〜 なればよりなむ 〜





 「あ・・・雨さん、なんか怖いの来た・・・!」
 正午にはまだ、少し間のある時間。
 朝の畑当番を終え、兄弟達と共にのんびりと過ごしていた村雲江が、震えながら差し出した端末には、主からのメッセージが表示されていた。
 『この連絡を受け取ったものは、強化講習に参加すること』
 と、簡潔に記された命令に、五月雨江は首を傾げる。
 「なんでしょうね・・・。
 私には来ていませんが」
 どうだ、と、他の兄弟達へ示すが、誰もが『知らない』と首を振った。
 「き・・・強化講習ってなに・・・?
 なんで俺だけ・・・?
 なにか、酷いことされるのかなぁ・・・!」
 怯える耳に着信音が響いて、村雲が飛び上がる。
 「雲さん、音が出ない設定にしておかないと。
 私が出てもいいですか?」
 五月雨が差し出した携帯端末に近寄れもせず、村雲はただ、ぶんぶんと頷いた。
 「わかりました。
 はい、雲さんの携帯です」
 『あぁ・・・。
 そういうところだよ』
 いきなりため息をつかれて、五月雨はしばし宙を見る。
 「歌仙ですか?
 どうされたのです?」
 ようやく声と紐づいた名へ尋ねると、歌仙はまた、ため息をついた。
 『主からの連絡が行っているはずだが、村雲はその命令に怯えて、電話にも出られない状況なのじゃないかな?』
 「えぇ、その通りです。
 それで私が出ました」
 『だからね、そういうところなんだよ』
 厳しい口調に五月雨は、村雲に聞こえないようにとさりげなく縁側へ出る。
 『気弱で他者に頼る。
 そのままでいいと、自身でも思っているわけではあるまいにさ』
 耳に痛い言葉に、五月雨は眉尻を下げた。
 彼とて、村雲の性格をどうにかしてやりたいとは思うが、まだ彼に寄り添うことしかできていない。
 「あの・・・」
 どうすれば、と、口から出かかった言葉を遮るように、歌仙が続けた。
 『君も一緒に、厨へ来たまえ。
 怖いことはないからさ』
 まだ、と、通話を切る瞬間に呟いた声を耳ざとく捉えた五月雨は、やや、不安げな顔で部屋に戻る。
 「な・・・なに?どうしたの?」
 携帯を返された村雲の、不安げな顔を兄弟達も見守る中、五月雨は微かに笑みを浮かべて首を振った。
 「厨へ来い、と言っていましたよ。
 私も一緒に来るように言われました」
 「厨?
 野菜が足りなかったのかなぁ」
 のんきな口調で桑名が言えば、
 「毛虫でも出たのじゃないかな。
 歌仙様のことだもの、悲鳴を上げて逃げ出しそうだよ」
 と、松井が笑う。
 「責任を取って江が始末しろ、ということでしょうか。
 虫を殺すなら、わざわざ村雲や五月雨を呼ばなくてもよさそうなものですけど」
 篭手切が首を傾げ、
 「なんにせよ、早く行って来いよ。
 歌仙は気が短いぜ?」
 と、豊前がからかうように笑った。
 「そうですね。
 待たせて機嫌が悪くなっても困りますから、行きましょうか」
 「う・・・うん・・・」
 村雲の、不安げに丸まった肩を叩いて励ました五月雨は、共に厨房へと向かった。


 「参りましたよ」
 先に暖簾をくぐった五月雨が声をかけると、料理の盛られた大皿を所狭しと並べた作業卓の向こうから、光忠が微笑んだ。
 「いらっしゃい、待ってたよ」
 「歌仙は・・・?」
 呼んだ本人がいないことに気づいて首を傾げると、光忠は二振りへ席につくよう促す。
 そこには既に、幾振りかの刀達が座って、嬉しそうに料理を頬張っていた。
 「歌仙くんなら今は、主くんのところだよ。
 戻ってくるまで、好きなものを召し上がれ!」
 小皿と箸を渡されて、戸惑う二人に炊飯器を開けた太鼓鐘が茶碗を突き出す。
 「めし、どんだけ食う?」
 「はぁ・・・。
 雲さん、先にどうぞ」
 「じゃ・・・じゃあ、少なめに・・・」
 「オーケー!
 雨は?」
 「私は大盛で」
 なぜ食事が出るのだろうと不思議に思いつつ、五月雨は茶碗を受け取った。
 それほど広くはない卓に座っているのは、物吉と浦島、そして彼らに挟まれた泛塵と、なぜかこちらをじっと見つめている南海と陸奥守だ。
 「なんの集まりですか?」
 村雲から目を離さない南海が気になって問うと、彼はにこりと笑って首を振った。
 「気にしないでくれたまえ。
 少し、興味があるだけだよ」
 「先生の悪い癖じゃ。許しとうせ!」
 「はぁ・・・」
 陽気に言われて、納得しがたいながらも五月雨は小皿を手にした。
 「雲さん、何をいただきますか?
 取り分けますよ」
 「あ・・・うん、俺は・・・いいよ」
 自分で取るから、と、小声で言う村雲に頷き、五月雨は美味しそうな湯気を立ち昇らせる揚げ物や炒め物を取り分ける。
 「いただきます」
 まだ熱い唐揚げを頬張る横で、村雲はちまちまと漬物をかじった。
 その様に思うところはあったが、五月雨が何も言わずにいると、対面の席では物吉と浦島が、楽しそうに笑いながら、泛塵の皿に料理を取り分けている。
 「かぼちゃの煮つけうまーい!
 泛塵、食べた?」
 「こっちの炒め物も美味しいですよ!
 泛塵くんも、これならピーマン食べられるんじゃないですか?」
 苦手な野菜なのか、皿に載せられて嫌な顔をした泛塵が、陽気な二人に煽られて渋々口にした途端、頬を染めて頷いた。
 「おいしい・・・!」
 「だろー?!
 俺も、顕現したばっかの時は好き嫌い多くてさー。
 蜂須賀兄ちゃんは甘やかしてくれたけど、長曾祢兄ちゃんに叱られて、渋々食べてたんだ。
 そしたら光忠さんが工夫してくれて、美味しくしてくれたんだよ!」
 「僕の調理方法だけじゃないよ。
 そもそもの、野菜自体を改良してくれたのは桑名くんなんだ。
 短刀や脇差の子達は、味覚が鋭くて苦いものが苦手だからね」
 と、笑いかけてくる光忠に頷いた五月雨は笑みを返して頷く。
 「桑名に言っておきます。
 きっと喜びますよ。ねぇ、雲さん」
 「あ・・・うん・・・」
 まだ緊張した様子の村雲にふと思い至って、五月雨は脇差達が勧めた炒め物を小皿に取った。
 「雲さん、食べてみませんか。
 美味しいそうですよ」
 「え・・・でも・・・」
 困り顔で、村雲は首を振る。
 「お腹・・・痛くなるから・・・」
 「そりゃ気の毒にな!」
 けど、と、太鼓鐘が首を傾げた。
 「江の連中は桑名に強制連行されて、畑仕事やってんだろ?
 腹減らねぇ?」
 「減ります。
 畑仕事だけでなく、篭手切のだんすれっすん、にも付き合わされるのですよ。
 それが終わったと思ったら、豊前の遠乗りに付き合わされたり、松井のお使いに行かされたり。
 うちの連中は、遠慮がないのです。
 おかげで私、一日五食は食べていますよ」
 体力と筋力がついた、と笑う五月雨に、光忠が嬉しげに頷く。
 「たくさん食べてくれて嬉しいよ!
 脇差くん達は?
 おかわりまだあるよ?」
 言うと、三振りは揃って首を振った。
 「もう、お腹いっぱいだ。
 美味しかった、ご馳走様」
 米粒一つ残さず、きれいに平らげた泛塵が手を合わせる横で、浦島と物吉も手を合わせる。
 「ごちそうさまー!
 お腹いっぱいになったし、遊びに行こー!」
 「ダメですよ、浦島くん!
 にっかりさんが帰ってくるのを待って、釣りに行くんでしょ?」
 泛塵の手を引いて厨を出る浦島を、物吉が慌てて追いかけた。
 「それ、明日の朝だよー。
 泛塵も行くよな!
 光忠さん!
 明日の食材は任せてー!」
 「はーい。
 期待しているよー!」
 光忠が手を振って送り出すと、厨は一瞬、無言になる。
 「あの」
 五月雨が声をかけると、光忠だけでなく、太鼓鐘や南海、陸奥守までもがまじまじとこちらを見つめた。
 「雲さんは、なぜ呼び出されたのでしょう?」
 その言葉に、びくっと怯え、箸が止まってしまった村雲へ、南海がにこりと笑う。
 「さっき歌仙くんが、きつい言葉で言ったことを、穏やかに実行しようか、ということだね。
 ねぇ、君」
 身をかがめた南海は、俯いて震える村雲の顔を覗き込んだ。
 「さっきまでそこにいた泛塵くんのことは、知っていたかな。
 彼も、顕現したての頃は、それは不安定な様子だったけれど、脇差くん達に囲まれて、随分と穏やかになったのだよ。
 三日月くんのダジャレに爆笑するまでには、もう少しかかりそうだけれどね」
 ねぇ、と、笑みを向けられた陸奥守が、大きな笑みを浮かべて頷く。
 「この本丸に馴染めんでいる刀がおるなら、何が原因か探って解決せいっちゅーのが、主の命じゃ!
 まぁ、五月雨もおることじゃ、わしは心配せんでえぃと言うたがよ。
 けんど・・・」
 陸奥守が見遣る光忠が、微笑んで村雲の手元を指した。
 「まずは、ここからかな。
 食が細いの、何とかした方がいいよね」
 そう言った途端、
 「よし、出番だな!」
 「ひっ?!」
 卓の下から現れた短刀に、村雲は飛び上がらんばかりに驚く。
 「薬研藤四郎、なぜ隠れていたのです?」
 そこにいたことを知っていたのか、冷静な五月雨に、薬研はにんまりと笑った。
 「気づかいだよ、気づかい。
 気弱な奴の中には、白衣を見ただけで血圧が上がるのもいるからな」
 「じゃあ脱げばいいだろ」
 ごく当然のように言った太鼓鐘には、口をとがらせる。
 「そこは俺のアイデンティティってやつだろうがよ。
 それより」
 と、薬研は卓に頬杖をついて、村雲の引き攣った顔を見つめた。
 「よぉ、旦那。
 食が細いのは、胃が弱いからだろ?
 食いすぎると胃が痛む、吐き気がする、だから、消化にいい大根の漬物ばかり選んじまう」
 「う・・・うん・・・。
 消化がなにかは・・・知らないけど、これはあんまり、胃が痛くならないから・・・」
 「そっか。
 じゃあ・・・」
 と、薬研は卓に並べられたもののうち、かぼちゃの煮つけやほうれん草の煮びたしを引き寄せ、卵豆腐の小鉢を置く。
 「ほらよ。
 今回はこれを食えるだけ食いな。
 消化が良くて滋養のあるものを食って、食後には消化を助ける緑茶を飲んでおくんだぜ。
 緑茶は普段から飲んでおくといいな。
 縁側でもぶらつけば、じいさんたちが茶飲み話してるからよ、付き合ってこい」
 「え・・・えっと・・・」
 村雲が、困り顔で五月雨を見遣ると、興味津々と話を聞いていた彼は、やや身を乗り出して薬研へ迫った。
 「つまり、雲さんの胃痛を治してくれるということですね?」
 「そうそう。
 医食同源っつってな、最初から薬を処方するんじゃなく、まずは体の回復からってことだ」
 にこりと笑って、薬研は不安そうな村雲の腹部を見つめる。
 「旦那の胃痛が、精神面から来てるってことは知ってるさ。
 けどな、健康な体には健全な精神が宿るってもんで、身体の調子が良くなりゃ、心配事も減るってもんだ。
 なにしろあんたたちは、家族がいるからな」
 うちほど多くはないが、と言う薬研に、五月雨が頷いた。
 「えぇ。
 雲さんの心配事は、私たち兄弟が解消して見せますよ。
 雲さん、まずは体をよくしましょう。ね?」
 嬉しげにきらめく目に気圧され、村雲は眉尻を下げる。
 「う・・・うん・・・。
 でも俺・・・できるかな・・・」
 「できますとも。
 私がついています」
 「雨さん・・・っ!!」
 手を取り合って笑う、仲睦まじい様に、周りの者達も自然と笑顔になった。
 「っちゅーことは、わしらの出番はちっくと先じゃな。
 光忠、任せたぜよ!」
 椅子を蹴って立ち上がった陸奥守に続き、南海もすらりと席を立つ。
 「村雲くんが、肥前くんのように食欲旺盛になるまで待っているよ」
 「そりゃ無理じゃね?」
 南海に笑った太鼓鐘が、皿に山と積まれた唐揚げを指した。
 「たぁの奴、これ一人で食っちまうぜ!」
 「たーくんは元気な子だからね。
 あv
 そろそろ帰って来るよね、たーくんv
 他になにを作ってあげようかなー!」
 いそいそと冷蔵庫へ行ってしまった光忠に笑って、薬研はまた、村雲の顔を覗き込む。
 「最初から無理するこたねぇよ。
 自分の身体に合わせていきな」
 「う・・・うん。
 俺・・・やってみる」
 「がんばりましょうね」
 五月雨の言葉にまた、力を得て、村雲はこれまでで一番大きく頷いた。


 「なによ、またやってんの、主の性格改造計画?
 あの人も飽きないよねー」
 自身の爪に紅を塗りつつ、笑う清光に安定が頷いた。
 「兼さんと大包平さん、あと、長義を手懐けてから、味を占めちゃったんだよね。
 反抗的な刀は軒並み従えちゃったから、今度は精神不安定なのに目を付けたみたい」
 「そーね。
 短刀達を交代で守り刀にしてるのも、元は五虎退とか、自信の無い子達の精神安定が目的だったし。
 ・・・それが今や、本丸五本の指に入る強さなんだから、ちょっと納得いかないんだけどさ、俺」
 ライトを当てて、塗ったばかりの爪紅を硬化させつつ、清光は口をとがらせる。
 と、安定は吐息して首を振った。
 「修行帰りの短刀は強いよ。
 僕、手合わせで勝ったことないもん・・・」
 俺も、とは、プライドにかけて言えない清光が黙り込む。
 そんな彼に、安定はにこりと笑った。
 「それ終わったら、手合わせしよ。
 キヨになら勝てるし」
 「ハァ?!
 負けたことありませんけど?!」
 「なに言ってんの、あるじゃん、僕が極めたばっかりの頃。
 その時はまだ、キヨここにいたし?
 いっときの隙だったけど、何本も取れて楽しかったなー♪」
 「その後、俺も極めて取られた分取り返したじゃん!
 ぼっこぼこにしてやったじゃん!」
 「ぼこぼこになんてされてないよ!
 せいぜいポコだよ!!」
 「ぼこぼこしたもんっ!」
 「ポコポコうっさい!にゃ!」
 突然襖が開いて、目を吊り上げた南泉が鼻を鳴らす。
 「なによ、近くで寝てたのー?」
 他に行けばいいのに、と言いかけた清光は、南泉の背後から顔をのぞかせる太刀に目を見開いた。
 「あ!新顔!」
 「うん、姫鶴一文字って言うよ。
 今朝、顕現したの。
 よろしくねぇ」
 ふんわりと笑った姫鶴は、南泉を押しのけて部屋に入る。
 「お猿さんから聞いたの。
 爪、可愛くしてくれる・・・きよみつくん、って、どっち?」
 「俺・・・だけど?」
 「君かぁv
 華やいだ笑みを浮かべて、姫鶴は清光の傍に膝をついた。
 「ねぇねぇ、俺の爪、かぁいくして?
 かぁいいの、好きなんだぁ」
 「ホント?!
 やろやろ!!」
 目を輝かせた清光は、姫鶴の手を取る。
 「さすが一文字、きれいな手してるじゃんーv
 どんなのがいい?色は?」
 「ぴんく!
 ぴんく、かぁいいよねぇv
 「うん!可愛い!
 よーし!
 じゃあ早速、塗っちゃうよーv
 すっかり意気投合した二振りに、安定が呆れたように笑った。
 「にゃん泉は?
 案内してきただけ?」
 「にゃん泉言うな!にゃ!
 日光の兄貴の命令で、姫に本丸を案内してるにゃ」
 「姫・・・って呼ばれてるんだ」
 「呼ばないでぇ」
 まじまじと見つめる安定の視線をくすぐったそうに受けて、姫鶴が苦笑する。
 「逸話とか、あの人よりちょっと小さいからとか、そんな適当なカンジで姫鶴、って呼ばれてるけど、その略し方はさぁ、なんか、別の意味に取られちゃうでしょぉ」
 「いいじゃん。可愛いよ」
 爪紅を塗る前の下準備をしつつ清光が言うと、姫鶴は困ったように眉尻を下げた。
 「かぁいいのは好きだけど、自分がかぁいい名前で呼ばれるのはどうなのって話ぃ。
 それに、ここには俺よりかぁいい子、たくさんいるじゃない。
 上杉の子もかぁいいけど、短刀がたくさんいて、遊んでるの見てるだけでかぁいいねぇv
 「そぉ?うるさくない?」
 「うるさいにゃ!」
 清光の言葉に、南泉が憤然と鼻を鳴らす。
 「庭で走り回るし!
 御殿内でも騒ぐし!
 俺が寝てるとちょっかいかけてくるし!」
 「だって、つつくと飛び上がって驚くから楽しいし」
 「そうなの、ネコチャンv
 俺もやってい?」
 「つつくにゃ!
 姫もダメにゃ!」
 迫りくる安定を押しのけた南泉は、目を輝かせる姫鶴にも首を振った。
 「えぇー・・・。
 いいじゃん、せっかく同じ本丸に顕現したんだしぃ」
 「なによ、姫様の命令に逆らうの?」
 「そーだそーだ!姫様の命令だよ!」
 「してないよぉ」
 清光のからかい口調にすかさず安定が乗るが、当の姫鶴が笑って否定する。
 「ってゆーか、もぉ俺、そういう命令してーの、されてーの、って、嫌なのぉ。
 うちってほら、国宝とか重文とか、重々しい連中ばっかじゃない?
 ふさわしい物腰とか、ふさわしい振舞いとか、ふさわしい言葉遣いとか・・・!
 もぉムリぃ!!
 俺は、かぁいいのに囲まれて、のーんってしてたいのぉ!
 そういうの、ホント無理!!」
 悲鳴じみた声に、安定が笑い出した。
 「なんかそーゆーの、主が持ってた映画で観たよ。
 お役目が嫌になったお姫様が、街に遊びに行っちゃうやつ」
 「あー。
 お姫様が可愛かったやつね。
 じゃあ、姫鶴も遊びに行っちゃう?
 万屋くらいなら、お供するよ?」
 「ほんとに?!」
 嬉しそうに目を輝かせて、姫鶴が清光に迫る。
 「いこいこ!
 俺、万屋行きたい!
 君達、いい子だねぇv
 「それほどでもあるけど!」
 「にゃん泉も行くでしょ?」
 「う・・・。
 姫の、案内しなきゃだし・・・にゃ」
 めんどくさい、昼寝したい、という感情を一切隠さない南泉の手を、安定が捕まえる。
 「じゃ!みんなでいこーう!」
 「うんっ!」
 嬉しげに頬を染めて、姫鶴は大きく頷いた。


 その後、ようやく爪の手入れを終えて、清光と安定、姫鶴とお供の南泉は、万屋へと向かった。
 「まったく・・・!
 爪の手入れに、何時間かかるにゃ・・・!」
 げっそりとした南泉に、清光が鼻を鳴らす。
 「あのくらい、フツーでしょ。
 可愛くなるには時間がかかるものなの!」
 「うん・・・!
 ほんと、かぁいいーv
 嬉しげに頬を染めた姫鶴は、目を輝かせて、かざした自身の爪を見つめた。
 薄紅の地に白と銀で羽根を描き入れた爪の上、ダイヤモンドカットされたストーンが光を弾く様を、何度も角度を変えて眺める。
 「ありがとぉ、きよきよv
 うれしぃーv
 「そんなに喜んでもらって、俺も嬉しいv
 「あ、きよきよはいいんだ」
 勝手なあだ名に怒らない清光に、安定が笑い出した。
 「相手によるけどねー」
 「俺はいいんだ?やったーv
 笑いながら、南泉が支え持つ暖簾をくぐった途端、姫鶴は更に目を輝かせる。
 「わぁーv
 かぁいいの、たくさん!」
 歓声を上げる彼に、安定が吹き出した。
 「反応がまんまお姫様だね」
 「箱入り息子、蔵入り息子、秘蔵っ子に加えてお姫様かぁ。
 うちの本丸も、バリエーション豊富よね・・・って、お猿も来てたのか」
 店内に並ぶ棚を曲がった途端、鉢合わせた太閤左文字を見下ろすと、彼は清光へ向かって、むっと眉根を寄せる。
 「猿じゃないって言ってるでしょぉ!」
 「お猿さんっ!」
 「うきっ!」
 清光の背後から顔を出した姫鶴から、反射的に逃げようとした太閤を、彼は咄嗟に抱き上げた。
 「見てみてぇv
 お猿さんが教えてくれた爪、塗ってもらったよぉv
 ねぇ、かぁいいでしょぉv
 「う・・・うん・・・!
 か・・・可愛いから、放してぇー!」
 頷きつつも太閤は、姫鶴の腕から逃れようともがく。
 と、
 「どうしたの?」
 「あ!小夜っち!助けて!」
 棚の奥から出て来た小夜へ助けを求めると、彼は不思議そうな顔で首を傾げた。
 「誰・・・ですか?」
 「きゃんv
 「ぐぇっ」
 頬を染めた姫鶴にぎゅっと抱きしめられて、太閤がうめき声をあげる。
 「俺、姫鶴一文字だよぉv
 君は?
 けんけんやごこと雰囲気違ぁう可愛い子v
 「さ・・・小夜・・・左文字です・・・。
 太閤の兄弟・・・です」
 迫りくる姫鶴から歩を引きながら、太閤を見捨てることもできずに小夜は、困惑げな目を清光たちへ向けた。
 「姫、困ってるよ。放してあげて」
 苦笑した安定に言われて、姫鶴は口をとがらせる。
 「えぇー?そうなのぉ?
 じゃあ、お猿さん放してあげるから、俺と仲良くしてよ」
 「は・・・はい・・・」
 頬をぷにぷにとつつかれながら、困り顔で頷く小夜に、南泉がため息をついた。
 「脅しにゃ」
 「そんなつもりないよぉv
 お猿さんたちは、何しに来たのぉ?」
 「え?別に・・・」
 言葉を濁す太閤に首を傾げ、小夜は手元の端切れを見て頬を染める。
 「江雪兄さまが・・・巾着を作ってくれるというので、端切れを買いに来ました」
 「小夜っち!」
 慌てる太閤を押しのけ、姫鶴は小夜の前に膝をついた。
 「作ってもらえるの?!
 俺もお願いしてい?!」
 「え・・・えっと・・・」
 「面倒だから、言わなくてよかったのにー・・・」
 困り顔の小夜に、太閤はため息をつく。
 「姫っちもー!
 江雪っちだって忙しいんだから、姫っちは姫っちの兄弟に作ってもらえばいいでしょー!
 たくさんいるんだし!」
 「そうなの?
 ネコチャン、かぁいいの作ってくれる?」
 「作らないにゃ」
 ぷいっとそっぽを向かれて肩を落とす姫鶴に、清光がくすくすと笑った。
 「可愛い端切れだけ買っておけば?
 いざとなったら主が作ってくれるよ。文句言いながらだけど」
 「えぇー。文句言われるのぉ?」
 やだ、と眉根を寄せる姫鶴に、安定が肩をすくめる。
 「そりゃそうだよ。
 作るってなったら、姫のだけじゃ済まないでしょ。
 キヨは絶対、俺も俺もって言うし、目は口ほどにものを言ってくる長谷部もいるし、他にもたくさん作ることになって、大仕事になるから嫌がるんだよ、主は」
 「それに、主が作るとなると・・・手伝わされる歌仙の機嫌が、とても悪くなります・・・」
 小夜が言うや、清光は慌てて手を振った。
 「あ、うん、やめよ。
 歌仙の機嫌が悪くなると、ご飯が適当になっちゃうし」
 「それに、姫っちには日光がいるじゃんー。
 なんだかんだ言って、作ってくれるんじゃない?」
 「にゃ?」
 「あぁ!」
 太閤の言葉に、南泉と顔を見合わせた姫鶴が手を打つ。
 「そーだ、日光くんにやらせよぉv
 あの子、お願いすればできないことでも頑張ってくれるしぃv
 と、早速端切れを選びに行った姫鶴に、清光は肩をすくめた。
 「自分でやろうとは思わないのね」
 「キヨだって、あわよくば主に作ってもらおうとしたでしょ」
 つついて来る安定の耳元に、清光はそっと囁く。
 「端切れ持ってったら、作ってくれるかな、主?」
 「無理でしょ。
 先に短刀が何振りいるか数えて、お断りされるよ」
 「ダメかぁ・・・」
 と、肩をすくめつつ、清光は端切れを選ぶ姫鶴の隣に並ぶ。
 「じゃ、歌仙に作ってもらおっと。
 趣味がいい刀にお願い、なんて言ったら、きっと作ってくれるし」
 と、悪い顔をする清光の隣に、安定も並んだ。
 「言い方を選べば、ちょろいもんね、歌仙って。
 僕、こっちの浅黄色にしよーっと。
 南泉も、日光さんに作ってもらえば?」
 「え・・・俺はいいにゃ」
 「ネコチャンも作っちゃいないよーv
 日光くんがやだって言っても、俺と隠居からお願いしてあげるv
 と、一文字の隠居の名が出た途端、清光と安定が動きを止める。
 「あーそっか。
 姫って、くそじじいの家族か」
 「まぁ、姫は悪くないけどね。じじぃムカつくよね」
 「・・・なにがあったのぉ」
 冷え冷えとした二振りの態度に目を丸くする姫鶴の袖を、南泉がそっと引いた。
 「ちょっとした因縁があるんだにゃ」
 「ふぅん・・・まぁ、なにがあったか知らないけどぉ、俺と仲良くしてくれるならいいや。
 ね、ここってかぁいい子たちが好きそうな甘いものあるぅ?
 ごこやけんけんにあげたいのぉv
 ふわふわと笑う姫鶴に、二振りの強張りも解けて、一行は菓子の棚へと移動した。


 その頃、本丸御殿の御座所を出た小竜景光は、その足で自室へ向かった。
 「おや、おかえり。
 明るいうちに帰って来るなんて、珍しいね」
 ソファに寝そべってくつろぐ大般若に声をかけられ、小竜は笑って頷く。
 「遠征、何周もしちゃって、飽きたんだ。
 そしたらグランのご飯が恋しくなってさー。
 たっくさん食べさせてもらったv
 「そうか、そいつはよかった。
 君ときたら、一つ所にじっとしていないんだから」
 そう言って笑った大般若は、小竜がじっと自分を見つめる様に首を傾げる。
 「どうかしたかい?」
 身を起こし、姿勢を整えた大般若の隣に、小竜が腰を下ろした。
 「言ったでしょ。
 遠征も戦場も、同じ場所ばかりで飽きちゃったんだ。
 だからさ・・・」
 くすくすとひとしきり笑って、小竜は両手の指先を合わせる。
 「主にお願いして、修行に行くことにしたよ」
 「おやおや・・・」
 一瞬、目を見開いた大般若は、すぐに笑顔になって、小竜の頭をかき回した。
 「我が若君も、とうとう行ってしまうのか!
 こりゃあ俺も、うかうかしてられないなぁ!」
 「でしょー。
 謙が行って、小豆パパが行って・・・。
 さすがに、弟に負けるのはなんだかなぁって、俺も思ってさー」
 冗談めかしながらも、やや悔しげな小竜に、大般若が頷く。
 「わかるよ。
 俺も小豆の兄として、矜持を保ちたいからね。
 俺も、そのうち行くかねぇ」
 「え、ダディってパパの兄貴なの?」
 「長兄は悠然としているものだよ。
 まめまめしい者にはふさわしくない」
 小豆だけに、などと言う大般若に、小竜は呆れたように笑った。
 「準備したらすぐに発つけど、ダディ、俺がいない間、謙がさらわれないように見ててよ?」
 「さらわれる?
 誰にだい?」
 聞き捨てならないと、身を乗り出す大般若に、小竜は口をとがらせる。
 「今朝来た、姫鶴って上杉の刀だよ。
 ごこちゃんにだけ構っていればいいのに、謙にやたらとべたべたしてさぁ!」
 「あぁ・・・。
 彼は、小さい子達が好きなようだよ。謙信に限らずね。
 可愛がってくれるならいいじゃないか」
 「嫌。
 なんか、上杉に取られるのが嫌」
 死守して、と迫る小竜に、大般若は苦笑した。
 「わかったわかった。
 謙信のことは見ててやるから、安心して行っておいで」
 「うん!」
 早速立ち上がった小竜は押し入れを開けて、ガタガタと荷物をひっくり返す。
 「ダディも極めちゃったらさ、グランと、ちょぎも一緒に、長船で出陣できるね!」
 「なるほど、それはいいなぁ」
 行楽のようだ、と笑って、大般若は、旅立つ小竜を見送った。


 「今度はほんとに旅立っちまったのか、小竜の奴」
 大きな魚を三枚におろしつつ、太鼓鐘が言えば、隣で野菜を刻む光忠が困り顔で頷いた。
 「うん・・・。
 元々、旅好きな子だったけど、遠征に行くのも飽きちゃったんだって。
 ちゃんと戻って来るかなぁ・・・」
 肩を落とす光忠を見遣った歌仙が、やはり困り顔で首を傾げる。
 「今まで、帰ってこなかった者はいないけれど、彼はどうかな」
 「鶴ですら帰って来たんだ。
 あいつは方向音痴じゃない」
 「俺がまるで、帰巣本能薄いみたいな言い方だな、伽羅坊!」
 心外だ!と、鶴丸が包丁を突き出した。
 「鶴は渡り鳥だぞ!
 そんじょそこらの鳥と違って、方向感覚はしっかりしてるんだからな!」
 「そう言う話じゃないでしょ」
 むう、と、光忠が眉根を寄せる。
 「どこに行くつもりなの、って聞いても、笑って答えないし・・・。
 きっと、ゆかりの人の所に行くんだろうけど、そこが楽しくなっちゃって帰ってこないとか・・・。
 ううん、自由な旅が楽しくなっちゃって帰ってこないとか、あるでしょ、あの子なら」
 深々とため息をつく光忠を、太鼓鐘が気づかわしげに見上げた。
 しかし、鶴丸は心配ないとばかり、笑って首を振る。
 「俺と同じで、楽しいことが大好きな小竜がここに帰ってこないわけがない」
 「そんなに楽しいかな、ここは?」
 自信満々の言い様に歌仙が問うと、鶴丸は大きく頷いた。
 「楽しいさ!
 来週には短刀達を引き連れて海に行く予定だし、来月は収穫祭をやるんだって、江が農作業に励んでいるだろう?
 10月ははろいんの祭をやるつもりだし、その翌月は・・・!」
 一際目を輝かせた鶴丸が、ふいっと目を逸らす。
 「・・・正月の準備だな」
 「おい、なぜ目を逸らす」
 「またなんか企んでるだろ!」
 大倶利伽羅と太鼓鐘が詰め寄るが、しらを切って言おうとしない鶴丸に、光忠が吐息した。
 「それを思うと、せめて来年までは行ってていいよ、って言いたくなる」
 「なんっ・・・?!
 それは困るぞ!新しい抜け道が・・・いや、なんでも」
 全員から詰め寄られ、縮こまってしまった鶴丸が、無言の皮むき器と化す。
 その後はどう迫っても貝のように固く口を閉ざし、ただ、皮をむかれた芋が量産されていった。


 翌日。
 早朝から釣りに出かけていた脇差達が、満足げな笑みと共に釣果を持ち帰った。
 「おや、すごいじゃないか」
 「大漁だね!」
 出迎えた歌仙と光忠に、浦島が得意げに胸を張る。
 「でかいやつばっかだろ!
 主さんが、漁船に乗れるように計らってくれたから、いい釣り場に連れてってもらえたんだー!」
 「へー!
 今度、俺も連れてってくれよ!」
 一抱えはある戻り鰹を前に、太鼓鐘が頬を紅潮させた。
 「んじゃ!
 これは俺が、派手にさばいてやるぜ!」
 「貞坊、一人で平気か?
 こいつ、結構活きが・・・」
 「ぐぁっ!!」
 鶴丸の注意喚起が終わる前に派手に頬を張り飛ばされて、太鼓鐘が踏み台から落ちる。
 その様に、さすがの泛塵も肩を震わせた。
 「みっ・・・光忠、これも・・・!くくっ!!」
 必死に笑いを堪えながら、クーラーボックスを差し出す。
 「あ、うん!ありがとう!
 貞ちゃん、大丈夫?!」
 「光忠さん、大丈夫ですよ!
 ほら、太鼓鐘、立って」
 すかさず駆け寄った物吉に助け起こされた太鼓鐘は、はたかれた頬と打ち付けた頭を撫でながら、涙目になった。
 「痛かった・・・!」
 「よしよし、痛いの飛んでけー!」
 物吉に抱きしめられ、撫でられた太鼓鐘が、顔を真っ赤にする。
 と、
 「なんの騒ぎだ?」
 「おい!偽物の分際で先に立つな!!」
 勝手口から山姥切たちが、こちらも騒々しく入って来た。
 「どけ!
 祖、今日の収穫物です」
 敬意の対象に対しては異常に礼儀正しい長義が、野菜が積まれた籠を差し出すと、負けずに国広が押しのける。
 「俺の方がたくさん取った」
 倍以上に積まれた野菜を鶴丸へ渡す国広を、今度は長義が忌々しげに押しのけた。
 「見目いいのが揃っているのは俺の方だ!この審美眼皆無が!!」
 「切って煮れば同じだ。量が多い方がいいに決まっている」
 「そう言うところがダメなんだ、この偽物!!」
 「いちいち細かいと皴が増えるぞ、本歌」
 「皴なんかないわ!皴なんかどこにもないわ!!」
 ぎゃあぎゃあと喚きあって、野菜を渡そうとしない二振りに、歌仙が目を吊り上げる。
 「うるさ・・・!」
 「おーい!之定ー!!!!
 イノシシ!!
 イノシシ仕留めたぜー!!」
 歌仙の怒号を悪気なく遮る声を見遣れば、厨の外から呼ぶ和泉守、堀川、山伏の傍らに、巨大なイノシシが横たわっていた。
 得意満面で窓の外に駆け寄って来た和泉守が、目を輝かせてイノシシを指す。
 「すっげーだろ!
 最後は俺が仕留めたんだぜ!」
 「そうか、偉かったね、いずみ」
 窓にはまった格子の隙間から手を伸ばし、頭を撫でてやると和泉守は、くすぐったそうに笑った。
 「さて光忠、随分と豊漁だが、どうしたものかな」
 「そうだなぁ・・・。
 お魚と野菜は、今日消費できそうだけど、イノシシはねぇ・・・。
 伽羅ちゃんが遠征から帰ってきたら、捌いてもらおうか」
 「俺!俺がやるぜ!!
 俺の獲物だからな!」
 やり方を教えろと、窓の外で飛び跳ねる和泉守に、光忠が笑い出す。
 「楽しそうだなぁ。
 でも僕、昼餉の準備で今は手が離せないからなぁ・・・」
 「僕もだよ。
 いずみ、大倶利伽羅が戻ってくるまで、待てないのかい?」
 途端に不満顔になった彼に歌仙が困っていると、
 「じゃあ、僕がやろう」
 と、泛塵が挙手した。
 「おや?
 泛塵、イノシシを捌けるのかい?」
 共にクーラーボックスを運んできたにっかりに、泛塵はやや、恥ずかしげに頷く。
 「ずっと山にいたから、これくらいは・・・」
 「すごいですね!
 僕、お手伝いしますよ!」
 「俺も!!」
 行こう!と、物吉に手を取られ、勝手口から出て行った泛塵に浦島も続いた。
 「面白そうだね、僕も行こうかな」
 「え?!
 まさか、そこで捌くのかい?!
 厨の周りを血みどろにしないでくれよ!!」
 にっかりが厨から持ち出した刃物を手にして、はしゃぎまわる和泉守達に、歌仙が声を上げるが返事はなく、皆でイノシシを担いで駆け去って行く。
 「どこで捌くつもりだろう?!
 あちこち汚してほしくないのだが!」
 「そんなに心配しなくても、分別のある物吉君が、いい場所を探してくれるよ、きっと」
 言うや作業に戻った光忠に、歌仙がむっとして詰め寄った。
 「まるでうちの子が分別の無いような言い方だね?!」
 「ないだろ」
 「イノシシの解体なんてめったにできないからな、うちの兄弟も、今回ばかりは分別がつかないだろう」
 山姥切二振りも、そっくりに肩をすくめて光忠に同意する。
 「真似するな!」
 「してない!」
 「うるさい!」
 すぐに喧嘩する山姥切達を叱って、歌仙は彼らが運んできた野菜を指した。
 「ついでだから君達、手伝いなさい。
 上手にできたらご褒美をあげるから」
 そう言って、意地悪く笑う。
 「どちらが上手にできるのだろうね?」
 同時に腕まくりし、まずは野菜を洗うべく流しに立った山姥切達に、光忠も笑い出した。
 「じゃ、こっちはお魚捌いちゃおうか!
 貞ちゃん、もう大丈夫?」
 「あぁ!!
 次は負けねぇ!!」
 先にとどめ、と、飛ばされた頭が弧を描き、野菜を洗う桶に飛び込んで、驚いた山姥切達が仲良く悲鳴を上げた。


 「鍋用、カツ用、焼き肉用、燻製用、その他腸詰なんかに使えるように、ばらしておいた。
 毛皮・・・誰か欲しい?」
 鮮やかに切り分けられた牡丹色の肉を並べる泛塵に、拍手が沸く。
 「すごいよ、泛塵くん!
 こんなにきれいに切り分けてくれるなんて!
 ハム、作ってみたかったんだぁ!」
 感動する光忠の隣で、鶴丸も目を輝かせた。
 「毛皮・・・欲しい・・・!」
 猪の頭ごっこしたい、という彼には、遠征帰りの大倶利伽羅が鼻を鳴らす。
 「やりたいなら筋肉つけろ」
 鶏ガラ、と揶揄されて、鶴丸は容赦ない膝蹴りをお見舞いした。
 「今日は魚があるから、肉は冷凍しておこうか。
 明後日には小竜が帰還するから、その時に出してあげたら、いい具合に熟成しているのじゃないかな」
 「之定!
 俺、焼き肉がいい!」
 歌仙の提案に、和泉守が挙手する。
 「いずみが獲って来たのだもの、いずみの好きなようにするといいよ」
 「あぁ!
 いいよな、光忠!」
 「うん。
 小竜ちゃんは、好き嫌いない子だから大丈夫だよ」
 じゃあ、と、光忠は卓に並べられた膳を指した。
 「朝から頑張ってくれた子達には、大盛のお魚定食、用意しておいたからね。
 広間に持って行くから、先に行ってて」
 「やったぁ!」
 「泛塵くん、行きましょ!」
 快哉をあげて真っ先に駆け去った浦島の後を、物吉に手を引かれて泛塵も続く。
 「すっかり仲良しだねぇ」
 「いずみも、行っておいで」
 のんびりと広間へ向かうにっかりを見遣って、歌仙が和泉守の背を押した。
 その、姿が見えなくなってから、
 「・・・あの子たち、イノシシを虎口(こぐち)の馬出(うまだし)で捌いたって・・・!
 まだ山伏と堀川が残って片づけをしているようだけど、僕も一緒に後処理をしてくるよ」
 もうすぐ数珠丸が蓮の世話に出ていく時間だと、ため息をついた歌仙に、光忠が苦笑する。
 「あんまり・・・血みどろになってないといいね」
 「しばらく臭いは消えないだろうがな」
 きっと叱られる、と指摘した大倶利伽羅に、歌仙はまた、深いため息を漏らした。


 「おまたせー!
 今日は、浦島くん達が釣って来てくれたお魚定食だよー!」
 光忠が配膳棚と共に現れると、広間で昼餉を待っていた刀剣達から歓声が沸いた。
 「浦島が頑張ったと聞いたぞ。
 偉かったな」
 蜂須賀に優しく頭を撫でられて、浦島は嬉しげに胸を張る。
 「俺と物吉と、泛塵とにっかりさんで次々釣れちゃってさー!
 爆釣ってやつ?!」
 「いいなー。
 俺も行きたかった」
 「次は一緒に行こう」
 遠征帰りの鯰尾と骨喰が羨ましげに言うが、浦島は困り顔で首を振った。
 「ゴメン、定員が4振りなんだよー。
 沖まで連れて行って釣りさせてくれるんだけど、これって主さんがコネを使って、漁師さんの船に同乗させてくれたんだー。
 仕事中は邪魔しちゃダメなんだよ」
 「そうか・・・じゃあ、次は俺達と御手杵、獅子王で行くか」
 主に頼もう、と言う骨喰に、鯰尾が頷く。
 「それ、大倶利伽羅が拗ねないかな。なんとかもう一振り乗れないかな」
 「結構大きな船だったからねぇ。
 もう一振りくらいなら何とかなるかもしれないけれど、主のコネだし、あんまり困らせるのはどうかなぁ」
 にっかりにたしなめられ、鯰尾は一旦頷きかけた首を傾げた。
 「なんで漁船にコネ持ってるんだろう、主。
 まぁ、利用できるものは利用したいよね!」
 頼んでみる!と箸を掲げて、まずは獲れたての魚料理を味わう。
 「うまー!
 なにこれ、漁師さんにもらったの?」
 「釣ったの!俺たちが!」
 からかい口調の鯰尾に口をとがらせて、浦島が泛塵を指した。
 「びぎなーずらっく?って言うの?
 初めての泛塵が、すごく釣ったんだよ!」
 「うん、たくさん釣った」
 黙々と焼き魚をほぐしていた泛塵が、下を向いたまま頷く。
 「泛塵くんは、和泉守さんが仕留めたイノシシも捌いてくれたんですよ!
 小竜さんが帰ってきたら、焼き肉パーティしましょうね!」
 物吉が言うと歓声が沸いて、下を向いたままの泛塵の耳が赤くなった。
 「魚と言えば、俺達と元寇防塁の見廻りに行った大千鳥がさー、兵士達が焼き魚バーベキューしてるの見て、ずっと『魚食いたい』ってぶつぶつ言ってたんだよ」
 「匂いが漂ってきたからな」
 鯰尾の言葉に頷いた骨喰も、同じ気持ちだったのだろう、普段より随分と箸が進んでいる。
 「大千鳥は?」
 怪我でもしたのかと、気づかわしげな泛塵に、二振りは揃って首を振った。
 「今回の隊長だったから、主に結果報告に行ってるだけ」
 「もうすぐ来ると・・・ほら」
 骨喰が見遣った先に、馴染みの槍を見つけて、泛塵は頷く。
 と、光忠に大盛の海鮮丼をよそってもらった大千鳥が、同じ卓へ着いた。
 「報告、終わらせてきたぞ。
 満足した様子だった」
 対面の脇差兄弟へ言うと、彼らはそっくりに頷く。
 「当然だよ、大成功だもん!」
 「俺達がいれば、楽勝だ」
 にんまりと笑う鯰尾の隣で、冷静な口調ながら、骨喰も自信満々に言った。
 「僕も・・・行ってみたいな。
 海にはあんまり親しんでこなかったけど、今日は楽しかった」
 微かに笑う泛塵に、浦島が目を輝かせる。
 「よかった!じゃあ、また一緒に行こうぜ!」
 「浦島くん、遊びじゃなくて」
 苦笑しつつ、刺身醤油の器を取った物吉が、はっとして卓に戻した。
 改めて、別の醤油差しを取った物吉が、代わりに手を出した泛塵を止める。
 「待って、泛塵くん!
 お醤油、そっちの伊万里焼のお醤油差しじゃなくて、こっちのガラスに入った方を使ってください」
 はい、と渡された泛塵は、なぜか、悲しげな目をして俯いた。
 「塵には・・・こんなに華やかな器はふさわしくないからな」
 「いえ、そうじゃなくて・・・大千鳥さん!ダメですってば!!」
 泛塵が卓に戻した醤油を海鮮丼に回しかけた大千鳥が、慌てる物吉を泛塵の頭越しに訝しげに見つつ、飯を口に入れる。
 途端、
 「ぐばっ!!」
 予想外の甘さに驚いて吹き出し、困り顔で器を見下ろした。
 「しまった・・・!アナゴのタレだったか・・・!」
 「ううん、九州の刺身醤油だよ」
 懸命に笑いを堪えながら、浦島が首を振ると、蜂須賀が濡らした布巾を差し出した。
 「主や、九州出身の刀達が使うんだが、ものすごく甘いんだ。
 本州勢が知らずに使うとそうなるから、わざわざわかりやすい器に入れているんだが・・・。
 しかし君、せっかく浦島や泛塵が釣って来た魚だよ。
 もったいないから、責任もって食べるんだ」
 「俺の海鮮丼・・・!」
 口に残る甘さに愕然とし、手を出しかねて震える大千鳥の表情に、泛塵はたまらず吹き出し、笑い出す。
 その、軽やかな笑声がいつまでも続く様に、浦島と物吉は快哉を上げた。


 「浦島くんと物吉くんが、泛塵くんをほだしてしまったそうだよ。
 僕達も負けていられないねぇ」
 『任務成功!』の通知を受け取った南海が、畑仕事を強要されている村雲の姿を遠く見遣った。
 「しっかし、まずは薬研の食事療法で身体をなんとかせんことにはのう」
 南海と並んで縁側に座り、同じく村雲を眺めていた陸奥守が、唐突に自身の端末を取り出す。
 「よぉよぉ、千代金丸。
 ちっくと村雲のことで相談があるぜよ!
 どっかのんびりできる、えぃ海を知らんがよ?」
 回線の向こうから、のんびりとした声が返るのを待って、陸奥守は頷いた。
 「そうじゃな!
 おんしの策、のったぜよ!
 早速、主に頼んでくるがよ!」
 「おや、どうするんだい?」
 すぐさま立ち上がった陸奥守を見上げると、彼は得意満面で端末を指す。
 「泛塵が楽しい海なら、こっちはのんびりの海じゃ!
 鶴丸が来週、短刀達を連れて海に行くそうじゃ!
 村雲と五月雨も琉球の刀達と一緒に『ばかんす』に行けるよう、主に頼んでくるぜよ!」
 「へぇ。
 では僕も、と言いたいところだが、書庫から離れて暮らすのは、どうにも退屈しそうだ。
 薬研くんも行くだろうから、村雲くんには現地で静養をさせてはどうだろう」
 「それはえぃ!
 北谷が、琉球の料理をふるまってくれるじゃろうしな!」
 「主くんが、一緒に行きたがるかもしれないねぇ」
 くすくすと笑いつつ、南海は騒々しく御座所へ向かう陸奥守を見送った。
 「さてさて・・・。
 泛塵くんは、まんまと主の思惑通りになってしまったけれど、村雲くんの仕上がりはどうなるか。
 最終的には、江のみんなと畑で大笑いしてくれるところまで、行ってほしいねぇ」
 くすくすと笑う南海の声が聞こえたわけではないだろうが、不意にこちらを見遣った村雲が、怯えたように首をすくめる様に、彼はまた、くすくすと笑い出した。


 了




 










本丸によって刀剣の性質が異なるのだから、うちは特異な方向に行ってみようか、というSSでした。
前回のSSで、よく笑う巴やにこやかな骨喰で演練相手をビビらせる弊本丸、今度は泛塵を狙ってる、と言っていた件の、本編になります。
海と筋肉は、精神安定にいいんだぞ。←脳筋丸出し
ちなみに漁船のコネは、親戚に漁師いますので、その船ですね。
私は乗ったことありませんが、売り物にならないけどめちゃウマ魚、いつももらってました。>過去形。じいちゃん引退した。
ローマの休日な姫とか、姫に危機感の小竜ちゃんとか、書いてて楽しかったです。
お楽しみいただけたら幸いですよ。













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