屋に入った太鼓鐘が呼びかけるが、返事はない。
 「自分で企画しておきながら、部屋を留守にするなんて。
 どういうつもりなんだ」
 ぶつぶつと言いながら、部屋の中心に置かれた、巨大な置物をコンコンと叩いた。
 「これ、鶴丸がかぶっていたカボチャと同じ意匠だね。
 なんの意味が・・・」
 「はろいーん!!!!」
 「きゃあ?!」
 突然蓋が弾け飛んで、中から現れたカボチャのかぶり物に物吉が悲鳴をあげる。
 「び・・・びっくりしましたよ、鶴丸さん・・・!」
 どきどきと跳ねる心臓を押さえる物吉に、鶴丸が嬉しげな笑声をあげた。
 「楽しんでくれたか?」
 「あー・・・。
 俺は、やっぱりなーって思ったくらいだけど」
 自分に抱きついた日向に、太鼓鐘はくすぐったそうに笑う。
 「驚いてくれたみたいだぜ?」
 「大成功だ!」
 満足気に言って、鶴丸は巨大カボチャの置物から菓子の袋とコウモリの根付を取り出した。
 「それ、俺からだ。
 君たち、長船の連中がいるサンルームには、もう行ったかい?」
 菓子を受け取った三人は、顔を見合わせて首を振る。
 「そうか!
 じゃあ、せいぜい取り込まれないように頑張るんだな!
 光坊からのメールによると、だいぶ犠牲者が・・・おっと、これ以上は秘密だ!
 俺のことも、隠れていることは秘密にしろよ!」
 じゃ!と、太鼓鐘が拾ってやった蓋を内側から閉めた鶴丸に、その後はなにを聞いても答えてはくれなかった。
 「みっちゃんの罠って・・・なんだろうなー」
 鶴丸の部屋を出て、サンルームへ向かいながら太鼓鐘が言えば、日向が不機嫌そうに鼻を鳴らす。
 「あの連中のことさ。
 どうせ、ろくでもないことだよ」
 「父ちゃん〜・・・。
 みっちゃんはいいやつだぜ?」
 困り顔で腕を引く太鼓鐘には、口をとがらせた。
 「知っているよ。
 だから余計に腹が立つ、ということもあるんだよ」
 「父様ったら・・・」
 物吉も苦笑して、今日は暗幕に覆われたサンルームを指す。
 「入りましょ。
 きっと、美味しいお菓子を用意してくれてますよ」
 言って、暗幕に手をかけた彼は、そっと中を伺った。
 「お邪魔しま・・・っ!」
 「どした?」
 息を呑んで固まった物吉が持つ暗幕と重なる暗幕を、太鼓鐘も引く。
 「おやまぁ・・・」
 闇に閉じ込められたサンルームの、普段とは全く違った有様に、さすがの日向も感心した。
 「ようこそ、我ら闇の宴へ。
 歓迎するよ」
 進み出た大般若に迎え入れられた部屋は、銀の燭台に灯された蝋燭の火で、柔らかく照らされている。
 「さぁ、おいでよ!
 闇のティーパーティへようこそ!」
 小竜の、陽気な声に誘われて見遣った大きなテーブルの上では、美味しそうなケーキやクッキー、マカロンや軽食までもが、揺らめく炎に照らし出されていた。
 「お茶にする?コーヒーにする?
 貞ちゃんは、蜂蜜を入れたミルクティーだよね」
 席についた途端、光忠が差し出してくれたティーカップを受け取った太鼓鐘は、テーブルを囲む短刀達が、小豆のサーブする菓子に夢中になっている様に吐息する。
 「確かに・・・最大の罠だな」
 先頭を行ったはずの今剣が、嬉しそうにケーキを頬張る様には、笑わずにはいられなかった。
 「僕が嫌いなのは、こういうところだよ」
 不満げに言ったものの、日向は甘い抹茶オレに、満足げな吐息を漏らしてしまう。
 「こうやって、いつの間にか逆らえない状況にされてしまうのが気に入らない」
 「はは。
 満足していただけて、嬉しいよ」
 いつの間にか傍らにいた大般若が、日向の耳に唇を寄せた。
 「いつまでも、いてくれていいんだよ?」
 「ふん」
 鼻を鳴らした日向は、何気なく口に入れたマカロンの美味しさに目を見開く。
 「ま・・・まぁまぁだね」
 感想を聞きたそうに、目を向けてくる光忠と小豆には、殊更無愛想に言って、日向はクッキーへ手を伸ばした。
 「ねぇ、みんな。
 天守に行かないと、主が寂しがっているんじゃないかな」
 その言葉に、慌てた短刀達が、ガタガタと椅子を鳴らす。
 「わすれてました!
 ぼく、いちばんのりするって、岩融とやくそくしているんですっ!」
 立ち上がった今剣は、しかし、小豆が新たにテーブルへ置いたチョコレートケーキに歩を止められた。
 「たべてからいくかい?」
 ケーキを切り分けてくれる小豆の、優しい眼差しに今剣は頷きそうになる。
 「た・・・食べたい・・・!でも・・・!」
 うろうろと視線をさまよわせる乱を、博多が押しのけた。
 「先陣は俺ばい!!」
 「いや、先陣切っても、なんもないけどな」
 勇者姿にはふさわしくない厚の言い様に、薬研が肩をすくめる。
 「ここでのんびりしていたいが・・・確かに、ほっといたら大将が拗ねるな」
 仕方ない、と、薬研も席を立った。
 「ごちそうさん。
 後がなけりゃ、長居したいくらいうまかったぜ」
 「またあとで、おいで」
 優しく微笑む小豆に頷き、薬研は短刀達へ声を掛ける。
 「行こうぜ」
 「あ・・・うん・・・」
 頷いたものの、目線を菓子から外せないまま、名残惜しそうに不動も席を立った。
 「じゃあ、俺らも・・・」
 「貞ちゃん・・・もう行っちゃうの?」
 「う・・・・・・!」
 しょんぼりとした目で、大般若よりも強烈な誘惑をしてくる光忠に、太鼓鐘は声を失う。
 「じゃ・・・じゃあ、お茶を飲んじまう間くらいは・・・・・・」
 もぞもぞと身じろぐ太鼓鐘に、物吉も頷いた。
 「せっかくです。
 長船の皆さんのお菓子、頂いてから行きましょう」
 言うと、クッキーを取る手が止まらない日向もそっぽを向いたまま、頷く。
 「じゃあ、お茶のお代わり淹れるね!」
 「ちょっ!!みっちゃんみっちゃん!引き止めないでくれよ!」
 「言っただろう、快活の若君」
 慌てる太鼓鐘の頬に、大般若が頬を寄せた。
 「俺達は誘惑するのさ。
 君達のように素敵な子らを、仲間に引き入れるためにね」
 「こらこら、にゃにゃくん。
 君がやるとシャレにならないから、やめてあげて」
 真っ赤になって声を失った太鼓鐘に、光忠が微笑む。
 「ごめんね、貞ちゃん。
 お詫びに、僕の特製トフィーを食べていって。美味しいよ」
 「み・・・みっちゃんー・・・!」
 いつまでも解放してくれそうにない彼らに、太鼓鐘は情けない声を上げた。


 「あれ?
 俺達が一番乗り?」
 「弟達は・・・もう天守に行ったのか?」
 毛利と謙信の手を引いてやって来た鯰尾と骨喰に、道場にたむろしていた獣達が、一斉に首を振った。
 「ちっとも来ないんだ・・・。
 きっとどこかで、ごちそうに捕まっているんだろうね」
 三月兎の姿をした一期一振は、長いウサギの耳を揺らして小首を傾げる。
 「さぁて。
 粟田口年長組の実力を、誰に見せるのかな?」
 負けは許さないと言う、兄の笑っていない目に、二人は苦笑した。
 「こーんなカッコしてても、十分戦えるよ」
 「当然だ」
 手合わせ用の木刀を取った二人が、互いの背を守るように構える。
 「何人でもどうぞ?」
 「殲滅する」
 自信に満ちた二人の態度が気に入らないとばかり、南泉が進み出た。
 「生意気な奴らだにゃ!
 化け猫の名にかけて、滅ぼしてやる!にゃ!」
 「ははんv
 それ、死亡フラグっていうんだよ」
 「兄弟は、そういうことばかり詳しいな」
 煽る鯰尾にほんの少し微笑んだ骨喰が、一瞬で南泉の懐に入る。
 「もらった」
 南泉の持つ木刀を弾き、刃を腹に当てた。
 「す・・・すごいのだ!」
 あっという間に敵を退けた骨喰に、謙信が頬を染める。
 「鯰尾兄さん、僕だけじゃ勝てないから、手伝ってください」
 「いいよ、毛利。
 謙ちゃんもおいでよ」
 謙信がおずおずと木刀を取ると、一本取って権利を得たはずの骨喰も再び加わった。
 「さーぁ。
 今度は何人で来る?」
 煽ってやると、大倶利伽羅と獅子王が進み出て来る。
 「相手してやる」
 「脇差と短刀が、狼と獅子に勝てるかな!」
 「お待ちナサイ!
 相手が四人ならコチラも四人が妥当でショウ!」
 「フフフ・・・v
 包帯に覆われたこの身を、更に痛めつけることができるかい?」
 ゲーム仲間だけならばともかく、毛利や謙信に対して、教育上近づけたくはない村正と亀甲の登場に、脇差達は眉根を寄せた。
 「・・・骨喰」
 「わかっている」
 うん、と頷きあった瞬間、二人は一斉に飛び出し、それぞれに村正と亀甲へ身体ごとぶつかって、大倶利伽羅、獅子王へと突き飛ばす。
 「行け!!」
 その声を合図に飛び出した毛利と謙信が、よろけた大倶利伽羅と獅子王のすねをしたたか打った。
 「このっ・・・!」
 「いったっ!!」
 短刀とは言え、容赦ない一撃を受けて、二人はたまらずしゃがみ込む。
 「四人とも、見事だったよ」
 ぱちぱちと手を叩いて嬉しそうな一期一振に、長曾祢と兼定が苦笑した。
 「粟田口にはかなわんな」
 「長船もだろ」
 肩で息をする謙信に歩み寄った兼定は、彼を抱き上げてやる。
 「頑張ったな、謙信!
 さすが軍神の刀だぜ!」
 「ひっ・・・!」
 壬生狼らしく、恐ろしい獣の化粧を施した兼定に怯えてしまった謙信を、毛利が輝く目で見つめた。
 「謙信くんっ・・・!かわいい・・・!
 あぁでも僕には、蛍くんという可愛い子が・・・でも、謙信くんも可愛いし、ごこちゃんも可愛い!!
 僕は一体、どうしたら!!」
 「どうもせんでいいだろ・・・」
 呆れ声の長曾祢が、一期一振を見遣る。
 「お前の弟は、面白い奴が多いな」
 「たくさんいますからな」
 むしろ得意げに言って、彼は吉祥天女のような蜂須賀と、白い布を頭からかぶっただけの山姥切国広を振り返った。
 「弟と言えば、あなた達の兄弟も遅いですね」
 「浦島は、堀川と一緒に来ると言っていたぞ」
 「あちこち楽しみながら来ているんだろう。急かすことはない」
 「いや!
 噂をすれば、影のようであるぞ!」
 豪腕にふさわしい金棒を担いだ山伏が、鬼にしては陽気な声をあげる。
 「兄ちゃんたちー!
 千代金丸さんに、琉球の菓子もらったー!」
 「兄弟と、兼さんの分も頂いたんですよ。
 後で、お茶にしましょうね!」
 嬉しげに頬を染めて入ってきた二人に、兄達は微笑んだ。
 「では!
 お手合わせ願おうか!!」
 進み出た青鬼姿の山伏に、怯えた謙信が涙目になる。
 「和泉守さん、おろしてやってよ。
 いち兄ー。
 俺達勝ったんだから、お菓子と天守行きの札ちょうだい」
 手を差し出した鯰尾は、菓子の包みと紙の札の他に、はちまきを渡されて、首を傾げた。
 「いち兄・・・これは?」
 「天守前広場での趣向だよ」
 骨喰の頭にはちまきを巻いてやった一期一振は、額に札を挟み込む。
 「天守前広場にいる、大きな化物達に札を取られたり、一本取られたらここへ戻っておいで。
 だけど、ここで手合わせをするには、コウモリの根付が五つ以上いるから・・・」
 「・・・最初からやり直し、ということか」
 それは面倒そうだと、うっかり二戦してしまった骨喰が肩をすくめた。
 「一発で勝たないとね!
 長船の部屋をスルーしちゃったから、早く天守を攻略して、サンルームに行きたいんだー!」
 絶対美味しいだろうから、と、鯰尾が笑みを向けた謙信は、頬を染めて頷く。
 「・・・ちゃんとかったぞ、って・・・ぐらんに、いうのだ・・・」
 きっとほめてくれるからと、耳まで紅くするさまに、毛利が鼻血を吹いて倒れた。


 リタイヤしてしまった毛利を一期一振に預けて、天守広場へ向かった一番乗り隊は、三体の巨大怪獣に一瞬、唖然とし、続いて笑いだした。
 「三名槍も薙刀も、すごいカッコ!!!!」
 ゴジラにガメラにキングギドラと、よくもここまで大きな着ぐるみがあったものだと感心する三名槍に、阿吽の金剛力士に扮した静形と巴形、不動明王の姿を模した岩融までいて、混沌とした有様だ。
 「いや、お前らもある意味、すごいカッコだけどな」
 ガメラの甲羅を重たげに背負って、御手杵がフリルドレスを翻す鯰尾に笑いだした。
 「でもな」
 背後から伸びた手が、骨喰の額にかかる。
 「油断大敵だ、骨喰の。
 札は俺がもらったぞ」
 「静・・・」
 「へぇ・・・。
 これって、取られっぱなし?」
 にやりと笑う鯰尾に、骨喰も微かに笑った。
 「どっちが油断だ?」
 身を沈めた骨喰が、静へ強烈な足払いをかける。
 なんとか踏みとどまったものの、その手からは札が奪われていた。
 「はい、骨喰。
 もう取られちゃだめだよ」
 「ありがとう、兄弟」
 「やれやれ、手癖の悪い連中だ」
ぬっと、進み出た岩融は、威圧感たっぷりに彼らを見下ろす。
 「悪い小僧は、俺が躾けてやらねばならんな!!」
 「ひっ・・・!」
 怯えて首をすくめた謙信の額から、巴が札を引き抜いた。
 「取ったぞ。
 こういう状況を・・・何と言うのだったか。
 顔を洗って出直してこい、だったか?」
 「あ・・・かっ・・・かえせ!かえせー!」
 取り返そうと諸手を上げ、ぴょんぴょんと跳ねる謙信よりも遥か高い場所にある頭上へ、札を掲げる。
 「主より、門を任された以上は誰も通す訳にはいかない」
 「そんなっ・・・あ・・・あるじのっ・・・おかしをもらって、ぐらんにほめてもらうのだ・・・かえせえええ!」
 きゃあん!と、謙信が泣き声を上げる度に、非難めいた視線が巴に刺さった。
 「な・・・なぜ俺が悪いみたいになっているのだ」
 下ろした手を腰に当て、今のうちだと言わんばかりに札を振る巴の手から、謙信が奪い取る。
 「・・・。
 あぁ、とられてしまったー」
 札が謙信の手にあることを確認してから平坦な声で言う巴に、日本号が笑いだした。
 「お前もだいぶ、丸くなったじゃねぇか!」
 「そうだな、硬さが取れてきて・・・こら、鯰尾。
 いい話をしているのだから、引っ張るな」
 蜻蛉切の苦情に、しかし、鯰尾は蜻蛉切の頭の上に生えた、三首の竜の頭を次々に引っ張る。
 「丈夫ですねえ、これ。
 でも、こんなのつけてたら、動きにくいでしょ」
 「あぁ・・・。
 何しろ、視界が狭くてな」
 周りが見えない、とため息をつく蜻蛉切に、鯰尾がにんまりと笑った。
 「ですよねー」
 背に回した手で、こっそりと手招いた謙信が蜻蛉切の背後に忍び寄り、体当たりを食らわせる。
 「ぐあっ!」
 膝裏にダメージを受け、倒れた蜻蛉切の向こうで謙信が、興奮気味に鼻を鳴らした。
 「ぼ・・・ぼくのかちだ!」
 「謙ちゃんえらーい!
 天守一番乗りだよ!」
 拍手する鯰尾に、頬を紅潮させた謙信がちんまりと一礼する。
 「た・・・たすけてくれて、ありがとう・・・なのだ・・・」
 「いーえ!
 でも、弟達には秘密だよ?
 なんで自分は助けてくれなかったんだって、怒っちゃうからさ」
 「ここにいないんだから、仕方ないだろう」
 いれば助けた、と、骨喰が肩をすくめた。
 「それで?
 どいつから一本取る?」
 淡々と見渡した骨喰は、腰を落とす。
 「近場でいいか」
 「へっ?!ぅわっ!!」
 足払いをかけられて、ひっくり返った御手杵が、背負った亀の甲羅のせいで立ち上がれずに、わたわたともがいた。
 「おいおい、大変だな」
 「だから着ぐるみはまずいと言ったのだ」
 日本号と、なんとか自力で立ち上がった蜻蛉切が差し出した手を、御手杵が取る。
 「すまねぇ!
 まさか、こんなに動けないなんて・・・ぬあああああ?!」
 「へっ?!」
 「ぐはっ!!」
 二人の腕を取ったまま、足を滑らせた御手杵に引かれてもろともに倒れた。
 そこへ、
 「いっぽーん♪」
 ぽかりと、鯰尾が御手杵の頭を木刀で叩く。
 「・・・お前、ほんと抜け目ないよな」
 「油断大敵なんでしょ?」
 くすくすと笑いながら鯰尾と、骨喰も彼らが起き上がるのを助けた。
 「こういうことはほんとは、おおきいものがやるんだぞ」
 「あ」
 謙信の指摘に、傍観していた薙刀達が呑気な声を上げる。
 「そうだな、手を貸そう」
 三人が槍達へ歩み寄り、それぞれに手を貸した。
 その隙に、
 「今だっ!」
 謙信の背を押して、脇差達は天守最上階へと駆け上がる。
 「いっ・・・いちばんのり、したのだっ!」
 「あーるじー!お菓子ちょうだ・・・いひぃっ?!」
 眼の前に迫った刃を、鯰尾は文字通り、間一髪避けた。
 「ちょ・・・なんなの!
 ・・ってそうか」
 「厄介なのがいるって、最初から言われていたな」
 吐息した骨喰が、小首をかしげる。
 「あんたが振るえば、木刀でもその威力か、大包平」
 「はっ!
 ガキ共に遅れをとる俺ではないぞ!」
 「・・・いや、ここで負けるのが大人でしょ。
 なんでガチなのさ」
 厄介すぎる、と、ため息をついた鯰尾は、奥を見遣った。
 「主、そこにいるんでしょ?」
 常ならば、物見台の役目を果たすべく、四方を開放して涼しい風が吹き抜ける天守最上階だが、今日は全ての窓が暗幕に覆われている。
 階段の登り口付近は明かりが灯されて、悪魔の姿をした大包平を下から照らし出し、その恐ろしさを増しているが、この場の御座所にいるはずの主の姿は、全く見えなかった。
 「もぉ。
 手合わせするから、せめて階段は上がらせてよ」
 そう言って階段を登りきった鯰尾は、大包平の傍らをすり抜けて奥へと飛び込む。
 「お菓子ちょうだ・・・ひゃああああああああああ!!!!」
 鼻先に、突如現れた巨大な鬼婆の顔に、鯰尾が悲鳴を上げた。
 『何をしに来た・・・!』
 地響きがするような、しゃがれ声の大音声に、謙信は怯えて声も出せない。
 と、
 「あぁ・・・そういうことか」
 しばらく考え込んでいた骨喰が進み出て、鬼婆の顔へ一礼した。
 「我ら、刑部姫が城下の者。
 思い至って肝試しにまいりました。
 登りきった証に、なにか印をいただきたい、天守の主よ」
 骨喰が淡々と言えば、鬼婆の顔の向こうで、くすくすと笑う声がする。
 「よろしい」
 別の声がして、ぽう、ぽう、と、宙に狐火が灯った。
 「勇ましき若武者よ、我がぬしさまより、褒美の品を取らす。
 ありがたく受け取られよ」
 芝居がかった口調で現れた小狐丸が、手にした菓子箱を骨喰と、鯰尾、謙信へ渡した。
 「ありがとう。
 ところで・・・」
 まじまじと、骨喰は目の前に迫る巨大な顔を見つめる。
 般若の面のように、金色の目を見開き、艶のない白髪を振り乱す鬼婆は、時折牙を向いて襲いかかる風に迫ってきた。
 「これは、わたぬきに鶴丸がやっていた・・・?」
 「プロジェクション・マッピングだ」
 闇と画像に阻まれ、姿は見えないが、主のからかうような声がする。
 「どうだ、驚いたか?」
 「やりすぎだよ、主ー。
 謙ちゃんが泣いちゃいそうだよ」
 くすくすと笑う鯰尾の隣を、鬼婆の顔を必死に避けながらそろそろと進んだ謙信が、ようやく主の膝に辿り着いた。
 「い・・・いちばんのり・・・だ」
 「あぁ、がんばった」
 闇の中から伸びた手に撫でられ、謙信は嬉しげに笑う。
 「ぐらんにも、ほめてもらうのだ!」
 途端に元気になった謙信は、菓子をくれた主と、ここまで助けてくれた脇差達に礼を言ってから、一番に駆け下りていった。


 「ぐらんー!
 ぼくは、いちばんのりだったぞ!」
 謙信が声を弾ませてサンルームに飛び込むと、テーブルに就いたままの太鼓鐘が、愕然とした顔で振り返った。
 「なんてこった・・・!
 みっちゃんの菓子に誘惑されている間に、大局を失っていたぜ・・・!」
 「まぁ・・・これはこれでいいじゃない」
 美味しいし、と、笑う物吉に同意を求められ、日向もうっかり頷く。
 「まぁ・・・僕は、別に一番乗りを狙ったわけじゃないしね」
 強がりじゃない、と言わんばかりに、日向は殊更ゆったりと茶を飲んだ。
 「早いもの勝ちじゃないんだし、ゆっくりしてていいんだよー。
 謙は、おかえりだね。
 主からもらったお菓子って、どんなの?」
 光忠が抱き上げる謙信の頭を撫でてやりながら小竜が問うと、彼は得意げに菓子箱を差し出す。
 暗い天守の中ではわからなかったが、丸い化粧箱は鶴丸の被っていたカボチャと同じ色で、黒いレースのリボンで飾られていた。
 「へぇ。
 これは洒落た菓子箱だな。
 開けてみてはどうだい?」
 興味を惹かれた様子で大般若が言えば、頷いた謙信はリボンを解く。
 「ちょこれーとだ!」
 南蛮の、有名店の印が入ったチョコレートは、開けた途端に甘い芳香を立ち上らせた。
 「ほう・・・。
 これはいいちょこれーとだな。
 どんなざいりょうをつかっているのだろうな」
 「僕らも作ってみたいねぇ」
 興味深げな小豆に微笑み、光忠は謙信を彼へ渡す。
 嫌な予感に、早速踵を返そうとした小竜と大般若の襟首を、光忠はすかさず掴んだ。
 「お菓子作り、みんなでやると楽しいよ?
 衣装代分は、働きなさいね、君達v
 凄みのある笑顔に、二人は顔を引き攣らせる。
 「なにそれ・・・!」
 「借金取りかい、親父・・・!」
 まんまとはめられたことに、ようやく気づいたが遅く、二人はこの後数日間、厨房での手伝いを命じられる羽目になった。




 了




 










刀剣初のハロウィンSSでした。
肝試しと勘違いしている刀ばかりですけど(笑)
題名の『前の宴』は前夜祭のことで、こののち、後の祭があるとか、そういう話ではない。
そもそも、ハロウィンは11/1で、10/31はハロウィンの『前夜祭』ですわ。
推敲時に、出てこなかった刀を増やすつもりでしたが、蛇足になりそうなのでこんなカンジで。
そろそろ、本丸内の見取り図を作成しないといけないな、と思いましたー・・・。













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