〜 ちはやぶる 〜






 白を基調にした清潔な部屋は、しかし、むせ返るほどのきつい薬品臭に満ちていた。
 顔をしかめ、踵を返そうとした彼の腕は、団扇ほどもある大きな手に掴まれ、引き戻される。
 「放せ、無礼だぞ」
 見上げた先で、にやつく顔を睨むが、相手は有無を言わさず室内に引き入れ、最奥で薄笑いを浮かべる、白衣姿の少年の前に彼を突き出した。
 「よぉ、元監査官殿。
 俺とは初めまして、か?」
 傲慢に足を組んで座る少年の、見た目とはかけ離れた、大人びた声音に彼は、更に眉根を寄せる。
 「・・・なんの用だ」
 知らず、上ずった声が出てしまったことが気まずく、彼は殊更に少年を見下ろした。
 「この本丸で会ったのはこれが初めてだが、お前のことは知っている。
 薬研藤四郎。
 新人は、お前へのあいさつが必要なのか?」
 「場合によっちゃあな」
 皮肉はあっさりと流して、薬研は彼の腕を掴んだままの槍へ笑みを向けた。
 「日本号。
 使っちまって悪いが、そのまま本歌殿を押さえていてくれ」
 「いいぜ」
 薬研の依頼に頷いた日本号は、腕を掴んだまま、彼の袖を二の腕まで捲り上げる。
 「っなにをするか!!」
 身動きを封じられて驚く彼に、薬研は薄笑いを浮かべた。
 「なぁに。
 生意気な新人には、ちょいと痛い目にあってもらおうと思ってなぁ」
 と、彼がちらりと目線を送った先―――― 部屋の隅では、猫殺しの刀がうずくまって、しくしくと泣いている。
 「南泉・・・!」
 何をされたのか問うまでもなく、彼へもそれは迫っていた。
 「これも主命だ。
 悪く思うなよ」
 薬研が手にした、細長い筒の先に鋭い針が光る。
 「なにを・・・!やめろ!!」
 「おとなしくしろ。
 昨日は徹夜しちまったからな、暴れると手元が狂うかもしれないぞ?」
 日本号が握る彼の腕へ、薬研が針を立てた。
 「っ!!」
 鋭い痛みに知らず、涙が浮かぶ。
 と、
 「よーしよし、頑張ったなー。
 ご褒美に飴でもやろうか?」
 子供のように頭を撫でられ、彼は頬に朱を昇らせた。
 「なんなんだこれは!!
 おい、貴様!!
 主命だと言ったな!!
 俺にこんなことをしておいて、この本丸がただで済むと思うなよ!!」
 怒号をあげる彼から手を離した日本号が、改めて彼の頭を掴む。
 「それ以上言うのはやめておけ、山姥切長義。
 今のお前は政府の監査官じゃない、この本丸の一振りだ。
 権威を振りかざす奴を、ここの主は心底嫌う」
 「・・・だからか?
 俺が気に入らないから、こんな仕打ちを・・・!」
 声を震わせる長義に、薬研は首を振った。
 「いや、それは違う。
 インフルエンザの予防接種は、政府の衛生担当省からの命令で、全本丸に義務付けられたもんだ。
 千代金丸は遠征中だからまだ呼んでないが、新人は去年からの免疫がないからな。
 主命により、優先で打ってやっただけだよ」
 ちなみに、と、薬研は意地悪く笑う。
 「日本号を使って脅したのは、俺の趣味だ。
 イイ顔で泣いてくれて、嬉しいぜ」
 「っ!!」
 まんまと騙された長義は、怒りのあまり声を失った。
 その様にまた嬉しげに笑って、薬研は長義と、南泉にも椅子を勧める。
 「泣かせた詫びに、薬湯を淹れてやるよ。
 大将の風邪も一発で治した極上品だぜ?」
 「おい、やめろ」
 邪悪な笑みを浮かべる薬研へ渋い顔をして、日本号が止めた。
 「それ、マズ過ぎて、味見したお前自身が目ェ回したやつだろ」
 「一時間も目ェ覚まさなかったのは初めてだったぜ。
 騙して飲ませた大将は、半日も気絶してくれたせいで、結果的に養生したしな。
 ぜひともみんなに飲ませたい」
 「誰が飲むか!!!!」
 いけしゃあしゃあと言う薬研に、新人二人は声を揃える。
 「なんなんだ、この本丸は・・・!
 聚楽第にいた間は、短刀達を思いやる、いい主だと思っていたのに・・・!」
 政府が開いた新たな戦場は、今までのそれとは違い、進軍にも不自由する難所だった。
 先発隊を拝命した山姥切国広と短刀達が孤立しないよう、主は進軍の度に十分な補給と心身のケアに心を配っていたと言うと、薬研は深く頷く。
 「うちの大将は、そういう所をおろそかにしないんだ。
 短刀には特にそうだな。
 強がっている奴ほど不安を抱きやすいってことをよくわかっていて、ケアを怠らない。
 まぁ、第一刀殿が言うには、性格が悪いから人をたぶらかす術に長けている、だそうだぜ」
 「まんまとたぶらかされたな、元監査官殿」
 にやにやと笑う日本号を睨んで、長義は舌打ちした。
 「今からでも政府へ連絡して、監査記録を変更・・・」
 「解かされたくなきゃ、やめとくんだな」
 薬研と日本号が、二人して長義の言葉を阻む。
 「今だから言うが、あんたが監査官としてこの本丸に来た後、大将はそりゃあおかんむりだったんだ。
 政府は審神者を配下に置いていると思っているだろうが、審神者からすりゃ・・・いや、うちの大将からすりゃ、逆らわないのは単に、逆らう理由がないからだ。
 政府が審神者を、高圧的に支配するっていうんなら、いつでも反乱起こしてやるって、今にも怒鳴り込んでいきそうな勢いだったぜ」
 「カチコミか?!」
 嬉しそうに目を輝かせる南泉に頷いた日本号が、大きな手で撫でてやった。
 「博多の気質だな。
 博多もんは黒田が大嫌いで、福岡もん・・・つまり役人に支配されることを心底嫌うんだ。
 うちの博多藤四郎も、黒田の刀のくせに気質は博多商人のものを受け継いでいるから、役人って奴らを心底嫌って・・・いや、馬鹿にしてんだな、あれは」
 苦笑する日本号に、薬研は何度も頷く。
 「遠征に行った時なんかあいつ、絡んできた小役人に平気で賄賂を渡したりするんだが、奴らが消えた後、心底蔑んだ顔で『自力で稼げん奴は、小金で言いなりになりよるばい』なんて言うもんな」
 だから、と、薬研は長義へ苦笑を向けた。
 「これからは、政府の威を借るようなことは言わないことだ。
 さもなきゃ大将は、本気でお前を解かすぜ?」
 「猫を見習って、主への忠勤に励めよ、ワンコ」
 「誰が犬だ!!」
 日本号へ吠え掛かる長義を、南泉が興味深そうに見つめる。
 「犬・・・か!
 だから主は、お前の顎を掴んでガクガクするんだにゃ!!」
 「あ?!なんだそれは!!」
 南泉の言葉を訝しんだのは長義一人で、薬研も日本号も、納得したとばかりに頷いた。
 「マズルコントロールか。なるほどなぁ」
 「そういや、大包平もやられてたな」
 ちなみに、と、南泉がふくれる。
 「俺は、首根っこ掴まれて揺さぶられたにゃ!」
 「マズルコントロールも首根っこ掴むのも、本当は体罰でやっちゃいけない躾なんだがなぁ。
 気性荒いからな」
 大将らしい、と苦笑する薬研を、長義が睨んだ。
 「お前だって今、俺を騙したじゃないか!!」
 「あ?
 そういやそうだな。忘れてたぜ」
 悪びれもせず笑う彼に、長義は固くこぶしを握る。
 「・・・っこの本丸の連中は!!」
 「ん?他にもか?」
 首を傾げる日本号に、長義は怒りの目を向けた。
 「第一刀と、古参組とか言われている打刀連中だ!!
 俺が奴らと組まされて、戦場に行った時・・・偽物に偽物と言ってやったら、変な歌を歌いながら総出で脅してきやがってっ!!」
 「変な歌?」
 首を傾げる三人に、長義は忌々しげに頷く。
 「陸奥守なんか、ヤーヤー言いながら銃を突き付けてきたんだぞ!!
 殺す気か!!」
 「あぁ。
 そいつを一緒に殴りに行こうか♪ってやつか」
 くつくつと笑う日本号を、長義は苛立たしげに睨んだ。
 「なんなんだよ!!
 偽物は偽物で、開き直りやがって・・・!
 本当なら、山姥切としてあの中にいたのは俺なのに・・・!」
 悔しげに歯噛みする彼に、薬研が大人びたしぐさで肩をすくめる。
 「山姥切が開き直るまでには、色々あったんだぜ?
 本歌のあんたが『山姥切』と呼ばれないのは気の毒だが、間が悪かったんだ。
 あんたこそ、本歌なんだって開き直れよ」
 それに、と、薬研はにんまりと笑った。
 「家系は違っても、長船の一人なんだろう?
 この本丸で、長船派の祖・光忠に逆らえる奴はいない。
 政府の威は借りられなくても、奴の威は借り放題じゃないか?
 せいぜい、奴の傘の下で吠えるんだな」
 「・・・随分な言いようだな、粟田口の一族が。
 お前こそ、数を頼りに吠えているんじゃないのか?」
 むっとした長義の反駁に、薬研は愉快そうに笑う。
 「権力に媚びへつらう奴かと思っていたが、そうでもないのかね」
 「なっ・・・!貴様!!」
 掴みかかろうとした手は、あっさりと振り払われた。
 「ふん・・・。
 矜持はあるようだ」
 余裕ぶって足を組み替えた薬研が、悔しげな長義をにんまりと見上げる。
 「せいぜい、反骨精神を見せろよ。
 反抗的な奴を徹底的に躾けて従属させるのが、好きな御仁だからな、うちの大将は」
 言うと、日本号もくつくつと笑った。
 「今頃、大包平以来の逸材だって、喜んでるかもしれねぇな」
 「あんなに反抗していたのに、今じゃすっかり忠犬だからな、大包平も」
 公開処刑が効いた、と、愉快げに笑う二人に憤然として、長義は踵を返す。
 「接種後の激しい運動は奨励していない。
 出陣と手合わせはやめとけよ」
 「やかましい!!」
 薬研の声に肩越し、吐き捨てて、長義は薬房を出て行った。
 途端、訝しげに小首を傾げた南泉が、薬研と日本号を見回す。
 「俺も備前の一派だけど・・・光忠が、そんな権力者だにゃんて知らなかったぞ」
 「あぁ、そうだろうな」
 不思議そうな南泉に、日本号が笑い出した。
 「ああ言ってやれば、お上の犬が、どんな顔するかと思ってなぁ」
 そう言う薬研の顔は、邪悪に歪んでいる。
 「・・・ここの本丸はみんな、性格悪いにゃ」
 腫れて痛む腕を撫でながら、南泉は深々とため息をついた。


 「くそっ!!なんなんだよ!!」
 怒りに任せて歩を進めた長義は、母屋に向かっていたはずが畑の真ん中に入ってしまい、苛立たしげに周囲を見渡した。
 「なんで薬房が畑の端にあるんだ!母屋に作っとけ!!」
 「・・・なに怒鳴ってるの?
 びっくりしたー」
 ひょこっと、秋採りのトウモロコシ畑から顔を出した小竜景光に、長義はぎょっとして足を止める。
 「お・・・驚いたのはこっちだ!
 なんで、そんなところから顔が出せるんだよ!」
 随分と高い場所にあるトウモロコシの葉の上から見下ろしてくる彼へ、八つ当たり気味に言ってやると、更に隣に顔が現れた。
 「小竜は、せがたかいからな」
 「それは小豆パパもでしょー」
 くすくすと笑いながら、葉を掻き分けて出てきた二人に、長義は唖然とする。
 「きょ・・・巨大生物・・・!」
 「いやいやー。
 槍や大太刀に比べたら、大したことないってー」
 籠いっぱいに入れたトウモロコシを地面に下した小竜が、とんとんと腰を叩いた。
 「収穫って楽しいけど、腰をかがめなきゃいけないのがねぇ。
 君くらいだと、ちょうどいい高さなんじゃない?」
 「そうだな。
 わたしたちといっしょにやるか?」
 優しく微笑む小豆にしかし、長義は首を振る。
 「今日は畑当番じゃない」
 「いいから手伝いなよ。
 がんばったらご褒美に、パパのお菓子がもらえるよーv
 陽気に言った小竜が腕を掴んだ途端、長義は悲鳴を上げた。
 「ど・・・どうした?けがでもしているのか?」
 驚いた小豆が屈みこむと、長義は涙目を上げる。
 「薬研だ・・・!
 あの小鬼野郎、俺を痛い目にあわせやがってっ!」
 「あ、手合わせでこてんぱんにされちゃった?
 薬研、強いもんねー」
 「違う!」
 掴んだ場所を撫でてくれる小竜に首を振り、長義は袖をまくった。
 「何とかっていう・・・接種?で・・・。
 針を刺されたところが腫れて・・・どうした?」
 ぷっくりと腫れた腕を見せると、小竜は眉根を寄せ、小豆は怯えたようにのけぞる。
 「もう始まっていたなんてねぇ。
 告知しないなんて、薬研、今回は不意打ちすることにしたのかな」
 「きっとそうだ・・・。
 けさ、謙信がうでをはらしていて・・・どうしたのか、きいたのだが、ねているあいだにこうなっていたと・・・」
 小豆の震え声に、頷いた小竜はポケットから端末を取り出した。
 「ハァイ、鶴丸。
 薬研が昨夜、夜襲をかけたみたいなんだけど、そっちで何か、情報掴んでる?
 そう、イン・・・なんとかの。
 ・・・え。
 粟田口の短刀、全員やられたの?
 ほかの短刀も?
 ・・・なんだよ、それ」
 小竜の不満げな声に、同じく不満げな声が応える。
 『毎年、逃げ回る連中を捕まえるのが面倒だって言っていたからな。
 今年は、薬研の薬を盛られた主が、半日以上意識不明になった上に、しばらく寝込んでいただろう?
 その間に、本陣と『わくちん』とやらのやり取りを済ませて、隙を狙っていたみたいだぜ。
 ちなみに、一期や岩融達保護者が、全員協力して決行したらしい』
 だからこそ、一晩ですべてが済んでしまったと、回線の向こうで鶴丸が舌打ちした。
 「主はそれでいいの?
 毎年恒例鬼ごっこ大会が見られなくて、今頃、拗ねてるんじゃないの?」
 『拗ねてるさ、そりゃ』
 当然だと、鶴丸も同意する。
 『なにしろ、今朝になっての事後承諾だったそうだからな。
 俺も、貞坊が腕を腫らしてなきゃ、気づかなかった』
 「事後承諾って聞いたってことは、主に抗議に行ったんだ?」
 『行くだろ、当然』
 鶴丸の声が憤然とした。
 『こっちは先月から準備して、逃げ道を作っていたんだぞ!
 地下通路まで掘ったのに、俺の苦労を何だと思っているんだ!!』
 『そこは怒るところじゃないでしょ!』
 「あれ?グラン、一緒にいるの?」
 鶴丸の背後で突っ込む声に、小竜が瞬く。
 『厨房だよー。
 小竜ちゃん、トウモロコシ収穫出来たら持ってきてね。
 今夜はクリームシチューにしようね。
 ホラ、鶴さん!
 ちゃっちゃとお芋の皮剥いて!昼餉に間に合わないよ!』
 光忠の手によって切られた通話に、小竜が口を尖らせた。
 「もー!グランの厨房内独裁者!
 鶴丸にお芋剥かせてるってことは、今日の昼餉もあれだよ。
 主が豚汁ってゆって、めっちゃ怒られたやつ」
 不満げな小竜の隣で、小豆も肩を落とす。
 「パパンは・・・じぶんかってにつくってしまうから。
 いもには、しょうゆとぎゅうにくなのに、みそとぶたにくにしてしまうから、謙信がかなしそうだ」
 わたしも、と、ため息をつく小豆を、長義が見上げた。
 「み・・・光忠が、逆らってはいけない権力者だというのは本当だったのか」
 言えば、小竜が大袈裟に頷く。
 「この本丸の食を牛耳っているから、誰も逆らえないんだよね。
 ここができたばっかりの時、主とすっごい大喧嘩して、負けなかったって歌仙に聞いたよ。
 主が妥協する、数少ない刀だって」
 その話は有名なのか、小豆も苦笑して頷いた。
 「みそとしょうゆでは、いまだにケンカしているな。
 まぁ・・・しょうゆについては、わたしもあるじにはさんせいできないが」
 「刺身に砂糖醤油って、ムリー」
 笑いながら、再びトウモロコシの入った籠を持ち上げた小竜は、ふと瞬いて、それを長義へ渡す。
 「なんだ?」
 「これ持って、グランの所に行っておいでよ。
 家は違うけど、同じ長船なんだし。
 長船派の祖に顔つなぎしておくと、後で何かと便利だよ」
 「小竜」
 たしなめるような声で、小豆が声をかけた。
 「りょうりのてつだいをしたくないからって、かれにおしつけてはいけないよ」
 「バレたか」
 舌を出して、籠を取り戻そうとした小竜にしかし、長義は首を振る。
 「いい。
 お前の言うとおりだからな。
 顔つなぎは大事だ」
 「ラッキーv
 「小竜・・・しごとをなまけてはだめだ」
 呆れたように吐息して、小豆は別の畑を指した。
 「サツマイモを掘ったら、ちゅうぼうへおいで」
 「えー。
 もう俺、たくさん働いたじゃんー」
 「しゅうかくは、たのしいのだろう?」
 言質を取られてしまい、膨れる小竜の頭を、小豆は優しく撫でてやる。
 「ごほうびに、わたしがつくったおかしをあげような」
 「・・・・・・わかったよ」
 降参、と諸手を挙げて、小竜は歩を踏み出した。
 「せっかくだから、俺が採ったサツマイモでスイートポテト作ってねー」
 「わかった。がんばるのだぞ。
 きみも、いこうか」
 促されて、長義は小豆と共に厨房へ向かう。
 歩調を合わせてくれようとする小豆に少し、むきになった長義は、足を速めながら彼を見上げた。
 「直接話をするのは初めてだが・・・その、光忠はどんな奴だ?」
 「どんな・・・?
 そうだな、つよいな。
 いろいろないみで」
 うん、と、小豆は頷く。
 「いくさではもちろん、ほんまるをまとめるかなめだと、歌仙がいっていた。
 あるじからのしんらいもあつい」
 「つまり、強権か」
 顔をこわばらせる長義を不思議そうに見下ろして、小豆は首を傾げた。
 「そう・・・いうのかな。
 だが、ここのあるじは、けんりょくをふりかざすものをきらう。
 おきにいりにさえ、けんりょくはもたせないそうだ」
 何気ない言葉だったが、長義に声を失わせるには十分だった。
 「どうした?」
 問われた長義は、しばらく逡巡したのち、口を開いた。
 「俺が・・・監査官としてここに来た後、主は機嫌が悪くなったとか・・・」
 「ああ」
 悪気なく、小豆が頷く。
 「ちょうど、えんせいけっかのほうこくにいっていた鯰尾が、まっさおになっていた。
 あるじが、はんらんをおこすかもしれないとか・・・」
 「う・・・」
 「あるじが、せいふにさからわないのは、たんに、りゆうがないからだと。
 しかし、こんかいは・・・」
 と、長義へ苦笑した。
 「てきがへらないことへのせきにんを、さにわへてんかしたと。
 あのいわれかたでは・・・あるじがおこるのもむりはない」
 「で・・・伝令しただけだ。
 俺は別に・・・いや、この本丸の査定をしたのだから、言い訳はできないが・・・」
 嫌な汗が止まらない長義の背を、小豆が励ますように叩く。
 「ゆうしゅうだったろう、わがほんまるは?」
 自慢げに言って、小豆は目を和ませた。
 「こどもたちは、どうだった?」
 「聚楽第の中でか?」
 言うや、長義は思い出すように宙を見つめる。
 「・・・歴史の狂った時間軸の中だったからな、本来なら、繁栄を極めたはずの城下町は寂れていて、ろくな楽しみもないからと、なぜか火を囲んで百物語をしていたな」
 「かいだん・・・か?」
 怯えたように歩を緩めた小豆に、長義は頷いた。
 「町の寂れ具合がちょうどいい雰囲気だと、秋田が。
 だが、あの場には粟田口と来派の短刀の他は、俺の偽物しかいなくてな。
 ろくな怪談を持っていないから、俺が山姥退治の話をして、盛り上げてやったぞ!」
 得意げに鼻を鳴らす彼に、小豆がほっとした顔で微笑む。
 「そうか。
 こどもたちは、きみがだれか、きづいたのだな。
 かしこいこたちだ」
 「は?」
 言われてようやく、自分がのせられたことに気づいた長義が頬を染めた。
 「あのガキども・・・!
 俺が山姥切長義と気づいて、カマかけやがったのか!!」
 「かいだんをしよう、といえば、とうぜんきみは、やまんばたいじのはなしをするだろうからね」
 見た目は子供でも、彼よりは随分と年上の短刀達は、まんまと手玉に取って、彼の正体を主へご注進したのだろう。
 「補給に来た主にやたら抱き着いて甘えていると思ったら、俺に聞かれたくないことを話していたんだな!!」
 思いやり深い主に心酔する忠実な刀剣達、という幻想は、脆くも崩れ去った。
 「こんな本丸に来てやるんじゃなかった!!」
 「こうかいさきにたたず、だな」
 陽気に笑った小豆が、厨房の勝手口を開ける。
 「パパン、やさいをもってきたぞ」
 「ありがとう、小豆くん。
 あれ?
 長義くん、今日は畑当番だったかな?」
 進み出た長身を見上げ、長義は身を固くした。
 「てつだいをしてくれるそうだ。
 小竜は、あとでサツマイモをもってくるよ」
 「ホントに?!
 ありがとうーv
 小豆の言葉に歓声を上げ、更に寄って来た光忠を阻むように、籠を突き出す。
 「よ・・・よろしく頼む・・・!」
 「うん?
 こちらこそ」
 なぜこんなにも警戒されているのかと、不思議そうな顔で光忠は頷いた。
 「今日のお昼は、天守前広場で芋煮会をしようと思うんだ。
 準備を手伝ってくれると助かるな」
 「わ・・・わかった」
 何をすれば、と、辺りを見回す長義へ、太鼓鐘が声をかけてくる。
 「こんにゃくをちぎってくれ。
 包丁使うなよ、手でちぎるんだぞ」
 不機嫌な声に、ムッとした長義へ、光忠がとりなすように笑いかけた。
 「貞ちゃん、今日は不機嫌なんだ。
 薬研くんに夜襲されて、怒ってるんだよね」
 「俺は寝込みなんか襲わなくても、逃げねーっての!!」
 猛然と野菜を刻みながら吠える太鼓鐘に、大倶利伽羅が鼻を鳴らす。
 「なんだよ!!」
 「薬研から見れば、お前もガキだってことだろ」
 「同じ短刀じゃねぇかあああああああああああ!!!!」
 まな板まで刻む勢いで包丁を叩きつける太鼓鐘に、まだ不満顔の鶴丸が頷いた。
 「あいつ、いつの間にか保護者連中を味方にして!
 主にマズい薬を盛って行動不能にしたのも、きっとわざとだ。
 俺の楽しみを潰すために、機会を伺っていたんだ!」
 「鶴さん、お芋剥きながら騒いでると、怪我するよ。
 ・・・っ小豆くん!
 しれっと冷蔵庫から牛肉出さない!!
 芋煮は味噌と豚肉だって言ってるでしょ!!」
 突然の大声に長義がびくりとしてこんにゃくを落とし、叱られた小豆は悲しそうな顔を向ける。
 「たべくらべてもいいじゃないか。
 せんだいふうだけでは、謙信や五虎退が、かなしそうなんだ」
 それに、と、少し、意地悪く微笑んだ。
 「あるじは、パパンのいもにと、ぶたじるのくべつがつかないと、こまっていたじゃないか。
 でも、わたしがつくるいもになら・・・ははは、やめたまえー」
 一斉に包丁を向けてきた仙台勢に、小豆は大笑した。
 そこへ、
 「サツマイモ採ってきたよー・・・って、なにやってんの?!」
 勝手口から入って来た小竜が、ただならぬ光景に目を丸くする。
 「怖い怖い!!
 グランが包丁向けるから、長義が怯えてるじゃん!やめたげて!」
 「え?
 あ、ごめんね!
 長義くんに怒ったわけじゃないからね!」
 慌てて包丁を下ろした光忠が謝るが、怯えた長義は固まってしまい、頷くこともできなかった。
 「長義くーん!大丈夫?息してー!」
 真っ青になって、ぷるぷると震える彼の姿に、吹き出す声がする。
 「長義が光忠にびびってんの、すげぇ面白いな」
 暖簾をくぐって入って来た薬研に、太鼓鐘が目を尖らせた。
 「薬研!!
 てめぇよくもぬけぬけと俺の前に顔を出せたな!!」
 包丁を放って駆け寄るや、胸倉を掴む。
 「寝込みを襲うなんざ、卑怯だろ!!」
 「あ?予防接種のことか?
 一々呼び出すのが面倒なんで、ちっせーのはまとめてやっただけだ」
 「お前が言うな!
 お前もちっせーのだろ!!」
 そもそも、と、太鼓鐘は薬研を突き飛ばす。
 「俺は!逃げも隠れもしねー!」
 「去年はな」
 しかし、と、堪えた様子もなく、薬研は口の端を曲げた。
 「鶴丸が、どんな入れ知恵をしているかわからんやつを、信用できるかよ」
 「俺か!」
 突然飛んできた火の粉に、鶴丸が声を上げる。
 「俺の催しは自由参加だぞ!
 去年までだって、誰にも強要なんかしていないんだからな!」
 な!と、同意を求めた小竜も頷いた。
 「鯰尾一人に、逃げるなら手伝うよ、って言っただけだよ。
 誰が一番長く逃げ切るか、競ってみたいね、とも言ったかな?」
 「それで人数が集まってしまうのが、問題なんだろ」
 大倶利伽羅の言葉に、薬研がこくこくと頷く。
 「それにお前ら、情報収集してただろ。
 うちの兄弟が、俺の動向を探っていたのはお前らの差し金じゃないのか?」
 「・・・知らんな」
 あからさまに目を逸らして、芋の皮むきを再開した鶴丸に、冷たい視線が刺さる。
 「・・・まぁいい。
 出張してやったから、お前ら、腕出せ」
 「は」
 目を点にする彼らの間をすり抜け、薬研は勝手口の扉を足で押さえつけた。
 「逃がさねぇよ」
 「う・・・!」
 睨まれた鶴丸と小竜、小豆までもが声を失う。
 「残った勢力を集めて反撃したかった・・・」
 「ゲリラ戦を仕掛けたい展開だった・・・」
 「いたいのは・・・いやだ・・・・・・」
 腕を腫らして涙目になった三人を、薬研が愉快げに見上げた。
 「薬房で待ってるのも退屈なんでな、今回は出張することにしたんだが・・・こりゃいいな。
 やっぱり俺は、攻める方が性に合ってる」
 よいせ、と、注射器を並べたアタッシェケースを閉じた薬研が片手をあげる。
 「昼餉までには、制圧してくるぜ」
 白衣の裾を翻して行く彼を見送り、光忠も腫れてしまった腕をさすった。
 「昨夜のうちに短刀くん達を制圧しちゃってるから、余裕だよねぇ。
 他の刀達は、速さでも強さでも薬研くんには勝てないし」
 「貞、夜襲に気づかなかったのか?」
 同じく、腫れた腕をさすりながら大倶利伽羅が問うと、太鼓鐘は頬を膨らませて頷く。
 「まさか、自分の部屋で襲われるなんて思わねーもん!」
 「貞ちゃん、一度寝ると起きないもんねぇ」
 くすくすと笑われて、ますます膨れた太鼓鐘の頭を撫でた光忠が、長義へ向き直った。
 「長義くんはもう、済ませてたんだね・・・って、どうしたの?顔、怖いよ?」
 こんにゃくを握り潰さんばかりにこぶしを握った長義が、悔しげに光忠を見上げる。
 「薬研・・・!
 あの小鬼野郎に、この本丸で長船派の祖に逆らえる奴はいない、せいぜい奴の傘の下で吠えてろって言われたんだが・・・!」
 「え?!
 僕、そんなにいばりんぼじゃないよ?!」
 ぱたぱたと手を振る彼に、長義は頷いた。
 「奴に笑われて気づいた・・・!
 あの野郎!また俺を騙しやがったんだ!!」
 「またって・・・なんだ、お前も騙し討ちにあったのかよー」
 仲間ー!と、寄って来た太鼓鐘には首を振る。
 「あの針については、薬房に行けと言う主命を伝えに来た日本号に、連れていかれただけだ。
 だが・・・その際に散々嫌がらせした上に、奴の兄弟にまで騙されて・・・!」
 「あれは・・・だましたわけではないとおもうぞ」
 たしなめるように、小豆が口を挟んだ。
 「パパンなら、あるじからなにか、きいているのじゃないか?」
 と、小豆が聚楽第でのことを話すと、一瞬、目を泳がせた光忠が、苦笑して頷く。
 「だって長義くん・・・。
 聚楽第に攻め入る前に、本丸にいるのは北条氏政だって言ったんでしょ?
 主くんなら、それだけで君が誰か、気づいちゃうよ。
 短刀くん達は、主くんから確認するように命じられて、かまをかけたんだから・・・あの子たちが騙したとか、そう思うのはちょっと違うかなぁ」
 言い訳するように言った光忠は、ちなみに、と続けた。
 「君が山姥切くんに意地悪をするんじゃないかって、堀川くんや蜂須賀くんがひどく心配して。
 途中で交代できないかって、主くんにお願いしていたんだけど、却下されていたね」
 「彼ら、顔に出るからなぁ。
 その点、短刀たちはしっかりして・・・あぁ、そうか。
 確かに、騙された感はあるな」
 「鶴さん。
 今、一所懸命とりなそうとしてるんだから、邪魔しないで。
 そして小竜ちゃんは、逃げようとしないで芋煮の準備手伝って」
 光忠に引き戻されてむくれる小竜に、小豆が微笑む。
 「じゃあ、小竜にはわたしのてつだいをしてもらおうかな。
 ぶたじるじゃないのは、はじめてだろう?」
 「豚汁言うな!!」
 「ははは!
 きっと、おいしいぞ!」
 抗議する仙台勢を笑い飛ばして、小豆は大鍋を取り出した。


 その頃、
 「ねー。
 次、誰が来るって言ってたっけ?」
 霧に覆われた里の道を渡りながら、なぜか、意地の悪い笑みを浮かべて尋ねる日向に、物吉はにこりと微笑んだ。
 「豊前江さんですよ。
 篭手切さんの・・・なんでしたっけ?」
 「りーだー!りーだーです!!」
 鼻息荒く言う篭手切に、日向はにんまりと笑う。
 「ふぅん。
 江が増えるんだねぇ。
 豊前が来るならきっと、桑名も来るだろうし、もしかしたら、五月雨も来るかもねぇ。ねぇ、大般若v
 にやにやと笑う日向に声をかけられた大般若は、仮面のような笑みを貼り付けて、彼を見下ろした。
 「本丸の仲間が増えるのはいいことだと、俺は思うが。
 日向はなにか、思うところでもあるのかい?」
 「あぁ!
 仲間が増えるって、いいことだよねぇ!僕の仲間が!」
 ふふふ・・・と、日向は愉快げな笑声をあげる。
 「天下三作の粟田口、正宗、そして、江!
 君は三大ブランドとか言いふらしているけど、本当の天下三作のひとつは君達長船じゃなく、郷義弘だよ!
 今までは、遠慮がちな篭手切を黙らせていたようだけど、これからはそうはいかないよ!」
 「父様・・・。
 そういう、仲間内であおるようなことはやめましょうよ・・・。
 長船の皆さんが名刀ぞろいなのは、事実ですし」
 「それに、私たち江は幽霊と同列ですし」
 諫める物吉に同調した篭手切の腕を、日向が乱暴に掴んだ。
 「そんなに気概のないことでどうするの?!
 幽霊のままじゃ、すたぁにはなれないよ!多分!!」
 「そ・・・それは困ります・・・けど・・・」
 口ごもる篭手切の腕を、日向は強引に引く。
 「わかったら!
 さっさと豊前を連れて帰るよ!!」
 その様に、
 「あぁ・・・!
 父上様の強引さ、いい・・・!」
 うっとりと吐息した亀甲を、長谷部が忌々しげに見やった。
 「お前は少し黙れ。
 日向も集中しろ。来るぞ」
 「はぁい」
 穂先を並べて立ち塞がる敵の槍隊へ、日向は邪悪な笑みを浮かべる。
 「銃兵、前へ」
 日向の命令が下るや、銃口が一斉に火を噴き、敵兵の刀装を引き剥がした。
 「こんなに愉快な戦は久しぶりだよ!」
 「父様ったら・・・」
 「素敵!!」
 真っ先に斬りこんでいった日向に、物吉と亀甲も続く。
 「おや、先陣を譲るのかい?」
 珍しい、と、大般若が声をかけると、長谷部は呆れたように頷いた。
 「張り切っている日向の前に立つと、後ろから攻められかねない」
 「こないだ、踏まれていましたよね、長谷部」
 踏み台にされていた、と、苦笑しつつ、篭手切も脇差を構える。
 「行きましょう。
 援護しますよ」
 「あぁ」
 「まぁ、頑張れよ」
 手を出すまでもなさそうだと、割り切った大般若は高見の見物を決め込んだ。
 ややして、
 「りぃだぁ!
 りーだー!りーだー!!」
 篭手切が歓声をあげる。
 「りーだー??
 まぁ、いいけど。
 俺は豊前江。よろしくな」
 新たな刀の参陣に満足げな一同の中、大般若もまた、微笑んで頷いた。


 「たっだいまー!
 長船を脅かす刀、連れて帰ったよー!」
 大声をあげて日向が出立の間を出ると、
 「りーだーです!
 主!りーだーを連れて帰りましたよー!!」
 と、篭手切もはしゃぎ声をあげた。
 「なぁ・・・。
 俺、妙な立場になってないか?
 長船を脅かすって、なに?
 俺、そんなつもりはさらさらないんだけど」
 ずっと笑みを絶やさない大般若に問えば、彼はあでやかに笑みを深める。
 「なぁに、日向は仲間が増えて、嬉しいだけさ。
 なにしろ郷義弘は、正宗の高弟の一人だからね」
 ただし、と、微笑む大般若から、剣呑な気が立ち昇った。
 「うちの親父・・・長船派の祖は、主の信頼厚い、本丸の要の一人だ。
 君一人の参陣で、脅かせるかどうかはお手並み拝見と行こうか」
 「・・・怖っ!
 なんちゃここ・・・バリ怖いっちゃ!」
 思わず出たお国言葉に、長谷部が歩を止める。
 「あぁ、そうか・・・。
 豊前小倉藩、小笠原家か」
 呟くと、豊前は嬉しげに目を輝かせた。
 「そうっちゃ!
 博多はここにおるっちゃろ?!」
 同じ家にいた仲だと言う彼に、長谷部は頷く。
 「俺は筑前福岡藩、黒田家の物だ。
 先に言っておくが・・・」
 長谷部の声が、急に低くなった。
 「きさん、地元のことでいらんこと絡んできよったらくらさるーけん、口には気ぃつけんといかんぞ」
 早口の博多弁を難なく聞き取った豊前は、こくりと喉を鳴らす。
 「・・・先に政令指定都市になった、とかちゃ?」
 声を引きつらせる豊前を、長谷部が睨みつけた。
 「北九もんはすぐそれば言いよるが、単に鉄鋼業の中心地やっただけやろうが!
 長政様が礎を築いた福岡は、自力で政令指定都市にも百万都市にもなったとぞ!
 あちこちの市町村ば、必死に集めてようやく百万になりよったきさんらと違うけん!」
 「長谷部さん?!
 なんでいきなり喧嘩してるんですか?!」
 驚いた物吉が間に入り、亀甲が長谷部を下がらせる。
 「なんだかよくわからないけれど、黒田と小笠原は、いい関係じゃなかったかな?
 博多が小笠原家に行ったのも、黒田家からの贈り物だったんだろう?」
 どうどう、と宥める亀甲に、長谷部は鼻を鳴らした。
 「その通りだが、勝手に対抗心を燃やされて、一々絡まれるのがうらんしか・・・いや、鬱陶しいんだ」
 じろりと睨まれて、竦む豊前に思わぬ援軍が現れる。
 「博多もんとしては、福岡もんが博多っ子名乗りよーともうらんしかがな」
 「博多・・・!」
 迎えに出てきた短刀の姿に、豊前は喜色を浮かべた。
 「久しぶりっちゃー!
 元気かちゃ!!」
 「相変わらず、ちゃーちゃーちゃーちゃーせからしか」
 抱き着いてきた豊前の背中を軽く叩く様に、篭手切が顔を引きつらせる。
 「そんなっ・・・!
 りーだー!
 私にはそんな、感動の再会シーンはなかったじゃありませんか!」
 兄弟なのに!と、嘆く篭手切を豊前は、困り顔で見やった。
 「そらそうっちゃが・・・付き合いの長かとは、博多やけん」
 「お国言葉も似とーしね」
 にんまりとする博多に、長谷部が肩をすくめる。
 「ちょうどいいから、きさ・・・お前、博多の兄の一期一振へお国言葉を指南してやれ。
 博多の言葉がわからないからと、一々通訳を頼まれるのがうら・・・鬱陶しい」
 と、博多は不思議そうに首を傾げた。
 「なんがや?
 俺、いち兄にわからんようなこと、しゃべりよったかいな?」
 「前に、光忠のポーズとスーパイコに文句をつけていただろう。
 一期は、お前がなんの不満を持っているのかわからないと困っていたぞ」
 長谷部が言えば、博多は『あのことか』と、口を尖らせる。
 「そらしょんなかばい。
 オカンはポーズに辛子もつけんくせに、スーパイコにパイナップルばいれよーとばい!
 スーパイコのパイナップルは許せんって、長谷部も言いよったろーが!」
 「ちなみに、ポーズは肉まんで、スーパイコは酢豚な」
 意味が分からずに困惑する一同へ、豊前が注釈を加えた。
 「筑前付近だけじゃないと思うが・・・肉まんには酢醤油と辛子がついてくるのが一般的だ」
 「りーだー!
 さすがの気遣いです!!」
 騒々しく拍手しつつ、篭手切は豊前へ迫る。
 「きっと、りーだーなら私たち江をすたぁにしてくれます!
 がんばりましょう!」
 「おやおや。
 これは、正宗の味方にはなりそうにないなぁ」
 にんまりと笑う大般若を、日向がムッとして見上げた。
 「そんなことはないさ。
 必ず、出し抜いてみせるよ」
 張り合う二人の間に物吉が入り、宥めるように日向の肩を叩く。
 「父様、落ち着いてくださいー。
 父様は日本刀の代名詞って言われるくらいの存在なんですから、そんなに張り合わなくても!ね?」
 悪気なく放たれた物吉の言葉に、大般若の目がすっと細くなった。
 その様に、
 「なんか、あんたらまだ張り合いよーとや?」
 呆れ顔で言った博多は、小さな指で奥を指す。
 「豊前の来たっちゃけん、主人に報告せんといかんが。
 今、俺と後藤も一緒んなって、金子の件で忙しかっちゃけん、はよいっちゃりぃ」
 「お!初顔合わせかちゃ!
 博多、主はどげん人や?」
 期待に目を輝かせる豊前へ、
 「鬼」
 と、放った博多の一言に、皆がうっかり頷いた。
 「・・・は!
 ち・・・違うぞ!
 主は戦に熱心なだけで、本当はお優しい・・・気がする!」
 必死に言い訳する長谷部の隣で、亀甲がうっとりと頬を染める。
 「とっても厳しい方さ・・・v
 失敗すると、とても冷たい目で見下してくださって、『この、役立たず!』って罵ってくださるんだ・・・!
 その時の表情ときたら、本当に解かしそうな勢いで、ぞくぞくしてしまうよ・・・v
 あぁ・・・!思い出しただけで・・・たまらない・・・!」
 「・・・亀甲は特殊だけど、ちゃんとお仕事すれば、とても褒めてくださいますし、論功行賞は公正な方です。
 だからそんなに怯えなくて、大丈夫ですよ」
 博多を抱きしめて離さない豊前へ、物吉が穏やかに微笑んだ。
 「大般若さんも、光忠さんのこと、怖い人みたいに言ったらだめですよー。
 光忠さんに怒られちゃいます」
 「俺には十分、厳しい親父なんだが」
 「それは家族だからですよ。
 とても親切な方ですし、主の信頼が厚いのもわかります」
 だから、と、篭手切は豊前の腕を取る。
 「私達も、りーだーを先頭に長船みたいな仲良し家族に!
 粟田口のようなアットホームもいいですね!!」
 「りーだーち、言いよる時点で怪しっちゃ」
 「家族にりーだーはなかろーばい」
 「・・・あのね、君達。
 僕らにもわかる言葉で話そうよ」
 お国言葉が止まらない二人に呆れつつ、日向は長谷部を見上げた。
 「主への報告は隊長に任せていい?
 僕、お腹すいたから、お昼食べに行くよ。
 物吉、亀甲、まずはお着替えにいこ!」
 「わがままだなぁ」
 二人の手を引いて、先に行ってしまった日向を、大般若が笑って見送る。
 「ま、御座所にぞろぞろ行ってもしょうがない。
 俺も、着替えてから昼餉にするとするよ」
 「あ!待ちやぃ!」
 博多が声をかけ、天守の方向を指した。
 「今日の昼餉は、天守前広場で芋煮するばいって、オカンが言いよったばい。
 行くならそっち行きぃ!」
 「芋煮?
 がめ煮のことか?」
 かしわーv と喜ぶ豊前に、博多は首を振る。
 「トン汁ばい」
 「・・・なんかちゃそれ。かしわば食わせろっちゃ」
 「かしわ・・・?
 葉っぱのことかい?」
 なぜそんなものを、と、不思議そうな顔で足を止めた大般若に、長谷部が首を振った。
 「鶏肉のことだ。
 豊前、行くぞ。
 主をお待たせしては申し訳ない」
 「お・・・怒らるーとや?」
 びくびくとして縋った博多は、笑って首を振る。
 「鬼やけど、そらなかばい。
 この頃は長義のせいで機嫌の悪かごたーけど、豊前に怒らっしゃあことはなかけん」
 その言葉にほっとした豊前を、篭手切が悲しげに見上げた。
 「私も細川なのですから・・・!
 九州勢に入れてください・・・!」
 言われて長谷部が、辺りを見回す。
 大般若が消えて、ここには確かに、九州勢しかいなかった。
 「はよ来んか。
 きさんらが来んかったら、主が昼餉にいけんやろーが。
 それこそ、機嫌の悪かごとなって、怒らるーばい」
 長谷部の早い博多弁に、豊前が頬を染める。
 「同郷はやっぱ、よかっちゃ!」
 「豊前と筑前はちがかろーが!!」
 都合のいい時だけ一緒にするなと、素っ気ない長谷部にしかし、豊前は嬉しげについて行った。


 「わぁい!いもにー!」
 「い・・・芋煮ー!!」
 歓声を上げて、謙信と五虎退が、小豆の元へ駆け寄った。
 「ぶたじるじゃない、いもに・・・ひゃっ!」
 「けーんちゃん・・・」
 剣呑な雰囲気の光忠に、謙信が竦みあがる。
 「こっちが本当の芋煮だよ。わかってるよね?」
 「う・・・でも・・・・・・」
 「パパン、おどすのはよすんだ」
 縋りついて来た謙信と五虎退を背に庇って、小豆が微笑んだ。
 「ぶたじるばかりで、かなしかっただろう?
 もうだいじょうぶだ」
 「小豆くん!ケンカ売ってる?!」
 ヒステリックな声を上げる光忠へ、握り飯の積まれた皿を持って来た歌仙が眉根を寄せる。
 「光忠、こだわりがあるのは分かったから、ここで出羽合戦はよしてくれ」
 呆れ声でたしなめれば、鶴丸と太鼓鐘が詰め寄ってきた。
 「庄内は味噌と豚肉で、最上は醤油と牛肉だ!」
 「そうだそうだ!しったかすんな!!」
 きゃんきゃんと吠え立てられて、歌仙の眉根が更に寄る。
 「・・・うるさいよ、君達。
 東北勢以外には至極どうでもいい話だって、いい加減、気づきたまえよ」
 その点、と、歌仙は取り皿と箸を運んできた小夜を振り返り、微笑んだ。
 「九州勢は、そういう仲違いがなくていいね。
 一方的に絡まれるって、筑前が何やらうるさいけれど、今のところは平和で何よりだ」
 「また・・・そんなこと言って。
 歌仙が嫌味を言わなければ、誰も気を悪くしたりしません」
 小夜の苦言に、歌仙の持つ皿から握り飯を取った蛍丸が、早速ほおばりながら頷く。
 「俺、筑前でボロボロにされちゃったから、いい思い出はないけど・・・まぁ、特に悪い感情もないかな」
 「座って食べなさい。
 ・・・って、おや、今日は桟敷がないのか」
 「急遽開催したからねぇ」
 と、光忠は縁側に不満顔を並べる短刀達を見やった。
 「薬研くんに夜襲をかけられて、拗ねちゃった子達のご機嫌を直そうって企画だから」
 「俺もやられたっ!!」
 ぷくっと、蛍丸が頬を膨らませる。
 「国行が裏切ったんだ・・・!
 今日は口きいてやらないって、国俊と決めたんだ!」
 蛍丸が見やった愛染は、粟田口の短刀と並んで縁側に腰かけ、ぶんぶんと足を振っていた。
 「やれやれ・・・。
 今日は、短刀達のお手伝いは期待できそうにないな」
 苦笑する歌仙に、光忠も頷く。
 「緋毛氈を持って来て、って、槍と大太刀にお願いしているから、そのうち来るよ」
 そこへ、
 「あー。終わった終わった。
 今年は楽だったぜー」
 と、アタッシェケースを振り回しながら、薬研がやって来た。
 兄弟はじめ、短刀達の刺さるような視線をあっさりと受け流し、彼は広場へ降りてくる。
 「お疲れさま。
 本当に、昼餉に間に合ったんだねぇ」
 光忠が声をかけると、得意げに笑った。
 「遠征から戻ってくる連中も捕まえるかって、出立の間に向かっていたら、途中で新刃にも会ってな。
 早速痛い目にあってもらったぜ♪」
 「貴様・・・!」
 火起こし隊長を拝命していた長義が、ゆらりと立ち上がる。
 「また騙して脅して暴行したのか!!
 貴様の所業、政府に報告させてもらうぞ!!」
 長義の剣幕に、他ならぬ兄弟達からも賛同の声が沸いた。
 しかし、そんなことで堪える薬研でもない。
 「だから、あんたにゃもう、そんな権限ないだろ。
 それに暴行ってな・・・予防接種は政府命令だって、言ってるじゃないか」
 じろりと見まわした兄弟達が、その言葉にまた膨れた。
 「むしろ、今まで俺に負担を強いてきたことを、反省して詫びろ」
 「まぁまぁ、その辺で」
 睨みあう短刀達の間に、光忠が割って入る。
 「さぁみんな、お昼にしよう。
 今日の昼餉は芋煮と・・・牛肉の汁物だよ」
 「パパン・・・ごうじょうだな」
 決して認めようとしない光忠にしかし、小豆も負けてはいなかった。
 「ほんとうのいもにはこちらだぞーv
 にこやかにお玉を掲げた小豆に、仙台勢が殺気立つ。
 「おーい。
 なんか、やばい雰囲気になってっぞー」
 薬研に袖を引かれて、歌仙が頷いた。
 「君達、食事中に喧嘩するのは、雅じゃない以前に行儀が悪いよ。
 静かにしなさい」
 「それでも!譲れないことがあるんだよ!!」
 「そーだそーだ!
 芋煮は味噌と豚肉だ!!」
 強情な光忠と騒がしい太鼓鐘に、短気な歌仙が目を尖らせる。
 途端、まずい、と察した小夜が、とことこと進み出た。
 「ここにいるのは、東北の刀だけじゃありません・・・。
 僕なんか・・・生まれも引き取られた先も、九州ですし・・・。
 皆さんが、どうしてそんなに喧嘩をするのかはわかりませんけど・・・」
 「あ・・・いや、別に喧嘩ってわけじゃ・・・」
 気まずげな鶴丸を、小夜はじっと見上げる。
 「東北の刀たちはともかく、他の刀たちは、どっちがおいしいか、とか、決められないと思います」
 「えっ・・・!」
 競う気でいた小豆が、機先を制されて声を失った。
 それは光忠も同じだったのだろう。
 大きな背を丸めて、小夜の前にうなだれた。
 「・・・ごめんねぇ。
 嫌な気分にさせるのは本意じゃないから、競争はやめるよ」
 和睦、と、握手した光忠と小豆の間で、小夜がこくりと頷く。
 「江雪の仕込みか?
 うまくできたじゃないか」
 薬研に背を叩かれて、小夜は恥ずかしげに俯いた。
 「僕は・・・そんな・・・・・・」
 「いや、誇っていいぞ!
 なにしろ、芋煮問題は千年戦争も辞さない抗争の中心だからな!」
 鶴丸に強く背を叩かれ、たたらを踏んだ小夜を大倶利伽羅が、さりげなく支える。
 「やりすぎだ」
 「あ、すまん・・・大丈夫か?」
 「はい・・・」
 詫びつつ頭を撫でてくれる鶴丸に頷いた小夜は、食器を持って回廊を渡って来た兄達を見るや、ぷいっとそっぽを向いた。
 「あらあら・・・。
 お小夜、いつまで拗ねているんですか」
 苦笑する宗三の隣で、江雪も困り顔で小首を傾げる。
 「お小夜、機嫌を直してください。
 去年のように逃げられては、薬研を困らせてしまいますから・・・私達も、苦渋の選択だったのですよ」
 回廊から下りてきた彼らからしかし、小夜は逃げるようにして歌仙の背に隠れた。
 「・・・裏切るなんて・・・ひどいです・・・!」
 「裏切るだなんて・・・」
 首を振って、宗三は歌仙の背後を覗き込む。
 「せめて、奇襲と言ってください。
 なにしろ、あの男の得意技ですものね」
 冗談めかして言う宗三を、小夜は歌仙の陰から睨んだ。
 「・・・宗三兄様、前の主をあんなに嫌っていたのに」
 「昔の男なんて、とっくに吹っ切りましたよ」
 くすくすと笑う彼に、膨れてしまった小夜を歌仙が撫でてやる。
 「お小夜、怒りたい気持ちはわかるけれど、今回は君のためでもあるじゃないか。
 兄達を許してあげなさい。
 ・・・ただし」
 反駁しようとした小夜に微笑んだ彼は、宗三と江雪へ向き直った。
 「君達も、少しはお小夜を信じてあげるべきだよ。
 お小夜は文化人として有名な細川の子だもの。
 ちゃんと話しておけば、素直に受けただろうに、だまし討ちにするのは良くないね。
 説得する努力を惜しんだ君達も悪いよ」
 「そう・・・ですね」
 驚いたように瞬いた江雪が、深く頷き、小夜の前に膝をつく。
 「歌仙の言う通りでした。
 申し訳ありませんでしたね、お小夜」
 「僕も・・・。
 すみませんでしたね、お小夜。
 信じてあげるべきでした」
 宗三も膝をつき、小夜の手を取った。
 「どうか、許してくださいね」
 「兄様・・・」
 困り顔で兄達を見つめた小夜は、はっとして歌仙を見上げる。
 笑いをこらえるように、口の端を歪めている彼に、小夜はまた頬を膨らませた。
 「歌仙も・・・だまし討ちはだめです・・・」
 「おや。
 僕は、そんなことはしないさ」
 兄達へ説教をしつつ、小夜にも『次回は素直に受けるように』と言い含めた彼は、いけしゃあしゃあととぼけて見せる。
 「歌仙・・・!」
 「歌仙殿」
 反駁はまた、封じられた。
 回廊に立つ小狐丸に声をかけられた歌仙が目を向ける。
 「お話し中に、あいすみませぬ」
 小狐丸に微笑みかけられた小夜は、慌てて首を振った。
 物腰柔らかく、意地悪などはされたこともないが、なぜか本能的に怖じけてしまう。
 そんな小夜に会釈して、小狐丸は歌仙へ向き直った。
 「竹の間で、ぬしさまと博多殿、後藤殿がお仕事をなさっておいでです。
 長谷部殿も加わって、忙しくしておられますゆえ、皆様の分の昼餉をお持ちくださいませぬか」
 「後藤?
 なんだあいつ、いなかったのか」
 てっきり一緒に拗ねていると思ったと、薬研が見やった縁側に、後藤の姿はない。
 「あの二人が仕事ってんなら、金子の事だろうな」
 椀に芋煮を注ぎつつ太鼓鐘が見やった光忠は、頷いて皿におかずを盛った。
 「でも、長谷部くんも加わったそうだし、定例会議は今日じゃないよねぇ。
 まさか、城郭建築の依頼が殺到して、主くんの借金が片付くとか?」
 そんなことはないかと、笑いながら膳を用意した光忠に、小狐丸が笑みを向ける。
 「どうやらそのようでございまするよ」
 「そりゃ驚きだな!
 数十年は返せない多額だったんじゃないのか?!」
 鶴丸が、小豆から受け取ったデザートを落としそうになりながら問えば、小狐丸は上へと目を向けた。
 「あれのおかげ・・・と言って良いものですかな」
 以前はすんなりと空が見渡せたそこには、天守の屋根から外郭の多聞櫓に向けて、蜘蛛の巣のように鋼線が張り巡らされている。
 雅じゃない、見た目が悪いと、主は大層嫌ったが、他の本丸が敵の襲撃を受けたとあっては、対策を取らない訳には行かなかった。
 「・・・我が本丸は、既に城郭化を果たしておりますゆえ、上空からの侵入を防ぐだけで済んでおりまするが、他の本丸はそうも行かないようでありますからな。
 多額の金子を積んででも、改築をしたいと仰せの方々が、ぬしさまの元へ列をなしておいでですよ」
 所在地は厳重に秘されていると信じ、敵襲を想定していなかった各本丸の守りは薄い。
 だが、襲撃を受けたとの情報を得た審神者達の動きは素早かった。
 城郭建築のノウハウを持ち、他本丸の改築をも請け負っていた主へ、すぐさま工事の依頼をしてきたのだと言う。
 「素早いか?
 大将がその情報持ってきて、鋼線を張ったのはだいぶ前・・・って、寝込んでたか」
 うん、と頷いた薬研が苦笑した。
 「床を払って仕事に戻ったら、注文が殺到してたってわけだな」
 俺のせいか、と肩をすくめる彼に、小狐丸は微笑む。
 「ずいぶんと、やきもきされたようで」
 「あぁ!それで!」
 太鼓鐘が、大きく頷いた。
 「宿の客が、女将はいないのかって、すげー聞いてきてたんだ!
 風邪引いて寝込んでる、って言ったら残念そうでさ。
 俺らと遊びに来たはずなのに、なんで主なんだって、不思議だったんだよなー」
 な?と、声をかけようとした物吉が、まだここにいないことに気づいて、太鼓鐘は気まずげに辺りを見回す。
 「・・・あ、じゃあさー」
 同意してくれそうな刀を見つけられず、太鼓鐘は咳払いした。
 「主が博多に借金して改築したここも、もしかしたら本陣からの補助金が出るんじゃねーの?」
 言えば、小狐丸はあっさりと頷く。
 「博多殿が真っ先に交渉されて、ほぼ全額を本陣に肩代わりさせる約定を取り付けたそうで。
 ぬしさまは、さすが博多だと、大層なお喜びでございました」
 「へぇー!やるなあ、博多!」
 感心した鶴丸が、博多の分の膳にデザートをもう一品、置いてやった。
 「借金肩代わりしてもらった挙げ句、依頼殺到とか、途端に長者じゃんか。
 何があるかわかんねーなー」
 太鼓鐘が見上げた光忠も、何度も頷く。
 「主くん、意外と強運だったねぇ。
 趣味で改築した時は、何十年も借金背負う覚悟だったのにねぇ。
 ほんとに、お陰様なんて言っちゃいけないけど・・・あ」
 と、光忠は動きを止めた。
 「そうか・・・。
 このタイミングで歌仙くんを呼ぶってことは・・・主くんは、選んだんだね。
 ・・・いざとなったら、誰と一緒に逃げるか」
 光忠が、苦笑交じりに歌仙を見やる。
 本陣より、敵の襲撃を受けた本丸があると連絡があった時・・・。
 主は、この本丸が襲撃された場合の対処方針をあらかじめ決めると、宣言していた。
 「いざとなったら、主は札と資材を持てるだけ持って逃げる。
 主さえいれば、本丸は何度でも立て直せるんだからな。
 ただ、その主を誰が守って逃げるかといえば・・・」
 と、鶴丸も歌仙を見やった。
 「お前じゃなかったんだな」
 意外そうに眉根を寄せた大倶利伽羅に、小狐丸は微笑む。
 「ええ。
 私は常にお側に控えておりますゆえ、敵の初太刀を受けるのも私でありましょう。
 もちろん、退けるつもりではおりますが、いざとなればぬしさまの盾となる所存。
 最初に折れることとあいなりましょうな」
 平然と言う彼へ、薬研が不愉快そうに顔をしかめた。
 「縁起でもない事を言うな。
 そのための鋼線だろうが」
 硬く鋭い鋼線は、敵の姿を模した人形を何度も落として実験を重ね、絶妙な幅に設えてある。
 上空から侵入してきた敵は、落下速度と自らの重さによって、刀剣の刃と同じ・・・いや、それ以上の鋭さを持ち得た鋼線に切り刻まれることになる。
 「血の雨が侵入の合図だ。
 余裕を持って迎撃できるさ」
 金色の目に剣呑な光を宿し、鶴丸がにやりと笑った。
 と、
 「あ・・・あるじさまを・・・悲しませたりしません!
 ぼ・・・僕たち、そのために強くなったんです!!」
 奇襲を受けても平気だと、五虎退が、きっと薬研を睨む。
 「つ・・・次は、させ・・・ません!」
 「いや、だったら素直に予防接種受けろよ」
 あっさりと言い返した薬研に、難しい顔をしていた歌仙の頬が緩んだ。
 「まだ、僕がそうなると決まったわけではないけれど。
 もし、その時が来た場合はおのおの方・・・」
 冷たい光が、彼の目に宿る。
 「―――― せめて、雅に散れ」
 傲慢なほど美しい笑みに薙がれ、長義は息を呑んだ。
 言葉もない彼の傍で、火にあたっていた蛍丸がくすくすと笑い出す。
 「うん、せいぜい、遠くまで逃げてよ。
 そうだね、博多から阿蘇くらいまで。
 そうして、ここに入り込んだ敵が全員、俺に斬られて、みんなの手入れも本丸の掃除も終わった頃に戻って来て」
 実力に裏打ちされた大太刀の、自信に満ちた言葉に、張り詰めていた場が和んだ。
 「お掃除は、さすがに手伝ってほしいですねぇ」
 「札を持って逃げてんだ、手入れの時には戻って欲しいぜ」
 宗三の軽口に太鼓鐘も乗って、更に場が和む。
 と、縁側で拗ねていた短刀達も次々に広場へ降りてきて、手伝いを始めた。
 「敵襲があったって、へっちゃらだよ!
 みんながいれば、なんとかなるよ!ね!」
 乱の明るい声に、厚も大きく頷く。
 「戦術なら俺にお任せだ!
 敵なんて、豆腐切るようなもんだぜ!」
 わいわいと賑やかな彼らの元へ、緋毛氈や酒樽など、重いものを運んできた槍と大太刀、薙刀が合流した。
 「なぁにー?ずいぶんと賑やかだねぇ!」
 両肩に担いだ酒樽を下ろした次郎太刀が、美味しそうな匂いを昇らせる鍋を覗き込む。
 「なーんか、お祝いみたいな雰囲気だよねぇ!
 ねぇねぇ!
 アタシと兄貴の出発を、ついでに祝ってくれないかい?」
 「先程、主に願い出てきたのですよ」
 微笑む太郎太刀を、皆が驚いたように見上げた。
 「しゅ・・・修行に行くんですか?!大太刀が?!」
 「今以上に強くなって・・・ど・・・どうしましょう・・・!」
 平野と前田が慌てふためき、
 「せっかく、短刀が最強だって言われるようになったのに!」
 「ぼ・・・僕達の地位が脅かされちゃいます!」
 と、真っ青になる信濃と秋田の背を、次郎太刀が陽気にはたく。
 「本丸に敵襲があるかも、なんて聞いちゃあ、酔ってばかりもいられないからねぇ!
 任せな!
 いくら降って湧いたって、アタシらが殲滅するよ!」
 「それ!俺が先に言ったのに!!」
 ぷくっと頬を膨らませて、蛍丸が進み出た。
 「俺も!行く!!」
 「順番ですよ、蛍丸」
 早速御座所へ走って行こうとする蛍丸を抱き上げ、太郎太刀が微笑む。
 「私達より後に行っても、あなたならすぐさま、追い抜くでしょうからね。
 少しは花を持たせなさい」
 珍しく冗談口の太郎太刀に、蛍丸は鼻を鳴らした。
 「俺が帰ったら、きっと太郎なんか追い越すくらい、でかくなってるんだから!
 もう抱っこさせてあげないからね!」
 「えー。そーなのぉー?
 じゃ、今のうちに抱っこしちゃえー!」
 「ヤメテ!潰れる!」
 ぎゅうぎゅうと身体を押し付けてくる次郎太刀を蛍丸は、小さな手で押しのける。
 「もぉ!
 昨日のお客に抱っこ頼まれたからって、俺にまですんなっ!」
 「昨日のは抱っこじゃないよぉー。
 二人一緒に両肩に担いで、って言われたから、酒樽の要領でヨイショーってね!
 なぁにー?
 蛍もそっちがよかったのぉー?」
 よし来い!と、両手を広げる次郎から逃げた蛍丸は、膨らませた頬を不意に萎ませた。
 「・・・あれ?
 ねぇねぇ、主の借金がなくなるってことは、温泉宿たたむの?」
 「そんな!!!!」
 蛍丸の言葉に、光忠が愕然とする。
 「でも・・・そうか・・・しょうがない・・・よね・・・・・・。
 僕の料理に喜んでくれる審神者さん達・・・すごく・・・・・・嬉しかったのに・・・」
 大きな背を丸くして嘆く光忠を、太鼓鐘が気の毒そうに見上げた。
 「みっちゃん・・・毎日、お客が来るのを楽しみにしてたもんなあ・・・」
 よしよし、と、背伸びして、うなだれた光忠の頭を撫でてやる。
 が、その傍らで、大倶利伽羅は首を振った。
 「宿は残念だろうが、ホストクラブもなくなるぞ。
 これ以上、長船の名が穢れなくてよかったじゃないか」
 正宗も、と、言い添えた彼に、長義が訝しげな顔をする。
 「そのような風俗業を本陣が許したというのも信じがたいが・・・なぜ、ホス・・・なんとかが繁盛するんだ?
 大般若や日向なんて、ほとんどの本丸にいるじゃないか」
 不思議そうな彼へは、小豆が首を振った。
 「すこし、かんがえてみてくれ。
 あるじがまいばん、このほんまるで・・・おきにいりとのみさわぐすがたなんて、こどもたちにみせられるかい?」
 「人んちの本丸だから、できるってこともあるんだよ。
 自分の本丸じゃ、あからさまに贔屓もできねぇだろ」
 薬研にも言われて、長義はなるほどと頷く。
 「息抜きの場だったのか・・・。
 ならば別に、このままでもいいのじゃないかな?」
 「は?」
 お固い役人だと思っていた長義の、意外な言葉に皆が目を丸くした。
 「こりゃ驚いたな!
 まさか、君にそう言われるとは思ってもなかったぞ!」
 頓狂な声をあげる鶴丸に、長義は鼻を鳴らす。
 「俺は、上官の顔色を伺うのがうまいそうだからな」
 じろりと睨まれた薬研が、あらぬ方を見やった。
 「この城を楽しむ本陣の方々や他の本丸の審神者・・・。
 それに、他家とは言え、同郷の祖をがっかりさせたくはない」
 「長義くん・・・!
 君、すごくいい子だねぇ!!」
 光忠から手放しで褒められて、長義は頬を染める。
 「こ・・・このくらいの世渡り、当然だ!」
 「そうかい。
 だったらせいぜい僕の顔色も伺って、山姥切国広をいじめないことだね」
 「それは無理だ」
 「この子は、まったく・・・!」
 あっさりと言った長義へ、こぶしを握って迫ろうとする歌仙を、光忠が慌てて止めた。
 「歌仙くん!
 せっかくの芋煮が冷めちゃうから、早く届けてあげて!
 そして・・・主くんに、僕が作った芋煮の方が美味しいでしょ、って・・・!」
 「パパン、そこは、こうへいにはんだんしてもらおうじゃないか。
 きっと、わたしのつくったほうをきにいってくれる」
 どさくさに紛れて、優位を勝ち取ろうとする光忠を、小豆が制する。
 「・・・ちょっと小豆くん。
 少しは僕を立てようと思わないの?
 僕、長船派の祖だよ?
 僕がいないと、君達もいないんだよ?」
 「パパン、けんりょくをふりかざしてはだめだ」
 恐ろしい顔で迫る光忠を、小豆は笑顔で牽制した。
 と、
 「そうだよ、君らしくもない。
 横暴はやめたまえ」
 ため息をついて、歌仙は四人分の膳を軽々と持ち上げる。
 「しかしまぁ・・・どんな状況になっても、我が本丸はいつも通り、呑気そうだよ」
 「うーん・・・。
 実力に裏打ちされた自信、ってことかな?」
 最も動じていない短刀達を見遣って、光忠は微笑んだ。
 「きっと、地の利は我にありとばかり、嬉々として殲滅してくれるよ」
 「違いない」
 頷いた歌仙も、愉快げに笑う。
 「となれば、雅に散れ、は違うな」
 回廊に上がった歌仙は肩越し、広場に散らばる刀剣達を見やった。
 「思うまま、この城をからくれないに染めるといい」
 皆の、自信に満ちた笑みが答えだ。
 頼もしい仲間達へ満足げに頷き、歌仙は御座所へと向かった。




 了




 










2018年最後のSSです!
去年だったか、東北では秋になると芋煮会が開催されて、しかも地方同士で抗争が起きる、という話を聞きまして。
『そもそも芋煮とは?』な九州人はてっきり、芋の煮っころがしか何かかと思っていて、レシピを調べたら、仙台風は・・・豚汁?
↑この件については、東北出身の方にこんこんと諭されましたので、ひとまずは許して下さい。
その後、『芋煮とは??』と色々見聞きしたところ、非常にセンシティブでプライドをかけた戦いということを教えていただき、更には九州人にもわかりやすく、『ひよこは東京銘菓と言われた時の福岡人』という説明を受けて、『あ、そりゃキレるわ!!』と納得した次第です。
というわけで、本丸内芋煮戦争と豊前顕現における九州の微妙な関係&長谷部の博多弁という、書きたいものすべて詰め込んだカオスなSSになりましたよ(笑)
ちなみに、長谷部の博多弁、めっちゃ怒ってるように聞こえるかもですが、日常会話です。
『くらさるーぞ』(殴る蹴るの暴行をしますよ)は、本当に怒っている場合もありますけど、大体は『てへvごめーんv』程度の謝罪で許されます。
『ぼてくりまわさるーぞ』の場合は、『私の非を認め、心より謝罪申し上げます(真顔)』と、すぐに謝ってください。
標準語に直訳すると、『くらさるーぞ=殴られるぞ』なので、『誰に?』ってなりますけど、発言者が自ら手を下す場合も、『くらさるーぞ』or『くらすぞ』になりますので、余計なことは言わないが吉です。
ともあれ、年の最後に物騒なSSですが、お楽しみいただけたら幸いですよv













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