〜 いや重け吉事 〜







 まだ夜も明け切らぬ時刻。
 早々に寝床を払った彼は念入りに身支度を整え、雪見障子を開け放って庭へ降りた。
 白く綿を被った地の空気は冴え渡り、胸の奥まで冷たく染み渡る。
 凍てつく吐息を纏いつつ彼は、朝ぼらけの空と同じ色の瞳を天地四方へ向け、それぞれに拝礼した。
 今代では帝しか行わぬという四方拝だが、彼が生まれた頃には邪気を払い、一年の安泰を祈るために広く庶民までもが行っていたことだ。
 深々と伏した顔をあげると、夜闇の中に山の稜線が白く浮かびつつある。
 「春はあけぼの・・・ようよう白くなりゆく山際、少し明かりて、紫だちたる雲の細くたなびきたる・・・か。
 まさにな」
 そっと囁きながら、日が昇りゆくさまを見つめた。
 時折、降りしきる雪に遮られつつも、初光は雲を切り裂き、山の上にその姿を現す。
 朝日を受けて、夜の名残のような濃紺の束帯が、紗綾の織りを浮かび上がらせた。
 「新しき 年の初めの初春の 今日降る雪の いやしけ吉事(よごと) 」
 初日に向かいかしわでを打つ彼の、凛とした声が雪に覆われた本丸に響き渡る。
 最後に深々と一礼し、にこりと笑った。
 「こんな時刻に起きているのは俺一人だと思っていたが・・・そうだな、ジジィは俺一人ではないか」
 部屋へ戻る彼とは逆に、薬房から出て来た薬研が、屠蘇散らしき薬草の袋を高杯にいくつも載せて、厨房へ走って行く。
 彼が向かう先からは既に、出汁の香りが漂っていた。
 その様に機嫌よく微笑んでいた眉根が不意に、きゅっと寄る。
 「・・・白味噌の匂いがしない。
 光忠め、昨日あれほど、雑煮は京風でと念を押したというのに!」
 袍の裾を翻して部屋を出た彼は、厨房へ踏み込んだ。
 「光忠!」
 暖簾を跳ね退けて声をかけると、礼服の上に割烹着を着けた光忠が振り返る。
 「これはこれは三日月殿、新年のお慶びを申し上げる。
 本年もあいかわりませず、ご厚誼を賜りますよう、お願い申し上げる」
 素早く割烹着を脱ぎ、礼装の直垂姿で深々と一礼した光忠に機先を制されてしまい、三日月も居住まいを正した。
 「新年の挨拶を申す。
 こちらこそ、旧年中は世話になった。本年もよろしくお頼み申す」
 互いに深く一礼して顔を上げると、にこにこと笑う光忠と目があって、三日月は苦笑する。
 「機先を制するにも伊達を忘れぬか・・・直垂姿で厨房に入るとは、さすが従四位だけのことはあるが!」
 ごまかされはしないと、三日月は目を吊り上げた。
 「この件だけは譲れんぞ!
 昨日、くれぐれも雑煮は京風でと言ったではないか!三条全員で!!
 なのになぜ澄まし汁か!」
 びしぃ!と、三日月が指す大鍋を振り返った光忠がくすくすと笑う。
 「その件だけど、あの後ね・・・」
 と、笑みを深くした。
 「まずは小狐丸くんが、『ぬしさまが澄まし汁派ならば私も従いましょう』って説得されちゃって、岩融くんと今剣くんも、くるみダレをつけてくれるならむしろ奥州風がいいって言ってくれたよ?」
 「・・・旧年のうちに裏切られていたとは!」
 酷い話だとむくれた三日月はしかし、最大の味方の名を出す。
 「だが石切丸は許すまいぞ!
 あれは普段おっとりしているが、存外気が短い。
 元旦早々、本丸が大変な事に・・・」
 「ご神体の彼が、年末年始にここにいるわけないじゃない。
 戻るのを嫌がった小狐丸くんの代わりに青江くんを連れて、昨夜から神社に詰めてるよ。
 後で主くんに挨拶にだけは来るってさ」
 おかげでにっかり青江による、雑煮餅のすり替え計画も阻止できたと、光忠は高笑いした。
 「なんだその、すり替えとは?」
 餅に違いがあるのかと、小首を傾げる三日月に光忠は肩をすくめる。
 「彼のいた場所では、お雑煮にあんこ餅を入れるらしいよ。
 昨日、こっそりすり替えようとしていたのを見つけて、全力で阻止したんだ」
 その話を聞いた途端、三日月の頭の中で事件と人間関係とが、寄木細工のように組み立てられた。
 「・・・わかったぞ。
 そこでお前と小狐丸と青江と石切丸の利害が一致したのだな?
 今後、何を仕掛けるかわからない青江を排除したいお前が小狐丸に相談して、本丸に残りたい小狐丸が、神剣を目指す青江に石切丸と同行するように仕向けたのだろう?
 この時期の石切丸は忙しいからな、手伝いは大歓迎だったろう。
 ・・・一見な」
 三日月が付け加えた一言に光忠が苦笑する。
 「さすが、付き合いが長いだけの事はあるね。
 ・・・そもそものきっかけから、どうにも狐につままれた気分でね」
 眉根を寄せてしまった光忠に三日月はため息をついた。
 「みな、古狐の手の上で躍らされおって・・・」
 「でも、正面切って対立したら、きっと酷い目に遭うと思うんだよねぇ・・・。
 この国で稲荷に逆らえる者がいたら、逆にびっくりだよ」
 狐は崇めれば豊饒を恵むが、粗末にすれば凄まじい祟りをもたらす。
 そんな事は、ここに集う付喪神程の歳であれば常識として知っているし、だからこそみな、小狐丸には一目置くのだ。
 「ここの主くんは上手いことに、小狐丸くんを一番可愛がっているからまぁ、平穏だよ。
 うっかり三日月くんなんかを愛刀にしたら、嫉妬に狂ったお狐様が天下の名刀ごと溶かしかねないもんねぇ!」
 「・・・元旦早々縁起でもない!」
 耳を塞いでそっぽを向いた三日月の背を、光忠は笑ってはたく。
 「元旦早々意地悪してごめんよ。
 心配しなくったって、三日月くんのお雑煮は白味噌仕立てにしますって」
 くすくすと笑いながら、光忠は炉に並べて置かれた鍋を指した。
 「ここの子達、ホントにわがままさんばっかりだから大変だよ。
 出汁も、昆布じゃないと無理とか、鰹以外は却下とか・・・主くんなんて、博多くんや日本号くんと一緒になって、アゴ出汁以外は認めないって頑固だし。
 アゴってなんだよ、トビウオの干物なんて初めて聞いたよ!」
 ぶつぶつとぼやきながら再び割烹着を着込んだ光忠が、炉の上に並んだ鍋の蓋を次々と開ける。
 「文句を言うなら自分で作ればいいんだよ!って迫ったらようやく妥協してくれて、出汁を五種類にまで絞ったんだ。
 三日月くん、どの出汁を白味噌仕立てにする?」
 「うむ・・・なんだその・・・すまなかった」
 ぺこりと頭を下げると、光忠の気配が和らいだ。
 「いいよ。
 新撰組の子達も実は、京風が好みでね。
 元の主は東国出身でも、彼ら自身は京生まれだし、京風はかなり需要があったんだ。
 一期くん達粟田口の子らなんて、関西から出たことがない子だっているし、三条が頼むまでもなく、粟田口の需要に押されて一派を形成していたよ」
 「あ・・・!」
 それもそうかと、今更気づく。
 「い・・・忙しいのに、騒いで悪かった」
 「大丈夫。
 お節はもう作ってあるから、お雑煮を仕上げるだけだし。
 ただ、ホントに種類がね・・・!
 九州勢は全員アゴ出汁でいいんだっけ?
 いや、歌仙くんは京風がいいって言ってたよね。蛍丸くんは神社に戻るのかな?
 あの子も好き嫌い多いから、気を遣うんだよねぇ・・・!」
 長い巻紙を繰って、各人の希望を確認する光忠の背にもう一度謝って、三日月は厨房を出た。


 「元日というのは大変なものだな」
 白い息を吐きながら回廊を渡っていると、男ばかりのはずの本丸で、妙に華やかな嬌声が沸いていた。
 「あれの友人でも来ているのか?」
 年始回りには早過ぎるが、最年長としては一応挨拶をせねばと、いぶかしみながら声をかければ中から障子が開く。
 「ヤッホーv みぃかづきぃー!飲んでるぅー?」
 酒で顔を朱くした次郎太刀にいきなり抱きつかれ、三日月はたたらを踏んだ。
 「もう出来上がっているのか」
 「昨日から飲んでたからねーぇ!
 みかづきもぉーv 一緒に飲もぉーvv
 酒臭い息を吐きかけられ、迷惑そうに顔を逸らした三日月の視線の先に、髪を日本髪に結った乱が飛び込んで来る。
 「三日月さん、見て見て!
 次郎姉さんに着せてもらったのv 可愛い?」
 「おぉ、辻が花か」
 次郎を引きはがした三日月は、ひらひらと長い袖を振る乱の上に屈み込んだ。
 「どれ、見せるがいい」
 「うんっ!」
 嬉しそうに笑って、乱はくるりと回る。
 裾は明るい紫、上に行くほど薄紅に滲む絞り染めの見事さに、三日月は感心した。
 「俺が足利の宝重であった頃、姫達が着ていた物より更に質が上がったな。
 さては染料の違いか」
 「へーぇ!オシャレには興味ないって言ってたくせに、詳しいじゃなーい」
 背にしがみついてきた次郎の、からかい口調に三日月は頷く。
 「俺は毎日のように貴人に愛でられ、美しさを誉めそやされていたのだ。
 嫌でも目が肥えると言うものだろう?」
 次郎へにこりと笑って、三日月は乱に目を戻した。
 小柄な身体で自分や、更に大きな次郎を見あげているせいかと思ったが、それだけでなく乱の身体が仰け反っているのに気づいて目を細める。
 「丸帯は豪華でよいが、乱には重いのではないか?」
 「そうなんだけど・・・」
 背中で揺れる襞の感触に乱は、嬉しげに頬を染めた。
 「いちごお兄ちゃんに褒められるかな、ってv
 「そうか。
 しかし、あれも中々物持ちだな。
 以前、鶴丸が拝借したのは友禅であったし、その上辻が花や丸帯まで持っているとは」
 感心しつつ言えば、乱はいたずらっぽく笑う。
 「ボク、お稲荷さんを怒らせるようなヘマはしないよ?
 あるじさんに着物貸してもらったら・・・ううん、見立ててもらうだけでも、絶対嫉妬されるもん。
 これは次郎姉さんのv
 「・・・お前の・・・だと・・・?」
 意外そうに振り返った三日月に、次郎は大きな笑みを浮かべた。
 「そうv あったしのー!」
 得意げに自身を指す次郎に、三日月は呆れる。
 「辻が花はいい年をした男が着る物ではないぞ。
 これは女子供、せいぜい若衆の・・・」
 「若衆じゃーんv
 堂々と言い放った彼に、三日月は吹き出した。
 「さばを読むなさばを」
 「いいじゃないのよー!
 三日月だって美人なんだし、きっと似合うってぇv
 束帯なんてやめて振袖に着替えなよ!ね?!」
 「は・・・?」
 いきなり石帯に手をかけられ、丸くなった三日月の目の前を、次郎が笑顔のままずり落ちていく。
 「・・・何をやっているのですか、みっともない!」
 三日月の視界を塞いでいた大きな身体が倒れると、太郎太刀の鬼の形相が現れた。
 「夜が明ける前に神社へ戻るよう言っておいたものを、いつまでも来ぬ故来てみれば・・・!」
 「あ・・・兄貴・・・!殺す気かい・・・?!」
 大太刀の鞘で思い切り殴られたらしい次郎が、呻きながら身を起こす。
 「うわっ!たんこぶでかっ!!
 兄貴ー!たんこぶできたから、酒飲んで消毒するまで待ってぇ!」
 頭をさすって甘え声をあげるが、鬼と化した兄には通じなかった。
 「役立たずは溶かしましょうか?」
 冗談ではない口調に次郎が震え上がる。
 「酔っ払いがお騒がせして申し訳ありません、三日月殿。
 このような状況で恐縮ですが、新年の言祝ぎを申し上げる」
 「あ・・・あぁ。本年もよろしく・・・」
 向き直った太郎に深々と一礼された三日月は、そういえば彼らも奉納されていたのだと、今更思い出した。
 「では。
 次郎!早く来なさい!」
 頭を上げた太郎が次郎の襟首を乱暴に掴んで引きずるが、次郎はじたじたと暴れて抵抗する。
 「いーやーだあああああああ!!
 神社じゃ、お供えのお神酒が目の前に並んでても呑めないじゃないかっ!!
 ここでみんなとわいわい飲んでた方がいいもんー!!」
 駄々っ子のように全力で抵抗する弟に、太郎のこめかみが引き攣った。
 「次郎・・・・・・!」
 低い声に怯えた乱が三日月の背に隠れる。
 「え?!マジで?!ちょっと待って兄貴!!」
 すらりと大太刀を抜いた兄から、次郎はほうほうのていで逃げ出した。
 が、
 「無双の暴風、その身に受けよ!!!!」
 「ぎゃんっ!!!!!!」
 巨大な大太刀でなぎ払われては逃げる場もなく、兄の攻撃をまともに受けた次郎は目を回す。
 「失礼します」
 「あ・・・あぁ・・・」
 震えて声も出ない乱を背にかばったまま、三日月は次郎を小脇に抱えて出ていく太郎を見送った。
 彼自身も、太郎の攻撃を完全には防ぎ切れず、せっかくの晴れ着が着崩れている。
 「乱、怪我はないか?」
 振り返ると、がくがくと頷いた乱が泣きついて来た。
 「そんなに泣くものではないぞ。おのこであろう?
 あぁ、せっかくきれいに結っていた髪が乱れてしまったな・・・」
 撫で付けてやろうと上げた手の甲に、冷たい刃が触れる。
 「・・・弟に何をしておいでですか、三日月殿?」
 「一期一振・・・なぜ俺に刃を向けるのだ?」
 目を丸くして、三日月は自身を睨む冷たい目を見返した。
 「乱の悲鳴が聞こえたので来てみれば・・・我が弟に無体を強いる者は、三日月殿でも許しませんぞ!
 乱!こっちにおいで!!」
 三日月を睨んだまま、一期一振は左手を伸ばして乱を引き寄せる。
 「いちごお兄ちゃあああああああん!!!!!!」
 「よしよし・・・怖かったね、乱。
 幼い子供を襲うとは・・・見損ないましたぞ、三日月殿!!」
 「・・・何か誤解してないか?」
 ようやく一期一振の言わんとするところに気付いた三日月が、ため息をついた。
 が、一期一振はいつも穏やかな目を吊り上げて彼を睨む。
 「ほほぅ・・・!
 さように服を乱されて、今更言い訳なさいますか!」
 「下らん疑いを持つな!
 これは、次郎に怒った太郎の大太刀から乱を庇ったせいだぞ!」
 次郎に石帯を解かれたせいで袍は無残に解け、太郎の暴風を受けて下襲まではだけてしまった。
 平緒は切り裂かれこそしなかったものの、部屋の隅にまで飛ばされている。
 「あぁ・・・元旦早々酷い成りになってしまった。
 乱!お前もおのこなら、いつまでも泣いていないで自身で言わんか!」
 「おにいちゃん・・・三日月さんは、ボクを庇ってくれたの・・・!
 太郎さんの真剣、怖かったよおおおおおおおおお!!!!」
 「え・・・?!」
 乱に泣きつかれながら、一期一振は顔色を蒼くした。
 「も・・・申し訳ありません、三日月殿!!」
 悲鳴じみた声で詫びる一期一振に、三日月は大きなため息をつく。
 「よりによってお前に稚児趣味を疑われるとは、心外だ。
 お前の前の主は稚児や若衆趣味には否定的であったろうに・・・それでも太閤の太刀か」
 太閤が衆道に理解がなかったのは有名な話で、てっきり一期一振もその気質を受け継いでいると思っていた。
 よりによってそんな彼にあらぬ疑いを持たれては、愚痴も長くなる。
 「今のとてそうだ。
 理解はするし、止めはせんが、自分の見えない所でやれと、常々言っているではないか。
 俺にそのような趣味があると知れば、あれは他ならぬお前を振るって俺を折るだろうよ」
 「まこと・・・おっしゃる通りで・・・。
 面目次第もございません・・・」
 赤面をあげられない一期一振の腕に、乱が涙目で縋った。
 「怯えちゃったボクが悪いの・・・。
 いちごお兄ちゃんのこと怒らないで、三日月さん・・・」
 しゅん、とうなだれた乱に、三日月は微笑む。
 「激怒した太郎の大太刀を向けられたのだ。
 小さなお前が怯えるのも無理はない」
 だが、と、三日月は頬を膨らませた。
 「あらぬ疑いをかけられたのだ、許して欲しくば俺の服を整える手伝いをせい。
 ・・・まったく、いつもの狩衣と違って、束帯は一人で着るのが大変なのだぞ。
 太郎も今日は束帯を着ていたのだからわかるだろうに、我を忘れおって・・・」
 ぶつぶつとぼやきながら三日月が腕を広げると、頷いた一期一振が乱の頭を撫でる。
 「では、乱の髪を整えてやってから・・・」
 「俺の服を先に整えんか!」
 全く反省していないだろうと指摘してようやく、一期一振は部屋の隅にまで飛ばされた平緒を拾い上げ、三日月に歩み寄った。
 「・・・それにしても、さすがは天下五剣の一振であられますな。
 束帯も格式高く、平緒や石帯の細工もお見事です」
 世辞ではない賛辞に、三日月は嬉しげに頷く。
 「今日の衣装の見立ては石切丸だ。
 束帯に襲はないが、色合いとして濃紺と紫の『秘色』を選んでくれた。
 石切丸は萌黄の袍に白の下襲で『松の雪』、小狐丸はこれまた派手な、白の袍と山吹の下襲で『菊』であるとな。
 岩融や今剣も今日は、正装でいるはずだぞ」
 「なるほど・・・。
 さすがは三条のお方々、華やかであられますな」
 にこりと笑った一期一振も、今日は武士の正装たる紫紺の直垂姿だった。
 徳川の時代になれば、紫は将軍のみの禁色になるはずだが、柔らかな物腰でありながら遠慮なくその色を纏う彼に豊臣の気概を見て微笑ましく思う。
 「元旦早々、物吉と揉めるなよ」
 くすくすと笑う三日月に、一期一振も穏やかに笑った。
 「このような日に、豊臣も徳川もありますまい。
 さぁ、どうぞ」
 三日月の衣装を整え終えた一期一振が、深く一礼する。
 「うむ、ご苦労であった」
 悠然と微笑む三日月の傍で、じっと二人を見つめていた乱が小首を傾げた。
 「三日月さん、こんな大変な服を一人で着たの?誰かに手伝ってもらわなかったの?」
 自分でおしゃれできないのに、と、不思議そうな乱に三日月は苦笑する。
 「確かに俺は、おしゃれは苦手だが・・・不器用だとは一言も言ってないぞ?
 衣装さえ用意してもらえれば、服くらい一人で着られる。
 ただ・・・随分と時がかかるだけだ」
 おかげで随分と早起きをしたと、軽くあくびをした。
 「そっか・・・!
 ねぇねぇ!今度、ボクにもお見立てさせてよ!
 三日月さんみたいな美人のお見立てが出来るなら、ボク、はりきっちゃうよ!!」
 「それはいいが・・・」
 わくわくと目を輝かせる乱に縋られて、三日月は困り顔になる。
 「お前や次郎のような装束は・・・・・・」
 「えー!!絶対似あうってぇ!!!!」
 やろうよ!!と、迫る乱の肩を、一期一振が笑って叩いた。
 「ほら、困らせてはいけないよ、乱。
 解けてしまった髪を結い直してあげるから、こっちにおいで」
 「はぁい・・・・・・」
 頬を膨らませて、乱はようやく三日月から離れる。
 「いちごお兄ちゃん、この振袖、どう?可愛い?」
 「うん、可愛いよ、乱v よく似合っている」
 「そぉ?ありがとv
 きゃっきゃとはしゃぎ声をあげる乱が、再び迫ってくる前に三日月は、そっと部屋を出て行った。


 「・・・元旦早々大変だったな。
 今年は大丈夫なのか、まったく・・・・・・」
 つるかめつるかめと魔除けの言葉を呟きつつ回廊を行けば、揃いの童水干を着た短刀達がはしゃぎ声をあげて、雪の上に小さな足跡をつけて回っていた。
 「おや、元気だな。転ぶでないぞ」
 声をかけると、わらわらと寄って来る。
 「三日月さん、あけましておめでとーございますっ!」
 「今年もよろしくな!」
 「お年玉ばくれんね!!」
 最後に放たれた博多の言葉に、三日月は笑顔のまま首を傾げた。
 ややして、
 「・・・あ!忘れていたぞ!!」
 と、手を打つ。
 昨夜、小狐丸から『お年玉を一々渡すのも面倒なので、三条は取りまとめて渡しましょう』と言われていたことをすっかり忘れていた。
 「すまんすまん、三条の分は取りまとめて、俺が渡す役目だった。
 お前達、他の短刀や、青江以外の脇差にも声をかけて、松の間に取りに来るように言ってくれ。
 他の太刀らもそこで配るらしいぞ」
 「やったぁ!
 すぐに行って来ますね!!」
 いち早く駆け出した秋田とは逆に、博多は真っ直ぐに松の間へと向かって行く。
 「・・・素早いことだな。
 厚、お前はどちらへ行くのだ?」
 笑って問えば、厚は『呼びに行くけど・・・』と口を濁した。
 「三日月さん、用意は短刀と脇差の分だけか?
 蛍丸や獅子王も、もらう気でいたみたいだけど」
 遠慮がちに問う彼に、三日月も頷く。
 「あぁ、そうだな。
 心配しなくても、蛍丸にはやろうと準備を・・・獅子王?!あやつ、平安ジジィの一人であろうが!」
 「・・・だよなー!
 俺も、獅子王は違うんじゃないかと思ったんだけど、もらう気満々でいたぜ?」
 なぜか気まずげに言う厚に微笑んだ三日月は、屈みこんで彼の頭を撫でてやった。
 「厚はよく周りを見て、気を遣っているのだな。
 一期一振を助け、あれがおらぬ間は弟達の面倒をよく見て、偉いな」
 優しく微笑む三日月に誉められ、厚は耳まで紅くする。
 「いや、俺は・・・いち兄の手伝いが役目だと思ってるし・・・」
 童水干の梵天を恥ずかしげに弄りながら、厚は俯いた。
 「いや、偉いぞ。
 それにしても・・・次郎もだが、獅子王も自身の年を自覚すればよいものを。
 あぁだが、あれより年上の今剣にはやるつもりでいるからなぁ・・・まぁ、獅子王の分も用意してやるか。
 厚、悪いが獅子王も呼んで来てくれるか。
 ほかにも・・・加州や大和守にも用意があったはずだ。
 鳴狐と山姥切はどうだったか・・・まぁいい、用意しよう」
 「わかった!」
 走って行く厚に手を振った三日月が、くすくすと笑い出す。
 「全ては見た目だな。
 我らだけが用意するのもなんであろうし、あれにも獅子王に渡すよう、言っておくか」
 納得するかどうか、と笑いながら、三日月はゆったりとした足取りで松の間へと向かった。


 正月の飾り物で華やかに彩られた広間は今朝、特に賑やかだった。
 中でも意外だったのが、いつも面倒そうにしてろくに口も利かない明石が満面の笑みを浮かべ、お年玉を配っている様だ。
 しかも、渡す度に『ウチの子達と仲良くしてやってなv』と、一言添える徹底振りだった。
 「怠け者の節句働きだな!」
 遠慮のない鶴丸の一言に、集まった全員が思わず頷く。
 「ナイス鶴の一声!」
 「そうなんだ。
 いつもサボってるくせに、こんな時だけ張り切るんだよ、国行は」
 愛染と蛍丸が、鶴丸に向かって大きく頷いた。
 「どうやったらあいつ、ちゃんと働くようになんのかな。
 蛍が言ったら心を入れ替えるんじゃねぇのか?」
 愛染に言われた蛍丸は、大人びた仕草で小さな肩をすくめる。
 「もう何度も言ったよ。
 だけど無理ー。あいつ、働く気なんかないもん」
 「そうだな。
 俺もあいつが隊長の部隊に入ったことがあるが、途中で疲れたからリタイア、って言われた時は驚いた。
 まだ敵の本陣にも着いてなかったんだが」
 「・・・ごめんなさい」
 愛染と蛍丸の二人から頭を下げられ、鶴丸が吹き出した。
 「子供に詫びさせるとは、保護者が聞いて呆れるな!
 どちらが保護者やら」
 愉快げに笑って、鶴丸は二人の前にくじを差し出す。
 「ほれ、お年玉くじだ。引けよ」
 「お年玉くじ?」
 「普通のお年玉じゃないの?」
 不思議そうな顔をして箱の中に手を差し入れた二人が、小さな巻紙を取り出した。
 「んーっと、俺は中吉。
 蛍は?」
 「俺、大吉v
 やったー!と、諸手を挙げて喜ぶ蛍丸の頭を撫でて、鶴丸は表に大吉と大書した袋を差し出す。
 「ほい、大吉のお年玉。
 愛染は中吉のな。
 金子のほかに、いいものが入っているぞ」
 「ホントに?!鶴丸、カッケー!!」
 見事に子供心を掴んだ鶴丸の元へ、他の短刀達も寄って来た。
 「なになに?面白そう!」
 「俺はおまけよりも、金子2倍の方がうれしかけどねー!」
 辻が花の振袖を翻して寄って来た乱に目を細めながら、鶴丸は生意気な博多の頭をぐりぐりとかき回す。
 「くじを引かなくても、お乱にはかんざしをやろう。
 今の結い髪に似合うと思うぞ?」
 「ホントに?!
 鶴丸さん、かっこいーvvv
 大喜びされて嬉しげな鶴丸の腕を、蛍丸がつついた。
 「ねぇねぇ、鶴丸?
 大吉のおまけで、なんでお守りが二つ?」
 嬉しいけど、と、不思議そうな蛍丸に、鶴丸がにんまりと笑う。
 「ひとつはお前が、もうひとつは本気にならない誰かさんに持たせるんだよ。
 そうすれば、少なくとも1回は本気の勝負が出来るんじゃないか?」
 いたずらっぽく言って、片目をつぶった鶴丸に蛍丸は目を輝かせた。
 「ありがと!
 鶴丸、大好き!!」
 「おう♪」
 蛍丸の大声を聞いた明石の、愕然とした顔を見遣って、鶴丸は更に機嫌よく笑う。
 そして、ようやくやって来た三日月の姿を見るや、楽しそうに笑い出した。
 彼の見つめる先では案の定、蛍丸が三日月へと駆け寄っていく。
 「おぉ、蛍丸か。
 お年玉だろう?ちょっと待っていろ」
 三条の取りまとめた分はどこに置いてあるのかと、視線を巡らせる三日月の袖を、蛍丸が引いた。
 「あのね、それは後でいいんだ!」
 蛍色の瞳をきらきらと輝かせて、彼はご馳走を前にした猫のように目を細める。
 「三日月・・・殺ろ?」
 「は?」
 守り袋を差し出された三日月が、笑顔のまま固まった。
 「あのね、これ、鶴丸がお年玉でくれたんだ。
 俺もお守りを持つから、これで思いっきり殺りあえるよ?ね?」
 邪悪に笑う蛍丸に事情を察して、三日月は鶴丸の姿を探す。
 「鶴丸!
 また余計なことをしおって!!」
 見遣った先では、鶴丸が三日月を指して笑っていた。
 「あやつ・・・!」
 「ねぇ、三日月ってば!」
 鶴丸へ詰め寄ろうとする三日月の前に、蛍丸が立ち塞がる。
 「今から殺ろう!
 蛍の舞う季節じゃなくても、お守りがあれば同じでしょ?」
 さぁ、と腕を引かれた三日月は、困り顔で明石を呼んだ。
 「これをどうにかしてくれ。
 まだ元旦のうちから縁起でもない。
 松の内は静かに過ごすものだと、教育しておけ」
 「せ・・・せやな!
 ほら、蛍丸!こっち来ぃ!
 三日月はん叩きのめすんは、松が開けてからや」
 「えええええええええええええええええ!!!!」
 不満の絶叫に、皆が耳を塞ぐ。
 「嫌だ!今から殺る!!」
 「そんなコト言ってもなぁ・・・」
 苦笑して、明石は童水干の胸に着いた梵天をつついた。
 「こんな格好で決闘もあらしまへんやろ。
 万全の態勢で挑まんと、おもろないやろが」
 それもそうかと、蛍丸が頷く。
 「逃げるなよ!」
 「・・・面倒だな、まったく」
 蛍丸に指差され、ため息をついた三日月は鶴丸に歩み寄った。
 「後で、光忠に叱ってもらうからな!」
 「う・・・!」
 さすがにそれは困るのか、鶴丸が挙動不審に視線を揺らす。
 ほんの少し意趣返しをして、鼻を鳴らした三日月は、『三条』と熨斗の置かれた文箱をようやく見つけて歩み寄った。
 「それ、おいで童ども」
 声をかけると、歓声をあげて短刀達が寄って来る。
 それぞれの銘で揃いの正装をした姿は愛らしく、また、感心した。
 「さすがは名だたる名刀揃いだな。
 四位以上の正装をした者ばかり・・・いや、すまん」
 「いえ、その・・・・・・」
 「謝られると、かえって気まずいっていうか・・・・・・?」
 三日月の目に触れた堀川国広と加州清光が、揃って目を逸らす。
 「えーっと・・・なんだかすみません。僕らまでいただいちゃって」
 ぺこりと頭を下げた堀川に、三日月は首を振った。
 「めでたい日に遠慮などするものではない。
 それ、加州も」
 「うん、ありがと」
 にこりと笑って受け取った途端、隣室から響いてきた大笑にぎくりとする。
 「今の声は和泉守か?
 もう出来上がっているようだな」
 三日月も驚いた様子で呟くと、堀川がくるりと踵を返した。
 「叱ってきます・・・」
 「待て!待って、堀国!!
 こんな所でキレるのやめて!!」
 慌てた加州に腕を取られた堀川が、きゅっと眉根を寄せる。
 「こんな朝早くから出来上がるなんて恥ずかしい。
 皆さんにご迷惑をおかけする前に僕が・・・!」
 「まぁ待て、堀川」
 加州の手を振り解こうとする堀川へ、三日月が穏やかな声をかけた。
 「旧年中は和泉守も大変だったではないか・・・。
 太刀から打刀へ磨りあげられるなど、気の毒なことだった。
 こんな日くらい、思う存分楽しませてやるといい」
 「う・・・それは・・・・・・」
 視線を揺らす堀川の肩を、加州が軽く叩く。
 「そうだよ、飲ませてやんなよ・・・。
 兼さん、あの時めっちゃへこんでたじゃん。
 かっこよくて強い!って、ドヤ顔だったのにあっさり磨りあげられて、めっちゃ可哀想だったじゃん。
 お前も助手なら、ちょっと優しくしてやんなよ」
 「うん・・・」
 畳み掛けられて、堀川はうな垂れるように頷いた。
 「そら、辛気臭い顔はやめんか。
 今日は石切丸とて機嫌よく振舞っているはずだぞ」
 「あぁ・・・あの人、なんだかんだで気が短いですよね」
 頷いた堀川に、加州が目をむく。
 「それ、お前が言う?!
 お前こそ、兼さんより短気だよ!」
 加州に迫られた堀川が、眉根を寄せたまま首を振った。
 「そんなことないよ。
 僕は、短気で気の荒い兼さんをサポートして、皆さんと円滑な関係を築こうと・・・」
 「やめたげて!
 これ以上兼さんのイメージマイナス方面に持ってって、精神的ダメージ喰らわせるのやめたげて!!」
 「あぁ、まぁ・・・和泉守は思ったより短気ではないな」
 加州に声を抑えるよう、身振りで示しながら三日月も頷く。
 和泉守については参陣した当初から、散々短気だ気性が荒いだと聞かされていたが、同じ部隊に配属された時はむしろ、堀川の方が短気で気性荒く見えた。
 だが今、それを言えば騒ぎが大きくなりかねない。
 「今日は・・・いや、松の内は少々はめを外したところでよいだろう?
 あまり窮屈だとこの本丸に嫌気がさすやも知れんぞ」
 「そうだよ!
 ちょっとは優しくしてやんなきゃ!!」
 ナイスフォロー!と、親指を立てる加州の仕草の意味がわからず、三日月は首を傾げた。
 「まぁ、いいか。
 ・・・まだ受け取っておらんのは誰だったか」
 文箱の中に一つだけ残された袋を見下ろす三日月に、もらったお年玉の額を数えていた博多が振り向く。
 「薬研兄ちゃんたい。
 オリジナル屠蘇散の配合を試したかって、朝はよーからだいどこいっとーけんね。
 まだ出て来んっちゃが」
 「・・・おりじなる。
 よもや、怪しい配合を・・・!」
 疑わしげに呟く三日月に、博多は首を振った。
 「さすがにそれはなかろーばい。
 だいどこにはオカンもおるし、やばかことしたらおいださるーけん」
 それよりも、と、博多は鶴丸にもらったお年玉をしげしげと見つめる。
 「大吉やったけど、俺はお守りとかいらんっちゃんねー」
 戦よりも金儲け、と、今年も彼の主義は変わらないようだ。
 「蛍丸にでも売りつけちゃろうか」
 「そんなこと言わずに使いなよv
 僕がお相手するよ?」
 音もなく忍び寄っていた光忠に背後から頭を掴まれ、博多は飛び上がった。
 「短刀(子供)を本気で折りたいって思ったのは、君が初めてさv
 楽しい手合わせになりそうだねv
 アゴ出汁を知らなかった事で馬鹿にされたのを根に持っているのか、光忠の声音は本気だった。
 「まぁまぁ、光忠。
 童っぱ相手に大人げないぞ」
 三日月が仲裁に入ると、光忠はあっさりと手を放す。
 「了解。
 今日は三日月殿の顔を立てましょう。
 ―――― さぁ、短刀くん達!
 配膳手伝っておくれ!
 別室で勝手に出来上がってるおじさん達の分は運ばなくていいからねー!」
 「・・・やっぱり僕、兼さんを・・・!」
 「やーめーたーげーてー!」
 柄に手をかけて乗り込もうとする堀川を羽交い締めにする加州に、三日月が笑い出した。
 「まったく、今年もあいかわりませず、だな」
 「なあに、退屈よりはよっぽどいい!」
 嬉しげに笑う鶴丸の頭を、光忠も笑って撫でる。
 「さ、主くんにご挨拶しようか!
 ・・・この期に及んで僕のお雑煮に文句を言ったら斬るかも知れないから、君達ちゃんと止めてね?」
 笑顔でありながら、冗談ではない口調で言われ、三日月と鶴丸は無言で頷いた。


 「・・・今代の正月とは、あっさりしたものだな」
 もっと儀式が詰まっていると思っていただけに、元旦の内に全てが済んでしまったことには拍子抜けしてしまった。
 騒ぎたい連中は未だ酒を酌み交わし、遊びたい子供達は雪をものともせず庭を駆け回っている。
 「まぁ、堅苦しい礼服で数日を過ごさずとも良いのはありがたい」
 早速平服に着替えた三日月の背に、ため息がかかった。
 「だからとて、ここまで脱ぎ散らかさずとも・・・」
 呆れ声に振り向けば、未だ華やかな礼服姿の小狐丸が、茶を載せた盆を差し出してくれる。
 「茶を置く場所もありませぬな」
 「片付けは苦手でな。
 一人で着るのが精一杯だ」
 悪びれず笑う三日月に、小狐丸が苦笑した。
 「早朝の御役目、ご苦労様でした」
 軽く一礼すると、三日月は機嫌よく頷く。
 「聞こえていたかな?」
 「はい。
 この本丸に吉事を願う、よい歌でございました」
 それによい声だったと、しみじみと呟く小狐丸に、三日月は嬉しげに笑った。
 「まぁ、最年長の役目だな」
 あぐらをかいた膝の上に盆を載せて茶をすすった三日月は、庭から響いて来た蛍丸の笑声にびくりと振り返る。
 「蛍丸殿がどうかされましたか?」
 脱ぎ散らかされた衣装を拾い集める小狐丸に、三日月はため息をついた。
 「かねてより、本気で手合わせしろとしつこくてな。
 今日は鶴丸が余計な事をしおって、いよいよ逃げ場がなくなった。
 せめて松の内は静かにするように言ったのだが、こんなにもあっさり終わるとは思わず・・・あやつが俺を探しているのではないかと、気が気ではない」
 正月に面倒は嫌だとぼやく彼に、小狐丸が頷く。
 「では、蛍丸殿には、松の内の間だけでも神社へお帰り願ってはいかがですか?
 ただいま家出中だそうで、阿蘇神社の神職に居場所を知らせれば、すぐにでも迎えが来るだろうとぬしさまがおっしゃってましたよ」
 「そうなのか?!
 なんであれが、そんなことを知っているのだ?」
 身を乗り出した三日月を、小狐丸が呆れ顔で見返した。
 「お忘れやも知れませんが、ぬしさまは審神者・・・神職の一人であられますよ。
 蛍丸殿の由来も当然ご存知で、昭和の大戦の折、戦の気に釣られて神社を出てしまった蛍丸殿が迷子になっておられたのを見つけられたとか」
 「あぁ・・・。
 あの童っぱ、帰巣本能が薄そうだしな」
 戦の気を追って行くうちに戻れなくなったのだろうと、三日月は呆れる。
 「神社では蛍丸殿の行方を随分探しておいでだとかで、先日もぬしさまが、一度は帰るようおっしゃったのですが、戦のないところはつまらないとごねてしまわれて。
 明石殿も引き止められましたので、無理に帰すのもかわいそうだとそのままに・・・三日月殿、何を書いておいでで?」
 文机から巻紙を取り上げ、筆を走らせる三日月に問えば、彼はちらりと小狐丸を見遣った。
 「阿蘇神社の神職に、蛍丸はここにいるぞと知らせる文だ。
 奉納太刀が行方不明では、先方もさぞかし案じていることだろう」
 わざとらしいほどにしかつめらしい顔をして、三日月は筆を置く。
 「俺が知らせることで神社には宝剣が戻り、蛍丸は家を得、俺は安穏と過ごせる。
 三方丸く収まって実に良い」
 うんうん、と頷いて、三日月は巻紙から切り取った文を畳んだ。
 「博多、博多や。
 もう一度お年玉をやるから、帰参のついでにこれを届けておいで。
 賽銭分もやるぞv
 雪見障子を開け放ち、庭へ向かって声をかけると、遊びを放り出して博多が駆けて来る。
 「童の使い方もうまくなられましたな」
 くすくすと笑う小狐丸を肩越しに見やり、三日月はにこりと笑った。
 「最も近いは歌仙だろうが、あやつは俺の使いなどしないだろう?
 だが、博多なら小遣いをやれば、初詣のついでに行くこともあろう。
 こちらも丸く収まったというだけのことだ」
 願わくは、更なる吉事が雪のように積もるようにと、三日月は雲の晴れた空へ白い息を昇らせた。




 了




 










2016年の公式お年始にカッとなって書いてしまった勢いSSです(笑)
松の内に仕上げたかったのですが、鏡開きの日になってしまいました。
ちなみに今年は成人の日で、わたくし6時前から仕事していましたよ(笑)
作中の石切丸と小狐丸のくだりは、現存する『宗近』銘の太刀が石切丸と同じ神社に奉納されているってだけです。
本物の小狐丸はどこにいるんだろう・・・。
ほたも、戦後に行方不明です。はよ帰っておいで・・・。













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