〜 あの夜の・・・ 〜






 いつもとなんら変わりない、とある昼下がり。
 遠征へ行く相棒を見送った和泉守兼定は、その足で御座所へと向かった。
 主へ用があるわけではなく、その部屋に正対する壁に設置してある、電子掲示板が目当てだ。
 「次の戦場は秘宝の里だったよな。
 上手く使ってもらえるように、予習を・・・」
 と、珍しく真面目な事を言いつつ踏み出した歩を、彼は慌てて引いた。
 「なんっ・・・て所に寝てやがるんだ、亀甲!
 行き倒れか?!」
 うっかり踏みそうになった亀甲貞宗は、冷たい床の上に寝そべったまま、くるりと首を回して和泉守を見上げる。
 「やあ和泉守。
 踏んでくれて良かったんだよ?」
 そんな事を言われても、敵でもない者の身体を踏めるわけがなかった。
 「具合が悪いんじゃなけりゃ、とっととどけよ。
 びっくりすんだろ」
 しゃがみ込み、手をさしのべた和泉守の横で、御座所の襖が開く。
 と、主が、何も言わずに亀甲の背を踏み付け、足早に去って行った。
 「こら主!
 刀踏み付けてんじゃねぇ!」
 和泉守が思わず叱り付けるが、主は振り向きもせずに彼らの視界から消える。
 「まったく!
 はしたねぇったらありゃしないな!
 大丈夫か、亀甲・・・」
 と、見下ろした彼は恍惚の表情で床をはいずっていた。
 「あぁっ・・・!
 ご主人様、僕を踏みながら一瞥もせずに去ってしまわれた・・・!
 なんて冷酷!なんて無慈悲!
 ご主人様から頂いたこの痛み・・・大切にします・・・!」
 「おや、こんな所に亀が」
 「がっふ!!」
 続いて御座所から出てきた小狐丸がわざわざ踏み付けて、大切な痛みとやらを上書きする。
 「・・・主従でなにやってんだ、あんたら」
 呆れると言うより、おぞましげな和泉守に、小狐丸はにこりと微笑んだ。
 「ぬしさまがお忙しい時に限って、この亀が道を塞ぎまするゆえ、仕置きですよ」
 「ぎゃふっ!ぎゃっ!げふっ!!」
 太刀に何度も踏み付けられて、さすがの亀甲もぐったりとする。
 「おい、やめろって!
 折れちまうだろ!」
 小狐丸をどかせた和泉守は、なぜか幸せそうな表情の亀甲を抱き起こして、廊下の端に座らせた。
 「いくら亀甲が望んだ事でも、限度ってもんがあんだろ。
 主は・・・まぁ、そういう事情なら、踏んで行ったのもわかるが、あんたはやり過ぎだ」
 「されど、本日は城門が閉ざされる日でありまするぞ。
 本陣へ赴かれるぬしさまがお急ぎのところ、道を塞ぐとはけしからぬ」
 緋色の瞳で冷たく睨みつければ、亀甲はうっとりと頬を染める。
 「あぁ・・・和泉守、僕の為に喧嘩しないでおくれ。
 小狐丸に踏まれるのも、これはこれで・・・いいっ!」
 その言葉に、小狐丸が肌を粟立たせた。
 「いっそ折って・・・!」
 「気持ちはわかるが待て!
 主の刀剣を折ることは最大の禁忌だ!」
 慌てた和泉守が、小狐丸を羽交い絞めにして止める。
 と、彼も本気ではなかったのだろう、素直に頷いて、力を抜いた。
 「ぬしさまの昼餉を片付けまするゆえ、お放しを」
 「あ・・・あぁ」
 拘束の手を解いた和泉守は、御座所へ戻る小狐丸へ頷いてから、亀甲の前にしゃがみこむ。
 「大丈夫か?手入れ行くか?」
 「このくらいなら平気さ。
 むしろ、もっと欲しいくらいだよ!」
 と、潤んだ瞳で見つめて来る亀甲から、和泉守は思わず歩を引いた。
 「お・・・俺はいたぶる趣味はねぇよ!
 国広に頼みな!」
 「それはいいね!
 彼は今どこに?!」
 迫り来る亀甲から身をのけ反らせて逃げつつ、和泉守は主の去った方を見やる。
 「遠征だ。
 夜まで帰ってこねぇよ」
 「そうかぁ・・・残念」
 肩を落とした亀甲は、なぜかまた、床に寝そべった。
 「なにしてんだ」
 「こうしていれば、また小狐丸が踏んでくれるだろう?
 彼のくれる痛みもなかなか・・・v
 うふふ・・・と、嬉しそうな笑声をあげる亀甲を、和泉守は気味悪げに見下ろす。
 「もう止めねぇからな」
 ため息をついた彼は、本来の用事を済ませるべく、電子掲示板に向き合った。


 一方、戦場から戻った者達を迎えた光忠は、あるいは手入れ部屋へ、あるいは遅い昼食へと手配した。
 「歌仙くん、また敵をいたぶりすぎて怪我したんだって。
 手入れ番の子達が、すごい勢いでぼやいていたよ・・・」
 「しょーがねぇなぁ、之定はさぁー」
 昼食の蕎麦に添える葱を刻みつつ、太鼓鐘が苦笑する。
 「修業に行って、ちょっとは穏やかになると思ったのに、残酷さ増し増しだもんな。
 他にそんな奴、いたっけか」
 うーん・・・と、首を傾げる太鼓鐘の隣で、光忠は首を振った。
 「彼くらいだよ。
 だけど困ったことに・・・主くんは、彼みたいに残酷な性格が大好きらしくて・・・!」
 きゅっと、光忠の眉根が寄る。
 「口には出さないけど、歌仙くんの報告書ばかり、嬉しそうに読み返してるんだよねえ・・・!」
 その言葉に、太鼓鐘は声を詰まらせた。
 ややして、
 「・・・之定の報告書って、大量殺戮の記録じゃん。
 そこまでやるか、って残酷物語だろ。
 主に刃向かった罰だなんて言って、あいつが殺りたいだけのジェノサイド・・・」
 と、引き攣った声で言う彼に、光忠は頷く。
 「歌仙くん、文系だけあって、すごく文章がうまいでしょ。
 だからその様子をね、臨場感がありながら、お見事な美文で書き上げちゃうんだ。
 主くん、すっかり引き込まれちゃって、今、一番お気に入りの読み物なんだって、小狐丸さんが笑っていたよ」
 「似た者主従が」
 舌打ち混じりに言って、太鼓鐘は刻んだ葱を、光忠が用意した蕎麦に乗せた。
 「足りてるか?」
 「大丈夫。
 鯰尾くんと骨喰くんは、自分の分持ってゲーム部屋に行っちゃったし、歌仙くんと加州くんには、手入れが終ってから持っていくよ」
 出来上がった蕎麦を配膳棚に乗せて、二人は竹の間へ向かった。
 この本丸で二番目に大きな広間では、戦や遠征から戻った面々が、風呂上がりのさっぱりとした顔を並べていた。
 「みんな、お待たせー!
 お腹すいたでしょ。お代わりもあるからね」
 大太刀らへ向かって言えば、早速箸を取った蛍丸が、熱さも構わず頬張る。
 「コラコラ、蛍ぅー。
 ゆっくり食べないと、お腹痛くなるよぉ?」
 蕎麦を肴に杯を傾けつつ、次郎が言うと、太郎も微笑んで頷いた。
 「久しぶりの戦場で、気持ちがたかぶるのもわかりますが・・・」
 と言う、太郎こそ随分と機嫌のいい様子に、石切丸が笑い出す。
 「私達大太刀は、早々に本丸の防備に回されてしまったからね。
 身体がなまっていないか心配だったけれど、問題なく戦場を渡ることができて、何よりだったよ」
 「あったりまえじゃん!
 俺達、強くて当然の大太刀だよ?」
 自信満々の笑みを浮かべる蛍丸に、ソハヤノツルキが大きく頷いた。
 「小さくても、さすが大太刀だなあ。
 兄弟も見習えよ!
 見ろ、このどや顔!」
 「ちっさいは余計だろおおおおおおお!!」
 喚声をあげて立ち上がった蛍丸の襟首を、石切丸がすかさず掴む。
 「こら!お行儀よくしなさい!」
 再び座らせた石切丸に、光忠が感心した。
 「石切丸さん、動きが早くなったんじゃない?」
 「そ・・・そうかな・・・」
 嬉しそうに照れ笑いする彼に、蛍丸が口を尖らせる。
 「大太刀同士だから、そう見えるだけでしょぉ!
 国俊だったら、掴ませたりしないよ!」
 「ああ、そうだね。
 わかったから、お行儀よくしなさい」
 再び窘められて、むくれつつも蛍丸は座り直した。
 「お代わり!」
 「え?!早っ!!」
 空になった器を差し出す蛍丸に太鼓鐘が驚くが、光忠は平然と微笑んで、蕎麦とトッピング、つゆを入れてやる。
 「蛍丸くんの、わんこ蕎麦始まりだね」
 「いや、これ・・・わんこサイズじゃねえんだけど」
 普通の蕎麦なのにと、呆れる太鼓鐘の目の前で、蛍丸はすぐに蕎麦を空にし、お代わりを要求した。
 「オーケー!
 貞ちゃん、僕が蕎麦で場をしのいでいる間に!」
 「あぁ!!
 握り飯とから揚げの追加オーダー、了解だぜ!!」
 卓上を見れば、大太刀の前の皿は既に空になり、薙刀と太刀の前の皿もそろそろ危険域だ。
 「よりによって今日は、でかいのばっか出てたもんな・・・!」
 サポートに入っていた歌仙と加州は、軽い手当をしているだけなので、戻ってくるのも時間の問題だった。
 「あいつら、昼がないってわかったらうるせーからなー!
 ・・・あ、物吉?
 わりぃんだけど、厨房手伝ってくれないか」
 通話を切って、厨房に駆け込んだ太鼓鐘は、冷蔵庫から仕込みの終わった鶏肉を取り出した。
 「太鼓鐘!助けに来ましたよ!」
 すぐに来てくれた兄弟に頷き、大容量の炊飯器を指す。
 「握り飯、作ってる暇ねぇや!
 中身を櫃に移して、茶碗と一緒に竹の間に運んでくれ!」
 「了解!
 生卵もあれば、間が持たせられるね。
 蛍丸君、出陣していたよね?
 甘いお醤油持っていくね!」
 気が利く兄弟に嬉しげに頷き、太鼓鐘は踏み台に飛び乗って、熱を上げた鍋に向かった。
 「おい。
 危機だそうだな」
 「貞坊!助けに来たぞ!!」
 大倶利伽羅と鶴丸も駆けつけて、コンロの前に並ぶ。
 「代わる。
 貞は、出来上がったものを運べ」
 「頼むぜ、伽羅!!」
 「よーっし!
 俺は華麗に卵焼きを・・・と思ったが、敵は大太刀か。
 溶いている暇なんぞないな。
 目玉焼きでいいだろ。
 調味料は各種そろえておけよ。戦争が起きるからな」
 「オーケィ、鶴!
 助かったぜ!!」
 大皿に山と積まれたおかずを両手に持って、竹の間へと向かった太鼓鐘は、途中で空になった櫃を抱えた物吉とすれ違った。
 「すぐに戻るからー!」
 言いつつ駆け抜けていった物吉に頷き、太鼓鐘は竹の間へ到着する。
 「ヘイ!お待ち!
 目玉焼きの調味料は、醤油、ソース、塩、コショウ、ケチャップだぜ!
 ジャケットとズボンのポケットから、次々に調味料を出した太鼓鐘の得意顔に、静形薙刀が眉根を寄せた。
 「・・・マヨネーズがないな」
 「卵on卵かよ!!!!」
 思わず怒鳴った太鼓鐘に、巴形薙刀が小首を傾げる。
 「俺は七味で頼む」
 「自分で取って来い!!!!」
 ほかの奴も!と、睨み渡された面々は、面倒なのか、その場にあるもので手を打った。
 「まぁまぁ、貞ちゃん・・・。
 巴くん、蕎麦用に持って来た一味じゃダメかな?」
 「まぁ・・・手間をかけるのも悪いからな」
 渋々と、巴形が一味へ手を伸ばした時、
 「ご飯のお代わり、持ってきましたよー!
 あと、鶴丸さんが持って行けって、マヨネーズと七味!」
 「神か!!」
 駆け込んできた物吉が差し出した調味料に、薙刀達が手を合わせる。
 「・・・ちょっと待て、このやろう。
 作ってやってんの、俺らだぞ」
 「そうですよー。僕は持って来ただけです。
 太鼓鐘、偉いよねー」
 にこにこと笑って仲裁に入られると、太鼓鐘も怒りを持続させにくくなった。
 「あ!それと、鶴丸さんがこれも試してほしいって・・・メープルシロップです!」
 と、ポケットから出したものに、視線が集まる。
 「いや・・・さすがにこれは、冒険が過ぎるでしょ」
 声を詰まらせる光忠の目の前から、蛍丸がメープルシロップを取り上げた。
 「・・・うん、これだけだとナシかな、って思うけど、お醤油も一緒にしたらイケる」
 「九州勢の醤油に対する許容範囲、広すぎねぇか?!主に甘い方面で!!」
 真っ青になって絶叫する太鼓鐘に、光忠が笑い出す。
 「さすがにそれを九州の総意だっていうのは無理じゃないかな。
 後で、主くんに聞いてみるといいよ」
 「・・・なんだよ。
 試してみろ、っていうからやってあげたのにさ。
 お代わり!」
 頬を膨らませた蛍丸が、空になった茶碗を差し出した。
 と、
 「ちょっとちょっとぉー。
 俺たちの分、残ってんのー?」
 手入れ部屋から出て来た加州が、足を速めて入って来る。
 「加州。
 そんなに慌てて、はしたないよ。
 光忠のことだ、ちゃんと取っておいてくれているよ」
 ねぇ?と、続いて入って来た歌仙に問われた光忠は、大きく頷いて立ち上がった。
 「お蕎麦、茹でてくるね。
 ・・・おかずとご飯も、そろそろなくなりそうだから、追加持ってこようか」
 「お手伝いしますよ!」
 光忠に続いて物吉も立ち上がり、太鼓鐘を手招く。
 「今、伽羅と鶴が作ってくれてるからさ、すぐに持ってくるぜ!」
 騒々しく駆け出て行った彼らへ、歌仙が肩をすくめた。
 「やれやれ、少しは落ち着かないものかな。
 いつまでも騒々しくて、雅さに欠けるねぇ」
 「まぁまぁ、元気があって、いいじゃないか」
 石切丸が宥めると、太郎も微笑んで頷く。
 「そうですね。
 彼らがおとなしいと、かえって心配になりますよ」
 「元気が一番じゃないかな!
 ねぇ、蛍♪
 元気じゃなきゃ、たくさん食べられないもんねぇ!」
 次郎に頭を撫でられた蛍丸が、頬をパンパンに膨らませて頷く様に、歌仙は苦笑した。
 「やれやれ。
 我が本丸は、大太刀が甘くて困るよ。
 無作法を叱るのは、神の役目なのにねぇ」
 「主や君が厳しい分、私達が甘くなくては、逃げ道がなくなってしまうじゃないか。
 飴と鞭というものだよ」
 穏やかな石切丸に、ソハヤノツルキが感心する。
 「俺も奉納刀だが、役割が違うからなぁ。
 そんなこと、考えもしなかったぜ。
 見習わなきゃなぁ」
 「ふふ・・・。
 霊刀にそう言われると、照れてしまうね。
 ところで・・・」
 と、石切丸は、歌仙と加州へ視線を戻した。
 「さっきは、かばってくれてありがとう。
 怪我はもういいのかい?」
 「ん。
 かすり傷だし、お手入れで治ったよ」
 「僕も、返り血を流してきただけさ」
 加州はともかく、歌仙の言い様には皆、苦笑する。
 「んもー・・・。
 修行に行って、少しは穏やかになるかと思ったのに、余計短気になったよねー。
 兼さんなんか、すごく怯えちゃってるからさ、いちいち怖いこと言うの、やめたげてよ」
 古参組の気安さで加州が言えば、歌仙は楽しげに笑みを漏らした。
 「いずみは、いずみなりに風流を理解しようと頑張っているからね。
 いけないとわかっていても、つい、からかってやりたくなってしまう」
 「花鳥風月と皆殺しが両立しちゃうなんて、ないと思うけどねー」
 「それは君、新境地というものさ」
 「ああ言えばこう言うんだから」
 二人が軽口を言い合ううちに、光忠と貞宗達が戻って来る。
 「ヘイ!蕎麦お待ち」
 「あと、唐揚げ・・・」
 「ごっ・・・ごはんと卵は、ちょっと待ってくださいね!」
 櫃が既に空になっていることに気づいて、物吉が慌てた。
 「ああ、もう大丈夫だよ。
 蛍もさすがにお腹いっぱいでしょ」
 と、次郎が見やった蛍丸は、箸を握ったまま、うとうとと舟を漕いでいる。
 「ほら、蛍ぅー。
 寝るんなら箸を置きなー?」
 「んー・・・!」
 やだ、と首を振る蛍丸に、太郎と石切丸が笑い出した。
 「もういいでしょう?
 食べすぎると、子豚になってしまいますよ」
 「そろそろ明石さんを呼ぼうか」
 石切丸が懐から取り出した端末で呼び出すと、すぐにやってきた明石が蛍丸を引き取って行く。
 「ふむ・・・。
 小さいものがいなくなったのだから、酒盛りをしてもよいかな」
 箸を置いた静に、次郎が猪口を差し出した。
 「なんだよー!
 蛍がいても、遠慮なんかしなくて良かったんだよ?」
 「そうは言っても、万が一がな。
 酒に呑まれないともかぎらんだろう?」
 「そう思うなら、最初から呑まなければいいこと。
 醜態を晒すは恥だぞ」
 冷たく制する巴へは、鼻を鳴らす。
 「主の前で醜態を晒すは恥だが、今は留守だ。
 少しくらい良かろう」
 「そうだよそうだよー!
 そもそもうちの主は、酔っ払いに慣れてるからさ!
 遠慮なんかナシナシ!」
 にこにこと笑いながら、次郎は巴へも猪口を差し出した。
 その様に、光忠も貞宗達もほっとする。
 「もうご飯炊かなくていいね!」
 「之定と加州は、それだけで足りるか?
 まだ炊く・・・?」
 恐る恐る聞く太鼓鐘に、二人は笑い出した。
 「僕は大丈夫だよ」
 「俺も。
 あんまり食べると子豚になっちゃう」
 「よかったぁ・・・!」
 ほっと、物吉が胸を撫で下ろす。
 「じゃあ、おつまみになりそうなもの持って来ますね!
 いこ、太鼓鐘!」
 空いた食器を持って出ていく二人を、光忠が和んだ目で見送った。
 「いい子だよねえ、貞ちゃんズ。
 料理教室を始めたのに、中々上達する子がいないから、物吉くんが手伝ってくれて助かるよ」
 「まったくだよねえ。
 清光、君、いい加減、火の扱いを覚えたまえよ。
 なんでも強火がいいってわけじゃないんだよ?」
 「えぇー。
 だって、じわじわ待つなんて面倒じゃんー」
 歌仙へ頬を膨らませた清光に、光忠がにこりと笑う。
 「清光くんは、切り方はとっても上手だよね。
 飾り切りなんてお見事じゃない」
 「ほんとっ?!」
 嬉しげに頬を染めた清光は、歌仙の腕をつついた。
 「これだよ、歌仙ー!
 俺、褒められて伸びる子なんだから、歌仙ももっと俺を褒めなよ!
 そしたら上達するかもよ?」
 「そういうことはね、君、油の鍋を炎上させなくなってからいいたまえ。
 僕は君専任の消防官ではないのだからね」
 言ってやると、また頬を膨らませる。
 「ほらほら、歌仙くん、褒めて伸びる子はいいところから育てないと!
 清光くん、まずは色んな切り方を覚えようか。
 味付けと火加減は、おいおいでね」
 「そっか・・・それならできるかな」
 言いながら、これでもかと歌仙をつついてやると、容赦なく頬をつままれた。
 「おとなしく食べたまえよ君。
 作ってくれた者に失礼だよ」
 馳走の意味を知っているかと、説教されそうになって、慌てて居住まいをただす。
 と、
 「そうだよなぁ・・・。
 俺らがこんな状況じゃ、光忠が安心して修業にいけないよな」
 呟いたソハヤノツルキに、大典太も頷いた。
 「この本丸が、鳥取の飢え殺しなんて状況になっては困る。
 光忠、俺達にも仕込んでくれないか」
 「え?!本気?!」
 まさか、霊剣達の方から申し出があるとは思わず、驚く光忠に、薙刀達までもが頷いた。
 「大きな身体が邪魔かと遠慮していたが・・・」
 「何なりと言ってくれ。
 俺が作った料理を、主に試してもらいたい」
 「巴くんに静くんまで・・・助かるよ!」
 感激する光忠に、次郎も杯を掲げた。
 「アタシも、おつまみくらいは自分で作るよ〜v
 「米・・・くらいなら、できると思いますよ」
 「そうだね。
 私達ほど、米に詳しい刀はいないはずだね」
 御神刀だし、と、太郎と石切丸も笑みを交わす。
 しかし、
 「君達、米は炊くものかい?蒸すものかい?」
 という、歌仙の問いに、二人は吹き出した。
 「そんなの、甑(こしき)で蒸すに決まっているじゃないか!」
 「最近はあまり見ませんが、昔は我ら神刀にも見える場所で御饌(みけ)を作っておりましたからね。
 手順くらいはわかっていますよ」
 得意顔の石切丸と太郎に、歌仙は深く頷く。
 「わかった、基本から教えよう」
 「今世はやり方変わってんだよねー♪」
 米くらいは炊ける!と、加州がことさらに得意顔をした。
 「じゃあ今日の夕餉は、石切丸さんと太郎さんに炊飯を教えて、加州くんに切ってもらった材料を僕が調理しようか。
 朝は忙しいから、明日の昼餉と夕餉を三池さんちと薙刀くんたちに手伝ってもらうってことでいいかな?」
 「んじゃ、アタシはその合間にツマミを作るかな!」
 光忠の提案に全員が頷き、次郎も猪口を掲げる。
 「じゃあ、石切丸さんと太郎さん、加州くんは夕刻になったら呼ぶから来てね」
 嬉しげな光忠に、つまみを持って戻って来た貞宗達が、顔を見合わせて笑いあった。


 その、夕刻。
 「思っていたより、広かったんだねぇ」
 厨房に入った石切丸が呟くと、光忠は自慢げに頷いた。
 「宿を作った時に、改装してもらったんだ!
 人数増えたし、本丸の運営費も潤沢だったから、奮発してくれたんだよ、主くん!」
 「なるほど・・・。
 本当に、主のみが困窮していたのですね」
 「趣味で城郭建築なんて作るからねえ。
 まあ、それも思わぬ転機で解決出来そうでよかったよ」
 太郎へ満足げな笑みを向ける歌仙の隣で、早速大根の皮を剥きつつ、加州が肩をすくめる。
 「ひとんちの不運が原因だから、おおっぴらには喜べないけどね。
 歌仙、皮剥き終わったよ。
 次どうするの?」
 「あぁ。
 今日は汁物に入れようと思っているから・・・おや」
 一斉に鳴り出した端末に、歌仙は眉根を寄せた。
 「まったく、無粋なからくりだよ。
 時と場所を選ばないものかねぇ」
 ぼやきながら取り出した歌仙の周りで、それぞれに自身の端末を見た者達が、やれやれと肩をすくめる。
 「本陣からのお知らせだね。
 時空門の調整に時間がかかっているから、今夜の10時までは開かないって・・・ことは、主くんのご飯はいらないね」
 呟いた光忠の隣で、歌仙が苦笑した。
 「そんなに夜遅くまで、食事を我慢できる御仁ではないからね。
 好きなものを好きなだけ食べてくるだろうね」
 「やれやれ・・・。
 不摂生はよくないと、いつも言っているのに」
 苦笑した石切丸が、光忠を見やる。
 「まぁ、一食分くらい、関係ないくらい米を・・・えぇと、炊くのだったかな?」
 「そうそう。
 無洗米を使っているから、研がなくていいんだよ」
 「ふむ・・・。
 水の量にさえ気を付ければ、あとはこのからくりがやってくれると。
 あなた、すぐにでも付喪神になれますよ」
 そっと撫でながら、太郎が炊飯器に話しかけた。
 「太郎のお墨付きなんて、すごいじゃん、炊飯器ー♪
 ま、主は大丈夫として・・・えぇと、短刀達が6時に帰ってくる予定じゃなかった?国広達も8時でしょ?」
 話しかけた歌仙は、壁の時計をじっと見つめたまま頷く。
 「五虎退と薬研、乱が6時、堀川と青江が8時だね。
 数珠丸殿と江雪、御手杵は明日の朝6時だから問題はないのだけど・・・彼ら、まさか門前で締め出されるなんてことはないだろうね」
 気づかわしげに呟くと、光忠も難しい顔で頷く。
 「普通の状況なら、出立の間の時空門が調整してくれて、主くんの開門と同時に帰って来るんだけど、今回の延長は本陣が原因じゃないトラブルのようだからね」
 本陣からの通達によれば、本陣によるメンテナンスは完了しているが、それを承認する機関の処理が遅れているとのことだ。
 「これは、本陣でもどうしようもないからねぇ」
 苦笑する光忠に、歌仙も苦笑を返す。
 「まぁ・・・この本丸ができたばかりの頃は、まだ時空門どころか国自体が不安定で、突然門が閉まるということもあったからね。
 あの子達なら、その時のことも覚えているだろうし、妙な混乱はしないと思うが・・・念のため、時間になったら様子を見に行かせようか」
 言えば、皆が頷いた。
 この場にいるものは全員、当時のことを知る者達だった。
 「大変だったよねぇ、あの頃・・・。
 戦場に行ったまま、帰れなくなっちゃって・・・短刀は泣きわめくし、歌仙はブチ切れるし、山姥切は自分のせいだとか、わけのわかんない自己批判始めるし」
 「今でも、本陣だけでなくその上位機関の調整で、年に何度か閉門時間が長くなることがあるではありませんか。
 本日中に終わるのでしたら、特に気にすることもないでしょう」
 淡々と言いつつ、太郎は米を入れて水を張った炊飯器を、また優しく撫でる。
 「さぁ、よろしく頼みますよ、炊飯器殿。
 おいしく炊き上げてくださいね」
 光忠に教わった通り、ボタンを押すと滑らかな声が返事をした。
 「あぁ、もうすでに言葉まで。
 あなたが顕現する日を、楽しみにしていますよ」
 炊飯器へ向かって微笑む太郎に、周りの面々も思わず表情を柔らかくする。
 「じゃ、とりあえず、夕餉を作っちゃおっか!
 門前で締め出されたとしても、ご飯があれば大丈夫でしょー」
 「それもそうだね」
 加州の言葉に吹き出した歌仙が、懐に端末を仕舞った。
 「では、おのおの方。
 今日の料理教室を始めよう」


 「とーら!」
 「と・・・虎・・・くん」
 「もうりちゃん」
 「も・・・もうり・・・くん」
 「みーだーれ!」
 「み・・・みだれ・・・ちゃん」
 並んで歩きながら、乱が言った言葉を五虎退が復唱する。
 溌溂とした乱の発音に対して、五虎退のそれはどうにも心細げで、呟くように発する度に、白い頬を紅く染めた。
 「ろ・・・ろが付く人っていないなぁ・・・。
 薬研ー?」
 「あ?ロウソクでいいだろ」
 少し前を歩く薬研は、問われて肩越しに言う。
 「ろ・・・ろう・・・そく・・・」
 小さな声ではあったが、聞き取れないことはない言葉に頷いた乱は、人差し指を立てて隣の五虎退へ迫った。
 「はい、じゃあ、あるじさん!」
 「あ・・・あ・・・あ・・・ゆじ・・・さま・・・・・・」
 うろたえたように視線をさ迷わせ、消え入るような声で言った五虎退に、乱は小首を傾げる。
 「うーん・・・他のラ行は言えるのに、やっぱり『る』が難しいのかなぁ」
 「おい、五虎退。
 鶴丸」
 「つ・・・つるまる・・・さん」
 「言えるじゃねぇか」
 「あ、ほんとだ」
 薬研の指摘に、乱も不思議そうな顔をした。
 「主さんを呼ぶ時には、緊張しちゃうのかなぁ」
 「鬼だからな」
 「ちっ・・・ちがいますっ!!」
 薬研のからかい口調を慌てて否定し、五虎退は耳まで紅くする。
 「あ・・・あゆじさま・・・は・・・こわくないです・・・。
 で・・・でも、一度間違ってから・・・ずっと・・・!」
 一度、うっかり言い間違えた際、主は怒るどころか可愛いと抱きしめてくれた。
 それ以来、なぜか『あるじ』と、正確に言えなくなってしまったのだ。
 「あー・・・つまり、変な学習しちまったってことか」
 「可愛いって言われたんなら、いいんじゃない?」
 頼まれて発音の修正に協力していたものの、それはそれで可愛いと笑う乱に、五虎退はふるふると首を振った。
 「こんなの・・・はずかし・・・!」
 涙を浮かべて見やった先に、閉ざされた櫓門を見て、五虎退は唖然とする。
 「なんで、出立の間じゃないの?
 ごこちゃん、出口間違えた?」
 振り返った乱に、今回の遠征任務の隊長でもある五虎退は、白い顔を青くする。
 「えぅ?!
 ぼく・・・そう・・・かも・・・!
 すみませんっ!!」
 「いや、一本道だぞ。間違えるわけないだろ」
 冷静に言って、薬研は背後を見やった。
 「今日の時空門はえらく長いな、とは思ったが・・・こりゃ、あれだな。
 本丸ができた当初と同じ」
 「国自体が不安定だった時のあれかぁ・・・」
 乱が肩をすくめ、ポケットから取り出した端末の時刻を見る。
 「あの頃、平気で夜まで待たされたよね。
 また、10時くらいまで入れないのかなぁ・・・」
 困り顔の乱に頷き、薬研は二人を手招いた。
 「そうだとしたら厄介だ。
 この寒空の中、夜までいたんじゃ凍えるぜ。
 今のうちに枯れ枝を集めておこう」
 「そうだね!」
 「あ・・・はい・・・!」
 頷きあった三人は、日が暮れてしまう前にと、急いで山側へと向かう。
 その背が城内から見えなくなった頃、
 「ったく、之定は人使い荒いんだよなぁ」
 ぼやきながら、和泉守がぶらぶらと武者走りを渡って来た。
 「6時・・・。
 こっちに来ちまってるなら、もう短刀達がいるはずだな」
 言いつつ、櫓門の狭間(さま)から城外を覗いてみるが、誰の姿もない。
 「ほらなー。
 いくら調整中っつったって、そのくらいの気は使うだろうよ」
 重い城門を開けるまでもないかと、一人合点して彼は踵を返した。
 「ま、門外っつっても、縄張りの中はうちの本丸だ。
 遅れて戻ったとしても、端末で連絡できっだろ」
 言いつつ、まただらだらと武者走りを戻る。
 「それよか、夜まで主だけじゃなく、国広までいねぇんだぞ。
 ここは、酒出すしかねぇよな!」
 わくわくと目を輝かせた彼は、来た時よりも弾む足取りで御殿へと戻って行った。


 「なんとか枯れ枝は集まったな。
 乱、通じたか?」
 虎の背から、大量の枯れ枝を降ろしつつ薬研が問うと、門前に入るや端末をいじっていた乱は首を振った。
 「こういう時に、本陣から一斉送信されるお知らせも来てないよ。
 ・・・まさか、主さんに何かあったんじゃ!!」
 主を失くした本丸は、その機能が一切停止すると聞いたことがある。
 「あ・・・!
 あゆじさま・・・!!」
 泣き出しそうな顔の五虎退の肩を叩き、薬研が首を振った。
 「大将に何かあったんなら、そもそも俺達自身が消えてる。
 それに、今回は時空門の道が異常に長かった。
 本陣の調整が長引いている以外、考えられない」
 「そ・・・そうだね」
 力強く断定されて、乱もほっと吐息する。
 「変なこと言ってごめんなさい。
 じゃあ・・・めんてなんす、ってののせいで、電波も届かなくなってるんだね」
 「そうだろうな」
 「よ・・・よかったです・・・」
 詰めていた息を解いて、五虎退は虎の毛並みに縋りついた。
 「と・・・虎くん、門を・・・登れる?」
 問われた虎は、任せろと言わんばかりに軽く鳴くや、勢いをつけて石垣に取りつく。
 大きな爪を立て、ぐいぐいと櫓門の屋根まで登りきったものの、その場でうろうろとさ迷いだした。
 「と・・・虎くん!そこから・・・中に行けないの?」
 五虎退の声を受けて、再び中へ侵入しようとした虎は、怯えたように歩を引いて、すごすごと降りてくる。
 「・・・あ。
 そうだ、敵の侵入を防ぐために、鋼線を張ってるんだった」
 設置には自分も協力したのに、と、薬研が気まずげに頭を掻いた。
 「まさか、ボク達の入城も阻まれちゃうなんてね」
 しかし、それが守りの機能である以上、彼らが破壊するわけにもいかない。
 「野営だな。
 まぁ、幸いここには馬出しがある。
 風は凌げるだろ」
 門外に設置された馬出しは、周りを塀に囲まれて風を防いでくれるが、問題は、と、薬研は困り顔で顎をつまんだ。
 「メシをどうするか、だ。
 まずいことに、今回の遠征じゃ、食料を仕入れてないからな」
 「今はなくても、もうすぐ堀川さんとにっかりさんが帰って来るでしょ?」
 「で・・・でも・・・」
 乱の袖を、五虎退が気弱げに引く。
 「お二人が行ったのも・・・食料とは別の所・・・です」
 「そっかぁ・・・!」
 頭を抱えた乱は、ふと、堀へと目を向ける。
 蓮の葉が枯れてしまった今、水面には落ち葉以外の何もなかった。
 「薬研!銃兵持って・・・ないかぁ・・・!」
 遠征だし、と、肩を落とす乱に、五虎退が瞬く。
 「わかり・・・ました!
 虎くん!」
 呼びかけると、心得た虎は足音を忍ばせつつ橋を渡り、石垣の組まれていない土塁を通って堀沿いを進んだ。
 ややして、得意顔で戻って来た虎の口には、大きな鴨が咥えられていた。
 「わーい!お肉ー!」
 「よし、火をおこすか。
 五虎退、もう2〜3羽頼む」
 早速短刀を抜いた乱が鴨を受け取り、薬研が枯れ枝を積み上げる。
 そうして堀川達が戻って来た頃には、馬出しの中はちょっとした野営地と化していた。
 「おや、おいしそうだねぇ。
 それはお堀の鴨かい?」
 炙られていい匂いを立ち昇らせる鴨へ歩み寄る青江に、短刀達は頷いた。
 「調味料はなんもないけどな。
 ま、素材の味ってやつだ」
 「そんなことより、なんでこんなところで野営しているんですか?城内に入れないの?!」
 薬研に詰め寄る堀川へ、乱が首を振る。
 「それが、ダメなんだよ。
 電波も通じないの。
 薬研が言うには、多分、本陣の調整が長引いているんだろうって」
 「あぁ・・・昔、よくあったあれだね。
 戦場から戻れなくなった時よりは、マシな状況なのかな」
 にんまりと笑う青江に、五虎退も頷いた。
 「こ・・・ここなら、寒さもしのげますし・・・食べ物も・・・」
 「こんなところで、小竜さんに教えてもらったサバイバル術が役に立つなんて思わなかったね!
 お料理は嫌いっぽいのに、鳥を捕まえて捌くとか、お魚釣れるポイントとか、よく知ってるんだぁ!」
 嬉々として鴨肉を差し出してくる乱からありがたく受け取った青江は、門に縋る堀川を見やる。
 「おーい、堀川くーん!
 食べないのかい?」
 「兼さん・・・・・・!」
 答える代わりに、彼は門を叩いた。
 「兼さん!兼さん!!
 僕、帰って来たよ!!兼さんー!!」
 「おい、無駄だぞ。
 さっき、俺らも中に聞こえるかもって呼んでみたんだが、誰も来なかった」
 薬研が言うと、乱も指先に骨を振り回しながら頷く。
 「10時くらいになったら、勝手に開くよ。
 今までもそうだったでしょ」
 「そうだねぇ。
 まぁ、夜中までかかった時もあったから、10時に開くといいのだけどねぇ」
 「そんなっ!!」
 青江の何気ない言葉に青ざめて、堀川は更に激しく門を叩いた。
 「開けて!!開けてください!!
 兼さん!兼さん!兼さんんんんんん!!!!」
 いつものことと言えばいつものことだが、ヒステリックな絶叫に皆が耳を塞ぐ。
 「落ち着けよ、堀川。
 抑肝散(よくかんさん)でも処方してやろうか?」
 薬研が声をかけると、堀川は血走った眼を向けた。
 「くだらないこと言ってないで、手伝ってください!
 みんなで声を合わせれば中に聞こえるかも!!」
 「だから、それはもうやっちまったんだよ」
 「と・・・虎くんの咆哮でもだめでした・・・から・・・すみませんっ!!」
 「おやおや、五虎退君が謝ることないのに」
 再び呼ばれて、堀川は不承不承、青江へ向き直る。
 「ほら、お食べ。
 中で何が起こっているにしても、和泉守さんは無事だよ」
 「はい・・・」
 とぼとぼと歩み寄り、差し出された鴨肉を受け取った。
 「とりあえずはあと2時間。
 それまで待ってから、門が開くかどうか試そうぜ」
 薬研の提案に、皆が頷く。
 以前の門は、主にしか開けられないよう、暗証番号が設定してあったが、数珠丸や山伏からの声を受けて、許可を得た者や遠征に赴く者には、子パスワードが付与されていた。
 「それまでお前ら、風邪ひかないようにあったかくしてろよ」


 その頃、城内では。
 「本陣の調整、終わるのが明日の昼に決定したそうだよ」
 主不在の本丸で、楽しく酒盛り中の面々へと歌仙が告げると、その中で鶴丸が笑い出した。
 「そりゃまた驚きだな。
 ずいぶんとのんびりした話だ」
 「ですが、困りましたな・・・ぬしさまが戻られないとなると・・・」
 困り顔で、小狐丸が自身の髪を撫でる。
 「今夜は、どなたが私の髪を乾かしてくださると?」
 「自分でやれ!」
 忌々しげな大声を上げた長谷部に、しかし、小狐丸は小動もせず、小首を傾げた。
 「それでは、ぬしさまの癒しの時間をいつ設ければよいのでしょうねぇ。
 ぬしさまは毎晩、私の濡れ髪を乾かしてくださったのち、モフ吸いとおっしゃって、まだ温かい毛並みに御顔をうずめてくださいますのに。
 それがないと、この小狐も寂しくて、寝つきが悪くなりまする」
 「勝手に不眠にでもなっていろ!!」
 「長谷部くん、落ち着いて。
 小狐丸さんも、積極的に煽っていくスタイル、今日はやめて」
 「光忠殿のお頼みとあらば、仕方ありませんねぇ」
 くすくすと笑った小狐丸は、枕を抱えて不満顔の信濃を見やった。
 「そういうことですから、こたびはご自分の部屋でおやすみなさいませ」
 「ちぇー・・・!」
 ぷくっと頬を膨らませ、信濃は渋々立ち上がる。
 「やっと回ってきた御枕刀の日だったのにぃ・・・」
 「その言い方はよせ。
 主が身まかられたかのようだ」
 「はぁーい」
 長谷部に手を振り、信濃は粟田口の部屋へ戻った。
 「あれ?信濃、主君はまだ帰ってこないんですか?」
 秋田が声をかけると、彼はがっかりとした顔で頷く。
 「本陣の調整が難航して、終了時間が明日の昼になったんだって。
 ねぇ、俺、明日の守り刀やっていいでしょぉ?
 こんなの、俺の都合じゃないし!」
 言えば、暦へ目を向けた毛利が頷いた。
 「明日は僕の番でしたし、いいですよ。
 まぁ、僕、ちっさい子の添い寝がしたいんで、こっちで寝る方がいいですし」
 よしよし、と撫でられた秋田が、複雑な顔をする。
 「けど・・・主君、大丈夫でしょうか。
 守り刀がお傍にいないなんて、この本丸ができてから初めてじゃありませんか?」
 「そうです・・・。
 僕、地獄までお供をすると誓いましたのに・・・」
 不安げな前田に困り顔の平野が言えば、後藤が呆れたように肩をすくめた。
 「平野、それじゃあ大将が、地獄行き決定みたいに聞こえるぜ?」
 「そんなつもりで言ってはいませんよ!」
 慌てて否定した平野は、自身の短刀へと目を落とす。
 「僕は・・・ずっと、尊い方達の躯をお守りしていましたから。
 つい、そんなことを言ってしまっただけです・・・」
 「俺もさっき長谷部さんに、縁起が悪いから御枕刀って言い方はやめろって言われたー」
 何が悪いんだと、信濃はまた膨れた。
 「しょうがないから、もう寝ちゃお。
 ・・・あれ?いち兄は?
 宴会の座敷にはいなかったけど」
 いつも弟達の傍にいる兄の不在に首を傾げると、博多が部屋の外を指す。
 「いち兄なら、出立の間でごこ達ばまっとーばい。
 和泉守しゃんが、表門も裏門も、誰もおらんやったって言うけん、戻るならそこやろうって。
 まぁ、明日まで開かんてやけん、いい加減寝りぃって、呼んでくるたい」
 「あぁ、頼む」
 言って、押入れを開けた後藤は布団を取り出した。
 「さ、敷こうぜ。
 明日の昼には、大将も帰って来るんだしさ」
 いつも通り、と言う彼に、兄弟は頷く。
 「主君も、ちゃんとお休みでしょうか」
 布団を敷きながら呟いた前田に、信濃が大きく頷いた。
 「大将のことだもん、今頃、ふかふかのお布団で・・・寝てはいないか。
 今日も遅くまで起きて、薬研や石切丸さんに叱られるようなことしているよ、きっと」
 「それもそうですね!」
 「あるじ様は、夜更かしですからねぇ」
 秋田と毛利がくすくすと笑いあい、自分たちの分の布団を敷く。
 そのうち、博多と共に一期一振も戻ってきて、粟田口の部屋はいつも通りの穏やかな光景となった。


 ―――― 時計の針が10時を超え、12時を超え、明け方近くになっても、門が開く様子はなかった。
 「っなんっなの!!
 寒いの!!お腹空いたの!!主さんどこなの!!!!」
 ひときわ冷え込む明け方に、とうとう乱の忍耐も切れた。
 短刀達で固まり、寝そべった虎の毛皮に体を預けて、なんとか一晩はしのいだものの、焚火もそろそろ衰える頃だ。
 「乱、落ち着けよ。
 さすがにもう・・・って、夜が明けたな」
 身を起こした薬研が、門前に縋り続ける堀川へ声をかける。
 「どうだ?」
 「だめだ・・・!
 全然開かないよ!
 兼さん!!兼さん、僕だよ!!開けてよ!!兼さんんんんんんんんん!!!!」
 こちらも甲高い声で呼びかけていると、何事かと、歩み寄って来た者たちがいた。
 「何事ですか、そんなに大騒ぎして・・・おや、ここは」
 数珠丸が、不思議そうに辺りを見回す。
 「門前・・・ですね」
 続く江雪も小首を傾げ、肩に槍を担いだ御手杵が、訝しげに短刀達へ歩み寄った。
 「中に入れねぇのか?なんで出立の間から外れちまったんだ?」
 問う間に、門へ歩み寄った数珠丸が、小門の脇にある端末へパスワードを打ち込むが、エラー表示すら出ない。
 「だめですね」
 その言葉に、期待に満ちた目で見つめていた堀川もがっかりと肩を落とした。
 「電波も来てねぇな。
 原因、わかんねぇの?」
 御手杵が再び問うと、虎に縋りついていた五虎退が泣きそうな顔で頷く。
 「た・・・たぶん、本陣の調整が長引いて・・・」
 「はぁ?!
 長引くにもほどがあんだろ!
 もう朝・・・あ、五虎退に言ったんじゃないぞ!」
 目にいっぱいの涙を浮かべた五虎退へ慌てて言って、御手杵は薬研に向き直った。
 「なんも情報来てねぇの?」
 「さっぱりだ」
 薬研が首を振ると、戻って来た数珠丸が訝しげに辺りを見回す。
 「・・・皆さん、これで全員ですか?」
 にっかりも行っていたはずだと言う数珠丸に、馬出しの外から声がかけられた。
 「ここだよ。
 朝は冷えるからねぇ。
 短刀くん達が寝ている間に、枯れ枝でも集めておこうかと思ってね。
 川で水も補給してきたよ」
 「あぁ、悪い。
 起こしてくれてよかったのに」
 うんっと伸びをした薬研が、受け取った枝を心もとなくなった火へくべる。
 「ほら、乱こっち来い」
 「うん・・・」
 「はい、君の分だよ」
 「ありがと」
 青江から水筒を受け取り、氷のように冷たい水を飲み下した。
 「・・・門、開くのかなぁ・・・。
 もう二度と開かないんじゃ・・・」
 ぽろぽろと涙を零す乱の頭を、江雪がそっと撫でる。
 「そんなことはありませんよ。
 きっと、すぐに開きますから」
 「でもっ・・・!
 ボク達、昨日からずっと待ってるのに・・・!連絡も取れないなんて・・・!」
 しゃくりあげる乱につられて、五虎退も泣き声をあげた。
 「あゆじさま・・・あゆじさまぁ・・・!!」
 「よしよし、大丈夫ですからね」
 二人の前に跪いた江雪は、袖を広げて冷え切った体を抱きしめてやる。
 「困りましたね。
 情報くらいは欲しいのですが・・・」
 と、焚火を見やった数珠丸が、歩を進めた。
 「数珠丸さん、どこへ?」
 声をかけた青江へ肩越し、微笑む。
 「一緒に来てもらえますか?
 そろそろ明るくなりますし、狼煙が有効になるでしょう。
 門外で煙が上がれば、畑か馬の世話に出た方が櫓門まで見に来てくれるかもしれません」
 そのために杉の葉を採りに行く、という彼に、青江が続いた。
 「そういうことなら、ついでに採って来ればよかったねぇ。
 君達、僕らでちょっと行ってくるから、門への挑戦は続けていてくれるかい?」
 「わかりました!
 兼さん!兼さんんんんんんん!!!!」
 「おいおい、壊すなよ」
 激しくパスワードを打ち込む国広に肩をすくめて、薬研は御手杵を見上げた。
 「骨喰兄たちと、なんか連絡取る手段持ってねぇか?」
 問うと、彼ははっとしてゲーム機を取り出した。
 「もしかしてこれなら・・・!」
 言うや彼は、アカウントのプロフィールを編集する。
 「救助求む!
 正門前にいるが、門が開かない。
 遠征部隊は全員、締め出されている。
 電波がなくて、中と連絡が取れない。
 情報をくれ」
 よし、と、御手杵は薬研を見下ろした。
 「電波が通じてないから、更新されているかどうかは怪しいが、うまくいっていれば気づいてくれると思う。
 ただ・・・仕事をおろそかにしない奴らだからな。
 ゲームの端末を開くのは、もしかしたら昼近くかもしれないぜ」
 「あぁ、それでいい。
 可能性は多く持っておきたいだけだ」
 頷いて、薬研は門を見上げる。
 「いい加減、誰か気づいてほしいもんだなぁ」
 そうするうちに、青江達が戻って、明けた空へと狼煙をあげた。


 「ぅあー!今日もさみーなぁ!」
 厨房の勝手口を出た途端、太鼓鐘は息を白くして震えあがった。
 「止まってないで早く行け。
 朝餉に間に合わん」
 続いて出てきた大倶利伽羅に急かされ、太鼓鐘は頬を膨らませる。
 「言われなくてもわかってんよ!
 温室、外に出なくてもいい場所に作ってくんねぇかなぁ!」
 たった数分の距離が辛い、とぼやく太鼓鐘は、目の端に写ったものに気を取られ、足を止めた。
 「おい・・・!」
 苛立たしげな大倶利伽羅を制して、彼は城壁の向こうを指す。
 「あの煙、正門の方だよな。
 しかも、かなり近い」
 「・・・!」
 はっとして端末を取り出した大倶利伽羅は、トップ画面に表示された【御手杵さんがプロフィールを変更しました】の文字をタップした。
 「貞!」
 「大変だ・・・!」
 表示された画面を見た太鼓鐘が、厨房に戻る。
 「みっちゃん!
 遠征部隊が締め出されてる!
 正門前にいて、通信も遮断されてるっぽい!」
 「えぇっ?!」
 「この寒空に、一晩中いたっていうのかい?!」
 声をあげた光忠の隣で、歌仙も声を荒らげた。
 と、
 「落ち着け、君達。
 まずは救援物資だ」
 言いつつ鶴丸が、全員へ向き直る。
 「光坊、米は炊けているな?
 急いで握り飯を作ってやってくれ。
 歌仙、人数分の防寒着を持って行け。
 湯は沸いているから、すぐに伽羅坊に湯たんぽを持って行かせる。
 貞坊、みそ汁はできているから、保温の水筒に入れて先に行ってやれ。
 気づいているぞと、大声掛けてやれよ。
 さぁ!動け!」
 鶴丸の一声に、全員が動きだした。
 彼自身は、この状況を本丸中に一斉送信する。
 と、案の定、真っ先に一期一振が弟達を引き連れて救助に向かった。
 着替えも済まさないまま、まだ温かい自身の布団を持って駆けていく者あり、空の湯たんぽを持って厨房へ駆け込んでくる者あり、それぞれが機敏に動き回る様は見事だ。
 鶴丸も、短刀達が差し出す湯たんぽに湯を入れ、光忠の握り飯を包んで渡してやった。
 「ありがとうございます!!」
 「救助、行ってきます!」
 元気に声を出して、厨房を駆け出た平野と前田は、城壁の武者走りで一期一振に追いつき、彼が抱える籠にそれらを入れる。
 「太鼓鐘!こちらへ!」
 保温水筒を持って来たものの、どうやって渡そうかと困っていた彼へ籠を差し出し、受け取るや、長い縄を使って慎重に門外へと降ろした。
 「いち兄ー!ありがとー!!」
 元気に手を振る乱にほっと吐息し、一期一振は薬研へ呼びかける。
 「体調は?!どこも怪我などしていないか?!」
 「あぁ!大丈夫だ!」
 その答えにまたほっとして、一期一振は声を上げた。
 「本陣の調整が長引いて、完了が本日の朝10時半と決定したんだ!
 中からも開けられるか試したんだが・・・」
 門の城内側で首を振る博多に頷く。
 「この門が境と見なされた様だ。
 おそらく、調整が終わるまで開かないから、昼まで何とかしのいでくれ!」
 必要なものは、と問われて、数珠丸が周りを見回した。
 既に、歌仙が用意してくれた防寒着や、短刀達が運んでくれた、まだ暖かい布団が行き渡っている。
 それに、食料も整いつつあった。
 「では、掃除道具でもいただきましょうか。
 昨夜は随分と大変だったようで」
 狼煙の片づけもしなければ、と、微笑む数珠丸に、張っていた気が緩む。
 途端、
 「兼さん・・・!」
 嗄れ果てた声が、幽鬼のそれのように立ち昇った。
 「兼さん・・・こんなに呼んでるのに・・・兼さぁん・・・・・・!」
 「お・・・落ち着きなさい、堀川!
 すぐに呼びますから!」
 慌てた一期一振がひたすらに呼び出し音を鳴らせば、ようやく寝ぼけた声が応じる。
 「んっ・・・だよ、一期・・・。
 せっかく主も国広もいねぇんだ、もちっと寝かせろ・・・」
 『その、堀川が締め出されてあなたを呼んでいるのですが。
 無情にも睡眠を選んだと、堀川へ伝えますか?』
 その言葉に、一気に目が覚めた和泉守が布団を跳ね飛ばした。
 「寒っ!!
 いや、すぐ行く!!」
 ・・・そういえば、8時には見にも行っていなかったと、一気に青ざめる。
 ここでのんびり着替えなどしていては、どんな恐ろしい目に遭うかと、羽織だけ掴んで部屋を駆け出た。
 「国広!!」
 駆けつけると、城郭建築の構造上、よく見える門外で、堀川がほっと表情を緩める。
 「兼さん・・・!
 よかった・・・!
 中で何かあったんじゃないかって、心配したんだよ・・・!」
 「え?!そっち?!」
 逆でしょ、と、驚いた信濃が降ろしかけていた籠を落としそうになった。
 堀川の不在をいいことに、のんきに寝こけていた、とはとても言えない状況に、和泉守は必死に平静を装う。
 「お・・・俺は大丈夫だ。
 それよりお前、風邪なんかひいてないか?声が・・・」
 すっかり声の嗄れてしまった堀川を気遣うと、彼は嬉しそうに笑った。
 「心配してくれてありがとう!
 僕なら大丈夫だよ!
 一晩中、兼さんを呼んでただけだから!」
 その言葉に、短刀達が真っ青になって歩を下げる。
 「・・・なにやら、恐ろしい執念を感じますな」
 一期一振までもが声を震わせる様に、弟達は一斉に頷いた。


 その後、主の帰還と共にようやく、全ての門が開かれた。
 「あるじさぁぁぁん!!!!」
 歌仙から報告を受けていた主は、乱の突撃を受け止め、泣きじゃくる彼を抱きしめる。
 「こら、乱。
 僕の報告が終わるまで我慢できなかったのかい?」
 苦笑する歌仙に、乱はぶんぶんと首を振った。
 「寒いし眠れないし、大変だったんだよ!!
 あるじさん、今日はボクと寝るの!!
 ボクとごごちゃんと薬研と寝るの!!!!」
 「いや、俺はいいから」
 手を振って断る薬研に苦笑し、主は五虎退も手招いた。
 「はいはい。
 その前に、お風呂だな。
 一期に髪を洗ってもらおうね」
 言うと、一期一振は心得て一礼する。
 「そうですね。
 食料は十分に補給していただきましたから、湯をいただきましょうか。
 和泉守殿、あなたも冷えたのではありませんか?」
 羽織一枚で門に立っていた和泉守を数珠丸が気遣うと、彼は誰よりも青い顔で震えつつ頷いた。
 「風、すげぇ寒かったわ・・・!」
 「風呂あがったら、みんなに葛根湯処方してやるから、飲んどけよ」
 言うや、踵を返した薬研はさっさと浴場へ向かい、乱達も一期一振に促されて続く。
 彼らの背を見送ってから、歌仙は主へ向き直った。
 「彼らのことはしばらく、風邪の症状が出ないか見守った方がいいね。
 虚弱な君に、風邪を引いたかもしれない二人の添い寝はしてほしくないのだけど」
 苦言にはしかし、首を振る。
 「今回の件は、本陣も被害者で、どうすることもできなかったが、それは乱達には関係のないことだ。
 不安な夜を過ごした子供達のご機嫌を取るのは、私の役目だろう」
 「だったらせめて、不摂生せずに早く休みたまえよ、君。
 虚弱なくせに、夜更かしが多いよ。
 しかもまだ寒いのに薄着で。
 守り刀役の短刀が寝る時刻にはもう休みたまえ」
 説教にはそっぽを向いて返事をしない主に、歌仙は眉根を寄せた。


 「だーかーらー!
 今日は俺の番だって、ゆったじゃんー!
 なんで乱と五虎退が割り込むんだよー!」
 不満げな信濃に迫られた薬研は、葛根湯を小分けにしつつ、肩をすくめた。
 「今日はいいだろ。
 あれでだいぶ我慢したんだぜ、乱も五虎退もな」
 疲れ果てて昼寝中の二人を見やった信濃は、ぷくっと頬を膨らませる。
 「あのまま、朝まで寝ていればいいのにさ。
 そしたら、俺が大将と寝られるのに!」
 「随分こだわるな。
 懐に入りたい、ってやつか?」
 手を休めず、問う彼に信濃はうっとりとした顔で頷いた。
 「まだ寒いからさ、大将ってば寝ぼけて、ぎゅーって抱きしめてくれるんだよね。
 大将って身体冷たいから、それが気持ちよくってぇv
 「抱き枕希望かよ」
 「うっかりお布団取っちゃって、朝には大将が凍えちゃってるってこともあるんだけど、そこはまた俺が・・・ひゃぅっ?!」
 突然頭を鷲掴みにされて、信濃が悲鳴を上げる。
 「や・・・薬研・・・?
 顔、怖い・・・!」
 「大将が原因不明の熱出した時って、てめぇが守り刀だった時だよなぁ?」
 それまで、全く体調不良の兆しはなかったのに、突然の高熱に薬研は慌てたものだ。
 「てめぇかよ!!」
 「ちょっ!!やめっ!!頭潰れるっ!!」
 必死に逃げようとするが、信濃では薬研の力に敵わなかった。
 「寒い間は添い寝禁止だ!」
 「そんなっ!やだよ!」
 「言える立場か!!」
 更に力を加えられて、信濃が目を回す。
 「くそっ・・・!
 まさか、身内に原因があったなんてな!」
 信濃を放り出した薬研は、忌々しげに舌打ちした。
 「・・・となれば、今の乱と五虎退を添い寝させるわけには行かねぇな。
 風邪ひいちまってるかもしれねぇし」
 だが、五虎退はともかく、乱が言って聞き分けるわけもない。
 「・・・よし、盛るか」
 目的のためなら手段を択ばない薬研は、あっさりと決断した。
 「となると、薬房に戻らねぇと。
 クッソ、日が眩しいぜ・・・!」
 寝不足の目をこすりつつ、律義に葛根湯を持って部屋を出た薬研は、日差しへ向けて舌打ちする。
 「明日の朝まで寝かす奴、作らねぇと」
 パン!と自身の頬を叩き、気合を入れた薬研は、彼にしかできない、主を守る戦略へと向かった。




 了




 










2019/3/19に起こった、リンゴ社が原因の長期メンテ事件の時の話ですよ。
ついったとかで、各本丸の過ごし方がおもしろくて、じゃあうちの本丸のことも書いてみようかな、と(笑)
ただ、『こんな長時間メンテナンス初めて』って言う方が多かったんですが、とうらぶ始まった当初は、それこそ予告もなしに突然接続が切れることが時々あったんですよね。
戦闘中にいきなりブラックアウトして、何事?と思ったら、そのまま夜までメンテとか。
通常メンテが伸びることもよくあったので、我が本丸の古参組は落ち着いたもんです。
ただ、締め出されるのは辛いよね、ってことで、こんなお話になりましたよ。
書き上げるのが遅くなって、既に夏ですが(笑)
いつも通りの積極的に煽っていくスタイル・小狐と、いざという時だけ頼れる男・鶴が書けて満足です(笑)













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