〜 乱れそめにし 〜






 「・・・あれが上位のお歴々か」
 そう言う彼の視線を追うと、随分と親しげな三隊が歓談中だった。
 この国の演練場では、ほぼ一年の間、上位の顔触れが変わらなかったこともあって、主同士やその刀剣達の仲が良いとの噂だ。
 と、新たに現れた二隊を、歓談中の全員が席を立って迎えた。
 「物々しいな・・・あれが、最強の主たちか」
 聞くところによると、審神者の能力上限が解放された瞬間に、最強の地位にいた二人らしい。
 この二人へは、その頃上位にいた審神者ほど、礼節を重んじるという話だった。
 連れているのはお気に入りの近侍、一振りだけのようだが、当然のように極めた上に、能力は最大値となっている。
 二人から座るように促された審神者たちが連れているのもまた、煌びやかな戦装束を纏った刀剣達だった。
 「いいよな、あれ・・・」
 とてもではないが、あの演練場に飛び込んだところで瞬殺されるだろう、能力の刀剣しか持ち合わせていない彼の言葉に、思わず頷く。
 「あんな刀剣達だったら、厳しい戦場も楽に攻略できるんだろうな」
 「欲しいな・・・あれ」
 目を見合わせた彼らは、にやりと笑みを浮かべた。


 「・・・主、具合はどうだい?
 起き上がれそうかい?」
 寝所の襖を、そっと開けた歌仙は、小狐丸に扶けられながら身を起こした主が、また項垂れて顔を覆う様に眉根を寄せた。
 「無理をしなくていい。
 熱は?」
 室内の熱が逃げる前に襖を閉めた歌仙が小狐丸へ問うと、主の肩に半纏を掛けた彼が、差し出された体温計を受け取る。
 「まだお高いようで・・・。
 ぬしさま、本日もご参内をお控え召されませ。
 私が連絡をいたしまするゆ・・・え・・・!」
 部屋の外から漂ってきた異臭に、小狐丸がむせ返った。
 途端、
 「薬持って来たぞー!」
 パァン!と、勢いよく開けられた襖に、歌仙が目を吊り上げる。
 「薬研!
 足で開けるなと、何度言えばわかるんだい?!」
 「薬湯持って来たから、両手ふさがってんだよ。
 大将、まだ熱下がってないだろ?
 そろそろ解熱剤を処方・・・」
 と、足を踏み入れた瞬間、薬研の姿が、目の前から消えた。


 「・・・どういうことだ、本丸に誰もいない」
 本丸内を一巡りして来た歌仙の報告に、自身の携帯端末へ目を落としていた小狐丸が顔をあげた。
 「連絡もつきませぬな。
 ぬしさま・・・」
 蒼ざめた額に汗を浮かべ、膝に乗せたノートパソコンで各方面から情報を仕入れていた主が、深く吐息する。
 「・・・いくつかの本丸で、同じことが起きている。
 本陣も調査中で、まだ詳しいことはわからないそうだ」
 「遠征に行っている刀達は?無事なのかい?」
 歌仙に問われて、主は頷いた。
 「こちらは問題ないようだ。
 ただ、本丸に戻った瞬間に、消されることもありうるから、しばらくはこのまま遠征先に置いておく」
 「それがようございますな。
 今、遠征へ赴かれているのは、三日月殿はじめ天下五剣の方々、槍と薙刀の全員、白山殿と、大太刀は蛍丸殿と次郎殿ですね」
 「では、短刀と脇差は全員消えてしまったということか。
 打刀も、僕以外は誰も残ってはいない・・・」
 歌仙が、困惑げに眉根を寄せた時、
 「そんなことはありませんよ!」
 小夜を小脇に抱え、江雪の手を引いた宗三が、血相を変えて寝所に踏み込んで来た。
 「宗三!
 今までどこに・・・」
 歌仙の問いには答えず、宗三はじたじたと暴れる小夜を主へ突き出す。
 「お小夜!
 さぁ!こちらが本物ですよ!!」
 宗三の声に、くん、と鼻をひくつかせた小夜が、床の中にいる主へ抱き着いた。
 「あるじ・・・主様、ごめんなさい・・・!
 ぼく、主様のこと・・・!ごめんなさい・・・!!」
 「え?!どういうこと・・・宗三?!」
 いきなり取られた手を、宗三の頬に添えられ、主だけでなく歌仙や小狐丸までもが目を丸くする。
 「・・・あなたが!
 馬鹿正直にいつまでも僕に触れないものだから!
 僕はあなたより先に、どこの馬の骨ともわからない男に触れられたのですよ!
 穢れ落としです!」
 話にならない二振りに困惑し、見遣った江雪が、静かに膝をついた。
 「我々はどうやら、誘拐されたようなのです」
 「誘拐?!」
 声を上げた歌仙が、小夜の身体に傷の有無を確認する。
 「あぁ、なにか危害を加えられたわけではありません。
 ただ、記憶を消されたか、改竄されたのか・・・。
 この本丸や、主のことを忘れて、我らを誘拐した者を主だと信じ込まされたようなのです。
 宗三が気づいて、私やお小夜を無理やり連れ帰らなければ、ずっとあの本丸にいたのでしょう・・・」
 「そのようなことが・・・!
 宗三殿は、いかにしてお気づきあそばされたか」
 宗三が未だ握ったままの主の手を、そっと引きはがして問う小狐丸へ、彼は不満げに眉根を寄せた。
 「言ったでしょう。
 あの無礼者は、不躾にも僕を散々撫でまわしたのですよ・・・!
 あぁ、思い出すだけでおぞましい!」
 真っ青になって自身を掻き抱いた宗三は、きっと主を睨む。
 「今の僕は修行帰りで、戦力も最大限です。
 なのに、なぜこんなにも主に対して嫌悪感を持つのかと、訝しみましてね・・・。
 そこでつい、その手を叩きつけて言ったのです。
 熱があるのですから、早く床へ戻りなさい、と」
 そこからは、元の記憶が一気に押し寄せた。
 自分の主は病弱で、よく寝込んでいるくせに気は強く、しかも馬鹿正直に刀剣達の意向を汲むので、触れられたがらない刀には、相手が寄ってくるまで指一本触れない人間だったと。
 「あの無礼者が、唖然とした隙に離れて、お小夜と兄様を探しました。
 主だと思っている者は偽物だと言っても、お小夜は信じてくれませんでね・・・。
 暴れるこの子を抱えて、兄様の手を引いて、時空門の中に逃げたのです。
 入ってしまえば、本来の帰り道はわかりますから」
 「そうか・・・。
 お小夜は、主を見て思い出したのかい?」
 宗三に頷いた歌仙が、未だ主に抱き着いたまま、しゃくりあげる小夜の頭を撫でてやると、気まずげな顔をあげた彼は、小さく首を振った。
 「お顔よりも・・・匂いです。
 主様の匂い・・・」
 「どんな匂いだ!」
 青かった顔を赤くする主へ、小狐丸が顔を寄せる。
 「・・・洗髪、洗身の際の香料と、よく口にされる茶と薄荷菓子の香り、着物に使う洗剤の香料と、歌仙殿がご用意くださった匂い袋の香り、そして、薬研殿が持ち込む薬湯の臭いが混じったものでございますな」
 「・・・やめてくれ、恥ずかしい」
 顔を覆ってしまった主に、また小夜がすり寄った。
 「いい匂いです」
 「香りが記憶を呼び戻すのか・・・だったら!」
 一旦席を立った歌仙が、しばらくして戻って来る。
 その手には、数枚の手巾があった。
 「お小夜、どうだい?」
 そのうちの一枚を渡してやると、受け取った小夜は目を丸くして歌仙を見上げる。
 「これ・・・!主の匂いです!」
 どうやって、と、驚く彼に、歌仙は得意げな顔で鼻を鳴らした。
 「主が使っている香料全てと、薬研が持ち込む薬湯、それに、お茶と薄荷菓子を湯に溶いたものを吹き付けたんだよ。
 大体、同じ匂いができただろう?」
 「お前、本当にデリカシーないな!!」
 思わず声を荒らげた主を制して、小狐丸が膝を進める。
 「さすがでござりまするな、歌仙殿!
 もしやこれを使って、誘拐された皆様を取り戻すおつもりか?」
 察しのいい小狐丸に、歌仙は大きく頷く。
 「無礼者の本丸へ乗り込んで、この匂いに反応した刀達を全て連れ戻すのさ!
 宗三!君なら無礼者の本丸がどこにあるか、わかるだろう?
 早速道案内を!」
 立ち上がった歌仙を、江雪が困惑げに見上げた。
 「そんなことをせずとも・・・。
 この状況を本陣へ訴えれば、全員戻るのではありませんか?」
 と、見遣った主は、静かに首を振った。
 「楽観的にならない方がいい。
 うかつに除名すれば、奴らが得た刀剣まですべて、消えてしまうかもしれない」
 小夜の背を軽く叩いて、離れさせた主は、放り出されたノートパソコンを再び膝に載せる。
 「私は温泉宿や改築工事の収入に対する税を収めているくらいだが、他の方々にはそれ以上の献金をしている方もいる。
 そんな審神者の怒りを買うことは、政府も絶対に避けたいことだろうし、要請があれば、すぐにでも不心得者を除名するだろうが・・・」
 新たに寄せられた情報に、主は頷いた。
 「敵は、一人ではないようだ。
 全員を洗い出し、さらわれた刀剣を元の本丸に戻すまで、命は預けてやるが・・・すべてを取り返した暁には、死ぬほど後悔させてやる」
 病んでいても気概を失わない主に、皆、思わず笑みを浮かべた。


 「宗三兄様に連れて行かれるまで、今剣と一緒にいました」
 と言う小夜の手を引き、赴いた他人の本丸で、小狐丸は縁側に佇む石切丸の姿を見つけた。
 「良い天気ですな」
 声をかけると、瞬いた彼は目を和ませて庭へ降りてくる。
 「やぁ、小狐丸。
 小夜とお出かけかい?」
 「えぇ、今剣殿を探しに。
 かくれんぼの王を見つけるのに、難儀しております」
 くすくすと笑うと、歩み寄った石切丸も苦笑した。
 「あの子は、山の奥にまで隠れてしまうから。
 うっかり追いかければ、小夜が迷子になってしまうものね」
 小夜の頭を撫でる手を、いつまでも離さない石切丸へ、小狐丸が微笑む。
 「なにか、物思いがおありですか?」
 「あぁ・・・なんだかね」
 苦笑を深くして、石切丸は肩越し、家屋を見遣った。
 「なんだか・・・居心地が悪いんだ。
 悪い気が篭もっているわけでもないのに、ここは私の居場所じゃない・・・そんな気がするんだよ」
 眉根を寄せてしまった石切丸へ、小夜が口を開いた時、
 「石切丸さん、お茶を持って来たよ。
 あぁ、小夜くんもいたん・・・小狐丸・・・さん・・・?」
 縁側から呼びかけたにっかり青江の、にこやかだった表情が、凍り付いた。
 「おや、私はお邪魔でしたか?」
 にこやかに、しかし、笑ってはいない目で見つめられたにっかりは、苦笑して首を振る。
 「・・・やっぱりね。
 上位におわす方々は、動きが速い」
 「あなたは、この本丸の刀なのですか?」
 問えば、にっかりはあっさりと頷いた。
 「そう。
 修行帰りで戦力最大限の僕は、別の本丸に取られちゃったらしいよ。
 随分と欲しがってはいたけどね」
 「・・・青江?
 何を言っているんだい?」
 困惑げな石切丸へは、詫びるように一礼する。
 「ごめんね、石切丸さん。
 あなたは本来、この本丸にいるはずのない刀なんだ」
 「それはどういう・・・?」
 理由を求めて見遣った小狐丸が、手にした手巾を渡した。
 ふわりと立ち上った香りに、石切丸は目を見開く。
 「・・・私は、なにをぼんやりとしていたんだ。
 主の熱は、まだ下がっていないのだよね?」
 寝所に行かなければ、と、歩を踏み出した彼の手を、小狐丸が取る。
 「あなたがゆかれるのは、この本丸の寝所ではありませんよ。
 ここの主殿は、寝込んでもいらっしゃらないでしょうし」
 ねぇ、と、睨まれたにっかりは肩をすくめた。
 「あぁ、僕の主は元気だよ。
 だけど、君たちの主は今、寝込んでいるのかい?
 じゃあ、石切丸さんが行ってあげないとね」
 「君は・・・その、どうなるんだい・・・?」
 事情は分からないながら、ただ事ではない雰囲気を察して問えば、にっかりは笑って首を振る。
 「君達の主にバレてしまった以上、この本丸がなくなることは決定だよね。
 僕は・・・そうだな、一度は消えて、また別の本丸に、何食わぬ顔で顕現するんだろうな」
 心配はいらないと、微笑んだにっかりは、ふと、小首を傾げた。
 「そうだ、君達が迎えに来たのなら、他の刀も返してあげないとね。
 小狐丸さんが事情を話して回れば、怒った君達のお仲間が、僕の主を害するかもしれない。
 もうすぐ無くなるとは言え、他の審神者の刀に、僕の主を損なわせる訳にはいかないもの」
 無駄な争いは避けよう、というにっかりの申し出には、小狐丸も頷いた。
 「方法をご存知か?」
 「もちろん」
 小狐丸の問いににこりと笑って、にっかりは頷いた。
 「実はもう、何振りか、遠征に行ったまま戻って来ない刀がいるのさ。
 君達の本丸の刀では・・・そうだ、太郎さんと祢々切丸さんだ。
 これは僕の予想なんだけど・・・」
 と、茶器を載せた盆を縁側に置いて、にっかりは自身の胸に手を当てた。
 「僕達の中には、自身が顕現した本丸に帰るための、磁針のようなものが備わっているのじゃないかな。
 これだけ多くの本丸があって、何度も過去へ飛んで・・・でも、間違いなく自分の本丸へ帰る能力が与えられているんだ。
 だからきっと、遠征に向かった刀達は、任務を終えたら自分の本丸へ帰ってしまうんだよ。
 そのことに僕の主が気づく前に、奪った刀達を遠征に行かせよう。
 それでいいかな?」
 問われた小狐丸は、穏やかに微笑んで頷く。
 「しかし、あなたの主殿へ秘したまま、そのようなことが可能であるのか」
 「できるよ。
 これでも僕は、近侍だからね」
 と、微笑んだにっかりは、石切丸へと手を振った。
 「少しの間だったけど、修行帰りの石切丸さんといられて嬉しかったよ。
 またどこかでね」
 「・・・っ!」
 茶器を置いて去ってしまったにっかりへ、何か言いたげな石切丸の手を、小夜が引く。
 「石切丸さま・・・早く主様の元へ、行ってあげてください。
 薬研もいなくなって、とてもお苦しそうでした」
 「薬研まで?!それは大変だ!
 ・・・だが、どうやって帰れば・・・?」
 にっかりが言っていたように、遠征へ行けばいいのかと困惑する彼へ、小狐丸が微笑んだ。
 「ただ時空門へお入りなされませ。
 さすれば、いつもの道が開けまする」
 「あ・・・あぁ、そうか!
 では、私は先に帰るよ!
 今剣をよろしく頼む!」
 「おまかせあれ」
 石切丸を見送った小狐丸は、改めて本丸の外へ目をやった。
 「今剣殿のこと、山へ遊びに行ってしまわれたのでしょうな」
 小さくとも、勘の鋭い刀だ。
 石切丸ほどではないにせよ、この本丸に居心地の悪さを感じたのだろう。
 「少々長く歩きまするぞ?」
 「平気です!」
 小狐丸に手を引かれた小夜は、大きく頷いた。


 その頃、別の本丸では。
 縁側にぼんやりと佇んだ薬研が、まだ温かい薬湯へと目を落とした。
 「これは・・・誰に持って行くんだったか・・・・・・」
 確かに、誰かのために処方したことは覚えているのに、誰のためだったかを忘れてしまった。
 よいしょ、と縁側に座り込み、湯飲みに少量を入れて味見する。
 「・・・マズ。
 基本が麦門冬(バクモンドウ)と半夏(ハンゲ)・・・ってことは、咳の症状を抑える奴か。
 人参は入っているが、葛根が入ってねぇ・・・虚弱体質向けだな。
 それに加えて、解熱効果、体力増強の生薬を加えている・・・。
 つまり、虚弱体質か、持病があり、咳と熱が続いている症状向け。
 俺が、すぐに解熱効果のある薬を処方するわけねぇから、二日は熱が続いたか。
 高熱じゃなかった。
 だが、体力もねぇことだし、そろそろ下げてやらなきゃかわいそうだ、ってもんかな。
 にしても、こんなに不味くする必要もねぇだろうに、わざとやってんな、これは。
 不摂生を反省させるための嫌がらせ、ってやつか」
 「なにぶつぶついってんの・・・?
 キモチわるいよ?」
 遠慮のない指摘に目を上げると、柘植の櫛を手にした乱が、眉根を寄せて歩み寄って来た。
 「よぅ、乱。
 誰かに薬湯を処方したはずなんだが、誰に飲ませようとしたのか忘れちまったんだ」
 知らないか、と問えば、知らないよ、と、そっけない答えが返る。
 「それよりも、ボクの話を聞いてよ」
 「なんだよ」
 わがままな兄弟の言い様には、すっかり慣れた顔で薬研が問い返すと、乱は手にした櫛を差し出した。
 長年使い込んだそれは、椿油が染み込んで、いい飴色になっている。
 乱お気に入りの逸品だ。
 「ボク、これで主さんの髪を梳いて、整えてあげるのが毎朝の仕事だったはずなんだけど・・・」
 「ここ数日は無理だろ。寝込んでる」
 口をついて出た言葉に、薬研ははっとする。
 「あ・・・そうか。
 これ、大将に持ってくんだったか」
 そう言って、立ち上がろうとした薬研を乱が止めた。
 「違うよ。さっき会ったけど、元気だった」
 だけど、と、困惑げに目をさ迷わせる。
 「髪が・・・違うんだ。
 髪を結えないくらい短くて、しかも、男の人だった」
 「それは・・・変だな。
 この薬湯を必要とするなら、多分、女だって思って・・・」
 「やっぱり!そうだろう?!」
 突然背後の障子が開いて、一期一振が現れる。
 「いち兄・・・!脅かすなよ」
 「びっくりした・・・!」
 と、縁側に腰かけた二人が見上げた一期一振は、頬を紅潮させた上、両脇に秋田と五虎退を抱えていた。
 「なんですか、いち兄!僕は主君のお傍にいたいんです!」
 「ぼ・・・ぼくも、お膝にのせてもらってたのに・・・!」
 「黙りなさい、二人とも!
 この私が!
 男の元に顕現するわけがないんだ!!
 ゆえにここは、私達の本丸ではない!!」
 「・・・すげぇわかりやすいし、説得力あるな」
 「包丁・・・どう思う?」
 一期一振について来たらしい包丁に問えば、彼はぎゅっと眉根を寄せて、頷いた。
 「・・・人妻じゃなくても、僕が男の前に顕現するわけない」
 「僕もです!!
 いや、僕は主様が男でもいいんですけど!!」
 ぎゅっとこぶしを握って、やはり一期一振の傍にいた毛利が目に涙を浮かべる。
 「蛍丸君も、謙信君もいない・・・!
 あのプリティ・プリンスたちがいない本丸になんて、僕が顕現するはずありません!!!!」
 きっと目を吊り上げた彼は、小さなこぶしを振り上げた。
 「明石さんと愛染君も一緒に、本丸中を探してたのに!
 蛍丸君の気配が全くないんです!
 こんな本丸、僕は耐えられないいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!」
 頭を抱えて号泣する毛利に薬研が呆れ、乱はため息をつく。
 「・・・性癖」
 「もうやだ、この兄弟・・・。
 こんな兄弟がいるのに、自分で変わり者だって言ってたボクが、恥ずかしいよ・・・」
 全然至らない、と、ため息をつく乱を、一期一振が見下ろした。
 「さぁ、ぼやぼやしていないで、帰るぞ!
 私の好みから見て多少胸が小さくとも、女人であるだけましだ!」
 「いち兄・・・それ、大将が聞いたら弟禁止の刑1週間だぞ」
 「お世話係は祢々切丸さんで決定だね」
 弟禁止の刑とは、一期一振にのみ課せられる刑罰で、塗籠に閉じ込められた上に弟達との接触を一切絶たれ、世話係は弟達とは似ても似つかない筋肉が務めるという、発狂必須の重罰である。
 さすがに蒼ざめた一期一振が、震える手を口元に当てた。
 「わ・・・我らが忠誠を誓うべき主の元へ戻るため、この本丸にいる兄弟をすべて回収したら、時空門へ入るんだ。
 戦場にゲーム端末を忘れてきたと、時空門に入った鯰尾と骨喰が、帰り道を見つけてきたからね」
 「そんな理由で見つかるのか、帰り道」
 「なんかさらっと言われたけど、ミライのキカイなんて、忘れてきちゃだめでしょ」
 よっこらせ、と、立ち上がった二人は、一期一振に急かされつつ、本丸内の兄弟を集めに走った。


 小夜の手を引いた小狐丸が山の中へ踏み込むと、目的の彼は自ら駆け寄って来た。
 「小狐丸さまー!
 小夜も、むかえにきてくれたんですね!」
 飛びついて来た今剣を抱き止めた小狐丸は、嬉しげに目を細めた。
 「私がどこの本丸の者か、おわかりか?」
 「えぇ!
 ぼくがずっといた、ほんとうのほんまるの小狐丸さまです!」
 今剣の、確信に満ちた目に、小夜が目を見開く。
 「知ってたの・・・?」
 「えぇ!もちろんですよ!
 だってあの、あるじさまをかたってたひとには・・・!」
 きりっと、今剣の目が吊り上がった。
 「おっ〇いがありませんでした!」
 「え」
 唖然とする小夜に、今剣は詰め寄る。
 「だきついたときに、すぐにわかりました!
 あのひとは、ぜんぜんふわふわじゃありませんでした!
 ぼくのあるじさまは、ふわふわで、ぎゅーっとしたらぷにぷ・・・にゃっ」
 「今剣殿。
 お小さく愛らしいからと言って、お口が過ぎまするぞ」
 表情は笑っているが、今剣の口を塞ぐ手には、冗談ではない力がこもっていた。
 「ご・・・ごめんなさい」
 もごもごと、くぐもった声で言う今剣を、小狐丸は笑ってはいない目で見下ろす。
 「それに、いつもぬしさまにおっしゃる、『ぼくのこと、すきですか?』や『〜とぼくと、どっちが好きですか?』とお尋ねになること、そろそろおやめなさいませ。
 お尋ねになるだけならばまだしも、お返事に間があると拗ねてしまわれるゆえ、意外とぬしさまのご負担になっているのですよ?」
 「そ・・・そうなんですか?」
 気まずげな上目遣いの今剣に、小狐丸は容赦なく頷く。
 「もう、おやめになるとおっしゃらない限りは・・・我が本丸にお戻ししませんよ?」
 「やめます!すぐやめます!もういいません!!」
 すかさず言えば、小狐丸の表情もようやく穏やかな笑みへと変わった。
 「おわかりいただけて、なによりです」
 「は・・・はひ・・・!」
 身体中の力が抜けたように、ぐったりとした今剣の姿に、小夜が冷や汗を浮かべる。
 「小狐丸さんって・・・」
 身内には、さすがに甘いのだと思っていた。
 だが、そうではないことを知って、小夜の血の気が引いていく。
 「小夜殿。
 早々に他の方々を探して、戻りましょうか」
 「はいっ!」
 びくりと飛び上がって、小夜は差し出された手を、震える手で握る。
 ずっと、小狐丸に対して持っていた怯えは間違いではなかったと確信した彼は、今後はなるべく近づくまいと、決意を新たにした。


 小狐丸が呼び戻しに行った刀がいる一方、誘拐されたにも拘らず、自力で戻ってくる刀もいる。
 「邪魔するぞ!!!!」
 鶯丸を小脇に抱え、寝所に乗り込んできた大包平に、歌仙はきつく眉根を寄せた。
 「主の寝所で大声はやめるようにと、何度も言っているだろうに」
 「今回はそれどころではない!
 おい!お前!!
 いつまでも寝込んで、だらしない奴だな!!」
 無礼にも指さされた主は、布団の上に半身を起こしたまま、目を吊り上げた。
 「お前とは何だ!!
 口の利き方を知らん犬は解かすぞ!!」
 病床にありながら、腹に響く声で怒鳴り返す主に、大包平は嬉しげな笑みを浮かべる。
 「そら見ろ、鶯丸!!
 俺の暴言に怒鳴り返してくる!!
 これでこそ俺達の主だ!!」
 「あぁ、そのようだ」
 のんびりと言った鶯丸は、大包平の腕を解いて、訝しげな主へと歩み寄った。
 「騒がせてすまない。
 俺達はどうやら、別の本丸に行っていたようなんだが・・・あちらの審神者は、なんだか卑屈な男でね。
 大包平の大声に怯えるばかりで、愛想笑いなどするものだから、こいつが妙だ、絶対に自分の主ではないと吠えたてて。
 俺はまぁ、茶を飲みながら日向ぼっこができれば、どこの本丸でもよかったのだけれど」
 「鶯丸・・・。
 君は本当に空気を読まないな」
 ちょっといい話だったのに、と、歌仙がため息をつく。
 「しかし、よく気づいたね。
 その程度なら、違和感はあっても本丸を飛び出す程ではなかったのじゃないかな?」
 からかうように言えば、大包平は激しく首を振る。
 「俺が仕えるのは、俺を屈服させたこの鬼だけだ!!」
 「誰が鬼だ誰が!!」
 「それはもちろん、君でしょv
 ふわふわとした声が、大包平の巨体を押しのけた。
 「やぁ、主。
 具合はどう?
 相変わらず、病床にあっても気位は高いよねぇ」
 にこにこと笑いながら、寝所へ入って来た髭切の背には、ぐったりとして意識のない膝丸が負われていた。
 「弟はどうかしたのかい?」
 腰を浮かせた歌仙を笑みで制して、髭切は畳の上に膝丸を寝かせる。
 「ほら、起きて髭丸ー。着いたよ?」
 「ひっざっまっるっ!
 髭切は兄者だろう!!」
 がばりと起き上がった膝丸が、周りの目を集めていることに気づいて仰け反った。
 「な・・・なんだ、みんなして・・・!
 あ・・・主、もう具合はいいのか?」
 自分の言葉にハッとして、膝丸は自身の腹を撫でる。
 「そうだ・・・!
 本物の主だ・・・!
 俺はあの男を主だと勘違いして、兄者に逆らって・・・」
 「うん。
 説得するの面倒だから、殴って眠らせて、連れて帰って来たよv
 にこにこと笑う髭切のことはいつものこととして、歌仙は小首を傾げた。
 「君は、どうやって気づいたんだい?
 やはり、源氏の重宝としての霊力・・・」
 「いやいやー。そんなのじゃないよ。
 僕はね、あの男を斬りたいって、思わなかったんだ」
 すっと、髭切の目に剣呑な光が浮かぶ。
 「鬼を斬るのは、僕の本能だよ。
 すごく斬りたい・・・でも、斬れない・・・!
 いつかこの首を僕の手に、って、夢にまで見るのは君だけだよ、主v
 「やれるものならやってみろ」
 笑みを返す主へ、大包平が不満げに鼻を鳴らした。
 「俺よりも、こいつを一番に解かすべきじゃないのか」
 「それはいけないよ、大包平。
 だって、ご主人様は残酷であればあるほど、素敵なのだものv
 「お前?!いつの間にいた?!」
 うっとりと頬を染める亀甲に背後を取られた大包平が、悲鳴じみた声をあげる横を、物吉がすり抜けた。
 「あるじ様!ただいま戻りましたよ!」
 床の傍に膝をつき、冷たい手を取る。
 「ご無事でよかった・・・!
 亀甲と厩舎にいたはずなのに、突然知らない本丸にいて・・・!
 わけがわからないうちに、目の前の男が主だなんて言い始めて・・・!
 でも・・・!」
 物吉が見やると、亀甲は目を吊り上げて頷いた。
 「あれは、典型的な『自称S』だよ!
 なんにもわかっちゃいない!!
 僕が慕ってやまないのは、あんなただの乱暴者じゃなくて・・・!」
 じっと潤んだ目で、病床の主を見つめる。
 「ご主人様・・・!
 僕の、本当のご主人様・・・!
 あなたが僕に下さる言葉、態度、蔑んだ目・・・!
 すべて、僕の宝物です・・・!」
 膝をついた亀甲に、歌仙がため息をつく。
 「亀甲・・・。
 それ、主が本物のドSだってことだよね」
 「鬼だからな!」
 「うん、鬼だよー」
 きっぱりと言う大包平と、のんきに笑う髭切に、主の目が吊り上がる。
 「あぁ、鬼と言えば・・・」
 話題変更の必要性を感じて、歌仙が間に入った。
 「いずみと国広、それに、古参組の面々も連れ戻さないとね。
 小狐丸にばかり使いをさせるのも悪いから、こちらは僕が行ってくるよ。
 ・・・任せていいかい?」
 物吉だけでは不安かと、立ちかねている歌仙に、
 「大丈夫だよ」
 と、声がかけられた。
 「石切丸・・・よかった、帰って来たんだね」
 ほっとした歌仙に、石切丸が微笑む。
 「小狐丸が迎えに来てくれてね。
 彼は、今剣を探しに行ったから、私だけ先に戻ったよ」
 穏やかな声で言って、石切丸は賑やかな部屋を見回した。
 「物吉を残して、他は出ておいき。
 主の養生の邪魔だよ」
 穏やかだがきっぱりとした神剣の言葉に刀達は、素直に従う。
 「病のことは門外漢だ。
 あとは任せて、茶でもいただこうか」
 最初に部屋を出た鶯丸に、髭切も続く。
 「ご一緒するよ。
 肘丸もおいで」
 「膝丸だ、兄者!」
 「僕はいてもいいと思うのだけど・・・。
 物吉と一緒に、お手伝いするのじゃダメなのかい?」
 「お前がいると、頭が疲れるだろうが!」
 ぐずる亀甲を大包平が抱え、連行する。
 「やれやれ、ようやく静かになった」
 吐息した歌仙が、腰を上げる。
 「石切丸、物吉、あとはよろしくね。
 主も、この件はかなりの心労だろう。
 対処することを止めはしないけれど、本陣や他の審神者殿たちへ任せられることは任せて、養生するんだよ」
 言い残して部屋を出た歌仙へ頷き、再びノートパソコンに向かった主の手を、石切丸が取る。
 「目が赤い。
 ひとまず、画面を見ることをやめるんだ。
 四半時程度なら、休んでも影響はないはずだよ。
 その間にはまた何振りか、戻ってくるはずだ」
 その言葉に観念して、パソコンを閉じた主へ、石切丸が頷く。
 「今日は食事をしていないのではないかな?
 とはいえ、具合が悪いのなら、あまり食欲もないだろう。
 物吉、甘酒を温めて来てくれるかい?
 生姜と肉桂を入れるといいよ」
 「はい!
 あるじ様、すぐに戻ってきますから!ちょっと待っててくださいね!」
 ぱたぱたと駆け出て行った物吉へ微笑んだ石切丸は、ぽす、と、主の頭へ手を置く。
 「この件は、君のせいじゃない。
 君が病んでいたから付け入られたのだなんて、思い悩んではいけないよ。
 だから無理をせず、今はお休み」
 慰めるような穏やかな声に、ほっと吐息した主の肩から力が抜けた。
 「・・・わかった」
 「うん、いい子だ」
 頭を撫でてやった石切丸は、柔らかく微笑んで頷いた。


 日当たりのいい縁側で、庭を眺めながら日本号と昼酒を楽しんでいた豊前江は、ぱたぱたと駆け寄ってくる軽い足音へ目をやった。
 「なんかちゃ、博多。今日はしゃれとんしゃーね」(なんだ、博多。今日はおしゃれだな)
 「ツヤつけてから、どこぃ行きよんなーとや?」(おしゃれして、どこへ行くんだ?)
 豊前江と日本号のからかい口調にムッとして、博多藤四郎は鼻を鳴らした。
 「浴衣やったらすーすーすっけん、羽織ば探しよーと。(浴衣だと寒いから、羽織を探している)
 オイの羽織、知らん?
 部屋にはなかっちゃが。
 あ、主人。
 オイの羽織、知らん?」
 書類を持った長谷部を従え、通りかかった主へ問うと、彼が口を開く前に長谷部が目を吊り上げた。
 「無礼だぞ、博多!
 口の利き方に気をつけろ!」
 怒鳴られて更に機嫌を損ねた博多が、口を尖らせた。
 「長谷部はすぐ腹かきよう」
 「まぁ、日本号みたいにおおまん太郎でも困るっちゃ」
 「俺はおおまんやのーて、うわばみやが」
 くすくすと笑う豊前江と、首を振る日本号に、主が困ったような笑みを浮かべる。
 「腹を掻くって・・・おじさん臭いな、長谷部。
 それに、おお・・・誰だって?」
 途端、その場の空気が凍った。
 「きさん・・・だいや(貴様、誰だ)?」
 四人から誰何の目を向けられ、主・・・と思われた審神者が歩を下げた。
 「誰って・・・君達の主・・・!」
 「ちがか(違う)!!」
 審神者の言葉を遮って、博多が進み出る。
 「オイだちの主人は、生粋の博多っ子ばい!!
 しばらく博多ば離れとったオイの博多弁が下手かって、いちいち直しんしゃーとに、こげんフツーの博多弁ば知らんわけなかっちゃが!!」
 「腹かく、は怒ることで、おおまん太郎は大雑把な奴、という意味だ。
 こんな日常会話、わからない者が主なわけがない!!」
 書類を放り捨てた長谷部が、審神者の胸倉を掴んだ。
 「オイだちの主をどげんしたとや・・・!
 まさか、きさんが・・・!」
 今にも斬りかかりそうな長谷部に、怯えた審神者が目線を揺らがせた時、
 「豊前ー!!
 ここ、僕達の本丸じゃないよ!!」
 両脇に松井江と篭手切江を抱えた桑名江が、庭に駆け込んできた。
 「土の味が違うんだ!!
 五年間、伊達の刀達が育てた土の味がしないんだよ!!」
 「あぁ、そのようだ」
 「邪魔したちゃ」
 冷たく言い放ち、腰をあげた日本号に続いて、豊前江も立ち上がった。
 「博多、長谷部、帰るちゃ」
 声を掛けると、長谷部も審神者を突き放し、縁側へ寄る。
 「どげんして帰ると?」
 駆け寄ってきた博多へ、長谷部は頷く。
 「時空門を抜ければ、本来の帰り道はわかるだろう。
 なにしろ」
 肩越し、長谷部は怯える審神者を睨みつけた。
 「五年間、通った道だ」


 黒田組と江たちが審神者と諍いを起こしていた頃、その厨房では、鶴丸と小竜が自身の端末に表示された文言に眉根を寄せていた。
 「鶴さん!
 端末いじってないで、早くお芋剥いちゃってよ!
 小竜ちゃんも、お手伝いに来てくれたんじゃないの?!」
 苛立った光忠の声に顔を上げた二人は、それぞれの画面に表示された通知を差し出した。
 「え?なに?
 ・・・これ、ここの本丸のこと?」
 文字を追った光忠の眉が、ぎゅっと寄る。
 「ここを含めて、いくつかの本丸が名指しで糾弾されているな。
 上位の本丸から、刀剣を奪った咎で・・・」
 鶴丸の言葉に、小竜が目を吊り上げた。
 「これが本当なら・・・俺は、ここにはいられないよ!
 俺は、清廉潔白な主以外には仕えない!」
 だからお手伝いもしないと、厨房を出ようとする小竜の襟首を、光忠が掴んで引き寄せる。
 と、
 「ぐらんー!!」
 「パパン、はなしがある」
 勝手口から謙信と小豆も、厨房へやって来た。
 「はたけにやさいをとりにいったら、なかったんだぞ!!」
 「きのうまでみのっていたはずなのに・・・」
 光忠に縋る謙信の頭を撫でながら、小豆が困り顔で首を振る。
 「だれかがさきにしゅうかくした、とかじゃないんだ。
 そもそもみのっていない・・・はたけすらないんだ」
 「畑すら・・・?」
 どういうことだと、鶴丸が勝手口に佇む大倶利伽羅を見やると、彼は悔しそうに壁へこぶしを叩きつけた。
 「畑が・・・痩せてる・・・!
 今、貞が全部の畑を見に行っているが、俺が見た限りじゃ、いきなり土が痩せていた・・・!」
 「途中で、桑名たちに会ったんだ!!」
 滑り込んできた太鼓鐘が、そのままの勢いで光忠に詰め寄る。
 「ここ、俺達の畑じゃない!!
 桑名が、土の味が違うってゆってた!!」
 「え・・・じゃあまさか、奪われた刀剣達って・・・僕達のことなのかい?!
 だったら、こうしちゃいられないよ!」
 じたじたと暴れる小竜の首を絞めておとなしくさせた光忠は、強くこぶしを握った。
 「早く戻らないと、昼餉に間に合わない!!」
 「・・・あ、はい・・・」
 気を呑まれた面々の中で、小豆が困ったように目をさ迷わせた。
 「そのまえに、ほかにもさらわれたかたながいないか、たしかめたほうがいいのじゃないか?
 大般若は・・・きっと、どこかでのんだくれている」
 「それもそうか・・・。
 じゃあ」
 「みぎゃっ!!」
 気絶した小竜を無理やり起こし、小豆へ渡す。
 「小竜ちゃんと小豆くんで、この本丸の捜索をお願いするよ。
 ほかは、急いで本丸に戻って昼餉の準備!!
 きっと今頃歌仙君が激怒して、まな板を両断しているよ・・・!」
 「目に浮かぶようだぜ」
 真っ青になって震える謙信を抱き上げた鶴丸が苦笑する。
 しかし、彼らの予想とは違い、歌仙が向かっていたのはまな板ではなかった。
 「一人一人説得するなんて、時間の無駄だよね」
 他の、被害を受けた本丸より寄せられた情報を元に、自本丸の刀がいると判明した本丸に単身乗り込んだ歌仙は、持参した主の香りに反応した刀を片っ端から打ち据え、目を回した隙に時空門へ放り込んで、後は自力で帰るに任せた。
 「これで古参組と、いずみ始め新選組の刀は完了。
 他は青江と同田貫に・・・そこの清麿と水心子」
 二振り並んで歩いていた打刀に声をかけ、足早に歩み寄って、強烈な当身を食らわせる。
 「おっと・・・。
 香りに反応するか、確かめるのを忘れてしまったな。
 まぁ、いいだろう。
 時空門に放り込んで、うちの本丸に帰ってくるならうちの子だ」
 いい手だ、と思い至った歌仙は、以降、ほとんど選びもせずに打ち据え、時空門へ放り込むという、侵略行為を繰り返した。


 「・・・うちの子が戻って来たのはいいのだけれど、そちらの歌仙に殴られたと言っている。
 苦情申し上げる、って・・・。
 お前、もっと穏やかなやり方・・・いや、いい」
 他本丸の審神者から苦情メールを受け取った主が、氷嚢を額に当てて呻いた。
 「あと、戻っていないのは何振りだ?」
 「小狐丸とお小夜が引き取りに行った今剣のほか、何振りかがその本丸にいるようだね。
 彼のことだ、のんびり説得して回っているんだろう」
 「のんびりって、歌仙さぁ!!」
 「もっと、穏やかな連れ戻し方ってあったよね?!
 なんで、問答無用でぶん殴って放り捨てるの?!」
 詰め寄る清光と安定に、歌仙は肩をすくめる。
 「僕は、単身で乗り込んだんだよ?
 騒ぎにしないためにも、一撃必殺、問答無用で時空門に放り込んだ方が、手間が省けるじゃないか。
 何しろ、僕の腕は二本しかないのだからね」
 二振り抱えるのが精いっぱいだと、平然と言う彼にはもう、言うべき言葉すら見つからない。
 「面倒でも、説得して回れば、ご自身の足で帰ってくださるのですが・・・」
 「おや、お帰り、小狐丸」
 「あるじさまー!!!!」
 小狐丸の足元をすり抜けて駆け寄った今剣が、主へと抱き着く。
 「かえってこられないかとおもいました!
 ぎゅってしてください!!」
 と、泣きわめく今剣は、なぜか小狐丸によって、丁重に引きはがされた。
 「私の報告が終わってからになさいませ。
 ぬしさま、私が連れ帰りましたのは、石切丸殿と今剣殿のほか、山伏殿、獅子王殿、ソハヤ殿に一文字のお二方にござりまする。
 これでお揃いですか?」
 歌仙を見やると、帳面に印をつけていた彼は、満足げに頷いた。
 「打刀はほぼ全員、僕が仕留めたからね。
 父上殿も、ご自身で帰ってこられたし、浦島は、仕留められた兄達に泣きながらついて来たから、大丈夫だよ。
 粟田口、長船、伊達組、黒田組に江は自力で帰って来たし、太郎と祢々切丸、不動に琉球の二人と日向は敵本丸から遠征に出されたあと、こちらに戻って来たしね。
 相手の無知がこちらの有利になったな」
 「そりゃ自力では戻れなかったかもだけどね?!」
 「まずは話し合いを試みたらどうなんだよ!!」
 またぎゃあぎゃあと喚きたてる安定と清光には、手を払ってそれ以上の話をするつもりがないと示し、微笑んだ。
 「遠征組が帰る前に、解決できてよかった。
 あとは主・・・思い知らせてやる時だよ」
 「もちろんだ」
 頭から氷嚢を下ろした主は、不正を行った審神者達を弾劾すべく、該当本丸の罪状を記した文書を各証拠と共にアップロードする。
 と、その文書には次々に、被害を受けた本丸の審神者達が署名・捺印し、表紙が赤く染まって行く。
 最後にはこの国の最高位とも言うべき、二人の審神者が代表者として署名した。
 「これが電子文書というものかい。
 目の前で署名・捺印が増えて行く様は、中々の迫力だね」
 「本来は、もっと時間がかかるんだ。
 皆が書類に目を通す時間があるからな。
 だが、今回は審神者のSNSで情報共有し、この書類に添付した証拠も、既にここで上がっていた物の複写だ。
 だから、主たちは目を通すまでもなく、署名捺印してくれたというわけだ」
 やれやれと、パソコンを閉じた主は、それを脇に押しやって、布団にもぐった。
 「あとは最高位のお二人がやってくださる。
 私は起きてから、不埒者達が恐ろしい目に遭った記録を、ゆっくり楽しむことにするよ」
 放置した氷嚢をまた額に乗せて、ため息をついた主に、心得た刀達はそっと寝所を出ていく。
 が、
 「大将。
 寝る前に薬湯飲んどけ」
 パァン!と、足で襖を蹴り開けた薬研が持って来た薬湯の臭いに、眠りを妨げられた。
 「・・・なんで戻って来るんだ」
 「そりゃあ、俺の役目だからさ」
 意地悪く笑い、湯飲みになみなみと薬湯を注いだ薬研は、ぐいぐいと頬に押し付けてくる。
 「受け取れ、俺の優しさ」
 いつもよりほんの少しだけ、飲みやすい薬湯を渋々飲み干した主は、部屋の向こうから聞こえるいつものざわめきに、ほっと吐息を漏らした。




 了




 










―――― っていう、夢を見たんですよ。
所々付け加えてはいますけど、大筋はこんな夢だったんです(笑)
今回の敵は、外ではなく内側にいたというお話。
アカウント乗っ取りとか、ない話でもないんでこういうこともあるかもよ、ってことなんですが。
去年ですが実際、本丸消えたって事件があったんで、それが気にかかっていたのかもしれません。
あの件、結局解決したのかな・・・。
今回、今までになく主が出てきますが、そんな夢だったのよ、ってことで一つ、ご容赦ください。













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