〜 雲居にまがふ 〜






 「いつもの光景だなぁ・・・」
 海の際に、延々と続く石垣。
 その向こうには濃い常緑の葉を繁らせる松林。
 厳しい面持ちの兵士達が行き交い、海から攻め寄せる敵を打ち払わんと待ち構えている。
 そんな、張り詰めた空気の中、御手杵はのほほんとした顔で辺りを眺めていた。
 その傍らには、脇差の兄弟が並ぶ。
 「あの人達でしょ、御手杵が言ってんのは?」
 どこかいたずらっぽい笑みを含んだ声の鯰尾が、海へ流れ込む川の向こう岸で、何やら揉めている二人を指した。
 同じ時間、同じ場所へ何度も赴く彼らには、すっかり馴染んでしまった親子の、他愛のない喧嘩だ。
 兵の酒をこっそり盗み飲み、真っ赤な顔で松の木にもたれている父親を、しっかり者の娘が声を潜めつつも叱り付けていた。
 兵に見咎められる前に家へ帰そうと、細い腕で懸命に父親の手を引いている。
 「手伝ってやりてぇけどなぁ」
 和んだ表情で呟く御手杵に、骨喰が首を振った。
 「ダメだ」
 「ダメだよー♪」
 骨喰に頷いて、鯰尾がくすくすと笑う。
 「じゃあいつも通り、見逃すだけだなぁ」
 同じく笑いながら、御手杵はよいしょと槍を担ぎ直した。
 「鞘、重そうだね」
 興味津々と手を差し出す鯰尾へ渡してやると、彼は『重い重い』と笑い出す。
 「骨喰も!」
 「ん・・・!」
 兄弟から受けとった槍は先が重く、バランスを崩しそうになった。
 「鞘・・・変えればいいのに・・・」
 支えてくれた御手杵に返しつつ言えば、彼も苦笑して頷く。
 「そうしたいのは山々だけどなぁ・・・」
 と、海辺の兵士達を見やった。
 「この時代、まだ槍は存在しねぇから、偽装しとかないとな。
 主も、薙刀を寄越せばいいのに、なんで槍を寄越すかねぇ」
 ここで何かあっても、彼は人前で得物を抜くわけに行かない。
 この時代の人間の目がある中で敵に遭遇した場合、戦闘ではほとんど役に立つことが出来ないのだ。
 ぼやく御手杵の前で、脇差達が顔を見合わせた。
 「それは、本陣の決めたことだからな。主にはどうしようもできないそうだ」
 「それに、戦闘になっても俺達がいるし?」
 任せろ!と、請け負う彼らの頭を、御手杵は笑って撫でてやる。
 「頼もしいなー!」
 「へへっv
 だからさ、今度のイベント、絶対レア武器手に入れてよね!」
 「獅子王が・・・今のレベルで勝つには必要だって、情報仕入れた」
 お願い、と、手を合わせる二人を見下ろし、御手杵は大きく頷いた。
 「俺のドロップ運は知ってるだろ?
 任せときなって!
 ・・・と、始まるぜ!」
 海へと目を移した御手杵に、脇差達も表情を改めて頷く。
 攻め寄せる敵は元の兵士だけではない。
 元が占領した国々の人間も含む・・・言わば寄せ集めの軍だ。
 そんな中には、異形の者も潜みやすい。
 遠征とは言え、最も油断の出来ない、ここは戦場だった。
 三人はそれぞれ遠眼鏡を手に、迫り来る船団を隈なく見つめた。


 その頃、本丸は新しい仲間を迎え、特に厨の中心を担う二人がざわめいていた。
 「ふふv
 もうすぐ戻って来るねぇ、ひーくん。
 あ、たーくんだったかな?
 主くんはどっちで呼んでたっけ?」
 光忠が問うと、『たーくんだよ』と、歌仙が笑う。
 「だけど、君の好きな呼び方で構わないのじゃないかな。
 どちらにしても、嫌がられそうではあるけれど」
 くすくすと笑う歌仙が、珍しく機嫌が良いことにも、光忠は嬉しげに頷いた。
 「食べることが好き、って、あんなにはっきり言ってくれたのは、彼が初めてだよ。
 主くん、聞いた途端に目を輝かせて、ご飯準備!って命じたからねぇ」
 「僕も、気を使わずに作ることができるのは嬉しいね。
 新刃の中には偏食もいるから、出した物をなんでも食べてくれる子はつい、ひいきしてしまうね」
 その言葉に、光忠は目を輝かせる。
 「わかるよ!
 好き嫌いのない子って、いいよねー!」
 ということで、と、光忠は艶やかに照り映えるアジに衣をつけ、熱を上げた油の中へ潜らせた。
 「今日の昼餉はアジフライー♪
 また作ってって言われたんだーv
 「そうかい?
 僕は、鶏のから揚げが気に入ってもらえたと思ったのだけど」
 やや、張り合う口調になった歌仙に、光忠は得意げに笑う。
 「どっちもおいしかったんだよ、きっと。
 特製ポテトサラダもいつの間にか空になってたし、カレーも気に入ってくれたみたい。
 あ、たーくんは甘口が好きみたいだよ!」
 「それは知っているよ。
 でも、刺激に慣れていないだけで、そのうち辛いものもいけるようになるのじゃないかな。
 昨日は博多が土産に持ってきた明太子を、美味しそうに食べていたしねえ」
 「え。
 なにその情報、僕知らなかったよ?
 だったらタラコスパゲティー作ったのに・・・歌仙くん、情報止めてたね?!」
 「なんのことかな」
 「しらばっくれてもう・・・!」
 いつしか、二人は『どちらが肥前忠弘の気に入る料理を作るか』の競争をするようになっていた。
 「冷蔵庫に、タラコのストックあったかなぁ・・・」
 「気に入ったのは、タラコじゃなくて明太子だと言っているのに。
 ・・・あ。
 帰ってきたのじゃないかな?」
 まっすぐに厨房へ向かって来る足音に、歌仙が振り向く。
 と、暖簾を跳ね退けて、肥前忠弘が顔を出した。
 「遠征終わった。メシ」
 「たーくん、おかえりーv
 華やいだ光忠の声には、顔を引き攣らせて歩を引く。
 「・・・なんだよ、あいつといい、あんたといい。
 妙な呼び方すんな」
 「いいじゃないか、親しみがあって。
 それより、遠征は君一人だったのかい?」
 歌仙が問えば、彼は頷いて厨房へ入ってきた。
 「あんなの、俺一人で十分だ」
 「なんだか、よく聞く台詞だなぁ」
 くすくすと笑って、光忠は鍋からアジフライを取り出す。
 「もうすぐ出来上がるから、竹の間で待っておいで。
 持っていくよ」
 そう言う歌仙へは、首を振った。
 「俺みたいな人斬りの刀は、ご立派な広間なんか気が引ける。
 あんたらの邪魔にならないんなら、ここでいい」
 どこか拗ねたような口調に、歌仙の眉根が寄った。
 「人斬りの刀だっていうけどね?
 そんなの、ここにいる者はほとんどがそうだよ。
 切れ味自慢なら、僕はニツ胴は行ける之定で、一時に36人斬ったわけだが、君はそれ以上の切れ味を誇ると言うのかい?」
 やや意地の悪い笑みで迫って来る彼に、忠弘は目を丸くする。
 「いや、そうじゃないが・・・俺は・・・」
 気圧された風の彼に笑みを浮かべ、歌仙は作業台も兼ねたテーブルに、鶏のから揚げを山と積んだ大皿を置いた。
 「まぁ、座りたまえよ。
 君の言いたいことがわからないわけじゃない。
 僕の裔(すえ)にも、慶應生まれの子がいるからね。
 人を斬れば斬るほど誉めそやされた僕の時代とは違って、斬るほどに蔑まれたのだろう?」
 「・・・」
 無言で着座した忠弘の前に、光忠が大盛の茶碗も置く。
 「同じ事をやっても、時代によって評価は変わる。それは致し方ない事さ。でもね」
 汁物の椀を置いて、歌仙は言い募った。
 「ここで斬るのは、正しい歴史を脅かす存在だ。
 この行為が後の世で、どう評価されるのかなんて、僕にはわからないけれど、少なくとも現時点では正しい事とされている。
 だったら、自身が持つ力を存分に奮うべきだと、僕は思うよ」
 「それは・・・時の政府の見解だよな。
 あんたも俺達と同じ、政府権限で顕現した刀なんだろう?」
 問えば、歌仙は得意げに胸を反らす。
 「ああ、そうさ。
 僕は、政府によって与えられた、この本丸の第一刀だよ。
 君達と違うのは、主自身が選んだってことだね。
 だからこそ、僕は唯一、主の代理ができる立場でもある。
 肥前忠広。
 そんな僕が命じるよ。
 ここでは何を気にすることなく、自分の務めを果たす事だけ考えておいで。
 まずは、僕達が用意した膳を、たんとお食べ。
 食べる事は生きること。
 君は最初から、僕らに『生きる』と言っていたんだよ」
 ねえ、と、歌仙が見やった光忠も、大きく頷いた。
 思わず詰めていた息を解いた忠弘は、箸を取って熱いから揚げを頬張る。
 「・・・うまい」
 「それはよかった。お代わりもあるからね」
 「アジフライも揚がったよ。
 こっちもどうぞ」
 「・・・うまい」
 光忠が差し出した皿にも手を伸ばし、ガツガツと平らげて行く様を、二人は満足げに見守った。
 と、
 「ただいま、之定ー!腹減ったー!」
 「なんじゃ、忠弘!
 こがなところに一人でおったがかよ!」
 遠征から戻ってきた和泉守と陸奥守が、揃って入ってくる。
 「お帰り、二人とも。
 たーくんね、今、歌仙くんにお説教されてたんだよ」
 くすくすと笑う光忠を、歌仙は軽く睨みつけた。
 「僕が本気で説教を始めたら、あんなものじゃないよ」
 「ああ、かーちゃんみたいだったな。
 ・・・そうか、あんた歌仙って言うんだったな。
 じゃあ、やっぱりかーちゃんか」
 何気なく言った途端、和泉守が顔色を変える。
 暖簾を跳ね退けてつかつかと迫った彼は、歌仙を抱き寄せるや忠弘を睨みつけた。
 「気軽に呼んでんじゃねえ!
 之定は俺のかーちゃんだ!」
 「いずみ・・・それはちょっと違うかな」
 「なっ・・・なんでだよ!之定は俺の祖の一人だろ!?」
 涙目で縋って来る和泉守に苦笑しつつ、頭を撫でてやる。
 「そうだけどね、かーちゃんと言うのは違・・・」
 「之定は俺のおおお!
 土佐の野郎には渡さねえんだからああああああ!!」
 「いずみ!
 もう大きいのだからそんな大声で・・・ああ、わかったから!いずみ!ほら、泣かない!」
 ぎゃあん!と泣き喚く和泉守を歌仙が必死に宥める様に、光忠は肩を震わせて爆笑した。
 「・・・あれが『慶應生まれのうちの子』か」
 「うん、そうだよ・・・っ!
 歌仙くん、主くんへはいばりんぼなのに、和泉くんには圧されるって・・・っ!」
 涙を流す程に笑う光忠に、陸奥守も苦笑する。
 「忠弘、メシは一人で食うもんじゃないがよ。
 茶碗持って竹の間に来るぜよ!」
 「あ、山姥切くん達も戻ってきた?」
 まだ笑いの衝動に息を荒くしながら光忠が問うと、陸奥守は肩越しに背後を指した。
 「山姥切同士、ちいとも口利かんかったそうぜ。
 さすがの浦島も、困っとったがよ」
 「あの隊で12時間か・・・。
 気の毒にねえ」
 まだしゃくりあげる和泉守を撫でてやりながら、歌仙は吐息する。
 「まあ、こちらでどうこう言ったところでしょうがない。
 主には、面白がってあの二人を組ませないように言っておくよ」
 「僕も、長義くんのフォローをしておくから、歌仙くんは長義くんをいじめないでね」
 「人聞きの悪い」
 とは言いながら、意地の悪い笑みを浮かべる彼に、光忠は肩をすくめた。
 「僕は・・・できれば二人には、仲良くしてほしいんだけどねえ」
 言いつつ、箸をくわえたまま席を立つ忠弘に盆を渡す。
 「長義くんは、僕と同じ、長船の子なんだ。
 君と同じく、政府権限で顕現した子でもあるから、仲良くしてあげて」
 微笑む光忠に、忠弘は肩をすくめた。
 「あんたもかーちゃんか」
 「うちの子もよその子も、みんなこの本丸の子ってだけだよ。
 もちろん、君もだからね、たーくんv
 「だから・・・。
 その呼び方、やめろって・・・」
 とは言いつつ、すっかり険の取れた口調に陸奥守は感心する。
 「さっすが、光忠と歌仙じゃあ!
 すっかり手なずけ・・・いや、そう睨みなや!」
 怖い!と、大袈裟に怯えて見せる陸奥守に舌打ちした。
 「メシ・・・ありがとな」
 やや恥ずかしそうに言う忠弘に、光忠だけでなく歌仙も微笑む。
 「お代わり、持って行くからね!」
 「吉行、いずみも、今出来上がっている分を、持てるだけ持ってお行き」
 「おう!まかせちょけ!」
 二つ返事で請け負った陸奥守とは逆に、まだぐずる和泉守を宥めて行かせた歌仙は、光忠より『和泉くんちのお母さん』と言う、あまりありがたくないあだ名を拝領した。


 一方、既に竹の間にいた山姥切達は、二人して蜂須賀の前で正座させられていた。
 「いいか、お前達の仲が良くない事はこの際、どうでもいいんだ。
 だが、12時間もの遠征中、お前達が一言も口を利かなかった事で、どれだけ浦島が気まずかったか!」
 パンッと畳を叩く音に、二人して首を竦める。
 「俺自身も、浦島に気を使わせている事は認めるが、これは身内の事だ。
 だが!他派の刀にまでこんな無体を許した覚えはない!!」
 「す・・・」
 「すみません・・・」
 あまりの剣幕に、普段は傲慢な長義までもが掠れ声で呟いた。
 「そもそも長義!
 君、山姥切の本歌というのなら、兄も同じだろうに!
 この、きれいな顔して気弱な弟気質に保護欲をかきたてられないものかな!」
 「ど・・・どさくさに紛れて変なこと言うな!」
 真っ赤になって山姥切が抗議すると、長義も大きく頷く。
 「俺は正しき長船の一族だぞ!
 こんな弟、持った覚えはない!!」
 そもそも、と、傲慢に腕を組んだ。
 「偽物くんには、既に兄弟がいるじゃないか!
 なぜ俺までもがこの・・・!」
 と、恥ずかしげに染めた頬をつまむ。
 「いかにもイジメてくださいといわんばかりの小僧に構ってやらなきゃいけないんだ?!」
 「コラコラ!やめろ!」
 容赦なくつねる長義の手から引きはがした山姥切を、蜂須賀が抱き寄せた。
 「この子をイジメるなんて、お母さんが許さないぞ!」
 「刀派が違うと言ったかと思えば今度はお母さんか!
 お前こそなんなんだ!」
 「古参組だ!」
 それが全ての解だと言わんばかりの堂々たる様に、さすがの長義も絶句する。
 「ともかくだ!
 俺だって真作の誇りを持ちつつ、贋作の存在を受け入れているんだぞ!
 あぁ!決して尊敬などしていないし、認めてもいないが、それでもその存在だけは受け入れている!
 それに比べて、山姥切国広は名工による正式な写しじゃないか!
 何が不満だ!」
 「お・ま・え・た・ち・の!
 その、偽物贔屓なところが最大の不満だ!」
 長義の大声に、昼餉を持ってやって来た陸奥守達が呆れ顔になった。
 「なに大声出しゆうがよ。
 蜂須賀も、そろそろ放してやらんと、山姥切が苦しそうじゃ」
 お母さんならばともかく、細くとも男の剛腕に抱きしめられた山姥切が必死にもがいている。
 「・・・っあぁ、すまなかったな、山姥切。
 つい、力が入ってしまった」
 「お前まで筋肉脳か!」
 ようやく解放された山姥切が、荒く息をついた。
 「そらそら!
 難しい話は終わりじゃ!
 みんなでメシ食うぜよ!」
 陽気に言って、から揚げの大皿を置いた陸奥守に続いて、無言のまま和泉守もアジフライの大皿を置く。
 「ん?
 浦島がおらんぜよ。どこ行った?」
 「あぁ、あの子なら自分の昼餉を持って、獅子王の部屋だ。
 御手杵と脇差兄弟が遠征中だから、げーむとやらに誘われたらしい。
 俺はああいうものにあまり興味はないのだが、浦島が喜ぶなら、一緒にやるのもいいな」
 そうだ、と、蜂須賀が手を打つ。
 「君達もやってはどうだ?
 あの大倶利伽羅まで馴れ合ったんだ。
 君達程度ならすぐだよ」
 気軽な言われように、長義の顔が引き攣った。
 「断る!」
 きっぱりと言うや、席を立とうとした彼の足が掴まれる。
 長時間の正座で十分に痺れていたそこがバランスを失い、倒れた彼を、忠弘が箸を片手に見下ろした。
 「食ってけ。
 メシは、一人で食うもんじゃないんだとよ」
 その言葉に、陸奥守は目を輝かせて頷き、和泉守は不満げに口を尖らせた。


 その夜。
 「・・・本歌。ちょっといいか」
 やや緊張気味の声をかけて、山姥切は長義の部屋の障子を開けた。
 「こんな夜更けになんの用だ」
 冷たく言い放つと、山姥切はしばらく目をさ迷わせたのち、ぽす、と、差し出されもしない座布団に座る。
 「昼のことだ。
 俺達が浦島を困らせたことについて、蜂須賀からひどく叱られた」
 「・・・ああ、そうだな。
 あいつ、自分のことは遥か上の棚に置いてな!」
 忌々しげに言う彼に頷き、山姥切は長義へ膝を進めた。
 「そこでだ」
 すっと、持って来た帳面を、長義へ差し出す。
 「交換日記をしよう」
 「・・・何を言っているのかな、偽物くんは」
 真顔で見下ろす長義に、山姥切は小首を傾げた。
 「交換日記を知らないか?
 おもに、その日あった事などを・・・」
 「そうじゃない!
 なぜ!俺が!
 偽物なんかと日記を交換しなければならないのかと言っているんだ!」
 「嫌・・・なのか?」
 「嫌に決まっている!」
 きっぱりと言って、長義は鼻を鳴らす。
 「偽物の分際で俺の貴重な時間を奪おうとは!生意気な!」
 言ってやれば、拗ねたように顔を背けた。
 「・・・普段、持てる者は与えなければ、とか言っているのに、ケチだな」
 「誰がケチだ誰が!!」
 「野武士がなんとか言ってたじゃないか」
 「ノブレス・オブリージュ!
 持てる者は持たざる者に施しをするという意味だ!
 野武士関係ない!」
 「じゃあ交換日記」
 「上等だ!やってやろうじゃないか!!」
 山姥切が差し出した帳面を奪い取った長義は、はっとしたがもう遅い。
 「本歌の日記・・・楽しみにしている」
 「待っ・・・!!」
 そそくさと去って行った山姥切を、長義は呆然と見送った。


 一方、防塁で敵船の監視をする御手杵達は、湾内へ攻め込めずに撤退していく船の中に時間遡航軍の姿がないことにほっとして、遠目鏡から厳しい目を離した。
 「っあー・・・!
 これやると、目がしぱしぱするんだよな!」
 長時間の緊張に引き攣った目頭を揉みつつ御手杵が言うと、鯰尾も大きく頷く。
 「休み休みやりたいけど、見逃すとまずいし、甲板には見えなくても船室に潜んでるかも知れないから、油断できないしねー!」
 「・・・お腹すいた」
 鯰尾へ小首を傾げた骨喰がポツリと呟くと、心得た彼は背負っていた風呂敷を外した。
 「敵は志賀島へ行っちゃったし、お弁当にしようか!
 いやあ、日本の武士、強い強い」
 のんきに言いながら、鯰尾は竹の皮に包まれた弁当を二人へ渡す。
 「武士が強いのもあるが、敵がやる気ねぇもんなぁ。
 あいつら、元に征服された国の連中も多いんだろ?
 言葉もろくに通じないだろうに、無理矢理軍に組み込まれて戦えって言われてもなあ。
 士気が上がらなくて当然だぜ」
 同情するかのように、ため息をつく御手杵に、早速おにぎりを頬張りつつ骨喰が頷いた。
 「・・・攻め込んできた兵が少ないのも、連絡不行き届きで船団が合流できてないからだって、主が言っていた。
 海の上で、船底が腐って航行できなくなった船もあるらしい」
 「まっぬけー」
 けらけらと遠慮なしに笑う鯰尾には、二人して肩をすくめる。
 「おかげで最終的には占領されなかったんだからさ、そこは調査不足乙・・・も、嫌味か」
 苦笑した御手杵は、またも川岸の向こうを見やった。
 「あの親子ってさぁ、戦の間はちゃんと逃げてるんだよなぁ?」
 今更ながら言う彼に、骨喰は首を振る。
 「そういうことは考えない方がいい。
 俺達は、これからだって何度もここに来るんだ。
 もし、彼らがこの戦で亡くなっていたなら・・・」
 「あの光景を、のんびり見られなくなっちゃうよ?」
 にこりと笑いつつ、鯰尾が続けた。
 「御手杵は優しいから、そんな事になったらあの親子を助けちゃうかも知れないじゃんか。
 歴史を変えるのはダメだよー」
 のんきな口調で厳しい事を言う鯰尾に、御手杵は肩をすくめる。
 「言われなくてもわかっているさ。
 ちょっと・・・気になっただけだよ」
 気まずげな彼に、骨喰が小首を傾げた。
 「海上で船底が腐って、攻め寄せられなかった敵兵と同じだ。
 もしかしたら、そこで大勢死んだのかも知れないが、俺達にはどうにもできない事だ。
 ここから見えない海上か、見える向こう岸かの違いだけ」
 「わかってるって」
 残りの握り飯を丸ごと頬張った御手杵は、自分より若くは見えても随分と年上の脇差達の前で肩を落とす。
 「余計な詮索はしねーよ。
 ・・・夜には、志賀島を占領した元の連中を武士たちが襲う。
 次に歴史修正主義者が潜り込むとすれば、そこだ。
 これ食っちまったら、残りの偵察済ませて移動するぜ」
 「うん。
 はい、骨喰、お茶。
 御手杵も」
 鯰尾が渡してくれた温かい茶で休憩を終え、三人は再び偵察任務を始めた。


 「まったく、なんなんだ、生意気な偽物め!
 なにを書いてきた!」
 取り残された自室で、山姥切が持って来た帳面をめくった長義は、やけに小さな字に目を寄せた。
 『生まれたばかりの頃のことは全く覚えていないが、これも何かの縁だ。
 よろしく頼む』
 「はぁああああああああああ?!」
 絶叫するや、長義は帳面を掴んだまま部屋を飛び出す。
 「ゴラ待てぃ偽物!!」
 ぽてぽてと歩いていた山姥切に追いつき、肩を掴んで向き直らせる。
 「キサマこの俺に対してあれだけの仕打ちをしておきながら全く記憶にないとはどういうことだ!!」
 「そのままの意味だが?」
 「それでか!
 それでさっき、勧めてもいない座布団にとっとと座ったかー!!」
 「え?ダメだったのか?」
 きょとん、とした顔に腹が立って、長義は思いっきり頬をつねってやった。
 「ほんひゃっ・・・!いひゃいっ・・・!」
 「痛くて当然だ、偽物がー!!」
 長義の大声に、何事かと各部屋の襖が開く。
 「おいおい、何やってんだ、山姥切達!
 落ち着けよ!」
 真っ先に出てきた獅子王が、涙目の山姥切から長義の手を引き剥がした。
 「ほっぺた、真っ赤になっちゃってるじゃん!
 大丈夫か?」
 続いて出てきた浦島が、気づかわしげに山姥切を見上げる。
 「本歌・・・今度はいったい、何が気に障ったんだ」
 赤くなった頬を撫でつつ、涙目で言う山姥切の胸倉を、長義は乱暴に掴んだ。
 「数々の無礼を働いておきながら、それを全く覚えていないと言う無神経さだ!!」
 火を噴かんばかりの激昂ぶりに、獅子王が再び間に入る。
 「落ち着けって!
 ここで騒ぐと、本丸中に声が響くからな。
 ひとまず、俺の部屋に入んな」
 長義の肩を叩きつつ、獅子王が部屋へ導き入れると、廊下に出て様子を窺っていた面々も襖を占めた。
 「まぁ、座れ。
 茶でも淹れるか?」
 卓を部屋の隅に立てかけ、広くした部屋には座布団が無造作に散らばっている。
 鵺と共にいる獅子王は一人部屋のはずだが、座布団の多さに呆れつつ、山姥切は手近の座布団へ手をかけた。
 「あ・・・。
 す・・・座って・・・いいか?」
 恐る恐る、獅子王と長義の顔を見比べる彼に、獅子王は不思議そうな顔で頷く。
 「いいに決まってるだろ。座れよ」
 言うや、獅子王は寝そべる鵺の身体に背を預けた。
 「で?
 なんでケンカしてたんだ?」
 あどけなさの残る容姿ながら、この部屋の誰よりも年ふる太刀の問いに、長義は唇を噛んだ。
 と、
 「・・・・・・本歌の部屋で、座布団に座ったら怒られた」
 正座したまま、山姥切がしょんぼりと首を落とす。
 「長義ィ・・・。
 お前、お兄さんなんだから、そのくらいで怒るもんじゃないぞ」
 「お前までお母さんみたいな言い方するな!!そもそも!」
 呆れる獅子王に、すぐさま反駁した長義は、じろりと山姥切を睨みつけた。
 「俺は、偽物の無礼さと無神経さに怒ったのであって、些末な行為に対してではない!」
 「無礼って・・・座布団踏んだのか、山姥切?
 それはだめだぞ。
 綿が偏るって、俺もよく、蜂須賀兄ちゃんに叱られるんだ」
 苦笑する浦島に山姥切は、ぷるぷると首を振る。
 「それは・・・俺も、兄弟に注意されるから、改めている」
 「あぁ、山伏はともかく、堀川ってそういうところやかましそうだよな」
 「座布団の話じゃない!!話を矮小化するな!!」
 長義の大声に、鵺が一瞬、身を固くした。
 「おいおい、怒鳴るのやめろー。
 うちのが嫌がってるだろ」
 なだめるように鵺の身体を撫でてやりながら、獅子王がため息をつく。
 「座布団の話じゃないってことなら・・・あぁ、『座』の話か」
 さすがの年季というべきか、あっさりと言い当てた獅子王に、長義はやや驚きつつも頷いた。
 「その通りだ。
 この偽物は・・・!」
 「あ、待て待て。
 その言い方、やめろ」
 言いさした長義を、獅子王が止める。
 「山姥切はうちの古参だからな。こいつを蔑ろにすると、うちの古参組が黙っちゃいないぜ」
 「蜂須賀兄ちゃん、怒ると怖いぜー?」
 浦島も頷いて、山姥切の、正座した膝を叩いた。
 が、獅子王は投げだしていた足を胡坐に組みなおすと、背筋を伸ばして山姥切に向き直る。
 「偽物って言い方はまずいが、山姥切も無神経だった。
 お前が知らなくてもしょうがないことだが、本歌と写しという立場上、気を付けるべきだったな」
 「え?」
 意外なことを言われたとばかり、目を丸くする山姥切の傍で、長義もまた、思わぬ援軍に目を見開いた。
 と、二人から見つめられた獅子王は、照れたように目をそらす。
 「あぁー・・・まぁ、俺は、お前達の前の主のことは知らないけどさ、立場を失くすとか、座を追われるってことの辛さは・・・なんとなく、わかるんだ」
 獅子王が今でも慕う、前の主の最期を知らぬ者は、この場にはいない。
 「だからってわけじゃないけどさ」
 一旦肩をすくめ、獅子王は力を抜いた。
 「山姥切。
 主君から拝領した刀として、常に表舞台にあった長義の『座』を、新参のお前が奪ったことは事実だろ」
 思わず腰を浮かし、反駁しようとした山姥切を、獅子王は手を挙げて制す。
 「あぁ、もちろん、それは山姥切の意思じゃないし、前の主だって、主君から拝領した宝刀を普段使いにできないとか、それなりの理由があったんだろ。
 たまたま、国広という名工が近くにいて、自分が持ってる最高の刀に引けを取らない刀を打ってくれた。
 自分の注文通りの・・・もしかしたら、期待以上の出来だったのかもしれないな。
 そうなったら、やっぱ、宝刀として崇め奉るべき拝領刀は仕舞って、気安い山姥切を手元に置こうって考えるんじゃないか?
 でもそりゃ、刀としてはどうだろうな」
 苦笑して、獅子王は眉根を寄せる長義を見やった。
 「長義としては、今まで自分がいた場所を、新参のお前が奪った、ってことになるだろ。
 なのにそんなお前がだよ、呼ばれてもないのにやって来て、勧めてもないのに自分の座布団に座ったらそりゃ、カチンとくるよな」
 冗談めかした口調だが、獅子王の指摘に何度も頷く長義へ、山姥切は向き直る。
 「本歌・・・。
 そんなことで腹を立てていたのか・・・?」
 「そんなこととは何だ!」
 「そうだよ、山姥切。それはさすがに礼儀知らずだよー」
 長義の怒声をすかさず制して、浦島が首を振った。
 「山姥切も、うちの兄ちゃんたちのことは知ってるだろ?
 蜂須賀兄ちゃんお気に入りの、錦の座布団を長曽祢兄ちゃんが踏んづけたらどんな大騒ぎになるか・・・想像するだけで怖くないか?」
 「あ・・・そうだな・・・・・・」
 ようやく得心した、とばかりにうなだれた山姥切の肩を、獅子王が軽く叩く。
 「若い連中にはピンとこないだろうけどな、古い刀は『座』ってもんにこだわるもんだし、主であれ自分自身であれ、『座』を奪われた経験をした連中は、そういう無神経な扱いをされると気分を悪くするもんだ。
 これからは気を付けるんだぞ」
 年ふる太刀らしい物言いを終えるや、微笑んだ獅子王は『じゃあ』と、脇に置いた端末を取り上げた。
 「お前らもやろうぜ!協力ゲーム!
 大倶利伽羅だって馴れ合っちまったんだ!
 お前ら程度なんて、すぐだよすぐ!」
 奇しくも、蜂須賀と同じことを言ったとは思わず、浦島も一緒になって、山姥切達へ端末を押し付けた。


 ―――― 昼の間、偵察任務を行っていた防塁から志賀島までは、陸路を行くよりも海路を行く方が近い。
 しかし、戦場と化した湾に、どちらの陣営にも属さない舟が渡る隙などなく、必定、雑兵として軍に紛れ込むこととなる。
 あらかじめ準備していた武装一式で雑兵に変装した三人は、矢などを運び込む雑兵に紛れて船へ向かった。
 戦場に怯える兵士もいる中、同じ時間、同じ戦場へ何度も乗り込む彼らは慣れたものだ。
 この時代にはまだ主流ではない槍を薙刀に偽装した御手杵は、雑兵には惜しい体格が目立たないように背を丸めて、ここで一番速い船に乗り込んだ。
 彼が無暗に興味を持たれないよう、脇差達が注意を払い、あるいは注意を逸らして海路を過ごし、細い道で繋がった島の、本土側へと上陸する。
 この経路があるが故の、長い時間の遠征だった。
 「日が・・・沈む」
 博多の夏は日が長く、本丸で言う20時頃までは、周りがはっきりと見渡せるほどに明るい。
 長い間、水平線を漂っていた太陽がのろのろと沈む様を、骨喰は目を細めて見つめた。
 「・・・私を殺すなよ」
 その隣で、御手杵がポツリと呟く。
 この戦場へ赴く槍達へ、主が冗談交じりに言った言葉だ。
 この戦は、異国による侵略の戦。
 時間遡行軍は、異国の軍に蹂躙されるこの地を、異人に殺される人々を救うためにやって来る。
 彼らを、敵と認識してはいるものの、はっきりと『悪』とは言い切れない、苦い戦場だ。
 『御手杵は優しいから』と、鯰尾も言うように、揺れそうになる心を引き締めるため、彼は主の言葉をつぶやく。
 彼らの主は、この筑前の生まれ。
 この瞬間に死ぬべき者が死なず、生き残るべき者―――― たとえそれが非道な侵略者であったとしても―――― が死んで歴史が狂えば、彼らの主は存在が消えてしまうかもしれないのだ。
 主のために、異物は必ず取り除き、元のあるがまま―――― 目の前でどれだけ罪なき人々が死のうとも、それを受け入れなければならない。
 目を閉じた御手杵は深く吐息して、夜が更けるのを待った。
 夜襲が、始まる。


 まず動いたのは、鯰尾だった。
 日本のそれに比べて威力の弱い矢を、猫のように身をかがめて避けながら、武士達と共に敵の船へと乗り込んだ。
 「・・・見ぃつけた」
 口の端を曲げるや、夜陰に紛れ、敵陣に潜む時間遡行軍を始末する。
 油断を誘い、あるいは疑心暗鬼を生じさせるためか、異国の兵に変装した時間遡行軍は、武士の姿を見れば逃げ出してしまうために、素早く始末する必要があった。
 その彼とは別の船に乗り込んだ骨喰も、慌てふためく異人の刃をよけつつ、正確に時間遡行軍のみを排除していく。
 そうして、たまらず船から逃げ出した敵が上陸した先には、御手杵が待ち構えていた。
 「これだけ暗けりゃ、刀種の違いを見分けられる奴もいないだろ」
 向かってきた打刀を二本まとめて串刺しにし、背後に迫る短刀の動きを石突で止めるや、刃を返して砂浜に縫い留める。
 短刀が塵と化した瞬間、頬を掠めた刃を柄で払った。
 「おいおい、やめろよ。
 この時代、俺たちゃ存在しないんだぜ?」
 それとも、と、穂先を向けてくる敵へ口の端を曲げた。
 「異国の武器ならありだろ、ってか?」
 無言で得物を振りかぶる槍に、御手杵は目を細める。
 「あぁ、薙刀の真似事もできるってか。
 どうせ俺は、突く専門だよ!」
 柄で刃先を弾いて逸らし、深々と敵の胸を抉った。
 「俺も、斬ったり薙いだりできれば、ここでこんなに気を使う必要もないってのにな」
 ため息をついた御手杵は、砂を踏む軽やかな足音に振り返る。
 「まーた、何か愚痴ってるの?」
 「終わった」
 にこやかな鯰尾と、冷静な骨喰を微笑んで迎え、御手杵は頷いた。
 「怪我はないみたいだな。
 今回も・・・大成功だ」
 塵となって消えた槍が残した札を、御手杵が得意げに拾う。
 「そうだね!」
 「うまく行った」
 二人も、それぞれに敵船から持ち帰った資材を掲げ、満足げに頷いた。
 「帰るぜ。
 また・・・三日後だ」
 御手杵が差し出した両手に、脇差達がそれぞれ、手を叩きつける。
 「俺達、最強三人組♪」
 「帰っても・・・きっと勝利だ」
 「よっし!
 レア武器ゲットするぜー!」
 気勢を上げて、彼らは意気揚々と戦場を引き上げて行った。


 元寇防塁見回り部隊が本丸に帰還すると、獅子王の部屋では新たなメンバーを加えた戦闘が繰り広げられていた。
 「御手杵!!
 いいところに帰ってきた!やっぱレア武器、必要なんだ!」
 決して狭くはない獅子王の部屋に、ぎっしりと詰まった刀達へ御手杵は苦笑した。
 「人数増えたなぁ・・・」
 「ちょっと!座布団は持ち寄りだからね!」
 俺の!と、迫る鯰尾から、山姥切が慌てて飛びのく。
 「・・・?
 どうかしたのか?」
 不思議そうに首を傾げた骨喰には、浦島が笑って首を振った。
 「ちょーっと、礼儀作法で叱られちゃっただけさ」
 な?と、声を掛けられた長義が鼻を鳴らす。
 「それよりさ、御手杵ぇ。
 ここと、隣のお前の部屋と繋げて、襖入れねぇ?
 そしたら、この人数でも窮屈じゃないくらい、広くなるだろ?」
 獅子王の提案にはしかし、御手杵は首を振った。
 「そういうことは、お前のいびきと鵺の鳴き声を何とかしてから言えよ。
 防音壁がなくなったら、周り中から苦情が来るぜ?」
 「鵺の鳴き声を聞くと病気になるって言うしな・・・あぁ、お前はいい奴だって、知ってるよ?」
 部屋の端に追いやられ、不満げな鵺の身体に背を預けていた不動が、笑って黒い毛並みを撫でてやる。
 「そんなものは迷信だ・・・おい、武器がないと、次で負けるぞ」
 眉根を寄せた大倶利伽羅に目を向けられた御手杵は、頷いて端末を操作した。
 「ちょっと待ってな、ガチャ5連・・・よっしゃああ!!引いたー!!!!」
 「やったああああああああ!!」
 「でかした御手杵!!」
 鯰尾の絶叫と、獅子王の咆哮に長義は思わず耳を塞ぐ。
 「・・・確かに、防音壁は必要だな。
 御手杵も鯰尾も、鵺ばかりを責められないぞ」
 言ってやると、鵺が嬉しげに頭を擦りつけてきた。
 「広い場所なら・・・松の間でもいいだろう」
 「それ、隣の御座所にいる主さんに叱られると思うなー」
 寝込んでいる時は特に、と、浦島が大倶利伽羅の意見を却下する。
 「まぁ、ぎっしり詰まって騒ぐのも、楽しいんじゃないか・・・?」
 うっすらと笑みを浮かべる骨喰に、鯰尾が大きく頷いた。
 「こうやって、くっついていられるしね!
 あー・・・でも、メンバーだけでこんなにぎっしりじゃ、画面見たがる弟達が入ってこられなくて、拗ねちゃうかな」
 「やっぱり部屋、繋げよう」
 「だぁら・・・!
 俺の安眠のために、それはやだっつってんだろ」
 「だったら・・・」
 ぽつりと、山姥切が呟く。
 「離れには・・・部屋が余っている。
 大典太や数珠丸がいない間なら、多少騒いでも・・・」
 いいんじゃないか、と、言いかけた山姥切は、皆の目を集めて頬を染めた。
 「な・・・なんだ・・・?」
 「顕現した当初から、人目を避けて離れに篭ってた山姥切が、そういうこと言い出すなんて、感慨深いぜ・・・!」
 涙目になった獅子王の隣で、目を丸くしていた鯰尾も頷く。
 「びっくりしたけど・・・すごくいいよ!」
 「修行から帰って、心境の変化があったんだろう」
 微笑む骨喰も、顕現した当初からはだいぶ表情がやわらかくなったものだ。
 「じゃ、この戦いが終わったら早速移動だな!
 重い物は持ってってやるけど、私物は自分で持ってけよ!
 ・・・よっし!」
 「勝ったああああああああああああああああ!!!!」
 大歓声に、思わず長義も加わる。
 咳払いしてごまかしたものの、まじまじと山姥切に見つめられ、気まずさにまた、生意気な頬をつねってやった。


 ―――― 三日後。
 防塁の地に降り立った御手杵は、空気の張りつめた海から川の向こうへと目をやった。
 いつもなら、あの親子が見える時間・・・。
 しかし、いつまで待っても、あの二人は現れなかった。
 「まさか・・・歴史が狂った・・・?」
 胃にひやりとしたものを感じながら、御手杵は考えを巡らせた。
 ―――― 前回の出陣で、御手杵の隊にミスはなかった。
 敵を確実に仕留め、人間に気づかれることもなかった。
 では、他の二振りだろうか?
 ・・・いや、それも考えにくい。
 蜻蛉切は、報告を怠るようなことは決してないし、日本号も後世、長い時間を過ごすことになる土地をいい加減にはしないはずだ。
 では何が原因か・・・。
 何が狂ったのか・・・。
 蒼ざめた額に汗を浮かべる御手杵の腕を、鯰尾がつついた。
 「あれ。
 今日はあそこにいる」
 彼が指さした方向を見れば、いつもとはやや離れた川上で、娘が酔いしれた父親の腕を引いている。
 「今日は、少し遅れた時間に着いたみたいだな」
 懐中時計に似た、時間遡行の器械へ目を落とす骨喰に、御手杵はほっと吐息を漏らした。
 「やれやれ・・・・・・今日も長閑だぜ」
 とてもそうは見えない顔色をして、呟く御手杵に脇差達がくすくすと笑いだす。
 「今日も任務、頑張ろう!」
 鯰尾に促され、御手杵が差し出した両手に、脇差達は気合の手を叩きつけた。




 了




 










肥前忠弘があまりにも可愛い性格をしていたので、カッとなって書き始めました。
我が本丸の兼さんはどうも、自分の身長を理解していない幼さを発揮しますよ(笑)
今回のメインは確かにたーくん熱烈歓迎だったのですけど、遠征の元寇防塁見回りに対して御手杵が思うことも書きたかったんですよ。
元寇防塁はまさに地元なので、地域学習なんかで勉強するんですけど、そりゃあもう、フビライカエレ!になりますね。
ちなみに、福岡市早良区から西区にかけてある防塁から東区の志賀島に行くには、今でも陸路より海路の方が近いですよ。
福岡タワーの近くに船着き場があって、そこから海の中道まで行けます。
元寇の時代に槍がなかった、というか、主流じゃなかったのは事実で、運営さんは単に、リリース当時は知識が足りなくて知らなかっただけかと思われますけど、そんな槍を持って遠征に行くの、大変そうだな、から始まった筋でした。
山姥切達も加わって、何やらカオスになりましたけど、お楽しみいただければ幸いです。













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